存在を信じ、自らをゆだねる勇気を持つこと 

2011年06月19日 15:20


★ 明け渡すとは? ★



★「明け渡す」という言葉がありますね。
英語では、「譲り渡す、降伏する、放棄する」などの意味を持つ「サレンダー(surrender)」がよく使われていますが、受け取り方は、千差万別です。

自分を「明け渡す」というのは、一体どういうことなのでしょうか。
今回はそれについてお話をしたいと思います。



★ 男性は明け渡すことが困難 ★



★男性は、「自分を明け渡すこと」がなかなかできない存在です。
「降参しました、あなたに従います」と、犬さながらにお腹を見せて、相手に服従の意志を見せることなんて、とうていできません。
エゴは、「自分は死んでも明け渡すまい」と固く決意し、最後まで戦います。

敵に降伏するくらいなら、死んだほうがましだと思うわけですね。
そして、負けて、生き残ってしまったときは、自害して果てるほうを選びます。
「自害さえもできずにいる男なんて、男じゃない!」くらいに思っているんですね。
どの国の戦士、武士たちも、そこのところは共通しているのではないかと思います。

男性の場合、相手に自分を明け渡すことは「自尊心が許さない」のです。
つまり、自分の命よりも自尊心のほうが大事なわけですね。
だから、なかなか自分の悩みなども打ち明けようとはしません。
自分の情報を相手に伝えることを躊躇します。
そういう意味で、「気づきのコース」に参加されなかった男性もおられるようですが。

このように、男性にとって、自我(エゴ)を明け渡すことはとても困難です。
相手が敵であろうが、大いなる宇宙意識という存在であろうが、同様です。

しかし明け渡すことはできないけれども、エゴを殺すことはできるのです。
自分のなかにあるエゴを殺し、消滅させて、覚醒することはできます。
ゴータマ仏陀は「我を消滅」させて正覚者となった代表的な人物です。



★ 女性は明け渡すことが容易 ★



★では、女性はどうでしょうか?
日本の歴史をみても、女性は政略結婚などで敵国の支配者の元に送られても、健気(けなげ)に生きつづけました。
また、夫が戦いに敗れた後、夫の敵だった殿様の妻になることも多々ありました。
敵のところに行くくらいなら、死んだほうがましだとは思わなかったわけですね。
男性と女性のこの違いは、いったい何なのでしょうか?

女性には節操がない? 
「それを言っちゃーおしまいよ」(笑)
寅さんの名文句じゃありませんが、それは「ちがう」と言いたいのです。
(なかには自害した女性もいますが、彼女はマインド思考の、男性性の強い女性だったのではないでしょうか?)

女性は「自分を明け渡すこと」ができやすい存在なのです。
あなたに従います」と、全面的に自らをゆだねることができる質を持っているのです。
敵国の王の元に送られた女性たちは、決して自害などをしませんでした。
そして、エゴを殺すこともしませんでした。
エゴを消滅させることもなく、彼女たちはエゴをすっかり明け渡したのです。



★ 明け渡すという意味  ★



明け渡す」ということは、もはや「自分自身はいない」ということです。
自我(エゴ)が落とされているという意味です。
あなたの中心の部分が消え去ったということです。

あなたという人間はまだ存在するけれども、あなたの中心的な存在であったエゴが消え去ったなら、もう守るべきものなどありません。
エゴが落ちたなら、自己防衛などはまったく必要ではなくなりますね。
エゴを殺し、葬り去り、消滅させた男性の境地は、まさに空(くう)、空っぽの状態です。

では、エゴをすっかり明け渡した女性の境地は、どうでしょうか?
彼女の境地は空っぽではありません。
満ち溢れているのです。

なぜって、何も殺さず、何も葬り去らなかったからです。
エゴを明け渡した代わりに、愛と信頼でつつまれたからです。
敵国の王に愛されて、幸せな日々を送ることだってできるのです。
わかりますか?



