与えることと受け取ること

2013年05月08日 01:20


★ セミナーでの体験談 ★



「4月のセミナー」に参加されたY.Oさんから、連休中につぎのレポートをいただきました。
セミナーで感じとられることは、当然のことながら個々に異なりますが、彼女の鋭い洞察力に感銘を受けましたので、ここに掲載させていただきたいと思います。
 



~4月の過去世回帰セミナーを受けて~  43歳  女性  東京
 

              

私はスピリチュアルなセミナーに何度か参加したことがありますが、今回のセミナーは その中でももっとも貴重で素晴らしいセミナーでした。
どの点が‘貴重で素晴らしかったか?’~と申しますと、“セミナーの充実した内容”もさることながら、あの“波動の高い澄んだ素晴らしい空間で受講できた”ことです。
それは ‘カヴィーシャさまご自身から出ておられる高い波動’、‘それを邪魔するものがない浄化された会場’、また‘受講者の方の意識レベルの高さと真剣な「学ぶぞ!」という思い’から織りなされたものだと思います。

受講中に分かったのですが、受講者の私たちの意識レベルを高めたのは、カヴィーシャさまから出された‘事前の準備’という宿題だったのですね。
その宿題をするということは、自分自身を見詰め続けることになりました。
見詰め続けることは大変でしたが、いろんな気付きも得ることが出来ました。
「だからカヴィーシャさまの‘事前の準備’のお知らせの中で『熱心にやったことは、必ず報われます』と書いてあったのだな!」と納得しました。
(数秘リーディングを一緒に受けさせて頂けたことも、かなり意識の向上の助けになりました。ありがとうございます。)

カヴィーシャ: このことをわかっていただけたことが、一番嬉しかったです。


セミナーについては 私は学ぶことが大好きなので、前半のあのような授業形式はとても楽しかったです。

カヴィーシャ: 昔の教師の名残でしょうね。わたしも、授業形式はとてもやりやすいです。


カヴィーシャさまが『思いの制限をひらく』の内容を語られているのを聞いていると、ブログ記事を読むよりも 理解しやすいことに気づきました。
なんといいますか・・ カヴィーシャさまから発する‘言葉’の中には その言葉だけでなくそれに関する重要なニュアンスまでもが含まれているのでしょうか? 『聞く』とそれらすべてが私の中に入って来て理解力を助けてくれる感じなのです。
なのでもっともっと聞きたいな!と思っていました。 

後半の3つの瞑想~①自己観念の書き換え②自分を愛する③過去世回帰~もあのタイミングで受けさせて頂けたのは、とてもありがたいことでした。
会場が澄んでいてカヴィーシャさまの波動が高かったので、瞑想に深く入りやすかったです。
そしてこれも面白い現象なのですが~ 私は録音したものをPCに落として家で聞いて瞑想してみたのですが、あのクリアな空間自体も再生されるのか瞑想に入りやすいのです!(たまに自分で瞑想をすることもありますが、あんなに深くは入れません)
瞑想の①②はどちらも8分くらいの長さなので、仕事に行く前や仕事の昼休みに聞くのもいいだろうなぁと思いました。来週試してみます。

カヴィーシャ: ぜひ試してみてください。そして、また何か新しい発見があればお知らせくださいね。


青い玉


今日は5月3日です。4月28日のセミナーを受けてから5日目になります。
セミナー直後からの大きな変化は感じられませんが セミナーに参加出来ることが決まった約二ヶ月前から比べるとかなり成長させて頂いたと思います。
そこで二ヶ月前と比べて変わったことや気付いたことを述べたいと思います。

◆今まではスピリチュアルな教えについては 自分なりの浅い理解しか出来ていなかったので、「スピリチュアリティーと三次元での暮らしを組み合わせるのは難しい」と思っていました。
ですが、『思いの制限をひらく』やカヴィーシャさまのお勧めのOSHOさんの本を読むうちに、三次元のこの世界で暮らしていてもスピリチュアルに生きていくことは可能だし 自分の魂が本当にそう望んでいるのならそれをやってみればいいのだ!と納得できました。

