「隠れた自己」を解放する

2016年02月17日 15:45


春か初夏かと感じるほどに暖かかったり、また急激に寒くなったりと、目まぐるしい気温の変化で体調を崩す人もいらっしゃるようですが、皆さん、お元気でしょうか?

今回は Y.Oさんから届きました「過去生回帰の課題のレポート」をお届けします。
彼女も、毎日ネガティブなエネルギーの影響を受けながらも、その苦痛に決して屈せず、「隠れた自己」を解放させることができました。

生きるうえで最も偉大な栄光は、決して転ばないことにあるのではない。転ぶたびに起き上がり続けることにある」と、ネルソン・マンデラは言っていますが、彼女の正直で勇気ある告白と、落ち込んでも落ち込んでも、泣きながらも立ち上がり、起き上がる強い意志に、心から拍手を贈ります。




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「隠れた自己」を解放するための取り組み


    2016年2月11日   Y.O 46歳 女性 東京


今回、私は隠れた自己でもある問題のある分霊の過去生の解放に取り組みました。
その隠れた自己は、罪悪感と主導権争い、犠牲の課題を持っていましたが、今回は罪悪感に取り組むことで、隠れた自己を解放することが出来ました。

私自身の罪悪感
私は小学校6年生の時の自分の卑怯な行為と嘘をついて自分を守ろうとした事で、ずっと罪悪感を抱いていました。しかし、そのことを受け入れることが出来ず、事実をゆがめ、自分は悪くない、自分は被害者だとして記憶してきました。そのため、自分が罪悪感を抱いているということにずっと気づくことが出来ず、この課題に取り組んでようやく自分が長い間、罪悪感を抱いていたのだと気づきました。また、罪悪感と共に、卑怯者で自分の保身を図る自分に対する激しい嫌悪感を抱いていたことも気づいたのでした。

私は昔から自分の責任を取らず人のせいにして逃げる人間や、自分の保身ばかりを考える人間がとても嫌いでした。そんな人間は、自分の仲間や同僚に絶対に居てほしくないと思ってきましたし、そのような人間がいると許せませんでした。そういう人間がいて、自分に迷惑がかけられようものなら、相手を人前で必要以上に非難したりしてきました。
しかしそれは、私の罪悪感や嫌悪感を他者に投影したものであって、自分の代わりに他者を批判して裁いていただけの話でした。

それに気づいた時、私は会社内で仕事の経験や知識が私の基準に満たない同僚とよく衝突していたことを思い出しました。私の働く会社の社員は主に中途採用の即戦力であることが一般的で、一定のスキルと経験があることが必要とされます。しかし、最近はその一定水準に満たない営業マンが多く入ってきていて、頻繁にその営業マン達から迷惑をかけられるので私は腹を立てて、彼らに対し直接的・間接的問わず激しく批判を繰り返していました。一方で彼らも陰で私を批判していたので関係は非常に悪かったものの、私は自分は間違っていない、正しい、間違っているのは彼らだという主張のもと、相手に対し折れることは決してしませんでした。しかし、彼らを批判し、裁いた後、なぜか後ろめたさや苦しさがあることに気づいていました。そして、過去にも同様の事があり、同じような争いを起こしていたことも思い出しました。原因は私の自分は正しい、間違っていないという思い込みにあり、私は自分が正しい、間違っていないということを証明するために戦っていたのでした。ふと、正しいという事へのこだわりと、自分は正しいという思い込みが、もしかして自分を苦しめているのではないかと思いました。

私は間違っているならば批判されても裁かれても当たり前と思っています。
私が子供のころの間違いを、ずっと自分の正しさという基準で無意識に裁き、自分を傷つけてきたのではないか?だから他者を裁くと自分も苦しく、後ろめたいのではないか?
人は常に正しい選択が行えるのか?また、自分の考える「正しい」とは本当に常に正しいことなのか?
いずれもNOです。そんな事は絶対にあり得ません。あり得ない事を自分に押し付けて、自分と他者を傷つけてきました。そして間違っていた自分を許すことが出来ませんでした。
そこに思い至った時、号泣しました。

私がなぜ執拗に正しいということにこだわっていたのか考えてみると、過去に自分が間違っていた事を認められなかったからだったと気づきました。間違っていたことを認められないから、声高に正しい正しいと叫んでいました。嫌悪感は間違っていた自分への拒絶の現れでした。私は自分の間違いを認められず、間違っていた自分を受け入れられず、繰り返し周囲に争いを起こし、人を傷つけていました。私の戦いはいつも自分の正しさを証明するためのものでした。

罪悪感を解放するために必要なことは、自分の間違いを受け入れ許すことであり、絶対的に正しいことなどないと理解し、自分の正しさにこだわる事をやめる事だと思いました。
そのように思った時、もう自分の正しさを証明するために戦う必要はないんだと思い、涙がこぼれました。自分は正しい正しいと叫んでいたのは、本当は苦しい苦しいと叫んでいたのだと思います。もう戦わなくてもいいんだよ、間違う事って誰にでもあるんだよ、と何度も自分に言い聞かせ、そして自分に謝りました。子供のように泣きじゃくった後、自分の中に安心感が湧いてきて、ハートの辺りが広がったように感じました。

