最近~過去の散策より 

2011年10月12日 11:00



昨日読者さんから「最近更新がないのはなぜですか?」というご質問のメールをいただきました。

ブログ更新がないのは、単純に書く記事が見つからないからなのです。(笑)
わたしが伝えたいことは、すでに全てお伝えしておりますので、いまさら書くこともないというのが答えです。

7月末で終了する予定でしたが、もう少し続ける気になったのは、ちょっと気になる人たちがいて、励ましたかったからです。しかし、そういう人たちも、今では消息もわからずじまいなので、「もうよいかな?」と思ったりしています。
正直言いまして、8月以降は、ただ「おまけ」のような気持ちで書いているのですよ。(笑)

もうひとつは、わたしの地球での集大成と言いますか、卒論として、過去から行なってきた研究のまとめの段階に入っており、今はそちらのほうに多くの時間を費やしていることがあげられます。
それが終了した暁には、必要であれば一冊の書籍となって皆さんのお手元にも届けられるかもしれません。そういう目的もあるので、ブログの更新は今後かなり少なくなると思います。

それでは少し淋しいなと思う人は、また新たな気持ちで最初から記事を読み直してみてください。
きっと、また以前とは異なった感じ方ができるはずです。
どうか何度も繰り返しお読みになって、おおいにこのブログを活用してください。
そして、もし何か問いが生まれたときには、その問いが「思いの制限を外した問い」であるのかどうかを吟味してください。
そして、そうであるならば、遠慮なくご質問ください。きっとその問いは、最初読んだときに生じたものとはまた別のものとなっていることでしょう。
ぜひそうあってほしいと思います。それは、あなたの意識が進化した証拠だからです。



☆ パワースポットは大人気 ☆



先日、長女とふたりで島根県雲南にある須佐神社に行ってきました。
ご祭神は、須佐之男命(すさのをのみこと)・稲田比売命(いなたひめのみこと)・足摩槌命(あしなづちのみこと)・手摩槌命(てなづちのみこと=須佐家の祖神)です。
スサノオノミコトが諸国を開拓したあと須佐の地に来て、最後の国造りをし、自分の魂を鎮めたところだと伝えられています。

今回須佐神社を訪れたのは、今「日本の神々」や「日本人の源流」について調べていることもあって、スサノオの最後にいた場所を一度感じてみたいと思いついたからでした。

大社造りの傍には樹齢千二百年ほどの杉が立っていて、その場所にはつぎつぎと人々が集まってきていました。
杉の由緒書きのある正面は太陽の陰になっているため、あまり波動はよくなくて、むしろ反対側のほうは太陽が当たっているので、そこだけが唯一よい波動でした。そちらのほうには人がほとんどいなかったせいもあるかもしれません。


大社造り
      須佐神社の大社造り  撮影 光の仕事人

       大杉        
       樹齢千二百年の大杉  撮影 光の仕事人


とても小規模な神社なのですが、その割には参拝者が多すぎて、じっくりと境内の波動を味わうことができずに残念でした。(行くなら、絶対に休日を避けることですね)
わたしにとってもっとも興味深かったのは、境内に石亀と須佐神社の紋があったことです。
この亀さんが何を意味しているのか? それがわかったので、来た甲斐があったと思いましたね。

須佐の七不思議」の伝説を利用して、「日本一のパワースポット」などと紹介されているようなので、その影響もあったのでしょう。(日本一と謳う場所が至るところにあるものですね~。笑)
わたしが駐車場に戻ったときも、ちょうど「パワースポットめぐり」と称した観光バスから若い女性客がぞろぞろと降りて行く光景に遭遇しました。
いつものことながら、世の中にはパワースポットが大好きな人たちが数多くいるんだということを再確認しました。
神社は、地球上に走っている縦と横のエネルギーの交差する場所を選んで建てられているのです。
最初からパワースポットだとわかって建てているんですね。ですから、神社と神社の地点を結んでいくと、一直線になったり、三角形を描いたりするのです。

以前、出雲大社についての記事にも書いた覚えがありますが、人があまりにも多い所は波動がよくありません。特に宮司に力がないと、清めきれないのです。
スピリチュアルカウンセラーなどと称する有名人がそこを訪れたりすると、すぐにそれに触発されて、自分も行きたいと思うのでしょうけれど、人が大勢集まるところは、気をつけなければなりません。
今回も様子を見て、「だめだ、こりゃ!」とつい思ってしまいました。
個人的には、そういう団体さん向け観光めぐりの企画はやめていただきたいと思いますね。
神社は清らかな静寂さのなかに凛としてあってほしいものです。



