「闘う心」を忘れた日本人―平和ボケからの脱出

2011年09月24日 17:25



前回の記事に対して、つぎのような感想をいただきましたので、ここに掲載させていただきます。
ご自分の子ども時代の「いじめられ体験」を記しておられますが、当時の彼女にはまるでなかったであろう力強さを、今ここに感じました。
「人はほんとうに変わるんだ」ということを実感できたコメントでした。


~ 読者さんからのご感想 ~
 


 いつも深い見識に富む素晴らしい記事を読ませてくださりありがとうございます。
 毎回の記事を読むたび、考えさせられることが山ほどあるのですが、今回はなおいっそう心に響くものがありました。

 今回は『「闘う心」を忘れた日本人―自尊心のために闘う精神を持とう!』のテーマの下、千葉県で起きた福島の被災児童への「いじめ」を巡る問題点を鋭く抉り、根本的なところにある問題が何なのかをきちんと整理して書いてくださったのでとてもわかりやすかったです。
 福島から避難してきた児童に対し、「放射能がうつる」といって逃げ出した子どもたちの行為が「いじめ」に当たるものかどうか、私も疑問に感じていました。確かに思いやりに欠ける行為だったとはいえるでしょうが、放射能に関して無知であるがゆえの、恐怖に駆られた反射的行動だったのではないかと思われたからです。
 もしそうであるならば、私も光の仕事人さまと同じように考えます。いじめられたから逃げるのではなく、子どもも親も社会もきちんと問題に向き合い、話し合いを通してお互いを理解していく方向性を選べば、誰にとっても前向きになれる学びの機会になったのではないかな、と。
 ここで考えますに、今の日本では、この「きちんと問題に向き合う」ことができない人が多くなっているのではないでしょうか。「問題に向き合う」ためには、あいての意見を素直に聞くことはもちろんですが、自分が思うところを率直に語ることも必要です。本音を分かり合えた時点で真の相互理解が生まれるからです。時には話が折り合わず、口論になることだってあるでしょう。でもそれは理解に至る前に超えなければいけない過程に過ぎません。これが議論です。
 しかし、今の日本人の多くはこの議論を好みません。人との摩擦が生じるのを回避したいがために自分の意見を押し殺す人がどれだけいることか。また、そういう「事なかれ主義」が「平和主義」なのだと勘違いしている人がどれだけいることか。そんな世間の風潮が自分の意見すらいえず唯々諾々と「いじめ」を受難している子どもたち、そしてそのまま育ってしまって自己を見失しなった大人を生み出しているのです。
 これは、形だけの平等教育の中で、人に対して怒ったり闘ったりしてはいけないと教え込まれた結果なのかもしれません。
 「いじめる側」と「いじめられる側」。双方の言い分があって起こる「いじめ」の問題については第3者が介入できない魂的理由があるようにも思います。ただ一つだけハッキリといえることは、「いじめられる側」の人々は自分の意見を伝える勇気とスキルに乏しいということ。
 これは、私自身が小学生の頃、二年間に渡って凄まじい「いじめ」にあい、自殺を考えない日はなかった経験があるからこそいえることかもしれません。
 当時の私は心身ともに弱くて何かに立ち向かう勇気もなく、ただただいじめられっぱなしだったと思います。親も教師もそんな私を庇い、慰めてはくれましたが、誰一人として「勇気を持って立ち向かえ」といってくれた人はいなかったのです。「いじめる側」が心を入れ替えてくれれば問題は解決するのだと思い込んでいた私に向かい、誰でもいいから「あなたが変わらないと何も変わらないんだよ」と教えてくれたら、私のあの長く苦しい時間はなかったのではないかと今でもよく思い出します。
 それこそ、「自尊心を守るために闘う精神」が、当時の私にとって何より大切だったのではなかったかと思いますね。そしてまずは弱いと思い込んでいる「自己に克つ」ことが必要だったのではないでしょうか。
 「いじめる側」にとっても、「集団で人をいじめることの恥」を教える人があれば、彼らにとってもいい学びになったと思います。今になって思うと、「いじめる側」にあった彼らは、思えば私にとても大切なことを教えてくれた人たちです。
 今の心境に至れるようになって、彼らに感謝できますし、もっと色んなことを話し合えていたら友人になれたかもしれないな、とも思えてきます。

 まとまりのない文章になってしまいましたが、自尊心のために闘う精神を持つことはこれからの日本人にとって重要なポイントになってくることだと思いました。これからの日本人には、もっと自分の中の正義をきちんと主張していってもらいたいですものね。
 このたびも深く考えさせる記事を書いてくださり、心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。



