自分自身を存在させなさい

2015年12月22日 01:40


◆お知らせ


12月の15日をもって、「悪霊」という名称がつく存在はほぼいなくなりました。
よって、その後浄化してほしくない人霊と異星人の存在が多くなっていることをご報告しておきます。今もなお多くのネガティブ霊に影響を受けている人たちは、自分の過去生が呼び寄せている場合や、知人や仕事場から呼び寄せていることを知って、できる限りの対処をしていただきたいと思います。

下記は、11月12日の記事にて「波動リーディングレポートより」と『「本体(本質)とつながっている」という意味』の箇所でメール文を掲載させていただいたカミツレさんの文章です。
今回も彼女の着眼点や発想が素晴らしいと感じましたので、同じ悩みを抱えている人の参考になるのではと考え、お伝えしたいと思います。




◆波動リーディング受講者カミツレさんのメールより


                     カミツレ 24歳 女性 東京


カヴィーシャ先生

こんばんは。

いつの間にか、もうすっかり冬ですね。
自分をちゃんと大事にできていれば、大きな風邪などをひくこともなく、乗り切ることができる気がしています。

責めないこと、ポジティブ思考になること、シンプルなのに意外と難しいです。

私は無意識に「これがもう少しできるようになっていれば」などとより多くを望んでしまうことが癖だったと気づきました(そう思って努力した方が成長できると思っていたもので)。これでは、例え当初思っていた目標を達成したとしても、達成した目標はすぐに当たり前のこととなり、もっと上を、もっと上を、と、一生欠乏感と焦燥感と劣等感を持ちながら歩む人生になってしまうなと思いました。どんなことにでも、比べている限りは上はいますし、私はずっと何かが足りない人のままです。

★そうですね。足ることを知ることが大切です。


人間ネガティヴでいた方が楽だから、そちらに流れてしまうとカヴィーシャ先生もブログで仰られていたように思いますが、その通りなのだと思います。ネガティヴでいる時、とても苦しいのですが、その反面、本当にとらなければいけない自分の責任からも少し逃げられるのだと思います。落ち込んで弱い立場を装っていれば誰かが助けてくれたり励ましてくれたりすることもありますし、恐れていたように本当に失敗してしまった時、言い訳ができるのです。こんなに頑張ったのに、と。そういう自分の弱さが、ネガティヴな方を選んでしまう気がしました。

★ご自分のことをよくわかっておられます。


ポジティブでいることの方が、簡単そうに見えて、本当は意志の力と強さが必要とされるのだと思います。自分でとるべき責任は全て請け負う覚悟をしないと、本当のポジティブにはなれないのだと感じます。

★その通りです。


まだ、辛い時人に頼りたいと思う、頼っている人をみて羨ましいと思うマインドがいます。
でも、どんな時も光を発し続ける為には、揺るがない強さは絶対に必要だと思います。
受け入れられない弱さを抱えた"強がり"ではなく、弱さごと受け入れた本当の"強さ"を身につける為に、自分の弱さと向き合いたいと思います。 
 (以下省略)

★そうですね。
自分の弱さをしっかりと承認できることは、ある意味では大人になったという証拠なのです。冷静に自己判断ができているということです。そういう意味で、あなたは大人だと思います。そして、あなたは元々弱くはないはずなのです。
ネガティブな方向に流されやすい要素はあるかもしれませんが、そちらにフォーカスしすぎています。
謙虚であることは必要ですが、必要以上に自己卑下をしないこと。
わたしがいつも言っていることを思い出してください。

ほんとうに頭のいい人は、同じ過ちを繰り返すことはありません。
何度も何度も同じことで思い悩んで、ネガティブの泥沼に落ち込んで、あがいているのは、愚か者ですね。
あなたはどうでしょうか?

