本気で行動しない限り、あなたの人生に奇跡が訪れることはない

2015年05月09日 15:40


街路樹が青々と茂る季節となりました。
さわやかな風に、色とりどりのツツジの花が揺れ、道路を行き交う人の目を楽しませてくれています。
皆さん、精神的にも肉体的にも健康でお過ごしでしょうか? 
晴れの日が続いたゴールデンウィーク、楽しまれましたでしょうか? 

先日「7月の気づきのセミナー」「個人セッション」のご案内をいたしましたが、お待ちになっていた皆さんのメールがつぎつぎと届き、個人セッションは記事掲載の日にすべて埋まり、セミナー参加者も6名となりました。
毎回3名ほどの静かなセミナーが多いのですが、今回はテーマが身近なので、やはり必要性を感じていらっしゃる方が多いのだということを知りました。
この機会を逃したくない方は、もう少しお待ちしますので、お申し込みくださればと思います。



とっとり花回廊から大山を望む


★門下生のその後



4月は、霊的にほんとうにきつい月でした。人霊、異星人、妖精と、湧き出すようにやってきて、ほとんど一日中浄化をしているような毎日だったからです。

門下生の皆さんも、4月は特に大変だったと思います。
1月から「今生の課題」に取り組まれ、入門セミナーで「これからがんばるぞ!」と自分に誓い、おおいにやる気を出しておられたのですが、セミナー後つぎつぎとネガティブエネルギーに影響され、あっけなく脱落していかれた人もおられました。

3か月間という期限の枠が過ぎても、自分の人生の課題がクリアできず、その間四苦八苦し、ネガティブな存在たちに影響されて、見えない身体が次々と壊れ、オーラに穴をあけてしまうという事態も個々に発生しました。
ネガティブな存在たちに影響されていることがあまりにも多いため、一日何度も何度も波動調査をし、門下生たちが、自分できちんと浄化ができているかどうか、正常波動に戻ったかどうかを確かめる必要があり、それだけで一日が過ぎてしまうこともありました。

自分のことで精一杯、あるいは、自分のことさえ思いあぐね、自身を持て余している門下生たちが、これから他者のために役立つような光の仕事ができるのだろうか? と、正直思いましたし、彼らに時間と労力を費やすばかりで、わたしも疲れましたし、何度解散しようと思ったかしれませんでした。
門下生の皆さんには「願わくば、門下生でいさせてほしい」という希望がありましたので、そのたびにハイアーセルフに相談をしたり、思い直したりして、ようやく4月の第2回目のセミナーまでこぎつけた次第です。

結局のところ、1月当初に門下生に選ばれ、「入門セミナー」を受講された4名のうち、課題をクリアし、今現在波動良好で光の放射のエクササイズへと進むことになったのは、21歳の男性たったお一人だけです。
彼はこれまでに頻繁にネガティブなエネルギーの影響を受け、何度も何度もオーラに穴が空き、わたしもその都度治癒のお手伝いをさせていただきましたが、現在ではご自分の力で完璧に修復できるようになっておられます。

すばらしいのは、彼が実際にそれだけの努力をされたという実績です。
この「光の仕事人になるためのコース」を選んだ人は、いかに「チャレンジ精神」が必要であるか、「実行力」が必要であるか、「自分のパワー」を発揮できるか、ということを身に染みて感じられたことと思います。

何度転んでも起き上がる」「転んでもただでは起きない」という起き上がりこぼしのような「チャレンジ精神」があってこそ、このコースの継続は可能となるのです。


   ブルーの妖精


★行動・実行できないのは、自分の弱さが原因



思い通りに前進できないのは、「足を引っ張る邪魔が入っている」と言えばそうなのですが、邪魔をしているのは異常波動領域から来るネガティブな存在たちではなく、とどのつまりは「自分自身の弱さ」であり、「自分自身の意識」なのだということを、真に自覚していただきたいと思います。

