「気づきのレポート」より

2011年06月03日 13:30


★ 気づきのレポートより ★



今回は、「気づきのカードリーディング」を受けた方のなかで、長年愛用してきた「タバコをやめる」という貴重な体験をされた方のレポートを、ご本人の了解を得て記載させていただくことにしました。


「気づきのレポート №1」  38歳 関東 女性



リーディング結果のメールを受け取って一通り読んだとき
「やっぱり、そうなんだ」と思いました。
その結果通りなので、納得したのです。
もちろん、私についてのリーディングなので
そう思うのは当たり前なのかもしれませんが
「自己認識がズレてなくて良かった」とも感じた瞬間でした。

リーディングの最後にある
光の仕事人さんからのメッセージの

あなたの「気づき」のために表れたカードを、ざっと見たときに、
「感情」をあらわすカードと「マインド」をあらわすカードが4枚ずつありました。
これは、あなたのなかの「感情」の部分と「マインド」の部分が
同じくらいあるということです。
ハートとマインド(頭)が葛藤しているような状態ですね。


には、思わず大笑いしてしまいました。
「ハートとマインド(頭)が葛藤」って、本当にその通りで!
おまけに、「4」は何かと私についてまわる数字で
こんなところにまで「4」がふたつあるのかと思うと
なんだかそれも可笑しくなって、笑ってしまいました。

その後、質問への返信メールで
光の仕事人さんの

ハートで感じると、「あっ!」という感じでわかるはずです。
直感で感じたことが、正しいのです。


という言葉を読んで
それまで心に背負っていた「気負い」がなくなったので
ようやく、リーディングの結果を元に
私の「出来ること」「したいこと」「恐れ」などを探り
心の状態を明確にする試みが始まりました。


★タバコをやめる

まず、タバコをやめました。

約20年間、1日平均2.5箱以上のタバコを吸う
ヘビースモーカーでしたが、本当にスッパリやめました。

タバコをやめた理由は、健康やお金のためでもなく
「私がタバコを吸うと空気が汚れてしまう」と気づいたからです。

タバコを吸っている部屋にいて、放射性物質を避けるために
部屋の窓を開けることを戸惑う自分の滑稽さ。

放射能汚染される空気について
「程度の違いで、タバコも放射能と同じじゃん!」と
自分で突っ込むこと、数回。

「タバコは空気を汚す。私は人の吸う空気を汚染している張本人」
「放射能と同じっていうことは、もう吸えないってことだ」

福島の原発事故が起り
人生ではじめて「タバコやめよう」という気持ちが沸いたのです。

もちろん以前から、タバコが空気を汚すことや
副流煙が健康を害することを、知識としては知ってはいましたが
それと私が喫煙をやめることは結びつけることはしませんでした。

旦那も喫煙者で仕事場(業種自体)も喫煙者率が非常に高い。
「これでは、波動が下がりまくりだー」と思いながらも
私は「タバコ」自体も「タバコがある生活」も大好きだったのです。


★意識を集中する方法で答えを知る

頭と心が葛藤している自分にとって
自分を知る効果的な方法を見つけました。

リーディングの項目にある
「★あなたの身体のエネルギー」で頂いたメッセージは

からだにしっかりといるという感じがあります。
そのために、からだからメッセージを受け取り、
それが言おうとしていることを信頼できます。


でした。

そこで、私は体で意識を感じるように努めました。

どう思うか、どう感じるかを自分の頭や心に問うことはせず
ただ「今」に意識を集中させ、どう感じるのか
その感覚を味わってみる方法
(体の状態をただ「確認」する感じ)
を試してみたのです。

そして、体感を通して「その感覚」を知ることが出来ました。
これは、非常に大きな「気づき」となりました。

タバコを例にとると
私がタバコをやめたとき、そのときには(今も)まだ
「タバコが吸いたくなる自分」や「やめたくない自分」がいる状態でしたが
私はまず、吸わないと決め、実際に吸うのをやめた日の翌朝
「吸わない状態の体」に意識を向けてみました。
この吸わない状態はどんな感じなのか・・・?
体の感じは・・・?
なんと、答えはすぐに返ってきました。

「いい感じ。スッキリして心地いいよ!」

※答えは「感じた感覚」を私が言葉に置き換えて書いています。

また別の日。
タバコを吸いたくなった瞬間がありました。
そのときに、数日タバコを吸っていない体に意識を集中させました。
どう感じる・・・?
また、すぐに答え(感覚)を感じることが出来ました。

「少しづつ、(タバコの)悪いものは体から抜けていってる」
「もっと、浄化できる。嬉しい」

驚きでした。
今までのスモーカーだった私は
タバコの吸えないことを「心地いい」とか「嬉しい」とは
思っていないのですから。
「タバコが吸いたい」とか「でも吸わないのはいいことだと思う」とか
心や頭がゴチャゴチャ言うのを聞いたり感じたりしながら
それと同時に、別のハッキリとした「意識」を感じるわけです。

なにより、このシンプルかつ力強い答えを
「信頼できる」と感じました。

今までもこういう「意識を感じる瞬間」はありましたが
それは、無意識の時に突然その意識が割り込んで
「飛び入り」をしてくる感じであり、自分から意識を向けて
確認する方法ではなかったのです。

体やある状態をどういうふうに感じるか
ただそこに意識を向けることが、私にとって
実に簡単で、さらに信頼できる答えを得る方法のひとつであると
知ることができました。

なぜ、いままでしてこなかったのでしょう。

光の仕事人さんから
「★あなたの身体のエネルギー」で頂いたメッセージが
非常に役立ちました。


  島美人

            島美人 撮影 光の仕事人



☆ 光の仕事人より ☆



お役に立ってよかったです。
まず、「あなたの身体に訊く」という試みと、それに「素直に反応しているあなたの身体」がすばらしいですね。

なぜ、いままでしてこなかったのでしょう」という疑問ですが、きっとそれに気づくために今回のリーディングを希望されたのではないでしょうか?
ものごとに偶然はありませんから。


★ 「気づきのコース」のレポートを読んで感じたこと ★



先月新たに始めた「気づきのコース」をお申し込みいただいた方からのレポートがほぼ返ってきました。

さすがに「自己探究」をしたい人のレポートだと思う深みのある内容が多かったように感じています。
言いかえれば、深刻な問題を抱えている人が多いということになりますが、この世に生まれてきた人で悩みがない人などはいないはずです。
もし「ない」という人がいるとするなら、それは自分の悩みにさえ気づいていないおめでたい人だということですね。

ただ、悩みがあっても、それを深刻にとらえ過ぎて闇のほうへ引っ張られて落ち込んでしまう人と、事態は深刻なんだけれども、そうそう落ち込んでもいられないから、なんとかしようと顔を上げて光のほうを見ようとする人との違いがあるだけです。
そのバランスをとることができるようにするのが、「気づきのコース」のねらいなんですね。

リーディングでの気づきがすぐに生まれなくても、何回も質問したり、メール交換をしているうちに、だんだん気づいていかれる場合もあります。(むしろ、そちらのほうが多いかも)
メールに乗って自然に光が届くというプレゼントもありますから、光の仕事人とできるだけ交流したほうが元気になれるし、お得なんです。(笑)

同時に複数のリーディングをお申し込みになった人もおられますが、ふたつのリーディング結果を見比べて気づくことができやすいという利点もあります。(たいてい問題点は重なっているものです)
また、いっぺんにレポートが書けない人は、ひとつずつクリアされたほうがよいでしょう。
人によってケースバイケースですね。

このたび、「書くことに意義がある」ということを実感したという方もいらっしゃいました。
意図していることがわかってもらえて、うれしいです。
きっと時間が経つと、また新しい感じ方や気づきが生まれてくるのではないかと思います。
気長に皆さんの気づきや変化のレポートを待っておりますので、レポートはつぎつぎに、どんどん書いてくださいね。

内側にあるもの(女性エネルギー)を外側に表現(男性エネルギー)しましょう。
ふたつの質を統合し、上手にバランスをとっていきましょう。
そして、自分の変化していく様子を楽しみましょう。


レポート以外に、「全体的な気づきの感想」をお寄せくださると、今後「気づきのコース」を申し込みたい人たちの参考になるかと思いますので、ぜひお送りください。

尚、いただいたレポートは必ず何度も読み返しておりますが、ご質問がない場合や、レポート内容に対して何もコメントがない方に関してはお返事をお送りしておりませんので、ご了承ください。



気づきはシンプルです。

ワーォ!

内的爆発」が起きたときの「ワーォ!

このハートの歓喜に満ちた叫びを、味わっていただきたいものです。



癒しは自然のなかにこそある 

2011年06月05日 23:00


★ 出雲大社の波動 ★



昨日、娘たちと島根県にある出雲大社に赴きました。
わたしは独身時代から今日に至るまで何回か参詣しておりますが、魂の系統としてはあまりご縁がない神さまであるためか、いつ行っても感動が湧いてこないというのが正直な感想です。
伊勢神宮の内宮から感じられる軽く精妙でやさしい波動とはまるで異なっていることがわかります。
しかし、娘たちには今回ある意味で必要であると感じたので、遠路を車で向かいました。


出雲大社


出雲大社の境内は、つぎつぎと押し寄せてくる観光客で騒々しい空気に包まれていました。
改修工事のせいもあって、空間に全く広がりが見いだせず、落ち着きのない不快な感覚を味わいました。
別殿では婚礼の式典も行なわれており、こんなに大勢の人を見たのは今回が初めてで、非常に疲れました。

霊媒体質の娘たちにとっては、ありがたいパワースポットどころか、人々の願いごとによる欲望や悪想念のエネルギーでめまいが生じ、人が群れているところには立っていることができない場所になっていたのです。

現在、出雲大社は六十年に一度の「平成の大遷宮」で、すべての社殿の屋根を葺き替える作業が行われている最中です。
2008年4月20日から本殿の大規模な改修に伴い、御神体を御神輿に乗せて仮殿に遷したということです。

仮殿の前、つまり、人々がかしわ手を打ってお参りをする場所は、かなり波動が悪かったので、裏に回って、もっとも波動がよいと感じられた場所にしばらく立っていました。
この出雲大社がある「山陰地方」や「日本国」の守護をお祈りするというよりも、ただただ「御心のままに」という言葉しか出てこなくて、早々にその場を立ち去ったしだいです。

このように、有名な神社ほど参詣する人が多いので、実際のところ聖域ではなくなっている可能性が大きいのです。
ですから、サイキックスポンジや霊媒体質の人は、そういう場所に行かないほうが賢明なのです。かえって、ヘンなものをもらって帰ることになるからです。

また、どこでも神社に神さま(ご祭神)はいらっしゃらないとわたしは感じています。
ただ、そのエネルギーが今もなお残留しているだけです。
神社がパワースポットと言われているのは、未だにその神さまのつよいエネルギーが残っているからであり、ほんとうにそこに神さまが存在しているわけではないのです。
もし何千年ものあいだ、その地に実際に鎮座しているのだとしたら、まったくその神々は成長していないということになりますね。
神さまだって、時が経つほどに成長されるはずですから、いつまでもそんなところに留まっているわけはないのです。

また、神さまと言ってもピンからキリまであり、とどのつまりは宇宙からやってきた存在たちであるので、神さま自体にもさまざまな「クセ」というものがあるということを知っておくことが大切です。

その波動(周波数)の違いによって、神さまの性質や意識レベルをある程度感じることができるわけです。
全く気配がない神社もたくさんありますが、もうそのエネルギーも残っていないということになるでしょうか。

よく神社で神さまとお話をしたという人がおられますが、「一体どなたと話しているのかしら?」と思いますね。(きっと神サマになりすましている輩もいっぱいいることでしょう)


