「復讐」と「罪悪感」を解放する

2015年05月25日 20:00


今回掲載のレポートは、過去生回帰の個人セッションを受ける前の準備として、過去生の課題に取り組んでいただいた内容です。
大変長文であったため、特に大切だと思われる部分をご本人に編集していただきました。
ここで中心となった「復讐」と「罪悪感」は、多くの人に当てはまる課題でありますので、このレポートは同じ感情を抱いたことのある人たちにとってはおおいに参考となることと思います。
ご自分の体験談を惜しみなく提供してくださったつぼみさんに感謝いたします。




さくらんぼ1
       写真撮影: 光の仕事人


課題の個人レッスン(過去生) 


                      つぼみ  35歳  宮城県


私は3月にカヴィーシャ様のお力によって壊れたエーテル体とメンタル体の治癒、30体近くの憑依霊の浄化、測定不能となっていた次元や低かった振動数をあげていただきました。
その後、私の過去生の問題が足をひっぱっているとアドバイスをいただき、「復讐」と「罪悪感」というキーワードのもと課題に取り組む事になりました。


青い玉のライン


~「復讐」と「罪悪感」~



初めて「復讐」というテーマに向き合った時、カヴィーシャ様の記事にある「鉄輪」の女主人公の話を思い出しました。
実際に行動に移すかどうかは別として、私には彼女の気持ちが理解できます。例えばパートナーに振られて自分はボロボロなのに、振った相手がさっさと他の誰かと幸せになっていたらそれを祝福する事などできないと思うからです。祝福するどころか私なら恨みすら抱くと思います。こちらの不幸を踏み台にして相手の幸せが成り立っていると思うからです。
つまり、私の立場はもうここで既に「被害者」に成り下がってしまっているのです。

★カヴィーシャ: そうですね。被害者にならない生き方もあるはずなのですが、そちらのほうには目が向かないというか、おそらく気づかないのでしょうね。
やはり相手に対する愛着を簡単に解放することができないのです。そうですね?


★つぼみ: その通りです。執着を手放す事ができないのだと思います。
カヴィーシャ様の過去記事「汝自身を知れ」に書いてあったように、愛情と欲望を履き違えていたのだと思います。私が他者に向けていたのは愛情ではなく執着です。そして「相手がいなければ幸せになれない」と思い込んで、自分で幸せになる事を放棄してしまっていたのです。
つまり、私は相手に「幸せにしてもらうこと」を望んでいたのですね。自分の外側に求めている時点で的外れですし、そこに意識が向かなかったのもまた事実です。それだけ物事の本質が見えていなかった、ということなのかもしれません。


被害者の立場の本質は「こうすることであなたが傷つくなら、あえて自分を傷つけよう」であるというメッセージは、非常に納得のいくものでした。「鉄輪」の女主人公は直接相手を攻撃しましたが、私の場合は自分を傷つけて相手を攻撃していたからです。それが顕著に出たのは私の母に対してでした。

私は小さい頃から自分を抑圧し、両親(特に母親)の操り人形のように育ちました。「復讐」というキーワードを手にした今にして思えば、学童期の不定愁訴や思春期以降心の病になった事も、全てが母に対する復讐だったのかもしれないと思います。リストカットや大量服薬を繰り返し、「母の作品」がボロボロになっていく姿を見せる事で、私は母に復讐していたのです。それは母の愛を強烈に求める姿であり、また同時に激しく憎む姿でもありました。

回復していく過程では、課題に書かれていた『潜在意識の基本的なメッセージ』そのままに、健全な愛情を与えてくれなかった母に対し「私がこんな目にあったのはあなたのせいだ。あなたがもっと私をちゃんと愛してくれていたら、もっと大切に扱ってくれたらこんなことにはならなかったのに!」と直接攻撃した事もありました。
今となってはあまりに幼く愚かな考え方なのですが、当時の私はその考えのもと母へ仕返しをしたのだと思います。これほど強烈で分かりやすい復讐をした相手は母でしたが、こういった考え方のクセは誰との間にもあったのかもしれません。

このように「復讐」と向い合っていく中で、私の中にひとつの疑問が生じました。自分がほしい愛情を得られなかったと復讐して実際に相手が傷ついたとわかっても「あ~、復讐できてスッキリした!」とは決してならなかったからです。そこにはなぜか必ずもうひとつのキーワードである「罪悪感」がありました。