できない」「続かない」「実行できない」という消極的な選択をされているその理由のほとんどは「心の弱さ」が原因です。
人間の可能性は無限である」とお教えしていますが、そのことを真に信じていないために自分の願いや夢が思うように実現できないのです。もちろん、まだ準備が整っていなくて、タイミングが合わないということもありますが。

門下生には、ブログ記事よりもさらに真理を深めてお伝えしているのですが、皆さん、ほんとうに理解が浅いのです。ですから、何かあったときに、簡単に崩れてしまうのです。
まずその真理を知って、お腹のなかまでストンと落ちたなら、それはもう吸収され、自分の血肉そのものとなっているので、「忘れ去る」などということは絶対にありません。
その後、また同じことを伝えなければいけないということは、忘れてしまっているわけですから、真理を知った(理解・把握した)ということにはなりません。ただ単に耳で聞いていただけ、聞こえていただけです。
ブログも同様です。単に目で読んで、頭で理解できたつもりになっているだけです。日が経つとすっかり忘れてしまい、もう一度読んでみて、「ああ、そうだった」と思い出すようでは、理解できていたとは決して言えないのです。

真理が吸収できない。その原因のひとつとして、第6と第7チャクラが開いていないことが挙げられます。
このふたつのチャクラが閉じていると、高次元からのメッセージを受けとることができません。常に光が入ってこないので、光の放射もできませんし、自分のなかにある能力を発揮することもできません。
(それは、オーラに穴が空いたり、破れたり、エーテル体・アストラル体・メンタル体・コーザル体など、見えない身体が正常でないときも同様です)
たいていの人は、セミナーや個人セッションの際に、わたしのサポートで開くことができても、帰るとまた閉じてしまうことが多いのです。自ら開く努力をしないと、勝手に開くことは無いと言ってもいいでしょう。

第6と第7チャクラを常時開いていることが、光の仕事人となるためには必須条件です。
これから門下生を目指したいと考えておられる人たちは、霊的な障害を受けないために第1~第5チャクラを閉じること、第6と第7チャクラを開くことができるよう、練習を真剣にしていただきたいと思います。


~次回の門下生の募集について~

今回の第1回目の「門下生育成コース」の選択のしかたを見直し、第2回目はもう少し厳しい条件で募集をしたいと考えております。
すなわち「3か月間の波動調査」で憑依をされず、ネガティブエネルギーが周囲にあっても影響を受けなかった人のみを選択するということです。その都度影響を受けているようでは、何も始まらないからです。
今年の10月から12月までの3か月間「門下生育成コース」の準備の段階として儲けますので、「光の仕事人」を目指したい方は、そのことを念頭に置いて準備をしてくだされば幸いです。



      みどりの妖精


★「変わらない人生」を自ら選んでいませんか?



どこから見ても「変わるつもりがない」ように感じられるのに、「私は変わりたいんです」と言っている人たちがたくさんいらっしゃいます。

「変わりたいのに変われない」のは、その人がいつまで経っても「変わらない人生」を、自分で選んでいるからにほかなりません。

頭では「このままではだめだ。変わらなければならない」と思っていても、感情的には「変わりたくない」のが、見え見えなのです。
それなら、無理に変わらなくてもいいのではないかと思うのですが、当のご本人は、「こんな人生には愛想が尽きたし、このままでは終わりたくはない。がんばりますからよろしくお願いします」というような答えが返ってきます。いったいどうしたらいいのでしょうか? 
自己のなかに明らかに矛盾があるのですから、前に進めるわけがありませんね。

皆さんの課題のレポートには「これからは~したいと思います」とよく書かれています。
しかし、今はただ「したいと思っている」だけで、実際には「していない」のですから、書かれてもあまり意味を感じないのです。
「ああ、そうなんですか~。今あなたはそう思っているだけなんですね~」「そう思うなら、今すぐに実行してください」「『思います』ではなくて、次回からは『~できました』と過去形で書いてくださいね」と、コメントした人は本当にたくさんいらっしゃいます。

