何が気づきの邪魔をしているのか

2011年12月17日 02:35


★ 読者さんからのメッセージ ★



最近の記事内容に対し、気づきのコメントがたくさん寄せられています。
皆さんの心の琴線に触れ、そこから新しい気づきが生まれているようで、うれしく思っています。
今回はハンドルネーム虎徹さんのお便りを記載させていただきます。



☆ 虎徹さんより ☆

いつもブログを読ませて頂いています。読むたびに新しい気づきや迷っている事について助けになる記事に出会う事を不思議に思うと同時に、いつも感謝しています。
最近は自分の中で葛藤がある事は間違っている気がしていました。イエスやブッダ…「良い人」は、葛藤もなく優しい気持ちで起きてくる事を受入れるのだろうと思い込んでいました。
今回ブログを読んで自分の成長の為には葛藤は必要であり葛藤は悪い事ではないのだと気付かせて頂きました。反逆のスピリットにあるOSHOの言葉を読みながら社会の中で自分に真正で戦い生きる事を願う一方で、戦うという事は容易ではなく余計なカルマを背負うのではないかとも恐れてさえいました。
今日ブログを読んで、先の自分より今この瞬間の自分の生を真正に生きたいと強く思いました。まだ起きてもいない事を考えてるより、物事が起きてから考えれば良いのですよね!OSHOの言葉にある『真正な人間は結果を気にしない。この瞬間の行為だけを考える。「これが私の心を動かすものだ。私はそれをやるつもりだ。」そうしたら何が起ころうと歓迎される』の言葉と共に光の仕事人さまの言葉も大切にしていこうと思います。

慰めか葛藤か…私は葛藤を選びます。戦う事を選びます。特に今は仕事の中で葛藤を感じています。マイナスのカルマは作りたくない気持ちもありますが、ブログを読んで今の自分が後悔しない『真正』な自分であろうと思います。
勇気を頂けました!葛藤という言葉が好きになりました!今までは悶々と悩める葛藤が好きではありませんでした。でもブログを読んで葛藤という言葉はステキな言葉だと思いました!
また、反逆のスピリットの中でOSHOが話す老子のように、森や山に逃げる事なく社会の中で戦い続ける『真正』である自分でいたいと思うばかりです。


☆ 光の仕事人より ☆

☆真正(ほんもの)であること、リアルであること。それらは、思考、感情、行動のすべてが同調している存在の状態から機能することを意味します。
このスペースからは、いかなる理由であれ、自分の内なる真実に対して妥協することはありえません。
あなたはありのままでいて、何であれ、ただ起こってくることを許すだけです。
あなたの身体、マインド、そしてハートが調和し、内なる開花が起こってくるでしょう。
内なる誠実さをもって、その開花を楽しみにしていてください。



金色の光の中の花
    金色の光の中の花  撮影 光の仕事人



★ 準備とは何か? ★



最近、ある若き男性がこんな質問をしてこられました。
「準備」とは、自分を見つめなおす行為そのものなのでしょうか?

準備とは何か?」については、過去記事にも書いておりますが、今日は異なった視点からお答えしたいと思います。

素空慈(ソ・コンジャ)氏が書かれた『悟りの瞬間』という書につぎのような話が載せてあったので、参考のひとつとして、お伝えしておきたいと思います。


昔、法達(ほうたつ)という禅僧がおりました。
法達は六祖慧能の跡を継いで悟りを開いた人です。
彼は七歳で出家し、幼いときすでに法華経をすらすらと暗記しておりました。
彼は法華経三千部を読破し、つっかえる所がありませんでした。
彼の知識は周囲の誰も及ぶ者がありませんでした。

しかし彼は、何かに心満たされないものがありました。
悟りが何であるか、自ら体得することができないでいたからです。
それで彼は、あちこちの立派な禅師たちを訪ねて回りました。

ついに彼は六祖のところにやってきました。
ところが六祖の前に進み出て礼をするのですが、彼の頭が地面に着かなかったのです。

六祖がいさめて言います。
地面に着かない礼をするのなら、礼をしないのと何の違いがあろうか。
お前の心の中にきっと何かが詰まっているに違いない。それはいかなるものか?


法達は答えました。「法華経を読むこと三千部に及びます

慧能は法達のようすを見ました。
法達は聡明ではありましたが、うぬぼれに満ちていました。
それでこう言いました。

お前が地面に着かない礼をするのは、お前の中に何か知っていることが強く根を張っていて、それを放そうとしないからだ。それをわしの前に出してみよ

法達はそれを出して見せました。
私はこんなにたくさんのことを知っています。先生は私が博識なのをよくご存じでしょう

すると六祖が偈をひとつ詠みました。
礼は元来、うぬぼれを捨てんとすること。何ゆえ頭が地面に着かないのか。
『自分』という考えに囚われれば罪が生じ、功名心を自ら捨て去ればその功徳は量り知れない


(「悟りの瞬間」―禅の奥義書「伝灯録」を解くより 抜粋編集)




   青い光の中の花
    青い光の中の花  撮影 光の仕事人



★ 頭を置きなさい ★



素空慈氏は、自分のお弟子さんに対してこう言っておられます。

悟りの道において、皆さんは自らこうべを垂れなければいけません。
深く深く下げなければなりません。
氷から見ると、日差しは恐ろしいかもしれません。氷はさっと自分の身を日差しから遠ざけようとします。
しかし皆さんはその恐れを克服して、前に進み出なければなりません。日差しの前に進み出て、このように誓うのです。「今からあなたの前に自分を投げ出します。こうして頭を下げて、あなたの光によって解(融)けようと思います」


また、素空慈氏はつぎのように語っておられます。

頭が人々を支配しています。
あなたを支配しているのは自分の観念、思考体系、自尊心、自己原則など……すべて頭に属するものです。
それは皆エゴに属するものであり、カルマに属するものです。
そのような頭こそ、あなたは下げなければなりません。

誰でも自尊心を逆なですると怒ります。
自尊心が強ければ強いほど、いかりも一層増大するものです。
これが最初の壁です。
自尊心とはつまるところ、想念のかたまりであり、その想念のかたまりが引っぱっている引力のようなものなのです。

その自尊心という頭を下げる術を知らなければなりません。
それを自ら下げたとき、おのずから現われる感覚……それが神聖さなのです。

氷が自らの冷たさを主張し続けるなら、暖かさを感じることはできません。
氷が自ら融けようとするとき、日差しの下に自らを任せるとき、氷は思う存分暖かさを感じることができます。
だから、我々は礼をするのです。師匠に進み出て、頭を下げるのです。




★ 何が気づきの邪魔をしているのか ★



六祖はさらに言いました。
お前たちは、ただ苦労して途方もなく執着することを勉強だと思っているが、
狐がしっぽばかり大事にして命を落とすのとどこが違うのか


法達が訊きました。
ならば理のみを明らかにし、経を読む必要はないとおっしゃるのですか

六祖は答えました。
経に何の落ち度があってお前の考えの障碍(しょうがい)になるというのか。
ただ迷いと悟りは人にあり、損益はお前によるのみである


六祖は、偈をもうひとつ詠みました。
心が迷えば法華が我を読み、悟りが開かれればわが法華を読む。
長時間読んでも心を明らかにできなければ、理とは永遠に仇同士となる


(「悟りの瞬間」―禅の奥義書「伝灯録」を解くより 抜粋編集させていただきました)



じつは、法達はまだ法華経を読むことができなかったのです。法華経に読まれていたんですね。
心が迷えば法華が我を読み」状態だったのです。

本を読むとき、その本に埋没してしまうと、本がその人を読む。
その人はその本に感動するが、その本に到達することはできない。
法華経を通じて慰めを得ることはできるが、法華経が言うところのその状態に入ることはできない。
たくさん本を読んだところで、数多の経典を読破したからといって、自分の心の状態に進展がなければ、悟りから遠ざかってしまう。
知識をためこんでそれに縛られれば、自分と知識とは仇同士になる。
経には何の落ち度もない。
経を読んで何かを知ったということ、自分の知識を自慢する心、それが邪魔をするだけである。
そのことを、六祖はたしなめたわけですね。

それで法達は、文章として読んで理解し「わかった」と考えている慢心をすべて捨て、慧能の門下に入門したのです。
ようやく頭が地に着いたのですね。
そして、ついに悟りを開きました。
法達はすべてを捨てたのです。それゆえにすべてを得たのです。


ハート
      光のハート  撮影 光の仕事人 


「準備」とは、自分を見つめなおす行為そのものなのでしょうか?

そう質問された学生さん、再度過去記事「アセンションとは内なる自己の大爆発―自己探究の準備とは?」と「存在を信じ、自らゆだねる勇気を持つこと」をお読みになってください。
きっと、伝えていることが同じであることがおわかりになるでしょう。

何か、響くものがあったら、それを実践してください。
そして、法達禅師のように悟りを得てくださいね。


★参考記事  
アセンションとは内なる自己の大爆発    
存在を信じ、自らゆだねる勇気を持つこと



「探求」と「探究」―あなたがしているのはどちら?

2011年12月18日 07:35


☆ 読者さんからのメッセージ ☆



~「思いの制限をひらく」ブログに感謝を込めて~
                  「気づきの教室」の元受講生より

               
 こんにちは。光の仕事人さまにはいつも大変お世話になりありがとうございます。
 私が「気づきの教室」を受講させていただいてから早いもので9ヶ月が過ぎ、今年も残すところわずかとなりました。光の仕事人さまと「思いの制限をひらく」ブログに出会わせていただいた2011年という年は、今までの人生を集大成させる大きな学びの年になったように感じています。ここまで導いてくださり、本当にありがとうございました。
 私にとりまして学びの原点であったこのブログも、今月で一つの区切りをされることを知り、あらためてここで学ばせてもらったことは何だろうと考えているところです。
 私が最初にこのブログの扉を潜ったのは、この世の真実を知りたかったからです。そして、「真の自分」が何であるのかを探求したいと思ったからでした。
 記事をずっと読ませていただき、考える機会を与えていただいたおかげで、真実を探求する大切さを知ったことはもちろん、学ばせてもらったことは他にもたくさんあるように思います。なかでも、私にとって最大の学びとなったのは「素直」であることの大切さを知ったことではなかったかと感じています。
 このブログに出会う前の私は、知識だけを頭に詰め込んで生きてきたものだから、やけに理屈っぽく批判的に物事を見てしまうタイプの人間でした。ですから、何か自分の価値観と反するものに出会うたびそれを受け入れることができず、井の中の蛙的思考の堂々巡りをすることが多かったように思います。
 「気づきの教室」を受講して、まずそんな自分の頑なさに気が付くことがきました。そして、いったん頭に詰め込んできた知識も価値観もすべて投げ捨て、素直な気持ちで人にも物事にも対するようになると、今までは気づけないでいた新たな発見がたくさん見出せるようになりました。まず「素直」に受け取る姿勢になることが、学びの基本であると今になってようやく気がつくようになりました。最近つくづく思うのですが、色々と理屈を並べて批判し、拒絶することは簡単です。だけど、真理と思うところを素直に受け入れて実践していくことでしか、真実の世界は見えてこないのかもしれないですね。
 「自己探求」の道は思うように簡単なものではなく、今でも進路が茨に閉ざされて立ち往生してしまうこともしばしばあります。でも最近は、そんな時こそ新たな自己成長のチャンスを迎えているのだと思えるようになりました。もう一度このブログを訪れ、違う視点でもって記事を読み返せば、また新たに必要だった気づきが見えてくるように感じるのです。統合に向けての成長は、この繰り返しからしか生まれてこないのだと感じるようになりました。
 本当にこれまで貴重なブログ記事を書いてくださり、たくさんの学びの機会を与えてくださってありがとうございました。これからも「思いの制限をひらく」ブログが、真に「自己探求」を望む方々の学びの場となることをお祈りし、筆を置きたいと思います。
 つたない文章を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。


☆このお便りのなかで、彼女はこう言っておられます。

「自己探求」の道は思うように簡単なものではなく、今でも進路が茨に閉ざされて立ち往生してしまうこともしばしばあります。

自己探求の道は思うように簡単なものではなく…
では、「自己探求の道」はなぜ、簡単なものではなく、難しいのでしょうか?


