「試練」を乗り越えて

2013年11月02日 11:00


★ 「課題の個人レッスン」レポートから ★



今回は前回の記事の最後に予告しておりました埼玉県のS.Kさんのレポートを掲載します。
彼女は10月の「課題の個人レッスン」をされる前に、「数秘リーディング」で自己探究を始めておられました。
その際のレポートは、記事にも掲載させていただいたので、記憶に残っている読者さんもおられるかと思います。
過去記事「あなたはどのタイプの愚か者?」の「* 扉を開けられなかった本当の理由 *」を書かれた女性です。 

彼女の「今現在の課題」ということで、わたしのハイアーセルフが出したキーワードは『試練』でした。
試練』とは、自分自身で設定したチャレンジのことですが、「あなたはいったいどんな試練を自分に与えたのでしょうか?」という質問を記しました。
そうしたら、下記のようなレポートが届いたのです。
(大切だと思う箇所は色を変えています)



船のライン - 2

カヴィーシャ様   2013.10.15  S.K

最近の出来事から
『思考の癖』
①相手からのネガティブな感情が返ってくると自分のせいだと思ってしまう
②罪悪感からそのネガティブな感情から相手を脱却させたいと思ってしまう
この思考の癖は、自分自身を愛せないことに繋がっていました。

なぜ自分のせいだと思ってしまうのか考えると、自分の言動のあと、相手の反応が返ってくるため、私がネガティブな状態にしてしまっていると思い込んでいたようです。

実際は、自分が無意識に思考や感情を選択しているように、私の言動後、相手が無意識に思考や感情を選択しているという事実に気づかずにいました。
相手が自ら選択しているという事実、そしてその選択は自由であり、そこからの学びもまた相手のものであるということ、それは私のコントロール出来るものではないということを理解しました。私がコントロールをするということは、相手の成長の機会を奪うことにさえ繋がるということに気づきました。

なぜポジティブな感情なら罪悪感を抱かないのにネガティブな感情なら罪悪感を抱いてしまうのか。これはネガティブな感情を私自身が否定的に見ていることを示すものでした。
ネガティブな感情は悪いものですか?
この問いに対し、ネガティブな感情とポジティブな感情の違いについて考えてみました。
魂の成長の視点ではどちらも必要なもので、ネガティブな感情は成長を促す為に必要であり、ポジティブな感情は成長する過程に必要なものであることに気づきました。
こう考えるとネガティブな感情も今成長段階にあるのだな、と自分においても他者においても、見守ることが出来、感情に支配されない自分になれるように思います。

カヴィーシャ様から頂いたアファメーションに
『自分自身の感じる真実に責任を持ちます』と書いてありましたよね。
私は欲張って、他者の感じる真実にまで手を出そうとしていたようです。また、これらの最近の出来事は、しっかりと自分自身を愛しなさいと促されているように感じました。 
自分が目指したい方向は、まず自分をしっかりと愛する、そして他者も愛せるように発展させていきたいです。
そのためには、相手の選んだ感情等も全て相手の選択したものであり、その選択を尊重し相手の成長を見守ること、今までの相手の成長の機会を奪ってしまう古い自分(不必要となった自分)を解放し、今までの古い私は、今までの私を支えるのに必要だったから頑張ってきたけれども、これからは新しい自分が必要と感じる自分の声に素直に耳を傾けていきたいです。


カヴィーシャ様の仰る、古い自分の解放という言葉、本当に素敵ですね。
なぜ捨てるではなく解放なのか、それは自分自身を愛しているから、古い自分も肯定的に愛し、解放してあげるという意味が含まれているのですね。不思議と頑張ってきた古い自分に対し、否定的な気持ちでは無く、ねぎらうような言葉が出てきました。
きっとこれからも古い自分を解放する機会が沢山でてくるのかもしれませんが、新しい自分を抱きしめ、感謝の思いで古い自分を解放してあげたいです。



     紫の妖精2.

★カヴィーシャ: 以上のレポートを読み、「数秘リーディング」での探究時よりも、さらに認識が深まって来た彼女に対して「試練という課題は難しかったでしょうか?」とお尋ねしました。
そして「あなたが今生でどんな『試練』を選択してこられたか、そして、今どんなふうにクリアしようとしているかを、もう少し深めてみてください」というコメントを送りました。

下記は、その後届いたレポートです。ここでは、わたしのコメントを入れたものをそのまま記載しています。




船のライン

カヴィーシャ様     2013.10.23 S.K



試練』この課題は私にはとても難しく、中々深く考えを掘り下げられずにいました。
自分自身に与えた『試練』とは?私がハイアーセルフに促されている『チャレンジ』とは?

数秘リーディングで教えて頂いた1と2のエネルギーを意識的に、バランスをとることが私の課題ではないかと思います。
私は昔からネガティブな感情や思いを表出させることが苦手で抑圧する傾向にありました。対人関係において、親しくなればなるほどその傾向は強く表れ、自分のネガティブな部分を表出することは相手から嫌われたり受け入れてもらえなくなるのではないかと不安や恐れを強く感じるからでした。
相手に甘えたり、お願いすることに難しさを感じ、我儘だとか図々しいと思われるのではないかと恐れていました。他者が甘えたり我儘を言う姿をみると自分の気持ちに素直な人だと、また自分の気持ちを素直に表出でき羨ましいなと思っておりました。

また親しい間柄になればなるほど、嫌われるのではないかという恐れから相手に対するネガティブな感情を抑圧する自分がいました。言い争いになるような主張等は控え、気がついたら物分かりのいい自分を演じ、自分のネガティブな部分はできるだけ隠し、ポジティブな自分だけを相手にみせようとしていました。しかし、自分のありのままの真実を出せず無理しているため、とても辛くなり結局はその行為が自分自身を苦しめていました。 
なぜそれほどに不安や恐れを抱くのか、それは相手に自分を受け入れて欲しいと依存する心があり、受け入れて貰えなかったときに傷つく自分が怖いからだと思いました。まさに他人を必要とする私がいたのです。

そして、身勝手な話ですが、例え自分が見せてきた物分かりのいい私を受け入れてくれたとしても、結局それはありのままの真実ではないと反発し、演じた自分に苦しめられ、自分のネガティブな部分を出すことが更に難しく感じられ、どうしたらいいのか解らなくなり、大切にしたい関係だと思うのに結局自滅してしまい、その関係を壊してしまうような経験がありました。
             