思うだけではだめなのです。
思ったら、決断し、行動しなければ、何も生まれないし、前進できません。
「できない」「自信がない」を連発する人が成功することはありえないと言っておきましょう。そして、決断したことを実行に移さない限り、奇跡が起こるはずもありません。

やる気もないのに「明日やるから」「明後日やるから」と先延ばしにしている限り、何も起こることはないし、歳をとっていくばかりですね。
このことは、何度も過去記事でお伝えしておりますが、何度言ってもやっぱり実践ができないのです。そういう人は、「行動できない自分の弱さ」を痛感してください。



「会社を辞めたい」→「でも辞めると生活ができなくなるから困る」
「嫌な仕事はしたくない」→「でも、それを断ると、会社にいられなくなる」
「嫌な相手と仕事をするのは苦だ」→「でも、会社を辞めると困るのは自分だから我慢するしかない」
こんなふうに、「辞めたらどうなるか?」ばかりを考えていたら、辞められるはずがありませんね。

「この職場を離れると生活ができなくなる」という思いは、「今の生活を手放したくない」ということと同様ですから、そのような消極的な思い込みがある限り、いつまで経ってもそこを辞めることは出来ないし、多くの制限に束縛されたまま、不快感に満ちたまま毎日を過ごし、決して真の自由を得ることはできないのです。
そのような考えの人が、万が一会社を辞めたとしても、また別の職場で不満が起こってくるのです。嫌な職場からようやく逃れられたと思っても、真の満足や喜びが得られるとは限らないのです。なぜでしょうか? 

それは、その人の根本的な課題がクリアされていないからなのです。
ですから、その人が行くところ、行くところ、またまた問題が生じてくるのです。クリアできるまで、来生もそのまたつぎの生でも、同じ問題がやってくるというわけですね。


               紫の妖精3


★困った時には、素直に真剣に「助け」を求めること



自分の弱みを見せたくないために、「決して人に助けを求めない」という人がけっこうおられます。不必要なプライドが邪魔をしたり、相手に迷惑をかけたくないと勝手に遠慮したりして、素直に「助けてください」と言うことができないのです。
解決の糸口が全く見つからないのに、いつまでも孤独のなかで葛藤していても、何も始まらないばかりでなく、開ける人生も開く機会を失い、閉ざされたままで終了してしまいます。
こういう人は、「自分のなかのパワー」を自分で見いだせないわけですから、素直に「助け」を求めることが必要です。

特にネガティブ度の強い異星人や人霊に憑依されているときや、見えない身体に穴が空いてしまい、プラーナ量が欠乏しているときは、やる気は全然出ないし、今後の見通しも立ちません。思考能力が低下しているために、判断力が非常に鈍くなっていますから、誤った判断をしてしまう可能性が大です。そういうときに限って、「もう何もかも嫌になった。何もしたくない」というふうに否定的に物事を見るようになってしまい、ネガティブに偏った決断を性急に下してしまうことが多いのです。
ですから、「大切な決断は正常波動になってから」といつも申し上げているのです。
自分で正常波動に戻すことができないのなら、素直に「助けてください」ということも必要ですよと申し上げておきます。

逆に、いつも人に依存ばかりして、頼んだらすぐに何とかしてもらえるだろうと思うような人がいます。自分では何もしようとせずに相手にしてもらうのを待っている人です。それを「期待」といいます。
そんな人に「助け」を求められても「自分で何とかしなさい」と言うほかはありませんね。いくらお金を積まれようが、そういう人はきっぱりとお断りします。そこで簡単に助けてしまうと、その人のパワーを認めないことになり、最終的にはその人の自己確立を奪うことになるからです。

このように、いつも他者に「助け」を求める人もいれば、いつも自分自身で何とかしようとする人がいます。しかし、何とかしようとしても、ならないことも多々あります。その人の地球での体験不足、能力不足が原因です。
そんなとき、ほんとうに自分を助けたいかどうかを考えることです。
自分を真に大切にし、愛しているなら、自分が思いの制限の殻を破り、成長したいなら、時には謙虚に助けを求めることも必要だということです。人生体験の豊富な先輩はどこにもいるでしょうから、信頼できる相手を見定めて、謙虚に「助け」を求めることです。あるいは、守護霊や高次元の存在に「助けてください」と真剣に祈ることです。



