アセンションした樹木たち&取り残される人間たち

2011年04月01日 10:45


★ アセンションのしるし ★



今年に入って「わたしたちから始めよう! ―しるしに気づき、自らのおこないを顧みよう―」で、鳥取県の日本海沿岸につづく松林の松が6千本折れてしまった記事を書きました。
あまりにも痛々しい光景でした。
そのときは、「雪の重みで支えられなくなり、幹が折れてしまった」と書いたのですが、「真相はちがうのではないか?」とずっと考えてきました。
もちろん、きっかけは雪だったかもしれませんが、どう考えてもふり積もった雪のせいではないと感じていたのです。

何度も繰り返しその無残な光景を見て、心が痛んでいたのですが、ハイアーセルフに尋ねて確信ができたので、皆さんにもお伝えしておきたいと思います。


松の木2
               弓ヶ浜の松


中央から折れていた木ですが、その状態をつくったのは、じつは彼ら自身だったのです。
つまり、自らのパワーを最大に使って、自らを破壊したのです。
なぜそんなことをしたのかと言うと、アセンションするためです。
彼らはアセンションして、別の領域へと、多次元へと移行したのです。

その後、松の木になった夢を見た次女から話を聞いて、「やっぱりね」と思いました。

「自分もアセンションしたいのに、なぜできないの?」とか、「なんで行けないんだよ!」と歯がゆがっていた松たちもいたそうです。
彼らも別の領域に行きたくてしょうがなかったけれども、結局行けなかったというのです。

それは、「勇気がなく、意識がまだアセンションするまでに到達していなかったから」と次女は言います。
アセンションには勇気が必要だったということですね。
また、アセンションしたいとは思っていない木々も、たくさんあったようです。
そういう木々というのは、やはり折れていないのです。まだ若い松の木が多かったようですが。

雪は浄化に役立っていましたが、木の幹をへし折るようなことはしていませんでした。
全国各地でそういう現象は起こっていたと思いますが、真中から折れて完全に死んでしまった樹木の場合は、すべてアセンションしているといえるでしょう。

ですから、わたしの思いも、悲しみではなく、喜びへと変容しました。
下記は携帯で撮った写真ですが、光に包まれた木々のようすを調べると、大変ポジティブな波動が感じられます。


松の木1    松の木3  


それに比べて、人間は格段遅れをとっています。
わたしの調べでは、今回災害で亡くなった人たちでアセンションできた人はいません。
「ひとりもですか?」と何回も尋ねましたが、「ひとり残らずできていない」という答えでした。
まだ、自分が死んだことさえわかっていない人たちもいるのです。
意識して死ぬ」ということの大切さをひしひしと感じます。



★ 原子力の意義揺らがず ★



先日(31日)たまたまつけたテレビを見て、溜息と同時に怒りさえこみあげてくるのを感じました。
六ヶ所村で使用済み核燃料の再処理など核燃料サイクル事業を展開する日本原燃の川井吉彦社長が、定例の記者会見で、「福島第一原子力発電所の事故を受けても、原子力政策を推進すべきだ」と言っていたからです。
そのニュースの一部を記しておきます。

青森市で開かれた定例の記者会見で、日本原燃の川井社長は、福島県の東京電力福島第一原発の事故について、「国内のみならず世界中に大きな不安与え、原子力の信頼回復は大変厳しい状態になった」と述べました。
しかし一方で、「資源の乏しい我が国にとってエネルギーの安定確保は今後とも変わることのない大きな課題であり、原子力の必要性や核燃料サイクルの意義は決して揺らぐものではない」と述べ、現在の原子力政策は推進すべきだとする考えを改めて強調しました。
その上で、福島第一原発の事故を踏まえて、再処理工場などで設備の緊急点検を行うとともに、非常用電源が使えなくなった事態を想定した訓練を、来月(4月)中に行うことを明らかにし、安全対策を強化していく方針を示しました。
(3月31日 NHK青森放送局 より)



原子力をこれからも推進しようとしている人間たち、
あなたがたは、いったい何をしているんですか?
今になってもまだ気づかないのですか?
あなたがたがしていることは、人類の自殺行為です。
自分だけが死ぬのならまだしも、膨大な人間を巻き添えにしようとしているその恐ろしさを知ってください。

代替エネルギーはいくらでもあります。
太陽光、風力、水力、波力発電…。
なぜ、原子力でなければいけないのでしょうか?

人類は、自称「地球のリーダー」として、誤った方向へと突き進んできました。
地球で誕生した生物の中でもっとも若い種である人類が、
まだ幼児にしかすぎない人類が、
なまじっか知性があるばかりに、
機関銃を持った幼児さながらに、やりたい放題やってきて
地球の生態系を破壊してきたのです。
地球の生命維持が困難になるほどに。

今重大な危機を迎えていることは、繰り返し伝えてきました。
自然を破壊してきた人類は、もうすぐ破壊されます。
もう避けられません。

それに気づいている人たちも世界中には存在します。
今回の原発事故でそれを思い知った人もいるでしょう。
しかし、当の日本人の気づきは、この場に及んでも少なすぎます。

原子爆弾を落とされた国は唯一日本だけです。
ばらまかれた放射線物質の恐ろしさを体験したのは日本だけなのに、いつ爆発するかわからない原子力発電所を、平気で日本の至る所に設置しているのです。
毎日放射線の心配を抱えながら生きている人たちがいるというのに、
まだ止めようとはしていません。


★ 未来を守ることが真に自分を守ること ★


今存在する災害難民の支援をしている政府は、これから増え続ける難民のことまでは考えてはいません。

ピースメーカーは言います。
人々の幸福のために何かを決定するときは、自分や家族や同世代の利益を考えてはいけない。7代先の世代が、おまえたちと同じものを享受できるように考えなさい」と。

彼が言っているのは、「未来を守ることが真に自分を守る」ということなのです。
人類は今「自分たちがしていることの責任」というものを知らなければいけません。


自らの手で自然を破壊してきた人間たちよ、
早く気づきなさい。
今わたしたちは自分たちの環境を、
地球の環境を保護するべきなのです。

災害難民の支援はしても、
傷ついた地球の支援をしようとはしない人間たちよ、
環境はいつか浄化されて生き残るでしょう。
滅ぶのは人間たちです。

人間は「地球の王者」なんかではない。
「地球のリーダー」なんかではない。
「地球の管理者」なんかではない。

思い上がるんじゃない。
いくら頑丈に装備しても、一回の津波がすべてを洗い流す。
人間とは、いかに弱い存在か…。

気づきなさい。
人間も自然界の一部なのだということを。



アセンションする人&しない人 

2011年04月07日 15:20


★ ご訪問くださった旅人さんたちへ ★


昨年の6月から始めたこのブログで、アセンションするための情報(思い方や考え方を変容させることの必要性)をお伝えしてきました。
今、どなたにも必要なのは「浄化」ですが、すぐに実践できる「浄化方法」などもお伝えしました。

その方法が効果的であることに気づいた人は、すでに日々実践されていることと思いますが、わたしが提供しているものは、多々あるなかのほんの一例にしかすぎません。
ですから、ご自分で試しながら、新しい方法をご自分で開発していっていただけたらと思います。

最近になって、「ブログはもう書かなくても、いいかな?」という気持ちになってきています。
このブログを読み、その趣旨を真に理解できた人は、必ず応用が利くからです。(自分で考えて、自分なりの行動ができる)
そうすると、今後も繰り返して同じようなことを書く必要はなくなります。

このブログを見つけた人のなかには、「偶然に見つけました」という人たちもおられます。
でも、「ただの偶然」というのは、霊的観点からいうと、ありえません。
すべて必然です。出会うべくして出会っているのです。

これまで「アンケート」を通して、多くの人たちから「このブログに出会えてよかった」、「長年の疑問が解けた」、「求めていた答えがここにあった」というご感想が寄せられました。
その人たちがこのブログをベストタイミングで見つけられたのは、偶然ではなく、必然だったのです。

なぜなら、わたしは「このブログ内容を真剣に必要としている人たちをぜひ呼んで導いてください」と、守護神や大天使たちにお願いをしているからです。

「気づきの教室」の申込者やブログ読者さんのなかには、「過去生で同じ星にいた」ことが発覚した人がいらっしゃいました。
メール交換をしているうちに「同じ星を故郷にもつ友」と出会っていたわけです。
最初から何か親しみを感じる人、懐かしさを感じる人というのは、必ずどこかで一緒にいたことがある人ですね。

縁は異なもの味なもの」と言いますが、男女の縁に限らず、人との縁というものは、すこぶるミステリアスです。

ただ、深刻な悩みを抱えた人たちが多すぎるので、そういう方々を元気づけ、本来の自分を取り戻していただくことに今後は焦点を当てていきたいなと思っています。
個人的な内容であっても、他の読者にも共通する内容であれば、取り上げさせていただきたいと思っています。

今回は、そんなブログ読者さんからのご質問にお答えしたいと思います。


★ アセンションする人&しない人 ★



★人生の目的として生まれる前から「アセンションはしない」という意志で
今回、地球にうまれた魂もありますか?


もちろんあります。
人生の目的は、魂によってほんとうに千差万別です。
では、どのような魂が地球に存在しているのか、わたしの真実、わたしの意識レベルで調べたり、感じたりしたことをお話ししましょう。


地球
           わたしたちの地球


★ アセンションに参加したいETソウルたち ★



★まず、今生で「地球のアセンションの大イベントに参加したい!」という大いなる期待を抱いて地球にやってきた魂たちが存在します。
彼らは異星からやって来た魂で、地球人口の15%くらい存在しています。
この中には、「地球人類のアセンションのために貢献したい」という有志たちもいます。
人類の霊的指導者となる魂ですが、数はさほど多くはないと思われます。

地球のアセンション」という大イベントに参加し、実体験するというのは「未知なる冒険」です。「地球史上最大の冒険」と言ってもよいでしょう。
そこには危険がいっぱいあります。

しかし、危険にさらされていても、心をひらいて宇宙を受け入れてさえいれば、安心感が生まれ、限りない信頼感があふれ出てくるのです。
耳をつんざくような雷鳴に恐怖を感じながらも、空からほとばしる稲妻の不思議な美しさにみとれる子どもさながらに、興味津津で、ものすごいワクワク感があります。

でも、あまり期待すると失望感も大きいのです。
期待というものはしないほうがよい」ということを、わたしはこの地球で学びました。
たいていは失望しますから…。(笑)

「アセンションって、ホント大変なんだ!」と、実感しているETソウルも多いのではないでしょうか? 
このような「アセンションに参加し、しっかりとなりゆきを見定めたいという魂」は、異星からやって来た魂のなかでも3%くらいです。

もともと「異星からやってきた魂」だと言っても、「ウォークイン=霊魂交換」などではなくて、地球で赤ちゃんとして誕生して、肉体をもった人たちというのは、自分の故郷や生まれる前の目的など、記憶から消し去られているのが通常です。

ですから、たいていは生まれると同時にその目的をすっかり忘れてしまい、「ボクは何のために生まれてきたんだろう?」、「どうして、こんなところを選んできたのか皆目わからない…」なんて、自分の存在自体に疑問を抱いている魂がほとんどなのです。
そして、いろんな学びをしているうちに、少しずつ思い出してくるわけです。

まだ目覚めていないETソウルよ、早く起きてください!


