愚か者は眠りこけている

2014年08月07日 11:10


★緊急のお知らせ


~北海道にお住いの読者さんへ~


北海道の皆さん、今年の夏は暑いですね。いかがお過ごしでしょうか?

じつは、今年は東京でのセミナーを開催すると同時に北の地にも赴く心づもりをしておりました。ところが、東京の気候が異状となるため、3月末以降、東京並びに東北・北海道方面もやめたほうがよいという旨をハイアーセルフから聞き、今年の東日本での開催は一度だけということになってしまいました。過去記事にも書いていた通りです。
しかしながら、つい最近になって、やはり北海道には行っておきたい、できればセミナーを開催したいという気持ちが募るようになりました。

もし希望者があるようであれば、8月・9月は観光客が多いため、人が減った(10月19日・20日・21日)頃開催する予定です。おそらくもうずいぶん寒くなっているだろうと思いますが、運が良ければ、遅い紅葉は見られるかもしれません。

現在の北海道は、はっきり申し上げて波動がよくありません。もちろん、日本列島そのものがよくないのですが、北海道が少し気になるのです。
宿泊するなら「旭川」でと思い、地図を広げて調査をしたところ、予想どおり、「旭川」のみ波動がよいという結果が出ました。

北海道には山もたくさんありますが、「大雪山」が唯一波動の良い山となっています。以前から美瑛や富良野などの景色のよいところにも行きたいと考えていたのですが、なぜか波動が悪いのです。おそらく観光客が多くなったせいではないかと思います。
美しい大自然があっても、そこに人間が大勢集まると汚れるのです。いかに人間の放つ波動がよくないかがわかりますね。

北海道には少人数ではありますが、熱心な読者さんもおられるので、ぜひこの機会にお会いして、お話をしたいと思っております。
北海道は広いので、読者さんは点々と散らばっておられると思いますが、旭川市にて「短時間のセミナー」もしくは「交流会」をしたいと考えておりますが、いかがでしょうか?
ご希望があれば、「過去生回帰の個人セッション」なども行ないます。
飛行機や宿泊施設の予約、また、セミナー開催の詳細な場所を決める必要があるため、希望される方は「お便り」から早急にお知らせください。
北海道だけでなく、東北や関東など他の地方の読者さんも、この機会にご参加くださればと思います。

今回人数が集まらなければ、「皆さんの準備がまだできていない」ということで、残念ですが、中止させていただくことにいたしますので、ご了承ください。

ご希望は12日までに「お便り」から送信してください。
下記から選んで、ご記入ください。

★セミナーを希望します。
★過去生回帰個人セッションを希望します。
★個人相談を希望します。
★交流会を希望します。

★「セミナー」をご希望の方は、どんな内容がよいかを詳しくお書きください。
できる限り、皆さんの希望に沿いたいと思います。


ひまわり



善をなすなら、急げ!」とブッダは言っています。
なぜなら、「時をのがすなら、あやまちを喜ぶ心があなたをとらえてしまう」からです。

ブッダは言います。ぐずぐずしていてはいけない。急ぎなさいと。
心はすばやく動きます。それは光よりも速いのです。
善いことをただちにやらなかったら、善い考えが浮かんだとたんにそれをすぐにやらなかったら、心は自分自身をだまし、迷わせて別のことをやらせようとするでしょう。「あ~、もう面倒くさいから、またにしよう。今はまだやらずにおこう」と、前進することを否むでしょう。 

「今はしたくない。また今度でいいや」と、すぐに対処しようとしない怠け心。
そういう繰り返しを、過去生からどれだけしてきたか、あなたは考えたことがおありでしょうか?




ラベンダー


愚か者は眠りこけている



愚か者は眠りこけている」とブッダは言っています。
そして、OSHO はつぎのように語っています。

あなたがたは眠りのなかで働いている。
たえずつまずき、したくないことをやりつづけねばならないのはそのためだ。
あなたがたはけっしてやるまいと誓ったことをやりつづけている。
してはいけないと知っていることをやりつづけ、すべきだと思うことはやらない。

どうしてこんなことになってしまうのだろう?
なぜあなたはまっすぐに歩けないのだろう?
なぜ脇道にばかり迷いこむのだろう?
どうして道をはずれてばかりいるのだろう?


