アンフェアなのは誰か? ―真実を見極められる自分になること

2011年10月01日 13:05


~ 読者さんからのコメントより ~



下記は、前回の記事「真実を隠蔽する人たち―なぜ真実を語らないのか? なぜ真実を語ってはいけないのか?」に対する読者さんからのコメントです。
今回の内容は、読者の皆さんにも共に考えていただきたい内容だと思いましたので、掲載させていただきました。どうかご了承ください。


事件・事故が起こった時、人はよく「真実を知りたい」と口にします。が真実を知らされただけで問題は解決するのでしょうか?原発事故のように震災直後に「放射能が漏れ日本が汚染されました。将来ガンになります。」と真実を報道すればハニックになるのは当然。要するに事実を突きつけられ、その対処方法が分からず、盲滅法な自己判断している限り、事実を知ったところでどうにもならない人が殆どではないでしょうか?
新型インフルエンザの時も同じ、ただ危険危険と怖がってるだけ。呆れるばかりです。これからの教育はこんな事にしっかり対応できる知識を育むことが必要と思います。この夏何度熱中症に注意と言って温度と湿度の関係を説明しているにも関わらず理解できないバカが多いんでしょ。化学の時間、何やってたんでしょうね。台風進路予測も理解できない、和歌山・奈良で被害にあった人に申し訳ないが、もっと早くに逃げろ。ネットで雨雲レーザーを見てて尋常ではなかったのは一目瞭然。結局受け身で何も対応出来ない我々の現状に気づくべきですね。



光の仕事人: コメントをいただき、ありがとうございました。
国民(特に被災者たち)があまりにも受け身で、自ら進んで知識を得たり、理解したりしようとしない傾向にあることは常々感じていることで、「情報を出しても判断できる能力がない」というご指摘はよくわかります。
ただ、あなたとは少し見解が異なるところがありますので、そこの部分をお話ししたいと思います。

まず「真実を知らされただけで問題は解決するのでしょうか?」というお尋ねに対してですが、問題が解決できるかどうかは人によってそれぞれ異なってくるであろうと思います。
少なくとも真実(真相)を知ることによって、自分が今どうするべきかが明確に見えてきて、何らかの「覚悟」が生まれるのではないかと思います。
(ただし、どんなことに関してでも、正常波動の人たちに対して言えることであって、異常波動の人の反応は考慮に入れておりませんので、ご了解くださいね)

★ここで、わたしのほうからあなたに質問です。
まず真実をも知らないで、どうやって問題を解決するのですか?
正確な対処法を見いだすためには、ありのままの状態・状況を知らなければなりません。
ウソの発表をされて、ウソの情報を基盤として、どうして正しい対処ができるでしょうか? 
まず何を基準にして判断するのかということです。 
誤った情報を基準として判断すれば、誤った方向に行くのは当たり前ですね。

たとえばですが、ある地域が放射能汚染され、不毛の地となっているとします。
その真実を知らされずに「ここは福島第一原子力発電所から30キロ以上も離れているから、土は大丈夫だ」と信じて野菜やコメを作ってしまうことがあるということです。
原子力発電所から30キロ以上も離れているから大丈夫だと思ったのは、政府が20~30キロ圏内を避難地域と定めたからです。(そこに何の根拠があるのか、全然わかりませんが)
だから、「30キロ以上も離れているなら大丈夫」というおそろしい誤解が生まれることになったのです。それで「大丈夫だ」と信じて作ったら、イネから大量のセシウムが出て驚いている農家が出現していますね。
結果を知って、ようやく30キロ圏内という根拠に疑問を持ち、除染がおおいに必要だったことに気づくのです。
もし不毛(得るところがないという意)の土地であることが事前にわかっていたならば、コメ作りを潔くあきらめるということも可能だったはずです。
今どうするべきかの判断が早くできるということですね。


収穫前のイネの一部を刈り取って放射性物質を調べるコメの「予備検査」で、福島県二本松市の旧小浜町のコメから「国の暫定基準値と同じ1キログラム当たり500ベクレルの放射性セシウムが検出された」ことが、最近ニュースなどで報道されました。
福島県は、二本松市を「本検査」での重点区域に指定し、出荷できるかどうかを判断することにしているそうですが。


原発事故のように震災直後に『放射能が漏れ日本が汚染されました。将来ガンになります。』と真実を報道すればハニックになるのは当然。要するに事実を突きつけられ、その対処方法が分からず、盲滅法な自己判断している限り、事実を知ったところでどうにもならない人が殆どではないでしょうか?」ということですが、それはとても否定的な見方のように思われます。
盲滅法な自己判断しかできないのは、ありのままを発表されていないからです。
学者など、専門家によって意見が異なると混乱するかもしれませんが、それでもいろんな事実や知識を得れば、盲滅法な判断はしなくなります。

中には、あなたがおっしゃるように「事実を知ったところでどうにもならない人たち」が数多おられるかもしれません。
しかし、公明正大な学者たちをはじめ、賢明な農家の方々や市民もたくさんいらっしゃるのではないでしょうか?
そういった真実を知りたい人たちが、政府の真実ではない報道の犠牲になるのは大変気の毒です。
特に子どもたちは一番の被害者であり、犠牲者です。

正確な情報が行きわたってさえいれば、あらゆる対処法を考えられるはずです。
わたしたちには真実を知る権利があるのです。
だからこそ、政府や専門家たちは知っている限りの真実を語る必要があるのです。



★ 福島県の復興はきれいにすること ★



二本松市は、武田邦彦教授が5月に講演された地域です。

ある農家の男性の質問に対して、
「今年一年は米の出荷を自主規制してください」、
「作付けしてしまったとしても、やっぱり今年はダメです」、
「もし、今年福島の米の出荷をしたら、福島の米の評判は極めて落ちます」 、
「評判を一旦落としたら、それを回復するのは、なかなか困難です」、
「自主規制する!と宣言すれば、福島のお米の信用は保たれます」
ということを、はっきり言っておられました。
そして、「福島の子どもに福島で獲れた野菜や米を食べさせてはいけない」ことを力説されていましたね。

詳細は、下記講演内容をお聞きください。
2011-05-16武田邦彦氏講演会in二本松 「福島県の復興はきれいにすることだ」
http://www.ustream.tv/recorded/14748587



★福島の子どもたちは被曝量が一杯いっぱいなのに、これ以上摂取したら大変なことになるということは、武田氏の話を聞いた人は理解できたはずです。
けれども、前回取り上げたように、「給食で地産地消のものを食べさせている」という信じられないようなことが起こっています。これは、あきらかに県の判断が誤っているのです。そして、現に9月23日には二本松市の農家が作った米からセシウムが検出されています。

下記は、9月25日のニュースです。


~東日本大震災:福島・二本松産米セシウム検出 コメ農家「収穫も出荷もしない」~
 

 福島県二本松市産の新米予備検査で国の暫定規制値と同じ1キロ当たり500ベクレルの放射性セシウムが検出された問題で、生産農家の男性(56)が24日、毎日新聞の取材に応じ、本検査の結果にかかわらず、「周囲に迷惑をかけるから出荷はしない」と話した。「何も悪いことはしてないのに。初めから作らないほうがよかった」と無念さをにじませた。【山田毅】
(中略)
 予備検査の結果を知らされたのは23日夕。県の4月の調査で近くの土壌から1キロ当たり4600ベクレルを超える値が検出されていた。「ある程度高い値が出ることは予想していたが、500という値にはびっくりした」という。
 作付けにあたっては、市から「大丈夫」との連絡をもらっていた。「手間ひまと肥料などの経費は無駄になった」と、今年の収穫も出荷も断念した。

 「本検査で400になっても、消費者は安全と思わない。生産者の責任でうちのコメは絶対出荷しない。ほかの安全な福島県のコメに迷惑をかけるから」。7頭の肉牛も飼育しているが、稲が収穫できなければ、餌の稲わらも用意できない。今後の飼育もあきらめるつもりだ。
 同居する次女夫婦に7月、初孫が誕生した。外の物干しに干された孫の服を指さして「本当は外に干すのも心配。原発から遠いはずなのに、理由は分からないけど線量は高いんだ。でも避難の指示や特別な補償もない地域。いったいどうしろというんだろうか」とつぶやいた。
 生活基盤を奪われようとしている現状に「東電は生きていくための最低限の補償をすみやかにしてほしい」と訴えた。
(毎日新聞 2011年9月25日 東京朝刊)



★米の汚染を検査した県は、公表前に予想外の数値に検査方法の誤りを疑い、検査をやり直す異例の対応を取っていたといいます。それでも数値はほぼ変わらず、「なぜこんなに高いのか!」と衝撃を受けている農業関係者の姿がTVでも放映されていたようですね。(衝撃を受けること自体がおかしいのですが)

二本松市東京電力・福島第一原子力発電所から30キロ以上も離れており、避難地域外のため賠償の対象外となっていること今年春の作付け前の土壌検査では問題なしとされ、今年の米作りが始まったのだということですが、この農家では、5月に二本松市で行なわれた武田邦彦氏講演会での質疑応答(「作付けしてしまったとしても、やっぱり今年はダメです」)を聞いていなかったのでしょうか?

(*武田氏についての批判もあるようですが、その判断は個々人の意識レベルによって異なるということを申し上げておきます)
 参考ブログ: 武田邦彦(中部大学) http://takedanet.com/


二本松市の三保市長は9月23日、毎日新聞の取材に対し、「仮に今後の本検査で規制値を超えれば、市場へは絶対に流さない」と語り、汚染米の流通阻止に全力で取り組む姿勢を強調したということです。
また、市長はその結果について、「厳粛に受け止めるが、具体的な対策は本検査の結果を待って決める。あらゆる検査結果を情報公開し、国民の安全安心を守ることが産地の義務で、風評被害を克服する唯一の道だ」と語ったということですが、ぜひそうあってほしいですね。


★ アンフェアなのは誰か? ★



★最近お仕事で福島に行かれたある読者さんが「農家の婿のブログ 」を紹介してくださいました。
これは福島にある農家の立場から書かれたもので、どんな気持ちで農業に携わっておられるかがわかります。
関心がある人はお読みくださればと思います。
(農家の婿のブログ「ふくしま新発売。笑わせるな」など)

このブログには、農家の婿としての本音が記されています。
彼が最後に言っているような「プライドのない農民たち」については、実際に存在するだけにため息が出ますね。
プライドのない悪質な農家の方々には、罰則を定めることも必要ではないかと思いました。
倫理観がお粗末な政府や農家の方々は、汚染された食べ物を全国に出荷し、汚染をばらまき続けるであろうと予想されるからです。
農家の人たち自身がこうやって風評被害を作っていることに気づいていないんですね。
福島産の米や野菜を避ける消費者を批判するのは、筋違いというものです。


アンフェアなのはいったい誰なのか?


政府か? 東電か? 
あるいは、被災地の農家や畜産農家なのか? 



