死の恐怖があるのは人間だけではない 

2012年05月19日 10:30


★ 読者さんからの体験談 1 ★



前回、『見えない世界を身近に感じている方々のリアルな体験談や、それを伝えて理解してもらえたなどの成功例をお寄せください。「皆さまからの体験談」として、記事にさせていただきたいと思っております』とお願いしましたところ、25歳の女性読者さんが、お便りをくださいました。
題名をつけ、全文を載せさせていただきます。ありがとうございました。


生き物たちの嘆き



私は生まれつき霊媒・憑依体質で…今までまぁ色んな経験あるのですが、そのひとつを経験談として投稿させていただきたくおもいます。

何年も前。
日ごろ、時折出向かせて頂いている大きなホームセンターがあり、何気なく赴いて帰ってきたあと…むしょうに腹が立ち、怒りが押さえきれない状態が何時間も持続して続いたことがありました。
とにかく怒りが湧いて仕方ないのです。
見かねた同体質の母が、普段からお世話になっている神社に連れて行ってくれました。
拝殿まで目と鼻の先の距離に来た時、傍らを歩いてくれていた母が、その怒りがなんなのかを瞬間、直感にて気がつきました。
ホームセンターには、大小様々な生き物が管理・販売されています。
植物、熱帯魚、小動物。
悲しみを含む激しい憤りは…
ホームセンター内で商品として飼育され、寿命・病死して廃棄された生き物たちの…
『自分たちはゴミじゃない! 生き物だ!』
と言う、人間に対する訴えだったんです。

神社に参拝し、手を合わせて、私は彼等に何度も心の中で謝りました。
間違っているのは、まぎれもない『人間』だから。
その内に気持ちが静まり…理解と謝罪で憎悪から解放されたのか、動物たちは私の身体から離れ、神様に抱えられて霊界へ旅立っていきました。

ハムスター.

私は怒ってる間ずっと、口を尖らせていました。
ハムスターや魚などは、みな口先や鼻先が尖っています。
その肉体の現れとして、どうも私の口先も尖っていたようです。
感情だけでなく、意識していない動作や外観にも、ちゃんと『印』として表れるものなのだな と、後に気付きました。

この経験で、私は虫にも痛みや感情。
私たちとなんら変わらない『心』がある事を知れたのです。
尊い気付きを与えてくれた彼等と、今を生きている小さな兄弟姉妹たちに感謝です。



熱帯魚   


★ 死の恐怖があるのは人間だけではない ★



自分たちはゴミじゃない! 生き物だ!』と言う、人間に対する訴えだったという箇所に、とてもインパクトを感じました。
以前に、『動植物にも「意識」がある』という記事を書きましたが、まさにそれですね。

ホームセンターやペットショップで小さな檻に入れられた子犬や子猫は可愛いけれど、大きくなって身動きがとれなくなった動物たちを見ると、可哀そうでなりません。この子たちは今後どうなっていくのだろう?と思うと、とてもネガティブな気持ちにならざるを得ないのです。幸せに暮らしているとはとても思えないからです。
大きくなって、売れ残った動物たちをどのように処分しているのか、さまざまな情報があります。
いろいろと調べているうちに、ヤフー知恵袋に「ペットショップは、売れ残った犬や猫を保健所で処分してもらっているのではありませんか?」という質問があるのを見つけました。

それに対して、ベストアンサーに選ばれた人の回答が載っていましたので、参考のため記載させていただきます。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1114582406


悲しいですが事実です。
私は彼らの末路、悪徳ブリーダーの実態を知っています。
ペットショップで売れ残った子はブリーダーに返す所もありますが、ブリーダーによっては商品にならなくなった動物を餓死(エサ代浮かせるために)させたり、首の骨を折られ殺されたり、捨てたり、管理センターへ持ち込み、ガスで窒息死させています。

生体を売っているのは日本だけです。そしてまともな法律さえないのも日本だけです。
保健所(処分する所は実際は各自治体にある動物管理センター、動物愛護センターなどです)は狂犬病予防法にのっとり、処分依頼された動物は殺処分しなければなりません。

いま、チワワに続きミニチュアダックスが沢山ガス室で殺されています。ブームに弱い私達日本人の罪です。
我が家には、沢山産まされてボロボロになったお母さんの柴犬がいます。
ショップに並ぶ子犬達のうらで、大量生産大量消費されるたくさんの命。

ですから、この事実を多くの人に知ってもらい、処分される犬ネコを一匹でも救って欲しいのです。



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ブリーダーというのは、日本では主にペットとして販売される動物を繁殖している者を指すようですが、ブリーダーの問題点は多いように思います。(関心のある人は、ブリーダーで検索してみてください)
ペットは小さいうちは可愛いけれど、成長して大人になったら要らなくなって、保険所に持っていかれるケースも多いように思います。



★ 意識の低い飼い主の犠牲となっているペットたち ★



ここで、わたしの脳裏に甦って来た近所の犬のお話をお伝えます。

数年前のことですが、わたしの近所には犬を飼っている家が多く、周囲は犬だらけでした。
数時間無駄吠えをしていても、半日吠えていても、まったくたしなめる様子もなく、家の人は平然としているのです。そんな無神経な飼い主があちこちに存在することに、わたしは長年心を痛めてきました。

あるお宅では、散歩も行かず、ご飯もなかなかやらないので、毎日夕方から夜にかけて何時間も吠えている犬がいました。それが何年も何年もつづいていたのです。ときどきその犬が一人歩きをしていて、わたしの家の庭で見つけることもありました。散歩に行くのが嫌で犬を放したのか、勝手に逃げたのかはわかりませんでしたが。
食事をもらえなくて鳴きつづけている犬。散歩に行ってもらえない犬。家の人に愛されていない犬は、人が通るだけでも激しく吠えたてるようになります。

あまりにも可哀そうなので、あるときそのお宅に話をしに行ったのですが、「私はそんなに犬にかまっていられないんです。じゃあ、保険所に連れて行きますから」と、そこの奥さんは言ったのです。
わたしは「ワンちゃんを見せてください」と頼みました。何かに脅えるように吠え続けていたその犬は、わたしを見ると、しっぽを振って喜んでくれました。
わたしには、とてもやさしくて気だてのよい犬に思えました。ゴールデンレトリバーだったのですが、その身体の毛はぞうきんのように汚れて憐れな状態でした。その犬がどんなふうに扱われているかが、その姿でよくわかりました。
「保健所に連れて行かれるくらいなら、わたしにこの犬をください」と言ったら、その人は黙っていましたが、翌日その犬は姿を消していました。ショックでしたね。

その犬は、その家の人にとって、それぐらいの価値しかなかったのでしょうか?
長年飼っていた犬に対して、何と残酷で、失礼な行為でしょうか。ゴールデンレトリバーは賢くて、忠誠心のある穏和な性格の犬種であるはずなのですが、あれだけ吠えるというのは、よほど毎日がつらかったのではないかと思います。
世話をしないなら、最初から飼わないでほしいと思うのです。
無責任な人間の行為。動物を何だと思っているのでしょうか。
しかし、こういう人は、ほんとうにたくさん存在しているのです。

あるお宅の犬は、夕方になると散歩に連れて行ってもらいたくて、いつも吠え続けていました。遠くから声が響き渡っているのです。家の人がすぐに連れて行かないために、1時間も2時間も吠えているのです。
それで、ある日、その犬がどこで吠えているのかを確かめるため、あちこち探してようやくその犬がいるお宅を探し当てました。呼び鈴を押すと、奥さんが出てきましたが、犬のことで文句を言われると思ったのでしょう。とても攻撃的な態度を示されたのです。
わたしが犬のところへ行くと、その犬は両の前足でわたしの腰のあたりを抱きかかえて、甘えてきました。
わたしは「よしよし」と言って、頭をなでてやりました。
それを見た奥さんの物腰が急にやわらかくなり、わたしにこう言ったのです。
「この子がこんなことをするのは、亡くなった主人にだけでした。ほかの人にしているのを見たことがない」と。

この奥さんは、あまり犬が好きではなく、夫が飼っていた犬だから仕方なく世話をしているようでした。
どちらかというと、大きめの犬なので、力も強く、散歩に行くのも大変で、近所の人に頼んで散歩に連れて行ってもらったりしていたと言うのです。
わたしは、そこのご主人がその場所にまだ留まっているのを感じました。それで、その日中にご主人の意識体にOKをもらい、浄化をさせてもらったのですが、そのとき、ご主人は奥さんにその子を可愛がってもらいたいと思っていることを知りました。
後日、わたしはその旨を奥さんに伝えました。その後、その犬が吠えることはしだいに少なくなっていきました。奥さんが頑張って散歩に行かれるようになったからだと思うのです。
その後、その犬を散歩に連れて行く奥さんの姿を何度か見かけることがありましたが、数年経った今現在はその子が元気で生きているのかどうかは知りません。その子の声を聞くことがなくなったからです。

飼い主に愛されていない犬の立場に立つと、わたしはあまりにも可哀そうで居ても立ってもいられなくなるので、どうしてもその飼い主と接触せざるを得なくなります。それで前者のように悪い結果を生むこともありますし、後者のように良い結果を生むこともあります。また、飼い主が強度の異常波動である場合は、まず聞く耳を持ちませんから、そういう人には言いません。言っても無駄なのです。逆恨みをされるだけで、何も良い結果が得られないのです。

飼い主が異常波動の場合、犬もたいてい異常波動となっているので、とりあえず光を送りますが、ほとんど効果はありません。飼い主の意識が変わらない限り、同じことの繰り返しです。人間も犬も異常波動の場合は、いくら光を送っても、受け取ることができないので、どうすることもできないのです。
異常波動の飼い主に飼われた犬が正常波動である場合は、ほとんど早死にしています。死ぬと、飼い主はまた新しい犬を飼い、同じように狂ったようにムダ吠えをする犬にしてしまうのです。
これが、あまりにも無知な人間のために生じているペットの現状です。

要らなくなったペットは保健所に届けられて死を待つか、医学的な研究の実験台として使用されることもあります。関心のある方は、1年間にどれほどのペットが殺されているかを、ご自分で調べてみてください。きっと唖然とされることでしょう。



★ 死の恐怖は平等にある ★



ペットだけではありません。この世界では、家畜は人間の食料として考えられています。
家畜だけではありません。海のなかにいる魚介類も同様です。わたしが住んでいる近くの海辺では、毎日釣り人だらけです。よく飽きもせず毎日何時間も釣り糸を垂れているものだと驚きます。
テレビでも、釣りや漁の番組で、獲ったばかりの魚を誇らしげに見せたりしますが、わたしはそれをずっと見ていることができず、いつもチャンネルを変えます。
趣味のために平気で魚を釣る人の気が知れません。魚を有り難く食べるならまだしも、ただ釣ることを楽しんでいるだけなのですから。魚を自分たちと同じ生命ある意識体だとは思ってもいないのです。
どんな生き物でも、死は怖いのです。人間に追われて逃げるのは、殺されるのが嫌だからです。

まったく同じような内容を、先日わたしはスリランカ上座仏教の長老アルボムッレ・スマナサ―ラさんの『お釈迦さまが教えたこと―智慧は人生の羅針盤』という著書のなかに見つけました。
その一部を抜粋させていただきます。


人間が殺されるような事件に巻き込まれることはまれですが、それでも死に対する恐怖感は、すべての生命に平等にあります。
ですから仏教では、一般的な事実として、すべての生命にとって、死は最大の恐怖であると語っています。
動物も人間も、死に対する恐怖感自体に差があるわけではありません。しかし人間は、死ぬのが怖いのは人間だけだと勘違いしています。

魚は海の中で平和に、幸せに、誰にも迷惑をかけないように生きています。
魚がいることで海は守られているし、虫や鳥たちがいるから自然のバランスは保たれています。
あらゆる生命の中で、人間だけが癌細胞です。地球環境を破壊することしか知らないのです。
それだけでなく、人間は、他の動物にも生きる権利を与えません
そのうえ、生きることは苦しいとか、人間関係がうまくいかないなどと、文句まで言います。
しかし、他の生命を生命とも思わない人間同士が、いったいどうやって仲良く生きていけるというのでしょうか。



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スマナサ―ラさんは仏教が殺生を禁止する理由をつぎのように書いておられます。

①生命は平等である
②一切の生命は苦しみ、殺されることを怯える、嫌がる
③生きる権利はみな平等にある
④他を殺すことで自分の生きる権利を失う
⑤他人に不幸を与えることは、自分も不幸を受けることである
⑥「幸福になりたい」という目的で生きているのだから、殺生はその目的に反する
⑦殺生する人は今世でも、来世でも、不幸に陥る
⑧心を汚さずに殺生することは、不可能である




ハート 小
汚れた心でなければ生命は殺せない。生命を殺すということは、自分の心を汚すことなのだ」ということですね。

地球の動植物を無残に殺し、人間にできないことは何もないんだとばかり、偉そうに生きている人間たち。
死の恐怖はすべての生命体にあることに気づきません。
海を放射線でさんざん汚しておきながら、まだ原発を続けようとしている浅はかな政治家たち。
もういい加減にしたらどうですか。
そんな愚か者たちに、有益な未来など訪れるわけがありません。

アセンションをしたいのなら、自分がすべての動植物とつながっていることに気づくことです。
シャーマンが木や動物と交信するのは不思議なことではないのです。
動物の気持ちがわかったり、話ができるハイジのような人がいても、全然不思議はないのです。

なぜ、交信ができるのだと思いますか? 
それは木のDNAと人間のDNAは99.9%同じ媒体だからです。
ただの組み合わせの違いで木になったり、動物になったり、人間になったりしているだけだからです。
すべての生命は同じ源からやってきているのです。
だから、すべての生命体とコミュニケーションができるのです。

それを知ったあなたがたは、今から、この瞬間から何をすべきかがおわかりになるでしょう。これまでも、繰り返しお伝えしてきたことです。
どうかそれを実践してください。

2012年5月19日  光の仕事人




読者さんからの体験談―光の体験とは?