OSHO は言います。

自分の生をよく見守ってみるといい。
あなたがやりつづけていることはどれも完全に支離滅裂で、混乱している。
明晰さなどみじんもないし、洞察力のかけらもない。
あなたは敏感ではない。
あなたは見ることができない!
あなたは聞くことができない!

たしかにあなたには耳があるから、聞くことはできる。
が、内側でそれを理解する人がいない。
たしかにあなたには眼があるから、見ることはできるが、
内側にはだれも現存していない。
だから、いくら眼が見つづけ、耳が聞きつづけても、
なにひとつ理解は生じてこない。

ほんとうにあなたに眼があったら、あなたはいたるところに神を見ていたはずだ。
聞くことができていたら、天上の音楽を聞いていただろう。
天地のハーモニーを聞いていただろう。

あなたがたは一歩進むたびにあやまちを犯しながら、それでも自分には気づきがあるのだと信じている。
そんな考えは完全に落としてしまうほうがいい。
それを落とすことは大いなる飛躍、偉大なる一歩になる。
なぜなら、いったんその「わたしには気づきがある」という考えが落ちてしまえば、あなたは自覚するための方法と手段を探し求めはじめるからだ。

だから、深く胸にとどめておくべき第一のことは、あなたは眠っているということ、
ぐっすり眠りこんでいるということだ。



★このブログを訪れる人々にしっかりと目覚めていただきたくて、ブログを書きつづけてきました。
「もうよいでしょう」と母神に言われながらも、その必要性を感じ、大切なことは繰り返し繰り返しお伝えしてきました。でも、同じ内容について少し角度を変えているだけで、言っていることは同じことなのです。しかしながら、それでもわからない人がいるので、いつまで経っても更新しなくてはならないのです。
一を聞いて十を知ることはできなくても、一を聞いて一だけでも理解していただけたなら、更新してきた甲斐があったと思います。
目覚めていただくために、何度も声を大にしてお知らせしています。
でも、まだ眠りこけている人のほうが断然多いのです。

愚か者は眠りこけている」とゴータマ・ブッダは言いました。
彼のような聖人が、その後何人この地上に現れたでしょうか?
数千年前から、人々はまったく進化していないのがわかりますね。
未だに眠りこけているのですから。


碧台蓮


「未熟者」から「成熟者」へ



まだまだ未熟者ですが、これからもご指導ください」は、日本人がよく言ったり、書いたりする定型文です。読者さんから届く文章でも、たびたび目にします。
私は未熟者ですので、これからもご指導ください」なら、普通にわかるのですが、「未熟者ですが」は逆接なので、何か不自然さを感じるのです。
「ですが」と「なので」の違いを考えてみると、その奥に隠れている心情が見えてきて、けっこうおもしろい発見があります。

スピリチュアルな観点から言いますと、未熟者だからこそ、このような世界、低い次元で魂修行をしているのです。よって、わたしたちの多くが「未熟者」であるのは当たり前なのです。
以前に「若い魂」と「成熟した魂」のことをお伝えしたことがありましたね。
今回は、その続きを書きましょう。

★参考過去記事
カテゴリ:魂の成熟とカルマについて
 「未熟な魂」と「成熟した魂」―あなたはどっち?

成熟した魂は、今生の課題(持ち越してきたカルマ)で悩むことはありませんし、過去生の自分や分霊などに影響されたり、足を引っ張られたりはしないものです。
そして、自分のしたいことをやるためにこの世に生まれたことを知っているので、すぐにやりたいことに取り組みます。仕事が自分に合わないとか、仕事場が嫌だと言って日々思い悩んだりはしません。自分の適性を知り、何をやったら成功するか、どうやったら魂が喜ぶかを知っているので、そこにいつもフォーカスしているからです。

このように、成熟した人は自分のやりたいことを楽しみながらやっていますが、それが自分自身だけのためではなく、他の人のためにも同時に貢献していることになり、2倍の喜びを得ているのです。
ですから、それができていない場合は、まちがいなく未熟者だということになります。未熟者は「まだ目覚めていない者」です。
あなたがもし、このまま無自覚で無意識のままでいたなら、あなたはこれまでしてきたように再び死ぬしかないのです。

