高い意識が組み込まれた食物が意識の変容を促す

2012年06月04日 00:40


~生育盛んな植物たち~



わたしの家の庭には、たくさんの植物が生育しています。
大きな背の高い五葉松や霧島つつじをはじめ、一般的なツツジ類、モミジ類などの樹木が所狭しと植えられています。仕事を終えてから、これらの樹木の剪定をするのが夫の日課となっており、それが庭師としての夫の主な趣味です。
樹木以外の草花類は勝手にどこかから飛んできて、うちの庭に自然に根づいてしまったものばかりです。

たとえば、春の庭は、どこにでも見られるスギナとヨモギでいっぱいになります。夫がほとんど抜いてしまいましたが、以前はスギナ茶を作っていたこともありました。
6月に入ってからはドクダミがもう白い花をたくさんつけ始めています。


ドクダミ
    庭に広がるドクダミ草  撮影 光の仕事人


毎年摘んでドクダミ茶を作っています。市販のものよりも断然美味しいからです。これは勝手に抜かれないようにしっかりと確保しています。
オオバコも生えてくることがありますし、フキも自然に生えています。アジサイまで根づいています。
きのうは小さなサンショウの木の赤ちゃんを見つけました。うちに木があるのですが、その種が別の場所に落ちたのでしょう。手でさわっただけで、サンショウの香りが漂います。
どこから飛んでくるのかわかりませんが、庭に自然に生育しているものは「ぜひ使ってね」ということだと思うので、できるだけ有効活用させてもらっています。

最近になってもっとも驚いているのは、テッポウユリが庭の至る所に根づいていることです。
植えた覚えは全くありませんが、石積みの周辺を好み、あちこちに根づいています。
まだ葉っぱだけですが、夏には純白のうつくしい花をたくさん咲かせます。


   うちの庭に咲いたユリ
   昨年咲いたユリの花 撮影 光の仕事人



今年はいつもの年に比べて、そんなユリの本数がさらに増えているのです。
ユリだけではなく、モミジの赤ちゃんも、至る所に数えきれないほど生えています。
長女はそれを抜いてしまうのは可哀そうだと言って、ひとつずつ小さな鉢に植え替えて育てています。
わたしも松の枝の下で増えすぎたユリを鉢植えにしました。そうでなければ、松の枝が邪魔をして、生長できないからです。

散歩道や公園で見る樹木や草花も、なぜか今年は生育がものすごく盛んなように思います。
野菜や果物の収穫もいつもより早いような気がするのですが、皆さんはどうお感じでしょうか?
もう生きられないと知っているからでしょうか、植物たちは我も我もと土から顔を出し、ものすごい勢いで伸びています。ほんとうに異常なほどです。人間にはわからなくても、植物は気づいているのです。
地球がもうすぐ変化することを…。



庭のユリ
毎年純白の花をつける庭のユリ  撮影 光の仕事人




★ 人生で初めての野菜づくり ★



今年の5月の初旬に苗を植えたキュウリとトマトが、現在生長の真っ盛りです。
わたしの人生で初めての野菜作りです。
随分以前から自然農法で野菜を作りたいと考えてきましたが、土地はあっても樹木だらけで、野菜を植える場所がなく、ほとんど諦めていました。しかし、2012年になってからどうしても実行したくなり、プランターをたくさん買ってきて、軒下にずらりと並べ、そこで野菜を育てることにしたのです。

昨日初めてキュウリを収穫しました。長さ23センチ、重さ198グラムもあるりっぱな実で、皆でありがたくいただきました。市販のものよりも断然甘くて美味しいと、三人が感じました。違いがわからないのは夫だけで、舌がマヒしているようです。(笑)
市販のキュウリは農薬の散布がものすごいですから、とても恐いのです。冷蔵庫に入れておいても、すぐに腐ってしまうのは、生命力が宿っていないからです。特に農薬の散布が激しいキュウリやトマトを無農薬で食べられるということは、何よりもうれしいことです。


きゅうり2  キュウリ
   今はキュウリの生育が盛ん           撮影 光の仕事人


昨年は日よけとしてゴーヤをたくさん植えたのですが、今年は本格的にキュウリとトマト作りにチャレンジすることにしました。いろんな種類のキュウリとトマトの苗を購入し、それぞれプランターで育てていますが、発育はすこぶる好調です。ついでに植えたシソの葉も、どんどん増えています。
毎日目に見えて育っていくようすを見るのが楽しみで、庭に出ている時間が驚くほど長くなっています。

今まで植物にまったく関心がなかった長女が、急速に園芸に興味を持ちはじめ、わたしと一緒に花を観賞したり、野菜を育てることが好きになったのは奇跡といえるでしょう。
一番驚いているのは当の本人です。人は変わればすっかり変わってしまうものだということを、しっかりと証明してくれています。
最近は、「花を観に行こうよ」と誘う相手は長女になってしまいました。(次女は仕事に追われて、現在そんな余裕がありません)
4月には桜とパンジー、5月にはボタン園やバラ園、隣の県にあるイングリッシュガーデンにも足を伸ばし、バラの香りを嗅ぎながら素敵な時間を満喫してきました。



ピンクのバラ
イングリッシュガーデンのバラ 撮影 光の仕事人



★ 意識の高い生産者が緊急に必要 ★



皆さんは現在日本の食糧生産に求められていることは、何だと思われますか?

先ほど無農薬の野菜作りの話をしましたが、米作りにしても、野菜作りにしても、農薬(殺虫剤)づけにされた食物が市場に出回って、人間の身体に少なからず害を与えていることについて、もっと強く意識してほしいと考え、今回そのことをお伝えすることに致しました。

食糧生産の現状は、わたしたち人間の意識を大いに反映しているといえるでしょう。
農薬を使用し、それが許可されているといった現状には、生産者の意識だけでなく、消費者の意識が反映されています。
生産者が虫食いのないきれいな野菜を作るのは、いったいなぜでしょうか?
見た目だけがきれいな虫も寄り付かない野菜をわざわざ選び、それを喜んで食べている消費者の低い意識があるからこそですね。
きっと農家では、そんな農薬づけの野菜は恐ろしくて食べていないのではないでしょうか?


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★ 「北の国から」を見て感じたこと ★



最近「北の国から」というドラマの「98時代」のDVDを見ました。
1981年から2002年にかけてフジテレビ系列で放送された人気ドラマで、北海道富良野市が舞台となっています。放送されていた当時は一度も見たことがなかったのですが、昨年に再放送されていたのを見て、その雄大で美しい風景に魅了されました。
そんな美しいけれども厳しい冬の寒さと闘うなかで繰り広げられるさまざまな人間模様。それぞれの人びとの苦悩がしみじみと感じさせられる深い内容であったと思います。なかでも北海道の農家の苦悩は、つよく描き出されていたのではないかと思います。

「98時代」では、長年農薬で汚染された土を有機農法で甦らせ、希望に燃えて自然農法でやっていこうとする人と、広大な土地に農薬をまき散らして殺虫する人との壮絶な争いが描かれていました。
あるとき、無農薬でがんばっていた人の土地で疫病が発生するのですが、これ以上発生すると自分の土地にも被害が及ぶとして、夜中に勝手にその人の土地に侵入して殺虫剤を撒いている人の映像がありました。
それを止めることができなかった農民の絶望と嘆きが伝わってきて、胸がひどく傷みました。
人間の身体によい野菜作りよりも、農家の稼ぎのほうが大切という考えをもった農民がいかに多いかということが、このドラマからもうかがい知ることができたように思います。

葉を食する虫たちを殺す化学物質(殺虫剤)を使用するということは、それを食べる人間自体にも害を与えるということです。
ほんとうは、そんな化学物質に頼らなくても、薬草で代用することも可能なのです。
たとえば、キュウリの葉はたいてい「うどん粉病」に見舞われます。日本の気候上、発生するのは免れないようで、わたしの家でもやはりうどん粉病は見られました。現在純米酢を希釈したものを散布して食い止めていますが、なかなか執拗です。
農家のように大量生産の場合は、安易に化学物質に頼りたくなる気持ちはわからないでもありません。
しかし、その方法は、母なる大地と調和、協力して生産しようという意識からは、遠くかけ離れているように思うのです。


