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見える世界と見えない世界のギャップを垣間見る

2012年04月28日 00:35


★ 父の葬儀から見えてきたこと ★



今週は、わたしの父の告別式のため、実家のある京都のほうへ行っておりました。
もし何か読者の皆さまの参考になることがあればと思い、
そこで、感じたこと、知ったことを、お話ししたいと思います。


華



このブログを以前から読まれている方々は、父が脳腫瘍で入院し、手術をして絶好調で帰宅したという記事を覚えていらっしゃるかと思います。
(2011年9月の記事「未来は決定していない―未来は変えられる!」参照)

記事に書いていましたように、父がこの病気によって亡くなることを前もって知っておりましたので、手術をしても少し延命するだけで、さほど意味がないと考えておりました。しかし、父にはまだまだこの世界に生きていたいという願いが非常に強くあったので、あくまでも手術をしたいという父の希望を尊重し、手術をすることに同意したのです。

腫瘍はすべて摘出され、術後の経過は大変よかったのですが、予想通り1ヶ月後に再発して、また入院することになりました。
本人は頭を切り開いているので、腫瘍は完治したものと思いこんでおり、以前のような生活がまたできると思っていたようですが、それが適うことはありませんでした。
腫瘍でも癌でも、あらゆる病気が再発するということは、それを生じさせる状態が身体全体にあるということで、幾度取り除いても、また生じてくるのです。
根幹の部分が変わらなければ、枝葉の部分は変わりようがないということです。

父が誤解したままだったのは、医師をはじめ、主に父を世話していた長男が、本人にきちんと本当のことを言わなかったからだと思います。
わたしは父がこの世で生き長らえることばかりを考えるよりも、自分の死への準備(主に自己の人生の浄化)をするように幾度となく促してきたのですが、本人がそれを意識して実行することはなかったように思います。(できていないことは明白です)


納得がいかない限りあの世へ旅立つことはできない



通夜の際に棺に入れられた父の顔を見たのですが、まだ生々しく、意識がまだ肉体から出ていないことがわかりました。祭壇に自分の写真が飾られて、僧侶の読経が行なわれても、本人はまだ死んだことに気づいていませんでした。
昏睡状態で亡くなった場合、本人の意識が「今ここ」にないわけですから、本人はまだ眠っているのだとカン違いするのです。シルバーコードは切れているのですが、本人の意識が納得していないので、肉体から幽体部分が離れないわけです。

それで、わたしは「お父さん、あなたはもう死んだのですよ」と繰り返し伝え、このまま肉体から離れないと、明日火葬されるときにパニック状態になるから、早く出るようにと何度も説得しました。それで、ようやく肉体から離れてくれたのです。
(親族の皆さんが別室で食事をし、談話している間に、わたしはひとりでそういうことをしていたのです)

父は自分の死に対して、全然納得がいっていませんでした。どうして、こんなことになったのか、さっぱりわからなかったのです。そして、そのことに怒りさえ感じていました。
父が納得していないこと、怒りがあることは、波動センサー(ペンジュラム)でも確認したのですが、父が亡くなる数日前に長女が「おじいちゃんが怒っている夢を見た」と言っていたことと、次女は次女で「おじいちゃんには怒りがある。自分が死んだことに納得していない」と言っていたので、まちがいないと確信しました。

父の最初の怒りはまだ漠然としたものでしたが、しだいにそれがフォーカスされて、明確になっていきました。

肉体を脱いだ意識は、周りの人たちがどんな思いでそれをしゃべっているのか、本心が丸見えなので、何もかもわかってしまいます。(但し、個人差があり、わからない人もいます)
ですから、そういう体験は、父のためにはとても学びになるのではないかと思いました。
なぜなら、生前の父は世間体や体裁を重んじ、表面的な言動だけで人を判断し、相手の真意などはあまり考えない人であったからです。要するに、表面的な善に非常に騙されやすい人だったということです。そういう人が相手の本当の気持ちを知ったりすると、まちがいなく愕然とするのです。

故人を偲ぶ僧侶の話のいい加減さも、父は初めて知ったのではないかと思います。
坊さんの読経に何の功徳もないことや、坊さんの話がいかに上っ面な内容であるかをわかってもらうよい機会だったと、わたしは思っています。

火葬場でお別れをした際、わたしの長女と次女は、おぼろに父の姿が見えたとわたしに語りました。
父は皆の後ろで、自分の肉体が焼かれる様子を見ていたのです。
焼いた骨を骨壷に入れるとき、係の人は骨に対して何度も合掌をするよう指示をされていましたが、意識が抜けたあとの肉体や骨はただの物質ですから、拝む意味などないのです。そんな基本的なことも、多くの人は知らないのです。


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4年前にわたしの実母が亡くなった際、母の意識はすぐにわたしの元へ飛んできました。
「今息を引き取ったと病院から連絡があったから、これから行く」という父の連絡を受けたとき、母はすでにわたしのところにやってきていたのです。
それで波動を高め、上昇する祈りをして、光の世界へと母を送ることができました。

母は生前認知症で、この世の物質的なものに執着のつよい人でした。毎回わたしのところに母の意識が飛んでくるたび、物質的な執着を断ち、あの世へと旅立つ意識を持つよう話をしてきたのですが、その準備ができるまでには随分長い年月がかかりました。
しかし、母が肉体の死を迎えた日、母はわたしの祈りとともに上昇し、死者の癒しの場とされる「アルクトゥルス」へと旅立っていきました。
ですから、通夜の場や葬儀場などに、母はいなかったのです。
そのことは、超感覚知覚力がある長女や次女も同様に感じていて、「おばあちゃんはもうどこにもいないね。まったく気配がない」と語っていたことからも明白です。

巷の葬儀のプログラムとして、たいてい火葬場から戻ったあと、初七日という法事をして、そのあと食事をすることになっているようです。まだ七日経ってもいないのに、また皆に集まってもらうのが面倒くさいので、ついでに法事をしてしまおうという「生きている者本意の行事」です。
母は通夜以前にすでに別次元に旅立っているわけですから、わたしたち家族はその法事には参加せずに帰りました。
「世間体」とか、「~せねばならない」「~すべき」という「思いの制限」にがんじがらめになっている人たちからすれば、甚だ非道に思えたことでしょう。
しかし、それは本当のことを知らないことによる勝手な思い込みなのですから、全然気にはなりませんでした。
意外にも、父はその辺のことを理解してくれていたようで、とても有り難かったですが。


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しかし、今回の父の死には問題が残りました。
母の場合とは違い、肉体にしがみついて離れない状態で、死んだことに全く納得していないわけですから、通夜のときも、告別式のときも、繰り返し繰り返し、説得しなければならず、最後の最後までわたしたち家族が居残ることになりました。
それでも本人は納得ができないようなので、しばらくは父が生前住んでいた家に留まって、普段のような生活をすることになるだろうと感じました。
まあ、納得がいくまでこの世に留まるのもよいのではないかと思い、父に対しては、母のときのような対応はまだしておりません。
本人が心から浄化をしてほしいと言って来れば喜んで浄化しますが、本人がそれを望まず、頼まない限りは、するつもりはありません。すべて本人の自由選択ですから。

僧侶は「大往生を遂げられた」などと相変わらず自分勝手な希望的観測を並べ立てておりましたが、本当はそれどころではなかったということです。

幽体となって自宅に戻った父の怒りは、さらに強くなっていったようです。
父の家にしばらく滞在して家の中を整理することにしていた長男の家族に対して、父は「早く帰ってほしい」と思っているようでした。自分の部屋を勝手に触られたくはないし、父は今まで通り愛犬と静かに暮したいのです。

父の怒りのひとつに「遺影写真」がありました。
実は、父が「自分の葬式にはこれを飾ってほしい」と皆に言っていた写真があったのです。愛犬と一緒に撮ったもので、父はその写真を大きく引き伸ばして額に入れ、いつも見えるところに掛けていたのです。
ところが、葬儀場で見た遺影写真は全く別の写真でした。(写真の父はにこやかに笑ってはいましたが)
「なぜ?」という思いはわたしだけでなく、長女も同様でした。

故人の生前の意思や意向が尊重されないということは、その人の人権が無視されたのと同じことです。
父の怒る気持ちは非常にわかる気がしました。
そこで、「そんなに嫌なら、みんなの前に自ら姿を現して、自分の気持ちを伝えたらどうか?」と提案してみたのです。父のメッセージをわたしから彼らに伝えたとしても、死者の霊を信じない人たちはただ感情を害するばかりで、聞く耳を持たないことは端からわかっていたからです。

ハート 小
過去記事で「ゴースト ニューヨークの幻」という映画の内容を書いたことがありましたね。
そこで説明したように、まだ肉体を脱いだばかりの霊は、どうしたら相手に自分の想いを知らせることができるのかがわからないのです。たとえ叫んでみても、相手には何も聞こえないのです。
だから、意識してさまざまな練習をする必要があるわけですね。

その提案に父は乗ったようですが、翌日になって、やはり不可能であると言ってきました。
相手に感知能力がない限り、全く伝わらないことがわかったようなのです。
結局のところ、わかる人(感知できる人)だけしかわからないということなのです。

しかし、実際に位牌を動かしてみたり、倒してみたりすることは訓練すればできるはずで、そういう現象を起こして自分の存在や気持ちを知らせていくしかないように思うのです。
ほんとうに伝えたいのであれば、なんだってできるはずなのです。
肉体を脱いだ後も、やはり学びです。学ぶための実験は、まだまだ続いていくのです。

★今回、父の葬儀に参加して、「目に見える世界」と「見えない世界」で起こっていることのギャップの大きさを再確認することができました。
見えない世界を感知できない人の誤解や思い込みは甚だしく、あまりにも実態がわかっていないのだということを改めて認識したしだいです。


ブルコーニュ -



★ 父への想い ★



父と書いてはおりますが、実は血のつながりが全くない養父です。
実父でないことを母に確かめたときは、もう20歳になっていましたが、幼い頃からそのことは感じとっていて、真の父親でないことは知っていたのです。
父との関係がはっきりしたからこそ、育ててもらったことに対する感謝の気持ちが生まれたのだと思っています。

今から数年前に三重県の伊勢神宮に参拝した折、京都に立ち寄り、珍しく実家に泊めてもらったことがあったのです。母が亡くなって以来、初めてのことでした。
実家に着いた夕刻には、もう部屋には布団が敷いてあり、部屋も布団も温めてありました。とても寒い日でしたので、何と気が利く人だろうと驚き、その心遣いをとても有り難く思ったものです。
父は母が長い間認知症だったこともあり、食事を作るのは得意になっていました。母の死後も独り暮らしで、ずっと自炊をしていたのです。父が作ってくれた夕飯はけっこうおいしかったのを覚えています。

翌日京都では珍しく一日中雪が降り、お土産に買ってきた赤福餅を食べ、お茶を飲みながら、どこにも行かずに一日中父と話をしました。そのときに、初めて詳細に「霊の話」をしたのです。
父は以外にもその話を真剣に受け止めてくれました。そういうことを素直に信じる人だったので、とてもうれしく思ったものです。
たったニ日間だけでしたが、父と親交を深めた貴重な時間でした。幼い頃からの父への確執はすべて消え失せ、その思い出だけが今も懐かしさを帯びて心に残っているのです。

血のつながりはなくても、霊的なつながりがあったからこそ、親子の関係になったのです。
顔も知らない実父は、わたしが誕生する際に肉体を提供してくれた人というだけで、霊的なつながりはありません。ですから、会いたいと思ったこともないのです。

子ども時代にほんとうの父的な役割を果たしてくれた存在は、母方の祖父でした。
祖父は、若い頃に華道の教授をしていた人で、茶道にも長け、趣味の謡曲をよく謡って聞かせてくれました。
わたしが華道や茶道や謡曲に興味をもち、自らその稽古に勤しむきっかけを与えてくれたのは祖父であり、禅の思想に関心をもつことに大きな貢献をしてくれたのも祖父でした。

幼いわたしをよく動物園に連れて行ってくれたのも祖父でした。
「野生の王国」というテレビ番組を、いつも祖父とふたりで見ていたのを思い出します。
わたしと祖父は趣味や趣向がとても似通っていたのです。
祖父のもっていた宝物を、わたしがすべて受け継いだような気がします。
ですから、真の父親は祖父だと、今も思っているのです。
その祖父は、遠の昔にこの世を去り、わたしを可愛がってくれた祖母も母もこの世を去りました。
そして、「わしは死なん」とよく言っていた養父も、とうとう肉体から離れざるを得なくなりました。


     アネモネ

        
だれにも必ず訪れるもの。それが肉体の死です。
早い遅いはあっても、まちがいなくそれは訪れるのです。
ですから、その準備をしっかりとしておくことが大切です。
一期一会と思い、悔いがないように、毎日を生きるのです。
老人であっても、子どもであっても。

伝えておきたいことは、必ず書き遺しておくこと。
そして、書き遺された故人の意思は尊重することです。



    ~父へ~


赤子の頃から我が娘として接していただいたこと、
心から感謝します。
誠にありがとうございました。

あなたからいただいた霧島つつじが
今たくさんのつぼみをつけ、
真っ赤な可憐な花を咲かせ始めています。


霧島つつじ
父からもらった霧島つつじ 2012年4月27日撮影 光の仕事人


もし、まだわたしの家を覚えていて
移動することが可能ならば
今すぐ飛んで見に来てください。

不自由だった肉体を脱いで
自由の身になったのですから、
意志さえあれば可能です。

可能性は無限にひろがっています。
それに気づいてください。

そして、あなたのなかの執着や怒りが消え、
この世界に別れを告げたくなったら、
またわたしにメッセージをください。

あなたが光の世界へと旅立たれる際に
今度こそ、真の意味での
お見送りをしたいと思います。

わたしがあなたに望むこと。
それは、世俗を忘れること、肉体を忘れること、
自分が神の分身であることを悟ること、
そして、あなたが霊であるということに気づくことです。

今回の死は、だれのせいでもない
自分が播いた種の結果なのです。

怒りを鎮め、神の大いなるはからいを信じて、
すべてを神に委ねてください。

現世などでは及びもつかない深い平和で
あなたが満たされますよう祈ります。

合掌



映画「アバター」からのメッセージ 

2012年05月05日 13:20


★ 映画「アバター」からのメッセージ ★



皆さんは、2009年に公開されたジェームズ・キャメロン監督の3D映像によって有名となったアメリカ映画「アバター」をご存じのことと思います。
わたしはこの映画が気になって、この連休にDVDを再度観賞しました。
3D映像では見たことがありませんから、その臨場感は味わえませんでしたが、わたしが感じたかったのは3D映像ではなく、そこに描かれ、うったえようとしているその作品の目的でした。

先月にこの映画を見た読者さんから、つぎのような感想をいただいておりましたので、遅ればせながら紹介させていただきたいと思います。


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~読者さんからの感想~


昨日は家事をそこそこにし、2月にTVで放映された映画「アバター」を録画したままになっていたので見ることにしました。
日頃、TVを何時間も見て過ごすなんて時間がもったいないと思うのですが、どんな内容の映画か知らなかったけれどなんとなく気になって録画していました。
見てギョっとしました。
本の「ヴィジョン」に描かれているシーンの再現か?!と思いました。
ブルドーザーが森を破壊するシーン、先住民が追いやられるシーン。
ジェームズ・キャメロン監督が「ヴィジョン」を読んだのか、それとも世の現実を知っているのか、と思いました。
映画を見ている最中「ヴィジョン」の様々なシーンや冒頭のメッセージが頭に浮かんでいました。
なんて人間は愚かなのだろうか・・・
相当ヒットしたであろうこの映画、人間の愚かさにどれだけの観客、視聴者が気づき、その後、自然を大切に、動植物を慈しむ心を育んだか?
映画について見終わってから調べたら、がっくしです。
3D映画として脚光をあびたのですね。
幸いに?我が家は普通のTVなので3Dとしての映像に気をとられることなく見られました。
まったく環境問題、人間の傍若無人ぶりに、焦点があたり論評された様子はなさそうです。
映画を作った監督やスタッフ、出演者は環境問題に目覚めたのかしら?

光の仕事人さんによって私は「ヴィジョン」を知ることになったのですが、どういうわけか私は、すっかりはまっているというか、縁があるというか、ことあるごとに、「ヴィジョン」の内容と私の実生活と結びつくというか、思い出します。
今も蘇ります。
グランドファザーが水を飲む、美しい光景。
自然に対する尊敬、そして水の存在に感謝し、水を作った神に感謝し、水を飲むということに全意識を集中し、 その中(自分)から溢れ出る思いによって
美しい所作が生まれ、ありがたく水をいただく。
なんだか私もトムとともに、その光景を見ていた気分になってきました。
(うふふ、とても今、暖かい気持ちで満たされています)


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この読者さんは、以前に「ヴィジョン」の感想をくださった方なのですが、「アバター」を観て、「ヴィジョン」を思い出してくださったことを、本当にうれしく思いました。
ただ「まったく環境問題、人間の傍若無人ぶりに、焦点があたり論評された様子はなさそうです。映画を作った監督やスタッフ、出演者は環境問題に目覚めたのかしら?」とありましたが、それは大きな誤解ではないかと思います。

ジェームズ・キャメロン監督は、あるインタビューで「人類の歴史は侵略の歴史でもある。植民地時代では、列強が北米や南米を侵略していた。“現地人から欲しいものを勝手に取る”というのが侵略。映画では、侵略される側はどういう気持ちになるかという“被害を受ける人”の側から描いている」と語っています。

襲われた側がどういう気持ちになるかを自問させたいんです。この今の地球を見なさい、政治家たちがやっていることを見なさい、目を開きなさい、ということをこの映画は明確なメッセージとして教えてくれています」と。
(「驚愕映像『アバター』あの“重要シーン”の裏側を読む」より一部抜粋)

上記のような気持ちがキャメロン監督にあったからこそ、豊かな大自然のなかに未知なる動植物が生息し、背丈が3メートルほどもある青い皮膚をした知的生命体ナヴィが住む「パンドラ」という惑星に、地球からやって来た軍隊が容赦なく踏み込んでいく、という構想になったのではないでしょうか?

Amazon.co.jp: アバター エクステンデッド・エディション」 に下記のような項目がありましたので、記載しておきますので参考になさってください。 
  ↓
■パンドラからのメッセージ

ジェームズ・キャメロン監督が映画の公開後、ブラジルで水力発電のダム工事計画に反対するメッセージを伝える映像。高校生の時、油まみれの鳥を見てから、環境問題に関心を持ったキャメロン監督は、授業で「絶滅症候群」という戯曲まで書いたことを語る。ブラジルのマナウスで行われた環境保全会議で講演する様子や、現地を訪問し、部族の人々と交流する様子まで収められている。
環境破壊に反対するキャメロン監督からの強いメッセージを受け止めてほしい。


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この映画は「地球の環境問題」を元に制作されているわけですが、今カナダで、オイルサンド採掘による環境破壊、現地の人々の健康と暮らしへの悪影響、先住民族の権利侵害が問題となっていることとも大いに関係がありそうです。

「資源採掘が引き起こす環境破壊」と「住民の強制移住の問題」などは、そのまま現実で行なわれていることです。
映画「アバター」では、地球から来た軍隊が、ナヴィ族が生活の拠点としている神聖な巨木「ホームツリー」を倒し、彼らを立ち退かせます。情け容赦のない攻撃によって。
ホームツリーの地下には「アンオブタニウム」という貴重な鉱石が大量に埋まっていて、これを使うと地球のエネルギー問題の解決ができ、採掘すれば大金儲けができるという設定でした。

よって、この作品は、世界の発展途上国で起きているさまざまなリアリティに基づいたフィクションであると言ってもよいのではないでしょうか?
「アバター エクステンデッド・エディション」のDVDを観れば、さらに監督の深い意図がわかるのではないかと思います。わたしもぜひ観たいと思いました。

★『ジェームズ・キャメロン監督が「ヴィジョン」を読んだのか、それとも世の現実を知っているのか、と思いました』と書いておられた読者さん、ジェームズ・キャメロン監督は「ヴィジョン」も読まれていると思うし、しっかりと「世の現実を知っている」人だと思いますよ。
少しは誤解が晴れましたでしょうか?


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★ アバターに観るアニミズムの世界 ★



パンドラに登場する「ナヴィ族」は、巨人型の有尾人種で、青い縞模様の肌と、細い手足と腰がとても印象的でした。彼らは大きな目と動く耳、そして、ネコを思わせる鼻と鋭い犬歯、そして、「フィーラー」と呼ばれる尾を持っていました。
フィーラーは、後頭部から伸びたしっぽのようなもので、その長い巻き毛部分の先端を動物につなげることによって、心を通わせて呼びよせたり乗ったりできるわけです。アバターとなった主人公のジェイク・サリーは鳥にも繋げていましたね。

さまざまな不思議な存在のなかに「エイワ 」というのがありました。ナヴィ族にとっては、神のような存在です。
エイワ 」というのは、ウィキぺディアによりますと、「惑星全体に張り巡らされた植物による神経線維ネットワークの総称」らしいのですが、ナヴィたちは自らのフィーラーを繋げることで、この「偉大なる魂の木」にアクセスできるのです。生体電流による情報交感能力を持っているということなんですね。アバターとなったジェイクが、その巻き毛部分の先端を「偉大なる魂の木」と繋げて祈っているシーンがありました。

クラゲさながらのとても美しい精霊のような存在が飛びまわっていましたが、ナヴィではこの木の精霊の出現が、エイワからの「サイン」だと信じられていたようです。
聖なる木の精」や「エイワ」を観て思ったのですが、樹木に宿る精霊を、日本では木霊(こだま)と呼んでいますね。また、それが宿った樹木を「木霊」と呼ぶこともあるようです。実際に木霊が写真に写ることもあるようです。
下の写真は、わたしが過去に知人からもらった木霊の姿です。写っている木霊さんたちが公表することを許してくれたので、ここに載せたいと思います。
(木霊さんたち、とても貴重なものをありがとう。感謝します)


     木霊
          屋久島の木霊さん


日本では太古の昔からアニミズム、すなわち万物に精霊、あるいは神が宿っているという考え方がありましたが、キリスト教などの一神教を信じる国々では、受け容れにくいことかもしれません。
この「自然の中に神が宿る」というナヴィ族の信仰に対して、保守派コラムニストのロス・ドーサットは、ニューヨーク・タイムズ紙で、「映画は、神と世界が同一という汎神論的な考えに共鳴するキャメロン監督の長い弁明」と指摘しており、「カトリック教会の一部からも汎神論の思想が広まることへの懸念の声が出ている」と「ウィキぺディア」には書かれていました。
何と心の狭い人たちでしょうか。

肌の白い人(白色人種)たちは、DNAに「平和」というものが欠落していると言った人がいます。彼女は肌の黒い人でしたが、わたしは彼女の言うことに大きな同感を覚えた記憶があります。
特にインディアンたちを大虐殺してきた白人たちは、「侵略をすること」に対する罪悪感などはまるでなく、「自分たちの平和は武力で得なければならない」と思い込んでいるようですし、常に「武力には武力で対抗する」、「平和は武力で勝ち取る」という発想であり、「無暴力こそが平和の源」という基本的な理念が理解できていないように思われます。

この映画は、いろんな意味で刺激的だったと思います。
今回再度映画を観た感想ですが、3Dにばかりに気をとられていないで、この作品が意図していることをもっと感じ、深めてほしいと思いました。
すべての生命が宇宙の源に繋がっていることに気づけば、一神教などという狭い見識は外れていくであろうと思います。
そういうことを、もっともっと映画を通して、全世界の人に伝えていってほしいと、つよく感じたしだいです。

この映画をすでに観られた人は、再度意識して観賞してみてくださればと思います。
そして、感想などをお寄せ下さるとうれしいです。
読者の皆さまが、ご自分のハートで受け止められた内容を、お待ちしております。



★ 最近感じること ★



人類を選別したくはないのですが、地球のアセンションを目の前にして、天国行きと地獄行きが以前よりも増してはっきりとしてきたことを感じている今日この頃です。
人間はだれでも、善なる部分も悪なる部分も持ち合わせている存在ですが、他者に対する愛を全くもたない自己奉仕型の人たちや、闇の部分に支配されていて光の部分がほとんどない人たちというのは、自滅していくのが自然なのだろうなと思うようになりました。
因果応報です。
(関連記事 光の花束〈不滅の詩〉★善を為すなら急げ!
一つひとつの行為を大切にしよう!を参照してください)

そういう人たちが身内にいる場合はとても心が痛みますが、言っても耳を傾けない人、理解ができない人は、どうしようもありません。
人類の意識を上昇させるには、わからない人たちを必死で説得するよりも、直観で聞いてわかる人たちをどんどん増やすことのほうが簡単で、手っ取り早いのです。だからこそ、わたしは世界に向けて自分の思いを発信し、光のネットワークづくりに専念しているのです。

この仕事に「エゴ」の欲望は不必要です。ただ世界人類のため、地球のために光を放射し、伝播していくことが必要です。
日々の生活の中には、さまざまな多くの葛藤があるでしょう。わたしも毎日、そのなかで暮らしているひとりです。ただ、皆さんと少し異なるのは、自分が何のために地球に来たのかを知っているということでしょうか。
きっと読者さんのなかにも、自分の使命や、決めてきたことを思い出した人もいらっしゃるかと思います。
今はその自分で決めてきた仕事をクリアするのみです。

2012年12月にアセンションは起こるでしょうが、それがわかる人にはわかり、わからない人にはわからないという現象が生じるのではないかと思っています。
「何だ? 何も変わってはいないじゃないか」というのであれば、きっとアセンションができなかったのだと思います。

今日は2012年の5月5日です。もう7カ月余りです。
この期間に、どうぞ光の源泉となって自分のワークを完成してください。

                               ~光の仕事人より~



日本人の集合意識を上昇させましょう

2012年05月11日 07:30



4月28日の「見える世界と見えない世界のギャップを垣間見る」の記事で、「父の葬儀から見えてきたこと」について書きましたところ、父の怒りや葬儀の在り方に関して「とても考えさせられた」、「心の準備をするということが いかに大切かが解り、とても勉強になった」など、数々のメールを読者さんからいただきました。

特に家族の死を体験している人たちにとっては、他人事ではなかったのだとつくづく感じたしだいです。
今回は、皆さまのお気持ちに感謝し、父のその後をお伝えしておきたいと思います。



たんぽぽの綿毛


~父のその後~


父の意識体は、葬式が終わってから自分の家に戻りましたが、何かしら落ち着かず、自分の故郷に戻ってみたり、また自宅へ戻ったり、行ったり来たりを繰り返しておりました。おそらく自分の持ち物などが整理されていったりして、生前のままの生活がもうできないということがわかったのでしょう。
また、どこへ行っても、自分のことをさほど偲んでくれる人もおらず、早くも忘れ去られていることを知れば、そこに居続けてもむなしいと言いますか、自分が思っていたほど面白くないことに気づいたのではないかと思うのです。
「もうそろそろあの世へ行きたい」というメッセージを毎日伝えてくるようになりました。
(故人があの世へ旅立つまでは、すぐに故人の物を整理したり、処分したりしないで、生前のままにしておいてあげることが大切だと感じました)

「この世にいたって、しょうがない」という気持ちが、こんなに早くに来るとは思っていなかったので、それでもしばらく様子をみていたのですが、わたしの守護神からも同様のメッセージがあり、父の決心がほんとうであることを知りました。
そのときの父の霊的な状態からすると、霊界の中程くらいには行けるということでしたので、「お父さんの行きたいときに行けばいいよ」とわたしは父に伝えていたのですが、やっぱり見送ってほしかったのでしょう。8日の午前中にわたしのところに来て、わたしが唱える「波動上昇の祈り」と「神の光の祈り」を聞きながら、死者が癒される場所であるアルクトゥルスへと旅立って行きました。(死後16日目のことでした)

そこで癒された後、自分に見合った世界へと赴くのでしょう。
先に亡くなった母とは波動の階層が異なるので、残念ながら父と母が出会うことはありませんが、それでも父としては思ってもみないよき結果であったと思います。
よほど坊主には会いたくなかったのでしょう。法要の前日に去って行った父に、わたしは拍手を送りたい気持ちでした。


~喜んであの世へ旅立った父~


わたしはいつも祈りの際には、香を焚き、ろうそくに火を灯すのですが、終わった後に何度吹き消そうとしても、灯明が消えないことがしばしばあります。そういうときは、たいてい守護神から伝言があるときなのです。
今回も、光かがやく灯明を吹き消そうとしても、まったく消えないので、何かメッセージがあるのかと尋ねたら、「父から」だということでした。
父がわたしに「ありがとう」と感謝の意を表してくれているとのことでした。
最期に、お互いに「ありがとう」と言い合うことができて、とても嬉しく感慨無量でした。

そのメッセージを聞いたあと、再度灯明に向かって息を吹きかけると、灯はフッと気持ちよく消えました。
ああ、もう終わったのだなと思いました。
とても気持ちがさわやかで、その日一日中心身が軽かったのを覚えています。


父に対し、「心おきなく、穏やかに光の世界へ旅立たれる日が訪れる事をお祈りしております」と、父の心の平和を願ってくださった読者さんに心から感謝いたします。

ありがとうございました。  光の仕事人 拝



ミルクティー



★ 読者の皆さまへ お願い ★



見えない世界を身近に感じている方々のリアルな体験談や、それを伝えて理解してもらえたなどの成功例をお寄せください。「皆さまからの体験談」として、記事にさせていただきたいと思っております。
アンケートの「お便り・ご感想」の箇所に書いて送ってくださるとうれしいです。長文で書き切れない場合は、ブログのコメント欄をご利用ください。

★見えない世界(精神世界)に目覚め、直観から行動できる人たちの使命は、自分の波動(ヴァイブレーション)をどうしたら高められるかについて話を聞こうとするできるだけ多くの魂を育成することにあります。
人に教えたり、相手に力を与えたりすることで、わたしたちの波動はさらに高められ、光は強められ、霊的に大きく成長できるのです。

地球上にいるすべての魂は、地球と同じ旅をたどるかどうか、つまり地球とともにアセンションするかどうかを選択する自由意志をもっています。ですから、自分の波動を高めることを選択しない人は、遅かれ早かれ地球を出て行くことになるでしょう。
もし何も真相を知らないがためにアセンションしないことを選択しているのだとしたら、教えてあげる必要があります。無知であるということ、無意識であるということは、魂にとっては最悪の状態だからです。

★日本は、「見えない世界」のことや「不思議な現象」に対する理解度が低く、情報提供が非常に少ない国だと思います。そういう類のことが海外で大きなニュースとなっていても、日本のマスメディアではなぜか取り上げないのです。
たとえば、UFOが東京の空を頻繁に飛び交っているのを多くの人が目撃していたとしても、大きな記事として新聞紙上に出ることはないでしょう。目に見える現象であってもそうなのですから、目に見えない現象などを扱うことは今のところ難しいであろうと感じます。

日本人の見えない世界に対する関心や理解を深めるために、日本人の集合意識をもっと高めるために、目覚めた方々のご協力をお願いします。
                    
2012年5月11日 光の仕事人より


高い意識が組み込まれた食物が意識の変容を促す

2012年06月04日 00:40


~生育盛んな植物たち~



わたしの家の庭には、たくさんの植物が生育しています。
大きな背の高い五葉松や霧島つつじをはじめ、一般的なツツジ類、モミジ類などの樹木が所狭しと植えられています。仕事を終えてから、これらの樹木の剪定をするのが夫の日課となっており、それが庭師としての夫の主な趣味です。
樹木以外の草花類は勝手にどこかから飛んできて、うちの庭に自然に根づいてしまったものばかりです。

たとえば、春の庭は、どこにでも見られるスギナとヨモギでいっぱいになります。夫がほとんど抜いてしまいましたが、以前はスギナ茶を作っていたこともありました。
6月に入ってからはドクダミがもう白い花をたくさんつけ始めています。


ドクダミ
    庭に広がるドクダミ草  撮影 光の仕事人


毎年摘んでドクダミ茶を作っています。市販のものよりも断然美味しいからです。これは勝手に抜かれないようにしっかりと確保しています。
オオバコも生えてくることがありますし、フキも自然に生えています。アジサイまで根づいています。
きのうは小さなサンショウの木の赤ちゃんを見つけました。うちに木があるのですが、その種が別の場所に落ちたのでしょう。手でさわっただけで、サンショウの香りが漂います。
どこから飛んでくるのかわかりませんが、庭に自然に生育しているものは「ぜひ使ってね」ということだと思うので、できるだけ有効活用させてもらっています。

最近になってもっとも驚いているのは、テッポウユリが庭の至る所に根づいていることです。
植えた覚えは全くありませんが、石積みの周辺を好み、あちこちに根づいています。
まだ葉っぱだけですが、夏には純白のうつくしい花をたくさん咲かせます。


   うちの庭に咲いたユリ
   昨年咲いたユリの花 撮影 光の仕事人



今年はいつもの年に比べて、そんなユリの本数がさらに増えているのです。
ユリだけではなく、モミジの赤ちゃんも、至る所に数えきれないほど生えています。
長女はそれを抜いてしまうのは可哀そうだと言って、ひとつずつ小さな鉢に植え替えて育てています。
わたしも松の枝の下で増えすぎたユリを鉢植えにしました。そうでなければ、松の枝が邪魔をして、生長できないからです。

散歩道や公園で見る樹木や草花も、なぜか今年は生育がものすごく盛んなように思います。
野菜や果物の収穫もいつもより早いような気がするのですが、皆さんはどうお感じでしょうか?
もう生きられないと知っているからでしょうか、植物たちは我も我もと土から顔を出し、ものすごい勢いで伸びています。ほんとうに異常なほどです。人間にはわからなくても、植物は気づいているのです。
地球がもうすぐ変化することを…。



庭のユリ
毎年純白の花をつける庭のユリ  撮影 光の仕事人




★ 人生で初めての野菜づくり ★



今年の5月の初旬に苗を植えたキュウリとトマトが、現在生長の真っ盛りです。
わたしの人生で初めての野菜作りです。
随分以前から自然農法で野菜を作りたいと考えてきましたが、土地はあっても樹木だらけで、野菜を植える場所がなく、ほとんど諦めていました。しかし、2012年になってからどうしても実行したくなり、プランターをたくさん買ってきて、軒下にずらりと並べ、そこで野菜を育てることにしたのです。

昨日初めてキュウリを収穫しました。長さ23センチ、重さ198グラムもあるりっぱな実で、皆でありがたくいただきました。市販のものよりも断然甘くて美味しいと、三人が感じました。違いがわからないのは夫だけで、舌がマヒしているようです。(笑)
市販のキュウリは農薬の散布がものすごいですから、とても恐いのです。冷蔵庫に入れておいても、すぐに腐ってしまうのは、生命力が宿っていないからです。特に農薬の散布が激しいキュウリやトマトを無農薬で食べられるということは、何よりもうれしいことです。


きゅうり2  キュウリ
   今はキュウリの生育が盛ん           撮影 光の仕事人


昨年は日よけとしてゴーヤをたくさん植えたのですが、今年は本格的にキュウリとトマト作りにチャレンジすることにしました。いろんな種類のキュウリとトマトの苗を購入し、それぞれプランターで育てていますが、発育はすこぶる好調です。ついでに植えたシソの葉も、どんどん増えています。
毎日目に見えて育っていくようすを見るのが楽しみで、庭に出ている時間が驚くほど長くなっています。

今まで植物にまったく関心がなかった長女が、急速に園芸に興味を持ちはじめ、わたしと一緒に花を観賞したり、野菜を育てることが好きになったのは奇跡といえるでしょう。
一番驚いているのは当の本人です。人は変わればすっかり変わってしまうものだということを、しっかりと証明してくれています。
最近は、「花を観に行こうよ」と誘う相手は長女になってしまいました。(次女は仕事に追われて、現在そんな余裕がありません)
4月には桜とパンジー、5月にはボタン園やバラ園、隣の県にあるイングリッシュガーデンにも足を伸ばし、バラの香りを嗅ぎながら素敵な時間を満喫してきました。



ピンクのバラ
イングリッシュガーデンのバラ 撮影 光の仕事人



★ 意識の高い生産者が緊急に必要 ★



皆さんは現在日本の食糧生産に求められていることは、何だと思われますか?

先ほど無農薬の野菜作りの話をしましたが、米作りにしても、野菜作りにしても、農薬(殺虫剤)づけにされた食物が市場に出回って、人間の身体に少なからず害を与えていることについて、もっと強く意識してほしいと考え、今回そのことをお伝えすることに致しました。

食糧生産の現状は、わたしたち人間の意識を大いに反映しているといえるでしょう。
農薬を使用し、それが許可されているといった現状には、生産者の意識だけでなく、消費者の意識が反映されています。
生産者が虫食いのないきれいな野菜を作るのは、いったいなぜでしょうか?
見た目だけがきれいな虫も寄り付かない野菜をわざわざ選び、それを喜んで食べている消費者の低い意識があるからこそですね。
きっと農家では、そんな農薬づけの野菜は恐ろしくて食べていないのではないでしょうか?


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★ 「北の国から」を見て感じたこと ★



最近「北の国から」というドラマの「98時代」のDVDを見ました。
1981年から2002年にかけてフジテレビ系列で放送された人気ドラマで、北海道富良野市が舞台となっています。放送されていた当時は一度も見たことがなかったのですが、昨年に再放送されていたのを見て、その雄大で美しい風景に魅了されました。
そんな美しいけれども厳しい冬の寒さと闘うなかで繰り広げられるさまざまな人間模様。それぞれの人びとの苦悩がしみじみと感じさせられる深い内容であったと思います。なかでも北海道の農家の苦悩は、つよく描き出されていたのではないかと思います。

「98時代」では、長年農薬で汚染された土を有機農法で甦らせ、希望に燃えて自然農法でやっていこうとする人と、広大な土地に農薬をまき散らして殺虫する人との壮絶な争いが描かれていました。
あるとき、無農薬でがんばっていた人の土地で疫病が発生するのですが、これ以上発生すると自分の土地にも被害が及ぶとして、夜中に勝手にその人の土地に侵入して殺虫剤を撒いている人の映像がありました。
それを止めることができなかった農民の絶望と嘆きが伝わってきて、胸がひどく傷みました。
人間の身体によい野菜作りよりも、農家の稼ぎのほうが大切という考えをもった農民がいかに多いかということが、このドラマからもうかがい知ることができたように思います。

葉を食する虫たちを殺す化学物質(殺虫剤)を使用するということは、それを食べる人間自体にも害を与えるということです。
ほんとうは、そんな化学物質に頼らなくても、薬草で代用することも可能なのです。
たとえば、キュウリの葉はたいてい「うどん粉病」に見舞われます。日本の気候上、発生するのは免れないようで、わたしの家でもやはりうどん粉病は見られました。現在純米酢を希釈したものを散布して食い止めていますが、なかなか執拗です。
農家のように大量生産の場合は、安易に化学物質に頼りたくなる気持ちはわからないでもありません。
しかし、その方法は、母なる大地と調和、協力して生産しようという意識からは、遠くかけ離れているように思うのです。


高い意識が組み込まれた食物が意識の変容を促す



人間の食べ物を育て、収穫する人たちは、大地と調和し、協力しながら、いつも神聖な気持ちで臨む必要があります。植物を育てることに対する厳かな気持ちや姿勢が、穀物や野菜に組み込まれ、食べる側の人びとの意識の変容を促すからです。農家の儲けばかりを頭に置いて、人びとに害のあるものを提供していれば、人びとの意識は決して高まることはないでしょう。

わたしたち人間は、通常は食べ物に含まれる意識エネルギーを摂取しています。ブレサリアンではない人間にとっては、食べ物は必要不可欠です。
高品質の食べ物と低品質の食べ物と、どちらのほうがミネラルが豊富で、命のパワーがあるか、だれでも想像はつくでしょう。それをしっかりと自覚する人たちによって、質のよい生命力にあふれた土のなかで栽培され、収穫され、そして調理されることが必要なのです。

あらゆる野菜からそれぞれ最高のエネルギーを引き出し、それをわたしたちの身体に取り入れるためには、そういう気づきをもつことが何よりも大切なのだということです。生産者をはじめとして、わたしたち一人一人がそのことを肝に銘じることが緊急に必要なのです。
新しい意識をもった生産者が、質のよい生命力のある食べ物を生産し提供することで、わたしたちの意識の変化が促されるのだという真実を知ってください。
新しくて、高い意識が組み込まれた食物が意識の変容を促すのです。

近くにそのような意識の高い生産者がいないのであれば、わたしたちが自ら生産するしかありません。
すべての食物の栽培は不可能かもしれませんが、できる限り自給自足の生活を行なっていくことは可能でしょう。

若者たちはみな都会へ行き、農業離れしてしまった日本。過疎化した村。戦後の日本の政治がそう仕向けたのでしょうが、農業の大切さを今こそ知るときが来ていると思うのです。
土地がなくても、プランターでも、袋のなかでも育てることはできます。意識の高い人がエネルギーに満ちた野菜を自ら作り、それをありがたく食することこそが、今の日本人に必要であり、そして今の地球に必要なのです。

これは、食べ物による意識改革です。
この意識改革に賛同してくださり、それを実行することが可能な人は、ぜひ自宅で野菜作りを試みてください。そして、自らの手で育てた野菜を口にするときの醍醐味を味わっていただきたいと思います。



心のバラを咲かせましょう

2012年06月09日 11:00


★ バラに魅せられて ★



皆さんはバラの花がお好きでしょうか?

