日本人よ、今こそ目覚めよう!

2013年12月17日 03:00


★ 不思議な日本人 ★



日本人はとても不思議な民ですね。
赤ちゃんが生まれたときは、たいてい神社にお参りに行きますし、子どもが三歳・五歳・七歳になったら、神社に行って御祈祷をしてもらいます。結婚式を行なう場所も圧倒的に神社が多いですね。

さる2
それから、日本人はクリスマスがとっても好きですね。
ニュースを見ていますと、「クリスマスが近づきましたね~」というアナウンサーの顔は、どなたもとても嬉しそうに微笑んでいます。
なぜそんなに嬉しそうなのか、わたしには全然わからないのですが、サンタクロースのプレゼントを待ってでもいるかのような感じです。
ですから、「あの人、クリスチャンなのかしらね~」とよく冗談を言います。
また、クリスチャンでもないのに、教会で式を挙げる人たちもけっこうおられますね。

                         さる1
クリスマスが終わり、お正月になると、今度は神社参拝に出かけます。伊勢の内宮や外宮をはじめ、出雲の大社は特に好まれるようです。
それなのに、死ぬ時はなぜか仏式で、たいてい先祖代々の墓がある寺の坊主を呼んで葬儀を行ないます。そして、永代供養をそこの寺に託すのです。
だからと言って、仏教を篤く信仰しているわけでもないようです。釈迦が説いた真の教えも知らないし、お経の意味だって知らない人のほうが断然多いでしょう。意味がわかって唱えている人が一体どれくらいいらっしゃるでしょうか?

寺の坊さんや仏教の学者さんでさえ、とんちんかんな解釈をしている人もいて、自分が葬式で経を唱えた故人が真にどこへ行ったかさえわからない始末です。成仏できていたら、その後の法要など必要ないのですが、自信がないから50年も法事を続け、「もうそろそろ終了してもいいでしょう」などと言っているわけです。そういう法事などの収入があってこそ、坊さんの生活も成り立っているわけですね。

お寺だけではありません。神社のご祭神がほんとうは誰なのかもわからないのに、記された神の名をそのまま信じて拝んでいる人たちの気持ちがよくわかりません。
日本人は信じすぎですね。特に神社のご祭神を疑いもしません。
「ご祭神の○○って、誰?」って、皆さん思わないのでしょうか?
なんていい加減な国民なんだろうと、わたしは思いますが。



コスプレ・サンタ


★ コスプレに騙されないこと! ★



皆さんは「コスプレ」という俗語をご存じだと思います。

コスプレ」とは「コスチューム・プレイ」の略ですね。
もともと「立派なのは衣装だけで内容が伴っていない演劇」に対する揶揄的な言葉を指すようです。
現代はゲームのキャラクターやアニメや漫画、主にビジュアル系のロックミュージシャンなどが着ているような衣装をマネして着て、「そのキャラクターになりきる」こと、更にそういった「格好」のことを指すようです。(上記の写真は、コスプレ・サンタの集団です)

わたしの長女はよくこんなことを言っております。
日本人はコスプレ坊主にまんまと騙されている」と。
お盆の時期だけ僧侶の格好をして家々を回り、お布施をたっぷりいただくアルバイトが現にあるのだそうですね。TV番組でもその実態を放送していたことがあったそうです。(この場合は、仮装と言ったほうが的確かもしれませんが)

お盆に僧侶が経を上げに檀家を回りますが、それに対して「ありがたい」と、やたらお布施を包む日本人の意識とその心境が、わたしにはまるで理解できないのですが、「確かに坊主のコスプレで儲けている人がいる」ということに納得致しました。

ほんとうに不思議な社会です。
故人が成仏していようがしていまいが、まるでその判断さえできない僧に対して、何の疑問もなく大金を差し出す日本人。もちろん世の中には貪欲のない方々もいらっしゃるでしょうし、そんな大儲け主義の商売人ばかりではないと信じたいのですが、内容が伴わない「コスプレ坊主」と呼べるような人たちは、まちがいなく存在するように思います。(その人たちが常日頃乗っている乗り物を見れば一目瞭然です。たいてい高級車に乗っていますから)
彼らの関心事は「死者をどう説得して霊界に行かせるか?」ではなく、「どうしたらもっと葬式や法事の供養で稼げるか?」なのです。ビジネスマンには神や仏や自分の意識などというものには関心がありません。そして、欲望から解放されているどころか、欲望に満ち満ちているのです。

世の中には「やることさえしておけば、しっかりと遺産がもらえる」として、「ただただ儀式をきちんと済ませればそれでよし」と考えるタイプの人たちは大勢います。心がこもっていなくても、儀式にだけは多大なお金をかけて、自己満足している人たちです。
当の故人がその後どうなったのかについては関心がなく、親戚が集まっても故人とは関係のない雑談ばかりをし、故人の話を懐かしげに語る人などは無いに等しかったりするのではないでしょうか?

