「気づきのコース」からのメッセージ その5

2011年07月01日 18:50


★「気づきのコース」の感想文 (続)



~ 北京から愛を込めて~    47歳 中華人民共和国 北京市 女性



あれは今年の春、ちょうど東日本大震災が起きた頃でした。その頃の世界情勢もあいまって、現在住んでいる地域でのネット規制がさらに厳しくなり、これまで閲覧できたブログも読めなくなる状況になりました。そんな折、こちらでブログを開設していらっしゃる方がプロキシ経由でつながる可能性があることとそのURLを公表してくれたのです。私は、前々から気になっていた「ミッチェル・メイ」で再度検索を試みました。それが、光の仕事人さまのブログ「思いの制限をひらく」との出逢い、そして、「意識の進化への旅」の始まりでもありました。

数ヶ月前まで閲覧できなかったブログが開けた喜び、またいつ開けなくなるかもしれないとの思いも手伝い、冒頭での約束事になっている幾つかの記事を拝読した後は、興味のある記事から夢中で読ませていただきました。拝読する度、私の心は喜びを感じていました。そんなある日、拍手クリックだけでは物足りなくなり、どうしても拍手コメントを書きたくなったのです。何度入力しても確認画面で文字化けになってしまうのに気づきながら、確認画面を経ずに送ってしまい、光の仕事人さまのお手を煩わせる結果となりました。光の仕事人さまは、ご親切にもブログの冒頭で私へのメッセージをくださいました。

その頃の私は、周期的に繰り返してしまうカルマの波に翻弄されていました。繰り返す過ちでまたしても大事な人を傷つけてしまい、カルマという言葉が重く心にのしかかっていた時期でした。ただそういう状況の中で、これこそ見えない世界からの恩寵、そして今回がラストチャンスだぞ!と言われているようにも思え、暗闇の中で僅かな光(希望)を感じてもいたのです。
ブログの主である光の仕事人さまに頼りたいという気持ちが全く無かったとは申しません。何かに頼りたい、すがりたいという気持ちはあったと思います。自分を救えるのは誰でもない、私自身であるということは頭ではわかっていました。

文字化けは解消せず、2日試みた後、ローマ字ならと思いつき、私は中国に住んでいますというメッセージを文字化けの漢字の中に英語で折込み送信したところ、光の仕事人さまがメールを返してくださったのです。
一年余にわたってお書きくださったブログの内容―それは私の人生にとって言葉では表現できないほど価値ある光を放っている大切なものだと感じています。日々暮らしていく中で、ある時は気づき、励まし、時に慰め、そして勇気を与えてくださり、とても感謝しています。

ブログの記事を参考に、私は5年ごとに過去の自分を振り返ることを始めました。思い浮かんだ光景、激しい感情、そして、あの日あの時の彼女、彼らに心から詫びて、自分を許すという作業です。心の垢は次から次へと出てきます。終わりがあるのかと思えるほどに。日々更新してくださる光の仕事人さまのブログの中、或いは過去の記事の中から、心に響くお言葉を見つけ心の糧にしながらの作業だったと思います。それは今でもまだまだ終わりは見えません。

ブログの中で登場する数秘に関しては、私は全く知識を持ち合わせていませんでした。ただ、カテゴリーの中の[★私がブログを書く理由 インディゴ・チルドレンへのメッセージ]の「インディゴへのメッセージ 自由と責任」は、拝読した時から気になっていました。私は尾崎豊さんに同じ匂いを感じたのです。彼の気持ちがわかると感じました。数秘に興味を持ち出したのは、その頃からでした。知って生きるのと知らずに生きるのでは大きな違いがある、知って生きたほうがよいと感じるようになっていったのです。
リーディングを受けて最終的にわかったことですが、私と尾崎豊さんは、7、6、そして3までも同じ数字を持って生まれてきた者でした。人生コースが同じというわけではありませんが、同じ匂いを感じた直感は間違ってはいなかったのだと思いました。

ご紹介しました出会いの経緯もあり、「気づきのコース」を申し込む前に、光の仕事人さまとは何度かメールでやりとりをさせていただいておりました。ご返信いただいたコメントの中には私の魂が打ち震えるほどのお言葉がありました。メールを頂戴したその日数時間、私は声をころして赤子のようにひたすら泣き続けました。孤児(みなしご)に帰る故郷があった、母がいた、それがわかった時のような気持ちと申しましょうか、私の心(魂)が深く安堵した瞬間でもありました。

私の分霊が中国に多く生まれているため、私も今回何か(カルマの精算)をするために中国にいるのではないかと感じるとのメッセージも頂きました。
「気づきのコース」への誘い、「アンケート」は現在もカーソルを持っていきましても反応しないままですが、どうしても「数秘リーディング」をお願いしたいと思った私は、思い切ってメールで光の仕事人さまにお願いをしました。ブログの内容が私の心に響いたことを大事にしたい、そして、そのブログの主である光の仕事人さまにリーディングをお願いしたいと強く思ったのです。快くお引き受けくださった光の仕事人さまのお蔭で、私自身の終わりなき学びの旅への扉は開かれました。
「気づきのコース」も今月末、本日で終了のようですが、いつの日か私や受講された皆様の総集編、魂の進化と喜びをこれからの旅のどこかで分かち合えたら幸せだと思っています。



中国の山1
 中国の山々 撮影 今回感想文をくださったI ・Sさん


リーディング結果を拝見して、約1週間になります。
一番大きな気づきは、自分を信じるということに尽きるかもしれません。リーディングを申し込むということは、光の仕事人さまを信じた私自身を信じるということでもありました。誰かに頼ることなく内なる自己につながって自分の人生を自分でデザインするのだという勇気を頂けたように感じます。自分自身を信じて魂の学びの旅を続けようと思えたことが一番の収穫です。
本来は、それほど時間の猶予はないもののようですが、光の仕事人さまに出逢うきっかけとなった「許し」、その気づきについて書かせていただきたいと思います。

頂戴しましたリーディング結果の最後には、光の仕事人さまからの素敵なギフトがありました。「成熟数」という項目の4のアファメーション『物事は必要な通りに起こる。わたしはなんであれ ありのままに受け入れる。信頼とは、ものごとがすべてうまくいくという意味ではない。信頼とは、すでに「あるがままでいい」ということだ。』です。信頼そして愛、このアファメーションを胸に生きていくことで、本来の光り輝く私を生きていける、そんな気がしています。
そして、金貨の表と裏だと教えていただいた私の条件付け5のエッセンスー表の「自由とトータリティーと生き生きした感じ、本質的に自分自身のエネルギーと常にコンタクトしている能力」、それを妨げる裏の「恐れ」は同じエネルギーですと教えていただきました。「あなたの人生は、どれだけ恐れのなかに入っていく準備ができているかというところにかかっているわけですね。」と。

つい最近の記事、「恐れを落とすこと」の中のOSHOのお言葉がとても心に沁みました。「恐怖を落とすがいい 恐怖とは、あなたが子供のときに無意識に取上げたものだ 今度は意識的にそれを落として成熟しなさい そのとき 生は成長によって深まりゆく光になることができる」というお言葉です。
私には、子供の時確かに取上げてしまったものが幾つかありました。無意識だったにせよ、今は意識できているのだから、それを落としていくことはできると確信しています。これは私にもできる!と呟く私がいます。そしてまた、その過程を楽しむ、進化を喜ぶのだということを光の仕事人さまに教えていただいたように感じています。ここに、これからの人生の目的があるのだとも感じます。

私が気質として持っている「感情」の中にある学校の先生「わたしはこう感じるべきだ。こうやるべきだ。あなたもこうやるべきよ。」の枠を取り払い、「恐れ」の中に思い切ってダイビングする、そして、起きてくる出来事を知っていると頭でブロックせずに知らないことを自分自身に許して、一つ一つをハートで感じる、受け止めていく、それが私の本来生きる道だということがわかりました。そして、まさに今がその時であることも。
そう気づいた時、やはり最初に「思いの制限をひらく」というブログに出逢うきっかけとなった「許し」というテーマは偶然ではなかったということがわかりました。

私には20代の頃に経験した一つの出来事があります。まだ入籍していなかった夫との間に授かった子を産まないことにした行為です。要らないと言った夫、産まないという選択をした私。アダムとイブの物語が頭に浮かびます。蛇が食べろと言ったからと言い訳する姿が私の中にもあったのです。私は、それまで持っていた授かった子は産むべきだという自分自身のポリシーでもって、激しく自分自身を責め続けました。そして、こんな私を神様は許してくれないのではないかと怯えました。何かの権威に許しを強く求めながら、自分で自分を許していなかったのです。許されて生きていることに目を向けず、狭い心で判断を下してしまう私がいました。

6の数字の学校の先生の顔を持つ私が「あなたは人生において失敗した。これは一生ものだ。」と烙印を押したのです。自らがなした行為に怯えながら、心のどこかで私がここまで苦しんでいるのは当時要らないと言った夫のせいだと責任を転嫁し恨みを抱く私がいました。そのことに気づいたのは、リーディングレポートを拝見した直後ではなく、つい一昨日のことでした。大きな大きな盲点に、これまで気づかず生きてきたのです。気づいた時、夫に対して、そして自分自身に対して申し訳ないという思いが湧いてきました。

時の経過とともに激しい感情は薄まっていきます。でも、それは解決をみたわけではなく、長い間気づかぬふりをして、棚上げにしてきただけなのです。自分を許せない者、即ち自分を心から愛せない者がどうして他人を愛すことなどできようか?答えはNO!頭ではわかりすぎるほどにわかっています。でも、どうやって?心は頭ほど簡単には納得してくれません。祈り、内なる存在に問いかけ、一昨日、これが今回のリーディングで得た一番の気づきだということに気がつきました。自分を許すことに目覚めた時、ハートに空間の広がりを感じました。慈しみ、愛の思いが広がるようなイメージです。そして、光の仕事人さまに対する新たな感謝の思いが湧いてきました。いつもいつも愛と光をありがとうございます。
リーディングで得た一番大きな変化は、これからの自分自身に対する覚悟だと思います。時間がないとはいえ、気づいたところから一歩一歩着実に歩んでいきたいです。その気づきもまた恩寵です。

私を見つけてくれた光の仕事人さまに心からの感謝と自己精進の決意を捧げたいと思います。2011年6月30日今日のこの日に。
そして、私と同じブログ読者の皆様には、私がそうであるようにブログの中にちりばめられた貴女(貴方)ご自身の光り輝く宝石を探していただきたいと切に望みます。光の仕事人さま、そして読者の皆様といつの日か光の世界で喜びを分かち合えたら幸せです。


みつばち
      花と蜂  撮影 I ・Sさん (中国にて)



★ 光の仕事人より ★



sorry鐃緒申I鐃緒申live鐃緒申in鐃緒申Cina鐃緒申now.鐃緒申

この文字化けが、わたしとあなたとの縁を結んでくれました。
三度も続けて長い拍手コメントをくださったことに対し、「読みたいけれど、文字化けで読めないんですよ」と、どうしてもお伝えしたかったのです。
ほんとうに不思議なめぐり合わせでしたね。
出会うべき人とは、必ず出会うように仕組まれているんです。

あなたが早くもさまざまなことを気づかれたのは、あなたご自身が元々すばらしい質をお持ちだったからです。
あなたはこの感想文を送ってくださった際のメールに、「私の魂に光を灯してくださり、ありがとうございます。大切な宝物をありがとうございます」と 書いてくださっていましたね。
わたしがあなたの魂に光を灯す前に、すでにあなたの内側には情熱を秘めた清浄なる火種があったのです。
その火種があったからこそ、「わたしのブログ」を契機として、突如あなたの魂が光り輝いたのです。
もしかしたら、その火種は、自分自身を心から理解してくれる同じ故郷の火を、長い間待っておられたのかもしれませんね。

一番大きな気づきは、自分を信じるということに尽きるかもしれません。自分自身を信じて魂の学びの旅を続けようと思えたことが一番の収穫です」とありました。

また、「祈り、内なる存在に問いかけ、一昨日、これが今回のリーディングで得た一番の気づきだということに気がつきました。自分を許すことに目覚めた時、ハートに空間の広がりを感じました。慈しみ、愛の思いが広がるようなイメージです」と。

そして、「リーディングで得た一番大きな変化は、これからの自分自身に対する覚悟だと思います。時間がないとはいえ、気づいたところから一歩一歩着実に歩んでいきたいです。その気づきもまた恩寵です
と書いておられましたね。
このような気づきと変化が得られましたことを、わたしもご一緒に喜びたいと思います。

遠い国から、たくさんの素朴な山村のお写真を送ってくださって、ありがとうございました。
読者の皆さんにも見ていただきたくて、ここに載せさせていただきました。(谢谢!)



ゆり
     野に咲くゆり  撮影 I ・Sさん (中国にて)


今回お贈りするOSHOの言葉です。


人間を除いて、
―海、雲、星、石、花―
すべてが真実を生き
仮面をつけずに
真実以外の何ものでもなく
それ自身以外の何ものでもない……
ただ人間だけが他の人々を騙し
自分を欺くことができる―

私がそう言うとき
それは大いなる機会でもあるということを覚えておきなさい
それは非難すべきことではなく、賞賛すべきことだ
なぜなら、バラの茂みや蓮の花が騙そうとしても
それはできないからだ
その真理は自由ではない
その真理は束縛だ
自分の限界を超えることができない

人は真実に背く特権、特典を持っている
つまり選択の自由を持っているということだ
真実であることを選択すれば
人は束縛を選択しているのではなく
真理と自由を選択している
自由は人間の特権だ
この存在全体で
ほかの誰も自由を手にしてはいない
だが機会を持つことは危険でもある

自由があるときは 
道を誤ることもあり得る

いかなるバラも道を誤ることはできない
いかなる岩も道を誤ることはできない
あなたは道を誤ることができる
だから、ひとつひとつの行為
ひとつひとつの思考
ひとつひとつの感情に対して
深い気づきがあなたを貫いていなければならない

真理を探求しなければならないのは人間だけだ
ほかのすべてのものはすでに真理を手にしているが
そこに自由の栄光はない
あなたは真理を探求し
それを見いださなければならない
だが、真理を探求し、発見すること自体において
あなたは栄光に輝いている
あなたは存在の王者だ

                   by OSHO 




猫たちのバラード その1

2011年07月03日 07:25


★ 猫をこよなく愛する人へ ★



動物愛好家には「猫をこよなく愛する人」と「犬をこよなく愛する人」がいます。
なかには「どちらも好き」という人もいますが、猫と犬とではあまりにも趣向が異なるので、猫派と犬派の人間像も、はっきりと分かれてくるのではないかと思います。
どんな動物を愛するかで、人間の生き方そのものが、顕著に現われているのがわかります。興味深いですね。
今回は「猫をこよなく愛する人」たちに向けて発信します。



★先日ご紹介した「ミッチェル」のことをお話しする前に★



台所近くで子猫の鳴き声が聞こえるようになったのは、6月初旬のことでした。
またノラのお母さんが赤ちゃんを産んだか、あるいは、連れてきたんだな…と、いつものことで、さほど気にも留めていなかったのです。

炊事場の窓の向こうには、屋根つきの簡易倉庫があって、いらなくなった布団や段ボール箱、タイヤ、夫が仕事で使う道具類が、無造作に並べられています。その辺りはノラ猫たちの通り道になっていて、ガラス越しに猫の影を見ることがよくありました。

