閉ざされた「氷の世界」から開かれた「光の世界」へ

2014年01月03日 01:00


明けまして、おめでとうございます。

年末年始にご挨拶のメールをくださった読者の皆様、
ありがとうございました。
心からお礼申し上げます。


2014年という年が、
皆さまにとってこのうえなく意義深く、
またさらなる飛翔の年となることをお祈りいたしております。




白馬



★ 「氷の世界」はお好き? ★



年末にBSプレミアムで『井上陽水 ドキュメント「氷の世界40年」』という 番組を見ました。
日本で初めて売り上げ100万枚を達成した伝説のアルバムが発表されたのが、今からちょうど40年前のことで、それが当時25歳だった井上陽水氏の『氷の世界』だったというわけです。
この傑作がどのようにして生まれたのか、長年行方が分からなかったマルチテープを発掘し、制作に加わったミュージシャンやスタッフの証言を交えて、陽水さんの『氷の世界』ができあがるプロセスを描き出すという内容でした。確かにこのアルバムには、素敵な歌詞や名曲が散りばめられていますね。

現在65歳になられた陽水さんの歌を聞きながら、あの頃(40年前)の歌は、やはり25歳のときの陽水さんが歌っているほうがふさわしいと思いながら、自分自身の若き頃をも思い出しておりました。
わたしが『氷の世界』を初めて耳にしたのは、信州の、とあるスキー場のログハウスのレストランの中でした。熱いコーヒーをすすりながら同僚と話をしているとき、その曲が繰り返し流れていたのです。
その情景はまさしく目の前にあり、辺り一面銀世界である雪山にはもってこいの歌でした。大音量だったので、いやでも耳に入ってきて、随分ビートの効いた早口の、騒がしい歌だなと思ったものです。


人を傷つけたいな 誰か傷つけたいな
だけどできない理由は
やっぱりただ自分が恐いだけなんだな
(中略)
ふるえているのは寒さのせいだろ 
恐いんじゃないね 
毎日 吹雪 吹雪 氷の世界



上記の歌詞に「人を傷つけたいな 誰か傷つけたいな」とあります。
陽水さんは、それができない理由は「やっぱりただ自分が恐いだけなんだな」と言い、「そのやさしさを秘かに胸にいだいてる人は、いつかノーベル賞でももらうつもりでガンバッてるんじゃないのか」とちょっと嫌みっぽさをも付け加えておられます。

そのフレーズを今現在聞いたとき、過去「ノーベル平和賞」をもらった奉仕者たちの姿が、ちらっとわたしの脳裏をかすめました。自己欺瞞にまるで気づかない世界の奉仕者たちは、確かに喜んでノーベル賞をもらうかもしれません。

しかし、真の奉仕者であるのなら、そんなものを決してもらうようなことはしないのではないでしょうか?
そんな怪しすぎる賞をもらってしまったら、その人の善意で行なった奉仕の数々は、それと引き換えに儚く消滅してしまうかもしれないからです。近年あるいは最近どんな人が平和賞をもらっているかを思い起こせばわかりますよね?
大切に持ち続けていた「天国へのカギ」を、「○○賞」という名の手垢にまみれた「名声と誉れ」にすっかりすり替えられてしまった感じと言ってもよいでしょうか。

自由でひらかれた「光の世界」から、呪縛にかけられコントロールされ、暗く閉ざされた「氷の世界」へと意識が変容していった人は数知れないでしょう。
そんな人たちは、邪悪な世界のなかにいながら、自分だけは善人であると信じており、怖れを心に抱きながらも、それにもめげずにつくりあげた「微笑み」や、罪のなさを装った「仮面」をつけて、偽善者を演じているのです。人には知られたくない罪悪感を深く心に隠し持ちながら。

「ノーベル平和賞」そのものが悪いわけではないのですよ。
その「賞」の与え方に問題があるのです。誰が決めているのか知りませんが。
人をあざむき、世界をコントロールするためのものなら、何の価値もありません。

