自分の真実に責任を持つこと

2014年08月01日 12:00


★「波動リーディング3か月コース」のレポートから



夏の真っ盛りとなりました。
皆さん、お元気でいらっしゃいますか?

5月から始めた「波動リーディング3か月コース」が7月末で終了しました。
今回は数多く書かれてきたレポートから「最終レポート」を掲載させていただきます。

このような大切な個人の記録を毎回記事にさせてもらっているのは、読者の皆さんにも少なからず参考になることがあると思うからなのです。
他者のレポートなんか、わたしには関係がないと思って、飛ばして読む人もおられるようですが、誰にでも共通するような話であったり、共感できるような内容となっていることもありますので、まずはお読みになってみてください。
また、感想をいただけるとうれしいです。



ひまわりの平原.


~最終レポート~ 
 平成26年7月27日  
                   サラダバー 女性 26歳 埼玉県



カヴィーシャ様、この度は3ヶ月という長い期間大変お世話になりました。波動のリーディング3ヶ月コースを受けてすぐに憑依されている状況に何度もなりその度に〖苦しい、助けてください〗という内容のメールを幾度となく送ってしまい大変ご迷惑をかけてしまったと改めて痛感しております。

★カヴィーシャ: 迷惑だとは全然思っていませんよ。自己申告はとても大切なことですから。あなたが正直に知らせてくださったからこそ、その時々の状態がしっかりと把握できたのです。

このコースを始めたばかりのころは、ちょうど転職した職場環境であったのと、それに続いて身内の死、憑依体質(サイキックスポンジ)であったということが一気に重なり、一時期きちんと自分自身に向き合う事がつらくなってしまったこともありました。ネガティブ思考の中にどんどん入っていき、負の連鎖が続いていました。
あまりの体調のつらさからカヴィーシャ様に質問ばかりし、なんでこうなっているのだろう?と頭でばかり考えて、現状をきちんと把握するという事を完全に見失っていました。今を生きていなかったのです。ただ〖つらい、逃げたい、早く解決したい〗と目先の事ばかりを頭の中でぐるぐると永遠ループで同じことを考えていました。

★カヴィーシャ: そうでしたね。試練だったと思いますが、よく持ちこたえられました。


特に仕事面においては、成果につながらず、かつ残業も多くあり大変ですので、体力的にも精神的にもとてもつらい仕事です。(どんな仕事もそうですが笑)
カヴィーシャ様のブログの「あなたが生まれる前に選んだ『真の仕事』とは?」を読み、そこに「『真の仕事』に関わっているときは、寝食を忘れ、喜びをもって行なうことができる」」とありました。私の今の仕事は真の仕事とは言えません。

私はついこの間まで毎日会社に行くのが本当に苦痛でした。特に朝になると悲しくなるほど行きたくありませんでした。それは数字が作れないとか、体力的にしんどいとか、そういう事よりも何よりもつらいのは「集団行動ができない自分」によって、完全にチームから孤立していたからです。

私はどうしてもプライベートの時間を会社の人たちと過ごしたい気になれず、理由を付けては断っていたのですが、それが原因で一部の方に嫌われてしまいました。嫌われていることはいいのですが、それを気にしている自分がいたのです。
そこで私はなぜ「この原因をおびき寄せたことを起こした張本人がこの結果を気にしているのか?」を分析しました。それは結局「本当の自分を他人に見せるのが怖い」というのがあったからです。

★カヴィーシャ: 他人に見せたくない「本当の自分」とはどんな自分ですか?

◆他人に見せたくない本当の自分は、独りでいることの好きな自分です。ゆっくり本を読んだり、映画を見たりすることは、会社の人は時間の無駄と考えているようです。結局一緒にいると相手の波長に合わせなくてはいけないので疲れます。本当の自分をだせず、面白くないことに笑い、他人の悪口や批評を聞かなくてはいけないので、行きたくないです。
でも私の会社はチームで業績を作っているので、輪を乱しているような気にもなるのです。飲みに行ったり、一緒に時間を過ごすことでチームの結束を強める考えが根っこにあるので、とても大変です。


★カヴィーシャ: それはあなたの思い込みではないのですか? 
他人の悪口や批評を聞かなくてはいけないと思っているあなた自身に問題があると思いませんか? 
面白くないのに笑うことなどできませんね。当たり前のことです。
「私は他人の悪口は聞きたくないのです」、「そういうことは苦手なんですよ」と、正直に、堂々と伝えてみられてはどうでしょうか? 
そして、どんな反応をされても、気にしないことです。「苦手」だと言っている人に、わざわざ悪口を聞かせるようなことはしないでしょう。
サラダバーさんは、他人の悪口や批判を聞くのが苦手だし、独りでいるのが好きな人であるということを、会社の人たちに定着させてしまうのです。そうすれば、あなたはいつか尊敬されるようになるでしょう。

本当の自分を他人に見せるのが怖いために、会社の人たちと付き合わないというのは、とても消極的な考え方であり、行動ではないでしょうか?
チームの悪いところは直す必要があります。あなたのようにわかっている人が正していくことです。そういうことはやりたくないですか?
ともかく自分に正直であることです。あなたは他者だけではなく、自分をも欺いていませんか?
本音で話すこと」についての記事を何回も読んでください。


それからなるべく自分から相手に歩み寄るようにしました。関係が特別によくなったわけではありませんが、全く相手の動向が気にならなくなったのです。結局行きたくない原因を作っていたのは私自身でした。

前職も同じ業界でしたが、以前ほどやる気や成果が出ないのはもしかしたらこの仕事が「真の仕事」ではないからかもしれませんが、ここに来た理由、この会社に入ると決めた自分自身を認め、もう一度真剣に仕事に取り組んでいこうと心に決めました。そうすればきっと新しい道が切り開けると思ったからです。
あまりここにいなくてはいけない期間や定めを自分に課さず、辞めたきゃ辞めればいーや、でもとりあえず今ここにある課題は一生懸命取り組もうという感じで頑張っていこうとこの3ヶ月で気持ちを切り替えられました。環境はあくまで物事が起こる舞台なだけで、ここで何を演じるか、どんな物語にするかは自分の自由なのかもしれません。

★カヴィーシャ: そうですね。そこでいかに気持ちを込めて、楽しく仕事ができるか? ということが大切です。
しかしながら、台本が気に入らなければ、その舞台を早々に降りるという選択もあります。あまり気に入らない舞台で頑張ってみても、結局は気に入らなければ楽しさは味わえませんから。

何を優先したいかはあなた自身が考えることです。選択は多々あり、どんな道を歩もうと、あなたの自由です。
但し、「あなたの真実に責任を持つ」ということだけは忘れないでください。


◆私の真実に責任を持つということは、ありのままの自分を受け入れ表現していくという事ですか?

