神秘の世界を究明する―「空」の正体 その1(改訂版)

2010年10月13日 11:00


★ 「空(くう)」の正体 ★



今回の内容は、8月5日以降随分長いあいだお休みをしていた「神秘の世界を究明する量子力学」の続編です。
量子力学が解明した「神秘の世界」を、「(しき)」と「(くう)」で説く仏教哲学的見地から考えてみたいと思います。


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仏教では、たいてい唱えられている「般若心経」という、とても短い経文がありますね。
そのなかに「色即是空(しきそくぜくう) 空即是色(くうそくぜしき)」と記された箇所があります。

昔から多くの学者さんやお坊さん方がこの説明をなさっていて、本もたくさん出ています。
解釈も十人十色、さまざまです。
真実はその人の意識レベルによって異なる」のですから、みんな違っていて当然なのですが、あまりにも違いすぎると「いったいどれが正しいの?」と困惑してしまいます。
それで、わたしは自分が納得できるわたしなりの解釈を見つけたのです。


★この*「色」や*「空」というのは、いったい何をあらわしているのでしょうか?

*色(しき)はcolorのことではありません。
*空(くう)はskyのことではありません。
「しき」を「いろ」、「くう」を「そら」と読みまちがえないようにしてください。

色(しき)は「物質」をあらわすことばです。
空(くう)を翻訳することは困難です。
空(くう)は「kuu」としか言い表せないからです。
日本語を外国語に翻訳するときに、訳し方をまちがえると、意味を正しく理解することはできませんから、要注意です。

★では、「般若心経」の「色即是空 空即是色」に繰り返し出てくる(しき)(くう)の正体を観てみましょう。
すでに自分なりの解釈ができている人も、新たな感覚で考えてみてください。



sea



☆ 波と海のたとえ ☆



わたしが今住んでいる家から10分ほど歩くと、浜辺に出ます。
晴れた日には雄大な山が一望でき、その下方には日本海が広がって見えます。
潮風に吹かれ、波打ち際に立って、寄せては返す波の音を聞きながら、広大な海を眺めているとき、日常生活の諸々はすっかり忘れ去られます。
すがすがしい至福のひとときです。

ここで、ちょっと哲学的な思索をしてみたいと思います。

わたしは大海原を目の前にして立っています。
波が寄せては返しています。
さて、わたしが見ているのは「海」なのでしょうか? 
それとも「波」なのでしょうか?
この実体(事物の本体)は、いったい何なのでしょうか?


  波2

よく考えると、今わたしが見ているのは、どうやら「波」のほうだということがわかります。

波は穏やかなときもあれば、激しいときもあり、波の高低は風によって常に変化していて、同じ波を見ることは二度とありません。
「寄せては返す」という現象はけっして絶えることがありませんが、つぎつぎと寄せてくる波は、前の波とはまったく異なっており、生まれては死んでいきます。


ゆく河の流れは絶えずして、
しかももとの水のあらず。

よどみに浮かぶうたかたは、
かつ消えかつ結びて、
久しくとどまりたるためしなし。


鴨長明(かものちょうめい)著「方丈記(ほうじょうき)」の冒頭のことばが思い起こされますね。
これを仏教的なことばで表現すると、「諸行無常(しょぎょうむじょう)」となります。

そこで、わたしは思います。
「波って、海があってこそ存在できるんだよね。波だけが独自に存在しているわけではないってこと。海がなかったら、波が立つことなんて、ありえないのだから…」

波は、海を離れてはけっして存在することができません。
また、海のほうも、波を離れては存在することができません。
両者は表裏一体です。
すなわち、「波=海」で「海=波」であるわけですね。

でも、それだけではもうひとつ納得がいきません。
「波はほんとうに海とイコールなの?」という疑問が残るのです。


波1

そこで、さらに波を見つめていると、やがてわたしの脳裏に「波」と「海」が決定的に異なる点が思い浮かんできます。

それは、波は「仮相」で、海は「実体」だという点です。
「実体」というのは「不変の本質的存在」のことです。

波は現実の世界と同様、常に消滅を繰り返して変化します。
つまり、生まれたらすぐに死ぬものであるということを意味しているわけですね。

でも、海が常に消滅を繰り返すことはありません。

波は『無限の海』の表面に生じる『有限の仮相の現象』です。
今よく使われている「バーチャル・リアリティ」ということですね。
つまり、「海という実体」がバックにあるからこそ、「波という仮相の現象」が現れてくるということです。