★ 神社めぐりの一長一短 ★



★島根県には「出雲大社」のほかに「熊野大社」と呼ばれる一宮があります。
さすがにこの土地にはスサノオ系の神社がたくさんありますが、「熊野大社」はダントツ一位に挙げられる神社であると思います。
ご祭神の名は「伊邪那伎日真名子 加夫呂伎熊野大神 櫛御気野命(いざなぎのひまなご かぶろぎくまのおおかみ くしみけぬのみこと)」とされていて、「素戔嗚尊」の別名です。
「伊邪那伎日真名子(いざなぎのひまなご)」は「イザナギが可愛がる御子」の意で、加夫呂伎(かぶろぎ)」は「神聖な祖神」の意としています。

ここの神社の境内はさほど広くはありませんが、境内に入る手前に川があり、渡された橋の上から川のながれを眺めていると、とてもさわやかな気分になります。
境内でも、とても力強い崇高な波動が感じられましたが、それはわたしだけでなく、感じやすいふたりの娘たちも同様でした。
島根県の神社の中で、「熊野大社」は気持ちがよくて、「また来たいな」と思った場所のひとつですが、今現在はどうなのかわかりません。

このように、神社によって波動が千差万別であることは、感じやすい人であればきっとおわかりになることでしょう。
やわらかい温和な波動を感じる神社もあれば、強烈な波動や、暗くて重い波動を感じる神社もあります。
そして、人間の参拝者が多ければ多いほど、汚れたネガティブなエネルギーがさまよっているため、気分が悪くなることが多いのです。

ですから、皆さまにやたら神社参拝をおススメすることはできません。
行かれるなら、くれぐれも気をつけて行ってください」と言うくらいですね。
光とつながっている人は、逆に「光をお届けする」という気持ちで神社に行かれたほうが正解かもしれません。



★ 癒しは自然のなかにこそある ★



「出雲大社」からの帰りに「宍道湖自然観ゴビウス(水族館)」に立ち寄って、島根県内に生息する水辺の生き物たちを見ました。
娘たちは泳ぐ小さな魚たちを熱心に観察し、彼らに癒されたと言っておりました。
「ゴビウス」周辺の環境がすばらしく、芳しいみどりの香りを乗せた風が吹きわたるやさしい田園風景に、わたしもようやく癒された気がしました。


       水クラゲ
        美しく神秘的な水クラゲ ゴビウスにて撮影



神社よりも、自然や生き物との出会いのほうが、癒しの効果が断然高かったということですね。
神の社(やしろ)に行ったからと言って、光とつながれるわけではないし、体質によってはむしろ悪影響があると言ってもよいでしょう。
人間のもつ波動がいかに汚れているかということを、しっかりと実感することができた日となりました。


     ゴビウス
               ゴビウスの水族館にて撮影


★癒しを求め、光とつながるために、人間の悪想念だらけの神社や、観光客だらけのパワースポットにわざわざ行かなくても、人のいない静かな自然のなかで、木や草花や小鳥たちとともに過ごすほうが断然有益だとわたしは感じています。

目を閉じて、風の音を聞き、その心地よさを全身で感じてください。

周りの生き物たちの息吹を感じてください。

川のせせらぎに耳を傾けてください。

太陽の暖かさ、明るさ、光の恩恵をしみじみと感じてください。

自然と溶け込み、一体となったとき、初めて地球の想いも知ることができるでしょう。

そして、新たな気づきが生まれるでしょう。

わたしたちを生かしてくれている存在は、太古の昔に人間を創成した神々などではなく、
この母なる大地(地球)なのだということを。




与えたものは、こだまのように戻ってくる 

2011年06月06日 11:35


★ ある読者さんの混迷 ★



これは、このブログの読者さんで「気づきのコース」を受けた方からのご質問ですが、皆さんにもご自分のこととして考えていただきたいと思い、彼女の許可を得て、ここに記載させていただくことにしました。

彼女のご主人は「フランス料理」のお店を経営されているのですが、そこで料理として提供している「肉」について、以下のような文面をいただきました。


いつでしたか。。。光の仕事人様の記事の中にもあったと思いますが、「肉食を避ける」といった文面があったと思います。
私の仕事は「フランス料理」のお店での仕事です。どうしても扱うものが顔があり、足がある、追いかけると逃げる生き物を殺生の上調理したもので、お客様に喜んで頂く仕事です。。。果たしていかがなものか。。。夫の家業でもあり、夫もこの仕事に誠心誠意向き合っております。夫の考えは「大切な命を頂くんだから、無駄にしないよう、大切においしく召し上がって頂けるよう、心を込めて調理している」という信念でやっております。ですので、彼の意識には常にさばいているお肉やお魚に対して「ありがとう」の気持ちを持って包丁を握っているといいます。しかし、どうにも、この事は精神社会の理論からすると逆行している現実なので、私としてはどう受け止めたら良いのか、迷っている所であり、今まで書きたくても書けなかった事柄でもあります。



それについて、わたしは下記のお答えを致しました。

★「肉食」の時代はもう終わっております。
肉で何かと事件が起こっているのは、もう食べるのをやめなさいという警告です。

わたしは最初あなたのお店が「自然食」で、肉類をあまり出さない野菜中心のお店かと思っておりました。
中心が肉類でなく、お客の身体にやさしい野菜類で工夫されたらよいのではありませんか?
(たとえば、精進料理なんかで、ウナギのような触感を味わいたいために「ウナギもどき」なんかが作られていますが)肉がなくても、いろいろ工夫はできると思います。それこそ、調理人の腕の見せ所かもしれません。

肉の量を少し減らすだけでも、随分ちがってくると思いますよ。
それはご主人に提案されて、話し合いをされることですね。


結局の所。。。今の所では主人は方針を変えることができずにいます。それはなぜか。。。一番彼が今の厳しい経営状態の中で、こだわって原価を落とさずに提供している所である事、それを楽しみに毎月一度、必ずお昼を食べに来ているお客様(おじいちゃまなんですが、車いすでしかも右片麻痺の障害もありますが。。。介護士さんと来られています)がおられ、本当に心待ちにして下さっている事、みんなが、おいしかった~!と喜んで笑顔でお帰りになる事。。。それを考えるとどうしても解ってても踏み切れないと。。。彼の気持ちも解らないでもないです。。。お肉をブロックで仕入れているのですが、丁寧に処理をしカットし、本当に愛情込めてお出ししている彼の姿勢を横で見ていると、これ以上の事は言えなくなってしまいました。。。彼も貧しかった子供時代に、お肉を食べれる事が夢だった所もあります。そして、この今の不景気にあって、うちを選んで来て下さるお客様は、本当に真剣勝負で来られています。その、満足感を満たしてあげられる彼の料理ならば。。。これも一種大切なお仕事なのではないかと思う自分がいます。スピリチュアルな現実に反している事はよくわかっているつもりですが、今も尚、踏ん切れない 私 がいます。


というお返事が返ってきました。

今も尚、踏ん切れない 私 がいます」という彼女の文面から、わたしが感じたことを正直にお伝えしたいと思います。
彼女のこの思いは、結局のところ「言い訳にしかすぎないのではありませんか?」ということです。

本当に心待ちにして下さっている事、みんなが、おいしかった~!と喜んで笑顔でお帰りになる事…それを考えるとどうしても解ってても踏み切れない」とありましたね。
正直に自問自答をしてみてください。

「お客様が喜ぶから…」それは、ほんとうにお客様のためを思ってのことなのでしょうか?
肉料理でのおもてなしをやめることができないのは、ほんとうにお客様を愛するがゆえなのでしょうか?
それとも、お客様から称賛され、喜ばれることを望んでいる自分自身を愛しているからなのでしょうか?
あなたもご主人も、「ほんとうにお客様を愛しています」と自信をもって宣言することができますか?

わたしには、ただ甘やかしているだけのように感じられます。あなた自身に対しても、お客様に対しても。

肉が血液を汚し、病気の元になるということを真に理解しておられるのであれば、それを客に出すことなどできるはずがありません。

お客様がおいしかったと喜ぶから…。
では、あなたは自分の子どもに、放射線物質に汚染されている食べ物を、子どもが喜ぶからと言って、食べさせるでしょうか?
そんなことは、決してされませんよね?

放射線物質に汚染された食品を恐れるのは、将来ガンになる可能性があるからです。
同様に、肉類を食べるとガンになる可能性が非常に高いことは、わたしのブログを読んでいる人であれば、百も承知のことでしょう。

★参考 過去記事
ガンになる原因―さまざまな見解
高次元存在とのコミュニケーションのチャンネルをきれいにする
小食は地球を救う―その5 少しでも地球に貢献するために
アセンションに向けて―浄化と周波数を高める方法


放射線物質に汚染された食品を食べるのと、肉類を食べるのと、ガンが発生する危険性があるという意味では、何ら変わることはありません。
むしろ、人間たちが今まで大量に食べてきた肉類(主に牛肉)のほうが、ガンの発生率が高いのかもしれません。
それを十分にわかっているのに、なおかつ客に肉類を提供するということ自体、客の身体のことを考えていない、とどのつまりは、「ほんとうにお客様を愛してはいない」ということになるのではないでしょうか? 

「喜んでもらえるから」とか、「おいしければよい」とか、「満足すればよい」とかいう問題ではありませんね。これは、まちがった愛の形です。

考えようによっては、お客様に対して、逆に愛を求めているともいえます。
客が喜ぶと自分も嬉しい。その喜びを味わいたいから、それを続けるということです。

お客に対して、「実はお肉はからだにとても悪いんですよ。だから、お客様のおからだのことを考えて、うちの店では肉を出さないことにしました」と、なぜ、真実を言うことができないのでしょうか?
お客が来なくなることを恐れるからでしょうか?
いったい誰のための「料理店」なのでしょうか?
結局自己満足のためのお仕事だったのでしょうか?

自ら愛を求めている人が、どうして他者に愛を与えることができるでしょうか?

その後「やっぱり今まで通りこのまま続けていく」という内容のメールが送られてきました。
その人なりに一生懸命考えたあとの選択の結果でした。
肉類を出さないお店なら、一度行ってみたかったのですが…。


★宇宙のあらゆるものは変化します。
「変化する」ということ。
それは唯一「変化しない」真理でもあります。


今、古いものの見方、考え方、古いシステム、霊性の成長に何の役にも立たないものが、つぎつぎと壊されていっています。
変化していくものに執着し、変化することに抵抗しても、結局変化は訪れるのです。 
変化の波に乗れないものは、消滅していくしかありません。

変化の荒波に呑まれず、乗り越えていく方法。
それが、アセンションなのです。




★ 与えたものは、こだまのように戻ってくる ★



「遊ぼう」っていうと
「遊ぼう」っていう。

「ばか」っていうと
「ばか」っていう。


「もう遊ばない」っていうと
「遊ばない」っていう。

そうして、あとで
さみしくなって、

「ごめんね」っていうと
「ごめんね」っていう。

こだまでしょうか、
いいえ、だれでも。



これは、皆さんもよくご存じの金子みすずさんの詩です。
震災以来、テレビの広告機構のコマーシャルでお馴染みになりましたね。

この世界は、すべて木霊(こだま)の法則で成り立っています。

人を罵倒すれば、罵倒が返ってきます。
憎しみを与えれば、憎しみが、
怒りを与えれば、怒りが、
げんこつを与えれば、げんこつが返ってきます。

そして、愛を与えれば、愛が返ってくるのです。

あなたが与えたものは、すべてあなたに戻るのです。
まるで、木霊(こだま)さながらに。
これは、宇宙の永遠の法則です。

OSHOは言います。

与えたものはすべて、数えきれぬほどの形で自分に返ってくる。
そして愛を分かち合えば、愛は数え切れぬほどの形で自分に返ってくる。

数えきれぬほどの形で愛が戻ってきていないのなら、
自分が愛を与えてこなかったからだと理解しなさい。



人生はシンプルすぎるほどシンプルです。
この法則を真に知った者は、悩んだり、混迷したりすることはありません。
迷いがあるのは、何に対しても頭で理解しただけで、腹にまで落ちていないからです。


あなたは愛を求めている人ですか?
なぜ、愛を乞うのですか?