★何を信じ、どう行動するか、すべてはわたしたち次第であり、すべてひとりひとりの自己責任です。
それは基本的なことであり、いつもひとりひとりの根底にしっかりとあってほしいと思います。
だからこそ、一方的な情報に偏らず、いろんな立場から発せられた真(本音)の情報を知った上で、「では、自分はどうしたいのか」を考えて行動していくことが必要かと思います。

福島の人々をはじめ、日本国民は、正しい情報公開を政府に求めつづけていかなければなりません。
疑問があれば、徹底的に問うことです。
そして、ありのままではないウソの情報に対しては、断固として抗議していかなければなりません。
どこの国でも、真相を知っている人というのははごくわずかです。
国会議員だって、東電の社員だって知らされていないことが数多あるのです。
みんな騙されているんですね。



★「フェア」というのは、「道義的に正しいさま。公明正大なさま」を言います。
そうでないことは、「アンフェア」といいます。(笑)
わたしたちは自分自身が人に対して常に「フェア」に生きているかどうかを顧みる必要があると思います。
人を批判する前に、まず自分自身です。


アンフェアなのは誰か?



今、ちょうど映画「アンフェア」が上映されていますね。
わたしはドラマしか見ていないので、どうなったのかは知りませんが、
罰サイトのパスワードが「」であったことが実に興味深いと思いますね。 


ハート
真実はその人の意識レベルによって異なる。
それがわたしの定説ですが、それぞれ気づいた人たちが自分の意識レベルを上げていただくことで、
地球人の集合意識の意識レベルを上げていく」のが、このブログの目的のひとつなのです。

何が真実で何が真実でないのか、
それを見極めるには、優れた感性と直観力が必要です。

(過去記事「偽りを偽りと見抜き、真実を真実と見定めるために
の最後に書いた「ブッダのことば」を思い出してください)

高い正常波動値を維持しつづけることの大切さは過去記事にも書いており、
そのために何をしたらよいのかも各記事でお伝えしてきております。

よって、このブログを読まれた人が「思いの制限」にとらわれないで、
新しい発想と立体的なものの見方をしていってくださることを願ってやみません。

気づいたら、気づいた人が、その気づいたことを、
まだ気づいていない人に伝えていってください。

この地道な試みが、ひとりひとりの意識を目覚めさせていくことになるのです。

ご賛同くださる方は、ぜひ「気づきの拍手」にクリックを!




最近~過去の散策より 

2011年10月12日 11:00



昨日読者さんから「最近更新がないのはなぜですか?」というご質問のメールをいただきました。

ブログ更新がないのは、単純に書く記事が見つからないからなのです。(笑)
わたしが伝えたいことは、すでに全てお伝えしておりますので、いまさら書くこともないというのが答えです。

7月末で終了する予定でしたが、もう少し続ける気になったのは、ちょっと気になる人たちがいて、励ましたかったからです。しかし、そういう人たちも、今では消息もわからずじまいなので、「もうよいかな?」と思ったりしています。
正直言いまして、8月以降は、ただ「おまけ」のような気持ちで書いているのですよ。(笑)

もうひとつは、わたしの地球での集大成と言いますか、卒論として、過去から行なってきた研究のまとめの段階に入っており、今はそちらのほうに多くの時間を費やしていることがあげられます。
それが終了した暁には、必要であれば一冊の書籍となって皆さんのお手元にも届けられるかもしれません。そういう目的もあるので、ブログの更新は今後かなり少なくなると思います。

それでは少し淋しいなと思う人は、また新たな気持ちで最初から記事を読み直してみてください。
きっと、また以前とは異なった感じ方ができるはずです。
どうか何度も繰り返しお読みになって、おおいにこのブログを活用してください。
そして、もし何か問いが生まれたときには、その問いが「思いの制限を外した問い」であるのかどうかを吟味してください。
そして、そうであるならば、遠慮なくご質問ください。きっとその問いは、最初読んだときに生じたものとはまた別のものとなっていることでしょう。
ぜひそうあってほしいと思います。それは、あなたの意識が進化した証拠だからです。



☆ パワースポットは大人気 ☆



先日、長女とふたりで島根県雲南にある須佐神社に行ってきました。
ご祭神は、須佐之男命(すさのをのみこと)・稲田比売命(いなたひめのみこと)・足摩槌命(あしなづちのみこと)・手摩槌命(てなづちのみこと=須佐家の祖神)です。
スサノオノミコトが諸国を開拓したあと須佐の地に来て、最後の国造りをし、自分の魂を鎮めたところだと伝えられています。

今回須佐神社を訪れたのは、今「日本の神々」や「日本人の源流」について調べていることもあって、スサノオの最後にいた場所を一度感じてみたいと思いついたからでした。

大社造りの傍には樹齢千二百年ほどの杉が立っていて、その場所にはつぎつぎと人々が集まってきていました。
杉の由緒書きのある正面は太陽の陰になっているため、あまり波動はよくなくて、むしろ反対側のほうは太陽が当たっているので、そこだけが唯一よい波動でした。そちらのほうには人がほとんどいなかったせいもあるかもしれません。


大社造り
      須佐神社の大社造り  撮影 光の仕事人

       大杉        
       樹齢千二百年の大杉  撮影 光の仕事人


とても小規模な神社なのですが、その割には参拝者が多すぎて、じっくりと境内の波動を味わうことができずに残念でした。(行くなら、絶対に休日を避けることですね)
わたしにとってもっとも興味深かったのは、境内に石亀と須佐神社の紋があったことです。
この亀さんが何を意味しているのか? それがわかったので、来た甲斐があったと思いましたね。

須佐の七不思議」の伝説を利用して、「日本一のパワースポット」などと紹介されているようなので、その影響もあったのでしょう。(日本一と謳う場所が至るところにあるものですね~。笑)
わたしが駐車場に戻ったときも、ちょうど「パワースポットめぐり」と称した観光バスから若い女性客がぞろぞろと降りて行く光景に遭遇しました。
いつものことながら、世の中にはパワースポットが大好きな人たちが数多くいるんだということを再確認しました。
神社は、地球上に走っている縦と横のエネルギーの交差する場所を選んで建てられているのです。
最初からパワースポットだとわかって建てているんですね。ですから、神社と神社の地点を結んでいくと、一直線になったり、三角形を描いたりするのです。

以前、出雲大社についての記事にも書いた覚えがありますが、人があまりにも多い所は波動がよくありません。特に宮司に力がないと、清めきれないのです。
スピリチュアルカウンセラーなどと称する有名人がそこを訪れたりすると、すぐにそれに触発されて、自分も行きたいと思うのでしょうけれど、人が大勢集まるところは、気をつけなければなりません。
今回も様子を見て、「だめだ、こりゃ!」とつい思ってしまいました。
個人的には、そういう団体さん向け観光めぐりの企画はやめていただきたいと思いますね。
神社は清らかな静寂さのなかに凛としてあってほしいものです。



★ 神社に行くのは、何かの節目の時 ★



もう随分前の話なのですが、天川村の弥山からUFOがよく見られるということや、有名人がよく来るということで、天河神社がとても有名になって、波動がドンと堕ちた時期がありました。今もよくないと思いますが。
今回も台風での水害という大きな被害を受けていますね。

ご祭神は市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)で、熊野坐大神・吉野坐大神・南朝四代天皇の御霊・神代天之御中主神より百柱の神となっています。

天河社のホームページには、つぎのように書かれています。
「辨財天は、川の流れの妙なる様を神格化したとされる、古代インドのサラスヴァティー神であり、その本来の神徳は水の神、そして、水せせらぎの如く素直で妙なる弁舌や音楽の神であり、日本の古代より行われてきた水神の信仰とも結びついています。後に転じて「財を弁ずる」商売の神としても信仰されるようになりました」

「水の大神」・「弁舌・才智の大神」・「音楽・芸術・芸能の大神」・「財宝の大神」ということですから、芸能人がよく参拝されるんですよね。それで、さらに多くの人が参拝するようになって、波動が堕ちるのです。

神社は元々お願いするところなんかではないのですが、「商売の神」などと言うから、皆が商売繁盛を祈るようになるのです。神社の宮司が欲を持っていたりすると、本当におかしくなっていくのです。
日本の神社経営も、原点に帰って考えるべきだと思いますね。

わたしがその地に出向く気になったのは、太古の昔、その地域にプレアデス星人の施設があって、日本人の教育をしていた場所が天河社のすぐ近くにあるということを知り、実際に見て感じたかったからでした。
弥山にUFOがよく見られるというのも当然のことで、未だにそこは異星人たちにとって関心のある場所なのでしょう。
天河社の祭神である「サラスヴァティー神」というのは、実在のプレアデス星人だったようで、何回か転生してサラスヴァティーとなったようです。(ジャーメイン説)

わたしがそこを訪れたのは、1999年9月8日~9日という特別な日でした。
その日に行くべきだという心の声に従って、知人とふたりで出かけたのですが、当日天河社を訪れた人は、驚くほどわずかでした。宮司さんが「今日ここへ来られた人は、神さまに呼ばれたのです」と言われたのを、今でも鮮明に記憶しています。

1・3・5・7・9という奇数は「陽の数」ですね。2・4・6・8の偶数は「陰の数」です。
陽数の極である9が2つ重なることから、昔から9月9日は「重陽」と呼ばれ、大変めでたい日とされていました。
邪気を払い、長寿を願い、菊の花をかざって、酒を酌み交し、お祝いをしていたのです。(本当は陰暦の9月9日のことなので、1ヵ月ほどずれていますが)
1999年9月9日というのは、ノストラダムスの終末の予言の日に当たっていました。
また、1999年9月9日の数字を全部合計すると46になりますが、その2ケタの数を足すと(4+6)10になります。それは「完成」を意味するといわれていました。
とにかく、目に見えない世界では何かが起こっていたのであろうと思います。しかし、そのときのわたしには全くわかりませんでした。
ただ、9日の0時になったとき、天河神社の境内の地に横たわり、夜空の星を仰いだことは、わたしの人生のひとつの節目として大切なことであったのだろうと思います。
翌朝早くに参拝したとき、そこにいた人たちにはお神酒がふるまわれました。
やはり神社にとっても、わたし自身にとっても、特別な日だったのだな~と、感謝してお神酒をいただいて帰りました。12年も前のなつかしい思い出です。



☆ 龍頭ヶ滝との遭遇 ☆



ここからは、先日行った須佐神社のつづきです。

「須佐神社だけを見て帰るのは面白くないね」と長女と話しながら、来た道とは別のルートを通ってみようということになり、ハイアーセルフの勧めもあって、出雲街道54号線を掛合町のほうへ向かいました。
その過程で「龍頭ヶ滝」という文字が、目に飛び込んできたのでした。
それは、かねてから出雲地方に出向くことがあれば、一度は見てみたいと思っていた滝の名前だったのです。しかし、自宅からは遠すぎて、なかなか行く機会がなかったため、すっかり忘れていたのです。
ここへ行くためにこちらのルートを選んだのだと、すぐに気づきました。予想もしなかったとても興味深い道草です。少しわくわくしながら山道を走りました。

