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サタンとの対話 ~悟りとは、良心とは、何ぞや?~

2018年04月06日 17:24


皆さん、お元気ですか?
長く続いていた陽気が去り、毎日わたしの目を楽しませてくれた部屋の前の桜花も散り、雨の匂いが立ち込めています。
随分ご無沙汰しておりましたが、ようやく記事を書く時間ができました。
今回は、数えきれないほどチャネリングを通して共に作業をしたサタンとの対話をお送りします。
一人一人の心に響き、今後の参考になることができれば、幸いです。



さくらアート1


◆Masako先生とサタンとの対話


日時:2018年3月26日
チャネラー:RIKA
聞き手:Masako先生
録音起こし:RIKA
編集・監修:Masako先生


チャネリングの妨害をしてきた存在がヒマラヤのひずみにいることが判明したので、Masako先生とサタンをはじめとする存在がそのひずみを開け、中にいる存在たちを出しくださったところ、わたし(RIKA)や光のコースで学んでいる方たちの過去生もそのひずみにいたことが分かりました。そのひずみにいた者に対してMasako先生とサタンとが教え諭してくださった内容を以下に記します。サタンが「消滅」となった存在たちを消滅させたあとから録音起こしをしました。


〜悟ることについて〜


サタン:あとはどうする? 地獄界? (消滅させるまでに至らない者に対しては、いつも気づきを与えて地獄界に送っている)
Masako先生:あとはどうしましょう。この者たちは「地獄界」なんですけど、今気づくチャンスなんですけどね。例えばこの肉体(チャネルのこと)の過去生なんか30体もいますけど、何も気づいていないんでしょうかね。この人たち、どこに行くの?
サタン:今見ていてハッと思ったらしいよ。「執着」は抜けたんじゃない?
Masako先生:でも、(行先は)まだ「執着悪想念地獄」になっているんですけど。
サタン:(笑)
Masako先生:まだです。
サタン:極まってないのか。
Masako先生:何に執着しているの?
サタン:悟りたいんだ、やっぱり。悟りたいって執着している時点で悟れないんだよ。
Masako先生:今ちょうど良いじゃないですか、サタン。試すのに。
サタン:うん。
Masako先生:(笑)試すまでいかないけど。
サタン:(笑)いかないね、全然。
Masako先生:教え諭すしかないんじゃないですか?(笑)
サタン:(彼らに向かって)悟りに至れる状態じゃないっていうことにまだ気づかないの? そんなところにいて。「そういえばそうだ」と言っているね。
Masako先生:(笑)
サタン:まず、悟りどころじゃないでしょう。だって地獄界にいるんだよ。あなたがもし地獄に行くとしたらそこ(「執着悪想念地獄」)だよ。まだ霊界にすらいけないレベルで何が「悟りたい」なの?
Masako先生:だいたいひずみにいる時点でおかしい。
サタン:「あ、バカでした」って言ってる。無知無能?
Masako先生:そうですね、はい。この者たち、ひずみの中で修行に励んでいたんですか?
サタン:死んだことに気づいていなかったんじゃないかという気がするけど。
Masako先生:(彼らに向かって)死んだことに気づいていた人、手を挙げて。
サタン:うん、挙げてない。
Masako先生:みんな気づいていないんですか? ダメだ、そりゃ。
サタン:何が修行だと思うよね、そうすると。
Masako先生:うーん。まあ一般人でも死んだことくらい知っていますよ、なんて無知なんでしょう。
サタン:(笑)すごく恥ずかしくなっている。(笑)良かったね、恥の概念が残っていてね。それがないと学びができないから。
Masako先生:他の者たちも同じなんですか? 死んだことに気づいていない?
サタン:今気づいたみたい。なんだろう、執着が残っていると気づきにくいのかな、死んだということに。
Masako先生:そうでしょうね。そっちに引っ張られて執着しているから。その時点で全然だめだよ、皆。だって執着を放してこそ悟りに至れるんだから。
サタン:あ、何か今気づかせてもらったと言って泣いているよ。何でそんなに悟りたかったかということを掘り下げたらわかるんじゃないかと思うけど。