「僧侶」という名のコスプレイヤーが占めている日本の仏教界。現代の日本の仏教の僧侶は、葬儀でたった数回経を読むだけで50万円、100万円もの大金を「お布施」として請求しても問題にはならないようなのです。あくまでも「お布施」であるので、その名称に甘んじているわけです。
戒名代金も同様ですね。勝手に決められた戒名で呼ばれても、故人は全く気づかないということを、随分以前の過去記事に書いたことがありますが、「○○居士」とつけてもらっただけで何十万円も支払う人たちの気持ちが、わたしにはさっぱり理解できません。

★参考過去記事:『死者に対する意識改革―葬儀のあり方を考える

こんな詐欺まがいの職業が社会的に立派に成立している日本という国。
内容がどうであろうとも「儀式」を重んじる日本人。
こういう職業を疑う余地もなく、認めている日本人。
信仰心もなく、真の仏陀の教えも知らずして、坊主や寺や経や儀式という表面的なものだけを重んじるのは、もうやめにしませんか? 

ゴータマ・ブッダは自分の肉体を焼いて灰にして無に帰し、決して墓を造るなと言ったのです。そんなものに執着することを禁じたのです。にもかかわらず、師に執着した愚かな弟子たちがあちこちに仏舎利塔を造ったのです。
お墓など要らないというのが、真のブッダの教えなのですよ。

坊主が唱える経で死者を「あの世」へ送るという慣習を、なぜ「よし」としているのか、考え直してみませんか?
ほんとうに故人や先祖に対して愛の気持ちがあるのなら、自分が経の真の意味を学んで理解し、自ら声高らかに読んであげたらよいのです。
「コスプレ坊主」、あるいは「仮装坊主」よりも、あなたの読経のほうが、故人はよほどありがたくて、喜んでくれるのではないでしょうか?




あかり


★ 日本人がもっとも信じているもの ★



日本人がもっとも固く信じているものって、いったい何だと思いますか?
仏教、キリスト教、神道、その他の新興宗教……。
そんなものよりも群を抜いて信仰されているものがあるのです。

それは「西洋医学信仰」です。
日本人の「西洋医学」の医師に対する絶大な信頼には驚愕してしまいます。

会社などの仕事を休む際、病院に行って医師の診断書をもらい、それを提出して「医師に休めと言われた」と報告すれば、たいてい文句なしに休ませてくれますね。
いくら症状が重くても、病院に行かずに自己申告するだけでは、決して認めてはくれません。しかし、病院で薬をもらえば、病気だと信じてくれるのです。これは、まちがいなく「西洋医学信仰」です。

ちょっと身体の具合がおかしかったら、たいていの人は近くの医院か病院にかけこみます。くしゃみや鼻水が出て頭痛がすれば「風邪」だと思い、病院に行って薬をもらいます。
注射をすれば、必ず効くと思い込んでいる人もいます。予防接種で命を落としている人がいても、自分だけは大丈夫だし、その注射で予防ができると信じ込んでいるのです。
それほどまでに信頼されている医師と薬。それらを信じる根拠とは、いったい何でしょうか?

そんなに医師が信じられ、頼られているにもかかわらず、ガン(悪性新生物)による死亡者は一向に減りません。
厚生労働省の「人口動態統計月報年計」に日本人の死因一覧が公表されていますので、関心のある人はご自分でご覧ください。日本人の死因1位は悪性新生物(ガン)、2位は心疾患、3位は脳血管疾患となっています。(データは翌々年に発表されます)
これらは、医師の診断と治療を受け、病院で亡くなった人たちです。みんな医師の言うとおりに手術をし、放射線治療や抗がん剤で止めを刺したにもかかわらず、死んでいった人たちの数です。完治した人のほうが圧倒的に少ないのではないでしょうか? 

完治した人は、自分の内にある精神力と自然治癒力で治っているのです。医師ができることは、悪い箇所を切除することと薬を与えることです。つまり医師自ら患者の病気を治すことはできないということです。
判断ミスで患者を死亡させることも多々あります。超能力でもない限り、医師はそれぞれの患者の病気の真の原因を知り、どこを癒せばよいかという正確な判断をすることができません。

これは医師から聞いた人の話ですが、医師たちは「何人殺したか?」を平気で口にし、数百人殺していても、それで落ち込むようなことはないそうです。
「異常な箇所のみを除去すればいい」として、局部だけに焦点を当て、身体の全体を診て判断しようとしない西洋医学に対して、何の不信感も抱かないのは、まったく「信仰している」のと同じことではないでしょうか?
もちろん西洋医学を篤く信仰している人は、その方法で医師に自分の身体をお任せになればよいでしょう。
信仰の自由もあり、何を選択するかは個々に自由ですから。


紫の泡・ライン

日本の病院は、「西洋医学」の信者でいつも満員ですが、アメリカでは「代替医療」が主で、代替治療で効果がなかった人が、しかたなく西洋医学の医師のところへ行くのだということを聞いたことがあります。
欧米の先進諸国では、補完代替医療の利用頻度は、近年急速に増加傾向にあります。
たとえば、ガンの患者さんたちです。ガンの種類によって多少の差はありますが、およそ40~60%のガン患者が、補完代替医療を利用していることが明らかとなっています。(米国や英国では、国家レベルで補完代替医療の研究・情報発信に取り組んでいます)

