死の恐怖があるのは人間だけではない 

2012年05月19日 10:30


★ 読者さんからの体験談 1 ★



前回、『見えない世界を身近に感じている方々のリアルな体験談や、それを伝えて理解してもらえたなどの成功例をお寄せください。「皆さまからの体験談」として、記事にさせていただきたいと思っております』とお願いしましたところ、25歳の女性読者さんが、お便りをくださいました。
題名をつけ、全文を載せさせていただきます。ありがとうございました。


生き物たちの嘆き



私は生まれつき霊媒・憑依体質で…今までまぁ色んな経験あるのですが、そのひとつを経験談として投稿させていただきたくおもいます。

何年も前。
日ごろ、時折出向かせて頂いている大きなホームセンターがあり、何気なく赴いて帰ってきたあと…むしょうに腹が立ち、怒りが押さえきれない状態が何時間も持続して続いたことがありました。
とにかく怒りが湧いて仕方ないのです。
見かねた同体質の母が、普段からお世話になっている神社に連れて行ってくれました。
拝殿まで目と鼻の先の距離に来た時、傍らを歩いてくれていた母が、その怒りがなんなのかを瞬間、直感にて気がつきました。
ホームセンターには、大小様々な生き物が管理・販売されています。
植物、熱帯魚、小動物。
悲しみを含む激しい憤りは…
ホームセンター内で商品として飼育され、寿命・病死して廃棄された生き物たちの…
『自分たちはゴミじゃない! 生き物だ!』
と言う、人間に対する訴えだったんです。

神社に参拝し、手を合わせて、私は彼等に何度も心の中で謝りました。
間違っているのは、まぎれもない『人間』だから。
その内に気持ちが静まり…理解と謝罪で憎悪から解放されたのか、動物たちは私の身体から離れ、神様に抱えられて霊界へ旅立っていきました。

ハムスター.

私は怒ってる間ずっと、口を尖らせていました。
ハムスターや魚などは、みな口先や鼻先が尖っています。
その肉体の現れとして、どうも私の口先も尖っていたようです。
感情だけでなく、意識していない動作や外観にも、ちゃんと『印』として表れるものなのだな と、後に気付きました。

この経験で、私は虫にも痛みや感情。
私たちとなんら変わらない『心』がある事を知れたのです。
尊い気付きを与えてくれた彼等と、今を生きている小さな兄弟姉妹たちに感謝です。



熱帯魚   


★ 死の恐怖があるのは人間だけではない ★



自分たちはゴミじゃない! 生き物だ!』と言う、人間に対する訴えだったという箇所に、とてもインパクトを感じました。
以前に、『動植物にも「意識」がある』という記事を書きましたが、まさにそれですね。

ホームセンターやペットショップで小さな檻に入れられた子犬や子猫は可愛いけれど、大きくなって身動きがとれなくなった動物たちを見ると、可哀そうでなりません。この子たちは今後どうなっていくのだろう?と思うと、とてもネガティブな気持ちにならざるを得ないのです。幸せに暮らしているとはとても思えないからです。
大きくなって、売れ残った動物たちをどのように処分しているのか、さまざまな情報があります。
いろいろと調べているうちに、ヤフー知恵袋に「ペットショップは、売れ残った犬や猫を保健所で処分してもらっているのではありませんか?」という質問があるのを見つけました。

それに対して、ベストアンサーに選ばれた人の回答が載っていましたので、参考のため記載させていただきます。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1114582406


悲しいですが事実です。
私は彼らの末路、悪徳ブリーダーの実態を知っています。
ペットショップで売れ残った子はブリーダーに返す所もありますが、ブリーダーによっては商品にならなくなった動物を餓死(エサ代浮かせるために)させたり、首の骨を折られ殺されたり、捨てたり、管理センターへ持ち込み、ガスで窒息死させています。

生体を売っているのは日本だけです。そしてまともな法律さえないのも日本だけです。
保健所(処分する所は実際は各自治体にある動物管理センター、動物愛護センターなどです)は狂犬病予防法にのっとり、処分依頼された動物は殺処分しなければなりません。

いま、チワワに続きミニチュアダックスが沢山ガス室で殺されています。ブームに弱い私達日本人の罪です。
我が家には、沢山産まされてボロボロになったお母さんの柴犬がいます。
ショップに並ぶ子犬達のうらで、大量生産大量消費されるたくさんの命。

ですから、この事実を多くの人に知ってもらい、処分される犬ネコを一匹でも救って欲しいのです。



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ブリーダーというのは、日本では主にペットとして販売される動物を繁殖している者を指すようですが、ブリーダーの問題点は多いように思います。(関心のある人は、ブリーダーで検索してみてください)
ペットは小さいうちは可愛いけれど、成長して大人になったら要らなくなって、保険所に持っていかれるケースも多いように思います。