龍頭ヶ滝」は「日本の滝百選」に選ばれていて、中国随一の名瀑とも称されていました。
駐車場近くの小高い場所に数件の農家があって、刈り取った稲が干してあり、その前には小川がしずかに流れていました。のどかな山里の風景です。

太陽の光が薄らいできたようで、少し肌寒いと言って、長女は上着を取りに駐車場へと戻って行きました。
携帯電話の時計はちょうど午後2時を告げており、猫たちの食事の時間が来ているので、食事をさせてほしいというお願いの電話を自宅の次女にかけました。
川のながれを見つめながら、次女と話しているうちに、わたしはこの場所に来た覚えがあり、その記憶が少しずつ立ちもどってくるのを感じてはじめていました。「ああ、この景色見たことがあるよ」と。
「これから、滝を見に行くから、戻るのは5時を過ぎると思う」と言って、わたしは電話を切りました。
あとで聞いた話ですが、次女もその電話を受けた記憶がそのとき思いだされたということです。
やはり「龍頭ヶ滝」には、訪れることになっていたんですね~。

その後、長女とふたりで滝のあるほうへと向かったのですが、数分も歩かないうちに「ツキノワグマ出没」という看板を目にして立ち止まりました。
こんな山里にもツキノワグマが出てくるんだ! という驚きとともに、ある戸惑いが生じていました。
ちょうど数日前に北海道でツキノワグマが撃ち殺された出来事があっただけに、他人事とは思えない不思議な感覚が生まれたのです。
「クマが現われたら、ちょっと恐いな」というのが、正直な感想でした。(笑)

ほんとうに出たら、笑いごとではすまないところなんですが、しかし、ハイアーセルフが大丈夫だと言うので、それを信じ、そのまま大きな声で話しながら歩きました。きれいな川の近くには蛇も多いので、わたしはそちらのほうがとても気になりました。(笑)
(里に下りてきたクマを撃ち殺すことについては賛否両論があるので、また近いうちに改めて記事にしたいと思っています)

最初目にしたのは「雌滝」でした。ここで引き返そうかと長女が言うので、せっかく来たのだから「雄滝」に行こうよと誘い、80メートル先にある「雄滝」までの階段を上りました。

上りきると滝の音が鮮明に聞こえ、あたりに満ちるマイナスイオンを感じました。
男性がひとり写真を撮っていましたが、彼が立ち去ったあと、滝の近くまで行って存分に観賞しました。
落差40mを流れ落ちる雄滝は爽快でした。滝の裏側から滝つぼを眺めることができるらしく、「裏見の滝」とも呼ばれているようです。

滝の裏側には、滝観音が祀られている岩窟があるのですが、見たところ真っ暗で、そこへ行くには霊的にあまりにも恐ろしい気配があり、どうしても足が向きませんでした。数年前にそこへ行ったという次女も、恐ろしいため途中で引き返したと言っていました。「さもありなん」という感じです。(笑)
もし岩窟に入りたい人がいるのなら、太陽の光が強くて、もっと早い時間に、人がたくさんいるとき、たとえば「龍頭が滝祭り」のときなどに入るのが安全だと感じました。

一般的に、滝は気持ち良いところだと思われているようですが、けっこう恐いのです。
もう10年以上も前のことですが、ある神道の団体の滝行に参加したことがありました。木曾の御嶽山中でのことですが、11月初旬だったので大変寒かったのを覚えています。
滝に入るときには滝の神さまに捧げものをして承諾を得てから行なわなければなりません。当時は「禊はらいの詞」を何度唱えたかしれません。
一般人が滝の神さまの断りもなく、勝手に滝に入っていって打たれたりすると、おかしくなったりするのです。
やはり滝行をする作法というものがあり、きちんと礼を尽くして行なわなければならないことを知っておく必要があるでしょう。
滝周辺には低レベルのネガティブ霊がうようよしていることもあり、せっかくの浄化のための行為が、逆に低級霊に憑依されることになったりするわけです。
特に滝行専用の滝などに近づくときは、くれぐれも気をつけることですね。

ここで、雌滝と雄滝の写真を載せたいところなのですが、波動があまりよくないので掲載するのを断念しました。見たい人は「島根県の龍頭ヶ滝」でネット検索してください。(このブログでは、いつも波動のよい写真を皆さまに提供したいので、ご了承くださいね)

ということで、今回は神社と滝について、わたしの感想をお話ししました。
何か参考になることがあれば、幸いです。



アンフェアなのは誰か?―山はだれのもの?

2011年10月15日 20:10


★ 森のクマさんと人間 ★



最近ツキノワグマが増え、日本中のあちこちで山里に出現し、そして殺されるといったニュースが後を絶ちませんね。銃殺されたと聞くたびに、可哀そうにと思うのは、わたしだけではないでしょう。これはあくまでも感情論ですが、「可哀そう」だけではすまされないものが、いろいろと内包されているように思います。

前回の記事で、島根県雲南にある滝を見に行ったとき「ツキノワグマ出没」の看板を見たことを書きました。ツキノワグマは九州では絶滅したようなことが伝えられていますが、現在本州や四国ではけっこう生息しているようです。
作物を荒らしたり、人間に危害を加えたりするということで、人々はクマを危険な「有害動物」とみなしていますが、一方では「保護しなければいけない」ということで、懸命に保護活動を行なっている人たちもいます。

今回は、「森のクマさん」に対する「人間」のさまざまな関わり方と見解の相違を皆さんに知っていただき、人間に殺処分されているクマさんに対して思いめぐらしたことを、それぞれ正直に出してみていただきたいなと思い、取り上げることにしました。


★ 学習放獣~殺処分へ ★



昨年(2010年度)は、全国的にツキノワグマが大量出没した年だったようです。それで、今年「ツキノワグマ保護管理計画」(07年10月~12年3月)を見直す方針を固めたのが鳥取県です。その旨は9月のニュースなどで伝えられ、ご存じの方も多いかと思います。

新聞によりますと、鳥取県内でのクマの生息数は200~450頭を超え、現在は増加傾向にあるということです。現行計画では、有害捕獲で捕らえたクマは学習放獣しているらしいのですが、(10年度は放獣後に再度現れた個体など40頭を殺処分としている)住民から個体数を減らしてほしいという要望が強く、県は計画を変更する判断に踏み切ったというわけです。

「有害鳥獣捕獲」の場合、人への恐怖心を与えてから放つ「学習放獣」は行わず、「原則殺処分」とするということで、今回その方向に転換したわけです。計画途中の見直しは、中国地方では初めてだそうです。
県公園自然課によると、「県内では10年度に延べ134頭が捕獲され、同年8月には鳥取市内の男性がクマに襲われて死亡するなど人身事故も2件発生。果樹園での農作物被害なども報告された」ということです。

計画変更後は、イノシシやシカのわなに誤って掛かった錯誤捕獲のクマは、これまでと同様に学習放獣で対応。しかし、人家近くに出没し、農作物に被害を与えるなどした個体は殺処分するということです。県はクマの生息数を、捕獲頭数が8頭だった09年度のレベルに減らす目標を立てており、今秋にも「個体数調整」が行われる可能性もあるとしています。

★つまり、クマの数が少ない時には保護して山に帰していたけれども、クマの数が増えて、人家近くに出没し、農作物に被害を与えるようになると、殺処分するということなんですね。
これに対して、「日本熊森協会」が鳥取県に意見書を提出しました。
下記はその記事です。


~ツキノワグマ:個体数調整反対 日本熊森協会が県に意見書提出/鳥取~ 


毎日新聞 9月29日(木)15時52分配信

 自然保護団体のNPO法人「日本熊森協会」(森山まり子会長、本部・兵庫県)は28日、県に対し「ツキノワグマ個体数調整導入の撤回」を求める意見書を提出した。県は「ツキノワグマ保護管理計画」を変更し、20日付で告示。捕らえた熊を原則殺処分としたほか個体数調整を行うことも盛り込んでいる。
 県は昨年度、ツキノワグマが人里に大量に出没したことなどから生息推定数を調査。約250~400頭と増加傾向にあると判断し、計画を変更した。
 同会は「出没数が増えたのは、山の実りが少なかったから。個体数が増えたわけではない」と主張。「熊の食料を確保するためにも奥山の自然の再生に力を注ぐべきだ」としている。



★この「日本熊野森協会」は、「開発・拡大造林・地球温暖化・酸性雨などにより猛スピードで劣化していく我が国の奥山を、全生物と人間のために保全・復元しようと、森の最大獣であるクマをシンボルに活動を続けている完全民間の実践自然保護団体」であると謳っています。


下記は「日本熊野森協会」側から発信されたニュースです。

~大量に捕殺されていく北海道のヒグマ 
6日恵庭市で殺されたのは、胃の中空っぽ~


2011-10-07 (金) くまもりNEWS | クマ保全 | 野生動物保全

推定2000頭の北海道のヒグマですが、3年前から大量に殺されています。この原因の一つは、3年前にヒグマの駆除許可権限が、道庁から市町村に降ろされたことだという指摘があります。とにかく、行政担当者がクマのことはよくわからないので、人間に何事も起こらないうちに殺しておこうと、捕殺一辺倒になっているというのです。国立公園内に罠をかけていた町もあったそうです。

2009年・・・・601頭
2010年・・・・540頭
2011年・・・・約500頭???(10月7日現在??)