そこは、猫にとっては子を産んだり、育てたりするのには、とてもよい環境なのです。何しろ隠れるところがいっぱいありますから。
このブログに時々登場する仮称ビーとメリーもそこで生まれました。
彼女たちのお母さんは、子猫たちに会いに来る途中で交通事故に遭い、路上で死んでしまったのです。

まだへその緒がついた生後3日ほどの赤ちゃんでした。
この子たちを育てなければ…という思いで、それこそわたしが「猫のお母さん」になって、日夜世話をしたのです。
子猫がわたしのところに来てからは、家を留守にすることができなくなり、好きな旅もできなくなってしまいました。
彼女たちはわたしを「ママ」と思っていて、おとなになっても「抱っこして」と飛びついてきたり、膝に乗ってきて甘えます。

動物でも人間でも、子どもを産んだらママになるのではありません。
日夜愛情をこめて「マンマ」を与えてくれる存在が、文字通り「真のママ」なのです。


           ミルクを飲む子猫                 
              ミルクおいちいです! 
              わが家で育てた赤ちゃん第1号



★ 黒のベイビーとの出会い ★



6月になって、頻繁に子猫の鳴き声がするので、倉庫へ足を運ぶと、地上から2メートルほどあるところに渡してあった板のあいだから黒っぽい小さな顔が見えました。
わたしを母猫だと思ったらしく、しきりに動き回り、板と板のあいだから手を出したりして、今にも落ちてきそうでした。(通常ノラは人の気配がすると、鳴くのをやめ、身を潜めます)

あとからかけつけてきた次女と長女がその様子を見ている最中に、「黒ちゃん」は案の定落っこちてしまったのです。
幸いどこにもケガはなく、黒ちゃんは元気でした。
さて今後どうしたものかと思案しているうちに、長女が自ら育てると言いだしました。(うちの家族は皆猫が大好きなのです)
すでにメス猫が2匹いるし、(黒ちゃんもメスでした)まさか長女が引き受けるとは思わなかったのですが、「黒ちゃん」と長女は、新しい縁を結びました。

いくら幼くても、野生の子猫は人に対する警戒心が強く、フーフー言って威嚇し、つかまえるとギャーギャー鳴いてあばれたり、爪でひっかいたりするものです。
ところがこの黒のベイビーは、全く人みしりをせず、すぐになついてしまったのです。
早速猫ミルクと哺乳瓶を買いに行き、長女の「子育て」が始まりました。
何でも、女性性意識を高めたいのだとか。(笑)


黒のベイビー
わが家にやってきた黒のベイビー 撮影 光の仕事人


★ 縞のベイビーとの出会い ★



それから数日後、また同じ場所で別の子猫の鳴き声がし始めました。
黒猫のお母さんが、もう一匹赤ちゃんを連れてきたのです。
次女の目撃情報によりますと、今度は黒ではなく、茶とこげ茶の縞模様らしいのです。
2週間後、その子がわたしのところに来ることになろうとは、当時は夢にも思っていませんでした。

21日の午前中からしきりに子猫の鳴き声がしていて、何か尋常ではない様子を感じたので、常日頃は行くこともない倉庫へ行ってみたのです。
あとからやって来た次女と一緒に、いろんなものを取り除いているうちに、とうとう麻ひもの束の上にいた子猫を見つけました。

鳴いていた理由はすぐにわかりました。
片足に幾重にも麻ひもが巻きついて動けない状態になっていたのです。(まさしく二進も三進も行かない状態です)
わたしたちを見た子猫は逃げようとしましたが、後ろ足がつよく引っ張られ、今にも足がちぎれそうになっていました。
ハサミで5~6箇所切り離してやると、子猫はすぐに逃げてどこかへ隠れてしまいました。
しばらくして、子猫を追跡していた次女が大声でわたしを呼びました。

戻ってみると、次女がつかまえた子猫の足には、まだひもが残っていました。
それは麻ひもではなく、麻ひもをまとめて結んであったビニールのひもだったのです。
ビニールひもは後ろ足の中央辺りをきつく締めつけていて、皮膚に深く食い込んでいました。(また、どうしてそんなことになったのか?)
「昨夜から母猫と子猫が鳴き続けていて、何か変だと思っていたんだよね。今朝はカラスまで来ていて、うるさかったし…」
次女は腑に落ちたらしく、そう言っておりました。

血が止まった状態で、足先はグローブのようにパンパンに腫れ、ひもを取り除いた箇所からは膿が出ており、壊疽も始まっているようでした。
ほんとうに見るも無残な状態だったのです。
そのまま放置しておけば足は腐り、子猫は死んでしまうと予測できました。

「この子を助けないと気がすまない」と言う次女に対して、まずは獣医師に診察をしてもらうように促しました。
わたしはその子の足が治るかどうかをハイアーセルフに尋ねました。
治る」。それが、答えでした。

動物病院での診察結果は、3日ほど様子を見て、足が固くなってしまったら、切断するということでした。
まだ治る可能性はわずかに残っているようで、「今できることは足指に血液が行くようマッサージをするのみ」ということでした。
切断する必要はない。治る
何度尋ねてもハイアーセルフの答えは変わりませんでしたから、不安は全くありませんでした。

その夜、長女にその子を支えてもらい、足のマッサージを試みました。
「縞のベイビー」は、「黒のベイビー」とは違って、最初は誰に対しても大きな口を開け、フーフーと歯をむき出して怒るので、手出しができにくい状態だったのです。
ところが、つかまえてしまうと急におとなしくなって、わたしが足をさわってもいやがりませんでした。

足先は干からびたように少し固くなっていましたが、ひとつずつ指先と肉球をもみ、足先へと血流を送るよう静かにさすり、そのあと、手のひらから光(プラーナ)を送ったのです。

わたしの場合は、レイキのようなシンボルやマントラは必要ありません。ただ、「光よ、来てください」と言って、手をかざすだけです。
1時間ぐらい続けると、グローブさながらにパンパンだった足の腫れがすっかりひいて、毛を刈られた足全体がピンク色に変化していました。
1時間前の足の状態を見て知っている長女は、その変化に「すごい!」と驚きました。

獣医師からは注射をしに毎日来るようにと言われていたようですが、翌日は「行く必要はない」と判断し、病院には行かず、再度手から光を送ることにしました。
その日はもうわたしひとりだけで十分対処できました。その子はわたしの膝の上で2時間もおとなしくじっとしてくれていたからです。

ちぎれそうに見えていた傷口に肉が盛り上がってきて、悲惨な様相はすでに姿を消していました。
これならもう大丈夫だと確信し、その夜は安堵の眠りにつきました。

その夜、黒猫のお母さんが心配して息子を呼びに来ていました。
壁越しにミッチェルもそれに答えて鳴いていましたが、わたしは大きな声で母猫に言いました。
「息子さんはここで預かっていますよ~。ケガをしているので、今治療中だから、心配しないでね~」と。


★ ミッチェルと名づけた理由 ★



翌朝、ミルクをあげようとバスケットから出したとき、何と「縞のベイビー」は、よたよたしながらも、傷ついた後ろ足を使って歩き始めたのです。
21日の時点では「切断しなければならないかもしれない」と言われていたのに、23日には床にその足をつけて歩けるまでになっていたのです。
これにはびっくりしましたね。子猫の自然治癒力のすばらしさに脱帽です。

その後、子猫を病院に連れて行った長女と次女の報告では、いつも苦虫をつぶしたように無愛想な獣医さんが、目を細めて「よかったね~」と喜んでくれたとのこと。

足の切断を免れたオスのベイビーを、わたしは「ミッチェル」と名づけました。
なぜ「ミッチェル」なのか、このブログを毎回読んでくださっている皆さんなら、もうおわかりですね。
つまり、医師から片足を切断しなければならないと宣告されたのに、切断することを承諾せず、ヒーラーによるヒーリングで奇跡的な復帰を遂げたミッチェル・メイ氏の名にちなんでつけたというわけなのです。

(詳細は、2月15日の記事「許しと癒し―ミッチェル・メイ氏からのメッセージ」をお読みくださいね)


ミッチェル2.
  元気になったミッチェル 撮影 光の仕事人


ミッチェル。可愛い名前ですよね。
「縞のベイビー」には、ぴったりだと思います。

ミッチェルがうちにやって来た時の体重は380グラムでしたが、10日後には550グラムになっていました。
毎回体重を量らない病院ですが、「大きくなったねぇ~」と、獣医さん自ら体重を測ってくれたそうです。
(へぇ~、あの獣医さんがねぇ~)
ミッチェルは病院の皆さんに大人気で、関係ないと思われる女性職員までわざわざ見に来るのだとか。(笑)

うちに来てから10日余り経った現在、「そんなに走らないで!」と心配するほど、ミッチェルは超スピードで走れるようになりました。
足の状態は皮膚が再生している途中なので、まだ完治してはいませんが、猫じゃらしで遊んだり、軽くジャンプしたり、砂のトイレでもしっかりと足でかいて、じょうずに用が足せるようになりました。


★猫の成長はとても早いです。
「ここでするんだよ」と一度砂場を教えただけでちゃんと覚えているし、おしっこやウンチはちゃんと隠しておきます。
「なんて行儀のよい動物なんだろう!」と、いつも感心しますね。

犬に比べ、猫は「想像してひとりで遊ぶ」という優れた能力をもっています。
小さくまるめたナイロン袋やヒモなどの何でもないものを、獲物とみなして遊ぶことができます。
たとえ、何もなくても、「ある」とみなして遊ぶことができるのです。
たとえば、自分の影を追いかけてみたり、両の前足を上げて何かをつかんでいる真似をしてみたり。

猫はとても賢く、身体はしなやかで、上品です。
自由であることをもっとも大切にし、自分の意に沿わないことは素直にからだで表現し、人間に迎合することは決してありません。常にマイペースです。
家の中で最も快適な場所を見つけ、ゆったりとした静かな時間を過ごしている姿は、じつに優雅で、まるで覚醒した神秘家のようでもあり、王者の風格を感じます。

猫の有様は、人間にさまざまな気づきをもたらしてくれます。
日常を慌ただしく過ごし、くつろぐことを忘れている人間たちや、人の顔色を見てびくびくして生きているような人間たちは、少しは猫を見習ってはいかがですか? と思いますね。



ミッチェルは毎夜わたしのまくらの上で眠るようになりました。
ミッチェルの目とわたしの目の間がたった5センチくらいの近距離です。
心をひらいてくれたミッチェルといつまで一緒にいられるのかな? と思います。
彼との縁は今生で初めてであり、さほどのつながりは感じられないからです。


     ミッチェル1
         ねんねするミッチェル   撮影 光の仕事人


わたしのふとんの上は、大きな猫のお姉さん(おばさん?)たちの寝場所でもあります。
彼女たちは赤ちゃんのときからそのふとんの上でいつも遊び、眠ってきました。
足元で2匹が寝そべると、重くて動きがとれないこともあります。
二階で育てられている「黒のベイビー」も、わたしの部屋に来たときは、ふとんの上で気持ちよさそうに眠ります。
人間の娘たち(もう子どもを産んでお母さんになってもいい年頃の娘たちです)も、わたしの部屋に来ると、しばしばそこで眠ってしまうことがあり、わたしの寝床は猫と人間の避難所みたいになっています。(笑)


今回は報告のみになりましたが、次回は「猫との霊的な関わり」について書く予定です。
お楽しみに。


猫たちのバラード その2

2011年07月06日 06:00


★ ユニコとピャーラのお話


        
2007年5月、生まれてまもなく母猫に置き去りにされ、台所の前の物置でピーピー鳴いていたビーとメリー。(本名ピャーラとユニコ)まだへその緒がついていて、手のひらに乗るほどの大きさでした。

猫を飼いたいという願望を抱いた矢先のことでしたが、まさか2匹飼うことになるとは思いもしませんでした。
後日、母猫が近くの路上で死んでいたことも重なり、わたしはこの子たちの母親代わりをすることを決心したのです。(これは、偶然の出来事ではありません)


猫の赤ちゃん
生まれてまだ間もない猫の赤ちゃん 撮影 光の仕事人


猫そのものを思わせるピャーラと、全く猫らしくない人間っぽいユニコ。
ピャーラは本能的なことは何でもすぐに覚えましたが、ユニコはミルクを上手に飲むことができなかったり、便をうまく排泄できなかったり、汚いものに対して神経質すぎたり、すべてがぎこちなく、最初のうちは「大丈夫かなぁ?」と心配になるほどでした。(ほんとうに知的障害があるのではないかと思っていました。笑)

けれども、餌の入った食器の下に敷いてある布を、食べ終わるたびに四つ折にたたんで食器の上に被せたり、排泄の後には必ずタオルで手をふいたり、(ピャーラも同様にふきます)体を洗ってもらうことに全く抵抗がなく、気持ち良さそうに湯に浸かっているユニコを見て、「これはタダものではないゾ」と思い始めたのでした。
果たして、成長するにつれ、ユニコが人間以上とも思えるほどに聡明でパワフルであることが判明していったのです。


    ユニコの入浴
           湯につかるユニコ (まさにET ) 撮影 次女 


ユニコが鴨居に飛びあがり、欄間(らんま)のあいだからわたしの部屋をのぞいてはニャーニャー鳴いて呼ぶときは、たいてい何か事件が起こっていて、彼女たちの部屋に浮遊霊が来ていたり、ピャーラが憑依されていたりしました。
過去記事で、基本的にユニコには霊が憑かないし、オーラも一般人よりも大きく、大いなる秘密を持っているからだと書いたことがありますが、猫でありながら、ユニコの精神波動値が高すぎるのは、なぜなのか? 
その秘密を、これから明かしたいと思います。


★ ユニコの正体 ★



ユニコのオーラが銀色であることを知ったのは、2007年8月23日のことでした。

美しいきらめきをもたらす銀色は、「人間離れした超運の持ち主や大霊格者に見られる色」で、「この色のオーラを有する人は、滅多にいない」と、オーラ研究家の一人である柳川昌弘氏は言っています。

銀色のオーラは通常、紫や金色のオーラを有する人が一段進歩したとき発することが多いが、初めから銀色のオーラを有する、いわゆる宇宙人的人間もまま存在する。銀色のオーラの持ち主には、大進化した新人類として、初発という意味がある
という彼の文面を記憶していたわたしは、なぜユニコのオーラがそのような色をしているのか不思議に思い、それを機に、ユニコの過去生を調べてみることにしたのです。
これまでユニコのようすを観察してきて、ほんとうに宇宙の彼方からやってきたのではないかと感じていたからです。


ペンジュラムを使い、思いついた惑星や星座を口にしながら、ひとつひとつチェックしていくと、オリオン座で反応がありました。
「オリオン座から来たのですか?」と尋ねると、「はい」と答えたのです。
では、過去生はオリオンの猫だったのかと訊くと、そうだと言います。
どうやら、オリオンにも、猫らしき動物がいるようなのです。
そこで、なぜオリオンの猫がわたしのところに来たのかを知りたいと思い、「過去生でわたしと一緒にいたことがあるかどうか?」を尋ねてみました。
すると、「はい」と答えたのです。 

わたしの魂が太陽系宇宙外(銀河系)から地球に来ていたことは、以前からわかっていましたから、数多の過去生のなかで一度くらいオリオン座にいたのだとしても、不思議はありません。
実際にオリオン座については、少なからず関心がありました。
古代オリオンの実態などは、リサ・ロイヤル氏によるチャネリング情報などで詳細を把握していましたし、古代オリオンを舞台にした長編のファンタジー小説を書いたことがあったからです。
また、ETが猫にウォークインして、人間の子どもたちと深いかかわりを持っていく児童文学も既に書いていました。それで、「やはり縁があったのだな」と得心がいったのです。