★ 神社に行くのは、何かの節目の時 ★



もう随分前の話なのですが、天川村の弥山からUFOがよく見られるということや、有名人がよく来るということで、天河神社がとても有名になって、波動がドンと堕ちた時期がありました。今もよくないと思いますが。
今回も台風での水害という大きな被害を受けていますね。

ご祭神は市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)で、熊野坐大神・吉野坐大神・南朝四代天皇の御霊・神代天之御中主神より百柱の神となっています。

天河社のホームページには、つぎのように書かれています。
「辨財天は、川の流れの妙なる様を神格化したとされる、古代インドのサラスヴァティー神であり、その本来の神徳は水の神、そして、水せせらぎの如く素直で妙なる弁舌や音楽の神であり、日本の古代より行われてきた水神の信仰とも結びついています。後に転じて「財を弁ずる」商売の神としても信仰されるようになりました」

「水の大神」・「弁舌・才智の大神」・「音楽・芸術・芸能の大神」・「財宝の大神」ということですから、芸能人がよく参拝されるんですよね。それで、さらに多くの人が参拝するようになって、波動が堕ちるのです。

神社は元々お願いするところなんかではないのですが、「商売の神」などと言うから、皆が商売繁盛を祈るようになるのです。神社の宮司が欲を持っていたりすると、本当におかしくなっていくのです。
日本の神社経営も、原点に帰って考えるべきだと思いますね。

わたしがその地に出向く気になったのは、太古の昔、その地域にプレアデス星人の施設があって、日本人の教育をしていた場所が天河社のすぐ近くにあるということを知り、実際に見て感じたかったからでした。
弥山にUFOがよく見られるというのも当然のことで、未だにそこは異星人たちにとって関心のある場所なのでしょう。
天河社の祭神である「サラスヴァティー神」というのは、実在のプレアデス星人だったようで、何回か転生してサラスヴァティーとなったようです。(ジャーメイン説)

わたしがそこを訪れたのは、1999年9月8日~9日という特別な日でした。
その日に行くべきだという心の声に従って、知人とふたりで出かけたのですが、当日天河社を訪れた人は、驚くほどわずかでした。宮司さんが「今日ここへ来られた人は、神さまに呼ばれたのです」と言われたのを、今でも鮮明に記憶しています。

1・3・5・7・9という奇数は「陽の数」ですね。2・4・6・8の偶数は「陰の数」です。
陽数の極である9が2つ重なることから、昔から9月9日は「重陽」と呼ばれ、大変めでたい日とされていました。
邪気を払い、長寿を願い、菊の花をかざって、酒を酌み交し、お祝いをしていたのです。(本当は陰暦の9月9日のことなので、1ヵ月ほどずれていますが)
1999年9月9日というのは、ノストラダムスの終末の予言の日に当たっていました。
また、1999年9月9日の数字を全部合計すると46になりますが、その2ケタの数を足すと(4+6)10になります。それは「完成」を意味するといわれていました。
とにかく、目に見えない世界では何かが起こっていたのであろうと思います。しかし、そのときのわたしには全くわかりませんでした。
ただ、9日の0時になったとき、天河神社の境内の地に横たわり、夜空の星を仰いだことは、わたしの人生のひとつの節目として大切なことであったのだろうと思います。
翌朝早くに参拝したとき、そこにいた人たちにはお神酒がふるまわれました。
やはり神社にとっても、わたし自身にとっても、特別な日だったのだな~と、感謝してお神酒をいただいて帰りました。12年も前のなつかしい思い出です。



☆ 龍頭ヶ滝との遭遇 ☆



ここからは、先日行った須佐神社のつづきです。

「須佐神社だけを見て帰るのは面白くないね」と長女と話しながら、来た道とは別のルートを通ってみようということになり、ハイアーセルフの勧めもあって、出雲街道54号線を掛合町のほうへ向かいました。
その過程で「龍頭ヶ滝」という文字が、目に飛び込んできたのでした。
それは、かねてから出雲地方に出向くことがあれば、一度は見てみたいと思っていた滝の名前だったのです。しかし、自宅からは遠すぎて、なかなか行く機会がなかったため、すっかり忘れていたのです。
ここへ行くためにこちらのルートを選んだのだと、すぐに気づきました。予想もしなかったとても興味深い道草です。少しわくわくしながら山道を走りました。

