「真の自己」とは何か? 低我との関わり

2015年11月12日 17:00


◆波動リーディングレポートより



11月のセミナーが終了しましたが、まだ全員の感想やレポートが来ておりませんので、それらはまたの機会にし、今回はとても重要だと感じたカミツレさんのレポートとメールでの質問内容を掲載します。


波動リーディングをうけて感じた事


              カミツレ 24歳 女性 東京


2015年10月30日 カヴィーシャのコメント
2015年11月1日  カミツレのコメント

波動リーディングを受けるなかで、この2カ月間自分なりに色々と試してみて、感じた事、思った事をまとめました。今の意識レベルで感じる事なので間違っていることもあるかもしれませんが、今の私が感じた真実を書きました。

*自分を責めることは、自分から光を遠ざける 
意識レベルが下がる時、ネガティブエネルギーを引き寄せる時は、必ず自分への愛をなくしていた時でした。私の描く理想が達せられない時、自分を責める気持ちがとても強くなり、責めることで自分を信じる力も失われ、光は取り込めない、憑依はされる、という悪循環に陥っていました。私には間違った(愛のない)観念が多くあり、それを良いものだと信じ切っていたので「私が理想とし良いと思っていること=エゴが信じる理想」である場合があることになかなか気付けませんでした。
「みんなと同じに物事をそつなくこなせる自分」「相手に優しく出来る自分」などなど、それは私がエゴ(頭)で作った理想であったのに、それが叶えられないとひどく落ち込み、傷つき、自分を責めていました。誰からか心ない言葉をかけられた時や何か悪い状況に陥った時、それだけで傷付く訳ではなく、その言葉や状況に「同調する」ことを自分が選び自分で自分を責めた時、初めて自分は落ち込み、傷つき、力をなくすのだと思います。そんな時、意識レベルは下がり、憑依されるのだと言う事がよく分かりました。

★よくご自分を観察しておられます。あなたが気づかれた通りです。

自分が当たり前と思っている事、良いと信じて疑わないこと、そういったことのなかにこそエゴの罠は隠れていたりするのだと思います。
ネガティブな存在に憑依されたり、意識レベルが下がったりすることで、自分の信じていた「当たり前」の観念が間違っていたのかもしれない、と気付ける大きなチャンスをもらっているんだなと感じるようになりました。

★それは、とても大きな気づきです。

*自分の波動の状態を自分で把握するには、自分の「感情」に常に気を配る
自分が異常波動か正常波動なのか知るヒントは自分の感情の動きにあるような気がします。
振り返って見ると、異常波動であったり意識レベルが低い時ほど感情の動きは硬く、重いものでした。それがいくらポジティブと思う気持ちであっても、エゴが自分にポジティブと思う感情だけを感じる事を強制しようとしている場合があるので注意する必要があると思います。そんな時は、大体リラックスしていないというか、どこか緊張して深刻に考えている節があります。
正常波動の時の方が感情の動きはむしろ激しく「怒り」「悲しみ」「喜び」「感動」などの気持ちがしっかりと感じられるということに気付いたのは大きな発見でした。とても意外な事でしたが、感情が動く事を赦していると、その感情に振りまわされることもありません。
その違いからも、自分の波動の状態を大まかに推測が出来るように思います。

★以前に「自分自身で様々な意識レベルを経験するまでは、異常波動の時には分かりやすくイライラしやすくなったり、傲慢になったり、人の意見をかたくなに聞かなくなるのだと思っていましたし、正常波動の時はいつでも穏やかな気持ちに満たされ幸せな気分で、聖人君子のように全てを許せてしまうような気持ちになるのかと思っていました。正常波動の時も嫌な気持ちになったり、不機嫌になったりすることはあります。いつでも上機嫌、という状態な訳ではないと言う事が私にとっては驚きでした」と書いておられましたね。
それに対して、「当たり前のことです。異常になった状態のほうが、異常を感じないのですから。正常な状態とは、嫌なことは嫌だと感じる、悲しいことは悲しいと感じる、悪に対して怒りを感じる、といったすべてに対して正しく捉えられる能力があります」と書きました。そこで、あなたはとても意外な発見をして、納得ができたわけですね。


★はい。それまではポジティブな気持ちでいる事が正常波動だと思っていたので、無理やりポジティブな部分だけを感じようと躍起になり、本当の気持ちを抑圧して余計に正常波動から遠ざかるということもありました。それも「常にポジティブでいる事が良い事」だという間違った思い込みからきていたのだと思います。