あとでわかったことですが、正しく言えば、オリオンにいたのは「わたしの分霊」だったのです。
つまり、分霊の記憶の影響がつよくあったということですね。


★ オリオンから地球へ ★



結局ユニコはオリオン座にいた頃、わたしの分霊が飼っていた猫だったということがわかりました。
そのときは、オリオン座の真中に並んで見える三ツ星のうちの、向かって左下に見える星にいたと、ペンジュラムが教えてくれたのです。

ユニコはずっとオリオン座にいました。
猫ではなく、オリオン人として転生していたのです。
そこで何か事件が起こり、ユニコはオリオンから脱出しなければならない事態に陥ったのでした。

★このユニコの詳細については、のちに次女から聞いて、その信憑性を確認することができました。
ユニコの過去生は男性でしたが、何かその星の政府に対して反逆的な行為をしたようで、UFOに乗ってどこかに逃亡しようとしていたのです。
逃亡中に射殺されたユニコは、霊体となってオリオンから脱出しようとしました。

オリオンには独自の輪廻転生のサイクルがあり、簡単に他の星に生まれ変わることができないシステムになっていましたが、それを許可してくれたのは、光り輝く黄金色のオーラを持った当時のユニコの守護者でした。
ユニコを見たある瞬間に、そのときの映像が、次女の眼前に見えてきたといいます。
両膝を抱え、泡のように丸くなった状態でユニコは地球へと移行しました。
ユニコにはタイムリミットがありました。急ぐ理由があったのです。
(ウォークインすることになったのは、なんと地球上に生まれたばかりの猫の赤ちゃんだったのです)

次女によりますと、ユニコの魂がオリオンのマトリックスから脱出し、地球へ来て、猫に生まれ変わったのは、過去生に犯した罪によるものであるということです。
心ならずも猫の身体に入ったとき、ユニコには「どうして猫なの?」という疑問と大きなショックがあったようです。
ユニコを感じることができた次女は、「尖った歯で食物を食べるのがとても困難だった」と言っておりました。

ユニコの銀色のオーラは、しばらくの間つづきました。
ユニコにオリオンからのテレパシーが来ているのを知ったのも、その頃からです。
急にそわそわして、ユニコが何かうったえるように鳴き始めるたび、わたしはその原因をハイアーセルフに尋ねていたのです。その答えは、地球以外(オリオン)から来るテレパシーで、相手は男性だということでした。それは執拗に追いかけてくる「ネガティブなオリオンのエネルギー」だったのです。
そこでわたしはユニコとオリオンとの「霊的なつながりを断ち切る祈り」を試みました。
それ以来、ネガティブなテレパシーは途絶え、今度はポジティブなテレパシーが来るようになりました。
それはユニコの守護者からだったのです。

動物には通常守護霊がつかないのですが、ユニコの場合は特別で、以前に人間型生命体であったために、今も守護者が存在しているのです。ユニコの守護霊は、銀河系宇宙のオリオン座出身です。
守護霊が何かを知らせてくるたびに、ユニコは反応するようになりました。
いつも人の目につかないところで交信をしていますが、猫語でしゃべっているのがまる聞こえのときもあります。

次女が聞いたとき、守護霊が伝えていた内容は「人に知られないように何か役立つことをしなさい」ということでした。
身体は猫であっても、役立つことはあるということでしょうか。
それは、人の目には見えないところのものを浄化するということだったかもしれません。
ユニコの霊格がどんどん上がっていったのも、そんな人知れない努力があったからなのです。
(これはユニコの秘密なので、これ以上語ることはできません)

★「ユニコ」という名は、宇宙、つまりユニヴァーサルのユニであり、ユニティ(合一)のユニであり、地球に蔓延り、地球人を脅かすレプティリアンと対決するユニコーンのユニコの意味をもっています。
(レプティリアンは、人類の神であったとされる爬虫類型異星人のこと。
デーヴィッド・アイク著『竜であり蛇であるわれらが神々』(徳間書店)参照)



★ ピャーラの過去生 ★



ピャーラは地球出身の魂です。
地球界しか知らず、他の星での生活体験はありません。そしてピャーラは、以前に次女が可愛がっていたナナというオス猫の生まれ変わりです。
ナナが病気で死んだとき、次女は「生まれ変わったら、必ず自分のところに来てね」と約束したといいます。
ただ、死ぬときがあまりにも悲惨だったので、死後は「畜生界」というダストゾーンに行ったようです。
最初はごく一般的な猫であったピャーラですが、ユニコと一緒にいることで随分変容し、オーラの色も大きさもどんどん変化していきました。(青緑から紫へ)

ピャーラはとても繊細な性質をもっています。
ユニコは気兼ねなくわたしに甘えますが、ピャーラはそれがストレートにできません。
彼女が甘えてくるのは、いつもユニコがいないときだけです。
それ以外は横目でうらやましそう(うらめしそう?)にユニコを見ているだけです。
何か粗相をして叱ったりすると、ユニコは全く気にせず、「何かしら?」みたいな顔をしていますが、ピャーラは一気に落ち込んでしまいます。
驚くほど性格のちがいはありますが、二匹はとても仲良しです。

ちなみにピャーラという名前は、ヒンズー語で、「愛らしい」という意味です。
その名のとおり、とても幼少時は愛らしく、おとなになっても「べっぴんさん」です。



ピャーラ赤ちゃん      ピャーラ
 赤ちゃんのときのピャーラ             撮影 光の仕事人


     ねんね
     仲良くねんね(左ピャーラ 右ユニコ) 撮影 光の仕事人


来るべくしてやってきた2匹の猫の赤ちゃん。
身体は猫でも、魂はETのユニコ。
彼女たちを見た知人は「神々しい」という表現をしていました。

うちの娘たちも、ユニコの目を見ると、見透かされているようだと言います。
何か尋ねると答えてくれるので、ときどきユニコにお伺いに行ったりしています。
(ユニコ大明神なんですよ。笑)
動物病院に行っても、「ピャーラ」は「ピャーラちゃん」ですが、「ユニコ」は必ず誰からも「ユニコさん」と呼ばれています。

ちがいがわかるのでしょうか?  
やはり、皆さん、目に見えないオーラや色を敏感に感じとっているんですね。

わたしのところに来てから4年目を迎えたユニコ。
彼女を観察していると、当初のような不思議さを感じることはなくなりました。
猫という身体にすっかり馴染んでしまったのでしょう。
けれども、周波数は一般人に比べると格段高く、オーラがずば抜けて大きいことは確かです。


        ユニコ
        ユニコ  撮影 光の仕事人


猫だけど、猫じゃない。
夢のようなお話ですが、遠いオリオンからはるばるわたしを訪ねて来てくれた魂が、いつでもそばにいてくれるのは、とても心強いです。
まさしく、「パワー・アニマル」、「アニマル・ガイド」ですね。

「猫をこよなく愛している」あなたのそばで眠っている猫ちゃんも、もしかしたら、銀河の彼方からやってきたのかもしれませんね。


数秘7と9が表す意味

2011年07月09日 20:10


★ ステキな贈り物 ★



7月9日、眠りからさめてメールをひらくと、ステキな誕生日祝いのグリーティングカードが届いておりました。
「気づきの教室」の卒業生さんで、その後親しくメール交換をさせていただくようになった同郷(魂の故郷が同じ星)の友人からでした。

また、コメントで祝辞をくださった新しいブログ読者さんもおられ、お陰さまで、ご機嫌な朝を迎えることができました。
ありがとうございました。

これで、つぎの誕生日まで光のパワーがつづきそうです。(笑)


花


7月9日の7と9は、数秘的に言えば、〈智恵〉と〈慈悲〉を表わします。

★7は〈智恵〉で、9は〈慈悲〉です。

7と9を足して、単数変換すると7になります。
また、誕生したときの西暦を単数変換すると9になり、西暦と月日を合計して単数変換すると、7になります。
「7」と「9」だらけなんですね。

★「智恵」は女性エネルギーで、「慈悲」は男性エネルギーです。

なぜなら、智恵は静かに動くことなく、内側にあるため、外側へ向かうエネルギーが加わらなければ、それ自体内側に留まったままであるからです。
これは、女性のエネルギーの質ですね。

それに比べて慈悲は、智恵を現実に表現していくためのアクティブな男性のエネルギーです。

★〈智恵〉の女王と〈慈悲〉の王が一体となった状態、それが〈男女両性具有〉の姿なのです。 



この〈智恵〉と〈慈悲〉を提供する橋渡しをするのが、5という数字です。

5は〈自由 自発性 この瞬間にいること〉を表わしますが、1~9のちょうど中間にあって、世間の人々とうまくつながっていくことができるエネルギーです。

わたしが初めて「数秘」というものに出会ったとき、わたしのチャートを見たアメリカ人の老紳士は「あなたは天と地をつなぐ人だ」と語りました。
この世間とつながる5のエネルギーがわたしのなかにあるために、こうして皆さんと交流することができているわけですね。

〈智恵〉と〈慈悲〉と、そして〈自由〉。
これが、今生いただいたわたしの主なるエネルギーです。





イエローのバラ
  語りかけてくる黄色のローズ  撮影 光の仕事人



本日、皆さんへ贈るOSHOの言葉です。


Love 

そう、〈道〉はある
しかし、多くの人々にはそれを探し出す意志が欠けている
しかも、それは遠く離れたものではない
それは、言わばすぐこの角にあるのだ

知ると知らざるとにかかわらず、あらゆる人間はそれを希求している
本当のところ、生の全体がそれへの希求に他ならない
なぜならば、それなしには
なんの到達も、開花も、成就もないのだから

しかし、それを探求する人は数少ない
そして、それを正しく探求する人はさらに少なく
それを見つけ出す人はさらに少ない

しかも、発見した人がすべて〈道〉に入るわけではない
入るのは少数
そして、〈道〉を前進する人はそのまた一部にすぎない

しかし、それを自分の全存在をかけて歩む者は、
〈道〉が〈目的地〉そのものであることを悟るのだ!

                      By OSHO




猫たちのバラード その3

2011年07月11日 12:00


★ 感謝の気持ちを皆さまへ ★



先日(9日)は、多くの読者さんから誕生日の祝辞をいただきました。
皆さまのお気持ちに心から感謝いたします。ありがとうございました。


                      


★さて、このブログの読者さんで「猫をこよなく愛する人」が数多くいらっしゃることがわかり、とてもうれしく思っています。
アンケートやコメントなどで、猫を飼っているということや子猫を飼い始めたということが書かれるようになり、最近そのことに気づきました。
今回はミッチェルのその後の様子と、「タダ者ではない迷い猫タマちゃん」について、お話をしておきたいと思います。



☆ その後のミッチェル ☆



ミッチェル
      ボク、ねむいの…。    
             撮影 光の仕事人



ある日、黒くカチカチに固くなった毛のついた皮膚の塊が、輪の形で床に落ちていました。

ミッチェルが傷を負った足の皮膚(ちょうどヒモでしめつけられて血が流れにくくなっていた辺りの部分)が、その後どうなったかと言いますと、固くなった皮膚がはがれ、みずみずしいピンク色の皮膚に生まれ変わっていたのです。(それでもヒモの跡はまだ少し残っていますが)

新生するためには、もう要らなくなった古いものはすべてはがれて落ちるんだよ」ということを、ミッチェルの皮膚がしっかりと語っていました。

最後に娘たちが彼を動物病院へ連れて行ったとき、最近妙にご機嫌で、親切になった獣医さんは、ミッチェルに「よかったねぇ~。もう2日遅かったら切断するところだったのに、いい具合に治ってきている。お姉ちゃんたちに感謝しなちゃいよ」なんて言っていたそうです。(笑)
動物も小さくて可愛いと、得ですね。

ミッチェルはいつもわたしのまわりで眠り、戯れています。
ごはんの時間になると、ミィーミィー鳴いて、お座りをして待つようになりました。
(うちの猫たちはお座りをして静かに待たないと、ごはんがもらえないのです)

1日に何時間かは黒のベイビーと追いかけごっこをして遊びます。
黒のベイビーは、いつまで経っても長女が名前をつけずに「ベイビー」と呼んでいたので、数日前わたしが「リーラ」と名づけました。
リーラはインドの古い言葉で「神の遊戯」という意味です。
ミッチェルがリーラを追いかけ、強烈にタックルしては咬みつくので、リーラはいつも大げさに悲鳴をあげて逃げ回っています。
ミッチェルはリーラよりも体重は少なく、身体も小さいのですが、さすがに男の子です。わんぱくぶりを発揮するようになりました。
追いかけ、タックルして咬みつくのは、子猫たちにとってはゲームなのです。
狩猟の練習なんですね。かなり激しいようですが。(笑)

最近はユニコもピャーラも、元気いっぱいの子どもたちが可愛いのか、自分のしっぽを左右に振って戯れさせてやったり、顔を舐めてやったりするようになりました。
見ていると、親子のようで、ほほえましい光景です。
こうしてニャンコたちは、おとな2匹、子ども2匹、仲良く暮らしています。


仲良し1 仲良し 2
     ミッチェルと遊ぶピャーラ        撮影 光の仕事人


ミッチェルとリーラを産んだ黒猫(ノラ)のお母さんは、最近は見かけなくなりました。
ミッチェルとリーラ以外に、あと2匹子ども(白とグレー)がいたようですが、どこかに移動したのでしょう。(安心したのか、あきらめたのか…)
しかし、黒、黒とグレーの縞、白、グレーと、よくこれだけ、毛色のちがう子どもが生まれたものだと驚きますね。



☆ 迷子タマちゃんのお話 ☆



2月12日の記事で、迷子の子猫騒動のことに少し触れました。
そのことを覚えておられた読者さんが、「あの猫ちゃんはどうなりましたか?」というコメントをお寄せくださいました。

ほかに優先すべき記事があって、なかなか彼のことを書くことができなかったのですが、「猫たちのバラード編」として、よい機会なので、お知らせしておきたいと思います。

2月の初旬、生後4カ月ほどの迷い猫がうちに来て、家族全員(夫をはじめ、長女、次女、わたし)に妙になついてしまいました。外に出るたびに足元にまとわりついてスリスリするので、前に歩けないほどでした。
夫は最初から飼うつもりがないので、情が移らないよう淡々としており、長女や次女も控えめに接していました。
あまりに人懐っこいので、きっと家猫だったのだろうと思い、放っておけば帰るかもしれないと考えていたのですが、翌日になっても、翌々日になっても、どこにも行かず、玄関の前にいつも座っているのです。
戸を開けるとすぐに入ろうとするので、子猫を家に入れないための配慮をしなければならず、大変でした。

そのうち気温が下がって来て、雪が降り始めたので、軒先に段ボール箱を置いて寝床を作ってやりました。おなかがすいていることもわかっていたので、「これでもうここに居つくだろうな」と覚悟してエサを与えました。
そうこうしているうちに、子猫はクシュンクシュンとくしゃみをし、鼻水が出るようになってきました。
このまま外に居続ければ、やがては肺炎を起こすだろうと予測できたので、わたしは家の中にその子を入れ、風邪が治るまでうちで預かることにしたのです。

わたしはその子を「玉三郎」と名づけました。愛称タマちゃんです。
あまりにも毛が汚れていて、臭いもひどかったので、すぐに身体を洗い、熱い湯の中でからだを温めたのです。その間、タマちゃんはとてもおりこうさんでした。
全く嫌がりもせずにシャンプーをしてもらい、お湯につかっていたのです。
そのあと、ドライヤーでしっかり乾かすと、見違えるほど男前になったので驚きました。
最初は悪ガキみたいなふてぶてしい風体だったのです。
可愛らしい仕草をして、猫をかぶっていたんですね、きっと。(笑)


