猫たちのバラード その1

2011年07月03日 07:25


★ 猫をこよなく愛する人へ ★



動物愛好家には「猫をこよなく愛する人」と「犬をこよなく愛する人」がいます。
なかには「どちらも好き」という人もいますが、猫と犬とではあまりにも趣向が異なるので、猫派と犬派の人間像も、はっきりと分かれてくるのではないかと思います。
どんな動物を愛するかで、人間の生き方そのものが、顕著に現われているのがわかります。興味深いですね。
今回は「猫をこよなく愛する人」たちに向けて発信します。



★先日ご紹介した「ミッチェル」のことをお話しする前に★



台所近くで子猫の鳴き声が聞こえるようになったのは、6月初旬のことでした。
またノラのお母さんが赤ちゃんを産んだか、あるいは、連れてきたんだな…と、いつものことで、さほど気にも留めていなかったのです。

炊事場の窓の向こうには、屋根つきの簡易倉庫があって、いらなくなった布団や段ボール箱、タイヤ、夫が仕事で使う道具類が、無造作に並べられています。その辺りはノラ猫たちの通り道になっていて、ガラス越しに猫の影を見ることがよくありました。

そこは、猫にとっては子を産んだり、育てたりするのには、とてもよい環境なのです。何しろ隠れるところがいっぱいありますから。
このブログに時々登場する仮称ビーとメリーもそこで生まれました。
彼女たちのお母さんは、子猫たちに会いに来る途中で交通事故に遭い、路上で死んでしまったのです。

まだへその緒がついた生後3日ほどの赤ちゃんでした。
この子たちを育てなければ…という思いで、それこそわたしが「猫のお母さん」になって、日夜世話をしたのです。
子猫がわたしのところに来てからは、家を留守にすることができなくなり、好きな旅もできなくなってしまいました。
彼女たちはわたしを「ママ」と思っていて、おとなになっても「抱っこして」と飛びついてきたり、膝に乗ってきて甘えます。

動物でも人間でも、子どもを産んだらママになるのではありません。
日夜愛情をこめて「マンマ」を与えてくれる存在が、文字通り「真のママ」なのです。


           ミルクを飲む子猫                 
              ミルクおいちいです! 
              わが家で育てた赤ちゃん第1号



★ 黒のベイビーとの出会い ★



6月になって、頻繁に子猫の鳴き声がするので、倉庫へ足を運ぶと、地上から2メートルほどあるところに渡してあった板のあいだから黒っぽい小さな顔が見えました。
わたしを母猫だと思ったらしく、しきりに動き回り、板と板のあいだから手を出したりして、今にも落ちてきそうでした。(通常ノラは人の気配がすると、鳴くのをやめ、身を潜めます)

あとからかけつけてきた次女と長女がその様子を見ている最中に、「黒ちゃん」は案の定落っこちてしまったのです。
幸いどこにもケガはなく、黒ちゃんは元気でした。
さて今後どうしたものかと思案しているうちに、長女が自ら育てると言いだしました。(うちの家族は皆猫が大好きなのです)
すでにメス猫が2匹いるし、(黒ちゃんもメスでした)まさか長女が引き受けるとは思わなかったのですが、「黒ちゃん」と長女は、新しい縁を結びました。

いくら幼くても、野生の子猫は人に対する警戒心が強く、フーフー言って威嚇し、つかまえるとギャーギャー鳴いてあばれたり、爪でひっかいたりするものです。
ところがこの黒のベイビーは、全く人みしりをせず、すぐになついてしまったのです。
早速猫ミルクと哺乳瓶を買いに行き、長女の「子育て」が始まりました。
何でも、女性性意識を高めたいのだとか。(笑)


黒のベイビー
わが家にやってきた黒のベイビー 撮影 光の仕事人


★ 縞のベイビーとの出会い ★



それから数日後、また同じ場所で別の子猫の鳴き声がし始めました。
黒猫のお母さんが、もう一匹赤ちゃんを連れてきたのです。
次女の目撃情報によりますと、今度は黒ではなく、茶とこげ茶の縞模様らしいのです。
2週間後、その子がわたしのところに来ることになろうとは、当時は夢にも思っていませんでした。