龍頭ヶ滝」は「日本の滝百選」に選ばれていて、中国随一の名瀑とも称されていました。
駐車場近くの小高い場所に数件の農家があって、刈り取った稲が干してあり、その前には小川がしずかに流れていました。のどかな山里の風景です。

太陽の光が薄らいできたようで、少し肌寒いと言って、長女は上着を取りに駐車場へと戻って行きました。
携帯電話の時計はちょうど午後2時を告げており、猫たちの食事の時間が来ているので、食事をさせてほしいというお願いの電話を自宅の次女にかけました。
川のながれを見つめながら、次女と話しているうちに、わたしはこの場所に来た覚えがあり、その記憶が少しずつ立ちもどってくるのを感じてはじめていました。「ああ、この景色見たことがあるよ」と。
「これから、滝を見に行くから、戻るのは5時を過ぎると思う」と言って、わたしは電話を切りました。
あとで聞いた話ですが、次女もその電話を受けた記憶がそのとき思いだされたということです。
やはり「龍頭ヶ滝」には、訪れることになっていたんですね~。

その後、長女とふたりで滝のあるほうへと向かったのですが、数分も歩かないうちに「ツキノワグマ出没」という看板を目にして立ち止まりました。
こんな山里にもツキノワグマが出てくるんだ! という驚きとともに、ある戸惑いが生じていました。
ちょうど数日前に北海道でツキノワグマが撃ち殺された出来事があっただけに、他人事とは思えない不思議な感覚が生まれたのです。
「クマが現われたら、ちょっと恐いな」というのが、正直な感想でした。(笑)

ほんとうに出たら、笑いごとではすまないところなんですが、しかし、ハイアーセルフが大丈夫だと言うので、それを信じ、そのまま大きな声で話しながら歩きました。きれいな川の近くには蛇も多いので、わたしはそちらのほうがとても気になりました。(笑)
(里に下りてきたクマを撃ち殺すことについては賛否両論があるので、また近いうちに改めて記事にしたいと思っています)

最初目にしたのは「雌滝」でした。ここで引き返そうかと長女が言うので、せっかく来たのだから「雄滝」に行こうよと誘い、80メートル先にある「雄滝」までの階段を上りました。

上りきると滝の音が鮮明に聞こえ、あたりに満ちるマイナスイオンを感じました。
男性がひとり写真を撮っていましたが、彼が立ち去ったあと、滝の近くまで行って存分に観賞しました。
落差40mを流れ落ちる雄滝は爽快でした。滝の裏側から滝つぼを眺めることができるらしく、「裏見の滝」とも呼ばれているようです。

滝の裏側には、滝観音が祀られている岩窟があるのですが、見たところ真っ暗で、そこへ行くには霊的にあまりにも恐ろしい気配があり、どうしても足が向きませんでした。数年前にそこへ行ったという次女も、恐ろしいため途中で引き返したと言っていました。「さもありなん」という感じです。(笑)
もし岩窟に入りたい人がいるのなら、太陽の光が強くて、もっと早い時間に、人がたくさんいるとき、たとえば「龍頭が滝祭り」のときなどに入るのが安全だと感じました。

一般的に、滝は気持ち良いところだと思われているようですが、けっこう恐いのです。
もう10年以上も前のことですが、ある神道の団体の滝行に参加したことがありました。木曾の御嶽山中でのことですが、11月初旬だったので大変寒かったのを覚えています。
滝に入るときには滝の神さまに捧げものをして承諾を得てから行なわなければなりません。当時は「禊はらいの詞」を何度唱えたかしれません。
一般人が滝の神さまの断りもなく、勝手に滝に入っていって打たれたりすると、おかしくなったりするのです。
やはり滝行をする作法というものがあり、きちんと礼を尽くして行なわなければならないことを知っておく必要があるでしょう。
滝周辺には低レベルのネガティブ霊がうようよしていることもあり、せっかくの浄化のための行為が、逆に低級霊に憑依されることになったりするわけです。
特に滝行専用の滝などに近づくときは、くれぐれも気をつけることですね。

ここで、雌滝と雄滝の写真を載せたいところなのですが、波動があまりよくないので掲載するのを断念しました。見たい人は「島根県の龍頭ヶ滝」でネット検索してください。(このブログでは、いつも波動のよい写真を皆さまに提供したいので、ご了承くださいね)

ということで、今回は神社と滝について、わたしの感想をお話ししました。
何か参考になることがあれば、幸いです。





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