自分に悪影響を与えるものとの「霊的な結びつきを断ち切る」方法

2010年10月02日 13:00


2010年9月21日の記事「★ネガティブ系異星人に影響されているときの症状&対処法★」のなかで、「霊的なつながりを断ち切るのも効果的」だと述べましたが、
どのようにして切ればよいのか知りたい人がおられると思うので、
今回お伝えしておきたいと思います。


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★「霊的な結びつき」は、「ネガティブな思考形態」と「感情」でできている★



★「霊的な結びつき」は、この世に生きている人間だけでなく、死霊や異星人、場所や環境、物質、記憶や体験、中毒などに対する不適切な愛着嫌悪から成り立っています。
愛着とは、幸福をもたらすものを追い求めることです。
嫌悪とは、不幸をもたらすものを取り除こうとすることです。

たいてい複数の相手とコードのようなものでつながっています。
それを透視能力者が見ると、灰色や黒のヒモ、糸、クモの巣のような気持ちの悪い構造物が、エネルギーの中心(チャクラ)にくっついているように見えるようです。
そのようなコードからエネルギーが奪われることで、自分のオーラが枯渇したり、肉体的な痛みや不快の原因となったり、身体が病気になっていったりするのです。


★「霊的な結びつき」は、「ネガティブな思考形態」と「感情」でできていて、「その存在を意識しないままつくられている」と、サンディエゴの名誉神学博士スーザン・シュムスキーは言っています。
だれか(何か)と依存の関係にあるときは、一日に数回霊的な結びつきを断つことも必要です。

生まれるときは、だれもが母親のおへそとつながっていますね。
その「へその緒」は、子どもが成長しておとなになっても「霊的な結びつき」として残っているのだそうです。
ですから、まず自分の母親との「霊的な結びつき」を切ることが必要かと思われます。
特に母親が亡くなったときにはそれが重要」だと、スーザンは述べています。

★スーザンは「ほとんどの人がこの『霊的な結びつき』を『愛の結びつき』だと思っているので、それを断ち切ることを躊躇します」と述べています。
霊的な結びつきを絶つ」ことは、「愛の絆を絶つ」こととは違うということですね。

そして、スーザンは「それを毎日断ち切ることで、逆によりよい人間関係を構築することが可能となる」と述べています。



★わたしの経験から言いますと、家族との絆が切れることはありませんが、他人などの場合はすっかり関わりがなくなってしまうことがあります。

この祈りは「自分が悪影響を及ぼされている相手」に対しておこなうわけですから、つながりが無くなったほうが有り難いわけですね。
むしろ、縁が切れないと困る場合が多いのです。

★「霊的な結びつき」は、つぎに記す「祈り」によって断ち切ることができます。
これは、スーザン・シュムスキー著 『オーラ・ヒーリング』 に記載されているものですが、わたしがおこなったワークのなかで、もっとも効果があった「祈り」のうちのひとつです。

いい加減な気持ちでおこなうと、決して効果は期待できません。
強い意志をもって、真剣に力強くおこなってください。
言葉そのものにはパワーはありません。
言葉に込める気持ちにこそ、真の価値があるのです。


切れたかどうかは、たいてい自分でわかります。
ほんとうに切れたのであれば、もう二度と悪影響を及ぼされることはないからです。
しかし、断ち切る相手によっては、非常に執拗で困難な場合もあるということを念頭に入れておいてください。



☆ 霊的な結びつきを断ち切る祈り ☆


  (より強く、断ち切りにくい関係のために)
  
  
  聖霊にお願いします

  わたしと(人、場所、物、依存していること)のあいだの
  霊的な結びつき、因縁関係をすべて
  断ってくださるように

  霊的な結びつきは、今
  永遠に、完璧に、そっと、しかし完全に
  
  断ち切られ、断ち切られ、断ち切られ、

  断ち切られ、断ち切られ、断ち切られ、

  (光の剣やはさみなどで断ち切ったところをイメージし、
   終わるまで繰り返します。
   ここで自分の手で強く断ち切る動作を繰り返すと効果的です)

  
  高みに運ばれ、愛され、浄められ、癒され
  赦され、自由になり、 
  解放され、完全に消えていきます

  一枚ずつ、一枚ずつ、一枚ずつ、

  少しずつ、少しずつ、少しずつ、

  (終わるまで繰り返します)
  
  神さまに感謝を 心からの感謝を 




★執拗に切れないときは、この祈りを繰り返しておこなってください。

祈りの前に「大天使ミカエル、どうぞ、今ここに来てください
と大天使ミカエルを呼び、「いっしょに断ち切るのを手伝ってください
とお願いします。
彼の剣を貸してもらい、それで切るのもよいでしょう。



ハート
サイキックアタックに苦しんでいる人は少なくありません。
そんなときにこのような「霊的なつながりを断ち切る方法」も必要ですが、
最大の防御は、常に心がやすらかであることです。

あなたがいつも霊的に無防備な状態で、
恐れや心配や不安をつよく抱いているのなら、
ネガティブな波動をもった存在の恰好の標的となるかもしれません。

つよく欲するものが引き寄せられてくるように、
つよく恐れるものも引き寄せられてきます。

過去記事でも繰り返しお伝えしていますが、
恐怖が否定的引力となることを覚えておいてください。

あなたが清く健康で光かがやくオーラをもち、
心身ともに柔軟で、やすらかであれば、
そのような存在を招くことはないでしょう。



★*゚*☆*゚*★*゚*☆*゚*★ ★*゚*☆*゚*★*゚*☆*゚*★ 


★過去記事「サイキック・バンパイア」と「サイキック・スポンジ」で
オーラの自己防衛法」を載せていますので、
併せてお読みになり、実践してください。

★ 参照過去記事 ★

★「サイキック・バンパイア」と「サイキック・スポンジ」

★悪想念を受ける人と受けない人





意識を変える試み―悪影響を及ぼすネガティブな見えない存在に気づきを与える

2010年10月05日 15:30


★悪影響を及ぼすネガティブな存在に気づきを与える★



目に見えないネガティブな存在に対して、だれもが「浄化の奉仕」をすることができるかというと、そうではありません。したくても、浄化できない人もいます。
浄化の奉仕」は、自ら光のパワーを持っている人、使命があってそのパワーを与えられた人によって初めて可能となります。
そうでない場合は逆に攻撃を受け、危険な状態になりかねません。
安易におこなわないほうが賢明です。

★ただし、自分が悪影響を及ぼされているその相手に対して、自分の気持ちや意見を言い聞かせることは可能です。彼らは聞いていますから、目には見えなくとも、声に出して話せばいいのです。
それで気づいてくれるかくれないかは、相手に任せるよりほかありませんが、納得すれば立ち去ってくれます。


過去記事でも、ネガティブな存在から影響を受けて困っている人のために「対処法」などをお伝えしてきましたが、補足を記しておきたいと思います。
これらの真実は、わたし自身が体験している真実であって、他者の体験や見解はまた異なっているかもしれません。
ですから、この内容はあくまでもわたし(光の仕事人の真実〉なのだということを念頭におき、思いの制限をひらいてお読みくだされば幸いです



★ 悪霊には権威を持って対応する ★ 



次女にやたら浮遊霊が憑くようになり、毎日のように浄化作業に追われていたのは、2007年~2008年の頃でした。

その当時地球上に憑依霊がやたら多かったのは、過去記事でお伝えしたように、地球のアセンションに伴って霊的世界の各階層に異変が起きたことがその原因のひとつでした。

当時、次女はノイローゼになりそうだと愚痴をこぼすようになっていました。
霊が近くにいると、心臓の鼓動が激しくなり、頭が痛くなり、不快な症状に襲われるばかりでなく、ひどいときは動くことさえできなくなっていたからです。

一般の人の場合と異なっているのは、次女の守護神が次女の霊格を高めるために故意に浄化させている点にありました。
浄化する作業が増えていくにつれて、確かに次女の正常精神波動値は高くなっていたのです。
この思惑にまだ気づかなかったとき、次女は日夜真剣に悩んでいました。

憑依されたくないのなら、霊に『わたしに近づくな!』と強く言って、追い返しなさい」と言うと、
「そんなのはかわいそうだ。憑依するのは浄化してほしいからかもしれないから、もしそうなら望みどおりに浄化してあげなければならない」
と次女は言っていたのです。

その「お人よし」の部分に厚かましい霊たちがしがみついてくるわけです。
それでいながら、「なぜわたしには霊が憑くのだろう?もう霊に左右されたくない。もう浄化するのもイヤだ!」と愚痴をこぼしていたのです。

★浮遊霊に浄化の奉仕をするには、無条件の愛がなくてはできません。
でも、愛だけでは足りません。
その霊たちが人に依存するのではなく、最終的には自分で自分の意識を高めない限り、救われないのだということをしっかりと気づかせる必要もあるのです。


意識レベルが最底辺にある霊が来たときなどは、何度浄化してクリーンゾーンに上げても、またすぐに元の階層に堕ちてしまっていたからです。

なかには、全く浄化されたいとは思っていない「物見遊山(ものみゆさん)の霊たち」も来ましたから、そんなときは断固とした態度で、元いたところに戻るように言い聞かせなければなりません。

やさしく言っても効果はなく、「外へ出て行け!」と怒鳴って強く拒否することが必要です。(たいてい、驚いて離れます)
イエス・キリストも、人にとり憑いた悪霊に「黙れ、この人から出て行け!」と権威と力とをもって命じています。
そうすると、しつこい悪霊であっても即刻退散するのです。


★浄化されたくない霊を浄化しようと思うのはおこがましいことであり、いらぬお世話です。
彼らにも自由意志がありますから、何が何でも浄化しなければならないとは思わないことです。
それに悪霊をいくら浄化しようとしても、執拗(しつよう)に浄化されませんから、ムダな作業なのです。


では、放置しておくと必ず悪影響を及ぼすタチの悪い霊たちを、いったいどうしたらよいのでしょうか?
そこで、彼らを〈光の浄化箱〉に入れる方法を見出したのです。提案者は次女でした。



★ 光の浄化箱とは ★



光の浄化箱〉というのは、自分のイメージで創るもので、人の目には見えません。

ここに入れておくとしだいに更生し、真に浄化されたいと、希望するようになります。
光の浄化箱〉の中にいる時間は地球時間で数十分、あるいは数時間くらいです。

「さっき入れたのに、もう浄化してほしくなったの?」と驚くほど早い者たちもいました。
この〈光の浄化箱〉という空間の中にいることは、闇を好む者にとっては大変苦痛なのです。何しろ〈光の監獄〉なのですから。

クリーンゾーンへ行くことを希望して、しきりにその旨を知らせてくる霊は、たいてい反省が進み、ある程度の意識レベルにまで到達していました。
同じ浄化箱に入っていても、霊たちの意識の段階はまちまちですから、同じ時に浄化されてクリーンゾーンに行くとは限りませんでしたが、最終的にはみな自分に見合った領域へと旅立って行きました。

★霊を浄化する際には、究極的には、「自分の現実は自分でつくっている」ということや、「自分を癒せるのは自分自身であり、自分を救うのは自分自身である」ということに気づかせてあげることが必要です。

これは肉体を失ったゴーストにだけ言うことではなく、今肉体を持って生きている人たちにこそ、気づいてもらいたいことだと思います。



★ タロットカード・リーディングで気づきをもたらす ★



★「気づき」をもたらすため、憑依霊を相手にタロットカードのリーディングをしたこともありますが、これは効果がある方法のひとつであると思います。

憑依されている人がいたら、その人にカードを引いてもらいます。
〈問題のカード〉・〈その人にはわからない内的な影響〉・〈その人が気づいている外的な影響〉・〈解決するために必要なこと〉・〈解決・理解〉という意味で、五枚のカードを引いてもらうのです。