高い意識が組み込まれた食物が意識の変容を促す



人間の食べ物を育て、収穫する人たちは、大地と調和し、協力しながら、いつも神聖な気持ちで臨む必要があります。植物を育てることに対する厳かな気持ちや姿勢が、穀物や野菜に組み込まれ、食べる側の人びとの意識の変容を促すからです。農家の儲けばかりを頭に置いて、人びとに害のあるものを提供していれば、人びとの意識は決して高まることはないでしょう。

わたしたち人間は、通常は食べ物に含まれる意識エネルギーを摂取しています。ブレサリアンではない人間にとっては、食べ物は必要不可欠です。
高品質の食べ物と低品質の食べ物と、どちらのほうがミネラルが豊富で、命のパワーがあるか、だれでも想像はつくでしょう。それをしっかりと自覚する人たちによって、質のよい生命力にあふれた土のなかで栽培され、収穫され、そして調理されることが必要なのです。

あらゆる野菜からそれぞれ最高のエネルギーを引き出し、それをわたしたちの身体に取り入れるためには、そういう気づきをもつことが何よりも大切なのだということです。生産者をはじめとして、わたしたち一人一人がそのことを肝に銘じることが緊急に必要なのです。
新しい意識をもった生産者が、質のよい生命力のある食べ物を生産し提供することで、わたしたちの意識の変化が促されるのだという真実を知ってください。
新しくて、高い意識が組み込まれた食物が意識の変容を促すのです。

近くにそのような意識の高い生産者がいないのであれば、わたしたちが自ら生産するしかありません。
すべての食物の栽培は不可能かもしれませんが、できる限り自給自足の生活を行なっていくことは可能でしょう。

若者たちはみな都会へ行き、農業離れしてしまった日本。過疎化した村。戦後の日本の政治がそう仕向けたのでしょうが、農業の大切さを今こそ知るときが来ていると思うのです。
土地がなくても、プランターでも、袋のなかでも育てることはできます。意識の高い人がエネルギーに満ちた野菜を自ら作り、それをありがたく食することこそが、今の日本人に必要であり、そして今の地球に必要なのです。

これは、食べ物による意識改革です。
この意識改革に賛同してくださり、それを実行することが可能な人は、ぜひ自宅で野菜作りを試みてください。そして、自らの手で育てた野菜を口にするときの醍醐味を味わっていただきたいと思います。



心のバラを咲かせましょう

2012年06月09日 11:00


★ バラに魅せられて ★



皆さんはバラの花がお好きでしょうか?

わたしはいつの頃からかとても好きになり、これまでに数え切れないほどのバラの写真を撮ってきました。
このブログをはじめ、光の花束〈不滅の詩〉のブログのほうでも、わたしが撮ったものだけに限らず、特に気に入ったバラの写真を選んで載せてきました。
思わず見惚れてしまうような優美な色彩をまとったバラの姿に、癒しや安らぎを感じる読者さんは、たくさんいらっしゃったのではないかと思います。

そのバラの花も、もう最終段階を迎えています。
先日、わたしのハイアーセルフから「バラを観にいったほうがいいよ」というメッセージが繰り返しあったので、雨模様であることを承知しながら、鳥取県西伯郡南部町にある「とっとり花回廊」まで行ってきました。
日本最大級のフラワーパークといわれているだけのことはあります。広大な敷地内には色とりどりの花が咲いており、心が和むすばらしい景観があります。この園のユリは一年中咲いていますし、温室のランたちはみごとです。春夏秋冬それぞれに個性的でステキな花を咲かせています。
とっとり花回廊のホームページ参照→とっとり花回廊



とっとり花回廊から大山を望む
              「とっとり花回廊」のお花畑から大山を望む


もう初夏のバラの見頃は終わるので、もう一度観ておきたいという気持ちはあったのですが、「雨が降ろうと降るまいと、今観ることに意義がある」というのです。
なぜそこまで勧めるのだろう? という疑問があったのですが、「バラがアセンションして、もう観られなくなるかもしれない」ということを知って、納得がいきました。
(秋咲きのバラは観られるとは思うのですが…)

前回の記事にも書きましたが、今年はなぜか植物の生育が旺盛で、著しく咲き急いでいるように感じていたのですが、やはりそうなのだと腑に落ちたのです。
(読者さんのなかにも同感のメールをくださった方がいらっしゃいました)

行きも帰りも雨でしたが、花回廊を回っているときだけは小雨で、傘がいらないときもあり、水玉がついたみずみずしい花の姿をカメラに収めることができました。
数多くの華やかなバラたちを目の前にして、ほんとうに我を忘れて魅入ってしまいました。
これ以上にない幸せなひとときだったと思います。



淡いピンク色のバラ
      「とっとり花回廊」のバラ園にて  撮影 光の仕事人



この至福感を皆さんにも分かち合いたいと思い、ここにお気に入りの写真を載せたいと思います。
ほんとうは写真ではなく、実物を観て、その香りを楽しんでもらいたいので、バラが大好きな人たちはできれば近くのバラ園に足を運んでいただきたいと思います。
きっともう既に行っておられるとは思いますが、まだの方は今すぐに行動を!




  イングリッシュローズ
  「とっとり花回廊」のバラ園にて
         トーナメント オブ ローゼズ  撮影 光の仕事人





バラの花が、心のバラが生まれるのは、至福の中からだ
そして、愛の芳香が放たれるのはバラの花からだ

自分が持っていないものを与えることはできない
与えることができるのは
自分がすでに持っているものだけだ

内なるバラがまだ開いていなければ
自分の愛のすべては言葉だけでしかない

内なるバラが開いていれば、何も言う必要はない
何の言葉も必要としなくなる
その芳香だけで、メッセージを運ぶのに充分だ
自分がどこにいようとも、誰が共にいようとも
愛は絶えず放たれ、脈動する

それは自分を取り巻くエネルギーの、絶えざるダンスになる
しかし、まず心のバラを開かなければならない――

そしてバラが花開くのは
そこに根本的に必要なものが与えられたときだ
それは、喜びに満ちていることだ

                     ~OSHO~





うす紫のバラ
    「とっとり花回廊」のバラ園にて  撮影 光の仕事人



ハート
     至福が心のバラをひらかせます。
     そうすれば、愛が自然に訪れるよとOSHOは言います。
     あたかも、芳香がバラに訪れるように。





映画『シックス・センス』を観て

2012年06月14日 13:00


★ 読者さんからのメッセージ ★



今回は、わたしが過去記事で取り上げていました映画『シックス・センス』を観た方からのご感想を掲載します。



天の妖精

映画『シックス・センス』を観て   
                                東海 43歳 女性



先週、TVで放映されたサスペンス・ホラー映画「シックス・センス」を観ました。
私がなぜ観たかというと「思いの制限をひらく 2010/08/28」の記事に取り上げられていたからです。
取り上げられていなければ、サスペンス・ホラーという分野だけに注目し、興味を示さず私を素通りしたでしょう。

思いを残して死んだら、それをどうにか果たしたいと思い、この世に留まる霊がウヨウヨいるのですね。
空間が満杯にならないのだろうか?と思うくらいに。
マルコムは死んだのに、他の霊が見えないのが意外でした。
コールが「見たいものしか見えないから」と言ったのが印象に残りました。
確かにそうだなぁ。
生きている人間だって同じ。
好意的な人には、その人の欠点があったとしても受け流し(ちゃんと見ない)、非好意的な人の欠点に気づく。
自分の意識を何に焦点をあてるか。
それによって見えるもの、見えないものがある=人の数だけ真実はある
私は霊感とは無縁で幽霊を見たことはありません。
人に「私には見えるのよ」と言って驚かれるなら、妖精・木霊・天使たちが見えるようにチャンネルの周波数をあわせたいです(笑)

マルコムのセリフで「霊は何かを訴えたくて現れる、何をして欲しくて出てくるのか?」とコールに問いかけ
さらに「助けて欲しい、助けてあげればもう現れない」という一場面から、光の仕事人さんや次女の娘さんが霊を浄化される話を思い出しました。

コールがマルコムに「僕を信じてる?僕の秘密を信じているんでしょ?信じてなくてどうやって助けるの?」と純粋な子供の訴えに心が打たれました。
信じるなら本気で信じよう!
自分の言葉に責任を持とう!

