困ったちゃんの心理①~天邪鬼になる心理とは?~

2016年10月07日 00:00


困ったちゃんの心理① 
~天邪鬼になる心理とは?~


光のコースの「課題の個人レッスン」や「波動調査」の受講者さんたちに対して、毎日のようにさまざまな問題提起をして気づきを得ていただいておりますが、これまで一筋縄ではいかないと感じてきた人たちに共通したパターンがあることがわかってきました。
誰もが何かしら困った悪癖を持っておられて、事あるごとにそれを繰り返していること、ロウアーセルフと悪霊との関係、過去生とネガティブ霊との関わりなど、皆さんに共通した「ある心理状態の傾向」が異常波動を強く引き寄せていることを知ることができました。

不可解だと感じながらも、それらはすべて霊的な悪影響のために起こっていることであるため、それを外し、その時々の問題を解決していけば正常波動に戻るという楽観的で前向きな考え方がカヴィーシャにはあったようですが、それだけではすまされないもっと深い心理的な病理があることを、わたし(ROM )は強く感じるようになっていました。

たとえば、カヴィーシャの頃から関わっていたある人物について回想してみますと、頻繁に起こる霊障害がどこから生じているのかを見極めるのに時間を要しました。
人格がコロコロと変化する多重人格、ひとつの意識に統合できない「解離性同一性障害」が甚だしく見られたので、初めのうちは戸惑うことが多かったのです。その人格の解離状態が、霊的なもの(別の霊体が肉体に憑依したり、入ったりする)から生じているのか、それとも霊的なもの以外の幼少時のトラウマが原因で起こっているのか、その両方があるのか、他の障害もあり、複雑化しているのか、不可解な面が多かったため、なかなか理解ができにくかったのですが、実験と観察を続けていくうちにようやくそれが「境界性パーソナリティ(人格)障害」の症状とピタリと当てはまることで、解明の道が開け、納得できたしだいです。
つまり、霊的な障害(ネガティブ霊の影響)は甚大であるが、「境界性パーソナリティ(人格)障害」を抱えているからこそ、異常波動を強く呼び寄せていたということです。

その後、「境界性パーソナリティ(人格)障害」の心理状態について考察を続けるうちに、それにまちがいなくピッタリと当てはまる人、その気(け)のある人たちが沢山出てきました。

今回は、「境界性パーソナリティ障害と悪霊との関係」について語る前段階として、「天邪鬼(あまのじゃく)」の心理について、お話をしてみたいと思います。




秋の実


◆相反する気持ちを同時に併せ持つ不可解な人たち



この世界がすべて二元性で成り立っていることは、すでに皆さんはご存じであると思いますが、「相反するふたつの気持ち」が人間の心に共存することについて、少し考えてみたいと思います。

自分が好意を持っている人から「会いたい」というメールが来たとしましょう。
あなたは、本心ではその人に会いたくて、話したくてしょうがないのに、なぜか「絶対に会いたくない。顔も見たくないわ」と、本音とは逆の拒否のメールを返信したことはなかったでしょうか?

ほんとうは好意を抱いていて、相手に甘えたり、やさしくしてもらいたいのに、逆に相手を困らせるようなことや嫌がらせをしてみたり、相手に悪態をついたり、攻撃したりしてしまったことはないでしょうか?

もしあなたにそれがないのであれば、そんな友人や恋人と関わったことはないでしょうか? 
ほんとうは好きなのに、ついその相手を否定し、虐めてしまうといういじめっ子が、クラスにひとりくらいはいたのではありませんか?

ある時には相手を愛し、求めているけれども、別の時には嫌いになったり、拒否したりすることというのは、誰にだって一度くらいはあるはずです。
しかしながら、「大好き」という気持ちと「大嫌い」という相反する気持ちを同時に併せ持つことが多くある場合などは、心理学的には※アンビバレンス(両価性)と呼ばれている「ある種の病理の特性」として扱われることがあるのです。

※アンビバレンスとは、ひとつのものに対して、相反する感情が存在すること。何らかの抵抗や禁止を受けたとき、反抗しようとする感情をもつことはよくあるが、両価性の強い人では特に起こりやすい。思春期に反抗的になりやすいのも両価的な矛盾を抱えていることが多い。
一方で、ものごとに相反する側面があるということを受け入れられず、ひとつの視点でしかものごとを見られない場合も、問題が起きやすい。自分の視点でしかものごとが考えられないので、ある種の頑固さをもっており、他人の意見を受け入れられないことがある。

人間というのは、「本心とはまったく異なった言動ができる」というだけではなく、さらに「正反対の気持ちを同時に併せ持つことができる」不可解極まる生き物であると言えますね。

ふーっ!