★色(しき)と空(くう)の関係は、波と海の関係と同じ です。

波即是海 海即是波」の「波を色」、
海を空」ということばに置き換えてみると、
色即是空 空即是色」となります。
色⇔空

★今度は、「色」を目に見えるあらゆる「物質」、
「空」を目に見えない「エネルギーの渦」ということばに置き換えてみましょう。

そうすると、「物質即是エネルギーの渦 エネルギーの渦即是物質」となりますね。
物質⇔エネルギーの渦


「物質」は、形のない不可視の「エネルギーの渦」から生まれ、
「エネルギーの渦」から生まれた「物質」もやがては壊れて、
また形のない不可視の「エネルギーの渦」に戻っていくということです。 

これを「マクロはミクロから生じる」と言い換えてもよいかと思います。

★目に見えるマクロの世界=仮相
★目に見えないミクロの世界=実相



わたしたちの目に見えないものこそが「ほんもの」であり、
「実在する」ということなのです。
      (つづく)




神秘の世界を究明する―「空」の正体 その2 (改訂版)

2010年10月17日 23:00


★ 「空」の正体 その2 ★



先日は、「空の正体」は「不可視のエネルギーの渦」であり、この「空の世界こそがほんもので、実在する」というお話をしました。

この(kuu)ですが、どんなふうに訳されているのかと気になって、Googleの翻訳機能を使って英訳版を読んでみたのです。
なぜなら、海外からの訪問者がけっこうおられて、その多くは英文で読まれていることを知っていたからです。
それで調べてみたのですが、驚愕の事実を発見してしまいました。


★ 海外の方へ 翻訳を読む上での注意 ★
 



前回の記事には、空(kuu)をsky、色(siki)をcolorと訳されていました。

★空(kuu)は、訳すことがむずかしい深遠なことばです。
ですから、訳さず、そのまま「」という漢字を使用するのが、一番問題がないと思います。

★原語はシュンニャ(Sunya)ですが、英語にはそれに相当することばがありません。
英訳では、たいていEmptyとなっています。
Emptyは「からの」とか、「…がない」とか、「虚空、むなしい」という意味ですから、どちらかというとネガティブなイメージがします。
わたしのそれのイメージは、もっとポジティブなものなのです。
今のところ、"Space"がもっともイメージが近いかと思います。(ここで言うSpaceは、空間、宇宙、無限の広がり、という意味)
もし、もっとふさわしい単語があったら、ぜひ教えてください。

驚いたのは、鴨長明(かものちょうめい)の箇所です。
「鴨長明」とは、人名です。
読み方がわからない人のために、読み仮名をつけておいたのですが、
そこには、鴨長明(Niece of the butterfly may be)と記されていました。

何と不可思議な訳だこと! 
欧米の人なら、 "Oh my god!"とか、"Unbelievable! "とか、言うところでしょうか。 
それで急きょ「改訂版」を更新したというしだいです。(苦笑) 

前回読んでしまわれた方は、再度最新の「改訂版」をお読みくださると幸いです。
というわけで、海外の人にはさっぱり意味がわからない文章が、ほかにも多々あると思われます。

わたしは英語は苦手なので、英語で書くわけにはいきません。(ごめんなさい)

深遠なことばを理解すること自体、とてもむずかしいのです。
それを、だれにもわかるように表現することは、さらにむずかしいことです。

一番やっかいなことは、書き手の意図が正しく伝わらないことや、誤解されることです。
全くちがった意味に解釈されることは、危険でもあります。
前途多難ですね。 
よって、翻訳版を読まれる方々は、わけのわからない箇所は飛ばして読まれることをお勧めします。


sea


☆ 海のなかには、何がある? ☆    
   

   神秘を内包した広大な海…。
   地球が青く美しいのは、海が存在しているからですね。
   この海のなかには、いったい何が存在するのでしょう?

