自惚れることなかれ!

2014年11月01日 00:00


★今回は「波動リーディング3か月コース」を受講されたYさんが提出されました「まとめのレポート」を掲載します。
レポートには、Yさんのこれまでの学びと気づきによって得られた事柄が簡潔に書かれています。これから「波動リーディング3か月コース」を受講する人をはじめ、自己探究を始めた人たちにとっても参考となるレポートであると思いましたので、紹介させていただくことにしました。

Yさんは「数秘リーディング」から始まり、「課題の個人レッスン」、「波動リーディング」、そして「過去生回帰の個人セッション」、「セミナー」にも参加なさっており、ブログも何度も繰り返しお読みになっています。
こうした学びと気づきの繰り返しと積み重ねがあってこそ、ゆるぎない土台が形成され、簡単にはめげない精神力が養われていくのです。これからも探究をさらに深めていってくださることを願っております。

わたしのコメントは、Yさんを含む読者の皆さんへ向けて補足するために記載したものです。個々にご自身に当てはめてみられ、意識してお読みくだされば幸いです。



      donnguri


★「波動リーディングのまとめ」より



波動リーディングで私が学んだこと:  Y.O 女性 44歳 東京 

①ポジティブとネガティブの両極を経験し、バランスを取る事を学ぶ事。
ポジティブが良くてネガティブが悪いではない。私はネガティブを否定し、見て見ぬ振りをしてしまうが、自分の中のネガティブな存在を否定しない事、ネガティブを認める事(認める事が出来なければポジティブに転換することも出来ない)。意識的でいられればネガティブをポジティブに転換する(高い次元を選択する)ことが可能。

★カヴィーシャのコメント: 基本的な意味として、ポジティブは肯定的で積極的なことであり、ネガティブは否定的で消極的なことを表す言葉ですね。何事も肯定的であればよいというものではないし、否定してばかりでも生きてはいけません。
自分の中で肯定するべきことは肯定し、否定するべきことは否定すること。すべてにおいてバランスが大事ですよということです。それには、Yさんが書いておられるように、まずは両極を体験することから始まるのです。何がポジティブで何がネガティブなことなのかは、人によって判断基準は異なりますから、自分の中でどのように判断しているのかを再度考えてみることも必要なのではないかと思いました。


②自分を愛する事。
ポジティブな自分もネガティブな自分も両方誰よりも認め愛すること。自分を愛していなければ、他者を愛することも、慈愛や心の平和を感じる事も出来ない。ネガティブな自分もポジティブな自分と同じように愛する事。

★カヴィーシャのコメント: 「自分を愛すること」については、「思いの制限をひらく」の過去記事でも「光の花束〈不滅の詩〉」でも取り上げてきたことですが、大きな思い違いをしている人たちも、中にはいらっしゃるようなので、あとで詳しく補足をさせていただきたいと思います。

③自分を認める事。
人は潜在的に自分を認めてほしいと思っている(ような気がする)。条件付けで、他者に認めてもらう事が一番価値あることだと思ってしまうが、本当は自分が自分自身を認める事が一番自分を満足させられる。そして、自分から発生したあらゆる感情も自分を認めてほしいと思っている。感情はどんなものであれ(ポジティブ・ネガティブ)、自分に認めてもらう事を望んでいる。感情にいい悪いはなく、差もない。あらゆる感情を経験することに意味がある、ということを常に意識すること。

★カヴィーシャのコメント: この項目についてのコメントは長くなりそうなので、あとでまとめてお伝えしたいと思います。

④覚めている事、見守る事、意識的である事。
覚めているからこそエゴの罠に気づき、気づきを深め、成長することが出来る。

★カヴィーシャのコメント: 「覚めているからこそエゴの罠に気づき、気づきを深め、成長することが出来る」とありますが、ほんとうにその通りです。

⑤自分や他者を裁かない事。
裁いている時は、自分や他者のネガティブな側面を否定した時が多かった。結果として裁く事はネガティブな側面から学ぶことや気づきを遅らせ、自分や他者を傷つけ、自分をネガティブにし、感情的に陥らせ、自分の力を削ぎ、成長の機会を失う。