その後、経験不足の営業マンに好戦的な態度をとるのは止めようと決めて、彼らと話した時に、自分の中にとげとげした感覚が無くなっているのに気づきました。ただ、やはりトンチンカンな事を言われるとイライラしてしまう所はあって、まだ罪悪感を手放せていないのだろうか、と心配になりました。しかし、過去に争いのあった同僚とすれ違った時、自分の中にわだかまりが無くなっていた事に気づきました。いつも挨拶することすら嫌で、自分から挨拶するのは負けのような気がして、普通に挨拶できませんでした。しかし、この日は何の嫌悪感もわだかまりもなく挨拶を自分からしました。そしてその日、他にも多くの同僚との間にあったわだかまりが消えました。
わだかまりが消えたのは、私に戦う理由と苦痛がなくなったからだと思います。
自分の過去の真実を受け入れられずに、長い間罪悪感を抱えていました。そして自分の過ちを許すことが出来ず、苦痛を抱えたまま蓋をしてごまかし、自分と他者を裁いてきてしまいました。でも、もうそれは手放しました。

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隠れた自己の罪悪感
今回の隠れた自己は女性で、人から何かを受け取ることが出来ず、自分を愛することを止めてしまった人物であるということ。人を裏切ったことで多くの人から恨まれているが全く謝罪する気がなく、自分の真実と向き合う必要がある、というヒントをカヴィーシャ先生から頂いていました。しかし、私の課題のレポートが遅くなった事で、セッションまであと1週間という時期まで来てしまい、その段階においても私の隠れた自己は、全く謝罪する様子を見せませんでした。本当に頑なで、セッションに出てきてくれるのだろうか、と不安になりました。そして先生から、隠れた自己にきちんと反省して謝罪するよう説得しましょう、とアドバイスを頂き、セッションの1週間前から説得を始めました。

最初、隠れた自己が自分に甘いタイプで人に嫌われている事や、謝罪することは負けることだと思っていると教えて頂いたこともあり、ひたすら謝罪することは負ける事ではない、自分がやったことを受け入れて皆に謝罪しよう、と説得していました。しかし隠れた自己は、私の話を聞いている感じはするものの、全く私を相手にしていないように思えました。翌日も会社で時間さえあれば隠れた自己に話しかけ、説得を続けました。相変わらず聞いているものの、完全に無視されているような感じがあり、私の説得の仕方が間違っているのかも、と思いました。もしかしたら、私の言い方が非難がましくて裁いているように思われたのかも、と思い、一旦説得することはやめて、私が罪悪感の課題に取り組んで気づいたことを伝えることにしました。

自分の真実を受け入れることが出来なかったばっかりに、苦痛を抱えて自分を傷つけ、周囲に争いを起こしてしまった事、絶対的な正しさというものは存在せず、また、過ちを犯さない人間などいないのに、過ちを犯した自分をずっと許せなかった事、自分の決めた正しさという基準でもって自分と他者を裁き続けてきた事、それらをすべて自分の間違いだったと受け入れた時、これまで裁いてきた人達との間にあったわだかまりが消えた事などを話しました。話しているうちに、いつのまにか泣いていたのですが、これまでよりは隠れた自己が聞いてくれているように感じました。

そして何となく、あなたの人生を聞かせてよ、とお願いしました。
全くあてにしていなかったのですが、しばらくして、映像と共に「私は戦争の多い星で、軍人の父と主婦である母との間に生まれた」という言葉がクリアに頭に入ってきました。一瞬、これは私が頭で創作した話だろうか?と思ったのですが、隠れた自己が本当に語ってくれているのかもしれないと思い最後まで話を聞きました。
軍人であったお父さんが戦争で亡くなり、お母さんが富豪と再婚したこと。お母さんと継父との間に弟と妹が出来て、お母さんは自分をかまわなくなり、自分は乳母のような人に育てられたこと。継父が亡くなり、自分がその後を継いだこと。自分があまり経営を積極的にやっていなかったため企業内で腐敗が進んでしまい、会社のガンとなっていた人物たちを粛清するために罠にはめて裏切った事。お母さんが亡くなる間際、自分を放置した事に対し謝罪があったものの、弟と妹の面倒を見るように最期に言われ、結局お母さんが最期まで自分ではなく弟と妹を心配していたことが琴線に触れ、子供だった弟と妹を身ぐるみはがして屋敷から追い出してしまった事。砂漠のような土地に放り出してしまった弟と妹に対して罪悪感を持っている事を語ってくれました。淡々と語る中で、彼女に裏切られて恨んでいるドラコニアンに謝罪する気は一切ないこと、一方で弟と妹に対しては深く罪悪感を抱いていることが伝わってきました。