*恐れや不安を握りしめていると、安心や幸せは感じる事が出来ない
自分をエゴの不安や恐れでいっぱいにしている時は、光のワークをしても、自分の中に光が入ってきませんでした。既に何かがパンパンに入っているコップに別のものを入れられないのと同じように、恐れや不安を握りしめてその感情に支配されている時は、光をはじいてしまい上手く取り入れられないことに気付きました。
今は恐れでいっぱいになってしまった自分に気付いたら、それを認めて、その気持ちをまとめて宇宙に預けることにしています。それが委ねる、赦すということなのかなと感じています。握りしめた恐れや不安を手放すのには初めは勇気が要りますが、一度手放すとびっくりするほどリラックスして、この後に光のワークをすると光が入ってきてくれる感じがよく分かります。この時、愛に包まれてとても満たされた感じがして、「ああ、全ては私が愛を受け取る事を拒んでいただけだったんだ。守護の神霊達に見捨てられた訳でも、私が駄目だった訳でもなかったんだな」と心から思う事が出来ました。

★素晴らしい体験でしたね。

*自分で自分に力(=愛=光)を与えられる状態から全てが始まる
自分が自分の一番の味方でいる事、自分が自分をめいっぱい愛す事を自分に赦せた時、自分で自分に力を与えること、ハイアーセルフと繋がり、宇宙の愛を受け取ることが自在に出来るようになるのではないかなと感じます。

★その通りです。

私は「自分で自分を愛することには価値がない」「自分を責めて成長してこそ意味がある」という間違った観念をずっと信じてきたのだと思いますし、自分に自信が欲しいと願い、「あれさえ出来ていれば」「もっとこう出来たら・・」と自分に自信のない言い訳を探してきたのだとも思います。
自分に対する自信は、つけようと努力して何かを達成できることで“つくもの”ではなく、自分が自分であることを心から赦し、めいっぱい愛することが出来ている時、自信があるという状態に“なっている”のだろうなと思う事ができました。
自分を愛で満たすためには、まずそれを邪魔するエゴの罠に「気付き」、気付いたらそのエゴをしっかり「感じ」、勇気を持って解放することを「赦す」ことがとても大事だと感じます。それが常に正常波動でいるための土台であると思っています。この3つがマインドでなくハートで出来るならば、憑依されにくくもなりますし、仮に憑依されて異常波動になってしまったとしても各段に憑依は外れやすくなると思います。

私も大変苦労したネガティブ霊ですが、勝手にやってきたと考えると迷惑だし不気味で遠ざけたいとしか思えませんが、引き寄せた原因が自分にあると思うと、むしろ少しの親しみさえ感じます。(同調してしまわないように気をつけます・・)ネガティブ霊と同調してしまったネガティブな部分の自分を真に赦すことが出来た時、そのネガティブな自分ごとその霊達も愛おしく感じ、浄化されて幸せになって欲しいと思う事が出来ます。そんな思いで浄化する時はたいてい上手くいくので、どれだけ心から赦せたか、愛せたのかが浄化する時も大事だなと実感している所です。

★わたしが記事で伝えたことをしっかりと理解し、実践されていることを知り、大変うれしく思います。
リラックスしたなかで、ご自分の体験にしっかりと基づき、とても素直な気持ちで書かれたよいレポートだと思いました。




イルカ


◆「本体(本質)とつながっている」という意味



下記は、さきほどレポートを掲載させていただいたカミツレさんの波動調査をしたあと、わたしが送ったコメントです。
「今日のあなたは本体とつながっていません。 別人が入っているわけではありませんが、 本体のあなたから個の霊体として切り離されているような状態です。このような状態は、ネガティブ霊に影響されやすく危険です。 あなた本体となるよう意識的であってください 」

これについて、カミツレさんからいろいろと質問がありました。「本体とつながっているかどうか」については、セミナーや波動リーディングの受講者のなかで「本体とつながっていない」体験をされた人が続出し、今とても大切な事柄・関心事となっているので、ここで皆さんにもお伝えしておきたいと思い、カミツレさんとの質疑応答として掲載させていただくことにしました。
少しでも参考になれば、幸いです。(青紫色の文はカヴィーシャからの返事です)

