映画「アバター」からのメッセージ 

2012年05月05日 13:20


★ 映画「アバター」からのメッセージ ★



皆さんは、2009年に公開されたジェームズ・キャメロン監督の3D映像によって有名となったアメリカ映画「アバター」をご存じのことと思います。
わたしはこの映画が気になって、この連休にDVDを再度観賞しました。
3D映像では見たことがありませんから、その臨場感は味わえませんでしたが、わたしが感じたかったのは3D映像ではなく、そこに描かれ、うったえようとしているその作品の目的でした。

先月にこの映画を見た読者さんから、つぎのような感想をいただいておりましたので、遅ればせながら紹介させていただきたいと思います。


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~読者さんからの感想~


昨日は家事をそこそこにし、2月にTVで放映された映画「アバター」を録画したままになっていたので見ることにしました。
日頃、TVを何時間も見て過ごすなんて時間がもったいないと思うのですが、どんな内容の映画か知らなかったけれどなんとなく気になって録画していました。
見てギョっとしました。
本の「ヴィジョン」に描かれているシーンの再現か?!と思いました。
ブルドーザーが森を破壊するシーン、先住民が追いやられるシーン。
ジェームズ・キャメロン監督が「ヴィジョン」を読んだのか、それとも世の現実を知っているのか、と思いました。
映画を見ている最中「ヴィジョン」の様々なシーンや冒頭のメッセージが頭に浮かんでいました。
なんて人間は愚かなのだろうか・・・
相当ヒットしたであろうこの映画、人間の愚かさにどれだけの観客、視聴者が気づき、その後、自然を大切に、動植物を慈しむ心を育んだか?
映画について見終わってから調べたら、がっくしです。
3D映画として脚光をあびたのですね。
幸いに?我が家は普通のTVなので3Dとしての映像に気をとられることなく見られました。
まったく環境問題、人間の傍若無人ぶりに、焦点があたり論評された様子はなさそうです。
映画を作った監督やスタッフ、出演者は環境問題に目覚めたのかしら?

光の仕事人さんによって私は「ヴィジョン」を知ることになったのですが、どういうわけか私は、すっかりはまっているというか、縁があるというか、ことあるごとに、「ヴィジョン」の内容と私の実生活と結びつくというか、思い出します。
今も蘇ります。
グランドファザーが水を飲む、美しい光景。
自然に対する尊敬、そして水の存在に感謝し、水を作った神に感謝し、水を飲むということに全意識を集中し、 その中(自分)から溢れ出る思いによって
美しい所作が生まれ、ありがたく水をいただく。
なんだか私もトムとともに、その光景を見ていた気分になってきました。
(うふふ、とても今、暖かい気持ちで満たされています)


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この読者さんは、以前に「ヴィジョン」の感想をくださった方なのですが、「アバター」を観て、「ヴィジョン」を思い出してくださったことを、本当にうれしく思いました。
ただ「まったく環境問題、人間の傍若無人ぶりに、焦点があたり論評された様子はなさそうです。映画を作った監督やスタッフ、出演者は環境問題に目覚めたのかしら?」とありましたが、それは大きな誤解ではないかと思います。

ジェームズ・キャメロン監督は、あるインタビューで「人類の歴史は侵略の歴史でもある。植民地時代では、列強が北米や南米を侵略していた。“現地人から欲しいものを勝手に取る”というのが侵略。映画では、侵略される側はどういう気持ちになるかという“被害を受ける人”の側から描いている」と語っています。

襲われた側がどういう気持ちになるかを自問させたいんです。この今の地球を見なさい、政治家たちがやっていることを見なさい、目を開きなさい、ということをこの映画は明確なメッセージとして教えてくれています」と。
(「驚愕映像『アバター』あの“重要シーン”の裏側を読む」より一部抜粋)

上記のような気持ちがキャメロン監督にあったからこそ、豊かな大自然のなかに未知なる動植物が生息し、背丈が3メートルほどもある青い皮膚をした知的生命体ナヴィが住む「パンドラ」という惑星に、地球からやって来た軍隊が容赦なく踏み込んでいく、という構想になったのではないでしょうか?

Amazon.co.jp: アバター エクステンデッド・エディション」 に下記のような項目がありましたので、記載しておきますので参考になさってください。 
  ↓
■パンドラからのメッセージ

ジェームズ・キャメロン監督が映画の公開後、ブラジルで水力発電のダム工事計画に反対するメッセージを伝える映像。高校生の時、油まみれの鳥を見てから、環境問題に関心を持ったキャメロン監督は、授業で「絶滅症候群」という戯曲まで書いたことを語る。ブラジルのマナウスで行われた環境保全会議で講演する様子や、現地を訪問し、部族の人々と交流する様子まで収められている。
環境破壊に反対するキャメロン監督からの強いメッセージを受け止めてほしい。


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この映画は「地球の環境問題」を元に制作されているわけですが、今カナダで、オイルサンド採掘による環境破壊、現地の人々の健康と暮らしへの悪影響、先住民族の権利侵害が問題となっていることとも大いに関係がありそうです。