2012年05月28日 20:00


★ 読者さんからの体験談 2 ★



前回につづき、「読者さんからの体験談」をお届けします。



光を受けとった体験
    東京 40歳 男性



私は、自分のことをもっと深く探究する目的で、数秘リーディングを申し込もうと思って、光の仕事人さまとメールのやりとりをさせていただいていた頃、風邪で体調を壊し、会社を休んだりしていました。

ある日、若干熱が下がったので会社に出勤したのですが、まだ体調が悪く、再び悪化しそうな感じがしてきたので、社内の診療所に行きました。そこで診察してもらうまで待合室で待っていたのですが、やはり体が辛いので、目をつぶりながら椅子に座って待っていました。

それは午前10時半前後くらいだったでしょうか、まだ診察を受けておらず薬も服用していなかったのですが、ふいに体調が好転してくるのを感じ始めました。それまで病気の時によくあるような体全体がだるくて重い感じだったのが、みるみるその感じが体全体から抜けていく感覚があり、体調が好転していくのを感じました。ものの一分程度の時間だったと思います。私はあれ?と思い、診療所の空気がキレイになっていてその影響なのかなと、目を開けて周りを見渡しましたが、そのようなことでもなさそうなので不思議でした。

ただ、その時なぜか、ひょっとして光の仕事人さまが光を送ってくださったのかなという考えがふとよぎりました。といっても、頭の中で光が視覚的に見えたわけではありません。体調が悪いと今の自分に対するリーディングにも悪影響が出るかもしれないと思ったので、現在風邪を引いていることは光の仕事人さまに伝えてありました。

その後、なんとなく気になったので、昼休みになってメールを開いたら、「早くお元気になられますよう、わたしからも光をお送りします。」と本当に光の仕事人さまから光を送るという内容のメールが届いているではありませんか。

現在の私は、そのいただいた光と診療所で処方された薬のおかげで快復しております。おそらく私が光の効力を認識した初めての体験だったのではないかと思います。私には普段テレパシーなど霊能力は全くないのですが、そのような人間でも光の作用を受け取ることができ、また、かすかな感覚でその発信源も分かる場合があるのだということを今回理解したような気がしました。

光を送っていただいた上に、このような光についての気づきをくださった光の仕事人さまに感謝しております。まさに、お名前のとおりのことをしてくださった感じです。

私には前記のように際立った霊能力もなく、光をイメージすることも難しいし、その光を他人に送ることなどもっと難しいと感じている人間ですが、今回の体験と気づきを得たことにより、そのような光をもっと自分なりに身につけ、広げていきたいと思いました。読者の皆さまも、もし私のこの体験談がそのような光について考えるきっかけとなり、共感いただける部分がありましたら、ありがたいなと思います。



水の躍動


★この後、わたしはこの方の数秘リーディングをさせていただきました。そして、軌道や表現、魂の衝動などの人生のチャートから、まさにこのような体験をたくさんしたくて今生に誕生した人であることを確認することができました。
とても大きくてパワフルなエネルギー領域をもっておられ、宇宙に対してハートをひらけば、すばらしい直観がやってきて、崇高な目的を果たすという大きな可能性を秘めておられる方だと感じました。

「その時なぜか、ひょっとして光の仕事人さまが光を送ってくださったのかなという考えがふとよぎりました」と書かれていましたが、確かにわたしはこの方のところに光が届くようにという思いをこめ、光とともにメールを送信しておりました。
このひらめきを与えたのは、この方の守護霊さんだと思われます。
時間差はあるのですが、光は受信する側の準備が整っていなければ受け取ることはできません。きっと診療所の待合室で目を閉じられたときに、それが機能したのでしょう。

貴重な体験を報告してくださって、誠にありがとうございました。
これを機に、あなたの直観力を研ぎ澄ましていっていただきたいと思います。


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        光の渦


★体調が悪いと感じられる相手に、光を送るということはよくあるのですが、非常に感度のよい方はそれを受信し、確かに回復に向かったのを感じておられるようです。
なぜか急に体調がよくなったので不思議に思っていたけれども、わたしが光を送ったことを知ると、とても納得されるのです。ただ、そんなふうに気づかれる方は、とても稀少です。

★光やエネルギーは目に見えないものですが、わたしの長女や次女のように視覚化できる人間もいます。

あるとき、現在「都市伝説」となっている怖い内容を、長女と話していたときに、その話に関わるとてもネガティブで強烈なエネルギーが感応してやって来てしまったことがありました。ふたりとも背筋に強烈な悪寒がして、「これは危険!」と感じ、直ちに浄化を試みたのです。
(皆さん、怖いネガティブな話はしないほうが賢明ですよ。以前にも、次女と話していたときに感応して最悪の次元から女性霊がやってきてしまったことを記事にしたことがありましたが、とても怖い体験でした。浄化ができないと、えらいことになりますから、要注意です)

そのとき、長女にも一緒に浄化の手伝いをしてもらったのです。わたしの隣に座っていた長女は、その間にものすごい光のパワーを感じたと話してくれました。
ネガティブなエネルギーがあまりにも強かったため、それに対する光のパワーを多く必要としたのでしょう。
「どんな感じだったの?」と尋ねたのですが、「言葉にできない」と言うのです。「とにかくすごかった」と言うだけです。「言葉にすると、それはもう違ったものになる」というのが、長女の口癖です。



★ 超感覚知覚力を持つ人のさまざまなタイプ ★



超感覚知覚力を持つ人のタイプには、視覚型聴覚型感覚型直観型があります。
書いて字のごとく、視覚型は、通常眼に見えないものを視ることができます。映像として、心の眼で視えるのです。

聴覚型は通常は耳に聞こえない声をキャッチします。天使や守護の神霊のメッセージなどを耳から聴くことができます。自分自身の内なる心の声として聞こえることもあります。

感覚型は眼で見たり聞いたりはないけれども、身体的な感覚、すなわち「暖かさや寒さ」、「快・不快」、「心臓の動悸のようすなど」でわかるタイプです。

直観型は見えたり聞こえたり、あるいは身体で感じなくても、今までわからなかったことを一瞬にして「あっ!」とわかるタイプです。
直観型の場合は、特に表現のしようがないと思います。わかる人にしかわからないのです。これは、どうしてわかったのかもわからないのですから(笑)

感受性のつよい人はたいてい、これらのタイプをいくつか併せ持っていると思います。
わたし自身を考えてみますと、主に「感覚型」だと思うのですが、「直観」が来るときもあるし、「聴覚」も稀にあるし、「視覚」もあるときはあります。
わたしの場合の「視覚」は、情景などが眼の前に現われるというよりも、「文字」として出てくる場合が多いのです。そして、それは同時にメッセージとして耳に聴こえてくる場合もあります。

自分が何型であるのか知りたい人は、ドリーン・バーチュー著の『エンジェル・ガイダンス』を読まれるとよいでしょう。かなり参考になるのではないかと思います。


香貴


ハート

光は、感じる人にはわかる微細な感覚です。
何かわからないけど、気分がよくなって、快い感じがする…とか、
何かわからないけど突然うれしくなったとか、幸せな感じがしてきた…とか、
未来に希望が見えてきたとか…いろいろあると思いますが、
そんなとき光がやってきたということができると思います。
この微細な感覚を見失わないようにすることが、大切なのです。
いつも意識して、自分の感覚に気づいていることが重要なんですね。

以前にも紹介しました別ブログ『光の花束〈不滅の詩〉』には、
そういう気づきの重要性を知っていただきたくて、さまざまな神秘家たちのメッセージを載せております。

今回は「ブッダの言葉」です。
(5月27日更新「目覚めよ!」参照)
浄化については、同ブログの「カヴィーシャの実践記録」に記載しています。

感じかたは人それぞれです。
それがただの妄想であるということもあるでしょう。
でも、明らかに何かを感じたあとに、状態や状況が好転しているのであれば、
それは真実なのです。



今までそれらが神秘体験だと気づいていなかった人たちは、今こそ目覚めるときです。
あなたの体験談が、読者のだれかに気づきを与えることがあるかもしれません。
自分なりの神秘体験をお持ちの方は、ぜひ投稿してください。
お待ちしております。
                         2012年5月28日   光の仕事人より




~追記~
 
最近「数秘リーディング」に対するお問い合わせが多くなってきたため、記事の左側に設置したアンケートのメールフォームから「申し込み」ができるように付加しました。
詳細は、カテゴリ『光の仕事人の気づきのコース』―『気づきのコースへのいざない』に更新した内容を記載しております。

カテゴリにある記事内容をすべてお読みになった上でお申し込みください。
初回訪問者さんの受けつけは致しません。
できれば、全記事をお読みください。
このブログの趣旨や記事内容を十分にご理解いただけた時点でお申し込みくださいますようお願い致します。

                          

ドイツの読者さんからのお便りと猫のお話

2012年06月18日 07:50


★ 読者さんからの体験談 3 ★



今回はおよそ23年にわたってヨーロッパにお住まいになっている女性からの体験談を記載させていただきます。


     ドイツの花
        ドイツから送られてきた可憐な花の写真 撮影 読者さん



~意識の変化と気づきまで~

                    
                   47歳 女性 バーデン=ヴェルテンベルク州 ドイツ


光の仕事人さんことカヴィーシャさん、いつも私の気づきを支えていてくださって感謝の気持ちでいっぱいです。 
数々の体験談を読ませて頂きとても興味深いと感じました。 ですから、 今回はメッセージを提供する側として、ブログに参加をしてみたくなりました。 この機会を与えてくださいましたカヴィーシャさんに心よりハートをお送り致します。

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私は海外からカヴィーシャさんのブログを訪問しています。 只今ドイツにて生きています。
日本を出てこちらに住むのには訳がありました。  幼い頃からひとりでいる事が多かったのです。 寂しかったですが、私には自然の花々や木々、お日様や空や風、そして、夜空に輝く星々がいつも遊び相手としていてくれましたし、本当に沢山の猫の友達がいました。
まわりにある自然とお話をすることが、唯一の楽しみだったのです。 
ですから、幼稚園や小学校でみんなでいっしょに何かをやるというのが、とても苦手で、気分がまったくのりませんでした。 その気持ちを私はずっと心の中で殺し続けました。
それでも、なかなか学校での生活に慣れることはできず、 (こんな自分でも意気投合できるお友達はいたのですが。) 息がくるしくなり、窒息しそうな気分で若い頃を過ごしていたのです。  
16歳ぐらいになった頃だったと思います、日本を発つことを決め、今に至ったのです。


東日本大震災で私が得た教訓みたいなものがありました。
それまでの私は、自分からこのもつれてしまった社会の絡繰りを知ろうとはしませんでした。
しかし、一週間位ネット上で調べていると、自分なりこの社会の正体がはっきり浮かんできました。 
調べていくに従い、焦りの様なものも感じていました。そんな意味不明の焦りを感じていた時偶然に、スピリチュアル関係のブログに辿り着き、興味ある多くの記事を発見しました。  それまではアセンションという言葉すら聞いたこともありませんでした。 
沢山の記事を読んで私なりに辿り着いた結果論は、社会を良い方向に変えることは可能だけれども、それを全うするには、地球のアセンションに間に合わないということでした。  
結局、自分一人でも良いから、地球を守り、お金に頼らない生活をすることからはじめたのです。
同時進行で、たくさんの方々のHPを読み、バシャールのメッセージを聞いたり、Bracoさんのゲージングに参加したりしました。 光の呼吸を毎日実践しはじめたのもそのころです。 
意識を意志を持って違う方向へ向け始めた去年の6月の話です。
その頃から、主人も私も同じ目的で似た様な意識をもった人々と知り合っていきたいと切に思うようになったのです。

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カヴィーシャさんのブログに辿り着いたのは去年の12月の中旬です。
その頃、飼っていた猫(もも、もうすぐ10歳、ゆき、もうすぐ4歳メス同士)に大変困っていました。 
二匹とも大嫌い同士でした。 ゆきのすることが亡くなったももの兄弟と大変似ていたのです。
どうも、その猫の霊がゆきに着いているのではと思い、猫と霊について検索しはじめたのです。 『思いの制限をひらく』を開けて、私はカヴィーシャさんの世界へどんどんのめり込んでいったのです。

本当に沢山の興味のある記事が書かれてあり、ゆっくり時間をかけて読みたい内容のものばかりでした。 
ブログを読んでいるうちに、何やらカヴィーシャさんの猫ちゃんと私の猫たちの仕草が大変似ているのに気がつきました。(それまでは、椅子を分け合って座るなんて、私とももの他にはどこにも居ないだろうなあと真剣に思っていました。その上、ゆきは甘えて私の腕の中で寝るのです。 それも食事中にです。)とても、不思議でした。

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とても親しみのような感覚が湧いて来たのを覚えています。 一週間位カヴィーシャさんの記事を読ませて頂いたと思います。 そして、どうしてもコンタクトをとりたくなり、 ゆきともものことを書いてみました。2-3度送信してやっと出来たのを覚えています。

不思議だったのは、アンケートを書きはじめるやいなや我が家のももがぐるぐるノドをならしてとても嬉しそうにしていたことです。 そして、二匹ともすこし仲が良くなったように思えたのです。 カヴィーシャさんはすぐに質問に答えてくださいました。 感謝感激で涙がでてきました。 うれし泣きです。
ブログにて答えて頂いた通りに(12.2011)、以前我が家にいっしょにいたタマちゃんの魂にしっかりと別れを告げることができました。 我が家の猫ちゃんはお互いにあまり干渉しなくなりました。 
当時、タマちゃんの魂に間違った祈りをしていたことや、今生きている猫たちにかわいそうなことをしたことについて深く反省しました。 今思う事は、あの時にカヴィーシャさんのブログをはじめから読んでいたら、私の質問も当然あり得なかったんだなあと。 反省しております。 (意識のレベルの問題ですね。)


yuki
        猫のゆきちゃん 撮影 読者さん


カヴィーシャさんからのメッセージを受け取ったときから、大変なパワーのようなものを感じていました。 
直接私に向けられたパワーです。 そして、始めからとても気になる方でありました。 と言いますのは、そのころから、私の身の回りで沢山の嬉しい事が起こり始めたからです。 
カヴィーシャさんから送られてくる何かが、私の人生をある方向に導いてくださっているとしか信じられませんでした。 主人にもそのことを話していました。 妙にわくわくして過ごしていたのを昨日の事のように覚えています。 ただ、私ども(主人と私)の生活は、わくわくどころか、経済的に大変厳しい時にあったのです。

光と繋がりながら選んだ道はとても厳しいものでした。 元旦に、前のアパートを引払う決心をした頃です。 大変な物に囲まれたスタジオ兼アパート、、。 大きな危険を伴う引っ越しになるだろうとは覚悟していました。 しかし、このように危険を冒して無茶な事をするのははじめてで、厳しさの度合いを把握できるわけがなかったのです。 食べる物もろくにない日々が続きました。 ただ一心に信じていました。 決めた事を実践する以外私たちの出来る事は、なにも残されてはいませんでした。 そんな中、友達より働き口があると突然朗報が届いたのです。 2月3日のことです。 主人はその日から全く本業とは違う仕事で収入を得るようになりました。 長く掛かるかもしれないが、我慢は出来るという気持ちだけで彼は働きはじめました。  