★カヴィーシャのコメント: やはり、ありのままの自分を愛してほしいということですね。ネガティブな面もポジティブな面も併せ持った自分を丸ごと認めてほしいということですね。
それなら、最初からそういう自分を、恐れを抱かずに出さなければなりませんね。


受け入れて貰えないことへの不安や恐れはもちろんですが、何よりも本当は私自身がネガティブな自分を受け入れられずにいたのだと思います。私がネガティブな自分を恐れ、蓋をし、その存在さえ無かったことにしようとしていたのです。

★カヴィーシャのコメント: その通りですね。


まずは自分自身が、我儘な自分や図々しい自分など色々な自分がいることを受け入れたいと思います。そして親しい相手に対するネガティブな感情も受け入れ、その上で自分が必要であると感じれば、自分の感情や思いを表出させていきたいと考えます。
表出後の相手の反応を気にして自分を抑圧することよりも、先ずは自分の内にある真実を認め受け入れ、しっかりと自分自身を愛せるようになりたいと思います。
私が自分自身をしっかりと愛することが出来れば、私自身が愛の源泉となり、相手が私を受け入れられなくても、その事実を事実として受け止めることが出来、ネガティブな感情に巻き込まれなくなると思うのです。
他人に依存するのではなく、他人を必要とする必要が無い自分になれるようになりたいと思います。


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★カヴィーシャ: このレポートを受け取ったとき、わたしのハイアーセルフはすぐに新しいキーワードを伝えてきました。それは、「先祖代々に伝わる問題」という内容でした。

先祖代々に伝わる問題」は、ちょうどもうひとり課題に取り組んでおられた女性にも出されたキーワードだったのですが、同じテーマが連続して出てきたことに対し、「今生の課題」というものは、自分自身の過去生からの影響にしろ、他者から伝えられ与えられたものにしろ、「過去からのもの」がつよく影響しているのだということを、再度認識させられた気がしました。

この「先祖代々に伝わる問題」は、母方か父方の家族、または両方に伝わって来たパターンのことを指しますが、先祖のことをまるで知らない場合は、大変難解です。
家族のパターンは「トラウマ」が原因ですが、それぞれの代によって異なった症状が現われるようです。
たとえば、病気が生じるということもあるでしょう。人間関係の問題として表れる場合もあるでしょう。また、自分の価値を認めないことや恐れから来ることもあるでしょう。欠乏、ハートブレイク、死に方などまでいろいろです。これは、その人が生まれたときからすでに先祖から引き継いでいるものです。
先祖代々に伝わる問題」は、その人の人生にトラブルを引き起こすもっとも重要な問題のひとつなのです。

先祖の誰かに何かが起きたために、その人がそのときに抱いた特定の問題が代々子どもに伝わることになったわけですが、今その課題に直面しているご本人に伝えたもっとも近親の人は、その人の両親のどちらかであるということになります。
その内容が何であるかを突きとめることが今緊急に必要だということが、そのキーワードではっきりとわかったのです。

過去生回帰をするとわかる場合が多いのですが、すぐにその作業が出来ない場合は、自分で自分に質問をして直観で答えていくことで発見できることもあるのです。
そこで「あなたは、母親か父親から何を伝えられたのでしょうか? これが、あなたの今生での『試練』」となっているように思います。ようやくあなたの『課題』の原因を知る時期が到来しましたね。ここからがとても重要となってきますので、さらに真剣に取り組んでいただきたいと思います」というコメントとともに、9個くらいの質問を書いて送りました。

すると、即刻彼女は自分の父方の先祖の4代前(江戸時代)からの大変詳しいお家の事情をレポートしてこられたのです。
これに関しては、彼女のお家のプライベートなことなので、すべて省略させていただきますが、彼女が父親について語っておられた内容の中に、彼女と彼女の父親が一致しているクセのようなものを見いだすことができました。

それは、「自分のネガティブな部分はできるだけ隠し、ポジティブな自分だけを相手にみせようとしていました。しかし、自分のありのままの真実を出せず無理しているため、とても辛くなり結局はその行為が自分自身を苦しめていました」というレポートの中にあった文章が、そのことを知らせてくれていたのです。

自分のありのままの真実を出せず無理している
これが、お父さんと彼女の一致している点でした。そして、それが「先祖代々に伝わる問題」だったのです。
Sさんはつぎのように書いておられます。


紫の泡・ライン


私と父の一致している点

1.父は幼いころから優秀だった叔父と何かにつけ比較されていたようです。何もしなくても常に優秀な結果を得られる叔父と一生懸命勉強してようやく結果が得られる父の違いを祖父に指摘され、その後一切の勉強をしなくなったと言います。父は叔父に対し劣等感を持っているのだと思います。私も同じように姉の人間性に劣等感を抱いておりました。姉は本当に素晴らしい人間性を持っていると私も思っているのですが、比較されると、私が劣っていると言われているように感じ、嫌な気持ちになってしまいます。でも真実はいつも比較されている訳ではなく、自分が勝手にいつも比較し、自分の価値が見いだせないでいるのです。
本当は誰かに私も認めて欲しいという欲求があったのだと思います。誰かに認めて貰わないと自分の価値が見いだせないのです。

2.母は父のことを口だけで実行が伴わないと言っておりました。これは私も同様で、以前気づきのレポートでお伝えした愚か者の話に繋がります。また父も、未知なる扉をまだ開けてもいないのに恐れ、扉を開けた時に上手く対応できない自分を想像し、傷つくのが恐いから、扉を開けられない愚か者の私と同じだということです。

3.誰かに自分を必要とされることに自分の価値を見いだしてしまうのも共通点のように思います。
父にとって頼られることは、自分を評価して頼って来てくれているのだから、それに応えたいという思考が働くようです。私も同様に昔から、人に必要とされてないなら生きる意味などないと本気で考えておりました。人に必要だと思って貰うことは私の存在価値を他者に認めて貰うことでもあり、無理をしてでも自分の良い一面ばかりをアピールし、私を必要だと思って貰う必要があったのです。
父も私も他者を必要とし、自分の価値を他者の評価に求めていたのです。



紫の泡・ライン

これは、彼女だけの問題ではなくて、人間の多くがもっている大きなまちがった思い込みであり、要求であると思います。
自分の価値を、なぜ他者に認められなければ見いだせないのか? 
それは、自分自身が自分を認めていないから。愛していないからですね。

