蛇神がもたらしたもの 

2010年12月01日 19:00


★ 蛇には母のイメージがある ★



蛇神というのは、父というよりは、母としてのイメージがとても強いですね。
蛇の古名にハハというのがあります。
昔、日本では大蛇(おろち)を羽羽(はは)と呼んでいたようですし、沖縄・奄美に生息するハブは、ハハとヘビの中間語だと考えられます。

脱皮するヘビ」は、「子どもを産むハハ」という神秘的な生命力と重なって、関係づけられます。
縄文時代には、妊婦を象った土偶が多く見られますね。
縄文時代は、蛇を表す縄目模様を貴重とする時代でもあったのです。
当時の人々にとって、蛇と母は重なり、また、同様ともいえる存在だったのではないでしょうか? 

アイヌ語で神を表す語は「カムイ」です。
それは、日本語の「カミ」に共通する祖形であるようです。
縄文語で、「ムイ」という語があり、それは「」を意味するからです。

アイヌの長老たちは「カムイの真の姿は長もの(蛇)」だと言っていたことや、縄文中期の土器がほとんどマムシを表現していることや、とぐろを巻く蛇を頭に乗せた女神像の土偶が多く出土されていることから、蛇は大地母神のシンボル的存在だったと言ってもよいのではないでしょうか。



★ 二匹の蛇が絡んだ姿は
     DNAの二重螺旋構造を示している ★




出雲大社 しめ縄
出雲大社 しめ縄


神社のしめ縄は、やはり蛇を連想させますね。
蛇が縄へと転化し、それが縄文式土器の縄目の文様になったのだとしたら、そこまで縄文人の精神的象徴となった蛇は、やはりタダモノではなさそうです。

しめ縄に象徴された「二匹の蛇が絡んだ姿」は「DNAの二重螺旋構造」を示していて、『生命の樹』を暗示しているようにも思えます。

先日紹介した理学博士の戸来優次氏は、その著『複製された神の遺伝子』の中で、
二匹の絡んだ蛇が生命の樹に見立てられたのは、生命の樹が生命科学、生命操作技術を示しており、生命操作に必要不可欠な物質がDNAで、その姿が二匹の絡み合った蛇の姿とうり二つだったからに他ならない
と述べていますが、その記述は、エンキにつけられたあだ名を思い出させられますね。

また、中国の蛇神である伏羲(ふっき)と女媧(じょか)の絡み合った姿や、天の御柱を廻って国生みをしたイザナギとイザナミを彷彿させます。

天の御柱の廻りは、蛇がとぐろを巻く姿と関係しているように思いますし、イザナギイザナミにつけられたナギナミは、やはり蛇を表すことばだと考えられます。
とすれば、人類は蛇によって生み出されたというほかないのではないでしょうか?


    中国の神  中国の蛇神 伏羲と女媧


「神と悪魔」に象徴されるニ極同士の戦い ★



旧約聖書では、蛇は邪悪なものの代表で、悪魔として取り扱われています。
でも、この悪魔の貢献によって地球文明は開化したといっても過言ではないのです。
(教会が説く)が、権威と権力と支配そのものなら、悪魔は、知恵と知性と自由そのものであるからです。

太古の昔から、世界中で神に逆らってきたのは、知性にほかなりませんでした。
神に逆らうこと自体が、無能・無知ではないという証拠です。

しかし、神(教会)に逆らうものはいつも悪魔(魔女)とののしられ、神の名のもとに罰せられてきたのです。
ただし、それは常に神が正当であるという前提においてです。
神が正当だとするなら、悪魔も正当なのです。
二極性で成り立つ世界に存在する限り、どちらも同等だからです。
優劣は、その時々の数の多さで決められているだけで、状況が変われば逆転します。

世界中に存在する「神と悪魔の物語」に象徴されている「相反する者同士の戦い」は、
この世界には必ず二極があり、未だ両極統合の解決がなされてはいないのだという真実を、わたしたちに教えてくれています。


神々は自分たちの欲望のために気に入らない者たちを殺そうとしたり、所有地や創造した地球人種をめぐって対立し、争ってばかりいたのです。
シュメール文献、エジプト神話、旧約聖書、ギリシャ神話、インド神話、日本神話、その他種々さまざまな神話には、神々の争いが記されていますね。

同様に、わたしたち人間も、世界の至るところで戦いを繰り広げてきました。
世界の歴史がすべて「闘争」の歴史であるのは、人間たちが神の遺伝子を受け継いだからと言ってもよいでしょう。

「カガミ(鏡)」の「ガ=我」を取ったら「カミ」になりますが、我(エゴ)があるのは、神自身だったのではないでしょうか?
まず反省しなければならないのは、長いあいだ地球に君臨してきた父神をはじめとする男性性のつよい神々だったのです。

これらの神々の争いが記載された多くの神話は、もともと男女両性具有を理想として造られたわたしたち人間に与えられた教訓です。
同じ過ちをこれ以上繰り返さないことが、わたしたちに課せられた使命であり、任務なのです。

未だ世界のどこかで日夜人が殺され、自らも死んでいます。
これでもかこれでもかと、殺戮はつづいています。
イラクでの自爆テロや、世界で起きている無差別テロの無意味さを皆が伝えなければなりません。
何のための殺し合いなのか、今そんなことをしている時なのか、わたしたちがするべきことは一体何なのかと……。

地球人同士で争い、殺戮するのをやめ、皆一丸となって地球の調和を目指す。
そのことに、個々人が真に気づいてもよい時期なのではないでしょうか。

わたしたちは今、自分たちの親(神=異星人)が本当はどのような存在であったのか、その真実に直面しなければならない時期を迎えています。

また、彼ら異星人が苦労して生み出したはずの地球の子どもたちに対して、なぜ抹殺しようとしたり、非情にも見捨てるようなふるまいをしたのかを知る必要があるのです。

その結果わたしたちがどのような人間になってしまったのか、今の人類のありようや状況は、自分たちの親(神=異星人)の影響であることをしかと認め、受け容れなければならないのです。
個々の人間の心の内に存在する葛藤の原因が、遥かなる太古に地球にやってきたわたしたちの両親にあったということを認めること。それが今こそ必要なのです。

ジャーメインのような宇宙の集合意識が、わたしたちの起源を克明に教えてくれているのは、わたしたちの自己証明を新たに確立することを可能とするためです。
そうすれば、個々の人間の心の葛藤はなくなり、自ずと争いはなくなり、真の平安が生まれてくるであろうからです。


旧約聖書に記された「神」という存在は、もはや役に立ちません。
そろそろ「神と悪魔を統合する21世紀の新しいバイブル」が生まれてもよいのではないでしょうか?
 
それは、わたしたち自身が創り上げるのです。
なぜなら、わたしたちは神から造られた神の子どもたちであるからです。
そして、「神々」というのは、元をただせば「わたしたち自身」でもあったからなのです。




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