『光の仕事人との交流会』へのいざない 

2012年08月01日 00:30


★ 読者の皆さんへ ★



もう8月となりました。ホントに早いですね~。
日本列島は暑い毎日がつづいているだけでも大変なのですが、太陽活動のほうも最近はずっとMクラスのフレアが発生しており、人間の体調に大きな影響を与えています。わたしはたいてい眠くなっておりますが、皆さんはいかがでしょうか?
(これからも太陽活動は活発な状態が予想されています)

今後地球がどうなっていくのか? という不安を抱いている人は多いかと思いますが、目に見える現象としては2011年ほどの大きな災害などは起きないのではないかと感じています。
ただ、最近懸念されている富士山噴火の可能性については、そう遠くない将来に「あるであろう」と考えます。もちろん、人々の想念しだいで、また変わっていく可能性もあるでしょうが。


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★ 富士山のゆくえ ★



富士山について、「3年以内に噴火が起きる可能性がかなり高い」という専門家の話は、皆さんもご存じのことと思います。
また、今年の5月に文部科学省が、富士山直下にこれまで知られていなかった活断層が延びている可能性(マグニチュード7級、震度6もの地震を引き起こす)があるという報告書をまとめたということもご存じのことでしょう。

それに対して、「活断層は見つかったが、地震がいつ発生するのかはまだわかっていない。それよりも懸念すべきは、富士山の噴火だ」と、「地震の発生よりも富士山の噴火の危険性がある」と主張されているのが、長年、富士火山帯の研究に取り組んでこられた琉球大学の木村政昭名誉教授です。
富士山の噴火口の北東から南西にかけて発生する「水噴火」という噴火の前兆現象について、ある報道記事に木村氏のつぎのような言葉が掲載されていました。

「水噴火は溶岩が噴き出すかわりに、水やお湯が噴き出す現象です。噴火は地下にあるマグマがプレート活動によって押し上げられ、割れた地表で発生する。水噴火はマグマではなく地下水なんですが、火山の状況としては、噴火とあまり変わりのない状態にあるんです。富士宮市周辺では2年以上にわたって数か月おきに水が湧いていますし、北部の富士五湖も水位が突然高くなっています」

「マグマから直接噴出している火山性のガスではないので、噴火の前兆現象と捉えない人もいますが、1年ほど前から極端に増えています。また、富士山の東斜面にある自衛隊の演習地に数か所大きな穴が空き、そこから摂氏40、50度の噴気が出ています。水噴火も含め、これらが同時期に起こるのは噴火の予兆以外に考えにくいでしょう。これらの状況を考えると、向こう3年以内に噴火が起きてしまう可能性はかなり高いと思われます」

内閣府の富士山ハザードマップ検討委員会の想定によると、富士山の噴火により、約100kmほど離れた東京でも、2~10cmほどの火山灰が降り積もるということです。

(記事の参考・引用文 ZAKZAKより
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20120521/dms1205211601011-n1.htm)



NHKでも連続放映されていたようですが、その可能性の高さがうかがえますね。
地球上ではクラウンチャクラに当たる大切な富士山ですが、それが噴火する可能性が高いということですから、現在日本や世界、そして、地球が尋常ではない状態だということがわかります。



   ひまわり


★ 『光の仕事人との交流会』へのいざない ★



10月以降、わたしの身体が健在であれば、全国の読者さんとお会いして、いろんなお話をする機会をつくりたいと思っています。
このブログの読者さんは、東京にお住まいの方が圧倒的に多く、関東、東北、東海と、東日本のほうにたくさんいらっしゃるのが特徴です。まずは東京近辺で『交流会』ができるといいなと思っているしだいです。
「ここに来てください」と呼んでいただければ、喜んで行くつもりですが、どれほどの需要があるのか、今のところまったくわかりません。それで、今から8月末までのあいだに、希望者を募集したいと思います。

光の仕事人との交流会』を希望される方は、アンケートのお便りの箇所に「いつ頃(月日・時間)、どこで、何名くらい集まって話をしたいか」などの具体的な内容をお書きになって、必ず「住所、氏名、メールアドレス」を明記の上、送信してください。

それらを参考にさせていただき、詳細な旅の予定を考えていきたいと思っております。
ただし、ご希望通りにはならないかもしれないということを、あらかじめご了承くださいますようにお願いいたします。
では、皆さんからのお便りを、楽しみにお待ちしておりますね。



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★ 東北にある五葉山について ★



東北は、いろんな意味でカギとなっている地域だと、わたしは思っています。
キリストのお墓があるとか、丑寅の金神が封じ込められているとか、日本は東北から始まったとか、さまざまなミステリーがありますね。
なかでも、『五葉山』は、以前からとても気になっていた場所です。
東北地方の読者さんも多くいらっしゃるようなので、今回はこの『五葉山』のお話をしたいと思います。


ウィキぺディアによりますと、「五葉山(ごようざん)は、東北地方太平洋側にある北上山地南部の山で、標高は1,351mで、三陸沿岸の最高峰である」とされていて、つぎのように書かれています。

~概要~
岩手県住田町、釜石市、大船渡市にまたがる。
北上山地では、早池峰山(1,914m)に次ぐ高さであり、また最も海に近いため、山頂からは三陸のリアス式海岸を一望できる。南側に広がる準平原とともに五葉山県立自然公園に指定されている。
「五葉山」の名は、阿弥陀如来、薬師如来、観音菩薩、虚空蔵菩薩、愛染明王の五仏を祀る事からとも、藩政時代に伊達藩にとって重要な山であったことから「御用山」と呼ばれていたことに由来するとも言われている。


読者さんのなかで、五葉山に登ってみられた方はいらっしゃるでしょうか?
あるいは、山がお住まいの近くにあるという方は?

じつは、五葉山は太古の昔に地球に来た異星人の住居があったところなのですが、そのことをご存じだった方はいらっしゃいますでしょうか?


★ 太古の昔、神々の町だった五葉山 ★



リサ・ロイヤル氏がチャネリングするジャーメインは、太古の昔、五葉山はとても大きな町であり、宇宙人の基地だったと語っていたことがあります。
わたしのハイアーセルフにもいろいろ確認したのですが、まちがいはないということでした。

五葉山はペルーのマチュピチュよりも古くからあって、そこでは市場が開かれたり、霊的な教えが提供されたり、占いやリーディングのようなものが行なわれていたりしたそうです。
その山の高方には、琴座(リラ)星人の建物があったといわれています。琴座からやってきた人たちは、他の存在たちとは強い境界線を保ち、わけ隔てて住むのを好み、人間たちとは離れて暮らしていたそうです。

山の下方に住んでいた人間たちは、言わば神に雇われた労働者でした。
ジャーメインによりますと、山の構造自体が階級制度を表していたということです。
やがて、神のようにふるまっていた琴座星人たちがその山を追い出される事態が起こります。
いったい何が起こったのだと思いますか? 追い出された理由はいったい何だったのでしょうか?

じつは彼らを追い出したのは、琴座星人ではない他の異星人たちだったのです。
異星人たちは、人間に対する琴座星人の態度が大いに気に入らなかったというのです。
人間は、琴座星人によほどひどい扱いを受けていたのでしょうね。

琴座星人が去ったあとは人間だけがそこに残って住んでいましたが、何世代か経つと、かつて琴座星人たちがそこに住んでいたという記憶もしだいに薄れていきました。やがて霊的な巡礼の人だけがその山に登るようになり、そこは「神の聖なる場所」として伝説となっていったわけです。

その後、プレアデスやシリウスからきた異星人たちがしばらくその町に住み、神々(琴座星人)が住んでいた高い所にも自由に行くことができるようにしたのですが、実際にそこに行くことができたのは、神に対して恐れを持っていない人たちだけであったといいます。
神を自分と対等の立場であると考えることのできる人間だけが、五葉山を登ることができたということですね。

五葉山は日本における主要な宇宙人たちの居住地、いわゆる「文化センター」のような場所であり、建築的に見て、とても優れたすばらしい町だったようです。マチュピチュ、アンデス地方に住んでいた宇宙人と五葉山に住んでいた宇宙人との交流もあったようです。

五葉山がある辺りは、1万1千年前に天変地異があり、それ以前でも地震が起こっていたのだそうです。
人が住まなくなって、その地域の再建ができなくなったのは8千年前のことで、かなり長い間廃墟の状態だったようです。その町が存在していたときから、何度も地震が起こっており、当時は現在の丘のような地形ではなかったということです。
あの辺りは、大昔の頃から地震が頻繁にある場所だったんですね。

