大震災からのメッセージ

2011年03月14日 19:00


はじめに、東北・関東大震災の被災者の皆さまへのお見舞いとともに、他界された多くの方々のご冥福をお祈り申し上げます。

東北地方、関東地方のブログ読者の皆さま、ご無事でしょうか?
また、昨年12月から今年に入って、毎回たくさんの記事を読んでくださっていた宮城県の方、ご無事であることを心から祈ります。
災害に遭って救出された人たちは、心から深く感謝して、これから強く生き延びていただきたいと願います。


電気、ガス、水道というライフラインが復旧するまでには、ある程度の時間がかかると思われます。
テレビから多くの情報を得ているのは、わたしたちのように災害をまったく受けていない人たちばかりで、当の被災者たちは、状況を把握したくてもできないもどかしさを日夜感じておられることと思います。

しかしながら、情報がつぎつぎと入ってくるなかで、今わたしたちが見ている放送番組だけがすべてではないということです。
同じ番組を見ていても、それをどのように捉えるかは、その人の意識レベルによって異なってきます。
それらの状態を闇と見るか、光と見るかは、その人次第なのです。
わたしたちには、無限の放送番組がそれぞれ用意されているということ。
そのことに気づいていてほしいと思います。


★地球自身の浄化が始まり、それに伴う現象はこれまでにも世界中のあちこちで生じていましたが、わたしたちが住む日本でも大規模な浄化が始まったということです。
「しるし」は至るところに表れていたと思います。

2011年が人類にとってかなり厳しいものとなるのはわかっていましたが、起こるべくして起こったといいますか、残念ながらこうならざるを得なかったというのが正直な感想です。
地震と津波、所によっては火事も生じ、壊滅状態となった町もありました。

★水と火で浄化されたと感じられる箇所もありましたが、日本地図を広げ、震災のあった地域をひとつずつ調べていくと、まだ浄化が足りないことを示す「しるし」が見られました。
また、一部の県を除いては、ほとんど日本国中浄化されなければならないことも示されていました。

おそらくガイアは、これから日本列島をはじめ、多くの大陸(国々)を沈没させていくのではないでしょうか。
メアリー・サマーレイン著の「グレートスピリットからの警告」にも、地球という大いなる惑星が傾斜し、ぐらつき、そして安定を取り戻したときの状態が生々しく書かれています。


★ 限界にさしかかった原子力発電 ★



今、東京電力福島原発につぎつぎと問題が起こっています。
これは、「もう原子力発電には限界が来ているよ」ということを表しているサインだと思われます。
人類が原子力発電に依存するのは、もうやめようよ」ということです。

そんな危険なものを使用しなくても、フリーエネルギーという無害で無限なるものが存在していて、それを有効活用できるということを、その道の専門家たちにはよくおわかりのことと思います。

数年前より、政府は太陽光発電を推進し、利用者には補助金を支払うというキャンペーンをおこなっていました。
電力が供給されなくなったら、一体どうするの?」という不安や疑問もさほど抱かれないままに、オール電化を取り入れた家も多くあったのではないでしょうか?

しかし、雷が落ちて停電になったり、雪で電信柱が倒れて停電になったりと、今年になってからも長期の停電が生じた地域は多くあり、電気が供給されない不便さを身にしみて感じられた人も多くおられたことでしょう。
電化製品を多く持っていればいるほど、停電の際には逆に不便であるということ。
それは子どもでもわかることですね。

便利で清潔感がある「オール電化の家」は電磁波もつよく、特にIHクッキングヒーターは人体に危険性があるということ。そして、「自然災害のときには、まったく役に立たない」ということを知っておかなければなりません。


★ 太陽光発電の問題点 ★



また、一見効率がよさそうに思える「太陽光発電」ですが、いくら太陽光での電力が有り余ったとしても、その電力を非常時(停電)に備えて各家庭に常時蓄えておくことができないという大きな欠点があります。

太陽電池で発電した電気は、パワーコンディショナーで家庭用に変換され、家庭内に流れていきますが、このパワーコンディショナーは電力会社からの電気で動いているのです。
ですから、電力会社からの電気が断たれたときは、当然のことながらパワーコンディショナーは動きません。
停電すればパワーコンディショナーも停止し、電気は使用できないということなのです。