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今のアパートに引っ越しが決まったのは3月26日。 沢山の助けを得て引っ越しが可能となりました。
アパートは、とても小さいですが、住んでいて心が和むところです。
5月のはじめごろでしたか、食べる物はいっこうになく、毎日お芋とタマネギと小麦粉でなにか手作りのものをつくること以外生活を繋いでいく方法は見つかりませんでした。 猫の食べ物は買わなくてはならなかったのですが、それもいつも底をつき、あげくの果てには、森につれていこうかと思ったぐらいです。 そんな中、コンピュータを繋いでまたカヴィーシャさんのブログを読みはじめたのです。
藁をもつかむ気持ちで、再度カヴィーシャさんにコンタクトを取ることにしました。 
自分たちの選んだ道とはいえ、こんなに厳しいとは、、、、と驚いているということを書いたものでした。 生まれる前から、私たちはそうするように決めて来たのであれば、なんのためにでしょうか? いろいろ主人と話していたことも書きました。 厳しい状態がまだまだ続いていたので、 Positiveに感じることにすらすこし疲れを感じていたのです。

そのときもカヴィーシャさんは私にすぐメッセージを送ってくださいました。
それは、特に私に送られたメールではなく、HPに乗せられた記事に私のメールの答えがあったのです。(05.05.12)
そのメッセージは、苦しい生活を真に支えてくれるものでした。
読んだ瞬間、熱い涙がぼろぼろと流れ落ちました。  
信じていた光がまた繋がったと、カヴィーシャさんから愛を受け取っていると感じました。   
信じることを体験した瞬間だったのです。
あの時のことを振り返るにあたって、あの瞬間から私は、危険な冒険からしか得ることのできない至福を受け取り始めていたのではないのかと思うのです。 つぼみだった花が開きはじめる時のように、姿が変わり始めているのではと。

その後も、『光の花束』に載せられている記事を読むと、ただただ涙が流れてくるのを体験しました。
いつも、いつも、うれしくて体がぶるぶる震えるのと同時に涙がでるのです。  
それは、ブログを読んでいないときも続きました。  
外を歩いていても、いきなり滝のように涙がでます。  
別に悲しくないのにただただ涙がでるのです。  ただぼーっとしていても、何かを思い出すように、涙がうかび、 料理をしていてもただただ涙が溢れてきてしまうのです。  
よく考えてみると、涙を流す時にはいつも感謝の気持ちで満ちあふれている自分がいるのです。 そして、ありがとうと声をだして大好きな人々に感謝するのです。 
その涙ははじめてBracoさんのゲージングにいったときの溢れ出た涙や、ひょんな事件がきっかけで侍であったひいおじいさんのことを知ったときに止めどもなく流れ落ちたものと、とても似ていました。

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そして、不思議なことはどんどん続きました。  
ドイツにしばらく来ていたお友達に会ったときも不思議な体験をしました。
お友達はスピリチュアル関係とは縁がなく、私もなぜあの時にお友達に目には見えない物のことを話し始めたのか解りません。 え?なぜ、と思っていた時には、光のプリズマの話をしていました。 終いには、『思いの制限をひらく』のブログのことも話していたのです。
お友達はとても真剣に私の話を聞いてくれていました。 そして、波長のこと、引き寄せの法則などいろいろ試しに話してみたのです。 お友達が『思いの制限をひらく』を是非読んでみたいといった矢先のこと、彼女の顔が一瞬この世のものとは思えないほどに透明で美しい顔に変わったのです。  本当に一瞬のことでした。  お友達の顔ではありましたが、まったく違うと思いました。  別人のようでした。 ただただ、美しいの一言でその美しさに私は大変に驚きました。  あとで、お友達にその事をメールで伝えて、お友達も何か感じたものがあったかどうか訪ねてみたところ、確かに感じたということでした。 なにか、憑かれていた物がとれたような、気が抜けたというような感覚だったらしいのです。
その日は、お友達と一緒にたくさんラッキーなことを体験しました。   
後日、主人もその美しいお友達の顔を一瞬見たと話してくれました。 彼とは最近、同じ様な事を同じ様な時に体験するのです。 私のお友達はカヴィーシャさんの『思いの制限をひらく』を読み始めました。 
あああ、お友達も繋がったんだなあと、そのときふと思い、嬉しかったです。 それも必然なのですから。

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この体験談を書く事を考えていたある日、わたしはどんどん記憶をさかのぼっていました。
5月にカヴィーシャさんにメッセージを送っていなかったらどうなっていただろう?
1月に引っ越しを決心しなかったら?
12月に思い切ってカヴィーシャさんにアンケートを送っていなかったら?、、、、、、というぐあいに。
そして、ドイツに来た頃の事、イギリスに居た頃の事、日本に居た頃の事、もろもろの出来事や沢山の人々との出会い、 若かった頃、子供のころの楽しい思いで。 そして、辿り着いたところは、まだはいはいしか出来なかった頃の記憶でした。そのとき、私の意識はお日様に向かって進むことでした。
あそこに行くんだというはっきりとした意志で、はいはいをして縁側まで向かって行った事です。
その記憶に辿り着いた時に、また涙が止めどもなく流れてきました。

光に向かうこと、、、。
感激で涙していた瞬間、私の額からこめかみに掛けて真っ白なパールがかった光を見ました。 
どうもその光は私が放したもののようで、当りもうっすらと明るくなっていたのです。
私の右側の後頭部、額や、耳のうしろが暖かくなったのもその時でした。
そして、手のひらから、うっすらと白っぽい湯気の様な物があがっているのに気がつきました。
ああ、これはオーラなんだなあ、私のエネルギーなんだと思い、よろこびを感じたのです。

いつか自給自足のできる生活を夢みています。(今の人生で)
社会に対して何かをするというよりは、alternativeな考えをもって生きる事を選びたいからです。
そうやって生きている人々が沢山います。 自分たちの貨幣をつくった人々もいます。
みんなちがって みんないい ―金子みすずさんの詩―、それでいいと私も思っています。
いつもauthenticでいたいですね。

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今までに起こった心の変化には、ある引き金が必要でした。
そして、それに伴うように意識のレベルがあがっていきました。
『思いの制限をひらく』をはじめから読んでみると、大震災の後に辿り着いた記事が多々ありました。
12月カヴィーシャさんのブログに辿り着くまでの道のりも意識の変化なしでは無理だった事でしょう。
そして、カヴィーシャさんが常に私たちブログ訪問者を心から支え続けてくださるからこそ、気づきが起こるのだと信じています。そして、気づきとともに、私たちの体にも変化の様なものが現れるのですね。
私の場合は、ももとゆきとたまにも感謝も忘れていません。 いつも感謝している事を伝えています。 
私たちは目的をシェアしています。 猫とともに。


momo          
         猫のももちゃん 撮影 読者さん


カヴィーシャさま!
あなた様にいつも感謝をいたしております。 
遠い日本ですが、とても近くに感じます。 
既に決めた道―アセンションに参加する―に向かい、これからもお導きください。 
地球とその地球を愛する友と私たちの猫ちゃんと共にアセンションしたいです。
16.06.12


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ハート
~カヴィーシャこと光の仕事人より~


2011年12月21日付けの記事『猫にちなんで―禅問答』に、この読者さんの質問を載せたことがありました。
質問が書かれたアンケートの「地域」の箇所は「海外」となっておりましたが、ドイツに住んでいらっしゃることを知ったのはごく最近になってからです。
「光の花束<不滅の詩>」をいつも読んで、拍手コメントをくださっている方でした。
彼女のコメントに答えたり、何回かメール交換をしたりしているうちに、随分古い魂の友人であったことがわかり、わたしのほうではとても親しみを感じていたのです。
今回、このような「意識の変化と気づき」を綴ってくださって、とてもうれしく思います。
ありがとうございました。

猫がもたらしたご縁ですので、今日は久しぶりに猫のことを書いてみたいと思います。



★ 猫は人間をサポートしてくれている ★



地球は、わたしたちの「魂の進化」のために存在しています。
そんなわたしたちの「魂の進化」を支えている存在は他にもいます。
多くの次元世界のマスターたちや天使たち、それ以外にも、わたしたち人間をサポートするように地球に呼ばれているものたちがいるのです。一体何でしょうか?

それは動物たちです。
特にネコ科とイヌ科です。彼らは人類の進化の成長にとてつもない支援をしています。
大天使メタトロンによりますと、ネコ科はシリウスープレアデス連盟のメンバーなのだそうです。
ネコ科は〈ネコ目〉に属し、シリウスAに起源があり、特別な役割をもって古代に地球に入った存在だといわれます。地球にいる現在のネコはネコ科とイヌ科の仲間で、「今あるその形態はわたしたち人間をサポートするためのものであり、物質的マトリックスにおいては、シリウス人の本質を持った意識が入っている」ということらしいです。

このブログでは猫のことを度々載せてきましたね。(カテゴリ『霊的世界を感知する猫のお話』の『猫には見える不可視の存在』参照)
そこでお伝えしましたように、猫は物質ではないもの、人間の目には見えないオーラなどのエネルギーを見ることができます。オーラの色などは、はっきりと見ることができると、次女も話しておりました。
わたしたちが夢を理解したり、夢の世界が持つ意味を理解したりする手助けもするようです。夢を見ていながら意識を明晰に保っていられるようにしてくれるんですね。

          黒猫1


猫の「サイキックな能力」は、世界中で認められてきました。
魔法使いのそばには、いつも黒猫がいますね。
猫は「エーテル界の思考」をよく認識していて、見えないところで強さと保護を提供してくれ、飼い主を外界から来る思考や否定的なエネルギーから守ってくれると、大天使メタトロンは言っています。(Lightworker Mikeのホームページ参照)


猫を抱っこしていると、たいてい「ゴロゴロ」と気持ちよさそうに喉を鳴らしますね。
喉を鳴らすのは、いろんな意味がありますが、たいてい猫自身が満足しているときが多いように感じます。
猫の喉がゴロゴロ鳴る音は、人間のオーラを癒したり、修繕したり、守るのに非常に効果があるようです。病人のそばでゴロゴロ鳴らすときは、バランスの取れた周波数や色を送って、バランスの回復を助けるのだそうです。とても「癒しの効果」があるんですね。

猫が家の中や庭などのあちこちを「パトロール」しているのを見かけられたことがあるでしょうか?
見回りは、ネガティブな波動を取り除いたり、そういうエネルギーが侵入してくるのを防ぐ保護幕を辺りに放出しているのだということですが、わたしはそれを感じることがしばしばあります。

     黒猫2


猫の存在って、ほんとうにすばらしいですね。知らないうちにわたしたちを癒してくれているのですから。
もちろん、犬も人間に貢献していますが、断然猫のほうが意識は高いように感じますね。
猫好きの人は、そういうことを自然に感知して飼っておられるのかもしれません。


★ 参考過去記事 ★

猫にちなんで―禅問答
猫には見える不可視の存在



行動することこそ、生きること!

2012年06月26日 18:00


★ 読者さんからの体験談 4 ★



今回は、頭で考えるのをやめ、ハートで感じるための試みとして、「断食」をした読者さんからのレポートです。



ハートを探すための断食
     34歳 女性 千葉県


断食をするまで

私が断食をしようと思ったのは、数秘リーディング(自己探究)を申し込み、レポート提出をして光の仕事人さんとのやりとりが数回あってからのことでした。
数秘リーディングを申し込んだものの、結果を受け取ってからリーディングをどのように捉えて良いのか、全くわからず、レポートもなかなかすすみませんでした。思考をフル回転させてリーディング結果と、過去、現在をこじつけて、どうにか考えがまとまりレポート提出をしていましたが、何か釈然としないままのレポート提出でした。
それでもずっと考えて考えて一生懸命にまとめたレポートと思っていたので、その時はこれだけ思考をこらせば何かしらの気づきがあるだろう、と思っていました。

そんな私にも光の仕事人さんは返信を下さっていましたが、ある日のメールの返信でこう書かれていました。

「まず、頭で考えるのはやめて下さい。頭で考えても真の理解などできません。あなたは私に依存しすぎています。あなたの疑問にいちいちお答えしても、きっと疑問をまた作り出すだけです。ハートで感じて下さい。」

返信内容は要約してありますが、その時はとても厳しい内容に感じ、直後は気分が落ち込み、本当に失礼な話ですが、光の仕事人さんを否定するような思考にもなりました。後に読み返すと、厳しい内容どころか、真の優しさということがわかるのですが。
気分が落ち込んだ中でも自己探究をやめようとは少しも思いませんでした。
続けなければ何も変わらない!と自己探究をハートは切望していたのです。その時はハートで感じていることがよくわからなかったのですが、今はわかります。

気分が落ち込んだのも、否定的な気持ちも、光の仕事人さんのおっしゃる通りだったからです。自分でも薄々気付いていたことを、指摘していただいたまでです。
自分を知って欲しいとか、ヒントが欲しいとか、欲や依存心がそれまで書かれたレポートにはムンムンですし、マインドだらけのレポートです。リーディングを受領して下さった光の仕事人さんに失礼なことをしていた自分に、ハッと気付いて、とても恥ずかしくなり、申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
そして、今後から光の仕事人さんへのレポートをハートで綴ろうと決めました。それができなければ自己探究などできないと思いました。
落ち込んでいる自分を知り、依存心と、考えてばかりの頭でっかちな自分を認め、改善しようと思えた自分にも自信が持て、すぐに改善へと方向転換できました。
ハートで感じるって何?頭で考えるって何?と疑問がぐるぐるまわります。(いくらブログ記事を読んでいてもハートで理解していなかったことがわかりました)
それからハート探しがはじまりました。
それからは答えを求めて、もう一度ブログ記事を読み返したり、紹介にあった本を読んだり、いろいろ考えてみたり…そして、ハートを知る手段の一つとして"断食"をみつけました。

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断食を始める

ハートとマインドの違いってなんだろう、考えても答えは見つかりません。
そんな中、ブログ記事の、"ヴィジョン・クエストのすすめ" を読み返しました。
断食をしていた主人公のトムが自分の本当にしたいことに気付いたように、自分にも何か変化があるかも!と期待を持ちました。ハートって何?と混乱状態の私は、できるならなんでもやってみようと思っていました。
やると決めたらすぐに行動開始です。といってもただ食べないと決めるだけなので、自分に言い訳をしなければ簡単に始められます。 二歳の子供の世話をしながらなので、活動することも考慮し、さすがに4日は無理かなと思い、とりあえず3日間は水だけで過ごそう、もし体がおかしくなったら潔くやめよう、とあまり気負わずに断食開始となりました。
私は、野菜と甘いものが好きです。肉類は好みませんが、毎日、3食きっちり食べ、間食つきの、食べることが大好きな人間です。特にコーヒーと甘いもので休憩するのがホッとする時間です。癒しのコーヒータイムがなくなることでストレスがたまるかも、と心配でしたが、それよりも何かを気付きたい方が勝っていて、あっさりと断食を始められたのは意外でした。