~カミツレさんのメール文から~

1つ質問なのですが、昨日本体と切り離されてしまったのは、午後からなのでしょうか。

★午前中からです。

また、午前中に一度光の瞑想をしたのですが、昨日の調査ではチャクラのプラーナ量が足りませんでした。これは、単に取り込みが不十分(瞑想が不十分)であったのか、本体と切り離されていたからうまく取り込めなかったのか、どちらなのでしょうか。

★本体とつながっていなかったからです。
あなたの本体というのは、宇宙の根源とつながっている存在であり、あなたの過去生がすべて記憶されている統合された存在です。今回地球に生まれてきた目的も当然熟知しているあなたの「内なる統治者」であり、「真の自己」です。

その本体から離れてしまっている個としての霊体(低次の自己・低我・ロウアーセルフとも呼ばれる)は、ネガティブ霊に影響されていることが多いのです。
本体は、本体を守るために、本体自身が今現在肉体に入っている意識レベルが低位となった霊体を切り離しているケースが多いように思います。そして、個としての霊体がそれに気づいて意識レベルを上昇させると、本体は受け容れるのです。
非常に抽象的な概念であるため、なかなか言葉で説明することができにくいのですが、簡単に言うと、そういうことなのです。ご理解いただけるでしょうか? 

(この内容は、言葉に表現するのが難しいため、言葉にひっかかりやすい人・マインド思考の人は誤解してしまう可能性があります。ご自身が「真の自己である本体」とつながっていない限り、明確に理解納得ができないことであると申しあげておきます)


☆今世の私=個としての霊体であり、今回に関しては、ネガティヴ霊に影響されてしまった私から本体を守るために切り離されたという理解でよろしいでしょうか。また、本体とハイアーセルフは、少し違うものなのでしょうか?

★本体とハイアーセルフは、ある意味においては、イコールだと考えてもよいと思います。ロウアーセルフを「低我」とするなら、ハイアーセルフは「高我」という言葉で言い表せますが、本体は「高我」を含んだ「真我」という言葉が最もぴったりくるように思います。
「切り離された」と言っても、本体は自分自身ですから、自分でトカゲのしっぽ切りのようなことをしているわけです。「自分の成長・進化にとって、不利益で不必要なものは取り込まない」というのが、本体の基本的な姿勢なのです。


はじめに切り離されていると教えて頂いた時は自分から望んで幽体離脱のような状態になっているのかと思いましたが、少し違うのですね。
自分自身で何かから逃げたいと思ったり、離れたいと思っていた訳ではないのに切り離されていたことが意外で驚いたので、納得です。
これは、憑依よりも強くネガティヴ霊に影響された状態でおこるものなのでしょうか。

★そうです。最近は大量の悪霊に影響される人が増えてきているため、本体とつながっていないケースが多く見られます。別人が入ったときも、同様です。

切り離されていますよ、とカヴィーシャさまに教えて頂いたのは初めてですが、以前は特にこのような状況はよくあったかもしれません。空想しすぎてしまう状態というか、ふわふわしてぽーっとしてしまう状態です。

★もし「本体から離れている」ことについて、何か体感されたことがあるなら、もう少し具体的に教えてもらえますか?

☆本体から離れたことによって生じたことなのか判断ができないのでなんとも言えませんが、昨日の私は現実感が薄かったように思います。現実で起こっていることも遠くのことに感じるといいますか、現実のことに興味が薄れてあまり重要に思えなかったと思います。現実に起こっていることを私が私として体験しているというよりも、遠くで(第3者の立場に近い視点)でみているような感じでした。厚いガラスで囲まれた空間の中から、外で起こっていることを眺めている感じです。他人事に近い感覚なので、現実で何が起こっていてもあまり気になりませんでした。
そういう意味で、昨日の私は割と上機嫌であったように思います。
ただ、午前中の瞑想、浄化の際は光を感じたように思っていたので、私の場合そこでは切り離されたかどうかの判断は出来ないかもしれません…。
割と現実逃避しやすいたちではあると自覚しているので、今後意識して行きたいと思います。

★意識は瞬間瞬間に変化していくものなので、悪想念やネガティブな思考が急に生まれたり、充満すれば、一瞬で本体とのつながりが切れる可能性があります。
カミツレさんが書いておられた「空想しすぎてしまう状態というか、ふわふわしてぽーっとしてしまう状態」については、〈偽の人格〉で説明ができるかと思います。すなわち〈偽の人格〉を「低我」と置き換えて考えるとわかりやすいのではないかと思うのです。
マイケルの「魂のチャート」の〈偽の人格〉の箇所につぎのような記述があります。