わたしはいつの頃からかとても好きになり、これまでに数え切れないほどのバラの写真を撮ってきました。
このブログをはじめ、光の花束〈不滅の詩〉のブログのほうでも、わたしが撮ったものだけに限らず、特に気に入ったバラの写真を選んで載せてきました。
思わず見惚れてしまうような優美な色彩をまとったバラの姿に、癒しや安らぎを感じる読者さんは、たくさんいらっしゃったのではないかと思います。

そのバラの花も、もう最終段階を迎えています。
先日、わたしのハイアーセルフから「バラを観にいったほうがいいよ」というメッセージが繰り返しあったので、雨模様であることを承知しながら、鳥取県西伯郡南部町にある「とっとり花回廊」まで行ってきました。
日本最大級のフラワーパークといわれているだけのことはあります。広大な敷地内には色とりどりの花が咲いており、心が和むすばらしい景観があります。この園のユリは一年中咲いていますし、温室のランたちはみごとです。春夏秋冬それぞれに個性的でステキな花を咲かせています。
とっとり花回廊のホームページ参照→とっとり花回廊



とっとり花回廊から大山を望む
              「とっとり花回廊」のお花畑から大山を望む


もう初夏のバラの見頃は終わるので、もう一度観ておきたいという気持ちはあったのですが、「雨が降ろうと降るまいと、今観ることに意義がある」というのです。
なぜそこまで勧めるのだろう? という疑問があったのですが、「バラがアセンションして、もう観られなくなるかもしれない」ということを知って、納得がいきました。
(秋咲きのバラは観られるとは思うのですが…)

前回の記事にも書きましたが、今年はなぜか植物の生育が旺盛で、著しく咲き急いでいるように感じていたのですが、やはりそうなのだと腑に落ちたのです。
(読者さんのなかにも同感のメールをくださった方がいらっしゃいました)

行きも帰りも雨でしたが、花回廊を回っているときだけは小雨で、傘がいらないときもあり、水玉がついたみずみずしい花の姿をカメラに収めることができました。
数多くの華やかなバラたちを目の前にして、ほんとうに我を忘れて魅入ってしまいました。
これ以上にない幸せなひとときだったと思います。



淡いピンク色のバラ
      「とっとり花回廊」のバラ園にて  撮影 光の仕事人



この至福感を皆さんにも分かち合いたいと思い、ここにお気に入りの写真を載せたいと思います。
ほんとうは写真ではなく、実物を観て、その香りを楽しんでもらいたいので、バラが大好きな人たちはできれば近くのバラ園に足を運んでいただきたいと思います。
きっともう既に行っておられるとは思いますが、まだの方は今すぐに行動を!




  イングリッシュローズ
  「とっとり花回廊」のバラ園にて
         トーナメント オブ ローゼズ  撮影 光の仕事人





バラの花が、心のバラが生まれるのは、至福の中からだ
そして、愛の芳香が放たれるのはバラの花からだ

自分が持っていないものを与えることはできない
与えることができるのは
自分がすでに持っているものだけだ

内なるバラがまだ開いていなければ
自分の愛のすべては言葉だけでしかない

内なるバラが開いていれば、何も言う必要はない
何の言葉も必要としなくなる
その芳香だけで、メッセージを運ぶのに充分だ
自分がどこにいようとも、誰が共にいようとも
愛は絶えず放たれ、脈動する

それは自分を取り巻くエネルギーの、絶えざるダンスになる
しかし、まず心のバラを開かなければならない――

そしてバラが花開くのは
そこに根本的に必要なものが与えられたときだ
それは、喜びに満ちていることだ

                     ~OSHO~





うす紫のバラ
    「とっとり花回廊」のバラ園にて  撮影 光の仕事人



ハート
     至福が心のバラをひらかせます。
     そうすれば、愛が自然に訪れるよとOSHOは言います。
     あたかも、芳香がバラに訪れるように。





地球とわたしたちのシフト―自分を癒すことは地球を癒すこと 

2012年06月29日 07:15


★ 身辺整理をしておくこと ★



梅雨の晴れ間のさわやかな夕暮れ時は、ほんとうに気持ちがいいですね。
同じ日でも、地域によっては天気がまるで異なると思いますが、
読者の皆さんはいかがお過ごしでしょうか?


白いあじさい
         六月の花   撮影 光の仕事人


最近頻繁に「身辺整理をしなさい」というメッセージがハイアーセルフから届いています。
ただ単なる日常の整理整頓という意味ではなく、物質的なものから過去から現在における人間関係に至るまでのすべてのものをきれいに片づけるという意味です。

部屋を見回し、物が多すぎることに対しては、ため息が出ます。
わたしの場合、もっとも数多く存在するものと言えば、書籍類であり、それから精神世界系の録音テープ類、そして、自ら書いた物語・小説類です。これら長きにわたって愛読し、愛聴し、あるいは創作してきたものを処分することに対しては、とても消極的です。

書籍類についてはもう再度読む必要もないのですが、これまでに気づきをもたらしてくれた貴重な内容があるだけに、未だ愛着があり、なかなか手放すことができません。オークションなどを通して、手放す決心がついたものから順にお嫁に出してはいるのですが、数的に全然追いつかない状態です。
最近は本を読む人がかなり少なくなっているようです。女性はあまり読書をされない傾向にあるのか、わたしが出品した本の落札者は90%以上が男性です。

最近このブログの読者さんらしい方が落札してくださったことを長女から聞いて知りました。「読者です」と書いておいてくださると、大変うれしく思います。
今は主に精神世界系のテープなどを出しておりますが、来月(7月)にはさらにCDやテープ類を増やす予定です。
現在CDとなっておらず、もうテープでしか聞くことができない貴重な内容のものが多くあります。書籍やテープ自体は年月が経つとしだいに古くはなりますが、宇宙の真理や精神世界の内容には、古い、新しいはありません。
精神世界の学びを、いろんな国の人たちから得たいというテープ愛好者にはおススメです。

たまに、ヤフーオークションをのぞいてみてください。何か惹かれる内容のものが見つかるかもしれません。
(オークションについては、カテゴリー『わたしの好きな著者と書籍』をご覧ください)


2011年5月21日の記事で『カルマの「断捨離」を実行しよう!』という内容を書きましたが、おぼえていらっしゃいますか?
いよいよ「断捨離」の実践も最終段階になってきたということです。
皆さんも、カルマの「断捨離」を忘れず、実行なさってください。

(『カルマの「断捨離」を実行しよう!』 ←お読みになりたい方は記事名をクリックしてください)



鈴蘭の妖精1




青いあじさい
        六月の花   撮影 光の仕事人




★ 自分を癒すことは地球を癒すこと ★



銀河系宇宙のサイクルは、進化のサイクルであり、2万6千年の周期があるといわれていますね。
わたしたちは過去1万3千年のあいだ(ちょうどアトランティスの崩壊から今日までのあいだ)、〈眠りの季節=眠りのサイクル〉を体験してきたのです。
眠りのサイクル〉というのは、わたしたちが宇宙とのつながりを忘れ、個々が分離していると思い込んでいた時代のことです。その時期には、自分たちの生存(欲)だけに意識がフォーカスされるため、争いや葛藤が多々起こり、そこから生じる苦悩も大きかったと思います。
ほんとうに人種間の争いや、宗教間の争い、男女間の争いが激しく渦巻いた時代だったと感じます。

でも、今現在は〈目覚めのサイクル〉に突入しています。
わたしたちが〈眠りのサイクル〉のときに否定してきた諸々のことが、全部目覚めのときに浮上してくるので、とても不快な状態となるということを、今から14年ほど前にジャーメイン(リサ・ロイヤルがチャネリングする存在)が語っていたのを思い出します。

ジャーメインは〈目覚めのサイクル〉に入ると、善いことも悪いことも含め、快・不快を今まで以上に感じ始め、今まで気にならなかったこと、些細なことまでが、ものすごく気になるようになるかもしれないと言っていたのです。
最近は世の中のネガティブな出来事に関しての不快感が以前よりも一段と強まっており、TVのニュースなどをしだいに見ることができなくなってきています。特に政治の話となると、たいてい気分が悪くなりますね。

わたしのように、以前よりも不快感が強まっているのを感じている人は、心配なさらないでください。
なぜなら、それは目覚めの前の症状だからです。
肉体が癒され、完全に治る前には、肉体が一層悪くなったように感じられることがありますね。
それは「好転反応」といわれるものです。光に入っていく前の浄化のプロセスなのです。
ネガティブなことを浄化して、光へと向かっているわけですね。

ですから、自分の内側につぎつぎと生まれてくる不快感を否定しないようにしてください。
そして、もし不快感が募ってきたなら、そんな自分をいたわり、癒してあげてください。
とにかく自分の内側に起こっていることを否定しないことです。
毎日、5分でも10分でもよいので、自分のハートとつながることです。
ハイアーセルフや守護の神霊などの高次のスピリットとつながることです。
そうすると、癒しのプロセスが早まっていくのが実感できるでしょう。
今はほんとうに「癒しのとき」なのです。

地球にある文明というのは、わたしたちひとりひとりの心の内側がどのような状態であるかということを投影しており、天変地異と呼ぶ現象も、地球に住んでいる人の心のなかの反映であると、ジャーメインは言っています。

ですから、わたしたちが個々に癒しを行なえば、地球の癒しも早まりますが、わたしたちが自分自身の癒しをいつまでも怠っていると、地球全体の癒しもなされず、多くの困難が生じる可能性が大となるということです。

わたしたち人類全体は、すべてつながっているのです。
ですから、地球がどうなっていくかは、わたしたちひとりひとりの行為しだいなのです。
そのことをハートで受容できた人は、自分の癒しに専念してください。


鈴蘭の妖精2



★ 銀河系宇宙の他の文明も困難を切り抜けてきた ★



変革期を迎えているわたしたちが大きな困難を抱えているように、銀河系宇宙の他の文明も、大きな困難を体験してきました。
自分の闇の部分を抑圧し、決して見ようとしなかった古代プレアデス星人たち。彼らは自分たちの肉体の病気を通して心の闇を見る必要性を学びました。

(過去記事 『わたしたちの生の目的は両極を学び、体験し、統合すること』―「ポジティブを選んだ種族に起こった災い」参照 下線をクリックしてください)

また、光と闇の二極性をどう統合するかということで、何千年という長きにわたって戦争をつづけた古代オリオン星人がいました。彼らはどのようにして、この〈眠りのサイクル〉を抜け出たのでしょうか? 

じつはこのサイクルの終盤になって、とてもパワフルなマスターが誕生し、そのマスターによって解決できたのだということを、宇宙の歴史に詳しいジャーメインは語っています。つまり、マスターは、新しい別の生き方をオリオンの人たちに提示したのです。

帝国に支配され、「犠牲者の役割を演じていた人たち」には、内的な自由を勝ち取るための方法をマスターは教えました。
そして、民衆を支配する側の「暴君の役割を演じていた人たち」には、コントロールを失うことへの恐れを手放すことを教えたのです。

支配する側の人たちは、自分の内的な霊性(スピリチュアリティ)とは完璧に切り離されていました。ですから、自分が強力な存在だということを、他人をコントロールすることで感じようとしていたのです。

しかし、マスターはそんなことをしなくても、自分がパワフルな存在になれる方法を教えました。
それは何だったのでしょうか? もう皆さん、おわかりですよね。

それは、自分たちがしっかりと「内的な霊性とつながること」ですね。

そして、自由を得るために闘いつづけていた戦士たちには、もう闘う必要はないのだということ、自分の内側の光と闇を統合することによって、内的な霊性を得ることができるのだということを教えたのでした。

(過去記事 『わたしたちの生の目的は両極を学び、体験し、統合すること』―「オリオン文明に起きた葛藤のドラマ」参照)

地球の文明は、こうした異星人たちの影響を受け、遺産を受け継いできています。

光と闇、陰と陽…。このふたつの極を統合することが、銀河系宇宙の多くの種族にとっては、大きなチャレンジでした。そして、地球の〈眠りのサイクル〉のあいだでも、このような異星人の先祖たちのドラマを、地上で再現してきたのです。わたしたち人類も、闇の側面とどのように対応して生きていくかという大きなチャレンジを与えられていたわけですね。でも、もう〈目覚めのサイクル〉が訪れているのです。


★この〈目覚めのサイクル〉では、何がわたしたちのチャレンジになるでしょうか?

それは、光と闇の統合を、陰と陽の統合を、わたしたち個々の心のなかで行なうということです。
わたしたちの内的な陰と陽の状態が完全にバランスのとれた状態になること。それが不可欠です。

ここで、忘れてはならない大切なことがあります。
それは、ジャーメインが言っていたように、自分の内的世界が、外的世界に完璧に反映されるということです。
ですから、これまで抑圧され、心の奥底に押し込められていたことを解放していくことが何よりも大切となります。
そして、川の流れのように自分の感情をスムーズに流していくことが必要不可欠となります。

(参考記事 光の花束〈不滅の詩〉―川の流れのように生きる




ハート

人間の肉体をもったあなたは眠っていました。
人間的な側面のあなたにしか気づいていなかったのです。
でも、あなたにはスピリットの部分があります。
それに気がついて、閉ざされていた扉をあけると、
これまで信じられなかったような新しい展開が起るのです。

だから、自分のなかにあるスピリットがまだ眠りから覚めていない人は、
早く目覚めさせてください。
目覚めるために、あなたはこのブログに出会ったのですから。

わたしたちの感情のバランスがとれて、川の流れのようにスムーズなものになると、
地球もそうなるのです。
母なる大地と自分がほんとうに一体なのだと実感できるようになるのです。

わたしひとりぐらい…と思わないでください。
わたしたちひとりひとりが、責任重大なのです。
あなたが自分自身を真に愛し、癒してこそ、地球は真に癒されるのです。
そのことをいつも忘れないでください。




『光の仕事人との交流会』へのいざない 

2012年08月01日 00:30


★ 読者の皆さんへ ★



もう8月となりました。ホントに早いですね~。
日本列島は暑い毎日がつづいているだけでも大変なのですが、太陽活動のほうも最近はずっとMクラスのフレアが発生しており、人間の体調に大きな影響を与えています。わたしはたいてい眠くなっておりますが、皆さんはいかがでしょうか?
(これからも太陽活動は活発な状態が予想されています)

今後地球がどうなっていくのか? という不安を抱いている人は多いかと思いますが、目に見える現象としては2011年ほどの大きな災害などは起きないのではないかと感じています。
ただ、最近懸念されている富士山噴火の可能性については、そう遠くない将来に「あるであろう」と考えます。もちろん、人々の想念しだいで、また変わっていく可能性もあるでしょうが。


sea


★ 富士山のゆくえ ★



富士山について、「3年以内に噴火が起きる可能性がかなり高い」という専門家の話は、皆さんもご存じのことと思います。
また、今年の5月に文部科学省が、富士山直下にこれまで知られていなかった活断層が延びている可能性(マグニチュード7級、震度6もの地震を引き起こす)があるという報告書をまとめたということもご存じのことでしょう。

それに対して、「活断層は見つかったが、地震がいつ発生するのかはまだわかっていない。それよりも懸念すべきは、富士山の噴火だ」と、「地震の発生よりも富士山の噴火の危険性がある」と主張されているのが、長年、富士火山帯の研究に取り組んでこられた琉球大学の木村政昭名誉教授です。
富士山の噴火口の北東から南西にかけて発生する「水噴火」という噴火の前兆現象について、ある報道記事に木村氏のつぎのような言葉が掲載されていました。

「水噴火は溶岩が噴き出すかわりに、水やお湯が噴き出す現象です。噴火は地下にあるマグマがプレート活動によって押し上げられ、割れた地表で発生する。水噴火はマグマではなく地下水なんですが、火山の状況としては、噴火とあまり変わりのない状態にあるんです。富士宮市周辺では2年以上にわたって数か月おきに水が湧いていますし、北部の富士五湖も水位が突然高くなっています」

「マグマから直接噴出している火山性のガスではないので、噴火の前兆現象と捉えない人もいますが、1年ほど前から極端に増えています。また、富士山の東斜面にある自衛隊の演習地に数か所大きな穴が空き、そこから摂氏40、50度の噴気が出ています。水噴火も含め、これらが同時期に起こるのは噴火の予兆以外に考えにくいでしょう。これらの状況を考えると、向こう3年以内に噴火が起きてしまう可能性はかなり高いと思われます」

内閣府の富士山ハザードマップ検討委員会の想定によると、富士山の噴火により、約100kmほど離れた東京でも、2~10cmほどの火山灰が降り積もるということです。

(記事の参考・引用文 ZAKZAKより
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20120521/dms1205211601011-n1.htm)



NHKでも連続放映されていたようですが、その可能性の高さがうかがえますね。
地球上ではクラウンチャクラに当たる大切な富士山ですが、それが噴火する可能性が高いということですから、現在日本や世界、そして、地球が尋常ではない状態だということがわかります。



   ひまわり


★ 『光の仕事人との交流会』へのいざない ★



10月以降、わたしの身体が健在であれば、全国の読者さんとお会いして、いろんなお話をする機会をつくりたいと思っています。
このブログの読者さんは、東京にお住まいの方が圧倒的に多く、関東、東北、東海と、東日本のほうにたくさんいらっしゃるのが特徴です。まずは東京近辺で『交流会』ができるといいなと思っているしだいです。
「ここに来てください」と呼んでいただければ、喜んで行くつもりですが、どれほどの需要があるのか、今のところまったくわかりません。それで、今から8月末までのあいだに、希望者を募集したいと思います。

光の仕事人との交流会』を希望される方は、アンケートのお便りの箇所に「いつ頃(月日・時間)、どこで、何名くらい集まって話をしたいか」などの具体的な内容をお書きになって、必ず「住所、氏名、メールアドレス」を明記の上、送信してください。

それらを参考にさせていただき、詳細な旅の予定を考えていきたいと思っております。
ただし、ご希望通りにはならないかもしれないということを、あらかじめご了承くださいますようにお願いいたします。
では、皆さんからのお便りを、楽しみにお待ちしておりますね。



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★ 東北にある五葉山について ★



東北は、いろんな意味でカギとなっている地域だと、わたしは思っています。
キリストのお墓があるとか、丑寅の金神が封じ込められているとか、日本は東北から始まったとか、さまざまなミステリーがありますね。
なかでも、『五葉山』は、以前からとても気になっていた場所です。
東北地方の読者さんも多くいらっしゃるようなので、今回はこの『五葉山』のお話をしたいと思います。


ウィキぺディアによりますと、「五葉山(ごようざん)は、東北地方太平洋側にある北上山地南部の山で、標高は1,351mで、三陸沿岸の最高峰である」とされていて、つぎのように書かれています。

~概要~
岩手県住田町、釜石市、大船渡市にまたがる。
北上山地では、早池峰山(1,914m)に次ぐ高さであり、また最も海に近いため、山頂からは三陸のリアス式海岸を一望できる。南側に広がる準平原とともに五葉山県立自然公園に指定されている。
「五葉山」の名は、阿弥陀如来、薬師如来、観音菩薩、虚空蔵菩薩、愛染明王の五仏を祀る事からとも、藩政時代に伊達藩にとって重要な山であったことから「御用山」と呼ばれていたことに由来するとも言われている。


読者さんのなかで、五葉山に登ってみられた方はいらっしゃるでしょうか?
あるいは、山がお住まいの近くにあるという方は?

じつは、五葉山は太古の昔に地球に来た異星人の住居があったところなのですが、そのことをご存じだった方はいらっしゃいますでしょうか?


★ 太古の昔、神々の町だった五葉山 ★



リサ・ロイヤル氏がチャネリングするジャーメインは、太古の昔、五葉山はとても大きな町であり、宇宙人の基地だったと語っていたことがあります。
わたしのハイアーセルフにもいろいろ確認したのですが、まちがいはないということでした。

五葉山はペルーのマチュピチュよりも古くからあって、そこでは市場が開かれたり、霊的な教えが提供されたり、占いやリーディングのようなものが行なわれていたりしたそうです。
その山の高方には、琴座(リラ)星人の建物があったといわれています。琴座からやってきた人たちは、他の存在たちとは強い境界線を保ち、わけ隔てて住むのを好み、人間たちとは離れて暮らしていたそうです。

山の下方に住んでいた人間たちは、言わば神に雇われた労働者でした。
ジャーメインによりますと、山の構造自体が階級制度を表していたということです。
やがて、神のようにふるまっていた琴座星人たちがその山を追い出される事態が起こります。
いったい何が起こったのだと思いますか? 追い出された理由はいったい何だったのでしょうか?

じつは彼らを追い出したのは、琴座星人ではない他の異星人たちだったのです。
異星人たちは、人間に対する琴座星人の態度が大いに気に入らなかったというのです。
人間は、琴座星人によほどひどい扱いを受けていたのでしょうね。

琴座星人が去ったあとは人間だけがそこに残って住んでいましたが、何世代か経つと、かつて琴座星人たちがそこに住んでいたという記憶もしだいに薄れていきました。やがて霊的な巡礼の人だけがその山に登るようになり、そこは「神の聖なる場所」として伝説となっていったわけです。

その後、プレアデスやシリウスからきた異星人たちがしばらくその町に住み、神々(琴座星人)が住んでいた高い所にも自由に行くことができるようにしたのですが、実際にそこに行くことができたのは、神に対して恐れを持っていない人たちだけであったといいます。
神を自分と対等の立場であると考えることのできる人間だけが、五葉山を登ることができたということですね。

五葉山は日本における主要な宇宙人たちの居住地、いわゆる「文化センター」のような場所であり、建築的に見て、とても優れたすばらしい町だったようです。マチュピチュ、アンデス地方に住んでいた宇宙人と五葉山に住んでいた宇宙人との交流もあったようです。

五葉山がある辺りは、1万1千年前に天変地異があり、それ以前でも地震が起こっていたのだそうです。
人が住まなくなって、その地域の再建ができなくなったのは8千年前のことで、かなり長い間廃墟の状態だったようです。その町が存在していたときから、何度も地震が起こっており、当時は現在の丘のような地形ではなかったということです。
あの辺りは、大昔の頃から地震が頻繁にある場所だったんですね。

ジャーメインによりますと、五葉山の文明が最高潮に達していたのは、およそ1万5千年くらい前なのだということです。
そこには、今も秘められたエネルギーが残されているようですが、それを知って山に登っている人がどれほどいるでしょうか?
何となく五葉山に登りたいとか、その地に妙に親しみを感じる人がいるならば、太古の昔、琴座星人だったか、あるいは他の異星人だったか、あるいはそこに労働者として住んでいた人間だったのかもしれません。
わたしは五葉山とは全く関わりがありませんが、機会があれば、登ってみたいみたい山だと思っています。

広島の宮島にある弥山も、古代の宇宙人の遺跡があるところです。
弥山の頂き近くにある超巨大岩群があるところでは、とても神秘的な波動を感じましたが、日本には多くの宇宙人たちの痕跡が、ほんとうにたくさん残っています。
神々の遺跡がある山の近くにお住まいの方は、過去の異星人たちの波動を意識して感じながら、登っていただけたらと思います。


ハート 小
ものごとに、もし終わりがないとしたら、始まりもないので、
けじめとしてしっかりと完了させるべきことは完了させたいと、わたしは思っています。
意識におけるけじめですね。
ぐるぐると廻るだけではなくて、確実にらせん階段を昇って行くことが大切だと思うのです。

皆さんも、2012年の後半をどう生きるかをよく吟味されて、
悔いのない人生を送っていただきたいと思います。




光とつながるために 

2012年09月08日 13:05


★ 光とつながるために ★



あなたは「光」とはどのようなもので、どうやったらつながることができるか、直観的に理解しておられますでしょうか?

光の瞑想」をしているとき、純白で透明な神々しい光、あるいはかがやく金色の光を思い浮かべたりしておられると思いますが、今回は、この正体不明の『』について、考えてみたいと思います。

★「光の瞑想」は、「光の花束〈不滅の詩〉」の「光を呼んで自分自身を光で満たしましょう」をご参照ください。


ぶどうのライン


★ 光とは? ★ 



わたしたちが生きている太陽系で、唯一発光しているのは太陽ですね。太陽は自ら光りかがやいています。
その太陽が放出するエネルギ-(電磁波)のうちで、わたしたちが明るさや色として目で感じることのできる部分だけを「」とか、「可視光」とか呼んでいます。
太陽が放出しているものに、ガンマ線・エックス線・紫外線・赤外線・可視光線・電波線があります。
わたしたちが目にするすべての現象は、どれも光によって表現されているのです。


     宇宙から撮影した可視光部分の太陽放射
宇宙から撮影した可視光部分の太陽放射(PD NASA)


さて、スピリチュアルの分野では、よく『』という言葉が使われています。
このブログにもたびたび出てきますし、管理人の名も「光の仕事人」です。
ここでいうところの『』とはいったい何でしょうか? 

肉眼で見える太陽の光とはまた別のもののような気がしますね。
ここで使う『』は、通常は「目に見えないエネルギー」のことを言っています。

ではこの『』を一言で表すとするなら、あなたはどんな言葉、どんな表現をされるでしょうか?

インターネットで調べても、おそらくスピリチュアルな意味での納得がいく説明はされていないのではないかと思います。書籍でも、光そのものについてはあまり触れられてはいないのです。
』について「なるほど!」と思えるような説明がされているスピリチュアル系の本があったら、ぜひ紹介していただきたいと思います。

ここでは、わたしがイメージする光について、わたしなりに表現してみたいと思います。
わたしにとって『』は『宇宙創造主のもつ純粋なエネルギーの質』とイコールです。

宇宙創造主のもつ純粋なエネルギー』とは、『生命エネルギー』です。
生命』は光であり、波動であり、エネルギーです。
宇宙に存在する『生命体』は、みな光でできているからです。
人体はライトボディ、光電池といってもよいでしょう。
ですから、まず『光=生命』であると表現したいと思います。

つぎにイメージする『宇宙創造主のもつ純粋なエネルギーの質』は、『』です。
普遍的な無条件の愛ですね。
』がなければ、生きとし生けるものは誕生することができず、成長することもできません。
光=愛』そのものです。

そして、宇宙創造主には、何にも制限されない『自由』があります。
光は自由に飛び回っていますね。光のように自由自在なものがあるでしょうか?
光=自由』なのです。

それから、宇宙創造主には、何もないところからさまざまなものを生み出すことができる無限の『創造性』があります。宇宙創造主と呼ぶくらいですから、宇宙のすべてのものを創造するエネルギーをもっているのです。
ですから、『光=創造』です。

光は生命そのものであり、愛であり、自由であり、創造でもある。
それが、わたしの『』についての認識です。

いかがでしたか? あなたも同様でしたでしょうか?
ほかにもきっとさまざまな表現方法があるでしょう。
光とはなにか?」について、あなた独自の表現をしてみていただければと思います。


ぶどうのライン


★ 眼は心の窓 ★



眼は心の窓」あるいは、「目は心の鏡」とよく言われますが、人間の眼は、精神的にも肉体的にも健康を映しだす鏡であり、意思を伝える言葉にもなることは、皆さんよくご存じだと思います。
瞳に帯びた愁いで、その人の悲しみがわかり、生き生きした瞳のきらめきで、その人が喜びに満ちていることがわかります。

新約聖書ルカによる福音書にもこう述べられています。

あなたの体のともしびは目である。眼が澄んでいればあなたの全身は明るいが、濁っていれば体も暗い

目に何かトラブルが生じるということは、自分の魂が望んでいる方向に進んでいない、自分が誕生する前に決めた人生の計画を実現させていないということを知らせてくれているといってもよいでしょう。


ぶどうのライン


★ 光と色 ★



「心の窓」である眼は、光の入り口でもあります。
眼を通過した光は、わたしたちの生理学的、感情的な機能を調節して、意識の発達に深い影響を与えます。
この世界はさまざまな色に満ちています。自然界の季節がかもしだす色の変化とともに、人体も変化していくのです。
色というものは、光がなければ見ることはできません。真っ暗なところでは、色はありませんね。

色によって、人間の感情が変わることは、あなたもご存じのことでしょう。
赤色の部屋に入れば興奮し、青色の部屋に入れば鎮静します。
ピンク色に塗られた独房に囚人を入れると、筋肉の強さが2.7秒で減少したという報告もあり、とても苛立った神経を数分で鎮め、暴力や攻撃的な行為の発生が激減したということで、世界中の刑務所でベーカー・ミラー・ピンクが採用されているそうです。
色の採用は、病気を癒すにもおおいに効果があるといってよいでしょう。

さて、この色について、興味深いことをお伝えしておきましょう。
これはずっと昔、カフナのサージ・キングという人から聞いたお話を基にしています。

わたしたちは色とりどりに咲いた花を見て、「きれいな赤色だな~」とか「すてきなピンク色をしているね」とか感嘆しながら見ていますね。


ローズ
       ローズ  撮影 光の仕事人


たとえば、あなたの目の前に赤い花が咲いているとします。
その赤い花に太陽光がさんさんと降り注いでいます。
その光が花にあたって跳ね返ります。
その花を見るとき、あなたは太陽からのエネルギーを見ているということなのです。
ただ花を見ているのではなく、単に色が眼に入ってきているというだけではなくて、太陽のエネルギーがあなたの身体のあらゆるところに入ってきているということです。

その花が赤い色に見えるのはどうしてなのでしょうか?
あるいは、黄色やオレンジやピンク色に見えるのはなぜなのでしょうか?

つまり、その花は太陽のすべての色のなかで、赤い色だけは吸収しないで、その赤い色をあなたにくれているのだということです。
もしその花が黄色なら、その花は太陽のすべての色のなかで、黄色だけは吸収せずに、その黄色い色をあなたに与えてくれているということなのです。

色を見るということ、その色のエネルギーを吸うということは、物質があなたに与えてくれているそういう色のエネルギーを、自分の中に吸い込んでいる(取りいれている)ということです。

疲れているとき、赤やオレンジ色、黄色といった色を見つめていると、どんどんエネルギーが高まっていき、刺激を受けてより元気になります。

緑、青、紫はやわらかいエネルギーで、これらを見つめていると、あなたをしだいに冷静に落ち着かせていきます。
とてもエネルギーがあふれて興奮状態になっているときには、こういう色を見るとよいでしょう。

あなたが白を見ているとき、あらゆる色すべてが調和の中に混じり合っているようすを見ているということです。太陽のあらゆるエネルギーがすべて調和されて、自分の中に入ってきているということです。

黒は、エネルギーを吸収する色です。
黒は太陽の色を全部吸い込んでしまった色なんですね。
それでも、エネルギーや熱などを放射しています。

★この黒を使って、瞑想する方法をお教えしましょう。

たとえば、あなたの身体の中に、マイナスのエネルギーがあるとか、否定的なエネルギーがあったとします。そういう否定的な感情があった場合には、息を吸って、黒いものに対して自分の否定的なものを出していきます。そうすると、黒がすぐに吸い込んでくれて、その作用は永遠につづくのです。

わたしはたいていブラックホールをイメージします。
そこに向かって、ネガティブな感情や意識を、吐く息とともに強く放出するのです。そのとき吐き出されたネガティブな感情や意識はもう戻ってきませんから、すっきりした気分になれます。試してみてください。


ぶどうのライン


★ あなたのオーラをつよくするために ★



いろいろと問題を抱えている人、霊的な影響を受けやすい人、病気がちの人というのは、オーラが脆弱な人が多いのです。
脆弱だからこそ、そういう状態になっているのか、問題が多いから脆弱な状態になったのか、どちらにしても、オーラをつよくする必要があります。
自分のオーラが弱っているのに他に光を放射することはとうていできませんし、オーラが破れていたりすると、いくら光を取り入れても、自身を保護することができません。

「光の瞑想」をする前に、もっと自分のオーラに関心を持ち、自分のオーラにネガティブなものが付着したり、突き抜けてきたりしないように頑丈に守っていただきたいと思います。
以前にも書きましたが、霊媒体質の人がオーラやチャクラを不用心に開きっぱなしにしていると、必ず憑依されますので、意識して閉じるようこころがけてください。あまりにも無頓着で無防備すぎるので、驚いてしまいます。

(★過去記事「霊的に心と身体を守る方法 総集編」 その1-オーラを閉じる)を参考にしてください。


★「気づきのコースの受講生さん」&「交流会の参加者さん」へ ★



自分自身の見えないエネルギーに対して、もっと関心をもってください。
皆さんとメールのやり取りをしているだけで、どんな状態かがわかってしまうので、「この人、大丈夫かな~」と心配になることがあります。

気づきのコース」も8月で終了しましたが、レポートを読ませていただいていると、ほんとうに自己探究ができている人は稀少であることがわかります。
探究と言っても、表面的な目先のことばかりで、魂のところまで掘り下げられていないんですね。
そんなことでは、一難去ってまた一難、堂々巡りで、永遠のループにつかまってしまい、輪廻の輪から抜け出すことはできません。

これまで微力ながらもたくさんの方々のサポートをさせていただきましたが、めでたく卒業なさった方は今のところはだれもいらっしゃいません。
個々に気づきは確かにあったのでしょうが、やはりマトリックスのなかで、因果応報を繰り返している毎日なのではないでしょうか?

自己探究とは自分のことを知るための探究なのです。自力で発見するものなのです。
深く探ろうともしないで、「自分のことを考えても全然わからないんです。どうしたらいいでしょうか?」と他者に尋ねる時点で、もう「だめだ、こりゃ!」です。

「自分は今後どうしたらいいのかわからない」と言う人が、いくらカードリーディングをしても、「未知」とか、「わからない」というカードが出てくるだけなのです。

自分で自分のニーズもわからず、目的もなく、どうしていいかわからない人に対して、宇宙だって何も与えることはできませんよと、くり返し申し上げております。

「交流会」でカードリーディングを希望されている人は、きちんと自分の課題や目的をもち、それを行なうにあたってほんとうに自分はそれでOKなのかを再確認するといった気持ちで臨んでいただきたいと思います。


ハート
もっと、しゃきっ! としてくださいよ。
危機意識が足りないのではありませんか?
このままでは、アセンションできないまま、とり残されてしまうでしょう。

大地を浄化する前に、まずは自分自身を浄化してください。
まずは自分自身が光り輝いてください。

自ら汚れた波動を大地に与えない という意識をもつだけでもよいのです。

それが大地にとって、大きな助けとなるのです。
くれぐれも、そのことをお願いしたいと思います。

      2012年9月8日  カヴィーシャ 光の仕事人




日本の人たちへ―幻想から早く目覚めましょう!

2012年09月13日 19:35


★ 2012年の9月を迎えて ★



朝夕めっきりと涼しくなってきましたね。早朝は、半袖では寒いくらいです。
透明な秋虫たちの羽音が、少し湿り気を帯びた夜風のなかに響きわたるのを耳にすると、「ああ、もう9月も半ばになったのだな~」と実感します。
たくさんの実をつけて収穫の喜びを味わわせてくれたキュウリはいつのまにか枯れてしまい、今はもうその姿さえありません。
夏の名残を惜しむように、朝の光の中でひっそりと咲いている朝顔の姿を見つけると、あれほど暑かった夏が妙に恋しくなり、急速に秋へと向かっていることに対する一抹のもの悲しさを感じます。

野菜や果物は豊富に実り、全国的にこれまでにないすばらしい繁栄が見られた夏だったと思います。


コスモス畑
         コスモスのお花畑  撮影 光の仕事人


9月に入ってから、すっかり気(波動)が変わったように感じますが、皆さんはどのようにお感じになっているでしょうか?

あなたは、最近朝目覚めたとき、さわやかな気分でさっと起きることができるでしょうか?
それとも、何か得体のしれない重苦しいいやな感覚があるでしょうか?

このところ、朝起きたときに感じる何かとてもネガティブな感覚が気になって、それが何なのかを調べてみました。そして、日本全体の波動がこれまで以上にネガティブになっていることを確認しました。
今、世界中がネガティブ波動で満ちています。
でも、日本は、その中でも特にネガティブ波動となっているのです。

いったい何が原因なのでしょうか?
日本全体の問題とは何なのでしょうか?
その解決方法を知りたいと思い、カードを通して、それを探ってみることにしました。
そして、その結果を見て、なるほどとわたしは思いました。
わたしたち日本人に未だに危機意識がない理由もわかったような気がしました。

さて、あなたは、日本人の問題点となっているのは何だと思われるでしょうか?


ハートのラインピンク


アメリカンドリーム」という言葉が流行ったことがありました。
アメリカの夢」とは米国建国の理想であり、自由と平等と民主主義に立脚したものとされています。
それは、アメリカが自由と平等の国で、民族や出身、階級に関係なく自らの努力で成功をつかむことができるという考え方であり、実際に大成功を収めている人が少なからずいることから生まれた概念だとされています。
このような「アメリカンドリーム」は今や崩壊し、幻想であったことに、現在貧困にあえぐ多くのアメリカ国民は思い知らされているのではないでしょうか。現在のアメリカはとても酷い状態です。

それと同じような「幻想」を抱いて生きているのが、今の日本の人たちではないだろうかということです。日本はいつもアメリカのマネをしていますから、たいてい同じようなことが後々起こってくるのです。


★ わたしたちの問題とは? ★



★さて、問題の箇所に現われたカードですが、まさに「」そのものを表していました。

わたしたちはいろんな意味で、幼稚な子どもじみた夢を見ているのではないかと感じました。

だれも自分の幸せを運んできてはくれないのに、そんな義務などだれにもないのに、それにもかかわらず、だれかが幸せを運んできてくれるだろうとか、だれかがこの問題を解決してくれるだろうと思い込んで、それを待っているようなところが、日本人の心のどこかにあるのではないでしょうか?
日本は必ず以前のように繁栄する…。
それは「夢」ということば以外に、「期待」ということばで表せるものかもしれません。

自分自身の成功や繁栄をただ夢見て、働きつづけている人たち。
この「」という問題に対して、わたしたちの内側に潜んでいて、それに影響を与えているものがあります。それが「消耗」であるということを、つぎに出たカードが教えてくれました。


ハートのラインピンク


消耗…。エネルギーの消耗です。
これは、日本人が「仕事中毒にかかっている」ことを表しています。

仕事中毒にかかっている人は、身体を休めることなどはすっかり忘れているか、ほとんど優先されておりません。遊ぶことや、ちょっとした癒しのために小旅行に行くことなどもってのほかなのです。そんなために仕事を休んだりすることは、自分の義務を放棄することであり、その所属している会社や店全体が成り立たないとか、崩壊してしまうかもしれないという恐れさえ抱いているのです。

「わたしがいないと皆が困ることになる!」とか、「数日も休んだら、店はたちまち機能しなくなるにちがいない!」とか、「任せられる人がいない!」とか、勝手に、それも本気で思い込んでいるのです。(案外何とかなるものなんですけどね)
これは、日本の多くの人が気づいていない重い病気なのではないだろうかと、わたしは思うのですが。

わたしの次女は典型的な「仕事中毒人間」です。
身体が休憩したいと叫んでいても、今日来るであろう客のために行かねばならないと、自分の肉体に鞭打って出かけて行くような人間です。
その「仕事中毒人間」も、ようやく得られた数日の休暇を利用して、「東京ディズニーランド」に行って楽しんできたようです。
創られた現実「マトリックス」に気づき、そこから抜け出す時期が来ているというのに、まだ虚構の夢のなかで楽しもうとしている人たちが、いかに多くいるかということですね。
次女は「この世」という幻想の世界のなかに作られた「お伽の世界」、さらなる「幻想の世界」にひたってきたというわけです。それはそれでものすごくエネルギーを消耗し、疲れたようですが。(苦笑)


ふき


★つぎに、皆さんが気づいている外側の影響は「マインド」を表すカードでした。
皆さん、ヘッドトリップにハマっていますよということです。
マインド」については、何度も繰り返しお伝えしてきましたね。
「やっ、やっぱり出ました!」って、感じです。(笑)

あなたの頭の中で回っているテープレコーダーに耳を傾けてみましょう。
いったいあなたのマインドは何を口走っているでしょうか? 
それはポジティブな内容でしょうか? ネガティブな内容でしょうか?

一度あなたの心の中にある主張や意見や思いの丈をすべて聞いてみましょう。
そして、出てきたものすべてを書きとめてみるのです。
そうすれば、エンドレステープのように際限なく同じ主張が繰り返されているのがわかるでしょう。

それらはあなたの頭の中に垂れこんだ雲のごとき存在です。
雲はあなたの目を曇らせ、明晰な判断の邪魔をします。
雲が消されない限り、真のスピリチュアルな洞察を得ることはできません。

頭に中にごちゃごちゃに詰め込まれた雲をすっかり払い落とすことが必要です。
マインドにだまされないように。
ヘッドトリップからの脱出です。

★つまり、わたしたちの「問題」というのは、「消耗」と「マインド」に影響されたところの「」なんだと、カードは教えてくれたのです。


葉っぱ


では、「その問題の解決法は?」ということですが、解決するために必要なカードは「過去への執着を取ること」でした。
皆さん、過去の執着をすべてきれいに取り去りましょう、クリーニングしましょうということなのです。

過去はすでに過ぎ去ったのです。
しかし、思い出の箱をいつまでもしっかりと握って放そうとしない人はたくさんいます。
もうそこにそれはないのに、未だ大事にしまっているのです。
たとえ悲しみがいっぱい詰まっていても、不快感がいっぱいであっても…です。
箱を開けたら、倒れそうになるくらい辛くて惨めになるのに、なかなかそれが手放せないのです。

ときどきふっと遠い昔の記憶がよみがえってきたりすることって、ありますね。
当時の映像が鮮明に現われて、それにふけってしまうことがありますが、それは消えていない証拠ですね。まだ執拗に残っているのです。楽しい思い出ならよいのですが、不快な思い出は即刻消してしまう必要があります。

過ぎ去ったものに執着するのは愚かなことだと自覚しましょう。
執着は惨めさを生み出すだけだからです。
そんな箱をいつまでもしっかりと握っていても、自分の成長の助けにはならないでしょう。
もう手放す時期がきているのです。

過去がいっぱい詰まった思い出の箱を取り出し、「さようなら」を言いましょう。
可愛いリボンをかけてあげて、感謝と愛を込めて別れを告げましょう。
「わたしの過去から続いてきた夢よ、幻想よ、さようなら」
「すべての悲しみも喜びも、わたしは今手放します」と。


     プレゼントのはこ


日本の歴史もクリーニングしなければいけないし、国自体の汚れを払うのは本当に大変です。
日本人は、「」を見ている場合ではないんですよ。


葉っぱ


★最後に「解決と理解すること」として、「スローイング・ダウン」というカードが出ました。
スピードを落としなさい」ということですね。

わたしたちはこれまでスピードを重視し、何かに向かって慌ただしく目まぐるしく時間を過ごしてきたのかもしれません。
どこかの国では、自然と共存しながらゆったりとした時がながれているかもしれないのに、日本では、特に都会では、時間との戦いに明け暮れているという感じがします。
だから、もっと、ゆっくりと時を過ごそうよということです。

わたしたちが今、しなければいけないことは、何でしょうか?
ご飯を食べるために必死で働くことでしょうか?
少しでも良い暮らしをするためにお金を儲けることでしょうか?
ジャパニーズドリームを再現しようとすることでしょうか?