★カヴィーシャのコメント: 自分への非難が他者に対して投影されると「裁き」が生じます。責めている本当の相手は他者ではなく、自分である場合が多いのです。
⑥の「許すこと」につながることですが、「許す」というのは、まちがって責めてしまったことを謝ることです。そこにはほんとうに相手を理解するということが内包されていて、真に許すことができれば、再び繋がることができるし、前向きに愛を与えることができるようになります。


⑥自分や他者を赦す事。
この世界に生きるみんなが学びに来ている。完璧な人間など存在しない事を理解し、赦す事。赦す事は自分を解放する事なのだと理解する事。

⑦自分を過信しない事。
意識が低い時も高い時も自分を過信しない。真実を見過ごすから。

★カヴィーシャのコメント: この項目についてのコメントも、あとでまとめてお伝えしたいと思います。

⑧憑依された時は自分と向き合うチャンスと捉える。
自分が見過ごしているネガティブな感情(ネガティブは自分を見つけて欲しいと思っている。愛を送って欲しいと思っている)が、憑依を通じて気づくよう知らせてきている。憑依現象はネガティブな存在と自分の中にあるネガティブな共通点から生じる。ネガティブな点を追究し、受け入れ、愛を送る、解放する。憑依はポジティブとネガティブのバランスを学ぶ事と同じ学び。

★カヴィーシャのコメント: 赤字にした箇所の意味がよくわからないのですが、「憑依された時は自分と向き合うチャンスと捉える」というのは、大変ポジティブな思考だと思います。しかしながら、憑依されているときに、そういうポジティブな思考が湧いてくるかというと、湧いてこないことのほうが多いと思うのですが、いかがでしょうか?

自分が憑依されても原因を追究しない人や「わからない」と言う人がいらっしゃいますが、現象には必ず原因があるわけですから、自分でその原因を思い起こしてみることが大切です。原因がわかればそれを取り除けばよいだけなのです。掃除をしなくて不潔が原因なら、掃除をして清潔にすればよいし、自分の内面以外のことが原因なら簡単です。

もっとも難しいのは、「自分の意識」が原因の場合です。
これは意識の変革が必須なわけですから、それを達成しない限り、憑依は続きます。
だいたい頑固でネガティブで自分を変えようとしない人に、同じ類の霊が来ることが多いので、彼らに憑かれてしまうと、頑固さが輪をかけて強くなってしまい、変革どころではなくなってしまうのです。だから、何時まで経っても霊に悩まされることになるのです。この仕組みを知ってください。


憑依された時;ネガティブな存在に対し祈りをすっきりするまで詠唱する。
憑依が外れたら光の浄化箱を作り人霊や異星人を入れるよう試みる。憑依が外れなかった場合も外れた場合も、カヴィーシャ様のブログをゆっくりと落ち着いて読む (特に憑依の時はこの記事が参考になった;意識を変える試み―ネガティブ霊を引き寄せるのはどんなとき?)。
自分の心を自分の中心において、自分の中の良い部分と宇宙に感謝し、今その瞬間に集中する。この憑依から自分が何を学ぼうとしているのか考え、自分が今、一番こうではありたくない、自分はこうではない、という感情を探し、文章にして書きだし、受け入れ、愛を送る。自分の好きな事(お風呂でリラックスするとか、好きな本を読むとか瞑想するとか)をして自分を大切にする。(この一連のプロセスを心を込めてやると時間の長短はあっても憑依が外れたような気がする。)

憑依が外れているかどうかは、自分がイライラしていないか、無性に眠くないか、面倒くさいと思っていないか、あらゆることに感謝できているかで確認をする。
それでも憑依が外れない時は、「霊的な結びつきの切断;1枚づつ」 を唱える。断ち切りの箇所は、自分のおへその辺りからネガティブな存在に繋がっているコードを剣で断ち切るイメージと動作も加える。何度やってもだめな時は、大天使ミカエルにサポートをお願いして、一緒に切ってもらう。

★カヴィーシャのコメント: このようなことを冷静にできる人は、なかなかいらっしゃらないように思います。とり憑かれた時点で、わたしのブログを読める人はまだ症状が軽く、憑依している霊自体がさほどひどい状態の者ではないということが言えます。むしろ、救いや光を求めてやってきた霊たちであると言ってもよいでしょう。
そういう霊の場合は、ブログを共に読むことで、浄化されていっているのです。記事を読んで病気が治ったという人は、もしかしたら、憑依していた霊たちが癒され浄化されたせいなのかもしれません。
悪霊は光を好まないので、わたしのブログは読む気がしないでしょうし、読めば悪態をつきたくなってくるでしょうね。(笑)

但し、悪霊に影響されている場合であっても、意識的でいると、きちんと対処できることが多いはずです。また、意識的であることによって、悪霊の思いと自分の思いのちがいがわかるでしょうし、冷静な判断もできるはずです。自分が異常波動にやられてしまったということを明確に感じ取れる人は、自分を客観的に冷静に観ることができるという点で優れていると思います。


     ふーっ!