ただし、発電した電気を非常用電源として使えるようになっているとは言われています。
しかし、使えるのは「自立運転用のコンセント」のみで、あまり実用性がないようです。

わたしが「太陽光発電」に期待しながらも断念したのは、とにかく何かと電力会社に頼らなければならないシステムとなっていて、結局のところ電力会社とは切っても切れない関係にあることを知ったからです。
電力会社に一切頼らない真の「自家発電」でなくては、意味がないのです。

とにかく、表面的に「便利・簡単・気持ちいい」ものというのは、その代償をどこかで払わなければならないということになるでしょうか。
国民は、補助金などにつられて、政府の意のままにならないように、自分の頭でしっかりと考えてほしいと切に願います。
わたしたちが「便利で、安全」と思いこんできた原子力発電への幻想が、まさに今消えようとしているのだということを、今回の原発の事故でつよく感じた次第です。


★ 世界からの支援 ★



今回の震災で、世界各国から日本へと多くの救援者が集まってきています。
日本もこれまでにいろんな国の災害時に支援をしてきています。
同じ地球上に生きる人間として、互いに助け合い、分かち合おうとする精神はとても尊いと思います。ありがたいことですね。

命をかけて救出しようとする人たちや、行き場のなくなった人たちに炊き出しをして与える人たち。ほんとうにお疲れ様です。
しかし、支援される側は、このような他からの助けをただただ待っているのはどうかな? と思うのです。
エゴの心は現実にばかり向いていて、大いなる宇宙意識のほうに意識が向いていないようです。ですから、宇宙からの支援を受け入れることができないのです。

震災に遭った人たちは、「棚からぼたもち」のような他からの支援を待っているのではなく、自分たちにも何かできることはないかと考え、自力で立ちあがらなければならないと思うのです。

これはすべて魂の学びなのです。
今の苦しみを苦しみとして受け入れ、そしてそのハードルを乗り越えたとき、その人の魂はさらに磨かれてかがやくのですから。


今回は緊急記事として、震災に関しての感想を述べました。
次回は「支援する人、される人」について、さらにフォーカスしてお話ししたいと思います。


支援する人、される人―その1 災害時に備えての心がまえ

2011年03月16日 18:50


★ 支援はケースバイケースでおこなう ★



このたびのような東日本の広い範囲にわたっての震災の場合は、多数の被災者が生きるために必要な水と食べ物と生活物資の支給が何よりも必要です。
しかし、今なお余震がつづいている状況では、救援活動をしている人たちにも被害が及ぶ可能性が高く、状況は非常に厳しいものとなっています。

3月16日(水)14時55分配信の「時事通信」には、つぎのような内容が載せられていました。

東日本大震災の救援で被災地に入った兵庫県警の第1次広域緊急援助隊約140人のうち約70人が16日、兵庫県に戻った。
1995年の阪神大震災の経験を生かして活動したが、播磨弘隆大隊長(52)は「津波警報が何度も出るたびに避難し、活動を中断した」と救助の難しさを語った。



★緊急援助隊でさえ活動を中断して、結局被災地をあとにしたわけですから、他府県からのボランティアなどはまだ行くべき時期ではないと思われます。
ありがたいはずのボランティアが、現地の人からすると、とても迷惑な存在になってしまう場合があるというのも、事実のようです。
日刊サイゾー」には、「災害現場の困ったちゃん!? ボランティアに求められる自己責任の大原則 」という過去記事が再掲載されていました。
ボランティア志願者への参考のため、その一部を紹介しておきます。


災害ボランティアの大原則は「自己責任」だ。
現地への交通費や宿泊費、食費などの必要経費は、いうまでもなく自分負担。
ところが現実には、「フラっとやってきて、『寝る場所はどこですか』とあたりまえに聞いてくる人が多い」(中部地方の某町役場職員)のも現実だ。
災害対策本部(市町村役場の総務課などに設置される場合が多い)に電話をかけてきて、「安い民宿を紹介してくれ」と宿の斡旋を求める人もいる。
徹夜で業務に追われることもある現地の役場職員が、全国からの宿の斡旋に対応していたらそれだけで業務はパンクしてしまう。
各自で確保するように説明する職員に「手伝いに行ってやるのになんという冷たい対応だ! だから役人はダメなんだ!」と逆ギレして周囲を呆れさせる例も少なくない。