なぜ罪悪感を抱くのかを考えていくうち、まずいつも自分の外側ばかりに目を向けている事に気が付きました。何かあるとすぐ自分は被害者の立場をとり、自分の事は棚上げして相手を責めているのです。そして自分の悪いところ至らなかったところはもちろん、欲しい愛情を得られず傷ついているという自分自身の感情すら認めてこなかった事にも気づきました。
つまり、私は自身の悪い部分、至らなかった部分などを自分で認め受け入れることができず、愛されなかった自分を赦すことができなかったのです。「鉄輪」の女主人公と同じように。
私の強烈な自己否定の根源には、そのままの自分を受け入れ愛せない自分への罪悪感があったのだと思います。

結局、一番私を愛していなかったのは、他者ではなく自分自身だったのです。
そして一番私を傷つけていたのも、他者ではなく自分自身だったのです。
「私をもっと愛してくれたら、もっと大切に扱ってくれたら、あんなにひどく扱わなかったらこんなことにはならなかったのに!」と訴えた言葉の真実は、自分自身へむけられたものでした。

ここに辿り着いた時、私は涙が止まりませんでした。

★カヴィーシャ: よく掘り下げられましたね。とてもご自分のことを客観的に観ることができていると思います。

★つぼみ: ありがとうございます。これは今でも読み返す度涙が出てきます。私を見てほしかった、気づいてほしかったと自分自身が訴えているのがひしひしと伝わってきます。


青い玉のライン


~「復讐」の解放~ 



私が他者へむけていた復讐心は、善も悪も含めたそのままの自分を愛する事ができずにいた自分が根底にいたから出てきたものであり、だからこそ他者へ復讐を果たしてもスッキリせず罪悪感を抱いていた事が理解できました。そして、一番愛されたがっていたのは他者からではなく自分自身にだったという事にも気が付きました。

私はまずそれらを無条件で認め、受け入れました。
そして私から愛されずに傷ついていた自分自身に心から謝罪し、ようやくそんな自分を赦す事ができました。

それと同時に、大人になった現在でも解消できずにいた「甘やかして貰いたい気持ち」から、母に対して大人としての振る舞いをせず、どこか甘えた気持ちが常にあった事にも気づき、反省しました。
何気なく「反省」と書いてみましたが、反省といいながらただ批判をして自分を責め、傷つけていただけだった私には、「反省」が自然にできた事自体大きな変化でした。

★カヴィーシャ: すばらしい! 真に反省ができていると、わたしのハイアーセルフは言っていますよ。

★つぼみ: うれしいです!この感覚を忘れず、今までの反省としっかりと区別して参ります。

こうして母との事を再認識していく中で、元婚約者との出来事を思い出しました。
私は過去に、婚約者から突然婚約破棄を言い渡された事がありました。当時は自分の悪かった点に薄々気づきながらもそれを認める事ができず、口では自分も悪かったと言っておきながら内面では一方的に彼を責め続けていました。そして会わなくなってからも相手の幸せを願えるような広い心は持てませんでした。
しかし今回改めて思い出した事で、素直に自分の悪かった部分、至らなかった部分を認め、反省して、謝り、その後自分も彼も赦そうと心から思えました。(そして昨晩夢の中で彼に謝罪していました)

★カヴィーシャ: 実際に謝罪ができたのですよ。ほんとうによかったです。


とても意外だったのは、そうして自分自身の行いを反省し丸ごと認めて赦してみると、相手へのネガティブな思いを手放せたのはもちろん、自分の傷までも癒やされていった事でした。
自分の非を認める事は自己否定を強めるものだと思っていましたが、それは否定ではなく全面的に肯定する事になるのですね。大きな発見です。

★カヴィーシャ: あなたの言う通りです。非を非として認め、それを許すことは、とてもポジティブな試みなのです。

以上の事を通して、私はようやく全面的に2人を許し、復讐心を解放する事ができたように思います。そして、初めて自分が好きだと思えました。

★カヴィーシャ: クリアできましたね。おめでとうございます!

★つぼみ: ありがとうございます!