★ここで「憑依の実体についての補足」をしておきたいと思います。


四六時中と言ってよいくらい憑依を体験している長女は、「憑依の際の自分の思考と感情」について、こんなことを言っておりました。

憑依をされている際、たいていネガティブな思考や感情が出てくるが、自分の中にネガティブ思考があり、それが憑依されたことによって引き出されてきたのか、あるいは全く自分にはない霊の思考や感情が出てきているのかをはっきりと判断できるかどうかが肝心である」と。

つまり、憑依が外れたときに、憑依中に自分が考えていたことが、一切自分の思考ではなかったことに気づくことがあることから、ただ影響されていただけだと知ることがしばしばあると言うのです。
そして、正常波動に戻った時、憑依中に出た思考が自分でも一切理解ができなかったり、その時の考えはすぐに忘れてしまったりする場合は、自分のなかに元々その思考はなく、すべて憑依した霊の思考であったということに気づくということです。霊の思考は笑ってしまうほど理解ができないし、まったく別人の思考であると、長女は言います。

憑依した霊の思考と感情、その他諸々の感覚」が自分自身の思考よりも格段強い場合は影響されてしまい、「霊の思考イコール自分の思考」だと思いがちになるが、「自分の思考と感情」のほうが霊よりも格段大きく強い場合は、「これは自分の思考ではないし、自分の感情ではない」ということがはっきりとわかるということです。
それゆえ、霊に強く影響されているときには、まちがった言動をしたり、おかしな判断をしてしまいがちなので、意識して重要な判断はしないようにストップをかけることが大切だと長女は言うのです。

チャネリングの場合も同じですね。
チャネラーの中に別の人格を入れたとき、チャネラーの意識が身体を離れてしまうと、別の人格が何を話していたのか一切わからなくなりますが、チャネラーの意識を身体の近くに残しておくと、別人格の話もしっかりと覚えていることができるということです。
そういうことを知った上で、いろんな作業を行っていくことが肝要だと思います。


⑨オーラと第1~第5チャクラを閉じる事。第6,7チャクラを開く事。
不要なネガティブエネルギーを防ぎ、高次のエネルギーを受け入れる事。

★カヴィーシャのコメント: 第6と第7チャクラを開くことはとても大変なことです。ここのチャクラが常に開いている人は、そう多くはいません。たいてい頭頂のチャクラの窓は汚れたり詰まったりして閉ざされているので、汚れを取り去り、きれいに磨き、射し込んだ光がまっすぐに通るようにしなければなりません。いくら汚れを取ってもすぐに付着する人もいますから、毎日怠らずにチャクラをひらくための掃除をすることが必要です。

⑩自分の人生をありのままに受け入れる事。
自分を愛し、信用することが出来ていれば恐れはなくなっているのではないか(これはつまり意識的でいるという事)。どんな厳しい人生の真ん中にあっても、平和を感じ取ることが出来ると思う。

★カヴィーシャのコメント: その通りです。人生をありのままに受容できるということは、ゆらぐことのない基盤ができているということです。真に自己を確立できていれば、どんなときでも心の内側では平和を感じることができます。

【自分が経験したネガティブパターン】繰り返さないように把握しておくこと!
自分の中のネガティブな思考や存在を否定し、見ないようにした
他者の中に、自分のネガティブな存在を見出し、他者を批判する事で自分の中のネガティブな存在を批判し攻撃していた
・自意識過剰・自信過剰
・意志や性格の弱さ、言い訳
モチベーションの低下(ネガティブ)を認めなかった。(一番上の項目と一緒)
自分や他者を裁いた
憑依の原因を外側に探した

①~⑩まで、まとめて書いてみると、やはり最終的には人生とは意識的に過ごすことで両極を学び、自分を愛し、そして他者も自分と同じように愛するようになることが最終目標なのかなと思いました。