(中略)

支援物資も大きな問題。
実は「救援物資は第二の災害」といわれるほど、現地にとっては厄介な存在なのだ。
全国から怒涛の如く送られてくる物資の整理は自治体職員らが人海戦術で行うしかなく、しかも利用価値がない物も大量に含まれている。
1993年北海道南西沖地震の被災地・奥尻島では、救援物資 5,000トンの保管のために1000平米の仮設倉庫を3,700万円かけて建築。
さらに仕分の結果、衣類を中心とする1200トンが不要と判断され、カビや腐敗など衛生面の問題から焼却処分となり、これに560万円の予算が投入された。

「とりあえず何か送ろう」という安易な支援ほど現地にとって迷惑なことはなく、実際に京都府災害ボランティアセンターのように「救援物資は現地の復旧作業の妨げになる場合があるので送らないように」とサイトではっきりと呼びかけている例もあるほどだ。

(中略)

まずはネットや電話で被災地の情報を収集し、危険度や必要な経費も考慮に入れながら行くかどうかを判断したい。
自己管理が原理原則の大切さを理解したうえで、その時自分ができると思う範囲で参加することが、災害ボランティアのあるべき姿といえるだろう。
(文=浮島さとし/「日刊サイゾー」2009年10月8日掲載)



★現在支援物資が被災地にながれたために、被災地ではない別のところで不足が生じ、生活用品などがなくなって困っている人たちが続出し始めています。
また、東京都内では買い占めの問題も指摘されていて、被災者ではない人たちがムダに多くの物を買いあさるという現象が起こっているようです。
一方に偏ると一方に不足が生じる。この両者のバランスをとるのが大変むずかしいですね。

ただ、頭の片隅に置いていただきたいのは、今は日本全体が非常時だといえるということです。
東日本だけでなく、西日本でも震災が起こる可能性はあります。
ですから、日本国中の人たちが個々に意識的になって、非常時に備えた生活を送ることが大切だと思うわけです。
すなわち、物質面はさておき、精神面に重きをおいて生きるということです。


「死ぬ前の意識レベル」がつぎの行き先を決める★ 



このブログを初めから読んでくださっている人たちは、「死に対する恐怖感」というものは、既にもっておられないのではないかと思います。
「肉体の死」はあっても、「意識は永遠に存在すること」をご存じのはずだからです。
ですから、肉体の維持ばかりに意識を向けるのをやめて、精神を鍛えることに専念していただきたいと思うのです。

たとえば、わたしたちが天変地変をはじめ、病気や怪我で死ぬときがやってきた場合、「どんな心の状態で死を迎えるか」ということがとても大切となります。

最期のときには、さまざまな思いが脳裏を駆け巡ることでしょう。
もし何か心に引っかかることがあって、そのまま死んだなら、その引っかかったことで、つぎのその人の行き先(誕生するところ)が決まるのです。

その人の人生がたとえ素晴らしいものであったとしても、死ぬ前の意識状態がひどくネガティブであれば、クリーンゾーンに行くとは限らないし、何か悪いことをした人生であっても、かならずしもダストゾーンに行くとは限らないということなのです。
死ぬ前に執着や囚われを捨てて清浄なる意識になれば、その清浄なる状態にふさわしい領域に行くのだということを忘れないでおいてください。


その人の「死に方」や「死ぬ前の意識レベル」が、その人のつぎの行き先を自ら決めるのだという詳細は、過去記事に記していますので、再度お読みいただきたいと思います。

★ 参考過去記事 ★

★「死ぬ前の意識レベル」が「あの世」の行き先を決める 
★「成仏」は死ぬ前にしておくもの―この世で悟っておくことが大切



★ 冷静で穏やかで、かつ強い精神をもつ ★



心というものは、環境からの影響を受けると、すぐに変化してしまいます。
常日頃やさしかった人が、突然よくない環境に入ると、その途端にやさしくない人になることだってあるのです。