「探求」と「探究」そのちがいは? ★



皆さんは、わたしがいつも「自己探究」と書いているにも関わらず、たいてい「自己探求」と書いてこられますね。その違いについては過去記事でも申し上げておりますが、さほど気に留めておられないように感じます。

探求」とは あるものを得ようとして探し求めること。探し出して手に入れようとすること。
探究」とは 物事の意義・本質などをさぐって見極めようとすること、すなわち真実を探って明らかにすること。
一般的には、このように解釈されています。同じ「探す」という字がついていますが、「探求はただ求める」だけで、「探究は究める」というところがカギです。


OSHOは言っています。

探求とは、遥かかなたを見ること。
かけ離れた所を見ること、彷徨いつづけることにほかならない。
探求とは延期にほかならない。
探求とは明日か明後日起こるだろうということであり、
まさに今の今、それが起こっているということではない。



★「真理を探求する」とか「自己探求の旅」などと言うと、それはものすごく先の先、遠距離にあるような感じがするのですが、あなたはどうでしょうか?
行き先は、見当のつかない遥かかなたです。それには何生も、何千年もかかりそうで、いつ到達できるかどうかもわかりません。

自己を求めてあてもなく彷徨いつづけるなら、それはただの迷走です。
わたしはそんなに時間のかかる作業をススメているのではありません。
わたしの言う「探究」は、「今、ここで、この瞬間に起こり得るワーク」のことを指しています。今まで「こうだ」と思っていたことが、じつは全く違っていたと知った(気づいた)瞬間、くるりと180度回転し得る不思議と驚きに満ちたワークなのです。

未だ自分のまなざしを遠くに向け、未来ばかりを見つめて、何かを探し求めているから、眼の前に茨が立ちふさがるのです。
あなたは今どこにいるのですか?
過去ですか? 未来ですか? 今ここですか?
あなたのすぐ近くにあなたが存在しているのに気づいているでしょうか?
近くにあるものを、遥か遠くに探していたら、あなたは大切なものをとり逃がしてしまいます。


★自己を忘れることは すべてのものに悟らされること



道元禅師は「正法眼蔵」でつぎのように言っています。


仏道を学ぶということは 自己を学ぶということである
自己を学ぶということは 自己を忘れることである
自己を忘れるということは すべてのものに悟らされることである

すべてのものに悟らされるということは
自己と他己との障壁を取り除くことである
悟りのあとかたさえ残さず
あとかたのない悟りを日常の生活の中で
いつまでも行ない現わしていく

人がはじめて法を求めるとき 遥かにそこから離れてしまっている
しかし法が正しく伝授されたならば すぐさま悟った人となる



★借り物の経典(知識)は、人生の危機(現実)にでくわしたときにはまるで役に立ちません。
同じ過ちを繰り返すのは真に気づいていない証拠」です。(過去記事でもお伝えしていますね)気づいていないからこそ、「これでもか、これでもか」と手を変え品を変え、問題を提示してくれているのです。

いくらお経をすらすらと暗唱できても、言葉上だけで理解できていても、法達(ほうたつ)さんのように、どこかしら心が満たされないのなら、何の意味もありません。


★ それは「方法」ではない ★



「いったいどのようにしたら、○○できるのでしょうか?」
「どうやったら気づけるのでしょうか?」
そんなご質問は多く、たいてい気づくための「方法」を訊いてこられます。

「真理」や「気づき」や「悟り」は、経を読んだり、座禅をしたり、何らかの「方法」で会得できるものでしょうか? 
そんな「方法なんかありませんよ」と、はっきり言っておきます。

ゴータマ・ブッダは6年間あらゆる修行をしましたが、修行という方法を実践したから悟れたわけではないのです。
彼は多くの哲学者や宗教家の教えを受け、苦行にも専念しましたが、悟りを得られませんでした。彼はそんな難行苦行は意味がないことに気づいたのです。それで今までの修行法を捨て、沐浴して身を清め、村娘スジャータから乳粥(ちちがゆ)をもらって食し、ピッパラの樹の下で静かに禅定に入って、ようやく悟りを得たのです。

何十年座禅をしようが、瞑想をしようが、悟れない人は悟れないし、外の掃除をしていて、飛んだ石が何かにぶつかった音を聞いただけで悟った人もいます。それは「方法」ではないのです。

「探求」は遥か彼方にあり、「探究」は今ここに存在しています。
あなたの過去や未来の探求は要りません。
今、ここにいるあなたを知ってください。究めてください。
今の自分を知らずして、未来に理想的な自分を求めるのはムダというものです。
それより、今の自分の意識がどこにあるのかをしっかりと見極めてください。

これから(大いなる真理を内包した)海に飛び込もうとするとき、あなたは自分の身にいっぱい服を着せ、できる限りの金銭や宝石をリュックにつめて飛びこむでしょうか?
そんなことをしたら、どんどん海底に沈んでいき、けっして浮かび上がることはできませんね。それはまちがいなく自殺行為です。

あなたが波に乗って泳ごうとするなら、何かを身につけるのではなく、要らないものをどんどん脱いで落としていくことでしょう。
悟りを得た多くの禅僧が語っていることは、みな同じです。
要らないものを捨てなさい」「空っぽになりなさい」これだけです。
水がいっぱい入ったコップは沈みますが、空っぽのコップは浮きあがります。

上昇するなら、まずは頑固でカチカチの氷(個体)から柔軟性のある水(液体)へと変わらなければなりません。そして水から自由自在に動き回れる軽い蒸気(気体)へと変容していくのです。


白隠禅師は適切に伝えてくれています。

衆生本来仏なり
水と氷のごとくにて
水をはなれて氷なく
衆生のほかに仏なし

衆生近きを知らずして
遠く求むるはかなさよ
たとえば水の中にいて
渇を叫ぶがごとくなり



自分が何者であるのかをわかっている人は、何もする必要はありません。
自分の内側に神性、あるいは仏性が、もともと存在していたことを発見したならば、修行する必要なんてありませんね。
そこに未だ気づかない凡夫は、外側にばかり目を向け、探しつづけます。
もともと水の中にいて、たっぷりと満たされているのに、「喉が渇いたよ~」と叫んでいるようなものだと、白隠さんは言っているのです。

大いなる宇宙意識が用意してくれた水の中で、
おおはしゃぎで遊ぶのも良し、
海の上を波のりするのも良し、
深い海の底を探検するのも良しです。
観照しましょう。
人生のドラマを見守りましょう。
ドラマの中にいて溺れず、観照者となって楽しみましょう。



ポインセチア3



ハート
ソマリアの難民は、食べるものもなく、家もなく、
今日も平和な場所を求めて彷徨い歩いているというのに、
わたしたちは寒い冬でも暖かい部屋のなかで、おなかいっぱい食べ物を食べ、
テレビやパソコンを見て暮らしています。

そんな恵まれた生活をしながら、
あれがほしい、これが足らない、
こんな暮らしはもう嫌だと愚痴を言い、不平不満を抱き、
尽きない悩みに翻弄されています。

もうそろそろ気づきましょうよ。
大いなる存在にいつも抱かれているということを。
わたしたちに恐れるものなどは何もないということを。



光の種を蒔きましょう!

2012年02月25日 16:00


読者さんからのメッセージ
          ―「ヴィジョン」を読んで




以前にこのブログの記事で、トム・ブラウン・ジュニア著の「ヴィジョン」をシリーズとして取り上げたことがありました。
その書籍「ヴィジョン」を読まれた東海地方の主婦で、40代の読者さんが先日感想を送ってくださいました。
これまでたくさんの方々から「『ヴィジョン』を購入して読みました」というメールをいただきましたが、このように実際に感想を送ってくださったのは初めてですので、とてもうれしく思いました。
まだお読みになっていない方は、きっと読んでみたくなるのではないでしょうか?
力強く、すてきなメッセージをありがとうございました。



\ピンクの玉


こんにちは
冬らしい気温が続いていますが、お変わりなくお元気でお過ごしですか?

ヴィジョンを読み終わりました。
「ヴィジョン」・・・神聖で、重みがある言葉、なんとしてでも遂行しなければならない使命だと思いました。

実話、厳しい苦行、驚愕な内容。
すごい内容の本でした。

ヴィジョンの達成、自己探究、精神レベルをあげる、地球を救う、自然を感じる、何をとっても近道などないその一言に尽きると思いました。
再三にわたって光の仕事人さんが訴えかけてくださった言葉日々たゆまない努力を常にし続けるそのものですね。
たゆまない努力に加え絶対的な信念を持ち、絶対的に信じることが必要だ。ただ、できると思うだけでは、達成できない

どこを読んでも「思いの制限をひらく」に書いてあったなぁと思いながら読んでいました。

感銘を受けた場面・・・「グランドファザーと釣り人」のグランドファザーの部分
ワクワクした場面・・・「母なる大地はかたる」のトムがシカに鼻をなめられたり、動物と戯れている部分

原発建設の話が載っていてドキッとしました。
原発に限らず、ゴミの廃棄場、この本には登場していませんが、ゴルフ場建設etc・・・
どれだけ自然を壊し、動植物たちを追いやり絶滅させ、 生態系を狂わせ、なんて人間は愚かなのでしょう。
(涙ぐんできました)(思いの制限をひらくでの、熊の話も思い出しました)
土が血を流し・・・
すべてに波動があるのですよね。
土も悲鳴をあげているとは考えに及んでいなかったので、胸に迫るものがありました。

この地球を救わなければ!
地球人すべての共通のヴィジョンを知らない人には伝えなければ!


グッときた言葉、むごいと思った出来事、こんなことが人間?に出来るのかと驚いたテクニック。
エピソードをあげたら切りがありません。

繰り返しになりますが自己の探究に励み絶対的な信念を持ち、日々たゆまない努力を常にし続けるそれこそが地球を救い、守護霊やハイヤーセルフと繋がることが出来、他人からは奇跡に思えることでも実現できる唯一の方法なのだと思いました。


私の住む静岡県富士市の図書館には「ヴィジョン」がなく、愛知県豊田市の図書館から私の元へやって来ました。
豊田市にお住まいで既に「ヴィジョン」を読んだ方々。
「思いの制限をひらく」によって「ヴィジョン」を読んだ方々。
「思いの制限をひらく」の世界中のファンの方々。
自然を愛し、地球を大切に思っていますか?
共通のヴィジョンに向かって、日々過ごしていますか?
みんなどこかの地で、それぞれが実行されていると信じてやみません。


*グランドファザー、トム、リック、そしてこの本を紹介してくださった光の仕事人さんに敬意と感謝を表します。
 


\ピンクの玉
          

★ 「ヴィジョン 」についての過去記事 ★ ↓クリック


教育とは―その4 批判家ではなく、行動家となることを促す

教育とは―その5 今何をしたらよいかわからないあなたへ ヴィジョン・クエストのススメ

教育とは―その6 すべての生き物を尊ぶ教育 



この「ヴィジョン」は表紙にも書かれているごとく、
本物の「スピリットの世界」を探求する人のための外界活動の書』です。

冒頭でトムは言っていますね。

スピリチュアルな世界の偉大な先生というものは、
埃をかぶった本や秘密の寺院に存在するのではない。
自然という創造の殿堂の中に存在し、
ヴィジョンを通して学んでいくものなのだ。

この本は、スピリチュアルな領域への
「手引書」などではない。
私の目的は、読者たちがページの行間を
読み込む作業を促しながら、
彼らを一つの道と導いていくことにある。

自然という、ヴィジョンであり、造物主である、
もっとも偉大な先生についてその姿をはっきりと写し出し、
語りたいと考えている。



\ピンクの玉


まだお読みになっていない皆さんには、ぜひ「ヴィジョンが導く本物のスピリットの世界」を味わっていただきたいと思いますし、お読みになった方には、この静岡にお住まいの読者さんにつづいて、その精神をハートで受け止め、拡大してくだされば幸いに思います。



ハート
2012年は「行動の年」です。

今まで何もしてこなかった人、
何かしたくてうずうずしている人、
地球人類に残したいこと、
自分の子どもや孫たちに残したいことを
どんどん伝えていきましょう。

今がそのときです!
ご一緒に、光の種を蒔きましょう!