あらわれたカードの意味を憑依霊に言い聞かせているうちに、憑依された人は自分にもそういう問題やクセがあることに気づいていきます。
そして、霊のほうも自分の問題点を知り、その解決方法を聞くことで、気づきがぐんと早まるのです。

★この世に執着がある霊は、必ずといってよいほどガイダンス(導き・案内)のカードを引きます。
ガイドは外側から来るのではなく、自分の内側にいる」ということを知るためのカードです。

それは内なるガイダンスを信頼し、それに従うことを促すもので、ガイダンスとともに進めば、その霊の行く必要のあるところへ正確に行くことができるのです。


解説終了時点で霊が「浄化されたい」と望めば、カードの上で光を注ぎ、浄化をしてしまいます。
もし浄化することができなくても、霊の側の気づきが深まれば、自然に離れていくはずです。
この方法はタロットカードが読める人であれば、試してみられてもよいかと思います。
 


★ ダストゾーンから来た霊を認め、癒す★



★この世にとどまっている浮遊霊や未浄化霊、地縛霊などを浄化する際に必要なことは、彼らの「意識を変える手伝いをする」ことです。


かつてすばらしい超能力を持っていながら、それが認められず、自ら命を絶った有名な日本の女性がいました。

ある深夜に、彼女のことをインターネットで調べているうちに、ダストゾーンに堕ちていた彼女がほんとうにわたしのところへ来てしまい、非常に驚いたことがありました。
そのとき、次女も一緒にその場にいたのですが、わたしも次女も常にはない激しい戦慄(せんりつ)が全身をかけめぐったのを覚えています。

彼女は意識レベルが最下位となった十人ほどの女性とともにわたしのところへ来たのですが、浄化をして他の女性たちはみなクリーンゾーンに行っても、彼女だけはなかなか行きませんでした。

それで、彼女に「あなたの超能力は本物でしたよ。わたしはそれを認めます」と言いながら、光を送りつづけました。
すると、わたしの瞼の裏に白黒として見えていた彼女の顔が、カラーに変わったのです。
その後、彼女が晴ればれしたようにクリーンゾーンへと旅立っていかれたことがわかりました。

彼女がほしかったのは、だれかに承認してもらうことだったのです。
それが叶ったとき、彼女の意識は変わったのです。


亡くなった霊が地上にとどまる理由はさまざまです。

「自分の死にまったく気づいていない」、
「死後の世界を信じていない」、
「無知であるため、迷って混乱している」、
「現世や仕事、愛する者への執着がある」、
「傲慢で頑固である」、「罪悪感や恐れがある」、
「中毒、依存症、臓器移植との葛藤がある」、
「復讐のためにそこにいる」などです。

しかし、どんな霊も癒しを求めていることに変わりはありません。
ですから、彼らには「癒しと赦しのことば」を言ってあげることが必要なのです。



★ 霊を癒すための詠唱 ★
 


―スーザン・シュムスキー著『オーラ・ヒーリング』より抜粋―
  

    聖霊にお願いします
    
    あらゆる愛する者を
    やさしく癒してくださることを
    今このときに癒してくださることを

    愛する者たちよ、
    あなたは優しく清められ、
    赦され、開放され、
    愛と、光と、宇宙の救世主の完全性へと
    迎え入れられます。

    清められ、赦され、開放され、
    愛と、光と、宇宙の救世主の完全性へと
    迎え入れられます


   (最後の3行を霊が光のもとへ行ったと感じられるまで
    繰り返します)



意識を変える試み―ネガティブ霊を引き寄せるのはどんなとき?

2010年10月07日 10:45


★ ネガティブ霊に影響されているとき ★



意識を変えることが大切だ」ということはわかったけれども、実際になかなか変えられないのが実情ではないかと思います。
特にネガティブエネルギーの影響を受けていると、意識を変えることがさらに難しくなるからです。

過去記事「アセンションする地球―その真相と実態」のⅠとⅡで、人霊や動物霊などが行くべき領域に旅立ったため、人に憑依しなくなり、その原因が2009年の12月末になってわかったという内容を書きました。

それはKagari Kazukiさんのブログ「シリウス文明がやってきた」「2009年12月21日」と「2010年1月26日」の記事にも詳細に書かれていて、わたしが体験した時期とほぼ同時期であることがわかり、その現象の信憑性を確認することができました。

当時Kagariさんは「憑依の原因となる、悪魔、悪霊、邪気、邪霊、低級霊、低級霊としての動物霊といった存在たちが、地球地表上から一切いなくなり、あと残っているのは浮遊霊、未浄化霊、地縛霊といった存在たちである」といった内容を述べておられます。

確かにわたしのまわりでは、そういう類(たぐい)の者の気配は感じられなくなっています。
しかし、いわゆる生霊などのネガティブなエネルギー、ネガティブなテレパシーの影響は依然として途絶えることはありません。

人間の思念は、人間が存在する限りつきまといますから、非常にやっかいです。
もちろん、人間からだけではなく、異星人からのテレパシー(働きかけ)もあります。
異星人の場合はマインドコントロールもありますが、ネガティブなものだけでなく、友好的なポジティブなものもあります。

憑依現象」がなくなったといえども、「ネガティブエネルギーに影響されているときの状態」は、「憑依によって生じている状態」と、わたしが感じる限りでは、さほど変わりがないように思います。

一般の方々は、「自分がネガティブエネルギーに影響されているかどうか」など、わからないといわれるかもしれません。
しかし、原因のわからない体調不良や、気分がすぐれない日がつづくと、(たいていの人は病院に行きますが…)もしかしたらそうなのかな? と疑ってみることも必要ではないかと思います。

日本では、昔(特に奈良時代や平安時代)から病(やまい)はたいてい生霊や死霊のせいだとして、祈祷などをおこなってきました。
それを「古くさい迷信」などとは思わないほうが賢明です。
真相を知れば、「病は気(エネルギー)から」というのは、名言だということがわかるでしょう。

今まで頻繁に霊の影響を受けてきた次女と「ポジティブとネガティブな波動」や「憑依現象」について会話したことがあり、テープに入れた内容がありますので、今回は意識を変える試みを実践してきた次女との対話を参考までに記載しておきたいと思います。
(収録&編集時期2008年)


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★ 正常波動と愛について ★



次女  「正常波動」っていうのは、イコール「愛」だよね。

筆者  それは、どんな「愛」なの?

次女  自分が思っている「愛」っていうのは、無私で無欲で無条件で、
    自然に湧き出てあふれでる純粋な愛で、人に限らず、全てに対して惜しみなく与え
    たくなってくるものなんだよね。
    それは*守護神と合体しているときに感じたものなんだけどね。

*守護霊や守護神と合体しているときは、正常波動値が非常に高くなっている。
つまり、本人の波動値が守護霊や守護神の波動値と同じ数値となることが多い。


    自分が憑依されて、異常波動になっているときは、
    必ず「愛」がなくなっている
んだよね。
    そういうときは、何もかもがいやになったり、イライラして腹が立ったりする。
    自分には憑いていなくて、相手に憑いているときにも、
    同じようにイラつくことがある。
    
    憑依霊は、自分のなかに愛がないから、行くべき世界に行けないんだよ。
    愛がある人は、初めっからクリーンゾーンに行くからね。 

 
★ ポジティブなものは、右耳から来ているのがわかる ★


次女  右耳にボンという風圧を感じたときは、いつもお母さんに調べてもらうと、
    守護霊とか守護神とか、ポジティブな存在からのテレパシーだって言われるけど、
    左耳のときは、必ずネガティブ霊が来ているね。

     自分に愛があって、とてもいい状態のときは、
    右耳にちゃんとポジティブなものが来ているのがわかる。
    自分の状態によって、引きつけるものがこれほどちがうってことを、
    人にも伝えたいね。
 
  
    でも、右耳に来るのがポジティブなのは、どうしてなの?

筆者  英語の「正しい」と「右」は、同じスペル「right」だよね。
    ほかにも「健康な」とか「正常な」って意味がある。
    西洋では、右は「正義」を表しているから、そのことと関係があるかもね。
    正常波動の場合にペンジュラムが右にまわるのも同じことね。

    「左耳から音が聞こえるときは、ネガティブ霊」っていうのは、まちがいないね。
    「悪魔は左耳にささやく」って、昔から西洋でも言われているから。
    確かにネガティブなものが近くにいるときは、必ず左の側頭葉が痛くなる。
    それから、右側で感じるのは男性、左側で感じるのは女性だってこともあるから、
    同時に性別もわかるよね。


★ ネガティブ霊が自分のところに来たときの心身のようす ★



次女  そうそう。来た者によって程度はちがうけど、たいてい心臓がバクバクして、
    側頭葉がしめつけられる。    
    お母さんが言うように左側が痛くなるね。
    ひどいときは吐き気がしてきて、倒れそうになる。
    
    *虫けらが多いときなんかは、たいてい動けなかったね。
    どこかの店に入ったとき、そこにたくさんの霊がいるときは、体にズンとくる感じ。
    重力を感じる。
    一瞬ボワンと気が遠くなって、そのあと重みを感じるのよ。
    次元がちがう不思議な感じがして、めまいに近いものを感じる。
    ズンと来たあと、しばらくは体が重みで言うことをきかない。
    その後は普通に戻るから感覚はわからなくなる。
    それで家に帰ると、「霊を連れて帰っているよ」とお母さんに言われるんだよね。

*虫けら……アストラル界の闇のエネルギーと連動している悪意をもった存在。アストラル界の下位の部分の異次元エネルギー。異星人のエネルギーとは違う。
わたしの調べでは、たいてい数百、数千単位で行動し、人に悪影響を与えていた。しかし、今ではその存在を感じることは一切なくなっている。



★ 憑依されているときの気持ち ★


次女  霊が憑いているときは、自分を見失ってしまう。
    何もかもがいやになって、全てのものから逃げたくなる。
    自分が言っていることを自分でおかしいと思っているときもあるし、
    何でこんなにネガティブなんだろうと思う。
    霊が憑いているかどうかの自覚がなかったときは、
    「これも自分なのかと……いや、むしろこれが本当の自分なんだ」と
    思っていたこともあった。

 
★ ネガティブ霊を引き寄せるのはどんなとき? ★


次女  わたしの場合は、その人がひどい状態にあるのを見たときに、
    その人のことを、無意識に理解しようとして、同調してしまう。
    その人と同じ立場にならないとわからないと勝手に思ってしまうんだよね。
   
    何か手助けをしてあげたいんだよ。
    だから、その人の波長に合わせると、その人の性格がわかってしまう。
    そうすると、その人に憑いているものが来たり、
    憑きやすい状態に無意識でなったりする。
    気づいたら、すごく自分の意識が堕ちてしまっているのがわかるね。
    暗く、重たくなる。
    
    自然にそうなるんだけど、他人に同調したときに、たいてい引き寄せていると思う。    
    イラッとしたときや怒っているときにも憑きやすいから、要注意だね。


★ 相手のネガティブなエネルギーを取り込んでしまったとき、
           相手の状態は? ★



次女  明らかに最初とはちがっているよ。
    何か表情が明るくなり、すっきりした感じになっている。
    その分自分は暗く、気分が悪く、深刻になっているんだけど。

筆者  人の気持ちをわかりたいということはよいけど、
    周波数は合わせないほうがいいね。
    自分まで意識が堕ちたら、その人にアドバイスを与えることはできないから。   
    その人に同情したり、同調したりするのではなくて、
    自分のなかに相手と同じような考え方のクセがないかどうかを見つめていって、
    それを見つけたら削除することが大事だと思うよ。
  