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翌日、カヴィーシャ先生にその話の真偽を確認して頂こうとお電話で相談したところ、95%話の内容は合っているという事でした。先生から、彼女が最初、一生懸命会社の経営に取り組んでいたことや、人から受け取る事が出来ない人物で与えるばかりであったため、疲れ果てて自分を愛することを止め、自分が犠牲になっていると感じている事などを教えて頂きました。彼女の生い立ちや心情を理解したことで、セッションに出てきてくれるだろうかと思ったものの、それでも彼女は出て行かないと言い張りました。彼女には愛が必要なのだと先生から教えて頂きました。その後、先生が彼女に、弟と妹は死んでいない、そのことで苦しむのは止めて自分を許してあげましょう。出ていくと裁かれると思っているようだけど、裁いたりしないわよ、と色々と声をかけてくださいましたが、出てこようとはしませんでした。

しかし、隠れた自己が出てくる様子もなかったので、これからセッションまでの間、私が彼女に愛を与えるということを続ける、ということで先生との話を終え電話を切ろうとした時でした。先生が、ネガティブエネルギーがいるとおっしゃり、調べてくださったら、隠れた自己がいました。確かに、私の左後ろの頭から腰にかけて黒い何かが私に張りつくようにして存在していました。先生が、解放されたくなったの?謝る気になった?と聞くと、そうだと答えました。隠れた自己が私の身体を借りて、恨んでやってきていた50体のドラコニアンに謝ることになりました。本当に謝る気があるのだろうか?と正直半信半疑でしたが、床に座り、手をついて頭を下げた瞬間、滝のように涙が流れました。震えながら何度も謝罪し、許してくださいと言う彼女と一緒に私も謝罪しているうちに、心の奥にあった澱みがどんどん外に流れ出ていくような感じがしました。

結局ドラコニアンは隠れた自己の謝罪を受け入れてくれて、浄化させてくれました。
そして、彼女自身もあっという間に浄化箱に入ってくれて光の領域に行ってくれました。
先生と、良かった良かったと喜びを分かち合ったあと、肺の辺りがすごく清々しく軽くなっていることに気づきました。謝罪した時に澱みが流れ出たような感覚があったのですが、本当に澱みが出て行ったのだと気づきました。
時間にしてたった数分の出来事でしたが、今思い出しても涙が出ます。
あんなに頑なだった隠れた自己が、電話が終わりそうになって慌てて出てきたように思います。出てきてくれたのは、先生の大きな愛に触れたからだと思っています。
継父の後を継いだ彼女は、当初、先生のおっしゃった通り一生懸命働いたのだと思います。しかし、人から何かを受け取る事が苦手だった彼女は、ずっと人に与えてばかりで、疲弊してしまって、自分は一体何をしているんだろう?何のために身を粉にして働いているのだろう?と思ったのだと思います。血のつながりのない継父の会社のため、自分を見てくれない母のため、継父と母の間に出来た異父兄弟のため。一体自分は何のために働き、生きているのか?そう思ったのだと思います。そして自分の中のエネルギーが枯渇して、自分を愛することを止めて、自分は彼らの犠牲になっていると感じたのだと思います。
そう考えると、やはり彼女に必要だったのは愛だったのだと思いました。

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今回、課題である罪悪感と、隠れた自己を解放することから学んだことは色々とありますが、なかでも一番の学びは、自分の真実を受け入れること、自分の責任を取り自分を許すことであったと思います。
私も隠れた自己も、絶対に自分は正しいと思っていました。でも、突き詰めていくとそれは間違っていた自分を受け入れられず、無意識に罪悪感を抱えていたからこそ、自分は正しい、間違っていないと頑なになっていたのだと思います。そしてそれが結果として自分に苦痛をもたらし、周囲との争いに繋がっていたのだと思います。
(そういえば、私が会社で対立しがちな相手とは、自分の立場を強調して、こちらに仕事を押し付けたりプレッシャーをかけてくる人たちでした。私はいつもそれに対し、こちらの立場を主張して反発していました。もしかしたら主導権争いが現れていたのかもしれません。)

また、私は愛が変容を促した瞬間に立ち会うことが出来ました。隠れた自己が、弟と妹にした仕打ちに罪悪感を持っている事に対し、もう自分を許してあげなさい、と先生が言ってくださったとき、許していいの?という言葉が聞こえました。おそらくあの瞬間から隠れた自己の気持ちは変わりつつあったのだと思います。私はそのことを隠れた自己に許していいんだと言っていませんでした。一緒になって罪悪感を感じていただけだったのです。あんなに頑なだった隠れた自己でしたが、先生の愛を感じ取って、解放されたいと思うようになったのだと感じました。

隠れた自己は本当に私とよく似ていました。思い込みが強く、頑固で、自分の信念を曲げないところがそっくりでした。だからこそ、私の隠れた自己だったのだと思いますが・・・。
彼女の中にあった問題点、受け取ることが苦手だったことや、自分を愛していなかったこと、自分に甘いところがあることなど、私の中にもある問題なので、正していきたいと思います。

隠れた自己が解放できて本当に良かったです。
これからもっと重い過去生や隠れた自己が出てくると思いますが、今回の感動と喜びを糧として、頑張って取り組もうと思います。きっとしんどいと思うのですが、隠れた自己が解放されたあの瞬間の感動を忘れなければ、やっていけると確信しています。
カヴィーシャ先生には本当にお世話になりました。いつもネガティブに傾きがちな私を明るく励ましてくださり、心から感謝しております。
どうかこれからもよろしくお願い致します!

