閉ざされた「氷の世界」から開かれた「光の世界」へ

2014年01月03日 01:00


明けまして、おめでとうございます。

年末年始にご挨拶のメールをくださった読者の皆様、
ありがとうございました。
心からお礼申し上げます。


2014年という年が、
皆さまにとってこのうえなく意義深く、
またさらなる飛翔の年となることをお祈りいたしております。




白馬



★ 「氷の世界」はお好き? ★



年末にBSプレミアムで『井上陽水 ドキュメント「氷の世界40年」』という 番組を見ました。
日本で初めて売り上げ100万枚を達成した伝説のアルバムが発表されたのが、今からちょうど40年前のことで、それが当時25歳だった井上陽水氏の『氷の世界』だったというわけです。
この傑作がどのようにして生まれたのか、長年行方が分からなかったマルチテープを発掘し、制作に加わったミュージシャンやスタッフの証言を交えて、陽水さんの『氷の世界』ができあがるプロセスを描き出すという内容でした。確かにこのアルバムには、素敵な歌詞や名曲が散りばめられていますね。

現在65歳になられた陽水さんの歌を聞きながら、あの頃(40年前)の歌は、やはり25歳のときの陽水さんが歌っているほうがふさわしいと思いながら、自分自身の若き頃をも思い出しておりました。
わたしが『氷の世界』を初めて耳にしたのは、信州の、とあるスキー場のログハウスのレストランの中でした。熱いコーヒーをすすりながら同僚と話をしているとき、その曲が繰り返し流れていたのです。
その情景はまさしく目の前にあり、辺り一面銀世界である雪山にはもってこいの歌でした。大音量だったので、いやでも耳に入ってきて、随分ビートの効いた早口の、騒がしい歌だなと思ったものです。


人を傷つけたいな 誰か傷つけたいな
だけどできない理由は
やっぱりただ自分が恐いだけなんだな
(中略)
ふるえているのは寒さのせいだろ 
恐いんじゃないね 
毎日 吹雪 吹雪 氷の世界



上記の歌詞に「人を傷つけたいな 誰か傷つけたいな」とあります。
陽水さんは、それができない理由は「やっぱりただ自分が恐いだけなんだな」と言い、「そのやさしさを秘かに胸にいだいてる人は、いつかノーベル賞でももらうつもりでガンバッてるんじゃないのか」とちょっと嫌みっぽさをも付け加えておられます。

そのフレーズを今現在聞いたとき、過去「ノーベル平和賞」をもらった奉仕者たちの姿が、ちらっとわたしの脳裏をかすめました。自己欺瞞にまるで気づかない世界の奉仕者たちは、確かに喜んでノーベル賞をもらうかもしれません。

しかし、真の奉仕者であるのなら、そんなものを決してもらうようなことはしないのではないでしょうか?
そんな怪しすぎる賞をもらってしまったら、その人の善意で行なった奉仕の数々は、それと引き換えに儚く消滅してしまうかもしれないからです。近年あるいは最近どんな人が平和賞をもらっているかを思い起こせばわかりますよね?
大切に持ち続けていた「天国へのカギ」を、「○○賞」という名の手垢にまみれた「名声と誉れ」にすっかりすり替えられてしまった感じと言ってもよいでしょうか。

自由でひらかれた「光の世界」から、呪縛にかけられコントロールされ、暗く閉ざされた「氷の世界」へと意識が変容していった人は数知れないでしょう。
そんな人たちは、邪悪な世界のなかにいながら、自分だけは善人であると信じており、怖れを心に抱きながらも、それにもめげずにつくりあげた「微笑み」や、罪のなさを装った「仮面」をつけて、偽善者を演じているのです。人には知られたくない罪悪感を深く心に隠し持ちながら。

「ノーベル平和賞」そのものが悪いわけではないのですよ。
その「賞」の与え方に問題があるのです。誰が決めているのか知りませんが。
人をあざむき、世界をコントロールするためのものなら、何の価値もありません。

人間というのは、「賞」とか「権威あるもの」にとても弱い生き物ですね。
ノーベル賞をもらった人=とても偉い人。多くの人は勝手にそう思い込んでいます。思い込みが実に激しいのです。しかし、そういう「賞」をもらった人が必ずしも善人ではないし、崇高な意識の持ち主であるとは限らないということを、きちんと念頭に置いておくことは大切です。このブログを長年愛読してくださっている人たちは、そういった思い込みの激しさからはもうすでに卒業なさっていることと思いますが。
ただ表向きに、社会という外側の世界に対して、何かしら貢献をしたということになっているだけのことです。

人々に日常的に貢献しているような「名の知られない善なる奉仕者」というのは、きっと世界には数えきれないほどいることでしょう。
そして、そういう人たちこそ、天国へ招かれるのでしょう。
天国には、名声や権威や欲望は必要なく、かえって邪魔になるばかりです。

必要なのは、ただ「ひらかれたハート」と「幼子のような無邪気さと純真さ」のみなのですから。




     ランプのなかの天の川


★ 11次元存在からの伝言 ★



年頭に当たり、ぜひわたしのブログで伝えてほしいという存在からの要望もあり、今回はわたしの長女のなかから登場した「11次元存在からのメッセージ」をお伝えしたいと思います。

長女は「本体部分」として、分霊たちのカルマの清算をすべて引き受けてこの世に生を受けたようです。
長女の過去生の分霊たちは、昨年一年間で随分数多く解放されていきました。
なかには、世界の歴史上に名をしっかりと残しているような大それた人物がけっこう混じっていて、「そうだろうね」「苦しいだろうけど、自分が定めた試練だからね。とにかく頑張るしかないんだよ」と思いました。

長女にどんな分霊が存在するかを突き止めたときや、過去生回帰をするなかでつぎつぎと分霊が登場するたび、このような「大変な人たち」のカルマの清算をするために長女がわたしを「親」として選ばずにはいられなかった理由が、今になってようやく理解できたしだいです。闇とバランスをとれるのは、光だけなのですから。
長女と次女のふたりの子どもたちが誕生するに当たって、親となって引き受けてくれる者は全くいなくて、結局わたしが「OK!」「Welcome!」と快くひき受けてしまったらしい(笑)のですが、承諾した以上は何とか協力しようと、日夜浄化活動を続け、闇にいる人たちを光の世界へと送り届けているしだいです。

しかし、良いこともありました。娘たちの分霊からの情報で、学校で教えられている歴史の内容との大きなギャップを知ると同時に、彼らの真の姿を知ることができましたし、各々の分霊たちが語る話は、わたし自身にとって大変興味深かったからです。
歴史的有名人物の真相』については、また今年のセミナーでお話をしたいと思っておりますが、おそらくそれを知れば、世界の歴史に対する見方や宗教の見方が一挙に変わるのではないかと思います。

ここに掲載しますのは、長女の「過去生の本体部分―男性」からのメッセージです。
彼はかつて異星人だったことがあり、地球に生まれたことのない存在です。ただ、地球に誕生した分霊を指導することは過去にもありました。今はエネルギー体です。
長女は、この「あいつ」と呼ぶべき存在がたびたびやって来て、メッセージを告げていくのを体験しているそうです。
今回の伝言は、よくしゃべる「あいつ」の言葉を口述筆記(速記)のかたちで書きとめたものです。
長女は変性意識状態、ほとんど眠っているような状態で書いているため、本人でもまったく読めない字が多々ありました。逆に本人よりもわたしのほうが解読できたりしたので、ふたりで一緒に読みながら何とか訳のわかる文章にしました。

「11次元存在」だと言っても、結果的には長女の知識と語彙(ボキャブラリー)を使ってしか表現できないので、物足りなさはかなり感じるのですが、かえって誰にもわかりやすい表現となっているのではないかと思います。
彼が「人間たちに伝えたいこと」というのは、わたしが過去記事で皆さんに伝えてきたことと重なっており、さほど変わり映えのしない内容ではあるのですが、異星人的な発想を少しでも味わっていただけましたら幸いです。


milkyway



~人間的に優れているかどうかではなく、
      魂的に理解できるかどうかが大事~



魂というのは様々であって、
地球という一つの星に生まれ存続していくこととは無縁なり。

地球上に生まれ、生存していくことは一つの学びであって、
(それは魂の異なる成長)それが全てではない。

魂の成長があって、個々の成長もあり、
それは多大なる成長の過程なのだが、
「地球上の成長こそが全て」ではないことを知って欲しい。

地球上の”人間力”は、地球上の”人間力”にしか過ぎず、
銀河の果て(永遠にも見える、憶測のできない宇宙)では、
ただの一コマに過ぎない。
笑ってしまう程、宇宙は大きいのだ。

もう本当に笑えてくる程、宇宙は大きく広く偉大なものだということを理解して(わかって)欲しい。
(まぁ、理解できないだろうが…)


物事に対して、正しい間違っているの判断・判別はどこにできようか?