女性と蝶


★魂年齢で接するか、肉体年齢で接するか



わたしは皆さんの肉体年齢ではなく、その人の魂の年代や段階、さまざまな見地から総合して、今現在助けたほうがよいかどうかを判断するようにしています。
ですから、Aさんは助けるけれど、同じ課題で悩んでいるBさんは助けないということもあります。
たまに「肉体年齢が若いので体験も少ないし、まだまだそんな課題をクリアするのは早すぎる」と言うような人がいますが、肉体年齢は若くても、魂の年齢が老年期の終わり頃にきているとしたら、わたしは魂の年代を見て対処するのです。「あなた、どれだけ過去生で体験を積んできたのですか? 老年期まで来ているなら、できるでしょ?」と。

ちなみに老年期に入っている人は「停滞」を目標に選んでいる人がけっこう多いのです。ちょっと休憩したいのかもしれませんが、それが「ちょっと」ではなく、「永く」続いているとしたら、それは今回「生まれてきた意味」があまりないので、その選択は芳しくないと言えるでしょう。「休憩」もほどほどにしないと、ほんとうに「休憩」したままで終わってしまうことになるからです。

波動調査をしておりますと、たいていの人がハイアーの意識レベルで生活していないことがわかります。
しかし、ハイアーの部分が少しずつ増えていくにつれて、意識が上昇し、変容していくのです。
それは、波動調査をしなくても、その人の文章の内容や実際に出会って話をしていくとわかります。



                    飛ぶ鳥
ナポレオン・ヒルはこう言っています。

失敗の最大の原因は決断力の欠如にある。
決断は素早くし、変更が必要になるときまで一度下した決定は変えないことだ。
優柔不断は誰もが克復しなければならない大敵である。

「そんなことは、できるわけがない」という人は、
コツコツとそれを励む人に、結局は脱帽することになるのである。
コツコツと励む人が成功するのは、
宇宙の摂理に従い、自分を適応させていくからである。
 




ふたつのハート

最後に、
本気で決断し、行動しない限り、あなたの人生に奇跡が訪れることはありません。
どうか、そのことを心に刻み、確実に実践していってください。

2015年5月9日 カヴィーシャ・光の仕事人


「復讐」と「罪悪感」を解放する

2015年05月25日 20:00


今回掲載のレポートは、過去生回帰の個人セッションを受ける前の準備として、過去生の課題に取り組んでいただいた内容です。
大変長文であったため、特に大切だと思われる部分をご本人に編集していただきました。
ここで中心となった「復讐」と「罪悪感」は、多くの人に当てはまる課題でありますので、このレポートは同じ感情を抱いたことのある人たちにとってはおおいに参考となることと思います。
ご自分の体験談を惜しみなく提供してくださったつぼみさんに感謝いたします。




さくらんぼ1
       写真撮影: 光の仕事人


課題の個人レッスン(過去生) 


                      つぼみ  35歳  宮城県


私は3月にカヴィーシャ様のお力によって壊れたエーテル体とメンタル体の治癒、30体近くの憑依霊の浄化、測定不能となっていた次元や低かった振動数をあげていただきました。
その後、私の過去生の問題が足をひっぱっているとアドバイスをいただき、「復讐」と「罪悪感」というキーワードのもと課題に取り組む事になりました。


青い玉のライン


~「復讐」と「罪悪感」~



初めて「復讐」というテーマに向き合った時、カヴィーシャ様の記事にある「鉄輪」の女主人公の話を思い出しました。
実際に行動に移すかどうかは別として、私には彼女の気持ちが理解できます。例えばパートナーに振られて自分はボロボロなのに、振った相手がさっさと他の誰かと幸せになっていたらそれを祝福する事などできないと思うからです。祝福するどころか私なら恨みすら抱くと思います。こちらの不幸を踏み台にして相手の幸せが成り立っていると思うからです。
つまり、私の立場はもうここで既に「被害者」に成り下がってしまっているのです。

★カヴィーシャ: そうですね。被害者にならない生き方もあるはずなのですが、そちらのほうには目が向かないというか、おそらく気づかないのでしょうね。
やはり相手に対する愛着を簡単に解放することができないのです。そうですね?


