瞑想の中でハイアーセルフに出会えた!

2012年10月29日 12:20


★ 瞑想の中でハイアーセルフに出会えた! ★



今回は、東京での個人セッションで「ハイアーセルフに出会う瞑想」をされたE・Iさんの体験談をお伝えしたいと思います。



ライン ノスタルジック
   

☆ ハイアーセルフに出会う瞑想の体験 ☆   千葉 女性 34歳



私は個人セッションを受けるにあたり、ハイアーセルフに出会うための瞑想を希望しました。
というのも、自分で行っている瞑想で、ハイアーセルフに会えているという確信がなかったからです。
なんとなく、ハイアーセルフが来てくれている気がする、という曖昧なもので、自分の意識と混同しているのでは、と思うこともしばしばでした。
今回はカヴィーシャさんのお力をお借りして、自分のもっと奥深いところまで入り込み、自分がハイアーセルフと出会っている感覚に確信を持ちたいと思いました。


個人セッションの当日、カヴィーシャさんとお会いするのは初めてだったので、少々緊張しつつも、気持ちは落ち着いていました。
時間も一時間と限られているため、挨拶をして、すぐに瞑想となりました。


瞑想はカヴィーシャさんが用意して下さったという音楽(小鳥のさえずりや、川のせせらぎなど)と、カヴィーシャさんの誘導とで始まりました。
心地の良い声と音楽とで、誘導内容がとてもイメージしやすく、頭の中では鮮明な絵が浮かんでいました。

最初の、心地の良い自然の中にいるイメージでは、私は木の枝に腰をかけたり、海の上を気持ちよく飛んだり、草原に寝そべったりしていました。
頭の中で誘導の風景が浮かび、気持ち良いと感じていました。一方、客観的なもう一人の自分がいて、こんな場所行ったことあったかな、こんなイメージでいいのかな、などと考えていました。

次の場面では階段を降り、居心地の良い自分が好きなように作って良い部屋にいます。
キラキラと太陽の光が降り注ぐ部屋で、素敵な家具などが置いてあります。
全てはっきりした物、色として風景が浮かんでいました。
とにかく清々しいお部屋だと感じていました。
色彩や空気がきれいで、とてもウキウキするようなお部屋だと感じていました。
一方、客観的な自分もいて、この部屋は本当にあるのか?この部屋は私の作り上げた幻想なのか?などと考えていました。

その部屋から庭園に出るのですが、誘導があり、とにかくきれいな所なんだとイメージを頂いてから、パーっとイメージが広がりました。
こんなお花畑があったらいいなと思うお花畑だったり、こういう陽射しや木漏れ日が好きだ、と思う光景だったり、日々自分が思い描いていた素敵な景色がパーっと広がり、ここに来たかった~という気持ちになり、自然と涙が流れていました。
私はここを探していた!と思いました。
ここはとにかく心地よい感覚しかないな~と思いました。
一方の自分は、なぜ涙が出ているんだ、自然と涙が出ているなんて不思議だと思いながら、ここは以前にも来たことあったのかもしれない、などと思っていました。
気持ちはこの情景の心地よさから、この中にこのまま身を任せようと思っていました。

それから川の道沿いを歩き、滝を抜けます。(この辺の箇所は記憶が曖昧です)

そして、ハイアーセルフと出会う場面になります。
いつもは明るい光っているような存在でハイアーセルフを感じていましたが、今回見えたのは、光り輝いて微笑んでいる(悪がなくいい顔をしている感じです)もう一人の自分でした。
ハイアーセルフとなっている自分自身が、自分に近づいて来ている感じです。
もしかしたら、気付いていなかっただけで、いつもの日常でも愛に満ちている時はハイアーセルフになっていたのだ、と思いました。
ハイアーセルフと自分を切り離していましたが、ハイアーセルフは本当に自分自身なんだと教えてもらった気がしています。

そして、また元の道へと帰って行き、心地の良い部屋に戻ります。
部屋の引き出しにハイアーセルフからの贈り物が入っているとのことでした。
引き出しを開けると入っていたのは、私が涙を流した庭園の"葉っぱ"でした。
それはハイアーセルフがくれたものなのかもしれないし、私が欲しいと言ったからハイアーセルフが持ってきてくれたのかもしれないと思っていました。(のちにカヴィーシャさんに教えて頂いたのですが自分が欲しいと言ったからくれたのだそうです。)

