はじめに ―このブログを見つけてくださったあなたへ 

2010年06月12日 20:53

    

     こんにちは。

     あなたと出会えて、ほんとうにうれしいです。

     ありがとう。 

     この書を手に取ってくださったあなたに 
     心から愛と感謝を送ります。

                 2010年 6月 吉日



    バラ―イエロー

           (写真撮影 光の仕事人)
 

★じつはこのブログの内容は、もともと書籍として出版するために書いたものをベースとしています。
一般人が実際に出版にこぎつけるまでは容易ではなく、月日もかかるため、ブログというかたちでメッセージをお届けすることにしたものです。
ときには長文になる日もあるかと思いますが、楽しみながら最後まで読んでくだされば、うれしいです。


 
ところで、あなたは今おいくつでしょうか?
この書は、特に10代の半ばから20代の若い人たちに読んでほしいと願って書いたものです。
もちろん、そんな時代をとっくの昔に経験したおとなの人たちが読んでくだされば、さらにうれしいです。

今もしあなたが10代の少年少女で、このブログを読んで、「なんだかよくわかんないなー」と思うことがあったとしても、1ヶ月後や半年後に再び読んでみたら、「ああ、そういうことだったのか!」とわかることがあるかもしれません。ですから、一回きりではなく、何度も繰り返して読んでみてほしいのです。


★ここで、初めにお伝えしておきたいことは、わたしが述べている内容をすべて信じる必要はないということです。
「盲信」したり、「鵜呑(うのみ)」にしたりするのではなく、「へぇー、そういうことがあるのか」と、とりあえず知っておいてもらいたいのです。

★わたしは今現在のわたしの意識レベルにある真実を提供しています。
あなたの真実がわたしの真実とは異なっていて、理解ができないことがあったとしても、それはしかたがありません。「同じ体験をしていないことはわからない」からです。
 

たとえば、「UFO」について何の知識もない人が、それと間近で遭遇したとしても、なんか変わった動きをしているものが空に見えたということで、「目の錯覚だったのかな?」で終わってしまいます。
でも、「UFO」の情報をある程度知っていれば、「すごい! 自分はほんとうにUFOを見ているんだ!」と理解でき、そのことがきっかけとなって、スピリチュアルな世界に目覚め、その後の人生が変わる場合だってあるのです。

食べてみたことのない料理の味は、実際に食べてみないとわかりませんね。
わたしが「すごくおいしいよ。食べてごらん」と、いくら勧めたところで、あなたがそれを食べよう(体験しよう)としない限り、その料理の味はいつまで経っても、永遠にわからないままです。
味わうという体験をしてこそ、それがどういうものであるのかがわかるのです。
そして、その味についての好みや感想は千差万別です。



魂の成長や進化はまず「知ること」から始まる



★魂の成長や進化はまず「知ること」から始まります。  

もし生まれてから今までにあなたが体験したことがなくても、あなたの魂が「これって、なぜかよくわかる気がするよ」と、あなたの心に共鳴した内容があれば、それを大切にしてください。
それは今生ではなくて過去生ですでに体験していて、あなたの魂に保存されているものだからです。


★このブログは「知らない状態のあなた」から「知っている状態のあなた」へと変容してもらうためのものです。

なぜなら、あなたが体験していなくて、まだ知らない多くの真実を知ることによって、親や先生や社会という外部から与えられてきた「閉ざされたものの見方」や「制限された考え方・思い方」から解放され、自由に生きることができるからです。どのような人からも、脅(おびや)かされたり、コントロールされたりすることがなくなるのです。


★「思いの制限をひらく」ことで、あなたはこの世界で恐れるものなど何もないことに気づくことでしょう。


つぼみのときには、つぼみのときの真実があり、花ひらいたときには、花ひらいたときの真実があります。
そして、花が枯れたときには、枯れたときの真実があるのです。
あなたは常に成長し、進化していく存在ですから、その時々で、あなたの真実もめまぐるしく変わっていきます。
もし、20歳になっても、10歳のときと同じ真実しか知らないとしたら、あなたは少しも進歩していないということになるでしょう。
 
だれもがみな「唯一の真実」を知りたいと思っています。
けれども、そんなものはないというのが真実です。
真実がたったひとつだけなんて、あるわけがありません。

あなたは、この世の中で「絶対に真実である」といえるものを、見つけることができるでしょうか?
また、「絶対に真実でない」といえるものを、見つけることができるでしょうか?


真実はその人の「意識レベル」によって異なるのです。

ですから、今のあなたにとって真実であると思っていることでも、他の人にとっては真実でないと思えることもあるということです。
また、「唯一の真実」はありませんが、「最高の真実」はあります。

まずこれらのことをよく理解していただくために、次回さらにわかりやすくお話しすることにしましょう。



鈴蘭の妖精1


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「真実」はその人の「意識レベル」によって異なる その1

2010年06月13日 08:56


★ あなたにとっての真実とは? ★



今、あなたはどんなことを信じていますか? 
どんなことを「ほんとうのこと」だと思っているでしょうか?
何が、あなたにとっての「真実」でしょうか?



★「精神世界」や「自己啓発」に関する本は、現在たくさん出版されています。
このブログを見つけたあなたなら、すでに多くの本を読んでこられたことでしょう。
それぞれの著者はそれぞれ自分が得た「真実」を語っています。
でも、「それがすべての人たちに認識できる真実か?」というと、必ずしもそうではないことがわかります。
どういうことなのか、説明してみましょう。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * 

あなたは、鳥舎の巣箱のなかで生まれた一羽の小鳥です。


そこには、おとうさんやおかあさん、兄弟姉妹たちも一緒にいました。
とても気が合う鳥もいましたが、何となく気が合わない鳥も、近寄りたくない鳥もいました。
鳥舎のなかには大きな木があって、そこからはたくさんの枝が伸びています。
どの鳥もたいていその「止まり木」に並んで乗っかり、たわいもないおしゃべりをして毎日を送っていました。

あなたはいつも自分の両足を乗せている「止まり木」という一本の〈直線〉が、唯一の「現実」だと思って生きてきました。

鳥舎は網で囲まれています。
そのあいだから外をのぞくと、まばゆい太陽の光のなかで、空をきって自由自在に飛び交う野鳥たちの姿が目に映りました。

耳を澄ませば、風にそよぐ木々の葉のざわめきや、野鳥や動物や人間の子どもたちの声が聞こえてきます。
ときおり風は、どこか遠いところから芳(かぐわ)しい草花や木の実の甘い匂いを、あなたのところへ運んできてくれました。
さまざまな香りが、季節の移り変わりを教えてくれたのです。

みんな何だかとても楽しそうです。
そこにはまだ見たこともない自分の知らない世界が、どこまでも、どこまでも、果てしなく広がっているように思えました。
大空を優雅に旋回している大きな鳥の姿も、ときどき見かけました。
彼らはほとんど羽ばたくこともなく、空中に浮かんでいました。

「どうして、あんなふうに浮かんでいられるんだろう?」

あなたは自分にも彼らと同じ翼があることは知っていました。
お気に入りの止まり木から巣箱までパタパタと飛び移ることくらいはできます。
でも、羽を動かさずに空中に浮いていられることなどできっこありません。

「信じられない!」「ありえない!」

あなたはいつもそう思い直していました。
あなたにとって、それらの映像は「おとぎ話」や「空想の世界」の産物にすぎなかったのです。

* * * * * * * * * * * * * * * * * *

ある日のこと。
あなたがいつものように「止まり木」に乗っかって、網のあいだから外の景色を眺めていると、あなたを見つけた一羽の野の鳥が、「こっちへおいでよ」と呼びかけ、あなたを誘います。
あなたは首をかしげます。どうしたら、外の世界に行けるのかわからなかったのです。

「そんな窮屈(きゅうくつ)なところにいて、毎日楽しいの? ほら、出ておいでよ。扉はあいているのだから」
「えっ? 扉があいているの?」 

とまどっているあなたを見て、野の鳥はいいます。
「よく見てごらん。扉なんか閉じてもいないし、最初からついてもいないよ。きみが自分で扉をつくって、勝手に閉じているだけじゃないの?」

あなたは驚きます。
鳥舎の扉が開いているなんて、今まで気づきもしなかったからです。
目をこらして見ると、たしかに鳥舎には扉など、どこにもついていません。
柵という制限は、自分で創っていただけのことだったのです。
でも、見知らぬ世界への不安と恐れのために、あなたはまだ「止まり木」にしがみついたままです。

野の鳥は語りました。
ありとあらゆるものには「自由意志」と「自由選択」が与えられていて、だれでも自分の思い通りに生きることができるのだということ。
心配はいっさい無用だということ。

不安や恐れは、すべて自分が自分の思いを制限しているところから起こっているということ。

「へえーっ、そうなんだ!」

* * * * * * * * * * * * * * * * * * 

未知なる冒険を体験するという勇気を与えられたあなたは、ようやく翼を広げ、大きく羽ばたきます。
生まれ育った場所や親しい者たちへの執着を捨てて、あなたは「止まり木」から飛び立ち、そして野の鳥の後を追って空高く舞い上がったのです。


      空飛ぶわし


あなたは海の上で羽ばたくことなくじっと浮いている鳥をみつけました。
あんなふうに自分も浮いてみたい……。
あなたは自分もできると信じて、思い切って羽ばたくことをやめてみました。

「すごい! ほんとうに浮いているわ!」
あなたは羽ばたきをやめても、落ちていかないことがわかりました。
風が自分のからだを支えてくれることを知ったのです。

鳥は上昇気流に乗ることができます。
それに乗って宙に浮くことができる真実をあなたは体験したのです。

そして、「信じられない」、「ありえない」は、「信じられる」「ありえる」に変わったのでした。


上昇気流に乗り、輪を描きながら、あなたはどんどん空高く昇っていきました。
「えーっ? どうして! 世界はまっすぐにつづいているのではないの?」
下方に見える地平線や水平線を見て、あなたは衝撃(しょうげき)を受けます。

なぜなら、現実は〈直線〉ではなくて、〈曲線〉だったからです。


あなたは野の鳥にたずねます。
「この海の上をずっとずっとまっすぐに飛んで行くと、どこにたどりつくの?」
「また、ここに戻ってくるよ」
「えっ? それって、どういうこと? 世界に『果て』なんか、ないはずなのに」

「昔、この大海原をまっすぐにずっと進みつづけるとどうなるだろうって、考えた先輩たちがいてね、実際に旅に出かけていった」
「それで彼らはどうなったの?」
「彼らはまたもとの場所に戻ってきたんだよ。それで世界は直線ではなくて、曲線で、しかもまるいってことを知ったんだ。
世界が平らで果てがないと信じていたやつらは、途中であきらめてやめてしまった。だから、真実を知らないままなんだ」