Sさんはそのことをしっかり認識しておられます。それに気づくことができた彼女はすばらしい存在です。
わたしはSさんにお伝えしました。「素直に『わたしって、すばらしい!』と認めてあげてください」と。
そして、「あなたはこの問題をどうしたら食い止めることができるのか、これからあなたがする必要のあることをまとめてみてください」とコメントした結果、下記のお返事が返ってきました。



     ピンクの妖精2013/10/27  S.K

まず、他者に評価を求めないこと、そしてありのままの自分を認め、受け入れ、ありのままの自分を愛することが出来るのは自分自身であることを自覚し、しっかりと愛することでこの問題を食い止めていきたいと思います。
真の単独者となれるように他者に必要とされる必要を感じなくなり、自分独りでも満ち足りた自分になれるように意識して、自分の思考を変えていきたいと思います。

ありのままの自分を愛せれば、自分を信じることが出来るので自分の感情や思いを表出することに対して、必要以上に相手の反応を恐れることなく、勇気を持って表出することができるのだと思います。
そして1と2のエネルギーのバランスをとることを学び、統合できたとき、真に自由となることができるのではないかと考えます。

カヴィーシャ様の記事で単独者のテーマの内容がなぜ心に強く引っ掛かったのか解ったように思います。
数秘リーディングの気づきは、私の『課題』にも繋がっていくのですね。
常に自分の思考を意識しながら、今までの思考の癖を少しずつでも変えていきたいと思います。
私自身にこのような思考の癖があることに気づかず、ましてその原因について探ることなどカヴィーシャ様のお導きがなければ到底出来ませんでした。
ここまで導いて下さり本当にありがとうございます。
カヴィーシャ様のお蔭で辛く苦しかった自分を解放できるように思います。

***愛と感謝を込めて***    



                    ブルーの妖精

★このレポートが届いた後、ハイアーセルフに確認をし、S.Kさんが今回の「課題」をみごとに終了されたことをお伝えしました。また今後、新しい課題は出てくるかもしれませんが、今回の「試練」は卒業です。

Sさんは、長い間、閉ざされていた扉のひとつを、今ご自分の手で開かれたのです。
彼女は先祖の中でだれも手をつけなかった「先祖代々に伝わる問題」を追及し、その問題が何であったのかを発見し、確認し、納得されました。彼女の代で、この長きにわたって子へ伝えられてきた「問題」を食い止めることができるのです。
これは、彼女が短期間に真剣に課題に取り組まれたからこそできたことですね。
このことに関して、心から誇らしく思っていただきたいし、これからは、自信を持って生きていっていただきたいと思います。

数秘でいうところの「1のエネルギー」は男性性を表わす陽のエネルギーであり、自己確立と自信のエネルギーです。そして、「2のエネルギー」は女性性を表わす陰のエネルギーであり、調和とバランスのエネルギーです。
相反するエネルギーでありながら、どちらもなくてはならない貴重なエネルギーであり、そのふたつを統合することが、彼女だけではなく、人類の究極の課題なのです。

Sさんは、2013年10月28日のカヴィーシャのコメントを受け取られ、1カ月間の課題をめでたく終了されました。
扉を開くことができて、ほんとうにおめでとうございます!
 


ふたつのハート
彼女と同じような「課題」をもって苦しみながら生きている人は、必ずいらっしゃると思います。
自分を愛し、自分を認め、他者を必要としない人にとって恐れるものなど何もないのです。

あなたも、自分で創った「課題」、今生で選択した「課題」をクリアしてください。
自分自身で設定した「試練」は、必ず乗り越えられるのです。
今生でクリアしましょう。がんばってください!
 


                   

他者をだます人&自分をだます人 

2013年11月10日 21:25


★ 食品偽装の発覚がとまらない! ★



ニセ車エビに始まって、カニの産地偽装、牛脂注入の加工肉をステーキと偽る等々、メニュー表示と実物が違う「食材偽装」が続々と発覚して止まりませんね。

日本を代表する百貨店や有名ホテルが偽装まみれです。もはや「食材偽装」はどこにでもあると思ったほうが賢明かもしれません。まあ、今に始まったことではないし、驚くことでもないのですが…。
わたしたち国民が業者を信じすぎていると言いますか、鵜呑みにしすぎていると言いますか、とにかく世の中のからくりを知らなさすぎますね。

また、別件ですが、偽りの会社(幽霊会社)を作り、儲け話で人をだまし、それには事前にお金が要るからと言って口座に大金を振り込ませて金儲けをするという悪質な事件も、日本国中で頻発しています。
「おれおれ詐欺」「振り込め詐欺」はもう知られてしまったので、またいろいろと新しい方法を考えているようです。
わたしの住む地域でも、だまされたお年寄りのニュースが報道されていました。
電話で警察官を名乗ったので安心して、言われた口座に金銭を振り込んだというもの。「警察」と言えば、信用に値するものだと思いこんでいる人って、まだまだおられるのですね。「わたしは警察官です」と名乗っても、本物の警察手帳を見て確認しない限り、信用してはいけません。

もう随分前の話ですが、うちにも奇妙な電話がかかってきたことがありました。
「お宅のご主人が事故に遭われまして」というもの。場所は米子市というので、なんだかおかしいなと思い、「うちの主人はこちらにいますよ」と言ったら、すぐに電話は切れました。嘘がばれたと思ったのでしょうね。
ほんとうは夫がどこにいるのか定かではなかったのです。昼に何事もなく元気に帰ってきたので、ほっとしましたが。(笑)
そのとき、とっさに「おかしい!」というカンが働くかどうか、それが肝心ですね。

だますほうも、だまされるほうも、どっちもどっちという気がします。
「自分だけは決してだまされないと思っていた」という人たちが、まんまとだまされているのです。
「それって、詐欺なんじゃないですか? ほんとうに大丈夫なんですか?」と銀行員が注意を呼びかけても、「詐欺ではない」と簡単に大金を引き出してしまう高齢者たち。電話での巧妙な儲け話を鵜呑みにしてしまっているのです。

だまし、だまされる。
日本人の意識レベルがいかに低いかということが、これらからもわかりますね。
自分の欲望や自分の判断力、選択について、一度深く省みる必要がありそうです。