★ カルマの清算にいそしむ魂たち ★



★つぎに、分霊やら自分自身やらが「過去生で残してきたカルマの清算」のために志願して、またまた世間という荒波の中に突入した魂も多々おります。

もちろん、カルマがまったく無い魂などはこの世に生まれてきませんから、みんなそれぞれいろんなカルマをもっているわけですが、ここでは特に「アセンションのことは考えずに、誕生した人たち」のことを指しています。
地球人口の65%くらいがそういった魂です。

アセンションどころか、今生でカルマの清算ができているかどうかさえわかっていません。
そして、今生でカルマの開放もできず、ますますネガティブなほうのカルマをつくっている人たちもいます。

カルマの雪だるま状」になっている人、こういう魂は肉体消滅後、再び3次元世界に生まれます。
といいますか、現在の地球よりも過酷な領域に赴くことになる可能性が大です。
「わたしは、死んだらいったいどこに行くのかしら?」と思っている人は、自分の日常の心情を鏡に写してみれば、一目瞭然ですね。
でも、特にアセンションを意識していなくても、アセンションできる人はいます。
浄化が完了すれば、自然にそうなるでしょう。


小マゼラン雲
             小マゼラン雲


★ さすらいの旅人たち ★



★アセンションより、あちこちの星を見聞して回りたい「さすらいの旅人」なんかもいらっしゃいます。
「寄ってらっしゃい、見てらっしゃい」と地球に誘われて、「ちょっと寄っていこうかな~」なんて軽い気持ちで道草をした魂です。
地球という惑星は、彼らにとっては長い旅路のうちの途中下車のひと駅にすぎないのです。そういう魂は、ほんのちょっと物見遊山に来ただけです。

だから、地球でいろんな問題が起こっていても、本人の心のうちは一見深刻そうに見えても、実はあまり深刻ではないのです。
なぜって、冒険心が満足できれば、あとはもとの故郷に帰るだけですから。

ですから、外側では普通に悩んでいたりしても、内側では達観したところがあるので、「どこで何が起こっても、それはそれでOKよ」とすんなりと受け入れられるのです。
とにかくフットワークが軽いんですね、とっても。
こういう「宇宙遊泳が好きな魂」は4%くらい存在するようです。

なかには、つい立ち寄った地球が気にいってしまい、しばらく地球に滞在しているうちに、すっかり地球人になってしまった魂もいるでしょう。
さすらいの旅人」をやめて、地球で転生を繰り返している魂もいるということですね。
また、「なんでボク、こんなところに来てしまったんだろう? 早くおうちに戻りたいよー」と、全然地球人の社会になじめないまま、さ迷いつづけている魂もいますね。

と、このようにわたしは感じているのですが、もしこのブログに「さすらいの旅人さん」が訪れたときは、ぜひ意志表示をお願いしますね。

あとの16%の魂については、あまりフォーカスしたくないですね。
いろんな事情をもっていて、「地球人に関与している魂」とだけ言っておきましょう。

ホント、人生いろいろですね。
さて、あなたはどんな魂でしょうか?
何か心に響くものがあったら、ぜひコメントをお願いしますね。


世界中にいるETソウルよ、
シジジィよ、故郷がなつかしいですね。
早く還りたいですね。

でも、その前に「地球のアセンション」にもっと意識を向けましょう。
せっかくその時期に遭遇できるのです。


あなたはそれをただ茫然と見ているだけですか?
あるいは、それを見届けずに去っていくのですか?
それとも、無関心ですか?

めったに体験できない銀河系宇宙のイベントです。
地球とともにアセンションしてみるのも、またすばらしい体験となるでしょう。


踊るアホウに見るアホウ 同じアホなら踊らにゃ損損…。 

アセンションすることを決めてこなかった魂も、その貴重さに気づいて、
地球をしっかりと支援してくださるとうれしいです。

マインドで考えることVSハートで感じること 

2011年04月09日 13:37


★ 読者さんからのご質問 ★



★頭で考えることと、心で感じることは明確に区別できることですか?

私は頭で考えたことと、心で感じたことの区別がうまくつけられないです。
どちらも「イメージ」のような感じで…

そのイメージを言葉で認識・確認するのが私の習性のような気がします。
想ったことを言語化する癖が子供の頃からあり、私の頭では常に、私の発した日本語の音が流れている状態です。
雑念だらけという感じかもしれないですが、その雑念を外に出すのが、目の前の人に伝えたい自分の感情表現だったりおしゃべりだったり、文章を書くことだったり…いろいろです。
(頭の中であろうと、書くこと話すこと歌うことであろうと言葉の音を出すのが好きなのはハッキリしているのですが)



ハート1



★ マインドとハートのお話 ★



★まずここでは、頭で考えること、思い巡らせることマインド
心で感じること、感覚的なものハート
ということばに置き変えてお話をさせていただきたいと思います。

英語では、マインドハートはどちらも「」という意味がありますが、
マインドは「頭で考える心」で、ハートは「本能で感じる心」というふうにとらえることができます。

そして、マインドが「自分でコントロールできる心の働き」であるのに対して、
ハートは「自分でコントロールできない心の働き」であると言えるでしょう。 

基本的にマインド(頭)とハート(胸)は平行線上にあるもので、もともと質がちがうものなのです。
ですから、マインドとハートは、はっきりと区別することができます。
では、両者がどのようにちがうかをお話ししましょう。


★まず「マインド」についてです。

たとえば、あなたがメガネを使用しているとしましょう。
それをつけているとき、あなたは常に「それがなければ見えない」ということをすっかり忘れていますね。
メガネを長年使用している人は、それが自分の目、自分の一部となってしまっています。

もしそれが色メガネならどうでしょう。
「見る対象」がすべてその色となりますね。
ブルーならブルーの色がついた世界を、パープルならパープルの色がついた世界を毎日見るわけです。
世界には、そんな色合いなどはないのですが、あなたは色メガネと同化してしまっているので、世界がブルーやパープルに見えるわけですね。でも、レンズ自体は何も見ることはできません。

人のマインドもまた、メガネ同様ひとつの道具にすぎないのです。
ですから、あなたが色メガネで見ている世界が現実だと思うのと同じように、
マインドが見るものはすべて現実だとみなしてしまうのです。

マインドが現実を見ることはできない」と、OSHOは言います。
マインドは「自分がつくり出している偏見」や、「世界というスクリーンの上に映し出された自らの投影」しか見ることができないのです。

★マインドはわたしたちが生まれてから両親や社会から与えられた「条件付け」以外の何ものでもありません。
わたしたちは条件付けられた考えを基本にして、ものを見るように訓練されてきたのです。
さまざまな「思いの制限」はそこから生まれ出ているわけですね。 
このことは、ブログ上のあちこちで語ってきたことです。


★ マインドの機能は分割すること ★



マインドのすべての機能は、分割しつづけます。
二元性のなかで、マインドはいつもどちらかを選ぼうとするのです。

好きか嫌いか。損か得か。
善か悪か。光か闇か。
ポジティブかネガティブか。愛か憎しみか。
正義のための戦争は、正しいか否か…。

マインドにとっては、「ふたつが同時に正しいこと」などはありえません。
「これが正しい」か、「その反対が正しいか」、「あれかこれか」のどちらかです。
マインドはひとつのものをふたつに分離し、対極の現実に分けるだけです。

また、マインドは「予期できること」や、「すでに知っているもの」に対してしか機能できません。
何か「予想以外のもの」、「未知なるもの」、「ことばでは言い表せないもの」、「ことばを越えているもの」が、理解できないのです。
たとえば、「ひらめき」や「直観」というのは、ことばにならないものですが、マインドにはそれがわかりません。
論理的に正しいこと(証明できたもの)しか理解できないのです


頭中心の人には、見えないものや感覚的なものがわかりません。
頭痛がして、寒気がしたら、「風邪かな?」と思うだけです。
すぐ近くに未浄化霊がいるから身体が反応していることなど、思ってもみません。
そういう発想すら生まれ出ることはなく、理解もできません。
感覚的なものがとても鈍ってしまっているからです。

頭(マインド)はいつも過去のことや、まだ来ていない明日のこと、将来のことを際限なく考えつづけます。
瞑想をしていても、マインドはずっと落ち着かず、べらべらとおしゃべりをつづけます。
また、自分がつくった映像のなかに、いつのまにかひたっていたりします。
マインドは過去と未来を考えることは好きですが、「今この一瞬」にいることはできません。
マインドはつねに緊張し、不安で、病んでいるのです。


★今度は「ハート」についてお話ししましょう。


ハートうさぎ



★ ハートの機能は統合すること ★



★ハートは、マインドの二元性というものを超越しています。
「あれかこれか」ではなく、「あれもこれも」です。
ハートは「ふたつがいっしょである」ということ、「同時に存在する」ということ、「正反対のものがほんとうはひとつのもの」だということを、みごとに見抜くことができます。

ですから、愛と憎しみは分割できるものではないということ。
光と闇、善と悪、ポジティブとネガティブが同じ線上にあるということを全体としてちゃんと把握し、理解できるのです。

ハートには、論理はないけれども、感性と知覚力があります。
マインドには「愛」は理解できません。
愛は第4チャクラの「ハートの領域」だからです。
愛を語ることは不可能です。
それは感じるものだからです。


ハートは「今ここ」、「今この一瞬」にいることができます。
本能で感じるハート」は、「あっ!」と瞬間的にわかります。
感覚ですべてが理解できるのです。
今まで未知だった事柄が、一瞬にしてわかる」というのは、
頭ではなく、ハートで感じたことです。

ハートは目の前にある花の優美さを感じ、
夕陽のうつくしさを感じ、
そよ風の心地よさを感じます。

明日のことなど考えません。
あるのは今だけです。
瞬間瞬間の感覚で生きている人は「ハートの人」です。



★マインドは計算高く、つねに細かく分析し、損得を考え、脳の左半球を使いますが、ハートは損得を越えた大いなる至福を感じることに喜びを見いだします。

マインドにとってはお金や仕事がゴールですが、
ハートにとっては楽しみやくつろぎがゴールなのです。
お金を稼ぐのは、自分の生を楽しむためであり、真の平安を得るためにしかすぎません。


★質問者さんは、
私は頭で考えたことと、心で感じたことの区別がうまくつけられないです。どちらも「イメージ」のような感じで…そのイメージを言葉で認識・確認するのが私の習性のような気がします
と書いておられましたね。

質問者さんの場合は、心(ハート)で受け取って感じたイメージを頭(マインド)で「言葉に変換」されていて、マインドとハートが統合されている感じがしますね。

ハートが感じたものを言葉にするのは難しいです。
「竜宮城は絵にも描けない美しさ」だと言いますし、「言葉にしたら、それは真実ではない」とも言いますから。

★さて、あなたはこれまでの人生の中で、何かの選択を迫られたとき、マインドで考えたことを選んできたでしょうか? 
それとも、ハートで感じたことを選んできたでしょうか?