「どうして途中であきらめたの?」
「そりゃあ、絶対に果てがないと思い込んでいたからさ」

あなたがこれまで絶対にこうだと信じてきたことが、一瞬にして変わってしまいました。

あなたは〈曲線〉だと思っていた世界が〈円〉だということを知りました。
海の上をずっとまっすぐに進みつづければ、いつかまた同じところに戻ってくるということ、世界は平らなんかではなく、〈まるい〉ということを認識したわけですね。

これまでのあなたは、直線的なものを現実だと思い込んできました。
それがあなた(小鳥)の真実だったのです。
ところが、すべての直線はとてつもなく大きな円の一部分であるにすぎず、世界が一直線上にあるというのは幻想であったことに気づいたのです。


天空へと舞い上がったあなたは、やがて〈円〉がサイクルとなっていることを知ります。
電子は原子核の周りを、月は地球の周りを、地球は太陽の周りを、ある一定の軌道を描いて飛びまわっています。

自然界では、植物の光合成とすべての生物の呼吸のはたらきによって物質が循環しています。
雲から落ちてきた雨粒も、地表から水蒸気となって上昇し、雲となってまた地上に落ちてきます。
生まれたものは滅し、滅したものはまた生まれます。
生物の「生き死に」も「輪廻(りんね)」という輪をめぐり、円環しています。

このように、ミクロの「素粒子(そりゅうし)」からマクロの「宇宙」に至るまで、あらゆるものがぐるぐると輪になってまわっていることをあなたは知るのです。

でも、このように現実が〈円〉を描いて周期的に動いているのだとしたら、同じことを何度も何度も繰り返していることになってしまいます。

「みんな、永遠に堂々めぐりをしているってこと? それじゃあ、いつまで経っても先に進めないじゃないの?」
そんな疑問を持ったあなたは、さらに高いところへと上昇します。
そこであなたはもっと驚く光景を目にするのです。

あなたは、〈円〉だと思っていたものが、じつは〈螺旋(らせん)〉だったということに気がつきました。

〈螺旋〉というのは、円を描きながら移行しますね。
〈円〉のように同じところをぐるぐるまわっているのではありません。
ひとつのサイクルを越えたらつぎのサイクルへと入り、そのサイクルを越えたらまたつぎのサイクルへと、つぎつぎと進化のレベルが高いところへと移行、上昇していくのです。

あなたは、すべてのものが同じ繰り返しをしているのではなく、螺旋状に進化していることを知るに到ります。
「そうだったのか! 宇宙の仕組みって、何てミステリアスなんだろう!」

この時点で、ようやく〈現実のほんとうの性質〉というものを真に理解できるところに、あなたは到達したのです。
でも、「進化の旅」はまだまだつづきます。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * 

★おつかれさまでした。
「小鳥のお話」はいかがでしたか?
この「小鳥のたとえ話」のように、それぞれが持っている「意識」や「観念」、「固有の周波数」によって、見えてくるものや感じられるものはちがってくるし、現実も真実もそれぞれ異なってくるということなのです。



★真実は、それぞれの人にとって真実と見える(思える)ことでしかありません。

★〈真理〉や〈真実〉が探求者の数だけあるといわれるのは、そういうことなのです。



「真実」はその人の「意識レベル」によって異なる その2

2010年06月14日 16:15


★ 神や正義はひとつではない ★



★世界には「」を信仰している人たちが大勢いますね。
一神教の神」、「多神教の神々」さまざまです。
ユダヤ教」と「キリスト教」と「イスラム教」では、「神は唯一の存在である」とされていますが、それぞれ「神の名」は異なり、「真実」も異なります。

これらの信仰者たちは、それぞれがつけた「神の名」のもとに、それぞれの「正義」という旗をひるがえし、それぞれの「思い込みの真実」のために戦争を繰り返してきました。
彼らは自分たちとちがう人たちを決して受け容れようとはしないのです。

神がひとつであるのなら、その神から創造された人間同士が戦う必要などまったくないはずですね。
けれども、「自分の真実だけが唯一正しい」とお互いが思い込み、非常に限られた理解しか持てないでいるため、未だに歩み寄ることができずにいるのです。
多様性のなかにあってお互いを受け入れ合うのが教会だ」とイエスの弟子パウロは言っているのですが……。

キリスト教では、動物などは人間の食べ物として神から与えられ、何を食べてもけがれないとされていますが、ユダヤ教では、ラクダ、ウサギ、タヌキ、鳥の中の猛禽類、爬虫類、羽のある昆虫、死んだ動物、貝や甲殻類、ウナギ、クジラなどの水性動物は、けがれた生き物として一切禁止されています。

イスラム教では豚を食べてはならないことになっています。
ですから、ハムやソーセージも食べません。ヒンドゥー教では神聖とする牛を食べてはならず、ジャイナ教では牛、豚、鳥の殺生を禁じていて、ほとんどがベジタリアンであるといわれています。

宗教によって、食べ物の常識が全くちがっているのです。
なぜなら、それぞれの神が禁じているからです。

このことからも、「神や正義はひとつではない」こと、
そして、「真実はひとつではなく、数限りなくある」ということがわかります。


★それは宗教だけではありません。
法律や医学や現代科学も同様です。

今まで認められていた真実よりもさらに最新の異なった真実が発見されて、それに賛同する学者が多いと、今度はそれが真実として認められます。
以前の真実は「真実ではなかった」ということになるわけです。
「相対性理論」で有名なアルバート・アインシュタインも、今では「まちがっていた」といわれていますね。


★ 真実は探求者の数だけある ★



真実は探求者の数だけあるのですから、どれが「正しい」と断定することはできません。
思い込みの度合いは千差万別ですが、それぞれがその人の真実なのです。
また、探求者たちも日々成長し、進化していきますから、それぞれの成長に応じて真実も変化していくのです。

 

★人によって異なる真実、それがつぎつぎと変わっていくような真実、条件が変わると容易に変わってしまう真実を、仏教では「世俗締―世俗の真理」と言っています。一般的には「常識」と呼ばれている内容で、「制限された通念」、「思い込み」といってもよいでしょう。


★「常識」は同じ国の中であっても、地域によって随分異なります。


秘密のケンミンSHOW 」というテレビ番組を見られたことがあるでしょうか?
各県で通用している「常識」が、日本のどこででも通用するとは限らないことをつよく気づかされる番組ですね。
すぐ隣の県であっても、習慣や食物の食べ方は驚くほど異なっています。
日本という一国でさえそうなのですから、世界の国々の「常識」が異なるのは当たり前だということです。

このように、人や国、宗教によって好き勝手に制限されている真実は、究極かつ普遍の真実とはいえませんね。


★わかっていることは 、「真実は各人の意識レベルによって異なる」ということ。
意識レベルが上昇すればするほど、さらに深遠な真実に出会える」ということ。
つまり、より「偉大な真実に出会うことができる」ということです。

人は毎日「自分が発している周波数に見合ったものを引きつけ、その人に見合った真実と遭遇(そうぐう)している」のです。




★さて、現在ただ今のあなたの「真実」は、どのあたりにあるでしょうか?

小鳥のたとえで言うと、「直線」でしょうか? 

現実を「直線」だと信じて生きている人たちは、「過去」があって「現在」があって「未来」があるというふうに、一直線上でのモノの見方をしています。
「過去」も「未来」も「今」のこの瞬間にあって、同時進行しているというふうに立体的に見ることはできません。

「えっ? 過去と未来が同時進行しているって、いったいどういうことなの?」
そんな疑問をもったあなたは、まさしく「直線思考型」の小鳥さんだということになりますね。

先人たちが伝えてきたように、あなたの一瞬一瞬の思いが、あなたの現実を創っているのです。
そして、思いが変われば、現実も変わります。
あなたが毎日このブログをひらき、エピローグまですべて読み終えられたとき、もう一度このページに戻って、この質問に答えてみてください。


今のあなたが「信じているもの」とは、何でしょうか? 
どんなことを「ほんとうのこと」だと思っているのでしょう?
何が、今のあなたにとっての「真実」でしょうか?




ハスの花


★ 来て、見よ。それはここにある ★



★仏陀(ブッダ=釈迦)はいいました。
来て、見よ」と。



★究極の真実はすでに存在しています。
あなたの外側にも内側にも、至るところに存在しています。
それは、あなたの眼前にあるのです。
ですから、「まずは、それを見なければならない」と仏陀はいいます。

★あなたはただハートをひらいて、幼子のように「素直」に「純粋な気持ち」で、ものごとを見ていけばよいのです。
一切の思い込み、先入観を取りはらい、自分勝手な判断などはせずに、ただ「ありのままを感じること」です。
「小鳥のお話」のように、あなたが体験し、理解すれば、それは「信」ではなく、「知」となります。



★仏陀はわたしたちを招き、こう言っています。
来て、見よ。それはここにある」と。



★わたしたちの「進化の旅」とは、「意識がめざめていく旅」です。
さあ、これからご一緒に「意識の進化の旅」にでかけましょう。



「目に見えない世界」を信じる人&信じない人

2010年06月15日 17:07

  
    
   無知とは、真の存在や実相を知らず、
   また、存在しないものを存在すると錯覚する誤った認識をいう。

   人は、この物質世界を、存在する唯一のものであると信じ、
   「それを越えたもの」の存在を知らない。

   そして、この物質世界が本質的には何ら実体のないものであって、
   実は、被造物の理解を越えた真の実体(不生不滅の霊)が映し出
   している単なる「観念の遊戯」であることを忘れているのである。

   そして、この無知はそれ自体が障害であるのみならず、
   人間のあらゆる障害の原因(原罪)となっているのである。  
  
       スワミ・スリ・ユクテスワ 「聖なる科学」より



       縦 薄紫の花 5月 
           (写真撮影 光の仕事人)
 

         
  あなたは「目に見えない世界」を信じない人ですか? 
        それとも、信じる人ですか?



世の中には、「自分の目には見えない」という理由だけで、不可視の世界や存在を否定する人たちがたくさんいますね。
彼らは「UFO」や「E・T」、「エンジェル」や「ゴースト」などの「霊的存在」を肯定する人たちを全く相手にしません。
ただ「超感覚的知覚力」が作動していないために察することができないだけなのですが、自分にそのような感知能力がないことを棚に上げて、「目に見えない世界」を語る人を嘲笑(ちょうしょう)し、平気で暴言を吐いたりするのです。

では、なぜ「不可視の世界」に対して理解ができなかったり、また、理解をしようとしなかったりするのでしょうか?