この星では「(間違いなく)正しいこと」であったにせよ、
また別の星でそれが通用するのか?!

はなはだ馬鹿馬鹿しい。
その星、この星で「正しい・正しくない」は違うのに…。

地球上の国でもそうだ。州や県でもそうだ。
地域によって法律と呼ぶものも、習慣と呼ぶものも、統一されてはいない。
それなのに、何が正しいと言えようか?
何が間違っていると言えようか?
全くの矛盾を感ずる。

その矛盾の中に生きていて、
己の選んだ道を誰が裁くことができようか?

己を感じ、大切にし、信じ、生きてこそ、
”真の人生”を送ることができるのではないだろうか?


皆に告ぐ。

己を信じずして、誰を信ずることができようか?
己を愛することなくして、誰を愛することができようか?

それさえも小っぽけなことだ。

誰を信じて、誰を愛して……
それが地球人の永遠のテーマとも言えるべきことだが、
そんなことは小っぽけだ。

他者を案ずるが余り、己を戒め、自縮(自粛)する。
そんな所がいいとこだ。

違う。

己の真の望む所にこたえ、
己を真に愛し、愛しむことを覚え、
己が真にしたいことをする。

それこそが人生ではないのか?

他者に振り回される人生を送るのは無意味ではないのか?
他者に認められるより、己が自己を認めることこそが必要ではないのか?

己に起こったことは全て己が引き寄せたことで、
他者のせいではなく、あくまで己の責任においてのことではないのか?

それが全てである。

自己の身に起こったこと全て自己の責任であり、
自身が自ら招いたことなのだから。

だからこそ聞いて欲しい。

自分自身に起こった様々な出来事を。
それは他人のせいでなく、明らかに自分のせいで招いたことなのだと!
自己に訪れた出来事は、他者の誰でもなく、
自分が招き、受け入れたということを。

「私はそんなことを望んでいないのに!」という思いも、
本当は「自分が望んでいる」ということを理解しなくてはいけない。

「こんなはずじゃなかった」「こんな事は望んでいない」という出来事にさえだ。

本当は望んでいる。
本心では望んでいる。

「こんなはずじゃなかった」と思う人は、
「こんなはずじゃなかった」という事を学び、
「こんな事は望んでいない」と思う人は、
魂レベルで「望んでいた」それを「”克服する”という使命を持っていた」ということを認識するべきだ。


人は生まれる際に、どの程度、どのレベルで生きていく…という事を理解し、決めている。

では、その自己の決めたことが、どれだけ実現できるか…
というのが人生だ。

一種ゲームの様な人生だが、生まれて来た人それぞれにそれなりの決意が感じられる。
(そうでなければ、生まれる許可はおりまい)
それを憶えている者は少ない。むしろ希である。
しかし、その希な人間がいることも”確か”である。

憶えている人間は希である。
しかし、人類の地球の歩みに、そのほんのわずかな”憶えている人間(現在生きている)”によって支えられている部分があるように思える。




水の星


地球という意識は弱々しく、時に偽善者的だ。
そう、それはまさしく今現在、生存している人類の基盤にあるようにも感じとれる。

地球は地球で思いがある。

地球に住んでいる者は者で思いがある。

地球という意識は、自分の思いよりも、
現在多く生きている人間という存在に意識を合わせたに過ぎない。

地球に住んでいる多くの意識=人間。

そこに意識を合わせ、人間の進歩に伴い、自己(星)の進化(進歩・過程)を事実的に遅らせたのだ。

地球は進化したいと思っている。

でもその為には人類の大半を処分せねばならない。

それは地球にとって苦であり、望むところではない。
地球は「皆にとって優しく、住みやすい、居心地の良い環境を与える」ことを
美「良し」としているのだ。
皆にとって居心地の良い環境を与えることを美(良し)としている。

地球は、時として凶悪犯罪をも良しとしていることがある。
その事実を理解して(わかって)いながらにしても、また、お咎めなしなのは、
地球の優しさではなく、甘さではないのだろうか??

2013.12.26  「あいつ」からの伝言 



地球


実は、このあとも続きはあったようなのですが、あまりの眠たさに負けた長女が筆を置いてしまい、途切れてしまったとのことです。残念ですが、またの機会を待つしかありません。(笑)
地球については、わたしも「甘い!」と思っていますから、「あいつ」とは意見が合っているように思います。

地球は皆にとって優しく、住みやすい、居心地の良い環境を与えることを美「良し」としている」という一節がありましたが、そんな地球の気持ちに反して、人間どもは地球環境を目茶目茶に壊し続けているわけですから、それに対してはもっと厳しい態度をとってもよいと思うわけです。しかし、そんなことは地球にはできません。進化したくても、人間のことを思うと、我慢するしかないということなのでしょう。

「人間を目覚めさせる」というような器量は、地球にはないということがわかりますね。
ただただ人間を愛することのみ。凶悪犯罪をしでかした子どもたちでさえ庇い続けるというのは、「無条件の愛」そのものですね。まるで、地球意識は、「6のエネルギー」を学んでいるかのようです。

そんな地球に、わたしたちは一体何をしてあげたらよいのでしょうか?
何度もお伝えしてきましたから、もう皆さんはご存じですね。
地球が望み通りに進化できるように、わたしたちの意識を一刻も早く進化させることです。自己確立を成し遂げることです。そして、地球を思いやることです。
これが地球の上昇を助ける唯一の方法です。


「奇跡のコース」を伝えたある存在はこう言っています。

この世界は問題から脱出することができないように作られている。この世界の道はすべて、失望と無と死につながっているだけだ。この世界の選択肢にはこれ以外ない」と。

また、「希望が存在しないところで、希望を探し求めることはもうやめなければならない。今、あなたの学びを敏速に行い、学んだことを超えてまだ学んでいないことへと進んでいかなければ、時間を無駄にするだけであることを理解しなさい」と。

言われていることがわかりますか?



ふたつのハート

この世界には、多くの選択肢があるように見えても、
本当はひとつの選択肢しかないのだと気づくこと。
たとえどの道を進もうとも、
それらの道がどこにも導いてくれないということを学ぶこと。

なぜなら、この世界は幻想だからです。
邪悪な幻想でつくられた「氷の世界」なのですから。

その代わりに実在的な選択肢があることを知りなさい
あなたが気づけば、それを受け容れることができますよと教えてくれているのです。

では、実在的な選択肢とは、どんな選択肢なのでしょうか?

実在するものは存在を脅かされることはない」のです。

何者にも決して脅かされることのない 
恐れることのない世界を思い出してください。

きっと甦ってくるでしょう。

なぜなら、わたしたちはみな「実在界」、
光の世界」からやってきた子どもたちなのですから。




自分の魂の年代と段階を自覚すること

2014年01月09日 14:35


★ 「魂のチャート」が大人気 ★



過去記事の『気づきはその人の魂の年代と段階によって異なる』で、「皆さんが、もし自分の魂について、客観的に知りたいと思われるなら、「魂のチャート マイケルが教える人類の進化と自己理解」(出版社 ナチュラルスピリット)をお読みください」と記載したことがありましたね。
それで、このブログの読者さんたちがその本をつぎつぎと購入されていることが、その後届いたメールなどからわかりました。
今「アマゾン」などでは、「魂のチャート」ばかりが売れているのではないでしょうか?(笑)




冬


ところで、皆さん、「魂のチャート」を読まれて、いかがでしたか?
本当にご自分の魂の年代段階などをはじめとするさまざまな項目を知ることができましたでしょうか?

