今というこの瞬間のなかに生きる    

2010年11月06日 01:25



前回『マイヤースの類魂説』をお伝えしたのは、「自分の前世というものが、必ずしも自分自身のものではない」ということ、「その多くは類魂の生涯である」ということを、皆さんに知っておいてほしかったからです。

但し、マイヤースをはじめ、霊的世界を伝えるあらゆる通信、霊能者やチャネラーが語る内容を、参考にはしても、けっして妄信しないでいただきたいということを、重ねてお願いしておきたいと思います。


\ピンクの玉


あなたは思うかもしれません。
みんながみんないろんなことを言っていて、何が何だかわからなくなってきたよ。
共通している内容もあるけれど、違っている内容もいっぱいあるし、全く逆のこと、正反対のことを主張している人たちもいる。
いったい何が真実で、何を信じたらいいのか? 

世界中にこれだけいろんな情報が氾濫していると、混乱してくるのはあたりまえです。

思いが現実をつくる」ことは、科学が証明していることです。
わたしたちが想像したり、空想したりしていることも、現実です。
それらは、はっきりとした目的をもった思考によって築かれたものだからです。

たとえば、「この世」の刑法では、みだらな思いを思っただけでは罪とはなりません。
でも、「内なる世界」では、実際にはその行為をしていなくても、思っただけでその行為をしたのと同様で、罪になるのです。
つまり、わたしたちの意識のなかにあるものは、物質化(現実化)しているか否かにかかわらず、すべてが真実であり、現実であるということです。
イエス・キリストは「思いの罪も罪である」と、はっきり言っていますね。

わたしたちの世界(外の世界)で起こることは、すべて想像(内なる世界)によってつくられたものです。
「あの世」では、思ったことがすぐに叶うため、「思いが現実をつくる」のはたやすいことです。
ですから、さまざまな思いが現実をつくり、思いでつくられた世界が無数に存在しているのです。
それらは無限に広がっていると言ってもよいでしょう。
そのような世界は、すべて幻想の世界なのですが…。


「真実」とは、個々の人にとって「真実と見える」こと


★「真実」というのは、それぞれ個々の人にとって、「真実と見える」ことでしかありません。

Aさんの真実とBさんの真実が同じではなく、Bさんの真実がCさんの真実と同じではないのは、各自の魂に刻んできたこれまでの体験や理解度が異なっているからです。
その体験や理解のなかには、さまざまな誤解に基づいたものもあるでしょう。
誤解で成り立った真実も、たくさんあるということです。

このように、霊人の真実もひとりずつ異なっているため、霊界通信の内容や主張が違っていて当然といえます。
独自の真実」は、霊界に存在する霊人の数だけあるのです。
もちろん、神々と呼ばれる存在も同様です。
そして、「この世」のわたしたちも、わたしたちの頭数だけの真実を持っているということです。

あらゆるものが真実」であり、「あらゆるものは現実」であるけれども、「唯一の真実というものはない」ということを認識しておかなければなりません。

★「自分の真実だけが唯一正しい」と主張することは、「自分が制限された真実しか持っていない」と主張していることと同じで、「わたしは無知です」と言っているのと同じことなのです。

宗教でも同様のことが言えますね。特に一神教は他の神を絶対に認めません。
ところが、同じ一神教を主張するユダヤ教・キリスト教・イスラム教がお互いに酷い不調和を起こしています。
同じ神を崇めながらも、敵として長い歴史のなかで闘いつづけてきていますね。
人類の不和と戦争の原因となっているのは、同じ神を信仰する者同士なのです。
なんのこっちゃ!と言いたくなりますね。
信仰者は、ほんとうに自分の信じている神の言葉だけが唯一正しいのかどうかをしっかりと吟味してみることが必要です。

以上のことは、「ごあいさつ」や「プロローグ」でもお話ししていますが、わたしがこのブログを立ち上げたときの中心テーマでもあります。



★ 今というこの瞬間のなかに生きる ★



★わたしたちが誕生する前には、多くの人生コースから自由に選択できる機会が設けられています。

ランナーとしてわたしが走るコースは、自分自身で決めたものです。
初級コース、中級コース、上級コースと、障害の設定もさまざまですが、自分で選んだ以上、何があっても文句は言えません。あとは全力で走るのみです。

次女曰く、わたしが地上に誕生する前、かなり多くの選択肢がありながら、もっとも困難だと思われる人生のうちの2番目を選んだのだそうです。(1番困難なコースは遠慮したようです。苦笑)

「えーっ、こんなに高いハードルのあるコースだったの?」
「なんでまた、こんなにハードルを高くしたのよー!」と悔やんでも、あとの祭りです。
そのとき志を高く掲げて、「困難を乗り越えて、これを成し遂げるんだ!」と意気込み強く、自分が選んだのですから、他者のせいにはできません。

ということで、わたしの場合は、分霊の過去生を知ったところで何の足しにもならず、ただひたすら自分が選んだコースを走るのみです。
結局何も知らないほうが走りやすいのです。
だから、たいていの場合は、生まれた途端に忘れるようになっているんですね。
過去生を知ったとしても、どうってことないんです。
「だから、どうなの?」って感じです。

自分が過去を振り返っているときには、今この瞬間を体験することはできません。
自分が過去生でだれであったかを知ることよりも、
今の自分がだれであるのかを知ることのほうが重要であると思うのです。

そして、今というこの瞬間のなかに生きること
今この瞬間瞬間を、自分の望む通りの現実にしていくことのほうが大切だと思うのです。
アセンションのこともあるし、もう時間がないのです。

何とか、当時(地上に誕生する前)抱いていた情熱を忘れることなく、
この人生を全うできればよいのですが……。


ハート
今というこの瞬間のなかで全力を尽くしたい。
つくづくそう思う今日この頃です。






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