もちろん、その体験をしたことがないからですね。
車の運転をしたことのない人は、いくら運転の仕方の本を読んで、頭でマスターしたとしても、「運転しているときの感じ」はつかめません。
実際に何度も路上で車を走らせてみてはじめて、どんな感じがするのかを体験でき、「車を運転すること」の理解が生まれるのです。

このように何事も体験学習をしていないと、真に理解したり、共感したりすることはできません。
人の脳に記憶されるのは、実際に体感したことであり、「こわい」とか、「うれしい」とか、「ここちよい」とか、「しあわせ」とか、感情的に確認できた内容であるからです。
一度それらを味わってみたことがあるのなら、自信をもって「わたしはそれを知っている」と言うことができるわけですね。



★ 目に見えない世界を理解できない理由 ★



★「理解ができない」理由のうちのひとつとして、昔から長きにわたって国や社会という大きな集団が持ちつづけてきた「制限された思考」、「思い込み」、「狭いものの見方」などが関わっていることが挙げられます。
さまざまな組織や体制に慣れ親しんできた人たちほど、自分の制限の枠(わく)を超える新しい経験不安感や恐怖感を伴うので、必死で抵抗しようとするのです。


たとえば、あるとき、あなたの頭の中に突然「あなたはもともと異星から地球に来た異星人なのです…」というメッセージが伝えられるとします。

「何だって? そんなこと、あるはずがない!」
あなたは異星人など存在するはずもないし、自分が異星人だなんてとんでもないと思い直します。

「こんなこと、だれかにしゃべったら、頭がおかしいと思われるにちがいない!」
あなたは口を閉ざします。

なぜって、そんなことをしゃべって信じてもらえるとは、とうてい思えないからです。
あなたはそんなインスピレーションが来ること自体がおかしいと思い込み、恐怖心さえ感じるようになります。
もし、今までにどんなことでも信じてもらえる環境にいたのなら、あなたはそのメッセージを堂々とだれにでも話すことができるはずですよね。

★人間の脳は、たとえインスピレーション(高次元の思考)がやってきたとしても、自分の家族や友人などの身近な人や、学校や会社などの共同体に共通して教え込まれた「制限された思考」だけを受け入れて、そうではないものは拒否し、排除してしまう働きがあるのです。
つまり、その人が許せる範囲の波動(周波数)だけをキャッチするよう機能するわけですね。

★社会にあふれている「常識」は低い周波数のものが多いので、それに従ってモノを考えるクセがついてしまうと、日常のごくありふれた「意識レベルの低い思考」ばかりをキャッチし、高次元からやってくる「意識レベルの高い思考」を受容することができません。
このような状態を「閉ざした心」と呼んでもよいでしょう。




★「閉ざした心」をもった人たちは、
  昔から必ずどこの国にも存在した ★



自分たちが知らない新しい情報があらわれると、まず一笑に付し、反対し、権力で抑え、あるいは放置し、そのあと、非常に長い年月を経てようやく気づきを得ると、はじめて受け入れるようになるのです。
傲慢(ごうまん)といえば、これほど傲慢な人たちはいないし、鈍感(どんかん)といえば、これほど鈍感な人たちはいないでしょう。

とても長い年月、多くの人たちに信じられていた事柄に対して、だれかが初めて異説を唱えたとき、その人たちがいったいどのような扱いを受けたのか、あなたは知っているでしょうか? 
地球の歴史を顧(かえり)みれば明白ですね。

異説を唱えた人たちは「まったく信じるに値しない」と馬鹿にされただけではありません。
迫害まで受け、悲惨(ひさん)な生涯を終えた人もいます。たとえば「地動説」を唱えた人たちがそうでした。

現在「地球はまるい」ということや「地球が太陽の周りをまわっている」ということを否定する人はおそらくいないでしょう。世界的にその説が常識だということになっているからです。

しかし、コペルニクスが登場する16世紀頃までは、世界は平らなもので、地球は宇宙の中心にあり、まわりの天体(太陽など)がまわっているという「天動説」が信じられていたのです。
当時コペルニクスが「地動説」を唱えても、その説は承認されませんでした。

その後「地動説」を唱えたジョルダーノ・ブルーノは1600年「異端者」として火刑に処され、ガリレオ・ガリレイは宗教裁判にかけられ、獄中死しました。
ローマ法王ヨハネ・パウロ二世によって「教会側のまちがいだった」と非を認めたのは、それから450年後のことだったのです。

これは「科学」を認めなかった例ですが、「地球の公転」という人間の「目には見えないもの」を信じなかったことに変わりはありませんね。
イエス・キリストは「裁くものは裁かれる。汝裁くなかれ」と教えていますが、キリスト教会ではなぜか「裁く」ことが好きだったようです。

フランスを救ったことで有名なオルレアンの少女、ジャンヌ・ダルクも「裁かれた人たち」のうちのひとりでした。
当時彼女は「魔女」だとして火あぶりの刑に処せられましたが、300年後には「聖女」だったと言い直されて、今では〈聖ジャンヌ・ダルク〉となっています。
同じ女性なのに、魔女になったり、聖女になったり、だれか(権力者)さんの都合でコロコロと変わってしまいます。
もし、彼女がほんとうに聖なる少女であったのなら、魔女呼ばわりして焼き殺してしまった当時のローマ法王は、悪魔でなくて何なのでしょう。


★都合の悪い真実は公表せず、すべて闇に葬(ほうむ)ってきたのは、教会に限らず、「権力」という毒性のあるフォース(力)をもった人たちに共通していることです。


★「ストレスが、病気を引き起こす要因となる」という「ストレス説」を最初に唱えたハンス・セリエ博士も、ずいぶん当時の医学者たちから虐(しいた)げられています。

★「物質がきわめて小さい不変の粒子から成り立つ」という仮説を唱えた古代ギリシアの哲学者レウキッポスやデモクリトスも評価はされず、2000年ものあいだすっかり忘れ去られていました。

★19世紀にイギリスの化学者ドルトンが唱えた「近代的原子説」も、当時の科学者たちに受け入れられることはなく、信じられるということはありませんでした。
「ストレス」も、「粒子」も、「原子」も、目に見えないものであったからです。
けれども、現在では彼らの説こそが真実であるということが実証され、多くの賛同を得るようになっています。


★条件が変わると容易に変わってしまう「真実」は「世俗諦」だということを「プロローグ」で述べましたが、
「真実」はこのように変化していくものなのです。
 



自分が認識できないことは「存在しない」ことと同じ

2010年06月16日 18:00


★ 百聞は一見にしかず ★



百聞は一見にしかず」ということわざがありますね。

同じことを百回聞くよりも、一回見たら、そのほうがよく分かる」、
何度も他人から聞くよりも、一度実際に自分の目で見て確かめるほうがより優っている
という意味で、自分の目で「見る」ことは、より「信じること」につながるということを示唆しています。

大きくうなずいているあなたは、「自分の目には見えないから」という理由だけで、他人の言う話を信じなかったり、否定したりしているものがあるのではないでしょうか? 

「YES(イエス) 」と答えたあなたは、たとえば、どんなものを信じていないでしょうか?
どんなことを否定しているでしょうか?

E・Tの存在ですか? UFOですか? ゴーストの存在ですか? 
それとも、異次元の世界ですか? 死後の世界ですか? 超常現象ですか?
あるいは、「愛」とか「真理」とかいったことでしょうか?

心や精神的なものというのは、目には見えません。
「愛」といっても、どんな種類の愛なのか、どれくらいの量があるのか、言いあらわすことはできません。

ですから、「ことばだけでは信じられない」「態度であらわさなければ信じられない」という人は、花束や指輪などの物質を与えられると、初めて「愛されている」と実感できるのです。
その物質のなかに相手の「愛」や「真心」が注入されていると、勝手に思い込んでしまうからです。
実際に愛のエネルギーを強く感じる人もいるでしょう。「見えないものを信じる度合い」というのは、ほんとうに人それぞれ、千差万別です。

「死後の世界」も、★スウェデンボルグのように、実際に行って、観て、帰ってきた人が存在するのに、自分が行った記憶がないために信じられないし、「ゴースト」の存在や「超常現象」も、自分の目には見えないし、見たこともないから信じないわけですね。
昔から多くの人が「見た」と言っていても、やっぱり信じられないのです。


★エマニュエル・スウェデンボルグは1688年、スウェーデンのストックホルムに生まれた。★彼は18世紀最大の天才科学者として、20もの学問分野で多大な業績を残した。★科学、数学、心理学、哲学などに精通し、9ヶ国語を自由に操り、150冊以上もの著作を書いた。★ある日突然「目に見えない世界」に招き入れられた彼は、30年間「霊的生涯」を送り、1772年に自らが予言した月日に没した。



あじさい 青 
        (撮影 光の仕事人)


自分が認識できないことは「存在しない」ことと同じ


 
あなたは自分の目の前で起こった事実(事件)は認識できますが、あなたの全然知らないところ、たとえば外国で起こっている事実(事件)は認識できませんね。
その国の人にはその事実があったとしても、あなたはそれを見ていないのだから、あなたにとっては「その事実は存在しなかったのと同じ」だということになります。

海外の出来事ならニュースで知ることもできますが、遠い宇宙で起こっていること、たとえば銀河系で「新しい星が誕生した」などという事実は、宇宙観測のレーダーがキャッチしない限り、科学者であってもわからないわけです。

地球のだれもが知らない宇宙の出来事などは、「それが存在しないのと同じ」だということですね。
これは、「量子力学の父」と呼ばれたニールス・ボーアが言った「だれも見ていないときの月は、存在しない」ということと同様です。


テレビをつけていても、あなたがほかの「何か」や「だれかさん」のことを考えていたら、たとえあなたの目が画面を見ていたとしても、その番組が終わったとき、どんな内容だったかまったく記憶に残っていないということが生じるのです。

つまり、テレビの映像が物理的に「目に映っていること」と、「意識して見ること」とは別だからです。
あなたは自分の意識が集中している事柄以外のことには関心がなく、そのテレビ番組は結局見ていないのと同じだったということです。「心ここにあらず」という状態ですね。

★わたしたちはみな「自分が認めて知っていること以外は、存在しないことと同じ」という世界に生きているのです。


「この世」は幻想の世界

2010年06月17日 16:15


★目に見えるものの姿が
      必ずしもそうであるとは限らない★




★もしあなたが「自分の目に見えるもの(世界)しか信じない」という人であるならば、知っておいてほしいことがあります。


人間の肉眼というのは、基本的に「」がないと、ものを見ることができません。
細菌などのミクロのものを顕微鏡で見て調べるときや、天体などのマクロのものを望遠鏡で見るときにも、必ず「」が必要です。
そうすると、真暗闇の中では何も見えないので、何も信じることができないということになってしまいますね。
昼に見えていた山や川も、夜の暗闇のなかでは見えなくなってしまうため、「その存在はないのと同じ」ということになります。

その代わり、昼には見えなかったものがその存在を現します。
それは何でしょうか?