愛と感謝を込めて


羽



カヴィーシャのコメント:
わたしが言うところの「隠れた自己」とは、「表面意識が目指している方向とはまったく違った方向に向かっている自己」のことを指しています。
つまり、表面的には姿を表さないけれども、表面意識とは別の目標を持っていて、巧みに内側から足を引っ張ろうとする大変ネガティブな存在のことなのです。

自己破壊」を主な目的としている場合は、ほんとうにやっかいです。
人生がうまく進まないのは、この「隠れた自己」がひっきりなしに自分の足を引っ張っているせいなのですが、本人にも「隠れた自己」と共通の課題が埋もれていて、そのネガティブな傾向が自分に似ているために「隠れた自己の意志」が「自分の意志」だと錯覚してしまうほどの場合もあります。それが、傍から見ていますと、よくわかるのです。

Y.Oさんの場合は、電話での話のなかで奇跡的な展開があり、ずっと「隠れていた自己」なる者が出てきてくれて、解放に至ったことは大きな喜びでした。

上記のレポートが来て数日後、彼女は過去生回帰の個人セッションを受けるために、東京から来られました。つい昨日のことです。そのときの内容につきましては、また彼女のレポートが届きましたら、お知らせしたいと思います。
2時間のセッションのあいだに、4体の過去生が出てきましたが、登場する順番も適切で、ほんとうに前もって準備されていたかのようにスムーズな流れであり、感動しました。

頑なに出て行きたくないと思っていた者も、実際にそこで大いなる気づきを得、改心して、感謝を持って光の世界に旅立っていく者たち(自分の過去生)の有様を見て、自分もあのように許されるのかな? 自分もあのように光の世界に行けるのかな? という可能性を信じはじめ、我も我もと登場し、いずれも話をしていくうちにしだいに癒され、心を開いていくことができたのです。

可能性を信じること」、「自分の内側に光を見い出すこと
その二点が、彼らの閉ざしていた心の扉を開いてくれました。

いくらわたしが説得しても、彼らがいつまでもそのことに納得し、気づかなければ、「馬の耳に念仏」にしかすぎないでしょう。
しかし、いつもそうなのですが、彼らが必ずわかってくれると信じて伝えていくうちに、彼らもしだいに理解してくれるようになるのです。不思議なのですが、頑なに閉ざしていた人ほど、その扉を開けば、感謝と歓喜があふれんばかりに返ってくるということです。その体験をたくさんさせていただきながら、光の領域に送り届けることの幸せを感じる今日この頃です。

あなたも、もう役に立たなくなった不必要な思念を手放すことで、新しい領域へと踏み出すことができます。
執着を手放すこと。過去の喪失や欲求を手放すこと。期待を手放すことなど、人によって、手放す必要のある事がらは多々あるでしょう。

今までずっとしがみついてきたものを思い起こしてみましょう。
そしてしがみついていてもうまくはいかないと感じたなら、手放す決意をするのです。
まずはそれに対する苦痛の感情がすっかり消え去ってしまうまで感じきってみましょう。
そのあと、ハイアーセルフにお願いをして、手伝ってくれるのなら、一緒にそれを解放する試みをしてみてください。





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手放しを信頼する瞬間
存在と苦闘するのをやめる瞬間に
すべてに対して思い悩む必要はなくなる
存在が面倒をみてくれる

人間のマインドのすべての苦悩は
マインドが止むことなく闘い
流れに逆らって進もうとするところにある
マインドがそうするには理由がある
流れに逆らって初めてエゴは満たされるからだ
ただ生の流れに身をまかせ
あがきもせず
生が望むところならどこへでも導かれてゆくとき
あなたのエゴは消滅する

あなたは、今よりもっと在る
―より真正に、より真実に―
だが、そこに「私」という感覚はない
そのときは、自分がどこへ向かっているかを見ることができる



飛び立つ白鳥


エゴを持たない人は
あなたが進むときにできる道さえも見ることができる
大空を飛ぶ鳥の足跡さえも見ることができる
飛ぶ鳥は足跡を残さない
だがマインドからエゴが一掃されたとき
全存在は塵ひとつない鏡となり
そこに鳥の足跡さえも映し出すことができる






ふたつのハート

一滴のしずくが池の水面へと落ちていくように、
あなたの執着を落としましょう。

しずくが水面に落ちて、溶け、
溶け去っていつか大海とひとつになったとき、
あなたはもう「私」や「自己」という思考から逸脱しています。

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「私」や「自己」の消失こそが、
永遠なる無垢を生み出すのです。


2016年2月16日
カヴィーシャ・光の仕事人



愛と許しと感謝―過去生回帰の効能

2016年02月25日 02:20


前回、「隠れた自己を解放するための取り組み」に関するレポートを提供してくださったY.Oさんの「過去生回帰の個人セッション」を受けられた際のレポートが届きました。
解放までの葛藤と解放の時の喜びが再度伝わってくる内容でした。
まずはお読みになって、過去生回帰でこんなふうに解放されていくのだということを知っていただきたいと思います。