★上記はひとつのたとえ話ですが、どちらにしても、最高の境地にたどりつくことができるということです。
ただ、男性と女性のたどりつく道筋が違っているだけです。

男性は「自分を明け渡すこと」に苦痛を感じますが、
女性は「自分を明け渡すこと」に抵抗なく、全面的に自分をゆだね、
くつろいでいることができます。

女性は瞑想することよりも、祈ることのほうが得意なのです。
じっと座って自分のエゴを消滅させることを待つよりも、
宇宙に対して全面的にハートをひらき、祈ることのほうが得意です。
存在自体を受け容れ、祈り、そして受け容れたものを育んでいくことができるのです。
女性が男性よりも「明け渡すこと」ができやすいのは、男性にはない子宮を持っているからでしょうね。

子宮」、つまり「母胎」を英語に訳すと「MATRIX (マトリックス)」となりますね。
女性の皆さん、そのすばらしい質をぜひ有効的に使ってくださいね。


      柏葉あじさい
              柏葉あじさい 撮影 光の仕事人



★ 存在を信じ、自らをゆだねる勇気を持つこと ★



これは、自分を完璧に至高の存在に明け渡した老行者のお話です。


私は聞いた……

ある行者が物乞いをしていた。
彼は年老い、視力も衰えていた。
彼はモスクの傍らに立って、
扉に向かって施しを乞うていた。
そこに通りがかった者が言った、
「あんた、どこか他所(よそ)に行った方がいいだろうに。
これはあんたに何か与えられるような人の家ではないよ」

行者は尋ねた、
「誰にも、何も与えないような、家の主なんているものかね?」

通りすがりの者は答えた、
「頭がおかしいのかね、おまえさんはここがモスクなのを知らないのか?
この家の主は、偉大なる父、神ご自身なんだぞ」

行者は顔を上げ、モスクを仰いだ。
彼のハートは焼けつくような渇望でいっぱいになった。
内なる声が話しかける、
「だが、どうしてわしがこの扉の前から、動けるというのじゃろう?
これは究極の戸口じゃ。これ以上の扉など、一体どこにあるというのじゃ?」

強固な決意が彼の内側に育っていった。
動かしえない岩のように、彼のハートはこう宣言した、
「わしは手ぶらのまま、ここから去りはせん。
あとで何を手にしたにせよ、ここから手ぶらで去ることにした連中は、
実は何も得てはおらんのじゃから」

彼はモスクの階段のそばに座り込んだ。
彼は天に向かってその空っぽの両手を差しのべた。
彼は渇いていた―
そして渇きそれ自体が祈りだ。

日々は過ぎ去り、季節がめくられていく……
夏が過ぎ、雨季が過ぎ、冬も終わりを告げていた。
ほとんど丸一年が過ぎ去っていた。
老人の最期も近かった。
が、彼の生涯の最後の日々に、
人々は、彼が踊る姿を見た。

その目は、この世ならぬ輝きをたたえていた。
彼の年老いた身体は、光を放っていた。

死を前にして、彼はある人にこう語った、
「たずねる者は、達成する。
人は自らをゆだねる勇気をもつことだけが必要なのじゃ」


自らをゆだねる勇気―

自分自身を滅する勇気―

空(くう)となる勇気―

自ら消え去る用意のある者が、成就を達成する……
自ら死ぬ用意のある者が、生を獲得する。

             OSHO 「知恵の種子」より




自らをゆだねる勇気」、「心からの明け渡し」は、霊的段階における最高の到達点です。

皆さんの意識レベルによって、このお話から得られた気づきは、それこそ千差万別でしょう。
たった一つの文章であっても、それをどのように感じるか、どのように解するかは、あなたの意識レベルによって異なります。

昨日のあなたと今日のあなた、1カ月前のあなたと1カ月後のあなた、感じ方、とらえ方はどんどん変わっていくことでしょう。
ですから、性急に答えを出さないこと。
答えが得られるまでのプロセスを楽しみましょう。
そして、その答えも、さらなる深遠な答えへと変化し、進化していくのです。


行者は語っています。
たずねる者は、達成する。人は自らをゆだねる勇気をもつことだけが必要なのじゃ」と。

準備ができた人とは?
存在を信じ、自らをゆだねる勇気をもった人」であること。

もしあなたに恐れや不信感があったなら、ゆだねたあとでも、あなたは何かをしようとするでしょう。
何かをするなら、あなたはまだまだ自分(エゴ)を保有しているということです。
そのような不完全で部分的な明け渡しは、まったく明け渡しなどではありません。

半分だけ明け渡すことなどできるでしょうか?
きっともう半分がエゴを主張して、全面的な明け渡しに反対することでしょう。

明け渡しは全面的にすることしかありえません。
トータルに明け渡すこと。 
それが、光につながる道なのです。






最新記事