えっ? お化け? 
残念でした。はずれです。
それは、夜空に光るあまたの星です。
昼には全く存在感がなく、忘れられていた銀河の星が清らかにまたたき、満ちたり欠けたり、日々変化する月が姿を現します。
もし、夜になっても夜空を見上げることがなかったら、あなたは星や月の存在を認識していないので、それらは「存在しないのと同じ」だということになるわけです。

★「自分の目に見えるもの(世界)しか信じない人」は、「信じるためには光が必要」だということになりますね。



光のファンタジー
光のファンタジー 写真撮影 光の仕事人



光が当たったものは、ほんとうの姿ではない



ところが、形態波動エネルギーの研究者である足立育郎氏が受信された宇宙からの情報では、
光は電磁波と物質波のある周波数をもった複合振動波」なので、「光を当てるということは、そのエネルギーを加えてしまうことになる。光というエネルギーを加えられたミクロの部分は、本来の姿ではないものになってしまう」というのです。


※足立育郎氏は、宇宙は「波動のエネルギー」で構成されていることを科学的に理解し、研究・創作活動として実践する形態波動エネルギー研究者。
引用箇所は、彼の著書『波動の法則』(形態波動エネルギー研究所)P66参照。
 



★つまり、「光が当たったものは、ほんとうの姿ではない」ということになります。となると、わたしたちは日常において、「ほんとうの姿でないものばかりを見ている」ということになってしまいますね。


これはひとつの実験例ですが、水の入ったコップのなかにストローを入れて、のぞいてみてください。

ストローが折れ曲がったように見えますね。
水中から取り出せば、ストローはまっすぐのままです。
でも、水中に入れれば、また曲がって見えます。

それを見たあなたは、ストローがほんとうに折れ曲がってしまったと信じるでしょうか? 
そんな不思議なマジックをして見せているのは、いったいだれなのでしょう? 

聡明なあなたなら、そのマジシャンがだれだか知っていますね。
そう、「」です。
光が水中に入ると屈折するので、ストローは曲がったように見えるのです。




★光のなかで見えるものは幻想の世界★




   噴水
      写真撮影 光の仕事人


公園で涼しげな水のショーをくり広げる「噴水(ふんすい)」を思い浮かべてみてください。

噴水はノズルのかたちと水の圧力によっていろんな「かたち」を描きます。

キャンドル型やフラワー型、シャープ型、ピーコック型など、ノズルによって変幻自在な水の動きが創られ、写真に撮っても、それぞれの「かたち」を成してちゃんと写りますね。でも、その華麗なる「かたち」は、人の目に見えるとおりに存在しているわけではありません。実際には「かたち」はなくて、ただ水の粒子が連続して飛び散っては消えているだけなのです。
噴水がキャンドルやフラワーの「かたち」に見えるのは、じつは錯覚なのです。

★「光のなかで見えるもの」は「幻想の世界」であって、「真実の世界ではない」ということなのです。
真実の世界」を知りたければ、わたしたちの肉眼で見ている世界がほんとうだという錯覚を、まず「錯覚だと知ること」から始まります。肉眼で見る世界は「現象」であって、「実体」ではないからです。「この世は、映写機を通して見ている映画のようなもの」だからです。
 

「でも、映画のスクリーンにあらわれた人間は手でつかめないけど、この現実にいる人間はちゃんとつかめるじゃないの?」
そうあなたは思うかもしれません。

では、夢を見ているときはどうでしょうか? 
夢の世界は現実じゃないから、そこに登場する人は手でつかむことができないでしょうか? 

そんなことはありませんね。夢のなかでも、わたしたちは人の手をつかむことができるし、その手の暖かさを感じることができます。
夢で食事を味わうこともできるのです。(夢で飲むジュースの味は格別ですよ)


★太古の昔から、悟りを極めた覚者たちはみな「この世は夢であり、幻想の世界である」と語ってきました。 そして、この「わたしたちが認識する物質世界は実存しない」というのは、現代科学の先端をいく※「量子力学」が出した結論でもあるのです。



※量子力学は、「素粒子のふるまい」を観察して、「物質とは何か?」を究明する学問。近年では、「宇宙」だけでなく、今まで触れられることのなかった「不可視の領域」、〈あの世〉と呼ばれてきた〈死後の世界〉と〈この世〉の境界を、実験によって検知するというところまで進んできている。




ハート
ほんとうの姿をゆがめてしまう不思議で神秘的なマジシャンの正体は、
「光」だったわけですね。

目に見えるものの姿が必ずしもそうであるとは限らない」ということは、
いろいろな「目の錯覚の図」などを見ても明らかです。

いかがですか? 
自分の目に見えるものが、果たして信じるに値するものなのかどうか、
少し疑わしくなってきたのではないでしょうか?
すべてのものが目の錯覚であるとしたら、あなたは何を信じるのでしょうか?



見えなくても、信じているものってある 

2010年06月19日 13:00


★ 見えなくても信じているものがある ★



★日常生活において、たとえ肉眼では見えないものであっても、あなたがほとんど疑問なく当たり前に信じていることってありますよね。


たとえば、テレビです。
あなたは朝ごはんや夕ごはんを食べながら、その日起こったニュースや天気予報を見ています。
見たい番組があれば、チャンネルを変えます。
もちろん、リモコンひとつで好きな番組を探すことができます。
画面には、遠方の放送局から送られてくる美しいフルカラーの映像が現れ、同時に人の話し声や音楽まで聞こえてきますね。

なぜ? どうして? 
画面上になぜ映像が映るのか、あなたは不思議に思ったことはありませんか?

もう何十年も昔のことになりますが、テレビが初めて日本に普及したとき、その四角い箱のなかに人が入ってしゃべっているのだと、ほんとうに思っていた人がいたそうです。

おかしいですか? 
でも、今笑っているあなた、なぜテレビに画像が映り、チャンネルを変えるたびに映像がつぎつぎと変わるのか、いったいどんな仕組みで映像を映し出すことができているのか、その人にわかりやすく説明してあげることができるでしょうか?

おそらく図を描いたり、「電波の電気信号」とか、「赤・青・緑の三原色」とか、「共振・共鳴の法則」とか、いろんなことをひとつずつ説明したりしなければならず、そう簡単にわかってもらえることではないことに気づかれることでしょう。

目に見えないものを説明することは、盲目の人に「色の世界」を説明するのと同じくらいむずかしいのです。

盲目の人が「色の世界」を認識できないからといって、「色の世界」がないということにはなりませんね。

それと同様に、わたしたちは自分たちの目には見えないからといって「目に見えない世界」を否定することなどはできません。


★ 「目に見える世界」と「目に見えない世界」 ★



電波」は目には見えませんが、「確実に存在する」ことは、今やだれもが知っています。
携帯電話で会話ができたり、メールの送受信ができたりするのも、またインターネットで検索ができるのも、電波(電磁波)という存在があるからですね。

どれほど「目に見えないものは信じない」という人でも、光には「紫外線」や「赤外線」があるということ、電子レンジや携帯電話に使われているマイクロ波と呼ばれる「極超短波」や、テレビやFMラジオに使われている「超短波」、AMラジオに使われている「中波」、送電線や家庭の電化製品に使われている「極低周波」というものが存在するという知識は、お持ちでしょう。
これらは肉眼では見えませんが、「確かに存在しているもの」です。


あなたは、テレビのスイッチをオンにすれば映像が現れることを知っています。
幼い頃にだれかに教えてもらったか、それとも、だれかがそうやっているのを何回も見ていたからか、「スイッチをオンにさえしたら、テレビが見られる」ことを覚え、信じたからです。
そのことを少しも疑ったりはしていませんね。


★あなたは、ほんとうは「目に見える世界」と「目に見えない世界」に片足ずつ足を突っ込んで生きているのです。

現在は「目に見える世界=この世」での感覚だけで生きているので、もう片方の「目に見えない世界=あの世」の感覚は忘れ去られているだけです。

もう片方の足の感覚さえ取り戻すことができたなら、あなたは昔から「あの世」と呼ばれてきた異次元世界や、あなたが生まれる前にいた世界のこともわかり、「この世」も「あの世」も同時に重なって存在していることが実感できるでしょう。



★まず「知る」こと。
そして、「素直にありのままに感じてみる」ことです。 
あの世」のことがわかれば、「この世」での生き方は、おのずと変わってきます。
というよりは、変わらざるを得なくなります。



★「知る」ことによって「思考の制限」は解放されて消滅し、わたしたちの脳は活発に作動できるようになるからです。
そして、「高い周波数の思考」や「偉大な無限の可能性」を受け容れられるようになり、両足の感覚が戻り、正常に歩けるようになるからです。



一度、じっくり考えてみてください。
あなたが目に見えなくても信じているものって、何でしょうか?


あなたは超能力を信じる人ですか?

2010年06月20日 17:15


あなたは超能力を信じる人ですか? 
      それとも、信じない人ですか? 



1942年、心理学者のガートルード・シュマイドラー教授は、超能力を信じるグループは「ヒツジ」、信じないグループは「ヤギ」と名づけて、ESPカードを使った透視実験をおこないました。

その結果、超能力を信じない「ヤギ」グループよりも、超能力を信じる「ヒツジ」グループのほうが、正解率がわずかに理論的期待値を上回ったというものでした。



★ 超能力が実在するかしないかの実験結果 ★



超能力が実在するかしないかの実験で、面白い結果が表れました。
超能力を信じる科学者=ヒツジさん」が実験をすると、超能力に「肯定的な結果があらわれた」のに対して、
信じない科学者=ヤギさんが実験すると、「否定的な結果があらわれた」というものです。
いくら実験を繰り返してみても、ヒツジさんグループとヤギさんグループの実験結果は異なるというのです。

★これを超心理学用語で「山羊・羊効果」とか「羊と山羊の問題」とか呼んでいます。

実験する際に、「超能力」を疑っている科学者がひとりでもいると、その人の信念が、被験者(超能力者)の力を抑圧してしまう危険性があるという人もいます。

それで、現在では「超能力」の実験をするときは、「超能力に疑いをもっている科学者=ヤギさんは参加しない」ことを条件にしておこなわれているのだそうです。
ということは、超能力者といわれているユリ・ゲラーさんでも、懐疑論者の「ヤギさんグループ」を前にしては「スプーン曲げ」も十分に発揮できないということになってしまいますね。
(「超能力」についての論争は、昔から現在に至るまでつづいています)


*量子力学では、実験者(観察者)が変われば、実験(観察)結果が変化する
つまり、実験者の信じているものによって、その意識が実験結果を左右することが、すでに実証されています。
量子力学」のほうが「シュマイドラーの山羊・羊効果」よりわかりやすいですね。



★ところで、この地球に住んでいる人たちのなかで、超能力を信じる「ヒツジさん」はどれくらい存在すると思いますか? 