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◆過去生回帰を終えて


                    2016年2月21日 Y.O

カヴィーシャ先生、素晴らしいセッションをありがとうございました。あの日のことは一生忘れません。また、忘れてはいけないと感じています。
過去生回帰を終えた今、一番感じていることは感謝です。
カヴィーシャ先生への感謝、私の隠れた自己への感謝、私のネガティブな過去生達への感謝です。
たくさんの学びと気づき、喜びを頂きました。本当にありがとうございました。
私が過去生回帰を通じて気づいたこと、学んだことを書かせていただきました。

今回の過去生回帰で出てきてくれた私の過去生は、課題の隠れた自己の他に、罪深い人間であったり、頑固で偏屈なおじいさんといった、私の受け入れ難い人達でばかりでした。そして共通点は、自分を愛していないこと、または愛を知らないこと、そして自分を許すことが出来ないことでした。

4人の過去生
1人目の過去生は、古代のバルカン半島で軍艦に乗っていた兵士でした。他国と戦い、奪う事を生業として、女子供まで殺す人間でした。何人殺したとか、何を奪ったとか、そういう事で人の価値をはかる獣のような男でした。下品で粗野で、私は彼に嫌悪感を感じました。しかし、彼が病で死を目前にした時、赤の他人の少女に看病され、優しくされたことで、自分のこれまでの人生に疑問を抱きます。本当はもっと別の生き方もあったのではないか、と。家族を持ち、養い、子供を育てるとか、そういう生き方もあったのではないか?そう思い、過去生の男性は自分の人生を悔いていることを先生に打ち明け、泣き出しました。彼は幼い頃、檻に入れられて売られており、親の愛など知らないまま兵士になっていました。
自分のやってきた事を悔いて、すみませんでした、と繰り返しながら泣く私の過去生に向かい先生は、今気づく事が出来てよかったじゃない!あなたは愛も自分が間違っていた事も知らなかったんだから。もう自分を許してあげなさい、と何度もおっしゃってくれました。私の過去生は、なかなか自分を許そうとしませんでしたが、だんだんと先生の言葉に癒され、先生に感謝しながら光の領域に向かっていきました。

2人目の過去生はフランス人の霊能者の女性でした。彼女は悪魔を身体に入れて、呪いで900人を殺していました。900人という数と、その事を仕方なかったと言い、反省の様子のない過去生に私はショックを受けました。あまり自分のことを話そうとしませんでしたが、先生に穏やかに質問されるうちに、霊能力に憧れがあったこと、それ故悪魔に容易に入られたことなどを伝えてきました。そして、「私は石ころではありません。石ころなんかではないのです。私にも心はあるのです。でもみんな、私を無視し、素通りしていきました」と自分が抱えていた深い悲しみを語ってくれました。おそらくそれが原因で多くの人を呪い殺すような事をしたのだろうと思いました。
先生に、もう自分を許しましょう、と言われたものの、彼女は自分を愛する事が出来ず、許す事の意味もわからないようでした。彼女は表に出てきてからずっと、うつむいて下を見ていて、決して先生の顔を見ようとしませんでした。私は彼女が自分を蔑み、恥じていることを感じました。そんな彼女に対し、先生が突然椅子から立ち上がり、私の肩に手を置き、顔を上げなさい!と言いました。そして、それに対しますます下を向く私を先生は抱きしめ、他の誰もあなたを愛していなかったとしても、私はあなたを愛してるから!とおっしゃいました。あなたが自分を愛していなくても、私はあなたを愛してるのよ!私だけはあなたを愛してるのよ!とおっしゃってくださいました。
それを聞いた瞬間、身体から絞り出すような、動物の咆吼のような叫び声と大量の涙が流れました。先生に愛してるからと言われる度、身体から何か吐き出されてくるのではないかと思えるほどの叫びと、涙が溢れました。身体が空っぽになるまで泣いたような感覚でした。自分を愛してくれる人がいた事に、彼女は信じられないという様子でしたが、はっきりと喜びと先生への感謝を感じていました。その後は、先生の祈りを聞きながら光の領域に行ってくれました。

★「私は石ころではありません。石ころなんかではないのです。私にも心はあるのです。でもみんな、私を無視し、素通りしていきました」と語っていた彼女は、真に愛されたかったのだと思います。それを感じることができたからこそ、心を開くことができたのですね。
抱きしめてあげて、ほんとうによかったです。みんな愛を求め、許しを求めていることがわかりますね。