〈1日目〉
お腹が空いた感覚がすごくあり、お腹が空いたらお水を飲むを繰り返しました。食べるという行為を全くしないだけで、時間がすごく増えたように感じました。時間は増えたけれど、食べていないので力が入らないような気がして(今考えれば勝手な思い込みです)、気づくとソファでごろごろしていて、活動は子供の食事を作ったり、少し遊んだりするくらいでした。癒しの時間がないので少しイライラしました。夜は早い就寝。
〈2日目〉
朝起きると吐き気がしました。食べたいという感覚もなく眩暈がして、早くもこれはダメかな、という気になりました。でもここでやめても何も得ていない、とりあえずはやってみよう、そう思って続けました。ふらふらするし、力は入らないし、体は2日目が一番辛かったです。あまり何も考えられず、必要最低限のことしかできませんでした。2日目はイライラする気力もありませんでした。夜は早い就寝。
〈3日目〉
起きると少しふらふらするものの、吐き気はなく、昨日より確実に調子が良いことに気付きました。ふらふらも徐々になくなり、調子がよく、すっきりとしていました。とにかく体が動くことに驚きでした。昨日の時点で今日はもっとひどくなり動けなくなる、そう思い込んでいたので、断食が継続できていることも驚きでした。ただやはり、ぼーっとしており、あまりあれこれ考えられません。当初はここで終了の予定でしたが、続けられそうなので、4日目に突入することにしました。早い就寝。
〈4日目〉
驚くことに調子がよいのです。食べたい欲もないし、体はすっきりしているし、肌もピカピカになり、お腹もぺったんこです。お腹が空っぽで気持ちいいという感覚です。
まだ続けられそうな感覚もありましたが、子供に何も食べないのを心配され、口に食べ物を突っ込まれたりしていたので、もう終わり、と区切りました。やや名残惜しさも感じつつ終了としました。
自分の本当の気持ちがわかるかもしれない、ハートとマインドの違いがわかるかもしれないという、断食前に期待していた答えは、ひらめいた!という感じで意識できたわけではありませんでした。

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☆断食を終えて

自分が期待していたような(期待すること自体マインドということが今ではわかりますが)劇的な意識の変化があったわけでもありませんでした。でも気付きはとっても多く、劇的な変化よりも大きな収穫があったと思っています。
断食中は本当に、ごちゃごちゃ考えられず、ああでもないこうでもないと、ぐるぐる回っていた思考がストップしていました。
頭の中できゃっきゃ騒いでいたお猿さん(マインド)は本当にいなくなりました。マインドがいなくなるってこういうことか、やっと気付きました。考えることはできず、感じるだけです。
ハートの感覚がわからないと勘違いしていましたが、マインドがいなくなって気付きました。いろんな場面で私もハートで感じることは常々していたんだと。そして、ハートでレポートが書くことができそうだ、と思いました。シンプルに心の内を話す、それだけのことでした。
思いの制限を自分でかけすぎていて、マインド思考が染み付いてしまっていたことにも気付きました。自分の制限をとにかくはずしたい、それがリーディングの目的でしたが、断食経験によって制限をかけないことがわかってきたように思います。
リーディング結果を素直に読んでみると、今まで浮かばなかった気づきがどんどんでてきます。感じるがまま書けばいいので、今までのようなレポートを書いたあとの、釈然としない感じは全くなく、心がスーッとなる感覚というのでしょうか。うまく表現できませんが、感じたままを表現するって素直なことで気持ちの良いことだ、と気付きました。

とてもしっくりきたのは、グランドファーザーの「全ては単調なので、マインドはやがて弱まり、やがて眠りにおちるだけ」という言葉です。本当にその言葉通りでした。
実際何も考えられず、子供とかなり早い時間から就寝していました。とにかく眠くなるんです!
何かをみつけたいという期待より、そのままを受け入れるという感覚でいいんだ、という気がしました。流れに身を任せることが自然にできます。ヴィジョン・クエストでいうマインドの破壊が起きたのだと思います。
あとは味覚も敏感になり、断食後に初めて口にしたお粥はすごい甘みでした。今までどれだけ舌の感覚が鈍っていたかも気付きました。 食べ物から命のエネルギーを頂いているという感覚が強く、より一層食べ物に対する感謝の心も生まれました。
食べなくても意外と平気であり、むしろ、いらないものがそぎ落とされていくような感覚は気持ちがよくて、これもまた意外でした。
思考も空っぽ、お腹も空っぽ、お水を体内に入れる、排泄する、浄化とはこういうことなんだろうと思いました。それはそれは、地球も浄化したいのも当たり前だな、と、地球にとても共感できました。あーあ、私たちは一体なにしてるんだろう、といつも以上に反省の気持ちにもなりました。断食によって、直感が冴え、感性が敏感になってくれたんだと思います。体の声は聴こえやすくなりました。いいことづくしですね(笑)

必要以上に食べることは、どんどん重い荷物を背負っていくようにも思えます。
重くなって鈍くなって、曇って…という感じです。
今までに比べ食べる量はずいぶんと減り、体に意識を向けると食べたい欲求がそれほどない事にも気付いたので、今はそれに従っています。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★  ★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★


断食をしてみて、本当に良かったです。自分の思いの制限がどんどんひらいていくのがわかります。まずは断食なんてできないという制限を外せたことがはじまりでした。やればできます。しかもこんなにも簡単に!
自分の真実は自分で作る、本当にその通りですね。

ここまで気づきが得られたのも光の仕事人さんの誘いがあったからです。私の小我などお見通しのことと思いますが、見捨てずにいて下さり、本当にありがとうございました。本当の優しさ、気づきを与えてくださり、本当に本当に感謝しています。


これからの自分が楽しみになってくる感覚は久しぶりです。
!!! 自分が楽しみ?これって劇的な変化じゃない?って今気付きました☆

長文になりましたが、読んで頂きありがとうございました。


★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★  ★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★


ロジーナグリーン



★ 光の仕事人から ★



上記に触れられていましたように、わたしは彼女の数秘リーディング後のレポートに書かれていた文面を読み、感じたことをそのままお伝えました。
これは多かれ少なかれ、どの人もたいてい陥っている問題なので、参考のために記しておきたいと思います。

まず頭で考えるのはやめるということ。
頭、左脳で考えても、真の理解はできないということ。
質問ばかりするのは、左脳が働いている証拠だということ。

わたしに依存しすぎておられるということ。
自己探究は、あなたがするのだということ。
自分で答えを出すことが、あなたの生きる目的だということ。

疑問にいちいちお答えしても、きっとまた疑問を創り出すだけで
ことば(思考)がぐるぐると廻るだけだということ。
ことばにとらわれるのはやめて、ハートで感じてほしいということ。

ほんとうにひとつのことにあなたが気づいたとき、
すべての疑問が解けていくということ。
慌てないで、内側をじっくりと観る時間をもってほしいということ。

そして、とにもかくにも「思いの制限」を外すこと。
等々です。

こういったことを彼女に集中してお伝えしたのは、彼女は必ず「マインドからハートへと移行できる人」であるという確信があったからです。きっとクリアできると感じたからですね。
ちょっと厳しいかな? と思ったのですが、そんなことで落ち込むようなら、この先の自己探究など進みようがありません。
わたしは彼女に大いなる可能性を感じていました。そして、何よりも、ハートで感じることのすばらしさを実感してもらいたかったのです。

その後、彼女はいろいろと本を読んだり、ブログを読み返したりして、"ヴィジョン・クエストのすすめ"に行きつかれるわけですが、この時点では、まだ左脳指向でしたね。
わたしは彼女にこんな内容のメールを送りました。(途中からですが)


ハートで感じたら、きっと笑いか、涙が出てくるのでしょうね。
本を読んでも、わかりませんよ~。
本は頭で理解するように作られていますから。
あとは、体験しかありません。
自然の中に入って、ひとりで何も考えずにぼーっとしてみてください。

きっと、何かがやってくるでしょう。
あなたのハートに。
あなたの魂は冒険を待ち焦がれていますよ。
行動あるのみ!



その行動が、何と「断食」だったのです!
あとでその近況報告がきて、「やったね!」と思いました。

その後のレポートからは、彼女の生き生きとした明るく軽いタッチの波動が感じられ、まるで別人のように感じられました。わたしのハートはうれしくて躍動し、満面の笑みを浮かべていました。

断食」の効果って、ホントすばらしいですね。
たった4日間でもマインドがおしゃべりをしなくなるのですから、1日から40日のあいだ独り原野で過ごし、断食と内省を行なう「ヴィジョン・クエスト」は、その人の人生にとってとてつもなく大きな成果が得られるのでしょう。またわたしもやってみたくなりましたよ。(笑)

彼女はこう言っておられますね。
断食をしてみて、本当に良かったです。自分の思いの制限がどんどんひらいていくのがわかります。まずは断食なんてできないという制限を外せたことがはじまりでした。やればできます。しかもこんなにも簡単に! 自分の真実は自分で作る、本当にその通りですね」と。

わたしたちを制限するものは、唯一「自分自身の観念である」ということを、彼女は体験から知ることができたんですね。上記は、彼女の自信にあふれた言葉です。


ハート
ヴィジョン」の著者であるトム・ブラウン・ジュニアが何度もそれにチャレンジしたように、
何か事あるごとにそれを試みることですね。
トムが語っていたように、「行動することこそ、生きること」なのですから。

幼子を抱えながら「断食」を実行されたあなたの勇気と実行力に心から拍手を送ります!




読者さんからの体験談 ~気づきのレポートより~

2012年07月20日 18:45


★ 読者さんからの体験談 5 ★




今までは、『気づきのコース』の数秘リーディングを受けられた方々の感想文を掲載させていただくことが多かったのですが、今回はレポートそのものを記事にさせていただきました。
なぜなら、「過去のカルマ」や「職場の人間関係」について悩んでいる人たちの参考になるのではないかと感じたからです。

このレポートを書かれたのは、ある専門職に就いておられる36歳の女性です。
リーディングで、彼女の今の職業はとても適していると出ていたのですが、彼女自身のなかでつぎのような疑問が生まれていました。
向いている仕事なら、今なぜこんなに楽しくないのか、喜びを感じないと思うのか?」ということです。
彼女の一番の悩みがそこにあることは、リーディング以前から気になっていたことでした。

彼女は「喜びを感じない理由」をご自分で4つ挙げておられたのですが、そのなかの「1番目の可能性」として記されていた『私が生み出した状況(人間関係)』をさらに深く掘り下げてみられることをおススメしました。

果たして、彼女はその探究から大きな変容を遂げられるのです。
2回目と3回目のレポートを記事にすることを快く承諾してくださったので、ここに全文を載せさせていただきます。


      昼下がりの光の中で2
       昼下がりのくつろぎ  撮影 光の仕事人



★ ~気づきのレポートより~ ★



~職場の人間関係について 1~    東北 女性



前回のレポート提出後、自分でも今一番苦労している仕事について掘り下げてみました。
職場の人間関係です。

同僚との関係
考えなくても一番の問題なのは、約2年半ほどろくに口も聞いていない同僚との関係でしょう。同期で同い年の男性です。今の職場は4年目ですが、1年そこそこでギクシャクし始めました。最初は、さけられているなというあいまいな感じだったのが、あいさつをしても無視、視界にはいる場所にいると背をむけられる、書類を渡す際には話かけないで、だまって置いていってほしいという依頼のメールが届く、という行為等を通じて嫌われているのだなと確信を強めていきました。
堪り兼ねて本人に「なぜ、そのような態度をとるのか。仕事をする上でも支障がでているし、関係を改善できないだろうか。」というようなこと直接伝えたのですが、「あなたに特別にそのような態度をとっているつもりはない。」という答えでした。確かに彼は社交的なタイプではありませんが、周りもおかしいと気づいていたようなので、わたしの考えすぎということでは処理できませんでした。原因ははっきりとはわかりません。5人しかいない職場なのですが、同期で、仕事を覚え、同じ資格試験にチャレンジするものとして、上司から比較されることも多くライバルのような一面もあったので、そのような中でささいな出来事が溝をつくっていったのかと思います。

しかし、当初の自分を振り返ると、このような関係になる前から私は彼を嫌っていました。
おどおどして、自信なさげで、いつも受身で言われるまで行動しない・・・。
そのせいか、上司も私に仕事を振ったり、私に意見を聞いたりすることが多くなっていきました。
でも、それって彼の立場から考えたらどうだったでしょうか。
疎外されたような気がするだろうな・・・。
私が嫌っていたのも波動で伝わっていただろうな。
今ではそう思います。人の立場になって考えてみるという思慮が足りないのです。
当時は、そんな無視するなんて器の小さい人間に負けてられるかとばかりに、この問題に蓋をし、お互いに感知しないという状態のまま時間がたってしまいました。

以前、「反逆のスピリット」を読んだときの感想文にも書いたように、自分で状況は変えられるのだとわかっても、本人を目の前にすると、みぞおちの辺りが石のようになって、自分も相手も赦すどころではありませんでした。

この不快感をもとに自分を観察してみて、気づきがたくさんありました。
前回のレポ-ト提出時には、リ-ディング結果にあった手放すということにあまり注意がいっていませんでした。「手放す=あきらめる」のように感じていました。
そうではなく、物質的なものに執着しないだけではなく、~すべき~、すべきでない、正しい、正しくないという観念を手放すことなんだと気づきました。エゴを手放すということでしょう。

赦すというのも、対象は罪ではないのだなと気づきました。
エゴが下した罪という判定を手放したら、赦すのは罪ではないからです。
私は自分を正当化するために、彼のあら捜しをしている自分に気づきました。
自分の何が間違っているのか、何が悪いのか考える一方、彼の行為を観察して、ほら、やっぱり彼が悪いと裁いているのです。
好きでもないものにこんなに執着しなくてもいいじゃないかと可笑しくなりました。

私の何が悪かったのか、考えるのはヤメにしました。
「光の花束」の黙って赦すことを読んで、私が答えをみつけても人によって真実が違うのだったら、ここでグルグルしててもしょうがないやと思ったのです。自分を観察して「あっ、裁いてる。」と思ったら、彼もそう思った自分も赦そう(ゆだねるような感じ)と思いました。しかし、ここまできても、なかなか、この赦すというのができませんでした。
ぐっと握りしめてしまってどうしたらいいかわからないのです。

そこで!最近思いついたのが、流しそうめん方式です!!
エゴに気づいたら、黒いそうめんが竹の中を水とともにスーッと流れていくのを見送ります。光る泉に吸い込まれて黒いそうめんは消えます。泉は清んだままです。
(ハートから出てくる美味しそうな白いそうめんは食べようということにしてますが、いまのころ、流れてくるのは黒そうめんです。エゴにフォーカスしているのでしょうがないですが。)

こうやって書くと、随分ふざけたように見えますね。
でも、赦せない、どうしよう、自分はダメだなと深刻になってしまっていた私には今のところ良い方法のようです。
それでも、毎日顔をつきあわせて(向かいあわせで座っているんです)、ずーっと同じ態度で無視されていると、通りすがりのある行為を赦すのとはわけが違うなあと思ってしまいます。そうめん流しまくりです。

自分が拒絶しているから無視されているのだと思います。
私は昨年、眼底出血を起こして視野が欠けてしまいました。
これも、現実をちゃんとみなさい、というメッセージだったと思います。
この状況は成長するためのイベントです。
状況は目に見えて変化しなくとも、自分の変化を目指して自分が拒絶していると感じなくなるまでやってみようと思います。

先般いただいたメールで、「内側に永遠につながる安全性」を忘れないようアドバイスをいただきました。
内なる神性とつながる、光とつながる、ハイヤーセルフとつながるということですね。
メールを読んでハッとしました。
私は職場にいると、自分が小さく硬く、イヤな自分になったように感じます。
今、職場では正反対の状態になってしまっているようです。
「光の花束」の黙って赦すことにもハッとしました。
記事中のアファメーションはリーディングでプレゼントしていただいた6と9のアファメーションとともに、プリントして仕事中いつも持ち歩いているファイルにはさみ、唱えられるようにしています。

もうひとつ。
私は上司の、毎日遅刻する、個人情報をなくす、クライアントとのアポイントや書類の期日を守らないというのにかなりイラついていました。
これは私の~すべきが問題なのか!?と悩みましたが、本音で注意するということで対応しようと決意しました。(どうでしょうか?)