映画を観て、人の思い、気持ちを光と色に例えることを思いつきました。
一つ一つの思いに色が付いていて、思いが多くなればなるほど、その都度色が塗り重なる。
重ねれば重ねるほど、塗れば塗るほど色は濃く、そして濁り、やがて真っ黒になる。
光があたれば色は薄く透ける。
光がより強く強力な光があたれば白く、そして透明に見える。(光の三原色に近いイメージ)
そこまで思ったら、これっていわゆるオーラじゃない?!と思いました。
「思いの制限をひらく」に去年出会うまでは、スピリチュアルなことに無縁(無関心)だった私が、自分なりにオーラとはどういうものか、よくわかりました。
思いはシンプルがいい。
ごちゃごちゃ考えていたら、色が汚くなっていく。
浄化の大切さ、執着、ネガティブな思いはどんどん手放したいと思いました。(昔のCMソングで、その日の汚れはその日のう~ち~に♪が浮かびました)

「思いの制限をひらく」を改めて一番最初から読むと、話の展開がなぜそうなっていくのか、この映画や「ゴースト」が紹介されたか、流れがとてもよく理解できました。
すべてが繋がっている、そう、ひしひしと実感しています。
映画にはまったく出てこない内容ですが、私は思いがけずオーラに結びつき、オーラというものに対して自分なりの解釈ができたことに大きな収穫がありました。
ちなみに「ゴースト」はずいぶん昔に観て、一番好きな映画です。
私の中では、切ない恋愛ストリーなのですが、今観たらまた違った印象になるかもしれません。
光の仕事人さん、「シックス・センス」を取り上げてくださり、ありがとうございました。

太字部分の言葉は 光の仕事人さんの言葉です)




6月の花
             6月の花 撮影 光の仕事人



ハート~光の仕事人より~


随分前の過去記事を覚えておられ、この映画に関心を持ってくださって、ありがとうございました。

ひとつの映画で、いろんなことを気づかされますね。
気づきの度合いは人それぞれです。
自分のこれまで生きてきたなかでの疑問とか、苦悩などに照らし合わせながら観ると、自分が今まで抱かなかった新たな考え方が生じてきたりして、ほんとうに面白いなと思います。

この『シックス・センス』は、小児精神科医マルコムの苦悩、少年コールの苦悩、母親に殺された少女の苦悩など、「夫婦間の問題」、「家族間の問題」、また「情緒障害をもつ人の問題」、そして、最終的には回復した「家族間の愛」について、とてもわかりやすく描かれていると思います。

霊が見え、霊におびえていた少年は、霊となって自分の前に現われた少女の話を、勇気を持って聞き、少女の望みを叶えることで、自らも救われ、強くなっていきます。

最終的に、コールと母親が親子の絆を深めたシーンがありましたが、わたしはここのところに深い感動を覚えました。いつも息子のコールの言葉に耳を傾けなかった母親が、しっかりと息子と向き合い、息子の話を聴くことによって、彼らの愛が復活するのです。
コールが自分の秘密を母親に話した車の中での親子の場面は、涙を誘いますね。

そして、マルコムは、なぜ肉体の死を迎えても「あの世」に旅立てなかったのか? 
その理由を考え、知ることで、この映画が真に伝えたかったことが「なるほど!」と納得でき、実感することができるでしょう。

ホラー映画というよりは、深い人間の苦悩と愛を描いた作品だと、わたしは思っています。
2010/08/28の記事『自分の死に気づいていないゴーストのお話』には、多くを書くことはできなかったので、今回わたしの感想も付加しておきました。
まだ観たことがない方は、今のうちにぜひどうぞ。

さて、今回感想をくださった読者さんは、この映画を観て、「人の思い、気持ちを光と色に例えることを思いついた」と書いておられましたね。

一つ一つの思いに色が付いていて、思いが多くなればなるほど、その都度色が塗り重なる。
重ねれば重ねるほど、塗れば塗るほど色は濃く、そして濁り、やがて真っ黒になる。
光があたれば色は薄く透ける。
光がより強く強力な光があたれば白く、そして透明に見える。(光の三原色に近いイメージ)
そこまで思ったら、これっていわゆるオーラじゃない?!と思いました。

思いはシンプルがいい。
ごちゃごちゃ考えていたら、色が汚くなっていく。



その通りです!
とてもすばらしい気づきだと思います。

♪ その日の汚れはその日のう~ち~に

魂の洗濯好きなあなたになってください。
ぜひ、これを実践していきましょう。




鈴蘭の妖精 1
マルコムはこう言っていましたね。

今、眠っているが、

目覚めれば すべて変わる




この映画の最後に言ったマルコムの言葉を、わたしは「真理の言葉」として受け取りました。この深遠な言葉を、深くふかく味わっていただきたいと思います。




ハート 小~追伸~

あなたの光の体験をお寄せください。
読者さんからの光の体験談がとても少ないため、なかなか記事にすることができません。
もし、公開してもよいと思われる内容がありましたら、アンケートフォームのお便りの箇所に書いて送信してください。よろしくお願いします。




ドイツの読者さんからのお便りと猫のお話

2012年06月18日 07:50


★ 読者さんからの体験談 3 ★



今回はおよそ23年にわたってヨーロッパにお住まいになっている女性からの体験談を記載させていただきます。


     ドイツの花
        ドイツから送られてきた可憐な花の写真 撮影 読者さん



~意識の変化と気づきまで~

                    
                   47歳 女性 バーデン=ヴェルテンベルク州 ドイツ


光の仕事人さんことカヴィーシャさん、いつも私の気づきを支えていてくださって感謝の気持ちでいっぱいです。 
数々の体験談を読ませて頂きとても興味深いと感じました。 ですから、 今回はメッセージを提供する側として、ブログに参加をしてみたくなりました。 この機会を与えてくださいましたカヴィーシャさんに心よりハートをお送り致します。

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私は海外からカヴィーシャさんのブログを訪問しています。 只今ドイツにて生きています。
日本を出てこちらに住むのには訳がありました。  幼い頃からひとりでいる事が多かったのです。 寂しかったですが、私には自然の花々や木々、お日様や空や風、そして、夜空に輝く星々がいつも遊び相手としていてくれましたし、本当に沢山の猫の友達がいました。
まわりにある自然とお話をすることが、唯一の楽しみだったのです。 
ですから、幼稚園や小学校でみんなでいっしょに何かをやるというのが、とても苦手で、気分がまったくのりませんでした。 その気持ちを私はずっと心の中で殺し続けました。
それでも、なかなか学校での生活に慣れることはできず、 (こんな自分でも意気投合できるお友達はいたのですが。) 息がくるしくなり、窒息しそうな気分で若い頃を過ごしていたのです。  
16歳ぐらいになった頃だったと思います、日本を発つことを決め、今に至ったのです。