◆「天邪鬼になる心理」とは?



天邪鬼(あまのじゃく)というのは、わざと人に逆らう言動をする人。つむじまがり。ひねくれ者のことを言いますね。民間説話に出てくる物まねがうまく、他人の心を探るのに長じる悪い鬼のことです。
とにかく、わざわざ相手が望んでいることと正反対のことをする人のことを「天邪鬼」と言います。

わたしがとても共感を得ている精神科医である岡田尊司氏(京都大学医学部卒、同大学院高次脳科学講座神経生物学教室、脳病態生物学講座精神医学教室にて研究に従事)が、その著「あなたの中の異常心理」の「強情や意地っ張りとは何か」の箇所で、つぎのように述べられていました。
今回皆さんにお伝えしたいことがすべてそこに網羅されていると思いましたので、岡田氏の文面を記載させていただきます。

素直に振る舞える人と、つい意地を張ってしまう人がいる。同じ人でも、場合によって素直に振る舞えるときと、張らないでもいい意地を張ってしまうときがある。
意地を張っても明らかに損だとわかっているときでも、盾を突いたり、自分の言い分に固執しようとする。それで余計に攻撃や非難を受け、散々な思いをするのだが、そうしないではいられないのだ。その人自身も、なぜそうした衝動に駆り立てられるのかはわからない。
だが、「これをしなさい」と言われると、余計に「するもんか」という気持ちになってしまう。正反対のことをして、相手を苛立たせようとすることもある。相手の言っていることがもっともだとわかっているときでも、唯々諾々(いいだくだく)と受け入れるのが腹立たしい。

素直な心の状態というのは、自分だけでなく相手の気持ちを汲んだり、それに配慮できる状態である。その意味では、共感的な心の状態だと言えるだろう。
それに対して、意地を張ってしまう状態というのは、相手の気持ちよりも、自分の気持ちにとらわれており、相手の気持ちを汲みとったり、配慮したりすることができなくなっている。 (岡田尊司著 あなたの中の異常心理 幻冬舎新書)


岡田氏は、多くの異常心理は、自分の気持ちや考えにだけ固執した「我執=自己への執着」に由来する部分が大きいとし、脳機能レベルの理解から言えば、前頭前野によるコントロール低下により、偏桃体などから生じるネガティブな情動を抑えきれなくなった状態を反映したものだと考えておられるようです。
以下にまとめてみました。



◆「我を張った状態=我執」とはどういう状態のことか?



我を張りやすい状態
前頭前野によるコントロールが弱い
偏桃体などから沸き起こってくる情動が激しすぎる
脳がうまく機能していない状態 機能不全に陥った状態 
低次の状態に転落した状態
もっとも低次元の本能的な自己愛、未熟な自己愛に振り回された状態

未熟な自己にとらわれる状態になる原因

幼い頃の不安定な愛着や心の傷
特に母親との愛着に対する問題 幼少時における愛情の欠如
                    
「素直になれない人」にみられやすい行動パターン
自分の本心とは反対のことを言ったり、したりする
ほんとうは甘えたり、愛されたいのに、それを素直には表現できずに相手を非難し、困らせるような仕方で表現してしまう

天邪鬼反応をする原因
自分が愛されていないと感じている
愛情不足の中で育った人
重度の愛着障害を抱えた人
母親に甘えたかったのに素直に甘えられなかった人
母親を求める気持ちと母親を拒否する気持ちがある状態

その心理の背景
要素Ⅰ
自分のほうが心理的優位に立とうとする気持ちがある
愛されていることに確信がもてない
こちらから愛を求め、相手の思惑に従属することは、相手の優位を認めることであり、受け容れられない
自分の優位にこだわろうとすると、素直に本心を吐露することは弱みを見せることであり、危険だと考える
攻撃したり、無関心に徹したほうが、自分の心理的優位を維持しやすい