「資源採掘が引き起こす環境破壊」と「住民の強制移住の問題」などは、そのまま現実で行なわれていることです。
映画「アバター」では、地球から来た軍隊が、ナヴィ族が生活の拠点としている神聖な巨木「ホームツリー」を倒し、彼らを立ち退かせます。情け容赦のない攻撃によって。
ホームツリーの地下には「アンオブタニウム」という貴重な鉱石が大量に埋まっていて、これを使うと地球のエネルギー問題の解決ができ、採掘すれば大金儲けができるという設定でした。

よって、この作品は、世界の発展途上国で起きているさまざまなリアリティに基づいたフィクションであると言ってもよいのではないでしょうか?
「アバター エクステンデッド・エディション」のDVDを観れば、さらに監督の深い意図がわかるのではないかと思います。わたしもぜひ観たいと思いました。

★『ジェームズ・キャメロン監督が「ヴィジョン」を読んだのか、それとも世の現実を知っているのか、と思いました』と書いておられた読者さん、ジェームズ・キャメロン監督は「ヴィジョン」も読まれていると思うし、しっかりと「世の現実を知っている」人だと思いますよ。
少しは誤解が晴れましたでしょうか?


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★ アバターに観るアニミズムの世界 ★



パンドラに登場する「ナヴィ族」は、巨人型の有尾人種で、青い縞模様の肌と、細い手足と腰がとても印象的でした。彼らは大きな目と動く耳、そして、ネコを思わせる鼻と鋭い犬歯、そして、「フィーラー」と呼ばれる尾を持っていました。
フィーラーは、後頭部から伸びたしっぽのようなもので、その長い巻き毛部分の先端を動物につなげることによって、心を通わせて呼びよせたり乗ったりできるわけです。アバターとなった主人公のジェイク・サリーは鳥にも繋げていましたね。

さまざまな不思議な存在のなかに「エイワ 」というのがありました。ナヴィ族にとっては、神のような存在です。
エイワ 」というのは、ウィキぺディアによりますと、「惑星全体に張り巡らされた植物による神経線維ネットワークの総称」らしいのですが、ナヴィたちは自らのフィーラーを繋げることで、この「偉大なる魂の木」にアクセスできるのです。生体電流による情報交感能力を持っているということなんですね。アバターとなったジェイクが、その巻き毛部分の先端を「偉大なる魂の木」と繋げて祈っているシーンがありました。

クラゲさながらのとても美しい精霊のような存在が飛びまわっていましたが、ナヴィではこの木の精霊の出現が、エイワからの「サイン」だと信じられていたようです。
聖なる木の精」や「エイワ」を観て思ったのですが、樹木に宿る精霊を、日本では木霊(こだま)と呼んでいますね。また、それが宿った樹木を「木霊」と呼ぶこともあるようです。実際に木霊が写真に写ることもあるようです。
下の写真は、わたしが過去に知人からもらった木霊の姿です。写っている木霊さんたちが公表することを許してくれたので、ここに載せたいと思います。
(木霊さんたち、とても貴重なものをありがとう。感謝します)


     木霊
          屋久島の木霊さん


日本では太古の昔からアニミズム、すなわち万物に精霊、あるいは神が宿っているという考え方がありましたが、キリスト教などの一神教を信じる国々では、受け容れにくいことかもしれません。
この「自然の中に神が宿る」というナヴィ族の信仰に対して、保守派コラムニストのロス・ドーサットは、ニューヨーク・タイムズ紙で、「映画は、神と世界が同一という汎神論的な考えに共鳴するキャメロン監督の長い弁明」と指摘しており、「カトリック教会の一部からも汎神論の思想が広まることへの懸念の声が出ている」と「ウィキぺディア」には書かれていました。
何と心の狭い人たちでしょうか。

肌の白い人(白色人種)たちは、DNAに「平和」というものが欠落していると言った人がいます。彼女は肌の黒い人でしたが、わたしは彼女の言うことに大きな同感を覚えた記憶があります。
特にインディアンたちを大虐殺してきた白人たちは、「侵略をすること」に対する罪悪感などはまるでなく、「自分たちの平和は武力で得なければならない」と思い込んでいるようですし、常に「武力には武力で対抗する」、「平和は武力で勝ち取る」という発想であり、「無暴力こそが平和の源」という基本的な理念が理解できていないように思われます。

この映画は、いろんな意味で刺激的だったと思います。
今回再度映画を観た感想ですが、3Dにばかりに気をとられていないで、この作品が意図していることをもっと感じ、深めてほしいと思いました。
すべての生命が宇宙の源に繋がっていることに気づけば、一神教などという狭い見識は外れていくであろうと思います。
そういうことを、もっともっと映画を通して、全世界の人に伝えていってほしいと、つよく感じたしだいです。

この映画をすでに観られた人は、再度意識して観賞してみてくださればと思います。
そして、感想などをお寄せ下さるとうれしいです。
読者の皆さまが、ご自分のハートで受け止められた内容を、お待ちしております。