~悟りの概念~


Masako先生:「悟り」って何だと思っているんですか、この者たちは。悟りの概念があるのでしょう?
サタン:うん。「輪廻の輪から外れること、生まれ変わらずにすむということ」。頭でわかっているのはそれみたいだけど。
Masako先生:もう生まれ変われないよね、そこにいたら。
サタン:ある意味、だからそれが叶った。(笑)
Masako先生:(笑)確かに。
サタン:「悟ることこそが生きる目的だと思っていた」って言ってる。その時点でちょっとずれているんだけどね。
Masako先生:だいたい何で地球界に来たのか考えてごらんよ。これは地球界にいた人ばかりでしょう? 異星人はいないでしょう? ここにいた人たちは人間でしょう? 皆悟りに来たの?
サタン:あれじゃない、何か変な銀河があったじゃない、「悟ることこそが目的」という。そこから来ているんじゃないかという気がするけど。
Masako先生:いや、違うでしょう。
サタン:じゃあ、そこから来た人の影響を受けているのかも。
Masako先生:あ、だからブッダでしょう? ゴータマ・シッダールタがそういう考え方だから。仏教系でしょう、この人たち。だからじゃないですか?
サタン:うん、そう。
Masako先生:あの人ね、ゴータマさん、実は悟っていないから。まだ何か執着しているからね。(ゴータマは「悟ること」に今もなお執着している)
サタン:動揺してる。
Masako先生:そんな人に従ってどうするの? 従うと言うか、自分もその道に続きたいと思っているわけでしょう? 違うんだよ。地球界で自分らしく生きればいいの。自分の課題をクリアして。自分の過去生もろくに解放できなくてよ、何やっているの?
サタン:何か今抜けた者がいるよ。
Masako先生:そうですか。課題もできなくて何が悟りよ。抜けた? 誰が抜けたんだろう。あ、RIKAさんの過去生ですね。後はダメ。
サタン:何で抜けたんだろう。
Masako先生:全員抜けている? RIKA30体ですね。解ったんじゃないですか?
サタン:じゃあ、教えてあげて、一緒に連れて行ってよ。
Masako先生:教えることまではできないですけど、ただ自分で気づいた。
サタン:じゃあ、その気づきを共有すれば良いんじゃないの?
Masako先生:そうですね。後の者は「無知無能地獄」になっていますね。
サタン:うん、「何か自分の学びをするために来たんだって気づいたら抜けられたんだ」って言っている。
Masako先生:そうですよ。
サタン:「人の学び、要はブッダの教えを極めることではなくて、自分の課題、それをすれば良かったんだって解った」って。
Masako先生:そうですよ、基本的なことです。で、それを知らなかった? 自分の過去生すらあることを知らなかった者もいるんじゃないですか?
サタン:輪廻の概念はあったんでしょう? だから輪廻の輪から外れたかったんでしょう?
Masako先生:過去生たちが地獄界やらひずみにいるのにね、自分だけ外れるというわけにはいかないのよ。自分はその全員を背負っているのだから。「自分だけ」というのがよくないんですよね。
サタン:何か、あ、誰だろう、これ。Rが上がった。
Masako先生:Rが上がった? 45体とも?
サタン:うん、もうちょっとだね。うん、今(45体)抜けた。
Masako先生:はい。
サタン:KとAがどうかな。
Masako先生:やっぱりね、どういったらいいんでしょう。まだね、子どもなんですよ、この人たち。
サタン:そうだね、もう少しまだ学びが必要な感じがある。
Masako先生:だから子どもなのに悟ろうと思っていること自体がね、どうかなって思う。(笑)
サタン:(笑)
Masako先生:そんなこと(悟ること)は考えないで、地球界で自分らしくやりたいことをやって体験することが大事なんです。体験もしないでね、だいたいKなんて体験しようともしないんですよ、自分を守ってばっかりで。で、人間関係が下手なんだからもっと人間と接するようにしなさい。それが学びなの。それもできていないで何を悟ろうと思っているの。悟った後は世間にまた戻って人々と接することなんだよ。いろんな人と調和することが一番なのに、あなたはそれから逃げようとしているでしょう? そんなひずみに入って修行ばかりして。
サタン:(笑)泣くだけで何も言わない。
Masako先生:ほんとうにね、何と言ったらいいのか。それで自分は特別だと思っているんですよ。そこね。執着している。自分のことに。まだ気づかない?
サタン:まだだね。
Masako先生:気づかないな。「無知無能地獄」に行きますか?
サタン:そうだね、そのほうが良いね。まだ勉強しないとダメだ。
Masako先生:(笑)そうですね、じゃあ後のまともになった人は…Aもダメですね。Aも「無知無能」のままだし。あと残っている人います?
サタン:いや、そんなもんだね。母親は消滅のほうに行っちゃっている感じがあるし。
Masako先生:じゃあその人たちは「無知無能地獄」。
サタン:はい。(サタンの部下に)じゃあ連れて行って。ちょっと(地獄界にある)学校でビシバシやって。
Masako先生:その他の人って、(わたしの)知らない人でしょうね?
サタン:あなたがこれから出会う人の過去生だと思うけどね。
Masako先生:そんな人もいるんですか?
サタン:うん、軽くなってからやっと出会えるんじゃない?
Masako先生:その人たち、「愛の欠如地獄」ですね。悟りたいという気持ちはわからないでもないけどね。今までいろんな人に言っていることから気づかないのかな。もしかしたら、その輪廻から外れたいというのがあるんでしょう。皆嫌なんじゃないですか。生まれては死ぬ、それが嫌だから、そこから外れてニルヴァーナに入りたいという。
サタン:うん。
Masako先生:ということは、このゲームに参加したくないということでしょう、ある意味。それはどうかなと思うよ。まあ参加したくない気持ちは分かるけど(笑)。「参加したくない」じゃなくて、参加しなきゃ。やっぱり体験なんだよね。体験して、嫌なことやいろんなことを体験して。そうしたら、それなりに悟れるから、地球界で。そんな修行しなくても、日常でね。(彼らに向かって)何か代表でしゃべれるような人、いません?
サタン:誰かいる?
Masako先生:目的は何なの、これ? もう生まれたくないということなの?
サタン:うん。現に生まれていないけどね、ここにいる限りは。
Masako先生:その理由は何かちょっと聞いてみてください。
サタン:ブッダのパクリにしか聞こえないんだけど、「人生は苦しいからもういい」って言っている。
Masako先生:それ、自分で苦しくしているだけでしょう?
サタン:人生は苦しいと思っていれば当然苦しくなるよ。
Masako先生:観念ですね、もう。観念にがんじがらめになっていますね。
サタン:そう。ブッダが言った教えがそうだから、そうだと信じているんでしょう? そうじゃなくて自分で自分の頭で、自分の感覚を信じて感じてみたら? ほんとうに苦しかっただけなの、人生って? そうでもないでしょう? うん、「あれ?」って顔になって来た。
Masako先生:そうでしょう。
サタン:今ちょうど(地獄界と霊界の)境目の辺りにいるね。

