これからの男性の生き方を考える―武士道における〈仁〉

2011年08月25日 09:45


★ 読者のご希望に応えて ★



アンケートで、今後【 取り上げてほしい内容 】として、「これから 男性の生きる道」と書かれた30代の男性がおられたのを記憶していて、ずっと気になっていました。
このブログは女性の訪問者が圧倒的に多いので、どちらかというと、女性向きになっていると思います。
光の仕事人も、今生では女性として生まれていますし、(時々男性だと思い込む人もいらっしゃるようで、あとで女性と知って驚いたりされていますが。笑)これからは女性の時代だと思っているので、どうしても女性性の方を尊重、重視して書く傾向があるように思います。

それで「これから 男性の生きる道」について、何を書こうかと考えたのですが、日本の男性の象徴と思われる「武士道の精神」をベースとして、何回かに分けて書きたいなと思います。
なぜなら、「武士道」には男性の理想像がたっぷりと内包されているからです。
古きを温(たず)ねて新しきを知る」ということで、わたしは現在の男性には「武士道」の精神を思い起こすことが必要で、その探究をおススメしたいと思っております。


★ 武士道における〈仁〉



運命に任すという平静なる感覚、不可避に対する静かなる服従、危険災禍に直面してのストイックな沈着、生を卑しみ死を親しむ心…。

真に勇敢なる人は常に沈着である。彼は決して驚愕に襲われず、何ものも彼の精神をみださない。激しき戦闘の最中にも彼は冷静であり、大事変の真中にありても彼は心の平静さを保つ。


このような武士道に対して、「これらを寄与したのは仏教である」と、新渡戸稲造氏はその著「武士道」のなかで述べておられます。
もともと日本の武士の思想は神道理念から発祥したもので、儒教思想も取り入れられて徳川時代初期に確立したものだとされていますが、新渡戸氏が言われるように、武士の死生観はおおいに仏教、あるいは「禅」とかかわっているように思います。
おそらく剣の達人、剣の究極を極めた人は、多かれ少なかれ禅的な境地を体験しているはずだからです。

新渡戸氏は「最も剛毅(ごうき)なる者は、最も柔和なる者であり、愛ある者は勇敢なものである」というのは普遍的真理であると述べ、武士の情(なさけ)として、(じん)、惻隠(そくいん)の心が大切だと語っておられます。

〈仁〉とは、愛情を他に及ぼす(思いやり)という意味ですが、儒教では〈仁〉は一切の徳の中心となる美徳となっています。
惻隠(そくいん)は、あわれみという意味です。

「愛、寛容、愛情、同情、憐憫(れんびん)」は、古来最高の徳として、すなわち、人の霊魂がもつあらゆる性質のなかの最高のものとして認められていたということです。
弱者、劣者、敗者に対する〈仁〉は、特に武士にふさわしい徳として称賛されたのです。



新渡戸氏は「武士道」の第五章に「須磨の浦の激戦」での熊谷次郎直実(くまがやのじろうなおざね)と平家の美しい少年敦盛(あつもり)との物語を載せておられます。

この話は「平家物語」に記されており、また謡曲「敦盛」で演じられる内容です。あまりにも有名な場面なので、ご存じの方も多くいらっしゃることと思います。
いつ読んでも直実(なおざね)の優しさと憐憫の情に感動する悲しいと同時に心が暖かくなる物語です。
まだこの「須磨の浦の激戦」の場面をご存じない人のために、新渡戸氏の文面をできるだけわかりやすく訳して載せておきたいと思います。


★ 熊谷直実と敦盛の物語 ★



須磨の浦の激戦(西暦1184年)は我が歴史上最も決定的な合戦のひとつであったが、そのとき熊谷直実は一人の敵を追いかけ、相手をそのたくましい腕に組み伏せていた。
このような場合、組み敷かれた者が高い身分の人であるか、もしくは組み敷いた者に比べて力量が劣らない剛の者でなければ、血を流さないということが戦の作法であったから、直実は自分の組み敷ける人の名を知ろうとした。

しかし相手は名乗りを拒むので、兜(かぶと)を押しあげて見た。
すると、髭(ひげ)もまだない若者の美麗なる顔が現われた。
直実は驚き、手をゆるめて彼を助け出し、父親のごとき声をもってこの少年に「行け」と言った。
「あな美(うるわ)しの若殿や、御母のもとへ落ちさせたまえ。熊谷の刃は和殿の血に染むべきものならず、敵に見咎められぬ間にとくとく逃げのびたまえ」と。
だが、この若き武士は去るのを拒んだ。
そして、双方の名誉のためにその場にて「おのれの首を打たれよ」と、直実に乞うた。

