自分を観るということ

2011年11月04日 01:00


皆さん、お元気でしょうか?
眠かったり、体調が優れなかったりの人が多いのではないかと思います。

わたしも一時期はとても眠くて、本を読んでいると、つい目が閉じてしまい、そのまま眠ってしまうことが何度もありました。
最近は調べものが多く、毎日ずっとパソコンに向かいつづけているので、健康にはあまりよくないかな? と思っています。

秋も深まりつつあり、紅葉も始まり、そろそろ動きだしたくなってきました。そういうときはきっと皆さんも動きたくなるのでしょうね。
どこへ行ってもやたら人が多いため、また疲れが出そうな気がしますが。(笑)

どこかまだ知らない土地へ旅にでかけたい、
ひとりで静かに自分を見つめ直す時間を持ちたい、
そんなふうに、わたしの魂が騒ぎはじめている今日この頃です。



★ 自分を観るということ ★



この目まぐるしい毎日の中で、あなたは自分自身を見つめていますか?

わたしは皆さんに繰り返し「自己探究のススメ」をお伝えしてきましたが、自己の探究は進んでいるでしょうか?

自分を観る」ということは、まず自分の言葉で自分のことを語り、そして他者にそれを正直に伝えることから始まります。

自称オリオンの天使「アーリオ―ン」は「自分を観ること」を勧めています。
自我の確立には、まず自分を知ること」が必要不可欠だからです。

自分を知る」というのは「言うは易し行うは難し」の代表選手みたいなものだと彼は言います。
自分で思い込んだ世界での自分を知るというのではなく、自分と呼ぶ個体の生きている環境の中の雑多な反映物をも通して知ることも必要だ」というわけです。


アーリオ―ンは、こんなふうにわたしたちに語ってくれています。


こんなときに自分はこう思った。でも、友人は別のことを思った。
この違いは何なのだろう? 
自分はこうであるのに、友人はこうではない。
自分と友人の違いは何だろう? 
と考え、お互いの持つ違いや差を認識して、その差をお互いに超えてゆくことを目指すためには、自らの性格をまず見つけること。
そして、いろいろな基準に基づく評価を与えないことから始める。
これを、「自分を観る」と私は名づけているんだよ。


他者の反応は自らのものとは異なるはずだ。
どこがどう異なるのか?
異なる点について自分は、どう感じるのか?
そうした事がらを誠実に会話する努力なしで、
一般論を持ち出していては、
自分を観ることから遠ざかることになる。


コスモス


何を観るのか?
まず「ああなりたい、こうなりたい」という思いを外した部分で、
自分はいったい何のために自分の生命を投げ出すことができるのか?
ということを考える。
そうしたときにこそ、自分が何であるか、何がしたいのかが見えてくる。
この状態のときに、もっとも人は謙虚に自分の生命を見つめることができる。
そうした裸の状態の自分を観ることができた時に、
初めて自分の周囲が観えてくる。


「見たい自分」とは、すでに知っている自分。
「見たくない自分」とは、知っていても故意に見ようともしない、
あるいは全く気づかない場所に、忘却のかなたに追いやってしまった自分。
これらを等価値に見る練習をすることから始める。


自分を見るときに、人は自分にとって気持ちのよい自分を見ようとする傾向がある。
だが、あえてそれをしないで、見えてくるままを見るということだ。
そもそも気持ちがよいと信じ込んでいることであっても、
流行り廃りがあり、一昔の日本人にとって心地よい状況も、
現代の日本人にとっては心地よくないということも多々あるのだ。
そういった流行り廃りのない、ほんとうの自分の姿だけ見ようとするということは、真実の宇宙の姿につながる方法のひとつでもあるんだよ。



うさぎ形の観葉植物
  うさぎの観葉植物  撮影 光の仕事人



ほんとうの自分を見ること。
それがたとえ『こうありたい自分』から遠く離れていても、それを認めること。
認めることは嫌いにならないことだ。好きになれとは言わない。
認めるということは、嫌いにならないこと。
そして、好きになることでもない。
ただ、ありのままに『それを、そこにあると知る』ことなのだ。

この行為を通して、あなたがたは多くのことを見つけるだろう。
それは『自分とはこういうものだ』という枠を壊すことにつながってゆくだろう。
つまり、自分を何にも規定したりしないこと。
自分を自分として見つけることができるようになる道へつながる行為になるからだ。




     コーヒー1
        一杯のコーヒー  撮影 光の仕事人



ハート

日々忘れることなく、「自分を観ること」を実践しましょう。

まず「思いの制限」を取り払い、
肩にかついでいるものや、
背中に背負っているものをすべて下ろして、
軽くなりましょう。

一杯の熱いコーヒーをじっくりと味わいながら、
あるいは、香りのよい紅茶を楽しみながら、
または、たっぷりとミルクを入れたココアをすすりながら、
「自分とは何ぞや?」 
と静かに問いかけてみましょう。

それを実践することで、いつも人に依存しないで自分で考えられる自分、
ゆるぎない自己確立ができた自分となっていくことでしょう。




自立するということ

2011年11月07日 00:00



前回は「自分を観ること」について、また「自分とは何ぞや?」と、だれに頼ることなく自らが追及していくことの大切さをお伝えしました。

つまり、他者への依存や、片時も離したくなかった大好きな「くまのぬいぐるみ」を手放し、自分自身を確立しましょうということです。


★ 一方的なパラサイト人間 ★



依存」というもの全てがよくないわけではありません。
当然のことながら、わたしたち人間はさまざまなものに頼って生きています。
第一に空気や水や食べ物がなければ、生きることはできません。
多くのものを地球が与えてくれているからこそ、人類は生き続けてこられたのです。
人類がその恩恵に深く感謝して、地球と調和した生き方をするのであれば、何も問題はありません。
地球も豊かな資源を惜しみなく与えてくれるでしょう。

しかし、地球に対して何の貢献をすることもなく、地球の資源を一方的にむさぼり、使い果たす人間たちがいます。おまけにネガティブな悪想念をまき散らし、清らかな大地と空気を汚し続けているのです。
悪想念だけでは事足らず、生命を死滅させる放射線物質までまき散らし、今もなお懲りずに原子力発電を稼働し、維持し続けています。
こういう人間たちを悪性の「パラサイト」と呼びます。
(過去記事 悪性のパラサイトとなっている人類への警告―地球に寄生する人類のあり方 参照)


それは、地球に対してだけではありません。
子どもがおとなになっても依然として親に依存し続けたり、誰かにやたら依存し続けたりする人たちも「パラサイト」です。相互に依存するのではなく、一方的に依存し、エネルギーを吸い取るバンパイアみたいな存在です。

そういう人間が地球上に文明を創り、社会を作り、そして人間関係をつくってきたのです。
東北で大震災が起こったあと、被災地の人たちが、ある放送会社のインタビューに答えていました。
ある若い女性はこう言いました。「早く復興させてほしいです」と。

復興させてほしい」とは、どういうことなのでしょうか?
一体だれに対しての希望なのでしょうか? そう、政府です。

当時、政府に対して、対応が遅いだの、早く支援物資を送れだの、仮住まいを建てろだの、早く復興させろだのと注文をつけていたのです。
自分たちは被害者で、被害者に対して責任を持てというわけです。
すべて受け身の姿勢です。全面的な国に対する依存状態です。

なぜ、自分たちの手で復興させようと立ち上がらないのか?
自分の生きてきた土地を自分たちの手で甦らせるのが自立した人間の姿ではないのか? 
そんな疑問が残りました。