~ゴータマ・シッダールタの観念~

Masako先生:苦しかったら楽しくすれば良いじゃない? 何でできないの、それ。
サタン:苦しいものだって思い込んでいるからそうなっちゃうんだよね。やっぱり観念でしょう。
Masako先生:ブッダがその観念を植え付けたんですね、多くの人に。
サタン:結果的にそういうことになるね。
Masako先生:だって「生老病死、四苦八苦」とかね、苦しいことばかり言っているじゃない。
サタン:それを真に受けている。
Masako先生:それを全部「生まれることは楽しい」とかそういうふうに変えたらいいじゃない。生きることも楽しい、死ぬこともまた楽しい。
サタン:あ、今ちょっと変わったね。
Masako先生:あの人(ゴータマ・シッダールタのこと)はネガティブを極めた人だからね。言っておいてあげる、それ。皆、聞きなさい。あれはネガティブな悟りだよ、ある意味。
サタン:そうだよね、積極的な悟りじゃないよね。
Masako先生:そう、で動きが全然ない。じっと座って瞑想するでしょう? あんなのね、身体が苦しいだけですよ、動きたくてたまらなくなりますよ。静止状態の人ですよね。ほんとうに動きがない。
サタン:ちょっと上がって行った者がいるね。
Masako先生:そうですか。いいですか、ブッダはダンスができないんだよ。ダンスしているブッダはイメージできないでしょう?
サタン:確かに。
Masako先生:ダンスをするということは、楽しんで、身体を動かして。(物理次元では)肉体があるんだからね。そんなの、あなたたちがいたひずみの中で、肉体がなくてもできるでしょう? 肉体があるということは動きなさいということだからね、動かないでどうするの? 何か生まれたくなって来た、また?
サタン:うん、変わって来た。そうだよ、体験しなさい、もっと。
Masako先生:肉体がないとできないこといっぱいあるから。霊体だけでは感じられないことってあるからね。
サタン:今やっとわかったみたい。
Masako先生:じゃあ霊界に行かないとダメだよ。生まれられないから。どうですかね、気づきましたか、大分?
サタン:うん、どんどん上がってる。
Masako先生:はいはい、どんどん行ってます。光のコースに行ける人が出てきましたよ。
サタン:よかったじゃない。はい、どんどん行って。
Masako先生:光のコースに行って学んだら、またこっちに戻ってくるんだよ。
サタン:それも早めに戻っておいで。自分の肉体に戻ってもっと学びなさい。
Masako先生:1万体くらい、もう霊界に行っていますよ。
サタン:ああ、よかったね。
Masako先生:はい。後の人は? 残った人はどれくらい? 残り、少しいるでしょう? 皆行きました? もういませんか?
サタン:行ったと思うけど。
Masako先生:いないんですね? ああ、よかったです。
サタン:さすがに修行していただけあって響くね。
Masako先生:じゃあKやAよりも察しがいいじゃないですか。
サタン:そうね。
Masako先生:良かったです、今日はここを開けて。ありがとうございました、ほんとうに。
サタン:はい、じゃあお疲れさま。またね。
Masako先生:はい、失礼いたします。


<チャネリングの感想—RIKA>
チャネリングの途中から過去生回帰をして頂きましたが、とても腑に落ちる内容でした。このひずみにいたわたしの過去生はブッダの課題を生きようとしていました。仏教徒はブッダの課題を、キリスト教徒はイエスの課題を生きようとしているのだと思います。自分の課題をするために生まれて来たのだというとても基本的でシンプルなことを分かっていなかったのだと思いました。

わたしは現世でも過去生でも常にお手本を求めていて、そのお手本を目指して生きていたように思うのですが、お手本を間違えて悪の道に走った過去生がたくさんいたこともありました。誰かの模倣や追随をせず、自分にしか生きられない人生を歩む必要がありました。
Masako先生とサタンがおっしゃっていたことはどれもとてもシンプルな言葉でしたが、いろいろと学びが詰まっていました。ありがとうございました。
RIKA