★ 意識の低い飼い主の犠牲となっているペットたち ★



ここで、わたしの脳裏に甦って来た近所の犬のお話をお伝えます。

数年前のことですが、わたしの近所には犬を飼っている家が多く、周囲は犬だらけでした。
数時間無駄吠えをしていても、半日吠えていても、まったくたしなめる様子もなく、家の人は平然としているのです。そんな無神経な飼い主があちこちに存在することに、わたしは長年心を痛めてきました。

あるお宅では、散歩も行かず、ご飯もなかなかやらないので、毎日夕方から夜にかけて何時間も吠えている犬がいました。それが何年も何年もつづいていたのです。ときどきその犬が一人歩きをしていて、わたしの家の庭で見つけることもありました。散歩に行くのが嫌で犬を放したのか、勝手に逃げたのかはわかりませんでしたが。
食事をもらえなくて鳴きつづけている犬。散歩に行ってもらえない犬。家の人に愛されていない犬は、人が通るだけでも激しく吠えたてるようになります。

あまりにも可哀そうなので、あるときそのお宅に話をしに行ったのですが、「私はそんなに犬にかまっていられないんです。じゃあ、保険所に連れて行きますから」と、そこの奥さんは言ったのです。
わたしは「ワンちゃんを見せてください」と頼みました。何かに脅えるように吠え続けていたその犬は、わたしを見ると、しっぽを振って喜んでくれました。
わたしには、とてもやさしくて気だてのよい犬に思えました。ゴールデンレトリバーだったのですが、その身体の毛はぞうきんのように汚れて憐れな状態でした。その犬がどんなふうに扱われているかが、その姿でよくわかりました。
「保健所に連れて行かれるくらいなら、わたしにこの犬をください」と言ったら、その人は黙っていましたが、翌日その犬は姿を消していました。ショックでしたね。

その犬は、その家の人にとって、それぐらいの価値しかなかったのでしょうか?
長年飼っていた犬に対して、何と残酷で、失礼な行為でしょうか。ゴールデンレトリバーは賢くて、忠誠心のある穏和な性格の犬種であるはずなのですが、あれだけ吠えるというのは、よほど毎日がつらかったのではないかと思います。
世話をしないなら、最初から飼わないでほしいと思うのです。
無責任な人間の行為。動物を何だと思っているのでしょうか。
しかし、こういう人は、ほんとうにたくさん存在しているのです。

あるお宅の犬は、夕方になると散歩に連れて行ってもらいたくて、いつも吠え続けていました。遠くから声が響き渡っているのです。家の人がすぐに連れて行かないために、1時間も2時間も吠えているのです。
それで、ある日、その犬がどこで吠えているのかを確かめるため、あちこち探してようやくその犬がいるお宅を探し当てました。呼び鈴を押すと、奥さんが出てきましたが、犬のことで文句を言われると思ったのでしょう。とても攻撃的な態度を示されたのです。
わたしが犬のところへ行くと、その犬は両の前足でわたしの腰のあたりを抱きかかえて、甘えてきました。
わたしは「よしよし」と言って、頭をなでてやりました。
それを見た奥さんの物腰が急にやわらかくなり、わたしにこう言ったのです。
「この子がこんなことをするのは、亡くなった主人にだけでした。ほかの人にしているのを見たことがない」と。

この奥さんは、あまり犬が好きではなく、夫が飼っていた犬だから仕方なく世話をしているようでした。
どちらかというと、大きめの犬なので、力も強く、散歩に行くのも大変で、近所の人に頼んで散歩に連れて行ってもらったりしていたと言うのです。
わたしは、そこのご主人がその場所にまだ留まっているのを感じました。それで、その日中にご主人の意識体にOKをもらい、浄化をさせてもらったのですが、そのとき、ご主人は奥さんにその子を可愛がってもらいたいと思っていることを知りました。
後日、わたしはその旨を奥さんに伝えました。その後、その犬が吠えることはしだいに少なくなっていきました。奥さんが頑張って散歩に行かれるようになったからだと思うのです。
その後、その犬を散歩に連れて行く奥さんの姿を何度か見かけることがありましたが、数年経った今現在はその子が元気で生きているのかどうかは知りません。その子の声を聞くことがなくなったからです。

飼い主に愛されていない犬の立場に立つと、わたしはあまりにも可哀そうで居ても立ってもいられなくなるので、どうしてもその飼い主と接触せざるを得なくなります。それで前者のように悪い結果を生むこともありますし、後者のように良い結果を生むこともあります。また、飼い主が強度の異常波動である場合は、まず聞く耳を持ちませんから、そういう人には言いません。言っても無駄なのです。逆恨みをされるだけで、何も良い結果が得られないのです。