さくらんぼ2
       写真撮影: 光の仕事人


~「罪悪感」解放の試み~



復讐と罪悪感を掘り下げていく中で、気づいた事がありました。
それは「罪悪感を抱えていると、それを指摘してくる相手は敵に見える」という事です。そして自分が反応してしまっているだけという事に気づかず、攻撃されたと感じ、怒るのです。
だから攻撃されたような気がした時や相手の言葉に厳しさを感じた時は、その相手ではなく自分の中に受けいれられない自分自身がいるのだという事。それを探しだして解放していく事が大切なのだと思いました。

★カヴィーシャ: その通りです。

罪悪感解放の試みとして、カヴィーシャ様から上記の事を実践するようにとアドバイスをいただき取り組んでいましたが、「罪悪感」を手放せた気はするものの、なぜかいつも腑に落ちないところがありました。「復讐」の時は比較的すんなりと腑に落ちたのに、「罪悪感」はなかなかその感覚が得られなかったのです。それがなぜなのか分からず、不安が募りました。

その頃、カヴィーシャ様から嬉しいお便りが届きました。波動調査の結果もよく、日々の取り組みを大いに褒めていただく事ができたのです。とても感激してお便りを受け取りましたが、後になって強烈な不安と自信のなさが表に出てきました。
そしてすぐに波動が下がってしまうかもしれないとか、がっかりさせてしまう自分になってしまうとか、ネガティブな感情がいろいろと出てきて、それに囚われてしまったのです。
今までもずっと、いい方向へ道が開けてくると途端に自信をなくしてしまいそれ以上前に進めなくなって、その状況を自ら壊したり逃げてしまうといった事がありました。(この件でカヴィーシャ様から新たな課題「隠れた自己」を提示していただき、現在はその課題に取り組んでいます)

自信のなさにめげそうになりましたが、この状態はいただいた課題にあった、『「罪悪感」があると、人生そのものや、人間関係からも身をひきたくなります』という状態そのものであると気がつきました。
つまり、心の奥底にまだ解放されていない「罪悪感」があるという事に気づいたのです。
それを掘り下げどこにその根源があるのかを探ってみたところ、ひとつの過去を思い出すことになりました。

詳細は伏せさせていただきますが、私は小さい頃、頻繁に行ってしまうクセのようなものがありました。
私の母はその行動に嫌悪感すら抱いていたようで、物心つく頃にはそれを咎められ、ただただ止めなさいと言われていました。母が怖い顔をしてそう言うので止めなければならないと思っていましたが、どうしても止める事はできませんでした。
そしてある時それを家族に見られた事で、兄弟にからかわれとても恥ずかしい思いをしただけでなく、私は数日間母に無視され続けました。
謝罪も受け入れてもらえず、非常に深く傷つきました。そして同時に強烈な罪悪感を抱いたのです。

私はこの事を思い出した時激しく動揺し、号泣しました。
そしてこの時抱いた罪悪感が根底にある事で、私は(母から拒絶されるくらい)悪い事をしたのだから幸せになんてなれないし、なってはいけないのだと、それから自分をずっと罰し続けていたのだという事にようやく気がつきました。

★カヴィーシャ: よく気づかれましたね。


★ありがとうございます。この感情を再び味わうのは本当に苦しかったです。ですが向き合うのをやめようとは思いませんでした。それはカヴィーシャ様に支えていただきながら「復讐心」を解放できたという土台があったからこそだと思います。

私は罪悪感から母の操り人形になる事を選択し、自分らしく生きる事や自分なりの幸せをつかむ事を放棄し続けてきたのだと思います。
心にずっとフタをして、感じないように思い出さないようにしてきたのかもしれません。
でもその奥には、未だに傷ついて罪悪感を抱いている小さな自分がいたのです。


花回廊
       写真撮影: 光の仕事人


~「罪悪感」の解放~



未だに解放できていない罪悪感と傷ついている自分の存在に気づき、後はそんな自分も丸ごと受け止め反省して赦すだけだと思いました。
しかし、ここでもまだ引っかかりが残るのです。
どうしてここまで来ても「これでいいのだ」という確信が持てないのかを考えました。
そして上記の「自分の行動」にまで罪悪感を抱いていた事、さらにそれを赦す必要が本当にあるのだろうかという考えに行き着いたのです。

なぜあの時罪悪感を覚えたのか。それは母から拒絶されたからです。
でもそれは他者の反応を通して感じた罪悪感であって、私(の行為)そのものを嫌悪する必要まではなかったのだと気がつきました。嫌悪感を持っていたのは母であって、私ではないからです。