    問題の原因は相手にあるんじゃなくて、自分の内側にあるってこと。
    それが、相手のエネルギーとか、憑依霊を引きつけたわけだから、
    自分のなかにも同じ部分があるんだなって認めて、
    解放してあげる必要があるんだよね。
    それを相手がちゃんと教えてくれているってこと。
    
    だから、相手ではなく、自分を変えることが先決ってことね。
    基本的に変えることができるのは、自分だけだからね。
    そういうやり方は*ハワイの秘法「ホ・オポノポノ」でも言って
    いるし、目覚めた人たちは皆それを言っている。

*ハワイ語のホ・オポノポノとは、「ものごとをもとにもどす」「調和を整える」という意味。こじれた人間関係を話し合い、許し、償い、関係をもとに戻し、癒しと調和を整えるという意味がある。

関連図書として、イハレヤカラ・ヒューレン著『みんなが幸せになるホ・オポノポノ』(徳間書店)ジョー・ヴィターリ&イハレヤカラ・ヒューレン共著『ハワイの秘法』(PHP)などがある。



★ ネガティブな霊がとり憑いたとき、
          どうすることで解放されるのか? ★



次女  最初は取り憑かれているショックで、パニックになるけど、「何で憑くのよ!」
    と怒らずに、とにかく冷静でいようと思った。
    
    まず何がいけなかったのか、反省点を探した。
    悪いと思ったところを思い出して、
    その部分を反省して消しゴムで消してみる。
    
    そうすると、大量に憑かれて絶望的になって、「うわーっ!」と思うんだけど、
    「感謝が足りなかったなー」とか反省点を探しているうちに冷静になっていって、
    何か自信が湧いてくるようになったんだよね。    
    そんなふうに冷静になって反省することが、かなり大事みたい。

    もうひとつは全てを楽しもうとすること。
    悲しいときでもそれを楽しもうとすると、霊が憑いていられなくなるみたい。
    楽しむことが必要だよね。憑依霊がいても、どこか自分のなかで「大丈夫だよ」と
    思っていると、なぜか若干楽しくなってくるのね。
 
     自分に余裕がないときは、愛がない状態。  
    愛がない状態になると、ネガティブ霊にやられやすい。
    だから、「自分は愛が足りなかったんだ、
    愛に欠けてしまっていたんだ」ということを思い出してみる。
  
    
    霊が憑いているときは、孤独感があるんだよね。
    深刻になっている。
    だから、深刻になっているのをやめるってことがとても必要。
    
    それで「憑依霊を自分から離すことができる」と思って、
    そのあと*「浄化箱」に入れてみたり、
    アファメーションを唱えてみたり、浄化したりしてみる。
    全部浄化できていないときもあるけど、かなりの数は減っていることがわかる。
    毎回おかあさんに調べてもらうたび、それを確信しているよ。

*浄化箱は前回紹介した「光の浄化箱」のこと。

               次回につづく


意識を変える試み―ウツと憑依霊との関わり 

2010年10月09日 12:00



今日は、前回に引きつづき、「意識を変える試み―次女との対話」の「その2」です。
ウツ病になったときのようすや、ウツから脱出できたきっかけについて語っています。


★ ウツ病を体験したときのこと ★

次女  
ウツになっているときは、ものすごく不安や孤独感があった。
まわりがみんな敵に思えるし、実際によくない出来事が次々と起こっていて、
自分が悲劇のヒロインになってしまったような気がしていたね。

とにかく自分に対しても人に対しても、否定的になるんだよね。
人が幸福なのがムカついたり、嫉妬というか、うらやましくて、腹が立ったりしたしね。
すごく分離を感じた。

常に憂鬱で心が寒くて、体が重いし、何もできない。
掃除も全然できなかったしね。
ただマインドだけがぐるぐるまわっている感じ。
いろいろ考えて、またもとに戻る。
始まった地点が気になっているから、行き着くところは結局もとに戻るんだよね。

そんなときは、特によく霊が見えていたよ。
わたしのウツ状態は、霊の憑依と関わっている」ように思う。 


☆ ウツと憑依霊との関わり ☆

一般的にいわれているウツの症状は、理由もないのに気持ちが沈んだり、
何に対しても興味がわかなかったり…。
寝つきが悪くて、夜中や早朝に目が覚めたり、朝なかなか起きられなかったり、
起きようという気持ちがおこらなくなったり…。
また、何かとイライラしたり、疲労感があって、集中力や決断力が落ちたり、
自信がなくなって、仕事や勉強などをする意欲が起きなかったり…。
生きる希望や意味が見いだせなくなったり…。
不安感や息苦しさ、圧迫感や窒息感を感じ、食欲もなくなる、ということがあるようです。

ここで、このブログを毎回読んでこられた人であれば、直感で確信されたはずです。
「これって、霊に憑依されたときと同じような症状じゃないの?」と。
次女が言うように、ウツ病というのは「霊の憑依」、あるいは「ネガティブなエネルギー」とおおいに関わっているのではないかと思われます。

ウツ病、ウツ状態にはさまざまな分類があり、ウツ状態がみられるからといって、「ウツ病」であるとは限りません。
よって、このような症状が起こったときは、精神科や心療内科に相談する前に、何かネガティブなエネルギーに影響されて、ウツ状態になっているのではないだろうか?と疑ってみることが必要でしょう。
西洋医学では、とにかく副作用の多い薬物療法で患者を薬依存症にしてしまう傾向があるので、要注意です。



★ ウツのときはそれ以上の知恵が湧かないから、
           そこから脱出できないということ? ★


次女  
そう。脱出はできないままだった。
その頃は、脱出する方法というか、ヒントを外に求めていろんな人と接していたけど、
結局は自分で確信できないと、いくらヒントをもらってもあまり効果がなかった。
人に言われて、「そのときは、そうだなぁ」と思っていても、
心の底から気づかないと本当の理解じゃないんだよね。


★ ウツから脱出できたきっかけは? ★

次女  
きっかけは、その頃つき合っていたボーイフレンドだったと思う。
彼は、自分と同じタイプだったから。
さびしがり屋だし、自信がないし、ものすごい愛情表現をしてくる人だった。

たとえば、忙しくて電話をとらなかったら、何十回も着信が入っていたり、
「何で出てくれないの?」というメールが入っていたりして、
そういうことを体験しているうちに、自分もそうだったと気づいた。
同じことを、よく自分もしていたなぁって。

でも、相手の愛があったから、自分に余裕ができたんだよね。
それで、いろいろと考えることができるようになった。
要は、相手が鏡みたいになって、逆に相手にされることで、
「あっ、こういうようなことをしてはいけないんだな」と思えるようになった。 

変われたきっかけは、それだった。
その頃から、だんだん一人でもいられるようになったんだよね。
彼には、とても感謝しています。


★ ウツは完璧主義の人がなりやすい? ★

次女
わたしって、完璧主義だったんだなって思う。
ウツは完璧主義の人がなりやすいんだよ。

完璧主義っていうのは、自分を許せないってこと。

過去を思い出して、イライラして、どうしようもないのに、
「ああしたらよかった」「こうするべきだったんだ」と、まだ悩んでいるんだよね。

お母さんがよく言っているように、「あのときはしょうがなかったんだ」と思うことが大事で、
そのときの状態を許すことが大事なんだと思う。

許すことから再誕生すると思うんだよ。
だから、人に対しても自分に対しても、許すことがとても大切だよね。
それができなかった人が死ぬと、人に迷惑をかける憑依霊になるかもしれないね。

すべてを許して、手放し状態にならないと、愛は生まれてこないんだよ。

タロットカードで*「手放し」が何回も繰り返して出ていたのは、
そういうことだったんだと今になって思う。


★メアリー・マーガレット・ムーアがチャネリングするバーソロミューはつぎのように語っています。

落ち込んでいる状態やうつ状態というのは、
自分が持っているパワーを使っていないときに起こるのだ、ということがわかると、
バランスを取り戻すことができる。

気分が落ちこみはじめたときは、自分をこわがらせているものは何かを自問せよ、という合図。
こわいと思うのは、変化を恐れているから。

うつ状態というのは、大きな変化がもうすぐ起こるというすばらしい合図でもある。
『バーソロミュー』(マホロバアート)より。


★ここでは、恐れを手放すことがカギだと思われます。


★ 憑依霊が離れたときや浄化されたときの感じは? ★

次女  
自分で浄化したときはあまりわからないけど、お母さんが浮遊霊を浄化したり、
浄化箱に入れたりしたときは、すごく頭や胸がしめつけられているときでも、
スーっと圧迫感や痛みが消えるんだよね。
それで、「あ、浄化できたんだ」とか、「浄化箱に入ったんだ」ということがよくわかる。

以前に急にお腹が痛くなったことがあったよね。
救急車を呼ばないといけないかと思うくらい酷い腹痛だったんだけど、
お母さんが「お腹が痛くて死んだ女性霊のせいだ」と言って、
霊に「もう痛くないよ」とか、わたしから離れるよういろいろ言っているうちに、
痛みがスゥーッと上に上がっていく感じがして、治ってしまったことがあったね。

そんなときは、たいてい空間が明るくなって、空気が軽くなるんだよね。
気分も爽快になる。
だから、気分が重いときは、ネガティブ霊が近くにいるか、
自分に憑いているかもしれないなと思うようになった。


★ 病気になるのは、どういう状態のとき? ★

次女  
必ず深刻になって悩んでいるときだね。
精神状態がいいときに体が悪くなったときはないと思う。
だいたい「泣きっ面に蜂」のときが多いね。

悩みっていうのは、ネガティブなものだから、そういう悪い波動が出るでしょ? 
だから、体にいいわけはない。

不登校児が学校に行こうとしたらお腹が痛くなったり、熱が出たり、
頭が痛くなったりするのも、行くのが嫌だからほんとうに痛くなるんだよ。
それほど気持ちによって体が変化するってこと。
これは体験したからわかるんだよ。

病気はまちがいなく精神状態によって起こるから、どこか痛くなったり、
体の異変に気づいたら、何が原因だったんだろうって、
自分自身を見つめ直すことが大事なんじゃないかと思う。

ストレスがあるときは、免疫力が低くなっているように思うんだよね。
だから、ストレスが多すぎると病気になるんだよ。

ほんとうは自分の思い方で、自分が勝手にストレスを感じているわけだから、
自分で許して癒してあげればいいんだと思う。
それに尽きるよね。なかなか難しいけど。  (つづく)


意識を変える試み―自分のなかの観念を変える

2010年10月10日 08:20



今回は「意識的にいるとは、どういうことなのか?」という次女の質問に対する答えと、次女との対話を通して得た結論、わたし自身の見解をお話ししたいと思います。


 ★ 意識的にいるとは? ★ 


次女  
お母さんは「瞑想しなさい」って、よく言うでしょう。
OSHO(オショー)は「瞑想は意識的にいることです」って言ってるけど、常にわたしが意識的にいれば、瞑想状態にあるってことでしょ。

その「意識的にいる」ってことが、わたしにはよくわからないんだけど、ちょっと離れたところから自分を見下ろしているような感じなのかしら?