わたしの調べでは、今のところ(2010年6月現在)でおよそ25%です。
ですから、半信半疑の人たちも含めて、あとの約75%は「ヤギさん」ということになります。
ニュートン力学にハマった物質主義者たちがいかに多いかということがわかりますね。
人類の「集合意識」も、約75%の「ヤギさん」で構成されているわけですから、「超能力」や「目に見えない世界」に対して否定的であるのも仕方がないということになります。


★では、なぜこの地球という名の惑星には、圧倒的に「ヤギさん」が多いのでしょうか?

それにはフカァーイ理由(わけ)があるのです。
それは、また次回お話ししたいと思います。



あなたは「ヒツジ」さん? それとも「ヤギ」さん?

2010年06月21日 06:15


★ 「ヒツジ」と「ヤギ」 ★ 



今日は昨日に引き続き、「ヒツジ」さんと「ヤギ」さんのお話ですが、
「ヒツジ」と「ヤギ」を異なった視点から見てみましょう。


★「ヒツジ」というのは、キリスト教では主に「神の子羊」を意味するイエス・キリストをあらわし、従順な性質のためか、聖書では良い意味に使われています。

けれども、羊は羊飼いに依存し、コントロールされ、団体行動しかできない弱々しい善人的なイメージがし、覚醒して自立した力強い存在とは程遠い感じがしないでもありません。

★自分でしっかりと確かめもせず、他人の言うことを過信、盲信する人は「ヒツジさん」タイプと言ってもよいでしょう。


★「ヤギ」のほうは、実際にわれ先にと自分の居場所を陣取るような強気で気短な性質の動物で、人間の言うことを聞かない「暴れん坊」という本来の性質をもっているために、悪役にされたようです。

悪魔は山羊の姿として描かれていたりしますね。
よって、自己中心的で、精神世界の話には耳を貸さず、物質への欲望が強い人は「ヤギさん」タイプといえるでしょう。




★ イエスは神の子羊か? ★



さて、イエスは「神の子羊」と言われますが、わたしにはそんな軟(やわ)なイメージは全くありません。

彼は神の息子として常に神と共にありました。
数匹の魚と数個の小さなパンをちぎって分け与えることで、千人を超える人々が満腹になるほどの奇跡を起こしたり、すでに死んだ人を甦らせたりできるパワーを持っていました。
制限されるものなど何もなく、彼は自由自在の境地で生きていました。

しかし、このような自由人が存在すると困る人たちが、この地球上には数多(あまた)いたのです。
なぜなら、いくら権力を持っている王であっても、彼のような人を従わせることはできないからです。

★神とつながっている人は、神という絶対の権威者を自分の内側に持っていますから、他人にコントロールされることがありません。

こういう人を生かしておくと他の民衆にも影響が及び、権力者に従わなくなってしまうので、「殺してしまえ!」ということで、イエスを処刑したわけです。

このように、コントロール不可能な人々(覚醒者・シャーマン・魔女も含まれます)は、その時代の権力者たちによって常に排斥されてきました。
そして、権力者たちは「ヤギさん・ヒツジさんグループ」を増やすことに専念してきました。
現在もそうです。

なぜって、「ヤギさんグループ」は神とのつながりをもっておらず、絶対の権威者を自分の内に持っていないため、物質主義に陥(おちい)ったあげく、人間の権力者に依存するようになり、そういう人たちに奴隷のように従ってくれるからです。

ヒツジさんグループ」は個々に神とのつながりがあるというよりも、教会とのつながりが深く、宗教的な権力に従属し、コントロールされやすいからです。

「地球人類家畜化政策」などというおぞましい思考を実現させようとしてきた者たちが、どの時代にも必ず地球に存在してきたということを知っておくのは、これから「ヤギさん・ヒツジさんグループ」を脱出したい人にとっては必要かと思います。


ところで、あなたは「ヒツジさん」でしょうか? 
「ヤギさん」でしょうか?
それとも、「光」につながった一頭の誇り高き「トラさん」でしょうか?


     さて、あなたはどのタイプ?



       トナカイのピャーラ 
    ハァーイ、ワタチはトナカイで~す。
 

       ユニちゃん おすわり
    実験者が変われば、実験結果が変わるのよね。



「信じる」と見えてくる不思議なお話

2010年06月22日 13:10


あなたは「信じると見えてくる」という不思議な現象を体験したことがありますか?
   
もう随分前に聞いた話ですが、知人の子どもが幼稚園の花壇(かだん)で、花の上に妖精(ようせい)がいるのを見つけたのだそうです。

妖精というのは、「ピーターパン」に登場する「ティンカーベル」のように、羽をつけた人型の小さな存在で、通常は人の目には見えません。

妖精は「おとぎ話」に登場する架空の存在なんかではありません。実在するのです。
その存在については、実際に妖精からくれぐれも多くの人に伝えてほしいと頼まれているので、強調しておきたいと思います。


妖精たちは自然界を人間に壊され、環境を汚(けが)されていることに怒りを覚えています。
多くの植物や動物たちの生命を奪い、母なる大地を乗っ取ったばかりでなく、美しい自然を壊し、ゴミなどで汚してきた人間たちに対してです。


花粉に過剰反応して、くしゃみや目のかゆみなどの症状を起こすアレルギー病がありますね。
「花粉症」の人は年々増えつづけているといわれています。
花粉症になる原因はいろいろと言われていますが、植物を守る妖精たちの怒りが花粉に込められているので、敏感な人は影響されるのです。
わたしはその怒りを直に感じている者のひとりです。
目がかゆくなったりすると、妖精たちの怒りを思い出し、自然を保護し、汚された環境を浄化しなければと思います。


知人の子どもの話に戻りますが、ひとりの園児が「わぁ、妖精がいるよ!」と指さすと、
どこどこ」と、近くにいた子どもたち全員にも、その姿が見えたというのです。

連鎖反応といいますか、みんなが「信じる」と、常日頃妖精を見たことのない子どもたちにも見えてくるという、じつに不思議なお話です。


    妖精がいる花
      妖精のいる花  写真撮影 光の仕事人



★「見えることは信じられること」なのではなく、「信じられることは見えること」だということですね。

また、今まで知らなかった新しい情報を得ることで、実際に認識できるようになるということです。
現実というのは、その人が信じているものが現われてきたものだからです。
あなたがあなたの現実を創っている」といわれているのは、そういうことですね。



★何かに疑いをもっているかぎり、それに関してのあなたの視野が広がることはないということです。
信じれば、目に見えないはずの「神の臨在」を至るところに見ることができるし、
」や「思いやり」がどんなに自分の魂を喜びで満たしてくれるかを感じることができるのです。



あなたは信じますか? 目に見えない世界・宇宙人・幽霊・死後の世界・超常現象 

2010年06月23日 13:50


★ あなたは信じますか? ★ 



2009年の8月、わたしは20代の若者を中心に「目に見えない世界」についての信・不信を調査することを思いつきました。
若い人たちが「目に見えない世界」について、どのような反応を示すのかを知りたかったからです。
わたしの次女が自分の知人や友人にアンケート用紙を配ってくれて、幸いにも予定していた合計100人の回答を得ることができました。その結果、大変興味深いことがわかりました。


★つぎに記す数は、100人(男54人 女46人)中何人が「はい」と答えたかを示します。

①あなたは「宇宙人」や「UFO」の存在を信じますか? はい 54人
②あなたは「幽霊」(霊・お化け)の存在を信じますか? はい 67人
③あなたは「死後の世界」を信じますか?        はい 47人
④あなたは「超常現象」を信じますか?         はい 24人
  

                     
これらの質問のうち、②の「幽霊(霊・お化け)の存在を信じますか?」で、「はい」と答えた67人のうち、「実際に見たから」と答えた人が20人いました。
100人のうち20人が「幽霊」を見ているというのは、相当な確率です。

ところが、③の「死後の世界を信じますか?」になると、半数以下です。
幽霊」の存在は信じても、「死後の世界」は信じないという人が、同じく20人いるのです。
行ったことや見たことがないからわからない」というのがその理由です。

これは①や④の質問にも同様のことが言えます。
要するに「自分の目で感じたことや見たことは信じる」が、「見たことがないものは信じられない」という非常に明確な回答であったわけです。

★まさに「自分が認識できない事柄は存在しない」ということですね。

また、「あなたがこの世の中で一番恐いものは何ですか?」という問いに対して「幽霊」と書いた人が数人いました。
ところが、その数人のうち「あなたは「幽霊」(霊・お化け)の存在を信じますか?」という問いに対しては、「いいえ」と答えている人がいるのです。

「幽霊の存在を信じていない」のに「恐い」というところが、面白いですね。
一般の人たちには、自分の肉眼には見えない「正体不明のものに対する恐怖心がある」のです。
見えないがゆえに不安で恐い」わけですから、幽霊でも、見えるほうが逆に恐くないのかもしれません。

★幽霊のような4次元の存在が頻繁に見えるということは、自分が4次元の波動と同通しているということを知っておくことも大切です。
動物霊や意識レベルの低い霊などに憑依されていたり、影響されて見えているケースが圧倒的に多いのです。
そういう場合は、コントロールがききません。嫌でも見えてしまうわけですから。
要するに、霊視ができるからといって、必ずしもその人の意識レベルが高いわけではないということです。
むしろ、意識レベルをもっと高める必要があるでしょう。


ただし、そういう役目を持って生まれていて、生まれつき霊視が可能な人や、修行によってチャクラがひらいて霊視ができるようになった正常波動の人はたくさんいらっしゃいます。
最近は地球のアセンションやフォトン・ベルトの影響などで、人類の意識レベルが高くなりつつある傾向にあり、超能力をひらくことが容易となってきていることもあります。


★「死後の世界」を信じない人が半数以上いるということ。
これはとても大変なことです。


死後の世界は存在しない」と思っている人たちが死んだとき、彼らはいったいどうなると思いますか?
行く先のない「ゴースト」たちは、いつまでも「この世」にとどまることになるのです。
そのためにわたしたちがどのような悪影響を与えられてきたか、それを知っておくことは非常に重要です。
このことについては、またいつか詳しく述べたいと思います。