北海道の今年のミズナラの実りは道庁発表では大凶作です。しかし、北海道で調査されている研究者に聞くと、結構ミズナラはなっているということです。場所によって違うのでしょうか。

10月6日、恵庭市で殺されたヒグマの場合は、胃の中も腸の中も空っぽだったそうです。各市町村で、太い鉄格子の捕獲檻(1m×1、2m×2、77m)をしかけ、中にはハチミツ、コマイ(干し魚)、ビート(てんさい)チップが誘引剤として入れられているそうです。ほとんどのヒグマは、暗くなってからそっと人里に出て来て、明け方に山に帰っていくそうで、人を恐れているのがありありとわかるという事です。電気柵とか使って守りたいところを防除するならともかく、お金や力は使わずに罠をかけて次々と捕まえて殺してしまえばいいというのが、北海道の大勢だそうで、道民の中から、あまりの残酷さに胸のつぶれる思いだ、野蛮すぎるという声も入っています。

「ヒグマ凶暴」というテレビのテロップや、冬ごもり前の食い込み用食料がなくてひもじい思いをしているヒグマの心がわからずに、味しめ説・人なめ説など唱え、一方的にクマを悪者にしている専門家が、「ヒグマなんか殺してしまえ」という世論を形成していっているということです。殺すことが当たり前になるなんて、恐ろしい話です。つかまえてもいいが、えさのありそうな山に運んで放獣してやってくださいという声を、みんなで市町村行政に届けましょう。

どこの市町村がどういう対応をしているのか、調べてみようと思います。とてもこんな状態では、ヒグマとの共存などできそうにありませんね。最近の日本人の、他生物の命への軽視、蔑視には恐ろしいものがあります。人間としての温かさを取り戻しましょう。

(上記は「日本熊野森協会」クマ保護活動 http://kumamori.org/activity1/bear/ より掲載させていただきました)


☆一方では、
NPO日本熊森協会は、ツキノワグマの捕殺に反対し、山間にドングリを散布を行っている団体で、専門家から厳しい批判にあっている団体だ。ドングリの配布でクマの保全は行えない一方で、散布するドングリに虫や菌が入り込んでおり、それらを拡散する可能性があり、野生のクマの行動を変化させる可能性があるため、活動が批判されている
として、
ツキノワグマは絶滅危惧種だから保護しなければいけない」「絶滅危惧種を殺すなど言語道断」と主張して、日本中から集めたドングリをヘリコプターで山中に撒いたり、逆にクマの生態系を乱したりしている団体だと批判的に見ている人たちもいます。


★「絶滅寸前のクマを 保護できない本当の理由」と題して、こんなニュースもありました。

~絶滅寸前のクマ 保護できない本当の理由~

2006/8/30 11:00   J-CASTニュースより

クマの被害が全国各地で相次いでいる。青森県では目撃件数、「食害」とも2005年の5倍で、人的被害も既に昨年を2件上回る6件だ。クマはその場で銃殺されるか、捕まっても結局、殺される場合が多い。動物保護団体などはこれに反発、「クマを絶滅から救え」というキャンペーンをしている。クマを山に帰したり、動物園などで保護できればいいのだが、それもできない理由が行政や受け入れ側にあった。

クマの出没は各地に広がっている。青森県では06年1月1日から8月24日までの目撃情報が昨年同期の5倍にあたる204件。トウモロコシやプラムなどが食い荒らされる食害が同5倍の32件。襲われたのが6人になっている。岩手県では人身被害が10人になり「ツキノワグマの出没に関する注意報」が06年6月に発令された。捕獲頭数は昨年の53頭に対し、現在ですでに40頭になっている。群馬県では人身被害が昨年1人に対し06年はもう2人。長野県では8月24日までに捕獲が17頭で昨年1年間の7頭を大きく上回った。飯田市、松川町、阿智村、下条村、喬木村など広範囲にわたり、山林に限らない出没になっているという。

~帰したとしてもまた人里に下りてくる ~

クマ被害の原因について青森県庁では、「子連れで出没するケースが増えている。昨年、ブナの実やドングリなどが豊作で、例年以上に繁殖し個体数が増加したためではないか」 とJ-CASTニュースに答えた。岩手県庁では、「今年はブナが育たないサイクルにあたるため、子連れクマが出没する可能性が高いという予測をしていた」と話した。


クマを山に帰すのは難しい
クマを山に帰すのは難しい   J-CASTニュース提供


クマの銃殺や捕殺に、動物保護団体などは異議を唱えている。ツキノワグマは絶滅の恐れがある地域個体群として環境省に指定されていて、「ツキノワグマの推定個体数が約1万頭、ヒグマが約2,000頭と少ないのに、狩猟と有害駆除は年間合わせ1千数百頭が殺されるのは多すぎる」などが理由になっている。

クマが人里で暴れたり、捕獲したというニュースが流れると、県庁の自然環境課などに、「かわいそうだからクマを殺さないで」という電話が入ってくるという。捕獲した熊を生活している山に帰せればいいのだが、行政側にもそれができない事情があるようだ。

ある県庁の職員は、帰せない理由を経費の問題、労力の問題や、帰したとしてもまた人里に下りてくる可能性の高さをあげたうえで、「山の所有者にクマを返すと申し出ても、承諾が得られないのが普通なんです」と答えた。
かといって、動物園かクマ牧場などへの引取りも難しいのだ。
群馬県沼田市では今年、小熊を1頭「沼田公園」に引き取ってもらった。しかし、これは稀なケースで多くの行政関係者は「していない」と答えた。理由は「近くに動物園など飼育できる施設がない」というものだが、ある県庁職員は「引き取ってもらっても、批判が出る可能性があるし…」と話した。

~クマ牧場も「野生のクマは引き取りません」~

05年8月19日に世界動物園水族館協会のエドワード・マカリスター会長が東京都内で会見し、日本国内の「クマ牧場」について「先進国の日本で、まだこんな劣悪な環境でクマの飼育が行われているとは驚いた」と厳しく批判した。「なぜあんな施設に渡したんだ」といった批判が出るのを気にして、引取りに消極的になっているのだ。

そこで、「クマ牧場」側にも聞いてみた。あるクマ牧場は「野生のクマは引き取りません」と答えた。「病気を持っていたりすると、全滅の危険も出てくる」という理由だった。仮に引き受けても、群れの一員になりにくいため、収容施設を新設しなければならない、という。その費用も問題だ。昨年まで野生のクマを引き取っていたという、あるクマ牧場も今年は引き取る予定はないという。
熊と人間の共存は難しい。


★「熊と人間の共存は難しい」とありましたが、「いったいだれが難しくしているの?」と思いませんか?


★ 放射線はすべての生物に害を与えている ★



~日光のツキノワグマ 基準超えるセシウム 栃木~

産経新聞 10月13日(木)7時55分配信

 日光地域でツキノワグマの生態調査を行っている茨城県自然博物館(茨城県坂東市)と東京農工大は12日、日光市足尾町内で捕獲されたクマから基準値(1キロ当たり500ベクレル)を超える677ベクレルの放射性セシウムを検出したと発表した。博物館動物研究室の山崎晃司首席学芸員は「ツキノワグマから基準値を超える放射性物質が検出されたのは初めてでは」と話している。

 検査したクマは、8月23日に有害鳥獣として捕獲された成獣。日光市から博物館に連絡があった。複数のツキノワグマの追跡調査から、クマの行動範囲は400平方キロに及び、日光市と群馬県の片品村、沼田市などを行動していた可能性が高い。植物の新葉や花、果実、アリやハチなどの食べ物から放射性物質を体内に取り込んだとみられる。

 これまで、秋田、岩手両県などでツキノワグマの放射性物質が調べられたことはあるが、基準値を超えたのは今回が初めてという。


★クマさんも、放射性物質の大きな被害者なんですよね。
放射性物質は日光にまでやってきているんです。
何も知らないで植物を食べているクマさんたち。
植物も少動物も昆虫も、みんな被害者です。

人間は彼らに対して申し訳ないと思わないのでしょうか?
何か悲惨で、涙が出てきませんか?

今回はニュース記事ばかりでしたが、そのままをお伝えした方がよいと考え、
いろんな見解を掲載させていただきました。
皆さまからのご意見やご感想をいただけるとうれしいです。
いただきましたコメントは、皆さんに考えていただく材料として掲載させていただくことがありますので、どうかご了承ください。



ハート
この問題はクマだけに限ったことではないのです。
現在は、いつ天変地異が来るかわからない時代です。
絶滅危惧種というなら、人間だってそのなかに入ります。

人間はともに地球に暮らしている動物に対する愛に欠けています。
自分たちに有害なものと思えば、すべて殺します。
そして、有益だと思ったものも殺して、食べ物や衣服の材料にしてしまいます。
人間は人体に必要な菌でさえ、殺すのです。

地球の生態系を殺しているのは、まちがいなく人間です。
こんな人間が地球で悪性ガンのように蔓延って、どんどん増えていっているのです。
地球上で必要以上に増えているのは人間のほうなのです。
その人間たちが被害に遭うからと言って、勝手にクマを「有害動物」と定め、何も被害を及ぼしていない先からどんどん殺してしまいます。

クマさんだって、一生懸命に生きているのです。
子どもを育てるために、食べ物を探して、人里近くに来ることだってあります。
そんな母グマと子グマを、人間はその姿を見つけたという理由だけで撃ち殺しているのです。

アンフェアなのは誰か?

あなたの家の近くにクマが現れたら、どうしますか?

大切なのは、この問題をあなたがどう受け止め、どう対処するかです。
自分で考えること。すぐに役所や人任せにしないで自分で考え、判断すること。
それが個人個人の成長に影響を与えます。

共に考えていきましょう。
あなたのコメントをお待ちしております。





アンフェアなのは誰か? ―増えすぎたのは人間!

2011年10月19日 01:17


★ 読者さんからの声 ★



前回の「アンフェアなのは誰か?―山はだれのもの?」に対するご感想やご意見を募っておりましたが、早々と三人の方からコメントをいただきましたので、ここに掲載させていただきます。ありがとうございました。


   ~クマに思いやりや感謝を~  女性の読者さんより


ブログを楽しみにしています。たまにでもいいですから、お願いします。
この記事を読んで、過去記事の 悪性のパラサイトとなっている人類・・・が思い浮かびました。地球に寄生しているのが人類だとすると 熊たち自然界のものは、逆に 良性パラサイトですよね・・・地球にとって海や空気を汚染しつづけてきた人類は救いようがないです。大雨が降ると、地球の浄化なのかな・・と思ったりします。感謝すれば肉を食べてもいいんだとか・・人間がどれだけ偉いんでしょう・・どこまで解らないでいるのか。
ペットや熊もひとつの命です。 思いやりや深い考えもなく人の都合で、殺したりするのは酷いです。熊が出たら山に帰して、また人里に下りてきたら、また帰せばいいではないですか  地球が変わろうとしている今、みんなのひとつの思いやりや感謝が、集合意識となって、人類が歴代積み重ねてきた、この世界を変えるかもしれないじゃないですか・・・と思います。

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光の仕事人: このブログを「たまにでもいいですから、お願いします」と言ってくださって、ありがとうございます。記事を心待ちにしていてくださる方々がおられると思うと、ほんとうにうれしいですね。また、書こうかなという元気が出てきます。(笑)

「熊が出たら山に帰して、また人里に下りてきたら、また帰せばいいではないですか 地球が変わろうとしている今、みんなのひとつの思いやりや感謝が、集合意識となって、人類が歴代積み重ねてきた、この世界を変えるかもしれないじゃないですか」と書いておられましたね。
おっしゃる通りだと思います。どうかあなたのそのお気持ちを、周りの人たちにもどんどん波及させていってください。どうかよろしくお願い致します。



   ~いろいろ考えます~  女性の読者さんより


記事とは少しずれるかもしれませんが、熊に限らず、多くの野生動物や家畜動物、また昆虫や植物(自然)までもが人間や人間社会に都合良く扱われている現実を見聞きする度、人間という種がもつ身勝手さや残虐性に気分が悪くなります。

(感謝さえすることなく当たり前のように)レジャーや食用、また医学研究用として動物たちを殺傷し、資源や住居地などを求めて自然を破壊し、様々な目的で作られる薬品、乗り物などで環境汚染をする。

人間によってしか行われなかった様々なことを考えると、よく言われる「地球にとって人間はがん細胞」という言葉に反論など出来ません。残念ながら、そのような一面が私たちにあるのは事実ですから・・・。