さくらのアート2


◆Masakoからの伝言


~「悟りたい」という愚かな観念~


ヒマラヤのひずみには、「悟りたい」願望の者たちが大勢いました。「悟り」とは何かが真にわからないまま、「悟りたい」だの「悟ろう」だの思っている連中でした。計3万体のうち、結局1万体が消滅しています。「悟り」とはまるで程遠い魂ばかりでした。

昨日もサタンとひずみのお掃除をしたときに、契約者に「良心」を売り渡した過去生が多く出てきました。「良心」をもらっているのは、わたし(Masako)を散々攻撃してきた男女の過去生たちであり、(悪霊化した魔女などの人生を通して多くの者を騙してきた)非常に質の悪い存在たちでした。その男女の過去生と何らかの契約を交わしている者たち(個々人の過去生と分霊)が今も後を絶ちません。
たいてい気づきを与えると改心して「契約を破棄したい」と言ってくるのですが、なかには契約を解除し、それがなくなっても、良心を取り戻せない者もいます。

良心を取り戻せない者たち~

良心を取り戻せない者は、最終的には消滅させます。なぜなら、良心というのは、人間にとってもっとも大切な中核となるものだからです。基本的に良心がなければ、進化成長することができません。永遠に進化成長を遂げられないというのは、霊体として生きていても意味がないのです。
ところが良心を売り渡した者や子供の頃に無くしてしまった者は、良心というものの価値が端から理解できていないので、取り戻したいという気持ちさえ芽生えないのです。

「消滅したくない理由は?」と訊くと、たいてい「生きたい」と言います。では、「なぜ生きたいのか?」と訊くと、なかには「あまりにもバカだったからもっと勉強してやり直したい」という者がいました。
良心を取り戻すこともしないで勉強して何になるのか? と思いますね。「勉強」というのは頭に詰め込む情報にすぎません。霊体にとって軸になる最も大切なもの(善悪の判断)がなく、何も理解判断できないままの状態で勉強しても、わからないままですね。

これまでにサタンが消滅させても、なかなか消滅しない者たちがけっこういました。光を攻撃していた連中はたいていしぶとく残っていました。調べると「消滅しない」という装置が霊体に埋め込まれていたりします。消滅させられたくないので、さらに霊能のある誰かとそのような契約をして、埋め込んでもらったのでしょうが、非常に愚かで無駄な契約です。
「自分の仲間にして面倒をみてあげる」という代わりに「相手の良心をもらう」といった契約を交わし、悪行を何千回と繰り返してこの宇宙のルール違反をしておきながら「消滅しない」ということはあり得ませんし、それはただの思い込みに過ぎません。サタンやわたしが消滅させられないものはないのです。現にどんなに頑張ってみても、サタンとわたしとの協力で消滅しなかった者は、誰一人いません。

~良心とは何?~

良心を売り渡した者たちに「良心とは何?」と訊くと、皆答えることができません。
読者の中にも、「良心とは何ぞや?」と、よくわからない人がおられるのではないでしょうか?
簡単に言えば、「自分をも他者をも大切にする心」と申し上げておきましょう。
そこには「愛」がいっぱい詰まっています。愛が人間の中心軸です。
そこに照らし合わせれば、おのずから自分が成す行為、自分のあるべきよう(あるべき姿)が解ってきます。
「良心なしの極悪地獄」に堕ちる人は、自分にも他者にも愛が一かけらもない人であるということです。

皆さん、愛ある人となってください。
そして、いつも良心に照らし合わせた行動をしてください。

2018年4月6日
Masako


サソリの子はサソリ

2018年03月18日 10:47


◆「サソリとカエルの寓話」について考える


今回はチャネラーRIKAさんの手記を記載します。
皆さんも、下記の物語を読んで、自分に置き換えて深く掘り下げてみてください。



RIKAの手記から

最近はMasako先生をはじめとする光の存在などに対する攻撃がひどく、チャネリングのほとんどが攻撃の首謀者たちを滅すること、攻撃の芽を摘み取ること、そして光のほうに改心させることなどに費やされています。このような状況下である日チャネリングをさせていただいた際、改心したと思った矢先にすぐにまた攻撃をする攻撃の首謀者を目の当たりにして、以前聞いたことのある寓話を思い出したのでMasako先生にそのお話をさせて頂いたことが何度かありました。その寓話について考えたことをまとめましたので、お読みいただけますでしょうか。

寓話の内容は以下の通りです。

引用:『川の向こう岸に渡りたいサソリがいました。でもサソリは泳ぐことができないので途方に暮れています。そこへたまたま居合わせたカエルに、自分を背中に乗せて運んでほしいと頼みました。
カエルは言います。
「でもそんなことしたら君は僕の背中を刺すだろう?」
サソリはこう答えます。
「そんなことするものか。だって君が途中で死んだら僕まで溺れてしまうじゃないか」
カエルはその言葉に納得しサソリのその言葉を信じて親切にも背中に乗せて向こう岸まで渡りはじめました。
しかし、途中でサソリはカエルの背中を毒針で刺してしまいました。
「君は刺さないと言ったじゃないか」
「ごめんよ、それがサソリの性(さが)なんだ」
そしてカエルとサソリは共に川の流れの中に静かに沈んでいった。』