*OSHO(和尚)・ラジニーシは、インドに生まれ、二十一歳で究極の覚醒を得、人間の意識の覚醒と瞑想の必要性、新しい人類のヴィジョンを説いた神秘家。
OSHOは「生の目的は意識的になることだ」と言っている。



筆者  
意識的にいる」ってことは、「常に自分のしていることや感情や心の動きに気づいている」ってこと。
今、「自分はすごく苛立(いらだ)っているなぁ」とか、「いやな自分がそこにいるなぁ」とか、自覚できて、そういう自分を客観的に観ることができているってこと。

行動するときも同じ。
歩くときには、気づきをもって歩く。手を動かすときには、手を動かしていることを意識しながら動かす。
食べるときには、テレビを見たり、新聞なんか読んだりしないで、今食べていることを意識しながら食べる。
いつも自分の心や身体の動きに、油断なく覚めているってことね。
*「ヴィパサナ」っていう瞑想法があるけど、まさにそれだよね。

*ヴィパサナ(ヴィパッサナー)とは「よく観る」、「物事をあるがままに見る」という意味を持つインドの最も古い瞑想法のひとつ。
ヴィパサナ瞑想は、妄想から離れるため、まず身体の動きに集中し、その瞬間瞬間をとらえ、感じて、気づき、ひとつひとつ確認していく行為のこと。



筆者
ブッダは、「呼吸を意識しなさい」って言っている。
いつもはすっかり忘れている「呼吸」に気づいていなさいということね。
自分を四六時中よく観察していることが大切。

次女  
自分を見ていて、「もっとこうすればいいのにな」とか思ったりするけど、それはどうなの?

筆者 
自分を客観的に見ることができているから、自分のことがよくわかるわけね。
そこでハイアーセルフがロワーセルフに伝えるということができるわけよ。

そこで両者が合体してバランスがとれたら、自分(肉体)がやっていること=ハイアーセルフがやっていることになる。

何かにすごく熱中しているときは、ハイアーセルフそのものの状態になっていることが多いんだけど、意識はハイアーセルフにあって、ロアーセルフも一緒になってやっている。

一般の人は自分にハイアーセルフが存在していることさえ知らないから、ハイアーがいろいろ教えようとしても、ロアーはそれに気づかないわけね。
でも、ロアーがハイアーに気づいていろいろ発信すると、直観が来て、いろんな気づきが生まれてくる。
常にハイアーセルフに語りかけることは大切だね。

次女  
それは心のなかでもいいの? 実際にしゃべらなくても。

筆者  
心でただ思っているよりも、声に出したほうがさらにいいと思う。
祈りも同じだよ。

次女  
だったら、常に「愛してるよ」って言わなきゃ。

筆者  
そう。だから、いつも自分の身体、肺や心臓や胃や腸などをひとつずつ手で撫でながら、「いつもありがとう、愛してる」って声を出して言っているわけよ。毎日言ってますよ。

次女  
そうか、やっぱり口に出して言わないといけないんだね。
お母さん、ありがとう。(笑)


  花 1



★ 自分のなかの観念を変える
 


★「自分の意識を変える」というのは、「自分のなかの観念を変える」ということです。 
これまで自分が持っていた「好ましくないと思われる観念」を、自分が望む「好ましい観念に新しく置き換える」ということです。
ネガティブな思考をポジティブな思考へと恐れを喜びへと闇を光へと置き替えるのです。


次女の場合は、「人のふりを見てわがふりを直す」ことで意識が変わり、波動が変わり、ネガティブなエネルギーから脱却することができました。

自分のなかに愛がないと、同じように自分のなかに愛がない霊たちを呼び寄せることになるため、常日頃から『愛をもつことが必要不可欠』であるということを、自ら次女は悟っていったのです。


高級霊と低級霊の明確なちがいは、「無条件の愛・無償の愛があるか、ないか」です。

その人の霊的成長が高いレベルにあるか、低いレベルにあるかは、自分をどれほど真に愛しているか、またどれほど他者に対する愛を持っているかによって決まってくるといってもよいでしょう。 

ですから、「霊的成長を促すためには、無条件の愛の実践が必須」だということです。
とにかく、お返しを求めず、愛を与えるということですね。

また、苦痛が生じたり、期待していたことが思い通りにいかなかったり、思わぬ障害が起こったりしても、そこで「狼狽しないこと」、「平静さを失わないこと」、「被害者意識をもたないこと」、そして「不屈の精神を失わないこと」です。



★いろいろと「悪いこと」、「困難なこと」を体験すると、それらの要素がそのときの自分にもっとも必要であり、大切であったことがわかります。
そして、それを乗り越えることで意識が高まり、精神的な理解がつぎの段階へと移ったことや、自分がより強い人間になっていることに気づくのです。

相手が自分を辛辣(しんらつ)に非難したり、否定的になって理不尽な怒りをぶつけてきたりするときは、相手自身がとても苦しんでいて、ほんとうは愛され、癒されたくて叫んでいる場合が多いのです。
もちろん、相手に憑依した悪意を持った霊の影響がある場合もあります。

ですから、そんな相手に悩まされて非常にいやな思いをしているときでも、冷静さを失わず、怒りを手放して、逆に相手に『愛』と『光』を放射してあげることが必要だということです。
そうすると、相手の心が和らいでくるのが波動として感じられるようになってきます。

たとえ相手が自分の善意を素直に受け入れられなくて、依然として態度が変わらなくても、悲しむ必要はありません。少なくとも、最善を尽くして対応した自分自身は、心穏やかに過ごすことができるからです。


    海と魚


     穏やかな心は、真実の海のなか…
     水面から遠く離れた、
     いかなる嵐の影響もおよばない永遠の静寂のなか…に住んでいます


      このジェームズ・アレンのことばさながらに。


次女の場合は、憑依霊から解放される方法を自ら試し、またネガティブなエネルギーを浄化することによって、確固とした『自信』や、他者に対して愛を与えられるような『魂の偉大さ』や、『忍耐力』を培(つちか)われているのだと思われます。
これは高次の世界の認識を通して得られるすばらしい贈り物であると、わたしは自らの体験からも常に感じており、心から感謝しています。


ハート
人は正しい目的・目標を持っていなければ、前進することはできません。
ほんとうの自分とはいったい何なのか?
真の自分を見つけ、その真の自分がこの世で何をしたいのかを明確に知ることが、
人生における最大の課題です。

真の自分を見いだせたなら、どう生きるかは自然にわかってきます。
意識が変わり、波動(周波数)が変われば、当然生き方は変わっていきます。

このブログを読まれた皆さんには、死後の行き先に困らないよう、
この世の人に憑依して迷惑をかけたりしないよう、毎日意識を高く持ち、
自分を光り輝かせて生きていってほしいと願います。





神秘の世界を究明する―「空」の正体 その1(改訂版)

2010年10月13日 11:00


★ 「空(くう)」の正体 ★



今回の内容は、8月5日以降随分長いあいだお休みをしていた「神秘の世界を究明する量子力学」の続編です。
量子力学が解明した「神秘の世界」を、「(しき)」と「(くう)」で説く仏教哲学的見地から考えてみたいと思います。


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仏教では、たいてい唱えられている「般若心経」という、とても短い経文がありますね。
そのなかに「色即是空(しきそくぜくう) 空即是色(くうそくぜしき)」と記された箇所があります。

昔から多くの学者さんやお坊さん方がこの説明をなさっていて、本もたくさん出ています。
解釈も十人十色、さまざまです。
真実はその人の意識レベルによって異なる」のですから、みんな違っていて当然なのですが、あまりにも違いすぎると「いったいどれが正しいの?」と困惑してしまいます。
それで、わたしは自分が納得できるわたしなりの解釈を見つけたのです。


★この*「色」や*「空」というのは、いったい何をあらわしているのでしょうか?

*色(しき)はcolorのことではありません。
*空(くう)はskyのことではありません。
「しき」を「いろ」、「くう」を「そら」と読みまちがえないようにしてください。

色(しき)は「物質」をあらわすことばです。
空(くう)を翻訳することは困難です。
空(くう)は「kuu」としか言い表せないからです。
日本語を外国語に翻訳するときに、訳し方をまちがえると、意味を正しく理解することはできませんから、要注意です。

★では、「般若心経」の「色即是空 空即是色」に繰り返し出てくる(しき)(くう)の正体を観てみましょう。
すでに自分なりの解釈ができている人も、新たな感覚で考えてみてください。



sea



☆ 波と海のたとえ ☆



わたしが今住んでいる家から10分ほど歩くと、浜辺に出ます。
晴れた日には雄大な山が一望でき、その下方には日本海が広がって見えます。
潮風に吹かれ、波打ち際に立って、寄せては返す波の音を聞きながら、広大な海を眺めているとき、日常生活の諸々はすっかり忘れ去られます。
すがすがしい至福のひとときです。

ここで、ちょっと哲学的な思索をしてみたいと思います。

わたしは大海原を目の前にして立っています。
波が寄せては返しています。
さて、わたしが見ているのは「海」なのでしょうか? 
それとも「波」なのでしょうか?
この実体(事物の本体)は、いったい何なのでしょうか?


  波2

よく考えると、今わたしが見ているのは、どうやら「波」のほうだということがわかります。

波は穏やかなときもあれば、激しいときもあり、波の高低は風によって常に変化していて、同じ波を見ることは二度とありません。
「寄せては返す」という現象はけっして絶えることがありませんが、つぎつぎと寄せてくる波は、前の波とはまったく異なっており、生まれては死んでいきます。


ゆく河の流れは絶えずして、
しかももとの水のあらず。

よどみに浮かぶうたかたは、
かつ消えかつ結びて、
久しくとどまりたるためしなし。


鴨長明(かものちょうめい)著「方丈記(ほうじょうき)」の冒頭のことばが思い起こされますね。
これを仏教的なことばで表現すると、「諸行無常(しょぎょうむじょう)」となります。

そこで、わたしは思います。
「波って、海があってこそ存在できるんだよね。波だけが独自に存在しているわけではないってこと。海がなかったら、波が立つことなんて、ありえないのだから…」

波は、海を離れてはけっして存在することができません。
また、海のほうも、波を離れては存在することができません。
両者は表裏一体です。
すなわち、「波=海」で「海=波」であるわけですね。

でも、それだけではもうひとつ納得がいきません。
「波はほんとうに海とイコールなの?」という疑問が残るのです。


波1

そこで、さらに波を見つめていると、やがてわたしの脳裏に「波」と「海」が決定的に異なる点が思い浮かんできます。

それは、波は「仮相」で、海は「実体」だという点です。
「実体」というのは「不変の本質的存在」のことです。

波は現実の世界と同様、常に消滅を繰り返して変化します。
つまり、生まれたらすぐに死ぬものであるということを意味しているわけですね。

でも、海が常に消滅を繰り返すことはありません。

波は『無限の海』の表面に生じる『有限の仮相の現象』です。
今よく使われている「バーチャル・リアリティ」ということですね。
つまり、「海という実体」がバックにあるからこそ、「波という仮相の現象」が現れてくるということです。



★色(しき)と空(くう)の関係は、波と海の関係と同じ です。

波即是海 海即是波」の「波を色」、
海を空」ということばに置き換えてみると、
色即是空 空即是色」となります。
色⇔空

★今度は、「色」を目に見えるあらゆる「物質」、
「空」を目に見えない「エネルギーの渦」ということばに置き換えてみましょう。

そうすると、「物質即是エネルギーの渦 エネルギーの渦即是物質」となりますね。
物質⇔エネルギーの渦


「物質」は、形のない不可視の「エネルギーの渦」から生まれ、
「エネルギーの渦」から生まれた「物質」もやがては壊れて、
また形のない不可視の「エネルギーの渦」に戻っていくということです。 

これを「マクロはミクロから生じる」と言い換えてもよいかと思います。

★目に見えるマクロの世界=仮相
★目に見えないミクロの世界=実相



わたしたちの目に見えないものこそが「ほんもの」であり、
「実在する」ということなのです。
      (つづく)




神秘の世界を究明する―「空」の正体 その2 (改訂版)