紅葉1


★ 他者をだます人&自分をだます人 ★



だます」ということで分類しますと、ふたつのグループができるのではないかと思います。

たとえば、「食品偽装」に主体的に関わっているような人たち、つまり、いかにも優れた食材を使っているかのように見せかけて、大きな利益を得ている人たちは、不特定多数の「他者をだます人」たちです。
こういう偽善者は、表でやっていることと裏でやっていることをきちんと判別し、すべて承知の上でやっているわけです。記者会見で一生懸命言いわけをしてみせていましたが、ただただみっともないだけですね。

自分の言っていることはすべてウソとごまかしで成り立っていることを知った上でやっている人のことを詐欺師と呼びますね。偽善者詐欺師も、「他者をだます」というグループに入ります。
また、大きな利益を得るわけではないけれども、自分を偽って(仮面をかぶって)、いかにも善人のように思わせながら人と関係を持っているような人は、みなこのグループに入ります。

もうひとつのグループは、他者をだますのではなく、自分で自分をだますのです。つまり「自己欺瞞(じこぎまん)」に陥っている人たちです。
自分で自分をだましていることに気づいている人は、そう多くはいないかもしれません。
また、つぎのような人たちは、「自分をだます人」のグループには入りません。

たとえば、その人が大きなカン違いをしていて、そのまちがって解釈してしまった内容に従って、正直に生きているような場合です。
「あいつは極悪人間だ。みんなが迷惑するから生かしておいてはいけない。成敗しなければならない!」と勝手に思い込み、正義感に燃えて人を殺したりする場合です。そんなことをしたら、自分が犯罪者になるだけなのですが。
そういう場合は、大きな「カン違い」「誤解」をしているだけで、「自分をだます人」ではありませんね。

マインドコントロールされているような人も同様です。
本人は善いことをしているつもりなのですが、実は相手の悪事に加担しているのです。
これは自分をだましているのではなく、誰かにだまされてあやつられているだけです。
本人は自分が主体的に何かをしていると思い込んでいますが、実はしっかりと他者の管理下にあるのです。
ですから、マインドコントロールされている人は、「自分をだます人」のグループには入りません。

★では、「自分で自分をだます」というのは、どういう状態のことを言うのでしょうか?

たとえば、「病気を治したい」と言う人に、治す方法を教えてあげても、一向にそれを実践しようとしない人。いろんな本を読んでみたり、インターネットで調べたり、本人は病気を治したい一心で解決法を探しているのですが、まったく状態が良くならないという場合がそれに当たります。
わたしは何人かそういう人に出会っておりますが、そのたびに本人さえ知らない巧妙なトリックに気づいて「なるほどね」と納得しているしだいです。

本人は口では真剣に「治りたい」と言っているのです。にもかかわらず、せっかくアドバイスをしても、実際には何も試みていなかったり、食事療法などは少しやってみても、一番重要な精神的な問題には目をそむけ、真剣に立ち向かおうとはしないのです。
「いったい誰の身体なの?」「あなた、ほんとうに治す気があるのですか?」とあきれるほどです。

真に治そうとしていない」「本当は治りたくない」のだということが、わたしにはわかるのですが、本人はそのことに全然気づいていないのです。

それで、「本当は治りたくないんでしょう? 病気だと嫌な家事をしなくてすむし、旦那さんや家族に大事にしてもらえるしね」と言うと、たいていきょとんとしたような顔をされます。
もっと悪質な場合は、自分を粗末に扱った旦那への仕返しに、わけのわからない難病奇病になっているというケースです。家事一切を旦那にさせ、子どもの面倒もみず、おまけにいろんな病院へ連れて行かせて心配させ、内心喜んでいるといった具合です。

最終的にはアルツハイマーや認知症になったりもします。もちろんアルツハイマーや認知症になった人の全員がそうだというわけではありません。
ここで言っているのは、日常のことができなくなった自分の恥ずかしい姿を見せてでも、配偶者に自分の世話をさせたいというケースで、長年の「かたき討ち」を死ぬ前に果たしたい人にけっこう多いように思います。
「今度はわたしが楽をする番よ。夫よ、ちゃんとわたしの面倒をみるのよ」という具合に。こわいですね。

こんなふうに、「巧妙なだまし作戦」を自分自身がやっていることに本人は気づきもしていないわけですね。
これはまさに「自分で自分をだます人」の典型的な例です。

他者をだます人&自分をだます人
さて、あなたはどっちのグループにいるでしょうか?




ロジーナブルー



★ 何かを埋め合わせるために
        「善人」を演じていませんか? ★



本格的に「課題の個人レッスン」を始めてから、もう半年が経ちます。
予想していたよりも多くの方々が「課題」を利用して自己探究をされるようになり、「本来の自己を発見する人」がしだいに増えてきております。

この「個人レッスン」は、最終的には「自己確立した自信に満ちた個人」となっていただくために、「数秘リーディング」同様に「気づきのコース」の一環として力を入れてきました。
そんななかで、「課題」の受け取り方は個々に異なってはいるけれども、同じ「課題」を与えられた人たちの思考形態と実際の行動が(それぞれの魂の段階や過去生が異なっていても)究極的には非常に似通っていることがわかってきました。いつも「課題」のカードを教えてくれるハイアーセルフは、「やはりすごい!」と感心しますね。ほんとうにピッタリそのままなのですから。


紫の泡・ライン


これまでの「課題」の個人レッスンで、もっとも多かったのは、『役割』というキーワードでした。
この「課題」は主婦に多いようです。単に「妻の役割」「母親の役割」「嫁の役割」をしているだけで、ほんとうの自分を生きていない人が、いかに多いかということがわかります。

役割』にハマった人は、妻はこんなふうに、母親はこんなふうにやるものだと、「そうするべきだからやる」という子どもの頃からの条件づけに従って行なっています。
子どもの頃によくやったお父さんやお母さんのまねごと、「家族のごっご遊び」の延長をやっているだけのことです。
これは、世の中の夫や妻がすべき「決まり事」をただやっているだけなので、やってもやっても一向に報われないのです。

今現在、自分の人生において多くの困難を感じている人は、ちょっとふりかえって考えてみてください。
自分は「真のつながり」や「真のコミュニケーション」を大切にしてきただろうか? 
表面的なかたちだけのものではなく、ほんとうに自分の内側から出た真実のことばを相手に伝え、自分に対しても、相手に対しても、誠実な行動をしてきただろうか? と。