カヴィーシャ様のメールの中の言葉やブログ記事は、光の目印のようです。自分の向かいたい先に続く道は暗いのですが、自分より少し先に目印のように光を灯してもらったような感じがします。ありがとうございます。
(それを頼りに先に進むのは自分ですけど!!)



昼下がりの光の中で1
      昼下がりのくつろぎ  撮影 光の仕事人



~「カヴィーシャ 光の仕事人」より~



★このレポートに対するわたしのコメントとして、「彼とは過去生でも仲が悪かったこと」や、「今生でこの関係をどうしたいのかは、あなたしだい」というような内容をお伝えしました。彼女なら、ここで必ず気づき、感じられるものがあるだろうと思ったからです。
下記はその後のレポートですが、彼女の心境の変化が表れているのがよくわかります。
 

 

~職場の人間関係について 2~

 レポートへのコメント&ブログ記事を読んでの変化



先日提出したレポート(2)へのコメントと「未熟な魂」と「成熟した魂」-あなたはどっち? を読んで新たな気づきといいますか意識の変化が感じられましたので、レポートとしてご報告します。

同僚との関係について、過去生でも仲が悪かったということ。
私が感じていたみぞおちが石のようになる、なんともいえない感覚のように、彼もしっかりとした理由なく不快感を感じているのかもしれないと思いました。
今生でのきっかけはささいなものであっても、そうだとすれば、彼の態度も納得できます。
あなたもモヤモヤを感じていたのね・・・と。その後、ブログを読ませて頂きました。

私は未熟な魂だなと判りました。
今回の同僚との関係のように、カルマへの対応の仕方でもわかります。拒絶と対立です。修復したくて、上司にサポートをお願いしていましたが、それは表面的な偽善だったように思います。
そして記事中のきらいなものになるという部分を読んだとき、私が拒絶して、対立という姿勢をとっている人物は、過去生や来世では私である可能性があるんだと思いつきました。
私は同僚のような男性だったかもしれません。上司のようにルーズで周りの人間に迷惑をかける男性だったかもしれません。女性や他のグループに属するものに敬意をはらわない男性だったかもしれません。(←これ、なんとなくそうだろうなと思うんです。)
今朝目に付いた、「道路の真ん中を自転車で走って、周りの車にガンを飛ばしまくるおじちゃん」も私の可能性があるのです。
現在私が、私自身と思っているパーソナリティも、生まれる前に決めた設定なら、今、自分が自分と感じてこだわりをもっているものって、自分じゃないんだ。
そういうものをとっぱらったのが自分だったら、他人もそうなのかと思いました。

その翌日同僚の前に座ったとき、みぞおちに感じるあの感覚がないのに気づきました。
あんなに、一日に何度も何度もそうめん方式を実行していたのに。
あれ?あれ?と戸惑いました。上司に対しても同じような感じです。
大目に見れるといったら、上から目線でちょっと違うのですが、余裕をもって客観的にその状況を見れるようになったというのが近いでしょうか。
この変化にびっくりして、「号外、号外!!」とカヴィーシャ様にすぐレポートを提出しようと思いましたが、すぐ、元に戻ってしまいました・・・ではシャレにならないからなーとしばらく様子を見てみました。
その間、もちろん、イヤだなと思うことやムカッとすることはありましたが、手放すのに以前より時間がかからないように思います。みぞおちのあの感じもやはりありません。
不思議です。

実は自分が未熟な魂であるということが判ったとき、ちょっと残念に思いました。
自分は何か特別なのではないかという思いがどこかにあったからです。
これもエゴですが、これが赦すを邪魔していたように思います。
以前は、同僚にたいしても、ゆだねるが精一杯でしたが、愛の波動を送るというのも不可能ではないと感じます。
未熟な魂の私は、カルマに対する原始的な対応の仕方から脱却しクリエイティブな方法で対応するために生れてきのだと思います。そのために“9”を設定してきたのです。
高尚な目的があるのではないかと思ってもいましたが、魂の成長こそ、目的です。
しかも飛び級するくらいの勢いで!!
拒絶して対立するの繰り返しではなく、赦して救って分かちあうを経験して理解するための今生と思います。

仕事は、まだ楽しいとは思えません。
どちらかというと「時間を無駄にしている」と感じてしまっています。

カヴィーシャ様には、いつも感謝の気持ちでいっぱいですが、わたしのような未熟な魂が、成長して、手助けをする側になっていくことこそが、恩返しなんだと思った時、自然に両目に涙がいっぱいになりました。そして、みぞおちより少し上の部分が熱く感じられました。私がハイヤーセルフだったら、親指をたてて「イイ線いってるよ」と笑うと思いました。ありがとうございます。
では。


        スイレンとカエル
            スイレンとカエルたち 撮影 光の仕事人



★ 素直って、すばらしい! ★



過去記事『「未熟な魂」と「成熟した魂」-あなたはどっち?』を読まれて、彼女はレポートに「私は未熟な魂だなと判りました」と書いておられました。
そして、「実は自分が未熟な魂であるということが判ったとき、ちょっと残念に思いました」とも記されていました。
その理由は「自分は何か特別なのではないかという思いがどこかにあったから」だと。

いろんな方のリーディングをして最近つくづくと思うことですが、「未熟な魂だと自分で感じた人」というのは、とても自分自身に対して素直であり、「成熟した魂だと自分で思い込んでいる人」よりも断然成長が速いということです。

成熟した魂だと自分で思い込んでいる人」は、たいていプライドが高いので、何か(コメントの言葉や内容などで)につまずくと、なかなか立ち直れないのです。
特に頭(左脳中心の)人たちは、言葉尻に囚われてしまい、大切なことを見失ってしまいがちです。(こういう人を「成熟した魂」とは呼ばないのですが、勝手にその人がそうだと思い込んでいるだけです)

ついでに、「異星から地球にやってきた魂」が必ずしも優れているわけではないということを、付け加えておきたいと思います。
地球外生命体」と言っても、ピンからキリまであるのです。
たとえあなたがシリウスやプレアデスから来たとしても、「だからどうなの?」ということです。「それで、地球でどうしたいの?」という感じです。
わたしの周囲には、オリオンから来た魂たちがけっこういるのですが、相変わらず「自己奉仕」に明け暮れていますね。少しでも「他者奉仕」に目ざめてくれることを願っているのですが。

地球にやってきた目的は千差万別でしょうが、何らかのカルマが残っているからこそ生まれてきたのです。(もはや「高次元の集合意識体」となってしまったような存在は、地上に生まれ出ることなどありませんから)
つまり、どんな異星から来た魂であっても、地球でカルマの解消をきちんとして、故郷、あるいは元の領域にお帰りくださいねということです。

地球外から来た人であろうと、地球人として長らく地球で輪廻転生を繰り返している人であろうと、とにかくプライドが邪魔をしている限り、魂の進化は臨めません。
なぜなら、真剣に聞く耳をもとうとされないからです。
プライドが邪魔をしていると、けっしてハートをひらくことはできませんし、自分に素直になれません。自分のネガティブな部分には目を向けようとせずに抑え込んでしまい、よいところだけを見ようと頑張ります。
それでは、最終的に病気になってしまいますね。(プレアデスの教訓を思い起こしてください)

ということで、だれだって、必ず子どもの時期を通っておとなになっていくのですから、「未熟な魂=若い魂」だからと言って自己卑下する必要なんて全然ありません。
若い魂」の人たちは地上(三次元)での経験が少ないというだけのことなのです。
「子どもの時代」には「子どもの時代」にしかない貴重な体験があります。
むしろ、その時期を大いに楽しめばよいのです。
そう考えれば、とても気が楽になりませんか?

この3次元世界に何度も何度も生まれ変わってくる人、すなわち「多くの過去生を持っている人」というのは、せっかく学びと気づきの機会がたくさん与えられているのに、まったく気がつかないままで人生を終えているということなのです。なかなか悟らないから、「もう一度学び直してきなさい」ということなのです。

老人を観察すればわかると思いますが、いくら年を重ねていても、精神のほうが全然成長していない人間はたくさんいますね。魂が古ければよいというものではありません。
ですから、何をもって『成熟した魂』と呼ぶのか、今一度考えてみていただければ幸いです。

彼女は言っておられます。
未熟な魂の私は、カルマに対する原始的な対応の仕方から脱却しクリエイティブな方法で対応するために生れてきのだと思います。そのために“9”を設定してきたのです。高尚な目的があるのではないかと思ってもいましたが、魂の成長こそ、目的です。しかも飛び級するくらいの勢いで!!
拒絶して対立するの繰り返しではなく、赦して救って分かちあうを経験して理解するための今生と思います
」と。

すばらしいですね!
彼女は着実に『統合への道』を進んでいっておられることがわかります。大いなる気づきと変容です。彼女はその時々にコメントした内容をしっかりと受け止められて、真剣に自己を掘り下げていく勇気をもっておられます。そして、何よりもすばらしいと感じるのは、素直であるということです。
幼子のようにならなければ天国に入ることはできない」とイエス・キリストは言っていますね。
この純粋無垢な素直さが、アセンションの秘訣なのです。

彼女のレポートで、わたし自身も学ぶことが多々あったことを感謝しています。
流しそうめん方式」はとても画期的な方法だと思いますので、ぜひ皆さんも試してみてください。
彼女のレポートは、まだ終了したわけではありません。これからどのように仕事を楽しむか…という課題があります。
魂の成長こそ、目的です。しかも飛び級するくらいの勢いで!!」と書いておられた彼女の今後の変容が、とても楽しみです。

ふたつのレポートの掲示、ありがとうございました。
あなたのハイアーセルフの代わりに、光の仕事人が親指を立てますね。

             イイ線いってるよ!

              goodbad[1]

        ~カヴィーシャ 光の仕事人より~




光の体験とチャクラのお話

2012年08月04日 11:15


★ 読者さんからの体験談 6 ★



~光の体験談 『拍手コメント』より~  
                       40歳 女性  九州 佐賀



ブログの更新をいつも楽しみにしております。
光の体験の投稿を読んでいて私の体験も聞いていただきたいと思いました。
4、5年前、夕方 横になって半分は寝ていましたが隣の部屋で子どもたちの騒いでいる声は聞こえてました。
上のほうで光が見えました。とてもあたたかい幸せな感じの光なので、あの光と一緒になりたいと思いました。
私の身体はブルブルとふるえだしました。光に吸い込まれそうでした。
もし、この世にもどってこれなかったらと心配もしました。とても不思議な感覚でした。

光の仕事人様いつも誠意のこもった、あたたかいメッセージありがとうございます。
私は現在40歳の3児の主婦で九州佐賀に住んでおります。
光の体験をした頃は、平和で幸せに、このまま、のほほんと時が過ぎていくのかと思っておりました。あんな光の体験は初めてです。光にすいこまれそうになった時はこの世にいなくなってもあちら側に行きたいと誘惑のほうが大きかったので行こうと思いました。そこまでで記憶はなく身体がブルブルふるえたリアルな感じと光のあたたかさ、光に吸収されたかった思いは今でも残っております。
そんな体験をした一年後、思いもせず主人が躁鬱病になり2年間大変な思いをしました。そんな時光の仕事人様のブログに出会いました。異常波動の記事は分かりやすくて納得しました。かなり主人にあてはまっていましたので・・・大変な思いをしないかぎり成長しないし考えないんですね。
このブログでスピリチュアルを学ばさせていただいてます。今、思うと光の体験は私が暗闇にひきこまれないよう子どもたちのため元気でいるよう、笑顔でいるようエールをおくってくれたのだろうと思います。
私を目覚めさせてくれた光の存在に感謝です。


ピンクの玉


~光の仕事人より~



とても感動的な体験をされましたね。
このような光の体験は、したくてもなかなかできるものではありません。
半分眠っているような状態で、意識を失っているわけではないけれども、日常で目覚めている状態とは異なる意識の状態のことを、『変性意識状態』と言います。彼女はそういう状態であったのだと思います。

ほんとうに光のパワーを体験できたことに感謝ですね。



光とあじさい



★ 読者さんからの体験談 7 ★



~ただ今、光の体験中~
    
                 44歳 女性 ハワイ州 パールシティー


光の仕事人さま

いつもお世話になっております。
昨日、リポートを送ったばかりなのに、
今日もまた、現在進行形ではありますが、
光の体験報告をさせていただきます。

数秘リーディングを申し込んでから、
現在もそうなのですが、
気付きと、光の体験の連続です。
本当に、肩を押していただいてありがとうございます。
同時に、自分のガイドさんやとハイアーセルフに感謝しています。

この数秘リーディングを申し込んだきっかけは、
アセンションにむけて何もできていない焦りからのものでした。
何かの導きで光の仕事人さまのブログにたどり着き、
食い入るようにすべての内容をいっきに読ませていただきました。
そのとき、まさに、欲していた情報でした。
光の仕事人さまのブログに辿りついたには、7月も中旬でした。
どうして、もっとはやくに知らなかったんだろうという思いと、
今までの自分の人生を振り返ってみると、
今だからこそ、たどり着いたんだという思いが交錯していました。
数秘リーディングの結果には、
あまりに的中していて本当に、驚きました。
垢がぽろぽろ取れるように、
たまねぎの皮が、時には、早く、時には、ゆっくりと、
1枚づつ1枚づつはがれるように、
自己探求がはじまり、現在に至っています。