2010年10月17日 23:00


★ 「空」の正体 その2 ★



先日は、「空の正体」は「不可視のエネルギーの渦」であり、この「空の世界こそがほんもので、実在する」というお話をしました。

この(kuu)ですが、どんなふうに訳されているのかと気になって、Googleの翻訳機能を使って英訳版を読んでみたのです。
なぜなら、海外からの訪問者がけっこうおられて、その多くは英文で読まれていることを知っていたからです。
それで調べてみたのですが、驚愕の事実を発見してしまいました。


★ 海外の方へ 翻訳を読む上での注意 ★
 



前回の記事には、空(kuu)をsky、色(siki)をcolorと訳されていました。

★空(kuu)は、訳すことがむずかしい深遠なことばです。
ですから、訳さず、そのまま「」という漢字を使用するのが、一番問題がないと思います。

★原語はシュンニャ(Sunya)ですが、英語にはそれに相当することばがありません。
英訳では、たいていEmptyとなっています。
Emptyは「からの」とか、「…がない」とか、「虚空、むなしい」という意味ですから、どちらかというとネガティブなイメージがします。
わたしのそれのイメージは、もっとポジティブなものなのです。
今のところ、"Space"がもっともイメージが近いかと思います。(ここで言うSpaceは、空間、宇宙、無限の広がり、という意味)
もし、もっとふさわしい単語があったら、ぜひ教えてください。

驚いたのは、鴨長明(かものちょうめい)の箇所です。
「鴨長明」とは、人名です。
読み方がわからない人のために、読み仮名をつけておいたのですが、
そこには、鴨長明(Niece of the butterfly may be)と記されていました。

何と不可思議な訳だこと! 
欧米の人なら、 "Oh my god!"とか、"Unbelievable! "とか、言うところでしょうか。 
それで急きょ「改訂版」を更新したというしだいです。(苦笑) 

前回読んでしまわれた方は、再度最新の「改訂版」をお読みくださると幸いです。
というわけで、海外の人にはさっぱり意味がわからない文章が、ほかにも多々あると思われます。

わたしは英語は苦手なので、英語で書くわけにはいきません。(ごめんなさい)

深遠なことばを理解すること自体、とてもむずかしいのです。
それを、だれにもわかるように表現することは、さらにむずかしいことです。

一番やっかいなことは、書き手の意図が正しく伝わらないことや、誤解されることです。
全くちがった意味に解釈されることは、危険でもあります。
前途多難ですね。 
よって、翻訳版を読まれる方々は、わけのわからない箇所は飛ばして読まれることをお勧めします。


sea


☆ 海のなかには、何がある? ☆    
   

   神秘を内包した広大な海…。
   地球が青く美しいのは、海が存在しているからですね。
   この海のなかには、いったい何が存在するのでしょう?

海の魚


   大小種々さまざまな魚たち、貝類や海草類など……。
   生き物たちがいっぱいいますね。
   すべてのものは海から生まれたというほど、海は生命力で満ちあふれています。


   この海の水は増えもせず減りもせず(不増不減)、
   きれいなものも汚いものも併(あわ)せ呑みます。(不垢不浄)。
   ただし、人間が海に棄てた不要な物品などは、
   波が運んできて容赦なく浜へ打ち上げてしまいますが…。



あらゆるものが空=無限の空間から生まれている


空=無限の空間も同じです。
あらゆる生命が「海」から生まれているように、あらゆるものが「無限の空間」から生まれているのです。

「空間」の中身は、決して空っぽなのではありません。
すべての生命、物質を生み出す大いなるエネルギーが、いっぱいつまっているのです。

「空間」を「無」、すなわち「実体がないもの=何も無い」、というふうに解釈してしまうと、つじつまが合わなくなってしまいます。

インドの神秘家 OSHOラジニーシは、そのことを適切に語ってくれています。

   
   空(kuu)はほんとうに空(kuu)なのではない
   むしろ、それは〈すべて〉なのだ
   
   それは消極的なものではない
   むしろ、それは積極的なものだ

   あらゆるものはそこから生まれ
   あらゆるものはそこへ還る

   それはいっさいの存在の源であり 基底なのだ

   だから、わたしが空と言うとき
   それはけっしてただの空ではない

   わたしの言う空は 何かの不在ではなく
   空そのものの現存をさす

   そして、いまのあなたならそれが理解できるだろう
   なぜならば、あなた自身がそのなかにおり
   また それがあなたのなかにあるからだ 




   そのなかに生きているにもかかわらず、
   あなたはそれに触れることができない

   けっしてそれなしでいられないにもかかわらず
   あなたはそれを見ることができない

   あなたはそのなかに存在する
   ちょうど魚が海のなかに存在するように
   あなたは空間のなかに、
   シュンニャのなかに存在するのだ   


空と海


★過去記事「宇宙のあらゆるものに『意識』と『意志』が働いている」で、「中性子=意識」、「陽子=意志」であり、物質のすべてが「意識」と「意志」で構成されているというお話をしました。

宇宙の存在物のすべてに分子があり、原子があり、原子核(中性子&陽子)があり、その原子核の周りを電子が回っているのです。
その中性子や陽子や電子は何でできているかというと、「クォーク」と呼ばれるエネルギーです。

クォークとは、ほんとうは宇宙語で〈カウ CAU〉といい、〈オクツトップ OCTSTOP〉という物質が回転運動をして、クォークというエネルギーを生み出し、これが宇宙に充満しているというのです。

その回転半径は非常に小さくて、球体の大きさも極小なので、地球上では測定が不可能なのだそうです。
つまり、ほとんど「無い」という状態のものが、宇宙に充満しているということなのです。(足立郁郎著 『波動の法則』参照)


★宇宙の仕組みは、「物質が回転運動をしてエネルギーを生み、エネルギーが回転運動をして物質になるという繰り返し」で成り立っているわけですね。

このことから、「不可視のエネルギーの渦」が、「すべての物質を創る源」となっているということがわかってきます。
そのエネルギーの渦を「波動」と呼んでもいいでしょう。


波動はすべて、宇宙意識の一部であり、あらゆる自然力、あらゆる物質は波動という形で存在する
と、エドガー・ケイシーも言っています。


★「空の正体」は、創造主の「意識」と「意志」がびっしりとつまっているエネルギーの渦
すなわち「何ものにもなりうる可能性を秘めた回転するエネルギー」ということなのです。
 



空と海


☆「般若心経」の「」について、平安時代に真言密教を説いた僧、弘法大師空海(くうかい))さんは、「水波の不離に似たり」という一言で説明し終わったといわれます。
「水と波の不離」は、前回語った「海と波の不離」と同様の関係ですね。
空海」というお名前にも、そんな深遠なる意味が内包されているのでしょうか。 



心の量子力学 その1 現象は波動的エネルギーによって表現される

2010年10月19日 10:50


★ 心の量子力学 その1 ★



前回は、空(無限の空間)の正体は、「不可視のエネルギーの渦」であること、「宙に充満している目には見えないエネルギー」が、「物質や現象のもととなっている」ことを、『般若心経』の「色即是空 空即是色」を使って説明しました。
わかっていただきたい一心で試行錯誤を繰り返し、何度も更新してしまいましたが、果たして理解していただけたでしょうか?

この「宇宙に充満している目には見えないエネルギー」が、「物質や現象のもととなっている」ということについて、さらに具体的な例を挙げて、そのしくみについて解明していきたいと思います。



★ 現象は波動的エネルギーによって表現される ★ 


現象は波動的エネルギーによって表現される」というのは、『波動性科学入門』(昭和58年たま出版発行)の著者である(故)大橋正雄氏が、第一章の冒頭で述べておられたことばです。

大橋氏は、宇宙のあらゆる現象は「波動性を縦糸」、「粒子性を横糸」とした織物のような体系をなして存在していると考え、「波動性科学」という仮説を立てられました。

そして、「波長の長さが異なると、現象が異なる」とし、「現象の変化は、この*波長と*波形が異なるから起こる」ということに注目されたのです。

*波長は、空間を伝わる波(波動)の持つ周期的な長さのこと。
*波形は、信号(水面を移動する波動やはじかれや紐の振動など)の形状、形態のこと。

たとえば、Aさんがピアノでハ調の「ド・レ・ミ」の音を出したとします。
Bさんはバイオリンでハ調の「ド・レ・ミ」を、Cさんはフルートで同じく「ド・レ・ミ」の音を奏でたとします。
それぞれの楽器から出る音波の波長はどれも同じです。
でも、その音色はそれぞれ異なっています。
目を閉じていても、どの楽器で「ド・レ・ミ」を奏でたか、わかりますね。
音色が異なって聞こえるのは、「波形」が異なっているからです。


あなたは太陽の光をプリズムに通すと、虹のような色の帯(スペクトル)ができるのを見たことがあるでしょうか? 

光は「光波」と呼ばれたりしますね。
それは光が「粒」と「波」の性質の両方をもっていることをあらわしています。

美しい虹の現象は、光の波の性質によるものです。

光の波の周波数が低いと赤に見え、高いと紫に見えます。
周波数は、1秒間に何回波が振動しているかを示します。


CDの虹


周波数の高低を、波長の長短であらわすこともできます。

わたしたちの目に見える色は、波長が短くなるにつれてと順に変化していきます。

これは波長の長さがちがうために生じている現象です。
可視光線(人間の目で見える領域の光)のなかで、もっとも波長の長い部分は赤く見え、短い部分は紫に見えるのです。



この「波形」と「波長」について、カリフォルニア大学で物理学を専攻したドランヴァロ・メルキゼデク氏は、彼の著『フラワー・オブ・ライフ』の中で「波長が次元を決定する」として、つぎのように述べています。

私たちの世界のすべては波形であり、さらには音としても見ることができます。
すべてのもの―あなたの肉体、惑星など完全にすべて―は波形です。
それぞれの次元のレベルとは、「波長の基本的長さの違い」以外の何ものでもありません。
この次元と別の次元のたった1つの差というのは、そこで基本になる波形の波長なのです。



形態波動エネルギー研究所の足立育郎氏も、
「自然界では、波動(振動波)がいろいろな形で組み合わさることによって、あらゆる現象を起こしていて、時空間そのものが存在するのも、〈波動〉の組み合わせによるし、全ては〈波動〉の組み合わせによって存在している」
と述べておられます。


★このように波動には、周波数、波長、波形、振幅というものがあります。

テレビ局やラジオ局から発信されている特定の周波数にチューニングすると受信できるのも、波動の性質を利用したものですね。
発信した周波数に「テレビ」という受信機が同調し、共鳴した状態が、画像として画面に映るわけです。

インスピレーション」や「テレパシー(超高速情報伝達)」が来るのも、媒体が人になっただけでテレビと同じ仕組みです。
これらは、やってくるエネルギーが強いほど、現象として現れやすくなります。

ただし、テレビでもパソコンでのインターネットやメールでも、プラグに差し込み、スイッチをオンにして常に発振状態にしておかないと、受振することはできません。


★〈祈り〉でも〈願望〉でも、こちらから発振するからこそ、叶うわけですね。

祈りが願望を実現する(現実を創造)ということを、昔から世界中の人々は信じ、実行してきました。
この祈りが現実化することは、物理的にも証明されているのです。


フランスのノーベル生理医学賞を受賞したアレクシス・カレルは、つぎのように言っています
  

  祈りは人間が生み出しうる最も強力なエネルギーである。
  それは地球の引力と同じ現実的な力である。

  医師としての私は多数の人々が
  あらゆる他の療法で失敗した後に
  祈りという厳粛(げんしゅく)な努力によって
  疾病や憂鬱(ゆううつ)から救われた例を目撃している         
  
               ― アレクシス・カレル 


  

次回は、願望が実現するメカニズムについて、お話ししたいと思います。

                 

