悔い改めるということ

2016年03月19日 18:40


◆4月の受講生の募集


4月からの「波動リーディング」の受講生と「課題の個人レッスン」の受講生を募集します。
詳細は『2016年「気づきのコース」のご案内』をご覧になり、21日~25日の期間のみにブログ左わきにつくるメールフォームからご応募ください。
 ↓クリックしてください
『2016年「気づきのコース」のご案内』

4月の募集は終了しました。新しい自己探究者を迎えることができ、嬉しく思っています。
共にがんばっていきましょう。





女性1 女性2


◆人間なら、人間らしく生きよう!



銀河には、1000万程度の星で成り立つ矮小銀河から、100兆個の星々を持つ巨大な銀河まであると言われています。気が遠くなるような沢山の銀河の中の、これまた膨大な数の星星の中から、あなたはなぜこの地球を選んできたのでしょうか?
そのように訊かれたら、あなたはどのように答えますか?

「地球が好きだから」「地球で過去生のカルマを解消したいから」「地球がどんなところか、知りたかったから」など、いろいろな回答が返ってくるでしょう。
「人間になりたかったから」というふうに思った人はいらっしゃるでしょうか?

あなたは「地球人になりたいからここに生まれてきたかったのだ」と思いましたか?

まちがいないのは、みな「地球人」つまり「人間になりたかったから」ではないのでしょうか?
人間を選んだのなら、真に人間らしく生きてみることです。それが、第一番目の自分の目的を果たすことですから。
地球人として学びに来た魂は、しっかりと「地球人」を全うしてください。

異星人になりたいなら、異星に行けばよいのです。ここは明らかに「人間」の住む領域なのですから。邪魔をしてほしくはないし、人間にとってマイナスになるようなエネルギーは来ないでもらいたいものですね。

わたしは今回地球に生まれてきましたが、人間らしい人間として、この生を全うできたらいいなと思っています。わたしはこの地球で人類を創生した(厳密にいえば、要請され、創らされた)過去生を持っていて、人間に対してはとても愛着があります。創った責任を感じていますし、人類の魂の成長を誰よりも願っている者の一人です。
ですから、わたしは主に光の仕事(浄化)をしにやってきたというよりも、人類の魂を進化・成長させるための教師としてやってきたのです。わたしの過去生を探りますと、どこの星でも教師をしていたことがわかります。ですから、どこに行っても、至る所に教え子である子どもたちがいるのです。それはとてもラッキーなことで、地球に来ても、そんな子どもたちを見つけると、本当に嬉しくなってしまいます。

最初は光に満ちていた子どもたちも、さまざまな転生を経て、ダークサイドに行ってしまったり、暗黒の領域から生まれ変われなくなったりしている人たちも数多く見受けられます。彼らが元の居場所に戻ってこられるよう、導いてあげたいというのが、わたしの今生での目的です。

ここで、イエスが迷える羊を探しに行った話をしたいと思います。



  羊のシルエット


◆迷子になった羊



ルカによる福音書」の15章の4には次のように書かれています。

あなたがたの中に、百匹の羊を持っている人がいて、その一匹を見失ったとすれば、九十九匹を野原に残して、見失った一匹を見つけ出すまで探し回らないだろうか。そして、見つけたら、喜んでその羊を担いで、家に帰り、友達や近所の人々を呼び集めて、『見失った羊を見つけたので、一緒に喜んでください』と言うであろう。よく聞きなさい。それと同じように、罪人がひとりでも悔い改めるなら、悔い改めを必要としない九十九人の正しい人についてよりも大きな喜びが天にあるであろう」(15:4~7)

主は、たとえ九十九匹を野原に残しておいても、真に心から悔い改める羊を探し求めているのです。悔い改める必要のない九十九匹の羊よりは、たった一匹でも悔い改める人が与えられることの方が大きな喜びだと言っているのです。
この羊飼いが「いなくなった一匹」をかけがえのない羊として、深く愛していることがわかりますか?

この百匹の羊のうち、いなくなった一匹の羊は、もともと一つの群れの中にいた羊でした。この「迷子になった羊」「見失われた羊」「失われた者」には「滅びる」という意味合いがあると言われています。なぜ「滅びる」のかと言いますと、もともと本人がいた場所から外れてしまっているからです。これが、「滅びの道」を歩んでいる者であり、道を踏み外して迷子になってしまったということなのです。

迷子になった羊」が「救われる」ということは、「本来の自分がいた場所に戻る」ということです。
本来自分がいるべきところに戻ってくること。羊なら羊飼いの元に帰ってくることです。
帰るべきところに帰って、神の前で神と共に生きること」それが人間の本来の姿ですよ、ここに立ち返ることが「悔い改めの信仰」なのですよと、イエスは説いているのです。