ジャーメインによりますと、五葉山の文明が最高潮に達していたのは、およそ1万5千年くらい前なのだということです。
そこには、今も秘められたエネルギーが残されているようですが、それを知って山に登っている人がどれほどいるでしょうか?
何となく五葉山に登りたいとか、その地に妙に親しみを感じる人がいるならば、太古の昔、琴座星人だったか、あるいは他の異星人だったか、あるいはそこに労働者として住んでいた人間だったのかもしれません。
わたしは五葉山とは全く関わりがありませんが、機会があれば、登ってみたいみたい山だと思っています。

広島の宮島にある弥山も、古代の宇宙人の遺跡があるところです。
弥山の頂き近くにある超巨大岩群があるところでは、とても神秘的な波動を感じましたが、日本には多くの宇宙人たちの痕跡が、ほんとうにたくさん残っています。
神々の遺跡がある山の近くにお住まいの方は、過去の異星人たちの波動を意識して感じながら、登っていただけたらと思います。


ハート 小
ものごとに、もし終わりがないとしたら、始まりもないので、
けじめとしてしっかりと完了させるべきことは完了させたいと、わたしは思っています。
意識におけるけじめですね。
ぐるぐると廻るだけではなくて、確実にらせん階段を昇って行くことが大切だと思うのです。

皆さんも、2012年の後半をどう生きるかをよく吟味されて、
悔いのない人生を送っていただきたいと思います。




光の体験とチャクラのお話

2012年08月04日 11:15


★ 読者さんからの体験談 6 ★



~光の体験談 『拍手コメント』より~  
                       40歳 女性  九州 佐賀



ブログの更新をいつも楽しみにしております。
光の体験の投稿を読んでいて私の体験も聞いていただきたいと思いました。
4、5年前、夕方 横になって半分は寝ていましたが隣の部屋で子どもたちの騒いでいる声は聞こえてました。
上のほうで光が見えました。とてもあたたかい幸せな感じの光なので、あの光と一緒になりたいと思いました。
私の身体はブルブルとふるえだしました。光に吸い込まれそうでした。
もし、この世にもどってこれなかったらと心配もしました。とても不思議な感覚でした。

光の仕事人様いつも誠意のこもった、あたたかいメッセージありがとうございます。
私は現在40歳の3児の主婦で九州佐賀に住んでおります。
光の体験をした頃は、平和で幸せに、このまま、のほほんと時が過ぎていくのかと思っておりました。あんな光の体験は初めてです。光にすいこまれそうになった時はこの世にいなくなってもあちら側に行きたいと誘惑のほうが大きかったので行こうと思いました。そこまでで記憶はなく身体がブルブルふるえたリアルな感じと光のあたたかさ、光に吸収されたかった思いは今でも残っております。
そんな体験をした一年後、思いもせず主人が躁鬱病になり2年間大変な思いをしました。そんな時光の仕事人様のブログに出会いました。異常波動の記事は分かりやすくて納得しました。かなり主人にあてはまっていましたので・・・大変な思いをしないかぎり成長しないし考えないんですね。
このブログでスピリチュアルを学ばさせていただいてます。今、思うと光の体験は私が暗闇にひきこまれないよう子どもたちのため元気でいるよう、笑顔でいるようエールをおくってくれたのだろうと思います。
私を目覚めさせてくれた光の存在に感謝です。


ピンクの玉


~光の仕事人より~



とても感動的な体験をされましたね。
このような光の体験は、したくてもなかなかできるものではありません。
半分眠っているような状態で、意識を失っているわけではないけれども、日常で目覚めている状態とは異なる意識の状態のことを、『変性意識状態』と言います。彼女はそういう状態であったのだと思います。

ほんとうに光のパワーを体験できたことに感謝ですね。



光とあじさい



★ 読者さんからの体験談 7 ★



~ただ今、光の体験中~
    
                 44歳 女性 ハワイ州 パールシティー


光の仕事人さま

いつもお世話になっております。
昨日、リポートを送ったばかりなのに、
今日もまた、現在進行形ではありますが、
光の体験報告をさせていただきます。

数秘リーディングを申し込んでから、
現在もそうなのですが、
気付きと、光の体験の連続です。
本当に、肩を押していただいてありがとうございます。
同時に、自分のガイドさんやとハイアーセルフに感謝しています。

この数秘リーディングを申し込んだきっかけは、
アセンションにむけて何もできていない焦りからのものでした。
何かの導きで光の仕事人さまのブログにたどり着き、
食い入るようにすべての内容をいっきに読ませていただきました。
そのとき、まさに、欲していた情報でした。
光の仕事人さまのブログに辿りついたには、7月も中旬でした。
どうして、もっとはやくに知らなかったんだろうという思いと、
今までの自分の人生を振り返ってみると、
今だからこそ、たどり着いたんだという思いが交錯していました。
数秘リーディングの結果には、
あまりに的中していて本当に、驚きました。
垢がぽろぽろ取れるように、
たまねぎの皮が、時には、早く、時には、ゆっくりと、
1枚づつ1枚づつはがれるように、
自己探求がはじまり、現在に至っています。

今朝も、
「ハイアーセルフになる瞑想」
「光の源泉となるために 光を呼んで自分自身を光で満たす瞑想」
「光を放射する瞑想」
をしていましたら、
温かく、明るくなって、光の中にいる居心地の良さに
しばらく、浸っていました。
しばらくすると、とても、とても懐かしい思いが沸いてきて、
あ~ぁ、やっとあえました。。。。と思ったら、
涙が次々とでてきて、ますますまわりが明るくなって、
自分はずっとこの心地いいところにいたんだ、
でも、いろいろあることが楽しそうだなぁと思い、
あえて人間だからこそ味わえる経験を楽しみにきたのだと思いました。
ずっと、忘れていたけれど、
苦しくても、つらくても人としての人生を経験しにきたのだ、
そして、「今」にフォーカスして
あせらず、やるべきことをこなしていこうと思いました。
あまりに、日常の雑事に追われて、
瞑想の時間もままならないのが、現状ですが、
とにかく、時間がないので、最善を尽くさなければと思いました。

今、自分がすべきことは、
常にハイアーセルフとなって、内なる自分にめざめ、
光に満たされ、光を放射することです。
そのためには、
「ハイアーセルフになる瞑想」
「光の源泉となるために 光を呼んで自分自身を光で満たす瞑想」
「光を放射する瞑想」
をマスターできるように静かな時間をみつけて瞑想します。
そして、同時進行で、
「赦す祈り」「霊的結びつきを断ち切る祈り」と
「オーラを強くする方法 自分のオーラを純白の光で包む」
「オーラの自己防衛のアファーメーション」
も行っていきたいと思います。
もちろん、日常生活も大切に、家族を大切に・・・・・(笑)

今でも、きっとこの先もずっと、自己探求は続きますが、
まずは、数秘リーディングを受けさせていただいたことによって、
「今」自分がするべきことが見つかりました。
ありがとうございます。

光の仕事人さまの思いと労力と時間に感謝しています。
本当に、ありがとうございました。

まだまだ、自己探求は続きます。 (最後省略)


青い玉


~光の仕事人より~



ハワイ在住のこの女性は、最近の数秘リーディングの受講者さんです。
ハワイ出身のご主人と結婚されたあと、いろんなことがあって精神的な苦痛が生じ、最初の頃は気持ちがとてもネガティブでした。そうでしたね?(笑)
レポートを書いたり、わたしとのメール交換をしているうちに、彼女はもうひとつのブログ「光の花束〈不滅の詩〉」を読み始められたのです。
彼女曰く「欲しいヒントがいっぱい」で、魂に響くものがあったようです。
その後、『「光の花束」のなかに、すべて答えがありました』という報告があったのですが、その辺りから彼女に変容が起こり始めました。肉体だけではなく、見えないエネルギー体にも変化が生じています。

たとえば、こんな文面がありました。

次の日の朝(リポート2のコメントをいただいてから)、意識が目覚めて、起きようとしているとき、目をつぶっているにもかかわらず、眉間のあたりに、紫の光が小さな点から、どんどん拡がって、「光の花束」にあるような菱形の光になり、大きくなったり形を変えて動いていました。
(「光の花束」にあるような菱形の光とは、文章の前に見出し的につけていた星の光のことです)

紫のいったいであるようなショッキングピンクのようなピンクが紫のふちからあらわれたりもしていました。
光とつながることができだのかなぁ?
でも、紫色なので、これは、チャクラの色なのかなぁ?と思いつつ、きれいだなぁと、しばしその時を楽しんでおりました。


そして、その後の報告にはつぎのようなことが書かれていましたので、一部を抜粋させていただきます。

「光を放射する瞑想」のころになってきたころに、
このピンク色が拡がって、
このたびは菱形ではなく、はっきりとした形はなく、もやもやとした感じ?で、
そこから、たまに紫になったりしてうごめいていました。
そして、しばらくすると、その中心に明確な小さな点があらわれて、
薄い黄色?金色?に時折 緑?がまじったような光が中心より
拡がるようにあらわれてきました。
また、しばし楽しんでいました。

光に色はあるのでしょうか?
チャクラが活性化されているのでしょうか?