★ 最近感じること ★



人類を選別したくはないのですが、地球のアセンションを目の前にして、天国行きと地獄行きが以前よりも増してはっきりとしてきたことを感じている今日この頃です。
人間はだれでも、善なる部分も悪なる部分も持ち合わせている存在ですが、他者に対する愛を全くもたない自己奉仕型の人たちや、闇の部分に支配されていて光の部分がほとんどない人たちというのは、自滅していくのが自然なのだろうなと思うようになりました。
因果応報です。
(関連記事 光の花束〈不滅の詩〉★善を為すなら急げ!
一つひとつの行為を大切にしよう!を参照してください)

そういう人たちが身内にいる場合はとても心が痛みますが、言っても耳を傾けない人、理解ができない人は、どうしようもありません。
人類の意識を上昇させるには、わからない人たちを必死で説得するよりも、直観で聞いてわかる人たちをどんどん増やすことのほうが簡単で、手っ取り早いのです。だからこそ、わたしは世界に向けて自分の思いを発信し、光のネットワークづくりに専念しているのです。

この仕事に「エゴ」の欲望は不必要です。ただ世界人類のため、地球のために光を放射し、伝播していくことが必要です。
日々の生活の中には、さまざまな多くの葛藤があるでしょう。わたしも毎日、そのなかで暮らしているひとりです。ただ、皆さんと少し異なるのは、自分が何のために地球に来たのかを知っているということでしょうか。
きっと読者さんのなかにも、自分の使命や、決めてきたことを思い出した人もいらっしゃるかと思います。
今はその自分で決めてきた仕事をクリアするのみです。

2012年12月にアセンションは起こるでしょうが、それがわかる人にはわかり、わからない人にはわからないという現象が生じるのではないかと思っています。
「何だ? 何も変わってはいないじゃないか」というのであれば、きっとアセンションができなかったのだと思います。

今日は2012年の5月5日です。もう7カ月余りです。
この期間に、どうぞ光の源泉となって自分のワークを完成してください。

                               ~光の仕事人より~



日本人の集合意識を上昇させましょう

2012年05月11日 07:30



4月28日の「見える世界と見えない世界のギャップを垣間見る」の記事で、「父の葬儀から見えてきたこと」について書きましたところ、父の怒りや葬儀の在り方に関して「とても考えさせられた」、「心の準備をするということが いかに大切かが解り、とても勉強になった」など、数々のメールを読者さんからいただきました。

特に家族の死を体験している人たちにとっては、他人事ではなかったのだとつくづく感じたしだいです。
今回は、皆さまのお気持ちに感謝し、父のその後をお伝えしておきたいと思います。



たんぽぽの綿毛


~父のその後~


父の意識体は、葬式が終わってから自分の家に戻りましたが、何かしら落ち着かず、自分の故郷に戻ってみたり、また自宅へ戻ったり、行ったり来たりを繰り返しておりました。おそらく自分の持ち物などが整理されていったりして、生前のままの生活がもうできないということがわかったのでしょう。
また、どこへ行っても、自分のことをさほど偲んでくれる人もおらず、早くも忘れ去られていることを知れば、そこに居続けてもむなしいと言いますか、自分が思っていたほど面白くないことに気づいたのではないかと思うのです。
「もうそろそろあの世へ行きたい」というメッセージを毎日伝えてくるようになりました。
(故人があの世へ旅立つまでは、すぐに故人の物を整理したり、処分したりしないで、生前のままにしておいてあげることが大切だと感じました)

「この世にいたって、しょうがない」という気持ちが、こんなに早くに来るとは思っていなかったので、それでもしばらく様子をみていたのですが、わたしの守護神からも同様のメッセージがあり、父の決心がほんとうであることを知りました。
そのときの父の霊的な状態からすると、霊界の中程くらいには行けるということでしたので、「お父さんの行きたいときに行けばいいよ」とわたしは父に伝えていたのですが、やっぱり見送ってほしかったのでしょう。8日の午前中にわたしのところに来て、わたしが唱える「波動上昇の祈り」と「神の光の祈り」を聞きながら、死者が癒される場所であるアルクトゥルスへと旅立って行きました。(死後16日目のことでした)

そこで癒された後、自分に見合った世界へと赴くのでしょう。
先に亡くなった母とは波動の階層が異なるので、残念ながら父と母が出会うことはありませんが、それでも父としては思ってもみないよき結果であったと思います。
よほど坊主には会いたくなかったのでしょう。法要の前日に去って行った父に、わたしは拍手を送りたい気持ちでした。


~喜んであの世へ旅立った父~


わたしはいつも祈りの際には、香を焚き、ろうそくに火を灯すのですが、終わった後に何度吹き消そうとしても、灯明が消えないことがしばしばあります。そういうときは、たいてい守護神から伝言があるときなのです。
今回も、光かがやく灯明を吹き消そうとしても、まったく消えないので、何かメッセージがあるのかと尋ねたら、「父から」だということでした。
父がわたしに「ありがとう」と感謝の意を表してくれているとのことでした。
最期に、お互いに「ありがとう」と言い合うことができて、とても嬉しく感慨無量でした。

