神秘のボディ

2010年07月08日 20:33


★ 神秘のボディ ★



★「目に見えないボディ 」について、古代インドの「ヨーガ」では、人間の身体を、粗大身(グロス・ボディ)、微細身(サトル・ボディ)、原因身(コーザル・ボディ)の三つに分けて考えてきました。


一つ目のボディは「粗大身(そだいしん)」です。
これは食物を必要とし、食物で成り立っている身体なので、〈食物鞘〉と呼ばれています。
わたしたちが通常〈肉体〉と呼んでいる身体のことですね。
これは、唯一「目に見えるボディ」です。


食物鞘=肉体〉は食べなければ死んでしまい、やがて朽ちて土に還っていくボディですが、「この身体自体に意志や生命はありません」と言ったら、あなたは驚きますか?

わたしたちは肉体が勝手に動いて、まるでそれ自体が生きているかのように錯覚していますが、肉体をコントロールしているのは、じつはわたしたちの別の身体なのです。

そう言うと、あなたは人が眠っている状態を思い出して、たとえ「肉体の所有者」が眠ってしまっても、その肉体は寝返りをうったり、大きな音がしたときには飛び上がったりすることがあるじゃないかと思われるかもしれません。確かにその程度の限られた反応、「肉体の意識」というものはあります。
しかし、基本的に「肉体は、この物理次元で生きるための一時的な乗り物」にしかすぎないのです。

車が動くのは、運転手がいるからですね。
いくらガソリンが入っていても、キーを挿してエンジンを回転させ、アクセルを踏んで、自分の行きたい方向へと進行させる運転手がいなければ、車自体が勝手に走りだすことはありません。
それと同じで〈食物鞘〉は「自動車のボディ部分」にすぎず、つぎにお話しする〈生気鞘〉こそが、「運転手」なのです。


二つ目のボディは「微細身(びさいしん)」です。 
この身体は〈生気鞘〉、〈意思鞘〉、〈理智鞘〉で構成されているといわれますが、ここでは〈生気鞘〉についてお話しします。



★一般的に〈幽体〉とか〈アストラル体〉とか呼ばれているものは、〈生気鞘〉のことを指しています。
生気鞘〉は〈食物鞘〉とそっくり同じかたちをしているので、〈エーテル二重体〉とも呼ばれます。

ヨガナンダ師は「幽体は、肉体のすべての部分に相当する部分を備えています。肉体心臓の背後には、目に見えない幽体心臓があります。それがなければ、肉体心臓は動きません」と述べています。

「死んで肉体を脱いだら、内臓なんか必要ないんじゃないの? どうして見えない臓器があるの?」と、あなたは不思議に思うかもしれません。
確かに肉体がないのに、臓器はいりませんよね。
ところが、死んでも死んだことに気づいていない人が、たとえば胃ガンで胃が痛いと思いつづけていると、いつまで経っても「痛みつづける胃」が存在するのです。
「あなた、もう死んでいますよ。だから、もう胃は痛くないはずですよ」と気づかせてあげると、「えっ、ホント? そうなの?」と、ようやく自分の肉体がないことに気づいて、「痛い胃」は消え去るわけです。
自分の「想念(そうねん)」で内臓をつくっているのです。

「肉体」と「見えない身体」が重複している「この世」においては、本来ないはずの肉体と同じ「内臓の複製器官」が存在するようになるといわれています。
もちろん肉体と同じ物質でできたものではありませんが、わたしたちが肉体を脱いでからも、その一部が霊体にくっついているのです。それをすべて捨て去れば、さらに純粋なエネルギー体となっていけるわけです。

実際のところ、個々の想念によって「あの世」での形態はさまざまですから、正直言って死後自分自身でしっかりとそれを見極めるしかないと思います。(★あとは自分で確かめてみることネ)

さて、〈生気鞘〉ですが、これは〈音・触感・形・味・におい〉の〈五つの感覚〉を通して、外部の物体を知覚し、この刺激を通して、〈表現する・つかむ・動く・生殖する・排出する〉という〈五つの行動感覚〉を促します。

また、〈聞く・感じる・見る・味わう・においを嗅ぐ〉という〈五つの認知感覚〉を満たすよう命令します。
この五つの感覚は五つのエネルギーセンターと結びついています。
暑さや寒さ、喜びや悲しみ、痛みや空腹などを感じるのは、〈食物鞘〉ではなく、じつはこの〈生気鞘〉なんですね。
また、〈生気鞘〉がプラーナ(後述)を摂り入れているからこそ、肉体という〈食物鞘〉は生き生きと活動できるのです。
この鞘は、植物や動物も同じ機能を果たしています。


★睡眠中や催眠中、臨死体験や瞑想状態のときなどに肉体を離れて、幽界(アストラル界)を移動することができるのは、この〈生気鞘〉です。
肉体に死が訪れ、〈生気鞘〉が肉体から離れると、〈生気鞘〉のへその部分につながっているシルバーコードという銀色のヒモが切れます。それが、肉体(食物鞘)との永遠の別れとなるのです。
残された肉体は冷たくなってやがて朽ちていきますが、〈生気鞘〉はその後幽霊(ゴースト)や精霊(スピリット)となって生き残るのです。


幽霊は〈生気鞘〉という身体をもっているわけですね。
この身体は物質・個体を通り抜けることができます。まさしく透明人間です。



★ 死んでも性格は生前と変わらない ★



霊は生き通しですから、死後もその人の「能力」や「性格」はそのまま引き継がれます。
意識の低い人たちは、死んでも相変わらず物欲や権勢欲などが残っているということです。
死んでも「仏さま」のようにはけっしてなりません。
「死ぬ」というのは、ただ肉体がなくなるだけのことですから、霊的には生前とまったく変わらないのです。
(★「仏さま」になりたい人は「この世」でなっておくのがベストですヨ)


生前にその人が経験したことは、「記憶の貯蔵庫」にすべて蓄積されます。
それらの記憶は、その人の「つぎの輪廻転生」を決めるための目安となり、再び同じ微細身をまとって生まれることになります。
過去生の記憶は魂にしっかり刻み込まれているので、人によってはそれを思い出すことができます。


三つ目のボディは「原因身(げんいんしん)」です。

原因身は(エーテル=魂=自我体)とも呼び、構成している鞘は〈歓喜鞘〉だけです。
原因身はその人の「個性」をつくり、今生におけるその人の「魂の目的」をあらわすといわれます。
(★このボディは計り知れないので、さらに詳しく知りたい人は専門書をお読みください)



ハート
ここでは、わたしたちの身体が「肉体」だけではなく、
微細身」や「原因身」など、
さまざまな目に見えないエネルギー体で構成されていること

わたしたちには「多次元の意識の層」があり、
より「実体のあるボディ」を、より「高次のボディ」と「」がつつみ、
満たしているような構造になっているということ。

肉体をコントロールしているのは、
じつはわたしたちの別の身体(微細身)である
こと。
これら[三つのボディの存在]を知ってもらえれば幸いです。







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