愛は外側から得るものではありません。
だれもあなたに愛をあげることはできません。
愛を乞うあなたの望みをかなえる義務など、だれにもないのです。

愛を求めるのは、当然のことながら、あなたの内側に愛がないからです。
内側が空っぽの人が、他者に愛をそそぐことなどできるでしょうか?

愛はあなたの内側から生まれ出るものです。
あなたの内側で愛があふれだしているのなら、
この世界のすべての生命に愛を与えることができるでしょう。  
 
牛さん









ボクを食べないでね。
ボクは人間のエサじゃないんだよ。
                   


牧場の牛さん







「気づきのコース」からのメッセージ その2

2011年06月08日 16:07


★このブログを更新してからのちも、『光の仕事人の「気づきのコース」』にお申し込みくださった方で、相変わらず「アンケート」の送信がない方がおられます。メールフォームにも記載しているのですが…。

また、「気づきのコース」をご希望で、「アンケート」のみしか届いていない方もおられます。そして、情報がほとんどありません。この時点で、すでに応じることができない状況が生まれております。

カテゴリ『光の仕事人の「気づきのコース」』の記事を全てお読みになったのかどうかわかりませんが、記事内容の把握が非常に不十分であると感じます。
このブログの読者さんで、「自己探究」をしたいと真に望む人であるのなら、何事にも、もっと意識的に行動してくださいますようお願いいたします。(6月9日 20時50分更新)



★ 「いいえ」のサインが出るとき ★



気づきのコース」を始めてから、ちょうど1か月が経ちました。
お申し込み者のなかで、お申し込みにお応えできた人とお応えできなかった人の比率は、当初お伝えしたのとその後も変わりなく、ちょうど半々です。
10人のお申し込み者がいたら、そのうち5人の方が辞退されている結果となっております。

せっかく申し込んでおられるのだから、受けてあげたいという気持ちは十分にあるのですが、ハイアーセルフは大変厳しく、必ず「いいえ」のサインを送ってくるので、その場合は「再度チャレンジしてください」のメールを差し上げることにしています。
それでしばらく自己を顧みられて再度チャレンジされ、OKサインが出た人たちも数名おられます。
こういう人たちのほうが、逆に「気づきと変化」が早く表れる場合もあり、何が幸いをもたらすかわかりません。

★「気づきのコース」のお申し込みの動機と「アンケート」の記述を見れば、その人の「自己探究」の希求度と情熱度がわかります。
そして、「気づきのレポート」をしっかりと書いて送ってこられる人かどうかもわかってしまうのです。
たとえリ―ディング結果を送らせていただいたとしても、その後真剣に取り組めない人や、レポートを提出しない可能性が大である人は、たいてい「不可のサイン」が出ています。

そのなかで、おひとりだけ「いいえ」のサインが出ていながらも、事態が深刻であったため、お受けしたケースがありました。
この人にも「気づきや変化の可能性がある」と信じてみようと思ったのです。
リーディング結果を受信された当初は「また、レポートを送ります」という返信が来たのですが、10日経ってもレポートは届かず、18日経った今現在も、来ておりません。
「やっぱり、そうでしたか…」と再確認し、「書くことの意味がやはりお解りになっていない」と感じているしだいです。

そんなわけで、さりげなくお断りしている人は、ご自分でも気づかれているのか、納得されているのか、「またにします」という答えが返ってきたり、あるいは何も返ってこなかったり。
「お返事をください。お待ちしております」というメールを送っても、何の返答もない人は、再度お申し込みをされたとしても、おそらくハイアーセルフが「NO」と応えると思いますので、ご了承ください。
少しでも「自己探究をしたい」と思った人であるのなら、「自分の真実に責任を持つ」という意味で、返信はしてくださいね。打てば響く対応を!


★ 「もう少し情報をください」と言うとき ★



リーディングをおこなう前に、「もう少し情報をください」とお願いする場合があります。
気づきのためのカードリーディング」などで、情報が少ないと、実際にカードが出ないことがあるのです。

通常は、ご本人の手でカードをしっかりと切っていただき(シャッフルする)、ご本人の手で引いていただくのですが、(カードがその人の波動をキャッチします)通信ではそれができないため、その人の代理で引くわけです。
たいていわたしの助手であるクリスタルペンジュラムにその人の波動をしっかりと記憶してもらい、質問の項目ごとに61枚の中から1枚ずつ選んでいきます。
項目は13個ありますから、けっこう時間がかかるのです。
(相手の守護霊に来ていただくことができた場合は、守護霊さんに選んでもらうこともあります)

しかし、調べる当のご本人の意識が定まらず、毎日コロコロ変わっている場合などは、同じことを尋ねても、当然のことですが、引くたびにカードの内容がコロコロと変るわけです。それで、再度その人から情報をもらい、日を改めて3回くらいやり直したことがありました。
こういう人は、たとえご自分でカードを引かれたとしても、わけがわからないカードが出てくることでしょう。(心ここにあらず…ですね)

ところがそんな場合でも、その人の全体像(概観)だけは明確に表れるのです。
つまり、「概観」の箇所で示されたカードは、3回とも(日を改めても)まったく同じカードだったからです。(こういうところがミステリアスで、面白いですね)

わたしの長女は「自分でカードを引くよりも、おかあさんが引いたほうが確実」だと言って、たいていカードの選択を任せられてしまいます。
それで長女はわたしが引いたカードの結果を聞いて、ひどく納得しているのです。不思議ですね。

項目ごとに出たカードの内容が、「まさにその通りだ」、「自分にピッタリ合っている」と感じた人は、自分のことをわかっている人、自分の言動や日々の意識をきちんと把握できている人であると言えるでしょう。
こういう人は、一般人よりも意識的に生きておられるので、「気づき」も得やすいのです。

★「気づきのカードリーディング」を受けた人で、今さまざまな感情がどんどん湧いてきて、「デドックス作用」が生じている人がいらっしゃいます。
そういう人はおおいに喜んでくださいね。
悪いもの(エネルギー)が出るだけ出て、浄化されたら、今度は良いエネルギーが入ってきます。それは言わずと知れた「光のエネルギー」ですね。
(悪いものはどんどん追い出しましょう。「もう出るものがないよ」というところまで出してくださいネ)

★「数秘リーディング」の場合は、「名前」と「生年月日」だけでリーディングはできますので、情報は必要ないのですが、それでも「もう少し情報をください」とお願いする場合があります。
「なんで、情報なんて必要なの? それを調べるのが、あなたの仕事でしょう?」と思う人がおられるかもしれません。

じつは、情報提供をお願いするのは、その人が「心を開いているかどうか」を知るための試み、いわゆる実験なのです。
ここで、素直に情報を送れない人は、リーディングをする光の仕事人に対してハートをひらいていない状態なので、まず「気づくこと」ができません。
ハートを全開にして、自分を全面的に明け渡し、真摯に素直に受け止めようという姿勢があるか、ないかが、ここでは大切な要素となります。
ここでそれ以上前に進めない人(情報を提供する姿勢が見られない人)は、リーディングを行なってもほとんど意味がないので、やっぱりご縁がなかったとあきらめるしかありません。

逆に「こんなに必要ありませんよ」というくらい大量の情報をくださる方もいらっしゃいます。
お気持ちは大変ありがたいのですが、不必要なものには目を通さないので、ご了解くださいね。
何事もほどほどにすることが大切」です。


★弟子は師を選ぶ自由があります。
同様に、師も弟子を選ぶ自由があるのです。
お互いの波動がピタリと合ったときに、その関係は成立します。

というわけで、「お申し込み」まではされても、そのあと「ご縁がある人」と「ご縁がない人」がきっちりと分かれてしまうということです。

そして、リーディングを受けられたあと、「変化した人」と「変化しなかった人」、あるいは「発展途上にいる人」とに分かれます。
当初「変わりたい!」という強い志を抱いて参加されたにもかかわらず、ただ頭(マインド)で理解されただけで、結局「何ら変わり映えのしない人」も実際にはおられるのです。



★ エゴを消滅させること ★



自分では「いろいろ気づいた」と書いておられても、わたしから見ると、「この人、前と全然変わっていないよ」と感じる人のほうが断然多いというのが実情です。
もちろん、小さな気づき(小爆発)がたくさん起こった人もおられたでしょう。
けれども、大爆発は、まだどなたにも起こってはいないのです。
時が経てば、しだいに元に戻っていっている人は、何もなかったのと同じです。

人間、そんなにやすやすと変われるものではないということが、これでわかりますね。
そんなに簡単に気づいて変われるものなら、皆さん既にアセンションができているはずです。
でも、できないのは、それだけ自分の内側に「気づきを妨げる毒素がある」ということです。
「マインド」という名のやっかいな毒ですね。
そのマインドとエゴは結託して、「気づき」から遠ざけようとします。
これを落とさない限り、新しい発見をする可能性が失われます。

マインドとエゴ」の関係。
下記に記すOSHOの言葉をよくかみしめてください。


手放しを信頼する瞬間、
存在と苦闘するのをやめる瞬間に
すべてに対して思い悩む必要はなくなる
存在が面倒をみてくれる

人間のマインドのすべての苦悩は
マインドが止むことなく闘い
流れに逆らって進もうとするところにある

マインドがそうするには理由がある
流れに逆らって初めてエゴは満たされるからだ
ただ生の流れに身をまかせ
あがきもせず
生が望むところならどこへでも導かれてゆくとき
あなたのエゴは消滅する

あなたは、今よりももっと在る
―より真正に、より真実に―
だが、そこに「私」という感覚はない
そのときは、自分がどこへ向かっているかを見ることができる

エゴを持たない人は
あなたが進むときにできる道さえも見ることができる
大空を飛ぶ鳥の足跡さえも見ることができる
飛ぶ鳥は足跡を残さない
だがマインドからエゴが一掃されたとき
全存在は塵ひとつない鏡となり
そこに鳥の足跡さえも映し出すことができる

                    By OSHO



「夢の世界」からの卒業

2011年06月12日 10:15


★ ブログ記念日に ★



★今日は2011年6月12日です。
このブログを立ち上げ、初めて公開したのが、ちょうど一年前の6月12日でした。
この一年の間に、自分で考えていた以上のたくさんの記事を書くことができ、また今では多くの人に読んでいただくことができるようになり、大変うれしく思っています。

★この記念すべき日に、読者の皆さんに感謝の気持ちを込めて、一年間の総まとめとしての記事をお贈りしたいと思います。

最近、わたしの住んでいる地域で、お亡くなりになる人の数が非常に増えております。
また、今年起きた震災で肉体を去られた人たちは、世界中でどれほどいらっしゃることか、見当もつかないほどです。
彼らのうちの多くは、これまで慣れ親しんできたような物質世界、すなわち3次元の領域(星)に連れて行かれています。また、今後も大勢の人がそこに行くことになるであろうことが予想されます。

よって、今地球に生きておられる人たちに、ぜひ下記の内容をお伝えしておきたいと思います。



「夢の世界」からの卒業 ★



わたしたちの内なる「真の自己」は不滅です。
未だかつて死んだことはありません。

肉体の死は、さなぎから蝶になる輝かしい瞬間であり、より精妙な波動へと移行できる歓喜に満ちた瞬間です。

美しい蝶となって真の自由を得るためには、さなぎの中にいるあいだにしっかりと準備をしておかなければなりません。
どんな準備なのかは、このブログを最初から読んでこられたあなたには、もうおわかりのことでしょう。