そのメッセージを聞いたあと、再度灯明に向かって息を吹きかけると、灯はフッと気持ちよく消えました。
ああ、もう終わったのだなと思いました。
とても気持ちがさわやかで、その日一日中心身が軽かったのを覚えています。


父に対し、「心おきなく、穏やかに光の世界へ旅立たれる日が訪れる事をお祈りしております」と、父の心の平和を願ってくださった読者さんに心から感謝いたします。

ありがとうございました。  光の仕事人 拝



ミルクティー



★ 読者の皆さまへ お願い ★



見えない世界を身近に感じている方々のリアルな体験談や、それを伝えて理解してもらえたなどの成功例をお寄せください。「皆さまからの体験談」として、記事にさせていただきたいと思っております。
アンケートの「お便り・ご感想」の箇所に書いて送ってくださるとうれしいです。長文で書き切れない場合は、ブログのコメント欄をご利用ください。

★見えない世界(精神世界)に目覚め、直観から行動できる人たちの使命は、自分の波動(ヴァイブレーション)をどうしたら高められるかについて話を聞こうとするできるだけ多くの魂を育成することにあります。
人に教えたり、相手に力を与えたりすることで、わたしたちの波動はさらに高められ、光は強められ、霊的に大きく成長できるのです。

地球上にいるすべての魂は、地球と同じ旅をたどるかどうか、つまり地球とともにアセンションするかどうかを選択する自由意志をもっています。ですから、自分の波動を高めることを選択しない人は、遅かれ早かれ地球を出て行くことになるでしょう。
もし何も真相を知らないがためにアセンションしないことを選択しているのだとしたら、教えてあげる必要があります。無知であるということ、無意識であるということは、魂にとっては最悪の状態だからです。

★日本は、「見えない世界」のことや「不思議な現象」に対する理解度が低く、情報提供が非常に少ない国だと思います。そういう類のことが海外で大きなニュースとなっていても、日本のマスメディアではなぜか取り上げないのです。
たとえば、UFOが東京の空を頻繁に飛び交っているのを多くの人が目撃していたとしても、大きな記事として新聞紙上に出ることはないでしょう。目に見える現象であってもそうなのですから、目に見えない現象などを扱うことは今のところ難しいであろうと感じます。

日本人の見えない世界に対する関心や理解を深めるために、日本人の集合意識をもっと高めるために、目覚めた方々のご協力をお願いします。
                    
2012年5月11日 光の仕事人より


死の恐怖があるのは人間だけではない 

2012年05月19日 10:30


★ 読者さんからの体験談 1 ★



前回、『見えない世界を身近に感じている方々のリアルな体験談や、それを伝えて理解してもらえたなどの成功例をお寄せください。「皆さまからの体験談」として、記事にさせていただきたいと思っております』とお願いしましたところ、25歳の女性読者さんが、お便りをくださいました。
題名をつけ、全文を載せさせていただきます。ありがとうございました。


生き物たちの嘆き



私は生まれつき霊媒・憑依体質で…今までまぁ色んな経験あるのですが、そのひとつを経験談として投稿させていただきたくおもいます。

何年も前。
日ごろ、時折出向かせて頂いている大きなホームセンターがあり、何気なく赴いて帰ってきたあと…むしょうに腹が立ち、怒りが押さえきれない状態が何時間も持続して続いたことがありました。
とにかく怒りが湧いて仕方ないのです。
見かねた同体質の母が、普段からお世話になっている神社に連れて行ってくれました。
拝殿まで目と鼻の先の距離に来た時、傍らを歩いてくれていた母が、その怒りがなんなのかを瞬間、直感にて気がつきました。
ホームセンターには、大小様々な生き物が管理・販売されています。
植物、熱帯魚、小動物。
悲しみを含む激しい憤りは…
ホームセンター内で商品として飼育され、寿命・病死して廃棄された生き物たちの…
『自分たちはゴミじゃない! 生き物だ!』
と言う、人間に対する訴えだったんです。

神社に参拝し、手を合わせて、私は彼等に何度も心の中で謝りました。
間違っているのは、まぎれもない『人間』だから。
その内に気持ちが静まり…理解と謝罪で憎悪から解放されたのか、動物たちは私の身体から離れ、神様に抱えられて霊界へ旅立っていきました。

ハムスター.

私は怒ってる間ずっと、口を尖らせていました。
ハムスターや魚などは、みな口先や鼻先が尖っています。
その肉体の現れとして、どうも私の口先も尖っていたようです。
感情だけでなく、意識していない動作や外観にも、ちゃんと『印』として表れるものなのだな と、後に気付きました。

この経験で、私は虫にも痛みや感情。
私たちとなんら変わらない『心』がある事を知れたのです。
尊い気付きを与えてくれた彼等と、今を生きている小さな兄弟姉妹たちに感謝です。



熱帯魚   


★ 死の恐怖があるのは人間だけではない ★



自分たちはゴミじゃない! 生き物だ!』と言う、人間に対する訴えだったという箇所に、とてもインパクトを感じました。
以前に、『動植物にも「意識」がある』という記事を書きましたが、まさにそれですね。