魂のチャート」を購入して読まれましたら、そこで気づかれたことやご感想などをこの記事の「拍手コメント」などを利用して送ってくださると大変嬉しいです。

ペンジュラムのセミナーでも、ご自分の「魂のチャート」の調査をしていただきましたが、答え合わせは、今のところどなたもできていません。当日の参加者さんから出された結果は、わたしが事前に行なった調査結果と合致していなかったので、再度お家のほうで調査し直していただきたいという思いがあって、宿題にさせていただきました。セミナーが終わってからもう1か月以上お待ちしているのですが、一向にお答えがありませんね。一体どうなっているのでしょうか?

ほんとうに自分自身のことを理解し、把握したいのであれば、一日に何十回も何百回もペンジュラムを通してハイアーセルフに尋ねることです。もっともっと真剣に訓練することが必要です。
たった10回ほど調査をしただけで「もうペンジュラムも自分も疲れました!」と言っているような人は、すでに不向きであることを悟り、ダウザーになることは潔く断念なさることをおススメします。

今年から始めた「ペンジュラム教室」の受講者さんには、この「魂のチャート」の調査を「テスト問題」にしておりますので、「ハイアーセルフの最高の智恵」が届くように自己の意識レベルをアップしつつお待ちいただきたいと思います。自分のことを調査するテスト問題というのは、楽しいですね。
ただ、最近ダウザーになろうとしている人たちに異星人や人霊が現れて足を引っ張っています。明らかに邪魔をされていますね。
ダウザーのたまごさんたち、あなたがたのゆるぎない意志が試されています。
めげないで立ち向かってくださいね。



                                     冬の木


つぎに記しますのは、これまでに「気づきのコース」を受講された皆さんからわかった「それぞれの年代の魂の傾向」を簡単にまとめたものです。
ご自分の魂の年代を想定する上での参考になさってください。


★ それぞれの年代の魂の傾向 ★


   ベイビー2
◆乳児期・幼児期の魂の人 

「数秘リーディング」や「課題の個人レッスン」などでメール交換をしたり、レポートを読ませていただいたりするなかで、この年代の魂の多くの人に、「本題」に入る前に何らかのトラブルが発生することが多いということがわかりました。
たとえば、自分の文章を「Microsoft Word」を使用して記入し、それをメールに添付して送るという作業ができなくて、その方法をまずお教えしなければならないといったようなことです。
まともにレポートを送ることができない、自分のコメントの書き方がわからない、受信や送信に問題が生じる、というところから始まるわけです。そういったレポートを書くこと以前の「単純な作業を覚えること」から入っていくのが、この年代の人の「課題」のひとつとなっているのです。

あるいは、レポートに記された日本語についての学習から入っていかなければならないこともあります。
文字の間違いが多すぎる人、意味のわからないおかしな日本語を使用する人、敬語や謙譲語がまったく使えない人、相手に対するマナーを知らない人、まるで小学生に教えるようなことから始めていかなければならない人というのは、たいてい乳児期、幼児期の魂です。

年配の指導者に対して(悪気がないことはわかるのですが)軽率な言葉を使ったり、敬語をまったく使えなかったりする人がけっこうおられたのです。そういう人たちは親や教師から教わっていないか、あるいは教わってもしっかりと身につかなかったのでしょう。学校を卒業してから会社などに長く勤務することもなく家にいるような人、すぐに結婚して家庭に入ってしまったような人は、敬語を使わないまま、過ごしてこられたのではないかと思います。
英語などの外国語は日本語のように多くの使い分けはありませんが、それでも目上の人に対する丁寧なものの言い方というのはあります。せっかく日本人に生まれたのですから、できれば相手に対して失礼にならない言い方、敬愛のこもった美しい日本語を使っていただきたいと思います。

しかし、敬語を使えばよいというものではないのです。敬語も度が過ぎると、かえって失礼になることを知ってください。そういうことさえ見極められないのは、地球上での魂経験が少ない人に多いです。
                      幼児 
    
この時期の魂の人たちは、自分の子どもの教育どころではありません。自分の魂が乳児や幼児なのですから、まずは自分自身の教育を真剣にしなければならないのです。
自分ではわかっているつもりでいても、実際はわかっていない(勝手な思い込みや思い違いがある)ことが多いので、傍から見ていて、もどかしさを感じる場合が多いです。
この「年代」の魂で「段階」がまだ低い場合は、たいてい「課題」をクリアすることができません。



 小学生

◆若年期の魂の人 

マイケルによりますと、この年代の人は「対応する肉体的な年齢」として「児童(6歳から12歳まで)」としていますね。
この時期の人も、自分では理解しているつもりでも、あるいは、何か気づきがあったとしても、やはり内容がとても「浅い」と言うよりほかはありません。
「もっと掘り下げてみてください」と言っても、その方法がわからないし、上っ面だけで、まったく掘り下げることができないのです。この時期の魂が、自分自身を深く洞察することを苦手としていることがよくわかります。

乳児期~若年期」の人は、たいてい自分自身を信じられなかったり、愛せなかったりします。
裏切られたとか、勝手な思い込みで人を責めたりして、自分こそが問題の原因であることに気づいていないのです。
自分や他者をどうやって愛したらよいのかさえわかりません。問題が山積みです。



思春期

◆成人期の魂の人 

この年代の人は、13歳から19歳、思春期に当たると言われています。
マイケルによりますと、「子どもからおとなの認識の仕方へと移行する時期」だということですが、確かにこの時期の魂を持つ人は敬語や謙譲語もきちんと使い分けができ、マナーもわきまえていて「おとな」であるという感じがします。
つきあっていて、もどかしい感じは受けません。信頼して何かを任せられる人が多いように思います。

書籍「魂のチャート」には、肯定的な側面として「霊的な成長に心を開く、精神的な意義に気づく、若年期と老年期の両方の考え方に理解があるので最もバランスの良い年代」とありましたが、そのとおりだと思います。さまざまな面で、この年代の人が一番がんばっているのではないかと感じます。



老年

◆老年期の魂の人 

この魂の年代の人とは、たいてい話していて心地よいです。理解力、応用力もあり、いろんな話を際限なくしていられそうです。「無害な変わり者」という表現がぴったりきますね。
気づきや掘り下げは深いはずなのですが、思いのほか自己評価が低く、自己批判ばかりして、堂々巡りをしている人もなかにはおられます。やはり魂の段階によって、その状況は随分異なるように思います。

魂のチャート」に書かれているように、この年代の課題は「カルマの成就と自分の価値の理解」にあるように思います。まさに「無条件の自己受容」と「他者受容」ですね。
最終課題は「自分=他者」を愛することにあります。
これを成し遂げた人は、つぎの段階(超越期)に進むでしょう。



白い鳥


★ つぎの段階を目指すために ★



自分の魂の年代や段階や役割がわかっても、気持ちよく前に進めない場合があります。
それは、自分の本体部分に問題が残されている場合、あるいは分霊のカルマがあり、そのエネルギーに翻弄されている場合です。分霊が足を引っ張り、邪魔していると、本来の自分の人生を力強く歩むことができません。
そのためには、できるだけ早く持ち越してきたカルマの解放を終えて、身軽になることです。
いつまでも重たい足かせを引きずっていては、今生に生まれてきた甲斐がありません。
自分の人生を謳歌できるよう、もう終わってしまった過去生の自分に断固として別れを告げましょう。



下記はヘルマン・ヘッセの詩です。
じっくりと味わってみてください。


秋の木



    ◆ 段階 ◆  


どんな花もしおれ どんな青春も老年になるように 
どの人生の段階も花開き 知恵もそれぞれ花開く

どの美徳も 決められた時に花開き 
永遠に持続することは許されない
心はそれぞれの人生の段落ごとに
すでに別れと新たな開始のために準備をしなければならない

勇敢に悲しみは見せず
ほかの新しい絆に身をゆだねるために
そしてどの始まりにもひとつの魔力が内在し
それが私たちを守り 生きていくことを助ける

私たちは朗らかにひとつずつ段階を通り抜けるべきである
どの段階にも故郷のように執着してはならない
世界の守護神は私たちをしばりつけ窮屈にする意志はない
それは私たちを生の段階ごとに高め、広げようとする

私たちがひとつの生活領域に慣れ親しみ
くつろぎを覚えるやいなや 衰退の危険がさし迫る
出発と旅の用意のある者のみが
麻痺的な習癖から身をふりほどくことができる

おそらく死の時が私たちを若者として
新たな段階に送ってくれるであろう
私たちへの生の呼びかけは決して終わらないだろう
さあ 心よ 別れを告げよ 元気を出せ!