★つぼみ: その通りです。執着を手放す事ができないのだと思います。
カヴィーシャ様の過去記事「汝自身を知れ」に書いてあったように、愛情と欲望を履き違えていたのだと思います。私が他者に向けていたのは愛情ではなく執着です。そして「相手がいなければ幸せになれない」と思い込んで、自分で幸せになる事を放棄してしまっていたのです。
つまり、私は相手に「幸せにしてもらうこと」を望んでいたのですね。自分の外側に求めている時点で的外れですし、そこに意識が向かなかったのもまた事実です。それだけ物事の本質が見えていなかった、ということなのかもしれません。


被害者の立場の本質は「こうすることであなたが傷つくなら、あえて自分を傷つけよう」であるというメッセージは、非常に納得のいくものでした。「鉄輪」の女主人公は直接相手を攻撃しましたが、私の場合は自分を傷つけて相手を攻撃していたからです。それが顕著に出たのは私の母に対してでした。

私は小さい頃から自分を抑圧し、両親(特に母親)の操り人形のように育ちました。「復讐」というキーワードを手にした今にして思えば、学童期の不定愁訴や思春期以降心の病になった事も、全てが母に対する復讐だったのかもしれないと思います。リストカットや大量服薬を繰り返し、「母の作品」がボロボロになっていく姿を見せる事で、私は母に復讐していたのです。それは母の愛を強烈に求める姿であり、また同時に激しく憎む姿でもありました。

回復していく過程では、課題に書かれていた『潜在意識の基本的なメッセージ』そのままに、健全な愛情を与えてくれなかった母に対し「私がこんな目にあったのはあなたのせいだ。あなたがもっと私をちゃんと愛してくれていたら、もっと大切に扱ってくれたらこんなことにはならなかったのに!」と直接攻撃した事もありました。
今となってはあまりに幼く愚かな考え方なのですが、当時の私はその考えのもと母へ仕返しをしたのだと思います。これほど強烈で分かりやすい復讐をした相手は母でしたが、こういった考え方のクセは誰との間にもあったのかもしれません。

このように「復讐」と向い合っていく中で、私の中にひとつの疑問が生じました。自分がほしい愛情を得られなかったと復讐して実際に相手が傷ついたとわかっても「あ~、復讐できてスッキリした!」とは決してならなかったからです。そこにはなぜか必ずもうひとつのキーワードである「罪悪感」がありました。

なぜ罪悪感を抱くのかを考えていくうち、まずいつも自分の外側ばかりに目を向けている事に気が付きました。何かあるとすぐ自分は被害者の立場をとり、自分の事は棚上げして相手を責めているのです。そして自分の悪いところ至らなかったところはもちろん、欲しい愛情を得られず傷ついているという自分自身の感情すら認めてこなかった事にも気づきました。
つまり、私は自身の悪い部分、至らなかった部分などを自分で認め受け入れることができず、愛されなかった自分を赦すことができなかったのです。「鉄輪」の女主人公と同じように。
私の強烈な自己否定の根源には、そのままの自分を受け入れ愛せない自分への罪悪感があったのだと思います。

結局、一番私を愛していなかったのは、他者ではなく自分自身だったのです。
そして一番私を傷つけていたのも、他者ではなく自分自身だったのです。
「私をもっと愛してくれたら、もっと大切に扱ってくれたら、あんなにひどく扱わなかったらこんなことにはならなかったのに!」と訴えた言葉の真実は、自分自身へむけられたものでした。