〈偽の人格〉は純粋に物質的なものであり、条件付けと刷り込みからできています。
それは刺激に対する反応という形で機械的に働き、受動的にしか動きません。
〈偽の人格〉は絶えず因果関係に基づいて行動し、おもにオーバーリーフの影響を受けます。特に幻想や空想に振り回される傾向がありますが、それらは生きるためにはまったく不必要なものです。
例えば、〈偽の人格〉は自分だけが重要で、何が何でも生き延びなければならないという幻想を抱きます。また〈偽の人格〉は自分自身が真実であり、真の自己とつながっていて、究極の意思決定ができるのだと信じます。しかし、実際に主要な選択をするのは〈本質〉であり、〈人格〉は〈本質〉が様々な教訓を学ぶために利用されているにすぎません。



★「魂のチャート」には、
偽の人格〉はおもに恐れに支配されているということ。
人が陰極に基づいて行動してしまうのは、恐怖心と先入観をもつ傾向のせいであること。
逆に、真実を明らかにしようという探究心と思いやりのある行い(愛)からは陽極の行動が生まれること。
多くの霊的な訓練や修行では、〈真の人格〉を通して〈本質〉が現れるようにするために、〈偽の人格〉を取り除こうとするということ。それは今生で消滅させることも不可能ではないこと。
ただし、通常この作業ができるのは、老年期の魂だけであるということ。
などが書かれています。

詳細は、ホセ・スティーブンス/サイモン・ワーウィック・スミス著:マイケルが教える人類の進化と自己理解 「魂のチャート」1章の12から21ページ、2章〈本質〉と〈人格〉22ページから32ページをお読みください。





春の天使


◆霊的成就のための条件



低我」については「神智学大要」につぎのような記述があるので、参考のため、引用します。

普通の人の場合、アストラル体とメンタル体との間にはいつも緊張状態が続いており、その場合両体とも魂に同調することなどないし、魂の器として働ける状態にもなっていない。
必要なのはまず低我を浄化することであり、低我と魂との間のチャンネルが開かれ広がらなければならない。そうなるまでは、低我はあらゆる事物と人とを自分流の非常に限られた視点から見るようになり、魂は本当の出来事を見ることができない。
彼は低我によって歪められた像だけしか感じ取れない。そのような低我はちょうど光線を歪めるレンズとボヤケ、不鮮明な、不ぞろいな画像しか結ばない原版とをつけたカメラのようなものである。


では、どうしたら、「低我」を退け、「高我」に達することができるかということですが、神智学の見地から、その必要条件をお伝えしておきたいと思います。

★「自分が霊であり、高我であることに対する絶対的確信」
★「魂としての自分自身の力に対する完全な信念」
★「その力を自由自在に用いる勇気」

★「低我の意識」を普通だと思わないこと。それを異常、不自然のものとみなすこと。
「魂の生活」こそが自分自身の真の生活なのであって、間違った判断や努力によってそこから外れてしまったということを自覚する習慣をつけること。
肉体が勝手に動き出す行動を許さず、魂の命令に従うように、慎重に意識的に訓練すること。(自己の統御。統制)

★感情の世界がアストラル体に影響してその行動を決定することを許さず、どのような感情を持つか、どのような感情をアストラル体から放射するかは、魂自身が決めるのでなければならない。こうすることによって、魂の意識はアストラル体からほどけ、アストラル体は魂の望みに従うようになる。

★外からの刺激によって想念―イメージが勝手に発するようにしてはならない。勝手気ままな想像には大きな危険がある。想像というものがなければ、外部の対象は私たちに何の力も及ぼしえない。よって、魂は十分にコントロールするようにならなければならず、魂の決める方向でだけ想像が働くようにしなければならない。


このような内容は、しだいに高度な領域となり、簡単には語りつくせないため、今回はこのあたりで留めておきたいと思います。
もしさらに学びたいと思う人は、来年に行なうセミナー内容としてご希望くだされば、考えたいと思います。ただし、「目に見えない身体についての学び」ですので、「波動リーディング」を3か月以上受講され、少なくとも自分の波動状態をよく感知している人を対象としたいと思います。ご希望があれば、通常のメールにてお知らせください。