★カヴィーシャ: そうです。あなたのその時々の正直な気持ちをしっかりと認め、受け入れるということです。

同じことでも「受け取り方」というものは人それぞれで、千差万別ですね。
日によっても、相手によっても、そのときの状態によっても、受け取り方が異なることがあるでしょう。
そのとき、ひとつの受け取り方を選んで、そういう感情をもったのは自分自身であるということ。相手のせいではなく、自分自身のなかから生まれてきた思考や感情を全面的に受け止めることが、「自分の思いに責任をとる」ということです。そして、そのときの気持ちにただ素直に正直になることです。

そこで「こんなふうにネガティブに受け取る自分が悪いのだ」と思う必要はありません。腹が立ったのなら、腹が立っている自分を味わうことです。つらい思いを味わうことです。
相手のせいなどにせずに、ただ自分の思考や感情を味わえばよいのです。
今こんなふうに反応している自分がいる」ということに「気づいていること」、「常に意識的にいること」が大切なのです。

このことは、過去記事「意識の変化は自分に責任をもつことから始まる」の「自分の思いに責任をとれない人たち」&「自分の思いに責任をとるとは?」に詳細を書いておりますので、再度目を通してみてください。



◆やりたくないことや、つらいことは逃げてもいいのでしょうか? 


★カヴィーシャ: 逃げるという言い方はネガティブです。
逃げるのではなく、ただ単にしないだけです。単にしないのは逃げているのとは違います。意志をもってやらないこと、意識的にやらないことは、ポジティブなことです。わかりますか?


◆私は人材に関わるマネジメントをしているので、ここから逃げ出してしまうこと(やめる事)に恐怖を感じてしまいます。(自分に制限をかけていますね笑)将来の自分を信じられないのでしょう。つらいことを続けたからと言って安定を手に入れられるわけではないのに、目先の給料や安定を手放せません。

★カヴィーシャ: あなたが自分で自分をつらくしていることに気づきましょう。
とにかく今のところ、あなたはネガティブ思考(指向)です。
だから、さらにネガティブな霊に憑依されたり、影響されたりするのですよ。根本から思考を変えなければ、あなたは今のままです。


カヴィーシャ様の最近の記事に「自らの神性を信じる事」とありましたが、自分を信じられたらきっと怖いものはありませんね。だって頼ったり誰かにすがったりしなくとも、自分の心に答えがあれば恐れる必要はないとおもうから。

★カヴィーシャ: その通りです。


実際はつらいことや、憑依現象がまだまだ頻繁に起こっている私ですが、一歩一歩成長していきます。焦らずゆっくりと、私のスピードで。今ある環境に感謝し、すべての出来事に感謝し、そこで苦しみもがく自分も楽しんでいければと思っております。
次のセミナーまでに少しでも成長し、カヴィーシャ様と直接お話しできることを楽しみにしております!
最後に3ヶ月間支えていただきありがとうございました!
引き続きカヴィーシャ様のブログを読みながら勉強いたします!

★カヴィーシャ: 今年受講された「数秘リーディグ」や「課題の個人レッスン」の内容を繰り返しお読みください。ヒントは多々あるはずです。
忘れた頃に読んでみると、また新しい発見がありますよ。 

3か月間さまざまな波動の状態のときがありましたが、最終の調査では、オーラもチャクラも閉じることができていて、正常波動の「超能力」を取り戻されました。最高の結果でしたね。
やればできるあなたであることは、その結果が証明してくれています。
「終わりよければすべてよし!」です。
最高の時の状態をしっかりと感じて、前進してください!




ラベンダー畑


職場の人間関係で悩む人へ

 
  ~妥協しない強さをもつこと~


職場の人間関係で悩んでいる人はたくさんおられます。
悩みのない人のほうが稀なのではないでしょうか?
そのことについては以前にも書いたような気がするのですが、あまりにたくさんの記事を書いてきたので、どこに書いたか定かではありません。よって、新たに書きたいと思います。

青い玉のライン

最近、職場の人間関係について、長女と話す機会がありました。
長女はさきほどレポートを紹介したサラダバーさんのように、独りでいるのが好きな人間で、あれこれと暇さえあれば人の悪口を言い合っているようなグループの人たちとは付き合いたくないタイプです。
スピリチュアルな人というのは、たいてい独りを好むものなので、このブログの読者さんなら、共感されることと思います。

長女は独りでいることを好み、集団での行事にはできるだけ参加しないようにしてきたようです。たとえば、職員旅行などには行きませんでした。
多くの会社は、皆と旅行に行って親睦を深め、調和を図るのを目的としているのだと思います。ところが、長女は「常日頃敬遠している人たちと一緒に旅行に行ったからと言って親睦が深まるわけでもないし、嫌さが募るばかりで意味がない」というようなことを上司に言ったことがあったそうです。とにかく何かと理由をつけては断っていたわけです。

だからと言って、社内で長女が嫌われていたかというと、そうでもなかったと本人は言います。長女はいろんな会社に雇われていますが、たいていどこの社長にも気に入られ、社長の相談まで受けたり、会社仲間とも良好な関係を持っていたからです。
集団での遊びや付き合いには同行しないけれども、1対1の個人的な付き合いはしていて、それぞれの人から個人相談を受けたりする間柄であったというのです。それで、いろんな人から情報が入ってきて、社内の人間(上司や同僚)についてはほぼ把握していたそうです。(どこの会社の内情も知っている存在であったということです)
そういう関わりを持っていたため、面倒な誘いがかかったときに、自分で断らなくても、誰かが「○○さんは独りが好きなので、賑やかなところには行かないよ」というようなことを言ってくれるようになったということです。

つまり、「○○さんは独りが好きな人」だということを皆が知っていて、それを認めているということです。

長女は人に嫌われることを全然恐れていないのです。だから、人が言わないようなことも平気で言うのです。
ところが、堂々と言ったほうがかえって信頼されるようになったのです。今まで面と向かって社長に言えなかった人たちが、長女の影響でガンガン言うようになって、長女が言わなくてもすむようになったという話もあります。(笑)


けっして妥協しないこと。
自分の真実を妥協させてしまうと、あさはかな茶番劇のような状況となってしまいます。

表面的な調和ではなく、真の調和を目的としているのなら、個々に親睦を深めながらも、断固として自分の生き方を貫いていくこと。そして、その結果にしっかりと責任を持つこと。
それこそが、自分の真実に責任を持つということなのです。