心の量子力学 その2 「決心」が願望を実現するお話 

2010年10月20日 10:00


★ 「決心」が願望を実現するお話  ★



今日は、「目には見えないエネルギー」が、「どのように物質を創造するのか」について考えてみたいと思います。

量子力学は、「空間は目に見えない粒子と波動で満ちている」ことを発見しました。

この量子力学が発見した極小のエネルギー「クォーク」について、お釈迦さまは2600年も前から「この世にあるすべては極微(ごくみ)というものでできている」と言っておられたのです。
お釈迦さまは、地上では最高の科学者であるといえます。さすがですね。

ですから、量子力学などという難しい学問を勉強しなくても、たいていのことは「ブッダの教え」で解明できるのです。

では、ここで「目には見えないエネルギーがどのように物質を創造するのか」ということを考えてみましょう。



★ 願望を実現するためのプロセス ★

  
       「決心」が願望を実現する


あなたが何かを創造するとき、まずインスピレーション(直観・ひらめき)が来て、それから具体化して行動を起こしていきますね。

たとえば、あなたが「とてもステキな布製のカバンをほしい」と思ったとします。
でも、市販のものは自分のニーズに合わないので、「どこにもないオリジナルのものを作りたい」と決心します。

そして、どんなカバンにしようかとイメージを描き、それを図案にし、具体的にどれだけの布が必要か、ほかに裏生地やファスナーなど、使いたいものを十分に考えてから材料を買いに行きます。
まずこの「決心が行動を促す」のです。

「オリジナルのカバンがほしいけど、どうやって作ったらいいんだろう? 自分には裁縫の才能がないから、むずかしいなー、やっぱり自分で作るのは無理かしら…」
なんて、悩んでいたら、いつまでたってもカバンはできません。
「何としても、作ってみせるぞ!」と強い意志をもって臨まなければなりません。

つまり、あなたの決心が、目に見えない粒子や波動に影響を及ぼして、物を生みだすということなのです。

「物質創造を引き起こす刺激は、実はわれわれの心の内部から生じるのである
と、「ニューサイエンス研究センター」の所長、ジョン・デビッドソンも言っています。



★まず「オリジナルのカバンがほしい」と思う気持ちを抱き、「絶対に作ってみせるぞ!」とことばに出して「決心」し、そして出来上がったものを頭のなかに「描いてみる」のです。
あるいは、実際に紙の上に「描いてみる」のです。

願望を脳裏に描き、はっきりと口に出して言うことで、潜在意識に「オリジナルのステキなカバンを手にしたあなた」が印象づけられて、やがてこの世界で実現する(現実化する)ことになるわけです。

仏教でいう「三界は唯心の所現」とは、まさにこのことをいうわけですね。

物質界では、波動が濃密なため、心に思ったことが現象化するのに時間がかかりますが、真剣に「決心して努力したこと」は、その人にとってもっともよいタイミングに実現します。

けれども、欲や迷いがあったりして顕在意識を使っているときは、気づきは妨げられ、「宇宙からの情報」はやってこないのです。


いくら心にイメージを描いても実現しないことがあるのは、心のどこかに「やっぱり実現しないんじゃないか…」というような、実現を打ち消す意識がはたらいているからかもしれません。

「決心」が願望を実現するということについて、足立育郎氏の科学的な裏付けを、つぎに記しておきます。


「決心」するということは、原子核の集合体(EXA PIECO)の原子核の数が増えるということです。
そうすると自分の身の周りで起きている全ての現象は、自分が発振した振動数と同調した時にその現象が起きるわけですから、当然今まで目の前を通り抜けていたような振動数と同調できるようになります。
発振する数が増え、受振する装置も増えますので、その現象が起こるようになるわけです。



ものごとを実現させるには、「こうしたい!」という「強い志」と、「決心」が必要なことは、おわかりいただけたかと思います。
ところが、世の中には、自分の願望でさえよくわからないという人が、けっこういらっしゃるのです。

「こうしたいなー、でも、やっぱりああしたほうがいいかなー。うーん、どっちがいいのかなー、ああ、わからない。わたしはいったいどっちを望んでいるのだろう? だれか、教えてよー」

仕事はしたいけど、どんな仕事が自分に合っているのかわからないとか、この先何をしたらよいのか全然見当もつかないとか…。

何を決心してよいのかさえ、わからないわけですね。(苦笑)

人生のなかには、どっちつかずで迷いつづけている期間というのがあるように思います。
しかし、いつまでも優柔不断では、何かを実現することは不可能です。

まず、いつもどんな自分でいたいか、どんな自分でいるときが好きか、どんな自分でいるときが最高に心地よいかをイメージし、「こんな自分でいよう!」と決心することから始まります。
そして、そうなるように自ら実践し、忍耐強く努力をしなければなりません。


青い玉


ジェームズ・アレンは、つぎのように語っています。

現実の世界は、あなたの心を映す万華鏡です。
現実という鏡の中の色や光は、あなたの内面をまざまざと映しだし、
絶えず変化する心のようすを的確にあらわしつづけます。




ハート
あなたの現実は、あなたの心の変化を、常に映し返しているわけですね。
あなたの「決心」と「決意」、そして「努力」が、それに見合った結果を運んでくるのです。 
大いに決心して、原子核の数を増やし、願望を実現したいものですね。(次回につづく)




心の量子力学 その3 ほんとうに必要なことは成就する

2010年10月22日 11:10



あなたは潜在意識の活用を説いたジョセフ・マーフィーという人を知っていますか?

「マーフィー・シリーズ」として、10冊以上の本が産能大学出版部から出されていますが、これまでに1冊くらい手にとって読まれたことがあるかもしれませんね。

わたしは10年余り前に初めて彼の本と出会い、ひとつの願望実現のために、しばらくの間イメージをつづけたことがありました。

今回は、「ほんとうに必要なことは成就する」という真実を、わたし自身の体験から語ってみたいと思います



★ ほんとうに必要なことは成就する ★
 



10年前のわたしの願望…。
それは家族を離れ、生まれ故郷の京都に戻って、自分独りの生活をしながら、自分の中から湧き起こってくるものを執筆というかたちで表現したいということでした。

マーフィーの語る「なりたい自分をイメージする」という「願望実現法」を実践した結果、わたしは望みどおり故郷に移転するチャンスに恵まれました。
長女が京都の学校に入学することになったからです。

最初の2年間は、長女の学校に近い場所にマンションを借り、ふたりで一緒に住むことになりました。
その後、学校を卒業した長女は、自分独りの生活を試みたいと思うようになり、別の地域に引っ越していきました。
そうして、ようやくわたしの待望の独り暮らしが訪れたのです。

それからは、ひとりの生活を楽しみながら創作活動をつづけ、「自分の魂のルーツを探る内面の旅」に没頭しました。

長女と共に京都に移転して以来6年間、夫が仕送りをしてくれて、その間わたしは働くこともなく、その地で生活しながら、「魂のルーツ探し」の研究にいそしむことができたのです。

それが、「人生の理想を心に抱き、常にその理想と共に生きなさい。願望が実現するようすを創造しつづけなさい」という「マーフィーの願望実現法」を試みた結果であるのかどうか、100パーセントそのおかげであったかどうかはわかりません。

わたしには、そういう単独での時間が必要であったため、必然的にそうなったのだともいえます。


★ 願望を叶える手伝いをしてくれた守護の神霊 ★


★当時は不思議なほど、いろんな人との出会いがありました。
わたしがある場所へ行きたいと思っていると、必ずその場所に詳しい人が現われて、わたしをその地へと連れて行ってくれるのです。

あるときは京都の鞍馬山、あるときは江の島の弁天堂、あるときは奈良の天川神社、あるときは奈良の吉野山、あるときは飛鳥、平城京跡などを案内してもらいました。

案内人たちは、それぞれその場所の近くに住んでおられたり、今までに何度か訪れていたりして、その土地に詳しく、わたしがそのとき欲している情報を持っている人たちでした。

わたしは絶妙のタイミングで彼らと出会い、かねてから行きたいと心に抱いていた場所にすんなりと案内してもらうことができたのです。

彼らは京都に住んでいる人たちではありませんでしたが、みな京都の地で出会っています。彼らは向こう(遠い場所)からやってきた人たちだったのです。


★今の住居に戻ってからも、すばらしい案内人との出会いがあり、長年の願望が成就しました。

数年前、わたしは和歌山県の(世界遺産になった)「熊野古道」を歩きたいと思っていたのです。
しかし、そんな遠距離までどのように行ってよいかわからないし、独りで行くほどの勇気はなく、なかなか行く計画を立てる気にはならなかったのです。
でも、いつかはきっと行こうと心に決めていました。

そんなとき、ある縁を介して、京都の歴史に大変詳しいというご老人と対談するチャンスが訪れました。
彼は旅行家で、80歳になっても、一年間のうち家にいるのは数日だというくらい、ほとんど日本国中を旅して歩いている人でした。

わたしは京都でぜひ出会いたいと考え、その方のお宅に直接電話をしてみたのです。
運よく当人と話すことができ、わたしが自分で指定した日に出会うことになりました。
わたしが京都で出会いたいと思っていた日は、ちょうどご老人の外出の予定がない日だったのです。
「こんなことは滅多にないんですよ」
そうご老人は言われました。

その日初めて電話をし、当人と話ができたことだけでもラッキーなのに、わたしが出会いたいと計画していた日に出会えることになったことは奇跡的なことだったのです。(と言っても、世の中に偶然はありませんが…)

さて、そのご老人と実際に出会って、いろいろと京都の歴史についてのウラ話をしたあと、彼はわたしにこう言われました。
「熊野にご一緒しましょう」と。

わたしは自分の耳を疑いました。
念願の熊野に、一緒に行こうと言われたのですから。
願ったり叶ったりというのは、このことですね。

数ヵ月後、美しい桜の花が咲く時節に、わたしはそのご老人の案内で、熊野古道中辺路の険しい山道を歩き、大斎原(おおゆのはら)の清らかなパワースポットや、熊野本宮などの神社や、迫力ある那智の滝に出会うことができたのです。
非常に意義深い2泊3日の旅でした。

そのご老人の正体を知って、わたしは納得がいきました。
彼の親神さんは猿田彦命(さるたひこのみこと)だったからです。

猿田彦命さんは「天孫降臨の案内人」で、「道開きの神」として有名な方ですね。
ですから、わたしの行きたい聖なる場所へと案内してくださったのです。

そういう案内人さんたちは、現れては消えていきます。
彼らは、わたしの人生のシナリオのなかで、ほんのわずかな時間だけ共有してくれた人たちでしたが、わたしにとっては大変ありがたい存在でした。

彼らがわたしの過去生の知人たちだったのかというと、そうではありません。
じつは、わたしの守護の神霊が、ネットワーク上で探し、見つけてくれた人たちだったのです。

この場合、願望を叶えてくれたのは、守護の神霊だったということになりますね。
守護の神霊の恩寵というものがあってこその実現だったのです。


★ 「インスピレーション=神の導き」が大切 ★


★ここで気づいたことは、わたしにとってどうしても重要で、行く必要がある場所へ行く前には、必ず案内人が現れるということでした。

けれども、案内人の好意につい甘えて、別の所もついでに案内してもらおうなどと思っても、結果的に行くことはできなかったということです。
欲張ると、やっぱりだめなんですね。

また、だれの案内もなく、自分独りで計画を立てて行かなければならない場所もありました。特に長女や次女といった自分の子どもを連れて行かなければならない場合がそれです。
そういう場合は、たいてい強いインスピレーションを感じていましたから、自分で綿密な計画を立て、その通りに実行することで、願望を実現することができました。