          ~ヘルマン・ヘッセの詩~




ふたつのハート

何度も何度も同じエネルギーを過去生で体験し、
またしても今生でそれを選んで誕生してきた人たちはたくさんいます。

ひとつの人生でそのエネルギーをクリアできなかったからですが、
そんなふうに自分の気がすむまで、人は体験をし続けるのです。

この地球上での「人生ゲーム」に参加すると決めたのなら、
まずそのルールを覚え、ひとつひとつのプロセスを丁寧に生きることです。

そうやって、人は多くの転生を経て地球での学びを終え、
異なった天体や次元へと旅をするのです。

時間はあってないものです。
やたらと無駄なエネルギーを使うことを止め、
この世界で限りある肉体をどう使って「人生ゲーム」に成功していくかを考えることです。

それぞれの魂の年代と段階をクリアできることは喜びです。

仏陀が「苦の世界」からの解脱を考えたように、
いかに「苦の世界」を「喜の世界」に変容させていくかを
発見することです。

誰も教えてはくれません。
あなた自身が見つけるのです。
それぞれの魂の段階にふさわしい「喜の世界」を発見してください。

2014年1月9日 カヴィーシャより




自らの無知について謙虚になろう!

2014年01月17日 12:50


★「ザ・プレミアム超常現象」を見て感じたこと ★



1月11日(土)にBSプレミアムで、「 第1集 さまよえる魂の行方 ~心霊現象~ 」と題して、下記のような内容を放映していました。
皆さん、ご覧になりましたか?


イギリスで行われた幽霊城の大規模調査」で、電磁波や低周波音測定器などの最新機器が異常な数値を捉えたこと。電磁波の異常な数値を見た研究者が「まるでレーザー光線のようだ」と語っていましたね。

また、第2次世界大戦中、マーガム城内で兵士たちが皆不気味なオレンジ色の発光体を見たということについて、科学者たちは「電磁波と脳の関係」を動物実験した結果、「脳が見せた幻覚だった可能性がある」として、「光の球は電磁波などの要因で引き起こされるので、皆が同じ部屋にいたのなら、同じ影響を受けたのだろう。同じ幻覚を見たということもあり得る」と語っていました。

「強い電流を流すとプラズマができる」というまるで子どもじみた実験もしていましたが、「そもそも電気がまったく通じていない部屋で、なぜ電磁波が発生したのか?」を調べていたはずですよね。
わざわざ強い電流を流してプラズマを作っても、すぐに消えてしまいました。マーガム城で見られたときのように長い時間は持たなかったというのが実験結果でした。
さらに「不思議な金属音やものが動くという現象は何だったのか?」については、何の回答もありませんでした。

★これでは、あまりにもお粗末すぎますね。
幽体や霊体が、電磁波」だということを、TVに登場した科学者のだれもが知らないなんて、ほんとうに驚きました。

また、幽霊城で調査をしていた人たちや、過去その城で幽霊を見たり感じたりした人たちによると、男性の幽霊が出る場所の近くで、誰もが「冷気」を感じたと言っていました。
それについて、科学者はネズミを使って、ある実験をしました。ネズミの天敵であるヘビの臭いをしみ込ませたシートをネズミの檻に置くと、生存本能のためにネズミの体温が落ちたというのです。
つまり、ヘビが動物の体温でエサだと感知する生体であるため、ネズミはそのヘビに見つからないようにするために本能的に体温を下げたということなのでしょう。

だから? それで、どうなの? と言いたいですね。 
ネズミが体温を下げたことが、人間にも当てはまるとでも言うのでしょうか? 幽霊に殺されて食べられるとでも? 幽霊は人間の天敵なのでしょうか?

幽霊にまったく恐怖心や危機感を抱いていなくても、「冷気」や「寒気」は感じます。
それを感じるから、近くに来たことがわかるわけで、幽霊に見つからないために体温を下げているわけではありません。
幽霊に見つからないためには、オーラを意識的に縮小するという方法が一番ですが、とっさに息を止めるのも有効だと思います。試してみてください。



区切りのライン


臨死体験」についての取材もありましたね。
臨死体験」というのは、人が死にかけているとき、あるいは心臓が停止してからも意識を持ち続け、「あの世」に行きかけて、また「この世」に戻って来た人が見てきた体験(目撃体験)を言います。「体外離脱」も、その体験のうちのひとつと言えるでしょう。

その「臨死体験の謎」を解く大きな成果を上げたとして、アメリカ・ミシガン大学「神経生理学」の博士が死に瀕したネズミの脳の実験結果を発表していました。
その実験で「心停止しても、脳は活動をやめず、振幅が小さくなって、周波数が非常に高くなっている」ことが明らかになったのです。

彼女は「これまでは心停止すると、脳も急速に機能を失うと考えられていたが、常識がくつがえされた」と誇らしげに語っていました。
「心臓が停止すると同時に脳も停止すると考えられていたが違っていた。脳は一生懸命働いていた。脳は生き残ろうと必死で、これは脳に備わったメカニズムなのだ」と語り、「酸素の供給が止まったときのほうが波長が狭く、脳の活動が大きく、より活発に働いていることがわかった」ということ、そして、「それは30秒間にわたって動いていたこと」が、とても画期的な発見かのように報じられていました。

しかし、番組をわたしと一緒に見ていた長女は、「そんなことは既に知っていたよ」と言っており、それを今まで科学者が知らなかったということのほうに驚いていたのです。

Gロック(人体に強い+Gがかかると、心臓より上にある脳へは充分な血液が供給されなくなりグレイアウト、ブラックアウト、などの症状が現れる。さらに強いGがかかると一過性脳虚血による意識喪失【G-LOC = 失神】を起こす)の体験例などもありました。これらは主に航空機のパイロットに見られる症状ですね。

★結局「心停止しても脳が30秒間働いているということ」と、臨死体験者が同じように見る「トンネル」や「光に満ちた美しい世界」とどんな関係があるのか、はっきりしませんでした。

「幽霊」や「オレンジ色の発行体」や「臨死体験」、「体外離脱をして見た光景」などについて、なぜそれらが「幻覚」ではなく、「ほんとうに見えていること」だと思えないのでしょうね?
科学者や医者は、すべて不思議な現象を「脳」の仕業と考える傾向にあります。
体外離脱などは、明らかに肉体(脳)から離れている状態なのです。上からでしか見えない親のハゲを発見したという笑い話もあるくらいで。
その目撃も「脳」の仕業なのでしょうか?