作者は不明ですが、ベトナムの寓話と言われているようです。
前提として、この寓話ではサソリもカエルも擬人化されたものとして進めさせて頂きます。

サソリのイラスト
<サソリについて>
サソリがカエルに対して『「ごめんよ、それがサソリの性(さが)なんだ」』と言いますが、わたしはこの行動と心理について理解ができにくく、毒針でカエルを刺すという行動をしたのはサソリ自身の選択であったのではないかと思っています。性という言葉で片付けてしまうところに開き直りの気持ちを感じてなんだか嫌な気持ちになっていました。
毒針を使うことがサソリの性であるとしても、例えばカエルに感謝し、毒針を使わないという選択はサソリにはなかったのだろうかとずっと思っていました。
しかし、性なのであればサソリが毒針で誰かを刺すのは当たり前のことなのかもしれず、不可抗力なのかもしれないと思うようになってきました。それでも「刺してしまうかもしれない」と正直に言うことはできなかったのだろうかと思うのです。

Masako : このサソリは最初からカエルをだまそうとしています。正直に言ったら、カエルは絶対に乗せてくれませんからね。あなたがカエルだったら、「刺すかもしれないよ」と言われて、果たして気前よく背に乗せてあげることができるでしょうか?
そして、サソリは嘘をついておきながら、開き直っていますね。刺すか刺さないかは本人の選択であり、刺さないことを選ぶこともできたはずですが。
この物語のサソリはそれで溺れ死んだのですから、自業自得です。
とにかく自分が毒を持ったサソリとして生きる選択をしたのですから、すべて自己責任です。サソリもカエルも、自業自得を体験することが必要だったのでしょうね。


<カエルについて>
かつてはお人好しの正直者であるカエルがバカをみるようで、とても嫌な気持ちになっていました。わたしがこのカエルであったなら、背中を刺したサソリを恨んで悪想念を放ち、サソリに騙された自分を悔やみながら死んで、『執着・悪想念地獄』または地獄界の他の領域に堕ちてしまうだろうなと思いました。

Masako :「正直者」というのは「嘘偽りがない者」という意味ですから、このカエルは「正直者」というよりは、「無知で世間知らずの者」と言った方がピッタリ来ますね。

数えきれないほどの過去生回帰をしていただき、わたしの過去生の傾向として騙され易いということがありました。騙され、付け入られる隙があったのは、自己欺瞞があるから相手の嘘を見抜けない、相手に悪く思われたくないという「いい子ちゃん」な部分があることや、相手も自分と同じように考えるだろうという思い込みがある(どちらも死ぬという非論理的な選択をしないだろうと思い込んでいる)、断って逆恨みされたくないから背中に乗せたのかもしれず、カエルにも問題はあったように思いました。

Masako : 騙されやすいというのは、基本的に無知であるからです。賢明で、かつ正常な判断ができれば、相手に対し、直感的にどこかに怪しさがあり、信用してはいけないと感じるはずなのです。相手に悪く思われたくないとか、逆恨みされたくないために行うのは自己防衛のためであり、それは自分のためにやっているのですから、「騙されやすい」ということとは少し異なるのではないでしょうか。

毒針で刺す習性のあるサソリを背中に乗せた自分の責任である、または自分もかつて過去生でサソリでありカエルを刺していたかもしれず、今、反対の体験をしているのかもしれないと思うことができたなら、サソリに殺されても悪想念を放つことなく光のほうに行けるかなと思います。

Masako: そうですね。すべてが学びで、自己が責任をもつことが当たり前だとわかったら、相手を恨むことなどはありませんね。

<もしも…>
チャネリングの合間などでMasako先生とこのお話をさせていただいて面白かったのが、カエルとサソリ、それぞれが正常波動、異常波動、魂の年代等によって行動が分かれるのではないかとお話させていただいたことでした。いくらでも考えられそうで、その後もしばらく頭の体操をしておりました。
そのうち一つだけ、Masako先生がおっしゃっていた例を挙げます。
・カエルが老年期であった場合、サソリの全てを承知の上で「刺すならお刺し、全てあなた次第ですよ」と言って背中に乗せる。(もはや悟りの境地ですね。)

このサソリとカエルが呉越同舟仲の悪い者同士や敵味方が、同じ場所や境遇にいること。本来は、仲の悪い者同士でも同じ災難や利害が一致すれば、協力したり助け合ったりするたとえ)できたら良いなと思うのですが、それを可能にするにはお互いに何が必要なのでしょうか。

Masako :ともに進化成長しようという意志ですね。

この寓話を、カエルもサソリも無事川を渡って呉越同舟できましたという状態にするためには何が必要だったかを考えました。
カエルは自分の背中は弱く、サソリが毒針を立てたら自分は死んでしまう、サソリを乗せるなら自分も死ぬ覚悟を持って臨む必要があると知る必要があったのではないかと思います。断る勇気も必要だったかもしれません。