東日本大震災で私が得た教訓みたいなものがありました。
それまでの私は、自分からこのもつれてしまった社会の絡繰りを知ろうとはしませんでした。
しかし、一週間位ネット上で調べていると、自分なりこの社会の正体がはっきり浮かんできました。 
調べていくに従い、焦りの様なものも感じていました。そんな意味不明の焦りを感じていた時偶然に、スピリチュアル関係のブログに辿り着き、興味ある多くの記事を発見しました。  それまではアセンションという言葉すら聞いたこともありませんでした。 
沢山の記事を読んで私なりに辿り着いた結果論は、社会を良い方向に変えることは可能だけれども、それを全うするには、地球のアセンションに間に合わないということでした。  
結局、自分一人でも良いから、地球を守り、お金に頼らない生活をすることからはじめたのです。
同時進行で、たくさんの方々のHPを読み、バシャールのメッセージを聞いたり、Bracoさんのゲージングに参加したりしました。 光の呼吸を毎日実践しはじめたのもそのころです。 
意識を意志を持って違う方向へ向け始めた去年の6月の話です。
その頃から、主人も私も同じ目的で似た様な意識をもった人々と知り合っていきたいと切に思うようになったのです。

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カヴィーシャさんのブログに辿り着いたのは去年の12月の中旬です。
その頃、飼っていた猫(もも、もうすぐ10歳、ゆき、もうすぐ4歳メス同士)に大変困っていました。 
二匹とも大嫌い同士でした。 ゆきのすることが亡くなったももの兄弟と大変似ていたのです。
どうも、その猫の霊がゆきに着いているのではと思い、猫と霊について検索しはじめたのです。 『思いの制限をひらく』を開けて、私はカヴィーシャさんの世界へどんどんのめり込んでいったのです。

本当に沢山の興味のある記事が書かれてあり、ゆっくり時間をかけて読みたい内容のものばかりでした。 
ブログを読んでいるうちに、何やらカヴィーシャさんの猫ちゃんと私の猫たちの仕草が大変似ているのに気がつきました。(それまでは、椅子を分け合って座るなんて、私とももの他にはどこにも居ないだろうなあと真剣に思っていました。その上、ゆきは甘えて私の腕の中で寝るのです。 それも食事中にです。)とても、不思議でした。

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とても親しみのような感覚が湧いて来たのを覚えています。 一週間位カヴィーシャさんの記事を読ませて頂いたと思います。 そして、どうしてもコンタクトをとりたくなり、 ゆきともものことを書いてみました。2-3度送信してやっと出来たのを覚えています。

不思議だったのは、アンケートを書きはじめるやいなや我が家のももがぐるぐるノドをならしてとても嬉しそうにしていたことです。 そして、二匹ともすこし仲が良くなったように思えたのです。 カヴィーシャさんはすぐに質問に答えてくださいました。 感謝感激で涙がでてきました。 うれし泣きです。
ブログにて答えて頂いた通りに(12.2011)、以前我が家にいっしょにいたタマちゃんの魂にしっかりと別れを告げることができました。 我が家の猫ちゃんはお互いにあまり干渉しなくなりました。 
当時、タマちゃんの魂に間違った祈りをしていたことや、今生きている猫たちにかわいそうなことをしたことについて深く反省しました。 今思う事は、あの時にカヴィーシャさんのブログをはじめから読んでいたら、私の質問も当然あり得なかったんだなあと。 反省しております。 (意識のレベルの問題ですね。)


yuki
        猫のゆきちゃん 撮影 読者さん


カヴィーシャさんからのメッセージを受け取ったときから、大変なパワーのようなものを感じていました。 
直接私に向けられたパワーです。 そして、始めからとても気になる方でありました。 と言いますのは、そのころから、私の身の回りで沢山の嬉しい事が起こり始めたからです。 
カヴィーシャさんから送られてくる何かが、私の人生をある方向に導いてくださっているとしか信じられませんでした。 主人にもそのことを話していました。 妙にわくわくして過ごしていたのを昨日の事のように覚えています。 ただ、私ども(主人と私)の生活は、わくわくどころか、経済的に大変厳しい時にあったのです。

光と繋がりながら選んだ道はとても厳しいものでした。 元旦に、前のアパートを引払う決心をした頃です。 大変な物に囲まれたスタジオ兼アパート、、。 大きな危険を伴う引っ越しになるだろうとは覚悟していました。 しかし、このように危険を冒して無茶な事をするのははじめてで、厳しさの度合いを把握できるわけがなかったのです。 食べる物もろくにない日々が続きました。 ただ一心に信じていました。 決めた事を実践する以外私たちの出来る事は、なにも残されてはいませんでした。 そんな中、友達より働き口があると突然朗報が届いたのです。 2月3日のことです。 主人はその日から全く本業とは違う仕事で収入を得るようになりました。 長く掛かるかもしれないが、我慢は出来るという気持ちだけで彼は働きはじめました。  

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今のアパートに引っ越しが決まったのは3月26日。 沢山の助けを得て引っ越しが可能となりました。
アパートは、とても小さいですが、住んでいて心が和むところです。
5月のはじめごろでしたか、食べる物はいっこうになく、毎日お芋とタマネギと小麦粉でなにか手作りのものをつくること以外生活を繋いでいく方法は見つかりませんでした。 猫の食べ物は買わなくてはならなかったのですが、それもいつも底をつき、あげくの果てには、森につれていこうかと思ったぐらいです。 そんな中、コンピュータを繋いでまたカヴィーシャさんのブログを読みはじめたのです。
藁をもつかむ気持ちで、再度カヴィーシャさんにコンタクトを取ることにしました。 
自分たちの選んだ道とはいえ、こんなに厳しいとは、、、、と驚いているということを書いたものでした。 生まれる前から、私たちはそうするように決めて来たのであれば、なんのためにでしょうか? いろいろ主人と話していたことも書きました。 厳しい状態がまだまだ続いていたので、 Positiveに感じることにすらすこし疲れを感じていたのです。

そのときもカヴィーシャさんは私にすぐメッセージを送ってくださいました。
それは、特に私に送られたメールではなく、HPに乗せられた記事に私のメールの答えがあったのです。(05.05.12)
そのメッセージは、苦しい生活を真に支えてくれるものでした。
読んだ瞬間、熱い涙がぼろぼろと流れ落ちました。  
信じていた光がまた繋がったと、カヴィーシャさんから愛を受け取っていると感じました。   
信じることを体験した瞬間だったのです。
あの時のことを振り返るにあたって、あの瞬間から私は、危険な冒険からしか得ることのできない至福を受け取り始めていたのではないのかと思うのです。 つぼみだった花が開きはじめる時のように、姿が変わり始めているのではと。

その後も、『光の花束』に載せられている記事を読むと、ただただ涙が流れてくるのを体験しました。
いつも、いつも、うれしくて体がぶるぶる震えるのと同時に涙がでるのです。  
それは、ブログを読んでいないときも続きました。  
外を歩いていても、いきなり滝のように涙がでます。  
別に悲しくないのにただただ涙がでるのです。  ただぼーっとしていても、何かを思い出すように、涙がうかび、 料理をしていてもただただ涙が溢れてきてしまうのです。  
よく考えてみると、涙を流す時にはいつも感謝の気持ちで満ちあふれている自分がいるのです。 そして、ありがとうと声をだして大好きな人々に感謝するのです。 
その涙ははじめてBracoさんのゲージングにいったときの溢れ出た涙や、ひょんな事件がきっかけで侍であったひいおじいさんのことを知ったときに止めどもなく流れ落ちたものと、とても似ていました。

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そして、不思議なことはどんどん続きました。  
ドイツにしばらく来ていたお友達に会ったときも不思議な体験をしました。
お友達はスピリチュアル関係とは縁がなく、私もなぜあの時にお友達に目には見えない物のことを話し始めたのか解りません。 え?なぜ、と思っていた時には、光のプリズマの話をしていました。 終いには、『思いの制限をひらく』のブログのことも話していたのです。
お友達はとても真剣に私の話を聞いてくれていました。 そして、波長のこと、引き寄せの法則などいろいろ試しに話してみたのです。 お友達が『思いの制限をひらく』を是非読んでみたいといった矢先のこと、彼女の顔が一瞬この世のものとは思えないほどに透明で美しい顔に変わったのです。  本当に一瞬のことでした。  お友達の顔ではありましたが、まったく違うと思いました。  別人のようでした。 ただただ、美しいの一言でその美しさに私は大変に驚きました。  あとで、お友達にその事をメールで伝えて、お友達も何か感じたものがあったかどうか訪ねてみたところ、確かに感じたということでした。 なにか、憑かれていた物がとれたような、気が抜けたというような感覚だったらしいのです。
その日は、お友達と一緒にたくさんラッキーなことを体験しました。   
後日、主人もその美しいお友達の顔を一瞬見たと話してくれました。 彼とは最近、同じ様な事を同じ様な時に体験するのです。 私のお友達はカヴィーシャさんの『思いの制限をひらく』を読み始めました。 
あああ、お友達も繋がったんだなあと、そのときふと思い、嬉しかったです。 それも必然なのですから。

