「信頼」という名の宝物

2013年08月26日 14:00


◆ 過去生回帰を終えて ◆


今回は8月11日に京都で行ないました「過去生回帰」のセッションを終え、これまで出されていた「課題」をめでたく終了された女性のレポートを掲載させていただきます。


~過去生回帰を終えて 8月23日の最終レポートより~ 女性  40歳  東海
  

6月から個人レッスンを始め、過去生回帰のセッションを迎えるまでに、順に「無価値感」「期待」「復讐」「裁き」と、実に4つものキーワードをいただき探究を深めていきました。
それぞれのキーワードが、どんな心理によって引き起こされるのか、その仕組みと自分の性質を知ることができ、自分に未熟な面が多々あることを思い知りました。
「無価値感」からは、いかに自分を粗末に扱い、他者から「褒められたい」「認められたい」と、自分の存在意義を求めているかということを知りました。自分や他者を認めないから「期待」する気持ちが起き、期待に満足できないとエスカレートして「復讐」に走り、「○○であるべき」と自分の価値観を押し付けて他者を「裁き」ました。
自分のネガティブな面を知り、それに抵抗せずに認めることにより、気づきが深まっていったように思います。

今回の課題の総決算として過去生回帰を受けました。総決算にふさわしく、私は忘れていた過去を思いだすこととなり、そこで輪廻転生、因果応報は紛れもなく宇宙の法則に則り、誰もが平等にその報いが用意されていると、実感することとなりました。

私はかつて異国で乳飲み子を抱えたシングルマザーで、貧困に喘いでいました。元夫は今でいうDVでした。
今生の私は父が母にDVをする家庭に育ちました。20歳の時に私はよりによって、どういうわけかDVをする人と付き合っていました。別れたくても執拗に付きまとわれ、逃げて身を潜めた先で、建物のガラスをぶち破って中に侵入してくる凶暴な人でした。あの当時、生きる希望がなく悲壮感を抱えて生きていた私と、過去生の私が醸し出す雰囲気がまるで同じでした。つらくて生きているのが精一杯。相手に翻弄された日々。過去生であんなにつらい思いをしたのに、なぜ今生でもDVと縁があるのでしょうか? 

★カヴィーシャ: あなたがなぜDVと縁があるのかということですが、暴力ではなく、嫌がらせをしていた過去生があったことと関係しているのではないかと思います。
おそらくあなたは、自ら嫌がらせを受けて、嫌がらせを受ける人の気持ちを考える機会を与えられたのではないかと思います。そして、過去生でも今生でも、十分にそれを思い知ったということです。


★そうでしたか、嫌がらせをして人につらい思いをさせてきたのですね。この事実を真摯に受け止め、この経験を無駄にせず、同じ過ちを繰り返さないよう注意深く、自己を観察し、律する努力を続けていきます。

★カヴィーシャ: たいていの場合、その人生の終わりで自分がやってきたことを裁くと、つぎの人生で今度は同じようなことで裁かれる自分を演じることとなります。過去生で自分が相手にしたことを、今度は逆にされて自ら存分に味わってみようという試みです。それでも納得できなければ、また次の生でも繰り返し味わうわけです。それによって、行為のバランスをとろうとするわけですが、そんなふうに自分のしたことを許せずに、執拗に自分を裁き続けている人も多くいます。
過去生と今生の自分が一緒になって、自己を裁くのですから、苦しいはずですね。
だからこそ、過去生の自分も今生の自分も真に許し、癒し、解放する必要があるのです。


私は過去生で、この悲惨な体験から何も学ばなかったのでしょう。ただ、「こうなったのはあの人と結婚したばっかりに」と悔やんでいただけだったのでしょう。常に「無価値感」を抱えながら必死に生きてきました。現状を受け入れられずにいつも「こんなはずではない」と否定し続け、平和な生活に「期待」しました。これっぽっちも元夫の幸せを願ったことはありません。「私をこんな目に合わせて」と怒りと恐怖が私を支配し、悪い念波を出し「復讐」していたのでしょう。そして「なぜ、このような状況になっているのか?私に原因はないのか?」と省みることなどなく、「あいつが悪いのだ」とただ相手を「裁いて」いたと思います。
そして私は乳児とともに餓死して、この人生を終えました。
今生に生まれる前に私は、不仲でDVが日常茶飯に行われている夫婦の子供になりたくて、そして成人の頃に再びDVをする男性と付き合うことに決め、今度こそ、そこから何かを学ぼうと決心したのか、同じような道をたどり私は結局、過去生の時と同じように何も学びませんでした。起きた出来事から「気づきなさい、学びなさい」というメッセージがそこにあることに気づく準備さえ、私には出来ていませんでした。