3人目に出てきたのは、課題でもあった私の隠れた自己である女性でした。
彼女は私が気がつかないうちに、私の身体にすぐに入っていました。そして先生から、反省していますか?と聞かれ、背筋をまっすぐ伸ばし、先生の方を向き「はい、反省しています。私に問題がありました。私が間違っていました」とはっきり言いました。
すがすがしさを感じるくらい、何の迷いもわだかまりも持っていませんでした。セッション前に迷惑をかけたドラコニアンに謝罪していたことや、自分の前に2人の過去生が喜んで光に行ったのを見て事が彼女に安心感を与えていたからだと思います。
隠れた自己とのつながりを切るため、胸からロープを取り出して火をつけました。ロープは燃えたはずなのに、まだ隠れた自己がいるような気がしていたら、先生が「どうしたの?まだ何か伝えたい事でもあるの?」聞いてくれました。すると隠れた自己が「先生、ありがとうございました」と感謝の気持ちを伝えてきました。感謝と喜びに満ちた言葉でした。本当は彼女は真っ先に先生にこの言葉を伝えたかったのです。でも、自分も先生と呼んでもいいのだろうか?と考えているうちに、私がロープに火をつけてしまったようでした。頑固で頑なだった彼女も、先生の祈りで喜んで光の領域に行きました。

4人目の過去生は、大工の頑固なおじいさんでした。彼は、思い方や受け止め方が悪く、親切にされても相手に皮肉を言うような人で地獄界にいました。先生に、自分に問題があるとは思っていないのか聞かれても、これっぽっちもそのようには思っていませんでした。ただ、地獄界にいるのは頑固で偏屈な人間ばかりで、自分がそこにいるのは納得出来ず、そこから何とか出たいという気持ちだけがありました。なかなか反省もせず、頑固に自分の良くない点をいっさい認めようとせず、私は疲れのせいか、途中で何度か意識が遠くなりました。こんな頑固じいさんを説得出来るのだろうか?そう何度も思いました。しかし、先生はそんな風には全く考えていないようで、粘り強く様々な質問を投げかけました。この人は人間嫌いなのよ。どうして?と、彼が頑固で偏屈になった背景を何とか掘り下げようとしてくださいました。子供の頃いじめられたこと、大好きなお母さんが15の時に亡くなったことなどがわかりました。それでも頑ななおじいさんに、先生がずっと色々な事を話してくれていた間、私は意識が朦朧として、もうダメなんじゃないのかと考え始めました。
しかし、先生が、あなたの中にも光があるのよ、とおっしゃった時、おじいさんが反応したのに気づきました。先生も気づかれたようで、繰り返し言ってくださいました。おじいさんが、私の中に光などあるのでしょうか?と言いました。彼の話し方が変わっているのに気づきました。
そうよ、あなたの中に光があるのよ!あなたはもともと光なんだから!先生がそう言うと、その言葉がまっすぐおじいさんの心に刺さったように感じました。それから先生はおじいさんの優しい所を見つけ出し、誉めてくださり、励ましてくださいました。今まで人の助言など受け入れたことのなかったおじいさんが、先生の言葉に泣いていました。自分が頑固だったことを受け入れて、両手を合わせ、先生を拝むように何度も繰り返しお礼を言いました。先生が祈りを詠唱してくださっていた間、おじいさんはずっと先生への感謝を口にしながら光の世界に行きました。

★このおじいさんは身勝手な自我ゆえに地獄に行きました。生前は正しい判断力も真の知識も持ってはおらず、決して人の意見に耳を傾けることはありませんでした。ほんとうに無知な頑固爺さんでしたね。
この人は大の人間嫌いでしたが、動物には優しく接していたことがあったのです。
「動物が好きだったでしょう?」と言ったら、嬉しそうに「はい」と言っていましたね。
「動物を愛したこと、それはあなたのなかに光がある証拠ですよ」と言ったら、おじいさんはそこに大きな気づきを得たのか、一瞬にして心が変容したのです。「ああ、自分にもそういう愛というものがあったんだなぁ」と。
とても嬉しい瞬間でしたね。

人は愛されることのなかではなく、愛することのなかで祝福を得るのです。
おじいさんが動物を心から愛し、優しく接したことがあった過去を思い出したこと。それが、彼の消えかけた心の灯を光り輝かせたのですね。


過去生回帰で気づいた事
私の過去生は、全員が心を改め、先生に感謝して喜んで光の世界に行きました。頑固で自分が間違っていると認めない過去生は説得に時間がかかりましたが、そういう過去生ほど、別人のように感謝と喜びに満ちて光の領域に旅立ちました。4人が光に向かった後、私の肺のあたりは本当にクリアな感じがして、軽くなりました。

今回の過去生回帰で最も感動したことは、4人の過去生が解放された事と、ネガティブな過去生の変容であったと思います。彼らが変わった事になぜこんなに感動したのだろうと考えた時、私は自分の中に、人は変われないのではないか、ミハイル・ナイーミが言う腐った果実とは、実は元々腐った果実なのではないか、という疑いを持っていた事に気づきました。
しかし、セッションの際に、次々と過去生が私の身体に入ってくるので彼らの心情がよくわかり、腐った果実は元々腐った果実では?という疑念を解消することができました。