        タマちゃん
           男前になったタマちゃん  撮影 光の仕事人


念のためにということで、次女が動物病院へ連れて行き、いろいろと検査をしてもらいました。鼻炎だけは長引くだろうということでした。
以前使っていた大きなケージを組み立て、タマちゃんをそこに入れて、しばらく様子を見ることにしました。
最初から長く育てる気持ちはありませんでした。里親が見つかるまでの期間と思っていたのです。
ハイアーセルフに訊くと、2月末には貰われていくということでした。

お座りしてから食事をすることを教えると、タマちゃんは一度でそれを覚え、次の食事のときからはケージの中でお座りをして待つようになりました。
また、彼はピーナツの殻を破って食べることが上手でした。とても理解力があるおりこうな猫でしたね。

タマ1  タマ2  タマ3

ピーナツの殻を破って食べるタマちゃん  


★ ユニコとタマとの関係 ★ 



タマちゃんがうちに来てから、ユニコとピャーラはご機嫌斜めでした。
特にユニコはタマちゃんをひどく嫌い、彼が近づくたびに低い声で唸っては逃げるのです。
家に入るまでは、誰に対しても可愛げにスリスリしていたタマちゃんは、家に入ってしまうとしだいに厚かましくなっていき、砂場のウンチを激しく足でかいて、ケージのここかしこにまき散らすような(ケージの天井近くまで飛ばしていた)タチの悪いことをし始めたのです。
次女や長女も「タマちゃんの性格の変化」に疑問を抱くようになっていました。
様子がおかしいと思ったわたしは、まずタマちゃんに何か霊的なエネルギーが憑いていないかを調べました。

案の定、タマちゃんは強烈なネガティブエネルギーに影響されていることがわかりました。それは、ニビルの陰湿なエネルギーだったのです。
おまけにタマちゃんは、ユニコの過去世に関係のある魂でした。
ユニコがオリオンで猫だったとき、タマちゃんはその近くで飼われていた猫だったのですが、とても仲が悪かったようです。
地球に生まれたタマちゃんは、そのときの縁でうちに来たというわけです。

ユニコの嫌悪が半端でないことが、それで納得できました。
「これは大変だ」と思いながらも、ユニコがどうするか観察することにしたのです。
タマちゃんに対するユニコの態度は一貫して「寄らば斬るゾ!」の姿勢で、これまで何ものにも影響されなかった彼女にしては珍しく強い苛立ちが感じられました。
長女と次女がニビルのエネルギーに気づいて排除しているうちに、いつしかそのエネルギーはなくなっていったのですが…。
ピャーラはしだいにタマちゃんの存在を認め、彼が近づくのを許すようになりましたが、ユニコは最後までひどく毛嫌いしたままでした。

長女と次女が熱心にタマちゃんの里親探しをしてくれて、結局ハイアーセルフが予告した通り、2月の末に貰われていきました。
めでたしめでたしです。

あとで聞いた話によりますと、タマちゃんはキャリーバッグに入れられて、新しい飼い主さんの車に乗ったのですが、途中でバッグのチャックを自分で開けて、運転している飼い主さんの膝の上に親しみを込めて乗ったというのです。
その様子がとても可愛かったらしく、飼い主さんはそんなタマちゃんをすこぶる気に入ってしまったとか…。
心憎い演出をして、新しい飼い主さんのハートを射止めたタマちゃんの処世術には負けましたね。賢い彼はどこででも生きていけます。(笑)

しかし、あのニビルのネガティブエネルギーは何だったのでしょう?
タマちゃんはニビルに影響されて、ユニコに嫌がらせをしに来たのでしょうか?
あるいは、他に何か目的があってやってきたのでしょうか? 
もしかしたら、ユニコと仲直りをしに? 
それとも、ただ会いたかっただけなのか?
遠い銀河の星からはるばると…。

ユニコは彼の真意がどこにあったのか、気づいていたのでしょうか?
それは…謎です。


Love

ひとつの幻想からまた別な幻想へと進むのはじつにたやすい
何も根本的な変容がいらないからだ
そこには基盤がゆらぐというようなことが何もない
あなたがおなじままなのだから―

だから、本当の問題は
欲望の対象をこの世的なものからあの世的なものへと
変えることではなく
自分自身を変容させることだ
探求を変えることではなく
探求者を変化させることだ
さもなければ、問題は変わらないまま
それが新しい形を取るにすぎない

しかし、いかにして探求者を変えるのか?
まずそれを見つけることだ
それがどこにあって、何なのか―

そうすれば、あなたはある秘密を知るに至る
その探求者はそれが探されないあいだだけ存在するものであって
誰かがそれを探しにゆけば
けっして見つからないのだ
それは無知と暗闇のなかにおいてのみ存在する
気づきのなかにそれはない
そして、この〈無自己〉を了解することがジャンプなのだ

知られざるものへのジャンプ
真理へのジャンプだ

                       By OSHO  




自己変容を望む人たちへ

2011年07月14日 16:10


☆ 「気づきのコース」レポートより ☆



下記は、先日(7月11日)の記事に載せたOSHOの言葉に感銘を受けられた「気づきのコース」受講生からの感想文です。

*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *


いつも、ありがとうございます。
本日の記事の最後のOSHOのお言葉を心の中で反芻しています。私がこれまで変われなかったのが何故かという答がそこにはありました。
光の仕事人さまが開いてくださった「気づきのコース」の深淵さに、ただひたすらに深く頭をたれるのみです。

自分自身を変容させるには、今の私の方法ではダメなのだと気づきました。太文字で示していただきました「それがどこにあって、何なのかー」、それを突き詰めていくことにより見つけられるある秘密。そこに到達しなくてはいけないのですよね。今まで意識が上がったように感じても、束の間でまたいつもの自分に戻ってしまうという繰返しの現実がありました。ここでまた同じことを繰り返していては、堂々巡りで何も変わらないということを再認識いたしました。わかっているのに、どうしてできないのだろう?という自分への嘆き、恐れもあります。

本日のOSHOのお言葉に、これから進むべき道のヒントが沢山ありました。 そして、過去のブログの中にもです。
さあ、ここからあなたのチャレンジですよと、そんなメッセージを「気づきのコース」の師から頂戴したように感じます。
自己のマインドが一度木っ端微塵に砕けるのは、そうそう容易いことではない。でも、勇気をもってそこに至らなければ道は開けてこない。そう感じています。
気づきというものが何なのか、どれほど深い意味を持つものなのか、少しだけ気づかせていただきました。
今のこの気づきを「気づきのコース」の一受講生としまして、ご報告申し上げます。そして、レポートその3(ブログの感想文続編をその2として)にかえさせていただきます。

私がレポートその3として、受講後一月を目処にお送りしようと考えていましたのは、自分の感情を見つめて不要なものを捨て去ることから得られた気づきということだけでした。本日のブログを拝見し、目が覚めました。残りの感情的なゴミ(カルマ)は早急に捨て去り、次の段階へ進まなければなりません。魂の私として、その家族、兄弟、友人たちと生きる準備を早急に進めなければ、ここで光の仕事人さまに出会えた意味がなくなります。
OSHOの深いお言葉の意味を知らないことを自分自身に許して、奥へ奥へと入っていきたいと思います。真理の深みへジャンプする日が近づいてきたのだと信じたいです。

今後も自己の内側へと深く入っていく中で、より深い気づきがもたらされるものだと感じます。でも、こうして光の仕事人さまにメールをお送りできる時間は、かなり限られている、タイムリミットは逼っているものと最近強く感じます。
私がこれまで手にしたどの一冊より、光の仕事人さまの「思いの制限をひらく」というブログは、輝きに満ちています。神様から与えられた千載一遇のチャンスを無駄にしたくないと私自身願っています。

最近、ある方から、あなたの言葉には何の重みもないとのご指摘を受けました。もしかすると、光の仕事人さまからご覧になってもそうなのだろうかと小さく縮こまる私がいます。その一方で、ブログを拝見し、ビンビンと確かに心に響いてくるものがある、その響きを感じられる私の魂に自信をもつべきだと励ます私がいます。まるで、マインド(心)と魂が綱引きをしているようです。

光の仕事人さまの愛と光に報いるためにも、フレー!フレー! I子と自分で自分を励ます私がいます。恐れを越えて前進あるのみです。


最後までお読みくださり、ありがとうございました。

北京より感謝を込めて。 I.S


hasu
    7月の花 ハス   撮影 光の仕事人


★OSHOのことばを理解できた人は、それだけで無限の彼方へとジャンプできます。
いつだって、彼の言葉は的の中心を射抜いた矢のようです。
珠玉のごとく綴られたひとつひとつの言葉は、「的を得て(射て)」いて、
読む者の心を奮い立たせます。
そこに気づかれたI.Sさんに対して、心から拍手を送りたいと思います。




☆ 自己変容を望む人たちへ ☆



「気づきのコース」のお申し込みの際に記入していただいた「動機」の箇所に、「変わりたいから」、あるいは「変われるものなら、変わってみたい」と書いていた人がおられたように記憶しています。

なかには、「自分自身のリーディングなるものをしてもらったことがないので、信頼のおける確かな方にして欲しいと思ったから」とか、「完全に自己爆発できるよう機会と勇気を与えてください」とか、また、「光の仕事人さんからのメッセージを聞きたいために申込みさせていただきました」というようなものがあり、つぎのような相談内容を書いていた人がおられました。
この人は、れっきとした心理カウンセラーだったのですが。

仕事も含めて、動くことが重荷になっています。
質問1、これから来ると言われる地震におびえているだけなのか?
質問2、自分にとってどういう生き方をしていくのがいいのか?


これらを光の仕事人にぜひ教えてもらいたいというのです。
これは、「自己探究」とは、まるで縁がない発想です。
「そんなの関係ネェ~!」(古い?)
「あなたのお好きなように生きていってください」って、言うしかありませんね。

「あなたは心理カウンセラーなんですから、自分でお考えになったらいかがですか? 他人をカウンセリングして収入を得ている人が、自分自身のカウンセリングをしないなんて、何か変じゃないですか?」ということです。

こういう類の人は、「自己探究をしたい!」という情熱と意欲はありません。ただの「他力本願」ですね。
結局情報量が少なく、返信メールも来なかったので、お受けしませんでしたが、こちらのほうのやる気が失せて、ホント落ち込みそうになりました。(笑)

先週にも、「最近心が落ち着かなくて何となくそわそわしています。答えは、自分で探さないといけないと思いますが、何とも言えないこの思いをどうにかしていただけませんか?」というまだうら若い女学生さんからメールをもらいました。

これは、「最近もう暑くて暑くて、イライラして、頭が破裂しそうです。この暑さどうにかしていただけませんか?」というのと何ら変わりがないように思えます。
わたしは神サマじゃないし、たとえ万が一神サマであったとしても(笑)、「そんなこと、自分で考えて対処しなさい」って言うしかないでしょうね。

暑いのなら、涼しいところへ移動すればいいのです。
そう言えば、かの有名なアルベルト・アインシュタイン先生の秘蔵エピソードを思い出しましたよ。
燃え盛るストーブを前にして、椅子にもたれていた彼は、「熱くて仕方がないから、どうにかしろ」と、召使いに言ったのだそうです。
召使いは、どうしたと思いますか?
ご主人さまが座っている椅子を、ただ少し後ろに引いただけです。
「ほら、ご主人さま、いかがですか? 熱くなくなったでしょう?」と。
とても親切な召使いさんですね。

アインシュタイン先生ほどのお方が、ただ自分の椅子を動かせばいいことに気づかなかったのです。(笑)

★「期待をしないこと」、「自分のことを他人任せにしないこと」に関しては、ブログのここかしこに繰り返し書いてきたのですが、理解されていない人がここまで多くいらっしゃるのだということを知って、驚いたしだいです。

気づきは人から与えられるものではなく、自分の内側から自然に湧き出てくるものです。
それがなければ、「気づき」とは言いません。
いくら「気づいてくださいよ!」と念じてお話ししたところで、相手がそれを腹にまで落とせるかどうかは、その人のこれまでに培われた基盤によるのです。
たとえすばらしい「気づき」を内包した種を播いたとしても、播いた大地が枯れていては種は育たず、死ぬだけです。
だから、「準備をしてください」とお願いしたのです。

まずあなたという土壌を見つめることです。
土は痩せているのか、豊かであるのか…。
雑草がはびこっているのなら、まずは要らない草を抜き、固くなった土を柔らかく耕すことから始めなければなりません。
たとえ播いた種が奇跡的に芽を出したとしても、土に含まれた養分と水の加減で育ち方はさまざまです。
途中で枯れてしまう可能性も大です。
つぼみのつく数や花の大きさ、花の香り、色さえも土しだいです。
アジサイの花の色がその土壌によってさまざまに変容するように。



☆ なぜ、変わりたいのか? ☆



今の自分を「変えたい」、または「変わりたい」と思っている人たちへ、光の仕事人から質問です。

そもそも、あなたはどうして、自分を変えたいのでしょうか?

自分を変えたいということは、今の自分に満足ができていないからですよね。
こんな自分自身を、自分で受け容れることができない、受け容れるのがつらいから…。
ちがいますか?

自分を信頼していて、自分のことが大好きで、いつも安らかな思いで生活ができている人は、自分を変えたいなんて思いもしませんよね。自分というものをしっかりと受け容れているからです。
こういう人を「グランディングできている人」、「地に足が着いた人」と言うのです。
つまり、地球とつながっている人です。

では、「自分を変えたい」願望の人は、なぜ、自分を受け容れられないのでしょうか?

ブログ記事の内容をもまともに理解・把握もできない人が、賢明で知性的で判断力のある自分に変化したいというのですか?
いつも怒りと悲しみと不安に満ちた人ネガティブ指向の人が、怒ることもなく喜びと安心感に満ちたポジティブ指向に変化したいというのですか?

土壌が同じままなのに……あなたの心(マインド)が同じままなのに、あなたをどうやって変えるというのでしょうか? 

第一、あなたが自分でさえ「受け容れられないあなた」を、誰が受け容れて、変えてくれるというのでしょうか?
いったいあなたのどこを、どのように変えれば(どのように改良すれば)、気がすむというのでしょうか?
 

言っている意味がわかりますか?
よく理解してください。

恐れと不安だらけの惨めな自分…。
自分のことを棚に上げて、周りの人たちばかりを非難している愚かな自分…。

あなたがそんな自分自身を受け容れると、奇跡が起こるのです。
あなたが自分を受け容れ、しっかりと抱きしめたとき、あなたが待ち望んでいた「変化」という贈りものがやってくるのです。
だから、理想のあなたを思い描くことなんかやめて、今のあなた自身をまず受け容れることです。


OSHOは言います。

ただ自分自身でいなさい。自分自身でいるだけでいい。
そして、自分が誰なのかをあらかじめ知る術はない。
内側に入り、自分が何者かがわからなければ、
どうやって自分が誰なのかを決められるだろう?



hasu2
    蓮のつぼみ  撮影 光の仕事人



だからまず必要なのは、変えようとする努力ではない。
最初に必要なのは、自分の実存をよく知ろうとする努力だ。
あなたのなかにいるのは誰だろう?