ホームセンターやペットショップで小さな檻に入れられた子犬や子猫は可愛いけれど、大きくなって身動きがとれなくなった動物たちを見ると、可哀そうでなりません。この子たちは今後どうなっていくのだろう?と思うと、とてもネガティブな気持ちにならざるを得ないのです。幸せに暮らしているとはとても思えないからです。
大きくなって、売れ残った動物たちをどのように処分しているのか、さまざまな情報があります。
いろいろと調べているうちに、ヤフー知恵袋に「ペットショップは、売れ残った犬や猫を保健所で処分してもらっているのではありませんか?」という質問があるのを見つけました。

それに対して、ベストアンサーに選ばれた人の回答が載っていましたので、参考のため記載させていただきます。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1114582406


悲しいですが事実です。
私は彼らの末路、悪徳ブリーダーの実態を知っています。
ペットショップで売れ残った子はブリーダーに返す所もありますが、ブリーダーによっては商品にならなくなった動物を餓死(エサ代浮かせるために)させたり、首の骨を折られ殺されたり、捨てたり、管理センターへ持ち込み、ガスで窒息死させています。

生体を売っているのは日本だけです。そしてまともな法律さえないのも日本だけです。
保健所(処分する所は実際は各自治体にある動物管理センター、動物愛護センターなどです)は狂犬病予防法にのっとり、処分依頼された動物は殺処分しなければなりません。

いま、チワワに続きミニチュアダックスが沢山ガス室で殺されています。ブームに弱い私達日本人の罪です。
我が家には、沢山産まされてボロボロになったお母さんの柴犬がいます。
ショップに並ぶ子犬達のうらで、大量生産大量消費されるたくさんの命。

ですから、この事実を多くの人に知ってもらい、処分される犬ネコを一匹でも救って欲しいのです。



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ブリーダーというのは、日本では主にペットとして販売される動物を繁殖している者を指すようですが、ブリーダーの問題点は多いように思います。(関心のある人は、ブリーダーで検索してみてください)
ペットは小さいうちは可愛いけれど、成長して大人になったら要らなくなって、保険所に持っていかれるケースも多いように思います。



★ 意識の低い飼い主の犠牲となっているペットたち ★



ここで、わたしの脳裏に甦って来た近所の犬のお話をお伝えます。

数年前のことですが、わたしの近所には犬を飼っている家が多く、周囲は犬だらけでした。
数時間無駄吠えをしていても、半日吠えていても、まったくたしなめる様子もなく、家の人は平然としているのです。そんな無神経な飼い主があちこちに存在することに、わたしは長年心を痛めてきました。

あるお宅では、散歩も行かず、ご飯もなかなかやらないので、毎日夕方から夜にかけて何時間も吠えている犬がいました。それが何年も何年もつづいていたのです。ときどきその犬が一人歩きをしていて、わたしの家の庭で見つけることもありました。散歩に行くのが嫌で犬を放したのか、勝手に逃げたのかはわかりませんでしたが。
食事をもらえなくて鳴きつづけている犬。散歩に行ってもらえない犬。家の人に愛されていない犬は、人が通るだけでも激しく吠えたてるようになります。

あまりにも可哀そうなので、あるときそのお宅に話をしに行ったのですが、「私はそんなに犬にかまっていられないんです。じゃあ、保険所に連れて行きますから」と、そこの奥さんは言ったのです。
わたしは「ワンちゃんを見せてください」と頼みました。何かに脅えるように吠え続けていたその犬は、わたしを見ると、しっぽを振って喜んでくれました。
わたしには、とてもやさしくて気だてのよい犬に思えました。ゴールデンレトリバーだったのですが、その身体の毛はぞうきんのように汚れて憐れな状態でした。その犬がどんなふうに扱われているかが、その姿でよくわかりました。
「保健所に連れて行かれるくらいなら、わたしにこの犬をください」と言ったら、その人は黙っていましたが、翌日その犬は姿を消していました。ショックでしたね。

その犬は、その家の人にとって、それぐらいの価値しかなかったのでしょうか?
長年飼っていた犬に対して、何と残酷で、失礼な行為でしょうか。ゴールデンレトリバーは賢くて、忠誠心のある穏和な性格の犬種であるはずなのですが、あれだけ吠えるというのは、よほど毎日がつらかったのではないかと思います。
世話をしないなら、最初から飼わないでほしいと思うのです。
無責任な人間の行為。動物を何だと思っているのでしょうか。
しかし、こういう人は、ほんとうにたくさん存在しているのです。

あるお宅の犬は、夕方になると散歩に連れて行ってもらいたくて、いつも吠え続けていました。遠くから声が響き渡っているのです。家の人がすぐに連れて行かないために、1時間も2時間も吠えているのです。
それで、ある日、その犬がどこで吠えているのかを確かめるため、あちこち探してようやくその犬がいるお宅を探し当てました。呼び鈴を押すと、奥さんが出てきましたが、犬のことで文句を言われると思ったのでしょう。とても攻撃的な態度を示されたのです。
わたしが犬のところへ行くと、その犬は両の前足でわたしの腰のあたりを抱きかかえて、甘えてきました。
わたしは「よしよし」と言って、頭をなでてやりました。
それを見た奥さんの物腰が急にやわらかくなり、わたしにこう言ったのです。
「この子がこんなことをするのは、亡くなった主人にだけでした。ほかの人にしているのを見たことがない」と。