青い玉のライン

そんなふうに、長女は一般人からすると、けっこう勝手なことをしているのですが、それでいて嫌われないのです。得な性質ですね~。
孤独が好きな人間なので、人に嫌われたほうがむしろよいくらいに長女は思っているのです。実際に「好かれると面倒だから、できるだけ気配を消して生きていたい」とか、「自分のことを、皆忘れてほしい」とまで真剣に言っているくらいです。
長女は、自分の言動の良し悪しは別として、自分を信じ、自分をおおいに愛している典型的なタイプです。ですから、人を恐れるようなことは一切ありません。

ところが、そんな長女が唯一恐れている存在があります。それは、非常にネガティブな領域からやってくる霊体です。それも、過去生で罪を犯してきた自分の分霊たちに対して、恨みをもってやってくる霊たちです。
長女は「やったのは自分ではないのに、なぜこっちに来るの? こないで!」と思っていますが、霊たちはなぜか分霊のほうには行かないのです。最下位の暗い領域にいる分霊のところへ行っても、自分たちの気持ちをわかってもらえないからなんですね。
こういう恨みをもった連中を満足に説得もできず、浄化さえもできないので、結局わたしが長女の代わりに毎度毎度浄化箱に入れているわけなのですが…。
長女にとって、霊ほど嫌なものはないのです。人間に対しては容易にできることが、霊に対してはできないのですから、ホントに困ったものです。

異常波動を帯びた分霊が少なからず存在すると、ほんとうに大変で、苦痛の人生を送らねばなりません。
みんな、私のことを忘れてほしい」と、今長女は霊に対して思っているようです。(笑)
でも、あなたの分霊だし、あなたも同じようなところを持っているし、責任があるでしょ? ということですね。

自分の真実に責任をとることは当たり前ですが、それをしてこなかった分霊の真実に対しても責任をとらなければなりません。これまでの問題ある過去生を十把一絡げにして責任をとりなさいということです。それが、今生この世界に生まれてきた者の務めなのです。


ふたつのハート

皆さん、未来生で困ることのないよう
現在只今の自分の真実に責任をとり、
未来に持ち越さないようにしてください。

若いからまだまだ大丈夫なんて、思わないことです。
若くても、肉体を去っていく人はたくさんいます。
そういう宿命があれば、なおさらです。

今あなたの真実に責任をとらないで、いつとるのですか?
瞬間瞬間にあなたの真実があり、
その瞬間瞬間のあなたの真実を認め、受け入れ、
そして、表現していくのです。

何度も何度もお伝えしております。
くれぐれもお忘れなきように。

2014年8月1日 カヴィーシャ・光の仕事


愚か者は眠りこけている

2014年08月07日 11:10


★緊急のお知らせ


~北海道にお住いの読者さんへ~


北海道の皆さん、今年の夏は暑いですね。いかがお過ごしでしょうか?

じつは、今年は東京でのセミナーを開催すると同時に北の地にも赴く心づもりをしておりました。ところが、東京の気候が異状となるため、3月末以降、東京並びに東北・北海道方面もやめたほうがよいという旨をハイアーセルフから聞き、今年の東日本での開催は一度だけということになってしまいました。過去記事にも書いていた通りです。
しかしながら、つい最近になって、やはり北海道には行っておきたい、できればセミナーを開催したいという気持ちが募るようになりました。

もし希望者があるようであれば、8月・9月は観光客が多いため、人が減った(10月19日・20日・21日)頃開催する予定です。おそらくもうずいぶん寒くなっているだろうと思いますが、運が良ければ、遅い紅葉は見られるかもしれません。

現在の北海道は、はっきり申し上げて波動がよくありません。もちろん、日本列島そのものがよくないのですが、北海道が少し気になるのです。
宿泊するなら「旭川」でと思い、地図を広げて調査をしたところ、予想どおり、「旭川」のみ波動がよいという結果が出ました。

北海道には山もたくさんありますが、「大雪山」が唯一波動の良い山となっています。以前から美瑛や富良野などの景色のよいところにも行きたいと考えていたのですが、なぜか波動が悪いのです。おそらく観光客が多くなったせいではないかと思います。
美しい大自然があっても、そこに人間が大勢集まると汚れるのです。いかに人間の放つ波動がよくないかがわかりますね。

北海道には少人数ではありますが、熱心な読者さんもおられるので、ぜひこの機会にお会いして、お話をしたいと思っております。
北海道は広いので、読者さんは点々と散らばっておられると思いますが、旭川市にて「短時間のセミナー」もしくは「交流会」をしたいと考えておりますが、いかがでしょうか?
ご希望があれば、「過去生回帰の個人セッション」なども行ないます。
飛行機や宿泊施設の予約、また、セミナー開催の詳細な場所を決める必要があるため、希望される方は「お便り」から早急にお知らせください。
北海道だけでなく、東北や関東など他の地方の読者さんも、この機会にご参加くださればと思います。

今回人数が集まらなければ、「皆さんの準備がまだできていない」ということで、残念ですが、中止させていただくことにいたしますので、ご了承ください。

ご希望は12日までに「お便り」から送信してください。
下記から選んで、ご記入ください。

★セミナーを希望します。
★過去生回帰個人セッションを希望します。
★個人相談を希望します。
★交流会を希望します。

★「セミナー」をご希望の方は、どんな内容がよいかを詳しくお書きください。
できる限り、皆さんの希望に沿いたいと思います。


ひまわり



善をなすなら、急げ!」とブッダは言っています。
なぜなら、「時をのがすなら、あやまちを喜ぶ心があなたをとらえてしまう」からです。

ブッダは言います。ぐずぐずしていてはいけない。急ぎなさいと。
心はすばやく動きます。それは光よりも速いのです。
善いことをただちにやらなかったら、善い考えが浮かんだとたんにそれをすぐにやらなかったら、心は自分自身をだまし、迷わせて別のことをやらせようとするでしょう。「あ~、もう面倒くさいから、またにしよう。今はまだやらずにおこう」と、前進することを否むでしょう。 

「今はしたくない。また今度でいいや」と、すぐに対処しようとしない怠け心。
そういう繰り返しを、過去生からどれだけしてきたか、あなたは考えたことがおありでしょうか?




ラベンダー


愚か者は眠りこけている



愚か者は眠りこけている」とブッダは言っています。
そして、OSHO はつぎのように語っています。

あなたがたは眠りのなかで働いている。
たえずつまずき、したくないことをやりつづけねばならないのはそのためだ。
あなたがたはけっしてやるまいと誓ったことをやりつづけている。
してはいけないと知っていることをやりつづけ、すべきだと思うことはやらない。

どうしてこんなことになってしまうのだろう?
なぜあなたはまっすぐに歩けないのだろう?
なぜ脇道にばかり迷いこむのだろう?
どうして道をはずれてばかりいるのだろう?