あなたを訪れた、この客に目を向けなさい。
あなたの身体は、客をもてなす主人だ。
その身体には、見知らぬ客が滞在している。
彼方からの客が、身体に降りてきている。
それがあなただ!

ただ目を向け、見守り、瞑想し、それに気づいていなさい。
自分を変えようとする努力をすべて落としなさい。
あなたの全エネルギーを、自分自身を知ることに注ぎなさい。


するとその知ることから成長が生じ、その成長があなたの本来の面目(オリジナル・フェイス)をもたらす。

自分自身でいるだけでいい。
あなたはすでに自分であるものでいればいいだけだ。
       
                             By OSHO




つぎの一歩を踏み出せないでいるあなたへ

2011年07月16日 17:42


★「気づきのコース」のお申し込みで、
  「準備ができていない」とお伝えした皆さんへ ★



まずは、「気づきと変化」を求める前に、「軽率な自分自身に気づくこと」から始めてください。そして、そんな自分をしっかりと認めてください。

特に「自分の生き方にさしたる問題を感じていないという一見幸せそうな主婦の方々は、要注意です」と言っておきましょう。
理由はさまざまにありますが、今回の「気づきのコース」のお申し込みの動機を読んで、「ご自分(自己探究)に対しての考え方が甘すぎるのではないか?」ということを痛感したからです。
そんなことでは、次元上昇どころか、クリーンゾーンにも還れなくなる可能性がありますよ。そして、再度3次元世界で同じ学びをしなければならなくなるでしょう。

それで、OKですか?  悔いはありませんか?
自問自答してください。自分自身にしっかりと確認をしてください。
そして、どちらにせよ、決心したなら、常に意識的に生きてください。

今「5次元行き地球号」に乗車できる切符を持っている人は、とても少ないのです。
ですから、「3次元を卒業して、5次元の地球に行きましょうよ」と最終段階のお誘いをかけております。

「気づきのコースお申し込みの動機」の箇所に「こちらのコースはただ教えてくれるだけではなく、私に 以後ずっと続けることが出来る気づきをくださると思ったからです」と書いた人がおられました。
それを書いた人は「他力本願」、いわゆる世間で言う俗語の意味のほうですが、その代表者さんです。
それは随分都合のいいコースですね。そんなコースがあれば、わたし自身が参加したいです。

しかし、多かれ少なかれ、皆さん、そうであったのでないでしょうか?
「気づきのコース」は、そんな甘いコースではないのです。

わたしのリーディングやメールで、何かを気づかせてくれると思っていた人は、驚くほど大きな「カン違い」をなさっていました。
きっとまちがってお申し込みをされたのでしょうね。
わたしの返信を読んで、「カン違い」に気づかれた人も、それでもなおかつ「カン違い」をしたままでいる人も、いらっしゃることでしょう。

しかし、このコースを真摯に受け止めた人たちのなかで、「自分は、ものすごく大変な道に突入してしまったんだ。どうしよう!」という戸惑いを感じておられる人も現におられます。
「自己探究の道」は一筋縄ではいかないということ。
その厳しさを、その深遠さを、宇宙のように広大で果てしがないことを、しみじみとお感じになっているのではないかと思います。

それはそうでしょう。「自分を知ることは宇宙を知ること」と同じなのですから。そうやすやすとわかるものではありません。
(その宇宙とつながっている自分の魂の親である「母神」や「ハイアーセルフ」を知ることも、同様です)


★扉を前に、まだ青いカプセルと赤いカプセルのどちらを飲もうかと迷っているあなた、
千載一遇のチャンス」は今なのです。
チャンスの女神」の後ろ髪はないのです。
一瞬にして目の前を走り抜けるチャンス(好機の瞬間) を捕まえるには、間髪をいれず、前髪をつかむしかないのです。

チャンスの女神」が再度訪れるかどうかはわかりません。
もう二度とあなたの目の前に現われることがないかもしれません。
通り過ぎた後を追いかけても、後ろ髪が無いので捕まえられませんよね。
後の祭りです。



★ つぎの一歩を踏み出せないでいるあなたへ ★



信じること。
存在(宇宙にみなぎる大いなる意識と意志)を信じること。
そこにつながっている自分自身を信じること。
「信じるハート」があなたにあるのなら、不可能なことは何もありません。


しかし、あなたのマインド(頭)は、いつだって信じることができないのです。
疑うことばかりです。(疑いは、頭の中で起こるのです)
ぐるぐると同じものが繰り返し、繰り返し、行ったり来たり。
まさに頭の中はメリーゴーランド状態です。
イヤな思いや状況が目の前を通り過ぎ、ヤレヤレと思っていたら、また左(過去・無意識)のほうから同じ馬がやってきて、「さあ、私に乗るんだよ」とあなたを誘います。
まさに恐怖のメリーゴーランドです。(笑)(これが転生輪廻の姿です)
どうせ乗るなら、歓喜に満ちた力強い白馬に乗りたいものですね。

マインドは人生に疑問を持つことしかできず、実行に移す勇気さえありません。
マインドはすこぶる臆病です。
それは当たり前でしょう。
よく考えてみてください。
疑問と不安で頭のなかはいっぱいなのに、勇敢に前へ進むことなど、できるでしょうか?



★ここで、つぎの一歩を踏み出せないでいるあなたへ
光の仕事人からの質問です。


あなたのなかから、そんなにつぎつぎと疑問や不安が生じてくるわけは何でしょうか?
あなたの両足がそこに留まったままでいるのは……
足踏み状態でいる理由は何でしょうか?

自分が今より安全でなくなるのが怖いからですか?

自分の肉体、自分の精神、自分の暮らし、周りの人々……。
自分をしっかりと守りたい、安全でいたい、安定していたい、人から悪く思われたくない。まだ死にたくない…。(笑)
今よりさらに悲しくなるのはイヤだ。
惨めになるのだけは、それだけはごめんだ……。

ありとあらゆる恐怖が、未知なる世界へと足を踏み入れる勇気や、危険を冒す勇気を封じ込めているように思えます。
恐怖がある限り、あなたは自分を信じることができないだけではなく、「大いなる存在」さえも信じることができません。
と言うよりも、信じることができていないからこそ、恐怖が存在しているわけですが。

「信じること」にはリスクが伴います。
危険を冒すことなしには不可能です。
信じてすぐに実行できるのは、ハートのなせる技です。

ハートはけっして型にはまらず、いつも変革の最中にあります。
ハートは、いつも準備OKです。
まだ見たこともない、感じたこともない世界、未知なるものへ全身全霊を傾ける用意ができています。 

ハートは、恐れを知らない純真無垢な幼子のようです。
危険を察知して、わたしたちは言います。
「そこは危ないから入っちゃだめ!」
「高いところは危険だよ!」
「そんなに猛スピードで走らないで!」
言っても聞かないおてんばのリーラやわんぱく小僧のミッチェルさながらです。
(子猫たちは大の冒険好き)

人間たちに何を言われようが、彼ら〈猫たち〉は好奇心の赴くままに行動します。
それでケガをしたとしても、死に至ったとしても、それで本望なのです。
彼らにとって、一瞬一瞬が生き生きと、生に満ちあふれていて、自分のエネルギーのなかにくつろいでいます。
いつも自分自身でいて、自由自在でいられることが、そのまま至福なのです。
「存在を信じ切って」というよりは、存在の手中に守られていることを本能で知っていて、最初から身をゆだねているのです。
生き物たちの勇敢な生きざまを感じますね。
まさに彼らは「神の御心」のままに生きている小さな冒険者たちです。



★ 信じること ★



★最後に「信じる」ということに関して、たとえ話をしたいと思います。

ある日、激しい地震があなたの住んでいる地域を襲い、とてつもなく大きな津波が押し寄せてきたとします。
一瞬のことで、あなたは遠くへ逃げることもできず、ニ階の屋根の上によじ登り、だれかの助けを待とうとします。
でも、みんな波に呑み込まれたようで、自分を助けにきてくれる人はだれもいません。
あなたは、「こうなったら、助けてくれるのは神しかいない」と思い始めます。

神など、ほんとうは信じたことがなかったのですが、もうあなたが頼れるのは、神しか残っていなかったのです。
そこで、あなたは叫びます。
「神さま! どうか私をこの窮地から救ってください!」

波はすでにあなたの首のあたりまで来ています。
あなたはアンテナにしがみつきましたが、それも今にも波にさらわれそうになっていました。

「お願いです! 私を助けてください! 助けてくださったなら、私はあなたを信じます!」
あなたは何度も神に祈ります。

すると、天上からようやく神さまらしき声が聞こえてきました。
「そう言ってはいるけれど、きっとあなたはわたしを信じないでしょうね」

あなたは必死で言います。
「いいえ、私はウソはつきません。私はあなたを心から信じます!」

「ほんとうに?」
「もちろんです!あなたが言われることなら、なんだってします!」

神は笑って言いました。
「わかりました。あなたを救ってあげましょう。さあ、そのアンテナを握っている手を離して、波の中に飛び込みなさい」

「えっ、なんですって? このアンテナを離して、この波の中に飛び込めですって!?」

あなたは自分の耳を疑い、驚愕の声をあげて言います。
「この手を離したら、私は波に呑まれて死んでしまうじゃないですか!」 


苦しいときの神頼み。
信じる心がないあなたが救われる道は、果たしてあるのでしょうか?



オレンジ色のバラ
ジューシーで芳香に満ちたオレンジ色のバラ  
                  撮影 光の仕事人



神への信頼。
それがあれば、あなたはロープのないバンジー・ジャンプに挑戦できます。
後戻りをするためのロープなんて、必要ありませんね。
だって、もう後戻りすることをやめたのですから。
あとはただまっすぐに神の御手のなかへ入っていくだけなのですから。

絶対的な存在への信頼。
それがあれば、あなたは次の瞬間にジャンプできます。
何が起こるかわからないままに、無心になってジャンプするのです。
母親の胸に向かって一心に飛び込んでいく幼子のように。 

「さあ、いらっしゃい。あなたの魂のママはここにいますよ」



インディゴ・チルドレンへの最終メッセージ

2011年07月19日 15:30


インディゴ・チルドレンとして生まれたあなたがたへ


 
「自分はインディゴだと言われました」という人たちから、度々コメントをもらってきました。
つい最近もありました。「自分がインディゴだと知った」という38歳の独身男性です。

コメント欄には、
今回のブログ内容で吹っ切れました・・・。『自分の宇宙的ビジョンを信じること・・・!』次の一歩を力強く前進していきます。もう、ビジョンはできています。他のインディゴを呼び覚まします。ありがとうございました
とありました。(非公開希望だったのに、一部公開してごめんなさい!)

次の一歩を力強く前進していく覚悟を持たれたことをとてもうれしく思ったので、記載させていただきました。
あなたのご活躍を心から祈り、応援しています。



★これまでに「インディゴの実態」や「使命」、「地球人意識変革プロジェクトのゆくえ」について書きましたが、今回はその最終編として、とても重要なことをインディゴとして誕生された皆さんにお伝えしておきたいと思います。



★ インディゴのゆくえ ★



インディゴが「人類の意識変革」をするために誕生したことは「インディゴよ、自分の使命に目覚めよ! その1」に書きました。
(★過去記事(2011年4月14日)「インディゴよ、自分の使命に目覚めよ! その1」をまだお読みでない人は、先にそちらをお読みください)

じつは、わたしがインディゴを指導する役割を持っているということに気づいたのは、次女がインディゴであることに気づいてから数年後のことです。
なぜそんな役割があるのか、当時はよくわかってはいませんでした。
わかっているのは、インディゴたちに問題点を見いだしては、悲しくなるような、腹立たしいような、それでいてなんとかしなければという妙にせつない感覚を覚えていたことだけでした。
未だに何も行動ができない消極的なインディゴたちに対して、励まし、あるいは発破をかけていることに、空しささえ感じていたのです。

なぜ、それを感じつづけていたのか……。
ようやくその謎が解けました。

過去記事で、インディゴ・チルドレンを世に出す計画をした「人類意識変革プロジェクトチーム」のことを語りましたね。
わたしは、そのプロジェクトを立ち上げたメンバーのひとりで、インディゴたちの指導者だったのです。

このプロジェクトが立ち上げられたのは、もう随分昔のことで、次元の異なった領域でのことでもあるので、地球時間では答えようがありません。
しかし、「人類意識変革プロジェクトチーム」が大きな期待をもって実施したその実験が、失敗に終わったことをひどく悲しんでいるわたし自身を発見したのは、つい最近のことです。


★ インディゴよ、
      あなたがたの任務は終了しました ★



今回インディゴとして生まれてきた人たちの使命、あるいは任務はすでに終了しており、その目的は消去されています。
クリスタル・チルドレンがその任務を受け継いだことによって、インディゴの任務は終わったのです。

わたしたち「人類意識変革プロジェクトチーム」は、インディゴが誕生するごとに、ある種のDNA操作を施してきました。
それは、その団体を知っている(記憶している)次女からも聞いて知っていたのですが、まさかわたし〈本体)がその仕事にまで携わっていたとは、思いもしませんでした。(ホント驚きましたよ!)

DNA操作は、子どもたちの直観力をさらに高めるためであり、感性をより豊かにするためのものでした。
それが、新しいビジョンを持って「人類の意識変革」をしていく子どもたちにとって、不可欠な要素であると考えたからです。

しかし、感性が豊かになり、あまりにも繊細な感覚を持ったために、それをネガティブな方向で抱え込んでしまうと、行動ができなくなってしまうという短所が生じてしまったのです。
ポジティブな方向に生かせば、とてつもなくすばらしいパワーが発揮できたはずなのですが、それがネガティブサイドに陥ると、神経が過敏なためにくじけやすい傾向が生まれてしまったということです。

それが失敗だとわかったとき、わたしたちのチーム長は、その責任をとって辞任したというのが真相です。
そして、インディゴの欠点をカバーし、さらに高い意識で行動ができる子どもたちを、別のプロジェクトチームが「クリスタル・チルドレン」として送り出したのです。

では、自ら志願して世に出たインディゴたちは、今後どうしたらよいのかということですが、彼らにとってもっともふさわしい生き方は、地球のアセンションに順ずることを目的として自分自身のために生きていくことだと言えるでしょう。

そのすばらしい感性をネガティブな方向に使わないで、ポジティブな方向へ使ってほしいと切に願います。


★インディゴ・チルドレンよ、
あなたがたに「人類の意識変革」という使命が、目的が組み込まれていたために、随分と焦りを感じていたことでしょう。

何かしなければいけないという衝動につき動かされながらも、それが何なのかを思い出せなくて、歯がゆい思いをしてきたことでしょう。
わたしもあなたがたと同様の歯がゆさを体験していたのです。

でも、あなたがたは、もうすでにその任務から開放されています。
任務と言っても、最初から自由自在に、あなたがたのやりたいことをすればよいだけのことだったのですが。

これで、気が楽になったでしょうか?
それとも、がっかりしたでしょうか?



やりたいことが見つからないというあなたへ



やりたいことが見つからないというあなた、まずすべてに対して感謝の気持ちを持ちましょう。
けっして宇宙に対して閉じないこと。
あなたの扉を開き、あらゆるエネルギーを出入りさせましょう。



OSHOは言っています。

 
いつまであなたは自分のエネルギーを眠らせておくのだろう?
いつまで自分自身というものの広大さを忘れほうけているつもりだろう?