私がなぜ庭園の"葉っぱ"が欲しかったのかというと、私の中でまさにあの庭園での風景が光の中にいる感覚だったからです。庭園の何かを持っていれば、いつも光の中にいる感覚を思い出せると思いました。
私にとって庭園のイメージは光と繋がれる場所のような気がしています。
本当にきれいな所で今でも目を閉じるとその風景が浮かび、光に包まれる感覚になります。

音楽の効果と、カヴィーシャさんの心地の良い誘導があったことで、とてもイメージしやすく、きれいな情景が自然と浮かんだのだと思います。
私はこの色つきのきれいな情景が浮かんだことで、今までより光のイメージがグッと近づいたと思っています。

瞑想の情景の中に溶け込む自分と、常にそれを客観的に考察している自分がいました。
瞑想中、この客観的にいろいろ話している自分はいなくなってほしいなと、さらに客観的な自分が思っていました。
そのどちらも自分自身であるのですが、考察する自分がいなくなった時にもっと自然にハイアーセルフに近づけるのかもしれないな、と今は思っております。


心地の良い誘導と音楽と空気感をありがとうございました。
私、一人ではイメージできなかった情景がいくつも鮮明な記憶として残っています。
カヴィーシャさん、素敵な瞑想をありがとうございました!



     谷津バラ園のバラ 読者さんより
   Eさんからいただいた写真 谷津バラ園のバラ


コスモスのライン

~カヴィーシャより~


どういたしまして! 一生懸命音楽を選んだ甲斐がありました。
鳥の声や滝の音などは、ほんとうはステレオで流したいくらい、美しく透明感のあるサウンドです。
瞑想中、涙を流しておられたEさんを見て、わたしも感動で涙があふれそうになりました。
いろんな相乗効果があって、とてもよい瞑想ができたようで、わたしもうれしいです。
あの感動を忘れないために、ハイアーセルフからもらった庭園の"葉っぱ"をいつも思い出してくださいね。


葉っぱのライン


★ カヴィーシャの誘導瞑想について ★



過日個人セッションの際におこなった誘導瞑想で、「今までハイアーセルフらしいものの光は紫色でしたが、10/19初めて金色の光を放っていました」というメールをくださった方もおられ、皆さんそれぞれにすばらしい瞑想ができてよかったと思っています。

また、すっかりリラックスしすぎて大切な内容を聴き逃したという人もいて、再度聴きたいということから、テープを送るから録音して送ってほしいという要望まで来ました。
それはつまり、もう一度その人のために30分間誘導瞑想の奉仕をしなければならないということであり、それは正直申し上げてどうかなぁと思いました。
もしその人だけに30分間の無料奉仕をするなら、きっとほかの皆さんも「わたしもしてほしい!」ということになりますし、決められたセッションの時間以外に、わたしがそういう奉仕をしなければならない理由もありません。

そこで、セッションでおこなった誘導瞑想をテープやMDに録音して希望者にお譲りしてもよいかと、ハイアーセルフに相談をしたのですが、賛成してくれませんでした。わたしの生の声で誘導したほうが絶対によいから、瞑想会を開催しなさいという理由からでした。(そう言われても、いつ開催できるか今のところわかりません)

東京でのセッションは、おひとり60分だということもあり、30分間で誘導瞑想ができるように調整し、設定したのですが、ほんとうはもっとゆっくりと時間をとって、瞑想者のようすをうかがいながら、思う存分ハイアーセルフとの交流をしたほうがよかったと思っています。

それで、当日おこなった「ハイアーセルフと出会う瞑想」をさらに充実させるために、時間を30分よりも長く設定し、内容も少し変更し、さらにイメージが深まるように編集したいと考えました。
それで、「ハイアーセルフに出会うための瞑想」を毎日でも熱心に行ないたい人のために、わたしの「オリジナルの誘導瞑想のテープを創りたいのだけれども、どうか?」と再度ハイアーセルフに尋ねました。
すると、OKを出してくれたのです。ただし、BGMを入れる場合は、著作権の問題がありますので、それをクリアできたらということです。(自分で全部創作するのは、ちょっと難しいですね)
もし、創らないことにした場合は、できるだけ瞑想会ができるよう考えたいと思います。
また記事にてお知らせをしますので、誘導瞑想録音の件はもうしばらくお待ちいただきたいと思います。
                                  (10月29日 2:00更新)