でも、がん細胞も最初からがん細胞なのではありません。いま、私たち一人一人が人間社会至上主義ともいえるこの考え方や行動を見直し「私は知らない」「直接手を下さないから無実」では済まないと気づく必要があると感じます。

そのためにも、地球上のいたる場所で日常茶飯事に行われてる大小の人間の行動が、どれほど他に大変な影響を及ぼし続けているのかをもっと「知る」必要があると感じます。

多かれ少なかれ、皆がその恩恵(人間にとって都合が良いという意味であえて「恩恵」とします)を受けているため、現代文明社会で生きる人間ならば、この問題に無関係な人間など1人もいません。

物理面・精神面に関わらず、普段の生活レベル、個人レベルで改善できることも沢山あるはずです。私も問題に関わる1人として、自分の考えや生活面において、さらに改善していける点を考え、変えていかないといけませんね。私は宿主(地球)を苦しめるがん細胞になりたくて生まれたわけではないでしょうから!(笑)

記事を読んで、また色々と考えるキッカケを頂きました。ありがとうございます。

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光の仕事人: 「熊に限らず、多くの野生動物や家畜動物、また昆虫や植物(自然)までもが人間や人間社会に都合良く扱われている現実を見聞きする度、人間という種がもつ身勝手さや残虐性に気分が悪くなります」という文面に共感します。
この世の中の動物は、人間の食べ物として神が造ったと説いている宗教がありますが、それが人間の「間違い」の根源なのではないでしょうか? 
「神さまのつぎに偉いのは人間だ」と思っているわけですから、その人間にとって有害であるものは、すべて殺してもよいとすっかり思い込んでいるんですね。
神がまちがったことを教えたのか、あるいはまちがって解釈してしまったのか、人間は自分たちも絶滅寸前にならないと、生命の有り難さがわからないのかもしれません。



   ~ブログを読んで~  女性の読者さんより


光の仕事人さま
こんにちは(_ _)
遅ればせながらブログを読みました。

昨日か一昨日にも、子ども連れの熊さんに襲われた人のニュースがありました。子どもがいれば、母熊は神経もピリピリしているし、普段以上に殺気立っていた事だろうと思いました。襲われた方もお気の毒ですが、母熊はもっと怖かったのではなかったかと思います。

ブログを読んでいても、とても悲しくなりました。
射殺された熊さんの胃や、腸にまで何もなかったなんて、余りに酷い話です。
熊さんが人里に下りてくるのは、山に十分な食べ物がないから。何故、食べ物がないかと言えば、人間が木を伐採して、人間に都合の良いように山を作り替えてしまったからですよね。

どんぐりを空中散布する事については、対症療法な感じに思え、根本的な解決策ではないと思いましたが、何もしていない私や、ましてや、熊さんを悪者にして射殺してしまえと言う人間に比べれば、遥かに素晴らしいと思います。
虫や病気が…という人もいるようですが、何処にでも虫は居るし、病気もあると思います。どんぐりや熊さんで病気や虫が広がるなら、人間はもっともっと病気を撒き散らしているハズです。
残念な事に、病気を治す薬を開発しても、新種の病原菌・ウイルスが発見されたり、薬に耐性を持った病原菌・ウイルスなどに進化してしまう事もありますし…。

山に動物達の食べ物となる木を植え、人里に下りて来なくても生活ができる環境を作れば、熊さんをはじめ他の動物達だって農作物を荒らしたり、わざわざ人里に下りてまで、怖い思いをしなくても済むのにと思います。
まぁ、動物達が人里に下りて来なくても、山を切り開いて道路を作り、家を建てたり観光スポットにしたりと、人間が動物達の領域を侵犯しているのですから、そのことを考えれば襲われても致し方ないのではないかと思ってしまいます。

今の人間は、どこでもフリーパスで行けると思いがちですが、私たちのご先祖様達は動物達と上手く距離をとり、お互いの領域をむやみに侵さない事や山に入る時には鈴を鳴らしたり声を出したりして、人間がいる事をアピールし、お互いに出会わないよう気をつけたりして、人間も自然の一部として生きてきたのではないでしょうか。
もちろん、全く動物に襲われなかった訳ではないでしょうが、現代のように胃や腸が空っぽで人里に下りてくる動物は殆どいなかったのではないでしょうか。
動物達だって、むやみやたらに襲う訳ではなく、そこには理由があり、動物達にとっても人間は怖い存在なのだと思います。(私にとってゴキブリが怖い存在であるように…ちょっと違いますか?笑)

地球に共に生きている存在であることを人間は思い出し、自然や動物達との共存を考えていかなければ、最終的に人間は生きていけない世界になってしまうのではないかと思います。

人は人の力だけで生きている訳ではなくて、沢山の命に支えられているのであり、その支えを自ら壊してしまったら自滅するしかありませんよね…。

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光の仕事人: 今年は山の幸が豊富な地域と少ない地域が極端に出てきているようですね。ですから、クマの出没が少ない地域と多い地域が分かれているのです。当然のことながら、クマが人里にまで下りてくるのは、その山には食べ物がないということですから、人間もその原因を調べ、対策をしっかりとらなければならないと思いますね。
「動物達だって、むやみやたらに襲う訳ではなく、そこには理由があり、動物達にとっても人間は怖い存在なのだと思います」とありましたが、その通りだと思いますね。動物を馬鹿にしてはいけません。本来クマは温厚で臆病な性質で、学習能力も高い動物だといわれています。
彼らだって人間に出会いたくないので、人の気配がするとたいていは自ら逃げていくのです。攻撃するのは、よほどの事情があるからでしょう。そこのところを人間はあまり理解できないようなんですね。

あなたのように「人は人の力だけで生きている訳ではなくて、沢山の命に支えられているのであり、その支えを自ら壊してしまったら自滅するしかありませんよね…」と思う人たちばかりだったら、きっと地球は幸せな気持ちになっていることでしょう。
人間ひとりひとりがそこに気づき、その自覚を忘れずに、日々を過ごしてほしいものだとつくづく思いました。

★「被害がないうちに早くクマを殺して!」と要請する人たちに対して、ここに感想を掲載させていただいた人たちは、さすがに意識レベルがちがうなと思いました。
また、異なった視点からのご意見があれば、ぜひお寄せください。


★ クマを凶暴にしてしまう原因とは? ★



先ほど、クマは温厚で臆病な性質で、学習能力も高い動物だと言いましたが、その温厚なはずのクマがなぜ凶暴になるのか、あなたは知っておられますか?

それは軽井沢のクマの実態を知らせているHPを読んでわかったことなのですが、彼らを凶暴にする原因は、「人間が捨てるゴミや食糧にある」ということなのです。
そこでは、ゴミの味を覚えたクマは「ゴミ熊」と呼ばれているのだそうです。
ゴミを食べたクマは頻繁にゴミ箱に現われるようになります。学習能力が高く、執着性があるので、味をしめると毎回ゴミを漁りにやってくるようになるのです。
そのため、昼間に町中に現われたり、家屋に侵入したり、最悪の場合、ゴミ袋を持っている人を襲ったりするようなことが起こるのです。
クマを誘引している代表的なものが、家庭から出る「生ゴミ」なのです。味のついた袋や洗浄していないジュース缶やペットボトル、化粧水のような香りのあるものも誘引するそうです。これが、クマの姿を大きく狂わすもとであるというわけです。
このゴミを捨てているのは人間ですから、結局は人間がクマを呼び寄せているということになりますね。

クマは臭覚が非常に優れているので、においを嗅ぎつけられないよう、ゴミ袋からにおいが漏れないようにしっかりと保管し、決められた日と場所をきちんと守って捨てるようにすることが不可欠です。

★ ある日クマさんに出会ってしまったら ★



それから、人間がクマと出会わないように配慮、注意をすることが肝心です。
クマが出没するような夜間に行動しないようにするとか、先ほどの読者さんの文面にもあったように、鈴やラジオなどの鳴りものを携帯して歩くとか、人間がいることをクマにあらかじめ教えるようにすることが大切です。
それでもクマに出会ってしまったら、「自分はクマさんと出会うことを選択したんだ」と覚悟することですね。(笑)
とにかくけっしてあせらず、騒がず、走って逃げたりしない(逃げると追っかけるらしいですから)で、クマに向かって「ここにいるよ~」と声をかけながら、自分がいることを知らせ、ゆっくりとその場から立ち去るようにすることです。
当たり前のことなのですが、子グマに接近するのはどう考えても危険ですね。可愛いからと写真撮影などは厳禁です。子グマの近くには母グマが必ずいます。そして、子グマを守ろうと人間に向かってくる可能性は大です。
猫だって子猫を守るためには爪を出し、死に物狂いでひっかいてきますからね。クマさんだって、負けるくらいです。(笑)

クマだって、猫だって、犬だって、みんな動物はその人(相手)の波動を読みとっているんです。動物に好かれる人と嫌われる人がいるのは、ちゃんと彼らが見極めているからです。動物はとても正直なんです。
だから、クマに襲われたら、襲われるだけの理由が自分にあったことを認めることですね。(現世で理由が見つからなければ、過去生でクマをたくさん殺害していたのかもしれませんよ)
ですから、クマさんを心から愛して、クマさんにけっして襲われない選択をしておくことです。


★ 増えすぎたのは人間! ★



皆さん、「今週世界の人口が 70億人を突破」というニュースを聞かれましたか?
「何と人間は多いんでしょう!」と驚きましたね。
国連が10月下旬のこの数日間に世界の人口が70億人の大台に乗ると発表したそうです。

1999年に世界の人口が 60億人を突破し、それから12年目に70億に達したということですが、12年間に10億人も増えているんですよ。
1800年頃の世界人口は10億人だったのです。20世紀(1930年) に入って、ようやく20億人にまで増えたというのです。でも、わずか44年後(1974年)には40億人になりました。そして、それから25年後(1999年)には60億人になったのです。そして今70億人です。
このままで行くと、公式の予想では、2025年には80億人を突破し、21世紀の終わりには、世界の人口は100億人を突破していると見られているようです。それまで、地球はこのままで存在するでしょうか?


★ 飢餓と貧困―地球はどうなるの? ★



現在、人口増による飢餓、貧困、医療の問題ははっきりと現れていますね。
米国ハーバード大学経済学部のデイビッド・ブルーム教授(実態的人口統計学専門)は、つぎのように語っています。

多くの発展途上国では、加速度的に増加する人口の中で、健康、治安がおかされています。現状のままの場合、かなりの数の途上国の人々が、食糧、水、住宅といった生活のための基本的な要素においても、かなりの困難に直面することになると思われます。

人口増に対しての挑戦は不可能ではないはずです。しかし、私たちが、それぞれの各国と直接仕事をするということができるわけではありません。

世界中の何億もの女性が直面している望まない妊娠に対して避妊の必要性。そして、この世に生まれた子どもたちがより多く生き残ることのできる環境を作るために、私たちは取り組まなければなりません。統計学が示す危険性を承知で傍観することは無責任なことです。傍観している時間はもはやありません。



ハート
森のクマさんが増えすぎたと言って殺処分する前に、
自分たち人間が増えすぎていることを思い起こすことが今もっとも必要かと思います。
地球の資源を考えることもなく、短期間に人間をこんなに増やす必要があるのでしょうか? 