言葉に書いてみるととてもシンプルで簡単ですが、本当に難しいことだと感じています。カヴィーシャ様が、頻繁に本質が同じ事を繰り返し表現を変えて記事にしてくださっている理由もここにあるのかなと思っています。
自分が学ぼうと思って生まれて来た事を忘れずに、自分らしいやり方で達成して行きたいと思います。

カヴィーシャ様のサポートに心から感謝申し上げます。



     モミジとクマ


「自分を愛すること」についての補足



自分を愛すること」は「自己愛」という言葉でも言い表せますが、世間ではこの「自己愛」は、あまり良い意味では使われていないようです。
たとえば、最近若者に急増している「自己愛型人間」です。これは、自己愛が強いゆえに精神的な病気になってしまうとされており、「自己愛性パーソナリティ障害」と呼ばれるものです。
これは「自分が特別で、賞賛に値する人物だと過剰に思いこみ、他人への共感性に乏しく、自分のために他人を平気で利用したり、傲慢な態度で他人に接するというパーソナリティ(人格)の障害がある」というものです。また、若い世代に多い「新型うつ病」と呼ばれるタイプのうつ病もあるようです。

★以下は、『若者に急増!責任転嫁する「自己愛型人間」の直し方』からの抜粋です。

従来、うつ病は真面目で几帳面、自責感が強いタイプの人が自分を追い込んだ(もしくは追い込まれた)末になる病気と言われてきました。一方で、仕事はやりたくないのに趣味には熱中したり、「こうなったのは会社のせい、親のせい」と他責感を持って抑うつ的になるのが、若い世代に多い「新型うつ病」です。強すぎる自己愛、自己中心性のゆえに、周りを責めながら憂鬱感が強くなってうつ病になってしまうのです。

従来型のうつ病の場合、薬物療法続けながらゆっくり休養をとり、自責的な認知を変容させることで回復していきますが、この新型うつ病の場合は社会の常識や規律のある生活に慣れさせ、自己中心的な認知を変容させるという正反対のアプローチが検討されます。

★若者に急増!責任転嫁する「自己愛型人間」の直し方 より抜粋
http://allabout.co.jp/gm/gc/371375/



このように「自己愛性パーソナリティ障害」の人が現在増えているということですが、自分さえよければよいという「自己奉仕型」の人間というのは昔から多く存在していたと思います。大昔に「徹底した自己奉仕」で生きてきたオリオン人の生まれ変わりが、現在の地球にもたくさん生まれ変わっていますが、そういう人たちには相変わらずその要素が強く残っているのです。

自己愛が過剰であると、まちがいなく自己中心的、利己的となり、周囲の人の言うことに耳を貸しませんし、他者からのニーズに応えようという気もありません。一番大切なのは自分の気持ちや感情であって、他者の気持ちはどうでもよいという考えなのです。「自己愛」というよりも「利己愛」と言ったほうが適切であるかもしれませんが。

このように自己(利己)愛が強いがために、自分勝手なことばかりやって、周りの人を不快にさせ、迷惑をかけているような人は、わたしが常に伝えている真の意味での「自分を愛している」のではないということ、逆に「自分を貶(おとし)めている」のだということを、しっかりと理解しておいていただきたいと思います。

「自分を愛する」というこの「自分」は、ここにいる「ちっぽけなあなた」のことを言っているわけではないのです。
この「自分・自己・我」は、「大我」である宇宙につながっている「我」のことです。「大我」から出てきた自分を愛しなさいということです。
つまり「自分を愛する」ということは、根源の「大我」を愛するということであり、その「大我」のなかにすべて含まれている「他者」をも同時に愛するということなのです。



  秋のたぬき


「自分を認めること」についての補足



自分を認めること」はとても大切なことですが、多くの人は自分よりも他者に認めてもらうことを望みます。他者に承認してもらうことで幸福感を覚えるのです。そのために他者が好むような人間になりすまし、偽善の仮面を被って周囲の承認を得ようとしたり、あるいは、賞賛を得るために競争してトップに立とうとしたり、他者のことを全く考慮することもなく強引に押し進めたりするのです。これは、他者からの愛や承認を得ることばかりを考えている人にありがちな行動です。