行くべきとき(グッドタイミング)が来れば、けっこうスムーズに行けるものです。
しかし、これも「行きたい、行こう、行くぞ!」という「決心」がなければ叶わないことであったと思います。

前回でお話ししましたように、願望に対する「決心」や「強い意志」は必要です。
けれども、その前に来る「インスピレーション=神の導き」というものが、最も大切であるような気がします。
なぜなら、インスピレーションを感じたときは、必ず願望が実現できているからです。



J .マーフィーはつぎのように語っています。

もしあなたの動機が正しいものであり、
他人を利用しようとする気持ちがなければ、
また、あなたが自分の人生に神の法則と秩序とを求めていれば、
あなたは神の適切な導きを受けられるようになります。

そのときあなたは、自分の潜在意識の深層からやってくる直観的ひらめきをとらえることができるよう、
油断なく見張っていなくてはなりません。



インスピレーションに対して、油断なく覚めていることが大切なんですね。


転生の秘密―霊能者が語る過去生の多くはその人の分霊の過去生である

2010年10月25日 16:00



★「分霊」について、以前に「あなたの分身たち」というテーマでお話ししたことがあり、カテゴリ「過去生の記憶」では、次女の分霊のひとりであるアンケセナーメンにについて語りました。

その「分霊」について、もっと知りたいという方がいらっしゃるので、今回は「分霊」についての考察をさらに深めてみたいと思います。


★ 霊能者が語る過去生の多くは分霊の過去生 ★



霊能者がよく言うところの「過去生」というのは、ほとんどがその人の「分霊の過去生」です。
あきらかにその人の「本体の過去生」と混同しています。

どれが本体の過去生で、どれが分霊の過去生だと区別して言える人はほとんどいないと思われます。
本体と分霊との関係は複雑で、あの世の霊人でさえ説明するのはむずかしいと言っているくらいです。


☆1990年代に、わたしは外国人の霊能者たち(アメリカ人女性とイギリス人女性)に自分の過去生について詳しく尋ねる機会を得ました。

当時はまだ自分のハイアーセルフや守護の神霊との交流手段を知らず、自分の知らない自分のことを知りたいという好奇心でいっぱいだったのです。

彼女たちはそれぞれが見た「わたしの過去生」をたくさん語ってくれました。
しかし、それらの過去生がほんとうにわたし自身(本体)の過去生であったかどうかは、非常に疑問です。


★ 霊視者で食い違う過去生の内容 ★


☆最初に出会ったアメリカ人女性は、わたしがインドで生きていた話をしたので、「インドには、何回転生していますか?」と尋ねてみました。

すると、彼女は「8回」と答えました。
確かにインドにいたであろうとつよく感じるものがあったので、そのときは納得がいきました。

しかし、いろいろと尋ねているうちに、このアメリカ人女性の語る内容に、いい加減なところがあることに気づいたのです。
彼女自身が混乱しているように見受けられる場面もありました。
ですから、わたしは彼女の語る「過去生物語」を全面的に信じることができなかったのです。


☆つぎに出会ったイギリス人女性には、「まず自分の一代前の過去生を教えてほしい」とお願いしました。

彼女はいくつかの過去生を語りました。
あるときはエジプトに、あるときは太古の昔のインカに、あるときはスペインの貴族として、あるときは中国の仙人として、またあるときはフランス人女性の守護霊をやっていたことなどを語ったのです。

「では、わたしのひとつ前の過去生は、そのうちのどれですか?」と尋ねると、彼女は答えることができませんでした。「それを語るには、1日も2日もかかるほど難しい」と言うのです。

わたしは、以前にアメリカ人女性から聞いたわたしの過去生のひとつを彼女に語りました。
すると、「そんな過去生はない」とそのイギリス人女性は言ったのです。でたらめだというのです。

おもしろいことに、そのときイギリス人女性に就いて通訳をしていた日本人女性は、以前にわたしが出会ったアメリカ人女性に就いて通訳をしていた人と同一人物だったのです。

その日本人女性は、アメリカ人女性がわたしに言った過去生の内容をよく覚えていました。「確かに、あのときはそう言っていたよね」と、彼女はうなずいてくれたのです。

不思議ですね。一体どちらの言うことが正しいのでしょうか?
イギリス人女性には、アメリカ人女性が語ったわたしの過去生が見えなかったのでしょうか?
それとも、イギリス人女性が言うように、アメリカ人女性がでたらめを言ったのでしょうか?

イギリス人女性はこう言いました。
「その霊能者よりも、わたしのほうが霊能は上です…」と。
つまり、自分の言うことのほうが正しいと主張したわけですね。
(聞くところによりますと、たいていの霊能者は、自分のほうが上だとか、正しいかと言うらしい…です)

また、彼女は最後にこうも言いました。
あなたは、霊能者のような人に過去生を聞かないほうがよいです」と。

はてさて、これは一体どういう意味なのでしょうか?

この意味不明のことばが、わたしにとってはもっとも信憑性のあることばとなったのです。

それ以来、わたしはいわゆる霊能者と呼ばれている人に、自分の過去生を尋ねるのはやめにしました。
要するに「霊能者が言うことは当てにならない」ということです。
とにかく、「真実はその人の意識レベルによって異なる」のですから。


今になって思うことは、もし彼女たちが見た過去生が実在したのだとしたら、そのすべてがわたしの分霊の過去生であったということです。


★ 分霊と共有した記憶 ★


☆若い頃わたしは「地球最後の日」と思われるような凄まじい映像を、夢で繰り返し見たことがありました。

空から炎の玉がつぎつぎと落ちてきて、「もう死ぬ…」と思い、目の前が真っ暗になったところで、夢から覚めるのです。

この情景が、アトランティス大陸沈没を意味していたことに気づいてからは、自分がアトランティスの時代に生きていたのではないかと思うようになりました。
おそらく何回か、分霊が生まれているはずです。

しかし、この記憶も、「分霊と共有した記憶」であったことが最近になってわかったのです。
なぜなら、わたしがこの地球という惑星に生まれたのは今回が初めてであると、わたしのハイアーセルフが伝えているからです。
太古の昔に異星人として地球に訪れたことはあるが、誕生したのはどうやら初めてらしいのです。
よって、そのアトランティス大陸最後の映像は、わたしの魂の記憶ではあるが、わたし自身(本体)の体験ではないと答えます。
これについては、また次回「類魂説」のところでお話しする予定です。


わたしの娘たちは、わたしの思考が地球人的ではなく、異星人的だと感じていたようで、日本に住んでいても日本人らしくないとか、まるで外国人が旅行で日本に訪れているかのようにぎこちなく、場に馴染んでいない感じで、他の人たちと明らかに違和感があると言うのです。(本人はそのような自覚はないのですが…苦笑)


★ 過去生を思い出す人と思い出さない人 ★


この地球に誕生する前に、わたしはある選択をしてきています。
それは「自分本体の過去生を一切思い出さない」という選択です。
そのことは、わたしの次女が指摘しています。
次女は、わたしが今回生まれる前にどんな人生を歩むかという「人生選択の場面」を見て、知っているのです。
そこは地球霊界にある「生まれ変わりの場所」ではなかったそうですから、やはり地球外の生物(笑)だったのでしょう。

どうやらその際、「自分自身の過去生を思い出すことは、自分にとってプラスにはならない。むしろ邪魔である」と思ったようです。
だから、イギリス人霊能者が「あなたは、霊能者のような人に過去生を聞かないほうがよいです」と言ったことに信憑性を感じたのかもしれませんね。
(彼女がわたしのこの選択を知っていたかどうかは、謎です。笑)

次女のように、自分の過去生を思い出しやすくするために、わざわざその「しるし」をつけて再生する者もいれば、わたしのように一切思い出さないという選択をしてくる者もいるということですね。

さて、あなたはどちらを選択してきた人でしょうか?

次回は「マイヤースの類魂説」について、お話ししたいと思います。


☆ 参考過去記事 ☆
  
  あなたの分身たち                  
  カテゴリ「過去生の記憶



「霊界通信」についての考察―霊界通信はどこまで信じられるか

2010年10月27日 22:20


★ 「霊界通信」についての考察 ★



今回は類魂説をお伝えする前に、霊界通信と呼ばれるものの信憑性について、マイヤースの例を挙げてお話ししたいと思います。


マイヤースの霊界通信の内容は、浅野和三郎氏の『永遠の大道』という題名で潮文社から出版されていますが、お読みになった方はいらっしゃるでしょうか。

浅野氏の翻訳本は大正14年に復刻されており、その復刻版の新装版をつい最近購入して読んでみたのですが、旧式の漢字が使用されたままで、誤字当て字もあり、印刷も鮮明でなく、正直言って、大変読みづらいものがありました。

じつは「類魂」が説明されているP70~80の箇所を、長女に朗読してほしいと頼んだのです。

果たして、旧字が読めないだけでなく、意味がわからないことばが多々あり、辞書で調べても不明の文字もありで、10ページの内容をすらすらと読めるようになるまでに、数時間を要してしまいました。(苦笑)
長女は「もう二度と読まないであろう」と言い残し、わたしに本を返しました。(さもありなん…)

これから読む若い人たちのためにも、現在の漢字と仮名づかいに直して、発行していただきたいと、つくづく思ったしだいです。


★ マイヤースについて ★


★さて、死後霊界通信を送ったフレデリック・ウィリアム・ヘンリー・マイヤース氏は、1843年に英国に生まれました。
彼は文学者で、詩人。そして、心霊研究家の開拓者として功績を残した人だったようです。

浅野氏の解説によりますと、マイヤースは1882年に少数の同志と協力して『英国神霊協会』を創立しています。
現在も使われている「超常 supernormal」や「テレパシー telepathy」などの用語は、彼が創案したのだそうです。(そうだったんだ!)

1901年に亡くなったマイヤースは、死後30年経って、当時自動書記の能力があったジェラルディン・カミンズ嬢を媒体に選び、霊界通信を始めました。

マイヤースは自分の霊界通信の困難さについて、つぎのように述べています。
(現代の漢字と仮名づかいに直して記します)


『人間の潜在意識は、われわれ幽界居住者にとって、なかなか取り扱いにくいものである。
われわれはこれにわれわれの通信を印象する。
われわれは決して直接に霊媒の頭脳に印象するのではない。
そんなことはとうてい不可能である。
潜在意識がそれを受け取り、そして頭脳に伝送するのである。
頭脳は単なる機械である。
潜在意識はちょうど柔軟なロウのごときもので、われわれの思想の内容を受け取ってくれ、そしてこれを言葉の衣装で包むものである。
いわゆる十字通信が困難なのはこれがためである。

思想の伝達には成功するとしても、これを表現する言葉は、主として潜在観念の受け持ちにかかる。
ゆえに、もし私がある文章の前半を甲の霊媒に伝え、残る半分を乙の霊媒に伝えたとしても、それは主として内容の問題で、言葉の問題ではない。

もちろんこちらはなるべく思想と同時にこれを盛るべき文字をも伝達しようとはするのであるが、実際の綴り方は、どうしても霊媒の記憶から来るので*誤謬(ごびゅう)もできる。
そして時とすれば、全然霊媒の用語のみで表現されてしまうこともある』


浅野氏の翻訳を忠実に書き出してみましたが、わかりにくいことばや言い回しがあったかもしれません。
*誤謬は、間違い、あやまりという意味。
*十字通信というのは、カミンズ嬢とレナルド夫人が別々に同じマイヤースからの通信を受け取って、比較研究をおこなったことを指している。