私はこれまで腐った果実は元々腐った果実では?という疑念があったことで、彼らがネガティブな存在になってしまった原因がある、という事を心から受け入れておらず、悪党は根っから悪党で、苦しみなどないと思っていました。しかし、私の過去生達は、自分の思い方が悪かったという事はもちろんありますが、みんな傷ついていて、苦痛を抱えていました。人は心の中に苦痛があると、周囲に争いを起こしてしまうことがある、という事は、私の罪悪感の課題が証明しています。彼らは自分たちの苦痛のために周囲に争いを起こし、ますます自分の苦痛を強めていました。そう考えると、悪人や人に嫌われる人間は、人間自体に問題があるのではなく、間違った思いから生じた苦痛が様々な問題を起こすのだという事に気づくことが出来ました。ようやく先生のブログに書かれていた事が腹に落ちた感じです。

私は人が変わるという事は難しい事だと考えていました。変わろうと努力している人に対し、冷ややかな目で見ていたと思います。だから今回のセッションで4人のネガティブな過去生が愛を感じて瞬く間に変容したことは本当に驚きでした。

★そうですね。愛の奇跡だけが、人の心を変容させるのです。

人は変われる。死んでもなお変容の機会が与えられている。そのことに対する気づきが、私に今までにない希望を与えてくれました。
今後、ネガティブな過去生を解放するにあたり、人は変われない、腐った果実は元々腐った果実である、という観念を抱えたままでは前に進めないと思います。今回の過去生回帰は、過去生が出てくる順番も計算されたように完璧でしたが、過去生回帰を通じて今回私が気づいた事も、今後の私のために宇宙が準備してくださったものなのだと思え、感謝の気持ちでいっぱいになりました。

★よかったですね。
感謝がすべてを清らかにするのです。感謝は光だからですね。
 

自分に対する許し
セッションの後、4人を解放したことや、気づきを得ることが出来た事で、幸せな気持ちでホテルに戻りました。しかし、その日の出来事や気づいた事をメモしていたら、私は恥ずかしさと自分に対する失望を感じました。振り返ったら、先生のお力で過去生を解放し、気づきを得ることが出来たものの、私はセッションで過去生を愛するとか許すという気持ちにまで至る事が出来ず、むしろ彼らを裁くようなことを考えていた事を思い出したのです。それに比べて、先生は彼らの変容の可能性と彼らの中にある光を100%信じ、どんな罪深い過去生も愛し、許してくださいました。解放された過去生達は私の考えていた事を知っていたはずで、私のことを軽蔑したのではないかと、こんな人間が自分の本体なのか、と思ったのではないかと思い、恥ずかしくなりました。また、セッションで過去生を愛し、許せなかった自分、そして過去生を解放して頂きながら、そんなネガティブな事を考えている自分に失望してしまいました。

帰りの飛行機でも、最初、その事を考えて浮かない気持ちでいました。しかし、飛行機が雨雲を抜けて青空に出た時、光がキラキラしていて、急に嬉しくなり、ポジティブな気持ちがわいてきました。なんだか過去生達が私にもお礼を言ってくれているように感じられました。
過去生達、ものすごく喜んでた。愛を感じて、許されるとあんなふうに変わるんだ。きっと私の過去生たち、先生の愛を受け取ってまた元気に生まれ変わる。そう感じました。
そして、改めて光の仕事って素晴らしい、と思いました。死んでもなお、人は変われる。変容する事が出来る。光の仕事とは人や霊に愛と気づきを与えて、変容を促し、苦痛に満ちた魂を解放し光に送ること。今回、自分の過去生の変容と解放を体験して、光の仕事ってものすごく尊いな、素晴らしいな、と思えました。
そう考えていたら、どんどん気持ちがポジティブになって、昨日セッションで、過去生を愛する事も許す事も出来なかった自分を許そうと思えました。今はそう出来なくても、その事を受け入れて、自分を許し、そこからスタートしよう、と思いました。今回の課題で学んだ事は、まさにそれなんだから、あれこれと出来ないことを不安に思うのではなく、それをやっていけばいいのだと思いました。

★その通りです。あなたは本当にそのことを実体験したのだから、それをやっていってください。

先生から頂いた3つのキーワードはそれを指し示していたように思います。
自分や他者の間違いや未熟さを許すこと。ネガティブな存在ほど愛し、赦し、寛容でいること。
宇宙が様々な手段で伝えてくるメッセージをハートを全開にして、気づいていること。
他者や起きた事にイライラしたり不快になった時は自分の内側に向かって問うこと。自分の中に原因を探すこと。そして原因がわかったら、受け入れて、反省して、自分を許すこと。
波動リーディングのレポートに書いた事と同じですが、これを実践していきます。
そうやっていく事で、次回以降の過去生回帰で、私の過去生に大丈夫だよ、愛してるよ、許そうね、と言えるようになりたいです。そして苦しんでいるすべてのネガティブな過去生を解放して光の領域に送りたいです。

★苦しみというものは、感謝を忘れたまちがった生き方に、気づかせるためのものです。
穢れた身勝手な魂は、不幸を常に自分に引き寄せるものなのです。ですから、この宇宙を支配している「原因と結果」の法則に気づくことが大切です。それさえわかれば、結果として苦しむような選択はしなくなるでしょう。