ふたつのハート

最後に、
時には自己の愚かさに気づかず、指摘されても理解納得ができず、悩み苦しむことがあるかもしれません。
低我はいつも自分勝手な思い込みやふるまいをして、本体(真の自己)が本体自身の高級な目的のために進化させてきた、より精妙な機構(メカニズム)を押しつぶしてしまいます。時間をかけて積み上げ来たものを一瞬にして壊すことを、低我は何の躊躇もなく平気でやってしまうのです。(低我は積木崩しを繰り返す)
だから、何度も何度も同じことをしでかして、同じ指摘を受けている人たちは、低我を野放しにしておかず、しっかりとコントロールしようとする意識が必要です。

あなたがたの本体は、下位の複数の界層から脱出し、自分の上昇の妨げとなる荷物を投げ捨てて、常に上昇しようとして努力しているということを、どうか忘れないでいただきたいと思います。

2015年11月12日 
カヴィーシャ・光の仕事人



11月のセミナー体験談

2015年11月19日 16:00


◆2015年11月セミナー感想文



見えない身体を保護する」セミナーや個人セッションは、何回となく実施してきましたが、今回は実践セミナーを受けられた初心の方のご感想を紹介いたします。

またもうひとつのセミナー「~男性性と女性性・両性の内なる統合を試みる~」についての感想文も、皆さん自ら積極的に書いて届けてくださいました。
今回は、全ての人の感想を記載することはできませんが、それぞれの方が真剣に受講し、男性性と女性性の統合を体験し、わたしが伝えたかった統合の在り方を理解し、受容されたことを知って、ほんとうにうれしく思いました。
その後、自分の内側にゆるぎない自信が湧き上がり、その後宇宙との合一にまで至った人もおられ、実施してほんとうによかったと歓喜しているしだいです。




光の世界



①自分の見えない身体を保護し、強化するセミナーを受けて

                 
                     A.K 女性 39歳 東京

今回初めてこのセミナーを受講し、自分の「思い」の持つ力の凄さを初めて知ることができました。
チャクラを開けたり閉じたり、オーラを広げたり閉じたり出来るらしい、ということは知っていても、私は霊感や特殊な能力も特にない普通の人なので、習ったとしても、普通の人である私に実際にそんなことができるのか、実は半信半疑でセミナーに参加していました。オーラやチャクラをコントロールする、ということについて自分の中で何となくイメージで想像できていても、それが本当に威力を発揮する、というところまでは納得できずにいたのです。

でも実際にイメージワークを繰り返し、カヴィーシャ様に都度出来ているのか出来ていないかを確認していただくと、自分の中で意識の統制を取れずにいるときや、イメージしたビジョンが曖昧なものである場合は、必ず出来ていないという結果になります。この経験を経て、ああ、オーラやチャクラは本当にあって、そして、自分でコントロール可能なものなのだと初めて確信することが出来ました。オーラやチャクラがきちんと閉じられているときは、周囲と自分の領域を区切る壁ができ、心が安定し、きちんと地面に立っている感があって、思考が冷静です。しかし、いったん開いてしまうと、色んな感情が湧き出て溢れ、ダダ漏れになり、ふわふわした感触に包まれ、そのあと、いつも必ずものすごい疲労感に襲われます。開いている状態と閉じている状態、コントロールしてみれば違いは明らかなのに、自分にはそんなことはできないと、まさに思いの制限にとらわれて、自分の可能性をしまい込んでしまっていたのだと思います。

いったんオーラやチャクラの開閉が出来ることが確信に変わると、自分が今何を思っているのか、どういう状態にあるのか、自分の思いに対して、注意深く、意識的でいるようになったと思います。今までは、人の多いデパートに行ったり、人の悩みや愚痴を聞いて体がだるくなると、ただ単に疲れたのだなというようにしか思っていなかったのですが、それは私が周囲のネガティブを吸着してしまった状態であり、体が疲れたというよりも、自分の意識が阻害されたことによる現象だとわかるようになりました。そういうときに、自分がどう変化するのか自分で自分を観察してみると、まず心がもやもやと雲り、意識があいまいになります。それに体がつられて鉛のようにだるくなり、自分の顔を見ると、表情を失い、目が精彩をなくしてしまっているのです。そのようなときは、自分のはずなのに、明らかに自分ではない誰かの顔になってしまっています。ですから、心がもやもやしたり、意識があいまいになってきたときは、何かに影響されているのだと気が付き、あわててオーラとチャクラを閉めなおすようになりましたし、自分の思いに対して意識的でいるということの重要性に改めて本当の意味で気が付くことができるようになったと思います。