Masako: 本当は嫌なのに断れないのは、「嫌われたくない」「後々悪く思われたくない」からです。「断ること」に罪悪感を持っていると、そこに弱みがあるので、その弱みに付け込まれるのです。不必要な罪悪感を持たないことが大切です。 

サソリは自分自身のコントロールができず、毒針でカエルを刺す可能性が高いことを正直に話す必要があったのだと思います。
互いに正直であり、また互いが己を知り、互いを理解していたならばサソリとカエルが協力し、知恵を出し合って、例えば甲羅の硬いカメ(サソリが刺しても痛くも痒くもない)に依頼してサソリを乗せてもらうことや、鳥に依頼してくちばしにくわえて川を渡してもらうこともできたかもしれないと思いました。

サソリはもしかしたら自分自身をコントロールできないという悩みを抱えているのかもしれません。過去生や遺伝等でサソリのような性質を持っていたとしても、理性や良心を使ってその性を乗り越えることはできるのではないかと思うのですが、どのように思われますか。

Masako : 理性や良心を使ってその「性(さが)」を乗り越えることができるのは、魂の年代が老年期以上の魂でしょうね。

それでは、老年期(以上)ではないサソリはどうやってその性を乗り越えれば良いのでしょうか。

Masako : 毒針で刺すこと。それが「サソリの性」なんだから、そういう性質を持っていることや自分の毒の強さをきちんと自覚しておき、しっかりとサソリとしての体験学習をすればいいのですよ。なぜって、「その体験をしたかったのだから」「自分で選択したのだから」です。とことんサソリの生を全うすればよいだけです。その体験をして気づき、極まれば、卒業できます。そうしたら、今度は毒のないやさしい生命体に生まれ変わればよいのです。何百回何千回と猛毒のあるサソリばかりやっている人は、まだ極まっていないから卒業できないのです。気づけなければ、永遠に次の段階にはいけません。それが道理です。

話が少し変わりますが、このサソリとカエルの寓話をインターネットで探していたところ、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に出てくるサソリとを対比させていた方がいました。物語の中で、ジョバンニが川の向こうの赤い火を見つけ、あれは何だろうと聞いたところ、それは蝎(サソリ)が焼けて死んだ光であることを知りました。サソリはかつて小さな虫などを殺して食べて生きていたものの、あるときイタチに見つかって食べられそうになったので逃げたところ前にあった井戸の中に落ちてしまったそうです。その場面の一部を引用いたします。(漢字を一部ひらがなに変えました。)

『銀河鉄道の夜』から引用:
『(略)
「もうどうしてもあがられないでさそりは溺れはじめたのよ。
そのときさそりはこういってお祈りしたというの、

ああ、わたしはいままでいくつのものの命をとったかわからない、そしてその私がこんどいたちにとられようとしたときはあんなに一生けん命にげた。
それでもとうとうこんなになってしまった。
ああなんにもあてにならない。
どうしてわたしはわたしのからだを だまっていたちにくれてやらなかったろう。
そしたらいたちも一日生きのびたろうに。

どうか神さま。私の心をごらん下さい。
こんなにむなしく命をすてずどうかこの次にはまことのみんなのさいわいのために私のからだをおつかい下さい。

っていったというの。
そしたらいつか蝎はじぶんのからだがまっ赤なうつくしい火になって
燃えてよるのやみを照らしているのを見たって。
いまでも燃えてるってお父さんおっしゃったわ。
ほんとうにあの火それだわ。』



燃えるサソリ


寓話のサソリと宮沢賢治の描くサソリが非常に対照的だと思うのです。後者のサソリは死を経験してサソリの性(さが)を超越したのだと思いました。

これはわたし自身の話ですが、かつて状態がひどく悪かったとき、自分ではどうしようもなくて死んだほうが良いのかもしれないと本気で思ったことがありました。それでもせっかくやる気を持ってこの世界に生まれて来たのに、何もできぬまま自分で自分の命を絶つことが難しく、天に対して、もしもうこの肉体が使い物にならないのであれば、悪霊等に使われたくはないので今すぐ殺してくださいとお願いしました。反対に、もしまだどうにか使い道があるのであれば、宇宙のためにこの肉体を器として使ってくださいとお願いしたのです。それはMasako先生にわたし自身がひどく自己中心的でエゴが強いことや、己を空しくする必要があることを何度もご指摘いただいていたものの、己を空しくするということがどういうことなのか、どうすれば良いか分からず、もう全て天に委ねようと思って願ったことでした。数日間、毎日同じように祈り続けました。
そうするうちに、思いがけない出来事が次々と起きるようになりました。それまでは悪霊のささやきばかり聞こえていたのに、祈り始めてから数日後、ハイアーセルフがわたしを叱る声が聞こえるようになりました。そこから状態が少しずつ良くなっていき、ある日、Masako先生との電話相談の最中に、突然守護神と個体がやってきました。(そのときの個体さんはわたしとは縁のない存在で、今は自分の過去生が個体として入っています。)その守護神と個体の導きだと思うのですが、ほどなくしてチャネリングができるようになりました。
この祈りによってわたしのエゴが全て消滅したわけではなく、その後も問題は次々と起きていますが、器としての肉体を天に委ねると決めたときに何かが大きく変わったとは思っています。
『銀河鉄道の夜』のサソリは死んでしまいましたが、エゴをなくす覚悟を決め、その決意を基に行動をしていけば死せずとも生まれ変わることは可能なのではないかと思います。そのためには、自分の全ての責任を自分で負う覚悟や決意が必要なのだと思います。