ハートが一杯


マインドは人間や社会によってつくりあげられたものですが、
ハートは宇宙の存在から直に与えられるものです。
だから、ハートを選んだほうがまちがいはないのです。
あなたの直観を信じてください」と繰り返し言っているのは、そういう意味なのです。

健全な感情は、自然に流れる川さながらです。
ブロックなんかしてしまうと、いずれ氾濫(反乱?)します。
決してせき止めたりしないことです。

あなたのエネルギーを抑圧しないこと。
感情を常に流れさせること。
その瞬間瞬間の感情を表出すること。

これが、「ハートを通して生きる」ということであり、
アセンションに必要不可欠なカギなのです。 

皆さん、ハートを中心に生きる準備は、もうできていますか?



インディゴよ、自分の使命に目覚めよ! その1

2011年04月14日 09:40


★ インディゴの実態 ★



インディゴ・チルドレン」で検索すると、いろんなサイトが記事を載せていますね。
自分がインディゴかもしれないと思った人なら、きっとあちこち検索されたことでしょう。
わたしも「インディゴ」についての新しい情報を知りたいと思い、昨日検索してみたのですが、その多くは、アメリカの心理学者ナンシー・アン・タッぺや、ドリーン・バーチューの書籍の文章を単に抜き書きしているだけで、全くちがった新しい視点で書かれたものがまるで見当たりませんでした。

正直言って、「もう聞き飽きたよ」という文章ばかりで、うんざりします。
日本人は、アメリカの学者さんたちの言っていることを「信じすぎている」、「鵜呑みにしている」という印象を強く受けました。

ナンシー・アン・タッぺ氏やドリーン・バーチュー氏の真実は、真実として認めますが、「インディゴの真実はそれだけじゃありませんよ。それだけを信じていたらだめですよ」ということを知っておいていただきたくて、今回記事を書くことにしました。

なぜなら、「インディゴの実態」とその真実は、現在随分ちがってきているからです。
また、数冊の書籍に書かれた「インディゴのイメージ」をそのまま信奉している日本人たちの「インディゴ」に対する見方が驚くほど過保護すぎると感じたからです。
インディゴをちょっと褒め称えすぎていますね。
「インディゴだと思い込んだ人たち」も、いい気になり過ぎている傾向にあります。

もちろん、これらはわたしの真実ですから、読者の皆さまがどうお受け取りになろうが自由です。
ただ、なぜこんなことを書くのかと言いますと、わたしにはどういうわけかインディゴを目覚めさせる役割があるからなのです。

このブログを訪れた人たちのなかには、以前から「自分はインディゴかもしれない」と思っていて、このブログに出会ってさらにその確信を強めた人もおられたことと思います。
ただし、「自称インディゴさん」であって、「真のインディゴさん」であるかどうかはわかりません。自分の使命を明確に思い出せればよいのですが。


★ インディゴと名づけられた理由 ★



インディゴ・チルドレン」という名称は、これまで問題視されてきた子どもたちの多くがある特徴をもっていて、そういう特徴をもった子どもたちのオーラが「インディゴ・ブル―」だったことにちなんでつけられたといわれていますね。
それならば、自分が「インディゴ」かどうかを知りたい人は、オーラ写真を撮れば、一目瞭然だということになりますね。

過去記事「わたしがブログを書く理由」で初めて「インディゴ」について触れ、参考にわたしの次女のオーラ写真を2枚載せましたが、確かに中心部分がインディゴ色となっています。

次女の場合は、自分で「インディゴの役割を志願して今回生まれてきたという記憶が鮮明」であるのと、わたしの調べでも同様であったため、「インディゴ・チルドレン」にまちがいはないと判断しました。

過去記事 わたしがブログを書く理由 参照
 
しかし、次女のオーラ(中心部)は、いつ撮ってもインディゴ色とは限らないのです。異なっているときもありました。

「ADD/ADHD」や「アスペルガ―症候群」などの発達障害と診断された子供の多くが、この「インディゴ・ブルーのオーラ」を持っているのだそうですが、「インディゴ」でなくても、「インディゴ・ブルーのオーラ」をもっている人は多々存在するはずです。

また、オーラは瞬時に変わりうるもので、常に変化しつづけていますから、オーラで「インディゴ」かどうかを区別するのはむずかしいと思います。

☆ソウルカラ―(魂の色)がインディゴ色というのであればわかりますが、
わたしのハイアーセルフは「インディゴと呼ばれている者たちのソウルカラーも、
インディゴ色であるとは限らない
」と言っていますから、一概には言えないということですね。
「インディゴ」ということばも、不適切なのかもしれません。



★ インディゴの使命とは? ★



ナンシー氏の説では、「インディゴ・チルドレン」というのは、1978年以降に生まれている「新人類」で、「目的意識を持ってこの世に誕生した魂」であり、「社会の秩序や文明の中にある不必要な考え方を捨てさせ、人間の霊的次元を高め、愛と平和で地球を守る戦士のような存在」として、「高次元から送り込まれた」のだということです。

ドリーン・バーチュー氏も、彼女の著書のなかで、ナンシー氏と同じようなことを言っているので、参考のため記載します。

インディゴたちは、その集合的目的が、もはや無用となった古いやり方をつぶすことにあるため、戦士の気質を持っています。
筋の通らない政府や教育、法律のシステムを壊すために彼らはやってきたのです。
その達成のために、彼らには激しい気性と烈火のごとき決意が必要でした。
 
変化に抗(あらが)い、従順さを重視する大人たちはインディゴを誤解することもあります。
インディゴたちにはよくADDやADHD(注意欠陥/多動性障害)といった誤った精神疾患名のレッテルが張られていたりします。
投薬されていると、悲しいことに、彼らの素晴らしい敏感さ、天性のスピリチュアルな資質、戦士の気質がおうおうにして失われてしまうのです。

ドリーン・バーチュー著「クリスタル・チルドレン」(ナチュラルスピリット)より



★両者ともインディゴを「戦士」のようだと言っていますね。戦うための兵士です。
けれども、実際にはどうかと言うと、その役割を果たすどころか、社会に出ることもなく、うずもれてしまっているのです。(日本の場合はそうです)

インディゴの子供達は、自分が誰なのかを知っています」とよく書かれていますが、「それはどうかな?」と思います。
なぜなら、未だに自分が誰だかわからないインディゴが多すぎるからです。
今現在(2011年4月12日)の調べでは、世界中にいるインディゴのなかで、まだ目覚めてはいないインディゴが85%存在します。
あとの15%も、自分がインディゴだと気づいていながらも、特にこれといって何もできていないというのが実情です。

人間の霊的次元を高め、愛と平和で地球を守る戦士」などとは、ほど遠いとしか言えない状態なのです。
また、「目的意識を持ってこの世に誕生した魂」と言っても、その目的を忘れている魂の方が断然多いので、現実は「意識的に任務を遂行することができない状態」にあるというわけです。

また、彼らは「選ばれた戦士」と言われていますが、そのような「選ばれた戦士」は今や送りこまれていないという真実に気づく必要があります。


★ 地球人意識変革推進プロジェクトのゆくえ ★



地球人意識変革推進プロジェクト」というのは、わたしがとりあえずつけた仮称です。

それは「地球のアセンション」とも関わっていて、「人類の意識改革をおこなう」ために、「人類の意識変革を起こす指導者となれるような傑出した魂」を、定期的に地球に送りこんでいた機関です。
この大きなプロジェクトを形成する組織はいくつもあるのですが、「インディゴ」を地上に送っていたのはその組織のうちのひとつです。

どのような名称であるにせよ、「地球人の意識を変えるためのプロジェクト」がいわゆる天上界(高次元世界)で創られ、実行されていた時期、長い歴史があったことは確かです。
次女はこの組織のことに詳しくて、そのプロジェクトがどういうプロセスをたどってこれまで進められてきたかを知っています。


たとえば、レオナルド・ダ・ヴィンチは、かなり古い時代の人ですが、彼は「地球人意識変革推進プロジェクト」のメンバーのうちのひとりでした。

近世、日本では坂本龍馬がいます。
社会の秩序や文明の中にある不必要な考え方を捨てさせ、人間の霊的次元を高め、愛と平和で地球を守る戦士のような存在」として見たときに、坂本龍馬は「なるほどね」と十分に納得がいく魂です。

その後1970年代まで「パイオニア的インディゴ」と呼ばれるような人たちが、生まれていました。
この人たちは霊的感覚も鋭く、独特の気迫もあり、それなりに「意識変革者」としての特徴を表現していたのではないかと思います。一風変わり者のイメージがありますが…。
宮沢賢治などはその代表かもしれません。
有名人でなくても、そういう気質を持った頼もしいお父ちゃんやお母ちゃんが「パイオニア的インディゴ」として、存在したかもしれません。
ちなみに『ぼくの地球を守って』の作者である漫画家の日渡 早紀(ひわたり さき、1961年生まれ )さんは、そんなパイオニア的インディゴのひとりです。

「新世紀エヴァンゲリオン」の作者たちは、インディゴの匂いがすると感じておられる人も多いのではないかと思いますが、彼らは「インディゴグループ」に属してはいません。
彼らはどのグループにも属さず、独自で「人類の意識変革」を成し遂げようとする人たちです。
マイケル・ジャクソンも同様です。
「大物は、どこにも所属していない」ということですね。