人間というのは、「賞」とか「権威あるもの」にとても弱い生き物ですね。
ノーベル賞をもらった人=とても偉い人。多くの人は勝手にそう思い込んでいます。思い込みが実に激しいのです。しかし、そういう「賞」をもらった人が必ずしも善人ではないし、崇高な意識の持ち主であるとは限らないということを、きちんと念頭に置いておくことは大切です。このブログを長年愛読してくださっている人たちは、そういった思い込みの激しさからはもうすでに卒業なさっていることと思いますが。
ただ表向きに、社会という外側の世界に対して、何かしら貢献をしたということになっているだけのことです。

人々に日常的に貢献しているような「名の知られない善なる奉仕者」というのは、きっと世界には数えきれないほどいることでしょう。
そして、そういう人たちこそ、天国へ招かれるのでしょう。
天国には、名声や権威や欲望は必要なく、かえって邪魔になるばかりです。

必要なのは、ただ「ひらかれたハート」と「幼子のような無邪気さと純真さ」のみなのですから。




     ランプのなかの天の川


★ 11次元存在からの伝言 ★



年頭に当たり、ぜひわたしのブログで伝えてほしいという存在からの要望もあり、今回はわたしの長女のなかから登場した「11次元存在からのメッセージ」をお伝えしたいと思います。

長女は「本体部分」として、分霊たちのカルマの清算をすべて引き受けてこの世に生を受けたようです。
長女の過去生の分霊たちは、昨年一年間で随分数多く解放されていきました。
なかには、世界の歴史上に名をしっかりと残しているような大それた人物がけっこう混じっていて、「そうだろうね」「苦しいだろうけど、自分が定めた試練だからね。とにかく頑張るしかないんだよ」と思いました。

長女にどんな分霊が存在するかを突き止めたときや、過去生回帰をするなかでつぎつぎと分霊が登場するたび、このような「大変な人たち」のカルマの清算をするために長女がわたしを「親」として選ばずにはいられなかった理由が、今になってようやく理解できたしだいです。闇とバランスをとれるのは、光だけなのですから。
長女と次女のふたりの子どもたちが誕生するに当たって、親となって引き受けてくれる者は全くいなくて、結局わたしが「OK!」「Welcome!」と快くひき受けてしまったらしい(笑)のですが、承諾した以上は何とか協力しようと、日夜浄化活動を続け、闇にいる人たちを光の世界へと送り届けているしだいです。

しかし、良いこともありました。娘たちの分霊からの情報で、学校で教えられている歴史の内容との大きなギャップを知ると同時に、彼らの真の姿を知ることができましたし、各々の分霊たちが語る話は、わたし自身にとって大変興味深かったからです。
歴史的有名人物の真相』については、また今年のセミナーでお話をしたいと思っておりますが、おそらくそれを知れば、世界の歴史に対する見方や宗教の見方が一挙に変わるのではないかと思います。

ここに掲載しますのは、長女の「過去生の本体部分―男性」からのメッセージです。
彼はかつて異星人だったことがあり、地球に生まれたことのない存在です。ただ、地球に誕生した分霊を指導することは過去にもありました。今はエネルギー体です。
長女は、この「あいつ」と呼ぶべき存在がたびたびやって来て、メッセージを告げていくのを体験しているそうです。
今回の伝言は、よくしゃべる「あいつ」の言葉を口述筆記(速記)のかたちで書きとめたものです。
長女は変性意識状態、ほとんど眠っているような状態で書いているため、本人でもまったく読めない字が多々ありました。逆に本人よりもわたしのほうが解読できたりしたので、ふたりで一緒に読みながら何とか訳のわかる文章にしました。