たんぽぽの妖精



★ 追記 編集しました ★


カテゴリ
 [★ あなたは消滅することのない「永遠の生命」である]         
 [★ 過去生と転生の記憶]



転生の記憶―誕生までのプロセス Ⅰ
生まれ変わりのコース―誕生までのプロセス Ⅱ
「死ぬ前の意識レベル」が「あの世」の行き先を決める
「成仏」は死ぬ前にしておくもの―この世で悟っておくことが大切
死者に対する意識改革―葬儀のあり方を考える
過去生の記憶―次女のエジプト時代の過去生
過去生の記憶―アンケセナーメンだった次女の分霊
アンケセナーメンの記憶より―ツタンカーメンの死と黒魔術
過去生の記憶―「ツタンカーメンの呪い」は「アンケセナーメンの呪い」だった
過去生の記憶―ツタンカーメンのミイラを作った次女の過去生

(2012年2月28日更新)




映画『シックス・センス』を観て

2012年06月14日 13:00


★ 読者さんからのメッセージ ★



今回は、わたしが過去記事で取り上げていました映画『シックス・センス』を観た方からのご感想を掲載します。



天の妖精

映画『シックス・センス』を観て   
                                東海 43歳 女性



先週、TVで放映されたサスペンス・ホラー映画「シックス・センス」を観ました。
私がなぜ観たかというと「思いの制限をひらく 2010/08/28」の記事に取り上げられていたからです。
取り上げられていなければ、サスペンス・ホラーという分野だけに注目し、興味を示さず私を素通りしたでしょう。

思いを残して死んだら、それをどうにか果たしたいと思い、この世に留まる霊がウヨウヨいるのですね。
空間が満杯にならないのだろうか?と思うくらいに。
マルコムは死んだのに、他の霊が見えないのが意外でした。
コールが「見たいものしか見えないから」と言ったのが印象に残りました。
確かにそうだなぁ。
生きている人間だって同じ。
好意的な人には、その人の欠点があったとしても受け流し(ちゃんと見ない)、非好意的な人の欠点に気づく。
自分の意識を何に焦点をあてるか。
それによって見えるもの、見えないものがある=人の数だけ真実はある
私は霊感とは無縁で幽霊を見たことはありません。
人に「私には見えるのよ」と言って驚かれるなら、妖精・木霊・天使たちが見えるようにチャンネルの周波数をあわせたいです(笑)

マルコムのセリフで「霊は何かを訴えたくて現れる、何をして欲しくて出てくるのか?」とコールに問いかけ
さらに「助けて欲しい、助けてあげればもう現れない」という一場面から、光の仕事人さんや次女の娘さんが霊を浄化される話を思い出しました。

コールがマルコムに「僕を信じてる?僕の秘密を信じているんでしょ?信じてなくてどうやって助けるの?」と純粋な子供の訴えに心が打たれました。
信じるなら本気で信じよう!
自分の言葉に責任を持とう!

映画を観て、人の思い、気持ちを光と色に例えることを思いつきました。
一つ一つの思いに色が付いていて、思いが多くなればなるほど、その都度色が塗り重なる。
重ねれば重ねるほど、塗れば塗るほど色は濃く、そして濁り、やがて真っ黒になる。
光があたれば色は薄く透ける。
光がより強く強力な光があたれば白く、そして透明に見える。(光の三原色に近いイメージ)
そこまで思ったら、これっていわゆるオーラじゃない?!と思いました。
「思いの制限をひらく」に去年出会うまでは、スピリチュアルなことに無縁(無関心)だった私が、自分なりにオーラとはどういうものか、よくわかりました。
思いはシンプルがいい。
ごちゃごちゃ考えていたら、色が汚くなっていく。
浄化の大切さ、執着、ネガティブな思いはどんどん手放したいと思いました。(昔のCMソングで、その日の汚れはその日のう~ち~に♪が浮かびました)

「思いの制限をひらく」を改めて一番最初から読むと、話の展開がなぜそうなっていくのか、この映画や「ゴースト」が紹介されたか、流れがとてもよく理解できました。
すべてが繋がっている、そう、ひしひしと実感しています。
映画にはまったく出てこない内容ですが、私は思いがけずオーラに結びつき、オーラというものに対して自分なりの解釈ができたことに大きな収穫がありました。
ちなみに「ゴースト」はずいぶん昔に観て、一番好きな映画です。
私の中では、切ない恋愛ストリーなのですが、今観たらまた違った印象になるかもしれません。
光の仕事人さん、「シックス・センス」を取り上げてくださり、ありがとうございました。

太字部分の言葉は 光の仕事人さんの言葉です)




6月の花
             6月の花 撮影 光の仕事人



ハート~光の仕事人より~


随分前の過去記事を覚えておられ、この映画に関心を持ってくださって、ありがとうございました。

ひとつの映画で、いろんなことを気づかされますね。
気づきの度合いは人それぞれです。
自分のこれまで生きてきたなかでの疑問とか、苦悩などに照らし合わせながら観ると、自分が今まで抱かなかった新たな考え方が生じてきたりして、ほんとうに面白いなと思います。

この『シックス・センス』は、小児精神科医マルコムの苦悩、少年コールの苦悩、母親に殺された少女の苦悩など、「夫婦間の問題」、「家族間の問題」、また「情緒障害をもつ人の問題」、そして、最終的には回復した「家族間の愛」について、とてもわかりやすく描かれていると思います。

霊が見え、霊におびえていた少年は、霊となって自分の前に現われた少女の話を、勇気を持って聞き、少女の望みを叶えることで、自らも救われ、強くなっていきます。

最終的に、コールと母親が親子の絆を深めたシーンがありましたが、わたしはここのところに深い感動を覚えました。いつも息子のコールの言葉に耳を傾けなかった母親が、しっかりと息子と向き合い、息子の話を聴くことによって、彼らの愛が復活するのです。
コールが自分の秘密を母親に話した車の中での親子の場面は、涙を誘いますね。

そして、マルコムは、なぜ肉体の死を迎えても「あの世」に旅立てなかったのか? 
その理由を考え、知ることで、この映画が真に伝えたかったことが「なるほど!」と納得でき、実感することができるでしょう。

ホラー映画というよりは、深い人間の苦悩と愛を描いた作品だと、わたしは思っています。
2010/08/28の記事『自分の死に気づいていないゴーストのお話』には、多くを書くことはできなかったので、今回わたしの感想も付加しておきました。
まだ観たことがない方は、今のうちにぜひどうぞ。

さて、今回感想をくださった読者さんは、この映画を観て、「人の思い、気持ちを光と色に例えることを思いついた」と書いておられましたね。

一つ一つの思いに色が付いていて、思いが多くなればなるほど、その都度色が塗り重なる。
重ねれば重ねるほど、塗れば塗るほど色は濃く、そして濁り、やがて真っ黒になる。
光があたれば色は薄く透ける。
光がより強く強力な光があたれば白く、そして透明に見える。(光の三原色に近いイメージ)
そこまで思ったら、これっていわゆるオーラじゃない?!と思いました。

思いはシンプルがいい。
ごちゃごちゃ考えていたら、色が汚くなっていく。



その通りです!
とてもすばらしい気づきだと思います。

♪ その日の汚れはその日のう~ち~に

魂の洗濯好きなあなたになってください。
ぜひ、これを実践していきましょう。




鈴蘭の妖精 1
マルコムはこう言っていましたね。

今、眠っているが、

目覚めれば すべて変わる




この映画の最後に言ったマルコムの言葉を、わたしは「真理の言葉」として受け取りました。この深遠な言葉を、深くふかく味わっていただきたいと思います。




ハート 小~追伸~

あなたの光の体験をお寄せください。
読者さんからの光の体験談がとても少ないため、なかなか記事にすることができません。
もし、公開してもよいと思われる内容がありましたら、アンケートフォームのお便りの箇所に書いて送信してください。よろしくお願いします。




マトリックスからの脱出

2012年08月08日 11:00


★ 読者さんからのメッセージ ★



今回は過去記事『許しと癒し―ミッチェル・メイ氏からのメッセージ』に参考文献として記した「癒すこと、癒されること」を読まれた方の感想文を掲載致します。



~「癒すこと、癒されること」を読んで~    43歳  女性  静岡県



2011/02/15の記事に、ステファニー・ハイラー&ミッチェル・メイ著「癒すこと、癒されること」参照とある箇所がありました。
まだその頃の私は「思いの制限をひらく」に出会っていない時期で、リアルタイムに記事を読んでいません。
読んだのはきっと一年前の初夏を迎える頃だったでしょうか。
その当時、光の仕事人さんによる「気づきのコース」のいざないがあり、それに応募したくて過去記事を夢中で読んだときが「癒すこと、癒されること」の初めての接点です。
「気づきのコース」に応募したところ、一回目は送信エラー、二回目は期限当日にギリギリ送信できるかというところでパソコンの調子が悪かったか、入力した内容が何かのミスで消えたかで結局応募出来ずに終わってしまいました。

去年の秋ぐらいにタイトルが気になる過去記事を再度、読み返して行く中で「癒すこと、癒されること」を読んでみたいな、と思いメモをとり図書館で蔵書の検索をかけましたが、何の情報も得らず、自宅のパソコンで調べるも期待する情報はありませんでした。
それから年が明け、半年が過ぎる頃、「癒すこと、癒されること」をまだ読んでいないなぁと思い、得意の図書館(笑)で検索しましたが結果は同じ。パソコンで調べたら今度はオークションに出品された形跡が過去に一件あるのみで(先ほど確認したらまた同じ人から出品中)
「癒すこと、癒されること」は一般に流通している本なのか疑問に思い、去年の私と違うところは光の仕事人さんにこのことについて問い合わせをしたのです。
そしてお返事をいただき、「癒すこと、癒されること」はミッチェル氏のシナジーカンパニーで作られたオーガニック製品を購入した際のプレゼントだそうで、一般に市販されているものではありませんでした。
な、な、な、なんと、その貴重な小冊子を私に譲ってくださるとおっしゃって下さったのです!感謝、感激、ありがとうございます!!
そんな経緯があり、今、私の手元に「癒すこと、癒されること」があります。

小冊子を読んで特に心に感じた箇所を挙げ、それについて私が心で感じたことを書きます。
(太字は小冊子の言葉を引用)
私たちは、いついかなるときも自らを自分自身で癒しているのです。それは一瞬たりとも中断したことなどありません。しかし、それは無意識のレベルにおいてなのです。
自分の気づいていないところで一生懸命に60兆個にもなる身体の細胞は、いつもフル稼働してくれている。
今までも自分の身体に朝晩、感謝の気持ちを捧げていたけれど、すごく感情がこもっていたのは最初の頃だけで、今の私は明日もあると、ひょっとしたら心のどこかでタカをくくっていたのか、感謝の言葉が終わらないうちに夜はいつのまにか眠ってしまうことが多くなっていました。
一期一会の精神を思い出しました。
今晩から、また感情を込めて身体に語りかけよう。