日本でのいわゆる「インディゴ」の走りは尾崎豊さんですが、中途挫折で終わってしまい、その後傑出した魂はまったく送り出されていないのです。
つまり、「インディゴを送り出す」グループには、その目的を遂行するにふさわしい魂が見当たらないというのがその理由です。


★ 自ら志願したインディゴたち ★



★1984年以降、「インディゴ」が集団で地上に生まれましたが、彼らは天上界で選ばれた魂ではなく、自ら志願した魂たちでした。

いつか自分の使命に気づくように、本来の能力が目覚めるように、DNAに組み込まれていたとはいえ、生まれたらすべて忘れてしまう魂がほとんどであるため、結局自分が地球に来た理由もわからず、世間や社会になじめず、仕事もできず、自分の面倒さえも見ることができないといった状態の魂たちが大勢できてしまっているのです。

このプロジェクトを始めた中心的存在は、もはや役目を降りてしまっており、当初の「地球人意識変革推進プロジェクト」の「インディゴを送り出す」グループは「クリスタルを送り出す」に変更されたのだと、次女は言います。

つまり、地上に出たインディゴが目覚めず、任務が一向に遂行されないため、事実上失敗に終わったということになるでしょうか。


あるサイトには、「インディゴは肉体的な人生経験が浅く、過去生をあまり経験していない」とか、「過去生を一度も体験することなく生まれてくるインディゴもいるので、現実的なことに非常に不器用」だと記載されていましたが、これに関しては、「そうとは限らない」と言っておきましょう。

なぜなら、次女は何度も何度も転生を繰り返してきているからです。
インディゴは、異星からやってきた魂と地球で転生を繰り返している魂と半々くらいの割合で存在しますが、異星からやってきた魂でも、人生経験はしています。

ですから、インディゴが不器用なのは、「過去生をあまり経験していない魂」だからというよりも、彼らが「純粋でガラスのような壊れやすいハートを持っていて、非常に過敏である」からというのがその原因です。
だからこそ、彼らを傷つけないように配慮しているのではないでしょうか。過保護すぎるように感じますが…。

そんな魂が数多(あまた)地球上に降りてきて、うまくやっていけないのであれば、降りてきた意味がありませんよね。それこそ、プロジェクトは大失敗です。
内には激しい戦士の気質を持っていながらも、過敏なためにくじけやすい魂たちが、人類の意識変革をしようと志願したのです。(次回につづく)


インディゴよ、自分の使命に目覚めよ!その2

2011年04月15日 16:30


★ インディゴは将棋の「桂馬」的存在 ★



インディゴは「戦うための兵士」と前回書きましたが、その言葉から、直観的に「将棋の駒」が思い浮かびました。

わたしは将棋については全く無知なのですが、子どもの頃駒で遊んだことがあるので、どんな種類の駒があったかだけは覚えています。

そこで、「インディゴを将棋の駒にたとえると、どの駒に相当するのか?」と、ハイアーセルフに尋ねてみたのです。
すると、「桂馬(けいま)」だという答えがありました。


         桂馬 ななめ
                
ハイアーセルフの答えが実に興味深く思えたので、すぐに「桂馬」について調べてみました。
そして、「桂馬には特殊な能力がある」ことを発見したのです。


★「桂馬」は「歩兵」や「香車」と同じ「小駒」で、「飛び道具」という別名があるのだそうです。
現在位置から2マス前方の左右に跳ぶことができ、もし前方に障害物があったとしても(敵味方関係なく)、それを跳び越すことができるので、すべての駒のうちでも類を見ない動きができるといわれています。
この桂馬だけが、他の駒を飛び越えて、敵陣へ進撃できるというメリットがあるのです。

その半面、前方2方向にしか進めず、「後退ができない」というデメリットがあり、桂馬はもっぱら「攻撃の役割を担う駒」だということがわかりました。
(ちなみに桂馬と似た動きをするのに、チェスのナイト(騎士)があります)


★ インディゴと桂馬との接点 ★



まさに読んで字のごとく、元気よくとび跳ねる馬さながらの桂馬ですが、どこへ移動するかわからないので、「先が読めない」ということ。
また、「動きが複雑で、扱いにくい」駒だということ。
熟練者であっても「非常に難解」だとされていることもわかりました。
これは、「インディゴに対する接し方が至極難しい」というふうにとらえることができますね。

また、桂馬は後退ができない駒なので、「突出させすぎるのは禁物」だということ。
あまり前に行きすぎると、危険だということですね。
インディゴの長所と短所が金平糖のように凹凸があまりにも激しいので、「身が持たない」ということがいえるかもしれません。
(インディゴ自体が金平糖の凹凸のあいだに砂糖をつめて、もっとバランスよく丸くなることが必要かも…)

桂馬の扱い方は「飛び道具としての役目を最大限に発揮させるため、防御に徹するようにして、中盤戦ごろまでは大事に置いておくのがよい」ということ。
つまり、「インディゴは最初はまったく活動しなくても、中盤戦以降から少しずつ活躍する場ができる」というふうにとらえることができます。


将棋の並べ方
          将棋の駒の並び  撮影 光の仕事人


桂馬の配置を上記の写真で見てください。最奥列の左右にありますね。
これは防衛(守り)に適した位置なので、あまり動かさなくてもすむということ。
つまり、「いざというときに防御から攻撃に転じることができる」という大きなメリットがあるということでしょうか。

守りから攻撃に転じる」ということは、「今まで動きがなく内側にしか向かっていなかった意識が、外側に向かって動き出す」というふうに解釈することができます。
いざというときにインディゴの意識は切り替わる」ということでしょうか? 
そうであったら、うれしい限りですが。


☆この「桂馬」が敵陣に入ったとき、駒がくるりと裏返って「」に変化します。
これを将棋言葉で「成る」とか「成駒」だとか言っています。
桂馬」が「成る」と、「金将」の特徴と同様に「前後左右、右斜め前、左斜め前の6方向に1マスずつ移動できる」ようになるのです。
その代わり、桂馬の特殊能力だった「他の駒を飛び越えること」は、できなくなってしまうのですが。


(*将棋の成駒(なりごま)とは、ある特定の行動をした駒が、別の動きができるように変化したもので、一度成ると、敵に取られて持ち駒とならない限り、元の駒には戻れない)


将棋の駒
将棋の駒「桂馬」 裏の成駒は「金」 撮影 光の仕事人 


☆これを「インディゴ」にたとえると、どのようになるでしょうか。

彼らが意識を変え、本来の任務を遂行しようとしたとき、
彼らは変身する
のです。

まさしく、さなぎから蝶への変身ですね。

この「いざというとき」は、もう今訪れています。
現在只今こそ、「意識を切り替えて行動するそのとき」なのです。




★ インディゴたちへ ★



★インディゴたちよ、
あなた方は、地球意識の上昇に伴って、人類の意識も上昇できるよう、
その手助けをするために地球に生まれたのです。

今、自分の使命を思い出さなくて、いつ思い出すのですか?
肉体を脱いだとき、ようやくその使命を思い出して悔しがるのはあなた方なのですよ。
後悔するのは目に見えています。

人類の意識変革は、まずあなた方から始まるのです。
あなたが変わることが、人類を変えることになるのだと。
まずはあなたから始めようと。
何度も何度も繰り返して、このことを伝えてきました。
それなのに、毎日あなた方は何をしているのでしょうか?


★未だに眠っているインディゴよ、
眠りこけていては意味がないでしょう。
一日という時間の体感が、以前の半分しかないことに気づいていますか?
月日は矢のごとく過ぎ去ります。
時間はもう残されてはいないのです。
それなのに、生きる目的も定まらず、ただ漠然として時を過ごしているだけですか?

世界を飲み込む巨大な波が押し寄せようとしているとき、
あなたがたは眠ったまま、津波に流されてしまうのでしょうか?


★真のインディゴよ、目覚めなさい。
そして、あなたの知っていることをできるだけ多くの人に伝えなさい。
その人の生涯はたった一度きりです。
○○さんという名で生まれたその相手は、今生しか存在しないのです。
あなた自身だって、もう二度と○○という名で、同じ両親と同じ条件を選んで生まれてくることはないのです。
○○という名のあなたは、今回限りなのです。

ただ、心をこめて、伝えるだけでよいのです。
あとは、どうしようと相手の自由意志に任せておけばよいのです。
(これは、インディゴに限らず、だれにも言えることです)


★真のインディゴよ、今こそ、立ち上がりなさい。
意識が変われば、俄然力がみなぎってくるはずです。
将棋の「桂馬」のごとく、一度前進したら後戻りはできません。
いざ出陣です。

長きにわたって思い込まされてきた誤った社会通念をぶっ壊し、
古い人間たちの勝手な思い込みの枠を取り払いましょう。
何がもっとも大切なことなのか、教えてあげましょう。

あなたの天命をまっとうするために。
あなたの志を遂行するために。
  

                  (つづく)

打てば響く人&響かない人

2011年04月17日 16:20


★ 読者さんのご質問 ★



友人・知人にはアセンションのことをまだ一人にしか話せていません。
アセンションを望んでない方々も(まだまだ三次元の経験を望んでいる方々も)地球には多いということで、そういう方々はアセンションの情報を知る機会が無い、もしくは、全く関心を示さないのがほとんどなのでしょうか?
(ETソウルやワンダラー以外についてです)

アセンションの情報に接する機会がない友人・知人にはあえて話す必要は無いのでしょうか?



~お答え~


☆「アセンション」という言葉に遭遇しないで生活している人たちは、世界中に数多存在します。
本やインターネットが普及していない国々があるのですから、仕方がないと思います。ただし、宇宙と繋がっているインディアンやアボリジニなどの先住民たちは、本など読まなくても十分気づいていることでしょう。

日本人のなかでも、「アセンションについて把握できている人」は10%ほどしかいません。
あとの90%は「言葉さえ知らない人」と、「言葉を知っていてもさほど気にしていない人」となります。

それは、彼らが自分自身の「意識変革」や「意識の上昇」に関しての必要性を全く感じていないからです。
アセンションの情報に接する機会がない」というのは、彼らが「求めていないから出会わない」だけのことです。
引き寄せの法則」からすれば、当然の結果ですね。

☆もし、さほど見たくもない映画のDVD をプレゼントされて、「ぜひ今すぐに見て!」と勧められたら、あなたはどうしますか?

すぐに見るでしょうか?
それとも、いずれ見るかもしれない…と、一応頭に留めておくでしょうか?
あるいは、どこかに置いて、すぐに忘れてしまうでしょうか?
最後には、「わたしはこんな映画は見ないわ」と、ゴミ箱に捨ててしまうでしょうか?