★ 政府に支えられるひとは政府を支えている ★



現在は、政府の対応のまずさも加わって、ようやく自らの手で町を甦らそうという動きが出てきました。
「そうでなければね」と思います。

政府があまりてきぱきやってしまったり、支援しすぎると、人々はそれに甘んじて、自ら何の行動を起こさなくなってしまうのです。
人はますます政府に依存し、弱者となっていきます。
政府はできるだけ多くの人を支援したいと考え、被災者が喜ぶように、借金をしてまで膨大なお金を使おうとします。
何のためにですか? 政府のためにです。
大勢の国民を助ければ、大勢の国民が政府を助けなければならなくなるのです。

政府に支えられるひとは政府を支えている
これは、二―ル・ドナルド・ウォルシュ著「神との対話」のなかに出てきた言葉ですが、じつに的を得ていると思いますね。

そんな弱者を惑わす援助などに頼らず、自ら立ち上がるべきなのです。
自分にふりかかった火の粉は自分ではらわねばなりません。人にはらってもらおうと待っていたら、そのうち焼け死んでしまうかもしれません。

過去記事「支援する人、される人―その2 相手の力を弱めてしまわない支援を考える」にも詳細は書きましたが、アーリオ―ンも同様のことを言ってます。


自ら立ち上がり歩もうとしない者に、
手を差し伸べ、歩ませようとする努力は、
見ようによっては美しく見えるが、
これはお節介だと知りなさい。

自ら立ち上がる努力を放棄し、他者に依存して立たせてもらいたい者は、
自らの手で得るものは何もないのだから、
何も得ないという結果を持つことが、学びとなる。

自ら立ちたいが能力的に立てない者、
最善の努力を払ったが立てない者には手を差し伸べよ。
自ら立つことが歩みの第一歩だ。 



いわゆる「可哀そうな人たち」に手を差し伸べればいいというものではない、それが必ずしも立派な行為であるとは限らないということを、再度知っていただきたいと願うしだいです。




  赤いコスモス   撮影 光の仕事人



☆ アーリーオ―ンからのメッセージ ☆



人よ、人としての誇りを失うな。
己を高めるためには己の足で立ち、
己の目で見、
己の手足で触るしかないのだ。

それが物理的に可能であるにも関わらず、
己の足ですら立とうとしない者たちよ、
あなたがたが依存し続けている人間関係、
そして基盤にある社会は
すでに壊れはじめている。

それらを壊したのは、
依存し甘えの相互享受を望み続ける
あなたがたの心だ。




コスモス2
 ピンク色のコスモス  撮影 光の仕事人



つぎに記載する言葉は、わたしがこのブログを通して、これまで皆さんに伝えてきたことを端的に表現してくれている内容です。
ここで、わたしに代わってアーリーオ―ンが、未だ扉をひらくことができず、扉の前で昏迷し、茫然とたたずんでいる人たちに送る『とどめのメッセージ』です。


愚かなる者たちよ、
扉の前でたたずむか。
扉の材質について、形状について語り、
それで扉を知ったつもりになるか。


扉を知って、それで終わりか?
扉は、何のためにあるのか。
こちら側と向こう側に出入りするためのものだろう。


扉の向こう側には、どんな世界があるか。
わからないから、扉を開けるのは怖いと言う。


わからないなら、なぜ、怖いのか?
真実は、分からないから怖いのではなくて、
自分が「わからないもの」に対応したくないだけのことだ。
対応しても、立派にこなせるかどうかわからないから、怖いのだ。


立派に対応できなかったら厭だ、
そんな自分を想像しただけで傷つく。
ならば、わからないものには立ち向かわないほうが良い、と考える。
愚かなことだ。


わからないものに勇気をもって対応しようとする者に、
惜しみない賛辞を与えながら、
心の奥底には嫉妬の炎が燃える。
そして、頭の片隅で一生懸命に自分が対応しない理由を、
だれに話しても納得してもらえるような、
美しい正当な理由を考える。
愚かなことだ。


長年、これを繰り返すと、
自己暗示によって、
わからないものに傷つきながら対応することを
嘲るようになる。
さらには、そうした行為をしようとする者を説得しようと試みる。
最後には、相手の可能性を潰してまで阻止しようとする。
愚かな…。


自立しなさい。
自立とは、わからないことの連続だ。
一瞬一瞬の行為を自らの決断で選び取り、
その結果起きるであろう全てのことに責任を持ちなさい。
だからといって、排他的になる必要はない。
だれの意見であれ、自らの意志で選んでいるんだという自覚がなければ、
自らの能力を試す結果である責任も自分の手には入らない。
自立とは、そういうことだ。 
                    
                         「アーリオ―ンメッセージ」より




ハート
悟り」とは、「自分を知る」ということです。

自分を知らないことを「無知」といいます。(笑)
わたしたちがここにいる最大の目的は、「真の自分を知る」ためです。

自分を知らないでは、何も始まりません。
死んでも「ここはどこ?」「わたしはだれ?」状態になります。

「わたし」とは、だれか?

宇宙と自己との関係を知り得た者こそが、
真に「悟りに到達した人」なのです。 
己を知り、立ちあがりましょう。



十一月の散策 ―奈良の旅①

2011年11月14日 10:20


★ 山の辺の道へ ★ 



まわりの景色が、あざやかな晩秋の色へと変化する季節となりました。
先週は、石上(いそのかみ)神宮と三輪山の裾にある桧原(ひばら)神社に赴きたいと思い立ち、京都から奈良への旅を実行しました。
今回はそのとき感じた旅のお話をしたいと思います。

石上神宮は奈良県天理市にあります。
京都駅から出発する近鉄急行で、天理まで約1時間ほどです。
この「天理」駅から石上神社に行くバスは12時頃に1台しかなく、あとはタクシーか、歩くしか術がありません。(徒歩で30~40分かかる)
わたしが天理に着いたのは10時25分だったので、まずはタクシーで行くことにしました。
運転手さんの話では「天理教の信徒たちが集まってくる26日頃しかバスが出ない」ということでした。
ご親切に徒歩での戻り方を教えてくださったのですが、けっこうわかりにくくて、結局はわたしの足が自然と向かう道を通って、駅に戻ることになりました。


★ 親しみを感じた石上神宮 ★



石上神宮(いそのかみじんぐう)は『日本書紀』に記される伊勢神宮などと並ぶ日本最古の由緒ある神社の一つで、飛鳥時代の豪族、物部氏の総氏神として知られています。
古代大和朝廷から武器庫である神庫(ほくら)の管理を任され、神宮の神庫には歴代天皇や諸氏族から奉献された楯・鉾・太刀・玉・装身具など、多くの神宝が収められているそうです。

ご祭神は以下の通りです。

祭神  布都御霊(フツノミタマ)大神
布留御魂(フルノミタマ)大神
布都斯魂(フツシミタマ)大神

配祀神 五十瓊敷(イニシキ)命 
宇摩志麻治(ウマシマジ)命
白河(シラカワ)天皇
市川臣(イチカワオミ)命



石上神宮の鳥居
       石上神宮の鳥居  撮影 光の仕事人


最初に鳥居の前で頭を下げたとき、何かしら嬉しい波動に包まれて、つい涙ぐんでしまいました。
わたし自身は、物部氏や石上神宮のご祭神とは関わりはないように思うのですが、「日本建国のルーツ」を探っている者としては絶対に避けられない神社でもあったので、感動が大きかったのだと思います。

参道を歩いて行くうちに鶏が盛んに鳴いて出迎えてくれました。
境内にはたくさん鶏がいて、心がとても和みました。

うこっけい
        うこっけい  撮影 光の仕事人 


人が多かったので、拝殿の左側から出た場所にある杉の木のところにたたずんでおりました。
杉の木に手で触れると、やはり鳥居の前で頭を下げたときに感じたような何かしら嬉しい波動が伝わってきました。
「わたしはここに来たことがある」というデジャヴがまた起こっていました。


ご神木
     ご神木  撮影 光の仕事人 


楼門
     楼門   撮影 光の仕事人  

                        
楼門前の石段を上がると、左側の奥に石上神宮の摂社の一つ「出雲建雄神社」が建っていました。
ご祭神は「天叢雲剣の霊威」であり、「出雲建雄神」と称して祀られているようです。神宮のご祭神と同様、この摂社のご祭神も剣の霊威です。