21日の午前中からしきりに子猫の鳴き声がしていて、何か尋常ではない様子を感じたので、常日頃は行くこともない倉庫へ行ってみたのです。
あとからやって来た次女と一緒に、いろんなものを取り除いているうちに、とうとう麻ひもの束の上にいた子猫を見つけました。

鳴いていた理由はすぐにわかりました。
片足に幾重にも麻ひもが巻きついて動けない状態になっていたのです。(まさしく二進も三進も行かない状態です)
わたしたちを見た子猫は逃げようとしましたが、後ろ足がつよく引っ張られ、今にも足がちぎれそうになっていました。
ハサミで5~6箇所切り離してやると、子猫はすぐに逃げてどこかへ隠れてしまいました。
しばらくして、子猫を追跡していた次女が大声でわたしを呼びました。

戻ってみると、次女がつかまえた子猫の足には、まだひもが残っていました。
それは麻ひもではなく、麻ひもをまとめて結んであったビニールのひもだったのです。
ビニールひもは後ろ足の中央辺りをきつく締めつけていて、皮膚に深く食い込んでいました。(また、どうしてそんなことになったのか?)
「昨夜から母猫と子猫が鳴き続けていて、何か変だと思っていたんだよね。今朝はカラスまで来ていて、うるさかったし…」
次女は腑に落ちたらしく、そう言っておりました。

血が止まった状態で、足先はグローブのようにパンパンに腫れ、ひもを取り除いた箇所からは膿が出ており、壊疽も始まっているようでした。
ほんとうに見るも無残な状態だったのです。
そのまま放置しておけば足は腐り、子猫は死んでしまうと予測できました。

「この子を助けないと気がすまない」と言う次女に対して、まずは獣医師に診察をしてもらうように促しました。
わたしはその子の足が治るかどうかをハイアーセルフに尋ねました。
治る」。それが、答えでした。

動物病院での診察結果は、3日ほど様子を見て、足が固くなってしまったら、切断するということでした。
まだ治る可能性はわずかに残っているようで、「今できることは足指に血液が行くようマッサージをするのみ」ということでした。
切断する必要はない。治る
何度尋ねてもハイアーセルフの答えは変わりませんでしたから、不安は全くありませんでした。

その夜、長女にその子を支えてもらい、足のマッサージを試みました。
「縞のベイビー」は、「黒のベイビー」とは違って、最初は誰に対しても大きな口を開け、フーフーと歯をむき出して怒るので、手出しができにくい状態だったのです。
ところが、つかまえてしまうと急におとなしくなって、わたしが足をさわってもいやがりませんでした。

足先は干からびたように少し固くなっていましたが、ひとつずつ指先と肉球をもみ、足先へと血流を送るよう静かにさすり、そのあと、手のひらから光(プラーナ)を送ったのです。

わたしの場合は、レイキのようなシンボルやマントラは必要ありません。ただ、「光よ、来てください」と言って、手をかざすだけです。
1時間ぐらい続けると、グローブさながらにパンパンだった足の腫れがすっかりひいて、毛を刈られた足全体がピンク色に変化していました。
1時間前の足の状態を見て知っている長女は、その変化に「すごい!」と驚きました。

獣医師からは注射をしに毎日来るようにと言われていたようですが、翌日は「行く必要はない」と判断し、病院には行かず、再度手から光を送ることにしました。
その日はもうわたしひとりだけで十分対処できました。その子はわたしの膝の上で2時間もおとなしくじっとしてくれていたからです。

ちぎれそうに見えていた傷口に肉が盛り上がってきて、悲惨な様相はすでに姿を消していました。
これならもう大丈夫だと確信し、その夜は安堵の眠りにつきました。

その夜、黒猫のお母さんが心配して息子を呼びに来ていました。
壁越しにミッチェルもそれに答えて鳴いていましたが、わたしは大きな声で母猫に言いました。
「息子さんはここで預かっていますよ~。ケガをしているので、今治療中だから、心配しないでね~」と。


★ ミッチェルと名づけた理由 ★



翌朝、ミルクをあげようとバスケットから出したとき、何と「縞のベイビー」は、よたよたしながらも、傷ついた後ろ足を使って歩き始めたのです。
21日の時点では「切断しなければならないかもしれない」と言われていたのに、23日には床にその足をつけて歩けるまでになっていたのです。
これにはびっくりしましたね。子猫の自然治癒力のすばらしさに脱帽です。