ここに辿り着いた時、私は涙が止まりませんでした。

★カヴィーシャ: よく掘り下げられましたね。とてもご自分のことを客観的に観ることができていると思います。

★つぼみ: ありがとうございます。これは今でも読み返す度涙が出てきます。私を見てほしかった、気づいてほしかったと自分自身が訴えているのがひしひしと伝わってきます。


青い玉のライン


~「復讐」の解放~ 



私が他者へむけていた復讐心は、善も悪も含めたそのままの自分を愛する事ができずにいた自分が根底にいたから出てきたものであり、だからこそ他者へ復讐を果たしてもスッキリせず罪悪感を抱いていた事が理解できました。そして、一番愛されたがっていたのは他者からではなく自分自身にだったという事にも気が付きました。

私はまずそれらを無条件で認め、受け入れました。
そして私から愛されずに傷ついていた自分自身に心から謝罪し、ようやくそんな自分を赦す事ができました。

それと同時に、大人になった現在でも解消できずにいた「甘やかして貰いたい気持ち」から、母に対して大人としての振る舞いをせず、どこか甘えた気持ちが常にあった事にも気づき、反省しました。
何気なく「反省」と書いてみましたが、反省といいながらただ批判をして自分を責め、傷つけていただけだった私には、「反省」が自然にできた事自体大きな変化でした。

★カヴィーシャ: すばらしい! 真に反省ができていると、わたしのハイアーセルフは言っていますよ。

★つぼみ: うれしいです!この感覚を忘れず、今までの反省としっかりと区別して参ります。

こうして母との事を再認識していく中で、元婚約者との出来事を思い出しました。
私は過去に、婚約者から突然婚約破棄を言い渡された事がありました。当時は自分の悪かった点に薄々気づきながらもそれを認める事ができず、口では自分も悪かったと言っておきながら内面では一方的に彼を責め続けていました。そして会わなくなってからも相手の幸せを願えるような広い心は持てませんでした。
しかし今回改めて思い出した事で、素直に自分の悪かった部分、至らなかった部分を認め、反省して、謝り、その後自分も彼も赦そうと心から思えました。(そして昨晩夢の中で彼に謝罪していました)

★カヴィーシャ: 実際に謝罪ができたのですよ。ほんとうによかったです。


とても意外だったのは、そうして自分自身の行いを反省し丸ごと認めて赦してみると、相手へのネガティブな思いを手放せたのはもちろん、自分の傷までも癒やされていった事でした。
自分の非を認める事は自己否定を強めるものだと思っていましたが、それは否定ではなく全面的に肯定する事になるのですね。大きな発見です。

★カヴィーシャ: あなたの言う通りです。非を非として認め、それを許すことは、とてもポジティブな試みなのです。

以上の事を通して、私はようやく全面的に2人を許し、復讐心を解放する事ができたように思います。そして、初めて自分が好きだと思えました。

★カヴィーシャ: クリアできましたね。おめでとうございます!

★つぼみ: ありがとうございます!



さくらんぼ2
       写真撮影: 光の仕事人


~「罪悪感」解放の試み~



復讐と罪悪感を掘り下げていく中で、気づいた事がありました。
それは「罪悪感を抱えていると、それを指摘してくる相手は敵に見える」という事です。そして自分が反応してしまっているだけという事に気づかず、攻撃されたと感じ、怒るのです。
だから攻撃されたような気がした時や相手の言葉に厳しさを感じた時は、その相手ではなく自分の中に受けいれられない自分自身がいるのだという事。それを探しだして解放していく事が大切なのだと思いました。

★カヴィーシャ: その通りです。

罪悪感解放の試みとして、カヴィーシャ様から上記の事を実践するようにとアドバイスをいただき取り組んでいましたが、「罪悪感」を手放せた気はするものの、なぜかいつも腑に落ちないところがありました。「復讐」の時は比較的すんなりと腑に落ちたのに、「罪悪感」はなかなかその感覚が得られなかったのです。それがなぜなのか分からず、不安が募りました。