最も補完代替医療が活用されているドイツでは、鍼治療、ハーブ療法、その他、さまざまな補完代替医療が医療の現場に浸透しています。詳細を知りたい方は、下記のHPをご参照ください。

★参考HP「代替療法とは何か」 
http://www.kenyo.net/21/21_1.htm



仏教の僧侶が着用している黒い法衣に金襴の袈裟。
西洋医学の医師が着用している白衣。
譬えてみれば、それらは日本のブランド商品のようなものです。
真にその商品をわかり尽くした上でそれを好み、多大な金銭をつぎ込むのか、あるいは、まるで知りもしないくせに外側だけ、見てくれだけの価値感でそれに金銭をつぎ込むのか、あなたはどちらを選んでいるのでしょうか?
見てくれだけ良ければいいと考える人は、ブランドものに見せかけた偽りの商品でも、きっと満足なのでしょう。




★ 真の人は反社会的な存在となる ★



あなたは「心理学」を学んだことがありますか?
あるいは「カウンセリング」の方法などを学んだ方もおられるでしょう。

わたしも、教師をしていた20代の頃、教育委員会主催のカウンセリング講座をはじめ、さまざまな民間主催のカウンセラー講座で学び、夏休みには全国的なカウンセリングワークショップに毎年出かけていたことがありました。
しかし、それらに参加しても、これと言った気づきはなく、児童生徒に対して何か効果的なことができて、貢献できたという記憶もありませんでした。
大学でも「心理学」を学びましたが、「たいして役立たない」というのが、わたしの見解です。
「カウンセリング」も、その人自身のためになるからやっているというよりも、社会的な適応能力をつけさせるためにやっていることが多いように思います。

ここで、OSHOの言葉をあなたに届けたいと思います。

心理学は社会に奉仕するためにある。
心理学者たちは、あなたがたをふたたび社会に適応させようとあらゆる方法を試みる。
彼らは社会に奉仕している。

政治はもちろん社会に奉仕するためにある。
政治はあなたを奴隷に仕上げるためにちょっぴり自由を与える。
その自由はまさにワイロだ。それはいつでも取り上げることができるものだ。
もしあなたが自分はほんとうに自由だなどと考えたら、すぐにでもあなたは監獄に放り込まれる。

政治、心理学、文化、教育……、これらはすべて社会に奉仕する。
宗教だけが根本的に反逆的なものだ。
しかし社会はあなたがたをだましてきた。社会はそれ自身の宗教を創りだしてきた。
キリスト教、ヒンドゥー教、仏教、回教……、これらは社会の策略だ。
しかし、イエスは反社会的だ―。

イエスを見るがいい。
彼はけっして立派な人ではなかった。立派ではあり得なかった。
彼は不正分子と反社会分子と行を共にした。
彼は放浪人であり、フーテンだった。そうある以外なかった。
彼は社会に耳を傾けようとはしなかったし、社会に適応しようとしなかった。
彼は社会に代わるものを、ほんのわずかな信奉者たちの集団をつくった。

(中略)

庭のイエス


イエスは反社会的だ。
仏陀は反社会的だ。
が、キリスト教は反社会的ではない。
仏教は反社会的ではない。

(中略)

LSDだけがドラッグではない。キリスト教もまたドラッグだ。
しかもそれは、あなたに一種の盲目状態をもたらすような複雑で巧妙なドラッグだ。
あなたには何が起こっているのかわからない。
あなたには自分がどのようにして生を浪費しているか感じられない。
あなたには、何生にもわたって自分がためこんできた病気が見えない。
あなたは火山の上に座っているのに、彼らは何もかもうまく行っていると言いつづける。
天上の神と地上の政府……、何もかもOKだ。

そして聖職者たちはあなたに言いつづける。
「動揺することはない。私たちがついている。あなたはただすべてを私たちの手に任せればいい。私たちが、この世のことに関してもあの世のことに関しても面倒みよう。」

あなたは彼らに任せてきた。
あなたがみじめなのはそのためだ。




ふたつのハート

キリスト教も、仏教も、他の新興宗教も
みんなドラッグ同様ですよということです。
わたしたちは、みな騙されているのです。
社会科でウソの歴史を教えられているように。

有名な神社のご祭神の真の正体を知ったら、
きっとびっくり仰天されるでしょう。
上手くカムフラージュされ、隠された元の元を見抜けば、
世界中のからくりがわかってくるのです。

真の人は反社会的な存在」です。
あなたがその人を「真の人」であるかどうか判断する際、
その人が「社会的な人」であるか、
反社会的な人」であるかを見分けければよいのです。

社会に貢献している」のではなく、
個人に貢献している」のであれば、
その人は「真の人」だと言えるでしょう。


皆さん、ウソの甘い慰めの言葉や、
精神安定剤やドラッグなどには、
けっして頼らないように注意してくださいね!






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