OSHO は言います。

自分の生をよく見守ってみるといい。
あなたがやりつづけていることはどれも完全に支離滅裂で、混乱している。
明晰さなどみじんもないし、洞察力のかけらもない。
あなたは敏感ではない。
あなたは見ることができない!
あなたは聞くことができない!

たしかにあなたには耳があるから、聞くことはできる。
が、内側でそれを理解する人がいない。
たしかにあなたには眼があるから、見ることはできるが、
内側にはだれも現存していない。
だから、いくら眼が見つづけ、耳が聞きつづけても、
なにひとつ理解は生じてこない。

ほんとうにあなたに眼があったら、あなたはいたるところに神を見ていたはずだ。
聞くことができていたら、天上の音楽を聞いていただろう。
天地のハーモニーを聞いていただろう。

あなたがたは一歩進むたびにあやまちを犯しながら、それでも自分には気づきがあるのだと信じている。
そんな考えは完全に落としてしまうほうがいい。
それを落とすことは大いなる飛躍、偉大なる一歩になる。
なぜなら、いったんその「わたしには気づきがある」という考えが落ちてしまえば、あなたは自覚するための方法と手段を探し求めはじめるからだ。

だから、深く胸にとどめておくべき第一のことは、あなたは眠っているということ、
ぐっすり眠りこんでいるということだ。



★このブログを訪れる人々にしっかりと目覚めていただきたくて、ブログを書きつづけてきました。
「もうよいでしょう」と母神に言われながらも、その必要性を感じ、大切なことは繰り返し繰り返しお伝えしてきました。でも、同じ内容について少し角度を変えているだけで、言っていることは同じことなのです。しかしながら、それでもわからない人がいるので、いつまで経っても更新しなくてはならないのです。
一を聞いて十を知ることはできなくても、一を聞いて一だけでも理解していただけたなら、更新してきた甲斐があったと思います。
目覚めていただくために、何度も声を大にしてお知らせしています。
でも、まだ眠りこけている人のほうが断然多いのです。

愚か者は眠りこけている」とゴータマ・ブッダは言いました。
彼のような聖人が、その後何人この地上に現れたでしょうか?
数千年前から、人々はまったく進化していないのがわかりますね。
未だに眠りこけているのですから。


碧台蓮


「未熟者」から「成熟者」へ



まだまだ未熟者ですが、これからもご指導ください」は、日本人がよく言ったり、書いたりする定型文です。読者さんから届く文章でも、たびたび目にします。
私は未熟者ですので、これからもご指導ください」なら、普通にわかるのですが、「未熟者ですが」は逆接なので、何か不自然さを感じるのです。
「ですが」と「なので」の違いを考えてみると、その奥に隠れている心情が見えてきて、けっこうおもしろい発見があります。

スピリチュアルな観点から言いますと、未熟者だからこそ、このような世界、低い次元で魂修行をしているのです。よって、わたしたちの多くが「未熟者」であるのは当たり前なのです。
以前に「若い魂」と「成熟した魂」のことをお伝えしたことがありましたね。
今回は、その続きを書きましょう。

★参考過去記事
カテゴリ:魂の成熟とカルマについて
 「未熟な魂」と「成熟した魂」―あなたはどっち?

成熟した魂は、今生の課題(持ち越してきたカルマ)で悩むことはありませんし、過去生の自分や分霊などに影響されたり、足を引っ張られたりはしないものです。
そして、自分のしたいことをやるためにこの世に生まれたことを知っているので、すぐにやりたいことに取り組みます。仕事が自分に合わないとか、仕事場が嫌だと言って日々思い悩んだりはしません。自分の適性を知り、何をやったら成功するか、どうやったら魂が喜ぶかを知っているので、そこにいつもフォーカスしているからです。

このように、成熟した人は自分のやりたいことを楽しみながらやっていますが、それが自分自身だけのためではなく、他の人のためにも同時に貢献していることになり、2倍の喜びを得ているのです。
ですから、それができていない場合は、まちがいなく未熟者だということになります。未熟者は「まだ目覚めていない者」です。
あなたがもし、このまま無自覚で無意識のままでいたなら、あなたはこれまでしてきたように再び死ぬしかないのです。

OSHOは言っています。
生まれては死に、死んでは生まれるという惨めさの全体から抜け出したいなら、誕生と死の車輪から抜け出たいなら、完全に目覚めるしかない。あなたはより高い、さらにより高い意識に到達しなければならない」と。


今、皆さんに申し上げたいこと。
それは、「自分自身の為すあらゆる行為を注意深く見守ってください」ということです。
ネガティブ霊にとり憑かれた人は、すべてをネガティブに受け取ります。
素直に人の言うことに耳を傾け、実行することができません。
過去記事を読んでいる人や、特に波動リーディングのコースを学んだ人は、もう十二分におわかりのことと思います。

ところが、わかっているのは正常波動のときだけなのです。異常波動になったとたんにわからなくなってしまうのです。そして惨めな気持ちを味わいます。
惨めさの根本原因は「乱心」であるということを覚えておいてください。
そして、正常波動に戻ったら、「あのとき、自分はどうかしていた」と、まさに乱心していたことに気づくのです。

しかし、異常波動になるたび、また忘れてしまうのです。そんなふうに、何百万もの生にわたって、人は「注意深く見守ること」を忘れてきたのです。
怠惰や横着は眠っていることの証拠です。
それは気が遠くなるほど多くの過去生においてしみこんできた「悪い癖」です。それが今生でも習慣になっているのは、今までの人生で一度も注意深く見守ることをしてこなかったからです。
ですから、この一瞬でも見守っていることができたなら、喜んでください。
そして、あなたのハイアーセルフに感謝をしましょう。


蓮

OSHOは言います。

まず根が下に伸びなければならない。
そうしてはじめて、樹は上へと延びることができる。
天まで届こうとする樹は、その根を地の底まで、
もっとも深い地中にまで伸ばさねばならない。
樹木はこのふたつの方向へと同時に成長していく。

蓮の花は、その根を湖底深くの泥のなかにまで伸ばしはじめて、
花咲くことができる。
これは大いなる忍耐によってはじめて可能となる。
現状の人間はきわめて怠惰だ。
それはかれが眠りこけているからだ。
                  