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まちがいなく彼女の第7チャクラが活性化しています。
こういう現象は「神さま」あるいは「ハイアーセルフ」などの高次元の存在とお話をしている状態だとわたしは思っています。
目を閉じると、美しい紫色、あるいは青紫色の光が花のようなかたちで大きくなったり小さくなったり、さまざまな形に動いている様子が見えるときがよくありますが、そんなときはとても心地よい喜びに包まれます。好奇心がいっぱいで、見ていて飽きません。
彼女は現在とてもすばらしい光の体験をされている最中で、今後どのような展開があるか、とても楽しみです。



紫つゆ草


★ チャクラのお話 ★



過去記事「アセンションに向けて―浄化と周波数を高める方法」で、入浴の際にネガティブな意識や感情を流す方法をお伝えしたことがありました。
わたしの体験から、あの呼吸法はチャクラの活性化にも役立っているのではないかと思っています。

わたしがふろ場で呼吸法をするときは、たいてい眼を閉じます。
呼吸の回数はたったの3回なのですが、とても深い呼吸をしています。
(皆さんがされるときは、何回でも好きなだけしてください)
その際に、瞼の裏に左側と右側から勾玉のような形をした光がひとつずつ現れるのです。あるいは同時にふたつ見えてくることもあり、日によって異なります。

勾玉は薄いきれいなすみれ色をしていて、そのふちが黄金色に輝いています。ふたつの光の勾玉はいつのまにか溶け合ってひとつの円になるのですが、まるで中国の陰陽図とそっくりなのです。円になると、ドーナツのように真ん中が黒く空いて、そこを覗き込むと宇宙につながっているような気がしてきます。
じっと見つめているうちに、円をなしていた光はしだいに薄くなって消えていきますが、この勾玉や円を描く光の映像は、目を開けても目の前にしっかりと見えています。(目を閉じていても開けていても関係なく見えます)

この光の色やかたちは、人それぞれであると思いますが、そういうものが見えたときは、「あなたのチャクラが活性化していますよ」ということを知らせてくれていると受け取ってよいと思います。
勾玉の光が、左側だけとか、右側だけしか現れないこともあり、現れてもすぐに合体しなかったりすることもたまにあるので、自分の状態を知るのに大変役立ちます。

チャクラは基本的に第1~第7までを7色で表すことが多いのですが、ハワイの彼女の文面に書かれていた『マゼンタ』という色は「赤紫色」のことで、第8チャクラの色なんですね。
第8チャクラは肉体の外、頭の上にあって、潜在能力が記されたある種の青写真が収められているところだと、イレーネ・デリコフ&マイク・ブース著の「オーラソーマヒーリング」には書かれています。
つまり、ハワイの彼女の場合は、第7と第8のチャクラが活性化していますよということです。

彼女は「光に色はあるんでしょうか?」と尋ねておられますが、この「光」っていうのは、ロウソクの光や太陽の光のことを言っておられるのではないですよね?

たとえば、肉眼で見える虹は、赤から紫までの七色の光のスペクトルが並んだ半円ですが、人間の身体に備わっている目には見えないチャクラも、同様に七色に分けられています。ただ、これは人間が感知できる最低限の光の分類で、色彩は無限にあるというほうが本当でしょう。
光の三原色はR(赤(Red)、G(緑(Green)、B(青(Blue)を指します。
色を混ぜ合わせるにつれて、色が明るくなり、三色の色をどんどん加えていくと最終的には白になりますね。


光の三原色



本山博氏は、
光に色がついているかどうか、それとも白光かあるいは透明な光か、ただ明るいピカーッと光っているような感じの光か、それによって、今自分がアストラルの次元で動いているのか、カラ―ナの次元で動いているのかという区別ができる」と言っておられます。

つまり、薄紫やスミレ色、マゼンタやピンク色、あるいは金色のような色がついて見えるときは、『アストラル次元』でエネルギーが動いているととらえたほうがよいかと思います。

アストラル次元』というのは『微細身の次元』のことで、『カラ―ナ次元』というのは『原因身の次元』のことです。
(詳細は、過去記事『神秘のボディ』を参照してください)

また、光は見えないけれども、チャクラのどこかの部分が「気持ちよい振動をしているな~」と感じるなら、それは『気の次元』だということです。

本山氏はつぎのように言っておられます。

チャクラが目覚めたからといっても、悟ったというわけではない。
チャクラが目覚めたら霊能力は出るかもしれないけれども、カルマを超えたところへはまだ行けない。
だけど、チャクラが目覚めないと、カルマを超えたところへは行けないのです。
ですから、チャクラというのは、言ってみれば、カルマを超えた世界に行く門であるし、それからカルマの中に降りてくる門でもあって、その両方の働きをもっているわけです。
そして、アジナとサハスラーラが目覚めないと、どうしてもカルマを超えた世界には行けないのです。
                 本山博著 『チャクラの覚醒と解脱』より





ハート

チャクラが目覚めただけでは悟りには到達できないということ。
だからと言って、目覚めないと悟りには到達できないということ。

チャクラが目覚めると光が見えたり、意識が身体から外に出られたり、いろんなサイキック能力が出てきたりするけれども、やはり真の智恵や愛が発現してこなければ、ほんものではないということになりましょうか。

今回は、ハワイの彼女が観た「美しい色の戯れ」から端を発して、
アジナとサハスラーラチャクラの目覚め」は、「カルマを超えた世界」に行けるかどうかのカギとなるということをお伝えしました。

皆さんも、いろんな瞑想や呼吸法をしていかれるうちに、こういう現象に出会われるかと思います。
但し、くれぐれもサイキックパワーがほしいための行法はしないことです。
たとえ霊能者になったとしても、悟りとは無関係であり、おかしな存在に足を引っ張られるのがオチですから。

いつも『宇宙の根源の意識・存在・エネルギー』に自分の意識を正しく向けて、自分自身と他者への愛を忘れないようにしていれば、ハイアーセルフや守護の神霊たちの援助も得られて、悟りへと導かれることでしょう。



マトリックスからの脱出

2012年08月08日 11:00


★ 読者さんからのメッセージ ★



今回は過去記事『許しと癒し―ミッチェル・メイ氏からのメッセージ』に参考文献として記した「癒すこと、癒されること」を読まれた方の感想文を掲載致します。



~「癒すこと、癒されること」を読んで~    43歳  女性  静岡県



2011/02/15の記事に、ステファニー・ハイラー&ミッチェル・メイ著「癒すこと、癒されること」参照とある箇所がありました。
まだその頃の私は「思いの制限をひらく」に出会っていない時期で、リアルタイムに記事を読んでいません。
読んだのはきっと一年前の初夏を迎える頃だったでしょうか。
その当時、光の仕事人さんによる「気づきのコース」のいざないがあり、それに応募したくて過去記事を夢中で読んだときが「癒すこと、癒されること」の初めての接点です。
「気づきのコース」に応募したところ、一回目は送信エラー、二回目は期限当日にギリギリ送信できるかというところでパソコンの調子が悪かったか、入力した内容が何かのミスで消えたかで結局応募出来ずに終わってしまいました。

去年の秋ぐらいにタイトルが気になる過去記事を再度、読み返して行く中で「癒すこと、癒されること」を読んでみたいな、と思いメモをとり図書館で蔵書の検索をかけましたが、何の情報も得らず、自宅のパソコンで調べるも期待する情報はありませんでした。
それから年が明け、半年が過ぎる頃、「癒すこと、癒されること」をまだ読んでいないなぁと思い、得意の図書館(笑)で検索しましたが結果は同じ。パソコンで調べたら今度はオークションに出品された形跡が過去に一件あるのみで(先ほど確認したらまた同じ人から出品中)
「癒すこと、癒されること」は一般に流通している本なのか疑問に思い、去年の私と違うところは光の仕事人さんにこのことについて問い合わせをしたのです。
そしてお返事をいただき、「癒すこと、癒されること」はミッチェル氏のシナジーカンパニーで作られたオーガニック製品を購入した際のプレゼントだそうで、一般に市販されているものではありませんでした。
な、な、な、なんと、その貴重な小冊子を私に譲ってくださるとおっしゃって下さったのです!感謝、感激、ありがとうございます!!
そんな経緯があり、今、私の手元に「癒すこと、癒されること」があります。