摂社1 
摂社2
 出雲建雄神社 撮影 光の仕事人   


「本殿」は「拝殿」の奥に建てられているようでしたが、その姿は拝殿から見ることはできませんでした。
「本殿」は1913年に建てられたものといわれており、それ以前は「本殿」というものがありませんでした。
「拝殿」の奥側に祭神である「平国之剣」を埋め、土を盛り「高庭之地」と呼び、立入禁止にして祀っていたようです。

石上神宮の拝殿 石上神宮拝殿
      石上神宮拝殿  撮影 光の仕事人


わたしは二度拝殿の前に立ち、波動を確かめましたが、手にしたペンジュラムは右まわりに回っていて、大変良い波動であることを告げていました。
出雲建雄神」の場所も同様で、ご神木の杉が立っていた場所もよかったです。
どこも、掃き清められており、すがすがしさを感じました。

騒がしい団体客がいなければ、最高だったかもしれません。
団体のマナーの悪さが目立ち、真剣に神社にお参りする人以外は遠慮してもらいたいと思うほどでした。参拝するのに、大きな声でしゃべりながら歩く必要はありませんね。

木の上にとまっている鶏たちに別れを告げて石上神宮をあとにし、徒歩で天理駅へと向かいました。


木の上の鶏
         木の上の鶏  撮影 光の仕事人


道すがら見える天理教の信徒たちの宿泊場には圧倒されました。こんなに広大な敷地が必要なほどの信者が集まってくるのだということが、歩いて初めて実感できました。

辺りは車が通るだけで、歩いている人も少なく、静かで、秋色に染まった街路樹がひたすら歩くわたしの目を楽しませてくれました。

天理駅まで36分かかり、くたびれましたが、それなりの収穫はあったと思います。
計画通り、天理駅12時23分発のJRに乗り、三輪まで行きました。
天理から三輪までは15分ほどです。
三輪駅から大神神社までは徒歩5分ほどでした。わたしは先に桧原金神社に行く予定でしたので、そのまま山の辺の道へと入りました。

山の辺の道は石だらけのとても細い山道でした。
底の厚い運動シューズを履いてくるべきだったと歩き始めてから気がついたのですが、足裏の皮がむけるのではないかと思うほど、ハードでした。
次回は、桧原神社と大神神社についてお話ししたいと思います。



★ 「気づきのコース」についてのお問い合わせ ★



最近新しい読者さんで、また「気づきのコースを希望したい」というお問い合わせが来るようになりました。
気づきのコース」はすでに終了しておりますので、原則として各種リーディングは行いません
但し、自己探究への熱意が十分に感じられ、わたしのハイアーセルフがOKサインを出した人については「数秘リーディング」のみ受けつけてもよいと考えております。

★お申し込みの前に、必ずカテゴリ「光の仕事人の『気づきのコース』」をよくお読みください。

★アンケートのメールフォームに住所・現在の氏名・生まれたときの本名(ふりがなをつけたもの)・生年月日・希望の動機をご記入の上、送信してください。


★11月21日の記事 カテゴリ『光の仕事人からのメッセージ』の「自らの鏡を清めなさい」をお読みください。変更事項を記載しております。(11月21日更新)


つい最近、「個人情報なしで、どの程度のリーディングが可能なのか知りたい」という男性からメールをもらいました。
「守護霊とのコンタクトは可能であるかどうかや、自分の人生に起こった出来事を具体的に挙げることができるのかどうかをまず知りたい」と言うのです。

その人は光の仕事人を試したくて仕方がなかったようですが、リーディングをおこなう相手を信じ、「自らをゆだねる勇気」が持てない、「全面的な明け渡し」ができていない、つまり「自己探究の準備」ができていないわけですから、お断りするしかありませんでした。

過去記事にも書いておりますが、「明け渡す」ということは、もはや「自分自身はいない」ということです。「エゴが落とされている」ということです。
エゴが落ちていれば、自己防衛の必要などはなくなります。

その人は「純粋な探求心からの願いであり、決して悪意はない」と書いておられましたが、「何の探求心なのかな?」と思います。
もっとも重要なことは、その人自身の「自己探究」であって、相手の超能力の探求などではないはずです。
OKサインが出ないのは当然のことだったと言えるでしょう。

神社で神さまにお祈りするときは、自分の住所と名前をまず申し上げるのが礼儀であり、常識です。
自分がどこの何某かを名乗りもせずにお願い事をしても、神さまは決して聞く耳を持ちません。
どんな神さまだって、本人の情報を語らない者のことはわからないでしょう。何しろ地球には70億もの人間がいるのですから。(笑)
波動だけで「私がどんな人間なのか当ててみてください」なんて言っている人を相手にはしないと思います。

そのあと、その人の守護霊と感じられる存在がお詫びに来られましたが、やっぱりねと思いました。その人の方向性がちがっていて、残念に思ったしだいです。

すでに終わっている自分の人生に起こった出来事を当ててもらって、それがいったい何になるのでしょうか?
超能力への好奇心がきっかけで、スピリチュアルへの道に入ろうとするのは邪道です。
 
大切なことは、まだ気がついていないところの自分、まだ知らない自分自身を知ることなのではないでしょうか?
究極的には、「自分の存在が何なのか」を知ることなのです。わたしは、それを知るきっかけづくりを提供しているだけなのです。
その人の観点とわたしの観点のちがいが、おわかりになるでしょうか?



★ 霊道は必要であれば開かれる ★



これまでこのブログを訪問された読者のなかには、霊能力や超能力に惹かれる人たちも多くおられたと思います。また、自ら「霊能がある」と言う人たちも少なからずおられました。
しかし、そうであるならば、「なぜ自分のことがわからないのか?」と思います。

以前にも言ったかと思いますが、霊能者は自分の霊眼で視えたものしか信じず、幅広く深く自己について探究しようとはしないので、自分のことをほとんど知りません。(精神世界を深く学び、探究しないので、結局は知らない)
自分の意識レベルに応じたものしか視えない(自分より次元が高いものは視えない)にもかかわらず、それのみを正しいと信じ込んでしまう危険性がおおいにあるということを知らなければなりません。
そして、人それぞれ観点がちがっている(同じものでも角度がちがうとちがって見える)ので、霊能者が言うことは皆まちまちです。

霊能力は異常波動、超能力は正常波動から生じるものだということを念頭に置き、そういうものにあまり興味を持たないようにすることが大切です。
そういう能力は、今生でその人に必要であれば自然に備わりますし、必要でないなら、閉じたままになっています。たいていは霊道を開くこと自体危険性が伴い、通常は発揮できないようにしてあるのです。


わたしは過去に、浄化を求めてやってくる者たちを霊視したいと思い、守護の神霊に「視えるようになりたい」と真剣にお願いしたことがありました。「百聞は一見にしかず」と考えたわけです。
すると、目を閉じた途端にいろんなもの(浄化を求めてやって来た者たちのプロセス)が見え始めたのです。

それは合戦で馬に乗り、刀を振りかざした武士であったり、木にぶらさがって死んだ人であったり、敵に追いかけられて山道を逃げている親子だったりしましたが、あまりにネガティブで悲惨な姿に「わかりました。もう視たくないです。元に戻してください!」とお願いし、即刻視えない状態に戻してもらったという体験をしています。
そんな人たちの姿がはっきりと視えたところで、気持ちが悪くなるだけで、わたしにとっては有益なことではないということを、まざまざと知ったからです。