「11次元存在」だと言っても、結果的には長女の知識と語彙(ボキャブラリー)を使ってしか表現できないので、物足りなさはかなり感じるのですが、かえって誰にもわかりやすい表現となっているのではないかと思います。
彼が「人間たちに伝えたいこと」というのは、わたしが過去記事で皆さんに伝えてきたことと重なっており、さほど変わり映えのしない内容ではあるのですが、異星人的な発想を少しでも味わっていただけましたら幸いです。


milkyway



~人間的に優れているかどうかではなく、
      魂的に理解できるかどうかが大事~



魂というのは様々であって、
地球という一つの星に生まれ存続していくこととは無縁なり。

地球上に生まれ、生存していくことは一つの学びであって、
(それは魂の異なる成長)それが全てではない。

魂の成長があって、個々の成長もあり、
それは多大なる成長の過程なのだが、
「地球上の成長こそが全て」ではないことを知って欲しい。

地球上の”人間力”は、地球上の”人間力”にしか過ぎず、
銀河の果て(永遠にも見える、憶測のできない宇宙)では、
ただの一コマに過ぎない。
笑ってしまう程、宇宙は大きいのだ。

もう本当に笑えてくる程、宇宙は大きく広く偉大なものだということを理解して(わかって)欲しい。
(まぁ、理解できないだろうが…)


物事に対して、正しい間違っているの判断・判別はどこにできようか?

この星では「(間違いなく)正しいこと」であったにせよ、
また別の星でそれが通用するのか?!

はなはだ馬鹿馬鹿しい。
その星、この星で「正しい・正しくない」は違うのに…。

地球上の国でもそうだ。州や県でもそうだ。
地域によって法律と呼ぶものも、習慣と呼ぶものも、統一されてはいない。
それなのに、何が正しいと言えようか?
何が間違っていると言えようか?
全くの矛盾を感ずる。

その矛盾の中に生きていて、
己の選んだ道を誰が裁くことができようか?

己を感じ、大切にし、信じ、生きてこそ、
”真の人生”を送ることができるのではないだろうか?


皆に告ぐ。

己を信じずして、誰を信ずることができようか?
己を愛することなくして、誰を愛することができようか?

それさえも小っぽけなことだ。

誰を信じて、誰を愛して……
それが地球人の永遠のテーマとも言えるべきことだが、
そんなことは小っぽけだ。

他者を案ずるが余り、己を戒め、自縮(自粛)する。
そんな所がいいとこだ。

違う。

己の真の望む所にこたえ、
己を真に愛し、愛しむことを覚え、
己が真にしたいことをする。

それこそが人生ではないのか?

他者に振り回される人生を送るのは無意味ではないのか?
他者に認められるより、己が自己を認めることこそが必要ではないのか?

己に起こったことは全て己が引き寄せたことで、
他者のせいではなく、あくまで己の責任においてのことではないのか?

それが全てである。

自己の身に起こったこと全て自己の責任であり、
自身が自ら招いたことなのだから。

だからこそ聞いて欲しい。

自分自身に起こった様々な出来事を。
それは他人のせいでなく、明らかに自分のせいで招いたことなのだと!
自己に訪れた出来事は、他者の誰でもなく、
自分が招き、受け入れたということを。

「私はそんなことを望んでいないのに!」という思いも、
本当は「自分が望んでいる」ということを理解しなくてはいけない。

「こんなはずじゃなかった」「こんな事は望んでいない」という出来事にさえだ。

本当は望んでいる。
本心では望んでいる。

「こんなはずじゃなかった」と思う人は、
「こんなはずじゃなかった」という事を学び、
「こんな事は望んでいない」と思う人は、
魂レベルで「望んでいた」それを「”克服する”という使命を持っていた」ということを認識するべきだ。


人は生まれる際に、どの程度、どのレベルで生きていく…という事を理解し、決めている。

では、その自己の決めたことが、どれだけ実現できるか…
というのが人生だ。

一種ゲームの様な人生だが、生まれて来た人それぞれにそれなりの決意が感じられる。
(そうでなければ、生まれる許可はおりまい)
それを憶えている者は少ない。むしろ希である。
しかし、その希な人間がいることも”確か”である。