そして、ゴータマ・ブッダは言っています。

だから目覚め、観照し、見守りなさい。
油断なく、注意深く精進することだ
道に生きるなら
あなたには光が育つ


注意深くあること。目覚めていること。
それが、未熟者と成熟者の大きな違いです。


ライン


皆さん、もう記事の更新は要らないですよね?
これまでの記事で、もう現在は不必要と感じた内容は、徐々に削除していきたいと思っております。
すべて読んでおきたい人は、今のうちにお読みください。
ときどき、一日に何百もの記事にアクセスした人がいらっしゃるのですが、何も心に残らなかったのでしょうか? 
魂に響くことがあれば、コメントを残してください。
過去記事「わたしがブログを書く理由」につぎのように記していますね。

「拍手」というのは、たいていブログを書いた人に向けて送るものですが、わたしは読者が自分自身の魂に響いたり、気づきがもたらされたりしたときに、その「しるし」として、クリックをしていただけたらいいなと思っています。
つまり、書き手に称賛の「拍手」を送るのではなく、読み手の自分自身が、「気づきが生まれてよかった」という意味でクリックしてほしいということです。
このブログに限ってですが。
(★意図することがわかってもらえたでしょうか?)


ふたつのハート

黙って立ち去る幽霊さんは、やはり幽霊さんでしかないということです。
多くの幽霊さんたちは、自分の想いを素直に正直に表現できず、
自分や他者を愛することもできず、他者を非難したり、恨むことしかできなかった人間の成れの果てですから。
もうそろそろ、そんな幽霊から卒業してもよいのでは? と思います。

これからも、日本は自然災害に見舞われたり、いろんな政治的、
あるいは社会的な問題に直面することになるでしょう。
いつのときも、目覚めていれば、戸惑うことはありません。
目覚めた人は死を恐れることはないからです。

もっとも怖いのは、自分自身が眠りこけてしまっていることです。
あなたの今生での生が、
眠りこけた愚か者」として終わってしまうことのないよう、
どうか注意深くあってください。

2014年8月7日 カヴィーシャ・光の仕事人



人生は不確実さの中でのみ、生きることが可能となる

2014年08月13日 14:40


◆北海道での交流会を10月に開催決定!



北海道の読者さんのご希望を受け、旭川市にて交流会並びに個人セッションを行なうことを決定しました。
米子空港から札幌の新千歳空港まで3時間20分。そしてそこからJR旭川駅まで約2時間。自宅から宿泊施設までの所要時間は7時間ほどになります。
今回は北海道という場所と、そこに住んでおられる読者さんのことが気になって自らでかけることにしましたが、北海道までの道のりは、やはり遠いなと感じます。

東北や北海道から境港まで「セミナー」や「個人セッション」を受けに来られるのは、いつも大変だと思っておりました。
今回の北海道での「交流会」並びに「個人セッション」は、交通費や宿泊費を大幅に削ることができるので、北の地域の皆さんにとっては非常にラッキーなのではないかと思います。このチャンスを逃さないでいただきたいです。
(11月には、境港のほうで「2014年最終のセミナ」と「個人セッション」を開催する予定です。境港市まで来てくださるのであれば、もちろん大いに歓迎いたします)

下記の『交流会&座談会&質疑応答』は、旭川市で適切なセミナー会場が取れなかったため、その代わりに設けたものです。この機会に他の地域の方々にも参加していただけたらと思い、とりあえず記事にてご報告することにしました。
レストランの予約の必要がありますので、参加ご希望の方は8月末までにお知らせください。
但し、少人数で話を深めたいので、6名になりましたら、締め切らせていただきます。


ラベンダー畑


①北海道での交流会&座談会&質疑応答

テーマ ~いかに正常波動を保つか~
      これからの生き方



◆開催日:2014年10月19日(
◆場所: 旭川グランドホテル内 コーヒー&レストラン アドニス
http://www.asahikawa-grand.com/restaurant/adnis/

◆時間: 14:00~17:00頃まで (14時にアドニス前に集合)
◆会費: 5,000円(飲食代は別にお支払いください)
◆募集: 6名 (8月17日現在 5名確定)




ライン



白クマ
   旭山動物園の白クマ


★ 旭山動物園を光で包みましょう!



旭川市には、世界レベルでも上位の入場者数を誇ると言われる旭山動物園がありますね。
2005年にNHKの番組「プロジェクトX〜挑戦者たち〜・旭山動物園〜ペンギン翔ぶ〜」に取り上げられましたし、2006年には、フジテレビ系列で旭山動物園をモチーフとしたスペシャルドラマ「奇跡の動物園〜旭山動物園物語〜」が放送されました。また、2007年、2008年にも続編が放送されています。
皆さんはご覧になられましたでしょうか?
何度か再放送もされていたので、わたしの記憶にも残っておりますが、動物が登場するドラマは、いつも感動します。

Wikipediaによりますと、年間入場者数は、2005年度には206万人、2006年度には304万人を記録し、上野動物園の350万人に肉薄し、夏休み期間中はそれを凌ぐ入場者を集め、北海道を代表する観光地となっていたようです。
2013年の入場者数は1,650,057人となっています。

これだけの人が、毎年訪れているわけですが、人が大勢集まるとどうなると思いますか? もうおわかりですよね。波動が必ず悪くなります。
本来なら自然のなかで生きているはずの動物たちが「動物園」という檻のなかで暮らしているのを見ると、とても可哀想でつらくなります。鎖でつながれている飼い犬も同様ですが。
せめて波動の良いところで生きてほしいと思うので、10月21日午前~午後には旭山動物園に赴き、動物たちに光のプレゼントを届けてから帰路に着きたいと思っています。
もし、時間がとれる人がおられましたら、同行してくださると嬉しいです。

★有志の方は、事前に「お便り」にてお知らせください。お返事を差し上げます。


麦畑にポプラ
        美瑛 麦畑にポプラ


人生は不確実さの中でのみ、生きることが可能となる



太陽の光も風も届かない部屋の中に、花を隠していれば
その花を保護していると思っていても
実は殺していることになる
殺人を犯していることになる
むろんそれは善意からの行為であり
花のためにしていることだ
外では風が吹き、大雨で、太陽の光が強すぎる
だから繊細なつぼみを守りたいのだ
花を咲かせるために、それを自分の人生は寝室に隠し
扉と窓をすべて閉じておく
花はやがて死ぬだろう

花が開くのは、太陽のもとにあるだけだ
花が開くのは、風の中で踊れるときだけだ
花が開くのは、雨のシャワーを楽しめるとき
星と話せるときだけだ
花は総なるものに深く根ざしているときだけだ