ミッチェルがステファニー(三人の子どもの母であり、妻であり、ライターの職を持っているが、結婚生活はうまく行かず、慢性的な身体の不調に苦しみ、自らの力で自分自身を変えるということが出来ないと思い、何かにすがりたいと求め、ミチェルと出会う)にみぞおちの辺りにヒーリングを施し、身体の中にエネルギーが流れるのを感じ、緊張がほぐれ"内なる空間"というべき「場」がおのずとできていた。
何か特別なことが起こったわけではなく、きらめく経験があったわけでもなく、ただ深いくつろぎの中にいただけ。

この文から、くつろぐって本当に大切なことなのだなぁ、と感じました。
私は今年の3月に「数秘リーディング」を光の仕事人さんにやっていただき、そこから私の軌道数4のエネルギーの言葉と繋がりました。
「今あるがままにくつろぐ」
「本当のことは、おなかのところからやってくる」

上の文の続きでミチェルがヒーリングを続けているとステファニーが一歳半だった頃に戻り、その当時に無視されていた感情がはじけ解放されました。
そしてステファニーがミッチェルに「今、あなたがしてくれたことを、もっと詳しく教えてください」
するとミッチェルが「ただのおまじないですよ」と答えた。

ミッチェルがさらりと「ただのおまじないですよ」の一言にシビレました。 Cool! 
そこからまた「数秘リーディング」軌道数4、「当たり前のことを一番深い質のところへもっていくことができる」に繋がりました。
呼吸は誰しも意識していなくても常にしている。
それをあえて意識的に行い、ゆっくりとした深呼吸にしてみる。
おなかがすいたら食事をする→たくさん咀嚼する、舌がどんなふうに動いているか感じてみる、どこの歯を使って食べているか、口の中の状態は?
眠くなったらあくびをする→どこに力が入っているか感じてみる、顔のどこに皺がよっているのか、どこの筋肉が使われているのか?
当たり前のことを意識的に感じてみる。
それらが「今あるがままにくつろぐ」にも通じていると感じました。

生命エネルギーは"許された空間(スペース)"がないところでは働くことができません。
私たちがこのような「場」に気がつくだけで、「場」は自ずと広がり、エネルギーはそこを流れることができます。

「場」は潜在能力とも言い換えることが出来るのではないでしょうか。
自分を信じる、自分の可能性を信じる。
自分には出来るのだ!
出来ないものはなにもない。
だって自分は完全な存在なのだから。

ミッチェルはロサンゼルスにいた当時、縁のあった人びとにヒーリングを行っていた日々は、とても幸福で、充足した「時」で人間関係に煩わされることもなく、自分が進んでやっていること(ヒーリング)以外に多大な時間を奪われることはなかった、と語る。
その一方で、自分は世界から避難しているだけかもしれない、ということにもこころのどこかで気がついていた。
こうした環境で生きるということが、面倒なことと、関わりを持ちたくないことから、自分自身を「安全な聖域」に隔離しているに過ぎないということが分かり、そしてミッチェルはロサンゼルスを去り、自分自身への「挑戦」に挑んだ。

私は共感を覚えました。
よくある例えで、人(魂)を宝石の原石に置き換えるのと同じこと。
自分を輝かせるのに柔らかい絹の布ですーっと一生かけて磨いても、原石は原石のまま。
挑戦者となって傷ついても恐れることはない!
自分で自分を癒すすべを誰しも例外なく、自分の中に備えているのだから。

ジャック・グレイが「ミッチェル、君は"神の似像(にすがた)"として創られたんだ。足りないものなど何もない。必要なものは全て、すでに君の内にある
なんとも心強い言葉。
この言葉、大好きです!
このことがわかっていたら、怖いものなんて何もない。
くじけそうになったとき、この言葉を思い出して乗り越えようと思います。
なんだって出来ますからね、誰しも。

すべては必要、必然、ベストなタイミングでやって来る。
人との出会いも、出会うべくして出会っている。
ジャック=ミッチェル=ステファニー=光の仕事人さん=私=読者の皆さんetc・・・
横並びに書いていますが、イメージでは丸い環の中にみんながいる。
みんな繋がっている=私はあなた、あなたは私=みんな一緒
生きていれば一瞬「えっ?!」て思う出来事があるでしょうが、ジタバタしないで、そう、「まず受け入れる」
そこから始めればきっと上手くいく。
だって私たちは「足りないものなど何もない。必要なものは全て、すでに君の内にある」のだから。

「癒すこと、癒されること」の内容は「思いの制限をひらく」「光の花束」で余すことなく通じていると思いました。
どこをとってもブログでわかりやすく話題に取り上げてくださっています。
逆をいうとブログを読んで学んでいなかったら「癒すこと、癒されること」をいきなり読んでも、あまり内容がわからなかったと思います。
つまり、その時のレベルでしかわからないということですね。
私の感想は、すでに光の仕事人さんが語ってくれていたことを、今度は自分の感覚で噛みしめたといった感じです。

光の仕事人さん、「癒すこと、癒されること」をブログで取り上げてくださって、そして小冊子を譲ってくださり本当にありがとうございました。


★*゚*☆*゚*★*゚*☆*゚*★ ★*゚*☆*゚*★*゚*☆*゚*★ ★*゚*☆*゚*★*゚*☆



~光の仕事人より~

どういたしまして。
あなたの気づきのお役に立つことができ、大変うれしく思います。

ミッチェル、君は"神の似像(にすがた)"として創られたんだ。足りないものなど何もない。必要なものは全て、すでに君の内にある

あなたの魂に響いたこのジャック・グレイの力強い言葉を、さらに真実を認知した上で深めていっていただければ幸いに思います。

と言いますのは、確かに「人間は神の似姿として創られてはいる」のですが、「神と呼ばれた宇宙人たちは人間の体内のDNA構造をばらばらにし、遺伝子配列を組み換えて、人間が神のようにはなれない状態にしてしまった」という事実も、知っておいてくださいねということです。
神と同じようになってもらっては困るので、いろんな能力を封印してしまったという事実に対する理解をしっかりとした上で、上記の言葉をかみしめてくださいということです。
ジャック・グレイの言葉にまちがいはないのだけれども、単純にそれだけを喜んでいるだけではいけないのではないかということです。意味がおわかりになりましたでしょうか?

神々が行なった人間の遺伝子操作についてはご存じの方々も多いかと思いますが、知らない方々もおられるようなので、少しこの機会にお伝えしておきたいと思います。



     moonstarwindow



★ 人間はプラグを抜かれた不完全な存在 ★



神と呼ばれた宇宙人たちは人間の体内のDNA構造をばらばらにし、遺伝子配列を組み換えて、人間が神のようにはなれないようにしてしまったと、先ほど述べました。
なぜ、彼らがそんな操作をしたかは、おわかりになりますね?

そうです。人間をコントロールできるようにするためです。
元々彼らの手足として働くための奴隷的な存在が必要で、支配しやすくする必要性があったからです。
要するに、人間が神と同じでは困るからですね。

バーバラ・マ―シニアックがチャネリングするプレアデスからの伝言によりますと、原初の人間は「完全なDNAの12重らせん構造をもって充分に機能する種」であったことがわかります。
それなのに、この地球の所有権を主張した異星人たちの操作によって、人の体内からプラグが外され、もはや12本中2本だけしか差しこまれていない状態(これは比喩です)となってしまったのです。
今の人間には、たった2本のDNAの遺伝情報の鎖があるだけです。つまり、人間の頭は休眠状態となっているわけです。

足りないものなど何もない。必要なものは全て、すでに君の内にある」という言葉は、ある意味ではまちがってはいないのですが、いくら必要なものが全てそろっていたとしても、プラグを正しく差しこまなければ、全く使えないのですから、意味がありません。つながっていない10本のプラグからの情報を得ることはできないのです。

もう少し比喩を使って、わかりやすく説明しましょう。
かつての人間の身体は「図書館カード」のようなものだったと考えてください。(プレアデスの存在たちはよくこの譬えを使います)
12本のそれぞれの鎖は「生きた図書館」という情報源へとつながっていました。
生きた図書館=情報センター」は特定のDNAの鎖にデータを供給していて、それが「図書館カード」を獲得した者たちの身体のエネルギーの潜在能力をフルに活性化させていたのです。
必要な情報はすぐに入手できるようになっていたんですね。そのデータの電源が遺伝子操作によって引き抜かれてしまったのですから、人間は「生きた図書館」にアクセスすることができなくなってしまったということです。

まずは、この『地球』という名の惑星の波動周波数をコントロールする連中(下級の神々のこと)が、奴隷として使える種族(人間)を創成したという事実を知っておくことです。
彼らは「何かを受け取るためには働かなければならない」という世界に共通する枠組み(支配の構造)をつくりました。
マトリックス』をつくったのは、原初の人間の体内にあるプラグを抜いた意識の低い神々、すなわち宇宙からやってきて、神として君臨した種族だったということです。

DNA12条が解除されないと、アセンションができない」とか「DNA12条が完全解除されれば、銀河系宇宙人類に仲間入り出来る」とかいう内容を、かつてkagariさんがブログに書いておられましたが、「DNA 12条」というのは上記で述べたことと意味合いは同じです。

多くの人間は2条までしかオープン(解除)していないということなのです。つまり、先ほどお話しした「2本のDNAの遺伝情報の鎖があるだけ」ということです。
個々に調べるとわかることですが、いわゆる一般的な地球人は確かに2条のみとなっています。
2条以上がオープンになっている人も、最近ではけっこう多く知ることとなりましたが、12条がオープンになっているのは、たいていは異星から直にやってきた魂です。そして、12条どころか、もっともっとオープンになっている者もいるのです。

人間のDNAも、今進化しつつあります。つまり宇宙の創造主が発する電磁波エネルギーによって、ばらばらになっていたものが人間の身体のなかで再編成されるということです。今まで眠っていた脳細胞が目覚めるということですね。
ただそれをじっと待っているのではなく、自らもそれを目覚めさせる努力と準備が必要ですよということで、これまでいろんな情報を提供してきたわけです。



月の窓辺紫.


★ 月のマトリックス ★



8月2日は満月だったようで、「きれいな月でしたよ、光の仕事人さんは見られましたか?」というメールを数名の読者さんからいただきました。
確かに空は晴れていたので、きれいだったことと思います。でも、わたしは意識的に月を眺めることはやめました。
ハイアーセルフに尋ねて「月自体の波動がよくないので、どちらかというと見ないほうがよい」という回答があったからです。そのとき、デーヴィッド・アイク氏の『ムーンマトリックス』を思い出しました。地球に近づきつつあるニビルのことも気になっていましたから、「確かに、そうかも」と納得しました。(ニビルのことはまた機会があれば、とりあげたいと思います)

デーヴィッド・アイク著の『ムーンマトリックス』は、日本では全10巻となって出版されています。わたしはすべてを読んだわけではありませんが、目次を見ればおよそのことは察しがつきます。
マトリックスを作る振動・デジタル送信が月から行われている」という内容は、毎回空を仰いで月を愛でている方々にとってはちょっとショッキングかもしれませんね。
彼は『ムーンマトリックス[覚醒篇①]』で、つぎのように語っています。


★マトリックスは、仮想現実の中にある下位領域であり、間違った自己認識に意識を捕獲しておくために創造された振動・デジタル送信である。その送信が月から行われている。

我々が「物質」のみを知覚し、全てを五感のフィルターにかかった状態で見るようになると、我々の振動状態は濃厚な密度になり、マトリックスが振動的な捕獲器になる。逃れようのない金縛り状態だ。

★そこから脱出する方法が、意識を拡大すること、心をひらくことだ。だが、物質に囚われることに加え、我々を眠らせておくために設計者がさまざまな操作を行っていることもあり、心にはしっかりと鍵がかけられたままで、意識から切り離されている。これが際限のない分裂、対立、感情面のトラウマを生み出し、爬虫類人たちがエサにしている低い振動エネルギーを生成している。それは振動の羊小屋のようなものだ。