それからは、霊視や霊聴などは必要でなく、これまで通り自分の直観と感覚だけで判断するようになりました。それで十分です。

ということですので、霊能や超能力に興味がある人は、どうぞ霊能者や超能力者のところで相談してくださいと申し上げておきます。

また、霊能者は霊媒体質であるので、非常に霊に影響されやすいのです。
つまり、コントロールされやすいということです。高次の存在になればなるほど、人をコントロールするようなことはしません。コントロールされているようなら、それは邪神や邪霊の類と知ることが大切です。
自分のオーラやチャクラをやたら開いておかないで、しっかりと閉じておくことが肝要であることを再度お伝えしておきたいと思います。
(過去記事 「サイキック・バンパイア」と「サイキック・スポンジ」参照)

わたしは自らの浄化自己探究に真剣にいそしみたい人にしか関心がありません。
今の時期、もう既にそれを済ませていなければならない時期となっていることは、もう皆さんご承知のことと思います。
どうか日々そのことを意識し、いつ肉体を去ってもOKであるよう、悔いのない人生を送っていただきたいと願うしだいです。


十一月の散策 ―奈良の旅②

2011年11月17日 10:50


★ 三輪~山の辺の道~桧原神社まで ★



山の辺の道」を歩く人は大変多いのですが、石上神宮方面からやってくる人たちのほうが圧倒的に多く、わたしのように三輪方面から向かう人は、その日はわずかでした。
すれ違いざまに「こんにちは!」と声をかけながら、それでも予定よりも早く桧原神社に到着し、ホッとしました。

桧原神社は、大和国中が一望できる絶好の場所に位置し、二上山の姿を眺められるとても波動のよいところでした。光の仕事人はそこが大変気に入ってしまいました。

かつてこの付近は「大和の笠縫邑(かさぬいのむら)」と呼ばれており、境内には「皇大神宮倭笠縫邑(やまとのかさぬいのむら)」と書いた大きな石碑が立っていました。
天照大神をお祀りする「元伊勢」とも呼ばれるこの神社は、本殿や拝殿はありません。三ツ鳥居が山を背にして建っているだけです。この三ツ鳥居奥の神籬(ひもろぎ)と般石座がご神体なのです。



桧原神社三つ鳥居
       桧原神社三つ鳥居  撮影 光の仕事人



古代の歴史やご祭神のルーツを研究している人たちにとっては、よく知られていることですが、ここで少し、桧原神社の謂れをお話ししておきたいと思います。


★宮中にいたアマテラスが大和の笠縫邑に来た理由★



日本書紀』の「崇神記」によりますと、第十代崇神天皇は、皇女の豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)に託して、それまで宮中で祀り、共殿同床していた天照大神を宮中から出し、「大和の笠縫邑」に遷(うつ)して、その場所に堅固な石の神籬(ひもろぎ)を造って祀ったとされています。

神籬は神道用語で「上古、神祭の時、清浄の地を選んで周囲に常磐木を植えて神座としたもの。現在の形は榊に麻と紙垂を取りつけ、神の降神時の依代として使用する」とあります。
つまり「神霊の天下る木」のことですね。

神籬は木だけではありません。古代日本の神道は、社殿の中に神をお祀りせずに、巨石や巨木、あるいは美しいピラミッド形の山などの自然の造形物に神が宿るとして、それらを礼拝の対象としてきたのです。
社殿や神棚のない場所で祀りをおこなうとき、神を臨時にお迎えするわけですが、そのとき神の依り代(神を迎える際に宿る場所)となるものが神籬(ひもろぎ)なのです。

第十一代垂仁天皇の御代になって、天照大神を今度は豊鍬入姫命から倭姫命(やまとひめのみこと)に託すことになったといいます。
倭姫命(やまとひめのみこと)は天照大神を鎮座させる場所をあちこち探しましたが、最終的に大神の希望を聞き入れて、伊勢国の度会宮に遷したということです。


この「天照大神の遷宮に関する伝承」について、疑問を持っている人もいらっしゃるのではないでしょうか?
いったいなぜアマテラスは宮中を出され、転々と遷らなければならなかったのでしょうか? 遷ること25回です。

天照大神というのは皇祖神です。(建前上ではそういうことになっていますね)
その皇祖神を天皇が皇居から追い出すとはどういうことなのか? 
誰でも不思議に思いますよね。
つまり、それは天皇家の皇祖神が実は「アマテラス」ではないことを明確に物語っている証拠となる内容です。
実際に天皇守護の神として最も重んじられてきた八柱の神々のなかにも「アマテラス」という名は存在しないのです。



★ アマテラスを追い出した崇神天皇 ★



崇神天皇について調べると、興味深いことがわかります。
崇神天皇5年(紀元前93年)に日本国中に疫病が大流行し、多くの人民が死に絶えたとあるのです。
事態を重く見た天皇は、朝夕に天神地祇に祈りを捧げたのですが、それにもかかわらず、その勢いは一向に止まりませんでした。
その翌年、疫病を鎮めるべく、従来宮中に祀られていた「天照大神」と「倭大国魂神」を皇居の外に移したというのです。

「天照大神(あまてらすおおかみ)」は天津神です。
「倭大国魂(やまとおおくにたまのかみ)」は大国主命のことで、国津神です。


日本書紀』にはつぎのように記されています。

これより先に、天照大神・倭大国魂、二の神を天皇の大殿の内に並祭る。
然うして其の神の勢いを畏りて、共に住みたまふに安からず。
故、天照大神を以ては、豊鍬入姫命に託けまつりて、倭の笠縫邑に祭る。



豊鍬入姫命
 豊鍬入姫命宮  撮影 光の仕事人

豊鍬入姫命由緒書


宮中で祭祀している天照大神と倭大國魂神の不仲によるものと、天皇は考えたのでしょうか? 
それまで二神を宮中に祀っていたけれども、二神の霊威が強力で畏れ多いので、天皇はこれらの神と共に住むのは精神的に落ち着かなくなり、不安になったというのです。
「畏れ多いから」と言うと聞こえは良いのですが、実際のところはその神たちを排除したい気持ちがあったように感じます。

これは、どう考えても「神やらい」ですね。
「神やらい」の対象とされたのは、天照大神だけではありませんでした。
天皇は倭大国魂神(やまとのおおくにたまのかみ、大己貴神の荒魂)も同時に宮中から追い出したのです。

崇神天皇は、天照大神を皇女の豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)に託して祀らせます。
倭大国魂を託した渟名城入姫命(ぬなきのいりひめのみこと)は髪が抜け落ち身も痩せてその任に耐えなかったので、市磯長尾市宿禰(いちしのながおちのすくね)に託して祀らせることにしました。

天皇が占うと、三代前の孝霊天皇皇女の神明倭迹迹日百襲姫命(かみやまとととびももそひめのみこと)が神懸りして「我を敬い祭れば必ず治まる。我は大物主神」と名乗ります。
天皇はその言葉のままに丁重に祀りますが、効果がありませんでした。さらに沐浴斎戒して祈り、その夜の夢に大物主が現われて告げるには、「国が治まらないのは、吾が意思である。もし吾が子の太田田根子(おおたたねこ)を以って、吾を祭れば、国は平和となり、海外の国も帰伏する」と告げるのです。
結局祟りをなしているのが大物主であることがわかり、太田田根子命(おおたたねこのみこと)に託して祀らせたところ、ようやく疫病は収まったということです。

疫病流行は、大物主神のしわざであったということですね。
祟って、お祀りしてもらったら、途端にご機嫌になって、疫病は終息したということですが、大物主って、その程度の神さまなんでしょうかね?
大物主のことをとても誉めている人たちもいるようですが、祟り神の意識が高いとは、わたしにはとても思えません。

それ以来、倭大國魂神倭国(やまとのくに)の大和(おおやまと)神社に、大物主神大神(おおみわ)神社にて祭祀されることになります。

倭国の笠縫邑に祀られた天照大神は、それ以後約六十年の歳月のなかで二十五回も遷宮を繰り返し 、最終的に伊勢国の五十鈴川のほとりに鎮座することになったのです。
この天照大神は、記紀に記されているような女神などではありません。
ほんとうはどんな存在なのか、それはまたいつか機会があればお話ししたいと思います。