あなたが今、まるで病人のように活気のない状態になっているとしたら、それは条件づけられた『役割』を生きているという証拠です。ありのままの自分の本心をまったく出してこなかったという証(あかし)なのです。
つまり、あなたの人生に真の喜びがないのは、自分の本音を抑圧して、自分の真実を表現することをせず、自分の真心を人々に与えてこなかったからなのです。


ここで申し上げている『役割』というのは、罪悪感の埋め合わせとしてする「慈善行為」と同じものです。

自分に何か問題がある場合、それを隠したいがために、真の自分とは異なったまるで反対の何者かであることを証明しようとして、善人を装ったりします。いわゆる偽善者です。
たとえば、道端に倒れた自転車を立て直したり、町中のゴミを拾って歩くような、ボランティアが大好きな人たち。根っから人助けが好きな人。何か善業をやらずにはいられない人。

もちろん、その行為自体は尊いのですが、それが何かに対する「罪悪感の埋め合わせ」や「防衛」としておこなう「偽りの善行」でないかどうかを考えてみる必要がありますよと言っているのです。
たいていは「その通りです!」と素直に認めないことが多いようです。自分はそんな補償のためにやっているのではない、純粋に善業をしているのだと思いたいんですね。

「かたちだけの善行為」をしていても、本人にはその恩恵は返ってはこないということを知ってください。

本人は「善行」をしたといい気分にひたっているかもしれませんが、どれだけやっても報われることはありません。
もし何か返ってきたとしても、それはその『役割』に対しての評価や賞賛であって、当の本人に対して返ってきたものではありませんから、本人は何も得るものがないということです。
この意味が理解できますでしょうか?

善い行為をすれば、善い結果が出るというのが、因果の法則です。

自分のやっていることが「偽りの善行ではない」と言い切るなら、さぞかし善い結果が出て、本人は幸せいっぱいであろうと思うのですが、残念ながらそうではないのです。
いくらかたちだけの善行をしても、善い人間にはなれません。本当の善くない自分を隠し続けているからです。

自分で自分をだましている限り、幸せにはなれないのです。




ブルーインプ


★ あなたは何の「役割」を背負っていますか? ★
 



家族の役割」にもいろいろあります。
心理学者などがよく書いているような言葉で表すと、「ヒーロー」「殉教者」「生贄」「迷い子」「マスコット」などです。

「自分がやらなきゃ!」と思い、自分の最善を尽くし、家族の頂点に立って家族を救おうとするのは「ヒーロー」的役割をやっている人です。
また、まるで家族の身代わりのようになって、病気やけがや虐待を一手に引き受けている人、自分の身を犠牲にする人は「殉教者」的役割を担っている人です。
生贄」も同様です。法律に触れるようなことをやってみたり、問題やネガティブなものをすべて自分が引き受けることで家族を助けようとする役割です。

迷子」と「マスコット」的役割をしている人は「自分は不十分である」ということがわかっているため、それを何とか補おうとします。
たとえば、自分がなるべく目立たない存在になって、最終的には姿を消すことが家族のためだと思うのは「子」的役割の人です。
逆に、家族を楽しませることに意義を感じ、いつも楽しませる努力をしている人、そして家族から常に愛されているのは「マスコット」的役割の人です。
しかし、彼らには、ありのままの自分が愛されているという満足感はないはずです。単に「役割」として家族を楽しませているからにすぎないからです。

いかがですか?
あなたは義務で『役割』をおこなっていませんか?
あるいは、何かを隠すための補償行為として『役割』を演じてはいないでしょうか?
よく考えてみてください。




紅葉


★ 自分の今生の役割を知ることのメリット ★



「私はいったい今生で何をやったらいいの?」「何をするのがふさわしいの?」と訊く人がいますが、あなたが真にやりたいことは何でしょうか?

人はみな『役割』をもって生まれてきます。
それは「」であったり、「戦士」であったり、「職人」であったり、「学者」や「賢者」であったりします。あるいは「聖職者」や「奉仕者」であったりします。
もちろんこれは役割上の特徴を言っているのであって、実際の職業を指しているわけではありません。

つまり、「王」は支配する、「戦士」は行動する、「職人」は創造する、「学者」は調べる、「賢者」は教える、「聖職者」は霊感を与える、「奉仕者」は与える、というようなことです。

俳優は自分の役をしっかりと知って理解できると、とてもよい演技をすることができますね。わたしたちも自分の今生での『役割』を知ることで、無駄なく、有益な人生を過ごすことができるようになります。

役割』は周波数として認識することもできます。
なぜなら、『役割』というのはエネルギーだからです。
(白い光がプリズムを通ると七色の波長に分かれますが、純粋な本質も七つの役割に分かれるのです。それが「聖職者」「職人」「賢者」「奉仕者」「学者」「王」「戦士」なのだと考えてください)

わたしたちはひとつのサイクルが完結するまで、何度も転生して同じ『役割』を演じつづけます。わたしたちの「純粋な本質」が、ひとつのサイクルでひとつの役割しか演じないのは、役者が一回の舞台でひとつの役しか演じないのと同じだということです。
役者がその役を立派に演じきったら、つぎは別の役を演じることになります。
しかし、うまく演じ切れなかったら、みごとに演じられるまで何回もやり直さなければなりません。

ですから、わたしたちも『役割』の内容を完全にマスターして、それを学び体験していく必要があるのです。
生まれる前に自らが選択した『今生の役割』を自分自身で見つけられない人には、「数秘リーディング」でお伝えしているわけですね。

課題の個人レッスン」のほうでお伝えしている内容は、今現在抱えているもっとも重要な「課題」であって、さきほどお話ししたような「今生の大きな目的となっている役割」について伝えるものではありません。

課題の個人レッスン」では、今克服しなければならない小さな「課題」をひとつずつクリアしていただくためにおこなっているということをご承知おきください。
(よって課題はひとだけではありませんよということです)

人間は根っこの部分が変わらなければ、いくら善行をしても、善い結果は生まれないということを知ってください。
「小手先ではなく、本気になる必要がありますよ」と言っているのです。



ふたつのハート
悪を善に見せかけること。
自分の良心や 本心に反しているのを知りながら、
それを自分に対して無理に正当化することをしていないかどうか、
この「食品偽装事件」の続出する時期に、
自分のこととしてよく考えてみましょう。

他者をだますのも、自分をだますのも、もうやめませんか?
そんなことをしても、誰も幸せにはなれないからです。
お互いに本音を伝え、本音を認め合う世界を創りましょう。