☆「自尊心のために闘う精神を持つことはこれからの日本人にとって重要なポイントになってくることだと思いました。これからの日本人には、もっと自分の中の正義をきちんと主張していってもらいたいですものね」と書いてくださっていましたね。
現在の日本人の欠点をよく理解されていて、大変うれしく思いました。
記事内容に力強いご賛同をいただき、誠にありがとうございました。


★ 今どきの子どもたち ★



わたしは前回の記事で、福島の兄弟が受けた「いじめ」について取り上げましたが、「いじめ」のもっとも最悪な事件としては、1994年に起きた大河内清輝君の死について語るのが適切ではないかと思います。
随分前の事件ですが、このようないじめは後を絶たないので、再度思い出していただくためにここに記したいと思います。


94/12/02 東京夕刊 社会面

せびられ、せびられ…100万円 いじめ苦の中2が自殺/愛知・西尾
 

 愛知県西尾市、会社員大河内祥晴さん(49)の二男で同市立東部中二年の清輝君(13)が、同級生らからいじめられたうえ、再三、金をせびられていたとの遺書を残して自殺していたことが、二日わかった。清輝君が渡していた金額は百万円を超えるとみられる。西尾署ではいじめた生徒から近く事情を聞くことにしている。同校によると、いじめていたのは同学年の男子十人近くで、同署ではこのうち金を要求したのは同級生四人とみている。

 調べによると、先月二十七日夜、清輝君の姿が見えないため母親(45)が捜したところ、自宅裏庭のカキの木で首をつって死んでいるのを見つけた。
 遺書は一日の葬儀後、自室の机の引き出しの中で見つかった。リポート用紙四枚にびっしり書かれた遺書には、昨秋から金を要求されるようになり、二年になってからは、休み前になると、三―六万円を度々要求され、出せないと殴られたり、けられたりしたと、記されていた。さらに近くの川に顔を突っ込まれるなどのいじめについても現場の図付きで書かれていた。

 遺書は「お金もぜんぜんないのに、たくさん出せといわれます。おばあちゃんからもらった千円も、トコヤ代も全(すべ)てかれらにとられたのです。とてもつらかった。なぜ、もっと早く死ななかったかというと、家族の人が優しく接してくれたからです。御迷惑をかけて、すみません」など、切々とつづられていた。
 家の金を黙ってとるのに気が引けてか、母親あての「借用書」もあった。「平成六年八月」の日付で、金額は「百十四万二百円」。消しゴムで何度も消しては、書き換えた跡があり、金を要求される度に応じていたらしい。また、「このお金は何年かかるか分からないけど必ず返します」と書かれていた。
 同中では、いじめに加わったと思われる生徒から事情を聞き、いじめがあったことを確認しているという。


★下記は清輝君の遺書のほんの一部分です。

小学校6年生ぐらいからすこしだけいじめられ始めて、中1になったらハードになってお金を取られるようになった。中2になったら、もっとはげしくなって、休みの前にはいつも多いときで6万少ないときでも3万~4万、このごろでも4万。そして17日にも4万ようきゅうされました。だから・・・・・。
でも、僕がことわっていればこんなことには、ならなかったんだよね。スミマせん。
もっと生きたかったけど・・・・。 

(関心のある方は清輝君の遺書の全文をお読みください)http://yabusaka.moo.jp/okouchiisyo.htm


真相を知れば知るほどひどい「いじめ」なのですが、清輝君は「僕がことわっていればこんなことには、ならなかったんだよね」と言っています。
では、「金を盗んでこい」という要求に抵抗できなかったのは、なぜなのでしょうか?

かつて日本の精神科医、精神分析家で東京大学名誉教授、聖路加国際病院診療顧問であった(故)土居 健郎(どい たけお)氏が、清輝君に関してつぎのように語っておられる文面がありましたので、つぎに記しておきます。

一つには、「言うことを聞かない」という抵抗、あるいは「盗むという悪事を働かない」と言って戦う選択肢を、清輝君が持っていなかったのではないか、と思われる節があります。
清輝君は善悪の観念は持っていましたが、「悪に抵抗しなくてはいけない」「悪とは戦わなければならない」という強い信念まではなかったのではないでしょうか。多分、誰もそれを教えてくれなかったのでしょう。(中略)
悪いことをしているという意識が、彼には確かにありました。しかし、自分の力でその悪から脱出できず、そういう事態に身を置いたときに、自分の口から「助けてくれ」と誰かに言うことが彼にはできませんでした。抵抗するよりも易しいはずの「助けを求める」ことも、彼はしなかったのです。
そこにはいろいろな問題が絡んでいますが、一つには現代の自立を重んじる教育がもたらす影響が大きいのではないでしょうか。自立を人間の基本と考えていて、自分で解決できないことを人に頼むわけにはいかない、と子どもながらに思っていたのかもしれません。