葛藤に時間を浪費しないこと
疑いに時間を割かないこと
時はけっして取り戻せない

そして、もしひとつの機会をのがしたら
次の機会がめぐってくるのには
幾多の生を待たなければならないかもしれないのだ



★もうひとり、コメントを送ってこられた若いインディゴさんへ

本当の自分のことや、これから何をやっていけばいいのか全く分かりません。(中略)気づきの教室で行っているように僕を見てほしいのです
そう書いていたあなたにお伝えしておきます。

本当の自分のこと? 
何をやっていけばいいのか?

その答えは、誰にも答えることはできません。
あなただけしか知らないことだからです。
そして、その答えを見つけるのがあなたの仕事です。
それを見つけるために生まれてきたのではないのですか?

第一、当の本人が、何がしたいかわからないのに、どうして他者にそれがわかるというのでしょうか?
カードに訊いてみたって、「わからない」というカードが出るだけですよ。
本人のなかに何もないのに、答えの出しようがないからです。
守護の神霊だって、「知らない」って言うでしょう。

宮沢賢治は「人間は何のために生まれてきたのか―それを知るために生まれてきたのだ」と言っています。
「数秘リーディング」は、それを知る手がかりの一つです。
けっこう長い間、「気づきの教室」や「気づきのコース」の参加者を募集していましたが、どうしてそのときにチャレンジされなかったのでしょう?
チャンスの女神の前髪」をつかみそこねたのでしょうか?

人に依存する甘えん坊さんは、もう卒業しましょう。
正直言って、おとなでさえ、そういう人たちばかりなので、ここのところうんざりしているのです。

あなたの目的を見つけてあげて、それを懇切丁寧に教えあげて、そして、あなたを幸せの方向に導いてあげる義務なんて、どこにもないし、誰にもないのです。

助ける必要のある人は手助けしますが、必要のない人にまでわざわざ手を差し伸べることはありません。
助言することが、必ずしもその人にとって有益であるとは限らないし、それよりも何よりも自分のやりたいことぐらいは自分の力で見つけ出してほしいからです。わかりますか?

光の仕事人の仕事は、「あなたの真実を知る扉の前」までお誘いするだけです。
扉を開けて、「あなたの真実」を見つける義務は、「あなたにだけある」ということを、しっかりと肝に銘じてください。


最近のブログ「自己変容を望む人たちへ」や「つぎの一歩を踏み出せないでいるあなたへ」を、ハートで感じ、腹に落ちるまで繰り返し読んでください。
頭は要りません。マインドは捨て去りましょう。
同じ質問の繰り返しを毎回しているあなたは、けっして「おりこうさん」とは言えませんよ。
今までのアドバイスを無駄にしないで、おおいに生かしてください。
どうかひとつひとつの言葉をハートで受け取り、把握していってください。
これがあなたへの最終的なアドバイスです。

★上記の彼と同様、未だに何がしたいかわからない人へ、つぎのOSHOのことばを贈ります。
このエッセンスを、ハートで受け止めたなら、もう「何がしたいかわからない」という言葉は、二度と出てくることはないでしょう。


Love

生に目的を求めないこと
それよりも生きるがいい
それもトータルに生きるがいい
深刻になったり、陰うつになったりせずに
生をひとつのダンスにしてごらん

踊りなさい
海の波のように!
咲きなさい
春の花々のように!
歌いなさい
小鳥たちが絶え間なくそうしているように!
すべて目的もなく、なんの理由もなしに―

そうしたとき、そこに目的が現われ
すべての神秘が解明される

               By OSHO



「カルマの浄化」を完璧に終了させるために

2011年07月22日 09:35


★ 地球もわたしたちと同じ ★



台風が去りました。
あなたのお住まいの地域は大丈夫でしたか?

「最近の地球は何を考えているのだろう?」
そう思うことはありませんか?

「地球さん」のことを「愛の惑星(ほし)」と呼び、とても愛深く、意識の高い存在のように思い込んでいる人たちがいますが、はっきり言って、地球の意識は「喜怒哀楽」がある皆さんと、さほど変わりませんよと言っておきます。

なぜって、現に3次元から5次元に上昇しようとしている惑星だからです。
5次元に上昇するために、まだ浄化がしきれていない段階なのです。
だったら、皆さんと同じでしょう?
5次元の次は6次元、7次元、8次元……と、根源への旅は限りなくつづきます。

★最近、読者の皆さんや「気づきの教室」ならびに「気づきのコース」の受講生さんたちから、「カルマの浄化法」を試みているというお知らせを聞くことが多くなりました。

カルマの浄化法」は2010年9月26日の記事「アセンションするには『カルマの浄化』が必要」に書いている内容です。
自分が生まれてから今日までの人生を5年ごとに区切って反省や感謝をしていくわけですが、ここでもっとも大切なのは、「そのときの自分と他者に赦しを与える」という作業です。

ここで、「赦し」をしっかりと与えられれば、そのときのカルマはきれいに消え去ります。
その効果をさらに増すための「お祈り」があるので、皆さんにお伝えしておきたいと思います。
これは、光の仕事人から「カルマの浄化法」を真剣に実践している人へのプレゼントです。


☆ 「赦す祈り」 ☆



つぎに記す「赦す祈り」の公開は、最近まで長い間禁じられていました。
しかし、真面目に取り組む方々が多くなった今こそ、ぜひ使っていただきたいと考え、再度ハイアーセルフに尋ねたところ、ようやくOKが出たのです。

どうか真剣にこの祈りを唱え、自分をはじめとするすべてのものを赦していただきたいと思います。
これは、スーザン・シュムスキーの著書に記されていた祈りのひとつですが、
イエス・キリストを信じていない人もおられると思うので、「イエス・キリスト」という箇所は省いています。



《 赦す祈り 》


聖霊の力のおかげで
わたしは理解し、宣言します
わたしに害を与え、
わたしをつかまえていたものすべてを
赦し解放することを
内にあるものも外にあるものも
わたしは赦し解放します

過去のこと現在のこと、未来のこと
そのすべてをわたしは赦し解放します
赦しと解放を必要としているかもしれない
すべての物、すべての人、すべての場所を
赦し解放します

救世主の力を通してわたし自身も赦します
すべての人、すべてのこと
過去、現在、そして未来を完全に赦し解放します

そして過去、現在、未来に出会い
わたしを赦す必要のある
わたし自身も含めたすべてのこと、すべての人は
今わたしを赦します

これは今、わたしのなかの救世主
わたしたち全員のなかの救世主の力によって
おこなわれます

わたしは自由で、関わっている人や物も今すべて自由です
だからわたしたちのなかでは
すべてのことが完全にすっきりしています
今もこれから先もずっと

それは今もこれから先もずっと
神さまの独自の智恵と完璧な方法による
恩寵にあるからです

神さまに感謝を
心からの感謝を




★ 今あなたが変われば過去は変わる ★



過去記事「人の『意識』が過去を変えるお話」で、今のあなたの意識を変えれば、それが「過去や過去生にまで影響を与える」ということ、そして、「過去や過去生を変容させることも可能となる」ということをお伝えしました。

それはどういうことなのか、卑近な例でお話ししましょう。

★「意識が変われば、過去が変わる」というその実態を、最近長女はわたしの一言で気づいたようです。

わたしは長女や次女が作ってくれるスパゲッティがとても美味しいので、最近「また作ってほしい」と言ったのです。
すると、「お母さんは、昔はスパゲッティが嫌いなはずだったのに」という言葉が返ってきました。
ふたりの娘たちからそれを聞いて、わたしは驚きました。
娘たちに言わせると、過去わたしはスパゲッティが嫌いだったのだそうです。
でも、わたしにはその記憶が一切ないのです。現にスパゲッティが好きで、「作ってほしい」と言っているわけですから。

そこでわたしは「え? そうだったの? お母さんは昔から好きだったんだけどね」と言ったのです。
その瞬間、何かひらめきが来たらしく、長女はニヤリと笑って言ったのです。
「言葉ではすごく言い表しにくいけど、お母さんの過去が変わった瞬間が、わかったよ」と。

長女はとてもすばらしい体験をしたようですね。
過去に嫌いだったはずのスパゲッティは、今現在好きだと言ったことで、「過去も好きだった」ということに変えられてしまったということです。
当の本人(わたし)はといえば、ほんとうに過去からスパゲッティが好きだったことしか記憶にはないのですが。(笑)

過去、自分にとってものすごく有害で、嫌悪していたはずの人に対して、不思議なことに今現在は害を感じることがなくなっただけでなく、むしろ好きになっていて、その人のことを思い出しても全くイヤな感じがしないということがあります。
それは、わたしの過去が、新たな記憶に塗り替えられてしまったからです。
おそらく、その人を完璧に許せたのでしょう。確かに「赦しの祈り」をたくさん唱えた覚えがありますから。(笑)

カルマが消えると、そのときのことをいくら思い出しても、何ひとつ引っかからなくなります。
まだ何か引っかかりがあるときは、完璧に消去されていないということです。
「引っかかり」があるかどうか、それが「カルマが消えたかどうかの証拠」のひとつとなるでしょう。


★ 引っかかりを見つけること ★



わたしは時々娘たちと、日本をはじめ世界の歴史の裏話をすることがあります。
そんなとき、長女にとっては非常に「引っかかり」を覚える内容があって、それがどんどん出てくると、ネガティブな思いが押し寄せてきて、とても不快な気分になることがあるようです。
その「引っかかり」のあるキーワードをつなげていくと、彼女の過去生が芋づる式に出てくるのです。

「イヤなもの」、「聞きたくないもの」、「避けたいもの」など、自分にとって、それを思い出すことに大きな困難と嫌悪を覚えることがあるものは、「過去生から持ち越してきた悪いカルマ」というべきもので、今生で解消しなければいけないものです。
とにかくそこに「引っかかり」を感じるのは、必ず自分に問題があるということなのです。
「避けてはならないものがそこにあるよ」というお知らせなのです。

たとえば、ただ「虫がものすごく嫌い」だとか、「○○を見るとムシズが走る」などということでさえも、過去生と関わりがあるのです。
そこまで嫌いな理由は、必ず過去生に隠されているからです。


それなのに、本人はそれと遭遇することを恐れ、「臭いものにはふたをしろ」式で、ずっと今日まで抑圧してきたのです。
あまりにもひどいカルマがあると、それに直面する勇気が持てないのです。
でも、そんなことを言っている場合ではありません。
今解消しないで、いつ解消するというのでしょうか。
気づいたときが、チャンスです!

現在思い出したくない過去生を思い出すこと。
カルマの解消に取り組むこと。
過去生の総決算をすること。
それが今生の課題なので、長女に逃げる選択の余地などはありません。(笑)

皆さんも、世界の歴史などで、どうしても何か「引っかかる」時代や国や人物などがあるときは、そこに自分との関わりがあると思って、究明を試みてください。
きっと、何か気づかれることがあるでしょう。

最近は、「気づきの教室」や「気づきのコース」に参加した人たちのなかで、アトランティスの時代や他の星に生きていた頃のことを思い出したという人が現れてきています。
今生でのカルマの浄化が進むと、さらに記憶が遡(さかのぼ)っていく場合があるんですね。
今現在わたしたちは、今生のおこないだけでなく、はるかな遠い過去生にまで遡り、その時々に作っては持ち越してきたカルマを、すべて解消する時期に来ていることを知らなければなりません。

今生だけでも大変なのに、そんな過去生の膨大なカルマを解消するなんて、とても無理だと思われるかもしれません。
そこで効果を発揮するのが、先ほど述べた方法なのです。
つまり、「今現在のあなたの意識を変える」ということです。

過去のカルマの積み重ねが、今のあなたの人生に影響を与え、そして、今のあなたの意識が未来をつくっていくわけですから、「今、ここ」であなたが意識を変えれば、過去も未来も変わるというわけです。

過去記事にも書きましたが、「人の意識が過去を変える」ことは、量子力学ですでに証明されていることなのです。
今、ここ」の意識や決断が、いかに大切であるかがこれでわかりますね。

あなたの信念が現実をつくる」ということ、
あなたの意識が過去を変える」ということ、
あなたの決心が願望を実現する」ということ。


これらのことは「心の量子力学」として過去記事でお話ししてきましたから、もうよくおわかりのはずです。
どうか、皆さん、最後まで希望を捨てないで「自己の魂の進化と成長」のために前進してください。


★今とても気分が落ち込んでいて、「意識を変えたい」と思ったら、自分が見たことがない分野の映画を見ることも方法の一つです。
まったく自分とは違うタイプの主人公の気持ちになってみたりするのです。

長女は、わたしが推薦した「男はつらいよ」の「寅さんシリーズ」を見て、「意識が変わった」と言い、病みつきになりました。(笑)
たまには肩の力を抜いて、「フーテンの寅さん」の自由奔放な人生を味わってみるのもよいのではないでしょうか?

作品のすべてに笑いがあり、悲しみがあり、ほのぼのした暖かさがあります。
寅さんが馬鹿げたことを言っていても、共感できる部分や癒される部分が必ずあるのです。
「寅さん」の「悲喜こもごもの人生」のなかに、ひとつの「悟りの境地」ともいうべきものが見え隠れするのを、あなたはきっと発見することでしょう。

「寅さん」は、もしかしたら「パイオニア・インディゴ」だったのかもしれません。(笑)


危機のなかでも希望を忘れないこと

2011年07月23日 13:53


☆ 緊急報告 ☆


今朝、「渡邊延朗 宇宙の法則研究会」の「フォトン・ベルト レポート」より
下記のようなメールが送られてきました。(全文を掲載させていただきます)




≪7月24日―25日にかけて東北沖合で M9.5の巨大地震≫

情報については、真偽の程は良くわかりません。

宇宙存在からの情報だそうです。地震の規模はM9.5(史上最大規模)ということで信じられない規模の地震が起こると伝えてきたそうです。さらに、100m以上もの巨大津波が襲います。

メッセージを受けたボイラン博士は、UFO研究の専門家として経歴もきちんとした人物です。

リチャード・ボイラン(1941~ )
米国カリフォルニア州サクラメント市 カリフォルニア州立大学博士
カリフォルニア州立大学教授 カリフォルニア大学教授  チャップマン大学教授  心理学博士 行動科学
臨床心理学 UFO政治学 UFO政策学 Abduction学 ETI科学 ETI種族学 UFO情報公開学
1989年以降 オリオン種族の宇宙人に遭遇し UFO宇宙船に拉致誘拐された患者さんの調査・研究に着手。
この研究成果はマサチューセッツ工科大学で、1992年に開催された「国際アブダクション研究会議」で発表された。


警告としては、木造住宅の場合は戸外で寝るようにとのこと。ただ津波が100mを超えるとなると、極めて危険です。
日本のほとんどが壊滅状態になるのは間違いありません。

24日は地上派テレビ終了の日でもあり。一部では日本終了の日とも言われています。


This is the latest report about the upcoming 9.5 Mega-Quake to strike Japan on the July 23-24-25 weekend, the energy reading at this time indicatng mostly likely during the night between Sunday and Monday,
7/24-25 (Japan time).

これは7月23日~24日-25週末に日本を打つ今度の9.5Mega-揺れに関する最新のレポートです、
エネルギーリーデイングでは、日曜日と月曜日の夜から朝にかけての確率が高いと読んでいます。
7/24-25 (Japan time).

Since the upcoming July 23 Quake will be 6 times as strong, even larger waves may be expected, and may travel farther inland.

今度の7月23日の地震は6倍強くなるので、さらに大きい波は、予想されて、内陸をより遠くに伝わるかもしれません。

Thus, in addition to staying out of places subject to failure in the earthquake, north Honshu residents would do well to stay away from low-lying coastal areas that weekend.