その頃、カヴィーシャ様から嬉しいお便りが届きました。波動調査の結果もよく、日々の取り組みを大いに褒めていただく事ができたのです。とても感激してお便りを受け取りましたが、後になって強烈な不安と自信のなさが表に出てきました。
そしてすぐに波動が下がってしまうかもしれないとか、がっかりさせてしまう自分になってしまうとか、ネガティブな感情がいろいろと出てきて、それに囚われてしまったのです。
今までもずっと、いい方向へ道が開けてくると途端に自信をなくしてしまいそれ以上前に進めなくなって、その状況を自ら壊したり逃げてしまうといった事がありました。(この件でカヴィーシャ様から新たな課題「隠れた自己」を提示していただき、現在はその課題に取り組んでいます)

自信のなさにめげそうになりましたが、この状態はいただいた課題にあった、『「罪悪感」があると、人生そのものや、人間関係からも身をひきたくなります』という状態そのものであると気がつきました。
つまり、心の奥底にまだ解放されていない「罪悪感」があるという事に気づいたのです。
それを掘り下げどこにその根源があるのかを探ってみたところ、ひとつの過去を思い出すことになりました。

詳細は伏せさせていただきますが、私は小さい頃、頻繁に行ってしまうクセのようなものがありました。
私の母はその行動に嫌悪感すら抱いていたようで、物心つく頃にはそれを咎められ、ただただ止めなさいと言われていました。母が怖い顔をしてそう言うので止めなければならないと思っていましたが、どうしても止める事はできませんでした。
そしてある時それを家族に見られた事で、兄弟にからかわれとても恥ずかしい思いをしただけでなく、私は数日間母に無視され続けました。
謝罪も受け入れてもらえず、非常に深く傷つきました。そして同時に強烈な罪悪感を抱いたのです。

私はこの事を思い出した時激しく動揺し、号泣しました。
そしてこの時抱いた罪悪感が根底にある事で、私は(母から拒絶されるくらい)悪い事をしたのだから幸せになんてなれないし、なってはいけないのだと、それから自分をずっと罰し続けていたのだという事にようやく気がつきました。

★カヴィーシャ: よく気づかれましたね。


★ありがとうございます。この感情を再び味わうのは本当に苦しかったです。ですが向き合うのをやめようとは思いませんでした。それはカヴィーシャ様に支えていただきながら「復讐心」を解放できたという土台があったからこそだと思います。

私は罪悪感から母の操り人形になる事を選択し、自分らしく生きる事や自分なりの幸せをつかむ事を放棄し続けてきたのだと思います。
心にずっとフタをして、感じないように思い出さないようにしてきたのかもしれません。
でもその奥には、未だに傷ついて罪悪感を抱いている小さな自分がいたのです。


花回廊
       写真撮影: 光の仕事人


~「罪悪感」の解放~



未だに解放できていない罪悪感と傷ついている自分の存在に気づき、後はそんな自分も丸ごと受け止め反省して赦すだけだと思いました。
しかし、ここでもまだ引っかかりが残るのです。
どうしてここまで来ても「これでいいのだ」という確信が持てないのかを考えました。
そして上記の「自分の行動」にまで罪悪感を抱いていた事、さらにそれを赦す必要が本当にあるのだろうかという考えに行き着いたのです。

なぜあの時罪悪感を覚えたのか。それは母から拒絶されたからです。
でもそれは他者の反応を通して感じた罪悪感であって、私(の行為)そのものを嫌悪する必要まではなかったのだと気がつきました。嫌悪感を持っていたのは母であって、私ではないからです。

★カヴィーシャ: その通りです。


確かに周囲への配慮が足りなかったとか、そのような点で反省する部分はあるけれど、相手がどう思うかは相手の問題であって、そこで私が私自身を裁き続ける必要まではなかったはずなのです。
つまり、私はすべてを混ぜこぜにして、母の観念でも自分自身を裁き続けていたのです。
だから考えても実践しても確信が持てなかったのだと思います。