霊的な感覚の鋭い人たちは、もうそんなことにあまり気持ちが向かなくなっていますね。
まちがいなくそうであるはずです。

もう仕事が生きがいではなくなってきているのではないでしょうか?
今までは、毎日仕事に行って、決められた仕事をやりこなすことが、あなたの安全性を保つのに貢献していたかもしれません。
しかし、今やあなたの魂は、毎日の繰り返しに飽き飽きして、まったく別のことをしたがっているのではないでしょうか?

あなたの魂が切望していることって、何でしょうか?
もう賢明なあなたなら、気づいておられることでしょう。

わたしとはいったい誰なのか?」と、自分の内側の豊かさに思いを馳せること以外に、いったい何があるというのでしょうか?
そして、あなたが長い間抱いてきた「すべての幻想に対する責任を取ること」以外にすることなどあるでしょうか?

これが「問題解決」と「理解すること」であると、カードは伝えておりました。

もちろん、個々に状況は異なるでしょうけれど、この結果をあなた自身に照らし合わせて考えてみていただけたらと思います。


葉っぱ


★ 日々汚染されていく日本 ★



2012年5月に、埼玉県、千葉県の3つの取水場が取水・給水停止したことがありました。
埼玉県の2浄水場では、国の基準を超える化学物質のホルムアルデヒドが検出され、千葉の1浄水場は基準超になることを見越して停止されました。
供給先の地域では19日から水道水が減水、一部では断水になる可能性があると報じられた事件ですが、その後茨城でもホルムアルデヒドが検出されました。基準値以下で「飲用問題なし」ということでしたが。

ホルムアルデヒドのような毒物が飲料水を汚染し始めただけではありません。放射能汚染された食べ物が今現在まちがいなく出回っているのです。

千葉で獲れたマイワシは、回転ずし店で、国が定める基準値を大きく上回る放射性物質が検出されています。
ほかの魚はほんとうに大丈夫なのでしょうか?

詳細はこちらをご覧ください。 
「食品放射能調査第7回目:回転寿司」のお知らせ http://www.greenpeace.org/japan/fss7/?gv20120908


ぶどうのライン


日本の人たちへ―幻想から早く目覚めましょう!



自称「意識革命家」のエハン・デラヴィ氏によりますと、今の日本は海外の人からひどく嫌われているということです。これまで「I LOVE JAPAN!」と言っていた人たちが、原発事故以来、日本をひどく憎んでいるというのです。
海外の人から多大の非難を浴びていることも知らずに、もう放射能汚染は大丈夫だと思っている日本人の愚かさに気づいてください。

2011年7月に「福島第一原発が爆発して原爆168個分のセシウムが爆発的に漏れた」と報告されてから後も、さらに漏れ続けているとのことですね。
現在、首都圏を含めた東日本全土が非常に危険な状態になっていることは、通勤・通学路で数十万ベクレルの「黒い物質」が普通に落ちていることで判明したそうです。
2012年8月28日に「インサイドアウト」という番組でこれが特集され、放映されたそうですが、残念ながらわたしの住む地方では見ることができませんでした。

詳しくは、2012年9月7日金曜日に掲載された「DARKNESS」というサイトの記事をご覧ください。
http://www.bllackz.com/2012/09/blog-post_7.html

http://www.bllackz.com/2011/08/20.html  
「福島原発、原爆168個のセシウム。奇形の植物や動物の情報が続々」


~参照~

江戸川区篠崎駅周辺 8万2606ベクレル
葛飾区東金町路上 29万ベクレル
葛飾区水元公園中央広場 24万ベクレル
北区印刷局東京病院 8万8885ベクレル
東大 6万0581ベクレル
北の丸公園工芸館 9万1790ベクレル
皇居外苑 11万6334ベクレル



ハート 小
東京をはじめ、関東に住んでおられて、その恐ろしさを知っている方々は、
もう近辺で獲れた野菜や魚介類は食べることができないという危機感に襲われていることでしょう。

大変な時代です。
気を引き締めて毎日をお過ごしください。



はな

    ~追伸~

9月より一般的なコメント欄の使用をやめました。
(「拍手コメント」のみ実施しています)
「拍手コメント」に対するお返事はできるだけ書くように心がけますので、
光の仕事人のコメントをお読みになりたいときは、
数日後に再度同記事の「拍手」をクリックしてご覧ください。

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コメントはしたくてもできません。
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あなたは正常波動ですか、異常波動ですか?

2012年09月18日 11:20


★ 地球を汚染している異常人間たち ★



沖縄の尖閣諸島を日本政府が国有化したことに抗議する中国の反日デモは、週末、過去最大規模となったようですね。 
すでに皆さんご存じのように、15日には日系の工場やスーパーが、略奪などの被害に遭っています。北京の日本大使館前では17日もデモが行なわれ、車などが無惨に壊されている映像が見られました。
陝西省の西安では、週末のデモで中国人の死傷者が出たとの情報もあり、当局が「デモ禁止令」を出すなど、全体的に締め付けを強化したとされています。
中国共産党の機関紙「人民日報」は、一面で「モラルと法治で愛国の力を集めよ」と呼びかけ、日本企業などに対する暴力行為を強く戒めているとのことですが、さほどの効き目はないように感じました。

下記は今朝のニュースです。


上海/北京/17日 ロイターより 
中国反日デモで日系企業の休業相次ぐ
 2012年 09月 18日 02:37 JST


尖閣諸島(中国名・釣魚島)をめぐる中国での反日デモを受け、日系企業が相次いで中国における工場や店舗の操業・営業を一時停止する事態となっている。

週末に中国各地で発生したデモや暴力行為では日本の有名企業が標的となり、在留邦人は外出を控えるなど不安を強いられている。18日には満州事変の発端となった1931年の柳条湖事件の日を迎え、反日行動はさらに高まる恐れがある。

中国政府は17日、中国各地で発生している大規模な反日デモを受け、中国に滞在する日本人や日本の財産を保護することを約束するとともに、デモ参加者に対し「秩序だって理性的かつ適法な方法で」意見表明をするよう求めた。

また日本に対して、「日本による(尖閣諸島の)違法購入に伴う深刻な破壊的結果が着実に表面化しつつあり、この責任は日本によって担われるべきだ」と述べた。

こうしたなか、米国のパネッタ国防長官は17日、尖閣諸島をめぐって日中間で緊張が高まっていることに懸念を表明、「すべての当事者に平静さと自制」を求めた。

週末のデモは日本の外交関連施設のほか、飲食店や自動車販売店などが標的になった。このうち、トヨタ自動車とホンダは、山東省青島市の各店舗が放火され、甚大な被害を受けたと述べた。



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FNNニュースより  
中国反日デモ 中国外務省、原因は日本側にあるとの認識示す 



中国各地で行われた週末の反日デモが一部暴徒化し、日系企業が被害を受けたことについて、中国外務省は17日、「中国人は強烈な怒りを表した」と述べ、原因は日本側にあるとの認識を示した。
17日午後の会見で、中国外務省の洪磊報道官は「中国政府は日本政府に対し、これまでさまざまな形で厳正な立場を伝えた。中国の人々は強烈な怒りを表した」と述べ、青島などの日系企業が大きな被害を受けたことについて、原因は日本側にあるとの認識を示し、焼き打ちや略奪行為に対する謝罪などはなかった。
一方、中国各地では、満州事変のきっかけとなった柳条湖事件から81年を迎える18日も反日デモが計画されている。
中国当局は、デモが暴徒化した西安市中心部でのデモを禁じたほか、メディアを通じて過激な行為を慎むよう呼びかけているが、デモ自体は容認する方針。
また中国国営テレビは、17日夕方のニュースで、休漁期間が終わった浙江省や福建省から、多くの漁船が東シナ海に向かったことを伝えた。
今後、尖閣諸島海域に、中国の漁船や漁業監視船が姿を現す事態も予想される。



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テレビでの映像を見ていて、デモというよりは暴動を行なっている多くの連中は、完全に異常体質となっていることがわかりました。霊的には悪質な霊の憑依現象が蔓延したと言ってもよいでしょう。

ものを破壊し、略奪する行為は、もうデモではありませんね。犯罪です。
彼らは最近流行りのネットでの呼びかけに応じた若者たちです。
『愛国無罪』というスローガンを掲げ、自分たちは愛国(中国や政府)のために行動しているのだから、何も悪いことはないと強気な態度で行なっているのだとか。
彼らの真の目的は日本への抗議ではなく、どちらかというと、中国政府に対する不満を持っている人たちが動いているのではないかという見方もあります。確かに政府に不満を抱いている人たちが、ここぞとばかり日ごろのうっぷんを晴らしているようにも感じられますが、皆さんはどのように感じられたでしょうか?

日本側の尖閣諸島上陸について、中国の人たちが怒っているのは当然だと考えることもできます。
中国人が「尖閣は自分たちの領土」だと固く信じているのは、そのようにしっかりと教育されているからです。その当然とも言える怒りの感情を中国政府が止めたりすると、今度は疑惑と不満が政府に向かうことになりますから、逆に政府のほうが非難されることになります。
中国政府も矛先が自分の方に向けられることをひどく恐れているはずですから、対応が難しいところですね。ネットの威力も恐れのひとつでしょう。
日本の企業も大変な損失です。うっぷん晴らしの怒りは莫大な損失を生み出すだけで、何の有益性も生み出さないことを、日本の人たちは再確認させられたことでしょう。


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暴動は、また別のところで、別の内容で起こっていますね。
アフガニスタンの首都カブールで17日、米国で制作された「反イスラム的な映画」に対する抗議デモがありました。
暴徒化した数百人が駐留米軍基地に投石するなどしたようで、フランス通信(AFP)によりますと、デモ隊は警察車両2台に放火し、警官隊に向けて発砲。警官40~50人が軽傷を負ったもようです。
今回の問題で、アフガンのデモが暴動に発展したのは初めてだそうです。

下記は、先週の記事です。


アラブ諸国で反イスラム映画への抗議拡大 強まる米国非難
2012.9.13 11:19 [米国]


【カイロ=大内清】米国で制作された反イスラム的な映画に反発する群衆がリビアやエジプトにある米外交施設を襲撃した事件は12日、他のアラブ諸国にも抗議行動が拡大、フランス通信(AFP)によると、チュニジアやモロッコ、スーダンにある米大使館などにそれぞれ数百人のデモ隊が詰めかけ、米国を非難した。

このうちチュニジアの首都チュニスでは、イスラム教の原点回帰を唱えるサラフ主義者らのデモ隊約300人が大使館の敷地内に乱入を試みたことなどから、警官隊がデモ隊に向けて催涙弾を発射しデモ参加者5人を逮捕した。デモ隊側も投石で応戦し、警官2人が負傷したという。

モロッコの最大都市カサブランカでは、米領事館前に数百人が集まり、「オバマ(米大統領)に死を!」などと叫んだ。

東部ラグマン州では16日、北大西洋条約機構(NATO)軍が武装勢力に行った爆撃で、たきぎなどを集めていた女性8人が巻き添えとなって死亡した。NATOが主導する国際治安支援部隊(ISAF)は市民に犠牲者が出たことを認めて遺憾の意を表明したものの、反米感情をあおる結果となっている。

また、パキスタンでは北西部カイバル・パクトゥンクワ州ワライで17日、約800人のデモ隊が暴徒化し、地元警察署や記者クラブの建物に放火した。警官隊との間で銃撃戦となり、デモ隊の1人が死亡、2人が負傷した。



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イスラム圏デモ、死者17人に エジプト220人拘束 豪州にも飛び火
2012年9月16日(日)08:14 (産経新聞)



【カイロ=大内清】米国で制作された反イスラム的な映画に対する抗議行動は15日もイスラム圏各地で続き、11日にリビアで米領事館が襲撃されて以降の死者数は少なくとも計17人に達した。15日にはオーストラリアの主要都市シドニーでイスラム教徒のデモ隊が治安当局と衝突、ナイジェリアなどでも14日のイスラム教の金曜礼拝後にデモが起き、抗議の動きはサハラ砂漠以南のアフリカにも波及した。

ロイター通信によると、シドニーではデモ隊の投石などで警官6人が負傷、デモ参加者8人が逮捕された。オーストラリアには南・東南アジアからの移民や出稼ぎ者が多く暮らしており、現在では人口の2%超にあたる約47万人がイスラム教徒とされる。

AP通信によると、チュニジアの首都チュニスでは14日、米大使館に火炎瓶を投げ込んだり、近くの米国系学校に放火したりしたデモ隊側に当局側が実弾を使用し、デモ参加者2人が死亡した。

エジプトの首都カイロでは同日、治安部隊との衝突で2人が死亡。また、国内メディアは米大使館襲撃に関与した疑いなどで220人を拘束、54人を逮捕したと伝えた。本格的に事態収拾に乗り出したとみられる。

一方、リビア制憲議会のマガリエフ議長は15日、フランス通信(AFP)に、米領事館への襲撃で大使ら4人が死亡した事件に国外から入り込んだ勢力が関与している可能性があると指摘した。

また、イエメンを拠点とするイスラム武装勢力「アラビア半島のアルカーイダ(AQAP)」は同日、ネット上に声明を掲載、米領事館襲撃事件は、パキスタンで今年6月、米国が国際テロ組織アルカーイダのナンバー2でリビア出身のアブヤヒヤ・リビ容疑者を殺害したことへのリビア人からの報復だと主張した。AQAPが襲撃に関与しているかは不明。



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今回問題となったイスラム教の預言者ムハンマドには奥さんが10人以上おり、初婚で結婚時に処女であった妻は「アーイシャ」のみであったという話があります。
ハディース(ムハンマドの言行録)の伝えるところによれば、アーイシャは当時53歳だったムハンマドと6歳のとき婚約し、また9歳のとき婚姻し、彼が没するまでの9年間を共に生活したと伝えられています。
映画の内容はまったくわかりませんが、このような事実が、今回の映画になんらかのかたちで描かれて問題になったのではないかと思われます。

皆さんは、このような中国、アラブ諸国の人たちの有様を見ていて、どうお感じになったでしょうか?
物を壊したり、人を殺したりする民族の魂は、けっして成熟していないということが、これでわかると思います。
こういう人たちだって、自分の家族や友人は大切で愛しているのでしょうが、他者に対してはこの程度の意識状態なのです。
「正常な波動」とは、宇宙の本質である「愛と悟り」に共鳴するポジティブな波動ですから、物を破壊したり、他者を平気で傷つけるような意識状態はまちがいなく異常であり、宇宙の本質から外れています。
日本人はネガティブ思考が多いですが、ここまで破壊的ではないことが救いです。


ピンクの玉


★ 日ごろ感じる異常な行動―テレビ中毒 ★



アルコール依存症」、「薬依存症」、「タバコ依存症」、「ネット依存症」、「買い物依存症」、「ギャンブル依存症」など、いろんな「依存症」がありますが、「テレビ依存症」というのもありますね。

テレビ依存症=テレビ中毒」というのは、長時間テレビを観るのが習慣となり、自分の意思では止めるのが困難な状態を指すようです。
家にいるときは四六時中テレビをつけ、眠っていてもテレビを消すと怒ったり、消されるとまたつけるという夫や妻に悩んでいる人も少なくないのではないかと思います。

こういう人はテレビに限らず、ラジオなども仕事中につけっぱなしで、とにかく「音」がないと何か寂しく、静かだと我慢ができないようなのです。
わたしはテレビやラジオが、大きな音で、つけっ放しになっているほうが我慢できません(笑)が、そういう「音中毒」の人には、いくらその害について語っても理解してもらえないのです。

一人暮らしなら、寂しいからテレビでもつけておきたいという気もちになるのもわかるような気がしますが、たとえ家族で暮らしていても、テレビだけは絶対に消せないという人は、やはり異常だと言ってもよいでしょう。
視力の低下や電磁波の問題だけではなく、情報にコントロールされるという問題もあり、低レベルの番組に脳が汚染されるという問題もあります。そういう人はたいてい電磁波病にかかっていて、憑依体質の人も多いように感じます。

自分で、「もしかしたら、わたしはテレビ依存症?」と思われた人は、無意識のうちにまちがった報道やコントロールされた情報に影響されることの恐ろしさや、低レベルの意識に同調していくことの恐ろしさに気づいてほしいと思います。

そして、自分にはなぜそんなに「テレビ」が必要なのか、テレビで穴埋めしているものとはいったい何なのかを、掘り下げて考えてもらえればと思います。
テレビ局によっては、とても有益な番組を提供していて、観てよかったという内容もありますから、ご自分できちんと判断し、観る内容を選択されることが大切です。

こういうことを言いますと、テレビ大好き人間にとっては、大きなお世話だと、はねつけられそうですね。
もちろん、選択の自由は個々にありますから、それでも観たいのなら「どうぞお好きなように」というしかありません。

あなたの波動が宇宙の本質から外れていても、それはあなたの責任です。
でも、それが原因で、周囲の者に迷惑がかかるとしたら、それは考える余地がありますよということです。

インターネットで触発される人も同様です。
周囲に影響され、自分を見失わないようにしてください。

今、ネガティブ系異星人の影響力が高まっています。
一時衰えていた憑依現象がまた急速に増えています。
悪霊やネガティブ系異星人の餌食には決してならないようにということを、
くれぐれもお伝えしておきます。
どのような対策をとればよいのかは、このブログに長くお付き合いしていただいている方々なら、言わなくてもおわかりですね。
(新規ご訪問の人は、最初から記事をお読みくだされば、幸いです)


ハート
天国的に生きている人、地獄的に生きている人、
今や天国と地獄はこの地上にあって、極端に分かれてきています。
「異常波動」である限り、あなたの魂の成長は望めません。
天国で生きたいのか、地獄で生きたいのか、
今もう一度よくご自身でお考えになり、
決断を下していただきたいと思う今日この頃です。




来るものは拒まず、去る者は追わず

2012年09月20日 15:00


★ 来るものは拒まず、去る者は追わず ★



わたしがまだ20代だった頃の話です。
京都の桂春院というお寺で、茶道を習っていたことがありました。
千利休の孫の千宗旦の弟子であった藤村庸軒が独自で開立した庸軒流で、武家茶としても多くの門人に親しまれた男性的で簡素な流派でした。
わたしが学んだ当時の桂春院の宗匠は「既白庵庸軒流家元十一世」であった禅の僧侶でした。お寺があまりにも貧しかったため、茶道を指導されてお寺を賄っておられたのです。

わたしは高校生の頃より座禅をするために、大本山である妙心寺の「暁禅道会」などに参加しており、他の禅僧の話などもよく聴くことがあったのですが、桂春院の宗匠を見ていますと、同じ禅僧でも随分趣が異なるものだなと思っていました。
見た感じは、人のよさそうな凡庸な雰囲気が漂っているのですが、見えないものへの感覚は他の地位ある僧侶たちよりも鋭いように感じられました。彼は禅の修行にはない滝行などをして、霊的な感覚を養った人であったからです。

わたしはたいてい仕事が終わった夜の時間帯か、日曜日の午前中にお稽古に行くことが多かったので、いつもお稽古に来るお弟子さんたちがたくさんいたのですが、あるとき、不思議なことに誰も来ていない時があったのです。

宗匠とふたりだけだったので、いろんな話をお聴きすることができ、貴重な時間を過ごすことができました。
そのとき、わたしは宗匠につぎのような質問をしました。

「宗匠にとって、禅の神髄とは何ですか?」

来るものは拒まず、去る者は追わず


それが宗匠の答えでした。

自分のところを去りたい人を引き止めるようなことはしないし、自分のところを信じてやって来る人は、すべて受け入れるということですね。

何事にも執着をしない。ここには自由な風のような心境があります。
わたしはその答えにおおいに納得がいったものです。
その後、わたしが京都を去ってから数年して、宗匠がお亡くなりになったことを風のうわさで聞きました。京都に行った際に訪ねてみましたが、門は閉ざされていて、入ることができませんでした。まだお若い年齢であったと思いますが、風のようにこの世を去って行かれた人でした。

その宗匠の精神を、わたしは今も持ち続けているのですが、ときどき「これって、もしかしたら執着かな?」と思えるようなことを自覚しながら、意識的にやっていることがあります。
特に「気づきのコース」の受講生さんたちに対しては、つい老婆心でおせっかいなことをしてしまうことがあったので、ごめんなさいです。

もう9月も半ばとなりましたので、最終の締めくくりとして、この場を借りて反省したことや皆さんにお伝えしておきたいことなどを書きたいと思います。


 葉っぱ


★ 読者の皆さんへ ★



正直言いまして、このブログを読んでおられる皆さんが悟ろうが悟るまいが、アセンションされようがされまいが、それは皆さん方の問題であり、責任であるので、わたしがそれをどんなに願ってもしかたがないことであるし、ましてや強いることなどはできません。気づきと学びを心から望んでいる人に対して、ささやかなお手伝いをさせていただくだけです。

「気づきのコース」の「数秘リーディング」では、レポートを書いてもらうことの大切さを繰り返しお伝えしてきました。ものすごい量の文章を毎日のように書いてこられる人たちもいらっしゃるので、読むだけでもけっこう大変で、コメントするにも多くの時間を必要とすることがありました。いやなら、ほどほどにしておけばよいのですが、たいてい一生懸命になっている自分を見いだします。
ですから、本気で取り組みたい人にとっては、「気づきのコース」というのは、自分で言うのも何ですが(笑)、とても懇切丁寧な企画だと思っているのです。

レポートのやりとりでどんどん気づきを深められた人たちからは、とても有り難いと思っていただけたので、長らくレポートを書いてこない人に対しても、つい「レポートはどうされましたか? 期限が近づいていますよ」と促すメールを送ることがありました。
そこで何かにハッと気づかれて、お礼のメールが来ることもありますが、逆にこちらの愛と善意が相手には受け入れられず、ネガティブな波動となって戻ってくることもありました。

そういう人に対して、今書けない状態であろうことは百も承知なのですが、それでも「思いの制限」を取り払うことや、現状を突破するきっかけを提供できるかもしれないと考え、あえてお便りを差し上げるようにしておりました。それが、書けない相手に苦痛を与えていたかもしれず、一方的な愛の押し売りになっていたかもしれないということを今回は反省しました。
その人が自己探究をしようがしまいがその人の問題なので、相手に任せておけばよいということです。それが千載一遇のチャンスであったとしてもです。

拒否反応を示す人というのは、「貴重な学びの機会を失ってしまっている」ということに気づかず、「マインドに雲がかかっている状態」であることがわかります。
皆さんも経験がおありだと思いますが、ものごとを肯定的に受け取れない人には、何を言ってあげても無駄なのです。かえって、憎まれたりしますし、それで関係が壊れたり、切れてしまったりすることがあります。
いくら相手のことを思っていても、相手のほうは大きなお世話で、迷惑なのですから、それ以上追うことはせず、その人の選択を尊重することが一番です。「去る者は追わず」ですね。

9月になって、一層過ぎゆく時間の速さを感じます。
泣いても笑っても、あとわずかです!
自分なりのけじめをつけましょう。
(今レポート継続中の方は、最後に「これで、とりあえずレポートは終わります」と明確に書いておいてくださいね)




      ツリガネニンジン



★ 愛が与えられるすべての方法で、
     愛を認めることを学ぶこと ★



すべての否定的感情は、あなたが自分のハイアーセルフのヴィジョンと結びついていない領域を教えている」とオリンは言っていますが、その通りだと思います。
そして、否定的な感情というのは、自分自身を愛せていない時に生じるものだと思います。
人が自分に何かを与えたり、与えようとするのを、許容できないんですね。

ハートをひらいてください。
そして、誰かががあなたに何かを与えるのを、許すことです。
人は自分がもっともよいと考えた方法で、あなたに愛を与えます。
それは、あなたにとっては大きなお世話であったり、不快であったり、あなたが望んでいることとはまるで異なっているかもしれません。
ものごとは、あなたの思い通りにいくとは限らないのです。

まず物事はこうあるべきだというあらゆる思い込みを手放すことです。
何であれ、人生のなかで起こってくること、それに対してOKと言うことです。

もしほんとうにあなたのハートがひらいているのであれば、相手があなたに与えたいと思う方法で与えてきたとき、感謝して受け取ることができるし、相手の愛を素直に受け容れることができるはずです。
来るものは拒まず」ということです。


下記は、2012年8月25日に久々に更新した「光の花束<不滅の詩>」に書きました文面です。


真の愛は、その人が欲しがっているものを与えるとは限りません。
真の愛は、その人にとって最善のものを与えます。
その時々で、もっとも必要なものが与えられるのです。

ですから、受けとったものが気に入ったとしても、気に入らなかったとしても、
心から歓迎してください。

きっと後になってから、なぜそれが与えられたのかがわかるでしょう。

今日も、あなたに大いなる気づきが生まれますことを祈ります。





ハート

何かを変えるもっとも効果的な方法は、新しい考えを素早く取り入れ、
古い考えを解放することです。

新しいものがやってくるためには、まず古いものを手放さなければいけません。
あなたのネガティブなクセや、マインドのなかの古い条件付けのパターンを壊し、
外すことです。
自分とはまったく異なった別の視点があること、
まったく新しい見方で自分の状況を見ることもできるのだと、思い起こしてみることです。

そして、潜在意識に直接働きかけ、つぎのように言い聞かせることです。

わたしは、古くて役に立たなくなった考えを解放します。
わたしは、新しい考えを取り入れ、新しい道を見いだします。


自分の執着や概念、安全性を手放すほど、真正なものへと近づいていくことができます。

恐れるものは何もありません。

来るものは拒まず、去るものは追わず

これからも、さらに自由で柔軟な精神を養っていきたいと思います。





自分自身を最高傑作に!

2012年09月26日 12:45


★ 最近のできごと ★



最近は天気予報が当たらなくなっていますね。
また、日本国中突然の激しいにわか雨や突風、豪雨のために起きる洪水などに襲われることが多くなっているように思います。
25日には、夜のNHKニュースで、京浜急行が 土砂に乗り上げ脱線し、10人重軽傷したことが放送されていましたし、北海道では突風のためトラックが3台横転していました。
すべて豪雨や竜巻などで起きた事故ですね。

見えない世界では、地球のアセンションが進んでいるため、わたしたち人間の身体がなかなかついていけなくて、不具合を感じることが多くなってきています。
外側の世界では、これからしだいにパンドラの箱を開けたような状態になっていくのではないかと思われます。
内側の光を見つめ、増幅していくことの必要性をつくづくと感じる今日この頃です。


★ 出雲でのできごと ★



先日(23日)出雲へ車で向かう途中でも、非常に激しいにわか雨がありました。
あまりにもスムーズに走ることができ、ホテルに着く時間が早すぎると思ったので、ちょっと休憩をとろうと、「道の駅」で駐車しました。
お土産などを見ているうちに雨が降り始め、表に出ようとした時は駐車場までとても行けないような豪雨となっていました。
空は明るく、晴れているところも見られたので、通り雨だとわかり、止むのを待っていましたが、思わぬハプニングがあって時間調整がされたので、ちょうどよい時刻にホテルに着くことができました。

★*♪。☆*★*♪。☆*★*♪。☆*★*♪。☆*★*♪。☆*★*♪。☆*★*♪。☆

翌朝は晴れていましたが、やはり急にパラパラとしぐれたり、どうなることかと思っておりましたが、わたしたちが出雲大社にいるあいだは、雨が降ることはありませんでした。
ちょうどお蕎麦屋さんで昼食をとっているときに激しく雨が降ってきましたが、そこを出る頃はすっかり止んでいました。

大社の境内にある広場で、ブログでは語れない内容を皆さんにお話ししたり、日頃なかなか話題に登らないような話ができて、楽しいひとときを過ごすことができました。
遠くはるばると出雲に出向いてくださった皆さんが、それぞれ個々に何かを得て帰っていただけたことを、翌日届いたメールで知り、わたしも大変うれしく思いました。

皆さん、お疲れさまでございました。
同じ時間を共有することができたことに感謝です。


ぶどうのライン


★ 出雲大社の浄化を終えて感じたこと ★



大社は予想通り、以前来た時のようにひどい状態でした。
(光の花束〈不滅の詩〉―カヴィーシャの実践記録に記載)
特に祓の社(はらいのやしろ)と、「御仮殿(おかりでん)」と呼ばれる拝殿が汚れており、予想通り浄化に時間がかかりました。

皆さん一生懸命してくださって、「どうでしたか?」と尋ねたら、口々に「疲れました」と言っておられました。

疲れるというのは、おそらく「同じ姿勢で光を放射することに集中していたから」ということもあるでしょうが、実際は「光」というよりも「自分のエネルギー」を放射していたためと思われます。
ほんとうに宇宙からの光やパワーが自分の身体をながれ、それを放射できていたのなら、光が流れっぱなしになっているので、かえって元気になるはずなのです。レイキと同じなんですね。

ところが、自分の中に一旦エネルギーを取り込んでから、あるいはもともとあった自分のエネルギーを放射するとなると、溜めただけのエネルギーしか出せないので、それ以上続けると電池のように消耗して、疲れ切ってしまうわけです。
気功師やヒーラーが早死にしたりするのは、自分の中の気(エネルギー・パワー)を使いきってしまうからです。
ですから、真に光の源泉となっていない状態で、そういうことをし続けると危険だということを申し上げておきたいと思います。

皆さんおひとりおひとりがしっかりと光を放射できていたかどうかを、ハイアーセルフに尋ねましたが、残念ですが「できていません」という答えでした。
しかし、たとえできていなくても、体験してみるということは必要なので、今後光の源泉となっていただくための準備練習だったと捉えてくださると幸いです。

但し「きっと自分はできている」と勝手につよく思い込んでしまうと、危険でもあるので、そのことをはっきりと知っていただきたく、今回皆さんにあえてお伝えしておくことに致しました。

千葉での交流会でも、「共に光を放射したい」というお気持ちはとても尊く、大変うれしく思うのですが、自信のない方は、無理してなさらないほうがよいということを申し上げておきます。
また、問題を多く抱え、ネガティブなエネルギーを持っている人たちがたくさん来られるほど、わたしのほうが疲れますので、どうかお察しいただきたいと思います。

今のところ大社内の大地がOKを出してくれ、一応満足してくれているようなので、とりあえずは安心しましたが、大社の鳥居の前で配られていた「出雲大社 ご参拝ガイド」にはつぎのようなことが書かれていて、前途多難を感じたしだいです。

ようこそ出雲大社へ
ここは“縁結びの神”大国主大神(だいこくさま)の祀られる地です。
“縁”とは、ただ単に男女の縁を言うのではなく、生きるもの全ての縁を言います。
そして、大国主大神は、全ての人を歓迎され、大神さまですので、一人の人が一度にたくさんのお願いごとをされても、全てお聞きになり、一度にお願いが多過ぎるということはありません。
どうぞ、しっかりとたくさんの幸せのご縁をお授かりになりますように、このご参拝ガイドを参考にして下さい


ため息が出るような内容ですね。
大国主という架空の人物を祀り上げ、“縁結びの神”として商売に勤しむ神社。
お願いごとをたっぷりしてもらい、お賽銭もたっぷりお願いしたいのでしょう。
いろいろイベントもあるようで、まるで娯楽のための地になってしまっています。

大地がいつまで保っていられるか、ほんとうに前途多難。
日本人よ、真実に目覚めてください。



ふき


★ 京都の浄化について ★



京都の浄化が必要であるということを記事に書いたのち、京都在住の読者さんや、海外在住の光の仕事人さんからも何か協力したいというお便りをいただきました。
そのお気持ちを有り難くいただき、お返事を送らせていただきました。

京都は長い年月日本の中心となっていた大変重要な場所であり、それだけに浄化も半端ではありません。
そして、浄化する際には気をつけなければならないことがあります。
たとえば、ある場所が非常に穢れているからといって、そこだけを集中して浄化してしまうと、他との境目が深くなり、かえってひずみができ、他とのバランスが崩れてしまうことがあるのです。
ですから、全体を把握して、他の土地とのバランスがとれるよう調整しながら事を進めないと、浄化することがかえって空(あだ)となってしまうことがあるのです。

現地に行かなくても、「皆で遠隔で光を送ればよいではないか」という考えもありますが、それだけでは細かい調整をするのが難しいのです。やはり現地に行って行なう人と、遠隔で光を送る人と、両方の力が必要であると思います。

大昔、京都は宇宙人たちの交流の場であったことがありました。
寺院の高くそびえた五重塔などは、まるでラジオ塔のように先端が空へと突き出していますが、宇宙船とコンタクトする受信装置として創られたように思われます。
天皇が住まいする御所ができて以来、京都は歴史の中心地として長きにわたって栄えました。
天皇がどういう存在であったかは、今回書くのは省きますが、とにかく宇宙人の宝庫だったわけですね。
そういう場所に天下取りを望む人たちがやってきて、多くの戦争を引き起こしました。
また、天皇家自体にも内部分裂は常に起こっており、怨念で充満していました。
今、「大河ドラマ―平清盛」をやっていますが、それを見るにつけても、歪むのは当然のことだということがわかりますね。

京都の浄化は早々にはできません。まだ仲間が登場していないからです。
世界中から遠隔で光を送れる人が大勢必要ですし、現地に行って光を放射できる、パワーに満ちた、しかも質の異なった光の仕事人が、あと男性1名&女性1名必要です。

これは、青写真として計画されていることですが、だからと言って、きちんと決まっているわけでもないようです。浄化する予定だった人が亡くなったり、パワーが落ちてできなくなったり、またどうしてもやりたくないと思えばやらなくてもよいのです。
やらねばならないなどという決まりはどこにもありません。すべては変化し、流動しているものであり、やるかやらないかはわたしたちの自由意志に任せられているはずであり、選択は自由です。ですから、思いの制限を外し、臨機応変に対処することが大切だと思っています。



コスモス



★ 自分自身を最高傑作に! ★



世界にはふたつのタイプのクリエイターが存在します。
詩人、画家、音楽家、彫刻家や陶芸家…。
彼らはものごとを創造し、ある対象に取り組みます。
つまり外側の対象に取り組むタイプの人たちです。

もうひとつのタイプのクリエイターは自分自身を創造し、
自分という主体に取り組みます。
自分自身の実存に働きかけます。
つまり内側の主体に取り組むタイプの人たちです。

こういう人たちこそ、真のクリエイターであり、ほんとうの芸術家であるといえるでしょう。
なぜなら、自分自身を最高傑作にするからです。

OSHOはつぎのように言っています。

あなたは自分の内側にひとつの最高傑作を隠しもっている。
だが、あなた自身が道に立ちはだかっているのだ。
ちょっと脇によければ、その最高傑作が現われてくるだろう。

誰もが最高傑作だ。
というのも、神はなにひとつそれ以下では誕生させないからだ。
誰もが何生にもわたってその最高傑作を隠しもっている。
自分とはいったい誰なのかも知らずに、ただ表面で何者かになろうとして――。

何者かになるという考えを落とすがいい。
あなたはひとつの最高傑作なのだ。
そのあなたをもっと良くすることなどできない。
あなたはそれに気づき、それを知り、それを悟ればいいだけだ。

神みずからがあなたを創造したのだ。
そのあなたをもっと良くすることなどできはしない。




ハート
あなたの内側の光を見いだし、
今まで学んできたこと、体験してきたことをすべて統合して、
自分自身を最高に表現してください。

今が、そのときです。



わが家はどこにある?―自己への探究

2012年10月01日 18:40


★今の時代に生まれているのは、魂の本体部分が多い★



人間の魂が「本体」と「分身」で構成されていることは、2010年7月15日の記事「あなたの分身たち」に書いておりますが、今のこの地球の過渡期に生まれてきている人間の80%が、その魂の本体部分であるといってもよいでしょう。
それくらい多いということです。

もちろん、本体部分が遠い別の銀河系などに行ってしまっている場合は、分霊が代わりに出ることもあります。
今ここで生きている皆さんは、けっこう責任重大なのです。だからこそ、今の自分の有様を見て、ほかの分霊たちの足を引っ張らないよう切磋琢磨していただきたいと思うしだいです。

今は過去生から引き継いできたカルマの解消のために、個々のいろんな問題が一気に噴き出してきている状態です。あまりにもその重みに耐えられずに、ダウンしかけている人、発狂寸前の人、あきらめの境地の人など、みなネガティブな泥沼に足を取られ、四苦八苦している様子がうかがえます。

皆さんはこう思っているかもしれません。

宇宙の長い周期のなかで、今ひとつの終わりがきて、新しいはじまりを迎えるという千載一遇のチャンスが訪れているというのに、このままでいいのか? 
いや、だめだ。このままでいるなんて、とても耐えられない。何とか自分の波動を上げて、この泥の中から出て、アセンションしなくては…。
そう思いながらも日々は刻々と過ぎてゆき、カレンダーを見つめながら、溜息をつく。だからと言ってこれといったことは何もできず、泥に浸かったまま思案ばかりしているにっちもさっちもいかない状態。

だれか、ここから出しておくれよ~! kaeru1

叫んでみても、だれも助けてはくれない。
なぜって、だれも、泥の中にいるのだから。
             

OSHOが、あるカエルの話をしておられました。以下はその話です。

そのカエルは村のぬかるみ道路のわだちの泥にはまりこんだ。
彼はわだちを渡ろうとしたのだが、そこから抜け出せなくなってしまった。
それはたいへんなことだった。いくら一生懸命やってみても、どうにもならない。
彼の友人たちも手伝った。彼らはできるだけのことをやってみた。
そのうち夜になったが、事態はまったく悪く絶望的だった。
そこで友人たちは彼を運命にまかせて家に帰っていった。

次の日、友人たちは彼が今頃死んでいるのではないかと思っていた。
なにしろ道路のわだちの上に残されていたのだから…。
そう思いながら彼らが行ってみると、なんと彼はあちこち跳びはねまわっているではないか! 

   kaeru2

彼らは訊いた。
「どうしたんだ! どうやってあのわだちから抜け出せたんだい。とても絶望的だったのに。これは奇蹟だよ! どうやったんだ?」

と、そのカエルは言った。
「何でもないさ! トラックが来たから脱け出なけりゃならなかったんだよ。むこうからトラックが走ってきたもんで、どうしたって脱けださなきゃならなかったのさ!」


危険がないときには、努力のすべてを注ぎつくすことはない。
もし死が見えたら、トラックがやってくるのが見えたら、あなたは自分の存在のもつあらゆる努力をそれに注ぐ。
そうしたら、あなたはわだちから脱け出せる。
あなたが今まで取り逃がしてきたのは、すべてを出さずに差し控えてきたからだ。

あなたはさまざまなことをする。
あなたは心半ばで瞑想する。それはぬるま湯的努力だ。
あなたはそれを通じて蒸発することはできない。
一定の温度にまで至らなければならないという法則がある。
至ってはじめて蒸発が起こる。

あなたはあれやこれやとやるが、自分でもそのなかに半分しか入っていないことを知っている。
半分しか入っていないとしたら、何ひとつ起こり得ない。トラックはまだやってきていないのだ。
あなたはわだちにはまっている。あなたの存在の半分は脱け出したがっているが、残りの半分は脱け出したくない。
あなたは自由になりたい。が、わだちはまたあなたに一種の保護をもたらす。保障をもたらす。
それは家のような感じがする。そこから出てゆくことはあまりに多大な努力を要し過ぎるようだ。



イエスは言っています。
探し求める人をして見いだすまでその探求を終わらせてはならない」と。
見いだすまで求めつづけなさい」と。

努力をつづけること。その努力をクライマックスまでもってゆくこと。
最高潮にまで…。


しゅうかいどう



★ 育ての母に感謝の気持ちを! ★



わたしの長女、次女の過去世を知れば知るほど、それぞれ大きなカルマを引きずってきており、「ホント大変だね」と思います。
彼女たちのような深いネガティブ系の魂が誕生するときは、なかなか親として受け入れる者がいないそうで、次女に言わせると、唯一ウエルカム精神があって、大手を広げて受け容れてくれたのが、わたしだったのだそうです。つまり、手がつけられないような変わり者の魂をもった子どもを産み、育てられるのは、それ以上の変わり者でないと不可能である(笑)ということなのです。
ですから、自分がおおいに変人で問題児であると自覚している人は、それでもあなたを受け容れてくれた母親の大変さを理解し、おおいに感謝することですね。そして、逆にあなたが大変な問題児を抱えている母親だとしたら、そういう子どもを受け容れたのは、それに対応できるほどの器をもった魂なのだと自信を持つことです。
そういう子どもたちによって、自分の魂がさらに練磨されていくと思えば、問題児もじつにありがたい贈り物なのです。

先日、長女の過去生の問題をよりクリアにするために、カードリーディングをしました。
現われた「問題となっているカード」について、なぜそれが問題となっているのかをさらに深く追求していったのですが、質問を変えても出てくるカードというのは、同じなのです。いくらかき混ぜようが、カードを切ろうが、いつも数枚の同じカードを引いてしまいます。そのカードが示す的確な意味と洞察力に長女は驚き、おおいに得心していたようです。
そして、その問題の根底には何があったのかという究極的な原因を突き詰めたとき、長女は非常に納得をし、これまでにない深い理解を示しました。その根の深さは、やはり過去世の環境や生き方にあったということです。

過去世は過去世、今生は今生で頑張ればいいと思っていても、過去世のカルマがあってこそ、今生生まれてきているわけですから、すっかり忘れてしまっていてはいけないわけです。現在の問題は、それを思い起こさせるために起きているといってもよいので、何事もそれに直面することから逃げずに、真剣に取り組むことが大切なのです。
無責任に遊び呆けて、カルマをクリアすることの努力もせずにいた人は、あちらの世界に還ったとき、「君は一体何をしに地球に生まれたんだね?」と皆から叱られることになるでしょう。
この時期にあなたが地球に生まれていることの重大さを知れば、毎日の生き方も自ずと変化してくるはずですね。

生まれる前に決意したことを思い出してください。
そのときは、とてもポジティブな気持ちだったはずです。
やる気満々だったということですね。
そうでなければ、こんな大変困難な人生を選ぶはずがありませんから。


これは、「気づきのコース」を受講された人にも言えることです。
皆さん、最初はものすごく前向きに「自己探究をしよう!」と思っていたはずですね。
受付終了日ぎりぎりになってから申し込んで来られる人もいました。そのときはもう最後だと思うあせりもあって、必死の想いだったはずです。だから、OKを出すとものすごく喜ばれて、「頑張ります!」という情熱とひたむきさがありました。
これは、今生に生まれてくる前に決意したときと同様の心境だったのではないかと思います。

ところが、レポートを書くか書かないうちに、くじけてしまう人というのが必ず存在するのです。誕生したとたんに「あ~、もういやだ。生きるのって、とても面倒だ!」ってことですね。
その日を忙しく生きるほうが優先されて、自己の探究が後回しになってしまった人、最初から書けないと投げ出した人、プライドが邪魔をして続けられなくなった人、さまざまです。

もちろん、コツコツと自己探究を続け、途中はサボっていたとしても、約束の月末にはきちんと最後のレポートを送り、「レポート終了」の宣言をされた律儀な人たちもおられました。
こういう人たちは、自分の人生にきちんとけじめをつけて終われるのだろうなと感じました。尻切れトンボではなく、「終わりよければすべて良し」ですね。
これがポジティブな生き方です。

この「気づきのコース」は、その人の人生そのものを、パノラマのようにズバリ見せてくれました。
いつも言っていることですが、すばらしい学びと気づきが生まれた人の文面から逆にいろんなことを学ぶことができ、わたし自身もとても貴重な時間をいただきました。その人の顔や肉体は見えませんが、その人の気持ちや魂の要求は、文面からものすごく伝わってくるので、逢って話すよりもむしろリアルに感じられたのだと思います。
魂の年齢は、肉体年齢とは、まるでちがいましたね。10代の少女のように若々しく思えた人の肉体年齢が40~50代であったり、まるで生徒と接しているような気分になることもありました。

魂の楽しい交流の機会を得られて、ほんとうにありがとうございました。
心から感謝です。



★ 必要なときに必要な人生の師がやってくる ★



ネガティブであってもポジティブであっても、自分に何らかの学びや気づきを与えてくれた人は、「すべてあなたの先生である」という話を、以前に記事でお伝えしましたが、覚えておられるでしょうか?