アゲハ蝶



量子物理学が「人の意識が現実を創造する」「われわれが認識する物質世界は実存しない」という結論を導き出したことはすでにご承知と思います。

また、皆さんは、『マトリックス』という名の映画をご存じのことでしょう。
わたしたち人類は、誰も気づかないうちに「ニセモノの現実」、つまり「仮想現実」を見せられているということに気づくことができるすばらしい作品です。
わたしたちはそれをすっかり「ホンモノの現実」と思い込んでしまっていて、支配されてしまっているわけですね。

映画『マトリックス』では、個々の人が見る「幻想を生み出すコンピュータ仕掛けの仮想現実空間」を「マトリックス」と表現していますが、「人の意識が現実を創造する」ことを大変うまく伝えている映画であると思います。
何度見ても、新しい気づきが得られる作品です。
まだ見ておられない方は、ぜひご覧になってください。


★この「人の意識が現実を創造する」ということを、すでに仏教では「三界は唯心の所見」と言い、この世で起こっていることは、すべて自分の心が作り出した「仮相の世界」であると教えてきました。

金剛経につぎのような偈(げ)があります。


一切の有為の法は、夢、幻、泡、影の如し
露の如く、また電の如し 
応に是の如きの観を作すべし


夢の世に 夢見る夢は 夢ならで 
夢見ぬ夢を 夢とこそ知れ



さて、この詩の意味がおわかりになりましたでしょうか?
決まった解釈というものはありませんから、自分なりに味わってみてください。


夢の世に 夢見る夢は 夢ならで 
夢見ぬ夢を 夢とこそ知れ


わたしはこの詩が好きで、ときおり思い出しては、口ずさんでいます。

この世界に存在するあなたの人生も、わたしの人生も、妄想という夢であるのなら、自分の思いや意識を変えることで、「この世」という夢の世界はいくらでも変えることができるはずです。
もちろん、過去世だって未来世だって変えることは可能なのです。
思いのままなんですね。

死ねば「一巻の終わり」と思っている人は、死んだらその思いの通りになり、さなぎから出ることができず、けっして蝶にはなれませんから要注意です。
(この世でのお勉強を怠っていた人、学ぶべきことをしっかりと学ばなかった人、カン違いがはなはだしかった人は、死んでも青虫のままだということです)


青虫



蝶になれなかった青虫たちは、まだ「この世」に未練が残っていて、「あの世」と「この世」の中間でうろついたりしています。
彼らは、「この世の青虫」たち、すなわち「この世という仮相現実」で、泣いたり笑ったり、苦しんだり悲しんだり、あるいは喜んだりしている夢子さん夢男さんにとり憑いて、自分が果たせなかった「この世での夢物語」の延長を演じつづけようとするのです。

そんな幽霊青虫にとり憑かれてしまうと、夢子さん夢男さんたちは、彼らに足を引っ張られ、蝶になりたくてもなれません。
怒り、憎悪、被害者意識、ネガティブな思考に陥りやすいなどの自覚症状がある人は、心身を清め、早くカルマの浄化をして、幽霊青虫との縁を断ち切るよう日夜努力を怠らないようにしてください。

真の自分を忘れたままで「この世」から旅立っていったはずの青虫たちが、近年(数年前)集団で「この世」という「夢の世界」へと後戻りしてきて、「蝶になりたい!」と、うるさくせがんできておりました。
彼らもようやく自分の有様(実態)を知って、浄化を手助けしてくれる存在を求めていたのです。
そして、多くの「幽霊青虫たち」がクリアリングされ、自分の魂のふさわしい領域へと上昇していきました。

蝶になるには、「この世が幻想の世界であること」、「実相の世界がほかにあること」、そして、「本来の自分は大いなる宇宙意識の源から来たこと」を思い起こせばよいだけなのですが、「一巻で終り」と信じていた彼らは、そのことになかなか気づくことができないのです。


★人生の指南書は「一巻」だけではありません。
「二巻」、「三巻」、「四巻」と永遠につづきます。



しかし、いつまでこの「夢の巻」のお芝居を、わたしたちはつづけるのでしょうか? 
そろそろ善悪や愛憎や損得という対立する二元の世界から卒業して、本来の自分自身に目覚めるときが来ているのではないでしょうか? 

さあ、早く「夢の巻」を読み終えて、つぎの巻へと進みましょう。
何だかわくわくしてきましたね。


アゲハ蝶
           蜜を求めて飛んできたアゲハ蝶 
                    撮影 光の仕事人





わたしたちが夢から覚めて、
まゆ(虚構という現実にとらわれた世界=マトリックス)を破り、
美しい翅(はね)をひらいて、
光かがやく実相の世界へと飛んでいけることを心から願っています。




一期一会の精神で生きよう!

2011年06月15日 15:00


★ 今生で貸し借りのない関係にしておくこと ★ 



この世の中は、人に何か自分の能力や労力を提供したときに、それに見合った(見合っていない場合も多いようですが)報酬をいただくという関係で成り立っています。仕事はすべてギブアンドテイクの関係です。

人に無料奉仕をする場合でも、神への最高の奉仕者であったマザーテレサのような例もありますから、奉仕と言っても結局のところは「ギブアンドテイク」なのだと言えるでしょう。
つまり、可哀そうな人たちをお世話する代わりにイエスから愛をもらう、神から愛されることを求める、天国行きの切符を手に入れるためにおこなうということですね。

たとえそれが「善なるエネルギー」であったとしても、相手にプラスに働くとばかりは言えないことがあるのです。

奉仕をする側からすれば、「自分は善いことをした」と、すこぶるいい気分になるかもしれません。
しかし、奉仕をされた側からすると、ずっと与えられっぱなしで何かを返さないでいると、大きなカルマを作ってしまうことになるのです。
つまり、「見えないエネルギー上の借金」ができてしまうわけですね。
ですから、そのもらった分を、いつかどこかでお返ししなければいけなくなるのです。
人にもらうばかりで、得をしていると思っていたら、大マチガイだということです。
これに気づいている人は、案外少ないのではないかと思います。
(実際に金銭を借りているような人は、早くお返ししておくことですね。また、くれぐれも、恩を仇で返したりしないように)

どんなに親しい間柄であっても、何か自分にとって有益なことをしてもらったとき、お金に代えられない大切なものをいただいたときなどは、コーヒー一杯でもおごらせてもらうとか、お花の一本でもいいのです。心からの感謝の言葉とともに、ちょっとしたものを差し上げておくことです。

相手に対して、自分の喜びの気持ちをしっかりと表現すること。
お金で返せない場合は、何か自分ができることをその人にしてあげることですね。
(プレアデス星人は、等価値制でのエネルギー交換をしています)
それで、カルマの貸借対照表は「貸し借り無し」ということになります。  
もらったエネルギーに対して、それに見合ったエネルギーをさりげなくお返ししておくことは、カルマを来生に持ち越さないためにも、大切だということです。


エネルギーは一方通行よりも、循環するほうがお互いのために有効なのです。
宗教などではやたらに「無償の愛の実践」を説いていますね。
それは一方通行のエネルギーです。
無償の愛を実践することは確かによいことではあるのですが、相手の立場に立って考えてみると、ほどほどにしておくほうがよいこともあるのです。
知らず知らずのうちに「親切や愛の押し売り」になっているかもしれないからです。

また、最初は自分が好んで「無償の愛」でやった行為であっても、相手から何も返ってこなかったりすると、しだいに相手に対してうらみを感じたりするようになるかもしれません。
数秘で「6のエネルギー」をもっている人は、特にその傾向があるように思います。

せっかくの愛の気持ちが、いつのまにか恨みに変わるのは、バカバカしいことではないでしょうか。
だから、最初から何も期待しないことです。
あまりに期待感が強いと、必ず失望することになります。
逆に全然期待をしていないと、思わぬハッピーなことが起こったりするのです。
だからと言って、それを期待しないことですよ。(笑)

何か人に与えたり、いいことをしたりしたときに、誰からも認められないと、「もうやらない!」と反動を起こす人っていますね。
そんなことなら、最初からしなければよいのですが、根が愛情深いので、ついまた与えたくなってしまうのです。
そういう人は、たとえ後悔したとしても、それは自分が好きでやったことなのだから、それができたことに対して満足感を味わうことです。

相手から頼まれたことを一生懸命してあげたのに、今生で何も返って来ない場合は、天に貯金をしたと思えばよいのです。そして、忘れてしまいましょう。いつまでも根に持っていてはいけません。
やがてその相手は、いつかは、あなたにそのエネルギーを返すことになるでしょう。
きっとそれは何倍にもなってあなたに返ってくるでしょう。

ボランティア活動などに意識が向く人は、過去生で大勢の人にお世話になったのかもしれません。
それでボランティアの活動を通して、今生で大勢の人たちにお返しをして、カルマの清算をしているのかもしれません。
常に「因果応報の法則」がはたらいているということを、意識しておくことですね。



★ 一期一会の精神で生きよう! ★



一期一会(いちご いちえ)という言葉をご存じのことと思います。

一期 いちご」というのは、人が生まれてから死ぬまでの間、つまり「一生」ということです。
一会 いちえ」は「一度の出会い」という意味です。
つまり、「一生に一度だけの出会い」、「一生に一度だけの機会」ということですね。

わたしと皆さんも、一生に一度だけの出会いです。
もちろん、過去生で知人や友人であった人たちもいらっしゃるでしょう。
わたし自身も、このブログを通して、なつかしい故郷の星からやってきた魂たちとめぐりあい、歓喜に涙したこともあります。
それでも今回地球に生まれたわたしとの出会いは、初めてであり、そして今生が最後です。

一期一会。
この言葉は、「あなたとわたしが共有できるこの貴重な時間を大切にしましょう」という茶道の精神世界から来ています。

たとえこれから何度もお茶会を開く機会があるとしても、今回のお茶会と全く同じお茶会は二度と開くことができません。
だからこそ、このお茶の席を、「一生に一度きりの出会い」と思いなして、招く側の亭主(主人)は誠意を尽くして客をもてなし、招かれた客はそのもてなしを心からありがたく受け取るのです。
これが「一期一会の精神」なんですね。

利休のわび茶は禅の色彩を帯び、武士階級に広まりました。
武士は、いつ戦(いくさ)で死ぬかわからない身の上です。
もうこれっきりで二度と会えないかもしれない人同士が、静かにお茶を飲んで時を過ごしたのです。

庭園の路地を歩き、仕切られた門をくぐり、にじり口から四畳半の小さな空間(茶室)に入ることは、意識の異なる次元に入ることを意味しています。

小さな空間を宇宙と見ること。
湯がたぎる音を松風と聞き、一切の俗塵を払って浮世(夢の世)のことを忘れ、静寂で清浄なる世界に入っていくのです。 

茶道の精神性と作法は、遠い銀河系のベガ(織姫星)から来たものだと聞いたことがあります。
それはベガ星人にとって、意識の焦点を上昇させ、最高次元の霊性に至るためのもっとも神聖な儀式だったのです。




★ 「気づきのコース」も一期一会の精神で ★



人との出会いを一生に一度のものと思い、相手に対して最善を尽くすというこのお茶席での精神を、わたしは「気づきのコース」をお申し込みになった人たちに重ね合わせてきました。

このブログは、海外に住んでいらっしゃる方々も読んでくださっていますが、世界中から発信されている数えきれないブログの中から見つけ出して読まれていること自体が、わたしにとっては奇跡です。
その上「自己探究」をしようと「気づきのコース」の門を叩く人というのは、そのなかでもごく稀少です。
そういう方々とのご縁に感謝するとともに、メールの交換をし合い、さまざまな気づきを共有できる貴重な時間が持てることを大きな喜びとしているのです。