★カヴィーシャ: 素晴らしい気づきです。

★ありがとうございます。母に対して一番あからさまに「復讐」していく事になったのも、この観念があったからなのだと思います。
誤った認識で抱いた罪悪感によって、私は長年自分を酷く罰し傷つけてきました。そして自分を罰した事で更に自分が傷ついてもきたのです。
これには本当に申し訳ない事をしてきたと思いました。これこそ本来の「罪悪感」なのかもしれません。


私は傷つけ続けた自分自身に謝罪し、間違ってしまった自分自身を認めました。
そして、少し時間はかかりましたが、ようやく今はそんな自分も赦す事ができたように感じています。

★「罪悪感」は解放できましたよ。
おめでとうございます。心から拍手を贈ります。



私は母との関係に長年苦しみを抱えてきましたが、今回いただいた課題と向き合っていく中で、カヴィーシャ様の記事にあったように、すべてはそれらを理解し解放するために自分が選んできた事だと腹で納得する事ができました。
母は健全な愛情を示すのは難しかったのかもしれませんが、私が生を受ける為に自らの子宮を提供してくれたのです。私はそこに母の愛を感じますし、それだけで充分だとも思います。自ら憎まれ役を引き受け学びの場を提供してくれた母に、今は心から感謝しています。

カヴィーシャ様のサポートと励ましのお声があったからこそ、勇気を持って課題に取り組む事ができました。とても貴重な機会を与えてくださったカヴィーシャ様と、素晴らしい師のもとへと導いてくださった存在達に心からの感謝を捧げ、まとめのレポートとさせていただきます。

ありがとうございました。


青い玉のライン

★カヴィーシャのコメント:
 
しかしながら、これで過去生の課題がすべて解決したわけではありません。
課題というものは、誰でも、とてつもなくあるものです。
今回「復讐」と「罪悪感」という重大な課題を解放できましたが、あなたのなかにはまだ「隠れた自己」というものが存在しております。
前進しようとしたり、いい方向へ道が開けて来ると、途端に自信をなくして前に進めなくなってしまったり、自らその状況を壊してしまう事もあるということがレポートに書かれていましたが、このようになる原因が、過去生のあなたのなかにあるのです。
つまり、あなたのなかに「隠れた自己」が存在しており、その存在が足を引っ張っているということです。
よって、その課題を、今後掘り下げていくことが必要でしょう。

今現在、彼女は「隠れた自己」に取り組んでおられますが、また、良い報告が届き、クリアされますことをお待ちしております。





初夏のバラ
        写真撮影: 光の仕事人


★罪悪感から自由になろう!



理想をつくらないことだ。
いったん理想をつくったなら、きっといつも面倒なことになるだろう。
なぜなら、きっといつも、「したほうがよい」とか
「するのが当然だ」という観点から考えているだろうから。
これをしなくてはならない、あれをしたほうがよい、
あれをするのは当然だと……

そしてきっといつも、不自由な感じを、罪の意識を、
罪人だという感じをいだいているだろう。
いつも気分がすぐれないだろう。
けっして自分自身を受け入れられないだろう。
けっして自分自身を愛することができないだろう。

だから、人間が犯しがちなすべての過ちを承知のうえで、
自分自身を愛することができない人は、
生きてここにいるということの、
すべての意味をつかみ損なうだろう。

何もかも承知のうえで、自分自身を愛することは、
あなたに基盤を与える。
この基盤の上でのみ、ほかの人を愛することができ、
この基盤の上にのみ、より高い愛の殿堂を建てることができる。

               ~OSHOのことばより~



ふたつのハート

わたしたちに必要なのは「罪悪という観念」からの解放です。
罪悪感を抱くことなく、罪悪感を完全に落としましょう。
すると、大いなる変容が起こるのを、あなたは感じることでしょう。

2015年5月25日 カヴィーシャ・光の仕事人




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