日本は少子化だと言って、世界の人口増加を考えずに子どもを増やそうとしているようですが、子どもを産めばいいってものではありません。
もっと大きな視野に立ち、未来を厳しい眼で見据えて、慎重に考えるべきです。
子どもたちに残せるものが、この地球上から消えていっている現在、
安易な気持ちで子どもを産んでいただきたくないと思うしだいです。
特に増えつづけている国の人々への対策を望みます。




アンフェアなのは誰か?―表があれば裏がある

2011年10月22日 15:13



前回の記事で、世界人口が70億になろうとしていることを述べました。

☆世界で一番人口密度の高い国: バングラデシュ(1023人/km²)
☆世界で一番人口の多い国: 中国(13.3億人。10年間で7390万人増)
☆世界で出生率が一番高い国: ナイジェリア(女性一人当たり、7人の子供を出産)
☆今後世界一人口を持つとされる国: インド(現在12.1億人)
☆世界一高齢化国: 日本(少子高齢化で2055年には4割の人口が65歳以上)

これらの資料から、今わたしたち地球人は何をしなければならないないのかが明確に見えてくるのではないかと思います。


★ お金があっても買えない時代がやってくる ★



世界の気温は、今世紀中に約1.8~4.0度上昇すると予測されています。
気温の上昇は、干ばつや洪水、台風などを引き起こし、農林漁業にも大きな影響を与えます。干ばつによる被害や水不足、また、日本では特定の地域が放射線物質に汚染されたため、特に生産地が狭められたり、移動を余儀なくされたりしています。
さらに病害虫の増加や作物の生育障害などさまざまな影響があり、世界的にも穀物の生産量が減少するのではないかと予想されています。
日本においては、高温の影響による米の品質の低下が顕著になってきており、果物の品質低下などの影響も観測されているということです。

近年は小麦粉をはじめ、魚介類や乳製品などがどんどん値上がりしています。異常気象などでパンやパスタ、バター、コーヒーなどの価格が高騰し、需要の割には供給がぐんと減ってきていますね。
乳製品の値上がりの原因は「昨夏の記録的猛暑の影響による乳量、乳脂肪の低下などに加え、東日本大震災による都府県の生乳不足が重なり逼迫の度合いが強まっている」と説明されています。

これまでお金さえ出せば世界中の美食を満喫できた日本ですが、もうお金をいくら出しても買えない時代を迎えようとしていることを知らなければなりません。
福島原発事故の放射能による食料汚染は、今後しだいに全国的に広がっていくでしょう。食べたくても食べられない日が来るかもしれないことを考えると、今から1日2食の小食を心がけることも必要となってくるのではないでしょうか?

世界の食糧難を考えるにあたっては、海外の人たちの人口にも目を向けなければならないと思います。
女性一人当たり、7人の子供を出産というナイジェリアでは、赤ん坊売却のための「出産工場」が摘発された事件(2011・6)がありましたが、一体どんな政治を行い、国民を指導しているのでしょうか?



★ キリスト教が産児制限に反対する理由 ★



マザー・テレサが妊娠中絶に反対したことは有名ですね。
堕胎は平和を殺すものです。堕胎は殺人です。胎児を殺す人がどうして人を生かし、愛することができるでしょうか
そう言って、中絶を認める法律を否定しました。
このテレサの日本での発言が、涙を飲んでやむなくそうせざるを得なかった女性たちの心を傷つけ、大きな反発を招いたという事実がありました。

堕胎は殺人」として、中絶をはじめ、産児制限に反対してきたキリスト教会ですが、これまで神の名のもとに膨大な人たちを殺戮してきたことをすっかり忘れていますね。
また、インドでもアフリカでも、人びとは貧しく、食糧が得られず、ますます飢えはひどくなり、生まれても生きていける可能性がわずかだというにもかかわらず、「子どもの誕生を妨害する避妊という方法は神に背く」といって、俄然反対しています。

生まれてくる子どもたちや人びとが「飢えずに快適に生きられる方法」を見つけることに関しては、ローマ法王もテレサもまったく関心がなかったようです。
ともかくバチカンは、「避妊による家族計画は、発展途上国における食物供給を改善するための1つの手段である」と主張する人たちの貴重な意見を否定しつづけてきたのです。

ところで、ローマ法王が避妊法に反論しつづける一方で、(その裏では)バチカンが経口避妊薬の秘密工場を持っていたことを、果たしてマザー・テレサは知っていたでしょうか?  
驚きましたか? 
「バチカンが経口避妊薬の秘密工場を持っている」という情報は、1987年に発行された小冊子「魂への犯罪―バグワン・シュリ・ラジニーシ 聖職者と政治家を語る」に書かれており、それを知ってからもう24年にもなります。それが真実か否かは個人の想像にお任せしたいと思いますが、キリスト教会の表の顔と裏の顔を知りたい人にとっては、このパラドックスを解明することには大きな意義があるでしょう。

こういう人たちを宗教的と呼ぶのかね?
OSHOはそう語っていましたが、それが真実なら、彼らを「犯罪者」と呼んだほうが適しているかもしれません。
どう考えても、天国へは行けませんよね。 


★ アンフェアなのは誰か? ★
 


聖職者は、外側では上品かつ聖人ぶって神のことばなどを説いていても、内側では下品な欲望の渦の中で泳ぎ回っているかもしれませんから、表と裏を見極める目をしっかりと養っていただきたいと思います。

バチカンは貧しい人たちに産児制限の必要性を説かず、貧困家庭の女性に子どもたちをどんどん産ませておきながら、「ゴミ山に捨てられた赤ん坊」や「可哀そうなストリート・チルドレン」を増やしつづけ、何も知らない心やさしい修道女たちに世話をさせてきたのです。マザー・テレサもそのひとりだったわけですね。
彼女のことは過去記事で連載しましたが、教会というものの裏を知らず、疑うことを知らなかった純粋な人だったのではないかと思います。まちがった方向へ導かれた犠牲者だったのかもしれません。

もう耳触りのよい神のことばなどに惑わされず、しっかりとバチカンの裏を知って、真実に目覚めましょう。そのときはすでにやってきているのです。

もし、全世界が幸せになったなら、もはや宗教は存在しないだろうと、私は保証できる」 

バートランド・ラッセルはこのように言っていますが、その通りだとわたしは思います。
もし、人びとが貧しくなくなったら、病気でなくなったら、みじめでなくなったら、全世界が幸せになったら、彼らキリスト教信仰者たちは、唯一の慈善行為である「奉仕」ができなくなってしまいます。そうなると、彼ら彼女らの生きがいがなくなってしまうのです。

彼らキリスト教信仰者たちには、自分たちよりも弱く、自分たちの支えが必要で、自分たちの慈悲を必要としている貧しく憐れな人たちが常に必要なのです。
ですから、そのひどい状態を改善するためには「根本的な政策や産児制限が必要不可欠である」ということなどには、まるで関心がないのです。
人口過剰の上に、毎日膨大な数の子どもたちが飢えで死んでいるというにもかかわらず、まったくそこに気づかないんですね。ただ頑強に信じ切っているのです。「堕胎は平和を殺すもの」だと。

「ゴミ山に捨てられた赤ん坊」や「可哀そうなストリート・チルドレン」を増やしつづけることが、平和だと信じているのでしょうか? 思い込みが激しすぎるとしかいいようがありませんね。
彼らはただ、目の前にいる瀕死の人たちを世話するのみです。
あなたたちがここにいるから、わたしたちはただお世話をさせてもらっているだけよ。すべてはイエスのために」と。
それではいつまで経っても、世界は貧困と飢えの状態のままです。

では、キリスト教会の象徴となってしまった当のイエス・キリストは、「産児制限」を禁止しているのでしょうか? 

イエスよ、答えてください。
産児制限をすることは、イエスですか? ノーですか?

さて、イエスなら、どう答えるでしょうか?
ノ―コメントでしょうか? (笑)


過去記事に書いた内容を思い出していただくために、再度ここに記載したいと思います。

★わたしたちは、いつも自分の思考を現実化している創造者です。

わたしたちが災難に遭った人たちを、不運な人、可哀そうな人と思えば、彼らは不運な人、可哀そうな人たちになってしまいます。
わたしたちが自己満足のためや、だれかに認めてもらうために援助をするのであれば、援助を必要とし、それに依存するような不幸な人たちをどんどん創造していくことになります。

不幸な人を援助することで、さらに相手を不幸にしているのだとは、だれも思わないでしょう。
でも、そういう「逆の現実を創っている」という事実も、おおいにあるということなのです。
わたしたちはそういうことに気づいている必要があるということです。

どうか「相手の力を弱めてしまわない支援」をお願いしたいと思う次第です。

過去記事: 「支援する人、される人―その2 相手の力を弱めてしまわない支援を考える」 参照




★ クマのぬいぐるみはまだ必要? ★



あなたの神とはいったいなにかね? 
慰めだ。
なぜなら、群衆のなかにいてさえ、あなたはひとりだと感じるからだ。
あなたは空にクマのぬいぐるみを必要とする、
いつでも、あなたとともにいるであろう、永遠なるクマのぬいぐるみを。

生はそれ自体で十分だ。
それは非常に美しい。
歌と花々と、はばたく鳥たちで満ちている―
それは成長し、自分自身であるための完全な自由だ。
それは、あなたがどうあるべきかについて大騒ぎをしたりはしない。
生きているものすべてに対するその愛と敬意は無条件のものだ。

なんのために、あなたは自分の神が必要なのかね?
なぜなら、あなたが惨めだからだ。

だから、これが策略だ。
……人びとを幸せにしてはいけない。
さもないと、宗教は消え失せてしまうだろう。

                    OSHO 「魂への犯罪」より抜粋




ハート
このブログは、長い年月のあいだに地球人類に植えつけられた
さまざまな「思いの制限」から開放され、
新しい自分自身の発想を生み出すためのお手伝いをするために書いております。

神の言うことを聞かなければ恐ろしいことになるとか、
神にすがって生きなさいという教えは、
自分だけが唯一の神として地球に君臨したいと考えた異星人が広めたものです。
神と呼ばれる異星人は、数えきれないほどいたというのに、
たった一人を神としてしまったのは、そういうわけがあったからです。

わたしたちは神々の遺伝子をもらい、
それぞれの分けみ霊をもらって生まれてきましたから、
元々は皆神の子どもです。
そして、わたしたちはいつまでも「子ども」なのではありません。
もう「おとな」なのです。

空高くにまします永遠なるクマのぬいぐるみ…。
クマのぬいぐるみを手放し、卒業しなければ、人類はおとなにはなれません。
あなたには、まだそれが必要でしょうか?