個人レッスンでキーワードをいただき課題に取り組んでいる最中は、今生で私はDVを受けていたことを忘れていました。そんな目にあったのに忘れていたの?と不思議に思われるかもしれませんが、忘れなければ生きていけませんでしたし、その時の私は忘れることしかできませんでした。
過去生や今生で私がDVにあっていた記憶がまるでない状態で過去生回帰を受け、「無価値感」「期待」「復讐」「裁き」は過去生でDVの夫を持った経験から来るもので、この経験こそが私の思考の多くを支配していたと知りました。この出来事を忘れたままで、これらの感情を真から手放すことは出来ないでしょう。今、私はDVの彼とは、なんとか別れられ、時間はかかりましたがDVとは無縁な人と出会い結婚をしました。しかし、私は別人になったわけではありませんから、過去生から持ち越した気質がそのまま今生でも発揮されています。

★カヴィーシャ:「無価値感」を抱えていた過去生のあなたは完全に解放されていますから、もう別人ですよ。
そんな思い出にいつまでも浸っていて、何か良いことでもあるのでしょうか? 
もう忘れることです。忘れないと、せっかくの新しい人生を生きることができませんよ。


私がなぜ過去生から成長していなかったのか、ポイントがわかりました。私はDVの経験、過去生で乳児を餓死させてしまったこと、今生ではお腹に宿った天使を産まない選択をしたこと、これらを受け入れ、認めて自分を赦していなかった。いつも惨めさが付きまとい、今生で最後にとった手段は忘れる努力をしました。それでは何の解決にもならないことは、その当時の私にはわからないことでした。

思いの制限をひらくに出会い、学びを続けさせていただいている今の私のとる行動は、私の魂の成長にこれらは必要な出来事で、それらを引き寄せたのは私の思考によるものであり、この事を謙虚に受け入れ反省すべき点は反省し、過ちを犯して後悔したことも、そんな自分も出来事も、すべてひっくるめて受け入れ、認め、赦し、愛し、癒し、自分を責めず、裁かないことだと思います。

★カヴィーシャ: その通りです!
但し、ここで読者の皆さんにも思い違いをしてもらってはいけないことがあるので、お伝えしておきたいと思います。
自分を責めず、裁かないこと」とつよく思い込みすぎて、反省することをやめてしまうようなことはしないでくださいねということです。

皆さんの多くは、「自分を責めず、裁かないこと」についてお伝えすると、絶対にそれは悪いことで、してはいけないことだと思い込まれる傾向にあるような気がします。
それはまちがいなく「思いの制限」です。

自分を責めたり裁いたりすることがあってもよいのです。それはある意味、正常な行為です。但し、それをいつまでも執拗に思い続けているのではなく、赦すことが必要で、そこから前進することが大切ですよと言っているのです。

皆さんの多くは、ひとつひとつの言葉にとらわれ過ぎているところがあります。
どうか言葉を狭く捉えないで、広く自由に捉えるようにしていただきたいと思います。

「反省」することは大切です。そして、相手に対して悪いことをしたなら、素直に謝罪することが必要です。

人に危害を加えておきながら、悪いとも思わず、自己を正当化して、平気で生きている輩は地球だけではなく、銀河系宇宙には多々存在しますが、そういう存在は、自分自身で自分を裁くということはありません。善悪の判断能力がなく、自分を客観的に観るということができないのです。
自分さえよければいい」という「自己奉仕型」人間には、他者への奉仕や愛の思いが欠落しているのです。
そういう輩は、結局は相手に恨みを買い、恨みをもった過去生の霊体に幾世にもわたってさんざん苦しめられることになります。
やはり、借りはいつか返さなければならないわけで、自業自得播いた種は自ら刈り取らねばならなくなるのです。
そうでなければ、不公平であるし、バランスがとれませんね。それが「宇宙の法則」なのです。