この100人のうち「精神世界系」の本を読んでいると回答した人は9人でした。
あとの人たちは「目に見えない世界」に関する本を読んだことがないということです。
テレビや人から聞いた話の影響もあるかと思いますが、自分から進んで「目に見えない世界に関連する本」を読む人は非常に少ないということがわかりました。

そこで、わたしは日頃「精神世界系」の本を読まない、特に若い世代の人たちに「見えない世界の実態」を知らせ、「わたしたちの意識はけっして死ぬことはない」ということや、「自分の意識を変えることで、心やからだを癒すこともできる」し、「真の幸福を得ることができる」ということをぜひお伝えしたいと思い立ったのです。


★あなたが「見えない世界の存在」に気づいていくことで、あなたの「内なる次元」はひらかれます。
すると、今まで気づかなかったもの見えてくるのです。

この「見えてくる」ということばは肉眼で見えるという意味ではありません。
心の目がひらけてくるという意味です。

★そして、宇宙とつながっている「あなた自身」を探究し、あなたが何者なのか、その正体を知ったとき、「あなたの意識」は変容するでしょう。


★「見えない世界」を知ると、「あなたの真実」は変わります。
そして、「終わりのない生」を知ったとき、「あなたの生き方」は変わるでしょう。

これまで思い込んできたさまざまなものの「制限をひらく」ことで、
あなたは自由自在の境地を手に入れることができるのです。



「正常波動」と「異常波動」のお話

2010年06月24日 08:30


皆さんは、子どもの頃に「四つ葉のクローバー」を見つけようと、一生懸命草むらを探した記憶はありませんか?
「四つ葉」は四合わせであるという語呂から、「幸せ」が訪れるとされていて、たいていの人はそれを見つけると喜びます。わたしもそうでした。


   四葉のクローバー
    (四葉のクローバー 写真撮影 光の仕事人)   


写真のクローバーは近所の公園で見つけたものです。本気で探せば、クローバーのほうから「こっちだよ」と教えてくれて、いつも2,3本は見つかります。

この「幸せの四つ葉のクローバー」ですが、その葉の上にペンジュラム(ダウジングに使う振り子のこと)を垂らすと、左にまわって「異常波動」であることを知らせてくれるのです。驚きましたか? 


正常波動」を発しているのは、「三つ葉」なのです。
「四つ葉」の発生要因としては、「劣性遺伝子」によるもの、「体細胞突然変異」や「形態形成の異常」などの「環境」によるものが考えられているようですが、わたしたちは異常なものを見つけて勝手な解釈をして喜んでいるわけですね。



★ 正常波動異常波動 ★



★この二元の世界では、波動を「正常な波動」と「異常な波動」とに分けて考えることができます。
人間の場合、「肉体の波動」と「精神の波動」に分けられます。
どちらも正常(健康)であるほど〈波動値〉は高くなり、異常(病気)になると低下します。


★ここでいう「正常な波動」とは、宇宙の本質(愛と悟り)に共鳴するポジティブな波動のことです。
「創造」、「成長」、「前進」、「発展」、「生命力」にあふれており、ペンジュラムをかざすと、時計まわり(右まわり)にまわります。
右ネジをまわす向きと同様に、生物も右まわりのエネルギーで元気になりますし、気のエネルギーも右まわりのときは前進し、思考も前向きになります。



★「異常な波動」とは、宇宙の本質(愛と悟り)に共鳴しないネガティブな波動です。
「衰退」、「破滅」、「混乱」、「消滅」する波動であり、振り子をかざすと、反時計まわり(左まわり)にまわります。
左にネジをまわすと力がぬけてゆるむように、左まわりのエネルギーで弱くなり、病気や災難をもたらします。左まわりは「創造」の逆まわりで、「死の方向」をあらわします。



★「左まわり・右まわり」は、対立する関係としてではなく、円環として一体であると考えるほうが自然です。
「病気や災難をもたらす」といっても、究極的には「自然の法則」によって生じていることだからです。
厳密に言えば、「正常波動」と「異常波動」は、「ある」と考えれば「ある」し、「ない」と考えれば「ない」のです。
すべてを一元と考えるか、二元と考えるかのちがいです。

ここでは、あくまでも人間の魂の進化に必要かつ大切な波動」、「振り子が右まわりする」ものを「正常波動とし、
人間の魂の進化を妨げる有害な波動」、「振り子が左まわりする」ものを「異常波動とするという測定者と振り子との取り決めにおいて判断されるものだということを念頭に入れておいてください。


わたしたち人間をはじめとするあらゆる「生命体」は、通常健康で調和がとれた状態であれば振り子が右回転しますが、不健康で不調和な状態になると左回転します。
ですから、右まわりのエネルギーで弱った生命体を元気にすることができるのです。
身体のどこかが痛いとき、手を当てて「の」の字を書くように右にまわすと回復するのは、そういうわけがあるからなのです。
(お腹が痛いときには、右まわりにさすってみましょう)


★物や人間の肉体に「正常波動」と「異常波動」がみられるように、精神にも「正常波動」と「異常波動」がみられます。

ただ、「精神の波動値」は個々にちがいがありすぎて、平均的な人間の値というものをここで表すことはできません。同じ人であっても、怒ったり、悲しんだり、喜んだり、浄化したりすることで変化するからです。

(わたしのペンジュラム測定での正常波動値の範囲は、数兆~数十兆、数千兆~数万兆と千差万別。アセンションを完了した人は数十万兆~数百万兆となっている。異常の場合はマイナスで表される)


★「精神波動値」は、だれもがみな常に変動しています。
ですから、あなたの波動値が今日正常を示していても、明日も正常であるとは限りません。
正常精神波動値」を高めるには、「意識を上昇させること」と「多くの奉仕」を要しますが、下がるのは一瞬です。


本人の意識が急低下したり、浮遊霊やレプティリアンなどの「ネガティブエネルギー」に憑依されたり、影響されたりすると、たちまち「異常波動」となり、みごとに意識レベルが「ダストゾーン」へと堕ちるのです。



ハート

一定の「精神正常波動値」を維持しつづけるには、日夜惜しみない努力が必要ですが、何よりも〈〉が必要です。

(この〈〉というのは、自己を愛するように他者を愛することができる状態をいっています)

〉が失われたとき、まちがいなく「精神波動値」は堕ちるのです。
「正常波動値」とは、宇宙の本質と共鳴する〈愛と悟り〉に通じる波動なのですから。




気高い人のお話

2010年06月25日 11:07


★ 気高いとは? ★



気高い」ということばがあります。
「あの人は気高い人だ」という使い方をします。
気高い人」って、どんな人を指すのでしょうか?

辞書では「気品のある人」とか「品格が高い」などと記載されています。
でも、ほんとうは「気が高い」ということで、「波動(周波数)が高い」ということを意味します。
波動が高い」ということは、「エネルギーが高い」ということです。

この「エネルギーが高い」って、どういうことでしょうか?

「水」を思い浮かべて考えてみましょう。
「水」は、低温になって周波数が低くなると「氷」になります。
「氷」は「個体」で、とても硬い(固い)ですよね。
でも、水をぐらぐらするほど熱して、周波数が高くなると、「湯気」がでてきますね。
「湯気」は「気体」で、とても柔軟です。
では、「水」と「氷」と「気体」のうち、どれがもっともエネルギーが高いでしょうか?
もちろん、「気体」ですね。

★ということは、「気高い人」というのは、目に見えない「気体」のように、心身ともに軽やかで、やわらかい人であり、「正常波動値が高い」人であるということになります。


★波動の高低は、「自分の意識がどこに向いているか」で知ることができます。

自分の意識が、目に見える「肉体・物質世界」、「形あるもの」、「仮相の世界」、すなわち「マクロ」のものばかりに向いているときは低くなっており、意識が、目に見えない「精神・霊的な世界」、「形なきもの」、「実相の世界」、つまり「ミクロ」のものに向いているときは高くなっているのです。



★このことからも、「固定観念(全く動かない意識)」を持っている人ほど、意識は低く、波動も低く、エネルギーも低いということがわかります。
(頑固な人は、氷と同じですよ)

ですから、自分の固定観念を解放し、自由な発想が生まれるように「思いの制限をひらく」ことが肝心なのです。




       ゆり
               庭のユリ 撮影 光の仕事人


ハート
一定の精神正常波動値を維持し続けるには、「日夜惜しみない努力と愛が必要だ」と過去記事に書きました。

気高さ」を維持しつづけるには、何よりも〈〉が必要です。
ハートをひらき、自分や他者に〈〉と〈尊敬〉を与えることで、波動は上昇します。
〉を忘れたとき、まちがいなく波動は低下し、「気高さ」はなくなるのです。




「共鳴」と「非共鳴」のお話

2010年06月26日 00:30


★「以心伝心」は
    同じ波動をもった人同士で起こる ★



あるとき、お釈迦さまが大勢(八万人)の大衆に向かって、ただ黙って一輪の花をさし出して見せられたとき、マカカショウという弟子が一人、師(お釈迦さま)の言わんとすることを悟り、にっこりと微笑したという話があります。



      ハスの花



それに基づいて、禅宗では、ことばや文字を用いずに真理(仏法の極意)を師から弟子に伝えることを「以心伝心(いしんでんしん)」といい、「不立文字(ふりゅうもんじ)・教外別伝(きょうげべつでん)」とともに重んじています。

 
★「以心伝心」は同じ波動をもった人同士で起こることです。


弟子が師と同じ周波数となったとき、はじめて師の思いが伝わるということですね。
つまり、マカカショウはすでに師と同様の悟りの境地に到達していたといえるわけです。


★すべての人は自分の波長と合うものだけを受け取り、異なるものは受け取ることができません。


いくらお釈迦さまが深遠な真理を説かれても、波長が異なれば「馬の耳に念仏」です。
真に理解ができ、心に響くことはないのです。



★「共鳴」は快く、「非共鳴」は不快



あなたが自分と異なる心の波長を持った人たちと合わないのは当然のことです。
彼らはあなたとはちがった世界を感じ、生きているのですから。
心がポジティブな人は、同じようにポジティブなエネルギーをもつ人と一緒にいることに心地よさを感じるでしょうし、ネガティブな人とは関わりたいとは思わないでしょう。


★異なるバイブレーション(振動波)をもった人同士は反発し、打ち消しあうのです。
要するに、自分と同じような意識レベルや考えを持っている人に心地よさを感じるということですね。