すみれ2


悔い改めるということ



悔い改める」とは、今まで自分の思考の方向が間違っていたことを認め、「方向を転換すること」です。単に変わるのではなく、良き方向に変わるという意味です。
自分の罪を認め、罪を告白して悔い改めるならば、暗黒の世界から明るい光の世界へ立ち返ることができますよということです。心が真に改まれば、もう二度と同じ過ちや悪をおこないたいとは思わないからです。
同じ過ちを繰り返している限り、「悔い改めた」ことにはなりません。

罪には「人間に対する罪」と、「神に対する罪」の二種があると言われています。「人間に対する罪」は、その人に心からお詫びをして和解すれば解消されますが、 「神に対する罪」は簡単にはいかないようです。

悔い改める」とは、してはならないことをした罪だけでなく、なすべきことを怠っている罪も悔い改めよということです。そこまで深く考えてほしいと思います。

人間は「悔い改める」ということが大変苦手なようです。(もっとそれができない異星人の種族がいますが)自分の非を認める、自分の罪を認めるには、大きな決断がいります。簡単に「ごめんなさい」という言葉を口にすることは出来ても、心から悔い改めて、涙ながらに土下座して謝罪することなどは、なかなかできませんね。

過去生回帰の課題をやっている受講者さんのところに、過去生で恨みを持つ者たちが執拗にやって来るケースがあります。いくら謝っても簡単に許してくれない霊たちが結構いるのです。それだけ悪いことをやったのですから、本人は相手が許してくれるまで謝り続けるしか術はありません。本人が真に謝罪できたかどうかは、その人の波動でわかりますが、特に霊は相手のオーラまで見抜きますから、人間よりも厳しいのです。

最近東京から来られた24歳の女性の過去生回帰をしたのですが、どの過去生も相手に恨まれることばかりしていたので、主に謝罪をするセッションとなりました。
その次の日も、やはり異なった過去生で人を苛めていたことがわかり、彼女と仕事場で話をしていたら、恨みをもつ霊たちが次々とやって来たのです。
最初、彼女はプライドがあって、本気で謝ることができませんでした。しかし、最終的には涙ながらに「ごめんなさい」を言うことができ、彼らが許してくれたのでした。
「きっとこの程度では許してもらえない」と彼女は言っていたのですが、それでも彼らは許したのです。
「その程度で許してくれたのだから、ほんとうに優しい人たちだね。心から感謝してくださいね」と言ったら、また彼女は泣いていました。でも、今回の人霊たちが優しく許容力があったからで、まだまだその謝罪が甘いことは自覚しておいてほしいと思いました。



すみれ3


◆素直に助けを求めること



このテーマで、以前にも記事を書いた記憶があるのですが、プライドが邪魔をして、なかなか素直に助けを求めることができない人が多いので、再度違った視点からお伝えしておきたいと思います。

人間は、どん底まで落ちて、死を覚悟するぎりぎりのところまでいかないと真に光の方向に顔を向けて「神様助けてください! どうか罪深い私をお赦しください。こんな私をどうか救ってください!」と叫び声をあげることができないようです。
プライドがあって、他者の力を借りるのが嫌で、自力で何とかしなければと思う人ほど、気が付いたら、もうどうしようもないところまで堕ちていたということはよくあることです。素直に「助けてください」と言うことができないのです。

自分で自分を救うことができないとき、道を踏み外して落ち込んだ穴の中や、迷い込んでしまった暗闇の中で、「どうか助けてください!」と叫んでみること。そうすれば、光の導き手は救いの手を差し伸べてくれるでしょう。
悔い改め、素直に助けを求めることは、新しい人生を歩むためには、欠かすことのできない要素なのです。



◆外側の人生を変化させるために、内側の人生を変化させること



過去生の課題などで、多くの人を苦しめていて、少なからず恨みを持たれていることが発覚した場合は、とにかくなぜそのような事態に陥ったのかを掘り下げていくことが肝要です。
たいていは、そんなことをすることは別に悪いことでもなんでもないと思っており、親から受け継がれていることが多いのです。親も、そのまた親も、共通した課題を持っているので、誰もそれをたしなめてくれる人がいなかったのです。多くの奴隷や使用人を使っていた大金持ちの主などは、奴隷を虐めることを悪いとは思っていないケースが多いようです。だから、その親の子どもも同じように使用人を虐めるのです。先祖代々に伝わる問題というのは、そういうところにあるのです。


ふたつのハート

外側の人生が変化するためには、内側の人生を変化させることです。
あなたがこれまでの過ちを悔い改め、内側から真に変わったなら、
変わった分だけ、あなたの外側の人生は変化します。

自分の課題を掘り下げていくことはつらいことかもしれません。
ネガティブな感情が噴き出して、前に進むことができないこともあるでしょう。
でも、それを克服できたときの喜びと爽快感は、その苦しみを通過したからこそ味わえることなのです。
あなたの人生をひとつひとつクリアしていくことに、どうか喜びを感じていただきたいと思います。

2016年3月19日
愛と感謝 カヴィーシャ・光の仕事人






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