人間はいつもつぼみのままだ
その喜びはまだつぼみのままだ
それは、人間が安定ばかりを気にしているからだ
危険、不確実さ、リスクを恐れているからだ
自分自身を境界のなかに押し込め
保護壁の内側に閉じこもっている
このようにして人間は囚人となる

人生は不確実さの中でのみ、生きることが可能となる
危険の中でのみ、生きることが可能となる
他に道はない

しかし、安定の名のもとで
わたしたちは自分自身をひらく機会のすべてを失っている
わたしたちは死を恐れるために、永遠性を失っている
もし危険を受け入れ、その中に入っていけば
それが喜びとなれば、冒険となれば、
そのとき、人生が至福となる


(中略)

プラスチックの花は危険にさらされていない
本当の花は危険にさらされている
しかし、プラスチックの花は花などではない
一日しか生きられないことのほうが
はるかに深い意義を持っている

朝から夜まで生き、花びらはしおれてしまう
しかし、太陽の下、空の下で
激しく情熱的に一日を生きれば充分だ
プラスチックの花で、何千年も生きることは選ばない
そのような人生は人生ではない
生きる長さが問題なのではない
問題なのは、徹底的に生きるかどうかだ

人は、命のたいまつを
両端から同時に燃やさなければならない
一瞬の生だが
それを完全に、生き生きしたものにしなければならない
それが、人に神の経験と永遠をもたらすのだ                

             OSHOからのメッセージ 



ふたつのハート

恐怖から解放されることは、
神を知るために、至福を知るために、
そして、真理を知るために必要な最大の資質であるということ。

人生の冒険をそのすべての危険とともに不確実さを楽しむこと。
人生が美しいのは、その危険性と不確実さのゆえであること。

リスクを恐れず、冒険をすること。
勇気をもって生き生きと生きること。
それが「美しい人生」であると、OSHOは言っているのです。

人間も、動物も、植物も同様です。
どの人生も、不確実さの中でのみ、生きることが可能となるのです。
それがわかるあなたに、心からの祝福を贈ります。

愛と感謝 カヴィーシャ・光の仕事人




生は愚かにも自らを繰り返す

2014年08月25日 11:15


雨がよく降りますね。
8月の日本列島は激しい雨ばかりが続き、夏の晴れた空があまり見られませんでしたね。
花火大会も中止となったり、さまざまな面で損失は大きかったと思います。



天気図2014.8.25
         本日の天気図


★北海道・礼文島で50年に1度の記録的大雨 



8月24日、低気圧の影響で、北海道の利尻島や礼文島(れぶんとう)では、50年に1度の記録的な大雨となりました。礼文島では土砂崩れが発生し、2人が死亡したと伝えられています。
また、先週の豪雨で市街地が浸水した京都・福知山市など、近畿地方でも激しい雨が降りました。
京都・福知山市では、午後1時ごろまでの1時間に、およそ90mmの猛烈な雨が降ったとみられ、記録的短時間大雨情報が出されていました。
24日の夕方には、大阪府北部で局地的に猛烈な雨が降り、池田市などでは、道路の冠水などの被害が出ました。
まだ各地で被害が出る可能性があります。十分に気を付けて、自分の直観に従って行動してください。



災害のイラスト


★広島市で起きた土砂災害 



広島市で発生した大規模土砂災害は、発生(20日)から今日で6日目を迎えました。
最も被害が多かったのは、広島市安佐南区の八木地区でした。災害による死者は、これまでにあわせて50人、安否不明者は38人となっています。

このたび、被災された方々に対して、一日も早く復旧されますよう、また、行方不明になられた方々が一刻も早く救出されますことをお祈り申し上げます。

わたしは過去に安佐北区にある安佐動物公園に行ったことがありますが、山のなかに点々と獣舎があって、静かな落ち着いた雰囲気でした。今回の土砂災害のニュースを見て、ちょっと動物たちが心配だったのですが、幸いにも動物公園に被害はなかったとのこと、安心しました。

今回大規模な土砂災害のあった広島県は、土砂災害発生のおそれがある土砂災害危険箇所が3万1,987カ所と、全国で最も多い地域となっていたこと、また、今回被害を受けた地域の一部が「土砂災害警戒区域」には指定されていなかったことがわかりました。
全国的に見ても、警戒区域の指定は進んでいないようですが、これは、住人にとっては大きな問題であると言えるでしょう。

全国の土砂災害危険箇所は、現在およそ52万5,000カ所あるそうです。しかしながら、警戒区域の指定はその7割弱にとどまっているのが現状だということです。
土砂災害危険箇所はおよそ9,700カ所あり、関東で一番多いと言われる千葉県を見ると、警戒区域への指定は、毎年400から500カ所にとどまっているそうです。

※土砂災害警戒区域とは、都道府県が、災害発生の可能性が高い地域を指定するもので、指定されると、警戒避難体制の整備などが行われる。


ぶどうのライン


★山や山の近くに大勢の人間が住んではいけない



広島に限らず、全国的に起きている土砂崩れは、自然災害ではあるのですが、人災とも言えますね。なぜなら、あのように山を切り開き、中腹に近いところまで家を建てること自体が間違っているからです。

まず、広島県の山地は、主に「広島花こう岩」と呼ばれる岩石から出来ていて、長い間、雨や風にさらされると『マサ土』と呼ばれる砂のような土に変化していくといわれています。この『マサ土』は水を含むと非常にもろくて崩れやすい性質を持っているので、斜面の表面を『マサ土』が広くおおう広島県では、土石流やがけ崩れなどの土砂災害が起こりやすいことが昔からよく知られていたのです。

しかしながら、人口が集中する広島市周辺では、山を切り開いて斜面の直下や谷の出口付近まで住宅が開発されてきました。そのため、土石流やがけ崩れなどの被害を受けるおそれのある箇所がどんどん増えてきたのです。

そのような危険性があることが知られていながら、対策も警告もなしに放置されていたのですから、行政の責任は非常に大きいと言えますね。
これまでも災害に遭っているのに、その教訓は生かされていなかったのです。だからこそ、再度繰り返されるのです。わかるまで繰り返されるのです。

また、その区域の土地を購入して家を建てた住人も、彼らの知識・情報不足が災難を招いたと言えるでしょう。自分が生涯そこに住むのですから、もっと意識的でないといけません。
いずれにしても、大きな眼から観ますと、自業自得としか言いようがありません。

山は神聖な場所であり、人間が開拓して住む場所ではありません。
波動が悪い人間たちが感謝の気持ちもなく厚かましく住んでいることに対して、山の神霊の怒りがあり、その怒りに雨の神さまが手伝ったということが、今回のわたしの調査でわかっています。
これは日本国中、山の近くに住む人は考え直すことが緊急に必要です。



ぶどうのライン


人間が多すぎる地球



あなたは、「この地球には人間が多すぎる!」と思ったことはありませんか?
わたしは常に何とかならないものかと思い続けてきました。
なぜこんなに増えたのでしょうか?

