あなたが愛の炎、愛の灯となりなさい!

2016年01月30日 20:08


皆さん、お元気でお過ごしでしょうか?

このところの記録的な寒波の影響で、水道管の凍結や破損による断水や給水制限があり、九州を中心に中国地方の各地でもその制限は続きました。

わたしが住んでいるところでも、水道局が圧力を下げて水道水を供給したことから、水が大変出にくい状態となり、あまりに水圧が低すぎて、お湯が出ない日もありました。今現在はようやく通常に戻ったようですが、まだ断水している地域もあるようです。
こういうことが起こらないと、わたしたちは水やお湯が出ることのありがたさに気づきませんね。

まだまだ寒さは続きますが、自分の内側に暖かい光(愛)を留めて、自らが愛の炎となって過ごしていただきたいと思います。

今回は、昨年からネガティブエネルギーの影響を受けながらも、諦めずに課題に取り組んでこられたA.Yさんのレポート内容をお届けします。今回初めての掲載です。皆さんにも思い当たることが多々あるのではないかと思います。
マイナス思考からプラス思考になっていかれた経緯が顕著であり、今はとても明るくなられたことが本当に嬉しいです。




夕のなかを飛ぶ白鳥
      ( 安来平野にて 夕日のなかを飛ぶ白鳥 )



◆課題の個人レッスンより 
 キーワード「役割」について③


                       A.Y 40歳 女性 東京



2016年1月22日 カヴィーシャのコメント

今まで、「完璧で良い人」を演じてきたように思います。常に、自分自身を「〜ねばならない」という言葉でがんじがらめにしていました。もちろん、どうしてもやらなければならないこともたくさんあります。でも、できないこともある。そのできないことを、私は自分に許そうとしてきませんでした。常に完璧でありたい、人に賞賛されたいと思ってきました。自分が完璧であることによって、他者に対する優越感を得たいという気持ちもありました。「自分が他人よりも優れている」という根拠を得るために、いつも無理をしていたように思います。馬車の御者が馬を鞭打って無理に疾走させようとしているようなことをしていたなと、自分に対して申し訳ない気持ちになりました。また、嫌いだったり苦手だなと思う人の言動が気になることが多く、「嫌いだったら放っておけば良いのになぜ気になるのだろう?」と自分でも疑問に思っていましたが、それはその人の嫌な面と自分とを比較して、「自分はああいうことはしない」と優越感に浸るためだったのだと気づきました。そう気づいた後は、世の中にはいろいろな人がいるのだし、他人と自分を比較することには全く意味がないのだと思えるようになりました。

★すばらしい変容です。

また、人に褒められたり良く思われたりしても、自分が苦しかったりつらかったりしたらそこに一体どんな意味があるのだろう?とも思いました。他人から見て「良い人である私」をずっと演じてきましたが、自分に対して、「他人がどう思おうと、自分が心から楽しめること、本当にやりたいと思うことをしようよ」と、生まれて初めて心から言えたように思います。

★よかったですね。

昨年の夏頃から、趣味で行っているオーケストラ活動を心から楽しめず、日々の楽器の練習や週末に合奏に行くことを負担に感じていました。好きだからやっているはずなのに、それが負担になっては本末転倒だと思いつつも辞めることができませんでした。そこには、「いま私が辞めたら周りの人が困るに違いない」という思い込みがあり、私は「オーケストラにとってなくてはならない存在」という役割を演じたかったのだと思います。また、「オーケストラで演奏する自分」という役割も演じたかったような気もしました。楽しいこともたくさんありましたし、音楽は本当に好きですが、ある時仕事中にふと、「私は翻訳は12時間ぐらいほとんど休憩なしで続けてできるけれど、楽器の演奏はこんなにはできないな」と思ったのです。その時に、今は楽器よりも仕事に集中したい、もっと勉強をしたいと強く思いました。
今月末にオーケストラの演奏会本番があるので、本番では今までで一番良い演奏ができるよう、自分にできることをやって、何よりも演奏を楽しみたいと思います。でも、「ああ、私のオーケストラにおける役割と関係は、一旦これで終わりなのだ」と思いました。
ここ数年、週末をオーケストラ活動に捧げる生活を送ってきましたが、私の本心が、そのような生活はひとまず終わりにしたいと言っていることに気づきました。音楽は好きですし、これからも楽器を弾きたいと思ったときには弾くと思います。でも、そもそも好きなことってそういうものですよね。「練習しなければならないから」と思って弾いても良い音楽は生まれませんし、何よりも本当は大好きなことを負担に思ってしまうのって、なんだかとても悲しいことだなと思ったのです。オーケストラはいつかまた参加したいと思ったら参加すれば良いのですし、今は少し離れて、別のことにチャレンジしてみたいと思います。
そう決めたら、心からの愛と感謝の気持ちを持って、来週の演奏会に臨めるような気がしてきました。
このような気づきが得られたのは、今回オーケストラ内でパートリーダーと首席奏者という役割が与えられたからなのかもしれません。そのような役割を通じて、自分とオーケストラとの関係を見つめ直し、本当の真心や熱意を持って取り組めなければ意味がないこと、そして結果的に周りの人たちにも迷惑をかけるということを学びました。
人にどう思われるか、人がどう思うかではなく、自分の本心に従うことが大切なのだということが、本当によくわかりました。でも単に身勝手になるのではなく、いつも周りに対する感謝の気持ちを持ち続けることを、常に肝に銘じておきたいと思います。そして自分の心に素直に従っていると、周囲や自分への感謝の気持ちが自然に湧いてくるものだということも、初めて経験したように思います。いつもこの気持ちを忘れずにいたいです!