◆「意識的にいる」ということが、少しずつ理解出来るようになりました。
「意識的にいる」こととは、「ハートに意識を置いて ハートで感じながら、起こっていること(エゴやマインドのお喋り~も含む)を見詰め続けること」だと思います。
まだまだしょっちゅうエゴやマインドに乗っ取られていますが、「今思ったことは エゴやマインドのお喋りでは!?」と早めに気付けるようになってきました。
私の場合 エゴやマインドに乗っ取られていると意識が頭の方に行ってしまい、ハートがどう感じているのか分からない状態になっているようです。
その時のエゴやマインドは、私が以前に体験したことの中で一番近い例を瞬時に記録スペースから引っ張り出します。そして脳から これまた瞬時に以前と同じ指令(電気信号)を身体に出すので、自分が気付かないまま失敗パターンを繰り返すのだと分かりました。

◆‘手放す’ことが下手な私は、「どうしたら手放せるのだろう?」と悩んでいましたが、「実は 私にはそれが必要だからしがみついて手放すことが出来ないのではないか?」と気付きました。
例えば、私はある人の特定の行動について毎回腹を立ててしまいます。
それは、腹を立てることで 「相手が悪い→だから自分は悪くない!!」と自分の優位性を確認し安心を得ているので、その人に腹を立てるのを止められないのではないか?と思いました。
これはもちろん自分を愛せていない=許していない~ことが根本的な原因でもあるのですが、意識的に生きていないから 原因に気付くことなく同じ罠にはまり続けていたのだと思います。

◆“身体は思いに素直に反応する”ことを実感出来ました。
私の身体は猫背&強度の肩こりなのですが、「背が高くて筋力が無いから猫背になっちゃうのだ。だから肩も凝るのだ。」と決めつけていました。
肩こり対策の為に一年前にくらいから週一回はヨガに通うようにしており、徐々に身体が柔らかくなってきたのですが、背中や肩は硬いままなので「なんとかならないものかなぁ~」と思案しておりました。
ところが、この二ヶ月間でハートチャクラの辺りがジンジンするようなくすぐったいような感じがありあり、なんとなく胸のあたりが軽い感じになってきました。
さらにセミナーの一週間前くらいに 以前習った内臓マッサージ(チネイザン)のことを思い出し、お腹を押してみたところ 肝臓や心臓のあたりが痛いのです。
内臓は感情を司ると言われていて、私は怒りを溜めやすく(怒りは肝臓にくる)さらに仕事では焦ることが多いのです(焦りは心臓)。
特に肝臓をぐーっと押すと 右の背中や肩や首まで強張りが繋がっているのが感じられました。
「ああ 本当に‘思いと身体(表層の筋肉から深部の内臓まで!)は繋がっている’のだなぁ」と納得しました。

★カヴィーシャ: 過去記事「怒りの毒素にはものすごいパワーがある」で、「怒りの波動は肝臓と共鳴する」に書いておりますね。そのことを実体験されたのですね。 

その後もときどき「こんなに頑張ってくれてごめんね。ありがとう!」と言いながら気になる部分を押していました。
そしてセミナーから帰って来てヨガに行ったのですが、あんなに頑固だった背中や肩あたりの可動域が急に広がったのです!
つまり、自分がハートを閉ざし怒りを溜めていたのが解放されてきたので このような変化に繋がったのでしょう。
思いが変わってこのような変化がすぐ出るとは!本当に驚きました。

★カヴィーシャ: 貴重な体験をされましたね。セミナー時の瞑想「自分を愛する」を、これからも毎日実践していっていただきたいと思います。

◆最も重要な変化は、セミナーを受講したときから「生まれてきて良かったかも!」と思えるようになったことです。
数秘リーディングのレポートでも書きましたが、やはり私は『この時代のこの世の中で 愛の素晴らしさを体験したいが為に生まれてきた』のではないかなぁと思うのです。
闇があるからこそ光がとても眩しくありがたく感じられる~というように、愛をより素晴らしく感じたいが為にいろんな障害物を設定したのかな??と。 

★カヴィーシャ: だからでしょうか? あなたのために選んだカードのテーマは「真実の愛」でしたね。

■全くおっしゃる通りです。カードの内容はそのものズバリ!!でした!