小冊子を読んで特に心に感じた箇所を挙げ、それについて私が心で感じたことを書きます。
(太字は小冊子の言葉を引用)
私たちは、いついかなるときも自らを自分自身で癒しているのです。それは一瞬たりとも中断したことなどありません。しかし、それは無意識のレベルにおいてなのです。
自分の気づいていないところで一生懸命に60兆個にもなる身体の細胞は、いつもフル稼働してくれている。
今までも自分の身体に朝晩、感謝の気持ちを捧げていたけれど、すごく感情がこもっていたのは最初の頃だけで、今の私は明日もあると、ひょっとしたら心のどこかでタカをくくっていたのか、感謝の言葉が終わらないうちに夜はいつのまにか眠ってしまうことが多くなっていました。
一期一会の精神を思い出しました。
今晩から、また感情を込めて身体に語りかけよう。

ミッチェルがステファニー(三人の子どもの母であり、妻であり、ライターの職を持っているが、結婚生活はうまく行かず、慢性的な身体の不調に苦しみ、自らの力で自分自身を変えるということが出来ないと思い、何かにすがりたいと求め、ミチェルと出会う)にみぞおちの辺りにヒーリングを施し、身体の中にエネルギーが流れるのを感じ、緊張がほぐれ"内なる空間"というべき「場」がおのずとできていた。
何か特別なことが起こったわけではなく、きらめく経験があったわけでもなく、ただ深いくつろぎの中にいただけ。

この文から、くつろぐって本当に大切なことなのだなぁ、と感じました。
私は今年の3月に「数秘リーディング」を光の仕事人さんにやっていただき、そこから私の軌道数4のエネルギーの言葉と繋がりました。
「今あるがままにくつろぐ」
「本当のことは、おなかのところからやってくる」

上の文の続きでミチェルがヒーリングを続けているとステファニーが一歳半だった頃に戻り、その当時に無視されていた感情がはじけ解放されました。
そしてステファニーがミッチェルに「今、あなたがしてくれたことを、もっと詳しく教えてください」
するとミッチェルが「ただのおまじないですよ」と答えた。

ミッチェルがさらりと「ただのおまじないですよ」の一言にシビレました。 Cool! 
そこからまた「数秘リーディング」軌道数4、「当たり前のことを一番深い質のところへもっていくことができる」に繋がりました。
呼吸は誰しも意識していなくても常にしている。
それをあえて意識的に行い、ゆっくりとした深呼吸にしてみる。
おなかがすいたら食事をする→たくさん咀嚼する、舌がどんなふうに動いているか感じてみる、どこの歯を使って食べているか、口の中の状態は?
眠くなったらあくびをする→どこに力が入っているか感じてみる、顔のどこに皺がよっているのか、どこの筋肉が使われているのか?
当たり前のことを意識的に感じてみる。
それらが「今あるがままにくつろぐ」にも通じていると感じました。

生命エネルギーは"許された空間(スペース)"がないところでは働くことができません。
私たちがこのような「場」に気がつくだけで、「場」は自ずと広がり、エネルギーはそこを流れることができます。

「場」は潜在能力とも言い換えることが出来るのではないでしょうか。
自分を信じる、自分の可能性を信じる。
自分には出来るのだ!
出来ないものはなにもない。
だって自分は完全な存在なのだから。

ミッチェルはロサンゼルスにいた当時、縁のあった人びとにヒーリングを行っていた日々は、とても幸福で、充足した「時」で人間関係に煩わされることもなく、自分が進んでやっていること(ヒーリング)以外に多大な時間を奪われることはなかった、と語る。
その一方で、自分は世界から避難しているだけかもしれない、ということにもこころのどこかで気がついていた。
こうした環境で生きるということが、面倒なことと、関わりを持ちたくないことから、自分自身を「安全な聖域」に隔離しているに過ぎないということが分かり、そしてミッチェルはロサンゼルスを去り、自分自身への「挑戦」に挑んだ。

私は共感を覚えました。
よくある例えで、人(魂)を宝石の原石に置き換えるのと同じこと。
自分を輝かせるのに柔らかい絹の布ですーっと一生かけて磨いても、原石は原石のまま。
挑戦者となって傷ついても恐れることはない!
自分で自分を癒すすべを誰しも例外なく、自分の中に備えているのだから。

ジャック・グレイが「ミッチェル、君は"神の似像(にすがた)"として創られたんだ。足りないものなど何もない。必要なものは全て、すでに君の内にある
なんとも心強い言葉。
この言葉、大好きです!
このことがわかっていたら、怖いものなんて何もない。
くじけそうになったとき、この言葉を思い出して乗り越えようと思います。
なんだって出来ますからね、誰しも。

すべては必要、必然、ベストなタイミングでやって来る。
人との出会いも、出会うべくして出会っている。
ジャック=ミッチェル=ステファニー=光の仕事人さん=私=読者の皆さんetc・・・
横並びに書いていますが、イメージでは丸い環の中にみんながいる。
みんな繋がっている=私はあなた、あなたは私=みんな一緒
生きていれば一瞬「えっ?!」て思う出来事があるでしょうが、ジタバタしないで、そう、「まず受け入れる」
そこから始めればきっと上手くいく。
だって私たちは「足りないものなど何もない。必要なものは全て、すでに君の内にある」のだから。

「癒すこと、癒されること」の内容は「思いの制限をひらく」「光の花束」で余すことなく通じていると思いました。
どこをとってもブログでわかりやすく話題に取り上げてくださっています。
逆をいうとブログを読んで学んでいなかったら「癒すこと、癒されること」をいきなり読んでも、あまり内容がわからなかったと思います。
つまり、その時のレベルでしかわからないということですね。
私の感想は、すでに光の仕事人さんが語ってくれていたことを、今度は自分の感覚で噛みしめたといった感じです。

光の仕事人さん、「癒すこと、癒されること」をブログで取り上げてくださって、そして小冊子を譲ってくださり本当にありがとうございました。


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~光の仕事人より~

どういたしまして。
あなたの気づきのお役に立つことができ、大変うれしく思います。

ミッチェル、君は"神の似像(にすがた)"として創られたんだ。足りないものなど何もない。必要なものは全て、すでに君の内にある

あなたの魂に響いたこのジャック・グレイの力強い言葉を、さらに真実を認知した上で深めていっていただければ幸いに思います。

と言いますのは、確かに「人間は神の似姿として創られてはいる」のですが、「神と呼ばれた宇宙人たちは人間の体内のDNA構造をばらばらにし、遺伝子配列を組み換えて、人間が神のようにはなれない状態にしてしまった」という事実も、知っておいてくださいねということです。
神と同じようになってもらっては困るので、いろんな能力を封印してしまったという事実に対する理解をしっかりとした上で、上記の言葉をかみしめてくださいということです。
ジャック・グレイの言葉にまちがいはないのだけれども、単純にそれだけを喜んでいるだけではいけないのではないかということです。意味がおわかりになりましたでしょうか?

神々が行なった人間の遺伝子操作についてはご存じの方々も多いかと思いますが、知らない方々もおられるようなので、少しこの機会にお伝えしておきたいと思います。



     moonstarwindow



★ 人間はプラグを抜かれた不完全な存在 ★



神と呼ばれた宇宙人たちは人間の体内のDNA構造をばらばらにし、遺伝子配列を組み換えて、人間が神のようにはなれないようにしてしまったと、先ほど述べました。
なぜ、彼らがそんな操作をしたかは、おわかりになりますね?

そうです。人間をコントロールできるようにするためです。
元々彼らの手足として働くための奴隷的な存在が必要で、支配しやすくする必要性があったからです。
要するに、人間が神と同じでは困るからですね。

バーバラ・マ―シニアックがチャネリングするプレアデスからの伝言によりますと、原初の人間は「完全なDNAの12重らせん構造をもって充分に機能する種」であったことがわかります。
それなのに、この地球の所有権を主張した異星人たちの操作によって、人の体内からプラグが外され、もはや12本中2本だけしか差しこまれていない状態(これは比喩です)となってしまったのです。
今の人間には、たった2本のDNAの遺伝情報の鎖があるだけです。つまり、人間の頭は休眠状態となっているわけです。

足りないものなど何もない。必要なものは全て、すでに君の内にある」という言葉は、ある意味ではまちがってはいないのですが、いくら必要なものが全てそろっていたとしても、プラグを正しく差しこまなければ、全く使えないのですから、意味がありません。つながっていない10本のプラグからの情報を得ることはできないのです。

もう少し比喩を使って、わかりやすく説明しましょう。
かつての人間の身体は「図書館カード」のようなものだったと考えてください。(プレアデスの存在たちはよくこの譬えを使います)
12本のそれぞれの鎖は「生きた図書館」という情報源へとつながっていました。
生きた図書館=情報センター」は特定のDNAの鎖にデータを供給していて、それが「図書館カード」を獲得した者たちの身体のエネルギーの潜在能力をフルに活性化させていたのです。
必要な情報はすぐに入手できるようになっていたんですね。そのデータの電源が遺伝子操作によって引き抜かれてしまったのですから、人間は「生きた図書館」にアクセスすることができなくなってしまったということです。