★ぜひそうなさってください。

今年に入ってから、自分の中で何かが大きく変わりつつあるような感じがしています。今まで何となく惰性で続けてきたことをやめ、新しいことにチャレンジしていく時期であるような気がします。自分を変えたいと思ったら、環境も変えてみることも大切だと考えますので、今まで縁がなかったような場所に行ってみたり、積極的に人に会ってみたり、不要なものを捨てるということを心がけています。物でも自分の行動でも、いらないものを捨てていくと、本当に大切なもの、自分にとって必要なものが見えてくるような手応えを感じています。そして、いらないものを捨ててスペースを作らないと、新しいもので満たすこともできないのですよね。今回一番肚に落ちたことはそのことではないかと思います。

お忙しい中読んでくださって、どうもありがとうございます。
カヴィーシャ様の変わらぬ暖かいサポートに、心より感謝申し上げます。

★今回の課題「役割」はクリアできました。
おめでとうございます!

いつもレポートがなかなか来なかったり、来ても暗くネガティブな波動に包まれていましたが、今年になって本当にポジティブになりましたね。
今現在は本体と繋がっていて、ハイアーセルフの意識レベルとなっています。
Aさんの、このように喜びに満ちた波動を感じることができて、とても嬉しいです。
どうかこれからもこの調子で自己探究をし続けていってください。

カヴィーシャ




ブルーベルの咲く森


その後、彼女が取り組んでこられた課題の総まとめとして、下記のレポートが届きました。


◆「試練」「期待」「役割」について


                      A.Y 40歳 女性 東京


課題の個人レッスンでこれまでにいただいたこの3つのキーワードは、全て私が現在抱えている本質的な問題を表していると思いました。そのまとめとして、このレポートを書かせていただきます。

昨年の夏にそれまで付き合っていた男性と別れましたが、今振り返ってみると、私が彼に対する愛だと思っていたものは、相手に対する期待と執着でした。
いつも一緒にいてほしい、私が好きなのだからあなたも私のことを好きでいてほしい、私がこれをしてあげたのだからあなたもあれをしてほしい。相手のことを、常に「恋人なのだから〜すべき、〜すべきでない」と勝手に決めつけ、束縛ばかりしていたように思います。


★そうですね。これは、誰にでも当てはまることですが、好きな人・恋人がもっと自分を愛してくれることを「期待」しているとき、あなた自身は相手をあまり愛してはいないということです。
もしあなたが真に愛しているのなら、相手に過度な「期待」はしないし、「~すべき、~すべきでない」と要求をしたりはしないはずなのです。ただハートを開いて、相手の愛を純粋に素直に受容するだけですね。


そして相手に期待したり相手を束縛したりすると同時に、私は彼にとって「良い恋人」であることを演じてもいました。それは愛ではなく、単なる自分のエゴでした。

そしてまた、彼のことは好きでしたが、彼と付き合うことによって周りの人たちに祝福されたいという思いもありました。自分のエゴや期待を満たすために彼にしがみつき、彼のことも自分のことも束縛していました。そのせいか、別れるまでの最後の半年くらいは、楽しいことよりも辛かったり苦しかったりすることのほうが多かったです。ただ「別れたくない」という意地のために、彼との関係を続けていたように思います。「別れたくない」という気持ちの裏には、一人になることへの恐怖心もありました。
相手に何かを期待したり依存したりするばかりで、私は自分から愛を与えてはいませんでした。今考えると、その頃私は自分のことも心から愛することができておらず、人に愛を与える余裕など全くなかったような気がします。