要素Ⅱ
相手に愛を求めたりしたら、拒絶されるのではないか、裏切られるのではないかという疑心暗鬼の念があり、そこから生じる先回りの心理がある
自分は愛される価値がないと思い込んでしまっているため、どうせ嫌われるなら、こちらから先に嫌われることをしてやろうと考える
たとえ今まで愛情をくれた人であっても、最終的には自分を見捨てると考え、先を見越して問題を起こしてしまう
原因と結果が入れ替わる「因果律の逆転」を引き起こす

要素Ⅲ
自分が愛されていないという思いや、自分の気持ちをわかってくれないという苛立ちから生じる怒りや攻撃的な気分がからみ、冷静にそのときの状況や相手の気持ちを推し量ることが困難となる
その瞬間の自分の傷ついた思いに支配されるがままとなり、相手の期待に反したことを、あえてやろうという半共感的な行動に向かう


~まとめ~

★アンビバレント(両価性)の強まっている相手に何かを強要すると、正反対の行動を行うことがある。
★子供が親に勉強しなさいと言われてやる気が無くなる場合などはよくあるが、これが大人になっても頻繁に現れる場合は、社会生活を営む上で障害となる。
★逆説的な反応を示す人は何らかの不安を抱えていることが多く、そのなかでも「愛されていないことに対する不安」がある。
★自分に興味を持って欲しい、自分だけを見て欲しいという欲求から正反対の行動を取ってしまう。
★愛されたいがゆえに心理的に優位に立とうとする。
★「愛されないなら、こちらから嫌われよう」という心理が働くこともある。
★相手が期待していることとは正反対の行動を取ることで嫌われようとする。
★愛着に傷を持つ人は、過去に受けた否定的な体験のため、ネガティブな情動に関わる偏桃体の活動が活発になりやすい。
★疲労やストレスによって、前頭前野のコントロールが低下したとき、偏桃体に刻まれた否定的体験から生じるネガティブな情動を抑えきれなくなり、思いがけない攻撃性や感情の爆発が起きやすい。
★逆接的反応(天邪鬼)は、嗜虐性や解離と結びつきやすい。



カリオプチリ


◆ROMの伝言



「見て、見て、わたしを見て!」と自分に対して愛情や関心がほしいにもかかわらず、なぜかその相手に背を向けたり、攻撃したり、逆説的な反応を起こすあまのじゃく。
素直になれずに心を閉ざすあまのじゃく。
意地っぱりで頑固にふるまうあまのじゃく。
相手の意に背き、信頼を裏切るような行動をとってしまうあまのじゃく。
気分や感情のコントロールがうまくできず、気分の上がり下がりが激しいあまのじゃく。
些細なことでも傷つきやすく、傷つけられたと感じると、ネガティブな感情にとらわれて爆発し、攻撃する。あるいは、逃避してしまうあまのじゃく。
依存したい相手に助けを求めるくせに、手を差し伸べられると拒否を示し、その手を振り払うあまのじゃく。

そのように本心とは逆の反応をするあまのじゃくは、真に愛情に飢えていたのだろう。
幼い時に思う存分甘えられず、母子の信頼関係を持てなかった子どもが、「あまのじゃく病」にかかるということを知ってほしい。

そして、自分が「あまのじゃく病」にかかっていることに気づいた人は、自らその病を乗り越えようという意欲をもってほしい。

おとなになったあなたなら、もうその原因をつくったお母ちゃんのせいにはしないこと。
そもそもそのお母ちゃんを選んだのは、あなた自身なのだから。
あとは自分の問題として受け止めること。

真に自分自身の問題だと気づいたとき、その問題は半ばクリアできている。
要は気づくこと。思い込みや思い違いではなく、真実に気づくこと。
目に張り付いた鱗を取り払うこと。
澄んだ瞳で自分を見つめ直し、相手を見つめること。
そうすれば、異常波動の天邪鬼は、正常波動の素直な天の娘、天の息子になるだろう。



次回は『困ったちゃんの心理②~異なるタイプの境界性パーソナリティ障害~』について考えてみたいと思います。

2016年10月7日 ROM光のお母さん




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