教育とは ― その2 真の教育はあなたの中にある潜在能力を現実にすること

2011年01月17日 20:00


★ 教育とは何かを考え直すのは今 ★



わたしの教師時代を思い出したので、前記事で思いのままに綴りましたが、なぜ今「教育」を思い起こさなければならなかったのかを考えてみました。

「教育改革」が、今緊急に必要だからです。
国の政策のなかでもっとも顧みられていないのが、「教育」です。
いつの時代も未来をつくる子どもたちの一番重要な「教育内容」が置き去りにされてきたのです。

今の学校は、「物質世界」や「物質世界で生きるための方法」を教えているだけです。
しかし、もうこのような時代は終焉を迎えつつあります。
これまでの学校が、教師が、子どもたちに教え込んできたことは、もはや何の役にも立たないのだということを知るときが、刻々と近づいてきているからです。
そのときに気づいても遅いのです。今気づく必要があるのです。
教育とは何か?」を根本から考え直すべきときは、まさに今なのです。

このブログの読者さんの年齢層には幅があり、高校生から50~60代の主婦まで老若男女千差万別です。
スピリチュアルなことに関心を持たれている方が、子育てをすでに終えた40~50代に多く、小中学生のお子さんを持たれている若い人は、意外に少ないと言えるかもしれません。

また、一番「子どもの教育」について関心を持ってほしい20代~40代の親たちが、まったく「教育」に関心を持っていないのでは? と感じるのですが、いかがでしょうか?
子どもの教育は、本来その子の両親がおこなうものであって、学校に全面的に依存するものではありません。
現在、親になっている人たちが親になっていない。つまり、彼ら自体が精神的には子どもなので、教育などできない状態なのかもしれませんが、そのつけは彼らの子どもにいくのです。
まあ、その子どもたちも、そういう親を選んで生まれたのですから、何か学びがあるのでしょうけれど。

とにかく、「教育」に関して、緊急に皆さんにお伝えする必要性があるようです。

(今現在、わたしの周りにはおとなしかいません。ですから、今の子どもたちが現場でどのような教育を受けているのか、その実態を知りません。もし昔と比べて激変したところがあったら、ぜひ詳細に教えてください)



★ 日本の学校の問題点 ★



近年、「相対評価」は「絶対評価」へと移行したかもしれません。
でも、基本的なことは、昔からさほど変わっていないのではないかと思うのです。
たとえば、記憶や暗記力にたよる学習が主で、質問に対する答えはたいていひとつしかないというやり方は、どうでしょうか?

テストでは、先生の言ったことをオウム返しに答え、教科書に書かれた内容をそっくりそのまま正確に答えると、成績優秀になるという実に摩訶不思議なやり方です。

多数の答えが出せるようなテスト問題や、自分自身の考えを入れないと合格しないようなテスト問題は、この日本の小中学校に存在しているでしょうか?

しかし、アメリカではいくつかの答えが出せるようなテスト問題が多いと聞いたことがあります。(もう20年ほど前のことです)
なぜなら、ひとつの問題に対して、たくさんの答えを認める社会だからです。
アメリカにはさまざまな人種が住んでいますから、当然いろんな考え方があるし、それを尊重しようという考えがあるわけですね。
だから、思いもよらない変わった答えが出ることを教師は待っているし、それが出たときには大いに誉めるのです。

イギリスでは、同じ教室であっても、子どもたちの進度に合わせた教科書を選んで学習させていると、何かの本で読んだことがあります。(それも20年ほど前のこと)
イギリスでは、同じ年齢の子どもたちであっても、異なった教科書を使って学習しており、教科書を丸覚えさせるのではなく、子どもたちの持っている能力を引き出すことに重点を置いていたのです。すばらしいですね。


★教育とは、子どもたちの中にあるものを引き出すこと、彼らの潜在能力を現実にすることにほかなりません。

日本の教育者は、はじめから答えを与え過ぎているように思います。
言い換えれば、子どもたちが一人ひとりでじっくりと考える機会を与えてはいないのです。

もし、子どもたちの考えを尊重するという建前で、最初に彼らの考えを聞いてみるとしても、結局は、最後には、教師は正解と思われる答えを発表するにちがいないのです。

たとえば、こんな具合です……。

先生: この詩を書いた人は、どんな気持ちでこれを書いたのだろうか? 
    みんなどう思う? 