主体性をもって行動すること

2013年11月15日 15:00


★ 「課題」のレポートから ★



寒くなりましたね。
東北・北海道では初雪が降りました。

今回は「課題の個人レッスン」から、北海道にお住まいのハンドルネーム「ゆうひ」さんから届いたレポートを掲載致します。



    冬の木
  


課題のキーワード
「コントロール」「無意味感」「手放す」

   
 ~2013年10月31日の「総まとめのレポート」から~ 
                      48歳 北海道 ゆうひ



<はじめに>

「思いの制限をひらく」「光の花束(不滅の詩)」との出会いによって、私の人生に多くの気づきを与え、私を勇気づけここまで導いて下さったカヴィーシャさんと、貴重な体験談のレポートや、気づきのコメントを掲載、投稿して下さった、私と同じ読者である皆さんに心から感謝します。

私の「気づき」のはじまりは、数秘リーディングが出発点で、少し奇妙なスタートでした。当初6月に予定していたのですが、カヴィーシャさんからは7月が私のベストタイミングだという事で、予定より1ヶ月遅れての7月からスタートとなりました。カヴィーシャさんからも、予定の変更について、私に何か思い当たることはありませんか?と聞かれたのですが、私も特別に思い当たるようなことはなく、単純に数秘リーディングを受けれる事を嬉しく思い、とても楽しみにしていました。ところが、数秘リーディングを開始した頃に、車のトラブルや他者との問題が立て続けに起こり、その問題を解決しようと自分に出来る精一杯の努力をしていたのですが、事態は良くなるどころか悪くなっていくようにみえました。不信、不安、怒り、恐怖などのネガティブな感情と闘いの毎日だったと思います。

ネガティブな感情を、必死になって頭から振り払い逃れようとしても、ネガティブな感情は、押し寄せてくる波のように次々とやってきましたが、あまりにも短期間に起こる問題に、泣いている暇もないという状態でした。それでも、それらの問題は、それから程なくして一つ解決していくと、他の問題も収まっていくように感じられたので、過ぎ去った事は悩まず、これで良かったと考えよう、素直に感謝しようという気持ちに切り替え、レポートには、一連の起きた問題と私の心境をご報告させていただきました。

カヴィーシャさんからのコメントは「これらの事があなたに何を教えてくれているのかをしっかりと考えて下さい。ここで、あなたの課題に気づかなければ、さらに大きな出来事が来る可能性があります。笑っている場合ではないと思いますよ。とにかく今が気づきのチャンスです。ネガティブをポジティブに変えていきましょう。すべてはあなたの意識しだいです。」と書かれていました。その時の私は、カヴィーシャさんのコメントが以外に感じました。起きた問題に対して精一杯努力して、その結果についても、私としてはポジティブに受け入れたつもりだったので、これらの問題が私に何を教えてくれているのかということについて最初は理解できませんでした。
カヴィーシャさんからは、起きた問題について霊的な問題は心配ないけれど、その問題が起きた本当の原因を知ることが大事で、それが何か自分自身で気づく事が次の課題だという内容の言葉をいただいた時、「本当の原因を知る事」という言葉が強く私の心に残りました。
実際に、「物事の本当の原因を知る事」は、自分自身を探究していくうえで、とても重要かつ必要なことで、今現在の私にも多くの学びや気づきを与えてくれています。
こうして、その起きた問題の原因を探究しクリアすることが、次へのステップ、個人レッスンの課題となりました。


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課題のキーワード <コントロール>

カヴィーシャさんが、私のために選んだ最初のカードの課題は「コントロール」でした。そして、カヴィーシャさんからのメッセージのはじめには、次のことが書かれていました。「コントロール」は、昔のハートブレイク(拒絶・感情的な脅迫)から自分自身を守ろうとしている、いわゆる防衛を意味します。それは自分や人を信頼することへの恐れを象徴しているといえます。身の周りのすべての人に良いことが起きるようにと、自分や人を「コントロール」しようとするとき、それは実は、「恐れに基づいている」ということです。」
私はキーワードの「防衛」「信頼することへの恐れ」の文字と「・・・それは実は恐れに基づいている」の文字に目がとまりました。私は個人レッスンが始まるまでの間、起きた問題について本当の原因を考えていましたが、結局はっきりとした答えが出ず、再度、一連の起きた問題(車のトラブルや他者との問題)に対して、努力していたのにもかかわらず、事態が悪くなっていくように感じたことについて、レポートに書かせていただきました。

カヴィーシャさんからは「良くならないということは、考え方や思い方が間違っているからです。「それは、違いますよ」というお知らせです。」というコメントをいただきました。この時、この言葉で目が覚めるような思いがしました。

私は他者との問題について考える時、共通点があり、なにか同一のパターンを感じていました。この時、それが他者にあるのではなく私の考え方や思い方に問題があり、他者をコントロールしようとすることで主導権争いが起き、問題を生みだしていた事に気づきました。他者から問題を突き付けられたとき、簡単に了承や了解出来ない提案に不信と怒りを持ち、相手の思うツボにならないようにと恐れて(自分自身や他者を守る為の防衛)、表面上は冷静に自分の気持ちや考えを話しながらも心中は穏やかではではなく、私はその状況をなんとか良い方向に、自分の望む方向に変える為(コントロール)に必死の努力(他者との主導権争い)をしていた事に気づきました。 

他者を恐れる気持ちは自分自身の中にあり(それは恐れに基づいている)、それを他者に写す事で他者に対して恐れを持ち、その恐れから自分自身を守ろうと無意識のうちに主導権争いをしていたのです。自分の気持ちや意見を話すときに、他者に対してまだ起きてもいない未来を予測し「恐れ」を持ち、その「恐れ」から自分や人を守ろうとして、自分の考えを押し通そうとすることで、自ら問題を引き起こしていました。


コントロールの意味を理解してからは、他者に対してネガティブな気持ちが起こった時、他者の考えを読み取ろうとするのではなく、「自分の考え方、思い方」に注意するようになりました。意識して訓練することで、他者との関係については以前と比べて、はるかに楽なものになりスムーズなりました。ただ、瞬間的にネガティブな感情をポジティブに変えることは、常に意識的でないと難しいということも同時にわかりました。