帰宅後に改めてブログ記事「過去生回帰のセッション」を受ける際の心構えを読み、今回、総決算にふさわしい過去生の記憶が用意されていたな、と完璧な宇宙の法則に感服です。
今生の肉体とのお別れはいつやって来るかわかりません。(今の気持ちは光の花束「善を為すなら急げ」がぴったりです。)
今までに作ったカルマを、過去生や今生で解消しようと選択した方法とは違う形で来生にトライ出来るよう、今からその下準備をこつこつとやっていきます。来生の私はどんな決心をし、どんな人生の選択をするのかすごく興味があり、楽しみでもあります。
ブログ記事「未熟な魂」と「成熟した魂」-あなたはどっち?のように。

先日、「力強く、たくましく生きなさい」と、心から湧き上る内なる声が聞こえました。
セッション中に別の時代の本体や分霊が私に暖かい声をかけてくれたり、手助けをしてくれたように、私は日々、目に見えない存在たちに応援されていると実感しました。本体よ、分霊よ、守護霊さん、いつもありがとう。
急に「タイタニック」という映画の後半シーンが思い出されました。
ジャックは息絶え死んでしまいますが、ローズは生きようと力の限りを尽くし救助を求め、無事助け出されます。
私は映画を観た当時、私はジャックを追って死ぬことを選択すると思いましたが、今の私はローズと同じように生きることを選択するでしょう。
私は途中で(人生)ゲームをあきらめません。私は途中で何があろうともチャレンジし続けます。

セッションの終わりにカヴィーシャさんから貴重なギフトが用意されていました。
そのギフトは私にとって宝ですが、それは宝石のような原石で、磨いていくことによって輝きが増していきます。そのメッセージを常に意識して、少しでも近づけるように自分を磨き、その原石がいつか光り輝いて、本物の金言にしたいと思います。
カヴィーシャさん、貴重なお時間を共有していただき、本当にありがとうございました。

今、私は不必要な感情を手放したり、今回思い出した今生のDV体験のことを少しずつではありますが、湧き上ってくる感情に、わだかまりが残らぬよう向き合い、心と対話しています。とにかく逃げずに作業を進めていくつもりです。
個人レッスンをやっていただく前の私は、ネガティブなことや、自分の過去を嫌い、嫌な出来事はなかったことにしようとしていましたが、それはあまりにも未熟で幼稚でした。この二か月間レッスンをやっていただき、やればやったことだけのことはある、と確かな手ごたえを感じることが出来ました。
カヴィーシャさん、2か月間、ご指導ありがとうございました。

★カヴィーシャ: どういたしまして。
ハイアーセルフに尋ねたところ、今回の『課題―無価値感』はクリアできているということでした。
つまり『無価値感』はしっかりと解放できましたよということです。おめでとうございます。


★ありがとうございます。あきらめずに挑戦してきてよかったです。それもこれもカヴィーシャさんのお力添えがあってのことです。

★カヴィーシャ: しかし、『課題』がまだ他にあるということを忘れないでくださいね。

★はい、漠然としてではありますが、今それを感じています。

★カヴィーシャ: 誰もみなたくさんの過去生をもっているわけですから、一人の過去生を解放できたからと言って、それですべてよしというわけではないということです。

★はい、私もそう思います。
なんとなく、次の人が「癒されたい」と待っているような気がします。


★カヴィーシャ: まだ過去生回帰にでてきていない問題の人はいます。
以前に少し出てきた「子ども」もそうです。また、他者に嫌がらせをしていた人もいます。


★他にも今生の夫とは何度も夫婦をやっているということを、カヴィーシャさんから教えていただき、このことも何らかの問題を抱えていると思っています。

★カヴィーシャ: しかし、ここであなたがもう終了したいということでしたら、それはあなたの自由ですからそうなさればよいと思います。そのように申告してください。
わたしは、『課題』にチャレンジしたいという人のお手伝いをするだけです。
ですから、あなたの選択を尊重いたします。


★今日現在、解放したい思いが消化しきれていないと感じています。
もしかしたら、その次なる人の影響があり、このまま続けるのが近道なのかもしれないという思いがなくはないですが、もう一方では、ここで一旦、整理(心もしかり、ハード面ではPCのファイルや資料)しようという気持ちがあり、少し寂しい気持ちもありますが、9月はお休みしようと思います。終了ではありませんので、再開できる段階になりましたら改めて申し込みをさせていただきます。
今、カヴィーシャさんの声が聞こえました。「再開したいときに、レッスンをやっているかわかりませんよ」と。
はい、ごもっともです。