★月(月のマトリックス)からの信号は、非物質宇宙で放送され、それを我々がホログラムの現実、反応、経験に復号している。人間の肉体コンピューターは、月の信号を受信・解読できるように爬虫類人が遺伝子操作しており、それに対して月は情報を送信している。
我々は、夢の世界のまた夢の世界に住んでいる。仮想現実宇宙の中のマトリックスに住んでいるということだ。
そして、それは月から放送されている。これこそが、爬虫類人たちが、仮想現実ゲームに不正侵入してきた手口だ。


さらに詳細を知りたい人は、デーヴィッド・アイク氏の著作をお読みください。


ハート

今回わたしが皆さんにお伝えしたかったことは、
君は"神の似像(にすがた)"として創られたんだ。足りないものなど何もない。必要なものは全て、すでに君の内にある」というジャック・グレイの言葉を真剣に深く受け止め、すべて自分のなかにある「大いなる宇宙創造主から授かった宝」を見つけ、それを宝の持ち腐れにしてしまわずに、しっかりと活用できるようにしてくださいということです。

月のマトリックスから脱出する方法」は、デーヴィッド・アイク氏の著著にも書かれていますが、『思いの制限をひらく』というこのブログの至る所でも語っておりますし、「抜かれたプラグをつなぐ方法」も、「準備の必要性」ということも、たくさんのキーワードを残して、お伝えしてきております。
もしもお忘れになっているのなら、また再度記事をお読みになってみていただきたいと思うしだいです。 

ばらばらに飛び散った珠玉を拾い集めて再編成し、あなたにふさわしい新たな首飾りを創ってください。
宇宙の根源からもらい受けた宝物を、さらに輝かせるために。




思い出しましょう! 宇宙のママのこと

2012年08月11日 16:00


★ 読者さんからのメッセージ ★



2012年の4月頃でした。
思いの制限をひらく』を読んで、幾度となく続けてアンケートを送ってくださった若い男性がおられました。彼はアンケートのひとつに、つぎのような文面を綴っておられました。

小学3年生のころ理科の授業であさがおを育てました。最初は自分のあさがおだけに水をあげるつもりでしたがじょうろの水が余ったので隣のあさがおも乾いていたのでついでにみずをやりました。一つの花をあげたら全部の花にあげないと不公平な気がして結局全部にあげてしまいました。全ての花に水をあげたあとやりすぎたことに少し後悔しました。それを先生が見ていたらしく後日褒められましたが、僕は正直不本意でした。最初は善意でも後半は自分に義務を課していたとおもうのです。その矛盾に感じながら推し進めることしかできなくなったのを覚えています。いま冷静に思い返しても自分の気持ちが相手に与えるほど足りていないとき自分にモヤモヤとなって帰ってくるんだと気づけました。ありがとうございました


       あさがお
          8月の花  撮影 光の仕事人



人の為に生きる』ということの難しさを、小学生の頃からつよく意識していたであろう彼に対して、共感できるものがありました。
メール交換をしているうちに、「とことん自分と向き合いたいと思うのでリーディングをお願いします」ということになり、彼の「人生の可能性の地図」を見させていただくことになりました。
そして、当時無職だった彼は「気づきのコース」を契機に仕事をしようと思い立ち、実家のある愛知から北海道へと巣立っていかれたのです。そして、そこからお便りが来て、今回のメッセージを掲載させていただく運びとなりました。

北海道へは、学生の頃に行ったきりなので、ドラマ「北の国から」などの壮大で美しい風景の映像を見るたびに、懐かしくて、「また行きたいな~」と思ってしまいます。

彼に対しては、わたしが小学校の教師をしていた頃の「教え子のような感覚」があり、何かとても懐かしさと親しみを感じるのです。ですから、「北の国」からお便りが来たときは、ほんとうに嬉しく思ったものです。
下記は、ごく最近の彼の「心のレポート」です。


ひまわりの平原.
          北海道  ひまわりの平原




    ~北の国からのレポート~     
                        24歳  男性  北海道



僕は数年ほど前に色々な事が重なって人間はもっと『人の為に生きる』べきだと思いました。

確かにその時は僕の中の真理だと感じたのですが、同時に自らを無力だと決めつけてしまっていたと思います。

仕事をするにしても人の為だと自分の中でゴリ押ししていました、自分がムリをしてまで人の為になろうとする意味はあるのか?と気持ちが割り切れず、あの時感じた時は素直に感じていたはずなのに現状を受け入れることができず何度も自分に失望してました。

ただ無力な自分を感じて眺めるだけの毎日になっていて、何かに費やす時間もお金も人の為に生きることも、人間社会の考え方や行程、全てが嫌で、回りくどくて、めんどくさくて、長くて、楽しくない、こんな毎日を死ぬまで続けることを考えると心底ウンザリできました。

今年の始まりにはバイトもやめて1日中どんよりとした気だるい毎日を送っていました。

そんな生活を送っていた今年の3月に『思いの制限をひらく』に出会いました。

それから毎日、1ヶ月くらいかけて全ての文章を読まさせていただきました。

僕もこの地球に当たり前のようにまかり通っている不誠実な現象を変えたくていつも『人の為になる』ことを掲げて始めていたのにいつも権威者や大人のエゴに振り回されているように感じてしまい最後には熱意も冷めて全て投げてしまい、自分を責めるその繰り返しでした。

思いの制限をひらく』を全て読み終えた頃には、人を変えることではなく自分を変えることを最優先に考えて、前に進む意志が芽生え、更に一歩を踏み出すことが出来たことの嬉しさと感情の高ぶりのまま、感謝の気持ちを光の仕事人さんに告げたことを覚えています。
リーディングのお話はそのメールのお返事と共に仕事人さんからお誘いを頂きました。

僕の結果は自分でもすぐに納得出来るような、数字の組み合わせも意図的に組み合わせたような僕の意図としない所で徹底的に何かを突き詰めたい意志を感じました。

子供の頃から誰からも揺らぐことのない絶対的な何かが自分にはあると信じていましたが、自分を無力化してしまい探求することを諦め、それよりも人の為になるべきだという考えが先行してしまい、腑に落ちなくても他人の為に犠牲になろうとすることが美学だと思い自分を疎かにしていたのではないかと一つ感じました。

それは『人の為に生きる』という理解を深めた結果。
自分も人だという根本を忘れていた所から復活して、過去の自分の考えとすんなり折り合いがつき、次にも進もうとする起爆剤にもなりました。


目に見える変化や空を飛べたり、テレパシーで会話はできません。笑
しかし核心的なのは気持ちの変化は、なにより自分の感動することや喜び、楽しみを感じることを優先することにとても否定的だったことに対して今はそれを見つける旅にでてしまったほど肯定的になりました。
今は僕の意志で動いています。
まだまだ途中ですし思うようには全く行かずに苦戦していますが、家族や友人、旅先での色々な人との出会いと支えもあって、此処まで来ることが出来ました。
まだなにもやり遂げてないけど、どんな大きな夢も現実的で小さな一歩から始まるようにああだこうだああでもないこうでもないと独り言を言いながら色々な行動や経験を繋げてみようと思います。
今年は僕にとって『7』の年だと言うこと。
『7』の年に光の仕事人さんや『思いの制限をひらく』に出会ったことも旅先で出会った人、ハプニング、気づいたこと、全て自分の為にあることで自分の為に訴えてくれることなんだと何かと縁を意識してアンテナを張っています。
まだまだ僕は発展途中です、正直まだまだ不安定な事も自覚してはいるつもりです。

しかし皆さんの参考になれればと思い綴らせて頂きました。

僕の現時点では凄いスリリングな根無し草のようで目的はあっても行き当たりばったりでこれといった計画はない状態です。
5月に尾瀬ヶ原で働き自然と共生しながら生活したいと感じながらなんとなく北上してしまいました。
農業としてではなく趣味として家庭菜園で色々な野菜や植物を育てたいと感じながら土地を探すものの、現時点で農家、JA、地主の独占がありなかなか素人が趣味では話にもならないようです。

北海道は広大で自然が豊かだと思います。
反面、農作業目的の土地を余しているのにも関わらず、また新しく山を切り崩して農地拡大やゴミ置き場として作り上げている所が気になります。
不思議なものであの山もこの山もと考えているうちに海も川も空も全て人間の所有物として扱われているのだと改めて感じます。

少し心苦しいお話になりましたが、僕の現時点はお世話になった農家を離れ、本来北海道に来た目的だった山岳のバイトを9月から頂けるかもしれないので腰休めの拠点を探している所です。
本当に休む暇もないくらい忙しかったので徐々に自分のスペースを作っていけたらと思っています。


sea


~光の仕事人より~


独居自炊は僕の夢でもあり目的でもあります。その考えだけは安定して持ち続けていることに感謝です。いままでなにかと後まわしにしてきましたがこれからはそれを考えながら行動を興したいと思います
そんな文章を、メールのどこかに書いておられましたね。

独居自炊」は「自立独立」とイコールです。「自分自身のエネルギーの上に立つ」ということですね。
まさにあなたが今回の人生を通して学んでいくもの、目的を表わしています。お母さんから離れて自活することの大切さを感じて、ようやく巣立っていかれたのだな~と、とても感動しておりました。

真の自己確立ができた人間には、「恐いもの」などは何もありません。
自分が宇宙とつながっていることに気づけば、どんな冒険にでも挑戦することができます。
お母さんの子宮のなかにいたとき、安心して育っていけたのは、しっかりとお母さんの愛という栄養分をもらっていたからです。ところが、子宮から出て、へその緒が切られた途端に、その安心感はなくなってしまいます。

でも、あなたと宇宙とを結ぶ「へその緒」は切れていないのです。
今もなお、あなたとしっかりと繋がっています。
そのことを思い出してください。
あなたのほんとうの母であり、父であるのは、「宇宙の根源の意識エネルギー」なのです。
そのエネルギーに気づいたなら、あなたは「鬼に金棒」となるでしょう。

いつも「宇宙のお母さんとお父さん」が味方です。
あなたが転んで、痛くて、泣いているとき、そのままじっと見守ってくれていることもあるだろうし、ときにはやさしく手を差し伸べてくれることもあるでしょう。
この世界で起こることはひとつ残らず、すべてあなたの魂の進化のために必要なことなのです。
それなら、転んだことも有り難いし、感謝となりますね。(痛い思いは、おおいに必要なことです)
そして、「転んでも、ただでは起きないゾ!」と思って、力強く立ち上がることです。

自分で立ちあがろうとはせずに泣いてばかりいる子や、怖気づいて前に進もうとしない子を、守護霊も助けてはくれません。愛想をつかして、立ち去る守護霊もいるのだということを覚えておいてください。
そして、あなたを力強く鍛え、見守ってくれている守護霊は貴重な存在ですから、常に感謝を怠らないようにしてください。
感謝をすればするほど、恩寵(愛や恵み)は与えられるものなのです。


当たり前のことだけど、地球は生きているうちに様々な感情やシチュエーションを体験できる絶好のアトラクションなのだと1と5のエネルギーを感じています
と書いておられたあなたに、さらなる1と5のエネルギーを体験できるようにエールを送ります。
あなたはまた、こうも書いておられましたね。

物質的な繋がりが欠かせない安定を求める3次の世界でしか味わえない経験するために生きているのかもしれない、自主自立を主とした生活から自由や心のゆとりを保ちつつ社会に対して、もしくは社会の中から3のエネルギーをふんだんに利用して切り拓くイメージが浮かびました。これが頭で理屈づけたのか心で変換したものなのかは正直なところぜんぜん僕には分かりませんが迷いはありません

自分の気持ちが一番大事ですね。僕自身が僕でなかったら僕じゃなくてもいいですもんね。いま北海道にいることは、リーディングを受けた後にすぐに自分を信じて行動を起こした結果です

そうです。その通りですよ!
勇気を持って、立ち向かってください。
あなたのなかの男の子を存分に発揮してください。
光の仕事人は、まるで「宇宙のママ」になったような、
そんな気持ちでいっぱいです。(笑)


ハート
このわたしの思いは、彼に対してだけではなく、
この記事をお読みになった方々に対しても同じです。

一生懸命前を向いて生きている人のことは、
ハイアーセルフや守護の神霊たちがしっかりと見てくれているし、
宇宙の両親には報告されています。
何だって、お見通しなのです。

やったらやっただけのことはあるのです。
きっと期待もしない「ご褒美(ほうび)」が
あなたを待ち受けているでしょう。

ともに笑顔で帰還したいものですね。
宇宙のママが喜ぶようなたくさんのおみやげ話を携えて。




古い制限を突破しましょう!