どうか賢い人になってください。

カヴィーシャ



星のライン


カヴィーシャ先生

連絡が遅くなりました。
今日は、本体と繋がれていましたでしょうか。

★繋がっていましたよ。


戻ってしまうことがあるということは、本当の本当にハートで分かったわけではないということなのかもしれません。まだまだ、覚悟の足りない、愚か者です…。

★愚か者と気づいている時点で、あなたは愚か者ではないということですよ。
本当に愚かな者は、自分を決して愚かだとは思っていないのですから。そこで、真の賢さがわかるのです。


ただ、もう少しでハートで分かるのではないかなと思う自分もいます。少なくとも、許したい、受け入れたい、という気持ちが高まっていることは確かです。

★よい傾向ですね。


コメントありがとうございました。とても嬉しかったです。
足ることを知ることが大切、というコメントを頂き、今の私に必要な言葉だと思いました。カヴィーシャ先生のブログでも「足ることをしる」というようなメッセージの回があったように思い探してみたのですが、みつけられませんでした…。また地道に見返していたら見つかるかもしれません。

★そうですね。記事が増えすぎて、わたしもいつ書いたのか、忘れてしまっていると思います。(笑)


私が定期的に本体と繋がれなくなったり、ネガティヴなものを引きつけてしまう理由について、引き続き考えてみました。
Y.Oさまの体験記の記事を見返して、悪霊が浄化されたくないと言ってきた理由に、利己的で自己中心的。弱いものや自分の都合に合わないものを切り捨てる。また、悪霊を何度も引きつける原因に、素直に自分の間違いや過ちを受け入れることができない。自分の真実と向き合い、受け入れることができない。とありました。

そっくりそのまま、私であるなあと思いました。繋がっていないとカヴィーシャさまから連絡を受ける時、必ずと言っていいほど心の奥底で気に入らない私を切り離そうとしている私がいました。大概その時点では、焦りと罪悪感でそれどころではなく、その事実に気づいていなかったのです。

怠け者な自分、気分屋な自分、などなど、自分が気に入らないと思ってしまう自分を根っこから受け入れるにはどうしたらいいのか、まだ掴みかねている所があります。まだ気に入らない自分を「邪魔」とか「どーにかならないのか」と思っている部分が確かにあります。

ここを受け入れられていないから、外側から何か刺激が来た時(テストだったり周りとの差を感じる時だったり)、「一緒になりたくない嫌な自分」が罪悪感に変わり、嫌な自分を責めて少しでも罪悪感から楽になろう(当然ネガティヴなので苦しいのですが)と思っていた気がしてきました。

嫌な自分も受け入れます、ともう呆れるほどカヴィーシャ先生にも報告しているのですが、やっぱりまだまだ表面上かもしれません。結局ネガティヴの全ての原因はここで、ここをこえない限りは同じことを繰り返す本当の愚か者になってしまうと思います。
なんでそんなに受け入れられないのか、嫌なのか、そこをもっとよく考えてみたいと思っています。

★そうですね。受け入れることについて、何か恐れを感じているのかもしれません。
もしそうなら、あなたが何を一体恐れているのか、自分に訊いてみてください。
あなたが求めていることは、いつも不安や恐れがない状態ですね。
何があなたの不安を消してくれるのか、何があなたの恐れを消してくれるのか、それを考えてみること。それが、あなたの今の大きな課題です。

あなたには、とても前向きな姿勢が感じられます。
きっと大きな気づきが得られるでしょう。
何かが喜びに満ちていないときは、何かが間違っていることがあるのです。
いつでも「真実」を求め、「真実」を選択し、「真実」を愛しましょう。

本体とつながっていること」それがキーワードです。

カヴィーシャ



星のライン


◆あなたはどこにいる? 自分自身を存在させなさい



OSHOはつぎのように言っています。

あなたの目をのぞき込んでも、そこにはあなたの姿はまったくない。まるで不在であるかのようだ。
あなたは存在しながら不在だ―これこそがあらゆる苦悩の核だ。
まったく不在のままでも生きてはいられるが、もし不在だったら、あなたの存在はひとつの退屈となる。そしてこれが実際の状況だ。
だからあなたの目をのぞいてみても、そこにあなたの姿はない。
あなたはまだ出現していない。あなたはまだいない。
状況は整っている……可能性は存在している。
いつなんどき出現してもおかしくない―ところが、まだあなたはいない。

この不在に気づくことが、瞑想へと向かう道、超越へと向かう旅の、第一歩だ。
自分がいないということに気づいたら……自分はここに存在しているが、なぜ、どのように存在しているのかわからないし、そもそも内側に誰が存在しているのかもわからない……。
このような気づきがないと、いろいろな苦悩が生まれてくる。自分のすることすべてが、知らず知らずのうちに苦悩をもたらす。