☆;:*:;☆;:*:;☆;:*:;☆;:*:;☆ ☆;:*:;☆;:*:;☆;:*:;☆;:*:;☆ 

この体験談を書く事を考えていたある日、わたしはどんどん記憶をさかのぼっていました。
5月にカヴィーシャさんにメッセージを送っていなかったらどうなっていただろう?
1月に引っ越しを決心しなかったら?
12月に思い切ってカヴィーシャさんにアンケートを送っていなかったら?、、、、、、というぐあいに。
そして、ドイツに来た頃の事、イギリスに居た頃の事、日本に居た頃の事、もろもろの出来事や沢山の人々との出会い、 若かった頃、子供のころの楽しい思いで。 そして、辿り着いたところは、まだはいはいしか出来なかった頃の記憶でした。そのとき、私の意識はお日様に向かって進むことでした。
あそこに行くんだというはっきりとした意志で、はいはいをして縁側まで向かって行った事です。
その記憶に辿り着いた時に、また涙が止めどもなく流れてきました。

光に向かうこと、、、。
感激で涙していた瞬間、私の額からこめかみに掛けて真っ白なパールがかった光を見ました。 
どうもその光は私が放したもののようで、当りもうっすらと明るくなっていたのです。
私の右側の後頭部、額や、耳のうしろが暖かくなったのもその時でした。
そして、手のひらから、うっすらと白っぽい湯気の様な物があがっているのに気がつきました。
ああ、これはオーラなんだなあ、私のエネルギーなんだと思い、よろこびを感じたのです。

いつか自給自足のできる生活を夢みています。(今の人生で)
社会に対して何かをするというよりは、alternativeな考えをもって生きる事を選びたいからです。
そうやって生きている人々が沢山います。 自分たちの貨幣をつくった人々もいます。
みんなちがって みんないい ―金子みすずさんの詩―、それでいいと私も思っています。
いつもauthenticでいたいですね。

☆;:*:;☆;:*:;☆;:*:;☆;:*:;☆ ☆;:*:;☆;:*:;☆;:*:;☆;:*:;☆ 

今までに起こった心の変化には、ある引き金が必要でした。
そして、それに伴うように意識のレベルがあがっていきました。
『思いの制限をひらく』をはじめから読んでみると、大震災の後に辿り着いた記事が多々ありました。
12月カヴィーシャさんのブログに辿り着くまでの道のりも意識の変化なしでは無理だった事でしょう。
そして、カヴィーシャさんが常に私たちブログ訪問者を心から支え続けてくださるからこそ、気づきが起こるのだと信じています。そして、気づきとともに、私たちの体にも変化の様なものが現れるのですね。
私の場合は、ももとゆきとたまにも感謝も忘れていません。 いつも感謝している事を伝えています。 
私たちは目的をシェアしています。 猫とともに。


momo          
         猫のももちゃん 撮影 読者さん


カヴィーシャさま!
あなた様にいつも感謝をいたしております。 
遠い日本ですが、とても近くに感じます。 
既に決めた道―アセンションに参加する―に向かい、これからもお導きください。 
地球とその地球を愛する友と私たちの猫ちゃんと共にアセンションしたいです。
16.06.12


★*゚*☆*゚*★*゚*☆*゚*★ ★*゚*☆*゚*★*゚*☆*゚*★ ★*゚*☆*゚*★*゚*☆*゚*★


ハート
~カヴィーシャこと光の仕事人より~


2011年12月21日付けの記事『猫にちなんで―禅問答』に、この読者さんの質問を載せたことがありました。
質問が書かれたアンケートの「地域」の箇所は「海外」となっておりましたが、ドイツに住んでいらっしゃることを知ったのはごく最近になってからです。
「光の花束<不滅の詩>」をいつも読んで、拍手コメントをくださっている方でした。
彼女のコメントに答えたり、何回かメール交換をしたりしているうちに、随分古い魂の友人であったことがわかり、わたしのほうではとても親しみを感じていたのです。
今回、このような「意識の変化と気づき」を綴ってくださって、とてもうれしく思います。
ありがとうございました。

猫がもたらしたご縁ですので、今日は久しぶりに猫のことを書いてみたいと思います。



★ 猫は人間をサポートしてくれている ★



地球は、わたしたちの「魂の進化」のために存在しています。
そんなわたしたちの「魂の進化」を支えている存在は他にもいます。
多くの次元世界のマスターたちや天使たち、それ以外にも、わたしたち人間をサポートするように地球に呼ばれているものたちがいるのです。一体何でしょうか?

それは動物たちです。
特にネコ科とイヌ科です。彼らは人類の進化の成長にとてつもない支援をしています。
大天使メタトロンによりますと、ネコ科はシリウスープレアデス連盟のメンバーなのだそうです。
ネコ科は〈ネコ目〉に属し、シリウスAに起源があり、特別な役割をもって古代に地球に入った存在だといわれます。地球にいる現在のネコはネコ科とイヌ科の仲間で、「今あるその形態はわたしたち人間をサポートするためのものであり、物質的マトリックスにおいては、シリウス人の本質を持った意識が入っている」ということらしいです。

このブログでは猫のことを度々載せてきましたね。(カテゴリ『霊的世界を感知する猫のお話』の『猫には見える不可視の存在』参照)
そこでお伝えしましたように、猫は物質ではないもの、人間の目には見えないオーラなどのエネルギーを見ることができます。オーラの色などは、はっきりと見ることができると、次女も話しておりました。
わたしたちが夢を理解したり、夢の世界が持つ意味を理解したりする手助けもするようです。夢を見ていながら意識を明晰に保っていられるようにしてくれるんですね。

          黒猫1


猫の「サイキックな能力」は、世界中で認められてきました。
魔法使いのそばには、いつも黒猫がいますね。
猫は「エーテル界の思考」をよく認識していて、見えないところで強さと保護を提供してくれ、飼い主を外界から来る思考や否定的なエネルギーから守ってくれると、大天使メタトロンは言っています。(Lightworker Mikeのホームページ参照)


猫を抱っこしていると、たいてい「ゴロゴロ」と気持ちよさそうに喉を鳴らしますね。
喉を鳴らすのは、いろんな意味がありますが、たいてい猫自身が満足しているときが多いように感じます。
猫の喉がゴロゴロ鳴る音は、人間のオーラを癒したり、修繕したり、守るのに非常に効果があるようです。病人のそばでゴロゴロ鳴らすときは、バランスの取れた周波数や色を送って、バランスの回復を助けるのだそうです。とても「癒しの効果」があるんですね。

猫が家の中や庭などのあちこちを「パトロール」しているのを見かけられたことがあるでしょうか?
見回りは、ネガティブな波動を取り除いたり、そういうエネルギーが侵入してくるのを防ぐ保護幕を辺りに放出しているのだということですが、わたしはそれを感じることがしばしばあります。

     黒猫2


猫の存在って、ほんとうにすばらしいですね。知らないうちにわたしたちを癒してくれているのですから。
もちろん、犬も人間に貢献していますが、断然猫のほうが意識は高いように感じますね。
猫好きの人は、そういうことを自然に感知して飼っておられるのかもしれません。


★ 参考過去記事 ★

猫にちなんで―禅問答
猫には見える不可視の存在



行動することこそ、生きること!