一日一日が、もう二度と訪れることのない貴重な時であり、機会です。
「まぁ、いいか。またにしよう」と思っているうちに、突然「気づきのコース終了のお知らせ」と遭遇されることになるかもしれません。
レポート提出がなかったり、メールのお返事が来ない人に対して、「返事をください」とお願いしているのは、近年日本人に足りなくなった相手に対する礼節(礼儀とルール)を大切にしてほしいという願いと、せっかくの「気づきのチャンス」なのに「機を逃すのはもったいないですよ」という老婆心からなのです。(実際にわたしは皆さんよりも随分歳が上なんです 笑)



★ 「気づきのコース」から緊急のお知らせ ★



突然ですが、「気づきのカードリーディング」を中止します。

最近、申し込みを受けた人で、途中からその人に憑依現象が表れたため、カードを選んでも、その人自身のものではないわけのわからない内容が出るのです。
その人が影響を受けていない時を見計らってカードを引こうと思うのですが、いつでも「いいえ」のサインが出ており、いつまで経ってもリーディングができない状態がつづいております。

じつは、「気づきのコース」をお申し込みの人たちの中で、憑依されやすい体質の方がけっこういらっしゃるのです。調べると、まちがいなく波動病症候群であることがわかります。

申し込みの時点では問題がなくても、その後憑依されたり、影響を受け始めたりする場合は、自己探究をさせまいとするネガティブな存在のたくらみであり、邪魔をしている場合が多いのです。
特に分霊にニビル人などがいる人は、強く足を引っ張られる可能性が高いでしょう。
現在の憑依のほとんどが、ネガティブ系異星人です。
そして、そういう存在の活動が、以前よりも活発化しています。
また、そういう存在を引き寄せるのは、まちがいなく「本人の意識である」ということが判明しておりますので、自己を顧みて早急に対策をお考えいただきたいと思います。

★そんなわけで、ハイア―セルフ並びに守護の神霊たちと相談の上、ご本人の波動を読む「気づきのためのカードリーディング」は、本日(2011年6月15日)から当分のあいだ実施しないことに決めましたので、お知らせ致します。

数秘リーディング」と「相談リーディング」のみ続行します。
おそらく以前よりは、門戸が開かれやすくなる(受け入れが易しくなる)のではないかと思います。


★「気づきのコース」は、皆さんのご要望にお応えして再開したものです。
商売でやっているわけではありませんので、ご要望がなければ、いつでもやめたいと思っております。
最近はあまり需要がないので、突然やめることがあるかもしれません。
その際は、どうかご了承くださいますようお願い致します。



★ わたしたちは二者択一の岐路に立っている ★



先日お話をした映画『マトリックス』で、主人公のネオは、二者択一の岐路に立たされます。

ネオを救世主だと信じる男、モーフィアスは言います。
「マトリックスの正体はだれにも説明できない。自分の目で見るしかない。
これは最後のチャンスだ。もう後戻りはできない」

彼はふたつのカプセルをネオに差し出します。
「青い薬を飲めば、話は終わる。ベッドで目覚め、元の暮らしが待っている。赤を飲めば、この不思議の国でうさぎの穴の奥底に降りていける」(これは、「不思議の国のアリス」の話に譬えています)

つまり、青いカプセルを飲んで何も知らずに奴隷として生きるか、赤いカプセルを飲んで真実を知るか、どちらを選ぶのかと、ネオに迫っているわけです。
そして、ネオの指は赤いカプセルへと動きます。

わたしもモーフィアスと同様のことを言いましょう。

青いカプセルを飲んで、これまで通り幻想(仮相)の世界で生きることを望みますか? 
それとも、赤いカプセルを飲んで真実の世界へと参入すること(真の自己を知る道)を望みますか?

わたしは「真実の世界」の入口まで、皆さんをご案内しております。
扉は目の前にあります。
その扉を開けるのは、誰でもないあなたです。

扉の向こうには、不思議の国の冒険が待っているでしょう。
冒険には危険が伴います。
恐れていては、一歩も前には進めません。

開くか、開かないか、
どちらでも、選択は自由です。

扉の前に置かれた青いカプセルと赤いカプセル。
さて、あなたが飲むのは、どちらでしょうか?



存在を信じ、自らをゆだねる勇気を持つこと 

2011年06月19日 15:20


★ 明け渡すとは? ★



★「明け渡す」という言葉がありますね。
英語では、「譲り渡す、降伏する、放棄する」などの意味を持つ「サレンダー(surrender)」がよく使われていますが、受け取り方は、千差万別です。

自分を「明け渡す」というのは、一体どういうことなのでしょうか。
今回はそれについてお話をしたいと思います。



★ 男性は明け渡すことが困難 ★



★男性は、「自分を明け渡すこと」がなかなかできない存在です。
「降参しました、あなたに従います」と、犬さながらにお腹を見せて、相手に服従の意志を見せることなんて、とうていできません。
エゴは、「自分は死んでも明け渡すまい」と固く決意し、最後まで戦います。

敵に降伏するくらいなら、死んだほうがましだと思うわけですね。
そして、負けて、生き残ってしまったときは、自害して果てるほうを選びます。
「自害さえもできずにいる男なんて、男じゃない!」くらいに思っているんですね。
どの国の戦士、武士たちも、そこのところは共通しているのではないかと思います。

男性の場合、相手に自分を明け渡すことは「自尊心が許さない」のです。
つまり、自分の命よりも自尊心のほうが大事なわけですね。
だから、なかなか自分の悩みなども打ち明けようとはしません。
自分の情報を相手に伝えることを躊躇します。
そういう意味で、「気づきのコース」に参加されなかった男性もおられるようですが。

このように、男性にとって、自我(エゴ)を明け渡すことはとても困難です。
相手が敵であろうが、大いなる宇宙意識という存在であろうが、同様です。

しかし明け渡すことはできないけれども、エゴを殺すことはできるのです。
自分のなかにあるエゴを殺し、消滅させて、覚醒することはできます。
ゴータマ仏陀は「我を消滅」させて正覚者となった代表的な人物です。



★ 女性は明け渡すことが容易 ★



★では、女性はどうでしょうか?
日本の歴史をみても、女性は政略結婚などで敵国の支配者の元に送られても、健気(けなげ)に生きつづけました。
また、夫が戦いに敗れた後、夫の敵だった殿様の妻になることも多々ありました。
敵のところに行くくらいなら、死んだほうがましだとは思わなかったわけですね。
男性と女性のこの違いは、いったい何なのでしょうか?

女性には節操がない? 
「それを言っちゃーおしまいよ」(笑)
寅さんの名文句じゃありませんが、それは「ちがう」と言いたいのです。
(なかには自害した女性もいますが、彼女はマインド思考の、男性性の強い女性だったのではないでしょうか?)

女性は「自分を明け渡すこと」ができやすい存在なのです。
あなたに従います」と、全面的に自らをゆだねることができる質を持っているのです。
敵国の王の元に送られた女性たちは、決して自害などをしませんでした。
そして、エゴを殺すこともしませんでした。
エゴを消滅させることもなく、彼女たちはエゴをすっかり明け渡したのです。



★ 明け渡すという意味  ★



明け渡す」ということは、もはや「自分自身はいない」ということです。
自我(エゴ)が落とされているという意味です。
あなたの中心の部分が消え去ったということです。

あなたという人間はまだ存在するけれども、あなたの中心的な存在であったエゴが消え去ったなら、もう守るべきものなどありません。
エゴが落ちたなら、自己防衛などはまったく必要ではなくなりますね。
エゴを殺し、葬り去り、消滅させた男性の境地は、まさに空(くう)、空っぽの状態です。

では、エゴをすっかり明け渡した女性の境地は、どうでしょうか?
彼女の境地は空っぽではありません。
満ち溢れているのです。

なぜって、何も殺さず、何も葬り去らなかったからです。
エゴを明け渡した代わりに、愛と信頼でつつまれたからです。
敵国の王に愛されて、幸せな日々を送ることだってできるのです。
わかりますか?



★上記はひとつのたとえ話ですが、どちらにしても、最高の境地にたどりつくことができるということです。
ただ、男性と女性のたどりつく道筋が違っているだけです。

男性は「自分を明け渡すこと」に苦痛を感じますが、
女性は「自分を明け渡すこと」に抵抗なく、全面的に自分をゆだね、
くつろいでいることができます。

女性は瞑想することよりも、祈ることのほうが得意なのです。
じっと座って自分のエゴを消滅させることを待つよりも、
宇宙に対して全面的にハートをひらき、祈ることのほうが得意です。
存在自体を受け容れ、祈り、そして受け容れたものを育んでいくことができるのです。
女性が男性よりも「明け渡すこと」ができやすいのは、男性にはない子宮を持っているからでしょうね。

子宮」、つまり「母胎」を英語に訳すと「MATRIX (マトリックス)」となりますね。
女性の皆さん、そのすばらしい質をぜひ有効的に使ってくださいね。


      柏葉あじさい
              柏葉あじさい 撮影 光の仕事人



★ 存在を信じ、自らをゆだねる勇気を持つこと ★



これは、自分を完璧に至高の存在に明け渡した老行者のお話です。


私は聞いた……

ある行者が物乞いをしていた。
彼は年老い、視力も衰えていた。
彼はモスクの傍らに立って、
扉に向かって施しを乞うていた。
そこに通りがかった者が言った、
「あんた、どこか他所(よそ)に行った方がいいだろうに。
これはあんたに何か与えられるような人の家ではないよ」

行者は尋ねた、
「誰にも、何も与えないような、家の主なんているものかね?」

通りすがりの者は答えた、
「頭がおかしいのかね、おまえさんはここがモスクなのを知らないのか?
この家の主は、偉大なる父、神ご自身なんだぞ」

行者は顔を上げ、モスクを仰いだ。
彼のハートは焼けつくような渇望でいっぱいになった。
内なる声が話しかける、
「だが、どうしてわしがこの扉の前から、動けるというのじゃろう?
これは究極の戸口じゃ。これ以上の扉など、一体どこにあるというのじゃ?」

強固な決意が彼の内側に育っていった。
動かしえない岩のように、彼のハートはこう宣言した、
「わしは手ぶらのまま、ここから去りはせん。
あとで何を手にしたにせよ、ここから手ぶらで去ることにした連中は、
実は何も得てはおらんのじゃから」

彼はモスクの階段のそばに座り込んだ。
彼は天に向かってその空っぽの両手を差しのべた。
彼は渇いていた―
そして渇きそれ自体が祈りだ。

日々は過ぎ去り、季節がめくられていく……
夏が過ぎ、雨季が過ぎ、冬も終わりを告げていた。
ほとんど丸一年が過ぎ去っていた。
老人の最期も近かった。
が、彼の生涯の最後の日々に、
人々は、彼が踊る姿を見た。

その目は、この世ならぬ輝きをたたえていた。
彼の年老いた身体は、光を放っていた。

死を前にして、彼はある人にこう語った、
「たずねる者は、達成する。
人は自らをゆだねる勇気をもつことだけが必要なのじゃ」


自らをゆだねる勇気―

自分自身を滅する勇気―

空(くう)となる勇気―

自ら消え去る用意のある者が、成就を達成する……
自ら死ぬ用意のある者が、生を獲得する。

             OSHO 「知恵の種子」より




自らをゆだねる勇気」、「心からの明け渡し」は、霊的段階における最高の到達点です。

皆さんの意識レベルによって、このお話から得られた気づきは、それこそ千差万別でしょう。
たった一つの文章であっても、それをどのように感じるか、どのように解するかは、あなたの意識レベルによって異なります。

昨日のあなたと今日のあなた、1カ月前のあなたと1カ月後のあなた、感じ方、とらえ方はどんどん変わっていくことでしょう。
ですから、性急に答えを出さないこと。
答えが得られるまでのプロセスを楽しみましょう。
そして、その答えも、さらなる深遠な答えへと変化し、進化していくのです。