桧原神社
 


アマテラスが最初にやって来た笠縫邑の桧原神社。
境内に立ち寄る人は少なく、森閑とした空気のなかに清らかな波動を感じました。
わたしの打った柏手が非常に大きく美しく鳴り響いたのが、その証拠です。

いつまでもそこにいたい気持ちでしたが、まだ三輪山の昇り口がある狭井神社と大神神社に立ち寄る予定があったため、また「山の辺の道」を三輪の方向へと戻りました。
(次回につづく)




十一月の散策 ―奈良の旅③

2011年11月19日 00:00


★ 山の辺の道~狭井神社 ★



前回はアマテラスが最初に来た笠縫邑の桧原神社について、お伝えしました。
その桧原神社から再び山の辺の道を狭井神社の方向へと戻る途中、靴底が薄いために非常に足の裏が痛くなり、何とかならないものかと思い、「視えない山の助け人」を呼びました。
わたしも地球の人間としては半世紀以上生きており、けっして肉体的に若くはありません。田舎の生活が長くなると、車ばかりで移動するため、自ずと歩かなくなり、足が弱ってくるのです。だったら、歩けばいいのですが、それがなかなかできないんですね。それで、急に山道を歩いたりすると足が痛くなるわけです。困ったものです。(笑)

この「視えない山の助け人」というのは、たいてい天狗さんです。
天狗さんには、特に京都の鞍馬山を登るときにいつもに助けられていました。長い石段がつづき、体力的に厳しくて、しかたなく休憩をとっていると、サーッとさわやかな風が吹いてきて、元気づけてくれるのです。
そうすると、驚くことに身体が軽やかになって、足がどんどん前に進み、石段を飛ぶように登って行けるのです。
そんな様子を見た中年の男性が「元気やなぁ」と、驚いて声をかけるほどです。(笑)
これまでにわたしと一緒に鞍馬山に登った人たちも、そのエネルギーを感じたのでしょう。どの人もわたしのことを「まるで天狗そのものだ」と言っていました。

確かに自分でも明確に実感できる不思議な現象です。
鞍馬山ばかりではなく、どこの山に登っても同様なのです。心の中でお願いすると、急に身体が軽くなるので、来てくれたのだとわかるんですね。
きっと天狗が身体を持ち上げてくれているのでしょう。山に行くと俄然元気が出てくるので、山歩きはわたしを癒してくれる最適の場所です。

天狗さんは、今回もやっぱり来てくれました。急な下り道などはスピードが出過ぎて、ほとんど走っているような状態でした。ブレーキをかけても、足が止まらないんですよ。(笑)
最後まで一緒にいてくれるようお願いしていたのですが、なぜか龍神のお宮があるところ辺りで戻って行ってしまいました。お陰さまで、予定よりもかなり速く到着しました。



もみじ2



狭井神社大神神社の摂社で、正式名は「狭井坐大神荒魂(さいにいますおおみわあらみたま)神社」です。
社伝によれば、創祀は垂仁天皇の時代とされており、大神荒魂神(おおみわのあらみたまのかみ)を主神として祀り、大物主神(おおものぬしのかみ)、媛蹈鞴五十鈴姫命(ひめたたらいすずひめのみこと)、勢夜多々良姫命(せやたたらひめのみこと)、事代主神(ことしろぬしのかみ)をお祀りしています。

荒魂(あらみたま)というのは、荒ぶるような猛々しい働きをもって現れる霊魂のことです。

三輪山の山頂には高宮神社があり、信仰者の登山が認められています。登拝口は拝殿の右側にありました。社務所に願い出て、住所・氏名・入山時間・性別を記入し、登拝口で祓いをすませれば、木綿のタスキを肩にかけて誰でも登頂できるそうです。(登頂は有料で、厳しい制約もあるらしい)

山に登る人が多すぎるのか、狭井神社のいずこにもよい波動を感じることはありませんでした。なぜ三輪山全体を禁則地域にしないのか、わたしにはよくわかりませんが、山の清浄さを保つためには、人間を入れないほうがよいですね。
わたしはこの山に登る必要性を感じてはいましたが、今回はあえて登りませんでした。いつか日を改めて登ることになっているからです。

昔から三輪山の神は大物主神で、出雲の大国主神とイコールだとされていますね。
古事記』によりますと、大国主神とともに国造りを行っていた少彦名神が常世の国へ去り、大国主神がこれからどうやってこの国を造って行けば良いのかと思い悩んでいた時に、海の向こうから光輝いてやってくる神様が表れ、大和国の三輪山に自分を祀るよう希望した神ということになっています。
大国主神が「誰か?」と尋ねると「我は汝の幸魂(さきみたま)奇魂(くしみたま)なり」と答えたということです。

日本書紀』の一書では、大国主神の別名としており、大神神社の由緒では、大国主神が自らの和魂を大物主神として祀ったとあります。
その神の正体は「ニギハヤヒ天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊(あまてる くにてる ひこ あめのほあかり くしたま にぎはやひ の みこと)だという説が一般的ですが、「大物主神」も「大国主神」も「ニギハヤヒ」も人間が勝手に想像し、つけた名前であって、実在の信憑性もありません。

余談ですが、『古事記』は日本最古の歴史書などと言われていますが、ほぼ天武天皇のフィクションですから、『歴史小説』と言ったほうが正解ではないかと思います。
古事記』が献上されてから1300年を迎えるということで、最近は古事記関係の本のコーナーが設けられている書店もありますね。
まだ読まれていない人は、一度読んでみられてはいかがでしょうか? 
きっとさまざまな疑問が生まれてくるでしょう。
自分自身を探究するにあたって、「日本人って、なんぞや?」と考えてみることも必要です。
古代の日本列島には、どんな人間がいたのでしょうか?
渡来人ばかりが目立って存在していたことはまちがいありませんね。



柿の木



★ 狭井神社~大神神社 ★



狭井神社の拝殿の左後ろに、この神社の由来となっている神水の井戸・狭井がありました。
ここから湧き出る水は「薬水」と呼ばれ、昔からその水を飲むといろいろな病気が治るといわれているようです。
薬水を汲みにくる参拝者も多く、常にそこにはペットボトルに薬水を入れる光景が見られました。わたしも備え付けのコップで2杯ほど飲み、持参していたペットボトルに薬水を入れ、京都の父へのお土産に持って帰りました。
この「薬水」がほんとうに効くかどうかは謎ですね~。プラシーボ効果は期待できそうですが。(笑)

狭井神社から大神神社まではさほどの距離はなく、10分ほどで着きました。
大神神社から受けた印象は、7年ほど前に来たときとあまり変わりませんでした。

拝殿までの途中に「祓戸社」がありました。
祭神の祓戸大神(祓戸神・ハラエト)とは、心身についた罪穢を祓い浄める神のことです。そこには、瀬織津比(セオリツヒメ)・速開津比(ハヤアキツヒメ)・気吹戸主(イブキドヌシ)・速佐須良比(ハヤサスラヒメ)の4柱の祓戸大神と称される神々が祀られていました。

瀬織津姫神はその名を見たときになつかしさを感じましたが、罪汚れをお祓いするところであるからなのか、周囲の波動は残念ながら大変悪かったです。
「祓戸社」とは言っても、そこには人々の汚れを払うようなエネルギーは全くないと感じました。
拝殿の中では七五三の祈祷などで大勢の人がいて、やはりよくなかったです。ペンジュラムでも各所確認してみましたが、左まわりに回るだけでした。
とにかく境内に神聖な気が感じられないので、そこにたたずんでいる気にもなれず、早々に立ち去りました。よって、今回は残念ながら写真を載せることができませんでした。