いったんこのような気づきを得ると、なるべくネガティブの影響を受けないように、出向く場所や付き合う人に敏感になり、家から出たくなくなったことがありました。特に会社では、私の周囲にネガティブをたくさんつけた人が多く、そこで座って仕事をしなくてはならないなんて、なんて自分は不幸なのだろうと、周囲をうとましく思うようになっていました。そう思うと、さらにネガティブスパイラルに巻き込まれ、心も体もどんどん重くなってしまうのです。
そこでまた自分の思いに意識的になるように軌道修正してみると、自分の意識が下がるのを、波動の悪い周囲のせいにして、自分の意識を保とうとする心の強さが足りなかったのだと気が付きました。自分の状態は、自分で選べるはずであるから、何か意識が下がってきたときは、チャクラとオーラを閉じて自分で自分の意識をコントロールし続けることをあきらめてはいけない、自分で自分の意識に責任を持つ、このことがきっちり腹の底に落ちたと思います。

それでもネガティブに影響されずにいることは、今の私にとってはものすごい精神力を必要としますし、気を付けていても、ネガティブを吸着して影響されてしまうことがあります。そうなったときは、まずはそういう自分を許し、受け入れて、愛し、癒してあげる。そうすると、私は何があっても大丈夫と安心感に包まれ、心の平和を取り戻して、またもとに戻ることが出来ます。自分を愛することはすべての力の源となります。生きる強さにつながっていきます。何かが起こったら、必ずこの真理にもどってくること。これを忘れずに、日々意識的であるよう責任感をもって生きていきたいです。

★初めて「自分の見えない身体を保護し、強化するセミナー」に参加されて、驚くほどの進歩をされたと感じます。
自分の見えない身体を守ることは、当然のことですが、肉体を守ることでもあり、あなた自身(あなた本体)を正常に守るために必要不可欠なことです。
セミナーで会得されたことを、これからしっかりと実践していってください。
心から応援しています。




milkyway



②男性性と女性性・両性の内なる統合を試みるセミナーを受けて


                    A.K  女性 39歳 東京


今回のセミナーで、男性性と女性性の違いを論理できちんと学ぶと、今までの自分は男性性を優勢にして生きてきたのだなと気が付くことが出来ました。自分が今まで当たり前に思っていた自分にとっての生きる意味、例えば「この世界で自分の居場所をつくること」、や「きちんと目標を持って生きないと生きる意味がない」などはまさに男性性の考え方であり、数秘で調べていただいた時も、一番経験が多かったのが男性性、自立の1でしたので、今までの自分は男性性の思考だけで生きてきたと思います。

それゆえに、今回初めて知った女性性の考え方、例えば「ただ存在しているだけで、すでに宇宙からの使命を果たしている」、ということについては、私にとっては全く新しい考え方であり、なかなか腹に落として理解することができませんでした。というのも、学生時代からの友達の中には、自分の人生に対して特に目標を持たず、何となく就職して、すぐ結婚して、専業主婦となり、子育てに追われている人たちがいます。彼女たちの、「社会に出て仕事をするよりも、家族のために家にいて、家族の生活をサポートできるなら、それが一番心地よい生き方であり、自然体で生きる喜びにつながっている。今が一番幸せです。」という意見を聞くと、せっかく生まれてきたのに、自分の人生に目標を持たず、何かを成し遂げることにチャレンジしようとしないなんて、なんだかもったいない生き方だなと思うことがよくあったのです。

でもこの部分はまさに、自分が持っていなかった女性性の考え方だったのだと、学んでみて初めて気が付くことが出来ました。「存在をありのままに受容し、内なる愛を表現する」、「そこにただ存在するだけで宇宙からの使命を果たすことが出来る」、何て自然体で満ち足りた生き方なのだろうと思います。少なくとも今までの自分は、自分を常に奮い立たせて自分の居場所を獲得しようと戦い続けてきました。そして、それをしなければ幸せにはなれないのだと思っていました。でもまさにこの部分も、自分で作った思いの制限に過ぎなかったのだと思います。自分も他者もありのままでいることで、自分の使命を果たすことが出来る。愛で満たすことで、生きる喜びの表現になる。人生は戦いではなく、愛によって満たされることが出来ると知ると、すっと肩の力が抜け、日々過ぎ去っていく時間を慈しみ、生きる喜びを味わって生きていきたいと思うようになったのです。