行者は語っています。
たずねる者は、達成する。人は自らをゆだねる勇気をもつことだけが必要なのじゃ」と。

準備ができた人とは?
存在を信じ、自らをゆだねる勇気をもった人」であること。

もしあなたに恐れや不信感があったなら、ゆだねたあとでも、あなたは何かをしようとするでしょう。
何かをするなら、あなたはまだまだ自分(エゴ)を保有しているということです。
そのような不完全で部分的な明け渡しは、まったく明け渡しなどではありません。

半分だけ明け渡すことなどできるでしょうか?
きっともう半分がエゴを主張して、全面的な明け渡しに反対することでしょう。

明け渡しは全面的にすることしかありえません。
トータルに明け渡すこと。 
それが、光につながる道なのです。




恐れを落とすこと

2011年06月24日 15:40


★ 近況報告 ★



21日に、足にひどい傷を負ったノラの幼猫を救出し、癒しや世話に時間を費やしていたため、なかなか更新ができずにおりました。
その2週間ほど前にも、その子の兄妹と思われるメスの幼猫を保護した矢先のことでした。(よって、現在うちには猫が4匹います)

今年に入ってから、3匹の子猫たちとの出会いがありました。
以前に紹介したタマちゃんは、2月末に里親さんが見つかり、もらわれていきました。
それぞれ不思議な縁がある子猫たちですが、近いうちに彼らのことをまとめてブログに書きたいと思っています。(現在、生後1カ月~1カ月半くらいです。可愛い盛りで、猫好きの人はたまりませんよ)


         011.jpg
         元気になった幼猫 ミッチェル  撮影 長女


さて、「気づきのコース」に参加された女性から、つぎのような質問をいただいておりましたので、今回はそのお答えをしたいと思います。



★ ブログ読者さんからのご質問 ★



携帯電話やパソコンから、パワーを送ったり出来るんでしょうか?
光の仕事人様もパワーというか波動を感じたりしているようなのですが、逆に送る事も出来るんでしょうか?

昨日、あるHPが凄いと思うと、知り合いからメールが届きました。
中身が本物かどうかは、私にはわからないんですが、浄化をする時のパワー、花粉症にいいパワーとか、色々なパワーがあるようでした。

恐れからか、そのHPを開けないでいます。
なぜか勇気がもてません。これが学びの第一歩でしょうか?
それが本物なら、すごく活用出来るのにとも思いました。
自分自身で見極める事が学びとも思うんですが、見て頂く事は出来ないでしょうか? 
ヨロシクお願い致します。


★ お答え ★

まず「携帯電話やパソコンから、パワーを送ったり出来るんでしょうか?
というご質問ですが、パワーは電磁的エネルギーですから、携帯電話やパソコンを通して送ることはできます。

わたしも、たまに画面上に手をかざして、相手に光を送ることがありますが、わざわざ手をかざさなくても、その人のことを想うだけで送ることはできます。その感じ方は相手の知覚力によりますが。
わたしのメールを見て、明るい感じがしたり、光を感じたりする方は、きっとストレートにハートで感じておられるのでしょう。

さて、ご質問のホームページを見てほしいということでしたので、早速見てみました。
いくつか試してみましたが、パワーはまったく感じられませんでした。
ちなみに次女にもいくつか見せたのですが、気分が悪くなったと言っておりました。

要するに画面上から「癒しのパワー」は出ていないということです。(ペンジュラムをかざすと、左に回りますから、宇宙の本質と共鳴した内容ではないことがわかります)
そのような類のホームページは他にあるかもしれませんが、できれば、わざわざ検索して見る必要はないのでは?と思います。
かえって、よくない波動が出ている場合もあるからです。

そんな怪しい外側のものに頼るのではなく、「自分の内側から湧きでる真の生命力」を信頼したほうがよいのではないでしょうか。
あなたは、あなた自身の内側(ハイアーセルフ)とつながってください。


★ あなたの内なる権威者とは? ★



よくブログ上でわたしが皆さんに言っている「内なる権威者」というのは、皆さんの「ハイアーセルフ」のことです。
そして、「内なる権威者=ハイアーセルフ」というのは、エゴにまみれた「小我」ではなく、宇宙の源とつながっている大いなる自己、「大我」のことです。

ですから、あなたがさまざまなことを選択し、決定するとき、エゴに満ちた「小我」を信頼するのではなく、「大我」である「内なる権威者=ハイアーセルフ」のほうを信頼してくださいよと言っているわけですね。

「恐れからか、そのHPを開けないでいます。なぜか勇気がもてません。これが学びの第一歩でしょうか?」と、彼女は尋ねています。
わたしはリーディングで「勇気をもって、恐れと直面する体験をする」ということの必要性をお伝えしたのですが、なかなかそれが困難であることがわかります。

★「恐れを持っている自分」というのは、言いかえれば、自分を信頼できない自分に対して責任を持つことができない自分に自信がないということですね。

結局、「内なる自己=ハイアーセルフ」とつながっていない人は、自分自身に責任を持ち、自分自身を信じることができないということです。
「恐れ」が常につきまとうのは、自己信頼ができていないからなのです。

宇宙の根源につながっている「内なる権威者=ハイアーセルフ」を見いだすこと。つながること。それが先決ですよということを、お伝えしておきたいと思います。


これで、お答えになっているでしょうか?


★メールを送信する前に自己の波動のチェックを!★


わたしは、最近ではほとんど携帯電話を使わなくなったのですが、数年前は頻繁に携帯電話でメールのやり取りをしておりました。
その際、携帯電話のメール着信を知らせるライトの点滅を見ただけで、そのメールにネガティブなエネルギーが乗っているかどうかがわかりました。(以前に同じようなことをブログにも書いたような気がするのですが)
なぜなら、心臓が突如バクバクしてくるからです。
それで、ネガティブ度がひどいと感じる場合は、しっかりと意識して開くように心がけていたのです。
(次女や長女も、携帯メールで少なからず影響を受けてしまったという体験をしています)

それは、電話でもパソコンでも同様です。
幽体というのは肉体の電磁気的な複製で、それは電波に乗って移行することができます。
電話を通して、ある領域から領域へと移行できることを伝えていた映画「マトリックス」を思い起こさせます。「仮相現実の世界」から「現実の世界」へと、彼らは電話の受話器を取ることによって移行していましたね。

★このところ、記事で「マトリックス」について触れてきましたが、今晩の「金曜ロードショー」は「マトリックス」ですね。
これは、偶然ではなく、必然かもしれません。
ミラクルです! マトリックスを学びたい人は、お見逃しなく、ぜひご覧になってください。



数年前までは、わたしのところに来た霊たちのほとんどが浄化を望んでいたので、電話を切ってから浄化をしてほしいかどうかを尋ね、望んでいることが分かれば、希望通り浄化のサービスをしておりました。
最近は死霊にお目にかかることは、滅多にありません。たいていエイリアンです。

相手にエイリアンが憑いている場合、やはりその波動がメールに乗ってやってきます。
突然気分は悪くなります。
それを避けるためには、そのエイリアンに憑依されている、あるいは影響を受けている相手との霊的なつながりを切ることしかありません。
ですから、どうしても我慢ができない場合は、わたしと相手とのつながりを切ってしまいます。
そうすると、影響を受けることはなくなります。
(詳細は、『自分に悪影響を与えるものとの「霊的な結びつきを断ち切る」方法』 参照)

ほんとうは、メールをしてきた相手側がしっかりとネガティブな存在とのつながりを切っておかれることが必要なのですが、試みても、なかなか切れていないというのが実情のようです。

憑依体質の人が誰かにメールを送信したり、電話をしたりするときには、相手に何か影響を与える可能性があるということを十分に念頭においた上で実行してください。たとえ相手が霊的にあまり感じないような人であっても、です。
そういう人は、感じないだけであって、影響は受けているのです。ただ、頭が痛くなったのを、ネガティブエネルギーのせいだとは思っていないだけのことなのです。

★最近は皆さん、携帯電話やパソコンからのメールで事足りて、手紙というものを出さなくなっているのではないかと思います。

怒りや悲しみなど、ひどく感情的になっているときの文面や、そういう気持ちをたくさん書いて送信したメールというのは、非常につよく相手に伝わります。
ですから、そういうときはメールより、手紙で送ったほうがよいのです。
たとえ文面では全く当たり障りのないことが書かれていたとしても、「あなたの波動はもろに伝わりますよ」ということです。
うそを書いても、感じる人にはお見通しということになります。
「オーラを見れば、その人の全てがわかる」というのと同じです。
ですから、悲しいことなどを書く場合は、手紙で送るか、あるいはそういうときは送らないのが一番よいのです。

★自分が今あまり芳しくない状況に置かれているとわかっているときは、書いた文章を一晩か二晩そのまま置いておき、再度読み返してみて、気持ちが以前と変化したところは修正して、できるだけよい感情の状態のときにメールを送信されることですね。
怒り狂ってすぐに返信したりなんかすると、相手に対しても、自分に対しても、必ず損失が生じますから、要注意です。
何に関しても、気持ちがとても明るいときに相手にお送りするよう心がけることです。
それが、相手に対する真のマナーです。

それなら「光の仕事人さんのところに相談のメールなんか送れないじゃないの?」と言われそうですね。
わたしはゴミ処理係みたいなものなので、毎度のことで慣れておりますが、できればネガティブ系のエイリアンは送ってほしくないですね。(笑)



自分の心のなかに恐れがあると、チャレンジができなくなってしまいます。
以下、OSHOのことばです。


恐怖に基づいて生きる者は
つねに内側で怯えている
つねに狂気の瀬戸際に立っている
なぜなら生は広大だからだ
そして、あなたがいつも怯えていたら
あらゆる種類の恐怖がそこにある

恐怖の長い一覧をつくってごらん
そうすれば、これだけ多くの恐怖があるのもかかわらず
自分がまだ生きていることに驚くほかはない
伝染病はいたるところにある
病気、危険、誘拐、テロリスト―
そして、こんなにもはかない死が待っている
あなたの一生は真っ暗だ

恐怖を落とすがいい
恐怖とは、あなたが子供のときに無意識に取り上げたものだ
今度は意識的にそれを落として成熟しなさい
そのとき
生は成長によって深まりゆく光になることができる

                        By OSHO



冒険が大好きな人は、恐れを知らない子どもさながらです。
未知のもの、危険を伴うものに挑戦する勇気は、
自己信頼と、大いなる存在への心からの明け渡しによって生まれます。

ゆるぎのない勇気をもって、
恐れへと入っていきましょう。

そこを通り過ぎたなら、自由を獲得した力強い自分を発見することでしょう。


「気づきのコース」からのメッセージ その3

2011年06月26日 13:12

皆さん、先週の金曜日に映画「マトリックス」をご覧になりましたか?
(ブログでお知らせするのが、ちょっと遅かったかもしれませんね)

当日、読者さんから『今夜は映画「マトリックス」が放映されますね。今朝の新聞でそれを見て知り、「やはり光の仕事人さまと宇宙意識とが共鳴してるんだわ」と一人で納得してしまいました(笑)私ももう一度観ようと思っていたのですが、あいにく仕事が入って無理みたい(泣)』というコメントをいただきました。

「録画しておく」という手もありましたよ~。
見たいのに見れなかった人は、DVD3作をレンタルして、時間のあるときにじっくりと観賞されてはいかがでしょうか? もしそこに決意さえあれば 不可能なことなどは何もありませんよ。