求めていないものを与えられても、そこに必要性を感じていないのですから、
いずれ不必要なものとして捨て去られることになるでしょう。

しかし、あなたがそれでもよいから伝えたいと思われるなら、そうされたらよいと思います。
話さないと生涯後悔すると感じられるのなら、話すべきでしょう。
当然のことながら、受け取り方というのは相手によって異なりますから、もしかしたら、興味を示す人がいるかもれません。
「よく教えてくれたね」と、感謝されるかもしれません。
結果を気にするよりも、とりあえず話してみられたらいかがでしょうか?
それは、あなた自身の学びになるかもしれませんから。

☆「自分が相手にどうするか」の選択は、基本的に自分で判断するべきことです。あなたがご自分の権威者なのですから。

それで話してみて、相手が関心を示し、詳しく知りたいという反応を示されたら、「ラッキー!」と喜ぶことです。「詳しいことを知りたければ、本やブログを読んでみて」と、あとの行動は相手に任せておけばよいのです。

そこで、あなたの任務はとりあえず終了です。責任を感じる必要はありません。
知恵の唇は理解する耳にしか開かれない」といいます。
あとは、相手の問題です。

「アセンションする地球―その真相と実態Ⅲ(2010年~2011年 3次元~5次元へ)」にも同様のことを書いているので、参考にしてください。
クリック 
アセンションする地球―その真相と実態Ⅲ(2010年~2011年 3次元~5次元へ



ハス

 
★ 菩薩になろう! ★



わたしは「アセンション」という言葉よりも、「人類が何のために地球に生まれてきているか」ということ、「魂の仕組み」を語ることのほうが重要だと思っています。
それが理解できれば、自然に「意識変革」や「意識の上昇」の必要性を感じるであろうからです。

人に語るためには、自分がそのことを深く理解し、把握しておかなければなりません。
でも、皆さんが悟るまでには、もう時間がありません。
そこで、どうするかということですが、自分も学びつつ、クリアできたことは順次人に伝えていくという方法があります。(わたしもそうしています)

在家のまま、自ら悟りを目指しながら、人々に伝えていくことを「 菩薩行 」と言いますが、それを実践しているのが、いわゆる「菩薩と呼ばれる存在たち」なのです。

そんな菩薩さんたちがたくさん増えていってほしいですね。
インディゴさんも同様です。

使命がある人は、その使命をまっとうすることです。
それが、魂の求めていることだからです。
自分が何を求めているのか、したいのか、それくらいは思い出しましょうよ。


★ 打てば響く人&響かない人 ★



打てば響く人」、「響き合える人」というのは、貴重な存在です。
また、素早い反応は生きていく上で大切なことです。
もうすぐ、津波が押し寄せてくるというときに、頭の中であれこれ考えていたら、
逃げ遅れて、死んでしまうのです。
常にどんなことでも、素早い反応をしなければ、これからの時期生きていくことはできません。


ブログを更新した度に思うことは、「この記事に対して、どれほどの人が反応されるだろうか?」、「何か気づきが生まれただろうか?」ということです。

毎日平均100人くらいの人が訪問されて、多いときでは600以上のアクセス数がありながら、「気づきの拍手」は毎日ごくわずかです。(「気づきの拍手」というのは、「気づいた自分自身に対して拍手をする」という意味です。詳細は過去記事「わたしがブログを書く理由」参照)
「拍手」をクリックされている人がどんな人なのかを調べる術はありませんが、おそらく、たいていは同一人物なのではないかと感じています。

「響く人」はどんな記事(わたしのブログに限らず)にも気づき、反応を示すけれども、「響かない人」はどんな記事を読んでも気づきがなく、反応もないということでしょうか。
「響いたり、響かなかったり」という中間も存在しますが、たいていその記事と周波数が合った人は、「喜びの波動」を返してくださっています。

この「喜びの波動」をさらに多くの人に広めていってくだされば、また別のところで「響く人たち」が生まれてくるでしょう。
響き合う」関係が拡大し、ともに意識が上昇し、「地球を守ること」に視点を集中できれば、もしかしたら地球は機嫌を直してくれるかもしれません。



         葉っぱの上のカエル


★ 「せいあっぺい」は、だあれ? ★



指図されなきゃ動かないのは、せいあっぺいだ!」と江戸っ子は言ったそうです。

この言葉はもともと「井の中の蛙、大海を知らず」から来ています。
世間知らず」という意味ですね。
元来江戸っ子は何でも縮めて言うのが好きらしく、「井の中の蛙」を縮めて「井蛙」と並べ、「せいあ」と言ったようです。
ところが「せいあ」では勢いがつかないので、「っぺい」という語句を繋げて、「せいあっぺい」という独特の言葉を編み出したらしいです。

★今一番しなければならないことは、原発を止めることです。
これをしないと、日本は滅びます。
東日本だけではありません。
西日本も危険です。
特に九州が危ないです。

★福島第一原子力発電所の事故を受けて、ドイツでは各地で反原発デモをやりました。
メルケル政権は昨年、原発の運転期間を平均で12年間延長する原子力法の改正をしたばかりでした。
しかし、4月15日に方針転換しています。
「我々はみな、できる限り早く核エネルギーから脱却し、(風力などの)再生可能エネルギーへと乗り換えたいと考えている」と述べ、「脱原発」を急ぐ考えをさらに明確にしたのです。

ドイツの首相は「せいあっぺい」なんかではありません。「打てば響く人」ですね。
それに比べ、日本の首相は「打たれてもまるで響かない せいあっぺい」でしょうか。

原発を排除する運動を日本国中で起こしましょう。
国会議事堂に最も近い江戸っ子は、ただちに行動を起こしてください!
日本の中心は、お江戸なのですよ。 

打てば響く」の心意気は、江戸っ子の気質ですが、全国津々浦々こうでなくてはなりません。
少なくともこのブログに出会った皆さんは、「打てば響く人」であってほしいと願うしだいです。

★今この記事を読んでくださったあなたは、指図されなきゃ動かない「せいあっぺい」ですか?
それとも、打てばリーンと清らかな音を響き返す「チべタンベル」のような人でしょうか?
あるいはゴーン、もしくはガーンと反応した人も、今すぐ何らかの行動を起こしてください!



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「代償の法則」から見えてくること 

2011年04月20日 20:20


★ 地球は本気で怒っている ★



地球意識が「核」をひどく嫌っていることは、過去記事でしっかりとお伝えしておりますが、地球は依然として福島県をはじめ、東北や関東での地震活動を続けていて、福島第1原発での種々な問題も未だに治まることはありません。

なぜ治まらないのか?
賢明なあなたなら、わかりますよね。
原子力によってもたらされる放射性物質は、地球にとっても、人類にとっても、あらゆる生物にとっても、もっとも危険なものであるということを、日本人をはじめ、世界中の人たちに嫌というほど解らせるためです。

★地球が本気で怒っていることにまだ気づかない人、未だに地球が人類を愛してくれているといった甘い幻想、勝手な思い込みに酔っている人が多すぎます。

今回の福島原発による事故で、「原発の安全神話」を信じ込まされていた人たちも、少しは目が覚めたでしょう。しかし、ここに至っても、まだ推進しようとしている人たちが存在していることに変わりはありません。

皆さんだって、「原発を止めるのが一番だ」と思ってはいても、「電気が足りなくなって、停電ばかりしていたら嫌だなぁ」と思ったりしているのではないでしょうか?
わたし自身も常に反省しているのですが、省エネの必要性をわかっていながらも、つい電気をつけっぱなしにしたりして、電力のムダづかいをしてしまっていることもあるのではないでしょうか?

最近わたしの住まいの近くにある大手のスーパーマーケットなどは、しっかりと節電されるようになりました。
照明を半減した暗い店内に設置された野菜や食品は、強烈な電磁波からようやく救われ、いい傾向だなと思っています。


★ チェルノブイリの原発事故を思い出そう ★



さて、皆さんは1986年4月26日に起こったチェルノブイリの原発事故を覚えておられるでしょうか? 
若い人はご存じないかもしれませんが、一時は日本でも牛乳が飲めないときがありました。
汚染は今なお続いていて、25年経った今、また「新たな問題」が浮上していますね。
事故直後、大量の作業員によって、石棺と呼ばれるコンクリートの建造物で覆いましたが、石棺の耐用年数は30年とされており、すでに老朽化し、放射線が漏れ出しているため、緊急対策が必要とされていることです。

チェルノブイリ事故による放射能汚染のすごさについて、再確認していただきたいので、簡単に書かれた記事を参考のため、載せておきます。


この事故による放射能汚染被害は、広島原爆の約600倍ともいわれています。
放射能は北半球全体にばらまかれ、ベラルーシ、ウクライナ、ロシアの三国だけでも900万人以上が被災し、40万人が移住させられました。
短期間に大量被ばくした、80万人にも上る若い事故処理作業従業者の多くは放射線障害のために苦しんでおり、この人たちの中からいずれは何万人という死者が出ると予想されています。
被災三国では、日本の面積の4割に相当する14万5000平方メートルが、セシウム137で1平方キロメートル当たり1キューリー以上汚染されました。
そこに住む人口は約590万人とわれており、これから恐らく10万人にのぼる癌が出ると考えられます。
もし、東海原発でこの規模の事故がおきたら、東京は全滅ゾーンに入ってしまうのです。 

(原子力教育を考える会 「チェルノブイリ事故による放射能汚染」 より)



★では、原発事故の恐さを承知しながらも、日本はなぜ今でもやめようとはしないのでしょうか?
 
原発がやめられないのは、つぎに記すような理由があると考えられています。
(「原子力教育を考える会」の記事から抜粋)


★原子力産業や建設会社などが原子力で儲け続けるために不公正な圧力を加えているから
★費用をすべて電気料金に上乗せできるから
★原発推進のためにたくさんのお金をかけてPRしているから
★原子力技術を持っていれば、いつでも核兵器を作ることができるから
★政策決定に市民が参加できないから
★政策決定に市民が参加しようとしないから
★過疎で悩む地元に莫大なお金を落とすから


「CO2を出さず、クリーンだから」というのは書かれていませんでしたが、まだまだわたしたちが知らない理由はあるかと思います。


★ 原発がやめられない身近な理由 ★



★もしあなたが地方、あるいは海に近い地域に住んでいて、その近くに原子力発電所が建設される予定だと知らされたら、どうしますか?