区切りのライン


前世の記憶を突然話し出す子どもたち」の取材は、大変興味深いと思いました。
自分が生まれる前の出来事を次々と語る子どもたちが世界各国に存在することは、故イアン・スティーヴンソン氏の研究などで、皆さんもご存じであると思います。書籍も出ていますね。

今回の調査でも、子どもが語った前世の内容がまぎれもない事実だったことが判明しました。
自分の過去生だったときの姿を、現在に残る有名人の写真集のなかに見つけた子どもがいましたね。
彼の証言はあまりにも詳細であり、すべて合致していました。生まれ変わるのが早かったために、それが判明したようですが。


精神医学のジム・タッカー博士は、つぎのように語っていました。

これらの事例を研究していくなかで、我々は確信していきました。
この世界には単なる物理法則を超えるものがあるのだと。
そして、物理世界とは、別の空間に‘意識,の要素が存在するのだと。

‘意識,は単に脳に植えつけられたものではないのです。
おそらく宇宙全般を見る際に全く別の理解が必要となってくるでしょう。
現在の宇宙観は宇宙を単なる物理的なものとし、物質的なもの以外は存在しないとしています。
しかし、それらの見方を見直し、常識とは異なる方法で見る必要があります。



★タッカー博士と同様に「常識とは異なる方法で見る必要」を、わたしも感じます。
皆さんにもそうあっていただきたいと強く思います。



光の世界



「死後の世界は無い」と断言する科学者たち ★



ところで、英国に筋萎縮性側索硬化症で「車椅子の物理学者」として知られるスティーヴン・ウィリアム・ホーキングという理論物理学者がおられますね。
ブラックホールに関する研究が特に有名だとされており、また「タイムトラベルが不可能である」とする「時間順序保護仮説」を提唱し、それによって過去に戻るタイムマシンは不可能という立場をとっている人なのだそうですが。

ホーキング氏は、2010年9月7日に刊行された新刊書(原著名"The Grand Design")で、量子力学に重力の理論を組み合わせた最新の研究成果から、偶然の一致に見える現象は「創造主なしで説明は可能」、「宇宙の創造に神の力は不要」と主張して、宗教界から批判を浴びたそうです。

また、2011年5月には、人間の脳について「部品が壊れた際に機能を止めるコンピューターと見なしている」とし、「壊れたコンピューターにとって天国も死後の世界もない。それらは闇を恐れる人の架空のおとぎ話だ」と否定的な見解を述べて、改めて宗教界との認識の溝を示したそうです。
科学と宗教の分離はいつまで続くのでしょうか?


★「この世」での科学では、「あの世の世界」つまり「死後の世界」を調査し、解明することは原理的には不可能だと言ってもよいのではないかと思います。
だいたい「あの世」から見れば、「この世」は「幻想の世界」であって、譬えてみれば、スクリーンに映し出された映像にしかすぎないのですから。
その映像はどこから投射されているのかと言えば、「あの世」からだと言うことができます。
つまり「あの世」は映写機的存在で、「この世」は手でつかむことのできない映像にしかすぎないのです。
そんな「あの世」から見てみれば、「死」というものはないわけです。生き通しであるはずですね。

科学者たちが「死後の世界は存在しない」と断言されるのなら、ある意味では「それも正解かも」言えるでしょう。その代わり、「生まれてくる前の世界は存在する」ということになります。そこから皆やってきたのですから。
「この世」で使用していた肉体を脱げば、以前にいた「あの世」という領域に戻るだけなのです。
わたしたちは死んでから「あの世」に行くのではなく、「あの世」に最初からいて、そこから「この世」にやってきた存在だということです。

というわけで、文字通りの「死んでから行くという特定の死後世界はない」と言ってもよいかもしれませんが、「人間死んだらそれですべて終わり」で、「意識の継続はありえない」と断言することはできないのではありませんか? ということです。



船のライン - 2



★ 自らの無知について謙虚になろう! ★



さきほどお話ししましたように、「死後の世界など無い」と断言する科学者はじつにたくさん存在します。
ザ・プレミアム超常現象」で、ネズミの実験をした女性科学者もそう断言していました。
お気の毒にと思います。なぜなら、「自分は感知能力がなくて、何も体験したことがなく、気づきもない、ほんとうに無知な人間です」と言っているのと同じだからです。

同じく「ザ・プレミアム超常現象」に登場した臨死体験をしたある男性は、臨死体験の後、自分の内側から繰り返しあるリズムが湧いてくるため、ピアノを弾くようになっていました。その湧きだしてくる曲を弾いていましたね。

彼は「人間の意識は死を超える」ということに気づいたと語っていました。
そして、「誰が何と言おうと、私は自らが経験した事実を信じて生きていきます」と。
自らの体験が一番信頼に値する」ということを、彼は悟ったのです。
すばらしい体験に感謝ですね。


番組は、ジェフリー・ロング博士のつぎの言葉で終わっていました。

宇宙では、私たちが知るよりはるかに多くのことが起きています。
この惑星に住む全ての人は、自らの無知について謙虚になるべきなのかもしれません。



★今回の「ザ・プレミアム超常現象」は、なかなかいい感じの終わり方をしていると思いました。
次回(1月18日午後9:00~10:30)は
秘められた未知のパワー ~超能力~」です。
この番組に興味のある方はご覧になってみてください。
明日ですヨ!



船のライン


★ トラキア人の死生観 ★



最近、長女が「人の誕生を悲しみ、死を喜ぶ民族がいる」という話をしていました。
何という名の民族かは忘れたということですが、おそらくそれは紀元前5000年頃に存在したトラキア人という民族なのではないかと思いました。
「トラキア」というのは、現在の「ブルガリア」を中心とした地域に栄えた黄金文明を指します。

ギリシャの歴史家であったヘロドトスは、「トラキア人は、子どもが生まれた時はその人生に起こるであろう数々の苦労を嘆き悲しむけれども、誰かが死んだときは憂き世の苦労を免れて至福の境地に入ったと言って、喜々として埋葬を行う」と述べていたそうです。

つまり、赤ちゃんが誕生すると、その子がこれから経験する多くの苦難を思って、「嘆き悲しむ儀式」をし、死ぬ時は、苦しみから解放されて、本来の安らぎの世界に帰還することを信じて喜び、「お祝いの儀式」をしてその旅立ちを祝ったということですね。
そのために、墳墓には故人の愛用品や、来世で必要な食べ物、装飾品、武器や武具、そして、さまざまな調度品などを一緒に納めたということです。

近年は、特にブルガリア領内でトラキア時代の遺跡発掘が進み、「黄金文明」と呼べるほどの精巧な金細工が多数発見されているようですね。


トラキア文明黄金のマスク
    トラキア王の黄金のマスク


ふたつのハート

人が肉体を去った時にこそ、盛大なお祝いをしたというトラキア人。
それは、「あの世」と「この世」の真相を知った賢い人たちの死生観であるとわたしは思うのですが、皆さんはどのように考えられるでしょうか?

量子物理学の研究を続けたアメリカのデヴィッド・ボーム氏は言っていますね。
宇宙は二重構造になっていて、
物質的な宇宙(明在系―エクスプリケート・オ―ダ―)の背後に、
もうひとつの目に見えない宇宙(暗在系―インプリケート・オーダー)が存在する
」と。

皆さん、「あの世」と「この世」が表裏一体であることを考えると、
何やら楽しくなってきませんか?



秘められた未知のパワーとは何か?

2014年01月21日 12:40


★「秘められた未知のパワー 
      ~超能力~」を見て ★


          

前回の記事で予告しておりましたが、18日土曜日の午後9時からの「BSプレミアム」をご覧になりましたでしょうか?
「超常現象」というその正体に現代科学はどこまで迫れるのか? ということでしたが…。

前回の記事を書いたあと、読者さんが『説明のつかない事例などいくらでもある中で、この番組は本当に低俗と言うか番組プロデューサー自身が何の目的でこの番組を制作したのか本当に疑問です』というコメントをくださっていました。
(東京のハンドルネーム四季さん、お便りありがとうございました)

確かにこの番組は、何を視聴者に伝えたいのか、理解できにくいですね。
さて、ご覧になった皆さんのご感想を、またお聞かせくだされば幸いです。




   スプーン


★ スプーン曲げは超能力か? ★



最初に「スプーン曲げ」で有名なユリ・ゲラー氏が登場しましたね。
彼のことを充分にご存じでない方のために、ウィキペディアから一部引っぱってきてご紹介したいと思います。
下記はその内容を短縮したものです。

ユリゲラーは1964年にイスラエル陸軍に入隊するが、1967年の六日戦争で軽傷を負って除隊。その後ファッションモデルやキャンプ・カウンセラーなどの職を点々とする。そのキャンプでシンプソン・シュトラング(通称シピ)という少年と知り合い、奇術の共同研究を始め、友人のパーティーやナイトクラブでの超能力ショーを始めるようになる。

