蛇と呼ばれた神々 

2010年11月29日 23:05


★ 日本の蛇神たち ★



2004年の5月、わたしは奈良県の飛鳥(あすか)を散策した帰りに、大神(おおみわ)神社に立ち寄りました。

そこには大物主大神が祀られていますが、この大物主は蛇のかたちで信仰されている神でもあるのです。
「巳(み)の神杉」と呼ばれる古い大杉の前には、卵や酒が供えられていて、そこで人々が手を合わせる姿を見かけました。

もともとその辺りに栄えていた出雲系の三輪君(みわのきみ)族、大神氏が、三輪山に棲む蛇神を祀ったことから始まったという説がありますが、その蛇神が大物主なのです。

★蛇神は水神、雷神の霊能を持ち、水を施し、豊饒をもたらす農業の神でしたが、のちに酒造の神、薬の神としても崇められるようになったと伝えられています。


三輪山神話」には、こんな伝説があります。
イクタマヨリビメに、夜ごとに男が通ってきて、だれかわからぬまま彼女は身ごもります。
両親は、糸巻きの糸を針に通し、針を男の着物の裾に刺せと教えます。
翌朝、糸をたどっていくと、美和山に続き、神の社で終わっていました。
それで男が「三輪山の神」であることがわかったという内容です。

また、「三輪山の神が蛇の神である」という言い伝えは、「日本書紀」の「雄略天皇七年の七月の条」にもみられることから、蛇神が存在したことは史実と思われます。

ほかにも、この大物主は、出雲の国造りの大国主大神と同一の神だという説があります。
またはオオナムジ(大国主大神のこと)の幸魂(さきみたま)・奇魂(くしみたま)であるとも言われています。

つまり、大国主大神が自分の御魂を祀ったのが大物主だということのようです。
三輪山の神は大地の主の蛇」であるが、「大地の主である大国主も蛇であった」ということですね。

大物主が、物部氏の祖であるニギハヤヒ(正式名 天照国照彦 天火明 櫛玉饒速日命(あまてるくにてるひこ あめのほのあかり くしたまにぎはやひのみこと)別名火明命であったという説もあります。
わたしはその説を支持しますが、そのニギハヤヒが共に国を造り上げた先住民の代表であるアビのナガスネヒコも、「」だったのです。

アビは、アイヌ語や朝鮮語で「」を表すことばです。
ナガは長いという意味もありますが、ナーガ(サンスクリット語で蛇を意味する)を「」というふうに解釈すれば、蛇神を祀る三輪山とかかわってきますね。
ニギハヤヒ火明命(ほのあかりのみこと)とも呼ばれるため、蛇神信仰と火神信仰が合体して、「アビのナガスネ」になったのかもしれません。
どちらにしても、日本という国の原型を造り上げた「出雲系の神が蛇」であることにちがいはなさそうです。


★ 世界中に見られる蛇の神 ★



★日本に限らず、「蛇を神として信仰する」のは、世界中の至る所に見られますね。
神話や伝説がたくさんあります。たとえば…。

*中米アステカ族の神話の全能神で、緑色の羽毛の翼をもった大蛇の姿で象徴されるケツアルコアトル
 
*北欧神話に登場する巨大な蛇、ミドガルズオルム
 
*古代オリエント、アッカド神話の神々の母で、水の象徴、海に棲む巨大な蛇の姿で表されることもあるティアマト 
 
*エジプト神話のコブラの女神、ウアジェト

*インド神話の蛇神族、ナーガ

*中国神話の創世神話の夫婦神でもあり、偉大な王とも言われる伏義(ふっき)と女媧(じょか) 


…など。


★太古の人々にとって、蛇は特別視された生き物でした。
それは、まちがいのない事実です。
でも、なぜ蛇を神として祀るようになったのでしょうか?

