自分を観るということ

2011年11月04日 01:00


皆さん、お元気でしょうか?
眠かったり、体調が優れなかったりの人が多いのではないかと思います。

わたしも一時期はとても眠くて、本を読んでいると、つい目が閉じてしまい、そのまま眠ってしまうことが何度もありました。
最近は調べものが多く、毎日ずっとパソコンに向かいつづけているので、健康にはあまりよくないかな? と思っています。

秋も深まりつつあり、紅葉も始まり、そろそろ動きだしたくなってきました。そういうときはきっと皆さんも動きたくなるのでしょうね。
どこへ行ってもやたら人が多いため、また疲れが出そうな気がしますが。(笑)

どこかまだ知らない土地へ旅にでかけたい、
ひとりで静かに自分を見つめ直す時間を持ちたい、
そんなふうに、わたしの魂が騒ぎはじめている今日この頃です。



★ 自分を観るということ ★



この目まぐるしい毎日の中で、あなたは自分自身を見つめていますか?

わたしは皆さんに繰り返し「自己探究のススメ」をお伝えしてきましたが、自己の探究は進んでいるでしょうか?

自分を観る」ということは、まず自分の言葉で自分のことを語り、そして他者にそれを正直に伝えることから始まります。

自称オリオンの天使「アーリオ―ン」は「自分を観ること」を勧めています。
自我の確立には、まず自分を知ること」が必要不可欠だからです。

自分を知る」というのは「言うは易し行うは難し」の代表選手みたいなものだと彼は言います。
自分で思い込んだ世界での自分を知るというのではなく、自分と呼ぶ個体の生きている環境の中の雑多な反映物をも通して知ることも必要だ」というわけです。


アーリオ―ンは、こんなふうにわたしたちに語ってくれています。


こんなときに自分はこう思った。でも、友人は別のことを思った。
この違いは何なのだろう? 
自分はこうであるのに、友人はこうではない。
自分と友人の違いは何だろう? 
と考え、お互いの持つ違いや差を認識して、その差をお互いに超えてゆくことを目指すためには、自らの性格をまず見つけること。
そして、いろいろな基準に基づく評価を与えないことから始める。
これを、「自分を観る」と私は名づけているんだよ。


他者の反応は自らのものとは異なるはずだ。
どこがどう異なるのか?
異なる点について自分は、どう感じるのか?
そうした事がらを誠実に会話する努力なしで、
一般論を持ち出していては、
自分を観ることから遠ざかることになる。


コスモス


何を観るのか?
まず「ああなりたい、こうなりたい」という思いを外した部分で、
自分はいったい何のために自分の生命を投げ出すことができるのか?
ということを考える。
そうしたときにこそ、自分が何であるか、何がしたいのかが見えてくる。
この状態のときに、もっとも人は謙虚に自分の生命を見つめることができる。
そうした裸の状態の自分を観ることができた時に、
初めて自分の周囲が観えてくる。


「見たい自分」とは、すでに知っている自分。
「見たくない自分」とは、知っていても故意に見ようともしない、
あるいは全く気づかない場所に、忘却のかなたに追いやってしまった自分。
これらを等価値に見る練習をすることから始める。


自分を見るときに、人は自分にとって気持ちのよい自分を見ようとする傾向がある。
だが、あえてそれをしないで、見えてくるままを見るということだ。
そもそも気持ちがよいと信じ込んでいることであっても、
流行り廃りがあり、一昔の日本人にとって心地よい状況も、
現代の日本人にとっては心地よくないということも多々あるのだ。
そういった流行り廃りのない、ほんとうの自分の姿だけ見ようとするということは、真実の宇宙の姿につながる方法のひとつでもあるんだよ。



うさぎ形の観葉植物
  うさぎの観葉植物  撮影 光の仕事人



ほんとうの自分を見ること。
それがたとえ『こうありたい自分』から遠く離れていても、それを認めること。
認めることは嫌いにならないことだ。好きになれとは言わない。
認めるということは、嫌いにならないこと。
そして、好きになることでもない。
ただ、ありのままに『それを、そこにあると知る』ことなのだ。

この行為を通して、あなたがたは多くのことを見つけるだろう。
それは『自分とはこういうものだ』という枠を壊すことにつながってゆくだろう。
つまり、自分を何にも規定したりしないこと。
自分を自分として見つけることができるようになる道へつながる行為になるからだ。




     コーヒー1
        一杯のコーヒー  撮影 光の仕事人



ハート

日々忘れることなく、「自分を観ること」を実践しましょう。

まず「思いの制限」を取り払い、
肩にかついでいるものや、
背中に背負っているものをすべて下ろして、
軽くなりましょう。

一杯の熱いコーヒーをじっくりと味わいながら、
あるいは、香りのよい紅茶を楽しみながら、
または、たっぷりとミルクを入れたココアをすすりながら、
「自分とは何ぞや?」 
と静かに問いかけてみましょう。

それを実践することで、いつも人に依存しないで自分で考えられる自分、
ゆるぎない自己確立ができた自分となっていくことでしょう。






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