だが、そこでの奇術があまりに稚拙であったため、ナイトクラブの支配人らから訴えられ、裁判で「今後、イスラエル国内で超能力を冠したショーを行ってはならない」との処分が下される。また同じ頃、女優のソフィア・ローレンと一緒に写っている合成写真を発表し、世間から激しく非難された。

1972年、アメリカの超心理学者アンドリア・プハリッチが、ユリを本物の超能力者であるとしてアメリカに招聘する。
その年の12月12日から、カリフォルニア州のスタンフォード研究所で彼の超能力テストが行われた。初歩的な予備試験では一見するとテレパシーや透視に見えるような結果を残したが、より厳密なテストが行われるのを待たず、勝手に終了を宣言して退去してしまった。

1973年からアメリカやイギリスのテレビ番組に登場するようになるが、ベテランの奇術師ジェームス・ランディが同席する席で彼の超能力が発揮されることはなかった。

1974年を皮切りに、公式・非公式に何度か来日。当時の人気番組「11PM」や「木曜スペシャル」(日本テレビ)に登場。スプーン曲げやテレビの画面を通じて念力を送ることで止まっていた時計を動かすといったパフォーマンスで日本での超能力ブームの火付け役となった。

2012年4月29日放送のフジテレビ系バラエティ番組ほこ×たてにて「絶対に曲がらないスプーンvs絶対曲げる男ユリ・ゲラー」として山崎金属工業のスプーンコブラと対決。結果は最強スプーンコブラの勝利となり、ユリ・ゲラーが曲げられなかった唯一のスプーンとなった。



★彼の問題行動(裁判)などについては、削除していますので、詳細を知りたい方はウィキペディア、あるいは下記のサイトの内容をご参照ください。

参考サイト: ユリ・ゲラーとその後の超能力事情(J・ランディー、サイコップ、そして超魔術) http://www.asyura.com/sora/bd12/msg/400.html



★ 天狗はスプーン曲げがお好き ★



ユリ・ゲラー氏は、5歳のとき、自分が使っていたスプーンが突然曲がって折れてしまって以来、人の心を読んだり、時計の針を動かしたりできるようになったと語っていましたね。果たして、彼は本当にサイキックなのでしょうか? 
ネット上では、そんな質問や答えがさまざまに飛び交っているようですが、わたしは彼がサイキックだとは思いません。
彼がしているスプーン曲げはその証明にはならないからです。

また、画面上で彼を見るたびに何かいやなものを感じるので、ちょっと調べてみたのですが、予想通りの結果でした。彼のスプーン曲げは「力自慢の天狗の仕業である」というのが、もっとも適切な表現でしょう。

つまり、ユリ・ゲラー氏自身はサイキックでも何でもないということです。
但し、彼の分霊に力を弄んで喜んでいるような天狗さながらの存在がいるようです。
スプーンをこすりながら、「来た」と言っていますが、ほんとうに天狗さんが来ているということです。
彼は物を破壊する負のパワーを使うことしかしていません。
これまでに一体何本のスプーンを曲げたり、折ったりしてきたことでしょうか? 
そして、なぜ曲げるのがいつもスプーンなのでしょうか? 
ほかのものは曲げられないということでしょうか? 

彼は68歳になっても、未だにスプーンを折り曲げて、わたしたちに「どうだ?」と自慢げに見せています。
しかし、そんな行為は何の利益ももたらしません。
見物人たちは、スプーンが曲ったり、折れたりすると、いつも拍手喝さいしていますが、その現象に対して、なぜ拍手をするのか、わたしには全く理解ができないのです。

可哀そうなのは、曲げられたり、折られたりして使いものにならなくなったスプーンです。
ユリ・ゲラー氏の家には、無残な姿となったスプーンたちが山のように積まれていました。
本来の役割も果たせなくて、スプーンたちはきっと嘆いていることでしょう。

そもそもスプーンは何をするためのものですか?
そこに食べ物やスープなどを乗せて、口に運ぶための道具ですね。だったら、つぎつぎと役立たずの物質にしていくような愚かなマネはやめたほうがよいのでは?と、わたしなどはつい思ってしまいます。

彼が「自分の超能力は本物だ」と断言するのなら、これまで彼が壊してきた膨大な数のスプーンを元の状態に戻すことです。真のサイキックであるなら、それくらいのことはできるでしょうから。

物質にも意識や意志があるということを知っていれば、こういう行為は決して続けられないはずですね。
そんなこともわからない人間が「超能力者」を名乗っても、賢い人たちは誰も相手にしないでしょう。

ユリ・ゲラーさんにお伝えしたいことは、「もうそろそろそんな力自慢の段階を卒業されたらどうですか? 」ということです。
天狗の長い鼻には、我欲がいっぱい詰まっているのです。そんな鼻がまだ必要ですか? 
あなたが亡くなるまでに、あなたが曲げた多くのスプーンを元に戻してあげてくださいませんか?
それができたのなら、あなたは本物の超能力者と呼ばれるようになるでしょう。



★ マジシャンに騙された科学者たち ★



今回の番組には、ユリ・ゲラー氏に続いて、バナチェック氏という一流のマジシャンが登場しました。彼は超能力者のフリをして超能力の研究施設に潜入し、まんまと研究者たちを騙した人です。
彼はこう言っていましたね。「私は超能力者ではありません。トリックを作りだし、人間の心理をあやつるマジシャンです」と。超能力に見えるものはすべてトリックで作り出せると言うわけです。

バナチェック氏はこうも言っていました。
科学者たちは自分がマジシャンよりずっと賢くて、騙されるようなことなんてないと思っているに違いありません。私はその鼻を明かしてやろうと思ったんです

果たして、科学者たちはバナチェック氏の罠にはまりました。後にそれがインチキだったことをバナチェック本人に暴露され、大々的に報じられて、研究結果も台無しとなり、大恥をかく結果となってしまいました。
知恵比べでは、マジシャンの勝ちだったのです。

皆さん、日本にもマジシャンはたくさん存在しますが、彼らはあくまでもマジシャンなのであって、超能力者ではありませんよ。あまりにもその技がすごいために、「きっとサイキックだ!」などと、くれぐれもお間違えのないように。



★ 「超能力」を得るための修行は邪道 ★



「超能力」について、今回皆さんにお伝えしておきたいことがあります。

インドのヨギなど、修行によって超能力が生じた人たちも多々おられるでしょうが、大勢の人の前で見世物にしているような人たち、そういうパフォーマンスをしているヨギが本物であるかどうかは非常に疑わしいということです。
たとえば、パラマハンサ・ヨガナンダ氏の著著「あるヨギの自叙伝」に書かれているヨギたちの行為は驚異に値しますが、それらのすべてが超能力の為せる業であるとは思わないことです。つまり、ヨガナンダ氏すら騙されていたのでは? ということです。
鵜呑みは禁物です。

ゴータマ・ブッダは六つの神通力を持っていたと言われています。
六神通 (ろくじんずう)とは、仏教において仏・菩薩などが持っている「六種の超人的な能力」とされています。
仏道の修行によって煩悩を捨て去り、心を研ぎ澄ましていくと、本来持っている神秘的なパワーが発現するのです。これらを身につけた修行者は、大宇宙の仕組みやこの世を支配するカルマの法則のすべてを理解し、自由自在に生きることができるようになると言われています。
具体的には、つぎの6つを指します。

神足通(じんそくつう) 機に応じて自在に身を現し、思うままに山海を飛行し得るなどの通力。 
天耳通(てんにつう) ふつう聞こえる事のない遠くの音を聞いたりする超人的な耳。
他心通(たしんつう) 他人の心を知る力。
宿命通(しゅくみょうつう) 自分の過去世(前世)を知る力。
天眼通(てんげんつう) 他人の過去世(前世)を知る力
漏尽通(ろじんつう) 自分の煩悩が尽きて今生を最後に生まれ変わることはなくなったと知る力。


いかがですか? 
こういうことをできる人を「超能力者」と言うのだそうです。チャクラが目覚めた人と言ってもよいでしょう。
チャクラの目覚めは「超能力」、「霊能力」を伴いますが、だからと言って、チャクラを目覚めさせる方法をいくら行なったとしても、真の悟りが得られるとは限らないのです。
ただの「霊能者」をよく観察してご覧なさい。彼らは「ブッダ=目覚めた人」と呼べる人たちでしょうか?