★ 「気づきのコース」の感想文 ★



5月9日から開始した「気づきのコース」ですが、これまで11名の方が希望のリーディングを申し込まれ、それぞれの気づきと変化のレポートを提出されました。
レポート提出とメールのやりとりがまだつづいている方もいらっしゃいますが、一様今月末をもちまして、5月9日~6月19日までに申し込まれた方々のご質問については、締め切らせていただきます。
きりがありませんから。(笑)
レポートのほうは、これからもいつでもOKです。
(「気づきの教室」のほうの「卒業生」さんからも、ときどき楽しいメールいただいていますよ)

今回感想文を書いてくださった方々は、「気づきのコース」の「入門編」はめでたく卒業ということになります。これからは、入門に留まらず、さらにご自分で「中級編」を目指して精進していただきたいと願います。


            花菖蒲2
             六月の花 花菖蒲  撮影 光の仕事人



~まとめのレポート~    38歳 九州 女性

つい先日のことですが、私はやっと自分が今回この地球に生まれてきた目的を知ることができました。

そこに至るまで、良いことも悪いことも含めさまざま経験をしてきましたが、それは何一つ無駄なことはなく、逆に必要な学びであったと今では確信しています。

光の仕事人様とのブログに繋がり、気づきのコースのリーディングを受け
今ここに希望に満ち溢れた新しい自分がいることに喜びを感じずにはいられません・・・

そこに至り現在までの自分の軌跡を、気づきのコースのまとめとして記しておきたいと思います。
                                                     *    *    *    *    *    *    *    *    *    *      

私は、地方に住むごく普通の主婦です。
真面目に働く家族思いの夫と、中学生を筆頭に元気な3人の子供たちに囲まれ、平凡ではありますが何不自由なく幸せな日々を過ごしていました。

ところがそんな私に去年ぐらいからある疑問がわき起こってきて一時はそのことで眠れないほどにまでなりました。
その疑問というものは「私は何のために生まれてきたのだろう?」という漠然とした、しかし言い知れぬ深い闇に包まれた問いでした。

私はその答えを探すべく、いわゆるスピリチュアル系の本を読んだり、各種の占いや霊能者といわれる人に会いに行ったりしましたがどれもこれといった答えを得ることはできませんでした。
そして職場の同僚から誘われたネットワークビジネスにはまり、そのビジネスが自分に合わないと分かった時には、結構な額のお金とこれまでつきあってきた友人さえも失ってしまっていました。

心と体のバランスを失いボロボロの私は、藁をもつかむ思いで、地元のアロマサロンを訪ねました。そこではヒプノやレイキ、そしてアロママッサージなど一通りのセラピーやヒーリングを受け、私自身もアロママッサージの手技を習ったり、アロマやレイキの知識を学んだりしました。そしてその時は、これが私の進む道だとばかりに必死の思いでした。(実際自宅の一室に自分のサロンをかまえるまでになっていましたので・・・)

そしてアロマサロンに通うようになって数ヵ月後その先生から、「思いの制限をひらく」を紹介してもらったのです。

ですが、当時の私は「思いの制限をひらく」を読んでもあまりよく意味が分かりませんでした。
私が今まで読んできたスピリチュアル系の本の内容とは全く違います。
書かれてある言葉など初めて聞くもの多く理解できないカテゴリもありましたが、
ブログから受ける印象が、この先を急がせるというか、危機感を感じる重い内容であるということは伝わってきました。

だからなのか分かりませんが、その時は読まなきゃ!という思いで一心に過去ブログをさかのぼり読み進めました。
そうするうちに、「気づきのコース」と出合うことになるのです・・

しかし気づきのコースを申し込んでも一発でリーディングをしてもらうことはできませんでした。何度送信フォームからリーディングの申し込みを送ってもエラーになって送れないのです。今ではその時はまだ自己探求をするまでの準備ができていなかった(自分が未熟であった)からだと分かりますが、その時はそんなことが分かるはずもなく、それを見かねた守護霊様がストップをかけてくださっていたのでした。

そして、その後何度かリーディングの送信を試みるうち、やっと送信することができたのです。私は気づきのリーディングコースと数秘リーディングのコースを申し込みました。
数日後十数枚にわたるリーディングの結果が届き、そこからやっと本当の意味での自己探求が始まっていくこととなるのです。

リーディングを受けられた方は分かられると思いますが、それぞれ項目ごとに結果をまとめて書いてあり、すんなり受け止められる項目もありますが、大半はどれも漠然としていて、これを読み解くにはかなりの長丁場になりそうだと思い、少し萎えそうな自分もいました。
それでも必死で自分の気づきと思いを綴った文章を光の仕事人様に送り、
光の仕事人様は私のつたない思いや文章を相手に、まるで子供を諭す母のようにやさしく、そして時にはきびしく導いてくださいました。
結果の中には私がやっと見つけこれから本格的に進むべきと思っていた仕事(アロマやレイキで人を癒す仕事)を全面的に否定されて、また暗闇の中に戻されたように落ち込むということもありました。
それでも自己探求を進めていけたのは、自分の魂が本気で「私がやるべきこと、私がこの地球に生まれた理由」を知りたいと切望していたからだと今では分かります。

そして自分の思いや変化、気づきをレポートとして光の仕事人様に書き綴るうちに、やっと答えは自分が知っているのだということに気がつきました。そこに気づけずにいる時は、自分の外に答えを求め依存し、自分の内とまったく会話ができていなかったのです。振り返ると私は、他人に依存しネガティブな感情だらけの夢見る夢子でした。
そんな私も自分自身と対話ができるようになってからは、ドミノ倒しの駒の最初の一つが倒れたかのように次々と気づきを得ることができてきたのです。

そしてとうとう、私が今まで抱き続けていた疑問の答えを確信する瞬間に到達することができました。その答えというのはズバリ「私は今回アセンションを経験するために生まれてきた」ということでした。

その証拠に改めてリーディング結果を読み直すと今まで理解できなかったこともスルスルと解読でき驚きました。

そして、アロマの先生との出会い、光の仕事人様との出会いも偶然ではなく、すべてが繋がっていたのだと確信しました。

そして繋がりというと、もう一人の人物との重要な繋がりがあることもわかりました。(これは光の仕事人様のレポートのやりとりの途中で分かったことですが。)
それは私の長女のことで、彼女はクリスタルチルドレンとして今回の地球のアセンションを助けるという重大であり、かつ輝かしい任務のもと、この地球に送り込まれた存在であるということが分かりました。

そうは言いましても、この世でのクリスタルチルドレンとしての彼女の日常は大変生きにくいもので、一般の常識と娘の気持ちとはあまりにもかけはなれているため、日々葛藤の中で生活していることをうかがい知ることができます。
しかしあえてそんな子供の親として私が選ばれたということや、すばらしい役目をもって生まれてきた娘を、スピリチュアルな視点で見守らなければならないという特別な親子の繋がりがあったことを認識できたことが、もう一つの大きな学びと気づきであったと思うのです。

そこを経て、今の心境はもっと深くスピリチュアルのことを学び、「自分がどこから来て、どこへ帰るのか」をなるべく早い段階で思い出したいと思っています。

現世の残り少ない時間を有意義に過ごすために、あまりにも多すぎるこの世の雑多なことをどこまで省いて効率よく時間を作るか?という問題もでてきました。
また今まで付き合っていた友人知人との会話やつきあいにも思いのギャップが生じてきています。
そんな中、突然、疑問や不安、猜疑心に飲み込まれてしまいそうになる時もまだまだありますが、自分を信じて、これからも自己探求を深め、同時に自分自身の浄化も進めていきたいと思っているところです。

ここまでの気づきを導いてくださいました、光の仕事人様には言葉では言い表せないほどの感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございます。
そしてこれからも私の気づきと変化を見守ってくださいますようよろしくお願いいたします。


   
     あじさい ピンク
          六月の花 あじさい  撮影 光の仕事人



★ 光の仕事人より ★ 


                                  
冒頭に、「つい先日のことですが、私はやっと自分が今回この地球に生まれてきた目的を知ることができました」とあり、『その答えというのはズバリ「私は今回アセンションを経験するために生まれてきた」ということでした』と記されていました。
そのことが、頭ではなく、真に腹に落ちたというのは、ほんとうにすばらしいですね。

アロマやレイキで人を癒す仕事を全面的に否定されて…」とありましたが、当時のあなたの心身の状態から見て、マイナス要因が大きいと感じたからにほかなりません。
自分の眼のなかにチリやホコリが入っているのに、他人の眼の中のチリやホコリをとらせてくださいと言っているようなものですよと、あなたを映し出した鏡が告げていたからです。

あなた自身がサイキックスポンジ、つまり、人のネガティブエネルギーを吸収してしまう体質をお持ちであったからです。そのお仕事が、あなたにとって、決して有益とは言い難い状況にあったからなのです。(あなた自身も、あとで気づかれていましたね)

その夢を真に実現したいのであれば、まずオーラを強化して、サイキックスポンジを克服されることです。そして、光(ハイアーセルフ)とつながることです。
どんなときも、あなたがより精妙な高い波動を維持することができ、宇宙の生命エネルギーを確実に相手に提供できるという真の自信を持てた暁には、その夢は実現するでしょう。

★つぎのOSHOの言葉を、あなたに贈ります。

選択に迫られたときは
けっしてハートを差し置いてマインドを選択してはならない
ハートとは、存在とあなたとの関係性だ
マインドとは、社会とあなたとの関係性だ

悲しければ
あなたはまちがっている
喜びにあふれているのなら
あなたは正しい


クリスタル・チルドレンを持つお母さんは祝福されています。
大変なこともあるでしょうが、すばらしい資質を持ったお子さんのために、真のスピリチュアルを学び、自己探究をつづけ、ステキなお母さんになってくださいね。



★ エネルギーは高きから低きにながれる ★



★ここで、皆さんにも知っておいていただきたいことがあります。
それは、エネルギーは高きから低きへ流れるということです。

波動の法則を知っていれば、当然のことなのですが、自分より波動(周波数)が粗い(低い)人を癒したり、治したりすることはできても、自分よりも波動が精妙(高い)な人を癒すことはできないということです。

より高い精妙な波動が、粗い波動を癒すのです。


ですから、肩こりや腰痛などで、どこの治療院へ行っても全く治らない人、せっかく施術してもらっても、全然治った感じがしない、以前と状態は変わらないという人は、もしかしたらその治療師たちは自分よりも波動が粗いんじゃないかと疑うことも必要です。

というよりも、精妙な波動をもった人が粗い波動の人の治療を受けると、返って悪いものをもらう場合があるのです。
そして、粗い波動の治療者のほうへ精妙な波動の人の良いエネルギーが移行するという現象が生じるのです。
(レイキについての記事「光とつながれば、宇宙の生命エネルギーは流れてくる」も再度参照してください)

もう随分昔のことですが、実際に整体師さんから「かえって元気をもらっている」という話を聞いたことがあります。
そう考えると、安易に治療院へは行けませんね。
わたしは自分自身でしか癒せないことを知って以来、他者にお世話になることはなくなりました。

ですから、このブログを訪問されている皆さんのように、波動の精妙な人たちは、できるだけ自分で自分を癒されることを強くおススメしているわけです。その点ご理解いただけているでしょうか?