★そうでしたか。女性性を生きることの意味を知ったことで、あなたはすばらしい宝物を発見されたのですね。

また、男女の表現の違いについて学ぶことが出来たことで、沢山の気づきを得られたと思います。男性は感情を表現するのが苦手で、行動を通じて愛を表現するということに関して、例えばデートをしたり、メールをしても、男性は、言葉が少なく、こういうことがあった、という事実は説明できても、こう思っているよ、と自分の感情を表現してくれることがほとんどありません。ですので、自分はいつも、どうして相手は自分の気持ちを言葉で伝えてくれないんだろう、とか、自分は感じたことを言葉にしてあれこれとメッセージを沢山送るのに、相手はなぜメールの言葉の数が少ないんだろうと、やきもきすることがよくありました。いったん疑問に思い始めると、猜疑心が頭をもたげ、相手の中に自分に対する愛はないのか、相手にとって自分は特段意味のない存在なのかなと不安になり元気がなくなってしまうことがありました。けれども、男性は感情表現でなく、実際の行動で愛を表現すると知って相手の行動を見つめなおしてみると、レストランで注文した食事を取り分けてくれたり、荷物を運んでくれたり、目が悪い私に眼鏡を貸してくれたりしてくれていました。甘い言葉やロマンチックな感情表現は一切なくても、相手は確かに、自分の出来ることをすることで、自分の気持ちを伝えようと頑張っていてくれて、そこには彼の愛が最初からちゃんとあったのだと思います。そして、自分はそこに気づいてなかっただけなのだと、改めて気づくことが出来ると、相手に対する愛も、自分の中でさらに強く大きいものになったと思います。

★それはよかったです! 
彼がいろいろ行動で表してくれたことに対して、その時々で心からの「ありがとう」を言ってください。そうすれば、彼はあなたに愛されていると感じることができるでしょう。


また、男女のエネルギ-の物理的な一体化についても、大いなる気づきがありました。ありがたいことに自分の命が生み出されたのはこのためだということはわかっていても、何となく、世間では公に認めて前面に出すことがはばかられるような雰囲気があるため、そのことの意味や素晴らしさについて考える機会がありませんでしたし、むしろ、隠し通さなくてはいけない物事だと思っていました。しかし、これらはすべて、宇宙が目指している一体化の一部分であること、神聖なプロセスの1部であるということを知ると、自分をこの世に生み出してくれた両親に自然と感謝する気持ちが湧いてきました。
今の私は、女性として生まれて、愛というものに対して手探りで理解を深めている途中です。これからは、さらに勇気を出して、本当の自分をもっともっと表現することで相手とのコミュニケーションを深め、女性として生きる喜びを味わっていきたいと思います。

★そうですね。
今生は女性に生まれたのだから、これからはおおいに女性性を表現し、深めていってください。




   ランプのなかの天の川



◆男性性と女性性の統合の体験



今回のセミナーでは、「両性の統合を試みる瞑想」のために一か月間の準備期間をもっていただきました。
内なる男性性と女性性」を十分に自覚するため、自分の「内なる男性象」と「内なる女性像」を「理想的なイメージ」として固め、その「内なる男性象」と「内なる女性像」にそれぞれ名前をつけ、セミナーの瞑想時にその名を呼び、そのイメージがすぐに出てくるように練習をしていただいたのです。
下記は、セミナーの当日に行なった「統合の瞑想」の際の感想の部分だけをピックアップさせてもらいました。


★今回もチャクラを活性化や2つの瞑想をさせていただきましたが、理想の男性性と女性性の統合の時は、感極まって涙が止まらなくなってしまうほどの至福を経験させていただきました。理想の男性像と女性像とで手をつなぎ、指導霊のサポートのもとでエネルギーが流れ込んできた時のあのやさしさと強さ、統合された時の至福は言葉では言い表せません。私が本当に求めていたものはこれだったのだ、と肌で感じました。 (E.F)