今朝も、
「ハイアーセルフになる瞑想」
「光の源泉となるために 光を呼んで自分自身を光で満たす瞑想」
「光を放射する瞑想」
をしていましたら、
温かく、明るくなって、光の中にいる居心地の良さに
しばらく、浸っていました。
しばらくすると、とても、とても懐かしい思いが沸いてきて、
あ~ぁ、やっとあえました。。。。と思ったら、
涙が次々とでてきて、ますますまわりが明るくなって、
自分はずっとこの心地いいところにいたんだ、
でも、いろいろあることが楽しそうだなぁと思い、
あえて人間だからこそ味わえる経験を楽しみにきたのだと思いました。
ずっと、忘れていたけれど、
苦しくても、つらくても人としての人生を経験しにきたのだ、
そして、「今」にフォーカスして
あせらず、やるべきことをこなしていこうと思いました。
あまりに、日常の雑事に追われて、
瞑想の時間もままならないのが、現状ですが、
とにかく、時間がないので、最善を尽くさなければと思いました。

今、自分がすべきことは、
常にハイアーセルフとなって、内なる自分にめざめ、
光に満たされ、光を放射することです。
そのためには、
「ハイアーセルフになる瞑想」
「光の源泉となるために 光を呼んで自分自身を光で満たす瞑想」
「光を放射する瞑想」
をマスターできるように静かな時間をみつけて瞑想します。
そして、同時進行で、
「赦す祈り」「霊的結びつきを断ち切る祈り」と
「オーラを強くする方法 自分のオーラを純白の光で包む」
「オーラの自己防衛のアファーメーション」
も行っていきたいと思います。
もちろん、日常生活も大切に、家族を大切に・・・・・(笑)

今でも、きっとこの先もずっと、自己探求は続きますが、
まずは、数秘リーディングを受けさせていただいたことによって、
「今」自分がするべきことが見つかりました。
ありがとうございます。

光の仕事人さまの思いと労力と時間に感謝しています。
本当に、ありがとうございました。

まだまだ、自己探求は続きます。 (最後省略)


青い玉


~光の仕事人より~



ハワイ在住のこの女性は、最近の数秘リーディングの受講者さんです。
ハワイ出身のご主人と結婚されたあと、いろんなことがあって精神的な苦痛が生じ、最初の頃は気持ちがとてもネガティブでした。そうでしたね?(笑)
レポートを書いたり、わたしとのメール交換をしているうちに、彼女はもうひとつのブログ「光の花束〈不滅の詩〉」を読み始められたのです。
彼女曰く「欲しいヒントがいっぱい」で、魂に響くものがあったようです。
その後、『「光の花束」のなかに、すべて答えがありました』という報告があったのですが、その辺りから彼女に変容が起こり始めました。肉体だけではなく、見えないエネルギー体にも変化が生じています。

たとえば、こんな文面がありました。

次の日の朝(リポート2のコメントをいただいてから)、意識が目覚めて、起きようとしているとき、目をつぶっているにもかかわらず、眉間のあたりに、紫の光が小さな点から、どんどん拡がって、「光の花束」にあるような菱形の光になり、大きくなったり形を変えて動いていました。
(「光の花束」にあるような菱形の光とは、文章の前に見出し的につけていた星の光のことです)

紫のいったいであるようなショッキングピンクのようなピンクが紫のふちからあらわれたりもしていました。
光とつながることができだのかなぁ?
でも、紫色なので、これは、チャクラの色なのかなぁ?と思いつつ、きれいだなぁと、しばしその時を楽しんでおりました。


そして、その後の報告にはつぎのようなことが書かれていましたので、一部を抜粋させていただきます。

「光を放射する瞑想」のころになってきたころに、
このピンク色が拡がって、
このたびは菱形ではなく、はっきりとした形はなく、もやもやとした感じ?で、
そこから、たまに紫になったりしてうごめいていました。
そして、しばらくすると、その中心に明確な小さな点があらわれて、
薄い黄色?金色?に時折 緑?がまじったような光が中心より
拡がるようにあらわれてきました。
また、しばし楽しんでいました。

光に色はあるのでしょうか?
チャクラが活性化されているのでしょうか?



★*゚*☆*゚*★*゚*☆*゚*★ ★*゚*☆*゚*★*゚*☆*゚*★ ★*゚*☆*゚*★*゚*



まちがいなく彼女の第7チャクラが活性化しています。
こういう現象は「神さま」あるいは「ハイアーセルフ」などの高次元の存在とお話をしている状態だとわたしは思っています。
目を閉じると、美しい紫色、あるいは青紫色の光が花のようなかたちで大きくなったり小さくなったり、さまざまな形に動いている様子が見えるときがよくありますが、そんなときはとても心地よい喜びに包まれます。好奇心がいっぱいで、見ていて飽きません。
彼女は現在とてもすばらしい光の体験をされている最中で、今後どのような展開があるか、とても楽しみです。



紫つゆ草


★ チャクラのお話 ★



過去記事「アセンションに向けて―浄化と周波数を高める方法」で、入浴の際にネガティブな意識や感情を流す方法をお伝えしたことがありました。
わたしの体験から、あの呼吸法はチャクラの活性化にも役立っているのではないかと思っています。

わたしがふろ場で呼吸法をするときは、たいてい眼を閉じます。
呼吸の回数はたったの3回なのですが、とても深い呼吸をしています。
(皆さんがされるときは、何回でも好きなだけしてください)
その際に、瞼の裏に左側と右側から勾玉のような形をした光がひとつずつ現れるのです。あるいは同時にふたつ見えてくることもあり、日によって異なります。

勾玉は薄いきれいなすみれ色をしていて、そのふちが黄金色に輝いています。ふたつの光の勾玉はいつのまにか溶け合ってひとつの円になるのですが、まるで中国の陰陽図とそっくりなのです。円になると、ドーナツのように真ん中が黒く空いて、そこを覗き込むと宇宙につながっているような気がしてきます。
じっと見つめているうちに、円をなしていた光はしだいに薄くなって消えていきますが、この勾玉や円を描く光の映像は、目を開けても目の前にしっかりと見えています。(目を閉じていても開けていても関係なく見えます)

この光の色やかたちは、人それぞれであると思いますが、そういうものが見えたときは、「あなたのチャクラが活性化していますよ」ということを知らせてくれていると受け取ってよいと思います。
勾玉の光が、左側だけとか、右側だけしか現れないこともあり、現れてもすぐに合体しなかったりすることもたまにあるので、自分の状態を知るのに大変役立ちます。

チャクラは基本的に第1~第7までを7色で表すことが多いのですが、ハワイの彼女の文面に書かれていた『マゼンタ』という色は「赤紫色」のことで、第8チャクラの色なんですね。
第8チャクラは肉体の外、頭の上にあって、潜在能力が記されたある種の青写真が収められているところだと、イレーネ・デリコフ&マイク・ブース著の「オーラソーマヒーリング」には書かれています。
つまり、ハワイの彼女の場合は、第7と第8のチャクラが活性化していますよということです。

彼女は「光に色はあるんでしょうか?」と尋ねておられますが、この「光」っていうのは、ロウソクの光や太陽の光のことを言っておられるのではないですよね?

たとえば、肉眼で見える虹は、赤から紫までの七色の光のスペクトルが並んだ半円ですが、人間の身体に備わっている目には見えないチャクラも、同様に七色に分けられています。ただ、これは人間が感知できる最低限の光の分類で、色彩は無限にあるというほうが本当でしょう。
光の三原色はR(赤(Red)、G(緑(Green)、B(青(Blue)を指します。
色を混ぜ合わせるにつれて、色が明るくなり、三色の色をどんどん加えていくと最終的には白になりますね。


光の三原色



本山博氏は、
光に色がついているかどうか、それとも白光かあるいは透明な光か、ただ明るいピカーッと光っているような感じの光か、それによって、今自分がアストラルの次元で動いているのか、カラ―ナの次元で動いているのかという区別ができる」と言っておられます。

つまり、薄紫やスミレ色、マゼンタやピンク色、あるいは金色のような色がついて見えるときは、『アストラル次元』でエネルギーが動いているととらえたほうがよいかと思います。

アストラル次元』というのは『微細身の次元』のことで、『カラ―ナ次元』というのは『原因身の次元』のことです。
(詳細は、過去記事『神秘のボディ』を参照してください)

また、光は見えないけれども、チャクラのどこかの部分が「気持ちよい振動をしているな~」と感じるなら、それは『気の次元』だということです。

本山氏はつぎのように言っておられます。

チャクラが目覚めたからといっても、悟ったというわけではない。
チャクラが目覚めたら霊能力は出るかもしれないけれども、カルマを超えたところへはまだ行けない。
だけど、チャクラが目覚めないと、カルマを超えたところへは行けないのです。
ですから、チャクラというのは、言ってみれば、カルマを超えた世界に行く門であるし、それからカルマの中に降りてくる門でもあって、その両方の働きをもっているわけです。
そして、アジナとサハスラーラが目覚めないと、どうしてもカルマを超えた世界には行けないのです。
                 本山博著 『チャクラの覚醒と解脱』より





ハート

チャクラが目覚めただけでは悟りには到達できないということ。
だからと言って、目覚めないと悟りには到達できないということ。

チャクラが目覚めると光が見えたり、意識が身体から外に出られたり、いろんなサイキック能力が出てきたりするけれども、やはり真の智恵や愛が発現してこなければ、ほんものではないということになりましょうか。

今回は、ハワイの彼女が観た「美しい色の戯れ」から端を発して、
アジナとサハスラーラチャクラの目覚め」は、「カルマを超えた世界」に行けるかどうかのカギとなるということをお伝えしました。

皆さんも、いろんな瞑想や呼吸法をしていかれるうちに、こういう現象に出会われるかと思います。
但し、くれぐれもサイキックパワーがほしいための行法はしないことです。
たとえ霊能者になったとしても、悟りとは無関係であり、おかしな存在に足を引っ張られるのがオチですから。

いつも『宇宙の根源の意識・存在・エネルギー』に自分の意識を正しく向けて、自分自身と他者への愛を忘れないようにしていれば、ハイアーセルフや守護の神霊たちの援助も得られて、悟りへと導かれることでしょう。



ハイアーセルフとつながりましょう

2012年09月29日 16:40


★ ハイアーセルフとつながりましょう ★



以前に「気づきのコース」に参加くださったハワイ州パールシティー在住のAさんは、数秘リーディングのあと自己探究を始められ、どんどんポジティブな方向へと変容され、今ではハイアーセルフからのメッセージを受けとれるまでに前進されています。

Aさんはこのブログの「光の体験とチャクラのお話」のなかの「読者さんからの体験談 7 ~ただ今、光の体験中~」に記載させていただいた女性で、「光の瞑想」を熱心に実践されており、その頃からハイアーセルフとのコンタクトの兆しが見られました。

光の体験とチャクラのお話 ←ご覧になりたいときはクリックを)

彼女はわたしが「光の花束〈不滅の詩〉」に連載した「ハイアーセルフになる瞑想」を始められたことによって、ほんとうにしっかりとハイアーセルフとつながることができたすばらしい体験者であり、実践者です。


ピンクの玉


先日Aさんから近況報告をいただいた折に、彼女は自分のハイアーセルフからもらったメッセージを、つぎのように書いておられました。

ハイアーセルフは、
「あなたが、光とつながっているかぎり大丈夫。今は、とにかく光を放射できるようにしてください。あなたが光を放射できるように、いつも(状況を)整えます。」と。


Aさんの場合、光やハイアーセルフとつながってはいるけれども、光を放射することに関してはまだ完全ではないことがわかります。つまり、光に満たされているからといって、即 自ら光を放射できるわけではないということです。
それはまた、別のことであると考えてください。
光に満たされ、心からの愛と熱意と意志がそろってこそ実現するということですね。

わたしはハイアーセルフとまだつながる体験をされていない皆さんに何か参考になることがあるかもしれないと考え、つぎのような質問をし、早速お返事をいただきましたので、ここに記載したいと思います。



スイート・クロック・バイン
    ハワイの花 スイート・クロック・バイン



★ ハワイのAさんとの対話 ★
 
 
 
                      

ハイアーセルフとのコンタクトはどんなふうに行なわれているのですか?


Aさん:「ハイアーセルフになる瞑想」「光の源泉となるために 光を呼んで自分自身を光で満たす瞑想」「光を放射する瞑想」のときです。

今のところ100%の割合で必ずつながります。
「ハイアーセルフになる瞑想」のときに、頭の上のほうから、眩しくなるように明るくなってきます。
そして、そのまま誘導にしたがっていきます。

マインドが働いているときや、雑念が多いときなどは、誘導がすでに終わっていることもありますが、それでも、とにかく続けて最後まで「光の源泉となるために 光を呼んで自分自身を光で満たす瞑想」「光を放射する瞑想」を続けていくと、必ずつながっていると確信します。

みえる色も最初は緑(エメラルドグリーン)だったりすることも多々あり、「光を放射する瞑想」のときには、マジェンタ色や紫色になっていることが多いです。
瞑想以外のときも、目をとじるといつもマジェンタ色が広がってみえることを考えますと、きっと、いつもつながらせていただいているとは思うのですが、ハイアーセルフも「いつもあなたとともにいますよ。」とおっしゃってくださっているのですが、マインドが働いて、雑念が多過ぎるときは、ハイアーセルフが隠れてしまっているように思います。

いつもハイアーセルフの状態でいたいのですが。。。。。(苦笑)
やはり、静かで、落ち着いているときが、明確にコンタクトがとれているとわかりやすいです。

直観で来るのですか?
言葉として来るのですか?