深まりゆく秋に向けて―第2弾 わたしの好きな著者

2011年10月25日 20:41


★ わたしの好きな著者 ★ 



過去記事「深まりゆく秋に向けて―光の仕事人おススメの料理と書籍について」で、「書籍」については、人の意識レベルが千差万別なため、安易におススメができないことをお伝えしました。
それでもやはり良書を紹介してほしいというお気持ちがつよい方々が多いようなので、今回はわたし自身が好んで読んだ本の著者をご紹介したいと思います。

たいていこのブログで引用している著者などは、光の仕事人も好きなんだろうということは察しておられることと思いますが。(笑)



yuri
        黄色のユリ  撮影 光の仕事人



★過去記事の中にたくさんの言葉をちりばめた「OSHO」は、わたしがもっとも愛すべき神秘家です。だからと言って、彼を信奉しているサニヤシン(弟子)ではありません。
ただ、わたしのなかにあるものの考え方が、OSHOと似通っており、つよく共鳴していることは確かです。

OSHOの本に出会ったのは20年ほど前ですが、これまで読んだ本は50冊を超えます。最近になって、またOSHOの訳者さん方が増えてきたようですが、わたしは昔のOSHOの講話のほうが好きです。

若い頃は、たいていひとりの著者に対して、その人を知るためにその著書すべてを読むということをしてきました。すべてを読んでようやくその人がわかるというわけです。
特にOSHOの本は、いろんな訳者が翻訳していて、取り上げられたテーマによってOSHOの発想が異なっている(つまり、ゴータマ・ブッダの講話のときはゴータマ・ブッダのものの見方で、イエス・キリストの講話のときはイエス・キリストのものの見方で語っている)ので、いつも新たな気分で読むことができました。
あの本ではこう言っていたが、この本では逆のことを言っているということも多々あるということです。
釈迦が人を見て法を説いたように、その時々で、その相手によって、OSHOの語ること、質問に対する答えなどがちがうということです。
どんな人にでも同じ回答(解答)を与えるべきだというのは平等かもしれませんが、公平ではありませんね。
相手の意識レベルに合わせた解答をする。それが真のマスターです。

ですから、数冊読んだだけで彼のことがわかったような気になるのは非常に危険なのです。おおいに誤解を招くことになるからです。
OSHOを読むときには、出版された年代の古いものから読むのがおススメです。
古い時代の書は絶版になっていたり、古本でも大変高価だったりするので、なかなか手に入りづらいかもしれませんが。

わたしは『バグワン・シュリ・ラジニーシの軌跡―反逆のブッダ』を最初に読みました。
ここには彼の生い立ちが書かれています。
(本人の執筆ではありません。OSHOは自分の手で本を書くことはありませんでした)
これが「OSHO」に魅了されてつぎつぎと読むことになった契機となった本と言えるでしょう。
次女に最初に「読んでごらん」と言った本もこれでした。それで次女も同様OSHOが大好きになってしまったのです。

彼は「条件付けされた過去の鎖を断ち切って瞬間のなかに生きること」を、「自由と覚醒のなかに生きること」を、そして「反逆のスピリットの偉大さ」を教えてくれた人です。

服従から自由になり、自分自身になりたい人は、めるくまーる社の『反逆のスピリット』をお読みになるとよいでしょう。
マインドから開放され、「不二の真理」を獲得したい人は『信心銘』を読まれるとよいでしょう。
とにかく読み始めたら、徹底的に読んでみること。
ただし、自分が欲していない内容であるなら、即刻中止することです。
いつも自分の魂の欲求に忠実であれば、自ずからその本は現われ、自分のところにやってきます。


★良書だと思われるのは、パラマハンサ・ヨガナンダ著の『人間の永遠の探求』『あるヨギの自叙伝』です。

人間の永遠の探求』の冒頭には、つぎのように記されています。
かつて失望、不満、落胆、悲しみ、あるいは、霊的な問題についての満たされない願望や疑問、などを経験したことのあるすべての人たちのための本である。生命の謎を解こうとしている人や、神の存在を実際に確かめることができたら、と思っている人や、また、すでに神の道を歩みはじめている求道者のための本でもある
そのような人にはうってつけの書籍であると思います。

あるヨギの自叙伝』は、ヨガナンダの霊的な体験談で、聖者たちの超人的能力についての詳細な目撃談満載です。

あと、わたしが好きな作者はジェームズ・アレンです。
この人はゴータマ・ブッダの説いた『原因と結果の法則』を自分なりの表現方法でわかりやすく伝えています。

トム・ブラウン・ジュニア氏もいいですね。
彼の著『ヴィジョン』の内容を連載記事にしたとき、「買って読みました!」という若い人たちのコメントがつぎつぎと届いていました。
その後の感想は聞いておりませんが、きっと感銘深かったのではないでしょうか?
本の中に登場するグランドファーザーに学ぶことは多く、すばらしい内容だと思います。

マイケル・タルボット氏も面白いです。
彼の著『投影された宇宙 ホログラフィック・ユニヴァースの招待』(春秋社)は、とても興味深い内容だと思います。
過去記事でも紹介しておりますが、彼は子どものころから超常現象を体験し、科学がなぜ超常現象を解明できないのかについて探究をつづけてきた人です。

もうひとり、大変興味深い研究をしているリチャード・ガーバー博士もいいですね。
彼の著『バイブレーション・メディスン』は、「波動医学」を学びたい人にはうってつけの本だと思います。
彼は西洋医学と世界の代替療法、宗教的癒しの伝統、超心理学の統合的研究にもとづいた「エネルギー医学」による治療体系を構築した人です。古代の癒しの技法からサイキック・ヒーリングまで、興味深い内容が満載です。


★ 世の中の裏を知りたい人へ ★



わたしのブログを読んでくださっている方々は、自分を浄化したり、意識を変えたりしたい人が多いのではないかと思います。どちらかというと自分自身を進化向上させたいという上昇志向の純粋な魂の人ですね。内側を深く見つめたいタイプと言ってもよいでしょうか。
それだけに、あまり社会のような外側に目が向きにくいんですね。社会の裏側なんて、見たくも知りたくもないと思うわけです。できるだけ汚いものからは逃げたいし、きれいな清らかな世界に生きたいと願うんですね。

わたしも中学生くらいのときはそうでした。こんな汚れ切った世界から早く抜け出したいなんて、いつも思っていました。
ところが、きれいな世界ばかりを追い求めていても、日常の中では汚いものとバッチリ遭遇してしまうのです。
この世は二元の世界ですから、「きれいなものがあれば、汚いものがある」、「表があれば裏がある」のは当然なんです。
光が強いと影も濃くなる」ように両方はバランスを保っているんですね。

汚いものを見るからこそ、真にきれいなものがわかってくるのです。
ですから、汚いものを見ることから逃げない、避けないで、しっかりと見る、観察することが大切だと思うんですね。

それで、おとなになってからは世間の裏側と言いますか、人類をあやつっているような裏側の世界を知りたいという思いに駆られて、いろんな文献を探してきました。
20世紀にはなかなか出版されないような内容が、21世紀になってからはどんどん本となって世に出るようになりましたね。一般人でも知る機会が与えられて、とてもよい傾向だと思います。

前回の記事でも触れましたが、もう隠してはいられない時代に突入しているのです。以前に比べれば、信憑性も十分にある内容が増えてきています。
もちろん、そこに書かれている内容が著者の仮説だったりする場合がありますから、そこのところは読者が厳しく判断する必要がありますし、いつも繰り返し言っておりますように、全面的に信じすぎないよう、いつも疑問をもって読むことが大切です。

そこで、この地球を乗っ取り、人類をコントロールしようとしてきた影の役者たちのシナリオを知りたい人に「これは読まれてもいいかな?」と思う本を紹介したいと思います。
特別おススメなどはしませんが、参考にはなると思います。(笑)

デーヴィット・アイク著 『恐怖の世界大陰謀 上下巻』 三交社

最近日本で出版された本ですが、高橋五郎&小池荘彦共著『日本の正体』(ミリオン出版)も、なかなか興味深い内容でした。
ここには「世の中のからくり」や「皇室を狙う勢力」や「原発と原爆」についての驚くべき画期的な内容がちりばめられています。
明治以来、政府が何を考えて政治を行ってきたか、今も連綿と続いている裏側の一部分を垣間見ることができるでしょう。
おふたりのことばを載せておきましょう。

高橋五郎: 教科書にも新聞にも書かれていない現実を知らされるのは読者にとって酷だろう
小池荘彦: 事実を知りながら目を瞑っていられる時代は、20世紀で終わった―




      花束
               カーネーション 撮影 光の仕事人




★ 良書も悪書もすべて教科書 ★



わたしの書庫には、歴史・神道・仏教・東洋医学・西洋医学・健康・教育・文学・自己啓発・精神世界・オカルトなど、おそらく千冊以上の本が存在すると思うのですが、そのなかで「どれか好きな本を1冊だけを選んでください」と言われたら、「そんなものはないので選べません」と言うでしょう。
わたしのなかに自分のものとして吸収された記憶があれば、それでよいと思うからです。
実際に「これ!」という本は見つかりません。(笑)

わたしにとって、良書も悪書もすべて教科書なんです。
「まちがったことが書かれているな~」と思った箇所には×をつけて、理由を書き込んでおりますし、特に納得できる箇所や気づきのあった箇所には至る所に蛍光ペンでのアンダーラインを引き、たいてい次からはその部分を読んでいます。

ですから、身の回りの断捨離を実行しようと思っても、書籍類はオークションなどにはなかなか出しがたいのです。
ただし、オークションに出している本が未読本だったり、きれいだったりする場合は、内容がよくないからというわけではないのです。わたしには今特に読む必要がないから、というだけなのです。そのときは「読みたい!」と思ってわざわざ購入したのですから、興味がある内容にはちがいないのですが、読みたい本が多すぎて追いつかないんですね。(笑)

本は何度も読んでもらってこそ、生きて価値が出るのです。書棚の肥やし的存在となってしまっていては、気の毒ですね。
それで、手放したくはないのだけれど、このままではオールドミスになってしまうので、お嫁に出してあげようかという気になったわけです。
そういうわけなので、よろしかったら、もらってやっていただきたいと思います。(笑)

宇宙人関係の本も追々出していく予定です。
古書などもきれいなまま保管されているので、貴重価値は高いと思います。
関心のある方は、また覘いてみてくださいね。

ということで、今回はわたしの好きな著者の紹介をさせていただきました。




猫たちのバラード その3 愛猫と幸せに暮らすために

2011年10月29日 20:45


★ 最近のうちの猫たち ★



以前にうちの猫たちのお話をしましたが、最近、読者さんから「ユニコさんやピャーラちゃん、ミッチェル君やリーラちゃんの様子など、機会がありましたら教えて下さい」というお便りをいただきました。
よって、その後の様子をお伝えしようと思い立ちました。