◆男性性と女性性を統合する瞑想において、理想の男性と女性と手をつないだときからなぜだかとてもありがたくて涙が出たのですが、指導霊に来て頂き、統合を進めて頂く際、今までに感じたことのないものすごい熱を身体の中心、ハートチャクラで感じました。小さな爆発のようで、そこから熱が全体に広がって、落ち着く感じがありました。融合反応のエネルギーはこんなに温かでポジティブな愛と感謝のエネルギーを生み出すのかなとぼんやり考えました。こんなにも深く感動できる瞑想を経験させてくださり、ありがとうございました。涙が止まりませんでした。
そして、自然と愛を実践したいと感じました。パートナーがいないので、出会うことからはじめなくてはなりませんが、自分を整えて、準備をしっかりして参ります。(R.I)


◆私はこれまで女性でありながら女性エネルギーにあまり関心を払わず、女性性を左脳でしか理解していませんでした。しかし、8日のセミナーで、女性エネルギーと男性エネルギーの違いや理解を深めることが出来た事で、今まで本当の意味で気づいていなかった女性エネルギーの素晴らしさを感じることが出来ました。
統合の瞑想で自分の理想の男性像に出会った時、自分が事前に丁寧に考えたイメージ通りの男性が現れ、彼が私に大丈夫だと、正しい道を進んでいると言った時、とても嬉しく力強く思えました。そして、理想の女性像に出会ったとき、私はその女性像が事前にざっくりと想定していた男性っぽい女性像ではなく、女性らしく可憐であったことに驚きました。実は、理想の女性像の事前の準備についてはあまり力が入らず、外見のイメージもギリシャ神話のアテネ像程度にしか考えていなかったのです。私の人生はいつも仕事が中心だったので、必然的に物事を具体化するエネルギーである男性エネルギーを中心に使っており、女性エネルギーはほとんど使ってきませんでした。私にとって女性性はあまり役に立たないと判断しているため、私の人生で役に立っていない女性性の理想像を考えるのは力が入りませんでした。 
しかし、想定していたのとは違う理想の女性像が現れたとき、その女性から慈しみと愛のエネルギーを感じ、勝手に涙が溢れました。私がずっと役に立たないと決めつけて、無視してきたのにも関わらず、女性は優しく私に微笑みかけて、嬉しそうにずっと待っていた、というような言葉を発していたように思えたのです。その女性はただ私に笑いかけているだけなのですが、どんどん女性の優しいエネルギーが心に流れ込んできて、私は何でこんな素晴らしい存在を無視してきたのだろう?役立たずだと思ってきたのだろう?こんなに私を愛してくれている存在に対し、私はなんてひどい仕打ちをしてきたのだろうと思い、涙が止まらなくなりました。
そして、理想の男性像と理想の女性像と手をつないだとき、これまで感じたことのない幸せを感じました。男性から力強いエネルギーが流れてきて、女性からは愛のエネルギーが流れ込んできて私に合流したとき、満ち足りて、揺るぎない安心を感じ、ずっとこのままでいたいと思いました。最後に手を放すのをためらっていたら、指導霊と二人から手を放しても大丈夫だと、私の中にいつもいると言われたような気がして、安心して手を放しました。
瞑想後、しばらく放心状態だったのですが、こんなに素晴らしいエネルギーが自分の中にあったなんて!という気持ちがふつふつと沸き起こり、大胆なのですが、この二つのエネルギーを統合したい!と心から思いました。(Y.O)



★皆さんの瞑想中、わたしも皆さんの統合がうまく進むように個々に光を送り、サポートさせてもらいました。このような感動を覚えていただけたことを知って、このセミナーを実施した甲斐があったと思っております。
いくらわたしがひとりで頑張って伝えようとしても、それを100%受容してくれる人がいなければ、セミナーは成立しませんし、すばらしい瞑想体験はできないのです。

光は大きく開け放った窓から、燦燦と降り注ぎます。
もし光が入らなかったのなら、感動が湧き起こらなかったのなら、それはその人が心の窓を閉ざしていたか、光が入らないように別の者に邪魔されていたかです。

つまり、いかに個々の受講者に、全面的な受容の準備ができているかということに尽きるということです。すべては受け手しだいだということですね。

来年もまた、皆さんの笑顔とお会いできることを楽しみにしています。

2015年11月19日 カヴィーシャ・光の仕事人



天使の星






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