その設定を解除するための仕掛けもいろいろ用意して その中の最重要ポイントがカヴィーシャさまだったのでしょうね。(でも結構ここに行き着くまでに時間が掛かりすぎたのは 想定外だったのではないかな?と思います。三次元を甘く見すぎていたのでしょう。それともただ単にMっ気が強い個性を持っているのでしょうか(笑)
(カヴィーシャさまにお会いする前は なんとなくもう少しお年が上のお姿を想像していました。お会いして「とても お若い!!」と驚きました。でもすぐに、以前から知っている~という感じに変わりました) 

★カヴィーシャ: そうでしたか。「以前から知っている~」というのは、どういうことですか? 懐かしい感じがするということなのでしょうか? それとも、真に知っていたという感じ?


■現在のカヴィーシャさまからにじみ出ているもの(それは変わりようがない魂の質のようなものだと思うのですが)が、‘懐かしさ’や‘以前から知っている’という感じを引き起こさせました。‘以前’というのは たぶん‘前世’のことで、そこでお会いしていたのではないかなぁと思います。


★カヴィーシャ: あなたはとても感性が優れておられます。
最初は、あなたとは初めてのご縁だと思っていたのですが、いやいやそんなことはありませんでしたよ。あなたの分霊とちゃ~んと関わっておりました。あなたの分霊は過去生でわたしのお弟子さんだったことがあるようです。
過去生でも、わたしと一緒にいて、何かを学んでおられたのでしょう。
ですから分霊さんと故郷を同じくしているときがあったのです。それを知った時、わたしの身体が反応しました。真実のことは、必ず身体全体が反応を起こしてくれるのです。

これで、あなたも得心がいったでしょう? 以前から知っている~という感じ。
きっとセミナーのとき、あなたの魂の記憶が、懐かしく呼び起こされていたのでしょう。


以上がレポートになります。
『思いの制限をひらく』にたどりつく前までは スピリチュアルな教えを知って理解したつもりだったのですが、社会の通念から逃れられずに「○○であるべきだ」という考え方をし続け 自己審判を繰り返し自分を否定し続けてきました。
ですがそのことにや~~~っと気付くことが出来ました。本当にありがとうございます。
これからは「いかなるときも自分を愛し続け 意識的であり続け」られるようになりたいと思います。     
                                       

★カヴィーシャ: セミナーについてのご感想をいただき、ありがとうございました。あなたのレポートから、ご自分を客観的によく見つめておられると感じました。

正直に申し上げますが、今回のセミナーの参加者さんはネガティブ思考の方が多く、波動もかなりネガティブのほうに片寄っていたのですが、あなたがポジティブな波動を放っておられたのが、大変印象的でした。
「過去生回帰」の誘導瞑想後の体験談で、あなたは涙を流しながら語っておられましたね。そのときの感動を忘れず、今後に生かしていただけたらうれしいです。




ミルクティー


★ 与えることと受け取ること ★



あなたは旅先で、お土産(みやげ)を買って帰るのが好きでしょうか?
お土産を買う人は、自分のためにですか? 
それともだれかにあげるためでしょうか?

日本人はお土産好きの人が多いようです。
今は亡きわたしの母も、旅行に行くと必ず大量のお土産を買う人でした。
旅先の風景を観賞することよりも、お土産を見たり選んだりするほうが楽しいらしく、まるでお土産を買うために旅行に行っているような人でした。
しかし、裏に書かれた食品の表記には注意をあまり払わなかったのではないかと思います。
お店に売られているもので、波動が良好なものはほんとうに少ないと思います。特に長い期間店頭に並べられているお土産物の類は、日持ちするように人工保存料もしっかりと入っており、また人ゴミのなかにさらされ続けて、汚染されているものが多いのです。

想像してみてください。お店はどんな場所に並んでいますか? 
一日にどれだけの旅行者が、お土産物の売店に立ち寄るでしょうか?

