八月の旅の思い出

2013年08月16日 12:40


日本列島が猛暑につつまれていた先週の木曜日(8月8日)、わたしは鳥取県の自宅から三重県の松阪市へと向かいました。
数ヶ月前に伊勢の内宮のご祭神に招かれたからであり、同じご祭神が祀られている瀧原宮へ行くためでした。
今回の記事では、少しその旅のお話をしたいと思います。



★ 内宮での出来事 ★



内宮の真のご祭神は「天照大神」という名の女神ではありません。
エネルギーを感知できる人なら、「古事記」に登場する「アマテラス」が、偽装された神であることはわかるはずであり、外宮のご祭神もまた然りです。一般人がそれらの正体を知ったら、さぞかしびっくり仰天することでしょう。
真のご祭神に関心のある方は、ご自分で発見しておおいに驚いていただきたいので、ここで真のご祭神の名を伝えることは致しませんが、どちらも男性のエネルギーであることだけ申し上げておきます。

さて、8日は午前10時に自宅を出発して、近鉄松阪駅に到着したのは18時でした。
宿泊施設は5月の時点で伊勢の内宮・外宮周辺は満室となっていたため、少し離れた松阪でしか宿がとれなかったのですが、それでも松阪で2泊できたのはラッキーでした。
そこで、予てから約束していた知人と合流し、翌日(9日)内宮、外宮、瀧原宮へと向かいました。
じつは、今回の伊勢行きのもうひとつの目的は、知人の分霊をその地で解放することにあったのです。また、偽装されたご祭神の正体を見極めることも、今回の知人の第2の目的でした。

通常、伊勢参りは外宮から内宮へと参拝するのが習わしです。その理由がまったくわからないままに、日本人はその習わし通りに参拝されているようですが、なぜ何の疑問も持たないのでしょうか? 不思議ですね。

なぜ内宮よりも外宮が先なのかと考えれば、外宮のご祭神のほうが内宮のご祭神よりも、より高い神格を持っているからであるという結論にたどり着きます。
外宮のご祭神は、日本名で「豊受大神」とされていますが、「古事記」に書かれているような「天照大神」のお食事係などではないことは明白です。

わたしたちは従来の習わしには従わず、まず内宮へと向かいました。
そこで、思ってもいないハプニングがありました。そこでは、何千、何万人もの白い装束をつけた人々が内宮の境内で蟻のごとき行列をつくってひしめいていたからです。
今年は「第62回式年遷宮」のため、神宮での行事が多いのですが、わたしたちが行ったその日にも「お白石持(しらいしもち)」という行事が行なわれていたのです。交通規制もあって、レンタカーを通常の駐車場に止めることができず、炎天下のなか、随分遠いところから内宮まで歩くこととなりました。
わたしのハイアーセルフは、8月8日でひらき、9日でくくるということで、その日がいいよと教えてくれていたのですが、そんな行事があることまでは伝えてくれていなかったため、意外な光景に驚きました。

お白石持行事」というのは遷宮諸行事のひとつです。
新しい正殿の敷地に敷きつめる「お白石」をみなで奉献するのです。宮川で拾い集めた「お白石」を奉曳車・木そりに乗せて沿道や川を練り進み、神域に入ってからは、一人ひとりが白布に「お白石」を包み、通常は立ち入ることのできない新宮の垣内、新しく建てられた正殿近くまで進み、持参した「お白石」を奉献する民俗行事だったのです。。
(お白石持行事は、国の「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」として選択され、伊勢市の「無形民俗文化財」として指定されています)

歩くスペースもないくらい人が参拝するなかで、まだ御霊が移動していない旧の正殿周辺の波動は良好でした。
新しい正殿に向かって拝む人たちを見て、日本人は御霊というエネルギー体ではなく、建物という物質を重んじ、物質を拝む民族なのかな? と思ったしだいです。

大勢の人々のあいだをすり抜けて、何とか参拝をすませ、わたしたちは外宮へと向かいました。逆のコースをたどったため、車での移動もかなりスムーズでした。


新しい正殿(内宮)
        内宮の新正殿  撮影 光の仕事人



★ 外宮での出来事 ★



外宮は毎度のことながら、内宮に比べて波動が粗く、あまり気分がよくありません。
はるばると分霊を解放しに来た知人も、内宮との波動の違いを顕著に感じられていたようでした。

じつは、知人の親神の名前は、外宮のご祭神のなかにはまったく見当たらないのですが、境内にはまちがいなくその神のエネルギーが残っている場所があるのです。
現在、小さな祠(ほこら)しか建っておらず、見過ごしてしまいやすい場所にあるのですが、かつてはわたしの長女もそこで自分の分霊を解放したことがありました。

つまり、今回外宮に行ったのは、長女と知人は同じ親神のグループに属していたことがわかったからでした。
長らく知人にまとわりついてなかなか解放できなかった分霊を、その地で解放できるということを、わたしのハイアーセルフが教えてくれたので、わたしが一緒に行って彼女を誘導するというお役目があったのです。

外宮のなかにあるどの社が彼女の親神の社であるかということを、自分自身で発見したいということだったので、わたしはただ彼女の足が自然に向くところへついていくことにしました。
長女のときもそうでしたが、自分の親神のエネルギーは自分で感じ、自分で見つけることができるものなのです。
果たして、彼女は長女が見つけたのと同じ社を発見され、そこでめでたく我が分霊を解放されたのでした。