2012年10月05日 17:00


★ ある読者さんの最終レポートより ★



今回ご紹介する読者さんは、
守護霊に今の私に必要な言葉をくださいと、願い検索し、こちらのブログに辿り着きました!」とアンケートに書いて、「気づきのコース」受付最終日ぎりぎりに応募されたうちのおひとりです。

8月31日にSさんから送られてきた「数秘リーディング希望」の「動機」の箇所に、つぎのような文面がありました。

ポールゴーギャンの言葉のように、
“ 我々は何処から来たのか 我々は何者か、我々は何処に行くのか ?”
いつもこれが気になっていました。胸がつまるような思いです。昔からある、恐れや不安は何処からくるのか。
そしてそれらの答えは宇宙にあり、そこに真理と自分のルーツがあると思っていました。
ですが、こちらのブログで
全ての答えは自分の内側にあるとの内容に、きっとそうだと、深く納得しました。
それから度々、数秘リーディングの案内をみては、中々勇気を持てず応募出来ませんでしたが、これが最後のチャンスと思い応募させていただきます。
今本当に自己探求を深め、自分と向き合い、見つめ直し、古い自分を脱ぎ捨て、前に進みたいと思います。
数秘リーディングで
光の仕事人様のお力をお貸しいただけたら幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



数秘リーディングを契機に「自己探究」をしようという試みは、ブログに辿りついてから1年半後のことだったようです。
彼女の言う通り、守護霊の導きであることは、彼女の守護霊から直に聞いて確認しました。今回のリーディングを希望されたのも守護霊の計らいがあったからでした。
彼女が9月中に気づきの報告を終了する事が出来なかったことを反省し、お詫びをしてこられたことで、レポートを提出することに対して、とても真摯に受け止められていたことを再確認しました。

以下は、Sさんが提出されたレポートの最終段階の総まとめです。
ここには、もっとも重要なことが網羅されているので、彼女の承認を得て掲載させていただきました。


葉っぱの上のカエル


~気づきへのご報告のまとめ~



リーディングをして頂き一番の気づきであったのは、漠然とした不安感や人生への不安、自分への自信の無さが宇宙の意識と繋がっていないという所からきているものだと、理解できた事です。

リーディングの内容から、様々な事柄が私の持っている魂の質の学びに沿ったものであると教えてもらいました。
読めば読むほど、気づいてと言わんばかりの状況が押し寄せてきているのに気がつきました。

自分と宇宙は繋がっている存在だと信頼し、宇宙の意識を信頼しすること。
私は愛されている存在だと人生を信頼し、愛するという事に気づき、実感させてもらいました。
それまで抱えていた不安感は安心感や幸福感へと変わり、ありのままで良いのだと思いました。
それに気づいてからは、私の軌道数2の質である、もっと自分を受け入れて心を開いていきたいという思いが沸き、自分の心に素直にと行動しました。
前へ進む勇気が沸き、行動に移し生活の面では様々な変化が訪れています。
ありがたいです。
表現数の5である質を理解し、好奇心とともに冒険する勇気も自分の中に湧いているのを感じ、旅行の計画なども立てたり舞い込んできたりと、変化を感じておりました。

衝動数9の質は光の仕事人さまへ送らせてもらったレポートへ詳しく返信して頂き、ありがとうございます。
慈悲の質である、他の人に起こっている事を感じるには、自分に起こっている事を感じること。
そして、信頼と手放すこと。人生を自分自身に信頼させることを許す。そして絶えず手放すこと、手放す事の必要性を問われるとありました。
自身には他の人に起こっていることを感じることは出来ているのではと思い、信頼と手放すことへの実践をしていこうと思っておりました。
ですが、勘違いでした。今、詳しく9の質を書いて下さったことに、とても感謝しております。

9月25日にメールでご報告をさせて頂いた時に、自分の心に少しの違和感を感じていたので、メールのご報告に終了と綴る事が出来ませんでした。
それからますます、心が曇るような感じがあり、9月中にご報告をしなくては! と焦る思いでパソコンの前に座るのですが、このような気持ちで何とご報告すれば…と焦りばかりがあり、書く事が出来ませんでした。申し訳ありません。

私は宇宙と繋がっているとの幸福感と安心感を手放したくないあまり、無意識に自分を常に清い感情でいるよう意識し、宇宙と繋がっているという意識を薄れさせないようにしていました。
ネガティブな物と感情を遠ざけ、汚いものを見ないようにし、汚い感情を抑えるようにしていました。
魂は素直に感じる心を求めているのに、私はそれを許していませんでした。
そしてとうとう爆発してしまいました。悔しい、悲しい、怒り、色んな感情が一気に押し寄せてきて癇癪を起こしながら泣いてしまいました。本当につい先日の事です。

最初は、え? これはネガティブ霊の影響じゃ…と思い心を強く持たなきゃ!と祈りなどをしていたのですが、内から内から湧いてくる悔しいという感情は自分に対してでした。自分に対して腹立たしく悔しかったのです。
こんなの私じゃない! という魂の叫びだったと思います。
もっともっと自由に素直に感じるのが本来の私なのに、という魂をもって私のまま感じる、味わう事をしにきたのに!という訴えでした。

やっとのやっとで、自分らしくありのままでいること、感じることの大切さを学んだ気がします。
そして9の質に反して、幸福感を手放さないという執着にも気づかされました。
そして手放す事が出来ないという事は信頼することも出来ていないという事。
そもそも、ロウソクのように火がついたら燃え尽きてしまうような幸福感や安心感では真に繋がっているとはいえないと、気づかされました。

10月1日の記事に載せて下さったOSHOさんの言葉の最後、
「幸福を求めて、イエスあるいは仏陀と共にあることは、ふたたび彼を取り逃がすということだ。あなたの眼は閉ざされている!」
という言葉が、まるで今の私だと胸に突き刺さりました。
遅いですが、光の仕事人さまがいつも、ハイアーセルフと繋がる事の大切さを教えて下さっていたことの重要性に、今になって気づきました。本当にありがとうございます。
わたしに今、最も必要な事は感謝や祈りばかりするのでは無くハイアーセルフと繋がる事だと感じました。
そして真の繋がっているという安心感、幸福感に愛に気づかなければならないと思いました。
もっと深く深く、自分の内側に意識を向け敏感になる事、瞑想などにより早急に実践していきます。

リーディングをして頂いてから身体の変化なども少し感じています。
お肉は以前から頂いていなかったのですが、甘い物は大好きでした。それが買っても余るようになり、食べたい!という衝動がなくなりました。ご飯を沢山食べる事も無くなってきたように思います。
このまま、身体の必要な物だけを摂れるような意識に移行したいです。

リーディングをして頂いてから、今が人生の中で最も意識の変化を感じています。
本当に感謝です。
私の中では大きく物の見方が変わったのですが、爆発が起きなければいけませんね。
爆発が起きるまで自己と向き合います。

ハイアーセルフと繋がる事が出来ていませんが、重要性に気づいた今、真剣に実践していきます。
まだまだ気づきの途中ではありますが、私の数秘リーディングの気づきのご報告を終了とさせて頂きます!
必要な事はブログに書いて下さっています。改めて読ませて頂くと、以前とは違う理解がある記事などがあり、今こそ必要だと気づきました。本当にありがとうございます。 

最後にもう一度お詫びさせて頂きます。
ご報告が大変遅くなってしまい、申し訳ありません。
光の仕事人さまがして下さった思いを、裏切るようなことであったと反省しています。

気づきを得るチャンスと、自分の魂と向き合う機会を与えてくださったこと、何事にも代えられない機会を得たと深く深く感謝しております。

光の仕事人さまに心より愛と感謝を捧げます。本当にありがとうございました。
 



ライン ノスタルジック


 
★ 挫折から突破へ ★
 


リーディングをして頂き一番の気づきであったのは、漠然とした不安感や人生への不安、自分への自信の無さが宇宙の意識と繋がっていないという所からきているものだと、理解できた事です

これは、先ほど紹介したSさんのレポートの冒頭に書かれていた内容ですが、これを理解できたことは、ほんとうにすばらしい収穫であったと思います。

漠然とした不安感や人生への不安、自分への自信の無さ
これらが「宇宙の意識と繋がっていないという所からきているもの
というこの単純明快な理由が理解できない人がほとんどだからです。

Sさんは、このように自分の不安の源についての究極的な答えをズバリ理解し、そして自分の「ポジティブなことだけを考えて、いつも幸福感に満ちているいい子ちゃんでいる」という自分の中のアンバランスな行為に気づかれ、そんな自分であったことに幻滅を感じられたわけですね。
「もう、たくさんだ!」、「こんなの、ほんとうの私なんかじゃない!」と。
そして、「こんな自分とはもうおさらばしたい!」とつよく決心されたのだと思います。

彼女はこう書いておられました。

私は宇宙と繋がっているとの幸福感と安心感を手放したくないあまり、無意識に自分を常に清い感情でいるよう意識し、宇宙と繋がっているという意識を薄れさせないようにしていました。
ネガティブな物と感情を遠ざけ、汚いものを見ないようにし、汚い感情を抑えるようにしていました。
魂は素直に感じる心を求めているのに、私はそれを許していませんでした。
そしてとうとう爆発してしまいました。悔しい、悲しい、怒り、色んな感情が一気に押し寄せてきて癇癪を起こしながら泣いてしまいました。


いつも安心感、幸福感ばかりを味わっていたいために、ネガティブな感情を自分に発生させないようにしていました。嫌な物を見ても嫌という感情を感じたくなくて、善人のような心境でいるべきと、無意識に思っていました」とメールに書いておられたSさん。
彼女のこの状態は、ポジティブ思考に片寄った嘗てのプレアデス人たちを思い起こさせますね。
そして、とうとう「こんなの私じゃない! もっともっと自由に素直に感じるのが本来の私なのだ!」と魂が叫んだんですね。それが、彼女のハートにしっかりと響いたのです。「ほんとうに自分に正直でなかった自分」を発見した瞬間だったわけですね。

おめでとうございます! 

こういう気づきの瞬間が訪れるというのは、彼女の魂が真実を求めていたがゆえです。
求めているものがそのまま与えられる。まさしく宇宙からの贈り物ですね。
感情が爆発して、ほんとうによかったです。彼女は自分の制限を突破したのですから!

そもそも、ロウソクのように火がついたら燃え尽きてしまうような幸福感や安心感では真に繋がっているとはいえないと、気づかされました」と綴っておられた彼女に「その通りです!」とコメントを入れると、つぎのような言葉が返ってきました。
  ありがとうカエル

ありがとうございます。
ハイアーセルフと繋がることの大切さが分かりました。
この事に気づかせてもらって、本当にありがとうございます!!
光の仕事人さまの10月1日の記事により、投げかけて頂けなければ
気づかなかった事です。
今のままではいけない!という事に、自分で思い当たらなければ
実感も危機感も湧かなかったです。今は執着を手放し愛をもって昇華する
ことをしています。心は本当に正直です。
今は自分に対して起きていること、感情はどんな物でも受け入れたいと
いう気持ちでいっぱいです。何か引っかかりがある時は何故なのか
自分に向きあい、不要な物は手放していく。日々実践です。



ということで、彼女は大きな気づきを得て、めでたくレポートを終了されました。
ブレイクスルーできた喜びを、ともに分かち合いたいと思います。

これまでそれぞれ気づきを得られた人たちのレポートを順次載せさせていただきましたが、まだまだ掲載しきれないたくさんの受講者さんたちのレポートがあります。
皆さん個性があって、気づき方も千差万別です。
どの人の気づきが深いとか浅いとかはありません。どれもその人には必要不可欠な貴重な気づきであったと思います。そのレポートが今後も生きて、独り立ちし、さらなる前進をつづけられることを、心から願います。
            
                  飛ぶ鳥
自らの成長と進化に
おおいなる楽しみを見いだした魂に
     祝福あれ!