ところが逆に「自分で自分を認めることこそが大事なんだ」と激しく思い込み、「他者の承認なんかどうでもよい、自分さえ自分を認めていればそれでよいのだ」と、思い切りカン違いしている人がいることも事実です。
悪霊に取り憑かれ、異常波動になっていることもわからずに、「自分はこれでよいのだ」と歪んだ自分を正しいと認め、他者のほうがおかしい、まちがっていると思い込んでいるような場合です。

たとえば、「自分にとって役に立たない観念を解放すること」が、今現在その人にとって最も必要な「課題」であるのに、勝手に自分が思い込んで固執している「観念」を解放するどころか、その観念をさらに頑なに守ろうとする場合です。
その思い込みが正しいと思って疑わないこと自体が、もう「観念」の奴隷になっている証拠なのですが、本人はそのことに気づきもしないのです。

「固執している観念を解放する」という「課題」をクリアする必要があるからこそ、わたしのハイアーセルフが「課題の個人レッスン」を許可した人がいらっしゃったのですが、途中で何体もの悪霊に取り憑かれてしまい、「人に頼らないで、自分の生き方を決めたい」と主張し、わたしの質問や要請に応じることもなく、「まだクリアできていませんよ」と伝える前に、さっさと終了されてしまいました。
その自分勝手な言動は、悪霊に憑依をされている人の典型ですが、あまりにも自分のことを過信・盲信している人は決して気づけないのだということを再確認させられた気がします。

           クロネコ

「人に頼らないで自立したい」という人へ



先ほどお話しした受講者さんのように、「人に頼らないで、自分の生き方を決めたい」という人はけっこうおられます。
自立心があって、一見たいそう望ましいことのように思われるのですが、そこに大きな落とし穴があることを知っておいてください。


「自立する」という行為のなかには、自分が感じることや受け取ることへの恐れ、人と親密になることへの恐れが多分に存在しているということです。
「自立したい」願望のある人は、「自立する」ことによって、つらい感情から自分を切り離そうとしていないか? とよく振り返ってみることが必要です。

「人に全く頼らない人」というのは、人とのつながりがまちがいなく不足しています。その人は、他者だけではなく、自分自身ともつながっていないのです。また、相手にほんとうの自分を与え続けるという決意や覚悟が欠如しているのです。
自分が何かを受け取ることを恐れているため、物理的にも感情的にもその場から逃げようとするのです。「問題は自分で解決したい」という言い訳をして、自分のなかに籠ろうとするわけです。人づきあいが悪いのはそのせいです。

こういう人たちは、自分自身の欲求や感情すら受け入れていないので、まずは自分を受容することが必要です。
自分を受け入れることができたなら、他者の欲求や感情からも逃げ出すことなく、相手のニーズにも応じることができ、心をひらいて相手を受け入れることができるはずだからです。


この『自立』と『独り立つ者』とを、くれぐれも混同しないでくださいね。
両者には「すっぽん」と「月」くらいの差があることを理解なさってください。




天狗(鞍馬)
       鞍馬山にある天狗の顔


天狗の鼻には何が詰まっている?



天狗の鼻には何が詰まっていますか?
そう、自惚(うぬぼ)れですね。
自意識過剰や自信過剰、自分のことを過大評価すること、驕り、慢心とも言います。

「利己的な自惚れ」は、けっして「自己を愛すること」ではありません。
それは真逆です。自分を愛することができない人が利己的になるのです。

このことをいつも頭の片隅に置いておいてください。



自己過信は大敵です。
自信過剰でプライドが高く、神をも恐れない増上慢となると、かつては優秀な大天使だったルシフェルが真っ逆さまに闇の領域へ堕ちていったようなことが必ず生じます。

わたしは「気づきのコース」の受講者さんを大いに褒めることがありますが、褒めると自信ができて、安心し、油断されるのか、そのあと意識レベルがぐんと下がってしまう人、さらには憑依される人がけっこうおられるのです。

カン違いも多いように思います。
セミナーや個人セッションでいろんなことがスムーズにできたので、家に帰ってからもきっとできるだろうと安心してしまうことはとても危険です。実際に調査をしてみると、その後できていないことのほうが多いからです。

セミナーやセッションでは、場が清められ、サポートできる者がそばにいるからこそ、光の放射も可能となり、いろんなことがスムーズにできるのだということも、念頭に置いておいてください。
そのことにしっかりと気づいている方もいらっしゃいますが、あまりお解りになっていない方もおられますので、どうかくれぐれも自己過信をしないよう気をつけていただきたいと思います。
自己過信に陥ったかどうかは、その後何が自分の身に起きたかを思い起こせば、判断ができるはずです。