★カヴィーシャ: そのときはそのときのことですね。あなたが再開したいときに、もしまだレッスンをやっていたら、「ラッキー!」と喜んでください。(笑) 

いつも申し上げておりますように、あなたには子どものように純粋な心がおありです。まるで鉄砲をもった子どもさながらにとても「無鉄砲」なところがあって、危険を感じるときもありますが…。(笑)
あなたはもともと自由な発想を持った意識の跳んだ人であり、その上自己の魂の成長に対して意欲的であるため、わたしが発する毎度の厳しい言葉にもめげずにわたしを信頼し、素直に自分を省み、よくついてきてくださいました。
根がネガティブ思考であっても、そういうポジティブさを内に秘めている人であることを知っていたからこそ、生まれた結果であると思います。
心に宝を持っている人」と言うのは、そういう人のことを指します。

やればやったことだけのことはある、と確かな手ごたえを感じることが出来ました」と書いておられましたね。
ほんとうに、あなたはがんばりやさんなので、きっと今生でいろんなことが癒され、クリアされていくことでしょう。
あなたの成長を楽しみにしていますね。




ロジーナブルー


★ 真実の指導者と偽りの指導者を見究めること ★


         ~信頼するに値する人を見つけること~


これまでの記事の中で「すぐに鵜呑みにしないように」とか「自分で実際に確かめた上で」ということや「真実と偽りを見究めること」について再三皆さんにお伝えしてきました。
異常波動を発した書籍やブログについても繰り返しお知らせしましたね。特に異星人や目に見えない霊体からの通信は、信憑性がないものや異星人側の都合ででっちあげられた話が多いので要注意だということです。異星人からの情報を得て、それを講演会や著著などで伝えているようなスピリチュアル系の指導者たちは、異星人に騙されているケースがけっして少なくはないということを忘れないでください。

近年アセンション関係の本を数えきれないほど出し、多々講演会を開催してきた人で、実際に2012年末に何も起こらなかったことで、2013年新年早々皆さんに「お騒がせしました」と謝っておられるようすを「YouTube」で見たことがあります。ほかにも「なぜ天変地異が起こらなかったのか、さっぱりわからない!」と、自分でも首をかしげる著名人もおられました。

自分の信じていたことがまちがっていた。それは皆、自分の内側から得た情報ではなく、外側から得た情報を信じた結果だったのではないでしょうか? 異星人の言うことを鵜呑みにしたからですね。
彼らは、自分のハイアーセルフには尋ねなかったのでしょうか?
そこまで確信していたことが外れたにもかかわらず、なぜ未だに異星人の言うことを信じておられるのか不思議です。

これまで偽りの指導者に騙されてつづけてきた人たちは、「もう安易に信じないぞ!」と考えておられるかもしれません。何事も「すぐに鵜呑みにしない」ことは必要です。
しかし、だからと言って、「信頼できる人など世の中にはいない。信じられるのは自分だけ」と思い込んで、自己確立ができていない段階の自分自身の感覚や判断のみを信じようとするのは無謀というものです。

それぞれその人の意識レベルに見合った指導者というのはいるものです。
そういう指導者が見つかったなら、謙虚に学ぶことです。その指導者よりも自分の意識レベルが高くなったなら、さらに意識レベルの高い指導者を選ぶことです。
信頼するに値する人」を、まず直感で見極められることができる自分になることが必要です。
イエスやゴータマ・ブッダなどは地球上では最高の指導者となっていますね。
しかし、自分の意識レベルが彼らよりも高くなったとき、そのときほんとうに自分自身を信頼することができます。そのとき初めてハイアーセルフ状態になったと言えるでしょう。

「信頼するに値する人」への「信頼」まで喪失しないようにしていただきたいと願います。



りんどう


★ 現に癒される過去生回帰 ★



過去記事で「過去生を変えることができる」ことをお伝えしましたが、未だにどう変えてよいのかわからない人がたくさんおられるのではないでしょうか? 
「もう既に終わった過去生の問題をどのように解決するのか?」と。

「過去生回帰」をすることについて、「そんなことをする必要は全くない。過去は終わったもので、もう無いのだ。今が大事だ。今を真剣に生きればそれでよいのだ」と言っている指導者はおられます。