紅葉
    十一月の紅葉  撮影 光の仕事人 

        
予定よりも1時間も早くすべてのコースが終了したので、近くの風変わりなコーヒーやさんで休憩し、オーガニックコーヒーとこだわりのシフォンケーキをいただくことにしました。
若いご夫婦ふたりで経営されているようで、家庭的な雰囲気がとても心地よく感じられました。
先客がいなくなると、広い室内にわたし一人だけとなりました。
ケーキに添えてあった生クリームには洋酒が入っていて、とても口当たりがよく、ゆっくりと飲むコーヒーのぬくもりが疲れを癒してくれました。
心休まる静かな時間。この時間を取るために予定が早く終わったのかもしれません。
その日、無事計画が終了したことを感謝し、帰路に着きました。

今回の急な旅で立ち寄ったのは、わたしのハイア―セルフが勧めてくれた場所のみであって、「必要ない」と知らされた神社には、道すがら頭を下げただけで、通り過ぎています。
山の辺の道には、たくさんの神社や天皇陵、遺跡があるので、次回行く機会があれば、ひとつずつ寄ってみたい気がしました。と言っても、自分に関わりがなかったり、行かないほうがよい場所は、結局のところ行けないのであろうと思いますが…。



ハート
もし、あなたがいつもここにいると気持ちが落ち着き、
気分がよくなるよという場所や神社があるなら、
そこがあなたの魂のルーツに何らかの関わりがあるところだといってもよいでしょう。
人によって、感じ方は千差万別です。
神々にはそれぞれ系統があり、人にも霊統がありますから、
その神社が気に入ったからといって、他の人も気に入るとは限らないということです。
自分の親神の系統を知っておくことは、神社めぐりをする上でおおいに役に立つことでしょう。

「記紀」をお読みになれば、ある程度おわかりになると思いますが、
「天つ神」と呼ばれた存在、あるいは古代の「大王(おおきみ)」と呼ばれた人たちは、
自分が気に入った土地を治めたいばかりに、元からそこで平和に暮らしていた人々を立ち退かせ、山や僻地へと追いやり、倦厭し、彼らの身分を貶めてきました。
あるいは、政治や統治者に不満があれば、乱を起こし、我が親族をも平気で暗殺してきたのです。

いつの世も、自分にとって都合の悪い神々や人物はすべて封じ込めたり、抹殺するというのが、国を治めてきた者たちのやり方です。

皆さんも、偽りの歴史ではなく、真の歴史を探求(探究)していただき、
なぜ自分がこの日本に生まれたのかを考えてみていただきたいと思うしだいです。



自らの鏡を清めなさい

2011年11月21日 01:00


★ 常に意識して自己を省みること ★



このところ、「数秘リーディング希望」のアンケートばかりが来ており、その内容に著しい記入漏れがあったり、同じ人から繰り返し送信があったり、正直言って、ちょっと嫌気がさしてきておりました。
光の仕事人がキレるということはかなり珍しいことですが、下記のアンケートを読んで、とうとうキレました。(苦笑)


【 お便り・感想 】:
こんにちは。はじめまして。
こちらでは、必要に感じたこと、気になったタイトルのものを読んでいる為、全てを読んだわけではないのですが、興味深い内容をボリュームたっぷりの量で読ませていただいていることに感謝しております。

それに加えて、数秘リーディングまで無料でしていただけるなんて…*すごくお得な気分です。
実は数秘は自分でも読めるのですが、光の仕事人様が、その数のエネルギーに対して、どういう言葉を使うのか、言葉が違うとまた違った視点で自分を眺められると思っていますのでお願いさせていただきました。どうぞよろしくお願いいたします。

この方は、ご自分の住所、氏名、生年月日などの必要事項をまったく書いておられませんでした


★まず、わたしは「数秘リーディングを無料でやります」と言った覚えはありません。
今までも、きちんとそれに見合った金額をいただいた上でおこなってきました。
料金をいただく理由も、ちゃんと記事に書いていますね。

数秘を自分で解読できる人は、どうかご自分で気がすむまでお調べになってください。
すでに自己の探究はできているはずです。
また、数秘を知りたいだけであれば、わたしでなくても、数秘リーディングを生業にしている人たちは数多おられるので、そちらのほうでお願いします。
わたしは数秘をきっかけとして、「真剣に自己探究をしたい人」のみを募っているのです。

光の仕事人の「気づきの教室」や「気づきのコース」のカテゴリにある全記事を読んでおられたなら、このような甚だしい思い違いは決して生じなかったことと思います。


★ 参照 過去記事 ★


*「自分の魂の純粋な質」と「人生の目的」を知ること
*「気づきのコース」へのいざない 
*アセンションとは内なる自己の大爆発  
*光の仕事人からのメッセージ ―「気づきのコース」終了のお知らせ  
*出会えた奇跡に感謝   など 



この方は、「全てを読んだわけではない」と書いておられますが、「数秘リーディング」を希望するのであれば、せめてそのカテゴリぐらいは読んでいただきたいものだと思いました。

7月で「気づきのコース」を終了したのも、現在わたし自身の為すべき仕事があり、毎日忙しくなるからというのが理由の一つにありました。
ほんとうはこのブログも7月末で終了する予定でした。そのことは、ずっとお読みくださっていた読者さんはご存じのことと思います。

リーディングする時間がなかなかとれなくなった」ということで終了したわけですが、それでもなおかつどうしても「自己探究をしたい」という切実な思いがあって、数秘リーディングを望まれる人がおられるなら、その意欲と情熱に免じて、「わたしのハイア―セルフがOKなら、いいですよ」とお伝えしたのです。ですから、以前のように、門戸を大きく開いているわけではないのです。

好奇心のみで門戸を叩いてほしくありませんし、『「気づきのコース」へのいざない』に書いたチェック項目を全てクリアする気がない方は希望されませんよう、どうかくれぐれもお願い致します。
(今のところOKが出たのは、8名中1名のみですが、それだけ準備ができていない人が多いということです)
 
最近訪問した読者さんのなかには、早とちりがあったり、記事を読んでも十分に理解しておられないことがわかります。記事やメールでお願いしたことさえも、実行していただけない状態です。
こちらのニーズを全く理解しようとはしていない、自己中心的であり、相手のことまで考える余裕がないことがわかります。
準備ができているかどうかという以前に、人間としての基本的なマナーが欠けていると言えるでしょう。
どうか常に意識して自己を省みることを忘れないでください。 



光4



★今後はOKサインが出た人にだけメールを送ります★



★すべては過去のブログ上で十分に説明しておりますので、新たに説明を加えるのは、今回限りです。

★今後「数秘リーディング」は、このブログをすべて読破した方に限らせていただきます。(自己申告してください)
そして、ハイアーセルフのOKサインが出た人のみメールでお知らせすることに致します。
よって、2日以内に返事がこない場合は、「準備ができていなかった」ものとして、悪しからずご了承いただきたく思います。

大変厳しくなって申し訳ないのですが、あまりにご理解がいただけていないために多くの手間がかかるので、このような方法をとることにしました。
ご了承くださいますようお願い致します。



★ 前回の記事でお伝えしたコトノハさんへ ★

その後、あなたの携帯電話や別のメールアドレス、ご主人のアドレスなどをお知らせくださいましたが、とりあえず20日の早朝、ご主人のアドレスのほうにお返事を送信しておきました。
その後応答がないため、やはり届かなかったのだと残念に思っております。
それで、他の読者さんにも参考になるように、あなたにお送りしたメールの内容を少し変えて、大切なことをお伝えしておきたいと思います。


★ まず必要なことは自分を浄化すること ★



あなたの今現在の必死の思いはよくわかります。
大変なご心労かとお察し致します。
しかし、わたしのハイアーセルフのOKサインは出ておりません。
たとえ数秘リーディングをしたとしても、おそらく今のあなたの役には立たないでしょう。