Aさん:言葉としてきます。
ほとんどは、「ハイアーセルフになる瞑想」のときか、「ハイアーセルフになる瞑想」「光の源泉となるために 光を呼んで自分自身を光で満たす瞑想」「光を放射する瞑想」が終了してから、お話?対話?することが多いです。

答えは明瞭簡潔に即答です。(笑)
直感もよくあるのですが、日常の雑事に追われて、忘れてしまったり、確信ができなかったりがまだまだ多いです。が、最近ではこれも心に浮かぶとすぐに現象として起こってきて、あ~、こういうことだったのかぁと答えがすぐにわかることが多くなってきました。

~追伸~

Aさん:「言葉です。」とお答えしましたが、
ハイアーセルフから答えがきて、今の自分が納得できるように、言葉に置き換えているのかもしれません。
変換とでもいうのでしょうか。。。。。
そのほうが、現在の私には、わかりやすいからだと思います。
いつも、ハイアーセルフの状態でいられれば、「自分」が思うとか、考えるといった感じで、
きっと、言葉に変換する必要はないと思います。
精進精進です。(笑)

ハイアーセルフとつながることについては、皆さんなかなかできなくて、感覚がつかめないようなのですが、皆さんに教えてあげるようなことがあれば、ぜひ書いてください。
あなたのハイアーセルフからのメッセージでもよいですよ。


Aさん:ということは、皆さん、光が放射できていないということでしょうか?
もし、この時期に、そうだとしたら、それは、それは、大変なことではないですか!?
どうやら時間がないようなので、それは、それは困りましたね。。。。

といっても、私も数秘リーディング後のことで、本当につい最近のことで、すべては、「思いの制限を開く」「光の花束」に書いてあるとおりですので、私が皆さんにお教えするなんて、何もないと思いますが、私の経験しかお話できないのですが、よろしいでしょうか。。。。。それが、すこしでもお役に立てるのであれば。。。。

私も自分が話してるのかな?ハイアーセルフ?と思ったことは多々ありました。
が、とにかく瞑想を実践して、経験して、まずは、どんな小さなことでもいいので、ハイアーセルフに質問や相談をしてみる。そのときに、浮かんだ言葉や答えを覚えておいて、確信を深めていくことでしょうか。。。
実践あるのみということでしょうか。
まさしく、9/1光の花束の内容そのものですね。
最後までやり通すということ」 参照)

そして、「思いの制限を開く」「光の花束」に書いてある重要なポイント(カルマの浄化、祈りとアファーメーション等々)を実践し、まずは自分自身をクリアにしないことには、光も通りにくいのではないでしょうか。。。。。

とにかく、これだと思ったことは素直に実践。(笑)
それから、感じることなのですが、多くの方はまだまだ自分の枠(制限)から抜け出せないでいる方が多いのではと思います。

何か直感が来たとき、書きとめておいてくださると、うれしいです。

Aさん:はい、そうさせていただきます。また答えがきましたらご報告させていただきます。 


ピンクの玉


Aさん、情報を公開してくださって、誠にありがとうございました。
きっと皆さんの中で、何か気づかれたことがあるでしょう。



プリンセス
           
       

★ 思い込みをなくしましょう ★



Aさんは「多くの方はまだまだ自分の枠(制限)から抜け出せないでいる方が多いのではと思います」と言っておられますが、わたしも同様のことを思っております。

ある方に「思い込み=思いの制限ですよ」と伝えたら、「イコール思いの制限とは思わなかった」という答えがかえってきました。

でも、よく考えてみてください。
思い込みほど強い制限はない」のですよ。
自分が思い込んでいるもの(信念)しか信じていないし、受容していないのですから

ちなみに、「思い込み」を調べてみますと、
ある問題や状況を客観的に見ることを妨げる偏った見方」、あるいは「無批判的で訂正を受け入れない考え」となっており、その同義語として、先入観 ・ 固定観念 ・固定概念 ・ひとり呑み込み ・ ひとり決め ・ ひとり善がり ・ 視野狭窄 ・ (こけの)一念 ・ いちずに(~する) ・ (~による)決めつけ ・ 独善 ・ 独断と偏見 ・ 片寄りなどが並べられています。

つまり、「思い込みが激しい」ということは、非常にアンバランスな状態であることがわかりますね。

もしかしたら、これは「思い込み」なのではないだろうか?
ほかにもたくさん道はあるのではないだろうか?
これだけが自分にとって最善で正しいわけではないのだと、考えてみてください。

そして、すべてに対して、自分で条件づけていることに気づいてください。

あなたは幼少時に両親や学校の先生や仲間や社会によって条件づけられたかもしれません。
けれども、だからと言って、いつまででも、それに従っている必要はありません。
おかしな条件付けに気づいたら、ただちにストップすればよいのです。

何度も繰り返して言いましょう。

「思いの制限」をひらいて、自由な境地になってください。



★ 笑いましょう ★



あなたはよく笑う人ですか?
理由なく笑うことがありますか?
理由なくして笑いが起こることなどは、めったにありませんね。

わたしたちは、あまりにも苦痛に執着しているので、
笑いが生じたときでも、それは緊張の解放としての「笑い」にすぎないのです。
つまり、笑いのなかでさえ、苦痛があるということなのです。

でも、その苦痛に対して笑うことができたら、
緊張に対して笑うことができたら、
失望に対して笑うことができたら、
あなた自身の生に対して笑うことができたら、
どんなに楽になるでしょうか。


ハート
深刻なものなど、何一つないのです。

笑うことはすばらしい。

さあ、今この瞬間に笑ってみましょう!
1分でも2分でも笑いつづけてみるのです。(大笑い)
そして、笑いのなかで、あなた自身を忘れてしまいましょう!




瞑想の中でハイアーセルフに出会えた!

2012年10月29日 12:20


★ 瞑想の中でハイアーセルフに出会えた! ★



今回は、東京での個人セッションで「ハイアーセルフに出会う瞑想」をされたE・Iさんの体験談をお伝えしたいと思います。



ライン ノスタルジック
   

☆ ハイアーセルフに出会う瞑想の体験 ☆   千葉 女性 34歳



私は個人セッションを受けるにあたり、ハイアーセルフに出会うための瞑想を希望しました。
というのも、自分で行っている瞑想で、ハイアーセルフに会えているという確信がなかったからです。
なんとなく、ハイアーセルフが来てくれている気がする、という曖昧なもので、自分の意識と混同しているのでは、と思うこともしばしばでした。
今回はカヴィーシャさんのお力をお借りして、自分のもっと奥深いところまで入り込み、自分がハイアーセルフと出会っている感覚に確信を持ちたいと思いました。


個人セッションの当日、カヴィーシャさんとお会いするのは初めてだったので、少々緊張しつつも、気持ちは落ち着いていました。
時間も一時間と限られているため、挨拶をして、すぐに瞑想となりました。


瞑想はカヴィーシャさんが用意して下さったという音楽(小鳥のさえずりや、川のせせらぎなど)と、カヴィーシャさんの誘導とで始まりました。
心地の良い声と音楽とで、誘導内容がとてもイメージしやすく、頭の中では鮮明な絵が浮かんでいました。

最初の、心地の良い自然の中にいるイメージでは、私は木の枝に腰をかけたり、海の上を気持ちよく飛んだり、草原に寝そべったりしていました。
頭の中で誘導の風景が浮かび、気持ち良いと感じていました。一方、客観的なもう一人の自分がいて、こんな場所行ったことあったかな、こんなイメージでいいのかな、などと考えていました。

次の場面では階段を降り、居心地の良い自分が好きなように作って良い部屋にいます。
キラキラと太陽の光が降り注ぐ部屋で、素敵な家具などが置いてあります。
全てはっきりした物、色として風景が浮かんでいました。
とにかく清々しいお部屋だと感じていました。
色彩や空気がきれいで、とてもウキウキするようなお部屋だと感じていました。
一方、客観的な自分もいて、この部屋は本当にあるのか?この部屋は私の作り上げた幻想なのか?などと考えていました。

その部屋から庭園に出るのですが、誘導があり、とにかくきれいな所なんだとイメージを頂いてから、パーっとイメージが広がりました。
こんなお花畑があったらいいなと思うお花畑だったり、こういう陽射しや木漏れ日が好きだ、と思う光景だったり、日々自分が思い描いていた素敵な景色がパーっと広がり、ここに来たかった~という気持ちになり、自然と涙が流れていました。
私はここを探していた!と思いました。
ここはとにかく心地よい感覚しかないな~と思いました。
一方の自分は、なぜ涙が出ているんだ、自然と涙が出ているなんて不思議だと思いながら、ここは以前にも来たことあったのかもしれない、などと思っていました。
気持ちはこの情景の心地よさから、この中にこのまま身を任せようと思っていました。

それから川の道沿いを歩き、滝を抜けます。(この辺の箇所は記憶が曖昧です)

そして、ハイアーセルフと出会う場面になります。
いつもは明るい光っているような存在でハイアーセルフを感じていましたが、今回見えたのは、光り輝いて微笑んでいる(悪がなくいい顔をしている感じです)もう一人の自分でした。
ハイアーセルフとなっている自分自身が、自分に近づいて来ている感じです。
もしかしたら、気付いていなかっただけで、いつもの日常でも愛に満ちている時はハイアーセルフになっていたのだ、と思いました。
ハイアーセルフと自分を切り離していましたが、ハイアーセルフは本当に自分自身なんだと教えてもらった気がしています。

そして、また元の道へと帰って行き、心地の良い部屋に戻ります。
部屋の引き出しにハイアーセルフからの贈り物が入っているとのことでした。
引き出しを開けると入っていたのは、私が涙を流した庭園の"葉っぱ"でした。
それはハイアーセルフがくれたものなのかもしれないし、私が欲しいと言ったからハイアーセルフが持ってきてくれたのかもしれないと思っていました。(のちにカヴィーシャさんに教えて頂いたのですが自分が欲しいと言ったからくれたのだそうです。)

私がなぜ庭園の"葉っぱ"が欲しかったのかというと、私の中でまさにあの庭園での風景が光の中にいる感覚だったからです。庭園の何かを持っていれば、いつも光の中にいる感覚を思い出せると思いました。
私にとって庭園のイメージは光と繋がれる場所のような気がしています。
本当にきれいな所で今でも目を閉じるとその風景が浮かび、光に包まれる感覚になります。

音楽の効果と、カヴィーシャさんの心地の良い誘導があったことで、とてもイメージしやすく、きれいな情景が自然と浮かんだのだと思います。
私はこの色つきのきれいな情景が浮かんだことで、今までより光のイメージがグッと近づいたと思っています。

瞑想の情景の中に溶け込む自分と、常にそれを客観的に考察している自分がいました。
瞑想中、この客観的にいろいろ話している自分はいなくなってほしいなと、さらに客観的な自分が思っていました。
そのどちらも自分自身であるのですが、考察する自分がいなくなった時にもっと自然にハイアーセルフに近づけるのかもしれないな、と今は思っております。


心地の良い誘導と音楽と空気感をありがとうございました。
私、一人ではイメージできなかった情景がいくつも鮮明な記憶として残っています。
カヴィーシャさん、素敵な瞑想をありがとうございました!



     谷津バラ園のバラ 読者さんより
   Eさんからいただいた写真 谷津バラ園のバラ


コスモスのライン

~カヴィーシャより~


どういたしまして! 一生懸命音楽を選んだ甲斐がありました。
鳥の声や滝の音などは、ほんとうはステレオで流したいくらい、美しく透明感のあるサウンドです。
瞑想中、涙を流しておられたEさんを見て、わたしも感動で涙があふれそうになりました。
いろんな相乗効果があって、とてもよい瞑想ができたようで、わたしもうれしいです。
あの感動を忘れないために、ハイアーセルフからもらった庭園の"葉っぱ"をいつも思い出してくださいね。


葉っぱのライン


★ カヴィーシャの誘導瞑想について ★



過日個人セッションの際におこなった誘導瞑想で、「今までハイアーセルフらしいものの光は紫色でしたが、10/19初めて金色の光を放っていました」というメールをくださった方もおられ、皆さんそれぞれにすばらしい瞑想ができてよかったと思っています。

また、すっかりリラックスしすぎて大切な内容を聴き逃したという人もいて、再度聴きたいということから、テープを送るから録音して送ってほしいという要望まで来ました。
それはつまり、もう一度その人のために30分間誘導瞑想の奉仕をしなければならないということであり、それは正直申し上げてどうかなぁと思いました。
もしその人だけに30分間の無料奉仕をするなら、きっとほかの皆さんも「わたしもしてほしい!」ということになりますし、決められたセッションの時間以外に、わたしがそういう奉仕をしなければならない理由もありません。

そこで、セッションでおこなった誘導瞑想をテープやMDに録音して希望者にお譲りしてもよいかと、ハイアーセルフに相談をしたのですが、賛成してくれませんでした。わたしの生の声で誘導したほうが絶対によいから、瞑想会を開催しなさいという理由からでした。(そう言われても、いつ開催できるか今のところわかりません)

東京でのセッションは、おひとり60分だということもあり、30分間で誘導瞑想ができるように調整し、設定したのですが、ほんとうはもっとゆっくりと時間をとって、瞑想者のようすをうかがいながら、思う存分ハイアーセルフとの交流をしたほうがよかったと思っています。

それで、当日おこなった「ハイアーセルフと出会う瞑想」をさらに充実させるために、時間を30分よりも長く設定し、内容も少し変更し、さらにイメージが深まるように編集したいと考えました。
それで、「ハイアーセルフに出会うための瞑想」を毎日でも熱心に行ないたい人のために、わたしの「オリジナルの誘導瞑想のテープを創りたいのだけれども、どうか?」と再度ハイアーセルフに尋ねました。
すると、OKを出してくれたのです。ただし、BGMを入れる場合は、著作権の問題がありますので、それをクリアできたらということです。(自分で全部創作するのは、ちょっと難しいですね)
もし、創らないことにした場合は、できるだけ瞑想会ができるよう考えたいと思います。
また記事にてお知らせをしますので、誘導瞑想録音の件はもうしばらくお待ちいただきたいと思います。
                                  (10月29日 2:00更新)


     エブリン
     「とっとり花回廊」で出会った秋バラ
                    香り高いエブリン 撮影 光の仕事人




★ 場所の波動は人に大きな影響を与えている ★



今回東京での交流会を終えたとき、またいつか東京でセミナーなどをやりたいなと考えていたのですが、このたびの東京での疲れは半端ではなく、このままの状態ではちょっと無理かな? と思うに至りました。
千葉のバラ園で皆さんと撮ったわたしの写真を見て、次女が「ものすごくひどい顔をしている!」と驚いたくらい疲労感が出ていました。千葉の交流会に来た方たちも気づかれていたかと思いますが、そのことは一番本人がわかっていることでした。(苦笑)

東京を地下鉄などで移動しているときに無意識に光を放射していたようですが、千葉に着いたときにはかなり疲労した顔をしていたと思います。それだけ、東京都内を電車で移動している人たちの波動が異なっていたということです。
山陰の地を飛び立ったとき、空から見た海の美しさは、東京へ近づくにつれてしだいに汚れていき、羽田空港に降りるときにはヘドロのような色をしていて、気持ちが悪くなりましたが、海も空気も、そして土地や人々の波動も同様にしだいに濁っていったということです。
東京にいる人たちは住み慣れてしまっているために気づかれないかもしれませんが、田舎から出てきた者にとっては、都会はほんとうに疲労困憊してしまうような波動を帯びている場所であるということです。

交流会で出会った皆さんは、わたしのことを肉体年齢よりも若く見てくださっていたようですが、出雲の交流会のときのようなオーラはなかったと思います。
しかし、それでもわたしのオーラを感じ取られた人は、実際の肉体年齢(59歳)よりも若く見えたのではないでしょうか?
わたしがどれくらいの年齢に見えるのか、数人の人に尋ねてみたのですが、なぜそんなことに興味があったのか、わかりますか? その人がわたしの肉体を見ているのか、見えない身体を見ているのかをちょっと知りたかったからなのです。