わたしたちの現在の課題は、いつ環境が変化しても、どんな環境になっても、「冷静で穏やかな心の状態を保つこと」、「環境によって左右されない強い精神状態を保ちつづけること」ではないかと思います。

そして、いつも自分の肉体の死を覚悟して生きること。
それは、日本の古い武士道に見られた精神ですね。


運命に任すという平静なる感覚、
不可避に対する静かなる服従、
危険災禍に直面してのストイック的なる沈着、
生を卑しみ死を親しむ心……。

真に勇敢なる人は常に沈着である。
彼は決して驚愕に襲われず、何ものも彼の精神をみださない。
激しき戦闘の最中にも彼は冷静であり、大事変の真中にありても彼は心の平静さを保つ。



上記は新渡戸稲造著の「武士道」の一文ですが、このように「いつ肉体の死を迎えてもOK」だという冷静で穏やかな精神状態を保ちつづけることが大切です。
かつて日本人が持っていたこの強いサムライの精神を、男女を問わず思い出すことが必要なのではないかと思います。


支援する人、される人―その2 相手の力を弱めてしまわない支援を考える

2011年03月19日 11:20


★ 支援する前に考えること ★



まず支援しようとする人は、つぎのことをよく考えてみることが必要だと思います。
ひとつには、自分が相手に対して共感を得て、何かしてあげたいと思ったとき、「相手を真に助けるための最善の方法とは何だろうか?」と深く考えてみるということです。
それが、まずは食べ物であったり、生活に必要な物資であったり、ときにはお金であったりする場合もあります。
世界的におこなわれている支援、特に災害時の支援は、こういった物質的な支援が主ですね。しかし、これには限界があります。

たとえば、飢餓国に限って毎日どんどん子どもが生まれていますが、この人たちがおとなになるまで、またおとなになってからもずっと支援しつづけることなど、不可能です。
震災などの緊急時には、当面の食物と生活物資が不可欠ですが、長年にわたって難民生活を送っている人びとの場合などは、ただ物資を与えるのでは、何の学びもありません。
彼らには自立することを教える必要があるのです。
最大の援助は、相手が自分の足で立てるようにすることだからです。

たとえばアフリカなど、水がない地域なら、井戸を掘ることを教えたり、食物がないなら、農作物を作ることを教えたり、日本人はけっこうそういう支援をおこなってきていますね。
それらは当地の人びとが支援物資をあてにせず、自分たちで生きていくために必要なポジティブな支援です。

★相手を助ける最善の方法は、支援者側の意識レベルによっても変わり得るものです

ときには、難民たちが自分で自分のとるべき道を選び、自分の足で立ちあがり、しっかりと歩いてもらうことも必要でしょう。
そういうときには、わたしたちは何も介入しない(援助をしない)ということも大切です。
場合によっては、「放っておいてあげることが最高の贈り物となる」ということもあるということですね。
とにかく支援者は、相手に「自分のことは自分でする力をつけてもらうためにはどうしたらよいか?」を常に念頭に置いておくことが大切です。もちろん寝たきりの高齢者や重度の障害者に対しては別ですが。


★支援者のなかには、自分の人生で「だれかを助ける約束」をしてきている場合があります。
特定の相手に対して支援をしているような人は、たいてい生まれる前に相手と契約を交わしてきている場合が多いのです。
それは、両者の過去生の関係性を調べれば、わかることです。
たとえば、ヘレン・ケラーをサリバンが支援したように、また、ゴッホを弟が支援したように…。

ただ、どんな場合であっても、相手を甘やかさず、相手が自立していけるような方法で、最善の支援策を考えるということが大切です。


★ 相手の力を弱めてしまう支援とは? ★

 

『神との対話』という本に、つぎのような興味深い質問が載っていました。

★どんなときに支援の手を差しのべると、相手の力を弱めることになるんでしょうか? 
相手の成長をうながすどころか、じゃまになるのは、どんなときですか?