今回の東北地方で起きた地震や津波の結果、どういうことが起こったかを知っているあなたは、原発の危険性や放射能汚染の恐ろしさが頭をよぎり、「絶対にいやだ」と思い、断固として反対することでしょう。

原子力発電所が建つのは地方であり、たいてい海の近くです。
電気を大量に使うのは大都市なので、ほんとうは大都市に建てるべきなのですが、広い土地が確保できる田舎のような地方が選ばれます。(島根原発は唯一県庁所在地にあります)
というよりも、都会に発電所を作って、万が一事故が起きたら大変なことになり、損害賠償が膨大になるから避けているというのが大きな理由でしょう。

地方にとっては何のメリットもありません。
ただ、原子力発電所という働く場所はできるかもしれませんが。
では、原子力発電所がつくられた地域の人たちは、なぜ原発を受け入れたのでしょうか?

それは、さきほど挙げた最後の項目「過疎で悩む地元に莫大な金銭をもたらすから」というのが、理由のひとつに挙げられるのではないかと思います。

政府は1974年に「発電所を受け入れた自治体には莫大な交付金を出します」という「電源三法」という法律を作っています。
発電所を建設される地域にとってはデメリットのみが存在するわけですから、当然反対運動が起こってきます。
その反対運動をさせないように莫大なお金を払い、デメリットとのバランスをとろうというのがこの電源三法に基づく交付金、「電源三法交付金」なのです。
交付金の財源は電気料金にかかる電源開発促進税です。
つまり、その交付金はわたしたちが支払っているのです。

地元に発電所ができれば、莫大な固定資産税が自治体に入るようになります。
電力会社は地元の漁業協同組合にも大きなお金を出しています。
「漁業補償金」や、漁業協同組合や自治会などに出す「協力金」 などです。
どうして、こんな補償金を出しているのでしょうか?

★わたしたちは、原発が事故を起こさなくても、「海は常に放射性物質で汚染されている」という事実を知らなければなりません。
20年間、原子力発電所の現場で働いていた(故)平井憲夫さんは「放射能垂れ流しの海」と題して、つぎのように書いておられます。


冬に定検工事をすることが多いのですが、定検が終わると、海に放射能を含んだ水が何十トンも流れてしまうのです。
はっきり言って、今、日本列島で取れる魚で、安心して食べられる魚はほとんどありません。
日本の海が放射能で汚染されてしまっているのです。
海に放射能で汚れた水をたれ流すのは、定検の時だけではありません。
原発はすごい熱を出すので、日本では海水で冷やして、その水を海に捨てていますが、これが放射能を含んだ温排水で、一分間に何十トンにもなります。
原発の事故があっても、県などがあわてて安全宣言を出しますし、電力会社はそれ以上に隠そうとします。
それに、国民もほとんど無関心ですから、日本の海は汚れっぱなしです。


平井憲夫 「原発がどんなものか知ってほしい」より)
 http://www.iam-t.jp/HIRAI/index.html#about


★ 原発を受け入れた地元住民が払った代償 ★



電源交付金は、自治体にとっては喉から手が出るほど欲しいお金のようです。
この交付金によって、役所の建て替えや、大規模なホール、スポーツ施設、福祉施設などを建設している自治体が多数あるようです。
ただし、交付金や固定資産税は何年か経つと入ってこなくなったり、金額が極端に減ったりします。そうすると、建設した施設の維持費が大きな負担になってくるわけです。
それで、またお金がほしくなってきます。
つまり、一度原発を受け入れた地域は2号機、3号機がほしくなる、という仕組みになっているというわけですね。
莫大な札束を目前にちらつかせて承諾させているのが、この交付金制度なのです。(福島には原子炉が6基もあります)

地方自治体も地元住民も、結局のところはお金に目がくらんで「うん」と言ったために取引きが成立したのですから、あとで何が起こっても文句は言えない立場にあるはずです。
農家の人や漁業関係者たちが抗議のデモ行進をしないのは、そういう理由があるからでしょう。

福島原発の地元では、住民の3~4人にひとりが原発関連の職種についているといいます。
ある人は原発で働き、ある人は原発で働く職員や外部労働者を相手に商売をしてきて、原子力とともに共栄共存してきたと語る人もいます。
だから、彼らの中には、わたしたちほどの「怒り」がないのです。

福島の人たちは、自分たちの生命のみならず、海に住む数多の魚介類の生命をも、莫大なお金と引き換えたのだといっても過言ではないでしょう。

★福島県東部の太平洋に面した浜通り地方。
今まだ頻繁に地震が起こっているところですが…。

この地方のほぼ中央に双葉郡楢葉町という町があって、そこに町役場に隣接して三階建ての「町コミュニティセンター」(収容人員800人の大ホール)が建っていたようです。
今はどうなったか、定かではありませんが。
そこは双葉郡内最大の文化施設で、国の電源三法交付金を使って建設し,1985年にオープンしたそうです。
コンサートやミュージカル公演などが年間を通じて行われ、町民の文化活動の中心となっていたようですが、維持管理には年間7000万円ほどもかかり、催し物の主催者が支払う使用料だけではとてもまかない切れない現実があったといいます。
(参考資料 原子力教育を考える会 「地域の豪華施設」参照) 

そして、このたびの大震災と原発事故です。
「何のこっちゃ!」と言いたい現実ですね。
彼らは、お金と引き換えに大きな代償を払ったのです。




★ 私たちの意識を変えない限り原発はなくならない ★



結局のところ、電力を湯水のように使うのが当たり前の文明を作ってしまった人間たちにもっとも責任があるということです。
電気が来なければ、水道も使えない。
灯油で沸かすお風呂でさえ、電気が止まれば、沸かせない。
別々に機能ができないようなシステムを作ってしまったのです。

原発がさらに必要になったのは、わたしたちの家庭での電気消費量が多くなったからでもあるのです。
政府や東電は、「国民が夏にクーラーを多く使うために電力不足になる」と、よく言いますね。
それならみんなが省エネに徹すればよいのです。
省エネのエアコンに買いかえれば、随分電力の使用量はちがってくるし、電気料金も安くなります。
(買えない人は、扇風機で我慢するしかないでしょう。笑)

政府はエコ製品への補助金を打ち切らずに、省エネ率の優れた電化製品にはどんどん補助金を出しつづければよいのです。
そうすれば、企業もさらに優れた省エネ製品を開発しようと互いに競争するはずです。

★日本の発電方法は、おおよそ原子力 30%、石炭火力 25%、LNG火力 25%、石油火力 10%、水力 10%となっていますが、原子力30%の分を何で穴埋めするかということばかりを考えるのではなく、その分がなくても大丈夫であるような生活に変えていくことが重要なのです。

電力を極力消費しない暮らしを考えること、自然に沿った生き方を見直してみること。
太陽の光と熱を貴重なエネルギーとして、その恩恵に感謝を捧げていた太古の生活を思い出すこと。
地球が人類に望んでいることは、その辺りにあるのではないでしょうか?

電力会社は、電力が余れば捨てなければなりません。
それなら、十分余らせてやりましょう。
わたしたちが高い電気代を払わなくなれば、彼らも考え直すでしょう。

個々に節電する気もないくせに、原発だけをやめさせようとするのは、本末転倒ですよ。



★ 代償の法則 ★



宇宙には、作用と反作用、前進と後退、浮き沈みがあります。
世界の創造と破壊。勃興と衰退。誕生と死滅。
振り子が左右に揺れるように、潮の満ち干があるように、太陽や地球、あらゆる生物、エネルギー、物質、精神、霊…。
森羅万象に至るまで、この「リズムの原理」を表現しています。
これは、普遍的法則です。

振り子は、右に揺れたら、その揺れた分だけ左に揺れますね。
大きな揺れなら大きく戻ってきて、小さな揺れなら小さく戻ってきます。
一方の揺れが、他方の揺れを決める」のです。
この「一方に揺れることで、他方への揺れに釣り合いを取る」というのが、「代償の法則」です。

代償の法則」は人生にとても重要な役割を果たしています。
人は何かを得たときには、何かを失うという「代償」を常に払っているのです。
気づいているいないにかかわらず、釣り合いをとらされているということです。

★悲喜交々(ひきこもごも)のめまぐるしい気持ちの変化に対しても、同様の原理で説明することができます。
「自分自身」を無意識よりも上に引き上げることで、ネガティブな揺れが起きるのを阻止し、その影響をかわすことができるのです。
ヘルメス学者はこれを「精神の中和法則」と呼んでいます。
振り子の揺れに翻弄(ほんろう)されない方法ですね。

お金を出さなければ、おいしいごちそうは食べられません。
そして、おいしいごちそうは、食べればなくなるのです。
得るものは失うものによって償われる」という法則を知っておくことも
人類には必要かもしれません。




わたしたちにできること―地球に感謝をささげよう!

2011年04月22日 14:00


★ 読者の質問にお答えする ★
  


単刀直入に聞きますが、どうすれば原子力発電はなくなるのでしょうか?
どうすれば役所や政治家、国のリーダーたちの意識を変えれるのでしょうか?
僕はいつも答えを探し続けています。しかしまだ見つかっていません。
いったいどうすれば未熟な高校生の僕に世界が変えられるのでしょうか? 
ヒントでも結構です。教えてください。



★ お答え ★



★「どうすれば原子力発電はなくなるのでしょうか?」という一つ目の質問ですが、
日本が、世界が、沈没したら、すべての原発が同時になくなるでしょう」ということをお伝えしておきます。
これは冗談なんかではありません。地球はそこまでやる気ですよ。

まずあなたは真に原発をなくしたいと思っておられるのでしょうか?
なくしたいのであれば、今原発でつくられている電力、つまり日本の発電全体の約30%分の電力を必要としないという意志をもって、省エネに徹することです。
それは、小学生でもできることですね。
みんなが意識的に節電に協力すれば、30%はクリアできるはずです。

★つぎの「どうすれば役所や政治家、国のリーダーたちの意識を変えれるのでしょうか?」についてですが、
基本的な考え方(他者の意識を自分の都合のよいように変えることはできない)を以前にもお答えしていますので、過去ブログ「わたしたちから始めよう!―意識の変容はまずあなたから―」を腑に落ちるまで繰り返しお読みいただきたいと思います。

★国のリーダーたちの意識がどうであろうと、わたしたちがやれることはあります。
国民がもっと抗議の声を、国会議員や電力会社にイヤというほど届けることです。
ドイツのように、おとなも子どもも一緒に、各地で大規模な抗議デモをやるということも効果があるでしょう



   ドイツのデモ行進1   ドイツのデモ行進2
★上の写真はベルリンで開かれたデモで、25万人が参加したといわれています。
行進するデモ参加者(2011年3月26日撮影)。(c)AFP/ODD ANDERSEN