今回は、東京と千葉の浄化のためであり、また、読者さんと交流し、読者さん同士の交流をも促すのが目的でしたが、これからはわたし自身が他者への奉仕と自己への奉仕を、共にバランスをとっておこなう必要があると感じました。

また、もう少し、肉体を鍛えなければと、つくづく思いました。
デスクの前に坐って静かに毎日を過ごし、たまに外へ出るときは車で移動しているわたしは、都会の人のようには普段出歩くことがありません。ですから、荷物を持って駅から駅までの階段を上るだけでもくたびれてしまったのです。情けないな~と思いましたよ。(やっぱり歳ですね~)

わたしが山では驚くほど元気よく歩けるのは、それだけ山の波動がよくて生気がみなぎっているからなのです。山のエネルギーに助けられているからなんですね。

東京から戻った翌日には近くの海に行って、清々しい風に吹かれました。空は果てしなく広がり、おだやかに寄せてくる波に安らぎを覚えました。静かな浜辺でした。
翌々日には、車で「とっとり花回廊」まで行ってバラの香りを吸い、生気をもらい、癒されました。
その次の日には大山の森林を車で走り抜けてきました。
おかげさまでちょっと元気が回復したかな? と思います。

場所の波動がどれだけ人間に影響を及ぼしているかということを今回再認識でき、ますます田舎から出られなくなったのを感じる今日この頃です。



花回廊のコスモス
     「とっとり花回廊」のコスモス 撮影 光の仕事人



~OSHOからのメッセージ ~

人間は外側から見れば、小さな水の一滴にすぎない
しかし、その内側は全く異なる
内側に広がる景色、それは大海のごときものだ

私たちが小さな水滴に見えるのは
目に見えるのが肉体であるためだ
しかし、内側で自分自身の存在に根を下ろし
その中心にあるとき
深い沈黙の中で透明さが現われるとき
深い瞑想の中で晴れやかさを見るとき
欲望と思いのすべての霧が消え去るとき
鏡が澄みきり、あるがままのものを映し出すとき
そのとき、人は不意に自分自身の肉体ではなく
その意識に気づく

実にその瞬間、人は自分自身の肉体を忘れる
肉体だけではなく、思考(マインド)も共に忘れ去る
その瞬間、人は無限の意識を知るに至る
その無限の意識、大海のごとき意識が、私たちの真の存在だ
それが私たち自身だ

私たちは、見かけとは異なる
だから、見かけにだまされてはならない
鏡の中に映る姿を見て
自分が誰であるかを決めてはならない
鏡は物質を反映しているにすぎないからだ
内なる鏡を磨かない限り
人は自分の広大さを知ることはできない
人は宇宙と同じほどに果てしない



ハート
内側を大切にするためには、外側も大切にしなければなりません。
これからはおおいに肉体をも鍛えたいと思います! 




「流れに乗る」ことで成功を得ましょう!

2013年03月18日 16:00


先月末、このブログの読者歴も長く、最近はメール交換で親密となっているMさん(男性)が、長年従事してこられた公的なお仕事をお辞めになり、新しいライフワークへ向かって準備をされることとなりました。

心機一転して新しい道を歩み始める前に、ゆっくりと休養を取り、そこまでに至ったプロセスを整理して書き記すことは彼にとって必要なことであると感じ、体験談を書くことをおススメしました。
またタイミングよく、休憩できる時間がたくさんあったので、その作業をされるには大変よい時期でした。

下記は、先日いただいたMさんのレポートです。
彼は、5月のセミナーにも参加を希望され、やる気満々です。
今仕事を変えたいと思っている方、自分にふさわしい生涯の仕事を見つけたい人にとって、このレポートは大いに勇気を起こし、行動することの大切さを思い起こさせてくれることでしょう。



ライン ノスタルジック


~K.Mさんの退職に至るまでの体験談~
 
 


当初、役所に入ってからの約10年間は、毎日深夜まで働きつつも充実感を感じていましたし、自分の成長にとっても勉強になっていました。その頃の私は、職場の人々と考え方や意識がおそらくほとんど同じだったために、仕事にも違和感なく満足を見出すことができていたのではないかと思われます。

しかし、2008年にリーマンショックが起こって世界経済が頓挫したのをきっかけに、私の意識は変わり始めました。それはつまり、世界で実際に何が起こっているのか突き詰めて調べていったら、これまで持っていた常識的な世界観は表面的な理解に留まったものであり、リーマンショックを含め世界の政治経済は各国政府ではなく実は国際金融資本のような少数の支配勢力によって長年コントロールされてきたことなど世の中の裏の部分を認識するようになったからでした。

さらに驚いたのは、そのような裏の勢力がどうやら阻もうとしているにも関わらず、今の時代に地球と人類は次元上昇という宇宙レベルの大きな変化を経験しつつあるのを知ったことでした。私は、地球史上こんな激動の時代に自分は生まれてきて、今何をやるべきなのか、今のこの仕事に人生を使っていていいのかということを考え始めるようになりました。

一方、自分の職場もその一部となっている政府はといえば、リーマンショック以降の経済危機に対してはその場しのぎの対策しか講じず、毎年税収を大幅に上回る予算を組んで既に一千兆円を超える財政赤字を更に増やすことによって国民への負担を増やし続けていたり、2011年の東日本大震災に伴う原発事故に対してはネットや報道を見る限り情報の隠蔽や自己保身に動いていたりして、その姿勢や在り方に失意を抱くようになっていきました。

これまで長い間、私は世界を変えていくためには例えば政府のような一定の組織に入って世の中に働きかけていくことが必要と無意識に思っていたのですが、今の政府の状況を前にして、もはやそれが真実だとは思えなくなり、むしろ自分自身がまず変わることによりその結果として外界である世界も変わっていくのではないかと考えるようになっていきました。したがって私は、もっと自分自身に集中することの必要性を感じるようになりました。

そんな矢先の2012年に、たまたまカヴィーシャさんのブログを見つけ、その内容に引き込まれるようになっていきました。なぜなら、それは私が普段から問題意識をもっていた様々な事柄について、ブログ記事で広範かつ深遠に取り扱われていたからでした。記事を片っ端からから読みあさっていくうちに、自分も自己探究をもっと進めたいと考えるようになり、5月に数秘リーディングを受けさせていただきました。その結果、私の今生の課題は自己を確立し直観を究めることであるとカヴィーシャさんから指摘いただきました。

私は、これまでの役人人生のように頭で考えて慎重に生きていくよりも、今後は自分も直観に基づいて感覚で判断し自由に生きていきたいと思うようになりました。数秘リーディング以来、私はカヴィーシャさんのブログ記事についてメモを取りながら繰り返し読み直し、霊性に関する理解を深め、意識を高めるよう努めました。しかし、それは努力したというよりも、むしろワクワクするプロセスであり、魂が成長できることの喜びを与えてくれるものでした。

10月には東京・千葉の交流会に参加しましたが、そのとき行われた個人セッションでは、今の仕事についてもカヴィーシャさんに相談させていただきました。その結果、自分の決断を引き延ばし続けても何も変わらないし、やがては行き詰まるだろうというご指摘をいただきました。私は、もう自分の人生について方向性をはっきりさせよう、もしこれに対処できなければ今生ずっと思い悩み続けてきっと後悔して人生を終えるだろうと考え、これを機会になんとしてもケリをつけようと決心しました。


葉っぱ


そうなると必要な出来事がやってくるもので、そのきっかけが無農薬・無化学肥料の農業研修に応募するということでした。私は年齢制限など応募の資格用件を到底満たしていなかったものの、かねてからの願望として自然栽培に携わってみたかったので、不合格となるのを承知で応募しました。すると、意外にも書類審査を通ってしまい面接でも合格してしまったのでした。

日本や世界の農業や食は深刻な問題を抱えていますが、少なくとも現時点ではまだ人間の生存・生活や経済にとっての基本であるし、今後行き詰まっている資本主義が一旦頓挫したり東日本大震災のような大災害が再び発生したりすれば、食料の問題はより切実にもなってくるだろうと私は思っていました。

したがって、古い世界が終わりを迎え新しい世界が生まれつつある今の時代に、自分もそのような問題に取り組んで、その立て直しに貢献してみたいと考えるようになっていました。また、仕事や生活の環境として、都会よりも波動の高い自然に囲まれた中で自分を成長させたいという気持ちもありました。

私は想定外の農業研修に合格したことに縁と導きを感じたので、この際決断することにしました。この決断は、公務員という職業に留まり世間的な安全と安定を選ぶのか、あるいは先行きが分からないながらも心の声に従って取り組んでみたいと思う仕事に新たに踏み出すのか、という人生上の生き方の選択でもありました。


葉っぱ


私は自分の考えと意志について家族と両親に真摯に説明しましたが、この間、カヴィーシャさんからは愛と誠意をもって説得すればきっと理解してもらえるはずと励ましていただきました。また、2013年1月に鳥取にて開催されたセミナーではペンジュラムにより言葉のギフトをいただいたのですが、それは「流れ」に乗ることが大事というものでした。私にとっての流れとは、当時仕事を転向するよう動いていましたので、引き続きそれを進めても差し支えないという高次からのメッセージであると受け取りました。

なんとか家族や両親の理解を得た後、私は自分の辞意を職場に伝え、了承を得ました。役所勤務の最後の方は、ちょっとした追加的な仕事でも困難に感じたり、すぐに体調を崩したりして、頭で考えている以上にその職場が私の心身にとって負担となっているようでした。

過日、長年勤めた役所を円満に退職し、まずは農業研修に向けて一歩を踏み出すことができました。来年にはマクロビオティックをベースとしたオーガニック・レストランで働くことについても、先方から良い返事をいただいています。まずは食や農に関するキャリアを蓄積していってから、その後独立して事業をやってみたいと考えています。現在の心境としては、自分が鈍感だったり世間知らずだったりするのかもしれませんが不安や心配というものはなく、今までのように大きな組織に自分の力を預けることから解放されて、これからは自身で人生を創造していくことに期待と喜びを静かに感じています。

今後は自分の内なる声に従いつつ意識を高めながら、自然と共生し宇宙と調和するようなライフスタイルを目指して、それを世の中に広めていくような仕事ができればいいなと思っています。

このように新たな人生のスタートラインに来るまでは、前述のようにカヴィーシャさんには、ブログで勉強させていただきながら、セミナーやメールなどでご助言をいただいたり励ましていただいたりしました。昨年からの不思議なご縁のおかげで、私の人生は大きく展開し始めました。本当にありがとうございました。(了)


(Mさんの心情がよく表れている箇所をカヴィーシャが太字にさせていただきました)


川の流れ1

 
「流れに乗る」ことで成功を得ましょう! ★



もともと私的利潤のためではなく公的利益のために働きたいと思い、希望をふくらませて就職されたMさんでしたが、めまぐるしい社会情勢の変化とともに、しだいに政府が国民の利益を追求できているとは考えられなくなり、自分の行くべき道(方向性)がちがっているのではないかという疑問とともに、心境が変化していかれたことが綴られており、そのプロセスが大変よくわかります。

Mさんは、
これからはハートで感じ直観で生きる時代がやって来ようとしているのに、役所の人々はひたすら頭ばかりを使ってあとは体力勝負であると考えていて、ハートで捉えればもう時代遅れの政策でも、頭で理屈を正当化できてしまうし三次元的思考に囚われているので、これからも従来の政策を踏襲し続けると思われる
と語っておられました。

そして、「今の政府は、これからより高い次元に向かって社会を作っていく導き手となる資格に欠けており、壊れゆく古い社会秩序を維持するのに精一杯であり、結局はその混乱の中に巻き込まれていくだけではないか」とも。

的確なご指摘であると思いますね。
昨年は、Mさんの苦悩はしだいに身体にまで現われるようになっていましたが、心よりも先に身体が拒絶反応を起こしていたんですね。そのことを、彼は身を持って知らされたということです。
その後、自分にとってもはや役に立たなくなったもの、古いものとの決別をおこなったことによって、Mさんは「流れに乗る」というすばらしいギフトをもらわれることになります。
まさに宇宙からの贈り物ですね。


流れる


「流れ」とは、前進しようとするときに、一生けん命に努力をしなくても、あらゆるものがひとりでに、ごく自然にやってくるということです。
それは自分の選んだタイムラインにつながっているため、とてもうまくいくのです。

木の葉が川の流れに乗ってさらさら流れていくような、とても楽な状態ですね。
そして、そこにはタイミングの良さと、待ち遠しくてワクワクするようなうれしい気持ちがあります。
流れていくプロセスのなかに、すばらしい恩恵が待ち受けていることを予感するからです。 

これまでじっと寒さに耐えていた草木が芽吹き、陽光を浴びて生き生きとし始めたように、Mさんの新たな人生が始まっています。
もしかしたら、木の葉が何かにひっかかって、暫しのあいだそこに留まらせられるような課題が、これからもつぎつぎと生まれてくるかもしれません。

けれども、それらの問題は自分の成長のために必要なのだと思い、すべて受け容れてください。
そして、ギフトのほうにいつも目を向けていてください。

流れに身をまかせ、コントロールすることをやめて、起こることを受容しましょう。
それが成功への近道なのです。 


★過去記事「高い意識が組み込まれた食物が意識の変容を促す」のなかで、『意識の高い生産者が緊急に必要であること』、『新しい意識をもった生産者が、質のよい生命力のある食べ物を生産し提供することで、わたしたちの意識の変化が促されるのだという真実を知ってほしい』ということ、『食べ物による意識改革をしましょう』ということを書きました。

Mさんのように直感とハートを大切にしたいという方が、農業や食に関するお仕事をなさることは、ほんとうにうれしいことです。
Mさん、これからですよ。がんばってくださいね。

★参考記事「高い意識が組み込まれた食物が意識の変容を促す
まだお読みでない方は、ぜひお読みください。


ふたつのハート

この記事を読んでおられる皆さんも、
もし「自分が流れに乗る」ことができていないと思うことがあっても、
心配しないでください。

そういう体験が、さらに深遠な気づきをもたらすこともあるからです。
今障害があるのは、さらに大きな成功を得るために、
まだまだ気づくことや、学ぶことがあるからですね。

物事は、必要があるからこそ起こっているのです。
そのメッセージに気づくことが大切なのです。

今自分がまったく楽しめないこと、楽しくないこと、楽しんでいない物事を
やめる第一歩は何でしょうか?

聡明な皆さんなら、もうお解りですよね。

          こぐまとハート

解らない人は、どうしたら楽しくないことをやめられるかを学ぶことです。
そして、自分をもっと愛し、尊敬することの大切さに気づいてください。
それが答えです。







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