まずは、この『地球』という名の惑星の波動周波数をコントロールする連中(下級の神々のこと)が、奴隷として使える種族(人間)を創成したという事実を知っておくことです。
彼らは「何かを受け取るためには働かなければならない」という世界に共通する枠組み(支配の構造)をつくりました。
マトリックス』をつくったのは、原初の人間の体内にあるプラグを抜いた意識の低い神々、すなわち宇宙からやってきて、神として君臨した種族だったということです。

DNA12条が解除されないと、アセンションができない」とか「DNA12条が完全解除されれば、銀河系宇宙人類に仲間入り出来る」とかいう内容を、かつてkagariさんがブログに書いておられましたが、「DNA 12条」というのは上記で述べたことと意味合いは同じです。

多くの人間は2条までしかオープン(解除)していないということなのです。つまり、先ほどお話しした「2本のDNAの遺伝情報の鎖があるだけ」ということです。
個々に調べるとわかることですが、いわゆる一般的な地球人は確かに2条のみとなっています。
2条以上がオープンになっている人も、最近ではけっこう多く知ることとなりましたが、12条がオープンになっているのは、たいていは異星から直にやってきた魂です。そして、12条どころか、もっともっとオープンになっている者もいるのです。

人間のDNAも、今進化しつつあります。つまり宇宙の創造主が発する電磁波エネルギーによって、ばらばらになっていたものが人間の身体のなかで再編成されるということです。今まで眠っていた脳細胞が目覚めるということですね。
ただそれをじっと待っているのではなく、自らもそれを目覚めさせる努力と準備が必要ですよということで、これまでいろんな情報を提供してきたわけです。



月の窓辺紫.


★ 月のマトリックス ★



8月2日は満月だったようで、「きれいな月でしたよ、光の仕事人さんは見られましたか?」というメールを数名の読者さんからいただきました。
確かに空は晴れていたので、きれいだったことと思います。でも、わたしは意識的に月を眺めることはやめました。
ハイアーセルフに尋ねて「月自体の波動がよくないので、どちらかというと見ないほうがよい」という回答があったからです。そのとき、デーヴィッド・アイク氏の『ムーンマトリックス』を思い出しました。地球に近づきつつあるニビルのことも気になっていましたから、「確かに、そうかも」と納得しました。(ニビルのことはまた機会があれば、とりあげたいと思います)

デーヴィッド・アイク著の『ムーンマトリックス』は、日本では全10巻となって出版されています。わたしはすべてを読んだわけではありませんが、目次を見ればおよそのことは察しがつきます。
マトリックスを作る振動・デジタル送信が月から行われている」という内容は、毎回空を仰いで月を愛でている方々にとってはちょっとショッキングかもしれませんね。
彼は『ムーンマトリックス[覚醒篇①]』で、つぎのように語っています。


★マトリックスは、仮想現実の中にある下位領域であり、間違った自己認識に意識を捕獲しておくために創造された振動・デジタル送信である。その送信が月から行われている。

我々が「物質」のみを知覚し、全てを五感のフィルターにかかった状態で見るようになると、我々の振動状態は濃厚な密度になり、マトリックスが振動的な捕獲器になる。逃れようのない金縛り状態だ。

★そこから脱出する方法が、意識を拡大すること、心をひらくことだ。だが、物質に囚われることに加え、我々を眠らせておくために設計者がさまざまな操作を行っていることもあり、心にはしっかりと鍵がかけられたままで、意識から切り離されている。これが際限のない分裂、対立、感情面のトラウマを生み出し、爬虫類人たちがエサにしている低い振動エネルギーを生成している。それは振動の羊小屋のようなものだ。

★月(月のマトリックス)からの信号は、非物質宇宙で放送され、それを我々がホログラムの現実、反応、経験に復号している。人間の肉体コンピューターは、月の信号を受信・解読できるように爬虫類人が遺伝子操作しており、それに対して月は情報を送信している。
我々は、夢の世界のまた夢の世界に住んでいる。仮想現実宇宙の中のマトリックスに住んでいるということだ。
そして、それは月から放送されている。これこそが、爬虫類人たちが、仮想現実ゲームに不正侵入してきた手口だ。


さらに詳細を知りたい人は、デーヴィッド・アイク氏の著作をお読みください。


ハート

今回わたしが皆さんにお伝えしたかったことは、
君は"神の似像(にすがた)"として創られたんだ。足りないものなど何もない。必要なものは全て、すでに君の内にある」というジャック・グレイの言葉を真剣に深く受け止め、すべて自分のなかにある「大いなる宇宙創造主から授かった宝」を見つけ、それを宝の持ち腐れにしてしまわずに、しっかりと活用できるようにしてくださいということです。

月のマトリックスから脱出する方法」は、デーヴィッド・アイク氏の著著にも書かれていますが、『思いの制限をひらく』というこのブログの至る所でも語っておりますし、「抜かれたプラグをつなぐ方法」も、「準備の必要性」ということも、たくさんのキーワードを残して、お伝えしてきております。
もしもお忘れになっているのなら、また再度記事をお読みになってみていただきたいと思うしだいです。 

ばらばらに飛び散った珠玉を拾い集めて再編成し、あなたにふさわしい新たな首飾りを創ってください。
宇宙の根源からもらい受けた宝物を、さらに輝かせるために。




思い出しましょう! 宇宙のママのこと

2012年08月11日 16:00


★ 読者さんからのメッセージ ★



2012年の4月頃でした。
思いの制限をひらく』を読んで、幾度となく続けてアンケートを送ってくださった若い男性がおられました。彼はアンケートのひとつに、つぎのような文面を綴っておられました。

小学3年生のころ理科の授業であさがおを育てました。最初は自分のあさがおだけに水をあげるつもりでしたがじょうろの水が余ったので隣のあさがおも乾いていたのでついでにみずをやりました。一つの花をあげたら全部の花にあげないと不公平な気がして結局全部にあげてしまいました。全ての花に水をあげたあとやりすぎたことに少し後悔しました。それを先生が見ていたらしく後日褒められましたが、僕は正直不本意でした。最初は善意でも後半は自分に義務を課していたとおもうのです。その矛盾に感じながら推し進めることしかできなくなったのを覚えています。いま冷静に思い返しても自分の気持ちが相手に与えるほど足りていないとき自分にモヤモヤとなって帰ってくるんだと気づけました。ありがとうございました


       あさがお
          8月の花  撮影 光の仕事人



人の為に生きる』ということの難しさを、小学生の頃からつよく意識していたであろう彼に対して、共感できるものがありました。
メール交換をしているうちに、「とことん自分と向き合いたいと思うのでリーディングをお願いします」ということになり、彼の「人生の可能性の地図」を見させていただくことになりました。
そして、当時無職だった彼は「気づきのコース」を契機に仕事をしようと思い立ち、実家のある愛知から北海道へと巣立っていかれたのです。そして、そこからお便りが来て、今回のメッセージを掲載させていただく運びとなりました。

北海道へは、学生の頃に行ったきりなので、ドラマ「北の国から」などの壮大で美しい風景の映像を見るたびに、懐かしくて、「また行きたいな~」と思ってしまいます。

彼に対しては、わたしが小学校の教師をしていた頃の「教え子のような感覚」があり、何かとても懐かしさと親しみを感じるのです。ですから、「北の国」からお便りが来たときは、ほんとうに嬉しく思ったものです。
下記は、ごく最近の彼の「心のレポート」です。


ひまわりの平原.
          北海道  ひまわりの平原




    ~北の国からのレポート~     
                        24歳  男性  北海道



僕は数年ほど前に色々な事が重なって人間はもっと『人の為に生きる』べきだと思いました。

確かにその時は僕の中の真理だと感じたのですが、同時に自らを無力だと決めつけてしまっていたと思います。

仕事をするにしても人の為だと自分の中でゴリ押ししていました、自分がムリをしてまで人の為になろうとする意味はあるのか?と気持ちが割り切れず、あの時感じた時は素直に感じていたはずなのに現状を受け入れることができず何度も自分に失望してました。

ただ無力な自分を感じて眺めるだけの毎日になっていて、何かに費やす時間もお金も人の為に生きることも、人間社会の考え方や行程、全てが嫌で、回りくどくて、めんどくさくて、長くて、楽しくない、こんな毎日を死ぬまで続けることを考えると心底ウンザリできました。

今年の始まりにはバイトもやめて1日中どんよりとした気だるい毎日を送っていました。

そんな生活を送っていた今年の3月に『思いの制限をひらく』に出会いました。

それから毎日、1ヶ月くらいかけて全ての文章を読まさせていただきました。

僕もこの地球に当たり前のようにまかり通っている不誠実な現象を変えたくていつも『人の為になる』ことを掲げて始めていたのにいつも権威者や大人のエゴに振り回されているように感じてしまい最後には熱意も冷めて全て投げてしまい、自分を責めるその繰り返しでした。