★「共鳴」は快く、「非共鳴」は不快です。 


*「共鳴」は同じ周波数の二つの音叉を用意し、一方を鳴らすと、もう一方が何もしなくても鳴り出すことをいう。


★「正常波動」と「異常波動」の関係も同じです。
「正常波動」は「正常波動」同士、「異常波動」は「異常波動」同士で結びつきます。
そして、同じ波動同士が同調し、増幅します。
 

ネガティブな感情(怒り・憎しみ・悲しみなど)を長いあいだ身体にためることは、病気を起こす原因となります。
たとえば、「怒り」の感情が激しい人は、肝臓に毒素をためやすくなり、肝臓の免疫力が落ちて病気にかかりやすくなるのです。「怒りの波動」は、「肝臓の波動」と共鳴関係にあるからです。

肝臓だけでなく、他の臓器も同様です。
その人の心の状態(精神波動)がいろいろな臓器と同調、共鳴して病気を起こすのです。
ですから、どこに支障をきたしているかで、その人の心の問題点がわかるわけです。
自分がいつも発している周波数によって、自分が引きつける病気、人々、状況、出来事が決定されているわけですね。

ですから、自分が引きつけているものを変えたければ、周波数を変えればよいということになります。
そうすればあらゆるものとの関係が変わりますから、これまで使っていたもの(服や本、道具など)はいらなくなって、新しいものを手に入れたいと思うようになるでしょう。

当然人間関係も変化します。
今まで親しくつき合っていた人でも、あなたの周波数がぐんと高まれば、別離が訪れることになるでしょう。
「共鳴・非共鳴」の法則で、これはどうしようもない現象です。


★宇宙は常に変化しています。
わたしたちも気づいたことがあれば即刻修正し、変化していく必要があります。

自分自身の変化を恐れ、変化を拒んでいる限り、地球とともに新しい時代を迎えることはできません。
地球と共鳴していくためにも、「閉ざされたものの見方」や「制限された考え方・思い方」を開放しましょう。

★もし、過去のことで、まだ執拗(しつよう)に執着しているものがあるとすれば、それを「手放すこと」で、あなたは変わることができるのです。



こわい「電磁波」のお話

2010年06月27日 08:00


★ 電磁波過敏症とは? ★



今回は「目に見えない」けれども、大変存在感のある「電磁波」についてお話しします。

★最近「電磁波過敏症」という名の病気が知られるようになってきました。

ある日突然、頭痛、めまい、吐き気、動悸、息切れなどの自律神経に不調をきたしたような症状が起き、手足がしびれたり、記憶力が低下したり、不眠になるなど、独特の不快感に襲われるというものです。
化学物質に過敏に反応する人を「化学物質過敏症」と呼ぶように、微弱な電磁波にも反応してしまうために、体調不良をうったえる人を*「電磁波過敏症と呼んでいます。

(*電磁波過敏症はアメリカの医師、ウイリアム・レイ博士によって命名されました)

★パソコンなどの家庭用の電化製品、送電線、配電線からは「極低周波」が出ており、携帯電話、携帯電話基地局、アンテナ、電子レンジなどからは「高周波」が発生しています。

人間の脳は電磁波に反応しますから、携帯電話を長い時間頭の近くに接触させて使用すると、脳腫瘍になる危険性があるといわれています。
また、携帯電話基地局などからの「高周波」は、倦怠感、頭痛などの人体への影響をもたらす可能性があり、「極低周波」は発ガンの可能性があるといわれています。

近頃はオール電化の家が増えつつありますが、「電磁波過敏症」の人も増えているという事実があります。
家電製品でもっとも危険といわれている(強い低周波を発生させる)IHクッキングヒーターを長年使用した人が実際にガンになったという話を聞いたことがあり、特に妊娠している人や妊娠の可能性のある女性は注意が必要です。

また、毎日使うヘアードライヤーやカーリングアイロン、あるいは電気シェーバーのモーターから強い電磁波が出ていることがわかっています。
電子レンジ、電気カーペット、電気毛布などは特に電磁波が強いこと、至近距離で使用するものほど被爆(ひばく)率は高く、人体に危険だということです。

★米国では、1989年頃に消費者連盟が「妊婦や子どもは電気毛布を使用しないようにしましょう」というパンフレットを作って配布されていたのですが、日本では「電気毛布がとても危険」だということをマスコミが報道したりはしないので、いまだに知らない人がたくさんいます。

電磁波被曝とガンの相関は、スウェーデンなどの海外では随分前から研究が進んでいて、有害性を認めています。

WHO(世界保健機構)も電子レンジなどの電化製品や高圧送電線が出す「超低周波電磁波」の人体影響について認め、小児白血病発症との関連は否定できないとして、各国に予防的な措置をとるよう勧告しています。

わたしはヘアードライヤーを危険と知っていながらも、毎日使っています。自然乾燥ではひどい髪型になってしまうので、しかたがないのです。
また、パソコンも一日中使っていることがあります。文章創りには、パソコンは欠かせません。文明の利器を使うことを知ってしまうと、なかなかやめることができませんね。
(わかっちゃいるけど、やめられない!)人間の弱さをつくづくと感じますね。

★けれども、自分は「電磁波に影響されない」と強く思っていると、大丈夫です。
信念の力を信じること。これが大切です。




★電磁波の影響は、人間だけでなく、植物や動物にもあります。


みなさんは伝書鳩(でんしょばと)が自分の帰る方向を見つけて、必ず飼い主のところへ戻ってくるという習性をご存じでしょう。
1971年にウィリアム・キートン博士によって、伝書鳩による「鳩の方向感覚」の実験で、「生物にも磁気を感じる器官がある」とも解明されています。

しかし、現在鳩の「生体磁石」が狂ってしまい、自分の巣に帰れなかったり、伝書鳩の大会でも数千羽の鳩が迷子になって戻れないという現象が起きているのです。

この「生体磁石」はイルカやクジラにもあって、方向を見失って浜に乗り上げたりしているのも、世界中にあふれかえっている電磁波の影響なのではないかといわれています。
生体磁石」は人間にもあるそうですから、もしかしたらあなたも、急に自分の家に戻れなくなってしまうことが将来起こるかもしれませんね。



「フォトン・ベルト」のお話

2010年06月28日 11:40



近年は*「フォトン・ベルト」の影響も合わさって、人体に異変が生じているといわれています。

*渡邊延朗+宇宙の法則研究会による『フォトン・ベルトの謎』(三五館)によりますと、「地球が今回最初にフォトン・ベルトに入ったのは、1987年の春分の前後で、その後、1999年から2000年にかけて、地球の軌道の半分が、つまり1年の半分の期間に及んでフォトン・ベルトに浸ることになった」ということです。

フォトン・ベルトって、いったい何?」という人のために、少しだけ説明をしておきましょう。


★ フォトン・ベルトって何? ★



★「フォトン」は「光エネルギー」のことです。
「光子」であるとともに、「電磁波」でもあるということですね。その「光子が帯状になっている」のを「フォトン・ベルト」と呼びます。


1996年12月20日に、ハッブル宇宙望遠鏡が「フォトン・ベルト」の撮影に成功しています。しかし、残念ながら、この「フォトン」は肉眼で観測することはできません。
人間の目で見ることができるようにするために、強い多相カラー分光器を使って撮影したあと、光学的な処理をしているそうです。
興味のある人は、インターネットで調べてみてください。

この広範囲に及ぶ莫大なエネルギー(電磁波)のなかに地球がすっぽり入ると、地球磁場が減少して、異常気象による自然災害が多発します。
これによって、最終的には電気を原動力とするものは一切使えなくなるという学者さんもいます。
太陽系が「フォトン・ベルト」に突入すると、地場、重力場が変化するだけでなく、「フォトン・ベルト」に触れた物質は、すべて原子レベルにおいて根本的に変容するというのです。

また、「フォトン・ベルト」は、銀河の中心部から来るエネルギー・ビームの一種で、特定の周波数を発して、人間の進化を促すはたらきをするといわれています。
人類の周波数を上昇させる上で役立つだけでなく、人々が物質への執着を乗り越えて、霊的な世界に目を向けるように促しているというのが、スピリチュアル系の解釈です。

★「人間の進化を促すはたらき」をした結果、好転反応も生じます。これはアセンションのプロセスに入った人たちに表れる反応なので、自分が次元上昇できているかどうかを知る目安となります。

宇宙の法則研究会の渡邊延朗氏は、「フォトン・ベルト」によって人体に表れ出した異変として、「インフルエンザに似た症状がひんぱんに起きる、めまい、心臓の動悸、呼吸困難、頭痛、吐き気、激しい下痢、極端な疲労、筋肉痛、関節痛、けいれん、軽い記憶喪失感、耳の痛み、免疫力の低下」などをあげています。

これらは「電磁波過敏症」の症状と同じですね。
わたしも数年前体調が思わしくないときがあり、原因を調べると「フォトン・ベルト」の影響であるということがわかりました。
「肩こり」という症状ひとつをとってみても、原因は人それぞれであるので、十把一絡げに「原因はフォトン・ベルトです」と言うことはできませんが、「フォトン・ベルトの影響があるかもしれない」ということを覚えておいてほしいと思います。

2009年より、地球のアセンション(3次元から5次元に上昇)が完了したことに伴い、人類のアセンションもつぎつぎと始まっており、その好転反応が肉体に表れはじめています。
その症状は、さきほど記した「フォトン・ベルト」の影響によるものと同じです。
このような症状が起こったときには、アセンションのプロセスに入ったのかもしれないなと思って、あまり心配しないで様子を見るようにしてください。
インフルエンザでない場合は、一日くらいで治まります。症状やその重さは、各自の浄化度によって異なるので、早めに自分自身の言動を顧みて、浄化するよう心がけてください。

こういうと、実際には風邪であるのに、アセンションのプロセスに入ったと勘違いする人が出てくる可能性があります。わたしなんかはその人の「精神波動値」を調べれば明確にわかるのですが、一般の人はわかりにくいと思われます。

★とにかく以前よりも心身ともに軽くなっているのを感じられるかどうか、これがめやすです。今まで食べていた肉類が食べられなくなって、オーガニックの菜食を好むようになるのも、その兆候のひとつです。

★自分がアセンションできるかどうかわからない人は、自分の日々の生活において、人間関係において、常に正直な言動(本音で接すること)ができているか、自分の人生に対して完全に責任をもって生きることができているかどうかを考えてみてください。

★「正直であること」は、この世にあってはひどく不評をかっていますが、神の国では最大の評価をされます。
これからは「正直者が馬鹿を見る」時代から「正直者は神を見る」時代へと変容するのです。



ハート
表面だけいい子ちゃんでいても意味がないのよね。
次元が高くなるにつれて、ウソは通用しなくなるんです!
正直の頭(こうべ)に神宿る! 