     エブリン
     「とっとり花回廊」で出会った秋バラ
                    香り高いエブリン 撮影 光の仕事人




★ 場所の波動は人に大きな影響を与えている ★



今回東京での交流会を終えたとき、またいつか東京でセミナーなどをやりたいなと考えていたのですが、このたびの東京での疲れは半端ではなく、このままの状態ではちょっと無理かな? と思うに至りました。
千葉のバラ園で皆さんと撮ったわたしの写真を見て、次女が「ものすごくひどい顔をしている!」と驚いたくらい疲労感が出ていました。千葉の交流会に来た方たちも気づかれていたかと思いますが、そのことは一番本人がわかっていることでした。(苦笑)

東京を地下鉄などで移動しているときに無意識に光を放射していたようですが、千葉に着いたときにはかなり疲労した顔をしていたと思います。それだけ、東京都内を電車で移動している人たちの波動が異なっていたということです。
山陰の地を飛び立ったとき、空から見た海の美しさは、東京へ近づくにつれてしだいに汚れていき、羽田空港に降りるときにはヘドロのような色をしていて、気持ちが悪くなりましたが、海も空気も、そして土地や人々の波動も同様にしだいに濁っていったということです。
東京にいる人たちは住み慣れてしまっているために気づかれないかもしれませんが、田舎から出てきた者にとっては、都会はほんとうに疲労困憊してしまうような波動を帯びている場所であるということです。

交流会で出会った皆さんは、わたしのことを肉体年齢よりも若く見てくださっていたようですが、出雲の交流会のときのようなオーラはなかったと思います。
しかし、それでもわたしのオーラを感じ取られた人は、実際の肉体年齢(59歳)よりも若く見えたのではないでしょうか?
わたしがどれくらいの年齢に見えるのか、数人の人に尋ねてみたのですが、なぜそんなことに興味があったのか、わかりますか? その人がわたしの肉体を見ているのか、見えない身体を見ているのかをちょっと知りたかったからなのです。

今回は、東京と千葉の浄化のためであり、また、読者さんと交流し、読者さん同士の交流をも促すのが目的でしたが、これからはわたし自身が他者への奉仕と自己への奉仕を、共にバランスをとっておこなう必要があると感じました。

また、もう少し、肉体を鍛えなければと、つくづく思いました。
デスクの前に坐って静かに毎日を過ごし、たまに外へ出るときは車で移動しているわたしは、都会の人のようには普段出歩くことがありません。ですから、荷物を持って駅から駅までの階段を上るだけでもくたびれてしまったのです。情けないな~と思いましたよ。(やっぱり歳ですね~)

わたしが山では驚くほど元気よく歩けるのは、それだけ山の波動がよくて生気がみなぎっているからなのです。山のエネルギーに助けられているからなんですね。

東京から戻った翌日には近くの海に行って、清々しい風に吹かれました。空は果てしなく広がり、おだやかに寄せてくる波に安らぎを覚えました。静かな浜辺でした。
翌々日には、車で「とっとり花回廊」まで行ってバラの香りを吸い、生気をもらい、癒されました。
その次の日には大山の森林を車で走り抜けてきました。
おかげさまでちょっと元気が回復したかな? と思います。

場所の波動がどれだけ人間に影響を及ぼしているかということを今回再認識でき、ますます田舎から出られなくなったのを感じる今日この頃です。



花回廊のコスモス
     「とっとり花回廊」のコスモス 撮影 光の仕事人



~OSHOからのメッセージ ~

人間は外側から見れば、小さな水の一滴にすぎない
しかし、その内側は全く異なる
内側に広がる景色、それは大海のごときものだ

私たちが小さな水滴に見えるのは
目に見えるのが肉体であるためだ
しかし、内側で自分自身の存在に根を下ろし
その中心にあるとき
深い沈黙の中で透明さが現われるとき
深い瞑想の中で晴れやかさを見るとき
欲望と思いのすべての霧が消え去るとき
鏡が澄みきり、あるがままのものを映し出すとき
そのとき、人は不意に自分自身の肉体ではなく
その意識に気づく

実にその瞬間、人は自分自身の肉体を忘れる
肉体だけではなく、思考(マインド)も共に忘れ去る
その瞬間、人は無限の意識を知るに至る
その無限の意識、大海のごとき意識が、私たちの真の存在だ
それが私たち自身だ

私たちは、見かけとは異なる
だから、見かけにだまされてはならない
鏡の中に映る姿を見て
自分が誰であるかを決めてはならない
鏡は物質を反映しているにすぎないからだ
内なる鏡を磨かない限り
人は自分の広大さを知ることはできない
人は宇宙と同じほどに果てしない



ハート
内側を大切にするためには、外側も大切にしなければなりません。
これからはおおいに肉体をも鍛えたいと思います! 






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