★その通りです。
覚えておいてほしいのは「愛は求めない」ということです。
相手に何かをしきりに求めているものがあるなら、つまり相手にたくさんの愛を求めていることに気づいたなら、「自分は相手をほんとうに愛しているのだろうか?」と問うてみることです。そうすれば、いかに自分が相手に愛を与えてこなかったかがわかるでしょう。


しかし、彼と付き合っている間にさまざまな執着や嫉妬から自分を見失いがちになり、「このままではいけない、変わらなければ」と思ったことがきっかけで、友人を通じてカヴィーシャ様のブログにも出逢えました。全ては必然だったのだと思いますし、彼との関係から学んだことを、これから先の人間関係や自己探究に生かしていくつもりです。

さらに、彼と別れた後に何度かデートをした人がいましたが、その人に対しても私は「この人が次の恋人になるかもしれない」という期待を抱いていたように思います。自分の心に素直に従わず、「好きになりたい」と自分の心に期待し、また相手に対しても「理想の恋人になってくれたらいいな」と期待していました。
でも心から素直に好きになったのでなければ一緒にいて楽しいはずもありません。会っても「あまり楽しくないな」と感じつつも、「そんなはずはない、私はこの人が好きなはずだ」と、その人のことを好きであると自分で自分を信じ込ませようとしていました。でもその気持ちが偽りのものであると気づいた後すぐに、その人にはきちんと正直な気持ちを伝えて、会うのをやめました。そしてまた一人でいる時間が増えたのですが、その頃から少しずつ自分の中で何かが変化してきたように思います。一人で過ごす時間を楽しく、愛おしく思えるようになりました。そして、寂しさは他人によって埋めることはできないし、自分ひとりでもその瞬間瞬間を充実したものとして楽しんでいれば、寂しさなど感じないのだということを、強がりではなく、心の底から感じています。毎日を楽しく過ごしていれば、寂しいと思う暇など全くないのですね(笑)。

「寂しい」とか、誰かに今ここにいてほしい、何かが足りないと思ったのは、今ここにない何かに期待し、ないものを欲しがっていたということです。それはまた、今自分に与えられているものに満足せず、その瞬間を懸命に生きていなかったということでもあります。私は、どうにもできない過去や未来に執着し、「今この時」を蔑ろにしていたのだと、深く反省しました。

最初にいただいたキーワードの「試練」には、「恐れを克服すること」が含まれていたのではないかと思います。前の恋人との関係では、自分自身の中に常に「恐れ」がありました。彼を失うことに対する恐れ、彼を信じることに対する恐れなど、私の心の中はさまざまな恐れで一杯でした。
そして趣味で行っているオーケストラでの演奏においても、「うまく弾けないのではないか」「失敗するのではないか」という恐れがありました。
それ以外の人間関係でも、「嫌われるのではないか」「こんなことを言ったら相手が気を悪くするのではないか」という恐れも常に心の奥にあったように思います。そのような恐れがあった故に、その恐れを隠すために本来の自分の気持ちとは違う行動を取ったり、相手の期待に応えようとしていたように思います。
でもそれは本当の自分の真実を生きているわけではなく、自分の気持ちに正直にならずに、いつも自分自身を偽っていたということです。そして「本当の自分ではない」ということがまた自分自身に対する不信をも生み出し、悪循環に陥っていました。

いただいたキーワード「期待」と「役割」に共通して自分の中にあったのは、「人によく思われたい」という、他者評価を気にする態度でした。

「期待」というキーワードをいただいた際のカヴィーシャ様からのメッセージにあった、「あなたは自分に『 期待 』をかけるよりも、何か目標を設定することで、このエゴの罠から解放されることが可能となります」という言葉が、大きな指針になりました。
不安に襲われそうになったら、その不安の原因を取り除くために行動する。例えば、「楽器がうまく弾けなかったらどうしよう」と思ったら、すぐに練習する。「仕事がうまくいかなかったらどうしよう」と思ったら、すぐに勉強する。そのように地道に実践していくことで、他人にも自分にも余計な期待をすることがなくなりました。そして「人に嫌われたらどうしよう」「周りの期待に沿えなかったらどうしよう」という気持ちを解放したら、日々その瞬間瞬間に生きていることに集中できるようになり、特別なことをしなくとも、毎日をとても楽しく感謝の気持ちで一杯な状態で過ごせるようになりました。