2012年06月26日 18:00


★ 読者さんからの体験談 4 ★



今回は、頭で考えるのをやめ、ハートで感じるための試みとして、「断食」をした読者さんからのレポートです。



ハートを探すための断食
     34歳 女性 千葉県


断食をするまで

私が断食をしようと思ったのは、数秘リーディング(自己探究)を申し込み、レポート提出をして光の仕事人さんとのやりとりが数回あってからのことでした。
数秘リーディングを申し込んだものの、結果を受け取ってからリーディングをどのように捉えて良いのか、全くわからず、レポートもなかなかすすみませんでした。思考をフル回転させてリーディング結果と、過去、現在をこじつけて、どうにか考えがまとまりレポート提出をしていましたが、何か釈然としないままのレポート提出でした。
それでもずっと考えて考えて一生懸命にまとめたレポートと思っていたので、その時はこれだけ思考をこらせば何かしらの気づきがあるだろう、と思っていました。

そんな私にも光の仕事人さんは返信を下さっていましたが、ある日のメールの返信でこう書かれていました。

「まず、頭で考えるのはやめて下さい。頭で考えても真の理解などできません。あなたは私に依存しすぎています。あなたの疑問にいちいちお答えしても、きっと疑問をまた作り出すだけです。ハートで感じて下さい。」

返信内容は要約してありますが、その時はとても厳しい内容に感じ、直後は気分が落ち込み、本当に失礼な話ですが、光の仕事人さんを否定するような思考にもなりました。後に読み返すと、厳しい内容どころか、真の優しさということがわかるのですが。
気分が落ち込んだ中でも自己探究をやめようとは少しも思いませんでした。
続けなければ何も変わらない!と自己探究をハートは切望していたのです。その時はハートで感じていることがよくわからなかったのですが、今はわかります。

気分が落ち込んだのも、否定的な気持ちも、光の仕事人さんのおっしゃる通りだったからです。自分でも薄々気付いていたことを、指摘していただいたまでです。
自分を知って欲しいとか、ヒントが欲しいとか、欲や依存心がそれまで書かれたレポートにはムンムンですし、マインドだらけのレポートです。リーディングを受領して下さった光の仕事人さんに失礼なことをしていた自分に、ハッと気付いて、とても恥ずかしくなり、申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
そして、今後から光の仕事人さんへのレポートをハートで綴ろうと決めました。それができなければ自己探究などできないと思いました。
落ち込んでいる自分を知り、依存心と、考えてばかりの頭でっかちな自分を認め、改善しようと思えた自分にも自信が持て、すぐに改善へと方向転換できました。
ハートで感じるって何?頭で考えるって何?と疑問がぐるぐるまわります。(いくらブログ記事を読んでいてもハートで理解していなかったことがわかりました)
それからハート探しがはじまりました。
それからは答えを求めて、もう一度ブログ記事を読み返したり、紹介にあった本を読んだり、いろいろ考えてみたり…そして、ハートを知る手段の一つとして"断食"をみつけました。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★  ★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★  


断食を始める

ハートとマインドの違いってなんだろう、考えても答えは見つかりません。
そんな中、ブログ記事の、"ヴィジョン・クエストのすすめ" を読み返しました。
断食をしていた主人公のトムが自分の本当にしたいことに気付いたように、自分にも何か変化があるかも!と期待を持ちました。ハートって何?と混乱状態の私は、できるならなんでもやってみようと思っていました。
やると決めたらすぐに行動開始です。といってもただ食べないと決めるだけなので、自分に言い訳をしなければ簡単に始められます。 二歳の子供の世話をしながらなので、活動することも考慮し、さすがに4日は無理かなと思い、とりあえず3日間は水だけで過ごそう、もし体がおかしくなったら潔くやめよう、とあまり気負わずに断食開始となりました。
私は、野菜と甘いものが好きです。肉類は好みませんが、毎日、3食きっちり食べ、間食つきの、食べることが大好きな人間です。特にコーヒーと甘いもので休憩するのがホッとする時間です。癒しのコーヒータイムがなくなることでストレスがたまるかも、と心配でしたが、それよりも何かを気付きたい方が勝っていて、あっさりと断食を始められたのは意外でした。


〈1日目〉
お腹が空いた感覚がすごくあり、お腹が空いたらお水を飲むを繰り返しました。食べるという行為を全くしないだけで、時間がすごく増えたように感じました。時間は増えたけれど、食べていないので力が入らないような気がして(今考えれば勝手な思い込みです)、気づくとソファでごろごろしていて、活動は子供の食事を作ったり、少し遊んだりするくらいでした。癒しの時間がないので少しイライラしました。夜は早い就寝。
〈2日目〉
朝起きると吐き気がしました。食べたいという感覚もなく眩暈がして、早くもこれはダメかな、という気になりました。でもここでやめても何も得ていない、とりあえずはやってみよう、そう思って続けました。ふらふらするし、力は入らないし、体は2日目が一番辛かったです。あまり何も考えられず、必要最低限のことしかできませんでした。2日目はイライラする気力もありませんでした。夜は早い就寝。
〈3日目〉
起きると少しふらふらするものの、吐き気はなく、昨日より確実に調子が良いことに気付きました。ふらふらも徐々になくなり、調子がよく、すっきりとしていました。とにかく体が動くことに驚きでした。昨日の時点で今日はもっとひどくなり動けなくなる、そう思い込んでいたので、断食が継続できていることも驚きでした。ただやはり、ぼーっとしており、あまりあれこれ考えられません。当初はここで終了の予定でしたが、続けられそうなので、4日目に突入することにしました。早い就寝。
〈4日目〉
驚くことに調子がよいのです。食べたい欲もないし、体はすっきりしているし、肌もピカピカになり、お腹もぺったんこです。お腹が空っぽで気持ちいいという感覚です。
まだ続けられそうな感覚もありましたが、子供に何も食べないのを心配され、口に食べ物を突っ込まれたりしていたので、もう終わり、と区切りました。やや名残惜しさも感じつつ終了としました。
自分の本当の気持ちがわかるかもしれない、ハートとマインドの違いがわかるかもしれないという、断食前に期待していた答えは、ひらめいた!という感じで意識できたわけではありませんでした。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★  ★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★


☆断食を終えて

自分が期待していたような(期待すること自体マインドということが今ではわかりますが)劇的な意識の変化があったわけでもありませんでした。でも気付きはとっても多く、劇的な変化よりも大きな収穫があったと思っています。
断食中は本当に、ごちゃごちゃ考えられず、ああでもないこうでもないと、ぐるぐる回っていた思考がストップしていました。
頭の中できゃっきゃ騒いでいたお猿さん(マインド)は本当にいなくなりました。マインドがいなくなるってこういうことか、やっと気付きました。考えることはできず、感じるだけです。
ハートの感覚がわからないと勘違いしていましたが、マインドがいなくなって気付きました。いろんな場面で私もハートで感じることは常々していたんだと。そして、ハートでレポートが書くことができそうだ、と思いました。シンプルに心の内を話す、それだけのことでした。
思いの制限を自分でかけすぎていて、マインド思考が染み付いてしまっていたことにも気付きました。自分の制限をとにかくはずしたい、それがリーディングの目的でしたが、断食経験によって制限をかけないことがわかってきたように思います。
リーディング結果を素直に読んでみると、今まで浮かばなかった気づきがどんどんでてきます。感じるがまま書けばいいので、今までのようなレポートを書いたあとの、釈然としない感じは全くなく、心がスーッとなる感覚というのでしょうか。うまく表現できませんが、感じたままを表現するって素直なことで気持ちの良いことだ、と気付きました。