Masako: その通りですね。本当に改心するには、一度死なないとだめなんですよ。どうしようもない極悪非道の自分を殺してしまわないとね。
「自分を殺す」というのは、「自我/ロウアー/シャドーを消滅させる」「自己を空しくする」「自己を聖なる存在に明け渡す」ということです。これができない意気地なしは、救いようがありません。


<まとめ>
この寓話をことあるごとに思い出していたのは、自分にはカエルとサソリどちらの要素も持っているからではないかと思いました。当初は自分自身はカエルだと思っていましたが、サソリの要素もあったことが過去生回帰等でも明らかになって来ています。それもシャドーが濃くなってくるとサソリの要素が強くなってくることが分かりました。自分にはサソリの要素はないと思っていたので、嫌悪して見ない振りをしていただけかもしれません。それでもサソリの要素が自分にあることを認め、それを学びに変えて乗り越えて行こうと決めたころからシャドーは薄くなって来たように思います。わたしにはサソリとカエル、どちらの学びも必要だったと思います。

また、当初はMasako先生とこの寓話に関して対話をさせていただく予定でしたが、対話の基となる文章を何度か書いてみて、わたしは自分の疑問を先生に投げかけ、Masako先生のお返事を伺うことでより「正しい答え」や「正解」が知りたいのだと気づきました。そしてそのMasako先生のお返事を自分のものにしようと思っていたのだと思います。ここにはわたしの中にいつも存在する「いい子ちゃん」がいました。「正しい答え」や「正解」を外側に求め続けた結果、迎合しやすくて悪の手先となった過去生が多々おりました。この寓話について考えることでわたしに必要なのは他者による「正しい答え」や「正解」ではなく、「わたしの考え」だったのだとようやく気がつきました。いつかの電話相談の際、「確固たる自信がないから迎合するのよ」と先生におっしゃっていただきました。「確固たる自信」を身につけます。

そして自分にはカエルとサソリ、どちらの要素もあってそれで良いのだと思えました。どちらもあるからどちらのことも理解することができますし、どちらの要素も嫌う必要はなく、理不尽なことをされたらサソリの毒針で刺すということもできるし、川を渡りたい人の役に立つためにカエルになることもできます。わたしにはどちらもあって、そのときに必要な方を選択をすれば良いのだと思いました。

お読みくださりありがとうございました。
RIKA


バラの花


★Masakoからの伝言


地球上には1000種類ものサソリが生息しているようですが、この全部が毒を持っているわけではなく、人間にとって危険な毒を持っているサソリはそのうちの25種類ほどなのだそうです。ほとんどのサソリには特に強い毒もなく、「危険な生物ではない」とされているのです。しかしながら、毒を持っているサソリに関してはブトトキシンやセロトニンの神経毒にやられ、年間で千人ほどが死に至っているという報告もあるので、安心はできません。
特に毒が強く危険なサソリとして有名なのは「オブトサソリ」で、人間がこの毒にやられると一発でノックアウトらしいです。「ストライプバークスコーピオン」も強力な毒を持っていて、イスラムでは生物兵器として使われていたこともあるそうです。

つまり、同じ「サソリ」に属していても、さほど危険ではないサソリもたくさんいるし、非常に毒性の強い危険なサソリもいるということです。
これを人間に置き換えますと、同じ「人間」に属していても、温厚で危険性のない人物もいれば、非常に質(たち)の悪い極悪非道の危険極まりない人物もいるということです。個体差と言いますか、質の幅が大きいということですね。
では、なぜそのような個体差ができてくるのでしょうか。

猛毒を持ったサソリが猛毒を持った父母から生まれるように、元々ダーク度が濃い親神から生まれてきた場合、その「親神の質」をもらっているわけです。その上、それに輪をかけたように極悪非道なことを繰り返し、何の気づきもないままに転生を繰り返すと、本当にどうしようもない性根の腐った魂となってしまうということです。

ダークサイド(ひずみ)にいる魂というのは、個々の人生に光が注入されなかったため、何の気づきも得られないままで、もう転生ができなくなった者たちです。それで、何とか分霊などを誕生させて挽回しようとするのですが、そんな質の悪い子どもを産んで育てるという契約をしてくれる母親がいないのです。それで、「産んでくれさえすればそれでいいから」といった短絡的な内容で契約してしまいがちとなります。
親になる者も、「産むだけなら、まあ仕方がない」ということなのでしょうね。
それで誕生しても「母親の愛を知らない孤児」ばかりとなり、学校にも行けなくて、悪に身を落として若くして死んでしまうというケースがほとんどなのです。
たとえ膨大な数の転生をしたとしても、意味のない/気づきのない人生を繰り返すだけです。実際に過去生回帰をしていて、そのようなパターンを繰り返していた魂を多く見かけます。