したがって、地震における失敗を条件として場所の外にいることに加えて、北の本州の居住者は、その週末に低い沿岸地域から離れることがよいでしょう。 以上

                                  宇宙の法則研究会
                                      渡邊延朗
                                  ◎フォトン・ベルト レポートより



☆わたしのハイアーセルフ並びに守護の神霊たちは、このボイラン博士の情報は正しくないと伝えております。
壊滅的な地震と大津波が起こると予想される時期は、7月ではありません。
ですから、明日明後日は大丈夫だと思いますが、皆さんにはとりあえずこのような情報があったことを、お伝えしておきます。



☆ 予言は変わり得るもの ☆



天変地変や終末の予言が当たらないことが多いのは、それが起こる時期の解釈が正しくない場合があることと、公表するとそれが変わってしまう場合があるからです。
なぜだかわかりませんが、そういう仕組みがあるようです。
次女は予知夢などにおいて、その体験をしており、その夢の内容を人に言ったことは実際に起こらなかったけれども、言わなかったことは必ず実現していると言っています。

ですから、悪い予言の場合は、なるだけ多くの人に話しておくほうがよいのです。そうすると、それは起こらなくなる可能性が大になるからです。



☆ アセンション後のようすは誰にもわからない ☆



アセンションへのプロセスは、人によって異なります。
感じ方も皆ちがうし、時期も同じであるとは限りません。
アセンション後、すべてが光かがやいて見えるかもしれませんし、あまり以前と変わらないように見えるかもしれません。

アセンション後について、いろんな人がいろんなことを本に書いていますが、あまり気に留めないことです。
ほんとうのところは、誰にもわからないことなのですから。
(書いてある通りにならなかったからと言って、落ち込まないように!)

そして、たとえわかっていても、今伝えることは、禁じられています。
それが正しいかどうかは、その人の意識レベルやその人の真実によって異なるからです。

わたしがこのブログを立ち上げたのは、すべての「思いの制限をひらく」ためでした。
ですから、これまでの記事を参考にしていただき、けっして「制限されない自由な発想」をもって生きていっていただきたいと思います。
それが、わたしの切なる「願い」です。

このブログにも、コメントや質問や感想などで多くの人が参加してくださいました。
質問のお答えなどでは、満足がいかない人たちもおられたかもしれませんが、
その点は「赦しの祈り」によって、どうかお赦しいただければ幸いです。

これから、もっと皆さんの質問にお答えしていきたいと思っていたのですが、どうやらこのブログも最終のときが近づいてきたように思います。
でも、それを、けっして悲観的にとらえないようにしてくださいね。
とりあえず、「人生の指南書 第一巻」(初級から中級までくらい?)は終了ということです。
これが早く終了しないことには、「第二巻」へと進めませんから。(笑)
(過去記事 「夢の世界」からの卒業 を再度お読みください )

ですから、この「思いの制限をひらく」というタイトルのブログが終了しても、また「光の仕事人」の別のタイトルのブログが生まれる可能性があるということです。
わたしとしては、記事の内容を一段進めたいのですが、それを読んでいただくには、皆さんがこのブログに書かれた内容をすべて把握し、吸収され、卒業されることが必要です。
そうでなければ、きっとそのブログを見つけることは難しいでしょう。
あなたの波動(周波数)が、自分の意識レベルに必要かつふさわしい記事へと導くからです。


☆ 危機のなかでも希望を忘れないこと ☆



★「たとえ明日、世界が滅亡しようとも今日私はリンゴの木を植える」という言葉がありますね。
(マルチン・ルターの言葉という説もありますが、ほんとうは誰が言ったのかわかりません)

死は、人生の終末ではない、
生涯の完成である。

希望は、強い勇気であり、
新たな意志である。

たとえ世界が明日終わりであっても、
私はリンゴの樹を植える。



皆さん、
土を耕しましょう。
豊かな土壌をつくりましょう。


たとえ明日地球が滅びようとも、
今日、大いなる希望を託し、
心を尽くして、
よき種を播きましょう。


生を深刻にとらないこと

2011年07月26日 20:18


★ 超大型地震がいつ起こっても不思議ではない ★



昨日の「7月24日―25日にかけて東北沖合で M9.5の巨大地震が起こる」という緊急報告は、その月日には「起こらない」とわかった上で、あえてお知らせしました。

先日の記事に書いた「予言は変わり得るものである」ということのほかに、つぎのふたつの理由があったからです。

まずひとつ目は「このような超大型地震がいつ起こっても不思議ではない」ということを肝に銘じていただきたかったということ。
(このままいくと、日本列島は遅かれ早かれ沈没することになるでしょう)

そして、ふたつ目は「宇宙からの声にご用心ください」ということをお伝えしておきたかったからです。

メールによりますと、ボイラン博士は「宇宙存在からのメッセージを受けた」ということでした。
宇宙存在」って、いったい何でしょうか?
Star Visitors (恒星訪問者)」のことでしょうか?

(皆さん、「宇宙存在」にも、個人意識から集合意識までピンからキリまであるのです。「異星人」と言っても、善良なる異星人もいれば、悪質な異星人もいるし、どこの星に行っても、ポジティブとネガティブ、意識の高低があるということです)

ボイラン博士がメッセージを受けたと言うStar Visitorsについて追究するつもりはありませんが、地震が起こる期日が指定されている場合の予言が当たる確率は低いと言ってよいかもしれません。
(予測やビジョンを地球の時間と一致させるのは難しい)


★ 「見えない存在」からのメッセージを
          信じやすいあなたへ ★



昔から「見えない存在」からのメッセージはたくさんありましたが、特に最近は異星人からの内容が多いように思います。

これは、わたしの体験から感じていることですが、異星人というのはたいてい最初から自分の身元をきちんと明かそうとはしないようです。
(異星人を名乗る地球人の死霊だったりする場合もあります)

その存在がポジティブであるか、ネガティブであるかは、波動でわかりますが、波動がポジティブだからと言って、その存在が伝えようとしている内容が信頼できるものであるかどうかということはまったく別です。

ですから、皆さんがもしチャネリングなどで異星人からのメッセージを受けとられた場合は、鵜呑みをせずに疑ってかかることが大切です。
まちがっても、「自分は異星人とコンタクトしている。すごい!」と、優越感を覚えたり、自身を過大評価したりしないようにしてくださいね。
まんまと騙されていると感じられるチャネラーの著書がたくさん出回っていますが、ホント内容がお粗末です。「真実の書」が「不実の書」になっていたりします。(笑)

多くの霊能者やチャネラーは、ある意味気の毒です。

★まず霊能者の多くは、自分の見たことしか信じない傾向にあります。
実際に自分の目にはビジョン(幻影)が見えているので、それを過信してしまうのです。ですから、他の諸々の勉強を怠りがちとなります。
霊能者が驚くほど物事を知らなかったり、真のスピリチュアルを知らなかったりするのは、自己過信が主な理由です。

何かしらわけのわからない存在がいろいろと教えてくれたりするため、それを鵜呑みにし、それで事足りてしまうのです。
そのため、自己練磨の必要性を感じなくなるので、魂が向上することはありません。
悟りがベースにない霊能は非常に低いレベルにあり、見えたり聞こえたりするのは、すべて低級霊からのコンタクトです。それは、むしろ有害であるだけです。
そして、霊能者の特徴のひとつとして、他人の表面的なことはわかっても、深いところまではわからないし、第一自分のこととなるとさっぱりわからないということです。(そりゃ、そうでしょう。自己探究なんて、する気がないんですから)
これは、カウンセラーにも言えることですが。

★「チャネラー」の場合は、自分のなかに「何かの存在」が入って話をするわけですが、当の本人は「何をしゃべったのか、さっぱりわからない」というのがほとんどです。
傍でそのメッセージを聞いた人から聞く、あるいはテープに録音して、後から聞くしか手がありません。

たとえば、世界的に有名な「シルバーバーチ」の霊言というのがあります。(以前に話したかもしれません)
膨大なメッセージが残っていますが、わたしが読んだ限りでは、「これ、ほんとうにシルバーバーチのことば?」と思われる内容が多々あったように記憶しています。
「なんか変だな」と思った時は、ペンジュラムをその文面にかざしてみますが、たいていその箇所は左に回り、「ちがうよ」と教えてくれます。

何しろ「見えない存在」であるため、途中で入れ替わっていても、一般の人間にはわからないという危険性があります。
いつも「品格のあることば」を使っている存在が、急に「品性のないことば」で「魂に響かない奥のない内容」を話すようになったら、要注意ということです。
長年同じ存在をチャネリングしている人なら、文章化されたものを見たらわかりそうなものですが、残念なことにそれさえ気づかないのです。

以前にも語ったことがありますが、メッセージの内容は、受け取った人や翻訳者の意識レベルによってもかなり左右されます。
霊言シリーズなどは、たいてい同じ訳者が担当しているので、訳す人も最初と比べて、途中でちがってきている(劣化してきている)ことはわかるはずなのですが…。

また、チャネラー自体の意識レベルが低下すれば、やってくる者も異なってきて当然ですね。
しかし、そういうことは検証されないままで、つぎつぎと出版されています。
ですから、読む側は感性を研ぎ澄ませて、そのちがいをしっかりと見極めるよう努めることが肝要です。

とにかく「宇宙の存在」にしても、次元の異なった「霊人」にしても、彼らの言うことを信じるのは、「ほどほどにしておきましょう」ということです。
以前にも書きましたが、参考程度にしておくことですね。


★ あるがままを受容する ★



★わたしは、その人の意識レベルが高くなればなるほど、目に見えない存在に頼ろうとはしなくなるし、霊能力なども必要としなくなるというのが、ほんとうだと思っています。

通常わたしたちの目に「見えないもの」や耳に「聞こえないもの」が見えたり聞こえたりしたとしても、それらは今わたしたちが見たり聞いたりしているものと同様、すべて幻影なのです。
そして、地球の人たちに「ああだ、こうだ」といろんなメッセージを送ってくる地球外の存在たちも、やはり幻影のなかで生きている者たちなのです。

意識が個人から普遍的意識へと変容していくにつれ、そんな幻影のことなど、どうでもよくなってくるのです。
無関心になっていくというか、あまり気にならなくなるんですね。
世界はあなたがたが望むとおりになるだけよ。皆さん、ご随意に」という感じです。(笑)
まさに「あるがまま」を受容した状態です。

★この「あるがまま」は、けっしてネガティブな志向なのではなく、とてもポジティブな志向です。
このポジティブさは、「何であろうと起こることは正しいことなのだ」というすべての真実に対する大いなる理解と、すべてのものを祝福に変える受容なのです。

つまり、「あるがまま」とは、あなたがその状態を気に入ろうと気に入るまいと、「それは起こるべくして起こっているのだ」ということを理解し、それとともに人生を歩んでいくということなのです。

「恐れ」があれば、エネルギーは滞ります。
エネルギーは滞ることなく、川の流れのようにつねに流れていなければなりません。
自己を制限するあらゆる古い恐れを燃やし尽くし、何であれ「起こることと一緒にエネルギー的に流れていく〈動いていく〉」ことです。
それが「あるがままに」、「流れとともに動いていく」ということなのです。


ネガティブなこともポジティブなことも、両極体験しなければ、真ん中というものはわからないし、天国も地獄も、どちらも知っておくことは大切です。片方ばかり体験していても、悟ることはできません。
悟りとは、全体であるからです。
また、いちいちこれから起こってくることを心配したところでどうにもならないし、すべて体験学習なのだから、何でも恐れないでたくさん体験してくださいよということです。
宇宙の源である〈大いなる意識&意志エネルギー〉は、たくさんの体験をして帰ってくる魂を待っているのです。

「私は生涯同じ場所に座って静かに瞑想していました」というのでは、全然面白くありませんね。
わたしが創造主なら、「山あり谷あり、一瞬一瞬が冒険だらけで、もう無我夢中で生きてきました」という人の話のほうを断然聞きたいです。(笑)

創造主は今までにない面白い土産話を待ち望んでいるのです。
創造主はそのために生きつづけて(存在しつづけて)いるのですから。


生はひとつの〈夢〉、
ひとつの〈遊び〉です。

生を深刻にとらないこと
生を楽しむこと。

まさしく世界は神の遊戯場。
リーラ…。



リーラ
           リーラ  撮影 長女

わたしが〈リーラ〉と名づけた黒猫のベイビーは、とてもその名が気に入っているとのこと。
その名の通り、遊ぶことが大好きなリーラちゃんです。



出会えた奇跡に感謝

2011年07月29日 09:12



最近、眠くないですか?
わたしはというと、うちの猫たち同様、時間さえあれば眠っています。
どうもあちらの世界のほうがいいみたいですね~。(笑)

わたしは本来一般人よりも睡眠時間が多いほうだったのですが、朝早く(たいてい4時くらいですが、3時のときも))幾度もニャンコに起こされ、なかなか睡眠がとれない状態がここ3年間余り続いていて、一度ゆっくりと眠らせてほしいと思っておりました。
最近はそれを取り戻すかのように、昼間でもよく眠っております。(笑)

だんだんこちらの世界でやることがなくなってきたせいでしょうか?
まだいろんなことをしたい気持ちは残っているのですが、どちらかというとあちらの世界のほうが好きなようで、つい睡眠のほうを選択してしまう今日この頃です。(笑)

猫は一日の4分の3くらいは眠っています。
こちらの世界よりあちらの世界の方が圧倒的に多い生き物です。
いったいどこに行っているのかと、とても興味が湧きますね。
もしかしたら、もうアセンション後の地球に行っているのかもしれませんね。


       ねんね
         ねんねするミッチェル 撮影 光の仕事人



★ 迷える羊さんのために ★



人の子(イエスのこと)は、滅びる者を救うためにきたのである
イエスはそう言いました。
そして、つぎのように語っています。

あなたがたはどう思うか。
ある人に百匹の羊があり、その中の一匹が迷い出たとすれば、
九十九匹を山に残しておいて、
その迷い出ている羊を捜しに出かけないであろうか。

もしそれを見つけたなら、よく聞きなさい、
迷わないでいる九十九匹のためよりも、
むしろその一匹のために喜ぶであろう。

そのように、これらの小さい者のひとりが滅びることは、
天にいますあなたがたの父のみこころではない。
                 マタイによる福音書 第18章より



今現在このブログの読者さんで、気になっている人たちがおられます。
上記に登場する「迷える羊」さんのような人たちです。

皆さんには、このブログが終了真近であることをお伝えしており、現に7月末で終える予定でした。
つぎの段階のための準備をしたかったからです。
けれども、気になっている人たちがまだ残っていて、まだ伝えたいことがたくさんある気がするのに、ほんとうにこれで終了してもいいのか? という問いが、このところ繰り返し出てきておりました。

前回書いていた「人生の指南書 第二巻」のアイデアは、「第一巻」を卒業した人に読んでもらいたいと思っている内容です。
しかし、それは、もしかしたら、アセンションしたあとのブログになってしまう可能性も大なのです。
もし皆さんが地球とともに次元上昇する選択をされなければ、もうお目にかかることはありません。

そこで、昨夜自分に納得いくまで問うてみました。
そうしたら、わたしの魂が「もう少し、このブログをつづけたい」と切望していることがわかったのです。

わたしの記事で、さらに今まで気づかなかったことに気づいてもらえたら…。
これまでその人を縛っていた「思いの制限」を真に解き放ってもらえたら…。
そのためにくり返しメッセージを伝えていくことが、今のわたしには一番満足のいく「この世での仕事」であると、再確認したのです。