とてもしっくりきたのは、グランドファーザーの「全ては単調なので、マインドはやがて弱まり、やがて眠りにおちるだけ」という言葉です。本当にその言葉通りでした。
実際何も考えられず、子供とかなり早い時間から就寝していました。とにかく眠くなるんです!
何かをみつけたいという期待より、そのままを受け入れるという感覚でいいんだ、という気がしました。流れに身を任せることが自然にできます。ヴィジョン・クエストでいうマインドの破壊が起きたのだと思います。
あとは味覚も敏感になり、断食後に初めて口にしたお粥はすごい甘みでした。今までどれだけ舌の感覚が鈍っていたかも気付きました。 食べ物から命のエネルギーを頂いているという感覚が強く、より一層食べ物に対する感謝の心も生まれました。
食べなくても意外と平気であり、むしろ、いらないものがそぎ落とされていくような感覚は気持ちがよくて、これもまた意外でした。
思考も空っぽ、お腹も空っぽ、お水を体内に入れる、排泄する、浄化とはこういうことなんだろうと思いました。それはそれは、地球も浄化したいのも当たり前だな、と、地球にとても共感できました。あーあ、私たちは一体なにしてるんだろう、といつも以上に反省の気持ちにもなりました。断食によって、直感が冴え、感性が敏感になってくれたんだと思います。体の声は聴こえやすくなりました。いいことづくしですね(笑)

必要以上に食べることは、どんどん重い荷物を背負っていくようにも思えます。
重くなって鈍くなって、曇って…という感じです。
今までに比べ食べる量はずいぶんと減り、体に意識を向けると食べたい欲求がそれほどない事にも気付いたので、今はそれに従っています。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★  ★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★


断食をしてみて、本当に良かったです。自分の思いの制限がどんどんひらいていくのがわかります。まずは断食なんてできないという制限を外せたことがはじまりでした。やればできます。しかもこんなにも簡単に!
自分の真実は自分で作る、本当にその通りですね。

ここまで気づきが得られたのも光の仕事人さんの誘いがあったからです。私の小我などお見通しのことと思いますが、見捨てずにいて下さり、本当にありがとうございました。本当の優しさ、気づきを与えてくださり、本当に本当に感謝しています。


これからの自分が楽しみになってくる感覚は久しぶりです。
!!! 自分が楽しみ?これって劇的な変化じゃない?って今気付きました☆

長文になりましたが、読んで頂きありがとうございました。


★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★  ★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★


ロジーナグリーン



★ 光の仕事人から ★



上記に触れられていましたように、わたしは彼女の数秘リーディング後のレポートに書かれていた文面を読み、感じたことをそのままお伝えました。
これは多かれ少なかれ、どの人もたいてい陥っている問題なので、参考のために記しておきたいと思います。

まず頭で考えるのはやめるということ。
頭、左脳で考えても、真の理解はできないということ。
質問ばかりするのは、左脳が働いている証拠だということ。

わたしに依存しすぎておられるということ。
自己探究は、あなたがするのだということ。
自分で答えを出すことが、あなたの生きる目的だということ。

疑問にいちいちお答えしても、きっとまた疑問を創り出すだけで
ことば(思考)がぐるぐると廻るだけだということ。
ことばにとらわれるのはやめて、ハートで感じてほしいということ。

ほんとうにひとつのことにあなたが気づいたとき、
すべての疑問が解けていくということ。
慌てないで、内側をじっくりと観る時間をもってほしいということ。

そして、とにもかくにも「思いの制限」を外すこと。
等々です。

こういったことを彼女に集中してお伝えしたのは、彼女は必ず「マインドからハートへと移行できる人」であるという確信があったからです。きっとクリアできると感じたからですね。
ちょっと厳しいかな? と思ったのですが、そんなことで落ち込むようなら、この先の自己探究など進みようがありません。
わたしは彼女に大いなる可能性を感じていました。そして、何よりも、ハートで感じることのすばらしさを実感してもらいたかったのです。

その後、彼女はいろいろと本を読んだり、ブログを読み返したりして、"ヴィジョン・クエストのすすめ"に行きつかれるわけですが、この時点では、まだ左脳指向でしたね。
わたしは彼女にこんな内容のメールを送りました。(途中からですが)


ハートで感じたら、きっと笑いか、涙が出てくるのでしょうね。
本を読んでも、わかりませんよ~。
本は頭で理解するように作られていますから。
あとは、体験しかありません。
自然の中に入って、ひとりで何も考えずにぼーっとしてみてください。

きっと、何かがやってくるでしょう。
あなたのハートに。
あなたの魂は冒険を待ち焦がれていますよ。
行動あるのみ!



その行動が、何と「断食」だったのです!
あとでその近況報告がきて、「やったね!」と思いました。

その後のレポートからは、彼女の生き生きとした明るく軽いタッチの波動が感じられ、まるで別人のように感じられました。わたしのハートはうれしくて躍動し、満面の笑みを浮かべていました。

断食」の効果って、ホントすばらしいですね。
たった4日間でもマインドがおしゃべりをしなくなるのですから、1日から40日のあいだ独り原野で過ごし、断食と内省を行なう「ヴィジョン・クエスト」は、その人の人生にとってとてつもなく大きな成果が得られるのでしょう。またわたしもやってみたくなりましたよ。(笑)

彼女はこう言っておられますね。
断食をしてみて、本当に良かったです。自分の思いの制限がどんどんひらいていくのがわかります。まずは断食なんてできないという制限を外せたことがはじまりでした。やればできます。しかもこんなにも簡単に! 自分の真実は自分で作る、本当にその通りですね」と。

わたしたちを制限するものは、唯一「自分自身の観念である」ということを、彼女は体験から知ることができたんですね。上記は、彼女の自信にあふれた言葉です。


ハート
ヴィジョン」の著者であるトム・ブラウン・ジュニアが何度もそれにチャレンジしたように、
何か事あるごとにそれを試みることですね。
トムが語っていたように、「行動することこそ、生きること」なのですから。

幼子を抱えながら「断食」を実行されたあなたの勇気と実行力に心から拍手を送ります!




地球とわたしたちのシフト―自分を癒すことは地球を癒すこと 

2012年06月29日 07:15


★ 身辺整理をしておくこと ★



梅雨の晴れ間のさわやかな夕暮れ時は、ほんとうに気持ちがいいですね。
同じ日でも、地域によっては天気がまるで異なると思いますが、
読者の皆さんはいかがお過ごしでしょうか?


白いあじさい
         六月の花   撮影 光の仕事人


最近頻繁に「身辺整理をしなさい」というメッセージがハイアーセルフから届いています。
ただ単なる日常の整理整頓という意味ではなく、物質的なものから過去から現在における人間関係に至るまでのすべてのものをきれいに片づけるという意味です。

部屋を見回し、物が多すぎることに対しては、ため息が出ます。
わたしの場合、もっとも数多く存在するものと言えば、書籍類であり、それから精神世界系の録音テープ類、そして、自ら書いた物語・小説類です。これら長きにわたって愛読し、愛聴し、あるいは創作してきたものを処分することに対しては、とても消極的です。

書籍類についてはもう再度読む必要もないのですが、これまでに気づきをもたらしてくれた貴重な内容があるだけに、未だ愛着があり、なかなか手放すことができません。オークションなどを通して、手放す決心がついたものから順にお嫁に出してはいるのですが、数的に全然追いつかない状態です。
最近は本を読む人がかなり少なくなっているようです。女性はあまり読書をされない傾向にあるのか、わたしが出品した本の落札者は90%以上が男性です。

最近このブログの読者さんらしい方が落札してくださったことを長女から聞いて知りました。「読者です」と書いておいてくださると、大変うれしく思います。
今は主に精神世界系のテープなどを出しておりますが、来月(7月)にはさらにCDやテープ類を増やす予定です。
現在CDとなっておらず、もうテープでしか聞くことができない貴重な内容のものが多くあります。書籍やテープ自体は年月が経つとしだいに古くはなりますが、宇宙の真理や精神世界の内容には、古い、新しいはありません。
精神世界の学びを、いろんな国の人たちから得たいというテープ愛好者にはおススメです。

たまに、ヤフーオークションをのぞいてみてください。何か惹かれる内容のものが見つかるかもしれません。
(オークションについては、カテゴリー『わたしの好きな著者と書籍』をご覧ください)