思いの制限をひらく』を全て読み終えた頃には、人を変えることではなく自分を変えることを最優先に考えて、前に進む意志が芽生え、更に一歩を踏み出すことが出来たことの嬉しさと感情の高ぶりのまま、感謝の気持ちを光の仕事人さんに告げたことを覚えています。
リーディングのお話はそのメールのお返事と共に仕事人さんからお誘いを頂きました。

僕の結果は自分でもすぐに納得出来るような、数字の組み合わせも意図的に組み合わせたような僕の意図としない所で徹底的に何かを突き詰めたい意志を感じました。

子供の頃から誰からも揺らぐことのない絶対的な何かが自分にはあると信じていましたが、自分を無力化してしまい探求することを諦め、それよりも人の為になるべきだという考えが先行してしまい、腑に落ちなくても他人の為に犠牲になろうとすることが美学だと思い自分を疎かにしていたのではないかと一つ感じました。

それは『人の為に生きる』という理解を深めた結果。
自分も人だという根本を忘れていた所から復活して、過去の自分の考えとすんなり折り合いがつき、次にも進もうとする起爆剤にもなりました。


目に見える変化や空を飛べたり、テレパシーで会話はできません。笑
しかし核心的なのは気持ちの変化は、なにより自分の感動することや喜び、楽しみを感じることを優先することにとても否定的だったことに対して今はそれを見つける旅にでてしまったほど肯定的になりました。
今は僕の意志で動いています。
まだまだ途中ですし思うようには全く行かずに苦戦していますが、家族や友人、旅先での色々な人との出会いと支えもあって、此処まで来ることが出来ました。
まだなにもやり遂げてないけど、どんな大きな夢も現実的で小さな一歩から始まるようにああだこうだああでもないこうでもないと独り言を言いながら色々な行動や経験を繋げてみようと思います。
今年は僕にとって『7』の年だと言うこと。
『7』の年に光の仕事人さんや『思いの制限をひらく』に出会ったことも旅先で出会った人、ハプニング、気づいたこと、全て自分の為にあることで自分の為に訴えてくれることなんだと何かと縁を意識してアンテナを張っています。
まだまだ僕は発展途中です、正直まだまだ不安定な事も自覚してはいるつもりです。

しかし皆さんの参考になれればと思い綴らせて頂きました。

僕の現時点では凄いスリリングな根無し草のようで目的はあっても行き当たりばったりでこれといった計画はない状態です。
5月に尾瀬ヶ原で働き自然と共生しながら生活したいと感じながらなんとなく北上してしまいました。
農業としてではなく趣味として家庭菜園で色々な野菜や植物を育てたいと感じながら土地を探すものの、現時点で農家、JA、地主の独占がありなかなか素人が趣味では話にもならないようです。

北海道は広大で自然が豊かだと思います。
反面、農作業目的の土地を余しているのにも関わらず、また新しく山を切り崩して農地拡大やゴミ置き場として作り上げている所が気になります。
不思議なものであの山もこの山もと考えているうちに海も川も空も全て人間の所有物として扱われているのだと改めて感じます。

少し心苦しいお話になりましたが、僕の現時点はお世話になった農家を離れ、本来北海道に来た目的だった山岳のバイトを9月から頂けるかもしれないので腰休めの拠点を探している所です。
本当に休む暇もないくらい忙しかったので徐々に自分のスペースを作っていけたらと思っています。


sea


~光の仕事人より~


独居自炊は僕の夢でもあり目的でもあります。その考えだけは安定して持ち続けていることに感謝です。いままでなにかと後まわしにしてきましたがこれからはそれを考えながら行動を興したいと思います
そんな文章を、メールのどこかに書いておられましたね。

独居自炊」は「自立独立」とイコールです。「自分自身のエネルギーの上に立つ」ということですね。
まさにあなたが今回の人生を通して学んでいくもの、目的を表わしています。お母さんから離れて自活することの大切さを感じて、ようやく巣立っていかれたのだな~と、とても感動しておりました。

真の自己確立ができた人間には、「恐いもの」などは何もありません。
自分が宇宙とつながっていることに気づけば、どんな冒険にでも挑戦することができます。
お母さんの子宮のなかにいたとき、安心して育っていけたのは、しっかりとお母さんの愛という栄養分をもらっていたからです。ところが、子宮から出て、へその緒が切られた途端に、その安心感はなくなってしまいます。

でも、あなたと宇宙とを結ぶ「へその緒」は切れていないのです。
今もなお、あなたとしっかりと繋がっています。
そのことを思い出してください。
あなたのほんとうの母であり、父であるのは、「宇宙の根源の意識エネルギー」なのです。
そのエネルギーに気づいたなら、あなたは「鬼に金棒」となるでしょう。

いつも「宇宙のお母さんとお父さん」が味方です。
あなたが転んで、痛くて、泣いているとき、そのままじっと見守ってくれていることもあるだろうし、ときにはやさしく手を差し伸べてくれることもあるでしょう。
この世界で起こることはひとつ残らず、すべてあなたの魂の進化のために必要なことなのです。
それなら、転んだことも有り難いし、感謝となりますね。(痛い思いは、おおいに必要なことです)
そして、「転んでも、ただでは起きないゾ!」と思って、力強く立ち上がることです。

自分で立ちあがろうとはせずに泣いてばかりいる子や、怖気づいて前に進もうとしない子を、守護霊も助けてはくれません。愛想をつかして、立ち去る守護霊もいるのだということを覚えておいてください。
そして、あなたを力強く鍛え、見守ってくれている守護霊は貴重な存在ですから、常に感謝を怠らないようにしてください。
感謝をすればするほど、恩寵(愛や恵み)は与えられるものなのです。


当たり前のことだけど、地球は生きているうちに様々な感情やシチュエーションを体験できる絶好のアトラクションなのだと1と5のエネルギーを感じています
と書いておられたあなたに、さらなる1と5のエネルギーを体験できるようにエールを送ります。
あなたはまた、こうも書いておられましたね。

物質的な繋がりが欠かせない安定を求める3次の世界でしか味わえない経験するために生きているのかもしれない、自主自立を主とした生活から自由や心のゆとりを保ちつつ社会に対して、もしくは社会の中から3のエネルギーをふんだんに利用して切り拓くイメージが浮かびました。これが頭で理屈づけたのか心で変換したものなのかは正直なところぜんぜん僕には分かりませんが迷いはありません

自分の気持ちが一番大事ですね。僕自身が僕でなかったら僕じゃなくてもいいですもんね。いま北海道にいることは、リーディングを受けた後にすぐに自分を信じて行動を起こした結果です

そうです。その通りですよ!
勇気を持って、立ち向かってください。
あなたのなかの男の子を存分に発揮してください。
光の仕事人は、まるで「宇宙のママ」になったような、
そんな気持ちでいっぱいです。(笑)


ハート
このわたしの思いは、彼に対してだけではなく、
この記事をお読みになった方々に対しても同じです。

一生懸命前を向いて生きている人のことは、
ハイアーセルフや守護の神霊たちがしっかりと見てくれているし、
宇宙の両親には報告されています。
何だって、お見通しなのです。

やったらやっただけのことはあるのです。
きっと期待もしない「ご褒美(ほうび)」が
あなたを待ち受けているでしょう。

ともに笑顔で帰還したいものですね。
宇宙のママが喜ぶようなたくさんのおみやげ話を携えて。




意識の変化は自分に責任をもつことから始まる

2012年08月19日 09:07


★ 自分の思いに責任をとれない人たち ★ 



わたしがこの地球に生きている人々に対して、もっとも伝えたいことのひとつとして、「自分自身の思いや言動に責任をもつ」ということを挙げたいと思います。
なぜなら、自分が選択したことやその結果生じたことに対する思いに責任が持たない人が多すぎるからです。
自ら選択しておきながら、その結果が悪いと、自分以外のだれかのせいにしないと気が済まないような人たちが、そこら中にいるのを、あなたも気づいておられることでしょう。

自分が選んだ行為に最後まで責任を持つということは、どんな結果となろうが、それは自分が決断したことであり、それに伴う喜びも悲しみも、苦痛も、すべて引き受けるということです。
自分がとった行為、言動はすべて自分自身によってなされたものである」としっかりと受け止めることです。

また、自分が勝手に思い違いをしておきながら、あるいは、非常にネガティブな受け取り方をしておきながら、「傷つけられた!」とか「こんな気持ちになったのは、あんたのせいだ!」とか、そんな感情を生じさせたと思われる相手に対して怒りをぶつけてみたり、「この気持ちどうしてくれるんだ!」と膨大な慰謝料を突きつけてみたり、本当に首をかしげるような異様なことをしている人たちが大勢います。