毎回皆さんにお伝えしておりますように、現在の自分が抱えている何らかの課題は、過去生の自分(本体部分)、あるいは分霊の課題でもあり、それが大きく強く影響しています。それは「過去生回帰」でほぼ解放できますが、自分の親神のエネルギーのある箇所で解放することも可能であるということです。

分霊たちは、そのエネルギー場から親神の元へ還るルートを知っているのです。
彼らは空へと上昇したのではなく、地下へと下降していきました。
どうやら他次元宇宙の通路は地下にあるようです。


知人はたまたま長女と同じ親神であったために、まちがいなく同じ場所(祠)から帰還していったのを、しっかりと見届けることができました。
しかし、人それぞれ親神は異なり、親神のエネルギーが存在する場所も違うので、それぞれの親神のエネルギーが残っている場所を見つけ出すのは、至難の業であると思います。何しろ、日本国内には気が遠くなるほどの神社と山と祠があるからです。
ただし、霊的な感覚が優れてさえいれば、分霊が欲している場所、帰りたがっている場所は、自ずとわかるものなのです。


★ 瀧原宮での出来事 ★



最後に向かったのは皇大神宮別宮の瀧原宮(たきはらのみや)でした。

瀧原宮は人に忘れられたかのようにひっそりと佇んでいました。
強烈な真夏の日差しは、鬱蒼とした木々にさえぎられてやわらいでおり、非常に心地よく参拝することができました。

倭姫命(やまとひめのみこと)世記」によりますと、第11代垂仁天皇の皇女「倭姫命」が、宮川下流の磯宮(いそのみや)より天照坐皇大御神(天照大神)を祀る地を探すために上流へ遡ったところ、宮川支流大内山川の流域に「大河の瀧原の国」という美しい場所があったので草木を刈り新宮を建てたということです。
その後すぐに神意によって現在の内宮のある伊勢市宇治館町に新宮(五十鈴宮)を建てたため、天照坐皇大御神御魂(あまてらしますすめおおみかみのみたま)を祀る別宮となったとされています。

神宮ではこの説を採用しているようですが、一般には伝説上の話であり、起源は明らかでないと考えられているようです。そういう物語が伝えられてきたということで、真相ははっきりしていないということなんですね。


\瀧原宮
  唯一波動が良好だった瀧原宮  撮影 光の仕事人


瀧原宮には天照大御神御魂の和御魂(にぎみたま)、瀧原竝宮には荒御魂(あらみたま)が祀られていました。
同じ並びに若宮(わかみや)神社、長由介(ながゆけ)神社、川島(かわしま)神社がありましたが、波動はよくありませんでした。
唯一波動が良好であった瀧原宮で、今回わたしを呼ばれた真のご祭神のエネルギーと出会うことができました。
「よく来てくれたね」ということで、わたしも念願の地にようやく来られたことを心から喜び、感謝して、松阪に戻ることができました。


瀧原宮の御手洗場1
    瀧原宮の御手洗場  撮影 光の仕事人


瀧原宮には自然の御手洗場がありました。
冷たく清らかな谷川の水で手を洗うと、汗も止まり、心身が落ち着きました。人の手が加えられていない自然の御手洗場での休憩は、今回の旅の記憶のなかで最も心安らぐ場であり、至福のひとときを過ごすことができました。



★ 京都での出来事 ★



10日は京都まで移動するために、知人とは午前中に松阪で別れました。
暑さと人の多さは京都でも同様で、駅周辺では人の多さにうんざりし、疲労感が急激に募りました。
疲れの原因は、まちがいなく人の多さと京都の波動の悪さでした。

その日の夕方からセッションを始め、夜遅くまで話し、翌日も3名の方のセッションを行ない、夜遅くまで話しました。
ホテルでは、ご自分がお泊りの客室からネガティブ霊を連れてきた方もおられ、セッション前に浄化をしなければならなかったり、その後もしばしば見えない存在、特に用もないのに執拗に来る異星人には迷惑をかけられました。
松阪でも、やはり邪魔な存在が多々来ておりましたし、人の多さもさることながら、見えない者たちの数もそれに劣らないほど多かったのではないかと思います。

過去生回帰」のセッションでは、今回もそれぞれご自分の本体部分や分霊の過去生が現われ、個々に納得して解放するに至り、成功したと思います。

異星人だったときの過去生が現れて、あまりにすごい映像や、異星人の正体を知って、思わず大声で叫ばれた人もいらっしゃったり、じつに興味深かったです。
また、それぞれの人が感想やその後の変化を語ってくださるのを、楽しみにしております。


今回の旅は、お盆前ということもあって、どこへ行っても人、人、人、そして霊だらけでした。
常日頃まったく歩かないにもかかわらず長距離を歩き、さらにいつにない猛暑のなかを足早に歩きまわっていたため、かなり日に焼けましたし、疲れました。よって、自宅に帰って来てから数日間は、昼間もよく眠ったと思います。
ハードスケジュールでしたが、いろんな方と交流ができたことはほんとうによかったです。

帰る日に「京都水族館」に行って、間近でペンギンやイルカを見ることができたことで癒されました。


京都水族館のペンギンたち
京都水族館のペンギンたち「暑いよ~」 撮影 光の仕事人



ふたつのハート

セッションの参加者さんたち、暑い中ほんとうによくいらっしゃいました。
京都に行っても、交流したのは他県の方ばかりで、(関西では大阪から一人来られました)京都の読者さんとは会見することができませんでした。

今回病気がありながらも、セッションに来られた方々のその強い意志と行動力には感心しました。
これからも、個々の魂の進化と発展のために励んでください。
わたしも陰ながら応援しております。 

★愛と感謝 カヴィーシャ 光の仕事人より






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