死後姿をあらわした聖者たちとアセンションのお話

2010年08月29日 13:30


死後姿をあらわした聖者たちとアセンションのお話



あなたは、「死後、人前に自分の姿をあらわした偉大なる聖者たち」をご存知でしょうか?

イエス・キリストは死んだあと、「自分の肉体の姿を弟子たちの前に現わした」と聖書には記されています。
人間は死によって消滅はしない」ということを、実証して見せたのです。

ここで、聖書をあまり知らない人のために、イエスがなぜ十字架にかけられて処刑されたのかをお話ししておきたいと思います。


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「ユダヤ教保守派」の司祭たちは、当時「ユダヤ教の革命家」であったイエスが、自分をキリスト(救世主=ユダヤの王)だと言ったことに対して、まったく気に入らず、腹を立てていました。
しかし、同じユダヤ人を殺すことはできないという掟があるので、なんだかんだと言いがかりをつけて、イエスを「ローマ帝国」の手によって処刑されるように仕向けたのです。

結局イエスは不届き者として、ふたりの犯罪者たちとともに十字架につけられました。
そのときにイエスが残したとされる有名なことばがあります。

聖書に書かれた「イエスのことば」の解釈というのは、人それぞれです。
神父や牧師と呼ばれる人の解釈もさまざまでしょう。

わたしはクリスチャンではありませんが、「イエスのことばの意味」について、たまに考えることがあります。
明瞭で簡潔な上、非常に奥深いものがあるからです。
ここでその「イエスが残したことば」について考察してみたいと思います。
それは、つぎのことばです。

父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです


さて、これはどういう意味なのでしょうか? 
イエスのように尊い存在を十字架につけて、亡き者にしようとしている愚かな者たちをあわれみ、その悪行さえ許してくださいと言っているイエスの寛大さに感激する人もいるでしょう。

イエスのような意識をクリスチャンが皆持っていたなら、そして、このイエスのことばに従順に従っていたなら、戦争なんかは絶対しないはずなのですが……。

きっとキリストの信者と名乗る人たちが戦いつづけているのを見て、イエスは心からこう言ったことでしょう。
父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」と。

この「彼らは何をしているのか、わからずにいる」というのは、
「イエスを十字架につけた人たち」に対してだけでなく、
気に入らない他者をこの世から消そうともくろむ全世界の人たちに向けて発せられたことばであると、わたしには思えます。



★ イエスの生命は永遠 ★



★イエスを亡き者にしようとしても、彼が死ぬことはけっしてありません。
なぜなら、「イエスの生命は永遠」だからです。
彼らは全く不可能なことをしようとしていたのです。


ですから、イエスはこんなふうに言ったのではないかと思われます。

★「父よ、この愚かな者たちは、わたしを殺しても死なないということを夢にも思っていないのです。肉体を殺しても、わたし自身はけっして消滅しないということを知らないのです。
父よ、このように、わけもわからずにわたしを殺そうとしている愚かな者たちをどうかおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」



★もちろん殺しても死なないのは、イエスばかりではありませんね。
どの人も皆同様です。
いくら肉体を殺しても、その人自身(意識)は生き残り、決して死ぬことはありません。
姿かたちがなくなったとしても、その人の本質が消滅することはないのです。

「肉体」が消滅しても「意識」が消滅することはないのですから、本人がそうしようと意識すれば、物質化して姿を現すこともできるし、写真にも写ることができるのです。


この復活物語は創作だと言う人たちがいるかもしれません。
しかし、イエスが「復活」したとしても、まったく不思議はないのです。
物質化現象とは、幽霊現象のこと」なのですから。

★物質化現象は、イエスでなくても、してみせた人はいます。
パラマハンサ・ヨガナンダは、彼の先生だったスリ・ユクテスワ復活を「実際にこの目で見、このからだで体験した」と記していますし、
ラヒリ・マハサヤも、*マハサマディーの翌日肉体をもって復活した」とあります。

(*完成したヨギがこの地上を去るとき、意識を保持したまま肉体を捨てて神の霊の中に融合する最後の瞑想をマハ(偉大な)サマディーといいます) 

このような人々は肉体を捨てて「あの世」へ行っていますが、肉体をそのまま持っていく人もいます。
いわゆるアセンションですね。



ハート
アセンションは、
自分の肉体を自分自身(霊)と一緒に持っていくこと。
自分の全存在を別の次元に持っていくということです。
ですから、アセンションした人間に「肉体の死」はありません。


アセンションしたマスターは
思考を使って身体の分子構造の振動数を
光の世界と同じ振動数に上昇させたり、
物質世界と同じ振動数に下降させたりして、
意のままに行き来することができるのです。
そうなれば、もうどこへも(どの次元でも)自由自在に現れることができ、
自分を生んでくれる母の子宮を探す必要はなくなくなります。
つまり、輪廻転生する必要はなくなったということなのです。
 
過去から現在に至るまで、
そんなふうに自由自在になりたい人たちは、
アセンションしたマスターたちにあやかって、
さまざまな修行を試みてきたわけですね。

あなたはいかがでしょうか?
肉体をもったまま、アセンションがしたいでしょうか?
 





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