今回一番の学びであったのは、他者と関わる際に、相手に何も求めず期待せず、ただ自分が心から正しいと信じる行動をし、見返りを求めずに愛すれば良いのだということに気づけたことです。もし自分の行動が間違っていた場合には、その結果を真摯に受け止めて、同じ過ちを繰り返さなければ良いだけなのだと。それに、自分の真心からの行動の結果であれば、それが良いものであってもそうでなくても、素直に受け止められるものなのだということもわかりました。

執着すると、人の心は離れていく。でも自分が自立して自分自身でいることに満足していれば、自分のことも、他人のことも心から愛し、尊重することができるのだと学びました。

★「執着」は「愛情」ではありません。ただ自分の欲求を満足させようとして、相手にいつまでもしがみついている状態ですね。
実は、相手のことなど、ちっとも考えてはいないのです。そのことが納得できたら、もう執着は手放せますね。


いよいよ明後日オーケストラの演奏会本番を迎えます。カヴィーシャ様の課題のレッスンのおかげもあり、毎日少しずつ楽器の練習を積み重ね、周りの人たちに何を言われようとも、「とにかく自分にできるベストを尽くして演奏を楽しむ!」と心に決めてまいりました。周囲からの励ましは素直に嬉しく受け止めて励みにしていますし、自分でも「できることは全てやった」と思える状態になりました。結果がどうであっても受け止められると思いますが、上手く演奏できると自分を信じてもいます。
自信をもって、清々しい気持ちで本番を迎えられそうです。本当にありがとうございました。

★どういたしまして。
あなたが最後まで諦めず、めげずに自分を掘り下げることを実践された結果です。


他人にも自分にも、良いことも悪いことも期待せず、今の自分にできることをただ一生懸命にやる。その大切さを身にしみて感じた1ヶ月でした。
誰かに会いたい、何かをしたいと思ったら、「寂しい」ではなく「愛してる」と思う。そうすると、心が悲しさではなく優しさと喜びで満たされるのだということも学びました。
いつもこのような気持ちでいると、本当に毎日が喜びに満ち溢れ、自分に対する愛が心の底から湧いてくるものなのですね。

★そうです。
あなたの本質が「愛」だからです。そのことを忘れないでください。


これまで私自身の状態が悪くてなかなかレポートをお送りできなかったことも多かったですが、悪い状態を経験したからこそ、ネガティブな影響を受けているときはどんな気分や体調になるのかもわかりましたし、自分自身の在り方について心を配っていられるようにもなったと思います。本当に、全ての出来事が学びなのだなあとしみじみ感じています。

今このように清々しい気持ちでいられるのも、カヴィーシャ様のサポートとお導きのおかげであると、心からの感謝の気持ちで一杯です。
本当にどうもありがとうございました。

心からの愛と感謝をこめて

★力いっぱいオーケストラの演奏をしてください。成功を祈っております。


雪うさぎ


◆あなたが愛の灯となりなさい!



愛とは、人の存在に起こる、最も深い現象だ
それは深奥を貫き、明かりを灯し、人を光で満たす
人は光を放ち始める
それは普通のありふれた恋の中にさえ、起こりうる
人が恋をしていないときと
同じ人間が、ある日恋をしたときを見ればよい
そのとき、人の光は全く違ったものになる
顔は輝き、光を浴びたようになる

ありふれた恋の中でさえ、人は輝きを得る
私がここで言う愛、
覚者たちが年月を経て語り継いできた、
人と統なる存在との愛とはどのようなものだろう
それは、人が光にあふれることだ
肉体はもはや物理的な現象ではなくなる
純粋なエネルギーとなる
ただ一筋の炎となり
その炎がすべての欲望、すべての欲求を満たす
その炎が人を神の火炎の一部にする

愛の灯、愛の炎となりなさい
人生との熱烈な愛の中にいなさい
激しい強さが必要だ―
なまぬるいものでは役に立たない
人生のたいまつの両極を同時に燃やさなければならない
そうすれば、たった一瞬でさえも、永遠を超越するものになる

~OSHOの言葉より~



ふたつのハート

「愛の灯、愛の炎となりなさい。人生との熱烈な愛の中にいなさい。激しい強さが必要だ。なまぬるいものでは役に立たない。人生のたいまつの両極を同時に燃やさなければならない。そうすれば、たった一瞬でさえも、永遠を超越するものになる」とOSHOは言っていますね。

あなたが愛そのものになったとき、
愛される必要がなくなり、
愛にあふれていなければならないという必要性もなくなります。

愛は呼吸のように息づいています。

わたしは愛です。
わたしは愛します。

ただただ愛するだけですね。

2016年1月30日  
愛と感謝 カヴィーシャ・光の仕事人






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