2011年5月21日の記事で『カルマの「断捨離」を実行しよう!』という内容を書きましたが、おぼえていらっしゃいますか?
いよいよ「断捨離」の実践も最終段階になってきたということです。
皆さんも、カルマの「断捨離」を忘れず、実行なさってください。

(『カルマの「断捨離」を実行しよう!』 ←お読みになりたい方は記事名をクリックしてください)



鈴蘭の妖精1




青いあじさい
        六月の花   撮影 光の仕事人




★ 自分を癒すことは地球を癒すこと ★



銀河系宇宙のサイクルは、進化のサイクルであり、2万6千年の周期があるといわれていますね。
わたしたちは過去1万3千年のあいだ(ちょうどアトランティスの崩壊から今日までのあいだ)、〈眠りの季節=眠りのサイクル〉を体験してきたのです。
眠りのサイクル〉というのは、わたしたちが宇宙とのつながりを忘れ、個々が分離していると思い込んでいた時代のことです。その時期には、自分たちの生存(欲)だけに意識がフォーカスされるため、争いや葛藤が多々起こり、そこから生じる苦悩も大きかったと思います。
ほんとうに人種間の争いや、宗教間の争い、男女間の争いが激しく渦巻いた時代だったと感じます。

でも、今現在は〈目覚めのサイクル〉に突入しています。
わたしたちが〈眠りのサイクル〉のときに否定してきた諸々のことが、全部目覚めのときに浮上してくるので、とても不快な状態となるということを、今から14年ほど前にジャーメイン(リサ・ロイヤルがチャネリングする存在)が語っていたのを思い出します。

ジャーメインは〈目覚めのサイクル〉に入ると、善いことも悪いことも含め、快・不快を今まで以上に感じ始め、今まで気にならなかったこと、些細なことまでが、ものすごく気になるようになるかもしれないと言っていたのです。
最近は世の中のネガティブな出来事に関しての不快感が以前よりも一段と強まっており、TVのニュースなどをしだいに見ることができなくなってきています。特に政治の話となると、たいてい気分が悪くなりますね。

わたしのように、以前よりも不快感が強まっているのを感じている人は、心配なさらないでください。
なぜなら、それは目覚めの前の症状だからです。
肉体が癒され、完全に治る前には、肉体が一層悪くなったように感じられることがありますね。
それは「好転反応」といわれるものです。光に入っていく前の浄化のプロセスなのです。
ネガティブなことを浄化して、光へと向かっているわけですね。

ですから、自分の内側につぎつぎと生まれてくる不快感を否定しないようにしてください。
そして、もし不快感が募ってきたなら、そんな自分をいたわり、癒してあげてください。
とにかく自分の内側に起こっていることを否定しないことです。
毎日、5分でも10分でもよいので、自分のハートとつながることです。
ハイアーセルフや守護の神霊などの高次のスピリットとつながることです。
そうすると、癒しのプロセスが早まっていくのが実感できるでしょう。
今はほんとうに「癒しのとき」なのです。

地球にある文明というのは、わたしたちひとりひとりの心の内側がどのような状態であるかということを投影しており、天変地異と呼ぶ現象も、地球に住んでいる人の心のなかの反映であると、ジャーメインは言っています。

ですから、わたしたちが個々に癒しを行なえば、地球の癒しも早まりますが、わたしたちが自分自身の癒しをいつまでも怠っていると、地球全体の癒しもなされず、多くの困難が生じる可能性が大となるということです。

わたしたち人類全体は、すべてつながっているのです。
ですから、地球がどうなっていくかは、わたしたちひとりひとりの行為しだいなのです。
そのことをハートで受容できた人は、自分の癒しに専念してください。


鈴蘭の妖精2



★ 銀河系宇宙の他の文明も困難を切り抜けてきた ★



変革期を迎えているわたしたちが大きな困難を抱えているように、銀河系宇宙の他の文明も、大きな困難を体験してきました。
自分の闇の部分を抑圧し、決して見ようとしなかった古代プレアデス星人たち。彼らは自分たちの肉体の病気を通して心の闇を見る必要性を学びました。

(過去記事 『わたしたちの生の目的は両極を学び、体験し、統合すること』―「ポジティブを選んだ種族に起こった災い」参照 下線をクリックしてください)

また、光と闇の二極性をどう統合するかということで、何千年という長きにわたって戦争をつづけた古代オリオン星人がいました。彼らはどのようにして、この〈眠りのサイクル〉を抜け出たのでしょうか? 

じつはこのサイクルの終盤になって、とてもパワフルなマスターが誕生し、そのマスターによって解決できたのだということを、宇宙の歴史に詳しいジャーメインは語っています。つまり、マスターは、新しい別の生き方をオリオンの人たちに提示したのです。

帝国に支配され、「犠牲者の役割を演じていた人たち」には、内的な自由を勝ち取るための方法をマスターは教えました。
そして、民衆を支配する側の「暴君の役割を演じていた人たち」には、コントロールを失うことへの恐れを手放すことを教えたのです。

支配する側の人たちは、自分の内的な霊性(スピリチュアリティ)とは完璧に切り離されていました。ですから、自分が強力な存在だということを、他人をコントロールすることで感じようとしていたのです。

しかし、マスターはそんなことをしなくても、自分がパワフルな存在になれる方法を教えました。
それは何だったのでしょうか? もう皆さん、おわかりですよね。

それは、自分たちがしっかりと「内的な霊性とつながること」ですね。

そして、自由を得るために闘いつづけていた戦士たちには、もう闘う必要はないのだということ、自分の内側の光と闇を統合することによって、内的な霊性を得ることができるのだということを教えたのでした。

(過去記事 『わたしたちの生の目的は両極を学び、体験し、統合すること』―「オリオン文明に起きた葛藤のドラマ」参照)

地球の文明は、こうした異星人たちの影響を受け、遺産を受け継いできています。

光と闇、陰と陽…。このふたつの極を統合することが、銀河系宇宙の多くの種族にとっては、大きなチャレンジでした。そして、地球の〈眠りのサイクル〉のあいだでも、このような異星人の先祖たちのドラマを、地上で再現してきたのです。わたしたち人類も、闇の側面とどのように対応して生きていくかという大きなチャレンジを与えられていたわけですね。でも、もう〈目覚めのサイクル〉が訪れているのです。


★この〈目覚めのサイクル〉では、何がわたしたちのチャレンジになるでしょうか?

それは、光と闇の統合を、陰と陽の統合を、わたしたち個々の心のなかで行なうということです。
わたしたちの内的な陰と陽の状態が完全にバランスのとれた状態になること。それが不可欠です。

ここで、忘れてはならない大切なことがあります。
それは、ジャーメインが言っていたように、自分の内的世界が、外的世界に完璧に反映されるということです。
ですから、これまで抑圧され、心の奥底に押し込められていたことを解放していくことが何よりも大切となります。
そして、川の流れのように自分の感情をスムーズに流していくことが必要不可欠となります。

(参考記事 光の花束〈不滅の詩〉―川の流れのように生きる




ハート

人間の肉体をもったあなたは眠っていました。
人間的な側面のあなたにしか気づいていなかったのです。
でも、あなたにはスピリットの部分があります。
それに気がついて、閉ざされていた扉をあけると、
これまで信じられなかったような新しい展開が起るのです。

だから、自分のなかにあるスピリットがまだ眠りから覚めていない人は、
早く目覚めさせてください。
目覚めるために、あなたはこのブログに出会ったのですから。

わたしたちの感情のバランスがとれて、川の流れのようにスムーズなものになると、
地球もそうなるのです。
母なる大地と自分がほんとうに一体なのだと実感できるようになるのです。

わたしひとりぐらい…と思わないでください。
わたしたちひとりひとりが、責任重大なのです。
あなたが自分自身を真に愛し、癒してこそ、地球は真に癒されるのです。
そのことをいつも忘れないでください。






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