★ 霊界通信はむずかしい ★


★ここで、わたしがこの内容を、なぜ皆さんにお伝えしようと思ったかですが、いかに霊界通信が大変であるかをマイヤース自身が語っているからです。

通信の内容は、マイヤース自身が直接ペンをとって書いたものではありません。
伝えているのは「あの世の人」なのですが、それを表現するのは「この世の人」だということです。
書記は実際に霊媒となった人が行なうので、その人の魂の進化の程度や言語量や表現力が乏しいと、「あの世の人」が真に伝えたいようには伝えられないということなのです。

最近海外ではチャネラーと称する人たちが、頻繁に異星人や宇宙の某存在のメッセージを伝えていますが、それもやはりチャネラー自身に、世界の地理や歴史に対する知識がなかったり、存在が伝えようとするボキャブラリーがなかったりすると、当然のことながらその存在は、正確に伝えることがむずかしくなるということです。

ここで、霊界からの伝達がどこまで正確に伝えられているか、という疑問が生まれてくるわけですね。

また、ここで気づかれた人もおられるかと思いますが、マイヤースは最初に『人間の潜在意識は、われわれ幽界居住者にとって、なかなか取り扱いにくいものである』と語っています。

この『幽界居住者にとって』というところに着目すると、彼は幽界にいて、幽界から通信していたということになりますね。
「霊界通信」ではなく、「幽界通信」だったなんて、これにはちょっと驚きました。

マイヤースは、自分には知識と経験に限りがあるということ、ただ自分が見た事実を物語ろうとするだけのもので、自分がこれから伝達しようとすることは、すべて自分自身の他界における知識の発表であって、自分には自分が知っている事実しか物語れないと伝えています。

第6章の『類魂』の箇所でも、彼はつぎのように語っています。

『現在私の居住する超物質の世界には、無限に近いほどの生活状態があるので、私はただ私が知っているだけしか説明できない。
私は決して絶対に誤謬をせぬと言わないが、だいたいこれから述べるところを一の定理と考えてもらいたいのである』


マイヤースは高次の階層にいたわけではないようですが、とても正直な人柄であることは、わかりますね。
彼が伝えようとした内容自体には、ウソやまやかしはないように感じられます。
それが、「その霊人のその次元における真実」なのですから。


★ 霊界通信はどこまで信じられるか ★


霊媒が他界からの通信を翻訳して書いた内容を、また日本人が翻訳して書いていて、それをわたしたちが読むのですから、しだいに信憑性が薄れていくのは仕方がないと思います。
マイヤースの「霊界通信」をはじめ、「シルバーバーチの霊言集」、また、さまざまな有名人たちの霊言など、巷には「霊言集」であふれかえっていますね。

特にシルバーバーチが大好きで、その通信を心から信じ込んでいる人たちはたくさんいらっしゃるようです。
わたしも何冊か読んでいます。
しかし、どんなにシルバーバーチが謙虚で気高く、すばらしいことばを発していようと、「霊言集」のすべてを丸飲みしないほうが賢明のように思います。
確かに非常に納得できる箇所はたくさんあります。
けれども、「そのように断言するのはどうかな…」と思う箇所、「何か変だな…」と感じる箇所もないとはいえないからです。
その霊言のすべてが、真にシルバーバーチだけのメッセージであるのかどうか? についても疑ってみることです。

ですから、さまざまな「霊界通信」や「異星人をチャネリングした本」を読むときには、決して鵜呑みをせず、常に自分の感覚を大切にしながら読み進め、理解していくことが肝要であると思います。
スピリチュアルが好きな人のなかには、疑うことを知らない純真な人たちもいますから、要注意です。

やたら「それはこうなのだ」とか、「それは絶対にまちがっている」とか、何事につけても断定する人たち。
あるいは、自分とは異なったことを主張する人に対し、バカにしたような口調で裁くような人たち。
そういう人たちが信じているものというのは、とりあえず「怪しい!」と疑ってみたほうが賢明です。

この世界に「絶対に正しい」といえるものがあるでしょうか?
また、「絶対にまちがっている」といえるものがあるでしょうか?
 

わかっているのは、この世界のすべてが相対的で、ものごとの正否はそれぞれの人の意識レベルで決められるものだということです。




ハート
大疑は大悟の基(たいぎはたいごのもとい)といいます。
大いに疑問を持つことが、後に大きな悟りを得るもとになるということです。

さて、あなたはどのように感じられたでしょうか?

「類魂説」についてはまた今度ということになりますが、次回をお楽しみに。



死後マイヤースが見た世界と「類魂説」について

2010年10月31日 20:00


★ 死後マイヤースが見た世界 ★



マイヤースの類魂説を語る前に、彼が示した「七つの世界」について、簡単にお伝えしておきたいと思います。
マイヤースは、死後各自の魂が、順次に通過する世界を7つに区分しています。
浅野氏はこの分類に対しては多少無理があるとして、自分なりの分類法に割り当てたものを記していますので、浅野氏の分類も記載しておきます。


★マイヤースの分類 (カッコ内は 浅野和三郎の分類 )
★1 物質界 (1 物質界 主として欲望の世界)  
★2 冥府または中間境
★3 夢幻界(常夏の国)(2 幽界 主として感情の世界)
★4 色彩界 (2 幽界 主として感情の世界) 
★5 光焔界 (2 幽界 主として感情の世界) 
★6 光明界 (3 霊界 主として理性の世界)
★7 超越界 (4 神界 主として叡智の世界)

(*これら各界の中間には、すべて冥府または中間境があるとマイヤースは述べる)

永遠の大道』とともに浅野氏によって翻訳された『個人的存在の彼方』の箇所で、マイヤースは自分のことを「第4界(色彩界)に達したまでの新参者」だと語っていることから、彼はこの第4の界層で見聞した様相を伝えているものと思われます。


★ マイヤースの類魂説 ★ 
   
   
   類魂はこれを単数と見れば単数、
   複数と見れば複数でもある。
   すべてに共通する。
   『霊(スピリット)』の力によって、
   同系の『魂』たちが一つに集合するのである。
                      マイヤース




★彼は「」と呼ぶ「本体部分」と、「同系の魂たち」 と呼ぶ「分身部分」をひとまとめにしたものを、「類魂 グループソウル」と言っています。 

(マイヤースが「」と呼ぶ「本体部分」のことを、浅野氏は「本霊」と訳しています)

マイヤースが「第6界」と呼ぶ世界に存在するひとつの「本霊」が、自分から分かれた同系の複数の魂、すなわち自分の「分霊」を多数養っていて、ひとつの集団を形成しているということです。

その「本霊」が養っている「同系の魂たち」の数は、20の場合もあれば100の場合もあり、1000の場合もあり、その数は決して一定していないと言います。

おそらく基本的に類魂の小集団が無数にあって、それらが集まってつぎの次元の類魂の大集団を形成しているのではないかと思われますが、その詳細については書かれていません。



★ マイヤースのいう「カルマと誕生」について ★
     ―あなたの前世は、あなたの類魂の地上生活を指す―




★つぎに、マイヤースは「現世生活は自分の生活であると同時に、また自分の生活でない」と言います。
自分の前世とは、自分と同一系の魂の一つが、かつて地上に送った生涯を指す」と言うのです。 
そして、それが今生の自分の地上生活を基礎づけることにもなるとして、仏教徒がいうところの「カルマ」とはちがうとして、つぎのように述べています。

たいがいは自分自身の前世のカルマではなく、自分よりはずっと以前に地上生活を営み、自分の地上生活の模型(枠組み)を残してくれた、類魂のひとつがつくったカルマなのである。
よって、自分自身もまた、自分の地上生活によって、同系の他の魂に対しての模型を残すことになる。
かくてわれわれは、いずれも独立的であるが、同時にまた、種々の界で連携的に働いているところの、他の類魂の強烈な影響を免れないのである。

私自身は決して二度と再び地上に現われることはない。
が、自分と同系の他の魂は、
私がかつて地上で制作した同一模型、
カルマのなかに入ることになる。



★わたしという人間は、自分の類魂が前世でつくったカルマによって、今回この世に生まれてきたのであり、次回生まれる類魂は、今生でつくったわたし自身のカルマによって地上に出てくるということになります。

「自分自身がつくったカルマを、自分自身で解消するために生まれるのではない」ということですから、「仏教で説くカルマ説」とは確かに異なっていますね。

わたしたちが生まれたときに「不公平」、「不平等」と思える境遇があらわれるのは、この「類魂説」をもって納得がいくのだとマイヤースは言うわけです。



★ 類魂の進化 ★


マイヤースが言う「類魂の進化」について、簡単にまとめると、下記のようになります。


【一個の中心霊】→「第6界」に存在し、白光に輝いている。

→いくつかの魂に分かれる。  

→分かれた魂たちは、それぞれ異なった時代に地上生活を営む。

→つぎの魂が、前の魂が残したカルマのなかに入る。
 (地上に誕生)

→霊的進化の各段階に置かれた魂たち同士のあいだには反射作用が生じる。
 (連帯責任をもっている)

→所属の一切の魂たちが進化し、全員が「第5界」に到達すると、融合する。
 (個性=全性、差別=平等となる)

→この段階で全員「第6界」に前進する資格ができる。
 (ここで魂たちは再び冥府に入る)

→「第6界」の存在の目的は「一神多神一霊多魂」の同一化の完成。
 この目的が達成されると、個々の生命を包含する霊は、首尾よく彼岸の神秘のなかに入り、人生究極の目的である無上智の進化を成就する。

→「第6界」から「第7界」への進入は、物的宇宙からの脱出である。
 ここでは、再び上昇か下降かの選択をする。
 ここに入る魂は、真の彼岸に入り、神、宇宙の本体と一体となる。



★マイヤースは、他の魂たちが地上で体験してきたことを類魂同士で共有するため、必ずしも同じ魂が幾度も地上生活を送る必要はないと言っています。

但し、地上で全く物質的な生活をおくった人々、まだ動物的な段階にある人は、ほとんど例外なく再生するとし、その回数は2~9回くらいで、100回も生まれ変わるということはないそうです。

「本霊」は、分霊たちをできるだけたくさん地上に送り、彼らが体験したことを霊的世界に持ち帰ってくれれば、 そこにいるだけで誕生する必要はないということになりますね。

この「分霊たち」が地上に生まれてさまざまな体験をすることを「本霊」は望んでおり、彼らがそれぞれ体験して持ち帰ったものを共有して進化していくという方法をとっているわけです。



★ 魂が進歩するにつれて
         類魂の真相が明らかになる ★
 
   

   死後の世界において、
   しだいに進歩を遂げれば遂げるほど、
   一層この類魂の存在を自覚してくる。
   
   第4の世界に到達したときに、
   各自は初めて類魂の真相がわかりかけ、
   その結果一大変化を遂げることになる。  マイヤース




マイヤース自身がまだ進化途中であるので、『類魂説』も彼の魂の次元が上昇するにつれて、今後変容する可能性が出てくるかと思います。
ですから、この本に書かれていることに固執せず、柔軟に理解することが必要です。

マイヤースの類魂説』については、ブログやホームページなどでも多々扱われており、マイヤースの「霊界通信の内容」も、詳細に記載している方々がいらっしゃいますので、関心のある方はそちらのほうもお読みになるとよいかと思います。
知るほどに疑問点が出てくるはずですから、その疑問は疑問として大切にとっておき、自分が「あの世」に行った際に検証してみることが必要なのではないかと思います。


ハート
マイヤースはマイヤースの世界に生きています。
わたしはわたしの世界を生き、あなたはあなたの世界を生きるのです。
各人各様で、千差万別の世界です。
でも、最終的にはみな融合し、一体となるのです。
一にして多、全体にして同時に個体」という仕組みは、
すべての界層に貫かれています。

あなたはわたし」で、「わたしはあなた」という世界は、
今ここに、わたしたちの前にも開かれているのです。






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