つまり、自分の思考や感情に対して、まったく責任を持つことができない人たちです。
そういう人というのは、たいてい異常波動となっているので、いくら「それはあなたの思い違いですよ」ということを気づかせてあげようと思っても、まず人の話を聞こうとしませんし、言えば言うほど気を悪くして、相手を否定するので、手のつけようがありません。

こういう異常波動の人たちは、自分が正しいと思い込んで、相手のほうを悪者にしてしまうので、悪者にされた者はたまったものではありません。
どこかの過去記事にも書きましたが、地獄にいる悪霊たちは、自分たちに説教をするために降りてきた天使を「悪魔」だと思い込むというのと同じなのです。

わたしは何年もかけて異常波動に影響されている人たちに対し、正常さを取り戻してほしい一心で努力してきた経緯がありましたが、結局物質欲に目がくらんだ人にとっては、金銭でしか解決できないし、カン違いは素直にカン違いだったと認められることはないし、自分の考え方がおかしかったのだと反省されることはありませんでした。
そんなふうに自分の思考や感情に責任が持てないまま亡くなってしまった人たち、あるいは気づかないまま死んでいくであろうと思われる人たちが、いかに多いかということです。

何度もお伝えしていることですが、この二極性で成り立っている世界では、同じ言葉を聞いても、それをポジティブにとる人もいれば、ネガティブにとる人もいます。どちらを選択しようと、もちろんその人の自由です。

しかし、自由であるためには必ず責任が伴います。
選択したあとに何が生じても、それはその人が最後まで責任をとらなければならないのです。
良い結果であろうと悪い結果であろうと、自分以外のせいにすることはありえないことです。
ところが、ありえないことを、平気でやるのです。


(関連記事を『鉄輪の女』の箇所にも書いておりますので、カテゴリ『能楽「鉄輪」の女主人公のお話』をお読みくださいね。★参考記事 「汝の敵」はだれ?

「こんな結果になったのは、あいつのせいだ」とか、「あの人があんなことをしなければ、言わなければ、わたしは傷つくことはなかったし、こんなつらい思いをしなくて済んだのだ」と相手を責めるわけです。

しかし……。
いったいだれがそう感じたのですか?
いったいだれが傷ついたのですか?
傷ついた心というのはどこにあるのですか?
あったら、ここに取りだして見せてください。

別の感じ方もあっただろうに、つらく感じるほうを選んだのはだれですか? あなたですね。
肯定的にとれば、喜びに満ちた心境になれたのに、否定的にとって悲しみを味わったのはだれですか? あなたですね。
そういう状況をいつも引き寄せているのはだれですか? あなたですね。
そんなに人の言動につよく影響される(左右される)ような弱い人間はいったいだれなのですか? あなたですね。




8月の花
       朝に咲く花  撮影 光の仕事人 



★ 自分の思いに責任をとるとは? ★



千差万別ある受け取り方のなかで、そのときひとつの受け取り方を選んで、そういう感情をもったのは自分自身であるということ。相手のせいではなく、自分自身のなかから生まれてきた思考や感情を全面的に受け止めることが、「自分の思いに責任をとる」ということです。
そして、そのときの気持ちにただ素直に正直になることです。

そこで「こんなふうにネガティブに受け取る自分が悪いのだ」と思う必要はありません。
腹が立ったのなら、腹が立っている自分を味わうことです。つらい思いを味わうことです。
相手のせいなどにせずに、ただ自分の思考や感情を味わえばよいのです。
今こんなふうに反応している自分がいる」ということに「気づいていること」、「常に意識的にいること」が大切なのです。

ところが、そういう真実の思いを包み隠して、「わたしは全然平気ですよ」と、ちっとも気にしていないそぶりを見せる人たちも存在します。(過去記事『宇宙はいつもあなたの望みを叶えている』にも同じようなことを書きましたね)
しかし、そんな偽善を装う必要などはありません。
それは「自分の真実に責任をとっていない」こととつながっていますね。
自己欺瞞です。

「相手を傷つけたくない」という思いやりを持つ人は多々います。
「こう言ったら、きっと相手は傷つくだろうから、言わないでおいてあげよう」と。
しかし、自分自身の思いに対して責任をとれないような人が、どうやって他人の思いの責任まで負うことができるでしょうか?

自分の気持ちや感情に責任をとれない人が、相手の気持ちや感情にまで責任をとろうとはしないことです。
できないことはしようとしないことですね。

自分であろうが、相手であろうが、すべては本人がそうしたいからそうやっているだけのことなのですから、相手のことは相手に任せておくことです。
要するに相手にどう思われようが気にしないことです。それは相手の問題だからです。

もし自分がそうしたくないのに、強要されるようなことがあるなら、はっきりと「NO!」を言えばよいのです。
自分の真実を自分ではっきりと公的に表すことは、とても必要なことなのです。
逆に「いい人であることのフリをすること」すなわち「偽善」は必要ありません。
もう人目を気にすることからは卒業しましょう。

子ども時代からの条件付けで、怒りや嫉妬や恨みなどの感情を「決していいものではない」というふうに抑圧してきた人たちは、いつも「そういう感情は抱いてなんかいませんよ」というフリをしていなくてはならないのです。
「自分は正しくて、とてもいい人でいなくてはならない」という制限を自分で設けているのです。

それらを抑圧している限り、自動的に「~すべき」というところで動いていってしまいます。そして、自動的に他人への期待をもつのです。そして、あるところまでいくと、その期待は決して埋められることはなく、結果として腹を立てて終わってしまうのです。

自分が感じていることのすべての責任をもつということ、その勇気をもつこと、自分のハートの真実の責任を取っていくこと
それをするためには、まず何が必要となるでしょうか?

もうこのブログを長くつづけて読んで来られた皆さんにはおわかりですよね?
特に『数秘リーディング』の受講生で、6や9のエネルギーを中心にお持ちだった人たちは、すぐに思い出されたことでしょう。

そうです。「自分自身を愛する」ということ、「自分自身に慈悲を持つ」ということですね。
自分を愛せない人は自分に責任をもつことなんてしませんね。
自分を愛するが故に、自分に対して責任をもつことができるのです。

そして、ほんとうに自分自身を大切にして、自分を認めることができてはじめて、他者を認め、愛することができるのです。
利己愛は他者を認めず、他者を愛していないところから起こりますから、利己的な愛は、本当は「自分を愛していない」ということになります。
『真の自己愛』と『利己愛』とを混同しないことです。それらは相反する性質のものです。



★ 家庭菜園をつくることはとても神聖なこと ★


話は変わりますが、
自分自身の責任を自覚する」ためのもっとも簡単な方法は、「自分が食べる食物を自分でつくること」です。

わたしたちが自分自身の食べ物を栽培することによって、「自分自身に対して責任をとる」ということを達成することができるのです。

ジャーメインは「自分自身の責任を果たすことによって、とても大きな意識の変革が起こる」と言っていましたが、今その必要性を、再度声を大にしてお伝えしたいと思います。



収穫
     わが家の収穫  撮影  光の仕事人  


日本では多くの食べ物を海外からの輸入に頼っていますが、もし天候不順などで食糧、たとえばコーヒーやバナナ、小麦粉などが入って来なくなれば、どうなるでしょうか? たちまち国民は困りますね。
そのことで国民が混乱して、不満や苦痛を感じるとしたら、それはわたしたち日本人が他国に依存しすぎて、自分たちの責任を果たしていないということになります。
たとえば、小麦粉がなかったらパンやうどんを作ることができなくなります。
小麦粉は自国でも作れるわけですから、農家が自立してしっかりと小麦を作る努力をしていれば、ある日突然輸入できなくなっても、そんなにうろたえることはないわけです。

コーヒーやバナナを育てるのは南国でないと難しいかもしれませんが、そういうものは『身土不二(しんどふじ)の考え方(人間の身体は住んでいる風土や環境と密接に関係していて、その土地の自然に適応した旬の作物を育て、食べることで健康に生きられるという考え方。ブッダが言ったとされる仏教言葉)からすると、必要がない食品だと言えるでしょう。
ですから、自分の土地に自然に生えてくるようなものを食べていれば、充分に生きていけるということです。

最近は一部の中学校や高校などの共同体が、自分たちのために米や野菜を生産したりしていますね。
小さな集団が個々にそれを実行することは可能であり、実際に収穫され、目的が達成されているのです。すばらしい試みだと思います。
そんなふうに何でも個人レベルに置き換えて行なえば、どんなことでも不可能ではなくなります。

以前に家庭菜園のことを記事にしましたが、少しずつわたしたちが意識して自分たちの食べ物を育てていけば、不安や恐れはなくなっていくことでしょう。
家庭菜園をつくる」ということが、「自分自身の責任を自覚する」のに役立つのであれば、それは一石二鳥ではないでしょうか。