一旦汚染された食品に光を放射しても、ほぼ元には戻りません。それほど染みついてしまっているのです。
人のためにお土産を買うのも、よくよく考えなければならないということが、これでわかりますね。
しかし、母の場合、お土産の内容などはどうでもよかったのです。要は自分が人に何かを「与える」ということに、大きな意義を感じていた人だったからです。

わたしは基本的にお土産を買わない人間です。買いたいと思うものもありませんし、荷物が増えるので嫌だということもあります。そして、何よりも波動がよくないため、そういうものを人に差し上げるために買って帰る気にはなれないのです。

食品がだめなら、物品ならいいのでは? と思う方がいらっしゃるかもしれません。
その品物の波動が良いか悪いかをキャッチできる人であれば、失敗することはないでしょうが、たいていの人は波動の良し悪しがわかりません。それをしっかりと見極められないのであれば、物品であってもやめたほうがよいと思います。また、たとえ波動がよかったにしても、その品物が相手のニーズに合っているかどうかまではわかりません。もしかしたら、相手にとっては不要なものかもしれないので、やっぱりやめたほうがよいのでは? と思うわけです。

自分の気持ちを、「プレゼント」というかたちに託して差し上げたいという人の気持ちはとてもよくわかるのですが、本当にそれがその人のためになっているかどうかは、また別のことなのです。
最初から「○○を買ってきてほしい」と頼まれたのなら、それは相手のニーズなのですから、買ってきてあげればよいでしょう。しかし、たいていは、相手が喜びそうなものを想定して、自分勝手に選んでしまっているのではないでしょうか? それで、「つまらないものですが」などと言って人にあげたりします。

外国の人たちは、「なぜそんなにつまらないものをくれるのか?」と言って怒るそうですが、相手につまらないものだと言って物を差し出す日本人の気づかいを、理解することはできません。確かに、そういうへりくだった言動は、かえって誤解を招くことにもなります。
人にものを与えるとき、「つまらないもの」ではなく、「最高のもの」を与えるのが本当でしょう? そんなふうに外国の人たちが思うのは、当然のことですね。


女性と蝶


★ 相手が受け取りたくないものを与えないこと ★



ここで再度わたしの母の例を挙げたいと思います。
生前「人に物を与えることが愛」だと真に思い込んでいた母は、自分の趣味で人にいろいろと買って与える傾向にありました。幼少時から、わたしはたいてい自分ではあまり気に入っていない服を母に押し着せられていたように思います。

例えば、嫁入り道具のひとつとして、母はわたしにとてもたくさんの着物と帯を用意してくれましたが、それらの色や柄はわたしの好みとはまるで異なっていました。着物の寸法も、その多くは母のサイズに合わせたものだったので、袖が短かったりして、どれもパーフェクトではなく、タンスの肥やしになっただけで、何の役にも立ちませんでした。
母の好みのものを貰っても、正直なところ有り難迷惑なだけで、心からの感謝の気持ちが湧いてこなかったのです。わたしと一緒に着物の布選びをして、わたしに似合うものを買ってくれていたなら、どんなに喜んだことでしょうか。


ハートのラインピンク


もう一例を挙げましょう。
次女は「サプライズ」が好きな子で、わたしの誕生日には、わたしを驚かせたいために、いろいろな物をプレゼントしてくれました。それらがいつもわたしのニーズに合っていればよいのですが、そうでない物もあるわけです。
わたしがあまり喜んでいないときは本人にもわかるので、「せっかく買ってきたのに、お母さんはあまり喜んでいない」と言います。せっかくプレゼントしたのだから、その気持ちをしっかりと受け取ってよというわけです。

わたしのほうは、気持ちはとても嬉しいのですが、その物自体は正直なところ全然欲しくないので、「悪いけど、要らない」と言う場合もありました。次女は自分の「気持ち」に対して、もっと「喜ぶべき」であり、与えた物を「大事にすべき」であると思っているようなのです。「気持ちは有り難く受け取るけれども、品物は要らない」というふうに、割り切ってものを考えることができないのです。

次女の場合は、どう考えても「気持ちの押し売り」、「愛の押し売り」です。相手が求めていないものを与えておきながら、感謝を強要するだけでなく、最後まで自分の思い通りにしたいのですから。

青い玉


自分が一旦人に与えたものに対しては、そのゆくえがどうなろうとも、執着はしないことです。
「私があげたもの、使っているだろうか?」とか、「ちゃんと食べてくれただろうか?」とか、そういう心配はしないことです。相手がそれを気に入らなくて、たとえゴミ箱に捨てたとしても、けっして文句は言わないということです。
それは相手の自由なのです。それが嫌なら、容易に人に物をあげたりしないことです。