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課題のキーワード <無意味感>

<コントロール>を深めるための、次のキーワードは<無意味感>でした。「無意味感」に包まれているときは、エゴによって「そんなことをしても意味がない」と感じて行動ができなくなるという、カヴィーシャさんからのメッセージがとても重く感じました。カヴィーシャさんから、「今まで意味のあった多くのもののうち、いくつかが奪われてしまった、消滅してしまったというようなものはありませんか?」というメッセージについて「奪われた」のイメージから「自由」、「消滅」のイメージから「情熱」が浮かびました。そして、なぜ、私は自由が奪われ、情熱が消滅してしまったと感じたのかということを考えてみると、夫に対して私の持つ複雑な感情からくることに気づきました。それは、自営業の夫の仕事を一緒にすることを拒んだことから来る罪悪感でした。そのことが私の内側と外側の世界を不自由にし、心から楽しむことが出来なかったのです。

カヴィーシャさんから「あなたが楽しんで生き生きしていたら、ご主人も気分が良いのではないでしょうか?・・・・罪悪感はあなたが勝手に感じているだけなのではありませんか?」というコメントをいただき、はっとしました。私の世界が不自由に感じ辛くなる時、口には出さなくても夫に対して恨みがましい気持ちを持っていたことに気づきました。その気持ちが夫に対しての批判になり、夫を批判することは間違っているという気持ちが、自分自身に向けられ罪悪感を持つことになったのではないかと思います。

また、「コントロール」で学んだ主導権争いも、頭でわかっていても難しくできない自分に、落ち込むことも多かった時でもありました。そして、この個人レッスンの期間にも、一日中「無意味感」に包まれた日がありました。

その日は朝から体調も気分も悪く、とてもだるく家事をするのが精一杯でした。浄化の瞑想をしても体調も気分もよくならず、「無意味感」について考えだすと、ますます暗い気持ちになっていき、どんなにその状態から抜け出したくてもできず、惨めで虚しい暗く閉ざされた孤独を味わうことになりました。私の目に映るものはすべて色あせて見え、なんの感動もなく暗く冷たいもので、全てが死んでいるように見えました。死んでしまいたいとさえ思いました。それでも、ぼんやりした頭の片隅で、私は、私の生きる意味について考えていました。

私が求めていたのは自分自身を知ること、永遠にあるものについての理解と探究だったこと、その気持ちを取り戻した時、「無意味感」は消えていったように感じました。私が奪われたと感じた自由も消滅してしまったと感じた情熱も、全て自分自身への失望からそう感じ、物事の本当の原因を知ることが出来ない停止状態の時に、情熱も喜びもない「無意味感」に包まれるのだと思いました。
物事の本当の原因を知り、それが自分の日常と密接に繋がっているということの理解が増え、そのことを確信する時、私から「恐れ」は自然と消えていくのではないかと思いました。



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課題のキーワード <手放す>

この課題では、私は自分の中にある「恐れ」の本当の原因を探り、癒し、手放すことが目標でした。これまでの個人レッスンを経て、自分の考え方や思い方が恐れに基づいているという事を認識することができたので、私は日常生活のあらゆる場面での自分の考え方や思い方に、注意を心掛けていましたが、「恐れ」に敏感になると気づきの喜びよりも、あの無意味感に何度も引き戻されそうになりました。

カヴィーシャさんからの暖かい励ましと体験から学んだ気づきや瞑想で「恐れ」の原因について、自分の過去を振り返り、出会ってきた人達や出来事について思いを巡らせると、まだ胸が痛むものもありましたが、瞑想や学びを通して自分自身を癒すことや、私の過去の出来事や状況に関わる他者に対しては、強い憎しみや拒絶などで落ち込んだりすることはなく、愛や光を送ることも自然にでき、嬉しく感じていました。

ただ、なぜか「恐れ」は常にあり、自分が何か決心するときに、必ず二つの声が心の中にあり、前に進めなくなるのです。混乱におちいる事態を自ら生み出している「恐れ」の本当の原因について、「この事」、「この出来事」というところまで、たどりつけませんでした。

そのことをカヴィーシャさんにレポートでご報告したところ、カヴィーシャさんからのコメントには、「恐れ」の本当の原因は、今生の私に恐れを抱かせ、ネガティブな方向に足を引っ張っているのが、過去生の私だということ、何かを「手放したくない」のは過去生の私だと知らされた時は、私は私の亡霊の苦悩をかかえているのかと驚きましたが、同時に本当の原因を知ることができて、自分自身の中にある「恐れ」を解放できるチャンスかもしれないと思いました。


過去生回帰のセッションを受ける決心から、今現在に至るまでも、何度も挫けそうな私にカヴィーシャさんの暖かい応援と励ましが私の背中を押してくれました。本当にカヴィーシャさんの支えなしには、ここまでくることはできませんでした。
私は「自分自身を知る」という心の旅の一歩を踏み出すことになりました。「恐れ」は私を引きとめようと不安をひきつれて何度もやってきます。それでも私を止めることはできないと思います。もし、これから先、落ち込むことがあっても、私はどうしたら立ち直れるか知っているからです。目には見えない不思議な力が、私を導いていることを確かに感じはじめているからです。私の世界は私が創造していることを確信できる時、「恐れ」は「喜び」に変わっていくのではないかと思います。
カヴィーシャさんから贈られたアファメーションは「私は創造的に自分を表現することで喜びを感じます。」私は、この言葉のように人生を送りたいと今、心から願っています。

私のレポートを最後まで読んでいただき、心から感謝します。

膨大な知識をよりわかりやすい言葉で述べられ、多くの愛と光を与えてくれたカヴィーシャさんに、あらためて深く感謝します。
ありがとうございました。


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★ 主体性をもって行動すること ★



「主体性」とは、自分の意志や判断によって,自ら責任をもって行動する態度のことを言いますね。
「主体的な人」とは、「自分の目的を満たすためにどうするかを自分で考え、そのリスクを承知で行動ができ、その行動に最後まで責任を持つことができる人」のことです。
たとえ今現在何をするかが決まっていない状況であっても、自分で考えて、判断して行動するということです。


さきほど、「課題」のレポートを紹介させていただいたゆうひさんは、今月の5週目に「過去生回帰の個人セッション」に遠い北海道から来られることになりましたが、彼女がこの決断をされる際にも、大きな葛藤がありました。

なぜか「恐れ」は常にあり、自分が何か決心するときに、必ず二つの声が心の中にあり、前に進めなくなるのです」とレポートにありましたが、まさにその現象が起こっていたのです。
魂は個人セッションに「とても行きたい」のに、肉体の彼女は「とても行けない」というふうに否定的になって留まってしまうんですね。そして、子どもに相談して、NOという返事が返ってきたら、「やっぱり今はだめだよね」と納得してしまうわけです。