あなたが出会って大なり小なり学びや気づきを与えてくれた人、たとえそれがあなたを苛めていたネガティブな人であったとしてもです。それはそのとき、まちがいなくあなたに必要な人であり、ネガティブを通して最適の学びを与えてくれた人なのです。ですから、心から感謝することが大切です。

そのときは「この人こそ、自分の先生だ!」と思っていたけれど、あとになってから、「やっぱりちがっていた」と思ったりするのは大きなカン違いだと思ってください。そのとき、その人はあなたの最高の師であったことにまちがいはないのです。

なぜなら、その師をあなた自身が選び、引き寄せたからです。必要のないものが来ることはありません。偶然はないのです。すべて気づきと学びのための道具です。人生の内でひとつでも深く学んだことがあったなら、それを教えてくれた人はまちがいなく「あなたの先生」なのです。たとえ一時的であったとしても、そのときあなたに必要なことを提供してくれた人なのですから、丁重に敬意を表して立ち去るのが礼儀です。

人生のその時々において、その人に必要な師は現われます。学びが終了すれば、当然のことながらその師は必要なくなります。ですから、その人はその師から去っていくこととなります。そして、また必要であれば、つぎの意識の段階の師と出会うのです。


★ 本物の師とは? ★



かつて転々と「本物の師」を求めて彷徨っている年老いた知人がいました。
彼女は熱しやすく冷めやすい人で、すぐにその教祖の言うことを真に受けて熱烈に信仰しはじめ、その教祖が創った宗教団体に所属するのです。でも、またすぐに「やっぱり求めているのはここではなかった」と思い、まるで要らなくなったゴミくずをゴミ箱に捨てるような感じでその教祖から離れ、つぎに満足を与えてくれる教祖を探すのです。
そして、新しい師が見つかると、「今度こそは本物だ!」と言い、友人まで勧誘するのですが、やがて、「やっぱりちがっていた…」と言って、自分ひとりさっさと離れるのです。
次々次々…。

彼女は常に幻想を追い求める迷える羊でした。
本物の師に出会いたかった彼女の気持ちはわからなくもないのですが、本物って何なのでしょうか?
彼女の思う本物がどんなであったかはわからずじまいですが、自分の眼が外側にばかり向かっているあいだは、本物がどれなのかさえ見えなくなっていたのではないでしょうか。
内側に向かわなければ、本物が何であるか、わかりようがないのです。

もし彼女の眼が開いて本物の師を見いだしたなら、彼女は逆に逃げ出したかもしれません。
なぜって、本物の師の前では、自分を隠すことができないからです。
師の前では、彼女は一冊のひらかれた本のように見透されて、これまで偽りの生を生きてきたことがばればれだからです。だから、近寄ることが怖くて逃げるのです。

だれであろうと、本物の師から逃げようとしているときは、自分自身の真実からも逃げようとしているということを認識することです。

そして、本物の師であれば、自分の所を去って行く人を追うようなことはしないし、寂しいとも思わないでしょう。つぎとつぎとまた新たな必要性を感じる人たちがその師を訪れるからです。師は常に忙しいのです。
長年の弟子や信者たちがいつまでも師の元を立ち去らないことのほうが問題です。師の目的は、訪れた人たちがしっかりと自分自身をマスターして、早く卒業してくれることだからです。

もし、多くの信者や弟子たちを、いつまでも自分のところに残しておきたいと思う師がいたなら、それは真のマスターではありません。太古の昔に地球にやって来た執着心いっぱいの「自分だけが神になりたがりやさん」のETと同じです。
宗教の教祖はたいていそうですね。いつもいつも自分のほうを見て敬っていてほしいから、自分を信じて頼っていてほしいから、依存していてほしいから、あまり多くのことを教えないのです。
すべてを教えてしまったら、それこそすぐにお払い箱になるからですね。
いつまでも繋ぎとめておきたい。それは、自分の愛する子どもが、いつまでも子どものままでいてほしいと思い、自分自身のために子どもを手放せない「子ども依存症になった母親」に似ています。

弟子を持たないマスター。
そして、かつてOSHOが言っていたような「慰めではなく、葛藤をもたらすマスター」こそ、本物のマスターなのではないかと思います。イエスのような…。 

そして、わたしの勧める究極の真のマスターとは、じつは自分自身のハイアーセルフのことなのです。
ハイアーセルフに出会えたら、もう鬼に金棒です。
師は外側にではなく、自分の内側に存在していることを知ってください。



りんどう



★ 苦しい時の神頼みはもうやめましょう ★



人間はなぜ神を頼るのでしょうか?
人間を創造したのは神だから、ほんとうの意味の親だから、何でも知っている存在だからでしょうか?
ここで言っている神というのは、神社に祀られているような人格神のことであり、宇宙の根源エネルギーのことではありません。
日本には、親に依存している若者がたくさんいますが、親は真に依存する対象でしょうか?
いくら自分を産んでくれたとしても、成長すれば、親から離れるのが自然です。動物の母親は、子に狩りの方法を教え、生きてゆける術を授ければ、自ら子を切り離します。そうでなければ、一人前になれないからです。一人で狩りができない子どもには、死があるのみです。

わたしのブログを読んで、真に理解をした人は、もう外側の師を求めることの儚さを十分に知られたと思います。
神を求めない、師を求めない。だれにも依存しない。
信頼するのは、わが心のなかに臨在する宇宙の源としっかりとつながったハイアーセルフのみです。

OSHOは言います。
自分がなぜ師を求めているかその理由を探しなさいと。

彼はつぎのように言っています。

あなたはなぜマスター(導師)のところに行くね?
あなたのほんとうの理由は何だね?
あなたは真理を求めているのかね?

真理を、真実を求めている人はごくごく稀だ!
あなたは幸福を求めてはいるかもしれないが、真理を求めてはいない。
幸福は真理が達せられたときに起こるものだ。

もしあなたが幸福を求めているのだったら、あなたは真理を成就することはできない。
幸福は副産物だ。あなたはダイレクトにそれに至ることはできない。
それは真理経由でやってくる。
しかしもしあなたが幸福を求めたら、そのときには幸福は不可能になり、
真理は取り逃がされる。

100人の探求者のうち、99人は幸福を求めている。
彼らは苦痛を味わい苦しんできた。生はみじめだった。
彼らは解毒剤を探している、反対のものを探している。

幸福を求めて、イエスあるいは仏陀と共にあることは、
ふたたび彼を取り逃がすということだ。
あなたの眼は閉ざされている!



ハート
幸福と言う名のわが家を探さないことです。
そんなものはどこにもないからです。

それよりも自分自身を探しましょう。
それは、ほら、ここに、ひとつあるでしょう。



自分の波動が上がると自己像が変わる 

2012年10月08日 17:35


★ あなたは自分と同じような波動の人や
          物事を引きつけている ★



あなたは日々霊的な成長をつづけられて、1年前の自分と比べて随分進化したなぁと思っておられるかもしれません。
あなたの周りの人たちや、あなたの愛する友人や家族と比べてみても、自分のほうがより正しく優れていると感じられるようになったかもしれません。

でも、ちょっと考えてみてください。
過去から付き合ってきた人と今もなお何の違和感もなく付き合えるというのは、あなたが彼らと同じような似た波動を持っているからですよね。
まったく異なっていたら、夫婦でも家庭内離婚が起こりますし、自己確立ができた子どもたちなら、さっさと家を出て行ってしまうでしょう。それが自然です。

これは一例ですが、わたしの家族は一緒の家に住んではおりますが、完全に独立しています。
意識レベルはみなまったく異なります。
夫と娘たちとの関係はよいとは言えない状態です。お互いに両者から学ぶことがまだたくさんあるのですが、ネガティブ思考が邪魔をして、なかなか心をひらいて話し合ったり、学ぼうとはしないようです。
もうあまり時間がないのですが…。

わたしたちは必要なときだけ集まって話しますが、あとは各自が別々の行動をしています。
食事時間も回数も個々に異なるので、皆がそろって夕食ということは滅多にありません。
家族だから皆誰かに合わせて食事をしなければならないという決まりはどこにもありませんし、同じものを食べなければならない決まりもありません。合わせているのは、自分の身体の要求にのみです。
家族というよりは、同居人と言ったほうがふさわしい関係です。


葉っぱ


☆ うちの猫たち ☆



さて、食べ物のことですが、ほんとうに皆がちがうものを食べています。
うちに同居している猫たちでさえも、食事の内容はそれぞれ異なります。

ユニコとピャーラは、以前から食べているロイヤルカナンの「フィーメールケア」にマリンコラーゲンが配合されたビューティープロの室内猫用を少し混ぜて与えており、ミッチェルは同じくビューティープロの低マグネシウム設計のものをあげています。
今年の夏からずっとわたしの部屋に居ついてしまったリーラは、長女が購入したエサを、わたしの部屋で毎日食べています。リーラの子どもたちは、子どもたちの成長に合わせた子ども専用のエサを2階の部屋でもらっています。

長女が留守のときは6匹の猫に4つに分けた容れ物からそれぞれの分量を分け与えますが、ほんとうに大変です。
今まで子どもたちの食事の回数に合わせて1日3回でしたが、もうおとなになったので、2回に減らしました。
6匹には同じ時間にあげるようにしていますが、食いしん坊のレオンなどが自分が食べたあとも違うエサを食べに来たりするので、せっかく後で食べようと残してあったエサが無くなってしまうということもたびたびあります。


    キャットフード


人間も、猫も、食べ物や意識や感情がそれぞれ異なりますが、それぞれのオーラの色や周波数を調べると、「なるほどね!」と納得できます。

以前にも紹介しましたが、わが家の猫たちのなかでは、ユニコがもっとも高い周波数を維持しています。たいていオーラは銀色でパーフェクトです。つぎにミッチェルで、明るい白のオーラをもっています。

リーラは日によってめまぐるしく変化します。
もともと、リーラは長女の愛猫で、子どもの頃から2階の長女の部屋で大きくなったのですが、長女が人霊や宇宙人の類(たぐい)を毎日のように引きつけるので、リーラが狂ったように暴れたり、走り回っていることがよくあったのです。どうやらリーラは見えない存在に大きく影響されていたようです。
子どもを産んでからしばらくは育児に専念していましたが、離乳期が終了したのを機に避妊手術を行ない、子どもの世話をすることもなくなりました。

育メンのミッチェルは、今も相変わらずこまめに子どもたちを舐めてあげたりしています。去勢手術をしていないのはミッチェルだけで、ちょっと可哀そうな感もありますが、ハイアーセルフが一貫して「去勢の必要性はない」と言うので手術は断念しました。その分たくさん甘えさせてあげています。

リーラの子どもたちも半年して後、避妊手術を行ないました。リーラが2匹の子どもたちを嫌がって避けるようになったのは、子どもたちが病院から帰ってからのことでした。
病院の匂いが嫌なのか、リーラは子どもたちが近寄ると、威嚇して近づかせないようにしていました。食事中に子どもたちが近くでうろうろしていると、落ち着かないようで、途中で食事の場所から離れたり、とにかく接触を避けていました。

黒猫

そういう日々がつづき、リーラは2階には行かずに、いつしかわたしの部屋のデスクの下で眠るようになり、今ではすっかり1階の住人となり、わたしの愛猫さながらになついてしまいました。
ユニコやミッチェルは甘えん坊さんで、毎日抱っこしてと言って来ますが、リーラも負けずにスリ寄ってきて、ゴロンゴロンとおなかをだしておねだりしてきます。
リーラはとても甘え上手な猫なので、家族のみんなから愛されています。

最後に、ユニコと生まれが同期のピャーラですが、この猫の行動には違和感があります。
抱っこされることを嫌がり、ほとんど抱っこの体験がありません。それなのに、わたしが行くところにはついて回っており、台所で料理をしていると、ニャーニャー言って、必ず背中に飛び乗ろうとします。
きっと抱っこよりおんぶのほうが好きなんだろうと思いますが、料理中はちょっと勘弁してほしいですね。(笑)
いつ飛びつかれるかわからないので、ときどき後ろを見ながら炊事をしておりますが、一時たりとも隙を見せられません。

ピャーラはたいてい青緑色のオーラですが、周波数はさほど高くありません。
2階に住んでいるリーラの子どもたちも、頻繁に異次元から来る者たちの影響があるのか、あまりよい状態ではありません。
でも、たとえ周波数が数段異なっていたとしても、発達段階が違うレベルにいたとしても、宇宙の源から来た魂であることに変わりはありません。

人間も同様です。
ある人と比べて、自分の方が数段優れているとしても、それをつよく意識しないようにしてください。
逆に自分の方が数段劣っているとしても、それを気に病まないようにしてください。
そうすることで、ハートが閉ざされ、エネルギーが収縮し、波動を下げることになるからです。


猫と肉球黒



★ 自分の波動が上がると自己像が変わる ★



自分の波動が上がったかどうかは、人との関係や物事との関係が変わることで、必ず気づきます。

自分の波動を上げると、自己像をも変えることになる。自己像を変えるときは、自分の人格の古い部分を象徴していた物事を失うかもしれない。たとえば財布を失うとしたら、自分が持ち歩いている運転免許やクレジットカードなどに象徴される、自己像を手放しつつあるということかもしれない
とオリンは言っていますが、その通りだと思います。

もう20年くらい前のことですが、わたしと一緒に自然食品の共同購入をしている人がいました。
その人は自然食品を食べているにもかかわらず、その人が近づくと、もうタバコの匂いがプンプンしてくるようなヘビースモーカーで、健康に悪いのになぜ気がつかないのだろうと、いつも不思議に思っていました。
ある日、その人が、だいじな財布を落としてしまったと、わたしに話してこられたのです。
そこには、それこそ運転免許証やクレジットカードなど、その人を証明するようなものがすべて入っていたのだそうですが、不思議なことに彼女はそれをさほど苦にはされていないように感じたのです。

そして、それからまもなく、彼女がガンで亡くなったことを聞きました。
まだ年齢は30代の終わりか、40代の初期くらいの若さでしたが、きっと古い自分の殻を脱ぎ捨てていかれたのだろうなと思いました。
財布や運転免許証やクレジットカードは、もう要らなくなったから、死の直前に消失してしまったのです。
彼女にとって、真の自己像の変身の予兆だったわけですね。



★ 電気器具が故障するとき ★



あなたの携帯電話はいつも健在でしょうか?
携帯電話がよく壊れる人というのは、けっこういらっしゃるのではないかと思います。

わたしの次女は、数限りなく携帯電話を壊し、修理し、新しい物と交換している者のひとりです。
次女が触ると固まったりするので、他人の携帯電話を触ったりするのは禁物なのです。
ほかにも、テレビやオーディオやコンピューター類を壊しまくっている人は、自分の波動の変化が、電気器具に大きな影響を与えていることを知っておいてください。

物が故障したり、消失したりするのは、そのものとの関係がなくなったということもありますが、生まれつきそういう電磁気エネルギーをもっているという場合もあるので、最初に物を買った時に、きちんと仲良くできるよう愛の波動を送り、いつも良い関係性でいられるよう意識して取り扱われることをおススメします。

故障した電気器具に愛の波動を送ると、また動き出したという体験談を、以前に記事に書きましたが、そういうことが度々生じますから、すぐに捨てたりせずにあきらめないでほしいと思います。

電池切れではないのに、電気器具のリモコンがまったく動かなくなる場合は、霊的存在の影響が大きいです。
長女のパソコンはよく固まったり、まったくインターネットがつながらなくなったりします。
最近、長女の部屋のテレビのリモコンが利かなくなったので、電気店に行って新しいリモコンを持って帰って来たのですが、やっぱりつかないというのです。

霊的な影響であることがわかっていたので、わたしは長女の部屋に霊的存在がいないときを見計らって、以前使用していたリモコンを操作してみたのです。
すると、案の定動きましたね。全然問題なくスイッチが入れ換わり、画面の変更ができました。
長女は「あれ? あれ?」という驚きのまなざしで、次々と変わる画面を見つめていました。
このときリモコンが狂ったのは、ネガティブ系異星人の影響だったことが実証されたわけですが、人霊、宇宙人、妖怪、念など、ネガティブなエネルギーが来ているときは、特にコンピューターが狂います。
よって、突然不具合が生じたときは、まず部屋の浄化を試みてください。
電気屋さんに頼まなくても、直る可能性が大です。


★ 自分の波動が上がるとき ★



あたりまえのことですが、あなたが自分の波動を高めることで、まわりの環境にもよい影響が生まれます。
波動の高い愛にあふれた人たちのなかにいるとき、人は同じような心境を感じるようになるからです。
逆もまた然りですね。
特に動物たちは、それを敏感に感じるはずです。

飼い主のオーラのなかで生活しているペットたちは、飼い主と同じオーラになることが多いのです。
ですから、動物を飼っている人たちは、常に愛にあふれた状態でいられるよう、そのことを意識して接するようにしてください。

あなたが病気になるのは、たいていあなたが自分に対して愛がないときに起こります。
これは、古いエネルギーを解放するチャンスです。
あなたが自分を愛するとき、自分の波動は上がります。
ですから、波動を上げることで、病気の経過を変化させ、治癒を早めることができるのです。


ハート
愛深く、寛容で、思いやりが深いとき、
あなたはハイア―セルフそのものになっているということを知ってください。

愛深く、成長し、進化するために、
いつも最高の善を行なうあなたでいてください。

自分の波動を上げ、ハイアーセルフでいることによって、
多くのものを癒すことができるのです。



今回の記事のアップと同時に「光の花束〈不滅の詩〉」も久々にアップしました。
この記事に関連して、「自分の波動を上げましょう!」というタイトルで、
波動を上げるための瞑想法を綴っております。
光を放射すること」や「ハイアーセルフとつながること」の大切さに目覚められた皆さんは、この機会を逃さず、ぜひこの瞑想を試してみてください。

参考記事 光の花束〈不滅の詩〉


東京・千葉の交流会を終えて

2012年10月21日 21:40


東京・千葉の交流会を終えて

~参加くださった皆さんへ~



今回は先日19日、20日の東京・千葉の交流会の感想を述べたいと思います。


19日の朝、陽光を浴びてやさしくさざめく日本海を見下ろしながら、山陰の地を飛び立ち、東方へと向かいました。

数日前から太平洋側には台風の渦が2つあり、当日の天候が危ぶまれたため、雨の神さま、風の神さまに19日と20日は必ず晴れるようにとお願いをしておりました。
そうしたら、両日とも快晴で、とても暖かかったですね。着る服を選ぶのが難しい季節で、とりあえず寒さ対策をしていきましたが、汗が出るくらいの陽気でした。
過去、雨の神さま、風の神さまにお願いすると必ず晴れていましたが、今回も暖かい太陽の光と気持ちのよい風をお恵みくださったことに心から感謝しています。

★ホテル・セレスティンでの昼食&交流会はとても和気あいあいとして、時間がすぐに経ってしまい、名残惜しい気持ちでした。わたしがその場を去ってからも、お話はつづいていたようですが。(笑)

残念に思ったのは、おひとりだけ連絡なしに来られない人がおられたことです。
当日もお電話をしたのですが、応答がありませんでした。
ほかにも参加したいという人はおられたので、「キャンセルの際は早めに御連絡下さい」と事前にメールでお願いしていたのですが、その人は、ご自分だけではなく、ほかの人のチャンスまで逃がし、奪ってしまわれました。

近年、人としての礼節(マナー)が守れないという人間が多く、いつも心を痛めておりますが、特に最近の日本人は「礼の心」を失っているので、意識して取り戻していただきたいと思ったしだいです。


★ゲストルームでは、以前から「個人セッション」を希望されていた方々おひとりずつに対し、「ハイアーセルフに出会う瞑想」をさせていただきました。
5人の方それぞれに対し、30分間ずつ同じ誘導をすることになり、少々疲れましたが、そのおかげで誘導が上達したかもしれないな~と思いました。(笑)
臨場感があってイメージがしやすいように、わたしの好みで、水の音や滝の音や小鳥のさえずりが入ったものなど、何曲かを選んで合成したバックミュージックを流しながらの誘導を試みてみましたが、しっかりと目の前に情景が現われた方々も数名いらっしゃったことを知り、よかったかなと思っています。

今後もし参加希望者が出てくれば、誘導瞑想が一度だけですむよう、大勢の人を対象に「ハイアーセルフに出会う瞑想」やその他「チャクラを活性化させる瞑想」の会などを開催してもよいかな~と思いました。
今回初めて体験された方のご意見やご感想をお寄せくださるとうれしいです。



初恋3
千葉 谷津バラ園にて バラ名「初恋」 撮影 光の仕事人


20日。
心地よい風に吹かれながら午前中にホテルを出発して千葉まで行き、楽しい昼食会&交流会とバラ園近くでの光の浄化作業を無事終えることができました。
時間がなくて、一番問題がある干潟に向かって光の放射をしましたが、今回は光を放射できていた人たちがおられて、すばらしいと思いました。
自分はできていなかったと思っておられる人もけっこういらっしゃるかと思うので、今回はどれくらいできていたか、参考のため、パーセントをお伝えしておきますね。

参加してくださった人数9名のうち、50%~65%放射できていた人が4名、80%~85%が2名、95%が1名、100%完璧に放射できていた人が2名でした。まったく光が出ていない人は0だったということです。

「光のひよこさん」たちがたくさん集まってこられるということは、過去記事にも書いて予想しておりましたが、「ひよこさん」がいつのまにかりっぱに成長されていたり、「あと少しで惜しい!」というかなり大きくなられた「ひよこさん」たちがおられて、わたしの予想を少し上まわっていて、うれしく思いました。

参加された皆さんは、希望の星なのですよ。
完璧にできた人は、これからもその状態を持続できるように日夜怠らないでいただきたいですし、もう少しの人は、さらなる努力をしていっていただきたいと思います。
こんなふうに、光のお仕事をできる人が日本中に増えていきますことを、心から願います。


葉っぱ


☆ところで、干潟は浄化できたけれど、東京と千葉の浄化はどうなったの? と思われている人もいらっしゃるのではないかと思いますので、お伝えしておきましょう。

じつは本日、そのことが気になりましたので、ハイアーセルフに尋ねてみました。
すると、東京と千葉間を行ったり来たり長時間移動したことで、少なくともその間の領域はすでに浄化できているという、喜ばしいメッセ―ジがありました。
わたしたちがあちこち動き回ることで、光が自然に飛び火していたということなんですね。
ですから、これからも光を振りまくために、おおいに移動してください。
東京と千葉にお住まいの方、あとをよろしくお願いしますね。

また、今日遠い銀河系からテレパシーでのメッセージも届きました。
すでに、銀河系のある星の代表者であったわたしの母神からでした。彼女は古代地球に貢献し、地球人から女神として崇められてきた女性ですが、地球人が○○○○と名付けた星には現在はもう存在しておりません。最近ですが、別の銀河系に行ってしまったからです。
その名を明かす必要性が出てくればお伝えしてもよいかと思いますが、知ったところで、「あ、そうなの?」くらいの感じで、皆さんにとってはあまり関係がないのでは? と思います。(笑) 
関心があって、詳細を知りたい方は、ロバート・テンプル著「知の起源」をお読みください。
きっと、その星を表す女性名が登場してくることでしょう。そして、その名前に何か無上になつかしさを感じ、魂が震えてくる人は、きっとその星が故郷だったのでしょう。


     初恋2

千葉 谷津バラ園にて バラ名「初恋」 撮影 光の仕事人



葉っぱ



★ 懐かしく大切な思い出として ★



19日に空港でわたしを迎えてくださったのは、大昔(過去生)ある星で一緒だったことのある女性でした。
目印の首にかけたココナッツのネックレスが「ここにいますよ~」と呼んでいました。
地球上では初めてお会いする人でしたが、魂は「お久しぶり!」って、共鳴していましたね。すでに今生ではメル友みたいになっていたのですが、彼女と一緒にいると不思議なほど違和感がなく、長年親しんで存在すら感じないような、それでいてとても有り難い空気さながらの感じでした。
同じホテルで宿泊され、ご一緒できた女性も、百年の知己にあったような親しみを感じました。
ご縁って、ほんとうに不思議ですね。

今回東京・千葉での交流会で、地球上で初めてお会いした魂もいらっしゃいますが、故郷が同じで懐かしい関係だった魂もおられました。
でも、どなたにもほのぼのとした親しみが感じられて、いい感じでしたね。皆さん同窓会で久しぶりに出会った教え子さんみたいで、うれしかったです。

地球で写し残した数々の思い出のアルバムのなかで、もっとも素敵な思い出の1枚として、ハートのアルバムに大きく貼っておきたいと思います。
今回の交流会が、わたしたちの魂のさらなる進化につながったことに感謝します。
ありがとうございました。

最後に、この記事を読んでくださった読者の皆さんに、谷津バラ園で撮ったバラをお送りします。

バラ園では自由行動でした。
「みんな、バラバラになってしまった」という男性に「バラ園だからバラバラでいんですよ」と言ったら、笑っておられましたね~。
皆さん、すてきなバラに出会えたでしょうか?


魅惑
千葉 谷津バラ園にて バラ名「魅惑」撮影 光の仕事人




ハート
地球のために、人類のために、
自ら光を放射しようと志している気高き有志たちへ
つぎのことばを贈ります。



~熟すこと~

瞑想があなたに、どんな夜にも輝く光をもたらすようになって初めて、
死さえもあなたにとっては死ではなく、神性への扉になる。

あなたのハートのなかの光で、死そのものがひとつの扉へと変容され、
あなたは宇宙のスピリットに入る。
あなたは大海とひとつになる。
そして、この大海のような体験を知るようにならないかぎり、
あなたは無駄に生きてきたことになる。

今がつねにその時だ。
そして、実はつねに熟している。
あなたは勇気を出して、自分の内なる森へと入っていけばいいだけだ。
実はつねに熟しているし、機はつねに熟している。
今はその時ではないということなどない。

               ~by OSHO~




チャネリングとは宇宙に自分をひらくこと&宇宙の愛を受け容れること

2012年11月05日 23:15


★ 期待感を持たないこと ★



前回の記事でお伝えしました講習会に「参加したい」という人のアンケートがポツポツ届きつつあります。
予想通り数は大変少ないのですが、ペンジュラムを使いたいという本気の熱意を感じることができた方もいらっしゃいます。
ただ、ここではっきりと申し上げておきたいことがあります。

これは「数秘リーディング」のときにも希望者に再三お伝えしてきたことですが、決して「期待感をもたないでいただきたい」ということです。

「気づきのコース」で大きく飛躍できるという期待感を持っていた人は、大変多かったのではないかと思いますが、受講する前から多大な期待を持つことはやめてくださいとお願いしてきました。
あまりにも依存傾向が強かったり、期待感がつよくあった人は、当初はOKが出なかったのではないでしょうか? 
また、その後も仕事人に依存ばかりして、自分の答えを見いだそうとしなかった人たちは、よい結果、望ましい結果を生み出せなかったことと思います。

では、なぜ期待感をもつことはよくないのでしょうか?

もしリーディングでも他の何であっても、そのあとの期待感に心が支配されていると、「今に生きることができない」からです。
今直面している成長のためのチャンスが、その期待感によって打ち消されてしまい、見えなくなってしまうからです。意識が「今、ここ」に目を向けなくなるのですね。

自分の今生の目的を知って、今後の魂の成長に役立つようにがんばりたいという熱意を、最終的な「満足感」に向けるのではなく、今のこの瞬間の学びに集中していただきたいということです。
「自分の目的に到達するための単なる手段」ではなく、「その瞬間の気づきの過程そのものを楽しんでほしい」ということです。
言っている意味を理解していただけますでしょうか?
(今に生きることの大切さは、何度か記事にも書いておりますので、再度お読みください)

たとえば、「気づきのコース」の場合、もしリーディング結果をお送りするだけであったなら、どうだったでしょうか? 結果を受け取った人が、「へ~、そうなんだ」で終わってしまっていたかもしれませんね。

リーディング内容に対してよく掘り下げて考え、気づいたことをレポートとして提出していただいたり、それについてのコメントをしたり、必要に応じて質疑に答えたりというメール交換のサービスを付加させていただいたのは、気づきがどんどん生まれてくるその瞬間のプロセスを楽しみ、その喜びを味わっていただきたいがためでした。

アンケートに対するお返事や拍手コメントに関するお返事も同様です。
これらは、皆さんへのご奉仕なのですが、あまりにも礼を欠いたご質問や、自分の知りたいことを聞きだしてやろうというような魂胆が見え隠れする人には、最初からお返事を差し上げないことにしておりますので、ご了承ください。

また、「結果だけわかればよい」、「答えだけ知りたい」と思っている人は、どうか他の能力者にお尋ねになってください。ペンジュラムの講習会も、同様にお考えいただければ幸いです。
ただのお遊びの感覚でされたいのであれば、インターネットで調べればいくらでもやり方について書かれていますし、誰でも容易に受け容れてくれるような講習会に参加なさることをおススメいたします。


ペンジュラムのお友だち
ペンジュラムのお友だち  撮影 光の仕事人



★ 宇宙の叡智とのチャネリング ★



チャネリングの基本的な定義は、「物質界を超えたレベルの現実から情報を得ること」ですね。
高次の霊や宇宙人などの意識体からのメッセージをもらったり、自動書記をしたりすることだけがチャネリングではありません。あらゆるカード・リーディングをはじめ、文筆や作曲や絵画など、芸術のすべての表現は、チャネリングだと言うことができます。
ペンジュラムを使って、ハイアーセルフや宇宙の叡智から答えを引き出すということも、ひとつのチャネリングです。
引き出す相手は、宇宙人や天使やマスターたちなどではなく、宇宙の叡智そのものであるわけですから、これ以上の答えはないわけです。そういうところから答えを得られることのすばらしさに、きっとわくわくされることでしょう。

でも、期待感はもたないようにしてください。
期待して、もし自分がペンジュラムを通して答えが得られない(ペンジュラムが拒否する)ことを知ったら、また、他の波動に影響されてまちがった答えが出たとしたら、あまりにもショックが大きいからです。

だからと言って、あまり慎重になりすぎないでください。
もっとリラックスしてペンジュラムと仲良くなり、友だちとなったペンジュラムを通して、ハイア―セルフ(高次の自己)の意向を知り、自分の意識レベルを徐々にあげていくのだと思ってくださればと思うのです。
天然のクリスタルのペンジュラムと仲良くなるだけでも、あなたの意識は研ぎ澄まされていくのです。彼らはそれだけのパワーをもっているのです。

まずペンジュラムと出会って、仲良くなることが必要です。
当然のことですが、それができない人(ペンジュラムがいやがっている場合など)は、そのペンジュラムを使用することができません。
ですから、ペンジュラムの達人になれるかどうかは、その人とペンジュラムとの必然的な出会いから始まるのです。
ですから、これからペンジュラムを探そうとしている人は、どうかすてきな生涯の連れ添いを見つけてください。


     わたしのペンジュラム
     わたしの愛するペンジュラム 撮影 光の仕事人


だれもが、初心者であったことがあったのです。わたしも同じです。
指導者もおらず、たったひとりで行なっているわけですから、最初の頃はその答えが真に合っているのかどうかわからないという状態で、「これって、ほんとうに高次からの答えなのだろうか?」という不安感もありました。
ただ、わたしの場合、その答えが正しいかどうかを確認できる人がおりましたし、守護してくれる神霊たちを心から信頼することができました。毎日いろんな質問をし、その検証をして、その信憑性を確立していったのです。
何万回、何十万回に及ぶ質問と、その結果から得られたことがあります。
わたしが皆さんにお教えできることは、わたしの体験に基づいたものであり、頭で考えたことではありません。体験と感性以外には何もないということをお伝えしておきたいと思います。

今回のペンジュラムの講習会では、その答えが宇宙の叡智からきたものか、他の影響が加わって出た答えなのか、そして、個々の意識レベルによっても答えは異なってくるということを、一緒に見極めていきたいと思っております。
ペンジュラムに尋ねてはいけないことなども、しっかりとお伝えする予定です。

また、研修が終わったら終わりっぱなしではなく、その後のフォローもしていきたいと考えています。
だからと言って、依存や期待はしないでくださいね。あくまでも、わたしはお手伝いをするだけです。
とても高度な研修になるかと思いますが、それも自分のハイアーセルフとコンタクトをしていけるひとつの道なので、真剣に取り組んでいただければと思います。

今回予定しております「瞑想とペンジュラム教室」は、今後また開催できるかどうかは不明です。2013年がどうなっていくのか、ちょっとわからないせいもありますが、今回限りとなる可能性があります。


チャンスの女神は今訪れようとしているのです。
そのとき直観で来たものは、そのときだけのものなのです。
同じ内容を再度繰り返すという発想は、わたしのなかにはありません。
一期一会です。
ですから、チャンスをつかみたい人は、女神が通り過ぎない前にしっかりと準備していてください。
いつでも前髪をつかめるように!



     かがやくクリスタル
   青いかがやきを放つクリスタル 撮影 光の仕事人



★ チャネリングとは宇宙に自分をひらくこと
          宇宙の愛を受け容れること ★



ゴータマ・ブッダは、正見〈正しいものの見方〉、正思惟〈正しい思考〉、正語〈いつわりのない言葉〉、正業〈正しい行為〉、正命〈正しい職業〉、正精進〈正しい努力〉、正念〈正しい集中力〉、正定〈正しい精神統一〉という「八正道」を説かれました。

これは、涅槃に達するための八つの正しい実践行のことですが、正しくものが見えなければ、正しく思うことも、正しく語ることも、正しく生きることもできません。

しかし、何が正しいのかをどうやって知ればよいのでしょうか? 

この世の善悪の観念は、人間が勝手に創り上げたものですから、道徳や宗教で教えているような内容ではありません。

それを知ることができるのは、「八正道」の最後にある正定〈正しい精神統一〉によってのみです。
瞑想の中で、あるいは直観やチャネリングのなかで、知り得るものなのです。
精神統一なしにはありえないということです。

般若心経に書かれている内容も、究極的には「瞑想をしなさい」ということですし、OSHOも瞑想を勧めていますね。
そういうわけで、わたしも精神統一をおススメします。そして、宇宙とチャネリングしてください。


ハート
チャネリングとは、宇宙に自分をひらき、宇宙の愛を受け容れる行為であるということ。

ハイアーセルフを信頼するということは、自分自身を信頼し、愛するということ。

自分自身を信頼し、愛するということは、宇宙の叡智の源を信頼し、愛するということ。

もし、愛を受け容れることを学ぼうとしないのであれば、チャネリングすることの意味はありません。
そのことを、ハートに深く留めておいてくださればと思います。




「エゴの思考」から「愛の思考」へ

2012年11月17日 01:17


★ 最近の気象 ★



11月14日は新月でしたね。
オーストラリアの北東部沿岸で14日早朝(現地時間)、皆既日食が観測されました。
NASA(米航空宇宙局)によりますと、皆既日食は平均すると1年半ごとに起きているのだそうです。(ただし特定地域で皆既日食が起きるのは、平均すると375年に1度だとか)
前回は2010年7月にチリのイースター島で観測されましたが、次回は14年にアフリカの赤道付近で見られるそうです。


日食


11月13日~15日くらいのあいだに、地震や何らかの異常気象が見られる可能性があることは、随分前から予想していたのですが、確かにこの数日間は日本の天気は大荒れに荒れていました。
つい最近見つけた「地震予測情報一覧」Hazard Lab(ハザードラボ) にも中国地方を除いてほぼ全国的に地震の予測がされており、どこでいつ起こっても不思議はない状態だということがわかります。
しかし、地震がこの数日間に起こることはありませんでした。今後については、今のところわかりません。

わたしの住む地域では、14日~15日にかけて、ときどき雷の轟音が響き渡り、15日の早朝は雷とともに雹が降りました。大山では23センチの積雪が見られたようです。11月に入って一番の寒さを感じましたが、空には夏に見られるような白い積乱雲が広がり、不思議な光景だと感じました。
皆さんのお住まいの地域はいかがでしたでしょうか?


★ 豊かな収穫を得られた2012年 ★



この秋は、大きな台風も来なかったので、果物の収穫も順調だったように思います。
大好きなりんごが、種類も豊富に店内にずらりと並べられていることには、大きな喜びを感じているしだいです。
昨年は原発事故の影響で、青森からのりんごが届かず、どこのお店にもあまり置かれていませんでした。どれもできの悪い状態にもかかわらず、高い金額で少量売られていただけだったのです。
そんな昨年に比べると、「月とすっぽん」ほどの違いですね。今年のりんごはとても大きくて、味もよく、価格も安いです。りんごだけではありません。いろんな果物が豊かに実りました。

わたしの家には柿の木が1本あるのですが、昨年、一昨年共につぎつぎとカラスに食べられて、たったの数個しか収穫ができなかったのですが、今年はカラスから柿の実を守るために夫がCDをぶら下げておいたせいで、無事収穫することができました。ちなみに段ボール箱3個分あり、数えてみたら何と380個以上もありました。消毒をしていない自然の柿で、熟すと深みのある甘い味がして、市販されている柿よりも美味しいのですが、種がたくさんあります。カラスのかんたろー君のために、木にはまだ実が少量残されております。


収穫2
       収穫1  撮影 光の仕事人


わたしは柿が好きですが、柿を好まない人も多いようですね。どこの家も今年は実りがよいようで、他家の庭にできたしぶ柿を無理やりもらってくれと言われるほどで、夫が仕方なくもらってきたりして困っている始末です。(苦笑)
この柿を人にお分けしたり、ジャムや柿酒にしてみたりしましたが、まだたくさん残っています。
何かよい保存法をご存じでしたら、ぜひ教えてください。


収穫1
     収穫2  撮影 光の仕事人


さて、日本の天気が大荒れになっていた頃、政界でも同時に大荒れになっていましたね。
自民党の安倍総裁との党首討論で 野田首相が「定数削減確約なら11月16日に解散する」と言ったのは14日でした。そして、衆議院選挙は来月12月4日に告示、16日に投開票ということになり、東京都知事選と同日選となりました。
「捨て身の提案で正面突破を果たした野田首相だが、衆院選での苦戦は必至で、政権維持の展望はない」という記事を目にしましたが、それを契機に民主党から離党していく人が続出している現状です。
皆さん、これからの日本はいったいどうなっていくと思われますか? あなたの予想は?