   日本のデモ行進1   日本のデモ行進2
★10日、都内の東京電力(TEPCO)本社前などで、原子力発電所の廃止などを求めるデモが行われました。
写真は東電のイメージキャラクターのイラストを描いたプラカードを掲げるデモ参加者たち(2011年4月10日撮影)。(c)AFP/TOSHIFUMI KITAMURA


政治家は、ほんとうは国民が一番恐いはずです。
選挙で投票されなければ、おしまいですから。
国民が本気で怒れば、彼らは考えを新たにせざるを得ないでしょう。
原発だって、地元住民が猛反対すれば、建設することは不可能なのです。
前回の記事に書いたように、各地の地元住民がうまく説得され、OKしたから成立したわけでしょう。(反対した人よりも賛成・同意した人の方が多かったということですね)

日本人はおとなしすぎます。
激しく意見を言いません。
人を信じすぎます。疑うということをしません。
国民はもっと賢くなる必要があります。

真実を知らないから、みんなどうしてよいのかわからないのです。
待っていても、だれも与えてはくれませんよ。
自分で実態を調べ、真実を把握することです。
たとえば、原発で働く人の生の声、真実の声を知ることです。

原発の現場の人たちも、もっと勇気を出して、国民にその実態を発信することが必要です。
前回紹介した平井憲夫さんのような現場の体験者のお話が、一番説得力があるのです。


まず実態を知ること。
国民にはそれを知る権利があるのです。
政府や原発に執拗に真実を問い続けることが必要でしょう。


★最後に、「いったいどうすれば未熟な高校生の僕に世界が変えられるのでしょうか?」というお尋ねですが、残念ですが、あなたが「未熟な高校生の僕」と思っている限り、世界は変えられないでしょう。
また、そんな「未熟な僕が世界を変えよう」と思っていること自体、尊大(横柄)だと思いませんか?

まず「高校生の僕」という制限を取り払ってください。 
そして、あなたの内側の世界を変えてください。
そうすれば、外側の世界は変わっていきます。
世の中の見方も変わっていくでしょう。



★わたしたちは世界のひどい有様を見て、「こんな世の中を変えなければ!」と思います。
何としてでも変えなくては!
わたしたちの多くは、そんな大いなる志を抱いて地球に生まれてきたのです。

でも、そう思っている自分自身が、じつは「以前と同じままの自分」であったりするのです。
以前と変わらないという事実」には、気づかないのです。

自分ですら変えられないのです。
そんな人たちが、どうして世界を変えることができるでしょうか?



政治家を批判することは簡単です。
でも、首相になったらなったで、大変なのです。
首相の大変さは、なった者でないとわからないでしょう。
今優先すべきことは何なのか? 
日本の行く末なのか、人類の行く末なのか、あるいは、自分の行く末なのか…。

物質次元にしか焦点を合わせていない人たちには、それが判断できないのです。
目の前のことしか見えていないからですね。
目の前のことしかわからない連中が多いからこそ、地球は津波や地震や竜巻などの現象を起こして見せているのです。

★今起こっていることは最悪のことなのではなく、「それは必要だから起こっている」のです。
自我の欲望で満ち満ちたこの「世の中の構造、仕組みを変化させること」が、今必要不可欠なのだということを知ることです。


マインドで生きるか? ハートで生きるか? 
過去記事でお話ししましたね。
考えてもわからないことは考えないことです。
マインドで生きる時代はもう終焉を迎えています。
再度ブログを読んでください。
答えはそこにあります。

これで、お答えになったでしょうか?


★ 拍手コメントから ★



ここで、過去記事「打てば響く人&響かない人」に対して、「拍手コメント」をくださった方の文面を載せさせていただきたいと思います。


初めまして こちらのブログに巡り合えて嬉しいです。ありがたいです。
アセンションの事は今 勉強中です。
原発 私も止めたいです。 
今週末 代々木での反原発デモに参加する予定でいます。
未来のために何かできたらと思います。


こんにちは 
私もアセンションのことは今までに19人の人に語ってきましたが 
ブログの見れる人5人には伝え、本も持っているだけ全て、読む方に渡していますが 
真剣に考えてくれる人は本当に少ないです。
原発は直ちに止め、他の方法に方向転換してもらいたいです。  
行動を起こすべきですね。



★共鳴してくださって、ありがとうございます。
このように、「自分でできることをしたい」、「何か起こそう!」という意識をもって、ひとりひとりが行動することが、世の中を変えていくのです。

★人の心を打ち、意識や意志を改めさせるような、強いすばらしい波動を出すことは可能です。

その人の強い願いや意志が送り出す思念エネルギー(念波)は、勢いよく振動します。
その人のもっている独特のオーラが周囲に伝播するように、そのエネルギーは遠くまでつき進み、相手に届くのです。

感化力」というのは、心の誘導によって生じます。
そして、「思念エネルギー」というのは、声に出す言葉よりも、はるかに力があるのです。

言葉に出して言えない人や行動できない人は、日本の政治家たちに自分の願いを「声なき声」として届けることもできるのです。
ぜひ、お試しあれ!



★実際に何らかの役に立ちたい人は、「原発反対の署名に参加」することもできます。
ブログ左サイドの下に「STOP原発!原発反対の署名ができるサイトの紹介」を貼っています。
項目が1~26ありますので、ご自由にお使いください。
 (22日16時10分更新)

★その後締め切られた内容が多いため、サイトの紹介は外しました。
関心のある人は下記サイトをご参照ください。(5月3日更新)
STOP原発!原発反対の署名ができるサイト




桜の花
   枝から顔を出した桜花たち  撮影 光の仕事人


もうひとつ、どんな人にでも、できることがあります。
それは、地球に「ごめんなさい」と「ありがとう」を言うことです。
数年前、ハワイの秘法「ホ・オポノポノ」が日本でも流行しましたね。

  ごめんなさい
  ゆるしてください
  ありがとう
  愛してる

この言葉を思い出してください。

今日一日地球に貢献できなかったなら、それを心から詫び、
そして今日一日無事に生かしてもらったことを、感謝するのです。

光はまずあなたから。
皆さんひとりひとりが、光の共鳴の連鎖を繰り広げていってくださることを、
心から願っています。



「気づきの教室」からのメッセージ

2011年04月27日 02:10


★「気づきの教室」からのメッセージ ★



下記の文面は「気づきの教室」にお申し込みいただき、数秘とカードリーディングを受けられた方々の感想文です。(これは「レポート」とは別のものです)
読者の皆さんに公表してもよいという許可を得ておりますので、ここにその全文を掲載させていただきます。


「リーディングを受けての感想、気づき、変化したこと」
            
(2011年4月16日 46歳 女性)

 リーディングを受けさせていただいた後の感想等を書き記す前に、まず当時の(……と言いましても、つい一ヶ月前のことなんですが……)私が置かれていた状況についてご説明させていただきたいと思います。
 
 私は40代後半に差し掛かった地方の自営業者で、家族構成は夫と猫が4匹。職種はボディとメンタルケアを行うサロン業で、起業してから6年になりますが、不景気のあおりを受けてなのかなかなか実績が上がりません。意思疎通する努力を互いに放棄した夫との間にできた亀裂も深まるばかり。仕事と家庭から生じるストレスがウツ症状となって心身に現れ、それを飲酒と喫煙によって紛らわせる日々を送っていました。

 お客様の抱える悩みごとを受け止め、支えていかなければいけない仕事なのに、こんなに自己分裂を起こしていては仕事にも何にもなりません。それこそもう、人と会うことさえ苦に思えて、全部を捨てて死んでしまえたらどんなに楽だろうとしか考えられない状態になっていました。でも、自殺して地縛霊になって存在するのも苦しそうなので、いっそ魂ごと消滅する術はないのだろうかと、本気で考えていたのですから恐ろしい話です。今になって思い返すと、あの時の心身状態は普通じゃなく狂気じみていました。

 そんな折、3月も下旬に入っていたと思いますが、ネットである調べものをしている最中に偶然、「思いの制限をひらく」と言うブログと出会えたのは、私の人生における最大の僥倖が訪れた瞬間だったと言えるでしょう。ええ、もちろん、今ではこの世に「偶然」などない、と心で理解していますが、その時には偶然だとしか思えなかったのですよ。
 今を抜け出す機会を求めていた私は、直感的にリーディングを受けてみようと思い立ち、即座に申し込みをしました。私の魂は、藁をも掴みたい心境、だったのかもしれません。

 まず私がお願いしたのは、数秘リーディングBとカードリーディングD。数秘においては私の魂が切望していることを知りたくて、カードにおいては今の仕事を続けるべきか知りたくて、二種類のリーディングをお願いしました。
 数秘リーディングの結果、私の魂は自立を求めていることがわかりました。光の仕事人さまのお言葉を借りるならば、「あなたが人生のなかで何よりもほしいものは、自分が独立して、自分が全体であって、自分自身の足で立つということです。」となり、これは依存と言うものを嫌う私にはとても納得できる内容でした。しかし、この時点での納得はまだマインドが下した納得であり、心からの納得でなかったことは後になってから気づいたことです。

 カードリーディングにおける鑑定結果は、正直、私にとってかなり衝撃的なものでした。それを一言で説明するならば、「甘えるな」と頬を打たれたような衝撃……とでも喩えられるでしょうか?光の仕事人さまは淡々とリーディング結果を文面で述べられるだけで、決して私を責めるようなことは何一つとして書かれていません。

 私の頬を打ったのは、私の魂です。
「物質的なものにしか捉われず、怠惰に生きることを自分に良しとしてきた報いが状況になって現れてきているだけだ。仕事も病気も、今の人間関係もすべて、自分の心の現われに過ぎない」と、私の魂が叫び続けていたことに、私はようやく気づかされました。全身に震えがくるほどの衝撃を受けたことを、今でも覚えています。同時に肩と頭にひどい痛みが生じて、その日はあまりよく考えることもできないまま早々に床についたのでした。

 後になって光の仕事人さまに教えていただいたのですが、それは送っていただいた光エネルギーがもたらした私の浄化の第一歩でした。
 翌朝、眼が覚めたと同時に私は「変わろう」と思いました。それは自然に湧いてきた強い意志で、我ながらビックリするほどの確信に満ちた思いでした。起き上がると、昨夜はあんなに辛かった体の痛みが消えています。気分も不思議なくらい爽快で、苦もなく寝床を離れられたのも数年ぶりのことだったかもしれません。