海の魚


   大小種々さまざまな魚たち、貝類や海草類など……。
   生き物たちがいっぱいいますね。
   すべてのものは海から生まれたというほど、海は生命力で満ちあふれています。


   この海の水は増えもせず減りもせず(不増不減)、
   きれいなものも汚いものも併(あわ)せ呑みます。(不垢不浄)。
   ただし、人間が海に棄てた不要な物品などは、
   波が運んできて容赦なく浜へ打ち上げてしまいますが…。



あらゆるものが空=無限の空間から生まれている


空=無限の空間も同じです。
あらゆる生命が「海」から生まれているように、あらゆるものが「無限の空間」から生まれているのです。

「空間」の中身は、決して空っぽなのではありません。
すべての生命、物質を生み出す大いなるエネルギーが、いっぱいつまっているのです。

「空間」を「無」、すなわち「実体がないもの=何も無い」、というふうに解釈してしまうと、つじつまが合わなくなってしまいます。

インドの神秘家 OSHOラジニーシは、そのことを適切に語ってくれています。

   
   空(kuu)はほんとうに空(kuu)なのではない
   むしろ、それは〈すべて〉なのだ
   
   それは消極的なものではない
   むしろ、それは積極的なものだ

   あらゆるものはそこから生まれ
   あらゆるものはそこへ還る

   それはいっさいの存在の源であり 基底なのだ

   だから、わたしが空と言うとき
   それはけっしてただの空ではない

   わたしの言う空は 何かの不在ではなく
   空そのものの現存をさす

   そして、いまのあなたならそれが理解できるだろう
   なぜならば、あなた自身がそのなかにおり
   また それがあなたのなかにあるからだ 




   そのなかに生きているにもかかわらず、
   あなたはそれに触れることができない

   けっしてそれなしでいられないにもかかわらず
   あなたはそれを見ることができない

   あなたはそのなかに存在する
   ちょうど魚が海のなかに存在するように
   あなたは空間のなかに、
   シュンニャのなかに存在するのだ   


空と海


★過去記事「宇宙のあらゆるものに『意識』と『意志』が働いている」で、「中性子=意識」、「陽子=意志」であり、物質のすべてが「意識」と「意志」で構成されているというお話をしました。

宇宙の存在物のすべてに分子があり、原子があり、原子核(中性子&陽子)があり、その原子核の周りを電子が回っているのです。
その中性子や陽子や電子は何でできているかというと、「クォーク」と呼ばれるエネルギーです。

クォークとは、ほんとうは宇宙語で〈カウ CAU〉といい、〈オクツトップ OCTSTOP〉という物質が回転運動をして、クォークというエネルギーを生み出し、これが宇宙に充満しているというのです。

その回転半径は非常に小さくて、球体の大きさも極小なので、地球上では測定が不可能なのだそうです。
つまり、ほとんど「無い」という状態のものが、宇宙に充満しているということなのです。(足立郁郎著 『波動の法則』参照)


★宇宙の仕組みは、「物質が回転運動をしてエネルギーを生み、エネルギーが回転運動をして物質になるという繰り返し」で成り立っているわけですね。

このことから、「不可視のエネルギーの渦」が、「すべての物質を創る源」となっているということがわかってきます。
そのエネルギーの渦を「波動」と呼んでもいいでしょう。


波動はすべて、宇宙意識の一部であり、あらゆる自然力、あらゆる物質は波動という形で存在する
と、エドガー・ケイシーも言っています。


★「空の正体」は、創造主の「意識」と「意志」がびっしりとつまっているエネルギーの渦
すなわち「何ものにもなりうる可能性を秘めた回転するエネルギー」ということなのです。
 



空と海


☆「般若心経」の「」について、平安時代に真言密教を説いた僧、弘法大師空海(くうかい))さんは、「水波の不離に似たり」という一言で説明し終わったといわれます。
「水と波の不離」は、前回語った「海と波の不離」と同様の関係ですね。
空海」というお名前にも、そんな深遠なる意味が内包されているのでしょうか。 





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