それに対して、「神と名のる存在」はつぎのように答えています。

あなたの助けが、自立ではなく、「ひとをあてにする気持ち」を助長するときだ。
相手が自立するのではなくあなたに依存しようとするのを、同情のつもりで許したときだ。
それは同情ではなく強迫観念だ。
その種の手助けとは、ほんとうは権力欲なのだ。
そのちがいは非常に微妙で、自分でも権力欲だと気づかないことがある。
相手を助けようとベストをつくしているのだと本気で思う……
だが、ほんとうは自尊心を満たしているだけではないかと、つねに自分を振り返りなさい。
相手に対する責任を引き受ければ引き受けるほど、あなたは相手に対して権力をもつことになる。
もちろん、あなたは良い気分になるだろう。
だが、そんな援助は、弱者をまどわす媚薬だ。

(二―ル・ドナルド・ウォルシュ著 『神との対話』 サンマーク社 参照)



★「ひとをあてにする気持ち」というのは、だれにでもあることです。
特に災害に遭ったとき、「何で私がこんな目に遭わなければならないのよ!」とまでは思わないにしても、
「緊急に救援活動をお願いします」から始まって、
「水が足りない。食物が足りない。物資が足りない。だれか何とかお願いしますよ」とか、
「物資はまだなの? なぜここには来ないの? 政府はいったい何をしているの?」となり、
最初は生きているだけでもありがたいと思っていたのが、しだいに「あれがほしい、これがほしい」と要求がエスカレートしていき、それが叶えられないと、どんどん不安と不満が募っていくわけです。
救援、支援されて当たり前、それに依存する…というようなことは、「カルマの法則」や「引き寄せの法則」を知らない、あるいは信じない人だからこそできることです。

「神との対話」で「神と名のる存在」が言っている通り、「ひとをあてにする気持ち」を助長したり、相手が自立するのではなく支援者に依存しようとするのを、同情のつもりで許すことは、けっして相手のためにはならないということです。
ですから、相手のいいなりになって、何でもしてあげなければならない(~すべき・~せねばならない)という思いは捨てることです。


★大変冷たい言い方になるかもしれませんが、その人たちを幸せにする義務など、だれにもないのです。
真の幸福は、自分の困窮した状態をほかのだれかに頼って解決しようとすることから来るのではなく、自分自身の内なる豊かさを育むことからやってくるからです。
 

このようなピンチに陥ったのは、自分の底力を試すチャンスだととらえれば、不平不満は絶対に生じないはずです。1個のおにぎりと少量の水がもらえたら、ただただ、ありがたいという感謝の気持ちが湧き起こるのみでしょう。

私事で恐縮ですが、わたしは旅先ではあまり食事をとりません。
特に一人旅の場合は、それこそコンビニのおにぎり1個と少量の水だけで一日中歩き回りますし、食べないときもあります。それで、元気が出ないかというと、逆に身軽で元気なのです。
小食に慣れていると、基本的につよいです。
だから、皆さんにも小食をおススメしています。
(過去記事「小食は地球を救う―その1 一日二食のススメ」を読んでくださいネ)

また、若いころ、自らを試すつもりで7日間断食をしたことがありました。
それも、家族の食事を作りながら、自分だけは食べないという厳しいものでした。
さすがに7日目には目から光が飛び散るような状態でしたが、死にませんでした。

人間は水さえ飲んでいたら、そう簡単には死なないものです。
光と水(プラーナ)だけで生きている人たちも存在するのです。
「食べ物を食べないと死んでしまう」と思い込んでいる人たちは、その通り食べないと死にます。
思いを制限していると、その通りになってしまうのです。

わたしたちは自らが思うところのもの」だからです。
心ひとつですべてを創る」からです。
すべてのものごとは自らの思いによってたちあらわれる」からです。 

思いの制限をひらいてください。

あなたが恐れと不安で震えていたら、心がネガティブエネルギーでいっぱいであれば、たとえおにぎりを3個与えられたとしても死んでしまうでしょう。
要するに、意識をどこに持っていくかのちがいです。
思いの方向をポジティブかネガティブか、どちらに持っていくかで、生と死が決まるのです。
まったく真逆の方向になるということです。