自分の気持ちを大切にする余り、相手の自由まで奪ってしまうところに、愛などはありません。
愛しているのは相手ではなく、まちがいなく自分自身です。自分のエゴを満足させているだけなのです。
この自己中心的な発想に気づかない限り、相手から真の感謝や喜びの波動が返ってくることはないのです。

品物に限らず、自分が人にしてあげたことで、相手が少しも喜ばない場合は、相手に「不必要なものを与えている」証拠なのだと知ることが大切です。
喜びの波動どころか、拒否の波動が返ってくるなら、それはまちがいなく自分が相手に要らないおせっかいをしているということなのです。
相手が求めてもいないこと、不必要な物を、自分勝手に与えていることに気づきなさいよ」というメッセージなのです。

もし、あなたが友人を助けたいと思っていて、その友人にいつも愛をあげているのに、なぜか感謝されないときには、相手がハートをひらいていないということを知ってください。

そこに気づかず、「こんなにしてあげたのに、ちっとも喜んでくれない!」とか、「ちゃんと私の気持ちを受け取ってよ!」とか言って、怒りの波動を放つことの愚かさに気づいてほしいと思うのです。
気持ちの押し売り」をいろんな人に対して行なっている次女に「それは悪いクセだよ」と言っても、本人はなかなか納得ができないようです。相手から拒否反応が返ってきているにもかかわらず、次女にはその真実がキャッチできないのです。
それに真に気づくことができれば、彼女の人生はもっと喜びに満ちあふれるようになることでしょう。


このように「自分の愛を押しつけるタイプ」の人は世の中に大勢存在しますが、数秘的に言いますと、「6のエネルギー」を「軌道」や「表現」に持つ人が圧倒的に多いと感じます。
じつはわたしの母も次女も、「軌道数6」なのです。
「サプライズ」が大好きな人も、もしかしたら6タイプの人が多いのではないかと思います。
しかし、相手が自分の期待通りに喜んでくれるとは限らないし、そう自分の思い通りにいくものではないということを知ることが「6のエネルギー」をもった人の学びなのです。

「相手を驚かせたい」、「喜ばせたい」その一心で行なう「サプライズ」ですが、わたしは好きではありません。
「真に喜ばせてくれるのなら、前もって相談してくれて、わたしの望んでいるものをくださいね!」と言いたくなります。つまり、自分のニーズにマッチしたものを与えられることこそが、最高の喜びであるからです。

その点、長女のほうは、そういうわたしの気持ちをよく理解してくれています。
自分が与えたものを相手が喜ばない場合は、自分のチョイスがよくなかったからだと、相手の立場に立って考えられる人間だからです。けっして自分の気持ちを人に押しつけない容量の大きさがあり、「ねばならない」や「すべき」の発想が全く無いのです。
気持ちに思いの制限をつくらない人は、わたしなどは、接していてとても楽です。
ちなみに長女の軌道数は7ですが、6と7のものの与え方、受け取り方のちがいはとても大きいように思います。


青い玉


相手が心をひらいていなかったり、その愛をもらう準備ができていなかったり、その人がそれを真に望んでいないときには、与えないほうがよいのです。それが無条件の愛であったとしてもです。

自分が受け取ることができること以上のもの(エネルギー)を与えられると、人は疲れを感じるものなのです。
そして、エネルギーを送ったほうも、相手がまったく受け取れないと、非常に疲れを感じます。
いつもいつも一歩通行では、しだいに嫌になってきて、「もうやーめた!」という結末を迎えることになるでしょう。両方が疲れを感じるなら、やめることです。

わたしの数秘リーディングやセミナーも同じです。
準備のできていない人にOKが出ないのは、「ムダなエネルギーを使いなさんな」というハイアーセルフの思し召しなのです。



ふたつのハート

エネルギーは、与える側と受け取る側のあいだを
スムーズに流れることが大切です。

相手がハートをひらいてこそ、エネルギーの循環は起こります。
そこで真の癒しが起こるのです。

相手の波動を読みとること。
自分と相手とのエネルギーの循環を感じることは、
「優れた受信装置となるため」には、必要不可欠なことです。

このお勉強を、
18日のセミナー参加者さんにはぜひやっていただきたいと思います。
お楽しみに!





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