★ だれが代表になっても政治は変わらない ★



最近は世界の国々で政権交代が起きていますね。オバマ氏はそのままでしたが。
最初はみな現状が悪いために何とか良くしようとして革命的運動を起こしたり、選挙で闘ったりするわけですが、今の世界の仕組みのなかで、だれがその国の政治の代表者になったとしても50歩100歩で、結局は同じになり、仕組みから脱却することはできません。
日本も全く同様です。長期にわたって政治をおこなってきた自民党に嫌気がさした人たちが数年前に政権を交代させ、民主党の時代を創ったわけですが、やっぱりその民主党はだめだったから、またちがう政党に期待をし始めているわけで、いつまで経ってもぐるぐると回っている感じです。

政治・思想・行動・方法などにおける大変革のことを、英語で「レボリューション」と言いますね。
革命」とは、権力体制や組織構造の抜本的な社会変革が、比較的に短期間に行われることとされ、ウィキぺディアには「レボリューション」の語源は「回転する」の意味を持つラテン語で、ニコラウス・コペルニクスの科学革命で使用され、後に政治的変革に使用されるようになったとあります。

革命が回転するという意味だとするなら、それは少し微妙な感じがしないでもありません。なぜなら、180度回転したならよいのですが、360度回転する場合もありうるということです。
つまり、改革してすっかり変わったと思っていたら、じつは変わったのは人間(支配者)だけで、中身は同じだったという場合もあり得るからです。これは、太古の昔からまったく変わっていない真実であるように思うのですが。


★ 平清盛の政治改革 ★



今、大河ドラマで「平 清盛」の生きざまの物語をやっていますね。
皆さん、見ていらっしゃいますか?

ご存じのように、平清盛は平安時代末期に天皇の政権から武家の政権へと変革し、中央政界のトップについた初めての武士です。
平家一族は最終的にはすべての官職を独占するようになっていき、清盛の娘の徳子を高倉天皇の妃とし、のちの安徳天皇を生ませて外戚とまでなりました。清盛の妻である時子の兄の平時忠が、「平家にあらずんば人にあらず」と言ったのもその頃です。
そんな平家の繁栄に対して反感を抱く人が出てくると、清盛は「禿髪(かむろ)」と呼ばれる少年の密偵を京に放ち、平家の悪口を言う者がいると、「禿髪」たちがその者の家に押し入り、逮捕や連行を繰り返したのです。清盛は平家へ不満の声を浴びせる者たちに対して恐怖心を抱かせ、彼らを徹底的に封じ込めたのです。
この傲慢なやり方が行われてから平家の没落は始まっていきましたが、そんな清盛がいなければ武士の世は成立しなかったかもしれません。

ところで、最初は清盛に味方していたかにみえた後白河法皇も、平家の繁栄ぶりを見てしだいに疎ましく感じるようになり、やがて清盛と対立しますね。そして、平家打倒をめざした鹿ヶ谷での謀議に加担したり、重盛(平清盛の長男)の四十九日が終わっていないうちに、石清水神社に行幸して音楽の遊びをしたり、子々孫々まで保証すると約束されていた重盛の所領を、彼の死後すぐに取り上げたりしたため、清盛は激怒し、とうとう後白河法皇を幽閉するに至るのです。
大河ドラマでは、ちょうどこの辺りまで放映されましたね。今後、どのような展開になり、どのような結末を迎えるのか、もう皆さんはおわかりのことでしょう。下記の平家物語の冒頭に語られるような状況が起こってくるのです。


祇園精舎の鐘の声
諸行無常の響きあり 

沙羅双樹の花の色
盛者必衰の理をあらわす 

おごれる人も久しからず
ただ春の夜の夢のごとし

たけき者もついには滅びぬ
偏に風の前の塵に同じ



全国各地で平家に対する反乱が起きますが、その中心人物である源頼朝の討伐に向かうことを決めた清盛は、突然激しい熱病に襲われて倒れます。平家物語に書かれている清盛の病状の描写はあまりに大げさすぎて信憑性に欠けるのではないかと思いますが、皆さんはどんなふうに感じられているでしょうか?
現在では、その病気はマラリアだと言う人もいますが、わたしは彼の病の原因はほかのところにあったと思っています。もっと感情的、精神的なレベルで起こっていたと感じるのです。

清盛が病に罹ったのは、彼がかつて命を助けた頼朝が中心となって反乱を起こしていることを知ったからです。激しい熱に襲われたのは、それに対する怒りを溜め込んでいたからで、清盛の心の中に頼朝に対する深い怒りが大きく渦を巻いていたからではないかと思うのです。かつて清盛が若い頼朝の命を奪わなかったために、後になって自分に反逆してきたのが憤怒の原因だったのでしょう。
清盛は、「思い残すことは何もないが、頼朝の首を見なかったことだけが無念である。自分が死んだら仏事供養などする必要はない。頼朝の首をはねて仏前に供えてくれ。それが最高の供養である」という言葉を残してこの世を去ったということですから、その最期の言葉がすべてを物語っていますね。

しかし、怒りを起こした原因は頼朝にあったのではなく、ほんとうのところは清盛自身にあったのです。
相手の行動をどのように受け止めるか、それに対してどう反応するかというのは、人それぞれ異なります。自分が長年学んできたさまざまな経験によって反応の仕方は異なるということです。
そのとき清盛は頼朝の行動を、憎しみや怒りとして受け止めたということですね。これは清盛に限らず、わたしたち皆が常にしていることなのです。
清盛はそのことに気づかないまま亡くなってしまいました。そして、彼の死後、壇ノ浦の合戦を最後に平家は滅亡し、源氏の世となるのです。

大河ドラマではどのような結末を迎えるのか、ちょっと楽しみですね。


秋の植物の寄せ植え
    秋の植物の寄せ植え 撮影 光の仕事人



★ エゴの思考から愛の思考へ ★



平安時代末期に武士の時代をつくって栄華を極めて以来、江戸に幕府を開いた徳川家の時代になるまでの間、つぎつぎと天下分け目の戦いが繰り広げられていくわけですが、実に目まぐるしい政権交代がありました。
平家にしても源氏にしても、そして天皇家にしても、結局のところは、皆自分と自分の家族の繁栄のみを願っていることに変わりはありません。天皇などは親子や兄弟であっても、気に入らなければ激しく反目しあっていたわけで、エゴが非常に強すぎるように感じますね。そこには愛と安らぎは全くなく、対立、不調和、恐怖、不信、攻撃、防衛という分離の思考があるだけです。

政治を行うと言っても、国や民のためというよりは、自分が思うように国や民を支配することを望んでいるだけのことです。要するに、究極的には支配力、権力がほしいだけなのです。そして、本人たちはまちがいなくエゴに支配されており、それに気づいていない愚かな存在なのです。

地球上に語り継がれているさまざまな国の歴史は、すべて戦いの歴史です。支配者の歴史です。民の実態など、まるで書かれてはおりません。民無くして支配者は存在しないのですが、この物理次元の世界とは、そうした闘争と勝者の支配で成り立っている世界なのです。
このような「分離(エゴ)の思考システム」で成り立つ世界では、いくら改革しても、少し変わったように感じるのはほんの初めだけです。基本的なものが変わっていないから結局のところ変わらないのです。つまり、「エゴの思考」を消滅させ、「愛の思考」にならないかぎり、何も変わらないということです。

やすらぎ療法」という本があります。
この記事を書いてから、20年ぶりに手にとってパラパラとめくりながら読んでみました。
そこに、今まで述べてきたことのまとめのような文章を見つけました。
それを最後に皆さんにお伝えしたいと思います。


ハート
心のやすらぎがあるときには、
心の中で相反する考えが戦いを起こすことがないのです。

心の中の戦いが激しくなると、
エゴはこれらの葛藤を外の人々や状況に投影します。

そこで、私たちはだれか他の人の落ち度を見つけ、
自らの怒りを正当化しようとするのです。

こうした事態では、エゴの言うことを信じやすく、
「いま体験していることの原因は自分の心の中にある」とは思えなくなります。

今日私は、自分に言い聞かせます。

「怒りを味わうとすれば、その怒りは自分の心の中の戦いがその原因です。
私はその怒りを他の人々に投影しないことを選びます」





今月の出来事&光の仕事人のおススメ映画

2012年11月27日 20:15


★ 今月のできごと(地震) ★



過日の11月24日午後5時59分ごろに、千葉県北西部を震源とする地震が発生しましたね。
気象庁によりますと、震源の深さは約80キロで、地震の規模を示すマグニチュード(M)は4.9と推定されました。東京23区や多摩東部、神奈川県東部、西部で震度4を観測したということです。

千葉や東京にお住まいの皆さん、大丈夫でしたでしょうか?  
どちらかというと、千葉よりも東京のほうが強い揺れだったようですが、ニュースではあまり詳細は語られず、被害はほぼなかったように思われます。

震源地は千葉県北西部だということですが、同じ千葉県北西部(北緯35.6度、東経140.1度)で2005年(平成17年)7月23日(土)午後4時35分にも起きていますね。
2005年の千葉県北西部地震は、千葉市付近直下を震源として発生した地震で、震源の深さは73km、地震の規模はマグニチュード6.0でした。東京都足立区伊興で震度5強を観測したほか、北は青森県、西は兵庫県までの広い範囲で観測されたと伝えられています。

千葉県北西部は地震の巣だと専門家は言っていますが、北西部と言っても範囲が広いですね。
10月20日に千葉の習志野にある谷津に集まってくださった皆さんと浄化した干潟は、その北西部に位置しています。あそことその周辺に問題があるということで、先月千葉に赴いたわけですが、皆さんと光の放射をした結果、地震の規模や震度が抑えられたのだということを、先日ハイアーセルフから聞いて知りました。
やはり行った甲斐はあったのだと思い、よかったと思っています。
ご参加くださった皆さん、本当にありがとうございました。

下の図は、千葉県北西部を震源地とするマグニチュード6前後の地震の区域を表したものです。その中に谷津バラ園や干潟が入っていますね。
千葉にお住まいの皆さん、東京にお住まいの皆さん、どうかこれからも光の放射を続けてくださいね。


tokyowanhokubu

提供 http://www.eigo21.com/etc/jishin/index.htm より





★ 光の仕事人のおススメ映画 ★



最近、何か涙が出るほど感動する作品が観たいと思い、何作かを観てみました。
そのうちの2作品を今回お伝えしたいと思います。
皆さんもうすでにご存じだと思いますが、もしまだ観たことがないのであれば、ぜひご覧いただきたい作品です。
また、ご存じであった方々も、ぜひ再度感動を味わっていただきたいと思います。


ライン ノスタルジック


  ~猫好きの人に『トゥー・ブラザーズ』をおススメします~



   映画の主人公たち


『トゥー・ブラザーズ』は、2004年製作のジャン=ジャック・アノーによるイギリス&フランスの合作の動物映画です。
人間の都合で幼い頃に離別させられ、それぞれの人によって連れ去られ、数年後に再会した2頭のトラの兄弟の数奇な運命を描いた作品です。
ここではトラが主人公です。人間はあくまでも脇役です。トラの視点が中心となっているため、トラの気持ちが観ている側に直に伝わってくる作品です。

人間たちの勝手なエゴで父親を殺され、母親とも離れ離れになり、不思議な運命をたどりながらも、懸命に生き抜くたくましいトラの兄弟の生きざまに、わたしは大きな感動を覚えました。
その反対に、人間の意識レベルの低さと愚かさをつくづくと感じさせられました。トラを見れば、すぐに殺そうと銃を放つ人間たち。情けなくて、ため息が出ますね。観られたら、「ああ、ほんとうだ」とわかるはずです。
もし一度もため息が出て来ないとしたら、その人は人間の世界に毒されてしまっていて、動物の純粋さや愛を理解できない人間となっているのだということです。
人間こそ、動物の中でもっとも意識が低いのかもしれないと、つくづく思いました。

最後の少年とトラの別れのシーンは、確かに「映画史上、永遠に語り継がれる名場面としてスクリーンにおさめられた」といわれるだけのことはあり、大変印象的でした。動物と子どもの純真無垢なつよい絆を感じさせられました。
出演したトラたちは、こんな演技ができるのだと、つくづく感心しましたね。ほんとうにすばらしいです。

この映画は数回観ておりますが、いつも新たな感動を与えてくれます。人間が仕組んだ物語ではあるけれども、何かほんとうにトラたちに味方をしたい気分になってきますね。「がんばれ!」とエールを送りたい気持ちにさせられます。

猫を愛する人たちは、きっとトラも好きなはずです。大きさは違っても、中身は同じですね。犬はどちらかというと人間の家来みたいで、わたしはあまり好きにはなれません。
猫が大好きな人にゼッタイおススメの作品です。



ライン ノスタルジック


    ~イルカが好きな人はぜひ『イルカと少年』を!~



『イルカと少年』(原題: Dolphin Tale)は、2011年のアメリカのドラマ映画です。


        映画『イルカと少年』


あるとき、少年ソーヤーが、漁船網に引っかかって怪我をして動けなくなったイルカを発見します。イルカは海洋生物専門の病院で保護されますが、そこから物語は始まります。
「ウィンター」と名付けられたそのハンドウイルカは、結局その怪我が元で尾びれを失うのです。

これは、世界初のイルカの義尾を作ろうとする人たちと、孤独な少年ソーヤーとの絆を通して描かれたノンフィクションの作品で、映画に登場するイルカの「ウィンター」役を、実際の「ウィンター」が演じて話題を呼んだということで、全米のヒット作となっています。

人工尾びれで元気に泳ぐその姿は、現在も手や足を失った多くの人々の希望となっているそうで、そのすばらしい試みにわたしも感動しました。イルカによって、閉ざしていたハートをひらいていく少年のようすも必見です。
イルカが好きな人にはおススメの作品です。


★仕事や日常生活に明け暮れていると、社会に毒されていても気づかなくなっていくのです。
ですから、たまには感動の名作を観て、純粋な心を取り戻していただきたいなと思うのです。
結局は、動物たちが人間に気づきをもたらし、癒しをもたらしてくれているということに気づいてくださればと思います。



少年とトラの子サンガ
   映画『トゥー・ブラザーズ』より 少年とトラの子サンガ



★ どうなる? 動物のアセンション ★



人間より動物のほうが、ずっとアセンションの可能性が高いとわたしは思っています。
また、目覚めた飼い主や目覚めようとしている飼い主が側にいる場合、側にいる動物たちはさらに高い波動に近づくことができます。ペットたちのオーラが、飼い主のオーラの色と同様になるように。

ですから、「わたしのペットはどうかしら? 一緒にアセンションできるかしら?」なんて心配はご無用です。
ペットのことよりも、むしろご自分のことを心配なさったほうがよいのではないかと思います。
アセンションの契約をしてきたものは、人間であろうと動物であろうとみなアセンションの機会を得るのです。
特にペットは、アセンションするために何かをする必要は何もないのです。

アセンションの契約をしてきた全てのものたち(動物も人間も)、すなわちアセンションをしたくて、この地球に生まれる前にその約束をしてきたものだけが、アセンションするということです。ですから、そうなるでしょう。

2012年の12月はもうすぐ到来します。
わたしが感じる『アセンションとはどうなることか?』については、来月12月に入ってからお伝えできればいいなと思っています。
当然のことですが、きっとわかる人だけがわかる内容となるでしょう。


ハート
あなたにできることは、自分を変えることだけです。
ですから、他の人に対してあなたができることは、
その人の選んだ道を喜んで行かせてあげることです。

あなたの意識レベルが上がると、
未だに変化することに対して抵抗している人たちにも、
何らかの気づきを与えることができるでしょう。

あなたがそれを望む、望まないにかかわらず、
それは自然に起こってくるでしょう。

あなたにネガティブな言動を与える人々に対しても、
怒りや恨みというネガティブな感情を解放し、
あなたはただしっかりと前を向いて力強く進んでください。
自分の内なる光を信じて。



今月の出来事&12月のおススメTV

2012年12月08日 00:25


★ 12月7日に起きた三陸沖地震について ★



7日の17時18分頃、東北地方の三陸沖で、マグニチュード(M)7.3の地震が起きました。
日本海溝の東側を震源とするアウターライズ(海溝外縁部)型と呼ばれる地震で、大きな津波を伴う余震として地震学者が最も警戒していたタイプだったと伝えられています。
アウターライズ型は特に津波が大きくなりやすく、震源が陸地から離れているため、揺れはさほど大きくなくても、海底が大きく動くために津波は大きくなる特徴があるということです。
これは、大震災から約1年9カ月が経った今も、巨大地震の影響が続いていることを示しているということで、今後も長期間の警戒が必要だと言われています。

この地震が起きたとき、津波警報が出されておりましたが、今回は大丈夫だと思いました。
そんなにたいした津波は来ないと、ハイアーセルフが告げていたからです。
ただし、今月中に再度同様の場所で起こる可能性はあると言っています。
どうか皆さん、大事に至らないよう、常に注意を怠らないようにしてください。



★ 今月のおススメTV番組 ★



最近大変慌ただしい毎日を送っており、なかなか記事を書く時間がありません。
しかし、皆さんにはできれば見ていただきたい番組があるので、ご紹介しておきます。


★ Why Poverty? ★
世界の貧困~なぜ格差はなくならない~



これは、イギリスのBBC、デンマークのDR、ドイツ・フランスのARTE、NHKなど、 数十か国の公共放送局が参加する国際共同プロジェクトで、「なぜ21世紀になっても世界から貧困が消えないのか?」という問いかけを発端に、各地のドキュメンタリー監督が合わせて8本の作品を制作し、2012年11月、世界に問いかけたものです。

この番組は、世界の国々から見ることができます。
詳細は http://www.nhk.or.jp/wdoc/whypoverty/index.html へ。


先月、わたしはこのドキュメンタリーについての予告編を見て、11月26日から毎日「BS世界のドキュメンタリー」の〈シリーズ 世界の貧困〉についての内容を視聴し、考えるところが多々ありました。

シリーズ1は「貧しく生まれることは貧しく死ぬことよりも悲劇か?」という問いかけから始まった「赤ちゃんの運命を決めるもの」。
シリーズ2は「中国 教育熱のゆくえ」。大学に行かないと、良い就職はできないという嘗ての日本のような状態が生じており、貧困層はさらにひどい状況にあることがよくわかる内容でした。
シリーズ3は「アニメ貧困史 ~貧しさはどこからやってきたのか~」、
シリーズ4は「パーク・アベニュー 格差社会アメリカ」で、非常にショックな内容でした。


~「パーク・アベニュー 格差社会アメリカ」 の簡単な説明~


(BS世界のドキュメンタリー
http://www.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/121129.html
より引用)

自由と公平な競争機会が約束されているとされるアメリカ合衆国。
ところが、こうした「アメリカン・ドリーム」はもはや幻想でしかないのではないか、と訴えるドキュメンタリー番組。担当ディレクターのアレックス・ギブニーは、ニューヨークで最もリッチな人々が住むという「パーク・アベニュー740番地」の人々に焦点をあてる。
そして、そのパーク・アベニューを北上するとハーレム川に突き当たる。その先は、いわゆる生活困窮世帯が多くある地区だ。一つの通りの「こちらと向こう」では、大きな格差があり、その格差は今のアメリカのシステムでは乗り越えられないのではないか、とも主張する。
“富める者は富み、貧しい者は貧しいままの社会”。一体、何が原因でこうした格差の固定化が進んでいるのか。ギブニーは、富裕層を“優遇する”税制がワシントンでのロビー活動を通じて展開されていると指摘。様々な専門家へのインタビューを通じて、金持ちが“優遇される”仕組みを明らかにしようとする。
2010年には、わずか400人の億万長者が下から数えて1億5000万人分の合計の富み以上を得ているという現実を示す。アメリカの気づかない側面に光を当てた意欲作。

•原題:Park Avenue: Money,Power and the American Dream
•制作:国際共同制作 NHK / Jigsaw Productions / Steps International (アメリカ/南アフリカ 2012年)




★上記の放送はもう終了しましたが、ぜひリクエストして見てほしい番組です。

来週再放送があるのは、下記の内容です。
その時間に見ることができないのなら、録画してでも見ていただきたいと思います。
特に赤で記した内容は、おススメです。



 「闘うセレブ~U2 ボノの叫び~ 」より 
       「闘うセレブ~U2 ボノの叫び~」より


12/10(月)午後6:00~6:50
シリーズ 世界の貧困「闘うセレブ~U2 ボノの叫び~」


12/11(火)午後6:00~6:50
シリーズ 世界の貧困「アフリカ争奪戦~“富”を操る多国籍企業~」

12/12(水)午後6:00~6:50
シリーズ 世界の貧困「収穫は誰のもの?」

12/13(木)午後6:00~6:50
シリーズ 世界の貧困「ソーラー・ママ」



~「ソーラー・ママ」の簡単な説明~
(BS世界のドキュメンタリー
http://www.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/121206.html
より引用)

アフリカ、南米、中東、アジア各国から貧困層の女性が集まり、太陽光発電の技術を学ぶインドの“裸足の大学。”子どもがいれば習得後に村を離れることもなく技術が定着できるという理由から、参加を許されるのは母親のみ。読み書きができなくても6か月で技術を習得することができ、帰国後は技術者として安定した収入を得る可能性が高まるという画期的なプログラムとなっている。
ヨルダンから初めて選ばれたラフェアは、4人の子どもから遠く離れたインドで電気回路の基本から難しいパーツの組み立てを学ぶ。初めての経験にとまどいながらも自信をつけていくラフェアだが、夫の妨害にあい、やむなく一旦ヨルダンに帰国することになる。しかし、なんとかして研修を終えて村に希望を与えたいという気持ちを抑えきれず、環境省担当者の協力を得て、ラフェアは再びインドへと旅立っていく。
無理解な夫に邪魔されながらも、自立への道を切り開いていこうとするヨルダンの女性の姿を追っていく。

原題:Solar Mamas
制作:国際共同制作 NHK / Plus Pictures / BBC / DR / ITVS / SVT / ZDF / Arte VPRO / Steps International (デンマーク 2012年)



★ここに登場するラフェアの夫を見ると、きっと溜息が出てくるでしょう。こんな女性差別をするひどい夫が、世界中に多々存在するのです。
女性が仕事を持つことを嫌がり、ラフェアの夫は断固として反対します。だからと言って、夫は何も仕事をしないで、毎日タバコを吸って、寝転んで携帯をかまっているのです。ラフェアが決意をしてインドへ研修に行くと、夫は子どもたちの面倒も看ず、早く帰れだの、子どもが病気だの、離婚するなどと毎日のように電話をしてきて、家に帰らせようとします。
自分の人生を大切にしたいという気持ちと、子どもたちのためにも仕事を持つ決心をしたラフェアは再度インドに行き、立派に研修を終えて帰宅します。そして、村の女性たちにも仕事をするよう勧めるのです。

女性が学ぶことは恥とし、仕事を持つことを禁じているのは、その村の男性たち(特にラフェアの夫)です。
女性はただ家にいて子どもを育てればよいという考えのもとで、大きな制限を設けているのです。
イスラム教徒のなかでは、そういう思想が蔓延っているように思いますが、そういう制限を設ける宗教がまかり通っていること自体が不思議です。

番組を視聴された方は、よろしければそれらの内容(タイトルごと)についてのご意見やご感想をお寄せいただければ幸いです。
ぜひアンケートに書いて送信してください。お待ちしていますね。


ハート
「世界の貧困」について考えることは、とても大切です。
それは、貧困が多い国の問題だけではありません。
これは、世界人類の問題であり、地球の大きな問題でもあるからです。
このような情報を知ること、理解すること、そして、考えることが緊急に必要です。
あなたも、今世界で何が起っているのかを知ってください。
それは他人ごとではないのです。
わたしたちは同じ地球に住む兄弟姉妹なのですから。



必要でないものを手放しましょう!

2013年01月09日 00:00


★ ガイアへのメッセージに感謝 ★



3日から掲載していた『ガイアの愛に応え、ミラクルを起こしましょう!』の記事に対し、拍手をクリックしてくださった人たち、そして、ガイアにメッセージを残してくださった人たち、心から感謝いたします。ありがとうございました。
皆さんからのメッセージは、まとめてガイアにお届けしたいと思います。

拍手コメントやメールなどでガイアへの気持ちを表現してくださった人は、クリック数の約10パーセントに満たない数ですが、きっとその気持ちは、もう既にガイアに届いていることでしょう。

すぐに自分の気持ちを表現できる人と、できない人、しない人。
ここでの差が、大きくひらいていることに気づいてほしいと思います。

この1割という値は、意識の次元上昇についても同様のことが言えます。
日本人に関しては、昨年に次元上昇をした人との割合がそれくらいなんですね。つまり、明確な上昇を体験している人というのは、1割くらいだということなのです。あとは、思い違いか、妄想にしかすぎません。

今年は初めてのペンジュラムセミナーをおこないますが、そこで合格できる人もできない人も、自分の意識レベルがどのあたりにあるのかを、しっかりと知ることができるでしょう。
(ペンジュラムが、明確にその人の意識レベルの次元を教えてくれます)
ペンジュラムが動くか動かないか、またどんな答えを出すかで、その人のすべてがわかってしまいますから、受講者さんたちは、ほんとうに心を引き締めて臨んでいただきたいと思います。

~伝言板~

『瞑想&ペンジュラムセミナー』参加の皆さんには5日に「最終メール」を送っておりますが、届いておりますでしょうか? お返事が来ていない人がまだいらっしゃるので、メールのチェックをしてくださいね。


地球 幻想


★ 波動修正をしてください ★



前記事で、
自分が付き合っている友人や恋人、職場の人々、そして家族などの意識が明らかに低い場合、気を引きしめていないと、簡単に同化してしまい、その人たちのオーラに染められてしまいます。たとえ自分一人で太刀打ちできる自信があったとしても、多勢にはなかなか打ち克つことは難しいのです。だからこそ、次元上昇の特別な日には、意識の低い存在たちと切り離す必要性があると伝えられてきていたのです
と申し上げましたが、そのことについて、「実際にそうなりました」という内容のコメントをくださった方が数名おられました。

このように、意識の低い人が自分の周りに多いなかでは、自分の波動を維持することはなかなか困難で、一旦同化してしまうと、元に戻すのにある程度の期間が必要であるということが実証されています。
その気づきを得られている人は、何とか元に戻そうという努力をされますが、その気づきさえ得られない人は、3次元に取り残されたままとなります。

上昇するのは大変ですが、下降するのは容易です。

皆さん、もっと感性を磨いてほしいと思うのですが、直感や感受性というものは、生まれ持った質もあり、また意識レベルとも相関しているので、意識のレベルが上がらないと、なかなかそういったものが備わらないのです。そして、「泣きっ面に蜂」のような現象が起こってくるのです。
これまでに、『波動を高める瞑想法』なども、別ブログ『光の花束〈不滅の詩〉』のほうでお伝えしておりますので、活用していただけましたら、幸いに思います。

また、繰り返し申し上げますが、
感性を研ぎ澄ませるためには、身体のなかをきれいにしてください。

身体の中身を浄化するには、血液を汚す食べ物を摂らないことです。
肉類や糖分ばかり摂って身体(血液)を汚していながら、感性や霊性を磨くことは難しいことを知ってください。



冬の木


★ 意識を変えるのは自分 ★



3次元の学びが、とてもきついと思っている人も多いかと思いますが、わたしの次女もそのうちのひとりです。
この例が参考になるかどうかわかりませんが、次女の仕事上の悩みと、意識の持ち方について述べておきたいと思います。


昨年末に久しぶりに次女と話をしました。
12月21日~23日の3日間は、次女にとってはアセンションどころではない苦悩の日々だったようです。

次女は自分が従事している仕事のこと、共に働く従業員のことで日夜悩みつづけ、自分のオーラを真っ黒にしていたのです。心臓がたびたび痛むというのも、ハートのチャクラのプラーナ量がゼロになっていたからでした。毎回プラーナを補充してあげても、結局次女の考え方が基本的にまちがっているので、繰り返し同じことが起こってくるのです。

これは、「まずは自分を愛しなさい」というメッセージなのですが、次女はそのことをなかなか理解することができないでいます。自分を愛することが、どういうことなのか、未だに霊性で理解することができないのです。

意識の低い若い従業員たちを、何とか高い意識に向上させ、みんなで調和しながら仕事を頑張らせたいというのが経営者側の次女の願望であるのですが、当の従業員たちは向上したいとか、向上しようとは全く思っていないというのですから、その願望は実現しそうにありません。

わたしは毎回次女に対して、「人を変えたいと思うのはまちがいであること」、「まず変えるのは自分であること」を、繰り返し伝えてきました。
けれども、なかなか次女自身が意識を変えることができないのです。そして、意識が変えられないだけでなく、どんどん周りの低い意識にひきずりこまれていくことを認識し、「自分が堕落しているのがよくわかる」と意気消沈して断言する始末。

それで、わたしは、低い意識の従業員を引き寄せたのは次女自身であるし、彼らを教育して変わらないのも、何か方法がまちがっているのかもしれないということ、彼らのよくない点ばかりをあげつらい、彼らを丸ごと認めていないのではないかということを指摘し、次女が彼らを必要としないのであれば、自然に彼らから辞めるように仕向ければよいのではないかと提案しました。

そして、自分たちがどれだけ一生懸命心を込めて客にサービスをしているか、どれだけその時間を充実したものにしているかによって、与えられる報酬も異なってくるはずで、何もできていないような人たちに人並みの賃金を支払うのは経営者としては甘すぎるのではないかと強調したのです。

仕事としてするべきことを、責任をもってできないのであれば、当然のことながら、あなた方の賃金は少なくなりますよ」ということをはっきり言って、自分の能力に気づかせてあげることが大切だということです。
自分の能力を思い知れば、自ずともっと頑張ろうと思うであろうし、あるいは、自分の限界を知って辞めるかもしれません。とにかくいろんなアプローチをしてみることが必要なのです。

それをしないで、意識が低いと言って嘆いていても仕方がないね」ということを、わたしは次女に伝え、彼らがいなくても経営ができる店の在り方、構想を伝えました。
それがどうやら気に入った様子で、次女は仕事のパートナーにそのことを相談してみると言って出かけて行きました。

幾度も言っていますように、次女はインディゴチルドレンとして生まれています。
インディゴチルドレンのDNAをもった魂は、意識の低い人たちの意識を高めたいという願望が少なからずあるのです。とにかく「おせっかい屋」さんなんですね。

意識を変えるのは、まずは自分から。

これができない限り、周りの人たちだって、変わりたいとは思わないでしょう。そして、あまり気負わないことです。

この記事を読んでくださっている皆さんのように、意識の向上を望んでいる人たちに対してアドバイスをするのはそれなりの効果を得られると思いますが、向上を望んでいない相手に、意識を向上させたいとやっきになっても無駄であるし、おこがましいことなのです。
しかしながらインディゴというのは使命感に燃え、つい口出ししてしまう傾向があるのです。そこは気をつけなければなりません。

そして、昨日(1月7日)、次女はとうとう自分の店をたたむ(閉店)ことを決意したと、わたしに告げました。わたしは「よかったね」の一言。
「ねぇ、おかあさん、今度は何をしたらいいと思う?」の質問には、けっして答えません。

賢明なあなたなら、もうおわかりですよね。

あなたの想いが現実を創造する。

これが答えです。


青いハートのライン



★ 必要でないものを手放しましょう! ★



あなたにとって、もう必要がないものは何ですか?

カルマの「断捨離」を実行しよう!』の記事のところでもお伝えしましたが、これを真剣に考えてみることは必要です。(笑)

今回は、ジェニファー・ホフマン氏のメッセージをお届けします。
そして、役に立たなくなったものをどんどん手放しましょう。


人生で起こる物事は、すべて人生の目的に役立ち、癒しの旅という役割があります。
あなたの思考と信念ですべての物事が始まります。人生を形創る様々なエネルギーは、目的に適います。
そして、もう役に立たない、あるいは適切でなくなる時が来ます。
もう楽しめないことは、どれもその目的を遂げたのです。だから、もう必要がないのです。
これはもう終わったというサインを知って、手放せますか? 
もう楽しみがないものは、完了したというエネルギーなのです。
あなたはもう完了して、そのことをもまたあなたとの関係を終了したのです。

あなたが個々の経験から何かを学ぶように、個々の経験もまた、あなたから学んだものがあるのです。
それぞれの経験では、お互いに生徒であり先生です。学びながら、教えるのです。
そのことが経験であろうと人であろうと、もう学ぶものがない、あるいは自分のためにならないという時がやって来ますが、同時にそのことに費やすエネルギーがもうなくなっているという時がやって来ます。
その繋がりが消失すると、それ以上進むことはなくなり、満足は得られなくなります。
癒しや学び、変容はもう起こらなくなります。
繋がりを失ったので、あなたが必要とするものではなくなったのです。その時点で手放すことが出来ます。

人生に必要のないことが沢山あると行き詰まりを感じ、不幸せな思いをします。
自分自身と人生に共鳴しなかったり、関わりがあると感じられなくなるのです。
その時が新しいことをして、物事を違ったように理解する、次のレベルに進む転換点です。
縛られている感じがすれば、どうして縛られているのか、何が自分を縛っているのかが分かります。
不幸せであれば、喜びや楽しさに向かう新たな機会を創り出せます。
苦痛であれば、愛が発揮できる新しい方法を見つけることが出来ます。
もう不要になる時というのは、それに置き換わるものが待機している状態なのです。
変化を受け入れると新しい考え方になり、それが次の現実になります。

必要のないものから自分を解放できるようになるには、大きい力が必要です。必要ないものから自分を引き離し、それを流せるようにするほどのエネルギーが必要です。
そのもの・ことも同時にあなたのことが不要になる必要があります。
その時に初めて、自分の心に響くものに移行できるようになります。
このことが、変えなければならないと思う人間関係や仕事、また喜べない思いやずっと恐れている考え方などについて言えることです。変える必要があると分かっている時は、喜びや感謝の気持ちで現実になるようにするのです。
そして、不要なものを手放すと、人生に新しいエネルギーが流入することを知ってください。
一端必要ないと分かったなら、癒しと学習のサイクルは完了し、新しいエネルギーの波動、経験、可能性に進んだことになるのです。
                                By ジェニファー・ホフマン
 

(翻訳上わかりにくいところがあるかもしれませんが、そのままを引用させてもらっています。また、できるだけ読みやすいよう行を変えております。)          



ハート
捨てたいけど、捨てられない。

心に余裕がないと、
部屋中不要なものだらけでも、
それを片づけることさえできなくなります。

必要でないのに捨てられないのは、
何も物質ばかりではないのです。

わかっちゃいるけど、捨てられないと言う人。

あなたは現実逃避型ですか?
それとも、過去執着型ですか?
あるいは、未来安定型でしょうか?

不安を、他者や物で埋め合わせようとするのをやめ、
その不安自体を開放し、消去しましょう。

あなたに真に必要なものは何ですか?

要らないものをどんどん落としていきましょう。

そして、最後に残ったもの。
それを見つけるのです。



あなたは『人』ですか?それとも『人でなし』ですか? 

2013年01月14日 19:35


★ 怒りについて ★



皆さん、こんばんは!

断捨離』についての記事が、けっこうタイムリーな内容であったというコメントがあり、皆さんその必要性を感じておられることを知り、わたし自身が励まされたような気持ちでおります。拍手コメントありがとうございました。

最近のわたしは、何かと怒りを感じることが多くあり、自分ながらどうしたものかと思案しております。
あまり怒りを感じたり、抑圧したりすると、正直に身体に現われてきますが、このたびは自分でそれをしっかりと体験して、相当な怒りの量があることを思い知りました。

仏教では、「怒りはよくないから、止めなさい」というのが定説ですが、「釈迦はほんとうに怒りというものを感じたことがなかったのだろうか?」と考え、疑問さえ感じます。

悟った人は、怒らない? 
ほんとうにそうなのでしょうか?


次元が高くなるにつれて、個々の人間の感情などはどうでもよくなって、「どうぞ、ご勝手に」、「私には関わりないこと。腹も立ちません」という心境になるのはわからないでもないのですが、それはそれで無機質でまるで温かみがなく、人でない感じがするのです。

たとえ自分のことでなくても、人ごとであっても、(たとえば地球を汚染したり、平和に暮らしている人々をその地から退却させたり、有害な状況を乱暴に与えつづける一部の心無い人間たちに対し)怒りを感じるということはあってもよいと思うのです。

これは幻想のなかのゲームなのだから…」と言って容易にあきらめ、片づけたりするのではなく、「ゲームなら、ゲームで、しっかり闘ってやろうじゃないの」と、立ち向かってもいいのではないかと思うわけですね。
それこそ、かつてのオリオン帝国の横暴に対して立ちあがった勇士のように。

この物理次元に生きている以上、わたしたちはまちがいなく「幻想ゲームに参加している」のです。もちろん、そのゲームに嫌というほど参加して、もう飽き飽きした人は、さっさと次元上昇されたらよいかと思いますが。

完了していないものは何でも、マインドによっていつまでも持ち運ばれますが、物事をすべて学びつくし、完了すれば、もう同じ体験の繰り返しはしなくなるものです。
つまり、その学びは必要でなくなり、執着もなくなるということです。 
そうなるために、まずは参加してみるわけです。同じ土俵に立たなければ、ゲームはできませんからね。それはそれで夢中になればいいのです。
宇宙のことばかり考えてふわふわ浮いていないで、とにかく地に足を着けてみましょうということです。

ですから、怒らなくてはいけないときにはしっかり怒ればよい。どんな感情も、まずは味わってみること。わたしはそう思うわけです。


さて、皆さんはどのように思われたでしょうか?



海のライン



★ 『アテルイ伝』から感じたこと ★



昨夜NHKの時代劇『アテルイ伝』の第1話を見て、『侵略者という存在』に対する怒りがふつふつとこみあげてきたのを、感じていたしだいです。

アテルイ』というのは、今から1200年前ほど前(奈良時代から平安時代にかけて)、日高見(ひたかみ)の国で平和で豊かな暮らしを送っていた蝦夷(えみし)の長の名前です。

ウィキペディアには、日高見国(ひたかみのくに)は、『日本の古代において、大和または蝦夷の地を美化して用いた語』で、『大祓詞』では「大倭日高見国」として大和を指すが、『日本書紀』景行紀や『常陸国風土記』では蝦夷の地を指し、大和から見た東方の辺境の地域のこととあります。

はるか昔、日高見の国は現在の福島・宮城県あたりの地域だったのでしょうか? 
明確にどこというのはわかっていないようですが…。

武内宿禰(たけのうちすくね)は、
東の夷(えびす)の中に 日高見の国あり、(中略)東夷の中 蝦夷最も強し、その国人、男女共に推結文身(すいけつぶんしん/いれずみのこと)人となり勇敢、これを蝦夷という、また土地沃壌にして広し、討ちて取るべし」(『日本書紀』第12代景行天皇27年より)
と、朝廷に報告したようです。

土地が肥沃で広いから、討って取るべし」とは…。
これを読んだだけでも、その横暴さと厚かましさには、ため息が出ますね。

馬や金(きん)や鉄がある豊かな土地を、朝廷は奪って支配したくて、7~9世紀にかけて幾度となく兵を投入しました。
日高見の国の人々は、殺戮され、奴隷にされ、土地を奪われ、自然を荒らされてきたのです。
平安時代の初期(桓武天皇の時代)、日高見国を拠点としたアテルイをリーダーとする蝦夷軍は、この地に住む人々の平和と幸せを守るため、13年間にわたって勇敢に戦ったそうです。
アテルイの父は、最初は戦うことなく、北の地へ移動しようと言いますが、アテルイはあくまでも自分たちの土地を守ろうとします。わずか数千の戦力で、5万~10万の朝廷軍と対等に闘い、それを3度も行ない、最終的には坂上田村麻呂の軍に降参したのです。

アテルイは、坂上田村麻呂の助命の嘆願も通じず、首をはねられたと伝えられています。朝廷はアテルイの霊を恐れ、アテルイを鬼となし、悪路王(あくろおう)伝説までつくり、蝦夷をさげすんだといいます。朝廷の行為、情けない限りですね。気の毒なくらいです。

大和朝廷は、日高見国を「化外」とか「外番」とか呼び、外国のように扱ってきたそうですが、先住民からいえば、天皇家をはじめとする大和国家の人々こそが、日本列島に侵入してきた外国人たち、すなわち『渡来の侵略者』であったのです。

アテルイ伝。この物語がどうなっていくのか、およその想像はつきますが、それでもやはり最終回まで見てみたいと思っています。皆さんも、よかったらご覧になってください。


海のライン



あなたは『人』ですか?それとも『人でなし』ですか?



アテルイ伝』での戦いと同様のことは、太古の昔から現在まで世界中で起こっていますね。
インディアンも、アボリジニも、みんな先住民であったにもかかわらず、膨大な殺害のあと侵略され、残った者たちは僻地へと追いやられました。彼らはただ自然とともに共存し、平和に暮らしていたのに。

今回『アテルイ伝』を視聴していて、映画『アバター』を思い起こさせられました。

なぜ、こんなことが起こるのでしょうか?