カヴィーシャ先生、私ですら愛せなかった私の過去生を愛し、説得し、許し、解放してくださってありがとうございました。
そして、隠れた自己の影響によるネガティブエネルギーに苦しみ、波動修正で苦しみから逃れようとしていた私を叱ってくださって、ありがとうございました。
あの時、波動修正をしていたら、私は今回気づくことが出来たこと、学んだこと、喜びを体験することが出来ませんでした。
これから、今回の体験で得た気づきと喜びを糧として、全力で自分のネガティブな過去生の解放に取り組んでいきます。
これからもどうかよろしくお願い致します。

愛と感謝を込めて Y.O


カヴィーシャのコメント: 

その後、Y.Oさんと電話でお話をする機会がありました。
過去生回帰以来、彼女の第6と第7チャクラが開いたことについてや、ただ本体と繋がっているよりも、実際に本体の意識を肉体に入れると、本体は今生の人生の目的がわかっているので、スムーズに実現しやすいということなどをお伝えしました。
彼女は、「入ってくれるよう本体にお祈りします」と言われ、わたしも「そうなるよう祈っています」と言って、電話を切りました。

そうしたら、次の日の調査で、意識レベルが71次元となっており、なんと本体の意識が100%入っていたのです。昨日お祈りをしたから、ほんとうに入ってくれたのです。
第6と第7チャクラも開いていましたし、保護もきちんとできていました。
これは、すべて「思ったことが実現する」という証であり、すばらしい結果でした。
彼女はまだ残っているダークサイドに堕ちた過去生の解放をしていきたいと望んでおられます。きっと近いうちにすべて解放し、浄化されるでしょう。
信じて実行すれば、まちがいなく救われていくし、真剣な思いや願いは必ず実現していくということを、彼女は身をもって実証されたのです。

奇跡は自然に起きるものです。奇跡が起きないときは、何かが間違っているのです」と「ア・コース・イン・ミラクルズ」のメッセンジャーは語っていますが、「奇跡は愛の表現として自然に起こる」のです。

愛から生じるものは、すべて奇跡」であり、「愛の表現はすべて、本当の意味において常に奇跡的なもの」なのです。
そして、「祈りを通して愛は受け取られ、奇跡を通して愛が表現される」のです。

愛があれば、不可能なことは何もないということを、今回Y.Oさんの過去生の人たちの解放を目の当たりにして再確認させていただきました。
共に素晴らしい体験をさせていただいたこと、心から感謝いたします。




ハトと光


◆感謝を深めていくために



以前に「ありがとうおじさん」の言葉を記載したことがありましたが、今回もその文章を引用させていただきます。


◆ありがとうおじさんからのメッセージ


感謝を深めていく為には、正しい受け方を、自分なりに早く発見してゆかなければならないのです。その受け方の参考例を、いくつか列挙してみましょう。

① 過去世に積み重ねたマイナスの想念行為は、雪だるま式に膨らんで、無限に近いものになっている筈です。法則通りならば、地獄の苦しみを永遠に味わい続けなければならないものです。それなのにこんなに幸せにしていただき、ありがとうございます。

② この世の一生が七難八苦の連続であっても、無限に近い業想念を清算する為のものであれば、万分の一以下の軽い苦しみに免除していただいたものです。こんなに軽くしていただいて、ありがとうございます。

③ 地獄から救い上げていただくのは、何億年に一回のチャンス、何億人の順番待ちであるのに、こんなに早く地獄から救い上げていただいて、ありがとうございます。

④ 宇宙の大法の教えに触れ、正しい祈りを実行させていただけるというのは、無限の年月を待ち続け、無限の順番を待ち続けても、この上なく有難いものです。それなのにそのチャンスを、こんなにも早く与えられたということは、無限の無限の感謝を捧げてもまだ足りないものです。

感謝を深める一番の秘訣は、古い自分を神さまに捧げ尽して、どんどん消し去ってもらうことです。古い自分を消し去ってもらえばもらうほど、より新しい自分が出て来るのです。より新しい自分に成れば、より新しい世界を感受できるのです。常に自分のすべてを捧げ尽して、全力を出し尽くして、神さまへの奉仕に生きれば、速やかに古い自分をどんどん消し去ってもらえるのです。

致知出版社 『「ありがとうございます」という言葉は不思議な力を持っています』より抜粋





ハートの白鳥

Osho presents

愛――このひとことの中に
人生の中で持つ価値のあるものすべて
人生の中で手に入れるべきものすべてが含まれている
神を忘れても失うものは何もないが
愛を忘れたら、すべてを失う
愛があれば、神は必ず訪れる
なぜなら、愛を経験することの絶頂が神であるからだ

しかし、愛なくして神を望むことなどはできない
愛なくしてはすべてが不可能だ
至福もなく、祝福も、真理も、自由もない
愛は美酒だ
それは人に永遠の生命を経験する機会を与える
愛は時間と永遠との架け橋になる





◆お知らせ


次回も「過去生回帰」の個人セッションを受けた方のレポートをお届けしたいと思います。お楽しみに。

今現在の受講者さんたちの課題に集中したいため、「気づきのコース」の新規のご希望は4月から受付させていただきます。
もうしばらくお待ちください。


ごあいさつ





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