喜びのエネルギーを表現しよう!

2013年02月14日 16:40


★ 読者さんからのメッセージ ★



以前に『数秘リーディング』をさせていただいた埼玉県のM.Kさん(女性)から、先日うれしいメールが届きました。

彼女は詩を書く人でした。
いつの頃からか、闇に焦点が合ってしまったために、幻聴幻覚が起こり始め、ある種の病気と判断され、過剰になりすぎるドーパミンを抑える薬を飲む生活を余儀なくされているということを、お便りで知りました。

彼女の詩を読んだとき、とても感性が豊かであると同時に、大変意識の高い魂であることを知りました。
しかし、彼女の純粋な魂は、周囲の地球人特有の条件付けや否定的な観念によって、表現したくてもできないような状況に置かれていたのです。
彼女が詩の世界に入り込んでしまうと、この物理次元とのバランスがとれなくなってしまわれるようでした。
それで、ご自分でも詩を書かないように自重されていたために、そのブログには2012年の作品がひとつもなかったのです。

昨年末にいただいたMさんのメールのなかに、つぎのような箇所がありました。

カヴィーシャ様のハイアーセルフ(?)の方より、朝、メールを送ったあと、アドバイスを頂きました!
『見える、聴こえるではなく、感じる、と伝えることからはじめてはいかがですか?』って。
あとは感じたままに人間が好きな、宇宙人とか天使とかっていう言葉を使えばいいんだよって、言われました。

なるほど…と思いました。
存在を感じるって言えばあまり変ではないのかな?
言う機会があればそうしてみたいと思います。
カヴィーシャ様とは深い縁を感じます。
ありがとうございました☆


その言葉はわたしのハイアーセルフからのものだったようですが、彼女はご自分のハイアーセルフや、故郷の星の人からのメッセージも、頻繁に受け取ることができる人でした。わたしとの縁を感じられたのも、故郷が同じ星であったからだと思います。

私は今、自分のやりたいことがわからなくて、自分の未来を決められなくて悩んでいます。あらゆるものに楽しさを見いだせないのです。なりたいこともなく、特別やりたいこともなく…
と、切々として書いておられたので、「もし自分が今生で何をしたいのかを明確に知りたいと思われるなら、数秘リーディングをしてみませんか?」と、おススメしてみたのです。

リーディングによって、彼女が「喜び・表現・創造性」という「3のエネルギー」を軌道数に選んでこられた人であるということ、全体的に創造性を生かし、自分を表現していくことが生涯のチャレンジとなっていることを確認することができました。

3のエネルギー」を生涯体験することを選んで来られた人はけっこういらっしゃるのですが、そういう方々はたいてい子どもの頃から表現すること(特に自分の気持ちを人に表すこと)が苦手だったと思います。彼女も大変つらい思いをしてこられたことが、レポートからもよくわかりました。

わたしは2011年にブログに載せておられたMさんの詩を拝見して、とても好きになり、すっかり気に入ってしまいました。それで、ぜひまた詩を書いてほしいという旨をお伝えしたのです。
彼女は、詩で「喜びを表現したい!」と思い直されたようでした。


そして、その願いが、届けられました。
彼女は、自分の魂からのメッセージを感じ取り、それを詩として伝えてこられたのです。

下記は、先日いただいたメール文です。


ピンクの玉


こんばんは☆
毎日寒い中ですが、いかがお過ごしですか?
こちらは外は寒いですが、日中部屋の中は日が当って穏やかです。

今日、詩ができました!
朝、ちょっと言葉が降りてきて、青空を見ていたら、残しておきたいなと思って、書きたくなりました。
今度はちゃんと意識して書いたら、なんだかもうひとりの自分と共同作成している気分でした(笑)
神聖な自分がいて、エゴの自分がいて、ハートで感じながら、そして頭で情景を考えながら詩を書いてみました。
よかったら見に来て下さいね。

それとガヴィーシャ(カヴィーシャ?)様から頂いたレポートを一部読み返してみました。

陽のエネルギーと陰のエネルギーが一緒になったら、今度は自分の外側に表現したくなってくるのです。
とありましたが・・・、なんとなくわかったような気がしたのです。

陽のエネルギーは、神聖な神のような部分の自分、陰のエネルギーは、人間のエゴの部分の自分、それが一緒に合わさったら、外側に表現したくなってくるのではないのかと。(あくまで今回感じたことの例えなのですが)

なんとなく、感覚として感じたのですが、それが私の二つのエネルギーの魂の本来の目的なのではないのかと。(うまく言えないです。すみません)

どういうふうに自分のエネルギーを使っていくのか…。
使っていきたい方向がわかってきたように思います☆

詩を書きながら、きっと学んでいくのですね。
それ(詩)を止めないで、自分に使わせてあげようと思います。

今日はもらったメッセージから、詩を書くにあたって男性よりにするか、女性よりにするか考えました。
はじめ男性的な言葉になりましたが、女性よりに変更しました。
女性的な感じで詩を伝えていきたいと思いました。
そうやって創造することを楽しみつつ、ぼちぼちですが、書き続けて行こうと思います。

続けられるといいのだけど^^;応援してて下さいね!(後略)


     

       空



          いつでもわたしは風となり

              あなたを・・・

              大地を・・・

          地球をささえていきましょう


        あなたが呼べばわたしはあなたの羽になり
       
        あなたとともにこの世界へ飛び立ちましょう


        あなたは癒し手であることを知って下さい
 
          あなたは力であることを知って下さい

          あなたは愛であることを知って下さい・・・


             あなたは風のように

        動かす創造力があることを知って下さい



            あなたはあなたのために

           生まれたことを知って下さい


              あなたはひとつ



           あなたはただのひとつなのです



(詩の並びが彼女のものとは異なりますので、ご本人のブログのほうをぜひご覧ください)



光


Mさん、詩を披露してくださってありがとうございます。

あなたがまたご自分の魂から発されたメッセージを、詩で表現されたことを、わたしは何よりも嬉しく思います。

詩はとてもやさしいタッチで、女性らしさがあふれています。
まさしくあなたのために降りてきたハイアーセルフからのメッセージですね。

わたしは、「魂の記憶録」にある詩が大好きです。
どの写真もいいですね。

ふたつの水晶のクラスター。
光のなかで、女の子のクリスタル(左)と男の子のクリスタル(右)とが仲良くお話をしていますね。
とてもいい感じです。素敵です。

★「陽のエネルギーと陰のエネルギーが一緒になったら、今度は自分の外側に表現したくなってくるのです」についての解釈は、過去記事「男性エネルギー」と「女性エネルギー」をバランスよく使おう!』をお読みになってください。
きっと陰陽を統合するという意味が明確にお解りになることと思います。

カテゴリ:『男性性と女性性を統合する―天国に入るための条件』もご参照ください。

宇宙からやってきた直観(陰の女性エネルギー)を、実際に表現(陽の男性エネルギー)していくこと。創造していくこと。
これが数秘でいう「3のエネルギー」です。受けっぱなしでは満杯になってしまいますから、どんどん外へ放射していくということですね。


光が舞い降りてきたとき、その光を今のように、素直に、喜びに満ちあふれて表現してください。
もちろん、これからも応援していますよ。


ハート
★読者の皆さんも、よろしければ彼女のブログを訪問してみてください。
彼女の詩を感じてみてください。
きっと心地よい感動が、しずかにハートのなかにひろがっていくのがわかるでしょう。

★Mさんのブログ「魂の記憶録
http://plaza.rakuten.co.jp/taiyounomegumi/
  



<無意識><自我><超自我>あなたの生き方はどれ?

2013年09月09日 00:00


東日本の皆さん、お元気ですか?

東日本大震災からまもなく2年半になりますね。
メルトダウンを起こした東京電力福島第1原発では、放射性汚染水漏れが止まらず、事故収束がいまだに見えない状態です。
昨日は2020年の夏期オリンピックの東京開催が決まったことが報道されていました。
「汚染水問題はコントロール下にある」などと安倍首相が安全性を訴えたのが勝利に導いたようですが、果たして真にコントロール下にあるのかどうか、大変怪しい発言ですね。

先週は台風、秋雨前線、雷に竜巻と、日本列島の各地でさまざまな被害が生じましたが、皆さんのお宅は大丈夫でしたでしょうか? 
今は何が起こっても不思議はないので、毎日を意識的に、一日一日を大切にお過ごしくださいね。


                         飛ぶ鳥
★ 読者さんからのメッセージ ★ 


今回は、アメリカにお住まいの画家さんからのお便りをご紹介いたします。
以前にディズニー映画「ラマになった王様」の観賞を、皆さんにおススメしたことがありましたが、その感想文を届けてくださいました。
ラマになった王様』は2011年12月30日の『風のように去りぬ』に掲載していました。
よろしければ、再度お読みになってみてください。



  秋の収穫


◆ 自己紹介&映画の感想 ◆


                  46歳  女性  M.T  VIRGINIA州 U.S.A


私はアメリカバージニア州に住んで20年、ここで出会ったアメリカ人と結婚し今年16年めになりました。心も体も身の回りも飾り気がなくさっぱりとした田舎生活をしております。
ある日、日本に住んでいる妹から誕生日に赤いバラの花束が届き、とても感動した私の体が(絵に描いてみたら?)と言っているように感じ6年前から絵を描き始めました。絵を描くことはとても自然に自分を表現できる素晴らしい 手段だと感じています。楽しむとともに、彼のサポートに感謝しながら毎日もくもくと家で1人で制作している芸術家です。象徴画を描いています。

カヴィーシャ様のページを読み始めたのはここ何ヶ月か前からで私の体の調子がとても悪くなり、どうにかして治したいといろいろ調べていた時です。とても綺麗に整理され見やすいカテゴリーに文章、とても丁寧で愛に溢れた波動がやわらかくでも凜としていて素敵だと思いました。今の自分に自然な感じで入ってくるので毎日少しずつ読み、いろいろ勉強させて頂いております。自分が憑依体質そしてスポンジ体質であることを知り克服しようと、今自分の<魂の成長>を意識して生活しています。そして<何事も意識して行う>ということを肝に銘じて過ごしているところです。それから愛する地球のために何が貢献できるかを考え(みつけて)少しずつ実践しています。
カヴィーシャ様そして<思いの制限をひらく>に出会えたことを本当に嬉しく存じます。



ライン ノスタルジック


           ~「ラマになった王様」を読んで~



私はよく彼といろんな国の映画やアニメ鑑賞をするのですがこの間<ラマになった王様>のことをカヴィーシャ様の記事を読んで知り、さっそく2人で楽しみました。
ラマになった王様の感想ですが、この映画を見終わった時、王様という一人の人間の成長過程映画だと思いました。

フロイトが人間の精神機能を<エスー無意識領域><自我><超自我>という3つの機能の相互作用と捉えている、というのがあります。
ラマになった王様>は今この現実世界に生きる人間(が他の人と関わって生きていくうえで)にはこの<無意識領域><自我><超自我>の3つのバランスがとても大切だと教えてくれている映画ではないかと思いました。