ゆうひさんは「実を言うと過去生回帰を受けたいという気持ちがあって、〆切の前日だったと思うのですが、思い切って無理を承知で娘に2日程、出かけてもいいか聞いてみたのですが、やはり答えはNOでした。とにかく今はだめと言われたので、その時期ではないのかもしれないと思いました」とレポートに書いておられました。
しかし、わたしはつぎのようにお伝えしました。

★カヴィーシャ: ご自身が受けたいと思った時期がその時期です。それ以外に適切な時期はありません。ご主人に聞かれるならわかるのですが、なぜ娘さんに許可を得ないといけないのでしょう? 
あなたは母親なのですから、自分がどうしたいかを優先し、だれにも左右されないことが大切なのではありませんか?
あなたはあなたの人生のなかで、いつも、何を、だれを、優先しているのでしょう?
優先順位について、しっかりと考えてみてください。


ゆうひ: あきらめた訳ではないのですが、行きたいと思う気持ちが強い時に行動したかったのですが、これもまた、なにか意味があるのかもしれないと考えていました。

わたしはゆうひさんがいったい何を怖れているのかということをお尋ねしました。また、正直に「過去生回帰をする」ということやそれがどういう内容のものであるのかをきちんと家族に伝えられたかどうか、あるいはその伝え方に何か問題があったのではないかということをお尋ねしました。
そして、今回のことで、これまで問題となっている「恐れ」が、彼女のなかにあるということがはっきりと証明されたことや、「自分の思うことを真に自信をもって行動しない」ということが明らかになったということをお伝えしたのです。



このような現象は、ゆうひさんだけに起こっているわけではありません。
「私はセミナーに行きたいのに、○○(夫や子どもや家族)が行かないでと言っている。だから、私は行けないんだ」というようなことです。あるいは、それを「仕事があるから」と理由づけします。
そういう人たちにとっては、優先順位の第一位は自分ではなく、あくまでも他者なのです。
その理由がただのこじつけであったにせよ、そういう理由づけをする人の優先順位が「自分の魂の成長」ではないということだけは確かです。

「勇気を持って家族に言えないのは誰ですか?」
「自分が真に学びたいのだということを、家族に一生懸命説明をしましたか?」
「ご自分の強い意志と熱意をしっかりと示しましたか?」
「足を引っ張っている張本人は、だれなのですか?」

自分がほんとうに真剣になって自分の人生の大切な学びをしたいと願っているのであれば、家族は「決して行ってはならない」と、断固として反対するでしょうか?
それでも「だめだ」と、本人の意志や選択の自由を全く認めない家族があったとしたら、それはその家族の考え方がまちがっているのです。そんな家族のために、千載一遇の学びのチャンスを失い、家族の犠牲になる必要などはどこにもありません。
問題は、当の本人がそれをどう受け止めるかということです。家族の言いなりになるか、自分の意思を貫くか、その選択によって、本人の生き方の方向性が決まってくるのです。

★主体性のない生き方。
それは非常に「被害者的」であり、常に「受身的」な見方、考え方に基づいた生き方であると言えます。 
私事ですが、わたしは若い頃から自分が行きたいと決断した学びの場には、必ず行っておりました。家族に「行ってもよいか?」と訊いたことはありません。
「~をしに~へ行ってきます」それだけです。

そして、自分の行動を他者に委ねるような質問をしないことを、わたしは幼い頃の娘たちにも教えました。
「お母さん、遊びに行ってもいいですか?」
そうわたしに尋ねてきたとき、「そんなふうに尋ねたら、お母さんは『行ってはいけない』と言うかもしれないよ。それでは困るでしょう? 困るのなら、『遊びに行ってきます』と言うことだよ」と。

★真にそれをしたいのなら、決して「~してもいいか?」とは訊かないこと。
「~したいので、~します」と自分の意思を伝えること。
判断を他人任せにしないで、常に主体性をもって行動することを教えたのです。



       雪の子たち 青
                      

何かしら行動するときに、「足を引っ張る自分」とは、いかなる自分なのか? 
ゆうひさんの場合は、過去生の本体部分が足を引っ張っていることがわかったのですが、きっとその過去生の人物は、彼女の人生の中で「自分で判断して失敗した」経験があったのでしょう。そして、「自分で判断することは危険」だと思い込んでしまったのでしょう。
あるいは、自分がおこなったことに対する責任を持つのが苦しかったからでしょう。
「自分で責任を持つくらいなら、やらないほうがよい」と。

しかし、ゆうひさんはわたしの後押しで勇気を出され、ご主人にお話をされて了解を得られました。
今ゆうひさんはその人物を解放するために、「過去の自分自身との出会い」を体験しようとされています。
先日新たなレポートが届いた際に、「その過去生の人物の準備が整っていること」を、お知らせしました。それは、ゆうひさんがとても一生懸命に「課題」に取り組んでこられた結果でした。わたしは「ここまで頑張った甲斐がありましたね」と伝えました。

あとは、個人セッションの当日に、心身ともに良好な状態で来られることです。
彼女の意識レベルも当初よりぐんと上昇しました。ここで、決して気を抜かずに、良好な波動を保ち続けてくださることを願うしだいです。
ゆうひさん、当日過去生の人物が登場して真相を話してくれるよう、しっかりとあなたも準備を整えてお待ちくださいね。
楽しみにしています。


ふたつのハート

皆さん、人生の主体はあなたですか? 
それとも、他者ですか?
何かをしようとするとき、いつも心配や恐れが湧きでてくる人は、
自分のなかに原因があることに気づく必要があります。
その「原因」を突きとめ、解放する必要があるということです。


ジェームズ・アレンはつぎのように言っています。

疑いや恐れは、
いかなる達成にも役立ちません。
それらは、私たちをつねに失敗へ導こうとします。
目標、活力、行動力、
およびあらゆる種類の力強い思いが、
疑いや恐れの侵入とともに、
本来の機能を停止します。

人間を目標に向かわせるパワーは、
「自分はそれを達成できる」
という信念から生まれます。
疑いや恐れは、
その信念にとって最大の敵です。


皆さん、疑いや恐れを克服し、
主体性をもって、勇敢に前進しましょう!





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