 その日は、職場に閉じこもり、一人で様々なことを考えました。初めて、自分自身と自分の過去を直視して考えたように思います。初めて、自分自身であることの責任を取る、と言うことの意味を考えたのではないでしょうか。
 そうして私はやっぱり、「変わろう」と思いました。このままで人生を終えたら絶対に後悔する。それが嫌なら、変わるしかないと、心の中の何かが反転していっそ開き直ったような心境になっていたことを覚えています。

 その日から自分を浄化するために瞑想をはじめ、酒と煙草を断って生活習慣を改め、まず自分を取り戻そうと決意しました。うまく言えないのですが、私は私のために生きようと思ったのです。それまで私は、自分が自立した人間だと考えていました。経済的にも精神的にも他人に頼ることがなかったからです。だけど、自立とは、そんなことではないのだとその時に気づきました。
 私は、私自身すら信じられず、頼るどころか嫌悪していたのです。できるだけ自分と言うものを遠ざけようとして生きてきたのです。心理学的に言えば、「自己一致」ができていない状態です。自分が自分であることを拒んでいる限り、真の自立はありえません。
 そのことに、40数年かけてようやく気づくことができました。

 自分が自分であることに安らぎを覚え、魂が求めるところをマインドは理解し、実行に移せるように助力していく。それが、私が求め続けていた自分のあり方でした。
 文字にすると簡単なことですが、それが腑に落ちて理解できた今、私はあんなに自分を脅かしてきた不安を感じなくなりました。恐れもなくなり、何が起きても私の魂と添い遂げようと思うたびに不思議な自信さえが心に芽生えてきています。

 その後のことですが、私は別の質問内容でカードリーディングをしていただきました。これで計3回のリーディングをしていただいたことになりますが、どの鑑定内容にもたくさんの気づきと内省の材料があり、いただいた資料を読み返すたびに、「今」気がつくことができて本当によかったと心が幸せに打ち震えます。

 それからの一ヶ月、やけに涙もろくなってしまったのも、変化と言えばそうなのかもしれません。年齢のせいだけではないと思うんですが(笑)野辺に咲く雑草の花さえが愛しく思えて涙し、呼吸ができることもありがたく思えて涙し、みたいな感じで、なんだか何もかもが新鮮に感じられてもう一度生まれ直したような気分さえしています。

 再生。私に起きた変化を一言で言うならば、その言葉しかないように思います。
 生まれてきてよかった。今ここで生まれ変わることができてよかった。光の仕事人さまと出会うことが許されて、本当によかった。
 心からの感謝に満ちてお礼を言えるようになったことが最大の喜びです。本当にありがとうございました。


☆ 光の仕事人より ☆

★彼女からの最初のメールに「リーディングの参考に使ってください」と、自分のお店のホームページのURLが載せてあり、そのHPを開いた瞬間、わたしの身体が激しく反応したのがわかりました。
強烈なネガティブエネルギーでした。それが、彼女にまとわりつき、ネガティブな方向へと引きずり込んでいることがわかったのです。
そこで、そのエネルギーの正体を調べた上、「そのネガティブエネルギーの浄化は、彼女自身が試みる必要がある」というわたしのハイア―セルフからのメッセージを彼女に伝えました。
彼女はブログに掲載していた浄化法を毎日おこなわれ、そして、ネガティブエネルギーをみごとに取り払われたのです。

その後、「サロンに来られるお客様も急に増えて、仕事の面でも充実している」とのことですが、ものすごい変化が彼女の中で起こったのがわかります。

私の魂が非常に喜んでいるのがわかります。祈る喜びが、私の中に巣食っていた恐怖と不安を駆逐したようで、今はとても幸せで落ち着いた気持ちで日々を過ごすことができるようになりました。これからも浄化を続け、来るべき大いなる変容の時に備えようと思っています」という彼女から送られてきたメールの文面からは、挫折(ブレイクダウン)を突破(ブレイクスル―)へと変化させたあとの、歓喜に満ちた清々しい波動を感じることができます。


桜



「気づきの教室」のリーディング、メールのやりとりで得たこと 
             
(2011年4月24日 24歳 男性)


私は長年、精神的な問題に苦しんできました。
さまざまなものに対して恐れが強く、悲観的な考え方をしてしまうのです。

自分のことがとても嫌いになり、自信をなくし、うつ状態になりました。

何とかこの状態を抜け出したくて、たくさんの事を考えました。
哲学やスビリチュアルに関する本も読んだりもしたのですが、悪化する一方でした。
そのうち、ついに、限界を感じ、精神科にかかることにしたのです。
しかし、そこの先生はただ症状を聞き、その症状を抑える薬を処方してくれただけでした。
その薬を飲むと、症状が和らぎ、楽になりました。そこから、薬に頼る生活が始まってしまったのです。

しかし、薬は症状を抑えるだけで、根本的な解決にはなりません。
そのうち薬の数はどんどん増えていきました。いつしか薬に依存し、薬なしではいられなくなってしまいました。
結局、薬で治ることはなく、ひどいうつ状態になり、生きている事が本当に辛く、何度か自殺未遂も起こしました。
精神科の病院に入退院を繰り返して、なんとか命だけは繋いでいるだけの日々の中、自分以外の誰の事も気にかける余裕もなく、全てがどうでもいいと思う自分がいました。

変わらず薬を出されるだけの毎日で、ただ時間だけが過ぎていきました。
そんなときに、偶然にも光の仕事人さんのブログに出会ったのです。

リーディングに惹かれ、すぐに申し込みました。まず申し込んだのはリーディングDです。
すぐに結果が届き、読んでみると、自分がいま置かれている状況や性格や癖、そして、嗜好品の傾向までが当っていたので、とても驚きました。
アドバイスも書いていただいていたのですが、そのときはまだそれを行動に移すだけの元気がありませんでした。

しかし、自分のことをもっと知りたいという思いがあり、続いてリーディングAを申し込みました。

リーディングAからは、リーディングDでは知りえなかったことが知ることができ、更に自分についての理解を深めることができました。
リーディングAを読んでとても驚いたことは、自分にはネガティブな分霊がいて、自分の人生に影響を与えていたということです。

その後、もう一度、リーディングDを読みなおしました。
前よりも確実に伝わって来るものがありました。
自分は今、鳥かごのようなものの中から外を見ているということが書かれていました。

ブログのプロローグの鳥の話を読みました。
その鳥は、自分がいつも止まっている止まり木が唯一の真実だと思い込んでいました。
自由に飛んでいる鳥たちを見て、「信じられない」「ありえない」と思っていたのです。
私に当てはめてみると、いままで自分を苦しめてきた考え方、薬なしでは生きていかれないと思っていたことが、いまの私にとっての真実のひとつではないかと思いました。

そして私も、元気に生きている人たちをみて、自分も同じようになることを「信じられない」「ありえない」と思っていたのです。

しかし、その鳥は他の鳥に声をかけられ、思い切って飛び立ちます。
そして、今までの真実は自分が創っていた制限にすぎないということに気づき、自由に羽ばたくことができるようになったのです。今までの「信じられない」「ありえない」は「信じられる」「ありえる」に変わったのです。
これを読んで、私は「自分にも必ず同じことが言える、いつか必ず元気になるときがくる、だから希望を持って生きていこう」と思いました。

今すぐに実行できることはなんだろうと考え、まずは、いままで依存してきた薬を飲むのをやめようと決意しました。

過去に薬をやめようと試みたことは何度かありましたが、いずれも途中で耐えられなくなり、失敗に終わっていました。
今回は今までよりも強い決意を持ち、翌日病院に行き、すべてカットしてもらいました。
やはり、薬を絶つとひどい離脱状態が現れました。
「初めから飲まなければよかった…」とその時、深く後悔しました。
今もそうなのですが、離脱症状の影響で思考が散漫になり、思うように文章を書くことができません。
薬をやめたばかりのときは、一日中、ネガティブな想念に襲われ、頭痛や吐き気で、食事も満足に食べられない状況でした。
会話もままなりませんでしたし、メールなどで文章を書く事も全くできませんでした。

そんな中、光の仕事人さんに、メールで、自分の体に対して「ごめんなさい」と詫び、「ありがとう」「愛してる」と感謝をすること、そして、ネガティブな思考が出てきてもそれにとらわれずに開放することなどを教えていただきました。そうしてみると、苦しさはかなり軽減しました。
体調は日に日に良くなり、今は、普通に食事も摂れていますし、週に一度の診察も、自転車で通い、先生からも「明るくなったね」「元気そうだね」と、温かい言葉をかけていただけるようになりました。
その後も、光の仕事人さんがメールを送ってきてくださり、その都度、貴重なアドバイスをいただきました。

ひとつは、私はアセンションに参加するため、今回地球に生まれてきたということです。
それまでは目先のことに必死になっていて、アセンションのことはほとんど考えていなかったのですが、それを知ってからはアセンションについて真剣に考えるようになりました。
これから更に理解を深め、意識をどんどん高めていきたいと思っています。
そして、地球や周りの人たちに貢献する生き方ができれば嬉しいです。

まとまりもなく、長い文章になってしまいましたが、読んでくださって、ありがとうございました。


☆ 光の仕事人より ☆


★彼の状態の大変さは、数々のメールを通して伝わってくるものがありました。
一喜一憂の日々のなかで、特に状態がよくないと感じたときは、ときどき励ましのメールを送らせてもらいました。

体調不良で寝込んでいました」と言いながらも、いつも一生懸命返事を書いてくださるので、その誠実かつ前向きな気持ちを、とてもうれしく思ってきました。
その返信からは、しぼんでいた花が水を得て生き返ったような新鮮なかがやきを放った波動が感じられ、身体はまだ不自由であっても、彼の魂は正常で、本来の清明なきらめきを懸命に取り戻そうとしていることがわかりました。

彼のように薬害の恐ろしさをつくづくと思い知らされた人もおられるでしょう。
ウツで悩む人は薬に頼るのは極力避けてほしいです。
すべては自分の思い方の問題なのですから。

☆お二方とも、リーディング前の状態からどのように意識が変化していかれたかが、とても具体的に書かれていて、それぞれに迫力があると思います。
すばらしい感想文をありがとうございました。
おふたりの意識の変化に心から拍手を送ります。



4蝶の写真


     
変容…それは、ゴータマ・ブッダ(お釈迦さま)が6年にわたる探求の末、
もうこれ以上自分にできることはないと知って、
ついにあきらめたときに起こったことです。
彼はその瞬間、光明を得たのです。

変容…それは、死のように、自らにとって最適の時期を選んでやってきます。
そして、わたしたちをある次元から、別の次元へと連れていくのです。

変容…古いあなたが死んだとき、新しいあなたが誕生するのです。
さなぎから羽化した蝶のように。





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