★カヴィーシャ: その通りです。


確かに周囲への配慮が足りなかったとか、そのような点で反省する部分はあるけれど、相手がどう思うかは相手の問題であって、そこで私が私自身を裁き続ける必要まではなかったはずなのです。
つまり、私はすべてを混ぜこぜにして、母の観念でも自分自身を裁き続けていたのです。
だから考えても実践しても確信が持てなかったのだと思います。

★カヴィーシャ: 素晴らしい気づきです。

★ありがとうございます。母に対して一番あからさまに「復讐」していく事になったのも、この観念があったからなのだと思います。
誤った認識で抱いた罪悪感によって、私は長年自分を酷く罰し傷つけてきました。そして自分を罰した事で更に自分が傷ついてもきたのです。
これには本当に申し訳ない事をしてきたと思いました。これこそ本来の「罪悪感」なのかもしれません。


私は傷つけ続けた自分自身に謝罪し、間違ってしまった自分自身を認めました。
そして、少し時間はかかりましたが、ようやく今はそんな自分も赦す事ができたように感じています。

★「罪悪感」は解放できましたよ。
おめでとうございます。心から拍手を贈ります。



私は母との関係に長年苦しみを抱えてきましたが、今回いただいた課題と向き合っていく中で、カヴィーシャ様の記事にあったように、すべてはそれらを理解し解放するために自分が選んできた事だと腹で納得する事ができました。
母は健全な愛情を示すのは難しかったのかもしれませんが、私が生を受ける為に自らの子宮を提供してくれたのです。私はそこに母の愛を感じますし、それだけで充分だとも思います。自ら憎まれ役を引き受け学びの場を提供してくれた母に、今は心から感謝しています。

カヴィーシャ様のサポートと励ましのお声があったからこそ、勇気を持って課題に取り組む事ができました。とても貴重な機会を与えてくださったカヴィーシャ様と、素晴らしい師のもとへと導いてくださった存在達に心からの感謝を捧げ、まとめのレポートとさせていただきます。

ありがとうございました。


青い玉のライン

★カヴィーシャのコメント:
 
しかしながら、これで過去生の課題がすべて解決したわけではありません。
課題というものは、誰でも、とてつもなくあるものです。
今回「復讐」と「罪悪感」という重大な課題を解放できましたが、あなたのなかにはまだ「隠れた自己」というものが存在しております。
前進しようとしたり、いい方向へ道が開けて来ると、途端に自信をなくして前に進めなくなってしまったり、自らその状況を壊してしまう事もあるということがレポートに書かれていましたが、このようになる原因が、過去生のあなたのなかにあるのです。
つまり、あなたのなかに「隠れた自己」が存在しており、その存在が足を引っ張っているということです。
よって、その課題を、今後掘り下げていくことが必要でしょう。

今現在、彼女は「隠れた自己」に取り組んでおられますが、また、良い報告が届き、クリアされますことをお待ちしております。





初夏のバラ
        写真撮影: 光の仕事人


★罪悪感から自由になろう!



理想をつくらないことだ。
いったん理想をつくったなら、きっといつも面倒なことになるだろう。
なぜなら、きっといつも、「したほうがよい」とか
「するのが当然だ」という観点から考えているだろうから。
これをしなくてはならない、あれをしたほうがよい、
あれをするのは当然だと……

そしてきっといつも、不自由な感じを、罪の意識を、
罪人だという感じをいだいているだろう。
いつも気分がすぐれないだろう。
けっして自分自身を受け入れられないだろう。
けっして自分自身を愛することができないだろう。

だから、人間が犯しがちなすべての過ちを承知のうえで、
自分自身を愛することができない人は、
生きてここにいるということの、
すべての意味をつかみ損なうだろう。

何もかも承知のうえで、自分自身を愛することは、
あなたに基盤を与える。
この基盤の上でのみ、ほかの人を愛することができ、
この基盤の上にのみ、より高い愛の殿堂を建てることができる。

               ~OSHOのことばより~



ふたつのハート

わたしたちに必要なのは「罪悪という観念」からの解放です。
罪悪感を抱くことなく、罪悪感を完全に落としましょう。
すると、大いなる変容が起こるのを、あなたは感じることでしょう。

2015年5月25日 カヴィーシャ・光の仕事人




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