美しく肥沃な土地を我が物にしたい。侵略者の欲望は、ただの自己満足にしかすぎません。
世界を自分の手中に治めたら、それで気がすむだけです。数多の民の苦しみなど考えもしない。まるで、虫けら扱いです。
こういう人たちを、『』と呼ぶべきかどうか、はなはだ疑問であり、『人でなし』と呼んだ方がふさわしいのではないかとわたしは思うのです。

人でなし』とは、人ではない。つまり『魔物』のことを指します。
このような『魔物』たちが、古代からずっと地球に蔓延りつづけてきたわけです。
他者の土地を力づくで侵略し、樹木を伐採し、動物を殺し、ゴミをまき散らし、美しい自然を破壊しつづけ、その土地に飽きたら破壊したまま立ち去っていきます。

今現在も、地球の自然は破壊されつづけています。
森林も海も空気も汚されたままですね。

日本では「原発をなくそう!」から「残そう」の動きに替えられてしまいました。
それは、みな日本国民が選んだことですね。結局今の政党を選んだ人たちは、原発依存者であるわけで、地球を出来る限りきれいにしようなんて、考えもしないのでしょう。
ただ、ただ、自分の生活がよくなりたい。欲。それだけです。
こういう浅はかな自己奉仕型人間が多ければ多いほど、地球と人類の同時上昇は困難となっていくでしょう。



★ 内側の安全とは何か? ★



今回の地球の次元上昇について、最初からそんなものはないと思っている人たちは、「次元上昇しないという選択をしている」わけですから、まちがいなく次元上昇を体験することはありません。

そして、「次元上昇する」と思ってきた人たちも、ただそう思っているだけで、それに見合った意識レベルに自分が到達していなければ、やはり次元上昇は適わないというのが自然の法則です。

5次元の世界に住むには、5次元以上の意識が必要なのです。
それを考えますと、いかに多くの人が次元上昇しない選択をしているかがわかりますね。

戦争と飢餓。まだまだ懲りないようです。

あなたの意識があなたの住む世界を創るのですから、
社会が悪いとか、政治が悪いとか、他者のせいにはできません。

選択は自由ですが、その結果に責任を持って生きてください。


外側の安全」と「内側の安全」。
そのちがいがよくわからないという人がいらっしゃいます。
このブログを読んでこられた読者さんであれば、熟知されていると思うのですが、
あえて伝えておきましょう。

外側の安全」とは、物質的なもので固めれば自分は幸せだと思っている「幻想の安全」のことです。
いつかは壊れていくものに対して、いつまでもしがみついている「儚い安全」のことです。
そんなものは、安全でもなんでもないのですが、無知のためにそう思い込んでいるのです。
古き良き時代が忘れられないという人。いつまで幻想に浸っているのですか?

内側の安全」とは、見えない世界を知り、宇宙の源(愛)に繋がっていることに幸せを感じることができる「真の安全」のことです。
こういう人は、いつかは朽ち果て、壊れていくものに興味や執着を持ちません。
根底に恐れがないから、自分の身の安全などは気にならないでしょう。


★何であれ、自分の人生に起ってくることに対して、怒ったり、痛みを感じたりしながらも、それに対してOKと言い、すべてをありのままに受け容れることですね。
ウエルカム精神です。


人類全員がそれに目覚めたら、たちまち地球は次元上昇できることと思います。




ハート
今この瞬間を最高のものとして生きましょう。

それが、すべてです。





すべての答えはあなたの意識のなかにある

2013年01月22日 09:17


★ 「瞑想セミナー」と「ペンジュラムセミナー」に
        ご参加くださった皆さまへ ★



19日の「瞑想セミナー」と20日の「ペンジュラムセミナー」が終わりました。
早々とお礼のメールをくださった方々にわたしからも感謝の意を表したいと思います。

わたしにとっては、初めて開催したセミナーであり、大変感慨深いものがありました。
ご参加くださった皆さんには、初日のご挨拶で申し上げたのですが、ほんとうにこの日の出会いはミラクルそのものでした。

昨年の11月2日の記事に「セミナーのお知らせ」を記載したとき、2012年が無事に終わることができるのか、また、2013年が何事もなくやってくるのか、まだわからない状態でした。
しかし、わたしのハイアーセルフは「できる」と確信をもって伝え、1月19日と20日という日を選んでくれました。
わたしはそれが必ず実現することを信じ、また参加の希望を出された方々も、それを信じました。その「信じる心」がミラクルを起こし、思い通りの実現を果たしたのです。

東京からや遠い秋田から飛行機を乗り継いでやってこられる方、愛知から自家用車を運転して来られる方、関西から高速バスを利用して来られる方など、無事に来られますようにと、前日の18日から雪が降らないことを祈っておりました。
そうしたら、18日は天気予報では1日中雪だるまのマークだったのですが、境港市は朝から太陽の光が射しておりました。そして、19日も20日も、雪は降りませんでした。(鳥取市のほうは雪が積もっていたようですが)

昨日は午後から雨が降っておりましたが、21日の朝に米子空港を発った秋田の方からのメールには、「朝早いフライトの際には、朝焼けをバックに雪をいただく大山の素晴らしい姿を見ることができました。雲の上にでると虹があって天国みたいに思いました」とあり、素敵なお土産を持って帰られたことを知り、とても嬉しくなりました。
ほんとうによかったですね!


マイビーチから眺める大山
           マイビーチから眺める大山  長女の携帯より


この時期に、山陰地方で雪が降らないことだけでもミラクルなことなのです!
皆さんが守護の神霊たちに見守られて無事にやって来られ、そしてまた無事に帰路につかれたことを歓び、気象の神さまと皆さんの守護霊さん方に心から感謝を致します。
ありがとうございました。

そして、「瞑想セミナー」と「ペンジュラムセミナー」の2日間がとても楽しかったためか、疲れはありませんでした。時間が経つのが速すぎて、もっと皆さんと語り合いたかったな~と思っているくらいです。

会場として使用した「夢みなとタワー」は、毎週土日は何かとイベントが催されているのですが、両日ともにめずらしく行事がなくて、隣の会議室も使用されておらず、また会議室の波動が思いもよらずによかったことに驚き、とても快適に使用することができました。
これは至極ラッキーなことであり、ミラクルそのものでした。

「ペンジュラムセミナー」では、ペンジュラムを扱うことがいかに難しいことかを、それぞれに実感されたことと思います。また、ご自分のペンジュラムへの愛慕の念が一層増したのではないかと思います。

皆さんは初心者でありながら、たった一日で多くのことを学ばれました。
今回の参加者の意識レベルが平均して高いということが事前にわかっておりましたので、用意した数々の質問も大変高度なものとなりました。(少し難しかったかもしれませんね)
そして、どの方も、来られる前よりもさらに意識レベルが上昇してお帰りになりました。
まさにミラクルです! ほんとうにすばらしいです。これほど嬉しいことはないですね。
どうか、その意識状態を保ち、ペンジュラムとの交流を続けていってください。

宿題は、それぞれ個々に残されておりますが、あきらめずに根気強く続けてください。そして、ペンジュラムの答えに確信を持てるようになったとき、また遠慮なくお知らせください。
このセミナーは、その日で終わったわけではありません。これからも、熱心に問い続ける人たちに対しては、できるだけ丁寧にお答えをさせていただきたいと思っております。

最後のテスト問題で出された「あなたへのギフトカード」の言葉は、それぞれピッタリであったことと思います。その言葉の意味をじっくりと考えられて、今後の自分の生き方に役立てていただきたいと思います。

この『思いの制限をひらく』というブログにしても、今回のセミナーにしても、わたしの目的は、いつだってあなたがたの意識を変容させることであって、けっしてあなたがたに何かの知識を授けることではないのです。

今回のセミナーでも、ペンジュラムというツールを通して、現在のあなた自身の状態を知っていただきたいがためなのです。
自分自身を知るということ、自分自身の意識に根源的な変容をもたらすということ。自分自身の内側に光を灯していただきたいがためなのです。

あなたが、あなたの選んだペンジュラムで、いつも『最高の智恵』を正しく受信できるようになるかどうか、それはあなたの意識の持ち方しだいなのです。
ペンジュラムはあなたの心の状態を知らせてくれるバロメーターなのです。

質問の答えは、いつもあなたのなかにあるということ。
そのことを十分に理解していただけましたら、幸いです。


葉っぱ


★ 『お便り』からの質問 ★


~「だれも見ていないときの月は、存在しない」って?~



昨日、下記のようなお便りが届いているのに気づきました。

誰も見ていない時、月は存在しない。
九州大学の教授の伯父、
東京大学の量子力学の研究室、
文部科学省、どこに聞いても返事が無いんです。
この疑問が解決しないと眠れないんです。
助けて下さい。でも、あのアインシュタインでさえ、解らないそうですし。
ボーアしか、解らないのでしょうか?



こういう質問は放っておくほうがよいのかもしれませんが、何となくおもしろい人だな~と思いましたので、少しだけお答えをさせていただきたいと思います。

このお便りをくださった方は、もちろん男性です。
頭人間、左脳人間は、たいてい男性ですね。そして、三次元的発想の人です。

誰も見ていない時、月は存在しない

何だって?! 私が見ていなくても、月はあるに決まっているじゃないか! 
その証拠に、夜、表に出れば、空には月がかかっているのが見えるし、昼間だって空に朧に月の姿が見えるし、誰が見ていようが見ていまいが、月の存在はまちがいなくあるじゃないか!
ボーアは一体何を言っているんだ! 

なんて、思う人は数多いるでしょう。

頭で考えている限り、この言葉の意味はわかりません。
きっとアインシュタインも頭人間だから、わからなかったのでしょう。
大学教授も量子力学を研究している人たちも、政治家も、そして、この質問を投げかけておられる男性も、みんな頭人間であることに違いはなさそうですね。だからその意味がわからないのです。

でも、量子力学ではそのことは解明されていて、研究者なら知っているはずなのですが…。


この疑問が解決しないと眠れないんです

きっと女性の読者さんなら「へぇ~。そんなこと、考えたこともないわ~。そんなことで眠れないなんて、ホント馬鹿馬鹿しい」と笑って済ませられるのではないでしょうか?
女性は男性よりも右脳人間が多いのです。もし、そのような疑問で夜も眠れない女性がいるとすれば、その人はまちがいなく男性脳と言いますか、左脳人間です。

この質問を見た瞬間、わたしは一休禅師の言葉を思い起こしました。
猫にちなんで―禅問答』の記事にも詳しく書いておりますので、再度ご覧になってください。

また、肉眼で見る世界は「現象」であって、「実体」ではないということ。
「この世は、映写機を通して見ている映画のようなもの」だということを、過去記事『「この世」は幻想の世界』で書いておりますね。


一休さん曰く、

ありと言えばありとや人のおもふらん
こたへてもなき山彦の声

なしといへばなしとや人のおもふらん
こたへもぞする山彦の声



わたしたちが「ある」と信じ込んでいるもの。それはただのこだまにすぎません。
わたしたちが「ない」と信じ込んでいるもの。それもただのこだまにすぎません。

こだまはこだま。こだまを信じてはいけません。
そういうことです。


ボーアしか、解らないのでしょうか?

そんなことはありませんよ。わたしはボーアの言っている意味がよくわかります。
この記事を今読んでおられる読者さんだって、わかる人はいらっしゃるはずです。
あなたもボーアと同じ意識レベルになれば、難なくわかります。
今あなたにお伝えできることは、もしその言葉の意味を知りたいのであれば、3次元の物理的、物質的な思考状態を止めて、3次元の世界を卒業してくださいということです。

3次元や4次元の意識レベルでは、高次元の世界を知ることはできません。人間は、頭ではなく、体験しなければ、その状態にならなければ、ほんとうのことはわからないのです。

食べたことのない物の味が、あなたにわかりますか?
その味は、実際に食べてみなければわかりませんね。

手っ取り早い方法は、あなたの意識レベルを上昇させること。それに尽きます。
あなたがボーアと同じ意識レベルになったとき、ボーアの言っていることが、素直に疑問なく受け容れることができるでしょう。

いつも言っており、また繰り返し言いますが、真理を言葉で説明することはできないのです。以心伝心で察知することしかできません。



ハート
外側の世界に気をとられないこと。
内側に目を向けてください。

すべての事象は自分の意識のなかにあるということ。
この世界は、わたしたちの想像力の影にすぎないということ。
現実は、わたしたちの心の焦点が当てられたところにしか存在しないということ。


まだおわかりにならないのであれば、このブログ記事を最初から隈なくお読みください。
答えになるような内容は至る所に書かれているはずですから。
頭ではなく、ハートで受容できたなら、きっと気づかれるはずです。

すべての答えはあなたの意識のなかにあるのです。

★ 参考過去記事:『自分が認識できないことは「存在しない」ことと同じ


「恥」と「良心」を思い出してください!

2013年02月28日 10:00


★ 破廉恥な人たち ★



最近は、何か相手に対して失礼な言動をしても、それを恥ずかしいとは思わず、悪かったと感じなくなっている人たちが、とても多いと感じますが、そういう人たちには「ハレンチ」という言葉がぴったりくるように思います。
破廉恥」とは「廉恥心が破れている」と書きますね。つまり「清らかな恥を知る心が、破壊されている」ということです。
 
このように自分の失敗や不出来な点などについて申し訳なく思ったり、不名誉・不面目で立場がない、といった他人に対して抱く「恥ずかしい」という感情が薄くなり、日本人の意識レベルがかなり低下していることを痛感しておりますが、皆さんはどのように感じておられるでしょうか?


葉っぱ


ここで、わたしのブログに関して、申し上げておきたいことがあります。
わたしが今もこのブログを書いておりますのは、「意識して生きることの大切さ」を「不特定多数の方々にお伝えする」のが目的です。
それに加え、わたしがこれまでに得た知識や知恵、体験談やたとえ話を使って、まだご存じではない人たちにその情報をお分けしたいという気持ちで続けております。

あることをお伝えするために、時々長女や次女のことを引き合いに出しますが、今の人たちの状態を説明するのに大変わかりやすいからなのです。次女が仕事に悩んでオーラを真っ黒にして帰ってきた話を、あえてお伝えしたりしたのは、「皆さんも、少なからずそうなんですよ」ということに気づいてほしかったからです。また、心臓が痛いのは、「愛は他者から与えてもらうのではなく、自分が自分に与えるものだ」ということを理解するための身体からのメッセージなのだということを、次女と同じような人たちに気づいてもらいたいためです。

自分を愛せない人は、「狭心症」になる可能性がけっこう多いのではないかと思います。今そういう人たちが地球上にはたくさんいます。
(詳細は過去記事『マザー・テレサの生涯―慈悲とは何か?』の『心臓のトラブルが伝えていること』をお読みください)

ところが、長女や次女の真実をまるで知らない人が、心配してご意見のメールをくださったりするのです。わたしはわたしのやり方で、娘たちのいくつもの過去生と今生を統合し、長い目で見ながら彼女たちを導いております。よって、お気持ちだけ有り難くいただき、それに対する浅い判断から生じたご心配はご無用ですと申し上げておきます。
ここに記している内容は、単なる個人的な日記ではなく、あくまでも読者の皆さんに対して、気づきを提供するためのものなのだということをご理解くだされば幸いです。

もうこのブログには326もの記事を掲載しており、常に意識して読まれている方々には、わたしの伝えたいことがお解りになっていると思います。
ところが、初回訪問者さんや、何度か訪問されてはいても、記事の趣旨を理解されていなかったり、すべての記事をお読みになっていらっしゃらない方々は、そのときに自分が思いついた意見や質問を、すぐに「お便り」や「メール」で送るという衝動的な行為をされることが多く見受けられます。

もし記事の内容をすべて読んで理解されていたら、こういう文章を書かれることは決してないであろう…と、いつも思うのですが、残念ながら、そういうトンチンカンの人が未だに後を絶ちません。
正直申し上げて、そういう人のメールは、ほんとうにありがた迷惑です。

メールで書いた文字は手紙とは異なり、直に波動(電磁波)が来るので、身体に多大な影響を与えます。
電磁波によって書かれた文字の振動は、人の脳神経細胞のレベルの振動とぴったりと同調してしまうので要注意である」と、江本勝氏も言っておられます。
メールやチャットなどでは、特に相手に対し、ネガティブなことや失礼なことを書くのは禁物なのです。
携帯電話でネガティブな話をするのも同様です。
言いにくいことをメールで伝えるという人もいらっしゃるかと思いますが、直接言うのがもっともよい方法だということを知っておいてください。

また、年長者に対してまったく敬意の感じられないぞんざいな言葉を使用されている方々もけっこうおられますが、どのような相手に対しても「自分がだれに対して文章を書いているのか」を常に意識し、ご自覚いただきたいと思います。

わたしは、来たメールから発している波動で、その人の状態を感じますので、さも「私は正常です」と言わんばかりにきれいごとを書いてこられても、すぐにわかってしまいます。「あなた、悪霊が憑いていますよ」とお知らせしてあげたい人さえいます。
結局「恥をかくのはだれですか?」ということです。
よって、一時的な感情や思いつきを、安易にメール送信されますことは、意識してご遠慮いただきたいと思います。

日本人の国語力の著しい低下と相手に対する無礼な言葉使いには、元教師として大変嘆かわしく思うしだいです。
かつては日本人の美徳であった「廉恥心」も、今はそれすら知らない、あるいは感じない人たちが大変多くなってしまったことを、ほんとうに悲しく思います。


緑の蝶のライン



★ 地球人の意識レベル ★

自国のことばかり考えるのはやめませんか?



皆さんもご存じの通り、以前から日本とは歴史的に深いつながりがあった中国や韓国とのあいだに、現在も不調和が生じています。
2012年には、日中両国は国交正常化40周年を迎えました。しかし、尖閣諸島の問題などで対立が深まり、両国の関係は「調和」や「安定」からはほど遠い現状があります。
同様に、韓国とも竹島問題があって、決してよい関係とはいえません。

「竹島の領土問題」については、あまり知られていないようですので、まだご存じない人は、日本人として認識をしておいていただきたいと思います。
「日本と韓国が互いに領有権を主張している竹島の領土問題」につきましては、Wikipedia(ウキィペディア)などを参考に読んでいただければと思います。

尖閣諸島にしても竹島にしても、このような領土について問題が起こるのは、それぞれの国が何らかの欲を出したときですね。あのように広大な土地をもっている中国ですら、まだまだ足りなくて、尖閣諸島のような島を必要とし、争いを助長しているわけです。その島を持っていれば、何か国益があると考えるから、こんなにも執着するわけですね。

いつも言っていることですが、地球に住む支配者たちは、昔から自分がいかに領地を多く持つかということに関心があり、土地や資源を確保するための戦争で日夜明け暮れてきました。
自国にとって有益なことだけを考え、他国のことなどはどうでもいいといった非常に低い意識レベルの人たちで支配されてきたという事実があるということ、そして、今もなおその意識レベルは変わっていないということ、それらについては、もう皆さんは十分におわかりになっていることと思います。
西暦2013年になっても、未だにそれが続いているのです。

現在も世界のどこかで暴動が起こり、人殺しが行なわれ、飢餓が減ることはありません。
そんな飢餓で、生まれてもすぐにつぎつぎに死んでいく子どもたち。
子どもをまともに育てられない状態であるにもかかわらず、子どもを産みつづけているアフリカの女性たち。
「たくさん産めば、その子どものうちのだれかが大きくなって、自分を食べさせてくれる」と言っていた女性の意識レベルの低さには唖然としました。なぜ、まず自分が働いて豊かになろうとはしないのでしょうか?

コマーシャルなどで「子どもたちを救え!」とわたしたちにお金を募る前に「やたらと子どもを産まない教育」「予防の教育」をするのが先決だと思いますが、いかがでしょうか?

皆さん、地球人の大半は、この程度の意識レベルなのですよ。
どう考えても、皆でアセンションできるような意識レベルではありませんね。

白人や黒人には分裂する傾向が強く、望む統合が実現できないという見地から、将来地球に統合をもたらすことができるように遺伝子操作をして創られたのがアジア人だ」という話を、わたしはリサ・ロイヤル氏のチャネリングで度々聞いてきましたが、統合は未だにおこなわれていませんし、その兆候はみられません。
今ではその説は疑わしいのではないかと思いますし、もしそのようなことをほんとうに「宇宙連合」の人たちが考え出したのだとしたら、それは甘すぎる希望的観測だったと言わざるを得ません。

昔から中国と韓国・朝鮮は、日本を乗っ取ることに終始しており、決して仲良く調和していた民族ではありませんでした。真に平和であったのは、太古に日本に存在していた縄文の人々だけなのではないでしょうか?

地球人の多くは、「自分(自国)だけがよければよい」という考えに乗っ取られていますが、日本人にも、まちがいなくその意識はありますね。
たとえば、海外で何か事故が起こって人が死亡した場合、たいていのニュースでは、日本人が死亡していなければさほど騒ぎ立てたり、問題にしたりはしません。
日本人は、そこにいなかった。よかった」で、済んでしまいます。

それって、どうなのでしょうか?
どこの国の人が死亡しても、それは問題であるはずです。
オリンピックにしても、自国の人ばかりを応援し、自国は金メダルをいくつ獲得したかばかりに気をとられています。
参加することに意義がある」はずのオリンピックが、今は「金メダルを獲ることだけに執着」しています。
それが、世界が目指すスポーツ精神なのでしょうか?

どこの国が勝とうが、「すごいね!」と素直にその人を讃えればよいのにと思いますし、いっそのこと、執着の元である金メダルを無くしたらどうかしら? とさえ思います。

わたしたちは、どこの国の人も、「同じ地球人である」という認識に欠けているのではないでしょうか?
人間のなかの分離意識、それがすべての問題の原因であることに、もう日本人は気づいてもよいのではないかと思います。


青い蝶のライン



★ 良心がない人々 ★



サイコパス(反社会性パーソナリティ障害)という精神障害があります。
これは他者の権利や感情を無神経に軽視するパーソナリティ障害を指します。

サイコパスの特徴は、とにかく「良心がない」ということです。モラルが完全に欠如しているということですね。
正常な人なら、自分が相手の気分を害したことに気づいたら「あ~、悪いことをしたなぁ」と感じて、謝罪したりするものですが、サイコパスには、「相手の気分を害したときに罪悪を感じる能力がない」のです。
また、人に対しては不誠実、相手に嘘をついてだましても全く罪悪感を抱くこともないし、愛や優しさもなく、相手の喜びを自分の喜びと感じる心は欠如しているといわれています。愛情がないので傷つかないし、悲しまないのです。
そういう人が世界にどれくらい存在すると思いますか? 

良心をもたない人たち―25人に1人という恐怖』という本が出版されていますが、欧米では人口の4%にあたる人がサイコパスだと言われているようです。
「本の内容紹介」には、つぎのように書かれていました。

『一見、魅力的で引きつけられるが、身近につきあってみると、うそをついて人を操る、都合が悪いと空涙を流して同情を引き、相手に「自分が悪い」と思わせる、追いつめられると「逆ギレ」して相手を脅しにかかる……そんな人たちがいる。彼らは自分にしか関心がなく、他者への愛情や責任感によって行動が縛られることがない。つまり「良心」をもたないのだ。出世であれ遊び暮らすことであれ、手段を選ばず自分の欲求をみたそうとするので、周囲の人は手ひどいとばっちりを受ける。だが本人は悪びれず、自分こそが被害者だと言いつのる』と。

そういう人は、海外だけでなく、日本にもまちがいなく存在しているのです。

★参考記事『サイコパスとは何か

このサイコパスの特徴をあげているうちに、映画『オリバーツイスト』に登場した悪党連中を思い起こしました。
あの内容は、見ていると、まちがいなく胸が悪くなりますが、そんな中で純真無垢な天使のようなオリバーを見て、気持ちが救われる気がしたものです。
また、ディズニーの『ピノキオ』という作品がありますが、あのピノキオに登場する悪党たちも、同じサイコパスの匂いを感じますね。

おもちゃ職人のゼペットによって作られた人形ピノキオは、最初は良心というものがありませんでした。
だから、ゼペットの家にもぐりこんだコオロギのジミニー・クリケットが、ブルー・フェアリーの命で、ピノキオの良心となるのです。

ところが、ピノキオはジミニーの言葉には耳を傾けません。
案の定、詐欺師のキツネや、人形一座の親方のストロンボリや、怠け者の子供たちを島の遊園地に連れて行って、ロバにしてひと儲けしている悪徳業者のコーチマンなど、つぎつぎと悪い輩にだまされていきます。
しかし、最後にはクジラに呑みこまれたゼペットを助けたことで、ブルー・フェアリーによってほんものの人間にしてもらうのです。

オリバーツイスト』を書いたイギリスのチャールズ・ディケンズにしても、『ピノキオ』の最初の作品を書いたイタリアのカルロ・コッローディにしても、その作品に政治や法制度の仕組みに対する風刺を含ませていることから、作者たちの周辺には、よほど社会的に劣悪な状態があったことがわかります。


黄色の蝶のライン


今回は、「」と「良心」についてお伝えしましたが、これらは、ずっと感じつづけてきたことでした。
否定的な内容を皆さんにお伝えするのは真に気が進まないのですが、これも真実であるので、あえて書かせていただきました。

最近、人間の質が大変下落していることについては、「行くべきところに行けない霊体たちの多さ」からも判断ができます。
過去記事に書いたように、一時的に浮遊霊の数はかなり少なくなっていたのですが、また驚くほど増え始めています。

まず、死んだことに気づいていない人たち、そして、気づいていても、守護霊がいないためにどこへ行っていいかわからない人たちで、この地球は満杯状態なのです。
今は地球の上昇とともに、4次元の世界が以前よりも明確に現われてきており、これまでよりも霊体を発見しやすい状態となっています。
意識レベルの非常に低い妖怪の類も急激に増えています。どこにいても、遭遇しないほうが珍しいと思えるほどです。ただ、皆さんが気づいていないだけなのです。


ハート
肉体の死を迎えたときに、
あなたは自分の行くべき世界へまっすぐに行くことができるでしょうか?

あなたは、あなたの内側にある「良心」に恥じない人間でしょうか?

未だにほんとうの「人間」になっていない人たち。
「良心」を忘れ去った者たちが巣食う地球。

ピノキオの物語のキーワードである「良心」というものが、
ほんとうの人間になる要素のひとつであることを実感させられる今日この頃です。



純粋無垢な清らかさで世界を清めましょう!

2013年03月03日 12:00


三月に入りました。今日はお雛祭りですね。

青空から太陽の光が射して春のような陽気となり、心もパーッと明るくなったと思ったら、次の日は急変して雪が降ったり、厳しい寒さがやって来たりと、最近は天気の変化が激しいですね。
同様に、人の心も悲喜こもごも、毎日めまぐるしく変わります。
落ち込んでみたり、ハイ状態になってみたり…。
まさに波乗り人生ですね。



★ 承認されることは奇跡です ★



前回の記事は、正直申し上げて、とても後味の悪いものでした。
なぜなら、人々の嫌な部分に焦点を当て、負のエネルギーをたくさん込めた内容であったからです。
その内容をあえて皆さんに提示することで、皆さんがどのように感じ、受け止められるだろうか? というのがひとつの実験でした。

慌てて掲載したために、あとで不適切な表現があるのを発見したり、付加したい箇所などができて、その後いくつかの部分を修正しました。記事をアップしてまもなくお読みになった方々は、よろしければ再度読み直してみてください。きっと少しエネルギーが異なっているのに気づかれるのではないかと思います。

当初の予想通り、拍手はあってもコメントがひとつもなく、し~んと静まり返っていましたね~。やはりコメントがしにくかったのでしょうか?

破廉恥な人たちと良心のない人たち。
無責任で乱暴なメールを無意識で押しつけてくる人たち。
「もしかしたら、これって私のことかしら?」と、ドキッとされた方もいらっしゃったかもしれませんが、ほんとうに伝えたい人には伝わらないというのが、真相です。
ですから、他人事としてではなく自分のこととして、しっかりと自己を顧みられた人は、良心と廉恥心が備わった正常な人であると言えるでしょう。
それが証明されたということです。


ピンクのバラのライン


言葉の力というのは、とても大きいのです。
だからこそ、言葉遣いには慎重になることが大切ですし、その言葉に責任を持たなければなりません。
無意識で言葉を使うのではなく、どんなときでも意識して、全身全霊を傾けて書くことが重要だということです。
それが少しでも伝わったのであれば、あの記事はある意味で成功したと言えるでしょう。

ネガティブなことを書くときも、ポジティブなことを書くときも、わたしは自分のなかの権威者の同意を得て、自分の真実に責任を持って書き綴っております。ですから、誰に何を思われてもよいという決心のもとに、皆さんにさまざまな問題提起をしているのです。

この二元の世界では、すべての人から信じ、認めてもらうことは最初から無理なことであるのです。それは重々承知の上です。
たびたび申し上げておりますように、偉大な聖者であったゴータマ・ブッダやイエス・キリストでさえ、同じ国の人々に受け容れてもらえず、迫害に遭っています。
イエスは大切にしていた弟子にまで裏切られ、同じユダヤ人に疎まれ、殺されました。

また、アポロンの神託所において、巫女に「ソクラテス以上の賢者は一人もない」と答えられたというソクラテスも、彼に無知と言われて憎悪を募らせた人々が敵となり、結局裁判の結果、死刑となり、毒を飲んで死に至っています。
このことからも、どんなにすばらしい賢者であっても、聖人であっても、誰からも全面的に信頼されるということはなかなか難しいことであることがわかります。

この次元での人の意識レベルは千差万別です。
この次元にいるかぎり、意識の異なる万人に承認されること自体、ありえないのです。
ですから、記事を読んで賛同してくださる方がおひとりでもおられたら、真に「ラッキー!」なのです。
『拍手コメント』にたくさんの感謝の気持ちが書かれていたりすると、「お伝えしてほんとうによかった!」とわたし自身も感謝の気持ちで歓喜に満ちあふれます。

            ありがとう


そんなふうに互いに感謝をもって接することができることは、わたしにとっては奇跡です。
奇跡と愛はいつも一緒にあるのだと『ガイアの愛に応え、ミラクルを起こしましょう!』の最後に書きました。

奇跡は、愛があるからこそ起こるのです。



ピンクのバラのライン


★ 問題の原因は過去生にある ★



世の中では、日夜悲劇が起こっています。
希望に満ちて、これから頑張って一生懸命生きようとしていた若い女性が、ある日突然刺殺されるということが起こります。東京・吉祥寺で起きた女性殺害事件がそれですね。
「複数でいる人は見過ごして、一人で歩いている人を狙った。誰でもよかった。脅して金を取ると騒がれるので、刺した方がいいと思った」と語ったというルーマニア国籍の17歳の少年。

この若い女性が、いったい何をしたというのでしょうか? 
金欲しさに、前途有望なひとりの人間の生命を容易に奪った少年たちに、わたしたちは憤りを感じます。
少年は、どうしてこんなふうになってしまったのでしょうか。

前回の記事に書いたようなネガティブな性質を持った人々は、特別な人たちなんかではなく、どこにでもいる人たちです。人を愛せないのは、どこかで愛することをすっかり忘れてしまったからなのです。
ほんとうは人の何倍も愛を求めている人たちなのです。

           抱っこ

こういう人たちがなぜこうなってしまったのかを知るためには、彼らの過去生を知る必要があります。
彼らが過去生でどんなことをしてきたかを見ることで、たいてい原因をつきとめることができるからです。

自分の過去生を知ることは、自分の現在の問題を解決するために、とても重要な要素となります。
しかし、そう簡単にわたしたちは過去を思い出すことができません。
何かのきっかけが必要なのです。

わたしのふたりの娘たちは、自分の過去生を思い出すことに成功しています。
特に次女は多くの過去生の断片をはっきりと見ています。
それは、たいていわたしの何気なく言った言葉に反応することから始まります。その言葉が妙にひっかかったり、とても嫌だったり、不快に感じたりするときは、必ず過去生と関わっているからです。本人が嫌がっていても、それをどんどん掘り下げていくことで、いくつかの過去生が驚くほどの明確さをもって思い起こされていくのです。

今の問題の根が過去生にあったこと。
それを認識することで問題は癒され、解放されていきます。
わたしたちは過去生の自分の生き方を認識し、それを赦すことで、新しい人生を始めることができるのです。
この方法は、なかなかひとりでは難しいでしょう。
でも、瞑想をすることで、思い出すことだって、できるのです。
自分が本来純粋無垢であったことを思い出せれば、この世界に苦悩と残酷さをもたらしている原因を解消することができるのです。



天使

★ 純粋無垢な清らかさで世界を清めましょう! ★



前回の記事を載せたあと、わたしはハイアーセルフからひとつのギフトを受け取りました。
それは後味が悪く気分が冴えなかったわたしに、大いなる癒しを与えてくれました。

ハイアーセルフがくれたメッセージは「神の眼で見なさい」、そして「清らかさを思い出しなさい」でした。

わたしは自分の「純粋無垢さ」、「清らかさ」を思い起こすことで、地球のネガティブな存在すべてを赦すことを思い出すことができました。そして、心地悪さからすっかり解放されたのです。


  わたしたちひとりひとりが純粋無垢で、

  清らかな存在であったことを思い出しましょう。


  『みにくいあひるの子』の真の姿は何だったでしょうか?

  ほんとうは美しい白鳥であったことを思い出してください。

  わたしたちは純白の清らかな羽をまとった白鳥さながらの存在なのです。


 
白鳥



  その純粋無垢な清らかさで、この世界を清めましょう。

  そうすれば、すべての人類に愛が甦ってくるでしょう。




★この記事の補足として光の花束〈不滅の詩〉 (3/3記事)に
ゆるしは花が踏みつけられたときに出す芳香』を載せました。
よろしければ、ご覧ください。




『無明』という闇に光を当てましょう!

2013年06月11日 00:00


★ 人霊にご用心! ★



今回は、少し霊的存在についての情報をお伝えします。

これまでに妖怪の影響を受けていることが判明した人たちが、読者さんのなかにもけっこうおられましたが、最近、妖怪の類が急激に減ったことに気づいておられるでしょうか?

実は、過去記事『選択と修正は、いつも「今ここ」に!』に記載しておりました「妖怪の穴」が、すでに閉じられていることがわかりました。
海側にあるキャンプ場辺りに存在していた4次元の入り口が無くなっていることに長女が気づいたのは、5月のセミナーが終った頃からだと言います。ハイアーセルフにも、「確かに閉じ、消えた」ということを確認しました。
わたしが妖怪を毎日浄化箱に入れ続けていたせいで、妖怪がピタッと来なくなったのです。ですから、わたしが住んでいる地域では妖怪がいなくなり、チべタンベルの必要性が全くなくなってしまいました。
皆さんの地域では、いかがでしょうか? 今まで妖怪を感じておられた方々は、その後の様子をご一報ください。

その代わりに、もっとダークなゾーンにいた存在が増え始めました。
人霊です。それも、地獄界の底の底にいたような悪霊たちです。これには参りましたね。実際にそういう存在に憑依された人を真近に見て、「これは大変だ!」と思いました。

悪霊に取り憑かれてしまうと、意識レベルが3次元以下(診断不能)となり、生気を吸い取られてオーラは真っ黒になり、頭の回転が静止状態となり、憑依された本人はまるで死んだような様相になるからです。

今回は、一週間近くも眠れないと言っていた次女が、最悪の階層から来た女性霊に影響され、ひどい状態になって家に帰ってきたことで、その事実が判明しました。
本人は途方にくれるばかりなので、仕方なくわたしがその女性霊をわたしのところへ来るように呼び寄せ、光の浄化箱に入れました。最初は、呼んでも、抵抗して来ないかもしれないと思っていましたが、来ましたね~。

「ほら、浄化されたほうが楽になるから、いらっしゃい」とやさしく言うと、案外素直に入ってくれました。
浄化箱に入った女性は長い黒髪で白い着物を着て、這いつくばるような格好でおりました。かなり気持ちが悪かった(女性霊はたいてい気持ち悪いです)のですが、光の浄化箱に入った彼女は、宇宙の彼方へと消えて行きました。

そのあと、近くにいた長女が先ほどよりもさらに重たい波動を感じたようで、調べてみると女性霊が10体ほど来たことがわかりました。わたしが次女に憑いた霊に「女、来なさい!」と呼んだためでした。「女」と言ったので、ダストゾーンから女性霊が10人も来てしまったのです。しかし、彼女たちも一瞬のうちに、自ら浄化箱に入ってくれて(満員電車さながらの状態でした)去って行ってくれました。

今現在、最下位の階層の人霊が多く出現し、人間に多く憑依しているのは、地球が上昇するにつれて、地球幽界の一部である「地獄界」以下の「異常精神波動の領域」をいよいよ切り離さなければならなくなったためか? と思ったのですが、実はそうではありませんでした。
その領域にいる人霊たちが、自らダストゾーンを脱出してしまったのです。つまり、ダストゾーンからの解放が自ら行なわれているということです。
そんな非常にダークな世界からやってきた人霊たちが、素直に浄化箱に入るのです。浄化されて光の世界に行きたいからなんですね。結局、光が欲しいのです。暗い世界から卒業したいのです。
これは実に興味深く、画期的なことではないでしょうか?


ライラック色のバラ
     ライラック色のバラ 撮影 光の仕事人



★ 『無明』という闇に光を当てましょう! ★



今年からセミナーを開催しておりますが、正直申し上げて、意識レベルが6次元以上でなければ、わたしのセミナーに参加していただくことは難しく、また真に理解していただくには7次元の意識レベルが必要です。
どうしても学びの必要性がある場合は、5次元意識でもOKが出る場合があります。しかし、上っ面のことしか理解していただけなかったり、その場限りの学びで終わってしまったり、さらに前進してつぎのハードルを越えようとする気持ちがなかったりで、結局「中途挫折」で終わってしまうのが常です。
これまでの参加者さんたちの様子を見ていて、それがよくわかります。尻切れトンボになっている人は、ご自分をよく顧みてくださいね。

(★この意識レベルの次元は、光の仕事人が診断するにあたって使用している意識レベルの値であり、オリジナルのものです。必ずしも実在界の次元とは同様のものでないことをご承知おきください)

意識レベルは、急激に上昇しても、それが身につかないと、周囲にすぐに影響されてしまい、これまで長い間維持してきた波動に戻ってしまうのです。高い意識を日夜保ちつづけることが、いかに難しいかがわかりますね。
せっかくセミナーでネガティブエネルギーに影響されないための予防策をお教えしても、帰ってしばらく経つと、早くも影響されている人がおられるのです。何人もの人霊に憑依されているのがわかったりすると、ほんとうにガックリ来ますね。

高い波動のなかに入れば、高くなるのは当然だし、低い波動のなかに入れば、低くなるのは当然です。それが、自己確立ができていない人の意識レベルの変動の常なのです。しかも、ハイアーセルフにつながっていないため、自分が今何をする必要があるのかという正しい判断すらできません。

自己の意識レベルの進化と成長のためにセミナーで学び、気づきを深めたいと思い立ち、それを実行するような精神を持った人たちでさえ、波動が揺らぎ、定まらないでいるのですから、慌ただしい日常生活のサイクルに呑みこまれて、にっちもさっちもいかない人々は、低い意識レベルに固定されたままで、まるで進化ができません。膨大な転生を繰り返しながらも、未だにネガティブエネルギーに足をすくわれ、マトリックスから抜け出すことができないままなのです。

この罠に気づいていない人がどれほど多いことでしょうか。
一日も早くマトリックスの罠に気づくことが必要です。
そのために、わたしは7月のセミナーに「自分自身を最高の友とするために」というテーマを選んだのです。
これは、おそらく人類にとっての基本となるテーマであり、なおかつ永遠のテーマでもあるのではないでしょうか?

2012年が何事もなく終わり、あれだけ騒がれていた「アセンション」という言葉も聞かなくなり、その類のブログがいつの間にか消え失せ、これからどうなっていくのだろうと、わけがわからなくなっている人々もきっと多くいらっしゃるでしょう。
地球意識は、意識の次元上昇についていけない人たちに対し、潔く「切り離しを決行する」という勇気をもつ必要があるのではないか? とわたしは思っています。

人間は、肉体が滅んでも霊的な身体や意識は残るわけですから、天変地異などでたとえ多くの人間が亡くなったとしても、その肉体の死を怖れたり、ひどく悲しんだりする必要はないのです。亡くなった本人がまた生まれたいと希望さえすれば、いくらでも再生可能だからです。それに、地球でなくても、生存できる天体はたくさんありますし、学びは地球でなくても、どこででもできるはずだからです。
地球意識は、人間が死ぬことに対してあまりにも否定的で、生に執着しすぎているのではないだろうか? と思いますね。

人類に甘やかしは不必要です。甘やかした子どもが立派に自立し成長した試しがあるでしょうか? 
地球意識が人類に楽な道を歩ませようとすればするほど、逆に「人類の目覚め」に対し、足を引っ張っているように思うのですが、あなたはどうお思いになるでしょうか?


花回廊で


★ 真実を見極める眼を持ちましょう! ★



何が真実で、何が偽りなのか、どんな状態が正常で、どんな状態が異常なのか、今の日本の政治はどこに向かっているのか? 世界はどこに向かっているのか? 地球はどこに向かっているのか?
あなたは真に見極めることができますか?

同じ人が書いた本やブログであっても、「正常波動で書いたときと異常波動で書いた内容があるのですよ」というようなことを過去記事に書いたことがありますが、そのことに気づいている人がどれくらいおられるでしょうか?

つまり、作者の意識レベルも常に変動しているので、過去に書いた作品がたとえすばらしいものであったとしても、その次に書かれた作品が必ずしもすばらしいとは限らないということです。文学賞をとったからと言って、その人がつぎも優秀な作品を書くとは限りませんよということですね。
スピリチュアルな著作も同様です。同じ著者であっても、意識レベルが格段落ちてしまい、驚くほどひどい内容を書いている場合も多々あるのだということを知っておいてください。

この『思いの制限をひらく』と『光の花束〈不滅の詩〉』」では、わたしと考えを同じくする聖人の言葉や、そのときどきのタイトルに相応しい著者方の言葉をお借りすることがあります。しかし、だからと言って、これまでに出版されている彼らの本が必ずしもすべて正しいというわけではなく、同じ本のなかにも、まちがっていると思われるような記載はあるのです。それは、ペンジュラムで客観的に診断することができますが、最初に「これはおかしい!」と感じる直観が何よりも大切だと思います。

宇宙人やキリストや天使の名前には惑わされないでくださいね。
大天使ミカエルとか、ガブリエルとか名乗っていても、たいてい違っていますから。
わたしはそういう名前などはどうでもよいと思っています。
要は、言っていることが真実で、人が生きていく上で必要性のある情報かどうかです。
内容を読めば、たいていその存在の意識レベルがわかってしまいます。
ほんとうに大天使やイエス・キリストであるなら、自分のことを「私は○○です」と執拗に名前を語る必要があるでしょうか? 