この奥さんは、あまり犬が好きではなく、夫が飼っていた犬だから仕方なく世話をしているようでした。
どちらかというと、大きめの犬なので、力も強く、散歩に行くのも大変で、近所の人に頼んで散歩に連れて行ってもらったりしていたと言うのです。
わたしは、そこのご主人がその場所にまだ留まっているのを感じました。それで、その日中にご主人の意識体にOKをもらい、浄化をさせてもらったのですが、そのとき、ご主人は奥さんにその子を可愛がってもらいたいと思っていることを知りました。
後日、わたしはその旨を奥さんに伝えました。その後、その犬が吠えることはしだいに少なくなっていきました。奥さんが頑張って散歩に行かれるようになったからだと思うのです。
その後、その犬を散歩に連れて行く奥さんの姿を何度か見かけることがありましたが、数年経った今現在はその子が元気で生きているのかどうかは知りません。その子の声を聞くことがなくなったからです。

飼い主に愛されていない犬の立場に立つと、わたしはあまりにも可哀そうで居ても立ってもいられなくなるので、どうしてもその飼い主と接触せざるを得なくなります。それで前者のように悪い結果を生むこともありますし、後者のように良い結果を生むこともあります。また、飼い主が強度の異常波動である場合は、まず聞く耳を持ちませんから、そういう人には言いません。言っても無駄なのです。逆恨みをされるだけで、何も良い結果が得られないのです。

飼い主が異常波動の場合、犬もたいてい異常波動となっているので、とりあえず光を送りますが、ほとんど効果はありません。飼い主の意識が変わらない限り、同じことの繰り返しです。人間も犬も異常波動の場合は、いくら光を送っても、受け取ることができないので、どうすることもできないのです。
異常波動の飼い主に飼われた犬が正常波動である場合は、ほとんど早死にしています。死ぬと、飼い主はまた新しい犬を飼い、同じように狂ったようにムダ吠えをする犬にしてしまうのです。
これが、あまりにも無知な人間のために生じているペットの現状です。

要らなくなったペットは保健所に届けられて死を待つか、医学的な研究の実験台として使用されることもあります。関心のある方は、1年間にどれほどのペットが殺されているかを、ご自分で調べてみてください。きっと唖然とされることでしょう。



★ 死の恐怖は平等にある ★



ペットだけではありません。この世界では、家畜は人間の食料として考えられています。
家畜だけではありません。海のなかにいる魚介類も同様です。わたしが住んでいる近くの海辺では、毎日釣り人だらけです。よく飽きもせず毎日何時間も釣り糸を垂れているものだと驚きます。
テレビでも、釣りや漁の番組で、獲ったばかりの魚を誇らしげに見せたりしますが、わたしはそれをずっと見ていることができず、いつもチャンネルを変えます。
趣味のために平気で魚を釣る人の気が知れません。魚を有り難く食べるならまだしも、ただ釣ることを楽しんでいるだけなのですから。魚を自分たちと同じ生命ある意識体だとは思ってもいないのです。
どんな生き物でも、死は怖いのです。人間に追われて逃げるのは、殺されるのが嫌だからです。

まったく同じような内容を、先日わたしはスリランカ上座仏教の長老アルボムッレ・スマナサ―ラさんの『お釈迦さまが教えたこと―智慧は人生の羅針盤』という著書のなかに見つけました。
その一部を抜粋させていただきます。


人間が殺されるような事件に巻き込まれることはまれですが、それでも死に対する恐怖感は、すべての生命に平等にあります。
ですから仏教では、一般的な事実として、すべての生命にとって、死は最大の恐怖であると語っています。
動物も人間も、死に対する恐怖感自体に差があるわけではありません。しかし人間は、死ぬのが怖いのは人間だけだと勘違いしています。

魚は海の中で平和に、幸せに、誰にも迷惑をかけないように生きています。
魚がいることで海は守られているし、虫や鳥たちがいるから自然のバランスは保たれています。
あらゆる生命の中で、人間だけが癌細胞です。地球環境を破壊することしか知らないのです。
それだけでなく、人間は、他の動物にも生きる権利を与えません
そのうえ、生きることは苦しいとか、人間関係がうまくいかないなどと、文句まで言います。
しかし、他の生命を生命とも思わない人間同士が、いったいどうやって仲良く生きていけるというのでしょうか。



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スマナサ―ラさんは仏教が殺生を禁止する理由をつぎのように書いておられます。

①生命は平等である
②一切の生命は苦しみ、殺されることを怯える、嫌がる
③生きる権利はみな平等にある
④他を殺すことで自分の生きる権利を失う
⑤他人に不幸を与えることは、自分も不幸を受けることである
⑥「幸福になりたい」という目的で生きているのだから、殺生はその目的に反する
⑦殺生する人は今世でも、来世でも、不幸に陥る
⑧心を汚さずに殺生することは、不可能である