超能力というのは、元々どんな人間にも備わったものであると言えば、そうであるし、通常はそれらが発動できないように閉じられていると言ったら、そうであるとも言えるでしょう。

超能力は必要であれば、自然に開かれてくるものです。
その能力を得たくて、我欲のためにわざわざ修行をするのは、何か違うのではないかと思うのです。
目的がまるでちがうわけですから、悟りには到達できないのでは? と思います。

よほどの役割があるなら別ですが、そのようなものがなくても、ちゃんと生きていけるように、わたしたちは生まれてきているのです。
ですから、そういう能力なしで、この人生ゲームに参加すればよいのです。
超能力があるのでしたら、ぜひ地球のため、人類のために役立てていただきたいと思います。



2月の花


★意識と意志が変われば「役割」も変えられる★



2月から新しく始めます 『魂のチャート―人生の個人レッスン』について、『気づきのコース』のお申し込みについてにも記載しておりますが、今回大切なことを補足させていただきたいと思います。

マイケルの『魂のチャート』には、「個々の〈本質〉は物質界で五つの主要段階―乳児期、幼児期、若年期、青年期、老年期―を経験します。どの段階もそれを完成するには何回も生まれ変わる必要があります」と書かれています。

また、「一つの段階を終えるには普通三回の人生、年数にすると二百年の地上生活が必要です。ただし、その長さは各〈断片〉が経験から学び進歩する速さによって多少の違いがあります。早く次の段階へ進みたくて、たった一回の人生で一つの段階を終了する〈断片〉もいます。しかし、たいていの〈断片〉は、もっとゆっくりと進歩することを望みます。全過程、つまり一つのサイクルを終えるのに三百回以上転生する〈断片〉もいるほどです」とあります。

早く次の段階へ進みたくて、たった一回の人生で一つの段階を終了する〈断片〉もいます」ということですが、実はこの段階については、さらに急速に進むことが可能であることがわかってきました。
わたしの長女はたった数日間のあいだに数段階を飛び越えてその「段階」を卒業してしまい、今回選んできた「役割」を終了して、また別の新しい「役割」を選んだことが判明したのです。
つまり、飛び級ができるのは、過去にやっているため、もうその学習をする必要がないということのようです。

それは次女にも起こりました。昨年まで次女の「役割」は「戦士」で、しかも「老年期」の「第3段階」であったのですが、「もう戦士はしんどいばかりで、疲れて嫌になったよ」と言っていたのです。
今年に入って、長女がどうも次女の「役割」が変わったのではないか、様子が以前とちがっていると言い出したので、早速調べてみました。すると、次女の役割は「戦士」ではなく、「学者」となっていたのです。
実際に仕事に明け暮れていた次女は、本を読みたがっていました。今後どのように変貌していくか、興味深いです。

そんなことはありえないと、マイケルは言うでしょうか? 
おそらく「ありうる」と言うのではないでしょうか? 
なぜって、実際に変容しているのですから。

つまり、不可能なことなど何もないということです。
変容は、意識と意志によっていくらでも変わりうるものであるということです。
今の「役割」が嫌なら、別の「役割」へと移ることは可能であるということです。

まだこの調査については、事例がわたしの娘たちだけなので、まだまだ未知の類ですが、これから皆さんにも協力していただいて、このミラクルとも言える事例を解明していきたいと思っております。
超スピードで「7段階」を通り過ぎ、すべての「役割」を終えて、「超越期」に入ることは夢ではないということです。

人間の魂の成長と進化に関心のある方は、ぜひご自分を研究材料にして、実験してみてください。


イルカも人間もみんな友だち

2014年01月27日 14:00


★ イルカを獲ることについて ★



最近、キャロライン・ケネディ駐日大使が「和歌山県太地町のイルカの追い込み漁が残虐だ」という旨の内容を「ツイッター」で表明した ことが、ネット上で大きな反発を呼んでいますね。
今回はそのことについて、皆さんとご一緒に考えていきたいと思います。
下記は、19日(日)のCNNニュースの内容です。



~太地町のイルカ追い込み漁に非難の声、ケネディ大使も懸念表明~

  2014.01.19 Sun posted at 11:19 JST


(CNN) 和歌山県太地町で行われているバンドウイルカの追い込み漁に、自然保護団体などから改めて非難が集中している。ケネディ駐日大使は短文投稿サイトの「ツイッター」で懸念を表明した。
ケネディ大使は「イルカ追い込み漁の非人道性を深く懸念している」としたうえで、「米政府は追い込み漁に反対する」とツイートした。

また、反捕鯨団体「シー・シェパード」は17日以降、イルカが入り江に追い込まれたとして、選別作業などの模様を実況映像やツイッターで逐一報告。「暴力的な選別で親子が引き裂かれ、一生捕らわれの身となるか、殺されるか、海へ追い返されるかが決まる」などと伝えている。

追い込み漁は、イルカの群れを入り江などに追い込んで捕獲する伝統漁法。2009年にアカデミー賞を受賞したドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」で、太地町の漁が残酷な風習として紹介され、国際的な批判の対象となった。地元当局は当時、偏見に基づいた作品だと反論。合法的な漁法が批判される理由はないと抗議してきた。

ツイッター上では、ケネディ大使の発言に賛同する意見が相次いでいる。
米ロックバンド、ガンズ・アンド・ローゼズの元ドラマー、マット・ソーラムさんは同大使に「太地に残忍な虐殺をやめるよう迫ることができたら、世界の英雄になれるだろう」と応援のメッセージを送った。米女優カースティ・アレイさんも、「何百頭ものイルカが虐殺されようとしている。日本よ、この惨劇を止めて」と書き込んだ。




★ 残虐なのはイルカだけですか? ★



このように、ケネディ駐日米大使が「イルカの追い込み漁の非人道性」を訴えたことに対して、和歌山県の仁坂吉伸知事は21日の記者会見で、「われわれは牛や豚の命を奪って生きている。イルカだけ残虐だとするのは違うのではないか」と反論したと伝えられております。

和歌山県太地町は、イルカなどの小型鯨類を湾に追い込んで捕獲しているところですが、仁坂知事は、イルカ類は国際的な規制の対象外だと指摘し、「食文化は違う。世界的に資源がなくなるのでなければ、相手の立場を認め合うのが文明の知恵だ」と述べました。

安倍首相は米CNNのインタビューで、「批判は承知しているが、太地町で行われているイルカの追い込み漁は古くから行われている漁法で町の文化に根付いており、地元の人たちの生活を支えていることを理解してほしい。漁の仕方も相当工夫されていると聞いている。漁獲方法は厳格に管理されている」と説明したと報道されています。




  イルカ2


★ 縄文時代からあったイルカ漁 ★



イルカ漁は、縄文時代からあったことがわかっています。
千葉県では、縄文時代早期の約1万年前から沖ノ島遺跡でイルカ漁が始まっていたようですし、石川県の真脇遺跡、北海道の入江貝塚、神奈川県の稲荷山貝塚、静岡県の井戸川貝塚などから、イルカの骨が見つかっているようです。

谷向貝塚(南房総市)や稲原貝塚(館山市)からも大量にイルカの骨が出土しており、稲原貝塚からは黒曜石が刺さったイルカの骨も見つかっているということです。この他、根郷貝塚(鎌ヶ谷市)、古作貝塚(船橋市)、鉈切洞窟遺跡(館山市)などからもイルカの骨が見つかっているそうです。


下記は、ウィキぺディアからの情報です。

2011年の日本におけるイルカ漁全体では3,222頭が捕獲され、その内追い込み漁で捕獲されたのは和歌山県太地町で捕獲された976頭で、残りが突き棒漁によるもので、そのほとんどの1,855頭が岩手県で捕獲されたリクゼンイルカだった。