ですから、わたしが引用した作者やチャネラーの他の出版物に関して、それらもきっとまちがいはないだろうと信じ込むことや、書かれていることを鵜呑みにすることはやめてください。それさえ判断ができず、信じ込んでしまう人が多いので、とても危険だということをくれぐれもお伝えしておきます。


あじさい


★『過去生回帰のセッション』を受ける際の心構え★



課題の個人レッスン』を始めてから、それぞれの人に提示した「課題」に対するレポートを読んでおりますと、まちがいなくその人が過去生を引きずってきていて、その影響の中でがんじがらめになっていると感じることがあります。

確かに自分という存在は、たくさんの過去生を体験してきた集積なのですから、今生にいろんな悪いクセが現われてきて当然だと言えるでしょう。だからと言って、今の自分に多くの不満があることを、けっして過去生のせいにはしないでいただきたいのです。
「今生でがんばって課題にチャレンジしよう!」、「分霊のカルマも解消しよう!」と決意してきたことも忘れ、怠けているがために生じている現在の苦悩は、今の自分の責任です。

今なぜこんなに不幸なのか? と思っている人は、確かに過去生で否定的な人生を送ってきたのかもしれません。
しかし、たとえ何か人道上よくないことをしていたとしても、それはそのときの自分が選択したことであり、やむをえない事情があったわけですから、それはそれで仕方がなかったのだと認めてあげることが、まず必要です。
そして、それに対して、いつまでも悔やんでいる過去の自分を丸ごと赦し、癒してあげることが大切なのです。

逆に、人に迷惑をかけても全く平気でいた人は、迷惑をかけた人々に心から赦しを求め、謝罪する必要があるでしょう。
恨みの想念は何世にも渡って持続します。そのために不幸を呼ぶことがありますから、心から悔いて謝ることが肝要となります。

もし、そういう人生を生きた自分(もしくは分霊)を逆に責め立てたり、今生の自分の足を引っ張っているような迷惑な過去を早く消し去りたいと考えているのであれば、過去生回帰などやらないほうがよいかと思います。

過去生の自分が肉体を去ったとき、自分を裁いたために、カルマはつくられました。
その人生について何も裁くことがなければ、カルマは残らないのです。
つぎの転生の際にカルマをつくらないためにも、自分自身や自分の人生を裁かないことです。



区切りのライン


皆さん、両手を見てください。左と右に5本ずつ指がありますね。
分霊というのは同じ手くびのところで繋がっているそれぞれの指にたとえられます。
元は同じ所から出ているのだけれども、指の長さや太さが少しずつ異なっています。左と右にはそれぞれの役割があり、ネガティブな人生を歩む分霊もいれば、ポジティブな人生を歩む分霊もいます。両方バランスよく学ぶことが必要なんですね。

それなのに、今の自分が不幸であるのはネガティブな人生を歩んだ分霊のせいだとして、その分霊のしたことを憎んで、排除しようとするのは、どうでしょうか?
それは、気に入らない指を切り落とそうとしている行為と同じです。
分霊と言っても、同じ親神から生まれた兄弟姉妹であって、同じチームの仲間なのです。それらをひとまとめにすれば、すべて自分自身だということができます。

わたしがなぜ「過去生回帰」のワークをおススメしているかと言いますと、究極的に「自分を赦し、自分を愛する」ためにどうしても必要不可欠な方法であるからです。
過去生で、どんなにひどい人生であっても、どんなにひどい自分を演じていたとしても、その「自分を認めること」から始まるからです。
今の自分だけではなく、多くの過去を体験してきたであろう自分(分霊たち)をも赦し、愛しましょうということです。
元のところから赦し、愛さなければ、根本解決はできませんよということです。

自分の人生を変えようとする前に、まず自分の実存をよく知ることです。
自分のことをよく知りもしないのに、成長などできるでしょうか?
枝葉を見つめて気に入らない葉っぱをちぎるのではなく、根っこの部分を見つめることです。

そのことを、どうかわかっておいていただきたいと思います。
この気持ちをおおいに持つことができた人は、準備OKです。
きっとあなたの本体部分、あるいは分霊たちは癒されたくて、解放されたくて、あなたの瞼の裏に明確な映像として登場してくることでしょう。
 



花回廊のバラ
      花回廊のバラ 撮影 光の仕事人



★ ハイアーセルフと一体となること ★



自分に自信を持つことはとても大切ですが、過信することは危険です。
そのために、わたしはハイアーセルフとのつながりをしっかりと持つことをおススメしているのです。
いつもハイアーセルフに謙虚に尋ね、確認をとることで、慢心することなく、自分にとっての正しい道、有益な道へと前進することができるからです。

自己確立ができ、高い意識レベルが維持でき、安定している人は、どんな場所に行っても、ほとんど影響されることはありませんし、自分が今どのような状態であるのかを冷静に見つめることができます。

数秘リーディング』や『課題の個人レッスン』などで自己を深く掘り下げて、自分のなかに隠されていた問題の種を発見し、そこから問題が派生していったことを理解し、ひとつずつ気づきの光を得ていく人というのは、まちがいなく意識レベルが高くなっているので、自己確立も速く成し遂げられ、やがてハイアーセルフの導きも受け取ることができるようになるでしょう。

『過去生回帰』で、過去の自分を認め、癒し、愛すること。
ハイアーセルフと一体となって、「真実を見極める眼を持つ自分」となっていただくこと。
そして、「自己を確立した揺らがない自分」となっていただくこと。
それが、このブログを愛してくださっている読者さんに対する光の仕事人の願い
です。

現在開催しております個人レッスンやセミナーなどは、いつまでもその開催が持続するとは思わないでください。わたしはいつもハイアーセルフと相談をして物事を決めておりますが、もう必要がないと感じればすぐにやめますし、また必要だと思う新たな内容が生まれたら、皆さんに提案し、提供するかもしれません。



区切りのライン


物事は必要に応じて変化していきます。
いつも「打てば響く」鼓のように
後れをとらず、流れに乗ってください。
たった1分の違いで、
運命が大きく変わることだってあるのです。

川は常に流れています。
その川を渡る舟に乗り遅れたら
もう二度と向こう岸に着けないかもしれません。

なぜなら、あなたを向こう岸に渡してくれる助け舟が、
またあなたの元にやって来るという保証はないからです。

そうなれば、自分で泳いで渡るしかありません。
それができる人は、ラッキーです。
それができる人は、どうぞご自分で渡ってください。

今のチャンスを逃さないこと。
あなたが「必要」と思うとき、
そのときがチャンスなのです。

サポートが必要な人は、舟に乗ってください。
もし、たったひとりでも、
わたしの舟に乗ってこられたら、
そのひとりのために、わたしは全身全霊を傾け、
舟を漕ぎたいと思っています。



区切りのライン


『無明』とは、真理に暗く、無知に迷うこと。
俗世の思いに妨げられて真理を悟ることができない状態のこと。
「明るくない」つまり「闇」の状態を言いますね。

『すべての苦は、無明を原因とする煩悩から発生し、
智慧によって無明を破ることにより消滅する』
とブッダは説きました。

「闇」はただ「光」が欠如しているだけのこと。
智慧の光を当てれば、無知の闇は消えうせます。

『無明』に、一筋の光を当てましょう。

どうかあなたが光の源泉となって、
明るく光り輝いてください。




ふたつのハート

★2010年6月12日に開設したこのブログも、
今日で丸三年が経ちました。

今までご愛読くださった皆さまに
心から感謝の意を表します。

ありがとうございました。


★愛と感謝  カヴィーシャ・光の仕事人 




自己を整えてこそ自分の得難い主となる 

2013年07月11日 00:15


今回は、先日行ないましたセミナーに参加されたM.Yさんのレポートの一部を掲載します。彼女の気づきが、皆さんの参考になれば幸いです。



区切りのライン

    ~「7月 蓮の花セミナー」のレポートから ~


                         49歳 女性 兵庫県 

今回のセミナーでは、まず、カヴィーシャ様が小学生や中学生の頃に出会った「ブッタのことば」などの書籍などをご紹介いただきながら、その頃に出会ったその美しい言葉に感銘を受けられたお話などをお聞きでき、とてもわくわくして聞き入っていました。

セミナー後に、早速三冊の書籍を購入しました。一語一語、一文一文の意味が深く、すぐには深く理解し難い内容が多そうですが、少しずつ読んでいこうと思っています。
小学生の頃から、この様な本を好んで読んでおられたカヴィーシャ様に頭が下がる思いです。

後のブログで語り足りなかったと書いておられましたが、また、カヴィーシャ様の経験談などをお聞きできるのを楽しみにしております。


そして、「自分自身を最高の友とするために」では、人間の内側にある最も深い衝動が「自由」であることを知り、自分自身が真に「自由」でなかったことに気づきました。
まだまだ他人の目を気にしたり、人から頼られることをさほど何とも思わない自分がいて、そんな自分は逆に他人に依存しているのだと思いました。
自分の存在意義を他人の中に求める傾向があり、自分の存在意義を自分の中に求めることができれば、自分自身で満ち足りた人になることができるのですね。
これからは、「自由であること」を意識して、真に「独りで在る人」でいたいと思います。
そして常にそう意識していることができれば、これから自分が何をどう選択していけば、自分が真に自由で自分自身で満たされていくのかを考える時の道標となると思います。

これを、小さなことから始めて習慣化し、大きな選択をするときにもすぐに当てはめることが出来るようにしていこうと思います。

自分の「自由」に焦点をあてて考え始めると、何だかとても開放感があって、これからは縛られた自分の考えや枠、思いの制限から開放され、自分の求める人生を送ってもいいのだという安心感が生まれました。

思いの制限を開いているつもりでもできていませんでした。子どもたちの為にこうしようという考えを少し横に置き、自分はどうしたいのかを最優先に考えるようにしようと思いました。
そう考えた時に、まず自分はこうしよう、そして、そうすることにより子どもたちのことはこうしようと、順番を変えるだけで、その他の行動も変わってきますし、自分を優先して考えることが出来るようになると、他の人のことも、より大切に、より愛を持って行動できるのではないかと思います。


また、自分自身が独り在る人で、自由に行動できるようになると、他人に対して不満を感じたり、怒りを感じたりすることが少なくなり、人それぞれの真実として受け入れる寛容さが生まれてくると思います。
自由に行動することによって、自分が自分に寛容になることが出来るから、人にも寛容になれるのだと実感しました。


自分自身を光で満たして光を送る瞑想では、自分が今まで光を送ることが出来ているかどうかが確認できていませんでした。でも、カヴィーシャ様に調べて頂き、自分がどうすれば光を送ることが出来ているかを確認することができたので、これからは、その感覚で送っていきたいと思いました。


★カヴィーシャ: 今回のセミナーでも、オーラとチャクラを閉じるエクササイズをやりましたが、その際になぜあなたのオーラが閉じなかったのか、光の放射ができにくかったのか、理由がおわかりになったと思います。
「ここが痛い」と言って手で押さえられた身体の場所を調べると、オーラが破れていることがわかりました。
背中の下の辺りが疲れると直ぐに痛くなり、その日も少し痛いということでした。

オーラが破れている(あるいは穴があいている)とオーラを閉じることができないのです。コントロールがきかなくなると言ってもよいでしょう。そこから光が漏れてしまうので、まず光を呼んでも光に完全に満たされることができないのです。
それで、あなたの場合、その破れを修復した途端に、すぐにオーラは閉じられましたし、そのあとのエクササイズで光の放射をして対象物にも届きました。

ご自分の身体にはかなり敏感な方ですが、ご自分のオーラが破れているということに気づくということがまだできていませんし、光の放射もできにくい状況なので、「できている」という思い込みをしないよう気をつけていただきたいと思いました。
なぜ、オーラが破れるのかも、考えてみてくださいね。


★これは大切なことであり、皆さんにも参考となることであると考えましたので、コメントを付加しました。(7月14日更新)



ハイヤーセルフに出会い、ハイヤーセルフから贈り物を受け取る瞑想では、引き出しを開ける前から虹色に輝く貝に入った大きなパールが見えました。
引き出しを開けても同じで、パールは白く輝き、よく見ると部分的に色んな色に輝いて美しかったです。
私は、彫金を学びながら、体力的なこと、金銭的なことなど不安が出てきていたので、それらの経験を通してパールのように美しく輝く未来が待っているということだと受け取りました。
そして、色々な色に輝くことが出来る可能性も感じました。
カヴィーシャ様から「パールは自分の中に異物を受け入れる苦しみに耐えて作られる」と仰って頂き、正に、今の自分のことだと、これからも自分を信じて頑張ろうと思いました。 
(中略)

最後に
『都大路に棄てられし
塵芥の堆の中より
げに香り高く、
こころ楽しき白蓮は生ぜん』

清浄なる蓮のような人に

カヴィーシャ様から頂いた上記カードの言葉と美しい白蓮のように、どんな状況の中でもこの蓮のようでありたいと思います。

ありがとうございました。

愛と感謝をこめて



★カヴィーシャ: 瞑想中にハイアーセルフから贈られた「虹色の真珠」は、あなたのなかにある宝物です。その宝物は、苦しみに耐えれば耐えるほど、うつくしい虹色の光を纏い、その輝きを増していくのです。
パールに秘められた「流れと変化を促す神秘の力」を感じてください。
虹色の真珠」は、あなたの自己の核心にフォーカスし、真のあなたを理解するための助けとなるでしょう。どうぞその素敵な贈り物を大切にしてください。

真に「独りで在る人」でいたいと書いておられたあなたを心から応援します。
「独りであること」の意味を深く受け止め、実践してください。




トルコキキョウ4


★ 自己を整えてこそ自分の得難い主となる ★




    己こそ 己れの寄る辺

    己をおきて 誰に寄るべぞ

    よく整えし 己にこそ
    まこと得難き 寄る辺をぞ得ん

    (法句経 160番)



上記は、7月の『蓮の花セミナー』でお伝えした重要なゴータマ・ブッダの言葉のうちのひとつです。
この言葉は、ブッダが亡くなられる前に、嘆き悲しんでいたアーナンダ(阿難)に対して語られたものだと伝えられています。

では、わたしなりの解釈で、お伝えしましょう。
このアーナンダはいつもブッダの身の周りの世話をして、ずっとブッダと一緒にいた人ですが、ブッダが亡くなられる前となっても少しも悟ってはいませんでした。

ブッダは尋ねました。「アーナンダよ、おまえはなぜ泣くのか?」と。
すると彼はこう答えたのです。「あなたは私が悟りに至らない前に死んでしまわれる。あなたを見失った後、一体どうすればよいのかわかりません。師よ、私はどうすればよいのでしょうか?」

ブッダは答えました。
「嘆いてはいけない。おまえがおまえ自身の寄りどころではないのか? おまえはおまえの灯火である。おまえ自身のほかにおまえはどこに寄りどころをさがすというのか?」と。
 

先に書いた言葉は文語体なので、わかりにくいかもしれませんが、現代訳にしますと、つぎのようになります。

この世では自己こそが自分の主(あるじ)であり、救護者である。
他人がどうして(自分の)主や救護者であろうか?
(この自己のほかに救護者になりうるものがあろうか?)
よく制せられた自己にこそ、ほんとうに得難い主、救護者を見いだすことができる。


自分にとって、「自分を救えるのは自分だけだ」とブッダは言っているのです。
これは、意識レベルが高くなければ、かえって誤解を招く可能性があるかもしれません。
たとえば、「自分が自分の主なのだから、自分の思うがままの言動をしたらよいのだ」と、人の迷惑も省みず勝手気ままなふるまいをしてしまうというようなことです。
これは意識レベルがかなり低い人の発想ですね。

自分を救うことのできる自分になること

それは非常に難しい課題ですね。


トルコききょう3


★ わたしの人生の根底にあるもの ★



先日の9日は、わたしの60回目の誕生日でした。
「光陰矢のごとしだな~」と、幼い頃から今日までを思い起こしながら、独りでとても心地良い思いに満たされておりました。
わたしがこの地球に誕生する前、数多い人生の選択肢のなかで、下から2番目を選んだということを次女から聞いていましたが、そのようにあえて酷い人生を選んだ割には、自分の思う通りの人生を歩んできたのではないかな? と不思議にも感じたのです。

自分が自分であること。
この「自分という意識」が数えきれないほどの輪廻転生を繰り返していることに気づいたのは、11歳のときでした。これはMさんも書いておられましたが、「蓮の花セミナー」でお話をしましたね。
このしくみを知ってしまった以上、「どうしたらこの世界で気持ちよく生きて行くことができるだろうか?」と、幼いながらも考えたのです。

そして、この「決して逃れられない自分という存在」を、まずは大好きになろうと思い立ったのです。わたしがわたしと未来永劫つきあっていかなければならないのなら、自分で自分を大好きになれるよう自己改革をしようと考えたわけです。他人に好かれるためではなく、ほんとうの自分を生きるためにです。
自分自身が嫌いでは、生きていく気力なんて湧いてくるはずがありませんから。
そんなふうに、自分のことが大好きで、深く自分を信頼し、真に愛せる自分づくりを、その頃から始めたわけです。これは正解でしたね。

そして、14~15歳の頃、「白蓮のごとく生きること」をブッダから教わり、「己こそ己の寄る辺である」というすばらしく力強い言葉をいただいたのでした。

わたしは自己を整えるために座禅会に参加してみたり、自分があやかりたいと思える存在を見つけるために、世界中の聖人・偉人と呼ばれてきた人たちの伝記をたくさん読みました。
当時のわたしの師やお友だちは、ゴータマ・ブッダやイエス・キリストであったのです。それも、あとで人間が考えてつくった仏教やキリスト教という教えではなく、初期のブッダやイエスの本物に近い言葉のみを選択し、自分独りで学んだのです。

その当時からわたしの根底にあったのは、このブッダの「己こそ己の寄る辺」という「自灯明」の精神であり、イエスが語った「独り立つ者」の心境だったのです。



★ 独りで歩むこと ★



ひとり座し、ひとり臥し、ひとり歩み、なおざりになることなく、自分ひとりを楽しめ。常にひとりで林の中に住め」とブッダは語っています。

彼の言葉が集められた「スッタニパータ」や「ダンマパダ」には「サイの角のようにただ独り歩め」とか、「愚かな者を道連れ(伴侶)とするな。ただ独りで行くほうがよい。孤独で歩め。悪しきことをするな。求めるところは少なくあれ。林の中にいる象のように」とか、「○○のように」と動物に譬えた句がたくさん出てきます。

わたしはいつもその言葉を脳裏に刻み、「サイの角」のように学びの林を独り歩んできたのです。

ブッダは「旅に出て、もし自分よりもすぐれた者か、または自分にひとしい者に出会わなかったら、むしろきっぱりと独りで行け。愚かな者を道連れにしてはならない」と語っています。
彼は、常に「独りで歩むこと」を奨めた人でした。



愚かなる者と道を共にするは
長途(みち)に憂いあり

愚かなるものと
居(すまい)を共にするは
怨敵(かたき)と共にすむがごとく
まこと苦しみなり

されど賢き人と共に住むは
親族(親しきもの)と相逢うがごとく
まこと楽しみなり

(法句経207番)



愚人と共に住むのは、つねに苦しくつらいことである」とブッダは言っているのです。
あまりにドンピシャなので、思わずうなずいて笑ってしまう句ですが、真に納得がいく言葉です。
ブッダはどちらかというと「分離」のほうを選択していて、「これって、人との調和から外れているんじゃないの?」と思う人もおられるかもしれませんが、ブッダの「独りあること」のススメには、測り知れない深遠さがあります。


★「統合」する前には、必ず「分離」を経験しなければならないこと。
分離したふたつの極」を、その「両極」を知りつくしてこそ、究極の「真の統合」ができるということを知っておいていただきたいと思います。
 

自己を確立するためには、多数の愚者と一緒にいては、達成することができないのです。
たいてい朱に交われば赤くなってしまうんですね。人間はそんなに強くは出来ていないのです。
家族と一緒にいれば、情にほだされて、自分自身を貫くことはできにくいのです。心や行動の自由が縛られてしまうのです。制限から自由になれないんですね。
だからこそ、ゴータマは妻子を置いて城を脱出したのです。

泥中の白蓮華のように、泥の中にいても泥水をはじき、けっして世間に汚染されないようになるためには、揺るぎない自己の構築が必要です。それには自分の身を整え、鍛えることが必須なのです。
だからこそ、「独りになりなさい」、「自分を拠り所にしなさい」、「自己を確立しなさい」と、ブッダは繰り返し繰り返し語っているのです。




この世では自己こそ自分の主である。
他人がどうして(自分の)主であろうか?
賢者は、自分の身をよく整えて、明らかな智慧を獲得する。

この世では自己こそ自分の主である。
他人がどうして(自分の)主であろうか?
賢者は、自分の身をよく整えて、悩みのうちにあって悩まない。

この世では自己こそ自分の主である。
他人がどうして(自分の)主であろうか?
賢者は、自分の身をよく整えて、いかなる束縛をも断ち切る。

この世では自己こそ自分の主である。
他人がどうして(自分の)主であろうか?
賢者は、自分の身をよく整えて、すべての苦しみから脱れる。




トルコキキョウ5


今回は、わたしのベースとなっているブッダの言葉をお伝えしました。
あなたも、自分自身を自分の主にするべく、わが心身をしっかりと整えてください。
ブッダが言う「整える」というのは、「自分を制御する」、「自己統制する」ということです。
御者が良い馬を調練するように自分を制御しなさいということです。

世の中には、自分で自分をコントロールできない人がたくさんいますが、それでは他のネガティブな存在の餌食にされてしまいます。他者にコントロールされて、自分自身を生きることができないんですね。
そんなふうに、他者に乗っ取られてしまい、他者の人生を自分の人生だとカン違いして歩むことのないよう、くれぐれも気をつけていただきたいと思います。

★「独りあること」に関しては、「光の花束〈不滅の詩〉」の『愛が可能になるのは独りあるときのみ』をお読みください。


探究者の皆さん、  
この心境を深め、どうか自己形成の道を力づよく歩んでいってください。



ハートをひらいている人 ひらいていない人

2013年07月21日 09:17


★ ハートをひらいている人 ひらいていない人 ★



これまで『数秘リーディング』や『課題の個人レッスン』などを受けられている方々からのレポートが数多く届いておりますが、それに対するコメントを書かせていただきながら感じてきたことを、今回お伝えしたいと思います。

単刀直入に申しあげますが、レポートに対するわたしのコメントがほとんどない場合は、「あなたのハートが閉じていますよ」ということだと思ってください。それをはっきりと申し上げることもありますが、果たしてご本人はほんとうに気づかれているのかしら? と思います。

ハートが閉じた人の文章」というのは、何もながれてこないので、コメントが湧いてくることもありません。
「それで、どうなのですか?」「さらに掘り下げて書いてみてください」と書くと「そんなに詳細に報告する必要性があるのか?」と疑問を投げかけてくる人が稀にいらっしゃいます。
わたしにとっては読者さんたちのさまざまな心の状態を事細かに伝えてもらっても、正直申し上げて、何の益にもなりません。時間がかかって、読むのが大変なだけなのです。
レポートを真剣に読み、コメントを書かせていただいても、しばらく経てば忘れてしまいます。個々人の中心となる課題は覚えているのですが、枝葉のことなどはすっかり忘れ去っています。覚えている必要性がないからですね。

ですから、何も「個人的な情報を詮索したいわけではない」のだということを、しっかりとご理解いただきたいと思います。その人の課題をもっと深めていただきたいために質問をしたりして誘導しているのだということです。要は「あなたの掘り下げ方があまりにも浅いですよ」ということを言っているのです。

また、「気づきの全容を報告する必要性を感じない」と言う人は、自分の全貌を明らかにしたくない、つまり隠しておきたいわけですから、「ハートがひらいている」とはとても言い難い状態です。そういうことを考えること自体マインドが先行しています。

ハートがひらいていると、すべてが流れるように湧きだしてくるのです。

「これを書くのはどうかな?」とか、「こんなことを書くとネガティブと思われるからやめよう」とか、そういう思考は一切出てこないはずです。なんだかんだと理屈が出てくるのは頭で考えている証拠です。(理屈で書いている箇所はすぐにわかります)
ご自分のレポートを、一カ月後くらいにじっくりと読み返してみてくださいね。

また、何を言いたいのかさっぱりわからない文章があります。頭でこねくりまわしているので、その人の真意がまったく伝わってこないのです。表面的に取り繕った内容を書いても意味がないことを知ってください。
小学生でもわかるように書いてください。難しく書かないことが一番です。


ハートがひらいている人は、ながれる水のような柔軟さと豊かさがあります。
どんどん自分の思いや感情が放出して、隠すものが何もないほどあふれてきます。
魂が表現したくてしかたがなくなってくるんですね。
「自然にながれるままに書いていたら、こんなに長いレポートになってしまいました」という人がいらっしゃいますが、それが「ハートがひらいている証拠」なのです。

ですから、読む側のハートにも、その文章が途絶えることなくスイスイとながれこんでくるわけです。とても気持ち良く入ってきます。
そうすると、わたし自身もうれしくなり、ひとりでに笑みが浮かんでいます。
そこで、「気づけてよかったですね」「すばらしいです!」と、喜びを分かち合うことができるのです。




ラベンダー畑


★ レポートを書くことの意義・メール交換の意義 ★



数秘リーディング』を受ける際の心構えの箇所にも書いておりますが、最初のお約束として、レポートを書く気持ちがあるかないかということを問うていますね。
ただ単にリーディング結果を知りたいだけなら、他者のところで鑑定してもらってくださいとお願いしております。
そのわけはわかりますね? 他力依存者ではなく、わたしは「自力で真剣に自己探究をする人を募集している」からです。

レポートを書くことの意義」については、今まで耳にタコができるくらい何度も申し上げているので、その重要性をしっかりと把握された上でお申し込みになっているものと信じたいのですが、それでもやはり「レポート」をなかなか書くことができない人がおられます。提出期限を守れない人も、やはりおられますね。「書けないのは、なぜなのか?」をしっかりと自問自答していただきたいです。

最近は、「どうしても書けないのでレポートが送れません」と正直に現状を知らせてくださる方も多くなってきています。
しかし、一切連絡なしの人も、未だにいらっしゃいます。自ら完璧に閉ざしているわけですから、救いようがありません。「人としてのマナーでさえ守れない」わけで、未だ「人になっていない」状態だと言ってもよいでしょう。まずは「地球人になる学び」をしていただきたいと思います。

メールができないときは、たいていネガティブエネルギーに影響されているとき(本人はほとんど気づいていません)なので、メールで知らせることを思いつかない、あるいは、たとえ気づいていても実際にはできないようです。
わたしからメールを差し上げることで、光が実際に届いていることに気づいている人は非常に稀です。
メールや電話で相手のネガティブエネルギーが離れる場合があります。ときには、こちらにそれが来て、浄化することもあります。電話中だけ相手に憑依していたネガティブエネルギーがいなくなることもあります。ただし、本人の意識が変わらないと、再度やってきて、憑依します。
憑依を繰り返し体験している人は、自分の意識の持ち方や悪い思い癖があることに気づき、真剣にそれらを解放する必要があるでしょう。

闇に足を引っ張られているときは、メールどころか、ブログも読めなくなりますから、まちがいなく光から離れていくことになります。残念ですが、自らハートをひらいてコミュニケーションをしようとしない人を、わたしはそれ以上追うことは致しません。
去る者は追わず』です。

ご縁が切れた人は、自らつながりを求めない人ですから、糸が切れた凧と同じです。
たとえ闇に足を引っ張られて奈落の底に堕ちておられることがわかっても、相手が心を閉ざしている以上、癒すことも助けることもできません。
固く心の扉を閉ざしている人に光を届けることはできない」ということを知ってください。
受け容れられなかった光は戻ってくるだけですから、ムダな作業となります。

それは、ネガティブな霊たちのケースと同様です。
自ら浄化をしてほしいと願って神妙に訪れた霊体たちは、心がひらいているので、あっという間に浄化されます。
来る者は拒まず』です。


ブルーインプ


★ あなたの人生の課題をクリアしましょう ★
 



毎回伝えておりますように、深い気づきが得られるかどうかは、すべてその人しだいです。
わたしはただ鏡のように映し出された事柄に対して反応していくだけです。
ときには、相手が不快な思いをされることを承知で、あえて厳しい真実を申し上げ、どのように受け止められるか、その反応を見させていただくことがあります。
いわゆるショック療法ですね。いつまで経ってもご自分の問題点に気づいていただけない場合は、そういう実験をさせていただくことがあります。人によっては、あとになってから、そのことを明かすこともありますが、明かす前に心を閉ざし、早々と離れてしまわれる人もおられます。

その実験をしてみたら、案の定感情的になり、腹を立てられ、自ら「レポートをもう書きません」と言って、『課題』のレッスンを放棄し、中途挫折した人が実際におられました。
その人の考え方や行動がまちがっており、受け止め方もネガティブだったため、結局悪霊に憑依されてしまったのです。
突如心境が豹変する人は、たいてい最もタチの悪い霊が足を引っ張っています。手のひらを返したように変貌するので、非常にわかりやすいです。
レポートには数秘リーディングや課題のレッスンを申し込んでほんとうによかったということが書かれていたと記憶していますが、真にそう思っておられたのなら、最終的に悪霊を引き寄せるようなことはなかったはずです。

その人の課題は「役割を演じるのではなく、真実をもって本音の人生を生きること」だったのですが、「自分の真実に責任を持つ」ということに気づかれないまま、自ら断念してしまわれました。
どんなに自分の問題や課題が重く深いか、なぜこういう結末を迎えたか、ということに気づいていただけることを心から願うしだいです。

今『数秘リーディング』や『課題』に取り組んでいる皆さん、今まで熱心にレポートを書いてきたけれども、自分の気づきは何だったのか? と改めて問うてみてください。

自分ではさもわかったようなことを書いているけれども、それは「気づいた」という「勝手な思い込み」にしかすぎないのではないだろうか? と省みてほしいのです。
同じまちがいを再三繰り返しているならば、それは真に気づけていないし、クリアできていないということですから、ご自分でも判断できると思います。

自分の盲点を突かれたときに、それに対して素直に受け止め、真剣に取り組もうとする意志や意欲、気力のない人は、じつは最初からハートをひらいていなかったし、何も気づいていなかったという証なのです。
これまで学んできたことを思い起こし、高い意識レベルで判断し、選択をくだせば、よりバランスのとれた調和的な行動をとることもできるはずです。

自分の盲点を指摘されるたびに意欲を失くしていたら、つぎのステップにはけっして進むことができません。
また今生で「カルマ」という名の宿題を残し、来生で自分のグループのだれかが後を引き継ぐということになります。
皆さん、そういう繰り返しを何百年、何千年とやってきておられるのです。
もうそろそろ卒業しましょうよ。
来生の自分の足を引っ張るようなみじめな存在にだけはならないでいただきたいです。

自分のプライドや感情に翻弄されて、せっかくの成長のチャンスを棒に振るのは大きな損失です。
あの世に行っても、つよく刻まれて残るのは「感情」の部分なのです。
感情」が、つぎの行き先を決めると言ってもよいでしょう。
だから、いつも幸せで愛に満ちたここちよい感情を保っていることが大切なのです。




ドクダミ


★ 病気の人たちへ ★



病気の人を癒すのは、ケースバイケースです。
どんなことでも、すべてその人にとって必要なことが起こっているのですから、やたら病気を癒したり、治してしまったりしないほうがよいからです。
なぜこんなことが自分に起こっているのかと真剣に考えたり、苦しんだりすることもなく、簡単に他者に頼んで治してもらったとしても、その人はまた別のことで必ず苦しむことになるからです。根本治療にならないのです。カルマが解消されるということもありません。
病気になったら、カルマを処置するチャンスが来たと感謝することです。

病気は不調和の結果です。自ら気づかなければ、病気は完治しません。
肉体の不調を起こしているのは、そもそも本人に気づかせるためのメッセージなのですから。
いくら手を尽くしても、いろんな治療をしても治らないのは、その人の考え方の根本がまちがったままか、まだ真に気づいていないからなのです。
過去生の自分が大いに悪影響を与え、足を引っ張っている場合もけっこう多いです。
原因が霊障の場合もあります。


最近重大な病気を抱えている方が、続けて『過去生回帰の個人セッション』をお申し込みになりました。
写真を送っていただいてわかったのですが、おひとりはまちがいなく霊による障害でした。
それで憑依していた霊体を浄化したのですが、早くも「症状が嘘のようになくなった」という報告をいただきました。
しかし、その人の中には「過去生で問題があった自分」がしぶとく入り込んでしまっており、それが強い影響を与えていることがわかりました。いくらチャクラにプラーナを補充しても、そのときだけは良くなるのですが、すぐにプラーナが不足して、なかなか完治しないのです。
いくら「過去生の自分」と言っても、これだけ悪影響を与えているのですから、まったく「悪霊の憑依」と同じです。

もうひとりの方も、やはり過去生に問題があった方の影響が強く現われていました。
これまでに病院で何回も検査を繰り返したけれども、まったく異常がないという結果が出るのだそうです。それなのに、頭が爆発するのではないかと思うほどひどく痛み続けているということでした。

今回写真からの調査で、頭の病気で亡くなっている過去生があることがわかりました。
病気に対する不安と恐れを抱かないご自分になられることが今回の課題ですので、『過去生回帰の個人セッション』の日が来るまで、自己統制をしながら頑張っていただきたいと願うしだいです。
どうか苦痛にめげないでくださいね。


多くの人はその原因に気づかないまま亡くなってしまい、カルマを残してしまいますが、真に気づけた人は病気も癒され、とても元気になられます。

心身ともに見違えるように元気になる。
それが「真に気づいたことの証」です。




紫つゆ草


★ 苦痛から逃げないこと ★



苦痛や苦悩が生まれたとき、それと直面することから逃げないことです。
自分にとって心地悪いものをすぐに投げ捨てようとしてはいけません。
それはとても貴重なエネルギーなのですから。

ネガティブな感情は、あなた自身に重大なメッセージを与えているのです。
自分が今学ばなければいけないレッスンが何なのかをしっかりと示してくれているのです。
それを認めず逃げようとすればするほど、さらにネガティブなエネルギーは力をもつようになります。
だから、それを歓迎し、受け容れ、吸収し、感謝することです。

自分自身にこう言い聞かせてください。
「今度は絶対に避けない! 逃げない! 拒絶しない! 投げ捨てない! これらをすべてしっかりと受け容れる。今度こそ消化するのだ!」と。

拒絶反応することなしに苦痛を受け容れた瞬間、あなたのエネルギーの質は変化します。
それができたとき、あなたの新しい旅が始まるのです。
真に受け容れた人だけが、それに気づくことができるでしょう。
苦しみが歓喜に、苦痛が真の喜びになることを。




ふたつのハート

「ハートをひらいた状態」というのは、
正直に自分を全面的にさらけ出せるということ。
相手を全面的に受け容れられるということ。
そして、自分自身を惜しむことなく与えられるということです。

いつも言っていますね。
宇宙にハートをひらく、
相手にハートをひらくというのは、
そういうことなのです。





「独り立つ人」が選んだものとは何か? 

2013年07月29日 12:20


★ 読者さんのお便りから ★



今回は、長年このブログを愛読してくださっていた読者さんから7月初旬に届いたお便りをご紹介いたします。

鳥2


        光の仕事人/カヴィーシャ様

                        K.Ⅰ  女性 42 歳 東京


 
こんにちは、K.Ⅰ です。自己紹介と「思いの制限をひらく」との出会いについてお伝えしたくお便りします。こういう読者がいた、というふうに知っていただけたら嬉しく思います。

私にとってはカヴィーシャ様のお名前よりも、光の仕事人様のお名前がよりなじみ深く感じています。初めてブログをみつけたのは2010年の終わりころだったと思います。
その時の私の状況をお話しさせていただきます。唯一の身内、母が癌にかかり、仕事を辞めて1年間看護し見送ったあと、2000年ごろでしたが、なにか腑抜けになったような気がして、ふっと自分の魂をとりもどしたい気持ちで一人旅にでかけていました。旅のひとつがアリゾナ州でしたが、旅の途中に起きた出来事や出会った人々ととても深いつながりを感じ、後に東京の生活を片づけて2004年にアリゾナ州のフラッグスタッフという町の大学へ留学することにしました。この町はセドナにドライブで40分くらいの距離にあります。町の北には美しい大きな山がそびえていて、この山の存在に見守られながら学生生活を送っていました。この留学ではスピリットでつながっていると感じられるような家族との出会いがありました。そういった人たちの助力もあって、はじめは2,3年の語学留学のつもりが、計8年半、大学院修士を終えるまで生活していました。

★カヴィーシャ: そうでしたか。 とても素敵な経験をなさったのですね。

私の日本での家族は、思えば非常に機能不全な環境でした。(母は女手ひとつでよくやってくれたと思っていますけれど)ずっと昔からえもいわれぬような、どうもなじめない、不安定な感覚を持っていました。アメリカでの8年半の生活は、まるで私にとっては「生きなおし・成長しなおし」のチャンスをもらったような感覚でいました。血のつながりはなくても真のつながりを感じる人たちがいること、そしてなによりこの世はそんなに恐ろしいところではない、ということを少しずつ経験していました。

ところで2010年には大学院卒業にむけて学業が生活の大半をしめるような状況にありました。卒業後の進路など「現実的な」ことがらに対処していく必要に迫られ、私の中のまだ触れていなかった思いが浮上して、また落ち着かない不安定な感覚を感じていたのです。
自分でいうのもなんですが、たくさん成長した部分もありましたが、宇宙から「この学びは?」「こっちは?」と問われているようなふうでした。これは大学院だけの問題じゃなく、アリゾナのこの土地に呼ばれてきた、この地での学びの卒業がかかっているという気がしていました。

その時の一番の思いは「なんでこんなに生きづらい感覚があるのだろう」ということでした。そのころに交流のあった人たちから、キーワードのように耳にしたのがインディゴソウル、とかインディゴという言葉で、インターネットでいろいろと調べました。調べればいろいろたくさんでてきましたが、私は私の感覚をたよりに信頼できるものを探しました。日本のものを探していて出会ったのが光の仕事人さまの記事でした。

これらの記事を読んで、まるで自分のことが書いてあるような不思議な感覚を覚えました。そして心の底からホッとしたことを忘れません。私は考えてみると幼稚園に入る頃から、ずっと人に違和感を感じていて、それを「自分が人より劣っているから」そして「それを人に知られてはいけない」という思いの制限をずっと持っていたようでした。児童養護施設で働いていたとき、他の職員からは問題視されているような子どものことがいたたまれなくて、そういうこどもによく目をかけていましたが、たぶん自分のことのように感じていたのだと思います。インディゴの記事をみて、自分はそういう魂の出身であって、自分が悪いというわけではない、と感じて心の底から安心したのでした。うれしくてうれしくて、そのころその感覚を共有していたアメリカ人の友人たちにも教えたところ、涙を浮かべて聞きいった人もいれば、自分のこととはとらえていない様子な人もいました。私にとってこの出来事はとても大きな転機でした。ある夜、これからは日常的な事物に振りまわされるような生活は一切送らない、人の目を一切気にしない、自分のハートの真実にのみ従って生きていく、と強く宣言しました。宇宙にたいして。この宣言をしてしまったばっかりに、その後「あのとき宣言したじゃない?」的な試しのようなことがしばしばおこります(笑)

論文など忙しい日々ではありましたが、時間をみてブログの記事を読みつくしました。一度読んで、すっとのみこめるタイプではないので、何度も何度も。また時間をおいて読みなおしたときに、こういう意味だったのか、と再度気づくことが多いです。インディゴの次に興味をもったのは小食は地球を救うの記事、でした。ひとつひとつ細かくは申し上げませんが、光の仕事人様のブログに関して感じたのは、とにかく、そのときの自分の気づきや、宇宙から受け取っているメッセージらしきものにシンクロしている記事がみつかる、ということです。気づきのヒントになることが多いです。
大学では森林科学専攻でしたが、学業を通じて、とにかく動植物に対するいとしい気持ちが強い自分、を発見しました。環境破壊に心が痛みますが、自分個人がそれに加担しないために何ができるだろう?と考えていました。住んでいたコミュニティーは、そういう意識が高い人たちがたくさんいるところで、そのせいもあってか、私にとっては自分の衣食住の見直しは自然なかたちで受け入れました。ハイヤーセルフにつながり生きることも。

2011年の5月に大学を卒業して、山々にその報告のための登山をしましたが、そのときに山からも「おめでとう、卒業」というメッセージを受け取った気がしました。そのままアメリカに残りたくて就職活動をしましたがかなわず、それもまた意味のあることだろうと思いつつ、去年の夏に東京に戻ってきました。自然により近い環境でとりもどした自分らしさを東京の生活で維持することが、とても難しくて初めは「帰りたい」状態になっていました。しかしよく感じてみるならば、アメリカの片田舎にいても東京の粗い波動の中にいても、自分の中心(ハイヤーセルフ)によくつながっているならば、かわりはないのではと思いました。今は満員電車の中でも目をつむってアリゾナの山や森、セドナの岩山の意識につながりを感じることができます。公園の木々や鳥のさえずりが美しい。そういう感じる練習に帰ってきたのかもしれません。せっかく日本にいるので、日本を味わえたらいいなと思えます。

★カヴィーシャ: そうですね。しかし、環境というものは人体に大変影響を与えるものです。わたしは東京を旅して、ここには絶対に住めないと思いました。人間の多さに疲れました。波動が悪いなかで生きていると、正常・清浄を維持するのは大変です。
あなたのハイアーセルフに尋ねてごらんなさい。「東京が好きですか? それとも、セドナやアリゾナの山や森のほうが好きですか?」と。


帰ってきて感じたことですが、日本という国は、神々に(もしくは宇宙のエネルギー、光に)相当しっかりと守られている場所だと思いました。とてもギリギリのところで災難をまぬがれている感じです(このままではいけないですが)そういう再発見はありつつも、やはりそこで接する人々は神性を忘れている、もしくは表現しきれていない人が多すぎで、そういう人の間にいて自分を保つのが難しい。光の仕事人様のブログを訪ねて記事を読み返すことで、自分が宣言した自分の生き方をくりかえし思いだすことができているのです。本当に、本当にありがとう。

★カヴィーシャ: どういたしまして。しかし、神性を忘れた人々が多々生きている日本は、ほんとうに神々に守られているのでしょうか? 守られるような意識を皆が持つことを求められているのではないでしょうか?