ハート 小
汚れた心でなければ生命は殺せない。生命を殺すということは、自分の心を汚すことなのだ」ということですね。

地球の動植物を無残に殺し、人間にできないことは何もないんだとばかり、偉そうに生きている人間たち。
死の恐怖はすべての生命体にあることに気づきません。
海を放射線でさんざん汚しておきながら、まだ原発を続けようとしている浅はかな政治家たち。
もういい加減にしたらどうですか。
そんな愚か者たちに、有益な未来など訪れるわけがありません。

アセンションをしたいのなら、自分がすべての動植物とつながっていることに気づくことです。
シャーマンが木や動物と交信するのは不思議なことではないのです。
動物の気持ちがわかったり、話ができるハイジのような人がいても、全然不思議はないのです。

なぜ、交信ができるのだと思いますか? 
それは木のDNAと人間のDNAは99.9%同じ媒体だからです。
ただの組み合わせの違いで木になったり、動物になったり、人間になったりしているだけだからです。
すべての生命は同じ源からやってきているのです。
だから、すべての生命体とコミュニケーションができるのです。

それを知ったあなたがたは、今から、この瞬間から何をすべきかがおわかりになるでしょう。これまでも、繰り返しお伝えしてきたことです。
どうかそれを実践してください。

2012年5月19日  光の仕事人




読者さんからの体験談―光の体験とは?

2012年05月28日 20:00


★ 読者さんからの体験談 2 ★



前回につづき、「読者さんからの体験談」をお届けします。



光を受けとった体験
    東京 40歳 男性



私は、自分のことをもっと深く探究する目的で、数秘リーディングを申し込もうと思って、光の仕事人さまとメールのやりとりをさせていただいていた頃、風邪で体調を壊し、会社を休んだりしていました。

ある日、若干熱が下がったので会社に出勤したのですが、まだ体調が悪く、再び悪化しそうな感じがしてきたので、社内の診療所に行きました。そこで診察してもらうまで待合室で待っていたのですが、やはり体が辛いので、目をつぶりながら椅子に座って待っていました。

それは午前10時半前後くらいだったでしょうか、まだ診察を受けておらず薬も服用していなかったのですが、ふいに体調が好転してくるのを感じ始めました。それまで病気の時によくあるような体全体がだるくて重い感じだったのが、みるみるその感じが体全体から抜けていく感覚があり、体調が好転していくのを感じました。ものの一分程度の時間だったと思います。私はあれ?と思い、診療所の空気がキレイになっていてその影響なのかなと、目を開けて周りを見渡しましたが、そのようなことでもなさそうなので不思議でした。

ただ、その時なぜか、ひょっとして光の仕事人さまが光を送ってくださったのかなという考えがふとよぎりました。といっても、頭の中で光が視覚的に見えたわけではありません。体調が悪いと今の自分に対するリーディングにも悪影響が出るかもしれないと思ったので、現在風邪を引いていることは光の仕事人さまに伝えてありました。

その後、なんとなく気になったので、昼休みになってメールを開いたら、「早くお元気になられますよう、わたしからも光をお送りします。」と本当に光の仕事人さまから光を送るという内容のメールが届いているではありませんか。

現在の私は、そのいただいた光と診療所で処方された薬のおかげで快復しております。おそらく私が光の効力を認識した初めての体験だったのではないかと思います。私には普段テレパシーなど霊能力は全くないのですが、そのような人間でも光の作用を受け取ることができ、また、かすかな感覚でその発信源も分かる場合があるのだということを今回理解したような気がしました。

光を送っていただいた上に、このような光についての気づきをくださった光の仕事人さまに感謝しております。まさに、お名前のとおりのことをしてくださった感じです。

私には前記のように際立った霊能力もなく、光をイメージすることも難しいし、その光を他人に送ることなどもっと難しいと感じている人間ですが、今回の体験と気づきを得たことにより、そのような光をもっと自分なりに身につけ、広げていきたいと思いました。読者の皆さまも、もし私のこの体験談がそのような光について考えるきっかけとなり、共感いただける部分がありましたら、ありがたいなと思います。



水の躍動


★この後、わたしはこの方の数秘リーディングをさせていただきました。そして、軌道や表現、魂の衝動などの人生のチャートから、まさにこのような体験をたくさんしたくて今生に誕生した人であることを確認することができました。
とても大きくてパワフルなエネルギー領域をもっておられ、宇宙に対してハートをひらけば、すばらしい直観がやってきて、崇高な目的を果たすという大きな可能性を秘めておられる方だと感じました。

「その時なぜか、ひょっとして光の仕事人さまが光を送ってくださったのかなという考えがふとよぎりました」と書かれていましたが、確かにわたしはこの方のところに光が届くようにという思いをこめ、光とともにメールを送信しておりました。
このひらめきを与えたのは、この方の守護霊さんだと思われます。
時間差はあるのですが、光は受信する側の準備が整っていなければ受け取ることはできません。きっと診療所の待合室で目を閉じられたときに、それが機能したのでしょう。