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ネガティブな存在に影響されたときの症状

2010年06月29日 11:40


★「電磁波過敏症の症状」は、「ネガティブ霊にとり憑かれたときに起こる症状」と非常によく似ています。

「電磁波過敏症」をはじめ、「自律神経失調症」や「慢性疲労性症候群」、「超高層ビル症候群」などにみられる症状に「霊の憑依で起こる症状」を加え、それらをまとめて波動病とわたしは呼んでいます。

あらゆる波動による障害の自覚症状は、人によってさまざまですが、不快感・不安感・焦燥感・苦痛感・違和感・倦怠感などの漠然とした感じと、動悸・息切れ・めまい・首筋や肩のコリ・頭痛・手足のしびれ・便秘・下痢・原因不明の発熱・悪寒・痛み・息苦しさ・不眠・眠気などの明確な症状とがあるようです。
これらの自覚症状がたくさんある人は、「波動病」の可能性があります。

★「波動病」の人は、電化製品や送電線などから出る電磁波をはじめ、浮遊霊などの「ネガティブなエネルギー」が近くに存在すると、たちまち頭痛や動悸などが生じてきます。
身体での反応はかなり敏感ですから、ネガティブ霊(クリーンゾーンに行けないゴースト)などが憑依した場合は自覚しやすい体質といえるでしょう。


霊が憑くと「電磁波過敏症」と同じ症状が出るということから、「霊」というものが「電磁的なエネルギー」であることがわかります。
ですから、電話やメールをはじめ、テレビなどを通してやってくることは可能だということです。

(ネガティブエネルギーがメールに乗って、あなたのところに届いている可能性があるということを知っておいてくださいね。こわいテレビ番組や低級な内容のものは見ないことヨ!)

わたしの娘たち(長女と次女)は霊媒体質のため症状が顕著に出ます。突然身体がだるくなったり、眠くなったり、動悸がしたり、頭が痛くなったり、ときには激しい歯痛や腹痛(これは、死霊の生前の病気が移ったときに生じる)まで起こるので、「憑依」だとすぐに気づくことができます。

憑依で痛みが生じているときは、「痛み止め」を飲んでも効きません。ですから、「痛み止め」を飲んでも効果がみられないときは、「憑依霊」が影響している可能性が大なのです。
実際に憑依霊を浄化したときには、それらの症状が一瞬で見事に消滅するため、それが霊による障害であったと本人も自覚でき、証明ができるのです。

憑依霊については「あなたに影響を与えている見えない存在たち」のシリーズで、また詳しくお話をする予定ですが、今少し補足説明をしておきます。

★2007年、2008年と人間に悪影響を及ぼしていた地縛霊や浮遊霊が、2009年には急激に減少しており、2010年に入ってからはほとんど見当たらなくなっています。
2010年6月末現在でネガティブな影響を与えているのは、主にニビル系の異星人です。彼らは大変しつこくつきまとって陰鬱な影響を与えますので、要注意です。(ニビル人についても、また機会があればお話ししたいと思います)

★「波動病」の人は自覚症状があるので、まだ対策を考えることができますが、「異常波動バランス」になってしまうと最悪となります。
異常波動の人が異常波動を呼び寄せても、異常波動同士でバランスをとっているので、ネガティブ霊が数多くいても、本人には全く感じることができなくなってしまうからです。(正常波動の人から見ると、その人が異常だとすぐにわかりますヨ)

★異常波動バランスの状態にある人は、周波数の共鳴により、異常波動を帯びている人たち同士で集まりやすく、また異常波動を帯びている場所に引きつけられ、集まりやすい傾向があります。
異常となった人は、異常である人や場所が認知できず、逆に心地よさを感じます。
異常な波動を帯びたエネルギーは、病気や事故、犯罪や災害などを引き起こす原因となり、やがて自己崩壊へと向かうことになるのです。


次回は「異常波動となった人の特徴」についてのお話をしたいと思います。


「異常波動」となった人の特徴と「異常波動」を引きつける原因

2010年06月30日 18:45



テレビのニュースで衝動的な殺人や無差別殺人の犯人を見かけることがありますが、異常波動に大きく影響されていることがわかります。
その人の顔つきや目つきを見て、「この人、何かに憑依されているんじゃないかしら」と感じられる人も多いのではないでしょうか?

憑いている者の数や意識の階層に関わらず、憑依霊が一体でも存在する時点で、その人はすでに異常波動を帯びています。
よって、異常波動を帯びた人から来た携帯電話のメールの画面上にペンジュラムを垂らしただけで、反時計回りにまわりますから、一目瞭然です。
これは、写真や名前を書いた紙の上でも同様です。
また、波動値を調べる円グラフに垂らしてみると、その人の異常波動の数値を指し示します。



★ 異常波動を帯びた人たちの共通点 ★



異常波動〉を帯びた人たちには共通点があります。

★まず一番目に挙げられるのは、態度が横柄(おうへい)で傲慢(ごうまん)さがにじみ出ており、「けっして人のことばに耳を傾けない」ということです。

★自分のほうが絶対的に正しいと思い込み、悪い(まちがっている)のは相手だと主張します。その人の低い意識レベルでの真実でもって、自分を正当化するわけです。

★自分の意志でおこなったにもかかわらず、結果が悪いとすべて相手のせいにします。自分のほうに責任があるという発想は全くありません。

★受け取り方が非常にネガティブで、勝手な思い込みで腹を立てては相手を非難、攻撃するので、攻撃されたほうは何で怒られているのかさっぱりわからないことがあります。

★感情にまかせて暴言を吐いたり、通常では考えられないような無責任な言動をとったり、常にイライラして怒りを爆発させやすくなります。

傍から見ると不快で目に余る行動をとるようになるので、正常波動の人から見ると、その人が異常であることがよくわかります。

★第二に、自分にネガティブなエネルギーが憑依していることを認めようとはしません。

霊の世界を信じようとはせず、嘲笑するだけです。たとえ霊の存在を信じていたとしても、自分は霊などには決して影響されていないと頑(かたく)なに思い込んでいます。

★第三に、反省すること、感謝することができなくなります。

「ごめんなさい」や「ありがとう」が言えません。
それこそ、その人のネガティブな性格に何重にも輪をかけたような状態になり、指摘しても逆効果になることがほとんどです。それだけに正常波動に戻しにくく、最悪状態となります。


★ 異常波動となる原因 ★



では、どうしてこんな状態になってしまうのでしょうか? 

★人が異常波動となるときは、心身の疲労が強いときや、心身を病んだとき、(精神状態が異常なとき)、
異常波動の強いものを持ったりして異常波動に汚染されたとき、
また、異常な環境に置かれたとき、異常波動の強い人に接したときなどが挙げられますが、
本人の常日頃の思考の状態(ものの考え方・とらえ方)によっても、異常波動を呼び寄せます。



つぎに記すのは、異常波動となる原因になっている性格の項目です。
(以下の項目は、宮坂平八郎氏が表に記述された項目から引用抜粋。「超波動療法と超能力」(たま出版)P77参照)

★盗み癖・残忍・殺意・悪意・自立心欠如・無明・迷い・幻聴・幻覚・幻想・人の不幸をのぞむ・人の不幸を喜ぶ・人の失敗をのぞむ・人の失敗を喜ぶ・狂う・自殺願望・心の化石

★感謝しない・破廉恥・排他的・好奇心が強い・不平・不満・焦り・卑しい・ずるい・開き直る・上の空・独占欲・欲張り・理不尽・執着心が強い・感情的・へつらう・おだてる・からかう・あまのじゃく・下品

★破壊・破滅・嘘つき・暴言・言いがかりをつける・落ち着きがない・やさしすぎる・ふてくされる・利用されやすい・神経質・残酷・色情強・強引・節度がない(飲酒・喫煙・ヤク中毒)・気まぐれ・大言壮語・不安・とぼける・集中力散漫・敵がい心・反抗的

★無責任・意地悪・怠惰・逆恨み・ねたむ・ひがむ・ガンコ・二重人格・子煩悩・だます・おとしいれる・有頂天・みくびる・溺愛・せっかち・しっと

★約束を守らない・ルーズ・意志薄弱・非常識・陰気・ぐず・うとい・無気力・軽率

★卑怯・利己的・不親切・こざかしい・いやがらせ・短気・あてこすり・いやみ

★現実逃避・非難中傷・いじめる・いじめられる・独善的・計画性なし・内向的・外交的・経済観念なし・秘密主義・争いを好む・わがまま・引っ込み思案

★酒乱・遊び人・浮気性・ギャンブル好き・愚痴っぽい・愚劣・やきもちやき・うらむ・被害妄想・しつこい・奇人・変人・偏屈・強情・横着・見栄っ張り・疑心暗鬼・闘争心

★けち・貧乏性・無神経・甘える・小心・気が強い・気が弱い・潔癖症・加害妄想・意気地なし・人間嫌い・浪費家・依頼心が強い・さびしがり屋・甘やかす

★自信過剰・傲慢・見下す・おせっかい・顕示欲 

など、全部で150項目ほどあります。
特に自信過剰・傲慢・無責任・サービス精神の欠如(ケチ)は、異常波動を引き込む最たる要因となっていることを、宮坂氏は指摘しています。


★〈正常精神波動〉には、つぎのような項目があげられます。

☆慈愛・智恵・超能力・救済・感謝する・悪を怒る・
 素直・正直・謙虚・明朗・勤勉・寛容・公平・理性的・誠実・
 親切・無欲・愛情深い・慰める・いたわる・おもいやる・
 計画性がある・自立心がある・責任感がある・分をわきまえる・
 健康的・努力家など。



このような「正常」と「異常」の項目のすべてをペンジュラム・センサーでチェックしていくと、その人がどんな性格で、常日頃どんな想念波動を出して生きているか、明確に知ることができます。
名前と住所がわかれば、あるいは頭の中でその人を思い浮かべるだけで、本人に出会わなくても調査が可能です。その人の今生での状態だけではなく、過去生の状態もわかります。

本人の今現在の「性格」や「意識」以外に、異常波動をひきつける原因となるものとして、夫や妻、父母、兄弟姉妹、祖父母、親戚、近隣、仕事先、友人、知人、先祖などがあります。
本人の過去生のおこないや、本人の現世での過去のおこない、また、タバコなども原因となることが、わたしのペンジュラムから判明しています。

★「整理整頓ができない」「掃除をしない」「不潔」「くさい」なども原因となります。

掃除をしなかったり、不潔だったり、悪臭を放っていたりすると、ネガティブエネルギーが引き寄せられてくるので要注意です。
(★自分のお部屋のそうじは、こまめにしてくださいネ!)





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