一期一会の精神で生きよう!

2011年06月15日 15:00


★ 今生で貸し借りのない関係にしておくこと ★ 



この世の中は、人に何か自分の能力や労力を提供したときに、それに見合った(見合っていない場合も多いようですが)報酬をいただくという関係で成り立っています。仕事はすべてギブアンドテイクの関係です。

人に無料奉仕をする場合でも、神への最高の奉仕者であったマザーテレサのような例もありますから、奉仕と言っても結局のところは「ギブアンドテイク」なのだと言えるでしょう。
つまり、可哀そうな人たちをお世話する代わりにイエスから愛をもらう、神から愛されることを求める、天国行きの切符を手に入れるためにおこなうということですね。

たとえそれが「善なるエネルギー」であったとしても、相手にプラスに働くとばかりは言えないことがあるのです。

奉仕をする側からすれば、「自分は善いことをした」と、すこぶるいい気分になるかもしれません。
しかし、奉仕をされた側からすると、ずっと与えられっぱなしで何かを返さないでいると、大きなカルマを作ってしまうことになるのです。
つまり、「見えないエネルギー上の借金」ができてしまうわけですね。
ですから、そのもらった分を、いつかどこかでお返ししなければいけなくなるのです。
人にもらうばかりで、得をしていると思っていたら、大マチガイだということです。
これに気づいている人は、案外少ないのではないかと思います。
(実際に金銭を借りているような人は、早くお返ししておくことですね。また、くれぐれも、恩を仇で返したりしないように)

どんなに親しい間柄であっても、何か自分にとって有益なことをしてもらったとき、お金に代えられない大切なものをいただいたときなどは、コーヒー一杯でもおごらせてもらうとか、お花の一本でもいいのです。心からの感謝の言葉とともに、ちょっとしたものを差し上げておくことです。

相手に対して、自分の喜びの気持ちをしっかりと表現すること。
お金で返せない場合は、何か自分ができることをその人にしてあげることですね。
(プレアデス星人は、等価値制でのエネルギー交換をしています)
それで、カルマの貸借対照表は「貸し借り無し」ということになります。  
もらったエネルギーに対して、それに見合ったエネルギーをさりげなくお返ししておくことは、カルマを来生に持ち越さないためにも、大切だということです。


エネルギーは一方通行よりも、循環するほうがお互いのために有効なのです。
宗教などではやたらに「無償の愛の実践」を説いていますね。
それは一方通行のエネルギーです。
無償の愛を実践することは確かによいことではあるのですが、相手の立場に立って考えてみると、ほどほどにしておくほうがよいこともあるのです。
知らず知らずのうちに「親切や愛の押し売り」になっているかもしれないからです。

また、最初は自分が好んで「無償の愛」でやった行為であっても、相手から何も返ってこなかったりすると、しだいに相手に対してうらみを感じたりするようになるかもしれません。
数秘で「6のエネルギー」をもっている人は、特にその傾向があるように思います。

せっかくの愛の気持ちが、いつのまにか恨みに変わるのは、バカバカしいことではないでしょうか。
だから、最初から何も期待しないことです。
あまりに期待感が強いと、必ず失望することになります。
逆に全然期待をしていないと、思わぬハッピーなことが起こったりするのです。
だからと言って、それを期待しないことですよ。(笑)

何か人に与えたり、いいことをしたりしたときに、誰からも認められないと、「もうやらない!」と反動を起こす人っていますね。
そんなことなら、最初からしなければよいのですが、根が愛情深いので、ついまた与えたくなってしまうのです。
そういう人は、たとえ後悔したとしても、それは自分が好きでやったことなのだから、それができたことに対して満足感を味わうことです。

相手から頼まれたことを一生懸命してあげたのに、今生で何も返って来ない場合は、天に貯金をしたと思えばよいのです。そして、忘れてしまいましょう。いつまでも根に持っていてはいけません。
やがてその相手は、いつかは、あなたにそのエネルギーを返すことになるでしょう。
きっとそれは何倍にもなってあなたに返ってくるでしょう。

ボランティア活動などに意識が向く人は、過去生で大勢の人にお世話になったのかもしれません。
それでボランティアの活動を通して、今生で大勢の人たちにお返しをして、カルマの清算をしているのかもしれません。
常に「因果応報の法則」がはたらいているということを、意識しておくことですね。



★ 一期一会の精神で生きよう! ★



一期一会(いちご いちえ)という言葉をご存じのことと思います。

一期 いちご」というのは、人が生まれてから死ぬまでの間、つまり「一生」ということです。
一会 いちえ」は「一度の出会い」という意味です。
つまり、「一生に一度だけの出会い」、「一生に一度だけの機会」ということですね。

わたしと皆さんも、一生に一度だけの出会いです。
もちろん、過去生で知人や友人であった人たちもいらっしゃるでしょう。
わたし自身も、このブログを通して、なつかしい故郷の星からやってきた魂たちとめぐりあい、歓喜に涙したこともあります。
それでも今回地球に生まれたわたしとの出会いは、初めてであり、そして今生が最後です。

一期一会。
この言葉は、「あなたとわたしが共有できるこの貴重な時間を大切にしましょう」という茶道の精神世界から来ています。

たとえこれから何度もお茶会を開く機会があるとしても、今回のお茶会と全く同じお茶会は二度と開くことができません。
だからこそ、このお茶の席を、「一生に一度きりの出会い」と思いなして、招く側の亭主(主人)は誠意を尽くして客をもてなし、招かれた客はそのもてなしを心からありがたく受け取るのです。
これが「一期一会の精神」なんですね。