ミッチェルのことを書いたのは、7月の初旬でした。
もう約4カ月も経つのですね。早いものです。
現在ミッチェルの頭の大きさはユニコと同じくらいになりました。
胴も長いのですが、足が大変長くて、スラリとしています。
今日はミッチェルの歯が抜けました。今、永久歯に生え換わっている最中です。

ミッチェルはユニコと仲良しで、ミッチェルが喉を鳴らしながらユニコのところへ行くと、彼女はいつも丁寧にミッチェルを舐めてやっています。
寝るのもユニコと一緒のことが多いようです。たまにユニコとピャーラのあいだに入って眠っていることもあります。
ピャーラもよくミッチェルの顔を舐めていますが、ついでにミッチェルのヒゲまで噛んで抜いてしまうので、ミッチェルにヒゲがないときがあります。
ユニコもピャーラも、ミッチェルを息子のように可愛がっているようです。


仲良し
         仲良し 撮影 光の仕事人


悪い手本を示すのはたいていピャーラで、障子を破って外へ出ることなどはミッチェルやリーラに率先して教えています。それでミッチェルは、助走して障子に体当たりをして向こう側に抜けることを覚えてしまいました。ものすごい勢いなので、プラスチック製の障子だってブチ抜かれます。特に2階の長女の部屋の障子などはほとんどリーラとミッチェルに破られていて、笑ってしまうほどガムテープだらけです。

わたしの膝に乗って、甘えながらごはんをおねだりするのは、いつものユニコの手段なのですが、ミッチェルもクークー鳴いて膝に乗ってくるようになりました。両の前足をわたしの胸のあたりでそろえて、顔をできるだけ近づけてじっとしているのです。そういうときに頭や身体をなでてやると、とてもおとなしくしていて、可愛いなと思いますね。

膝に乗ってきたら、甘えているか、何かの催促を表します。
催促のときはその要求に応えないと、何回も乗ったり降りたり、わたしが行動を起こすまでやり続けることがあります。
わたしが台所に行くと3匹がついてきて、用が済むまでじっと待っていますし、2階へ行くと2階までついてきます。たまにトイレまでついてきて、トイレの前で待っていたりしますね。ぞろぞろと○○道中みたいです。(笑)

台所のテーブルには家族4人の椅子がありますが、わたしの椅子にはいつも4匹のうちのだれかが座っています。座布団も同じものなのですが、なぜかほかの椅子には座らないのです。それで、食事中はわたしの後ろにピャーラが寝そべり、膝の上にはユニコが乗っているというときもあります。
わたしが「降りなさい」と言うと、しかたなく降りることもありますが、たいていずっとねばっています。
そんな様子を見て、夫が「こっちに来なちゃい!」などと呼びかけ、手招きしたりするのですが、全然動じようとはしません。

夫曰く、わたしが家を留守にしているとき、夫が玄関のカギを開けようとすると、猫たちが玄関に集まってくるのですが、玄関の戸を開けたのが夫だと知ると、がっかりしたように立ち去っていくのだそうです。その様子を見た夫も落ち込むのだとか。(だからって、どうしようもないんですが。笑)
それで、わたしに対して「猫神さん」などというあだ名までつけて、いつもわたしのことを羨ましがっているようなのです。

「今日はミッチェルがクークー言って寄って来た」とか、「リーラが遊んでほしがっていた」とか、夫は明けても暮れても猫の話ばかりをし、皆うんざりしているのですが、もし猫がいなかったら、きっと静かだけれども淋しい毎日なのだろうなと思います。
深夜や早朝に廊下をドタバタと走り回っている子猫たちに起こされ、眠れないと怒りながらも、リーラを溺愛している長女。落ち込みながらも毎日猫に話しかけ、わたしがする猫たちの話を、楽しそうに笑いながら聞いている夫。我が家はじつに平和です。


   ユニコとミッチェル
      ユニコとミッチェル  撮影 光の仕事人



★ 愛猫と健康に暮らすために ★

 
    ~ペットフードの真実を知ること



ユニコとピャーラが以前ストルバイト結石になったことを過去記事に書きましたが、その原因はペットフードにありました。
最近はあまりにもその病気にかかる犬猫が多くなったので、どこのペットフード会社でもストルバイト結石を考慮したフードがつくられるようになってきています。しかし、当時はそんな配慮がされているものは多く市販されておりませんでしたし、合成着色料や香料などが無添加のものを探すのにも一苦労の時代でした。
もちろん、今でも合成着色料を使用している会社は圧倒的に多いのですが、何のための色付けなのか? だれのための色付けなのか? そんな悪質のものできれいに見せかける必要がどこにあるのか? と、首をかしげてしまいます。
でも、そんな2色や3色に色付けされたものを平気で購入する人たちが大勢いるのですから、供給者ばかりを批判するわけにもいきません。
たいていはそういうことに無知で、安ければよいと思って買う消費者側に問題があるのです。消費者が合成着色料入りの製品を選ばず、決して買わなければ、会社も合成着色料を使用したものを販売するようなことはしなくなるからです。

合成着色料のほかに、酸化や腐敗を防ぐための添加物も当然のことながら入っています。人間には使用禁止の危険な添加剤を使っているフードもあると聞きます。
なぜそんな危険なものが使われているかということですが、日本にはペットフードに対して安全基準を示し、原材料の制約を取り締まる法律がないからなのです。
それは海外にも言えることで、2007年にはカナダで製造されたペットフードを食べた数百頭の犬猫が腎不全を発症して死亡する事件が起こっています。
汚染源は中国産の小麦グルテンに含まれていたメラミンの可能性が高いという見解が発表されたようですが。(中国産は危険です)

動物も人間と同様で、身体の中にたまった毒が病気を引き起こすのです。
消化、吸収、代謝、排泄作業に滞りや障害が生じると、生体機能が低下し、最終的には病気を発症してしまう」のです。
「NPO法人ペットの健康を考える会」著の『そのペットフードが病気の原因かもしれない』に書かれていた「解毒のポイント」を挙げておきましょう。


~解毒のポイント~

☆解毒をする臓器である肝臓の働きを高める。
☆栄養や老廃物の運搬を担う血流を改善する。
☆尿を出す腎臓の働きを高める。
☆便を出す腸の働きを高める。
☆ウイルスや細菌に負けない免疫力を高める。

☆解毒を行うためには、タンポポエキスのようなサプリメントを活用することが一番の近道ですが、絶食などで体の中をきれいにすることもおすすめします。そのうえでフードと生活習慣を見直し、「毒のもと」を断つことを考えてみてください。



ペットフードを選ぶ際には、わたしたちが食品を買うときに商品の表示を読むように、ペットフードの表示をしっかりとチェックすることが大切です。
猫や犬をこよなく愛している皆さんは、けっしてフードに色をつけた粗悪品を食事として与えておられないと信じますが、安易に選んでこられた人は、ペットフードの真実を知ることが先決です。

ちなみに4歳になるユニコとピャーラは、『ロイヤルカナン』の「猫用食事療法食」を与えています。
これは、「避妊後から7歳までのメス猫用」なのですが、なぜかミッチェルもリーラも、「子猫用」より、そちらのほうが好きみたいで、よくユニコの食べ残しをいただいています。(『ロイヤルカナン』の原産国はフランスです)



          リーラ
          後ろ姿のリーラ 撮影 光の仕事人


★ 猫の食事時間はいつがよい? ★



あなたは愛猫に1日に何回食事をさせていますか?
そして、いつあげていますか?

たいてい「1日2回」、「朝と夕方」が多いのではないでしょうか?
犬や猫の体内時計は人間とはちがっています。
ですから、人間が食べたお下がりをあげたり、人間と同じ時間というのは感心しません。
犬や猫は夜行性ですから、夜与えるのが一番良いのです。

ユニコとピャーラは、ミッチェルが来るまでは1日2回、朝と夜でした。
しかし、ミッチェルが離乳食を食べるようになってからは1日3回に変更したのです。
なぜなら、猫は接食機能が発達しているため、一度に全部を食べずに残すのですが、残しておくとミッチェルが食べてしまうからです。それで、3匹が同じ時間に食べられるようにしたのです。
たいてい猫たちが「おなかがすいたよ」と知らせに来るのは朝5時~6時のあいだです。
ユニコはわたしが起きるまで寝床の横を行ったり来たりしますし、ミッチェルはクークー鳴いて寝床に入ってきます。ピャーラは前足を差し出して「もしもし起きてください」を連発します。

ですから、1日の始まりの食事時間はたいてい5時半頃です。
その次はちょうど8時間後で、昼の1時半~2時くらいに催促があります。最終の食事時間はその8時間後の9時半~10時くらいです。だいたい8時間サイクルとなっていますね。
ということで、猫の生体に合った時間に食事を与えなければならないのでけっこう大変ですが、愛猫家としては常に猫を主体として考えてあげなければなりません。

よく可哀そうだからと言って、屋外で数多くの猫にエサを与えて飼っている人がおられますね。
いかにも慈善者だと言わんばかりですが、それはまちがいなく偽善者です。
避妊や去勢をせずにただエサをやって生かしているだけで、子猫を増やし、病気を移したり増やしたりする原因となり、猫のためにはならず、迷惑この上ないからです。

子どもの頃は可愛いからペットとして飼うけれども、おとなになったら可愛くなくなって捨てる人たちも、数多存在します。動物に対して、失礼この上なしです。
人間の勝手な行為で、悲惨な生涯を終える動物たちもいます。
犬も猫も意識を持ち、感情をもっています。自分を真に可愛がってくれているかどうかは、ちゃんと知っています。
人間の都合で飼うことだけは、やめていただきたいと願うしだいです。



           ミッチェル
           ねんねするミッチェル 撮影 光の仕事人




★ ペットと一緒にアセンション ★



自分が飼っている愛犬や愛猫とともにアセンションしたいと願っている人がおられるかもしれませんが、不可能なことではありません。
はっきり言って、人間よりも動物のほうがアセンションしやすいと言っても過言ではありません。愛猫のほうが先にアセンションしてしまったということもおおいにあり得ることだと思います。それだけ、人間は汚れており、波動が重いということですね。

これまでわたしが感じてきたことですが、ペットとして飼われる動物たちは、たいてい飼い主と似通った波動を持っていることが多いのです。
たまに飼い主よりも犬や猫のほうが波動が高くて、飼い主と合わないために早死にするといったケースもあります。いくら飼っても、動物たちがすぐに死んでしまうような人は、自分がネガティブな波動を出していることに気づく必要があると思います。

今言えることは、地球出身の魂をもった犬や猫よりも、異星から来た魂をもった犬猫のほうがアセンションする確率が高いということです。
人間も同じですね。地球で何度となく転生を繰り返した魂は、発想の転換がなかなかできないのです。
新しいものの考え方ができにくいし、前例がないと実践に移しがたいようです。


ハート
日々我が犬や我が猫を心から愛し、
悔いのない毎日を過ごしているのであれば、
何の心配もなく、
つぎの世界へ移行することができるのではないでしょうか?






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