また、治療者がどうであろうと、過去生のカルマや今生での大切なメッセージなど、何か意味や理由があって、本人が真に気づくまでは治らない場合もあります。
すべての問題は自分の内側にあるわけですから、究極的には自分でそれに気づいて、自分自身を癒していくことしか解決方法はないということになります。


癒しの恩寵は、自らを助ける者にやってくるのです。


この真実を体得すれば、あなたは「鬼に金棒」、「竜に翼を得たる如し」
となるでしょう。


(「気づきのコース」の感想文は次回もつづきます)


「気づきのコース」からのメッセージ その4

2011年06月28日 05:00


★ 「気づきのコース」からの感想文(続) ★ 




~「気づきのコース」を受けるまで~     38歳 関東 女性


5月の半ば頃に「思いの制限をひらく」を知り過去記事を一気に読みました。ちょうど「気づきのコース」の受付が始まった頃で、私はすぐに「これは私にとってチャンスだ!」と思い、期待感に胸を膨らませ申し込みをすることに決めました。

ところが、申し込みのフォームを記入して【確認】のボタンをクリックしてもちゃんと送信することが出来ません。それから2日間、PCを変えたり書き込みの方法を変えたりとあれこれ試しても送れないのです。

私と同じように送信できない人からの問い合わせがあることを記事で知った私は「今はタイミングではないのか?」「私には準備ができていないのか?」と考え悩みました。

しかし、どうしても「今だ」という思いが消えません。意を決して、コメント欄から光の仕事人さんに連絡を取り「気づきのコース」を真剣に受けたいと思っている旨を伝えたところ、メールからの申し込みでも構わないということで、どうにか「気づきのコース」を受けれることになりました。

こうして、私の「気づきのコース」が始まりました。

(※送信できなかった理由は、私の期待が強すぎたことにあった)


~「気づきのコース」の結果が届く~

数日後、リーディングの結果が届きました。各項目ごとにシンプルなキーワードがあり、その下には光の仕事人さんからの解説やメッセージがより分かりやすくまとめられていました。それは、私の思った通りの私の姿(現状)で、なぜ会った事もないのに、ちゃんと答えやアドバイスが出るのだろう・・・と思わせるものでした。私のリーディングの結果についての個人的な感想は、この方向で良いのだと嬉しく思えるものが2割、やはりそうだったか~、と納得するものが5割、取り組んだり受け入れることが大変だと思えるものが3割でした。


~「気づきのコース」の始まり・実践~

私はひとまず、書かれていた内容をかみしめながら、アドバイスを生かすために今の日常に(私自身で)どんな変化が起こせるのか考えました。その間、メールで光の仕事人さんにリーディングの内容についての確認や質問をしたり、過去記事を読み返したり、瞑想をしたり、本を読んだり、また自分の思いや今までの自分が生きてきた人生や、その時の感情、それが今にどう繋がっているのかなどを振り返ったりしていました。

結果、タバコをやめ、メッセージを参考に自分のことを肯定的に見るように努め始めました。また、なにげなく耳や目に入ってくるもの(なにげなく自分が意識を向けるもの)にも注意しはじめました。

戸惑うことも起こりました。それは、なかなかレポートが書けなかったことです。リーディング結果が届いた後に色々感じたり、大・小問わず気付きがあったものの、それらを文章としてはまとめることがなかなか出来ず、一週間経ってもレポートは書けませんでした。あまりに書けないので、軽い苦痛を伴いました。これは 、普段レポートなどの文章を書くことがあまり苦にならない私にとって初めての経験でした。(私の場合、レポートは、様々な感情を消化しないと書けません。そのため、私は今回のリーディングの結果やその後の変化を消化するのにかなり時間を要したことになりますが、ここにレポートを提出する大切な意味があった気がします 。もしもレポート提出がなければ、私の消化(理解)は曖昧なままでストップしたかもしれないからです。光の仕事人さんがレポート提出を求める訳はこういうことか・・・と思いながらレポートを仕上げたことを覚えています)。


~現時点までの「気づきのコース」を振り返る・そして今~

第一に、私の「気づきのコース」に始まりはあっても「終わり」はないような気がします。これから、より多くのことに気付けるようになるキッカケにしかすぎません。今はそんなふうに感じています。

レポートを送ってからしばらくした頃、「感情デトックス(勝手に名付けました)」が始まり、私の場合は夫に対してイライラする日が続きましたが(相手のちょっとした言動に腹が立つのです)、その多くは溜めていた負の感情が沸き上がっていたことによるもので、起こるべくして起こったのだと理解しています。不快な気持ちは予想以上に長く続き、つい最近まで自分で自分が嫌になるような短気さでしたが、この時期にも光の仕事人さんにメールでアドバイスや気持ちを切り替えるためのヒントを頂くことができたことは、非常に有益かつありがたいことでした。

今の私と「気づきのコース」を受ける前の私の違いは、タバコをやめた以外は傍目には全くわからない程度です。ですが、私の「気付き」のセンサー(?)は、以前よりも確実にたくさんのことに反応するようになりました。一番の変化は、自分が「どう生きたいのか」ということに以前よりも強い興味が沸いて きたことでしょうか。そうなることで、以前よりもより自分の気持ち(ハート)に忠実な生き方をするための方法を考えるようになっています。以前は「この先の自分はどうなるのかな~?」的で、どこか自分以外の要因で人生に変化が現れていくように思っていた気がします。

まだまだ「学び」「気付き」「人生」の途中で、毎日にムラがありフニャフニャしていますが、光の仕事人さんが記事にも書かれているように、何事も最終的にはその人次第(自分次第)だということ意識しながら、そう遠くないうちに「人生のあらゆる側面に責任を持つ」ことが出来るようになりたいと思っています。これは私についてのリーディングで頂いたメッセージでもありますが、おそらく、私だけでなく今生きている多くの人間が今学ぼうとしていることでもあるのではないかと思います。(「皆がそのように生きる世界は素晴らしいだろうな~」と思います)

「気づきのコース」に申し込みをしてから今まで、光の仕事人さんはいつも暖かく、でも決して依存はさせない(私が自分で考え、感じるように仕向ける)ように私をサポートしてくれていたように思います。メールでは、私に「気付き」を促すようなアドバイスを与えてくれました。何度か短い文の中に「ハッ 」とすること がありました。


~最後に~

リーディング+メールでのサポートが、あの料金であることは驚きに値します。光の仕事人さんがしてくださっていることは完全に「仕事量オーバーでしょう」という感じです。今、光の仕事人さんが本当にお名前通り「光の仕事人」だということがよく分かります。私の学びは、まだこれからが本番という感じですが、やっとスタートラインに立てた(そう自覚できた)ことは、光の仕事人さんとの出会い、そして「気づきのコース」のおかげです。
光の仕事人さん、どうもありがとうございます。(今は過去形の「ました」とは言いたくない感じです。笑)



   六月の花 あじさい 撮影 光の仕事人



★ 光の仕事人より ★

あなたはわたしのリーディングやメールでのアドバイスに対して、不思議なくらいとても正直かつ率直に反応される方でした。
そこには、いつも素直な驚愕と感謝があふれているのが感じられました。
そのつど知ったこと、気づいたことに対して、ほんとうに「ハッ」と驚いておられましたね。(笑)
あなたらしい驚きの表現を、とても心地よく感じていました。
問題がある状態のときでも、文面は明るく、なぜか楽しくなってくるような印象を受けました。ポジティブ指向は前途有望です。
「気づきのためのカードリーディング」のみで、多くの気づきを得られたのは幸いでしたね。

第一に、私の「気づきのコース」に始まりはあっても「終わり」はないような気がします。これから、より多くのことに気付けるようになるキッカケにしかすぎません。今はそんなふうに感じています』とありましたが、まさにその通りだと思います。わたしたちは「永遠に進化しつづける旅人」なのですから。
(映画「マトリックス レボリューションズ」で、預言者が「始めがあるものには終わりがある」と言っていましたが…)

これからは、さらにご希望の「数秘リーディング」が待ち受けていますが、「自己探究」はこの調子でいきましょう。
何かわたしまでワクワクしてきましたよ。(笑)


★「リーディング+メールでのサポートが、あの料金であることは驚きに値します。光の仕事人さんがしてくださっていることは完全に「仕事量オーバーでしょう」という感じです」と彼女は書いてくださっていましたね。

そうなんですね~。わかっていただけたことがとてもうれしく、ホントありがたいですね。

基本的に「気づきのコース」お申し込みの皆さん全員にお送りしているメール以外に、ご質問に対するお答えメールの数は、人によってまるで異なっています。
レポートを出されただけで、質問もなく終わってしまった方々は、非常にメールのやりとりも少なく、言わば、ただの「お客さん」です。

レポートの提出後、ご自分と光の仕事人とのメールのやり取りが、合わせて10回くらいできている人は「自己探究」の意欲がそこそこあるということです。
10回~20回くらいの人は、「大いに自己探究の意欲あり」ということです。
それ以上の人は、「自己探究」というよりも、「お友だち」になっているといったほうが適切でしょう。

しかし、大切なのはメールの数よりも質ですね。どれだけ、ひとつひとつの回答によって気づけたかということです。
そして、できることなら、「入門編」は早く卒業していただきたいです。
地球さんがいつまであなたの意識改革を待っていてくれるか、わかりませんから。
「あわてず、速やかに」という言葉が、現在の状況にはもっともぴったりくるような気がします。



ajisai
      六月の庭    撮影 光の仕事人



★ 心の琴線に触れることば ★



★このところ、OSHOの言葉が大人気です。
その言葉が、とてもタイミングよく心の琴線に触れ、感動する方もいらっしゃるようです。
わたしの言いたいことを、適切に、端的に、しかも詩的な美しさをもって語っておられるので、しばしば活用させていただいているのです。

わたしがOSHOという神秘家を知ったときには、すでに肉体を去られていました。
ですから、肉体のOSHOに出会ったことはないのですが、夢のなかでしっかりと出会っておりました。

わたしは旅人でした。
世界が見渡せるようなとても高い山の頂で、わたしはOSHOと出会っていました。
そして、別れ際に、彼の腕に抱かれていた可愛らしい子猫を、わたしにくださったのです。
わたしは彼から子猫をいただき、その子猫とともに山頂をあとにしたのです。
OSHOに見守られながら…。

その夢が何を意味しているのか、あまりにも神秘的で、解釈できないまま長い年月が過ぎ去っています。
OSHOは、肉体的なご縁ではなく、霊的に深いご縁があった方です。


下記は、今回皆さんにお伝えしたいOSHOのことばです。


Love
何ものにも
どんな観念にも執着しないこと
なぜならば、執着は束縛だから
たとえ解脱という観念
モクシャやニルヴァーナ(涅槃)という観念にしがみついていても
人は束縛されてしまうだろう
執着があったら瞑想は不可能だ
なぜならば、執着は心(マインド)―つまり束縛であり
無執着は瞑想―つまり自由だから



『アム・ダリアの書』のなかにひとつの古いスーフィーの物語がある

あるときサクランボが大好きな猿がいた
ある日、猿がおいしそうなサクランボを見つけて
自分の木からそれを取りに降りてきたところ
それは透明なガラス瓶に入っていることがわかった
そこで、それを取るには瓶に手を突っ込まなければならなかった
猿はそれを実行するが早いか、瓶のなかでサクランボを握りしめた
ところが、サクランボを握ったままでは手が抜けない
握った手の方が瓶の口の内径より大きかったからだ

さて、これはすべて故意にしかけられたものだった
瓶のなかのサクランボは猿捕りの猟師がしかけた罠だったのだ
猟師は猿の頭のはたらき方を知っていた

猟師は、猿が騒いでいるのを聞きつけるとやって来た
猿の方は逃げようとしたが
猿の思うに、手が瓶から抜けないので
逃げおおせるだけのスピードで走れない
だが猿は、自分はまだサクランボを握りしめていると考えて
自分自身を慰めた
猟師は猿をつかまえると
肘のところをピシャリと叩き
不意をついてサクランボを放させた
猿はやっと手が自由になったが
捕われの身だった
猟師はサクランボと瓶とを使い
しかもそのどちらも失わなかった

この猿流の考え方こそマインドの考え方でもある!
そして、最後に死という猟師がやって来たときには
誰もが自分の瓶から手が抜けなくなっている
こころにとめるがいい
猟師が来る前に
自分の手が瓶から抜けているのを確かめておくことだ! 



★メッセージの解釈は千差万別です。
今のあなたにふさわしい意識レベルで感じてみてください。




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