わたしたちから始めよう! ―意識の変容はまずあなたから―

2011年01月10日 17:00


前回の「わたしたちから始めよう!―大好きなことを仕事にしよう―」の箇所で、下記のコメントをいただきました。
だれもが一度は考えたことのあるとても大切な質問だと思いましたので、今回はその回答をみなさんにもお伝えさせていただきたいと思います。


★ あるインディゴさんからのご質問 ★ 



「他者のためになるには、どうやったらいいんでしょう?」

「ゴッホのように絵を描いたりして、たとえそれが人々の心になにかしらの影響をあたえたとしても、世間の人は上っ面しか見ずにその奥にある本質は見分けられないのではないでしょうか?」

「僕が周りの人にアセンションや目に見えない存在の話をしても、『君は変わってるね』だけで終わります。
僕は別に人を導きたいわけでもないし、ただ単純に言いたいから言っているだけですが、こんな調子じゃいつまでたっても人の意識なんか変わるとは思えません」

「僕はよくこのことで悩んでしまいます。『どうすれば人の意識は変わるのだろうか?』と。
いまだにその答えは見つかりません。何かいい知恵はないでしょうか?」


★ 変えられるのは自分だけ ★



前々回、マイケル・ジャクソンの「Man In The Mirror」について、お話をしましたね。
(忘れた人は、再度読んでみてくださいネ)


僕は鏡の中の自分から始めるよ。
鏡の彼に変われと言うんだ。
これより明確なメッセージは他にない。
世の中をより良い場所にしたいなら
まず自分を見て、自分を変えることさ。



★つまり、意識を変えられるのは、唯一自分だけなのです。
自分しか変えられません。


他人を変えたい気持ちは、とてもよくわかります。
他人に対して、とりあえず自分のしたい話をすることはできます。
説明することはできます。
でも、他人を変えることなんて、基本的にできないのです。
いくらこんこんと話をしつづけても、その人が真に理解できて、納得できない限り、その人自身が変わることはないのです。
その人に任せておくしか手がないのです。
(変わるときには、自然に変わるのです)


他人を自分のようにしたい。これは非常に危険だ。
これは暴力をふるうことだ。
他人を自分と同じようにしようとするのは醜い。
自分の観点をほかの者に説明するだけで充分だ。
それを、他人事に首をつっこんでは、自分の信じることを他人も信じるように強いるのは、
われわれがいうところのいわゆる精神的暴力に等しい


この和尚のことばを、今一度振り返って考えてみてください。

★「和尚のことば」は、過去記事 正義を唱える戦争に「愛」はない に記載。


★人には自由意志と自由選択があるのです。
宇宙は、それらを人類に与えたのです。
だから、いつも見守っている守護霊や守護神でさえ、たとえその人にどのようなひどい問題点があったとしても、その人の意識を強制的に変えることはしないのです。また、できないのです。


すべては本人の人生であり、その本人の人生を尊重しているからです。
だから、本人が守護の神霊たちにアドバイスを望めば、与えてくれるでしょう。
心から祈れば、それに対する回答は必ず与えられるのです。

だから、まず自分が変わるのです。

でも、「自分はもう『目に見えない存在』のこともわかっているし、一般人より意識が高いと思えるし、これ以上どう変わったらいいの?」と思うかもしれません。

よく考えてみれば、自分を変えるところは、まだまだいっぱいあるはずです。
意識の上昇に限界はないのです。
宇宙の神さまになれるくらい意識を高めてみることです。
そうすれば、自分を高めることが、他者を高めることにつながっていることがわかってきます。
究極的には、自分=他者であるからです。

なぜって、最初はみんな同じ宇宙の源からやってきたのです。
どの魂も、同じところからやってきているのです。
でも、どんどん下降していって、思い思いの世界に留まったために、意識レベルも千差万別となってしまったのです。
最初は知っていたはずのいろんな記憶をすっかり忘れてしまい、ほんとうにびっくりするくらい意識が低くなってしまった魂もいるのです。

★いくら「目に見えない世界」のことを語っても、信じない人や、関心を持たない人たちというのは、記憶喪失となったとても気の毒な魂です。

これは、わたし事ですが、ある法律家に霊的世界の話をしたとき、「精神病院に行ったどう?」「それに、本を出すのはやめたほうがいい」などと言われたことがありました。
「出版の自由」があるにもかかわらず、人権を尊重すべき法律家が、こういうひどいことを口走るのです。
その人は過去から何度もひどい病気に罹っており、現在自分では歩けない状態になっています。
なぜ、そんなことになっているのだと思いますか?
このブログを読んでこられたあなたなら、もうわかりますね。


★ 縁なき衆生は度し難し ★



縁なき衆生は度し難し」ということわざがあります。
「人の話や忠告に関心を持たず、聞き入れようとしない人たちは、救いようがない」という意味です。

このことわざは、もともと仏教から生まれたものです。
仏の教えに全然関心がなく、その話を聞き入れようとしない人たちは、いくら慈悲深い仏であっても、救うことができないということを言っているのです。 



★世の中には、ほんとうに聞く耳を持たない連中が数多います。
聞く耳を持たないどころか、批難までしてきます。
彼らは「目に見えない世界がまったく感知できない」ために、何も気づけないのですが、その自分の無能さを棚に上げて、相手をおとしめ、嘲笑するのです。

こういう人たちのことを「無明の凡夫」と言います。
無明」とは、読んで字のごとく、まったく「明るくない」。
つまり、「道理に暗い」ということですね。

凡夫」とは、「誤った考え、煩悩に束縛されて迷っている人」のことです。
こういう人たちは、「仏さまでさえも救うことはできない」というのですから、結局放っておくしか手がないということです。

でも、「宇宙から来た異星人の魂をもつ人たち」は、「わたしたちが初めに生まれた真の世界」を思い出してほしくて、一生懸命語るわけですね。
仏さまよりも随分とおせっかいですが、深い愛があります。



わたし自身もそうです。
このブログで、いやというほど語っていますね。
自分の意識レベルにある真実を、不特定多数の人たちに説明しています。

たいていの人は、霊的なことに少しでも関心があるから、ここを訪れるのです。
このような内容に関心のない人は、まず検索で引っかかりません。
「まちがった」と思ったら、さっさと去っていきますよね。
何かに気づく前に「さようなら」です。

でも、このブログがきっかけで、何かしら気づいた人たちは、また訪問しようかという気になって、毎回読んでくださるようになります。
そして、それぞれの魂のレベルに合わせて卒業していかれるわけですね。  
(留年もOKですが、早く気づいて卒業してくださることを願っています。笑)

★こんなふうに個々に何かに気づき、悟り、意識レベルが高くなっていかれる人が多くなればなるほど、「日本人の集合意識」が、また「地球人類の集合意識」が、上昇していくのです。

そうすると、「目に見えない世界を信じない」という低い意識から「見えなくても存在する世界がある」という一歩進んだ意識へと変わっていくわけですね。


それを、ただただわたしは願っているのです。
このブログを読んでくださっている人のなかには、異星人の魂をもった方々もいらっしゃいます。
インディゴの魂もいらっしゃいます。
そんな人たちに感化されながら、わたしも日々成長しているのです。
だから、お互いに「ありがとう」と感謝し合いたいですね。


質問してくださったインディゴさん、心からありがとうございます!
来るものは拒まず、去る者は追わず」の精神でいきましょう!

最後まで読んでくださった訪問者さんも、心からありがとうございます!





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