飼い主が異常波動の場合、犬もたいてい異常波動となっているので、とりあえず光を送りますが、ほとんど効果はありません。飼い主の意識が変わらない限り、同じことの繰り返しです。人間も犬も異常波動の場合は、いくら光を送っても、受け取ることができないので、どうすることもできないのです。
異常波動の飼い主に飼われた犬が正常波動である場合は、ほとんど早死にしています。死ぬと、飼い主はまた新しい犬を飼い、同じように狂ったようにムダ吠えをする犬にしてしまうのです。
これが、あまりにも無知な人間のために生じているペットの現状です。

要らなくなったペットは保健所に届けられて死を待つか、医学的な研究の実験台として使用されることもあります。関心のある方は、1年間にどれほどのペットが殺されているかを、ご自分で調べてみてください。きっと唖然とされることでしょう。



★ 死の恐怖は平等にある ★



ペットだけではありません。この世界では、家畜は人間の食料として考えられています。
家畜だけではありません。海のなかにいる魚介類も同様です。わたしが住んでいる近くの海辺では、毎日釣り人だらけです。よく飽きもせず毎日何時間も釣り糸を垂れているものだと驚きます。
テレビでも、釣りや漁の番組で、獲ったばかりの魚を誇らしげに見せたりしますが、わたしはそれをずっと見ていることができず、いつもチャンネルを変えます。
趣味のために平気で魚を釣る人の気が知れません。魚を有り難く食べるならまだしも、ただ釣ることを楽しんでいるだけなのですから。魚を自分たちと同じ生命ある意識体だとは思ってもいないのです。
どんな生き物でも、死は怖いのです。人間に追われて逃げるのは、殺されるのが嫌だからです。

まったく同じような内容を、先日わたしはスリランカ上座仏教の長老アルボムッレ・スマナサ―ラさんの『お釈迦さまが教えたこと―智慧は人生の羅針盤』という著書のなかに見つけました。
その一部を抜粋させていただきます。


人間が殺されるような事件に巻き込まれることはまれですが、それでも死に対する恐怖感は、すべての生命に平等にあります。
ですから仏教では、一般的な事実として、すべての生命にとって、死は最大の恐怖であると語っています。
動物も人間も、死に対する恐怖感自体に差があるわけではありません。しかし人間は、死ぬのが怖いのは人間だけだと勘違いしています。

魚は海の中で平和に、幸せに、誰にも迷惑をかけないように生きています。
魚がいることで海は守られているし、虫や鳥たちがいるから自然のバランスは保たれています。
あらゆる生命の中で、人間だけが癌細胞です。地球環境を破壊することしか知らないのです。
それだけでなく、人間は、他の動物にも生きる権利を与えません
そのうえ、生きることは苦しいとか、人間関係がうまくいかないなどと、文句まで言います。
しかし、他の生命を生命とも思わない人間同士が、いったいどうやって仲良く生きていけるというのでしょうか。



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スマナサ―ラさんは仏教が殺生を禁止する理由をつぎのように書いておられます。

①生命は平等である
②一切の生命は苦しみ、殺されることを怯える、嫌がる
③生きる権利はみな平等にある
④他を殺すことで自分の生きる権利を失う
⑤他人に不幸を与えることは、自分も不幸を受けることである
⑥「幸福になりたい」という目的で生きているのだから、殺生はその目的に反する
⑦殺生する人は今世でも、来世でも、不幸に陥る
⑧心を汚さずに殺生することは、不可能である




ハート 小
汚れた心でなければ生命は殺せない。生命を殺すということは、自分の心を汚すことなのだ」ということですね。

地球の動植物を無残に殺し、人間にできないことは何もないんだとばかり、偉そうに生きている人間たち。
死の恐怖はすべての生命体にあることに気づきません。
海を放射線でさんざん汚しておきながら、まだ原発を続けようとしている浅はかな政治家たち。
もういい加減にしたらどうですか。
そんな愚か者たちに、有益な未来など訪れるわけがありません。

アセンションをしたいのなら、自分がすべての動植物とつながっていることに気づくことです。
シャーマンが木や動物と交信するのは不思議なことではないのです。
動物の気持ちがわかったり、話ができるハイジのような人がいても、全然不思議はないのです。

なぜ、交信ができるのだと思いますか? 
それは木のDNAと人間のDNAは99.9%同じ媒体だからです。
ただの組み合わせの違いで木になったり、動物になったり、人間になったりしているだけだからです。
すべての生命は同じ源からやってきているのです。
だから、すべての生命体とコミュニケーションができるのです。

それを知ったあなたがたは、今から、この瞬間から何をすべきかがおわかりになるでしょう。これまでも、繰り返しお伝えしてきたことです。
どうかそれを実践してください。

2012年5月19日  光の仕事人






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