この魂たちに何が足りないかというと、「自己の魂の進化と成長」への意欲です。ただ単に生まれてきたいだけ、生きながらえたいだけなのです。だからすぐに簡単で楽な生き方、たとえば他者の金品を奪う「窃盗」のような悪の道のほうに流されていくのです。光や愛を体験していないのですから、光や愛の重要性が理解できないし、そんなものは要らないと思い込んでいるのです。究極は「愛の欠如」から起こっていることなのですが、本人にはそのことがわかりません。
そういう魂たちに光の放射をすると、「こんな暖かくて、心地よいものがあったんだ。初めて知りました」と言って、小躍りして喜ぶのです。それで、「消滅」を免れて「地獄界」を飛び超えて「光の領域」に上昇できた者たちも少なくありません。

ともかく、その魂に光が注入されないと、気づきが生まれないし、進化成長できないということを、しっかりと脳裏に刻んでおいてください。
サソリの子はサソリです。
そんな自分が嫌で仕方がないなら、一度自分の尾っぽにある毒針で頭を刺して死んでみることです。

2018年3月18日 
Masako



課題の個人レッスンに取り組まれている皆様へ

2018年02月21日 08:15


課題の個人レッスンに取り組まれている皆様へ



さざんか1


★これまで何年も課題に取り組んでこられた人たちへ

最近は特別電話相談で学んでいる人が多く、あまりレポートを書く人が少なくなってきました。
その月の末までに「電話での課題の相談」を元に「まとめのレポート」を書くということにしておりますが、それにこだわらなくても、意欲のある人は何度でもレポートを提出してくださればコメントを差し上げますので、クリアできるようがんばっていただきたいと思います。


★新しく課題を始めた人たちへ


日本語が理解できていないのか、問われていることを把握できずにとんちんかんなことを書いていたり、質問の答えをきちんと書けていなかったり、課題の掘り下げ方が浅いと、コメントを差し上げることさえできないことがあります。もちろん、こちらが何も書くことがないほどよく書けていて、優秀な場合もあります。その場合は、「申し分ありません」と書きます。
コメントや質問がたくさんある人は、そこから次々と進んでいくことができるので、クリアするのもかなり速いです。1か月に最低2回提出としておりますが、自己探究の意欲があれば、何回でもかまいません。とにかく課題をクリアするために強い意志をもって努力している人に対しては、サポートを惜しみませんので、遠慮なくご提出ください。

コメントがとても少ない人は、自分のレポートをよく読んで反省してみてください。

また、最近は非常に多忙であるため、すぐにお返事ができないことが多くあります。数日返事がないからといって不安になったり、不信感を抱く人がいらっしゃるようですが、たった1日でも「待てない」ということは異常波動の兆候なので、そのことを頭に刻んでおいてください。

60分間の電話相談」を受けない人がおられますが、わざわざその機会をつくっているのですから、ご自分の波動の状態を知り、課題を深めるためにも、できるだけ早い時期に受けてください。



★悪霊や質の悪い過去生や分霊に足を引っ張られている人たちへ


地獄界/ダークサイドにいるだけではなく、そこに行くのが嫌で、ひずみに隠れ潜んでいる過去生や分霊が大変多い人や、これまでに質の悪い「霊能者」に関わっていた人は、間違いなく足を引っ張られています。必ず光に対して「不信感」を抱かせ、せっかく「光のコース」で学ぼうとしているのに、すぐにそこから引き離そうとしてくるのです。ご本人は気づいておられなくても、毎日地球界の「ひずみのお掃除」をしておりますと、ひずみのなかにその人の過去生が出て来ることが結構あるのです。随分前に学んでいた人で、もうすでに光との繋がりがない人たちの過去生や分霊もいます。

「光のコース」を1か月も経たないうちに簡単にやめてしまうのは、そのような魂たちの悪の誘惑に負けてしまい、ダークサイドに引きこまれたということを知ってください。すべて自由意思なので、わたしのほうはその人がどのような選択をされようとかまわないのですが、千載一遇のチャンスを失ってしまって、もったいないなと思います。




さざんか2


◆3月光のコースの募集



1 一般電話相談:波動調査つき60分10,000円
2 特別電話相談:60分×4回分
(毎回波動調査・プラーナ量の確認・保護の確認・磁場の確認・過去生回帰・課題についての質問や相談など)45,000円
3 課題の個人レッスン:
(個体の調査+課題の提供+レポートの提出1ヵ月につき最低2回+電話での相談月1回60分)20,000円
4 浄化修復プラーナの補充:12,000円(メールで受け付け、浄化前と浄化後の詳細カルテを届けます)
5 電話相談中での浄化修復プラーナの補充:10,000円

◆募集期間:2月21日~25日まで




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