今も迷っている羊さんたち。
もしくは、「迷っている」ことに気づいて、羊飼いのところへ戻りたいと思ってはいるけれど、どこかに迷い込んで帰れなくなってしまっている羊さんを救出したい。
とりあえずは、光の扉の入口までは誘(いざな)いたい。
イエスが語った「羊飼い」さながらの心境です。
さしでがましいことかもしれませんが。

それで、「ブログをもう少しつづけていくこと」について、ハイアーセルフや守護の神霊に確認をとりました。
果たして、いずれもOKでした。
たとえ万が一反対されても、やる気でいましたが。(笑)
ハイアーセルフがNOを言うはずがありません。
その内容が、人々の魂の救済にあるのであれば、なおさらです。

というよりも、本気でやりたいと思っていることを阻止するなんてことは、誰にもできません。
神さまはいつでも「あなたの好きなようにしなさい」、「あなたの本心に従いなさい」、「ご随意に」と言うはずです。

阻止するのは、当の本人のみです。
誰かに言われて変えるのではありません。
したいことの優先順位を変えるのは、自分自身です。

「こうあるべきだ」という思い込みから自由になって、ただ自分の意志と情熱に従えばいいのです。

あなたは、「私はもっと情熱を感じなければいけない」とか、「もっと思いの制限をひらかなければならない」と思ってはいませんか?
それこそ、自分を制限している証拠ですよ。
「~せねばならない」はすべて取り外しましょう。
そして、「~したいからする」に切り替えましょう。

ブログを書きたいから書く。つづけたいからつづける。
(もう十分だと思えば、やめます)

それは自分自身の学びです。
過去記事にも書きました。
「教えることは学ぶこと」と。
自分が知り得たこと、伝えたいことを、書きつづけていくこと。
皆さんが気づいていかれる中で、自分自身もさらに気づいていく。
それを心から楽しみたいと思います。



★ 出会えた奇跡に感謝 ★



平原綾香さんの歌「Jupiter」を聴くと、わたしはいつも胸が熱くなります。

今日は、迷える羊さんへ、
そして、ブログを通して出会えた多くの皆さんに、
下記の歌をお贈りしたいと思います。

この歌を聞きたいときはCD、もしくは You Tube 「Jupiter-平原綾香」を検索して聞いてくださいね。

目を閉じて、
ハートをひらいて、
全身で、
この歌を聞いてみてください。
魂がふるえるのを感じてみてください。

   

  Every day I listen to my heart
     ひとりじゃない
  深い胸の奥で つながってる
  果てしない時を越えて 輝く星が
  出会えた奇跡 教えてくれる

  (中略)
  夢を失うよりも 悲しいことは
  自分を信じて あげられないこと

  (中略)  
  愛を学ぶために 孤独があるなら
  意味のないことなど 起こりはしない

  (中略)  
  私を呼んだなら どこへでも行くわ
  あなたのその涙 私のものに

  
  平原綾香 / Jupiter より一部抜粋
  (作詞: 吉元由美  作曲: G.Holst )




  あなたがたに出会えた奇跡に感謝します。
         ありがとう。

  あなたがたに、たくさんの愛と感謝、
      そして光を贈ります。



責任転嫁をするのはもうやめよう!

2011年07月31日 12:41


前回このブログを続けていくことを表明しましたところ、たくさんの方が喜びの声を届けてくださいました。ありがとうございました。
(「羊飼いの元へ戻りたい迷える羊より」と称してメールをくださった方もいらっしゃいました)
更新を楽しみに待つ人がひとりでも存在するなら、ネットでつながっていられる限り、書きつづけたいと思います。

来月からは、これまでに皆さんから寄せられたアンケートを読み返し、「取り上げてほしい内容」や「質問」など、皆さんにも参考になって有益となるテーマがあれば、記事にしていくつもりでおります。
この時期、どうしても知っておきたいと思われる内容がありましたら、ぜひアンケートに記入してお送りください。

今日は7月最後の新月です。
何か真剣に祈れば、願い事がかなうかもしれませんよ。



あさがお
    7月の花 朝顔  撮影 光の仕事人



さて、今日のテーマは原発に関連したお話です。
放射能汚染牛の賠償責任を、東電に求める声が日ごとに増えていっていますね。
下記は最近の新聞記事です。
内容はすでにご存じだとは思いますが、再度お読みください。


★ 「悪いのは東電」 謝罪する牛肥育農家に仲間が声 ★

 「消費者にも近隣にも、みんなに迷惑をかけてしまった。コメもダメ、野菜もダメ。今度は牛もダメって一体どうすればいいんだ。ここにいる牛、みんなダメなんか」。
 出荷した肉用牛から暫定規制値を超える放射性セシウムが検出された、福島県南相馬市原町区の肥育農家の男性(69)はそう言って、丸まると太った150頭の牛を見渡した。男性の妻は涙を浮かべて謝罪の言葉を繰り返した。
 男性によると、牛に与えていた餌には、昨年10月に収穫し乾燥させた稲わらのほか、輸入した乾燥わら、配合飼料などを利用。屋根付きの牛舎は、牛が雨にぬれにくく、体表を調べた出荷前のスクリーニング検査では、どの牛からも放射性物質は検出されなかった。牛に飲ませている地下8~10メートルの井戸水が問題なのか。でも、「この辺の住民はみんな飲んでいる。どうすればいいんだ」。
 放射性セシウムが検出されたことを知り、近所の肥育農家約10人が朝から男性宅に集まった。「申し訳ない」と頭を下げる男性に仲間が声をかけた。「あんたが悪いんじゃない。悪いのは東京電力だ
(2011年7月10日13時32分 読売新聞)


★ 「費用は東電に賠償請求」の記事より ★
 
 
 農林水産省は26日、高濃度の放射性セシウムを含む稲わらを食べた牛の問題で、既に流通しており国の暫定規制値(1キロ当たり500ベクレル)を超える肉は民間の食肉流通団体が買い取り、超えていないが出荷制限などで停滞している肉は各業者が冷凍保管する緊急対応策を発表した。買い取りや保管にかかる費用は団体が立て替え、まとめて東京電力に損害賠償請求する。

 農水省は当初、汚染牛肉を国として買い取ることも検討していたが、東電の責任を明確化させるため、国が直接関与しないことにした。対応策には10億~20億円程度が必要とみており、費用は団体が金融機関から融資を受けて業者に支給。利子は独立行政法人農畜産業振興機構(ALIC)が補給する。

 冷凍保管は半年程度を想定し、その時点で肉が売れないと判断された場合は処分し、代金を東電に請求する。食肉処理段階で規制値を超えたことが分かった肉は市場に出回らないとして、買い取り対象にはしない方針。
 また、出荷制限や牛の値下がりで資金繰りが悪化している肉牛農家には、業界団体が3カ月分の飼料代として1頭当たり5万円を支給。団体がその原資を金融機関から借りる際は、利子分をALICが助成する。

 既存の補助金も交付回数を増やすなど、経営支援を強化。汚染の影響で不足している稲わらや牧草は農協などが費用を肩代わりして調達し、農家に供給。その費用も東電に賠償請求する。 【佐藤浩】
(2011年7月26日 20時25分 毎日新聞 )


★ 悪いのは、ほんとうに東電なのか? ★



上記のふたつの記事を読まれて、あなたはどのようにお感じになったでしょうか?
その責任の根源が東電保有の原発事故に由来することは、まちがいないでしょう。
しかし、何もかもが東電の責任なのでしょうか?

原発事故発生によって、放射性物質は海にも畑にも、あらゆるところに飛散しました。
農作物の次は牛。
牛肉の放射性セシウム汚染は福島県につづいて宮城県にも広がり、28日には出荷停止指示が出されました。

畜産農家に言わせると、出荷前の肉牛は、ぎりぎりまで太らせていて、「人間でいえば、生活習慣病の一歩手前」なのだそうです。
肉牛は栄養価の高い配合飼料を与えて脂を蓄えさせ、出荷直前はうま味を高める最終段階なので、出荷の機を逃すと牛が体調を崩して病気になり、死んでしまうリスクがあるというのです。
(お肉大好きの消費者に対して、そこまでしているとは…。可哀そうな牛たち)

今回は農家が牛に与えた藁(わら)が問題でしたが、放射能汚染は静岡県の茶葉にまで影響を与えていたことは、すでに周知のことだったはずです。
静岡県にまで影響があるのですから、福島原発の周辺地域で汚染があるのは当然でしょう。
それなのに、農家はエサとして汚染された藁を食べさせ、その牛は流通前検査をすり抜けて市場に流通していたのです。

農家の人たちは、藁が汚染されているかもしれないという疑問をまったく持たなかったのでしょうか? 

何の疑問も感じていなかったのなら、あまりにも愚かです。
また、うすうす知っていて、与えていたのなら、ひどい悪人です。
その責任を東電になすりつけようとしているわけですから。

そして、政府(関係省庁)は、畜産農家の藁に対しても当然汚染が発生しているということを推測できなかったのでしょうか?

推測さえできなかったのだとしたら、あまりにも愚かです。
また、知っていて、藁に対しての制限を農家に指示せず、出荷制限もおこなっていなかったのなら、ひどい悪人です。
自分たちの責任を東電になすりつけようとしているわけですから。


★ わたしたちに責任はないのか? ★



放射性物質飛散の元々の原因は、東京電力保有の原発が震災に遭ったからです。
それに追い打ちを加え、大打撃を与えたのは、大津波でした。

しかし、その後に生じたさまざまな問題は、東電だけのせいではないはずです。
原発を推進してきた政府、原発を受け容れてきた地域住民、何も知らずに電気を使っている日本国民、わたしたちそれぞれに責任はあるのです。

何でもかんでも、東電のせいにして、賠償金を求めるのはまちがっているのではありませんか?
こんなことになったのは原発のせいだと思うのであれば、「原発反対!」、「原発を早く止めて!」と請求するほうが先でしょう。

7月26日の段階では、汚染された疑いのある稲わらを食べ、出荷された肉牛は計2906頭。買い取りの対象になるのは、市場に流通後、放射性物質を検査した274頭のうち、規制値を超える同セシウムが検出された23頭で、焼却処分されるということでした。

可哀そうなのは、人間の食べ物として、病気になる寸前まで太らされている牛たちです。
畜産農家は、ここまでして肉牛を売りたいのでしょうか?
人間は、ここまでしてもらって美味しい牛肉を食べたいのでしょうか? 
(過去記事「小食は地球を救うーその3 肉食を半減させよう!」「小食は地球を救うーその5 少しでも地球に貢献するために」参照)

この一連の流れを、あなたはどう思いますか?


★ なぜその地域ばかりに災難がふりかかるのか? ★



気象庁によりますと、新潟県と福島県では湿った空気と上空の寒気の影響で29日から30日の朝にかけて大気の状態が非常に不安定になり、断続的に1時間に80ミリ以上の猛烈な雨が降りました。
今月27日の降り始めからの雨量は多いところで1000ミリを超え、7年前、平成16年7月の「新潟・福島豪雨」を上回る、記録的な豪雨となったようです。
そして、31日午前4時前、福島県沖で地震があり、福島県楢葉町と川内村で震度5強の揺れを観測しています。(この地震による津波はありませんでした)

新潟も過去から地震、豪雪、豪雨など、いろいろと災害が多い地域ですね。
皆さんは、なぜ同じ場所に集中して災害が起こるのだろうと疑問に思われたことはありませんか?

もちろん、原因がそれなりにあって結果があるわけですが、集中して災難が降り注いでいるのは、「それだけ問題が蓄積されていますよ。気づいてくださいよ」というメッセージなのです。
それなのに、何も気づくこともなく、同じ過ちを何度も何度も繰り返しているため、「これでもか、これでもか」と気づきのための鉄拳が振り下ろされているわけです。
これは、ただの自然災害なのではなく、人間に対するメッセージなのです。

今回の原発事故の一連の経過と、その周辺で起こっている人間たちの言動を見ていますと、いつまで経っても解決ができない(終わりが見えない)のは当然だと思います。
自分たちの目先の生活のことばかりで、何にもわかってはいないのですから。
人間の愚かさをつくづくと感じさせられます。


★ 地球(ガイア)のことを思い出そう! ★



地球をひとつの身体だと考えてみてください。
この地球上に存在しているすべてのものは、「ガイア」という名の地球意識の一部なのです。

ガイアには、第1密度のレベル(鉱物界)、第2密度のレベル(植物界)、第3密度のレベル(動物界・人間界)があります。
現在は第4波動レベルの意識にめざめ、人類とともにその意識レベルへと移行しようとしています。
(つまり、巷で言うところの5次元にアセンションするということです)

しかし、ガイアと人類が一緒に変革をしていくことは、今や困難となっています。

もしわたしたち人間が、エゴがつくり出す各々の問題を克服しようと努力し、前向きに自己変革の道に進んでいたのであれば……
そして、ガイアがさまざまな障害を経験することなく、この変革を乗り越えようとしたのであれば、両者は調和し、一体となることができ、変革は容易なものとなっていたでしょう。

しかし、人間たちは自分たちが住んでいる地球のことを顧みることはなく、ガイアの気持ちなど考えようともしませんでした。
自分とガイアを完全に切り離してしまっていたのです。
ガイアからすれば、人間から見放されてしまったと、感情的にとても悲しくなったことでしょう。
もはや癒すことが困難な状態が生じてしまったわけです。

人間たちによって壊され、汚された大地。それは、ガイアの身体なのです。
もはや悪性のガン細胞で冒された身体をもつガイアは最悪状態です。
自分で癒し、浄化しなければ、つぎの波動レベルにいけないのです。

そうしたガイアの気持ちがわかりますか?
ガイアは何らかのかたちで、わたしたちにメッセージを伝えようとします。
そして、バランスを取り戻すために、何らかのエネルギーを放出するのです。
それが異常気象、天変地異というかたちで起こってくるわけです。

人類が自然を大切にし、自然とともに生きていれば、天変地異など起こる必要はないのです。
わたしたちの社会がガイアをどんどん隔絶してしまうとき、つまり自然を破壊し、地球を汚染してしまう生活を営んでいるときは、天変地異が必要となるということです。

今回の変革が完璧におこなわれるためには、わたしたちがガイアと結びつき、一体となることが肝要です。
わたしたちが地球を思い出し、ガイアとともに生きていることに気づけば、ガイアも人類から見放されたという感覚を払うことができるはずです。

今、わたしたちとガイアとのあいだに生じているとてつもなく大きなギャップ。
それを、どうしたら縮めることができるのでしょうか?

もう手遅れだと思われるかもしれませんが、まだできることはあるのです。

それはまず「あなた自身が自分の感情を癒すということ」です。

そして、自分のエゴに直面すること。
ネガティブな考え、態度(生き方)を見直すこと。
自分自身の心の平安を達成すること。
自分に対して罪悪感をもたないこと。
ガイアとつながること。
ガイアに対する新しい視点をもって生きること。

そして、最後にわたしたちができること。
それは、「ガイアに向かって、わたしたちのほうから手をさしのべるということ」です。
自然のなかを散歩しながら、ガイアを全身で感じることです。

天変地異はわたしたちへのメッセージ。
責任はすべてわたしたちにあります。



ごめんなさい、ガイア。
ゆるしてください、ガイア。
ありがとう、ガイア。
愛してる、ガイア。

わたしはあなたとともに
この大きな変革を果たしたい。

あなたを思い出してくれる人、
あなたを愛してくれている人は
きっとたくさんいますよ。

自分の感情を癒す試みをする人が
これからも増えていきますように。






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