確かに「今という瞬間瞬間を大切に生きること」は大切です。わたしもその大切さを何度か過去記事に書いております。しかし、「過去生を思い出す必要は全くない」とは思わないのです。
「過去生回帰」をすることの必要性を否定し、小馬鹿にするような人は、今現在と過去と未来が同時に存在すること、同時に並行して存在することを真に理解できていない、実感できていない人です。

今を真剣に生きようとしているのに、過去生の自分に足を引っ張られて、今生を自分の望んだように生きられない人たちが今ここに現にいらっしゃるのです。
過去生の自分が今生の自分に重なり、憑依霊さながらにまとわりついていることを実感した人たちが、まちがいなくいらっしゃるのです。
人類のほとんどはそうなのです。何もカルマがなくて、この世に生まれた人はいません。ただ、どんなカルマがあるのか、どんな課題をもって生まれたのか、知らないだけなのです。

現在、自分自身がどれだけ多くの過去生を背負って生きているか、どれほどさまざまな過去生を引きずってきているか、「今の課題」と「過去生回帰をして登場した人物」が、どれほどぴったりと合致しているか、過去生回帰を体験された人たちは真に思い知られたことでしょう。毎回驚愕するほどです。

つまり、わたしたちの多くは、過去のカルマがクリアされていないために宿題を残し、またその宿題をクリアするために誕生しているということなのです。今生で過去を思い出しやすいよう、いろいろと思い出すための手立てを、自分で創って生まれてきているのです。顔や身体につけた生まれつきのアザや、生まれつきの病気。「ここを刺して!」と心臓の部分にマークをつけたりして。それでも、その「しるし」にどんな意味があるのか、思い出せない人のほうが圧倒的に多いのです。

せっかく過去生で分霊がカルマを解消してくれていたのに、今生での新しい学びを怠けていたせいで、新たにカルマをたくさん創ってしまう人たちもいるでしょう。そんなふうにして、カルマのバトンタッチが連綿と続いていくのです。

わたしが「過去生回帰」のセッションを始めて、未だにやめられなくなっているのは、「過去生回帰」をすることが「今生の課題」をクリアするのにとても有効的であることを実感したからです。

今生の自分にまとわりついて足を引っ張っていた存在が癒されて解放されると、急に人生が明るくなり、元気になる人が現にいらっしゃるからです。その効果が現にあるからこそ試みているのです。
どうしても今の自分が変えられない人は、とにかくやってみられることをおススメします。
実体験してみること。そして、実体験したものを「信頼」することです。



ロジーナピンク


信頼」は宝物です。
それがなければ、人間関係は空しいものとなってしまいます。
同じことを、OSHOはつぎのように語っています。 



愛が信頼の一部としてもたらされるときは美しい
なぜなら、信頼は愛なしにはあり得ないからだ

あなたが「愛している」と言っても
それは明け渡しではなく
あなたにはまだ融け込む準備ができていないというのは本当だ
あなたには未知で不可知の空間に導かれる準備ができていない
あなたが「愛している」と言うと
あなたは相手と対等の立場にあり
そこには一種の押しつけがましい平等がある

ところが、あなたが「信頼している」と言うとき
それは深いところからの明け渡し、解放、受容性―
自分と宇宙に対して
「この人が私を地獄に連れて行くとしても構わない
私はこの人を信頼する
それが地獄のように見えても それは私の見方が間違っているに違いない
この人が私を地獄に連れて行くはずはない」と宣言することだ

信頼において、あなたはつねに自分に過ちを見つける
愛において、あなたはつねに愛する相手に過ちを見つける

信頼においては、ことばに出さないまでも
「私は無知です 私は眠りに陥りやすく無意識です
何か誤ったことを口にし、あやまちを犯す可能性があります
だから私を哀れんでください 慈悲をかけてください」と、
つねに謝罪する心境にある

信頼には非常に多くのことが含まれている
信頼はそれほどの宝だ  
                 ~OSHO~




ふたつのハート

宇宙への信頼… 
ハイアーセルフへの信頼… 
自己への信頼…
他者への信頼…

信頼には愛のすべてが、
その関係の美しさが込められています。

「信頼」という名の宝物
今一度あなたの心の内に見つけてください。

           カヴィーシャ・光の仕事人 






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