その後、子猫を病院に連れて行った長女と次女の報告では、いつも苦虫をつぶしたように無愛想な獣医さんが、目を細めて「よかったね~」と喜んでくれたとのこと。

足の切断を免れたオスのベイビーを、わたしは「ミッチェル」と名づけました。
なぜ「ミッチェル」なのか、このブログを毎回読んでくださっている皆さんなら、もうおわかりですね。
つまり、医師から片足を切断しなければならないと宣告されたのに、切断することを承諾せず、ヒーラーによるヒーリングで奇跡的な復帰を遂げたミッチェル・メイ氏の名にちなんでつけたというわけなのです。

(詳細は、2月15日の記事「許しと癒し―ミッチェル・メイ氏からのメッセージ」をお読みくださいね)


ミッチェル2.
  元気になったミッチェル 撮影 光の仕事人


ミッチェル。可愛い名前ですよね。
「縞のベイビー」には、ぴったりだと思います。

ミッチェルがうちにやって来た時の体重は380グラムでしたが、10日後には550グラムになっていました。
毎回体重を量らない病院ですが、「大きくなったねぇ~」と、獣医さん自ら体重を測ってくれたそうです。
(へぇ~、あの獣医さんがねぇ~)
ミッチェルは病院の皆さんに大人気で、関係ないと思われる女性職員までわざわざ見に来るのだとか。(笑)

うちに来てから10日余り経った現在、「そんなに走らないで!」と心配するほど、ミッチェルは超スピードで走れるようになりました。
足の状態は皮膚が再生している途中なので、まだ完治してはいませんが、猫じゃらしで遊んだり、軽くジャンプしたり、砂のトイレでもしっかりと足でかいて、じょうずに用が足せるようになりました。


★猫の成長はとても早いです。
「ここでするんだよ」と一度砂場を教えただけでちゃんと覚えているし、おしっこやウンチはちゃんと隠しておきます。
「なんて行儀のよい動物なんだろう!」と、いつも感心しますね。

犬に比べ、猫は「想像してひとりで遊ぶ」という優れた能力をもっています。
小さくまるめたナイロン袋やヒモなどの何でもないものを、獲物とみなして遊ぶことができます。
たとえ、何もなくても、「ある」とみなして遊ぶことができるのです。
たとえば、自分の影を追いかけてみたり、両の前足を上げて何かをつかんでいる真似をしてみたり。

猫はとても賢く、身体はしなやかで、上品です。
自由であることをもっとも大切にし、自分の意に沿わないことは素直にからだで表現し、人間に迎合することは決してありません。常にマイペースです。
家の中で最も快適な場所を見つけ、ゆったりとした静かな時間を過ごしている姿は、じつに優雅で、まるで覚醒した神秘家のようでもあり、王者の風格を感じます。

猫の有様は、人間にさまざまな気づきをもたらしてくれます。
日常を慌ただしく過ごし、くつろぐことを忘れている人間たちや、人の顔色を見てびくびくして生きているような人間たちは、少しは猫を見習ってはいかがですか? と思いますね。



ミッチェルは毎夜わたしのまくらの上で眠るようになりました。
ミッチェルの目とわたしの目の間がたった5センチくらいの近距離です。
心をひらいてくれたミッチェルといつまで一緒にいられるのかな? と思います。
彼との縁は今生で初めてであり、さほどのつながりは感じられないからです。


     ミッチェル1
         ねんねするミッチェル   撮影 光の仕事人


わたしのふとんの上は、大きな猫のお姉さん(おばさん?)たちの寝場所でもあります。
彼女たちは赤ちゃんのときからそのふとんの上でいつも遊び、眠ってきました。
足元で2匹が寝そべると、重くて動きがとれないこともあります。
二階で育てられている「黒のベイビー」も、わたしの部屋に来たときは、ふとんの上で気持ちよさそうに眠ります。
人間の娘たち(もう子どもを産んでお母さんになってもいい年頃の娘たちです)も、わたしの部屋に来ると、しばしばそこで眠ってしまうことがあり、わたしの寝床は猫と人間の避難所みたいになっています。(笑)


今回は報告のみになりましたが、次回は「猫との霊的な関わり」について書く予定です。
お楽しみに。




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