直実の白髪の頭に振りかざしたる白刃(はくじん)は、これまであまたの人の玉の緒(生命の弦)を絶った刃(やいば)であった。
しかし直実の猛き心は砕けた。脳裏に彼の息子の姿が浮かんだからだ。
その息子は同じ日、初陣を果たすために出陣のホラ貝の音とともに駈け出していったのだ。

直実の力強い腕が震えた。
そして、もう一度逃げるように頼んだが、若武者はきかなかった。
やがて味方の軍兵の近づく足音を聞いて、彼は叫んだ。
「今はよも逃し参らせじ、名もなき人の手に亡われたまわんより、同じうは直実が手にかけ奉りて後のご孝養をもつかまつらん。一念弥陀仏、即滅無量罪」
一瞬、白刃が空中に閃き、振り下ろされたときには、その刃は若武者の血で紅く染まっていた。

戦が終わり、直実は凱旋したが、彼はもはや名誉を思わず、弓矢の生涯を捨て、頭をそり、僧衣をまとって、弥陀の浄土を念じ、西方に背を向けないと誓い、その余生を神聖なる行脚に託したのである。



新渡戸氏は、「この物語には作り話めいたところがあって批評家から非難を受けるかもしれないが、優しさ、憐憫、慈愛がサムライのもっとも惨慄(さんりつ)なる武功を美化する特質であることを、この物語が示すことには変わりがない」と述べているのです。

このように、〈〉すなわち〈愛・慈悲の心〉は、世界中で王者の道に必要不可欠な要素であり、サムライや戦士にとっても同様、最高の徳だとされています。
このことからも、男性であろうと女性であろうと、愛と慈悲の心を持つことは、まちがいなく必要で、それが高貴な意識であることがわかりますね。

今もなお無意味な戦いを繰り広げ、多くの弱い女性や子供まで殺害している世界中の兵士たちに聞かせたい話です。

この「武士の情け」については、ヨーロッパ文学のもっとも気高い詩のなかに見出されます。
新渡戸氏は、このよく知られた一節を日本の紳士に見せたら、躊躇なく、このマンチュアの詩人(古代ローマの詩人ウェルギリウスのこと)はわが国の文学を盗んだと非難するだろうと語っています。
下記の詩がそれです。


敗れたる者を安んじ、
たかぶる者を挫き、
平和の道を立つること
―これぞ汝が業(わざ)
   (新渡戸稲造著 矢内原忠雄訳)


敗れたる者を慈しみ、
おごれる者を挫き、
平和の道を立つること
―これぞ汝が業(わざ)
   (新渡戸稲造著 奈良本辰也訳)




うす紫の朝顔
   うす紫の朝顔 撮影 光の仕事人



★つぎのOSHOのことばを併せてお読みになり、愛の根の部分にフォーカスしてみてください。


私たちは愛の根に注目したことがない
そして花についてだけを語ってきた
私たちは人々に言う―
非暴力的でありなさい
慈悲深くありなさい
敵を愛するほど、隣人さえ愛せるほど愛にあふれていなさい―

愛の花については語るが
その根に関心を持っている人はひとりもいない

問題は……
なぜ、私たちは愛にあふれた存在ではないのかということだ
それは
この人、あの人、友人、敵に対して
愛にあふれているかどうかではない
問題は、あなたが愛にあふれているかどうかだ

あなたは自分の肉体を愛しているだろうか?
自分の肉体を気づかい、愛をもって触れたことがあるだろうか?
自分を愛しているだろうか?

あなたはまちがっている―
自分を正さなければならない―
自分が罪人だとすれば、聖人にならなければならない
―どうやって自分を愛せる?
自分自身をも受け容れることができないというのに―
自分自身を受け容れること―それが根だ!

プラスチックの造花は、いつまでも変化しない
プラスチックの愛は変化しない
生ある花は変化しないではいられない
刻一刻と変化してゆく
今日はそこにあり―
風に吹かれ、陽を浴び、雨のなかで舞っている
だが明日はもう見えない
それは
現われたときと同じ神秘さをもって消えてしまった

真の愛は生きた花のようなものだ

                By OSHO  




ユリ
 どこからか来て、自然に根付いて
         庭に咲いたユリの花   撮影 光の仕事人



                  

ハート
〈仁〉、すなわち〈慈愛〉は母のようであり、
女性的な柔和さをもった徳です。

〈義〉や〈勇〉を重んじた武士の精神に、
この〈仁〉が最高の美徳として存在するということを、
男性の方々に覚えておいていただきたいと切に思います。






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