憶えている人間は希である。
しかし、人類の地球の歩みに、そのほんのわずかな”憶えている人間(現在生きている)”によって支えられている部分があるように思える。




水の星


地球という意識は弱々しく、時に偽善者的だ。
そう、それはまさしく今現在、生存している人類の基盤にあるようにも感じとれる。

地球は地球で思いがある。

地球に住んでいる者は者で思いがある。

地球という意識は、自分の思いよりも、
現在多く生きている人間という存在に意識を合わせたに過ぎない。

地球に住んでいる多くの意識=人間。

そこに意識を合わせ、人間の進歩に伴い、自己(星)の進化(進歩・過程)を事実的に遅らせたのだ。

地球は進化したいと思っている。

でもその為には人類の大半を処分せねばならない。

それは地球にとって苦であり、望むところではない。
地球は「皆にとって優しく、住みやすい、居心地の良い環境を与える」ことを
美「良し」としているのだ。
皆にとって居心地の良い環境を与えることを美(良し)としている。

地球は、時として凶悪犯罪をも良しとしていることがある。
その事実を理解して(わかって)いながらにしても、また、お咎めなしなのは、
地球の優しさではなく、甘さではないのだろうか??

2013.12.26  「あいつ」からの伝言 



地球


実は、このあとも続きはあったようなのですが、あまりの眠たさに負けた長女が筆を置いてしまい、途切れてしまったとのことです。残念ですが、またの機会を待つしかありません。(笑)
地球については、わたしも「甘い!」と思っていますから、「あいつ」とは意見が合っているように思います。

地球は皆にとって優しく、住みやすい、居心地の良い環境を与えることを美「良し」としている」という一節がありましたが、そんな地球の気持ちに反して、人間どもは地球環境を目茶目茶に壊し続けているわけですから、それに対してはもっと厳しい態度をとってもよいと思うわけです。しかし、そんなことは地球にはできません。進化したくても、人間のことを思うと、我慢するしかないということなのでしょう。

「人間を目覚めさせる」というような器量は、地球にはないということがわかりますね。
ただただ人間を愛することのみ。凶悪犯罪をしでかした子どもたちでさえ庇い続けるというのは、「無条件の愛」そのものですね。まるで、地球意識は、「6のエネルギー」を学んでいるかのようです。

そんな地球に、わたしたちは一体何をしてあげたらよいのでしょうか?
何度もお伝えしてきましたから、もう皆さんはご存じですね。
地球が望み通りに進化できるように、わたしたちの意識を一刻も早く進化させることです。自己確立を成し遂げることです。そして、地球を思いやることです。
これが地球の上昇を助ける唯一の方法です。


「奇跡のコース」を伝えたある存在はこう言っています。

この世界は問題から脱出することができないように作られている。この世界の道はすべて、失望と無と死につながっているだけだ。この世界の選択肢にはこれ以外ない」と。

また、「希望が存在しないところで、希望を探し求めることはもうやめなければならない。今、あなたの学びを敏速に行い、学んだことを超えてまだ学んでいないことへと進んでいかなければ、時間を無駄にするだけであることを理解しなさい」と。

言われていることがわかりますか?



ふたつのハート

この世界には、多くの選択肢があるように見えても、
本当はひとつの選択肢しかないのだと気づくこと。
たとえどの道を進もうとも、
それらの道がどこにも導いてくれないということを学ぶこと。

なぜなら、この世界は幻想だからです。
邪悪な幻想でつくられた「氷の世界」なのですから。

その代わりに実在的な選択肢があることを知りなさい
あなたが気づけば、それを受け容れることができますよと教えてくれているのです。

では、実在的な選択肢とは、どんな選択肢なのでしょうか?

実在するものは存在を脅かされることはない」のです。

何者にも決して脅かされることのない 
恐れることのない世界を思い出してください。

きっと甦ってくるでしょう。

なぜなら、わたしたちはみな「実在界」、
光の世界」からやってきた子どもたちなのですから。






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