突き棒漁は北海道、青森県、岩手県、宮城県、千葉県、和歌山県、沖縄県で、追い込み漁は静岡県、和歌山県で知事により許可されているが、静岡県では2004年にハンドウイルカ9頭を捕獲して以降捕獲実績がなく、追い込み漁が行われているのは和歌山県太地町のみとなっている。

2011年の太地町における追い込み漁では、406頭のスジイルカ、273頭のハナゴンドウ、106頭のマダライルカ、76頭のハンドウウイルカ、74頭のマゴンドウ、24頭のカマイルカ、17頭のオキゴンドウが捕獲され、うち8頭のスジイルカ、17頭のハナゴンドウ、2頭のマダライルカ、25頭のハンドウウイルカ、6頭のマゴンドウ、21頭のカマイルカ、10頭のオキゴンドウ生体として販売された。

同町は追い込み漁以外に、小型捕鯨業と突き棒漁の操業地でもあり、2011年には小型捕鯨での捕獲実績はなし、突き棒漁で、ハナゴンドウ104頭、スジイルカ96頭、ハンドウイルカ40頭、マダライルカ2頭を捕獲している。



     イルカ


★ イルカは優れた知的生命体です ★



皆さん、ご存じでしたか? 
あの可愛くて賢いイルカが毎年日本で数多く捕獲され、殺されていることを。
スピリチュアル関連の書籍などを読んでいる人は、イルカやクジラがETだと信じている人も少なくないのではないでしょうか?

リサ・ロイヤル&キース・プリースト共著の「プリズム・オブ・リラ」の第4章「シリウスの役割」の箇所には、つぎのように書かれています。
数としては少なかったが、ポジティブ指向のシリウス星人が選んだ肉体は、人間型の生命体ではなく、彼らは自己の本質をよりよく表現できる生命体として、クジラ類を選んだ。イルカやクジラは、二極化された物質的世界におけるシリウス・エネルギーの化身であると。
ここでは、シリウス星人は、地球での姿としてクジラ類を選んだということが伝えられています。

しかし、リサ・ロイヤル氏の他の出版物には、異なったことが書かれているのも事実です。過去「ネオデルフィ」が出版していたジャーメインのチャネリング情報によりますと、つぎのように書かれているのです。

ジャーメイン: イルカやクジラは、シリウスから来たというよりは、むしろ地球との結びつきが深い生命体です。地球が属す銀河系宇宙家族の中にも、クジラ目の生命体がいることはいます。しかし、地球におけるクジラ目の創造は、ある目的のために、この地球上で起きたことであり、彼らの来歴は外部の惑星にはありません。

地球上にいるクジラ目の生物は、多少の「援助」を得て地球上で進化しました。骨格を調べればわかりますが、イルカやクジラのヒレには、人間の手足の指に当たるものがあります。彼らの身体には、基本的な人間の骨格が備わっています。そうした骨格が、海の環境で適応した結果が今の彼らなのです。


イルカやクジラはシリウス系の血統を汲む我々人類の仲間ではないのですか?」という質問者の問いに、ジャーメインは「おっしゃるとおりです。しかし、彼らは、人間型生命体の体験を望む魂に、別の選択肢を提供しています。これについては、お話しすべきことはたくさんありますが、この程度にとどめておきます」と答えています。

上記のジャーメインの説明はかなり曖昧に答えられているので、わかりにくいですね。

バシャールは、イルカやクジラはよそ者で、外見は違うけれども地球人と同じタイプの魂だと言っています。つまり、地球に存在する哺乳動物とは異なったタイプの魂だと言っているのです。
人間に対しては「地球にいるよそ者の第一はあなたたちだ」と言っています。面白いですね。

真実というのはいくつもありますから、どの情報が正しいとは言えませんが、彼ら(クジラやイルカ)がテレパシーで伝えあうことができ、人間よりもはるかに意識レベルの高い存在であるということはまちがいないと思います。
実際に調査をしましたが、確かに彼らの振動数は30万回/秒くらいあり、意識レベルも一般人のハイアーセルフと同じくらいの高さです。(もちろん、人間にもさまざまな振動数と意識レベルがあるように、イルカによってもさまざまであるということは言えますが)

イルカセラピーもあり、イルカのなかには、人間を癒す能力がある存在もいるということも、わたしたちは十分に知っておく必要がありますね。

ですから、わざわざそんなイルカを獲って食べなくても、他の食べ物でいくらでも生きられるのでは? と思うのです。
人間は、さまざまな生き物を殺しすぎていませんか? 「そんな生き物まで食べるの?」というほど、食の欲に満ちていますね。地球は人間だけが幅を利かせて生きる場所ではないはずなのですが。

優れた知的生命体であるイルカを、人間が獲って食べるのはどうなの? と言うことですが、わたし個人としてはやめてほしいと思いますね。
しかし、わたしはケネディ駐日米大使とは異なった見解でそう思うのです。毎日年がら年じゅう牛を殺して肉を食べずにはいられない米国の人たちから、とやかく言われる筋合いはないと思いますし、「人道主義に反している」と言える立場かどうか、よくよくお考えくださいと言いたいほうの立場です。

★ところで、イルカを殺すのはいけないけれど、人間は殺してもいいのでしょうか? 


米国が起こした数々の戦争で、どれだけの人間が殺されたか計りしれません。
日本への原子爆弾の投下は膨大な人間の命を奪いましたし、ベトナム戦争やイラク戦争も酷い有様でした。
イルカが「暴力的な選別で親子が引き裂かれている」と言うのであれば、人間も戦争という「暴力的な選別で親子が引き裂かれている」と言ってもよいのでは? と思いますね。

アメリカは独立戦争から始まり、いつもどこかと戦争をしていないと落ち着かないような国です。平和とか、正義とかを掲げながら、人殺しをしているわけです。人種差別も激しいです。日本人をはじめ、他国の人々は、イルカより劣ると思っているのでしょうか?
イルカの追い込み漁で「人道性」を持ち出してくるのは、自らに弓を引くようなものだと思うのですが、皆さんはどうお考えになるでしょうか?
 

★参考過去記事: 

正義を唱える戦争に「愛」はない

今月の出来事&光の仕事人のおススメ映画 
~イルカが好きな人はぜひ『イルカと少年』を!~



★ ぼくらはみんな友だち ★



皆さん、下記の歌を心を込めて歌ってみましょう!



友だち2

ぼくらはみんな 生きている
生きているから 歌うんだ
ぼくらはみんな 生きている
生きているから かなしいんだ

手のひらを太陽に すかしてみれば
まっかに流れる ぼくの血潮(ちしお)
ミミズだって オケラだって
アメンボだって
みんな みんな生きているんだ
友だちなんだ



猫とインコ

ぼくらはみんな 生きている
生きているから 笑うんだ
ぼくらはみんな 生きている
生きているから うれしいんだ

手のひらを太陽に すかしてみれば
まっかに流れる ぼくの血潮
トンボだって カエルだって
ミツバチだって
みんな みんな生きているんだ
友だちなんだ



友だち1

ぼくらはみんな 生きている
生きているから おどるんだ
ぼくらはみんな 生きている
生きているから 愛するんだ

手のひらを太陽に すかしてみれば
まっかに流れる ぼくの血潮
スズメだって イナゴだって
カゲロウだって
みんな みんな生きているんだ
友だちなんだ


「手のひらを太陽に」より 




ふたつのハート

イルカもチンパンジーも猫もインコも、
みんな地球に生きている友だちですね。

 
イルカ漁は世界的に行なわれておりますが、
日本がこんなにイルカを捕っていたことを
皆さん、ご存知でしたか?

わたしは皆さんに情報を伝えて、気づきの提供をしております。
ですから、毎回皆さんがどんなことを感じられたのか、知りたいです。

この記事を読まれて、何か新しい気づきや感動があれば、
ぜひ拍手にクリックをしてください。

そして、あなたのハートから湧きあがったものを
あなた独自のことばで表現してください。

それがポジティブなエネルギーの交換なのです。

2014年1月28日 カヴィーシャ・光の仕事人






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