この地球には、他の星からの魂(異星の動物など)が多くやって来ており、これまでとはまったく意識の違う人種が生まれてきています。自己中心的で、まるで良識のない魂たちです。彼らは自分のことばかりで他者のことを思いやらない傾向があるように思います。そういう人はたいてい異星から来たばかりの魂です。

今後は、やたら異星人の魂が地球に生まれてくるのを、地球意識が制限する必要があるのかもしれません。
地球意識もどうやら人間が多すぎると思い始めたようですが、気づくのが遅すぎると思いますね。
地球の資源も、多くの愚かな人間たちによって採り尽され、食糧もこれまでの豊かさをしだいに失っていくことでしょう。
今、地球自体がそのことに気づき始め、実行しているようですので、このまま地球の行方を見守りたいと思っています。


秋の収穫


人間は山や自然に対して感謝が足りません!



人間は自然に対して「畏れ多い」存在であることや、感謝の気持ちを忘れてしまったのではないでしょうか?

太古の人たちは、朝に夕べに太陽に感謝し、大地に感謝し、雨に感謝し、豊かな実りを与えてくれる山や海、食物になってくれる植物や動物たちにも、感謝の祈りを捧げてきたのです。そういう感謝の心が個々にあったからこそ、地球は豊かな食物を提供してくれていたのです。
その感謝の心がない現在、豪雨続きで太陽の恵みがないため、野菜が育たなくなり、スーパーマーケットから野菜が姿を消しつつあります。被災地では断水で、水さえ飲めない状態となっています。

わたしたちが住まわしてもらっている大地にまずは感謝を捧げましょう。
太陽や雨や風の神さまは、まちがいなく存在するのです。
いつもわたしは雨や風の神さまに語りかけています。
そして、いつの時もわたしの願いを聞いてくださるのがその証拠です。

災害に遭うべき人たちは、世界中どこにいても、どこに逃げても災害は追いかけてきて、必ず直面することになります。その種をもっているからです。
災害に遭って、「こんなことは何十年もなかったことだ」とか、「こんなことは初めてで、経験がないことだ」とか、今時言っているような人たちは、愚か者にちがいありません。
今はどんなことが起こっても不思議はない時期に突入しているのです。今まで起こったことがなかったから、今も、これからも、起こらないだろう…なんて、あまりにも無知で、無頓着で、おめでたい人間で、哀れささえ感じます。


ぶどうのライン


★世界でただひとつ変わらないものは「変化」だけ



世界は刻々と変化しています。
変化するということが、宇宙の法則なのです。
永遠に変わらないものなど、どこにもないのです。そのことを、このブログで何回となくお伝えしていますが、地球の住人なら、それくらいは知っておいていただきたいものです。

変化についていけない人は、肉体を脱いだ時、時間のない光の射さない暗黒の世界でいつまでも滞っていることになるでしょう。

OSHOはつぎのように語っています。

生は愚かにも自らを繰り返す
あなたが気をつけるようにならないかぎり、
生は車輪のように繰り返しつづける。
仏教徒たちがそれを「生と死の輪廻」と呼ぶのはそのためだ。

時間の輪。それは車輪のように回る。
誕生の次に死が来て、死の次に誕生が来る。
愛の次に憎しみが来て、憎しみの次に愛が来る。
成功の次に失敗が来て、失敗の次に成功が来る。

ちょっと見てみるがいい!
もし数日間でも見守っていられたら、
ひとつのパターン、輪のパターンが現れているのがわかるだろう。

ある日の晴れわたった朝、あなたはとても気分がよく幸せだ。
ところが、別の日にはとてもだるく、死んだような感じがするために
自殺を考えはじめる。
すぐ前の日は、あなたはとても生命に満ちあふれ、
至福で満たされ、深く満ち足りた気分でいることを感謝するほどだったのに、
今日はとても不満で、なぜ人は生きつづけなければならないのか、
その理由がわからない……。
それがどこまでもつづいていく。
だが、あなたはそのパターンを見ない。
一度そのパターンを見たら、あなたはそこから出ていくことができるのだ。




ふたつのハート

生は愚かにも自らを繰り返す

今この記事を読まれたあなた、
そのパターンを繰り返していないか省みてください。

世界の皆さん、日本の皆さん、
生は絶えず変化し、進化し、死に、再び生まれ変わります。
いつもこの世界は変化しているのだということを知ってください!

そして、この世で停滞を選んでいる人たちよ、
輪廻の輪の縁にしがみつくのは、もうやめましょう。
同じ過ちを繰り返すのはやめましょう。

今こそ、停滞から大きくChangeしましょう!


2014年8月25日 カヴィーシャ・光の仕事人



自ら光を放ちましょう

2014年08月28日 00:00


★ 吠えない盲導犬



先日、読者さんから下記のようなメールが届きました。

今日、このような記事がネットに載っておりました。
何者かが盲導犬を刺す
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140825-00000013-wordleaf-soci

この記事を読んで泣いてしまいました。
いまだ、このような仕打ちが出来る人間が居るのかと思うと
情けなくていたたまれなくなります。
光を送ってみましたが・・・。
このワンちゃんの心と体の傷が一刻も早く癒えることを祈ります。



早速その記事を読んでみました。
被害に遭ったのは、埼玉県の全盲の男性(61)と『オスカー』という名の盲導犬でした。
盲導犬として訓練を受けてきたオスカーは攻撃性を持たず、何ヶ所か刺されていても声を上げることもなかったので、全盲の男性はオスカーの怪我に全く気がつかなかったという内容でした。

さて、この事件について、あなたはどのように感じ取られたでしょうか?
犬が吠えないことをいいことに、刺したやつはけしからん! と思ったでしょうか?