あなたがまずしなければならないことは、ご自身の浄化です。
あなたが今生に生まれたのは、あなた自身のカルマを清め、解放するためです。
ご先祖や知人などのカルマを背負うためではありません。
彼らがつくったカルマは彼らに任せておけばよいのです。
自業自得とはそういうことです。
自分のつくった悪業を他人に浄化してもらって、それが何の役に立つでしょうか? 
もしそれを求める先祖がいたなら、厳しく問いただすことも必要です。

声に出して、先祖に言い聞かせてください。
あなたのしたことはあなたが償いなさい。人を頼らず、自分で解決しなさい。それが、己の魂を進化させ、高みへと運ぶ唯一の道です」と。

あなたは他者のことをあれこれと心配せず、毎日自らが楽しく生きることだけを考えてください。

あなたは霊媒体質なので、心身ともにとてもつらいであろうと思います。
一切の霊的な縁を絶ち切り、今はただご自分の浄化にだけに焦点を当てるよう努めてください。
浄化法や霊的な縁の断ち切り方はブログに記載しております。
毎日何度も繰り返し、自分を悩ませる霊的な存在との縁を断ち切ってください。
ご自分の守護霊を呼び、一緒に協力してくれるよう、真剣にお願いすることです。
これは、相当の覚悟が必要ですよ。


あなたが長年関わってこられた人物に対しては、わたしがコメントすることではありません。ですから、ご自分の目でしっかりと見極め、判断されることです。
自分の直観でおかしいと思えば、縁を切り、関わらなければよいのです。 
その自分の直観自体が信じられない場合は、その人物についての意見や感想を、ほかの信者さんなどに尋ねてみられるのも参考になるでしょう。
とにかく正しい判断ができる自分となれるよう、日々の浄化を怠らないようにしてください。


★ 自分こそ自分の寄る辺 ★



他者に全面的に依存することは、自分の力を弱めることにつながります。
特に霊能者に依存するのは危険です。その理由は何度も繰り返し、過去記事で伝えていますね。

霊能者が見えたり聞こえたりした内容を鵜呑みにしないこと。
霊能者の多くが、怪しい存在に操られているということを覚えておいてください。
耳元で声が聞こえたりするのは、たいてい悪霊か、意識の低い霊の仕業です。

直観」というのは、ことばで理解するのではなく、「あっ!」と一瞬で全体(事のしだい)が把握できる能力です。
頭で、ことばとして理解するのではなく、ハートで感受するのです。


そして、頼れるのは、唯一自分のみですよ。
だからこそ、「頼れる自分」になる日々の努力が必要なのです。

ゴータマ・ブッダは言っていますね。
自分こそ自分の寄る辺(拠り所)であると。

自分以外の他人が、どうして自分の寄る辺となることができるでしょうか。
心身ともによく整った自分こそ、ほんとうに得難い寄る辺となることができるのです。 
だからこそ、日々の浄化が欠かせないんですね。




★話は変わりますが、
「コメント蘭」からの投稿で、「私のは、なぜか反映されていないのです」とありましたが、コメントを出すか出さないかはわたしの判断及び、ハイアーセルフの判断です。
全てが反映されていないのは、それなりに理由があるからです。
コトノハさんは「正しい正しくない、こうすべき、こうすべきではない…
という自分勝手な制限をもうける傾向にありませんか?
全てを解放して、楽になってください。
そして、静かにひとりになって自分自身をみつめてみましょう。



光2



以前にも記事に一部載せたことがありますが、
再度ブッダの言葉を味わってみてください。


偽りを真実とみなし 真実を偽りと思いあやまるならば
人は真実を見落として みずからを欲望でみたす

偽りを偽りと見抜き 真実を真実と見定めよ
胸のなかをのぞきこみ みずからの本性にしたがえ

省みることのない心は 粗葺きの屋根のようだ
激情が、降る雨のように 家屋を水にひたす
よく葺かれた屋根のもとは よき避難所となる

不純な思考にしたがう者は この世でもつぎの世でも苦しむ
どちらの世でも苦しむ 
みずからの犯したあやまちを見て このうえもなく苦しむ

だが、だれであれ法にしたがう者は
この世でも喜びに満ち かの世でも喜びに満ちる
どちらの世界でもかれは喜ぶ
みずからの為した善きことを見て このうえもなく喜ぶ

つぎの収穫がすばらしいので つぎの世の収穫はいっそうすばらしい

聖なることばをあまた読み習おうと あまた語ろうと
それを実行しないならば なんのたしになろう?


相手の羊をかぞえるばかりで 道を分かち合おうとしないような
あなたはそんな羊飼いだろうか?

わずかしか読まず 語ることばさらに少なく
されども法にしたがって為す

激情、敵意、愚かさ―
古いやりかたを手放せ
真理を知り、やすらぎを見つけよ
道を分かち合え
          
ゴータマ・ブッダ 「ダンマパダ」より




光


OSHOは言います。

あなたがたは成就するためにこの世界にやってきて、
手ぶらのまま、満たされぬまま去らねばならない。
また再びやってこなければならないのはそのためだ。

そのレッスンを学ぶまでは、
あなたはどこかの子宮に何度も何度も投げ返されねばならない。
もう一度生まれてこなければならない。
もう一度学校に戻らなければならない。
あなたは何百万回も戻って来たのだが、注意を怠るなら、
またこの生でも列車に乗り遅れることになる。

気をつけなさい!
映し出すことができるように、
自らの鏡を清めなさい



ハート
もうこんな3次元の物質世界に戻ってきたくない人は、
今生で悟り、自己を確立してください。

あなたの心ひとつで、すべてを創るということを
お忘れなく。



真実は事実よりさらに高い

2011年11月27日 17:00


★ 日本史の信憑性 ★



日本の歴史を顧みて、最近つくづく感じることは、書き残された日本史をどこまで信じられるかということです。
日本の正史と言われる古事記や日本書紀。それは事実を内包した物語であり、編纂者が自分の都合のよいように改ざんしたフィクションではなかったかということです。
そこに表現された内容がすべてその通りであるとは限らないし、伝えたくないことは一切記されず、真実は隠蔽されていて、読む者を昏迷の淵に追いやります。

そこで唯一気づかされたことは、それらの作者たちがそこに記した内容を正史として後世にぜひとも残したかったという強烈な意志表示と、いかに自分の正当性を知らせ、美化したかったかという欲の深さです。
表があれば、必ず裏があります。表が光り輝いて見えるほど、裏は闇に満ちているということをいつも忘れないことです。光と闇は絶妙なバランスで存在しているんですね。
「記紀」に残されたものは、ただ首謀者の「もくろみ」のみです。

正史は「天皇」によって編纂されました。当時の「天皇」によって、黒いカラスも白いカラスにすり替わってしまうのです。神話を創り、「天皇=神」としたのも、その権威をゆるぎないものにする大きな「もくろみ」であったのだと思います。

改ざんに改ざんを重ねたものが、真剣に読むに値するものであるかどうか、だれにもわかりそうなものですが、未だに「記紀」を基本にして論争している学者たちが減少しないという不思議な事実があります。
また、記紀以外の古史古伝竹内文献、宮下文書、秀真伝、上記、九鬼文書、東日流外三郡誌、物部文書、先代旧事本紀大成経)などは偽書として取り扱われています。
もちろんこのような古史古伝がすべて事実を書き表しているとは思いませんが、それらを偽書と言うのであれば、「記紀」だって偽書の部類に入るんじゃないかと思うわけです。

実際に起きた出来事を、事実と言います。
事実はただ一つしかないという人がいますが、ほんとうにそうでしょうか?