王様は<無意識領域ー”~したい、~が欲しい”という本能的快感(動物的)欲望、生理的衝動、心のエネルギーの原子炉>そのもので成長し教育されていないまま、生きてきました。
バチャと出会い、いろんな体験をバチャとすることによって < 自我ー無意識領域を現実状況や対人関係に合わせてコントロールする機能>そして<超自我ー良心、善悪判断>などの今まで成長していなかった機能が起動し始めました。最後、一人の人間として必要な精神機能<無意識領域><自我><超自我>すべてが高まり精神的に成長していきます。ここで成長というのは精神分析学で昇華ー原始的本能のエネルギーを異なる方向に向けて、新たな建設的な目的や社会的に容認される行為に転換していく事と呼びます。

この映画で私が気がついたのは、人間の<心>とフロイトの3つの精神機能の関係です。”心が大きい””広い”なんていいますが、その<心>ってこの<エス><自我><超自我>が 起動し精神的成長をすることによってこそ、どんどん成長、そして大きくなっていくよ。ってことなのかなと。。。


★カヴィーシャ: Mさんは、「ラマになった王様」であるクスコの成長を、 精神分析学者フロイトによって提唱された<エスー無意識領域><自我><超自我>という3つの機能に置き換えて書いておられます。
とても当を得た表現で、すばらしい見方であると思いました。
主人公のクスコは【無意識】→【自我(ego)】→【超自我(super ego)】というながれで、わがままな自己奉仕型人間から慈悲深い他者奉仕型人間へと変容していきました。
とてもわかりやすいストーリーでしたね。



ぶどうのライン


そしてもうひとつ<ラマになった王様2>の感想ですが、

周囲からの要求(父)と自分の内なる要求との間で葛藤してきた人間(クロンク)が<自律ー他からの支配、制約を受けずに自分自身で立てた規範に従って行動、その精神を養う>し、<自立ー他からの支配、助力を受けずに存在する>した姿を楽しくコメディーをまぜながらの楽しい映画でした。

私は2つのメッセージに気がつきました。

1-若返り薬のプラシーボ効果ー暗示、思い込みの力で軽くダンスなどしていた老人たちの欲です。
貧欲ー万の物を必要以上に求める心をもつとステキな<幸福、平和、愛、健康>などの波動から離れていくよ、気をつけなさい。ということ。

2-愛を基本に笑顔で何でも楽しんで生きるとどんどん幸せになるよ。ということ。
クロンクが葛藤して生きながらも毎日心やさしく、思いやり深く、愛の心をもって笑顔で過ごしてきたからこそ最後たくさんの人が彼を助けようとレストランに来たのだと思います。和顔施ー人に対して穏やかな顔(笑顔)で優しく接するはそれにより人々の繋がりを強くし、信頼、思いやりが生まれるすばらしいものだということですが、本当にそのとおりだと思いました。

これらが私の今の魂の成長段階で気がついたことです。

この2つの映画はとても面白く家族みんなが一緒に楽しめる教育映画だと思います。子供の道徳心を育てるためにとても良い映画ではないかと思いました。

★カヴィーシャ:  わたしは、イズマの手下で、思考力はやや低めのマッチョなクロンクのことは、とても愛すべき存在だと思っています。彼は「ラマになった王様1」でも、なくてはならないキャラクターでした。彼が登場しなければ、クスコはすぐにおだぶつとなっていたわけですから。(笑)
クロンクは愚か者ではありますが、人間味あふれる素敵な存在でもあります。
まだ観ておられない方は、ぜひご覧いただきたい作品です。



最後まで御読み下さいましてどうもありがとうございました。

カヴィーシャ様をはじめ家族の皆様そして猫ちゃんたちにとって今日も楽しく素晴らしい1日となりますよう心からお祈り申しあげます。


絵画1
         教会に展示されたMさんの作品 左と中央


★カヴィーシャ: ディズニー映画の本場アメリカから感想を届けてくださって、ほんとうにありがとうございました。とても嬉しかったです。
Mさんのホームページを早速拝見いたしました。どちらかというとネガティブな作品が多かったように思いますが、それはそれで何かわけがあって(無意識かもしれません)描いておられるのではないかと思うのです。
ただ、そこでずっとそれに留まっているのではなく、あなた本来のポジティブな質を見いだしていただきたいのです。
それを目覚めさせ、もっと大胆に、もっと生に溢れ、深い愛に溢れ、遊び心を持ち、楽しんで表現していただきたいと思います。

教会に展示されていた作品の多くは、ポジティブな波動を放っていました。
見ているうちに、気持ちが明るくなって、幸せになったり、希望が湧いてきたりする絵を、これからもぜひ描いてください。



絵画2
     教会に展示されたMさんの作品 左と右



★ 快楽か、道徳か、
  あなたはどちらを選んで生きていますか? ★



今回はフロイトが登場しましたので、少しここで、フロイトの精神分析についての補足をさせていただきたいと思います。
フロイトは「なにやらわからない、意識されないけれども、人間に欲求・衝動を起こすもの」が、人間の心の根底にあると考えました。それを【エス】とか【イド】とかいう言葉で呼ぶことにしたのです。
この 【エス(es)】はドイツ語で“it(それ)”の意味で、ラテン語の【イド(id)】も同様です。
実体のはっきりしない、わけのわからないものには「名前」はつけられないので、フロイトはあえて「それ」という名前にしたようです。

以下、そのわけのわからない「それ」については、ラテン語の【イド(id)】を使いたいと思います。

とり1

「心理学基礎用語」の説明によりますと、【イド】は「人の精神エネルギーの源泉」に当たるもので、本能のままに「今すぐあれがしたい」「これがしたい」という欲求を出して満足を求めることを指すようです。
生存するために必要な「生物学的本能」のことです。この基本的な機能は、DNAによって祖先から子孫へと継承されているもので、善悪の判断や時間的な感覚や論理性がないのが特徴です。
リビドー(欲望)という「心のエネルギー」を発電所のように作り出しているのが、【イド】なのです。



自分が気に入らなければ、すぐに従者をお払い箱にしてしまい、相手に被害を与えても何の反省もない若き王様クスコは、「わがまま+いじわる+傲慢+自分勝手」という実に意識レベルが低い幼稚な人間として登場します。
クスコはまったく野蛮で原始的な本能の領域で生きているわけで、【イド】の状態そのままですね。

そして、そのクスコの気まぐれで、相談役をクビにされたイズマは、自分にとって都合が悪い邪魔なクスコを殺して問題解決を図ろうとします。その点で、イズマは【イド】に留まったまま、まったくその後の心の成長ができていない老婆ということになりましょうか。



この【イド】の上に存在していて、理性的に【イド】をコントロールするのが【自我(ego)】
です。
【自我】は本能的な欲求を実際にかたちにしてみたり、その欲求をかなえるために必要な計画を立てるなどといった準備行動をつくり上げます。例えば、「これは嫌いな仕事だけど、今は家族の生活のためにがんばろう。でも、いつかきっと自分の好きな仕事を立ち上げるんだ」と思って、嫌な仕事でも続けていくことなどは、【自我】の働きによるものだと考えられます。


             とり3

3つ目の【超自我(super ego)】とは、常に道徳的、意識的であろうとする部分です。
子どもは親から叱られたり褒められたりすることで、行動の善し悪しを学びます。親や教師などから条件づけられることがほとんどですね。
幼い頃は親の判断基準に従っていますが、成長するにつれて「これは、相手に迷惑がかかるからやってはいけない」という社会規範(道徳・倫理)に準じて、自分で判断ができるようになります。

丸飲みした躾や社会規範が【超自我】をつくるということで、この意識を【超自我】と呼んでいるようです。
「神の定めた掟に従って生きることが良い生き方だ」といった宗教的な戒律や、法律や規則、慣習や常識などの制約がそれです。【超自我】はそれらの「道徳原則」に従って活動するものだというのが、フロイトの説なのです。

【超自我】は【自我】の意識よりも強く、【イド】を律する働きをするといわれています。
【自我】は『~したい』『~が欲しい』という衝動的な【イド】と、『~してはいけない』『~すべし』の倫理的な【超自我】のあいだに立つ調停役で、精神構造全体のバランスを取る中心的機能だというのです。
『~すべき』『~ねばならない』と強く思い込みがちな人は、【自我】あるいは【超自我】が強く働いている人であるということになりましょうか。

 
イド】は「本能」そのものです。生まれたときから持っている自分自身のものです。
けれども【超自我】は、おとなになるまでに心の中に取り込まれ、植えつけられた外界からの「道徳」なので、元来、自分自身のものではありません。
それはまちがいなく「抑制・抑圧された自己」なのです。



とり4

抑圧は苦しみを生み出します。
わたしたちは元々『~したい』『~が欲しい』『~になりたい』といった本能的な欲望を充足させる事を目的にして生きている生命体です。
【イド】は人間のあらゆる意欲の基となるエネルギー源であるわけですから、全面的にそれを抑制・抑圧するのはまちがっています。それを全面的に否定されたら、死ぬよりほかはありませんね。

しかし、この世界では、本能的な自分を「抑制・抑圧」している人がたくさん存在しています。さまざまな宗教は戒律を守ることを強制します。
信仰者は『~してはならない』『~しなければならない』という観念にがんじがらめになっているため、本来の自由な生を生きることができません。
このように超自我】は「社会に適合した生き方をする自己なのです。

「あんなに良い子だったのに、どうしてあんな犯罪をしたの?」と言うケースが多々ありますね。
その子が外面的に社会にうまく適合したかのように振る舞っていたために、傍目には「よい子」に見えていただけのことなのです。そんな「よい子」の内側では、抑圧されたリビドーの強烈なエネルギーが「無意識」という闇のなかに溜まりにたまっていたはずです。それでついに爆発し、とんでもない犯罪を犯したというわけなのです。
ですから、フロイトが言う【超自我】は、あまり歓迎するような内容ではないのです。



花と蝶


★ どちらに偏ることなく、真中で生きること ★



あなたは、いつも何を基準にして行動していますか?
【イド】と呼ばれる「本能・快楽」でしょうか?
【超自我】と呼ばれる「道徳」でしょうか?


本能と快楽だけを追いかけていると、「ラマになった王様クスコ」のように人々に嫌われ、ついには王国(社会)からはじき出されることとなります。
あるいは、道徳ばかりを追いかけて、自分を厳しく律し、善業ばかりに目を向けていると、やがて苦しくなって、自由と解放を求めるようになります。

世間の人たちは【超自我】に芽生えているとはとても言えませんね。
もし「道徳」や「倫理」や「交通ルール」などの規則をしっかりと守るような人々ばかりであるなら、人殺しも犯罪もなく、交通事故も少なく、真に平和な世界ができあがっているでしょうから。
今の世界の有様を見ていたら、大きな深いため息が出るばかりです。なんとかならないものでしょうか?

この世界は、「本能・快楽で生きている人」と、そんな人たちのせいで「規則に縛られながら苦痛を感じて生きている人」の領域なのです。
しかし、「自分自身」が中心軸にいると、【イド】や【超自我】を上手にコントロールして生きていくことができます。「生の欲求」に従いながらも、健全な「リビドー」を生きることができるのです。
これは「中道を行く」と言葉で表すことができると思います。


とり2

中道」というのは、どちらにも囚われない、偏らない立場のことを言いますね。
自分だけのことを考えず、相手(他者)のことも考えることが大切だということです。
自分が幸福になりたいのであれば、自分の利益は客観的に判断することが必要です。
自分の主観で考えていても、それが実現するとはかぎらないからです。

ラマになった王様」では、クスコが他人の土地を勝手に取り上げてクスコリゾートをつくろうとしたとき、「それはゆるさない!」と主張して頑固に立ちはだかるパチャという存在が出てきて、なかなか実現ができないという問題が起っていました。
クスコが主観的に判断すること自体がまちがっているからですね。
やみくもに自分の利益を追求しようとしても、自分だけの利益を目指しているあいだは、実現はできませんよということなのです。

自分のためにもなり、他者のためにもなることを目指すこと。
それを「ラマになった王様」は教えてくれていたのではないかと思います。





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