思いの制限をひらいて、真の自己で在りたいです。自分の中の制限は気が遠くなるほど何層もあるようです。自分でいうのもなんですが、私は相当数の自分の思い込みに気づき手放す作業をしてきました。はじめは心理学的な手法で。ヒーラーと呼ばれる人の力もかりましたが、今はもっぱら、直接ガイドスピリットやエンジェル、宇宙に直接お願いしています。しかしまだまだあります。きっと人生かけてずっと取りくむ修行なのですね。
この前、成田山新勝寺にお参りにでかけて御護摩の炎をじっとみていたときに、僧として炎を見ていたような感覚を思い出しました。この人生では寺社、修道院など隔離された世界にはおかれていません。そういう自由が与えられていて、その中であなたらしく学んでいったらいいのだと、言われたような気がして泣きたくなりました。慈悲の怒り、のような炎のエネルギーをいただいてきました。

ところで光の仕事人様のブログにも似たようなエネルギーを感じとります。私が住んでいたところの近くにはセドナという町がありましてハイキングによくでかけていました。土地のエネルギーが神聖で背筋が伸びる感じがとても好きでした。しかし町自体にはニューエイジといいますかスピリチュアルビジネスが広がっていて、人間の欲のエネルギーが強くあります。なかには良質なライトワークがあるのでしょうが、そういうビジネスの中の、ありのままの自分でOK、エンジェルからのメッセージ(それもとことん甘い)、というようなものについては、どうしても本物ではない、という違和感がありました。

★カヴィーシャ: 上記の内容に同感です。
ありのまま」という言葉をどう解釈するかですね。たとえば「ありのままの自分でOK」を「今のままの自分でOK」とするなら、魂の成長と進化などはありませんね。
また、とことん甘いエンジェルからのメッセージも、「それで前進できるのかな?」と思うことがあります。
糖分の多いジュースや甘い物ばかり摂っていたら、いつかは病気になるように、耳触りのよい甘い言葉ばかりを求めているなら、人生にチャレンジする意欲も湧かないままで終わってしまいます。
良薬口に苦し 忠言耳に逆らう」ということわざがありますが、よく効く薬が苦いように、身のためになる忠告は素直に受け入れにくいのでしょうね。人の多くは、苦い薬は飲みたがりません。

塩が抜けた身体には塩が必要だし、チャクラにプラーナが不足していれば補うことが必要です。ハートのチャクラのプラーナ量が常に枯渇している人は、自分や他者に対する愛がないのだと気づき、自分に愛を注ぐことが大切となります。
もし「今のままの自分でOK」であるのなら、病気になったり、災難が降りかかったりすることはないはずです。
Eさんの直感はすばらしいと思いますよ。


富を引き寄せる、というのも胡散臭い。アリゾナのあの土地にいて、ネイティブアメリカンの人たちの、生活と見えない世界とのつながりを重視している生き方といいますか、彼らの世界観の方に真実を感じていました。私自身は何かが視えたり聞えたり、という力はありません。たぶんそういう力があると傲慢になりうる要素があるので敢えてそういう力は伸びないようにシールドでもはって生まれてきたような気がします。私にとっての手がかりはguts feeling、おなかの底で感じる体感のみです。これは小さい時からありました。12歳で母から押しつけられた宗教を「なにかがちがう」という理由で拒否しました。家庭の雰囲気がそれ以降何十年と険悪になろうとも、断固拒否しました。こういう感覚があるので、世のスピリチュアルをうのみにはしていません。
それにしても読者歴のたぶん長い部類に入る私にとっては、思いの制限をひらくと光の花束には、深い信頼を感じています。

私の現況ですが、2012、2013年のこの時期は、これから先の生き方を決める重要な時期にさしかかっているようです。そしてそれが私のアセンションの理解でもあります。以前の自己宣言について、本当の本当にそのつもりなのか、生命をかけての決意を問われているような感覚があります。そして私には宇宙に対する(光、神、といってものですが)全面的な信頼感という課題が残っています。これがとても難しいです!ひとつ最近のエピソードを話させてもらっていいですか? 自分の身に起きていることはすべて自分の鏡のようなものですが、特に仕事・お金が思うように手に入らない、という問題に直面していました。周辺から読みとったメッセージは「宇宙に豊かさはふんだんにあり、それを思いのままにつかめるのに、自分でシャットアウトしている」ということでした。これに関してはいくつかの思いこみに気づき、手放す、という作業をしたのです。特に今生の父母との関係で受け継いだ思い込みが大きいことに気づきました。これはこれでとても大きな手放しだったようで素晴らしい開放感を感じました。宇宙には豊かさがあふれている、という感覚がすんなりと感じられるようになったのです。

ある日、近くの大きな公園に行き、そこにある木々草木、そこにいる人たちすべてに宇宙の神性が宿っている、というイメージを浮かべつつ散歩していました。ふと思いついて4つ葉のクローバーを探してみました。周辺をよく見ましたがみつかりませんで、ガッカリしましたが、その時に気づいたのです。ガッカリの陰に「私には4つ葉のクローバーを受けとるような価値がない」という感覚があることを、です。思いもかけずみつけたその思いのワークをしました。
後日、また公園に散歩に行ったときには全くクローバーのことは忘れていたのですが、歩いていてふと足元にピンと一本の4つ葉が飛び出ていることに気づきました。あれ?探さなくてもちゃんと見逃さないで受け取っている、とうれしくなりました。宇宙からのおくりものを見過ごすことなく受けとっている。

さらに後日、豊かな気持ちで公園に行き、何気なくこのあたりだ、と感じたところを見ましたら3本立て続けに4つ葉をみつけたのです。そのとき心から嬉しかったかというと、そうではなくて、「こんなにみつけるなんてそんなに珍しいことではないのかもしれない」「放射能の影響かも」などと考えている自分に気づきました。しばらくして座って心落ち着けてみて、とことん疑っている自分に嫌気がさしました。試しに時間をかけてよく探してまわりましたが、1本もみつかりません。このときには宇宙に対して謝りました。ごめんね、宇宙、おくりものを疑ってしまって。こういう疑いがすぐ上ってくるようでは、宇宙に信頼をおいている、自分に信頼を置いているなどとはいえないですね。信頼をおいているつもりになっていただけでした。その後、信頼に関する学びがいくつか浮上してきました。
それらを終えたとき、すがすがしい気持ちで公園に行ったのです。こどものような気持ちで宇宙にオーダーしました。今度はいままでみつけた小さいのじゃなくて、大きな葉っぱで白い線のくっきりした4つ葉をみてみたいな、と。見つかる期待も、見つからない予想もなにもなくです。それと同時にぱっと、足元にみつけたのはイメージどおりの大きな4つ葉でした。その瞬間、心の底から、その美しさと宇宙の返事の早さに笑いがとまらなくて、そして感謝しました。みつけたクローバーは押し花にして大切にとっておいてます。宇宙からのおくりものです。

★カヴィーシャ: 素敵な贈り物に感謝ですね!

このことがあってから、すべての生き物、無生物にも宇宙のエネルギーが流れていること、すべての人に光の存在が内包されているイメージをすることがだいぶ楽にできるようになりました。その後、また公園に行きまして、クローバーの群れをみていましたら、クローバーが私に話かけてきたような気がしました。4つ葉さがしているの?と。4つ葉じゃなくても3つ葉のクローバーたちもかわいらしいことに気づきました。大体、4つ葉に幸運をむすびつけているのも人間が作った思い込みですね。

★カヴィーシャ: そうですね。「正常波動と異常波動」の記事にも書いていましたように、四つ葉がほんとうは異常な状態なのだと知ると、少しがっかりしますね。


四葉のクローバー
公園で見つけた四葉のクローバー 撮影 光の仕事人


風変りでも普通でも、すべてにひとしく神は光や水、栄養を与えてくれているのですね。そういう恵みを感謝し存分に受けとり、いきいきと生きていきたいものです。

自己紹介にしてはとても長くなってしまいました。長文失礼いたしました。地上に光をもたらす存在になるように修行中の身です。つい先日東京での仮の仕事はみつかりまして(生活のための)間接的にではありますが環境保護にもつながる仕事なので、しばらくはよし、としています。新しい職場で出会った人たちはある意味「仲間」だと思うので、どういった学びがあるのか手探り中です。

ハイヤーセルフにつながっている(できるだけいつでも)練習中です。光の仕事人様のサポートをお願いすることがあるかもしれません。職場の人間関係について、といった生活の部分的なことに関するサポートではなくて、私のいま、さしかかっている人生の転機、意識のシフト、に関するようなことになると思います。宇宙への、自分の魂への完全な信頼感を感じることを妨げている原因をみつけ、とりのぞきたいので。

光の仕事人様がブログでシェアしていただいている教えにいつも感謝しています。
尊敬の気持ちをこめて。


★カヴィーシャ: あなたのオリジナルの表現を届けてくださったことに感謝します。
あなたの文章を読んでいて、アメリカで読んでくださっている人が数名いらっしゃったということを思い出しました。あなたがそのうちのおひとりだったのですね。長いあいだブログを読んでくださって、ありがとうございます。

宇宙への、自分の魂への完全な信頼感を感じることを妨げている原因をみつけ、とりのぞきたい」と書いておられたKさん、それが今生のあなたにとってもっとも大切な課題なのでしょう。
それを探してください。ぜひ見つけてください。
そのもっとも近道は、あなたご自身がイエスの言うところの「単独者」となることです。ブッダの言うところの「独り在る者」になることです。
そうすれば、宇宙があなたを見つけ、手を差し伸べてくれることでしょう。




ピメリア


   
 
★ 「独り立つ人」が選んだものとは何か? ★



7月のセミナーでは、参加者さんに対し、「単独者」すなわち「独り立つ人」は、「何を選んだのでしょうか?」という質問を宿題にしました。
全員の答えがそろうのを待って記事に書く予定でいたのですが、なかなか答えが届かず、タイミングがずれたため、とうとう7月も末になってしまいました。

待っている間に、参加者さんだけに答えを尋ねるのではなく、読者さんにも尋ねてみようかという気持ちが湧きおこりました。
皆さんは過去記事の「単独者となること―天国に入るための必要条件」をすでにお読みになったことと思います。
再度思い起こしてみてください。そこにつぎの言葉を記していましたね。


イエス、言う。
「選ばれて独り立つ者は幸いである。
その人は〈王国〉を見出すだろう。
なぜなら、人はそこから出てきて、ふたたびそこに戻ることになるからだ」



まず「選ばれて」とは、誰に選ばれた人かと言いますと、それは一般的にいう「」ですね。
「神」ということばが人間臭いなら、「宇宙を創った根源」と言ってもよいでしょう。「大いなる宇宙の意識&意志エネルギー」のことです。

そして、「独り立つ人」とはどんな人かというと、他者に必要とされる必要が落ちてしまった人であり、独りであって完全に満ち足りていて、真に自由である人のことだと言えるでしょう。
(「光の花束〈不滅の詩〉」7月9日更新の記事参照)

わたしたちはたいてい誰かに必要とされるために生きている、あるいは、生きようとしていると言ってもよいのではないかと思います。

もし誰かがあなたを必要としていたら、その人のために生きなければならないと思うでしょう。子どものため、夫のため、妻のため、親のため、職場の人たちのため…。
しかし、もし逆に誰もあなたを必要としなかったら、「あなたがいようがいまいがどうでもいいよ」と言われたら、どんな感じを受けるでしょうか? 
きっと、自分の存在意義が失われたようで、損なわれたようで、自分の生を無意味に感じ、悲しくなるのではないでしょうか?

あなたはいかがですか? 
あなたは「自分が他者に必要とされる強い願望」を持っている人でしょうか?

しかし、「存在意義」というものは、本来自分のなかにあるものであって、他者にそれを見つけてもらうようなものではないのです。 

もしあなたが「あなたが必要だ」と言われるために他者を愛し、他者の面倒を看ているのだとしたら、あるいは、自分が愛されたいがために他者の面倒を看ているのだとしたら、あなたは天の王国を見いだすことは難しいでしょう。

特に「奉仕をすることに喜びを感じている人たち」は、一度自らの行為が、真にやりたいからしているだけなのかどうか、問うてみていただきたいと思います。



青いハートのライン


さて、ここで質問です。
イエスが言う「独り立つ人」は、いったい何を選んだのでしょうか?

この質問の捉え方は人それぞれです。読者さんのコメントを読み、誤解を生まないよう、付加しておきたいと思います。これは、「単独者」となった人は、何を選択したがゆえに「独り立つ人=単独者」となり得たのでしょうか? という意味です。 7月31日更新

 
セミナーの参加者さん4名は、そろって「自由を選んだ」とレポートに書いておられました。

セミナーでは、上記の質問の前に、「人間の内部にある最も深い衝動とは何でしょうか?」という質問をしました。
正解が「完全に自由になること」、「解放されること」であると知った皆さんは、てっきりそのことだと思われたのでしょうか?

また「覚えておいてほしいこと」として、「独りであること=自由」、「絶対的な自由は、独りにおいてのみ存在しうる」ということを伝えていたので、「独り立つ人」は「自由」を選んだのにまちがいはないと思われたのかもしれません。
もちろん「自由を選んだ」と言っても大きなまちがいではありませんが、しかし、それでは答えが簡単すぎると思いませんか?

まだ別の言葉がありますよということです。
それを皆さんにも考えていただきたいと思います。
皆さんからのお答えを募集します。「お便り」か「拍手コメント」に、その答えとなぜそう思ったのか、理由を書いてみてください。

独りあること…。
単独者となることこそが、天国に入るための必要条件」です。

さて、あなたは真に「独りで在る人」でしょうか?





大木.


★ 真の成功とは? ★



『5月の気づきのセミナー』で、「成功の本質」とは何でしょうか?
真の成功」とはどんなことですか? と問いかけました。

自分の才能を伸ばし、認めること。
自分を愛すること。
他者を愛し、貢献すること。
 

お金さえ貯まればよいとか、店が繁盛すればよいとか、
そういうことではありませんでしたね。
光の源泉」となりたい人は、自分にとっての成功の中に
必ず「人の役に立ちたい」という気持ちがありました。

けっして「押しつけがましい愛」なのではなく、
純粋に人の役に立つ仕事をしたいと思っておられたと思います。


光の源泉となりたいと願っている皆さん、
何かで成功したいと願っている皆さん、
よく考えてみてください。


今現在自分の旅のプロセスを楽しむことさえできていないのに、
他者からどう思われるかばかりを怖れ、不安で自信がなく、
自分を真に愛することも、信じることさえできていないのに、
自分の全身全霊を惜しみなく他者に与えることもできないでいながら、

そして、真の目的地がどこにあるのかもわからないのに…
それを目指そうとしてはいませんか?


もう一度考えてみてください。
あなたにとっての「成功」とはどんなことでしょうか?

けっして目的志向にならないこと。
自分の人生の旅路そのものを楽しむこと。


その旅路で見つけたさまざまなもの
野に咲く花の健気さや、人知れず咲く花の可憐さに感動し、
自然の摂理に従って生きているものたちの生死に涙する
だれもまだ体験したことのない地に分け入り、新たな発見に胸を踊らせる
そんな旅路を楽しんでいただきたいと思います。 




「単独者」が選んだものとは?

2013年08月04日 17:50


★ 写真はリアルタイムに変化している ★



皆さん、お元気でしょうか? 
現在体調がすぐれない人も、けっこういらっしゃるのではないでしょうか?

暑さも厳しいですが、目に見えない存在たちの出没も激しく、それらの悪影響のために、生きるのが相当困難な人たちが増えてきているのではないかと感じるのですが、あなたはいかがでしょうか?

最近、悪霊に憑依をされる人が多くなっていることを記事でも何回かお伝えしておりますが、さらに増えてきているので要注意だということを、今回もお知らせしておきたいと思います。
今現在日本人で「正常波動を維持できている人は30%」だとハイアーセルフは言います。明日になればまた変化しているかもしれませんが。

わたしの目の前にいない人のオーラやチャクラの状態、ネガティブエネルギーの有無や意識レベルなどを調べるときには、主にペンジュラムを使い、自分のハイアーセルフに尋ねますが、その人の写真があると確実にわかります。
写真は撮影したときのその人の状態を教えてくれるだけではありません。その人の状態がその後変化すると、写真にも変化がはっきりと現われます。写真はリアルタイムでその時々の様子を知らせてくれるのです。
ハリーポッターの映画にそんな場面があったように記憶していますが、ほんとうに変化するのです。じつに面白いですね。

たとえば、ある人の写真を見てネガティブな存在が憑いていることがわかったとき、確認のためペンジュラムをかざすと左回りに回ります。ネガティブな存在に憑依されている人は、オーラやチャクラが必ず開きっぱなしで、オーラの色も黒く濁っています。当然のことながらオーラの健康状態はよくありませんし、各チャクラのプラーナのエネルギー量も大変減少しています。

今までわたしの娘たちに対して、数限りなく実験してきましたが、悪霊などに憑依されているときは、心臓の第4チャクラが0に近い状態になっていることが多いのです。だから、胸がバクバクしたり、呼吸困難に陥ったりするのです。頭がくらくらして、意識が遠くなるようなこともあるようです。
ただし、憑依によって第1チャクラから第7チャクラまでのすべてのチャクラのプラーナ量が0になるようなことはありません。もしそうなっていたら、その人は既に死んでいるということになります。人間はプラーナで生きているのですから、プラーナが0になれば死んでしまいます。

さて、写真上で憑依霊の存在を発見したとき、その写真に向かって光を放射し、浄化をします。そのあと、同じ写真上にペンジュラムをかざすと、今度は右回りに回ります。異常波動が正常波動に変わりましたよという合図です。すると、先ほどいたはずのネガティブな存在が消えているのがわかります。
そのあと、再度その人のオーラやチャクラのようすを調べてみると、すべてのチャクラのプラーナ量が100%になっていることがわかります。憑依霊がいなくなるだけで、その人はまったくの健康な状態に戻っているわけですね。
ですから、嘘のように苦しかった症状が消えるのです。それが悪霊にプラーナを吸い取られ、悪影響を及ぼされていたという証明です。

わたしは毎回セミナー終了後に、参加者さん全員の記念撮影をしてきました。
参加者さんの写真を撮るのは、皆さんの意識の変化を見させていただくためです。それが必要でない方や嫌な方は写真に入らないでくださいというお断りをしていますが、皆さんいつも気持ちよく撮らせてくださっていますね。
セミナー後一カ月くらいは時折見させていただき、その後はしまっておくようにしています。

じつはちょっと気になったので、本日これまでの記念写真をすべて調べてみたのですが、少数の人を除いては、皆さんネガティブ波動となっておりました。測定不能となって、ペンジュラムが大きく左に回った人たちが非常に多かったということです。よって、何らかのネガティブエネルギーの影響を受けておられますよということを、この場を借りてお伝えしておきたいと思います。

もしセミナーの参加者さんで、この記事を読んだ方がおられましたら、自分の体調や精神状態、意識レベルが下がっていないかどうかをしっかりとチェックしてみてください。ネガティブ度がかなりひどい人は、憑依されていることに早く気づいていただきたいと思います。

「少数の人」というのは、今現在もメール交換を頻繁にしている人たちのことです。
一週間に一度でもメール交換をしている人は正常波動で、意識レベルが下がっていませんでした。
この事実が何を意味しているのかは以前の記事にも書いておりますので、繰り返しては申し上げませんが、意識レベルが下がってネガティブエネルギーに影響されている人は、セミナーの時の心境をすっかり忘れてしまった証拠だと言ってもよいのではないかと思います。

「自分は何も感じないのでわからない」などと言っている場合ではないのですよ。
最近は、厳しいことを言うとすぐにめげてしまう人が多くなっておりますが、そのように軟弱な意志と意識では、この先の人生の厳しさに耐えていくことは難しいでしょう。大変な時代になりそうな予感がしますね。

今現在も人類は闇の存在に支配されており、また常に目に見えない存在に影響されているということ。
そのことに気づき、それらにコントロールされないよう自己を確立し、独立した個人として自分の人生を生きていっていただきたいと思うしだいです。



   neko to mado



★ 「単独者」が選んだものとは? ★



前回の記事で、「独り立つ者=単独者」が選んだものとは何か? という質問を皆さんに投げかけました。
そうしたら、答えがつぎつぎと届きました。
記事を読んだ人が自らに問いかけ、自らの答えを投げ返す。この試みがとても大切だと思います。
「光のキャッチボール」に参加してくださった有志の皆さん、真にありがとうございました。

下記は、拍手コメントに書かれていたお答えです。

「神や光とともにあることを選んだ」
「在るがまま、に抵抗しないことを選んだ」
「愛されることより愛することを選んだ」
「自らを愛し、尊重し、他者も自身と等しく愛することを選んだ」
「自分が自分の一番の味方になることを選んだ」
「自身が宇宙になることを選んだ」
「真に今この瞬間に生きることを選んだ」
「完全に満ち足りて自由な人は、与えることを選ぶ」
「いつも神さま(創造主)とともにある感覚と充足感に満たされた人は何も選ぶ必要がない」
など。

受け取り方も、それぞれ考えられた理由も千差万別で、興味深く読ませていただきました。(それぞれその答えを選んだ理由について知りたい人は「拍手コメント」をクリックしてお読みください)


海のライン


★「独り立つ者=単独者」が選んだものとは何か?

じつは、この答えはすでに過去記事のなかにあるのです。

カテゴリ「 男性性と女性性を統合する―天国に入るための条件 」にある記事を全てもう一度読んでみてください。
男性性と女性性を統合する」というこの「見出し」を見られて、ハッとされませんか?


天国に入るための条件。
それは、「男性性と女性性を統合すること」だと、何度も繰り返して書いていますね。
それが「単独者」が選んだものであるのです。



ふたりの子ども



★ 神の王国に入る条件 ★



過去記事「純粋無垢となること―天国に入るための必要条件」の箇所の冒頭には、つぎの言葉を載せていました。


イエス、子たちが乳をふくむのを見て
弟子たちに言う
「乳をふくむこの子らこそ〈王国〉に入る者のようだ」

弟子たち、イエスに言う
「では私たちは子供らであって〈王国〉に入るのですか?」

イエス、彼らに言う
「あなたがたが二つを一つとなすとき
内なるものを外なるものと
外なるものを内なるものと
上なるものを下なるものとなすとき
そしてあなたがたが
雄性(おとこ)なるものと雌性(おんな)なるものを
おとこはおとこではなく
おんなはおんなでなくなるように
ひとつ単一なるものとなすとき
そのときに
あなたがたは〈王国〉に入る―」



神の王国に入る条件」として、イエスは言っていますね。
あなたがたが、ふたつのものをひとつにし、内を外のように、外を内のように、上を下のようにするとき、あなたがたが、男と女を一人(単独者)にして、男を男でないように、女を女でないようにするならば」と。

「ふたつのものをひとつにする」というのは、二つのものを融合させて「第三の別のひとつを創る」ということではありません。(過去記事参照)
たとえば、人間は今現在「男性」と「女性」というふうに、性別が「ふたつ」に分裂していますが、原初は男と女が対状態の「男女両性具有」であったのです。(人間の原型は男女両性具有)

つまり、「ふたつのものをひとつにする」とは、原初的「男‐女」の対(つい)状態に戻すということなのです。


     アルダナーリーシュヴァラ像


上記のシヴァ神(右半身)とその妻パールヴァティー(左半身)の合体した姿は、「アルダナーリーシュヴァラ」と呼ばれます。男らしさと女らしさを兼ね備えた男女両性の神を表わしています。

しかし、イエスが言っているのは、このような「肉体の男女両性具有」ではなく、「精神の男女両性具有」のことであると捉えてください。イエスがよく譬えに出す「幼子」、「小さな子ども」というのは「性別を超えた両性具有の象徴」なのです。
心の内側に「男性性」と「女性性」の両性を併せ持つという意味に解釈していただければと思います。ユングの言う「アニマとアニムスの統合」を表しているわけですね。


もちろん、イエスが言っているのは、「男‐女の対状態」を達成することだけではありません。
内-外」「上-下」「光‐闇」「ポジティブ‐ネガティブ」などのすべてにおける対極(二極性)を統合すること、すなわち「すべての対極(二極性)の統合の達成」ということを語っているのです。

男女両性具有」になることは「原初の単独者」となることですから、過去記事を読んでしっかりと記憶しておられたなら、『男女両性具有になることを選んだ』という答えがあってもよかったのではないかな~と思います。



さて、『独り立つ者は〈自己の統合の達成〉を選んだ』というのが、わたしの答えです。

原初の統合されていたときの自己〉となることを選び、それを取り戻したなら、当然のことですが、自分が生まれてきた〈神の王国=命の根源〉に還っていくことができますね。

だからイエスは言っているのです。
単独なる者、選ばれた者は幸いである。その人は御国(天の王国・神の王国)を見いだすであろう。なぜなら、人はそこから出てきて、ふたたびそこに戻ることになるからだ」と。 




ふたつのハート

単独者」は、〈原初の統合されていたときの自己〉に戻ることを選んだ人です。

原初の統合された自己〉は「宇宙の源」、
宇宙全体」あるいは「」のなかにあります。

人が〈統合された自己〉となることを選んだとき、
」もその人を選ぶのです。
神に選ばれた人」となるわけですね。

それ以上に完璧な選択があるでしょうか?



★カテゴリ「男性性と女性性を統合する―天国に入るための条件」に書いた内容は、
わたしが皆さんにもっとも伝えたいことのひとつであり、
これさえ真に理解されたなら、もう他の記事を読む必要はないのでは? 
と思うほどです。
何度もお読みになって、ぜひ自分のものとしていただきたいと思います。




◆ お知らせ ◆

8月8日~12日までは旅行中ですので、
拍手コメントのお返事やメールのお返事ができません。
コメントのお返事は13日以降となりますので、ご了承ください。


ありがとうカエル



あなたの意識はいつもあなたが生きる世界を選んでいる 

2013年10月01日 00:00


★ 新しい周期のはじまり ★



数秘術では、すべてを1~9までの数字で表すため、9月はその周期の終わりを表します。よって総決算の月となります。そして、10月から新たな周期が始まります。
テレビ番組も、たいてい10月から新番組に変わりますし、衣替えの時期も10月1日ですね。最近は地球の気候変動が激しく、昔のように季節の変わり目がわからなくなってしまいましたが。

今年起こったさまざまなことを思い起こし、身辺をきれいにして新しく出発しましょう! 
10月からまた新たな人生が始まるのだと意識し、エネルギーに敏感でありましょう。




青い花


★ ペンジュラム使用者さんの体験談 ★



今回は、M.Yさんの体験談を掲載します。
彼女は1月のペンジュラムセミナーを受講された後、3月から開始した「ペンジュラムの個人レッスン」を現在も続けておられ、わたしにとってM.Yさんは唯一の「お弟子さん」です。
彼女のレポートは以前にも何度かご紹介しておりますが、関心のある人は再度ご覧くださればと思います。

★参考過去記事 『ペンジュラムを究める』 M・Yさんの「個人レッスン最終レポ-ト」より  

最初の頃は、わたしが作成したテスト問題に答えていただき、正解になるまで繰り返し答え合わせをしておりましたが、最近では、ご自分の知りたいことを「ペンジュラムで確認したいこと」として自ら取り組まれ、Mさんのペンジュラムが出した結果に対してわたしが調査をし、採点をするというかたちをとるようになりました。
彼女のペンジュラムの調子が良いときと悪いときとの正解率は著しく異なるので、まだまだ安定はされていないのですが、ハイアーセルフの智恵が届けられた際には、気持ちがよいほど○印をつけることができます。
最近では、わたしが調査したことを彼女に確認していただくようにもなりました。

たとえば、9月に入ってから、人類の振動数と意識レベルがぐんと上昇した日があったのですが、それがいつであったかをMさんに調べていただいた結果、バッチリ合致しておりました。
じつはその日は10日だったのですが、何か感じた方はいらっしゃいましたでしょうか?

台風18号が日本列島を通過した時にも、ある程度日本人の集合意識が高くなっていることがわかりましたが、これは数日間しか続かず、台風での効果はあまりなかったように思います。
なぜなら、台風直後に周波数が上がった人のなかで、その後またもとに戻ってしまった人もおられるからです。
つまり、にわかに上昇した場合は、何かのきっかけでまたすぐに下降するということです。ちょっとした悩みくらいで意識レベルが落ちているようでは、前途多難です。
常日頃の正常な精神状態を保つことができる下地・基盤が大切であり、その基盤作りの重要性をつくづくと感じたしだいです。



   ライラックシャドー


~ただ今、ペンジュラムの修行中~ 


             M.Y 38歳 女性 東北
  


在る時、当時思いつく限りの浄化方法をペンジュラムさんに施しても、ペンジュラムさんの元気がないという状況に陥りました。クラスターの上に乗せて十分に休息を与え、セージでスマッジングして流水で清め、セラピスベイをすり込んだ両手で包んだのです。部屋にネガティブな存在もいませんでした。それにも関わらず、ペンジュラムさんの波動は悪いままでした。原因が分からず、なんで?と相当悩みました。
その状態のペンジュラムさんの写真を確認されたカヴィーシャ様の一言が「ペンジュラムを置いている敷物の波動が良くありませんよ。」でした。

目からウロコとはこのことです。テーブルに直置きは良くないと思い、下にハンカチを敷いていたのですが、そのハンカチの波動がよくなかったのです。せっせと浄化してせっかく元気になったペンジュラムさんを波動の悪いハンカチの上に置くという行為により、ペンジュラムさんの波動は一瞬で悪くなっていたのです。これまで長い間、波動に無関心な生活を送っていた私は、そのことに全く気がつきませんでした。ジェネレーションギャップならぬ意識レベルギャップです。その後、色々な実験の結果、波動の悪い物には光の放射が効果的なことが分かりました。(余りにネガティブ波動の汚染が強いとダメなこともあるそうです。)それからは、ペンジュラムを入れているケースや、置き場所などの波動に気をつけるようになりました。

これらの、ペンジュラムに接するものの波動に気をつけても、ペンジュラムの答えが毎回違ったり、自信満々でカヴィーシャ様に添削してもらった問題が間違いだらけだったりしました。それは部屋にネガティブな存在がいて、その影響を受けてのことが多かったのですが、それでも、ペンジュラムさんが元気な時は、何かいるよ!最高の智恵じゃないよ!と教えてくれます。ですが、ネガティブな存在に気づかず、その状況を放置していると、ペンジュラムさんがどんどん弱りネガティブな存在を知らせてくれることも出来なくなるようです。このペンジュラムさん汚染パターンに気づいたのは、ごく最近のことです。

これに気づくまでの状況は、ネガティブな存在がペンジュラムでチェックされなくとも、いつも部屋の波動が悪く、ペンジュラムさんの置き場もないという状態でした。ペンジュラムさんの意識レベルは下がり、使用は非常に困難だと感じていました。土地自体に問題があるわけでもなく、自分や家族が異常波動というわけでもなかったので、いつも部屋の波動が悪いのが不思議でした。光の放射を試みて、波動の好転が確認できても、次に調査する際には、また波動の不良がチェックされました。

ある時、ネガティブな存在がその場から去った後に残留エネルギーを残すことはあるのだろうか?という疑問がわき、カヴィーシャ様に質問してみました。答えは「大ありです。」ということでした。
私の部屋には、自分が考えているより、多くの見えない存在が訪問し、その都度、波動が悪くなってしまっていたのです。存在が去ったとしてもお部屋の波動は悪いままのため浄化が必要なことも判りました。私は霊的な感覚が鋭くないため、見えない存在の感知はペンジュラムさんが頼りです。ペンジュラムさんの元気がなくなる前に、ネガティブな存在の影響を取り除くこと、そのためにも、こまめなチェックが必要で、ペンジュラムさんの状態を把握することが現在のペンジュラム使用に関しての課題のひとつです。(ペンジュラムを2つ以上持っている場合、ペンジュラムが元気かどうかは、別のペンジュラムで調べてあげるのが良いようです。)

お部屋の波動を良好にするため、カヴィーシャ様のブログを拝読し、光の瞑想に始まり、光の放射を自分なりに練習して試していましたが、光の放射による浄化も完璧ではありませんでした。先述のように部屋の波動が悪くて浄化が難航し、自分で浄化ができるようになりたい!と強く思っていたところ、浄化を指導してくれる守護の神霊がついてくれたこともペンジュラムで判明しました。(げんきんなもので、こういうことが分かると俄然やる気がでて、浄化の実験にも熱がはいります!)たくさんの見えない存在の訪問を受けていますが、練習と思い前向きに光の放射に取り組んでいます。

こんな私ですが、ハイアーセルフの智恵が届いたときには、きちんとした回答を得ることができました。最近やっと、地球以外の自分がいたことがある星系をいくつか探し出すことにも成功しました。その際、「地球にくる前に私がいた星系はどこですか?」という質問を繰り返し、毎回間違っていたのですが、カヴィーシャ様から「宇宙には時間が存在しないのですから、(地球にくる前)というのは改めたほうがよい。」というようなアドバイスを頂きました。そこで「私本体がいたことがある星系はどこですか?」に質問を変えたところ答えを得ることができたのでした。明確な質問をするというのも答えを得るための重要なポイントです。
また、その他、今まで判明したことは、次のようなことです。
★ソウルカラー
★自分にどんな分霊がいるか
★自分の親神
★カヴィーシャ様とのご縁があった際にいた星
これは、ほんの一例で、実に様々なことが判りました。
現在はカヴィーシャ様の記事を拝読し、自分の周波数を知りたいと思い、これに取り組んでいる最中です。

ペンジュラムは自分の意識レベルやオーラの状態も調べることができるので、魂の成長を志す者にとっては、目安のひとつになると考えています。私は、これとは別に「課題」の個人レッスンも受けさせていただき、自分の過去生と向き合いましたが、この課題を深める上でも大変役に立ちました。
「ペンジュラムを通じてハイアーセルフとコミュニケーションを取り、もっと自分を知り、多次元を感じて視野を広げていきたい。」という思いで、これまでペンジュラムのエクササイズをあきらめずに取り組んできました。(あきらめずに、というよりレッスンを通じてのカヴィーシャ様とのやりとりや、様々なことが判明するのが楽しくて、お願いして続けさせていただいたという方が近いですが。)
おそらく、カヴィーシャ様のペンジュラムのレッスンは、他で催されている講座より簡単ではないのだと思います。
しかし、ペンジュラムの使い方に留まらず、総合的に指導してくださる方、また、それが可能な方としてマスタークラス以上のカヴィーシャ様は稀な方であり、今、指導を受けられるのは、すごくラッキーなことだと感じています。八方塞のように感じられて、時には眉間にしわがよりますが、大抵ワクワクしながらエクササイズに取り組んでいます。

私は、1月のセミナーを申し込む際、カヴィーシャ様のハイアーセルフから許可が下りないかもしれないと思うくらい自信がありませんでしたが、勇気をだし、ダメもとで申込みをして本当に良かったと思います。振り返ると、運命の別れ道だったといっても過言ではないです。躓きながらも、前進してペンジュラムを極めたいと思います。
ペンジュラムを極めたいと思っておられる方、カヴィーシャ様のセミナーをきっかけに、すごく新鮮な体験があるかもです!

また、なかなか卒業できずにいる私をご指導してくださるカヴィーシャ様に、この場をおかりして感謝の気持ちを伝えたいと思います。いつも、ありがとうございます。

以上、苦労話満載でしたが、ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


区切りのライン


Mさんが記しておられたように、質問によっては、ふたりの回答が一致しない場合も多々あります。それは質問の仕方の相違や、本人やハイアーセルフの見解の相違などにもよるということです。
また、見えない存在の影響がいかに強いかということ、人間だけでなく、ペンジュラムもいかに環境に影響されるかということを、Mさんは嫌というほど実感されたことと思います。
しかし、それらの体験はMさんにとってはとても大切で必要なことなのです。彼女の魂はそのことをちゃんと知っていて、その体験からのさまざまな気づきをとても楽しんでおられるように感じています。

ペンジュラムという稀有な存在は、まずは波動の良い環境のもとで、正常なダウザーが実施することが大切だということをいつも忘れないよう、繰り返し教えてくれているのです。
また、ペンジュラムは、自己の内面に存在する大いなる魂と、そこから生まれ出る崇高な智恵を信頼することを教えてくれます。

ペンジュラムがなくても、いつもハイアーセルフの状態でいられて、宇宙の叡智が自分のものとできていればベストなのですが、そこまで辿りつける人は、はっきり言って稀有です。意識レベルがみな異なるように、それぞれの人のハイアーセルフにも段階があるのです。つまり、本人の意識レベルによって、ハイアーセルフの意識レベルも段階を追って変化していくということです。

ある次元まで辿りついてハイアーセルフと同じ意識レベルになったと思ったら、またつぎの段階のハイアーセルフの意識レベルがあって、そこから驚愕するような次元までポーンと跳ぶのです。

宇宙の根源は、わたしのオリジナルの意識レベルの数値で調べますと、67次元となりますが、わたしのハイアーセルフも同じ次元に存在していることがわかっています。
わたしたちの意識は最終的にはそこに辿りつきますが、そこが決して終点ではないのです。また、その上があるということです。限界がないんですね。まったく広大な不思議な世界です。


どの意識レベルで生きるのか?
どの周波数で生きるのか? どの振動数帯で生きるのか?
一瞬一瞬何を選ぶのか?
すべてはわたしたちひとりひとりの選択によるのです。



★参考過去記事 運命のタイムラインを変えるのは誰?



クリアラベンダー


★あなたの意識はいつも自分が生きる世界を選んでいる 



あなたには無数の別のあなたがいつも存在しています。
あなたが瞬きをする瞬間ごとに、あなたは自分の行動を選択していると言ってもよいでしょう。

今テレビ何か面白い番組やっていないかな? 
お腹すいたな。何か食べよう。
そうだ、買い物に行かなくちゃ。
いや、面倒くさいから明日にしよう。
最近意識レベルが下がっているな~。
昨日も嫌なことがあったし、こんなことではいけないな。
わたしの振動数どうしたら上がるんだろう?
そうだ、セミナーに参加しよう! 

意識は今にあったり、過去にあったり、未来にあったり、自由に飛び交います。
Mさんが「ペンジュラムセミナー」に参加したことが「運命の分かれ道」だったと書いておられたように、あなたの一瞬一瞬の選択があなたの運命のタイムラインを変えるのです。

運命は、誰かから与えられるものではありません。
まちがいなくあなた自身が選びとっているのです。

さまざまな選択肢(パラレルワールド)があります。
あなたはその瞬間瞬間に、限りなく存在するパラレルワールドのひとつを選択しているのです。無数に存在するなかのたったひとつを選び、それを現実として具現化させているのです。
もしあなたが嫌な気分になっているなら、嫌な気分になるパラレルワールドを選んでしまったのです。

たとえば、イエス・キリストを裏切ったことで有名なイスカリオテのユダは、神から「裏切りの運命」を与えられたのではありません。予言を成就させるためにユダの裏切りが必要だったとよく言われますが、それはちがいます。そんなことをしなくても、イエス自身がそうなることを選んでいたのですから、早かれ遅かれイエスは十字架刑に処せられていたでしょう。

ユダが勝手にイエスを裏切ることを選んだのです。
悪霊にマインドコントロールされたのも、そういう自分自身になることを彼が選んだのです。

「悪い人間」は、地獄に行くのではありません。すでに地獄にいるのです。
地獄のパラレルワールドを瞬間に選択したからこそ、すでにそこにいるからこそ、平然と悪事を働くことができるのです。

ユダがイエスに対し、変わらない誠実な愛を抱き続ける道を選んでいたのなら、彼はイエスとともに天の王国にいたでしょう。

現われてくる総ての出来事は、自らの意識の焦点を合わせて選びとった結果です。
だから、文句は言えないのです。責任はすべて選んだ自分にあるのですから。

ハッピーになりたいのなら、あなたにとって、もっともベストでハッピーなパラレルワールドを選ぶことです。

自分ひとりだけ嬉しい出来事があったら、それはラッキーだけれど、あなたもわたしもみんな嬉しい出来事があったら、それはハッピーになるのです。

世界中の人々がハッピーなパラレルワードを選べば、みんなハッピーな惑星地球に住めるのです。
あなたの意識はいつも自分が生きる世界を選んでいることを忘れないでください。 
 


ふたつのハート

新しい周期の始まりを迎えて、読者の皆さんに心から愛と感謝を贈ります。

2013年10月1日 カヴィーシャ・光の仕事人   






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