長い間わたしはそのことを疑問に思っていました。
普通に考えて、爬虫類である蛇を信仰する理由が理解できにくいからです。
しかし、人々は「巳(み)―さん」と親しげに呼び、特に白蛇は縁起がよいとして、丁重に祀ってきました。
いったいなぜ人々は蛇に手を合わせるのか…。

その謎は、今はすでに解けていますね。
長年にわたってさまざまな情報を集めた結果、蛇が異星人と深い関わりがあったことを突き止めたからです。
前回までの記事で、地球人創造計画に関与していたE・Tについて簡単に述べましたが、プレアデス星人たちと共に地球人育成にかかわっていたシリウス星人が、蛇によって象徴されていたということを思い出してくださいね。(前回の記事参照)


★ イエスを蛇とみなしたグノーシス ★



あなたは、「拝蛇教徒」といわれる人たちをご存知でしょうか? 
呼んで字のごとく、蛇を拝み奉る教徒たちのことです。初期キリスト教の一部であったグノーシス派の一派オフィス派がそれです。

★「グノーシス」とは、古代ギリシア語で「知識・認識」を意味します。
この「グノーシス」をもたらすのが「蛇」であり、同時にその「霊智」なるものをもたらすのが「イエス・キリスト」であるということから、彼らは、「蛇をイエス・キリストとして崇拝した」のです。
(旧約聖書に登場する「イヴに知恵の果実を食べるように勧めた蛇」を、「イエス・キリスト」だと見なしている)


そもそもグノーシス主義によれば、宇宙の形成者・世界の創造そのものが、悪の根源なのであって、旧約の創造神を悪神と考えているのだから、興味深いですね。
ナグ・ハマディ文書」の訳者で著名な荒井献氏は、蛇の価値づけについて、次のように述べています。

旧約聖書「創世記」巻頭の創造神話に対するグノーシス的解釈においては、エデンの中央に生えている「善悪の知識(グノーシス)の木」からとって食べることを禁じた「主なる神」とそれからとって食べることを勧めた「蛇」とは価値付けが転倒し、前者は人に「知識」による救済の可能性を閉ざす負的存在、後者はそれを開示する正的存在、つまりイエス・キリストの予型として位置づけられるのである。
(荒井献訳著 「ナグ・ハマディ文書Ⅰ救済神話」より)


サタンとされる蛇をキリストとみなしているのは、知識・認識を何よりも重んじるグノーシス主義側の価値観からきているのです。

16世紀のドイツのある金貨の表には「十字架に架けられたキリスト」が、裏には「十字架に架けられた蛇」が彫られていますが、キリストと蛇は救い主として同義であることがわかります。

それについて、ジーン・クーパーは、「十字架あるいは柱に架けられた蛇は、世界の救済のために〈生命の樹〉に架けられたキリストの原型である」と言っているのです。


★ 仏陀は蛇だった? ★



これは、全く蛇足(笑)かもしれないのですが、ブッダは漢字で「仏陀」と書きますね。
「陀」の右の「」は、「」の古字です。
」は、ハブのような頭の大きい毒蛇の象形文字なのです。
元々は「它」のみで「蛇」を表しました。



仏陀像 られて瞑想する仏陀坐像
  蛇の王 ナーガラージャ   蛇の上で蛇に守られて瞑想する仏陀


写真のように、仏陀が蛇に守られている像がたくさん作られているのも、蛇と関わりがあるからだと言えます。
古い仏典のなかには、弟子たちが仏陀を讃えるつぎのような詩文があります。


「仏陀よ、あなたはナーガ(蛇)の名をもち、もろもろの奇跡を行なう者のうちの七人の聖者のひとりであります」(『長老の詩』1240)

「両足をもつ者の最上者よ。この神のなかの神をわたくしは礼拝します。わたくしはあなたの子として生まれ、大勇者にしてナーガの正系なるナーガを礼拝します」(『長老の詩』1279)



★仏となったゴータマ・シッダールタは、「蛇系グループの科学者」と「マーヤ夫人」とのあいだに生まれた子だと主張している人たちがいます。

マーヤ夫人がシッダールタを身ごもる前に、遥か遠い天から六本の牙を持つ純白の象が降りてきて、麻耶の右わき腹から腹に入った夢を見たという伝説がありますね。
そこに登場する「白い象」というのは、「ナーガ」だったと言っている学者さんがいるのです。(戸来優次著『複製された神の遺伝子』同朋舎 参照)

つまり、これは、母が人間で、父が「蛇系グループの科学者」だったという説です。
マーヤ夫人は、蛇を信仰する蛇族の出身だという説もあるようですから、まさに「ゴータマ仏陀は、蛇とは切っても切れない縁がある」といえるでしょう。(つづく)




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