千人いれば、千通りの真実があるように、この世の中に「絶対的な事実」というものも存在しないということです。
事実といっても、結局は主観で判断しているのです。だから、事実も主観によって変わり得るものだということです。目の前で実際に起こっていることをそのまま記録したとしても、見る角度によって、まったく隣の人とは違う記録となるということなのです。



★ 勝てば官軍 ★



勝てば官軍 負ければ賊軍」ということばがあります。
「戦いに勝ったほうが正義となり、負けたほうが不義となる。道理はどうあれ強い者が正義者となる」という譬えですね。

皆さんは日本史で「大化の改新」について学ばれたことがあったでしょう。
その前夜に起こった「乙巳の変」で、暗殺された蘇我入鹿(そがのいるか)は悪人で、入鹿を滅ぼした中大兄皇子と中臣鎌足は善人であり、ヒーローということになっています。
暗殺の理由は、入鹿が聖徳太子の息子であった山背大兄王ら上宮王家の人々を自殺に追い込んだためだということになっています。しかし、「藤氏家伝」では、皇極天皇即位に関して山背大兄王が謀反を起こす恐れがあるため他の皇族と謀って暗殺したという『日本書紀』とは矛盾する記載があるとされています。つまり、犯行は入鹿の独断ではなかったということなのです。

中大兄皇子側にとって、自分たちの行為を正当化するには、入鹿を極悪非道の人間に仕立て上げなければならなかったということです。
蘇我氏をすばらしい人物だったと讃える研究者たちもいますし、しだいにその裏側が暴かれてきていて、最近の歴史はおもしろいなと感じている次第です。


★ 膨大な資料が焚書されて消えた ★



都合の悪い文書は燃やして始末するというやり方は、古代から頻繁に行われてきました。
それについて、ちょっと現在風のたとえ話をしてみましょう。

「原子力発電」について、賛成の立場から書いた本と反対の立場から書いた本があるとします。その視点と見解が違うことはわかりますね。
それで、あるとき政権を取った側が「原子力発電」の崇拝者だったとしましょう。政府は自分たちの都合のよい文献だけを残し、その他の都合の悪い文献のすべてを焼却し、生きていると都合の悪い著者も抹殺し、二度とその本が出版されないようにしたとします。
都合の悪い事実は消せばよいので、2011年に実際に起こった「原子力発電所の事故」さえも、なかったものとします。
1000年後に日本の歴史書を読んだ人は、その事実を全く知らないままとなりますね。そして、原子力発電は1000年前からずっと安全で、すばらしい発電方法だったのだという偽りの結果だけが残っていくのです。

これが、古来日本の政治で頻繁に行われてきたことなのです。
この世に存在しない人物をいかにも当時生きていて、活躍したかのように書くことなどは朝飯前です。
また、自分にとって邪魔な人物はつぎつぎと抹殺し、その祟りを恐れるがゆえに、殺した相手を丁重に神社に祀るという行為をしてきたのです。

罪無くして殺された桓武天皇の弟、早良(さわら)親王は死後「崇道(すどう)天皇」という名をつけられました。
」の字は、「尊い」という意味ですが、「」の字が「祟り」と言う字に似ているのも関係があるかもしれません。
崇徳(すとく)上皇聖徳(しょうとく)太子も同様です。祟りがあったからこそ、その人を讃えるようなすばらしい諡号(しごう)を贈られたのです。
崇徳や聖徳太子以外にも、死後「徳」という文字がつけられた人たちがたくさんいますね。
孝徳、称徳、文徳、安徳、順徳などの「徳」の字がつく天皇は、不幸な死に方をした天皇だとされているのは、なるほどと頷けます。
天皇に贈られた諡号を調べるだけでも、その当時の状況(真相)がわかるということもあるのです。


真実はその人の意識レベルによってそれぞれ異なる」ということ。
よって、日本の歴史に関しても、学者や研究者の数だけ見解が生まれ、言っていることがみんなまちまちで異なっていることについては、どうしようもありません。
もし学説には一切頼らず、自分で検証し、判断しようとするなら、それこそ脳内沸騰状態になるような(笑)大変な作業となることでしょう。

真実」と「事実」と「もくろみ」。
このじつにややこしい関係について考えていたとき、古い「和尚タイムズ」のなかにつぎのような文面を見つけました。
それは、とても興味深い内容でした。
真実は事実よりも高い」というOSHOの見解を、皆さんに抜粋してお伝えしたいと思います。



光


★ 真実は事実よりさらに高い ★



真実がかならずしも事実であるということはない。
事実はより低い現象であり、真実はより高い現象だ。
ときには真実が事実であるかもしれないし、ときにはそうでないかもしれない。
事実がその決定要因にはならない。
生には、事実が内に含むことのできない、より高い経験が存在する。

西洋のマインドはあまりにも事実に中毒してしまっている。
事実であることはすべてほんとうのことのように思われ、
事実でないことはすべて当然のごとく真実ではないことのように思われている。
これは西洋人の強迫観念だ。

真実はときに事実的であり、ときにそうではない―。
真実はかならずしも事実ではないと私が言うのはそのためだ。
このために、西洋の科学的精神は人間に魂があることを容認することができない―。

なぜなら、それは事実とは関係がないからだ。
肉体は事実にもとづいているが、魂は真実ではあっても事実ではない。
それに、事実を知る方法によって真実を知ることはできない。
その接近の仕方は全面的に異なったものでなければならない。

たとえば、あなたがバラを見るとする。
その美しさは真実であるが事実ではない。
あなたはそれを証明することができない。
バラの美しさを証明する方法はない。
その色については証明できる。
その重さも、その科学成分も明らかにできるが、
その美の感覚を証明することはできない。

だが、美よりもさらに高いものが存在する。
テニソンがつぎのように言ったと伝えられている。
一輪の花、根その他すべてを理解することができれば、
全存在を理解することができる

なぜなら、その花は事実以上の何かを含んでいるからだ…。
秘められた真実、本来備わっている真実性を。

しかし、そのような真実性に
科学的な実験で使われる粗雑な測定器具をもって近づくことはできない。
真理には別の方法よって近づかなければならない。
瞑想によって、愛によって…。

もくろみは真実でもなければ嘘でもない。
もくろみはたんに創造的な方策だ。
信頼するなら、それは役に立つ。
信頼しないなら、それは役に立たない。
それはあなた次第だ。

もくろみは事実よりも高い。
それは真実よりは低いが、事実よりは高い。
それはあなたを事実から真実へと導く。
それはその二つのあいだの橋だ。
それは事実でもなければ、真実でもない…
それは手がかりだ。



一輪のバラ
      一輪のバラ  撮影 光の仕事人



こんな話がある。

ババリヤ地方のある農夫が、自分の豚をもっと高値で売ろうと隣国のスイスに行くことにした。
税関をごまかすために、豚に黒のスーツを着せて、サングラスをかけさせ、
帽子をかぶせて自分のメルセデスの後部座席に座らせた。

国境で車のなかをのぞいた税関の役人は、行ってもよいと合図した。
彼はもうひとりの方を振り向くと、どっと笑い出した。
「どうしたんだね」と同僚の役人はたずねた。
「なかにへんてこなやつが座っていたのさ」
彼はおかしくて涙をこぼしながら言った。
「そいつがね、ちょうど豚そっくりだったんだよ」

これがもくろみだ。それはうまくいった!
肝心なのは、それがうまくいったということだ。
それが嘘であるか、真実であるかは問題ではない。
それが事実ではないというのは本当だ……
それは真実ではない、というのもまたそのとおりだ。
それはちょうど中間にある。

OSHO  The People of the Path より




ハート
英国の詩人、バイロンは言いました。
事実は小説よりも奇なり」と。
世の中に生じている出来事というのは、
虚構である小説よりもかえって不思議であるという意味です。
何だかそんな気がしてきませんか?
全て幻想の世界のなかでの出来事は、やはり幻想ってことなんです。

「記紀」の追及もほどほどにしておきたいと、つくづく思ったしだいです。(笑)





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