わたしは、このように盲導犬として訓練している訓練士に対して、けしからんと思いました。こんなことでは、全盲の人が危険に出会ったとき、何もなす術がありません。
危害を加えようとしてくる人間がいたら、もっと警戒し、それをご主人に知らせるために、時にはうなり声をあげたり、吠えることも必要です。
そんな判断は正常な犬であればできるはずなのです。犬は怪我をしてもさほどの痛みを感じないと言われますが、黙って耐えていればよい場合ではありません。

もしそれで犬が死ぬようなことがあったら、困るのは目の見えないご主人なのです。
人を見て、やたら吠えないように訓練するのは、確かに必要で大切なことでしょう。しかし、それと同時に、吠えるべき時には吠えるように訓練することも必要なのではないでしょうか?
訓練士はもっと犬にケースバイケースを教える必要があるということです。人間はみな良い人であるとは限らないからです。

ちょっと気になったので、この記事に掲載されていたワンちゃんの写真を調べてみました。
思ったとおり、この犬は異常波動となっていました。正常であれば、犬は刺した相手に対し、何らかのアクションを起こしたでしょう。
すなわち、刺した相手も異常なら、刺された犬も異常だったということです。
とても残念なお話でしたね。



ライン ノスタルジック


★ 覚醒を保ちつつ怒ること



このニュースを知らせてくださった読者さんは、盲導犬を刺した犯人に怒りを覚え、非常にネガティブな気持ちになっておられたと思います。
わたしは「いつもどんなときでも、冷静になって読むことが望まれますね」とお伝えしました。
次に来た彼女のメールにはこうありました。

盲導犬の記事を読んで、犯人に対する怒り、また怒りを感じる自分に失望感を感じていました。感情的であり、ネガティブだったと思います。
ワンちゃんへの光の放射は、純粋なワンちゃんへの愛ではなく、犯人への怒りと自分への失望感を解消する目的が密かにあったのかもしれません。


彼女は怒りを感じる自分に失望感を感じていたと書いておられました。しかし、わたしはけっして「怒ってはいけない」などとは申しません。このブログを読んでこられた人であるなら、わたしが「怒り」に対してけっして否定的ではなく、肯定的であったことがおわかりになるはずです。
仏教をはじめ、他の宗教では怒りを否定しますが、イエス自身は怒りまくりましたね。それについての記事も書いておりますので、また読んでみてください。

怒るなら、徹底して、心の底から怒りなさい! 」と、わたしは皆さんに申し上げておきます。
但し、「覚醒」を保ちながら怒ってください。
なぜなら、「覚醒」の状態で怒るならば、その怒りは変容し、慈悲となるからです。



OSHOは言っています。

タントラは、「怒りは敵ではない」と言う。
怒りは慈悲の種子だ。
その同じ怒り、その同じエネルギーが、慈悲となる。

怒りと闘えば、そこに慈悲の可能性はない。
もし闘いに勝ち、抑圧に成功したとしても、あなたは死んだ人間になるだけだ。
抑圧したら怒りはなくなるだろう。
だが、そこには慈悲もない。
なぜなら、怒りだけが慈悲に変容できるからだ。



死んだ肉体には、怒りはありませんね。
自分に怒りがあることを感謝しなさいということです。

この深い意味を味わってみてください。


キャンドル1


★ 自ら光を放ちましょう



私は独り立つ者にはまだまだにしても、せめて歩く灯台にはなっていたいです

上記は、先日別の読者さんからいただいたある記事の拍手コメントの最後に書かれていた文章です。
わたしは下記のようにお返事を書きました。

歩く灯台ですか? 灯台のもとは暗いのですよ。台ではなく、自ら光を放つろうそくになりましょう。ろうそくは自らをこがしつつ周りを明るく照らすのです

灯台もと暗し」という言葉がありますね。

「灯台(とうだい)」というのは、台にのせた皿に油を入れ、それに灯心をいれて火をつけて使う昔の照明器具のことです。
灯台は周囲を明るく照らすのですが、そのすぐ下は影になって暗いことから、自分のことや身近なことは、かえってわからないものだ、という意味に使われています。

もうひとつの「灯台」は、港や岬に立って海を照らす航路標識としての意味がありますが、いずれにしても灯台は遠くのほうは照らしても、自分の足下は照らさないのです。

自分の近くよりも遠くのほうの物事を見たがる人は、どちらかというと男性的です。実際に男性に多いです。
女性は家族のために小さな空間だけを、くまなく照らそうとします。自分の身近なことだけを見る傾向があるのは女性的なのです。


キャンドル2


★ 足下を照らすこと(照顧脚下)



禅寺に行きますと、玄関に「脚下照顧」と書いた看板が掲げてあるところがありますね。
これは「脱いだ履物をきちんと揃えましたか?」「上がる前によく自分の足下を見なさいよ」という注意書きです。
しかし、単に履物の脱ぎ方だけを注意しているわけではないことはわかりますね?

足下を見ること」は「自分の心身を見つめること」とイコールです。

あなたの足下はいかがですか?
しっかりと立っていますか?
足がしっかりと大地に立っていないと、身体が安定しないだけでなく、精神まで不安定になってしまいます。

では、足下がぐらつかないようにするにはどうしたらよいでしょうか?
まずは自分自身をしっかりと見つめることから始めましょうということです。

というわけで、「遠くを照らす灯の台」ではなくて、「灯自体」になっていただきたいと思い、「自ら光を放つろうそくになりましょう」と書いたしだいです。
大切なことだと思いましたので、補足をさせていただきましたが、ご理解いただけましたでしょうか?


キャンドル3


ここまで書き進めて、「自灯明」という言葉が脳裏に思い浮かびました。

自らを灯明とし、自らを依処(よりどころ)として、他人を依処とせず、
法を灯明とし、法を依処として、他を依処とすることなかれ


これは、ゴータマ・ブッダが入滅する際に弟子に伝えられた遺言です。
ブッダが亡くなった後、誰かの言葉や教えに左右されるのではなく、これまで自らが修行(体験)してきたことを信じ、自らの心に従い、ブッダが説いた法をよりどころとして、この先も修行していきなさいよということです。

ろうそくが1本でもあれば、闇を明るく照らすことができます。
自らの身体を焦がし、その命を融かしながら、光を放ちつづけることは大変なことです。
ろうそくの炎は、この世の一切の現象と同じです。常に停止することなく変化し、一時的で、瞬間だけの存在です。やがてろうそくは燃え尽き、光は消え失せてしまうでしょう。

しかしながら、まちがいなく闇を照らし、誰かの役に立っていた瞬間があったのですから、ろうそくは使命を果たすことができて幸せであると思います。
そして、この燃えていた炎がすーっと消えた状態が、仏教で言うところの最高の境地、「涅槃(ニッバーナ)」なのです。


ふたつのハート

あなたは、
引き出しに入ったまま、いつまでも使用されずに忘れられてしまったような、
ろうそくになりたいでしょうか?

それとも、短い時間でも大いに光り輝き、誰かの役に立ち、
本来の使命を全うできるろうそくになりたいでしょうか?

死んでいる月ではなく、
自ら熱と光を放射する太陽になりましょう。 

2014年8月28日

愛と感謝  カヴィーシャ・光の仕事人





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