わたしは褒めたいときにはしっかりと褒め、忠告したいときには厳しいこともはっきりと申し上げております。それが「気づきのコース」を希望された皆さんに対するわたしの役目だからです。
ですから、褒められたときには素直に喜び、忠告をされたときには素直に受け止めていただければ嬉しいです。
褒められれば、さらにがんばろうという意欲や勇気が湧いてきますね。それはとても正常な反応です。但し、そこでいっぱいいっぱいにならないで、つぎの段階に進んでください。
同じことを繰り返すという無限のループから外れるためには、螺旋を描きながら上昇していかなければなりません。そのことを覚えておいてください。

何度か申し上げていますが、わたしが「悪霊」と呼ぶのは、ダークサイドの最下位に堕ちている者たちを指します。「本体喪失」という領域で、二度と生まれられない魂たちです。
悪霊」に影響された人たちの文章を読んで、一致していると感じる点は、「自分は一番正しい道を知っているのだという誤った思い込みがとても激しい」ということです。

異常波動の一番目に挙げられるのは「態度が横柄で、傲慢(ごうまん)さがにじみ出ており、けっして人のことばに耳を傾けない」ということでしたね。
こういう人は自分のことを大いに承認しているのですが、周囲の者が強い不快感を覚えている時点で、決してまともではありません。

「自分を認める」ということ、あるいは「自分を尊重する」ということは素晴らしいことではあるのですが、あくまでも正常な状態で認めてくださいと申し上げておきます。

(★詳細は「異常波動」となった人の特徴と「異常波動」を引きつける原因 を参照)



「自信」と「過信」の区別がつかないのは、人生経験がまだ少なく、魂がまだ赤ちゃんで幼稚なため、理解力や判断力が欠如している場合が多いように思います。
「ぼくは何でもできるんだい!」「ぼくの考えは正しいし、誰が何と言おうと、ぼくはぼくの道を行くんだい!」と偉そうに言っている3歳児さながらだということです。人生経験の豊かな魂からのアドバイスに耳を傾けようともせず、自分の稚拙なものさしで測っては自信たっぷりにものが言えること自体、魂の幼児性を物語っている証拠だということです。

過去記事でもお伝えしましたが、その人の魂の年代がわかると、とても納得ができるのです。
乳児や幼児に難しいことを言ったり、実践しなさいと言っても、できないことが多くあるし、なかなか人の言うことを聞かないといったことがありますね。そのうえ異常波動に見舞われているとなると、もう手が付けられません。何しろ悪霊が何体も憑いているのですから、さらに頑強となり、「怖いものなし」の状態となっているからです。
こういう魂の人たちには、「これから何百回転生をして、いろんな体験をして気づいていってくださいね。もしかしたら、暗黒の領域から出られないかもしれないけれど、前途多難は承知でがんばってください」と祈るしか術がありません。


                   donnguri

話を「天狗」に戻しましょう。
昔は天狗が存在する領域は「仙界」と呼ばれ、仙人や竜たちもそこにいました。
かつては明るい領域内でしたが、今現在はダークサイドとなっています。

仙人や天狗さんになることはあまり感心しないということですね。
なぜなら、自分の能力を高める修行や力自慢ばかりをしていて、まったく他者の役には立たないからです。
やはり「自己奉仕」よりも「他者奉仕」をすることが大切だということになりましょうか。



話は尽きませんが、今回Yさんのレポートから感じたことを記させていただきました。
読者さんの中で、憑依されていることが明確にわかる人や、憑依されているときに自分とはちがう思考や感情を感じたことのある人は、ぜひ実体験をお寄せください。ひとりで悩んでいる人もいらっしゃるのではないかと思いますし、情報を分かち合うことで、皆さんのお役に立つことができれば幸いです。


ふたつのハート

自我意識はエネルギーが低い状態です。
意識が低く、エネルギーが低いと病気がちとなります。
バイブレーションを高め、皆さん、気高い人となってください。

自分の人生をありのままに受け入れることができない人は、
ディズニー映画 『アナと雪の女王』をご覧ください。
そして、そこで歌われている日本語の歌詞を心を込めて歌ってみてくださいね。


2014年11月1日 カヴィーシャ・光の仕事人




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