子どもたちがいろいろと自分の感じたことを発表します。

先生: うん、うん。君たちの考えはわかったよ。
    でも、先生はこう思うんだ……。

そして、教師の説明がつづきます。
それが唯一の正解なのだといわんばかりに。

そして、テストの際、自分の感じたままを書いた子は×で、先生の考えを書いた子は○なのです。 
詩人がどんな気持ちで書いたかなんて、ほんとうのところはその詩人にしかわからないことです。
どう受け取ろうが、読み手しだいで変わってきますから、答えなんて無数にあって当然です。正しい解答も、まちがった解答もないはずです。

もし詩人自身が採点をするとしたら、いったいどうするでしょうね。
「そう簡単に他人の気持ちなんて、わかるもんじゃないよ~」
なーんて言って、全員に×をつけるかもしれませんし、
「でも、いろんな感じ方や意見があるんだねー。驚いたよ~」
と言って、全員に○をつけるかもしれません。


★わたしの次女は、幼い頃からよく質問をしました。
漢字の読み方、ことばの意味……。
次女はわたしのことを、聞いたらすぐに答えが得られる「生き字引」と思っていたようですが、あるとき国語辞典と漢字辞典を与え、すぐに人に尋ねないで、自分で調べるように促しました。

自分で調べたことは、忘れにくいし、ある程度納得もできるし、検証もできます。
ですから、辞書は座右のひとつとして貴重です。
しかし、辞書を引っ張ってみても、まだそのことばの意味がよくわからないときがあります。

たとえば、その意味を表すことば自体が釈然としないから、そのことばをさらに調べると、そこには元のことばが書かれているといった具合です。辞書の中でぐるぐると回っているだけですね。
辞書というのは、このような「ふざけた仕組み」になっているのです。
となると、自分で考え、理解するしか方法がありません。


★ 何にでも疑うことは必要 ★



何でも鵜呑みにせずに疑うことは大切だ」と過去記事にも繰り返し書きました。
疑いは、生きていくために必要なことです。
なぜなら、疑わない限り、発見することはないからです。
自分で何かを発見したなら、そこには大きな歓びがもたらされるでしょう。


「見えない世界」を感知することに関しても同様です。
たとえば、あなたには「見えない世界」を認知することができず、理解できないとします。
それで、少しはわかりたいと考え、「見えない世界」を語るさまざまな人の本を読むとします。それで、あなたは「そうなんだ」と思います。
あなたは、その本に書かれていること自体は何とか頭では理解できるかもしれません。でも、それがほんとうなのかどうかはわかりません。
だれの言っていることがほんとうで、まちがっているのかなんて、想像もつかないはずです。確証がないからです。

たとえ、アカシックレコードを読んだからって、未来のことなど、ほんとうのところはわかりません。
人類の意識も、瞬間瞬間に変化していくのです。それに応じて、現象も変化するからです。

結局その都度自分で感知しなければ、わかりようがないのです。
あなたが彼らと同じ体験をすれば、ようやくその人が言っていたことが腑に落ちるのです。

だから、今わからないからと言って、むやみやたらにすぐに答えを求めないことです。
自ら行動を起こそうともしない間から、安易に質問したり、批判したりする者は、愚か者だということです。

ブログの読者さんは、たいてい「知りたがり屋さん」です。
だから、訪問されているわけです。そして、質問もされます。
とにかくわたしのブログ内容を全部読んでください。それでも、わからないようなら、ご質問をどうぞ」と言っております。
記事のどこかにその人が求めている答えがあるかもしれないからです。
読まれていても、まだ気づいていないことがあるかもしれません。
ですから、繰り返し読み返してみてくださいとお願いしています。

また、質問をされても、すぐに答えが得られるとは思わないでほしいのです。
答えないのは管理人の自由ですし、相手にもう少し自分自身で考えてもらいたいと思うときには、あえて答えないようにしています。相手によっても、答え方は変わるのです。
「自分だけ無視されている」なんて、つまらない考えだけは起こさないでくださいね。
答えが返ってきたら「ラッキー!」くらいに思っておいてください。


★「真の教育とは?」
そう訊かれたら、わたしはつぎの和尚のことばを伝えたいと思います。


真の教育は
あなたの中に隠れているものを
―神があなたの宝として入れておいたものを―
取り出し 発見し 明らかにし
あなたを輝かせるためのものだ

Educationは
Educareという言葉からきている
それは、あなたたちを
闇の中から光へ導く、という意味だ
途方もなく深い意味だ
あなたを、闇から光へと導く

ウパニシャッドは
「神よ、我らを、虚偽から真実へと導きたまえ」という
「神よ、我らを、死から不死へと導きたまえ」
「神よ、我らを、闇から光へ導きたまえ」

これこそ、まさに「教育」の意味だ
         
          OSHO「ニューチャイルド」より





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