ハート
個々に自給自足をすることが、世の中を変革することにつながっていくのです。

意識の変化は自分に責任をもつことから始まる」ということ。
それを忘れずに実行していただきたいと思います。




恐れに直面する勇気を持つこと&必要性に基づかない愛の実践をすること

2012年08月24日 21:05


★ 恐れに直面する勇気を持つこと



現在、さまざまな面で恐れを抱いている人たちは、たくさんいらっしゃいます。
過去世も含めて、今まで犯した負のカルマをどのように解消していけばよいのかとか、これからどうなっていくかわからない世の中で、自分はどのようにあればよいのか…と考えているうちに、これと言って何もできていない自分に不安を覚え、このまま死んでいくであろう自分の行く末に恐れを感じる…といったことがあるのではないかと感じるわけです。

抱いている恐れをどう解放していくのか」ということについては、このブログや『光の花束〈不滅の詩〉を併せて読んでおられれば、応用問題が解けて、自分なりの答えが得られていることと思いますが、今回は、まだ「直面することに勇気をもてない人」や「直面することから逃げ腰の人」のために、もう少し具体的なお話をしたいと思います。





グル―ワイン
        夏の花  グル―ワイン


★ 自分に正直になるか、ならないか ★



たとえば、あなた(女性)に恋人(男性)がいて、その人とふたりでどこかのパーティーに出席したとします。
そのとき、その会場で、あなたはとてもステキな男性と出会います。
その男性は、今の恋人よりもずっと自分自身とのつながりを感じることができる魅力的な人で、この人こそ一緒にいたい存在だと、あなたは運命的な縁をつよく感じました。

それで、会場から出たあと、あなたは恋人に、「その男性と知り合って、とても気持ちが高揚した」ということを伝えます。
外国の映画なんかでは、ありそうなシーンですね。

ところが、日本の女性の多くは、こんなふうに自分の恋人に向かって「正直な自分の思い」を話すことはしませんね。黙って秘密にしておきます。
「こんなこと、彼に言えるはずがないでしょ」と、自分の心のなかにだけ留めておきますね。

もしそんなふうに、あなたが「言わないタイプの人間」であるなら、どうして言わないのか、ちょっと考えてみてください。

自分の正直な気持ちや感想を、なぜ、言えないのでしょうか?
「言えるはずがないわ」とか、「絶対に言えないよ」という思いは、どこから生まれたものなのでしょうか?
なぜ、隠そうとするのでしょうか?
そこを深く掘り下げて考えてみてください。

逆に、あなたが恋人に対して、「すごくステキな男性と知り合えてうれしかったわ~」と「自然にさらりと言えるタイプの人間」であるのなら、なぜそんなふうに正直に言えるのでしょうか?

そうです。「恐れがない」からですね。
彼に対する恐れ、自分に対する恐れが全くない。執着心がないんですね。
だから、隠す必要なんてないのです。

そして、もしあなたの恋人が「とてもバランスのとれた状態の人」であったなら、そのことを聞いて彼は喜ぶでしょう。そして、あなたが「その男性とつき合いたいんだけど」と言えば、喜んで「いいんじゃないの」と答えるでしょう。
外見をつくろうのではなく、彼は心からあなたがその男性とつき合うことをススメようとするはずです。
なぜなら、彼はあなたを失うことをまったく恐れていないからです。

「いやいや…そんなことってありえない!」とあなたは思ったでしょうか?
あなたの恋人は、そのような「できた男性ではない」と思うからですか?

正直に伝えると恐れを抱くような人」を引きつけたあなた自身はどうなのでしょうか?
あなたは「自分に正直な人」でしょうか?




コンスタンタ
     夏の花  オリエンタル コンスタンタ



★ 恐れに直面したいのか、したくないのか ★



「恋人に対して正直になる」ということは、「自分自身に対して正直になっている」ということにほかなりません。自分の心の中から生まれ出たフィーリング、今起こっているフィーリングに自分で直面しているということです。

自分のワクワクした気持ちを押し殺して、秘密を持つことは、けっしてポジティブな行為ではありません。
あなたは今後も恋人との関係を維持しつづけようとして、自分を愛することをやめてしまうのか、あるいは自分を愛することのほうを優先して、個人的な成長を果たすのか、どちらを選びたいですか?

もし現状維持をして、恋人との安全な状態を保ち、恋人という「他者から愛を求める」ことをあなたが選択するのであれば、あなたは自分の恐れに直面することなどないでしょう。

でも、もし「成長することが自分にとって一番重要だ」と思うのであれば、自分の心の中にある「恐れ」に直面して、しっかりと成長したいと思うでしょう。

だったら、「その正直な思いを、まずは彼に伝えてみたらどうですか?」と、光の仕事人はけしかけているのです。(笑)

もちろん、どちらを選んだとしても、そこからの学びは必ずあるものです。
ネガティブな学びもポジティブな学びも、人生にはどちらも必要ですから。

もしどちらでもよくて、どちらにしようかと迷うのなら、あなたが好むほうを選べばいいのです。
あなた自身がエキサイティングになれるほうを選べばよいのです。
要はあなたが学ぶ対象として、「どちらのほうがワクワクしますか?」ということですね。

さてさて、どちらの学びをあなたは選ばれるでしょうか?



★ 自分自身との関係を確立する ★



さきほどは「恋人がいるあなた」に対してお伝えしましたが、今度は、未だ恋人がいなくて「これからつくります」というあなたにお伝えしたいことがあります。

今「おひとりさま」のあなたは、まずは「自分自身との関係を確立する」必要があるということです。
自分自身を認め、愛することができてはじめて他者を認め、愛せるし、自分自身を許すことができてはじめて他者を許すことができるという原則をふまえ、自己確立を完成させることです。
自己を確立できてこそ、同じように自己確立ができた相手を見いだすことができるし、引きつけることができます。
同じようなことを考えている人が、きっとあなたの前に現われるでしょう。
これは、波長同通の法則ですね。

そういう相手を見つけ、その関係をつくりたいなら、「まず自分自身の恐れに直面する必要がありますよ」ということです。
そして、「制限のない愛を実践していくこと」が必要です。




スノ―クイーン
      夏の花  スノ―クイーン



★ 必要性に基づかない愛の実践をすること ★



自然なかたちの愛は必要性から生まれてくることのない愛である

これはプレアデス星人の女性「サーシャ」の言葉ですが、この言葉を聞いて「なるほどね」とわたしは思いました。
わたしたちの世界では、「愛」と言っても、「無条件の愛」というのは、ほとんどないと言ってもよいのではないでしょうか?
制限が設けられた必要性から生まれている愛」がほとんどです。

たとえば、独りでいるのが嫌で、だれかと常に一緒にいたいと切望し、結婚したりしますね。
独りになりたくないがために、お互いに傷つけ合いながらも、必死で耐えて、共に暮らしているような人たちもいます。
たとえ虐待するような相手でも、孤独に苛まれるよりはましだと思って我慢しているような女性も多く存在します。
マイナスのストロークでも、あったほうがましだというわけです。
自分がもっているパワーを相手に明け渡してしまい、完全に依存症になっているんですね。
孤独を愛する者」からすると、驚くような行為ですが…。


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あなたは恋人、あるいは夫(妻)に依存していますか? 
必要性を感じていますか?
また、相手がいない人は、相手に依存したくて、必要に迫られて、見つけようとしていますか?


★依存しているか、いないか、必要性に基づいた関係性かどうかを見極める方法があります。
自分の恋人、あるいは夫(妻)が、突然自分の元を去って行ったというイメージをしてみてください。
ともかく自分の所からいなくなってしまったことがわかったとき、あなたはどんな気持ちを抱きますか?



もしかしたら、「鉄輪の女」を思い出された人もおられるかもしれませんね。
「許せん!」と鬼になってしまうほど、夫や相手を恨む気持ちが湧いてきたでしょうか?

こういう気持ちが少しでも出てきたら、あなたと恋人、あるいは伴侶との関係に「必要性に基づいた愛」があったということです。

あなたが自分の恋人、あるいは伴侶に対して、「常に手放すことができる」、「常に相手の自由を認めることができる」という気持ちを持っているなら、それは「必要に基づかない愛である」ということができるでしょう。



ハート
あなたのなかに、相手を束縛しない制限のない愛があってこそはじめて、
その相手との恋愛関係を確立することができるのです。

ふたりの人間がお互いに交流しあうとき、自分の独立性を完全に保てる関係であることが望ましいですね。

自然なかたちの愛は必要性から生まれてくることのない愛である。

というサーシャの言葉を忘れずに、皆さんも「必要に基づかない愛の実践」をしていただきたいと思います。







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