貴重な体験を報告してくださって、誠にありがとうございました。
これを機に、あなたの直観力を研ぎ澄ましていっていただきたいと思います。


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        光の渦


★体調が悪いと感じられる相手に、光を送るということはよくあるのですが、非常に感度のよい方はそれを受信し、確かに回復に向かったのを感じておられるようです。
なぜか急に体調がよくなったので不思議に思っていたけれども、わたしが光を送ったことを知ると、とても納得されるのです。ただ、そんなふうに気づかれる方は、とても稀少です。

★光やエネルギーは目に見えないものですが、わたしの長女や次女のように視覚化できる人間もいます。

あるとき、現在「都市伝説」となっている怖い内容を、長女と話していたときに、その話に関わるとてもネガティブで強烈なエネルギーが感応してやって来てしまったことがありました。ふたりとも背筋に強烈な悪寒がして、「これは危険!」と感じ、直ちに浄化を試みたのです。
(皆さん、怖いネガティブな話はしないほうが賢明ですよ。以前にも、次女と話していたときに感応して最悪の次元から女性霊がやってきてしまったことを記事にしたことがありましたが、とても怖い体験でした。浄化ができないと、えらいことになりますから、要注意です)

そのとき、長女にも一緒に浄化の手伝いをしてもらったのです。わたしの隣に座っていた長女は、その間にものすごい光のパワーを感じたと話してくれました。
ネガティブなエネルギーがあまりにも強かったため、それに対する光のパワーを多く必要としたのでしょう。
「どんな感じだったの?」と尋ねたのですが、「言葉にできない」と言うのです。「とにかくすごかった」と言うだけです。「言葉にすると、それはもう違ったものになる」というのが、長女の口癖です。



★ 超感覚知覚力を持つ人のさまざまなタイプ ★



超感覚知覚力を持つ人のタイプには、視覚型聴覚型感覚型直観型があります。
書いて字のごとく、視覚型は、通常眼に見えないものを視ることができます。映像として、心の眼で視えるのです。

聴覚型は通常は耳に聞こえない声をキャッチします。天使や守護の神霊のメッセージなどを耳から聴くことができます。自分自身の内なる心の声として聞こえることもあります。

感覚型は眼で見たり聞いたりはないけれども、身体的な感覚、すなわち「暖かさや寒さ」、「快・不快」、「心臓の動悸のようすなど」でわかるタイプです。

直観型は見えたり聞こえたり、あるいは身体で感じなくても、今までわからなかったことを一瞬にして「あっ!」とわかるタイプです。
直観型の場合は、特に表現のしようがないと思います。わかる人にしかわからないのです。これは、どうしてわかったのかもわからないのですから(笑)

感受性のつよい人はたいてい、これらのタイプをいくつか併せ持っていると思います。
わたし自身を考えてみますと、主に「感覚型」だと思うのですが、「直観」が来るときもあるし、「聴覚」も稀にあるし、「視覚」もあるときはあります。
わたしの場合の「視覚」は、情景などが眼の前に現われるというよりも、「文字」として出てくる場合が多いのです。そして、それは同時にメッセージとして耳に聴こえてくる場合もあります。

自分が何型であるのか知りたい人は、ドリーン・バーチュー著の『エンジェル・ガイダンス』を読まれるとよいでしょう。かなり参考になるのではないかと思います。


香貴


ハート

光は、感じる人にはわかる微細な感覚です。
何かわからないけど、気分がよくなって、快い感じがする…とか、
何かわからないけど突然うれしくなったとか、幸せな感じがしてきた…とか、
未来に希望が見えてきたとか…いろいろあると思いますが、
そんなとき光がやってきたということができると思います。
この微細な感覚を見失わないようにすることが、大切なのです。
いつも意識して、自分の感覚に気づいていることが重要なんですね。

以前にも紹介しました別ブログ『光の花束〈不滅の詩〉』には、
そういう気づきの重要性を知っていただきたくて、さまざまな神秘家たちのメッセージを載せております。

今回は「ブッダの言葉」です。
(5月27日更新「目覚めよ!」参照)
浄化については、同ブログの「カヴィーシャの実践記録」に記載しています。

感じかたは人それぞれです。
それがただの妄想であるということもあるでしょう。
でも、明らかに何かを感じたあとに、状態や状況が好転しているのであれば、
それは真実なのです。



今までそれらが神秘体験だと気づいていなかった人たちは、今こそ目覚めるときです。
あなたの体験談が、読者のだれかに気づきを与えることがあるかもしれません。
自分なりの神秘体験をお持ちの方は、ぜひ投稿してください。
お待ちしております。
                         2012年5月28日   光の仕事人より




~追記~
 
最近「数秘リーディング」に対するお問い合わせが多くなってきたため、記事の左側に設置したアンケートのメールフォームから「申し込み」ができるように付加しました。
詳細は、カテゴリ『光の仕事人の気づきのコース』―『気づきのコースへのいざない』に更新した内容を記載しております。

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