重要なのは、何をするかではなく、何かをするときにあなたが存在しているか否かということだ。
何をするにせよ、そのとき自分が全面的に存在していたら、その生はエクスタシーに満たされる……その生は至福となる。
ところが自分が存在せず、不在のまま何かをしたら、その生は苦悩となる。必ずそうなる。地獄とは自己の不在だ。



★本体とつながっていない人は糸の切れた凧さながらです。
切り離されて一瞬自由になり、空高く舞い上がることがあるかもしれませんが、風がなくなれば真っ逆さまに地上に落ちて行きます。あるいは、木の枝や電線に引っかかり、身動きがとれなくなり、やがて雨風にさらされ朽ち果てていきます。

たびたび別人に肉体を占領される人は、もはや自分の存在はありません。別人の意識でその肉体を所有され、自分自身ではない別の人生を歩んでいるのですから。これまでに記憶がおぼろげな空白の時期があったことを思い出したなら、それは別人として生きていた証だということです。

霊体に憑依されている人、周囲にネガティブな存在がいて、強い影響を受けている人たちは、自分自身を100%発現することはできません。
いずれにしても、「自分が存在している」とは言えない状態です。

毎日のように、別人(別人格)を自分の肉体に入れなければ仕事に行けない人がいます。
自分自身に自信がないから、あるいは、仕事が嫌なために別人を入れておかなければ、すぐに辞めてしまうだろうから、あるいは、別人のほうが効率よく働いてくれるからという理由からです。世の中が嫌になると、自分の思うようにならないと、すぐにその肉体から脱出しようとする魂たちもけっこういるのです。
そんな人たちに対して、わたしはいつもこう言いたいのです。

あなたは一体何しに生まれてきたの? 
なぜ自分の人生を全うしようとしないの? 
生まれる前の誓いを思い出してごらんなさいと。

自分の人生の目的を完璧に忘れてしまったため、別人格が入っても気にならない人、入ってほしくないのに入られる人たち、なぜ別人格が入ることを許しているのか、そのような隙間を自ら開けてしまっていることについて、真剣に考えてみてほしいと思います。


OSHOの講話の中にこんな話がありました。

ひとりの男がゴータマ・ブッダのもとへやってきた。
男は人々を深くあわれんでいた。
それでゴータマ・ブッダに尋ねた。
「私は世の人々を助けたいと思います。いったい、どうしたらいいでしょう」

するとブッダは笑ってこう言ったそうだ。
「あなたには何もできない。それはあなたがいないからだ。自分がいないのに、いったい何ができるだろう。だから、世の人々のことは考えなくていい。どうやって世に奉仕しようか、他人を助けようかなどと考えなくていい」。

そしてブッダは言った。
「まず最初に存在することだ。あなたが存在すれば、することすべてが奉仕になり、祈りになり、慈悲になる。自分の存在こそが転回点だ。自分の存在こそが革命だ」


ねずみ1

OSHOはつぎのように語っています。

自分の内的意識を、自分の中心を認識して初めて、愛は執着にならなくなる。
自分の内なる中心を知らなければ、愛は執着となる。
自分の内的中心を知っていれば、愛は献身となる。
愛するためには、まず自分が存在することだ。
だがあなたは存在していない。



まずは自分自身を存在させることです。
それから、自分の存在を分かち合えばよいのです。
そこには、どんな条件も、どんな期待もありません。
その分かち合いこそが「愛」であり、
それ以前はなにをやっても「執着」となるからです。

再度さっきの文章を思い起こしてください。
何度もその言葉を読んでください。

そしてブッダは言った。
「まず最初に存在することだ。あなたが存在すれば、することすべてが奉仕になり、祈りになり、慈悲になる。
自分の存在こそが転回点だ。自分の存在こそが革命だ」



光の天使


自分の肉体に入った別人と自分とを区別しなさい。
そして、あなた自身でいなさい。
そのためにも、常に本体と繋がっていなさい。

本体と繋がっていること、
ハイアーセルフの状態でいる限り、
あなたは宇宙からそそがれる愛を受け取れるし、
あなたもまた宇宙に愛をそそぐことができます。

2015年12月22日 カヴィーシャ・光の仕事人




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