これに対して、土居氏の対談相手の渡部昇一氏は、
清輝君のことを見ていると戦後の日本の姿がオーバーラップして浮かんできます。平和主義で非武装中立、絶対に抵抗してはいけない。世界からいじめられたら、それでもけっこう、すべて私が悪いんですと言って、謝罪するだけ。それで国民からはいくらでも税金を持ち出すとなると、まったく(清輝君と)同じであるように思います
と語っておられます。

★渡部氏のお話は、的をついていると思いますね。
土居氏も言っておられましたが、清輝君は戦後の日本人の代表的な子どもだと言えます。
戦後の教育と道徳が、彼のような子どもをたくさんつくったのです。
おとなの男性たちもアメリカの3S政策なんかにまんまとひっかかって、情けないくらい骨なし人間にされてしまいましたね。今や精神も肉体も軟弱極まりないです。
要するに日本は「平和ボケ」にするための他国の政策に、自ら乗ったと言えるでしょう。

(*3S政策とは、大衆の関心を政治に向けさせないように取る愚民政策のひとつ。3Sとは、Screen(スクリーン)、Sport(スポーツ)、Sex(セックス)の頭文字を取ったとされる)

尖閣諸島中国漁船衝突事件などを筆頭に、中国にいろんな嫌がらせや苛めを受けても、日本の政治家はそれを阻止することができません。
漁船衝突事件の場合、アメリカのある一言で、中国が日本への嫌がらせを止めたそうですが、やはりアメリカの方が断然「力」があるからですね。
日本は「戦争放棄」をしたと言っても、「寄らば斬るぞ」の強い自衛の構えがなければ、簡単に乗っ取られてしまいます。
スイスは永世中立国ですが、強大な軍事力を保有していますね。それがなければ、どんなにカッコイイことを言っていても、すぐに侵略されてしまいます。

(*永世中立国とは、将来もし他国間で戦争が起こってもその戦争の圏外に立つことを意味するものであり、自国は中立の立場である事を宣言し、他国がその中立を保障・承認している国家のこと)


★ 備えあれば、憂いなし ★



★「備えあれば、憂いなし」ということです。
この地球上で平和を保つためには、ものすごい努力が必要だということなんです。
「ぼくは暴力反対です。平和主義おおいにけっこうです」なんて言っているような男性は、目の前で家族が殺されかかっていても、何もせずに黙って見ているか、あるいは自分だけさっさと逃げるのがオチですね。

清輝君に見られるような一見「平和主義者」であるかのような子どもたちは、結局精神的にも肉体的にも傷つき、地獄のような毎日を送って、ついには死んでいったわけですから、非常に可哀そうです。
まちがった「形ばかりの平和主義」の被害者と言ってもよいでしょう。

だいたい「二元性の世界」で生きているわたしたちに真の「平和」というものはありっこないのです。
二元性の世界」というのは、他の星にもあって、どちらに偏っても失敗するということを、過去記事で繰り返しお話ししていますね。
ポジティブに偏ってもネガティブに偏っても、問題は生じるということ。
バランスが大切なのだということです。

今は人類の意識がネガティブに偏りすぎているので、できるだけポジティブを強調しているわけですが、だからと言って、プレアデスの教訓のように、ポジティブ志向ばかりがよいのではありません。その点をきちんと深く理解してくださいネ。

(参考過去記事 わたしたちの生の目的は両極を学び、体験し、統合すること ―プレアデスの教訓を生かそう)

この地球は、「善も悪も同じコインの裏表であり、ひとつなんだ」ということが理解できていない世界です。
理解ができていたなら、もっと早くにアセンションが完了していますよ。(笑)

わたしたちはこの両極の世界の中で、「支配者(迫害者)側」と「従属者(被害者)側」の役割を演じながら、その体験からいろんなことを学んでいるのです。オリオンのように。



OSHOはつぎのように言っています。

服従は奴隷の世界では最高の価値がある。
どの教育システムも、どの社会、文化も、
服従を価値あることとして主張してきた。

そして、あなたがたに言うが、
全人類を不幸にしてしまったのはこの服従なのだ。
この危機の全体は服従ゆえのものだ。
人々は何に服従し、何に服従しないかを選ぶことができるように、
知性的でいる用意ができているべきだ。




ハート
あなたは両親の言うことを聞き、学校の先生の言うことを聞き、
あるいは信仰する聖職者の言うことを聞くように教えられてきました。

しかし、あなたは一度も「自らのハートに耳を傾けなさい」と
教えられたことがなかったのではないでしょうか?

教育は大切です。
あなたの大切な子どもたちに、まず「自らのハートに耳を傾けること」を
教えてあげてください。
そして、自らの尊厳のために、魂を他に売り渡すことなく、
力強く立ちあがる勇気を、
ぜひ教えてあげてほしいと思います。





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