OSHOは言っています。
生まれては死に、死んでは生まれるという惨めさの全体から抜け出したいなら、誕生と死の車輪から抜け出たいなら、完全に目覚めるしかない。あなたはより高い、さらにより高い意識に到達しなければならない」と。


今、皆さんに申し上げたいこと。
それは、「自分自身の為すあらゆる行為を注意深く見守ってください」ということです。
ネガティブ霊にとり憑かれた人は、すべてをネガティブに受け取ります。
素直に人の言うことに耳を傾け、実行することができません。
過去記事を読んでいる人や、特に波動リーディングのコースを学んだ人は、もう十二分におわかりのことと思います。

ところが、わかっているのは正常波動のときだけなのです。異常波動になったとたんにわからなくなってしまうのです。そして惨めな気持ちを味わいます。
惨めさの根本原因は「乱心」であるということを覚えておいてください。
そして、正常波動に戻ったら、「あのとき、自分はどうかしていた」と、まさに乱心していたことに気づくのです。

しかし、異常波動になるたび、また忘れてしまうのです。そんなふうに、何百万もの生にわたって、人は「注意深く見守ること」を忘れてきたのです。
怠惰や横着は眠っていることの証拠です。
それは気が遠くなるほど多くの過去生においてしみこんできた「悪い癖」です。それが今生でも習慣になっているのは、今までの人生で一度も注意深く見守ることをしてこなかったからです。
ですから、この一瞬でも見守っていることができたなら、喜んでください。
そして、あなたのハイアーセルフに感謝をしましょう。


蓮

OSHOは言います。

まず根が下に伸びなければならない。
そうしてはじめて、樹は上へと延びることができる。
天まで届こうとする樹は、その根を地の底まで、
もっとも深い地中にまで伸ばさねばならない。
樹木はこのふたつの方向へと同時に成長していく。

蓮の花は、その根を湖底深くの泥のなかにまで伸ばしはじめて、
花咲くことができる。
これは大いなる忍耐によってはじめて可能となる。
現状の人間はきわめて怠惰だ。
それはかれが眠りこけているからだ。
                  

そして、ゴータマ・ブッダは言っています。

だから目覚め、観照し、見守りなさい。
油断なく、注意深く精進することだ
道に生きるなら
あなたには光が育つ


注意深くあること。目覚めていること。
それが、未熟者と成熟者の大きな違いです。


ライン


皆さん、もう記事の更新は要らないですよね?
これまでの記事で、もう現在は不必要と感じた内容は、徐々に削除していきたいと思っております。
すべて読んでおきたい人は、今のうちにお読みください。
ときどき、一日に何百もの記事にアクセスした人がいらっしゃるのですが、何も心に残らなかったのでしょうか? 
魂に響くことがあれば、コメントを残してください。
過去記事「わたしがブログを書く理由」につぎのように記していますね。

「拍手」というのは、たいていブログを書いた人に向けて送るものですが、わたしは読者が自分自身の魂に響いたり、気づきがもたらされたりしたときに、その「しるし」として、クリックをしていただけたらいいなと思っています。
つまり、書き手に称賛の「拍手」を送るのではなく、読み手の自分自身が、「気づきが生まれてよかった」という意味でクリックしてほしいということです。
このブログに限ってですが。
(★意図することがわかってもらえたでしょうか?)


ふたつのハート

黙って立ち去る幽霊さんは、やはり幽霊さんでしかないということです。
多くの幽霊さんたちは、自分の想いを素直に正直に表現できず、
自分や他者を愛することもできず、他者を非難したり、恨むことしかできなかった人間の成れの果てですから。
もうそろそろ、そんな幽霊から卒業してもよいのでは? と思います。

これからも、日本は自然災害に見舞われたり、いろんな政治的、
あるいは社会的な問題に直面することになるでしょう。
いつのときも、目覚めていれば、戸惑うことはありません。
目覚めた人は死を恐れることはないからです。

もっとも怖いのは、自分自身が眠りこけてしまっていることです。
あなたの今生での生が、
眠りこけた愚か者」として終わってしまうことのないよう、
どうか注意深くあってください。

2014年8月7日 カヴィーシャ・光の仕事人





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