利休のわび茶は禅の色彩を帯び、武士階級に広まりました。
武士は、いつ戦(いくさ)で死ぬかわからない身の上です。
もうこれっきりで二度と会えないかもしれない人同士が、静かにお茶を飲んで時を過ごしたのです。

庭園の路地を歩き、仕切られた門をくぐり、にじり口から四畳半の小さな空間(茶室)に入ることは、意識の異なる次元に入ることを意味しています。

小さな空間を宇宙と見ること。
湯がたぎる音を松風と聞き、一切の俗塵を払って浮世(夢の世)のことを忘れ、静寂で清浄なる世界に入っていくのです。 

茶道の精神性と作法は、遠い銀河系のベガ(織姫星)から来たものだと聞いたことがあります。
それはベガ星人にとって、意識の焦点を上昇させ、最高次元の霊性に至るためのもっとも神聖な儀式だったのです。




★ 「気づきのコース」も一期一会の精神で ★



人との出会いを一生に一度のものと思い、相手に対して最善を尽くすというこのお茶席での精神を、わたしは「気づきのコース」をお申し込みになった人たちに重ね合わせてきました。

このブログは、海外に住んでいらっしゃる方々も読んでくださっていますが、世界中から発信されている数えきれないブログの中から見つけ出して読まれていること自体が、わたしにとっては奇跡です。
その上「自己探究」をしようと「気づきのコース」の門を叩く人というのは、そのなかでもごく稀少です。
そういう方々とのご縁に感謝するとともに、メールの交換をし合い、さまざまな気づきを共有できる貴重な時間が持てることを大きな喜びとしているのです。

一日一日が、もう二度と訪れることのない貴重な時であり、機会です。
「まぁ、いいか。またにしよう」と思っているうちに、突然「気づきのコース終了のお知らせ」と遭遇されることになるかもしれません。
レポート提出がなかったり、メールのお返事が来ない人に対して、「返事をください」とお願いしているのは、近年日本人に足りなくなった相手に対する礼節(礼儀とルール)を大切にしてほしいという願いと、せっかくの「気づきのチャンス」なのに「機を逃すのはもったいないですよ」という老婆心からなのです。(実際にわたしは皆さんよりも随分歳が上なんです 笑)



★ 「気づきのコース」から緊急のお知らせ ★



突然ですが、「気づきのカードリーディング」を中止します。

最近、申し込みを受けた人で、途中からその人に憑依現象が表れたため、カードを選んでも、その人自身のものではないわけのわからない内容が出るのです。
その人が影響を受けていない時を見計らってカードを引こうと思うのですが、いつでも「いいえ」のサインが出ており、いつまで経ってもリーディングができない状態がつづいております。

じつは、「気づきのコース」をお申し込みの人たちの中で、憑依されやすい体質の方がけっこういらっしゃるのです。調べると、まちがいなく波動病症候群であることがわかります。

申し込みの時点では問題がなくても、その後憑依されたり、影響を受け始めたりする場合は、自己探究をさせまいとするネガティブな存在のたくらみであり、邪魔をしている場合が多いのです。
特に分霊にニビル人などがいる人は、強く足を引っ張られる可能性が高いでしょう。
現在の憑依のほとんどが、ネガティブ系異星人です。
そして、そういう存在の活動が、以前よりも活発化しています。
また、そういう存在を引き寄せるのは、まちがいなく「本人の意識である」ということが判明しておりますので、自己を顧みて早急に対策をお考えいただきたいと思います。

★そんなわけで、ハイア―セルフ並びに守護の神霊たちと相談の上、ご本人の波動を読む「気づきのためのカードリーディング」は、本日(2011年6月15日)から当分のあいだ実施しないことに決めましたので、お知らせ致します。

数秘リーディング」と「相談リーディング」のみ続行します。
おそらく以前よりは、門戸が開かれやすくなる(受け入れが易しくなる)のではないかと思います。


★「気づきのコース」は、皆さんのご要望にお応えして再開したものです。
商売でやっているわけではありませんので、ご要望がなければ、いつでもやめたいと思っております。
最近はあまり需要がないので、突然やめることがあるかもしれません。
その際は、どうかご了承くださいますようお願い致します。



★ わたしたちは二者択一の岐路に立っている ★



先日お話をした映画『マトリックス』で、主人公のネオは、二者択一の岐路に立たされます。

ネオを救世主だと信じる男、モーフィアスは言います。
「マトリックスの正体はだれにも説明できない。自分の目で見るしかない。
これは最後のチャンスだ。もう後戻りはできない」

彼はふたつのカプセルをネオに差し出します。
「青い薬を飲めば、話は終わる。ベッドで目覚め、元の暮らしが待っている。赤を飲めば、この不思議の国でうさぎの穴の奥底に降りていける」(これは、「不思議の国のアリス」の話に譬えています)

つまり、青いカプセルを飲んで何も知らずに奴隷として生きるか、赤いカプセルを飲んで真実を知るか、どちらを選ぶのかと、ネオに迫っているわけです。
そして、ネオの指は赤いカプセルへと動きます。

わたしもモーフィアスと同様のことを言いましょう。

青いカプセルを飲んで、これまで通り幻想(仮相)の世界で生きることを望みますか? 
それとも、赤いカプセルを飲んで真実の世界へと参入すること(真の自己を知る道)を望みますか?

わたしは「真実の世界」の入口まで、皆さんをご案内しております。
扉は目の前にあります。
その扉を開けるのは、誰でもないあなたです。

扉の向こうには、不思議の国の冒険が待っているでしょう。
冒険には危険が伴います。
恐れていては、一歩も前には進めません。

開くか、開かないか、
どちらでも、選択は自由です。

扉の前に置かれた青いカプセルと赤いカプセル。
さて、あなたが飲むのは、どちらでしょうか?





最新記事