★ わたしたちにできること ★



★わたしたちが不運な人たちに何をしてあげられるか? と考えたとき、唯一できることがあります。

それは、自分自身が何者かを思い出させてあげることです。

あなたはだれなのですか?」と。

そして、どこから来たのかを、思い出させてあげることです。

あなたはどこからやってきたのですか?」と。

最後に、何をするためにここにいるのかを尋ねることです。

あなたはいったい何をするために生まれてきたのですか? 
ただ何もせずに人から与えられたものを食し、死んでいくのを待っているだけですか?
」と。

あなたは自分がだれであるのかを緊急に思い出す必要があります。それを思い出してください」と投げかけることです。

あとは、その人たちに任せればよいでしょう。
彼らの選択の自由を認めてあげればよいでしょう。

★わたしたちは、いつも自分の思考を現実化している創造者です。


わたしたちが災難に遭った人たちを、不運な人、可哀そうな人と思えば、彼らは不運な人、可哀そうな人たちになってしまいます。
わたしたちが自己満足のためや、だれかに認めてもらうために援助をするのであれば、援助を必要とし、それに依存するような不幸な人たちをどんどん創造していくことになります。

不幸な人を援助することで、さらに相手を不幸にしているのだとは、だれも思わないでしょう。
でも、そういう「逆の現実を創っている」という事実も、おおいにあるということなのです。
わたしたちはそういうことに気づいている必要があるということです。


どうか「相手の力を弱めてしまわない支援」をお願いしたいと思う次第です。


悪性のパラサイトとなっている人類への警告

2011年03月22日 15:40


★ 地球にも意識がある ★ 



あなたは、「地球にも意識がある」ということを、ご存じだと思います。

わたしの次女は「地球意識」は男性だけど、とても女性っぽいとよく言っておりましたが、実際の地球には「男性性の側面」と「女性性の側面」があります。

男性意識のほうを「テラ」と呼び、女性意識のほうを「ガイア」と呼んでいる人もいます。
地球の思い」を感じることがたまにあるという次女の話を聞き、わたしは地球(彼&彼女)が人類に対して、とてもお人よしの性質をもっていることを知りました。

今回は、今現在自浄作業をつづけている「地球の思い」を、「彼&彼女」に代わって皆さんにお伝えしたいと思います。

★地球が過去6回にわたりアセンションをしようとして失敗し、6回の文明の興亡を繰り返してきたこと。
その足を引っ張っていたのは、まちがいなくその当時に生きていた意識の低い人間たちだったということ。
地球意識は人間に対して寛容で愛深く、アセンションするのなら人類とともにしたいと気長に待ってきたということ。
そして、7回目となる今回は、なかなか意識が高まらない人間たちを残してもよいから、自分はアセンションすると決めたこと。

これらについては、過去記事「アセンションする地球―アセンションは『宇宙の進化の法則』の一つ」に書きました。


地球(彼&彼女)はこれまで非常に長きにわたって人類の意識の覚醒を待ちつづけてきました。
しかし、その期待は裏切られた結果となっています。
地球が予想していたのとは裏腹に、目覚めた人類の数はほんのわずかだからです。
世界中に住む多くの人間は、度重なる自然災害に遭っても、目覚めることはありませんでした。
特に日本人はそうです。
今回東日本と太平洋沖で大地震と津波を発生させ、原子力発電所に大被害をもたらしたのは、地球の怒りの一撃ととらえてよいと思います。


★ 地球は核が大嫌い! ★



原子力発電の問題点は、皆さん、もう十分に承知しておられると思いますが、あえて記しておきたいと思います。

★原子力発電の最大の問題点は、第1に「事故が起これば周辺環境に多大な被害を与え、その影響は地球規模に及ぶ 」ということ。

第2に「毒性が非常に強く、放射性物質である核廃棄物を作り出す 」ということ。

原子力発電が日本で開始されてから45年ほど経ちますが、原発から出たゴミである*「使用済み燃料」は、燃料棒のまま保管されているか、再処理されてガラス固化体にされて保管されている状態で、処分はされていないのです。
(*「使用済み核燃料」は原子炉で使用された後の「燃料棒」で、ウラン・プルトニウムを大量に含む高レベル放射性廃棄物です)
この「使用済み核燃料の最終処分が未だされていない 」ということが、第3にあげられます。(ほかにも数多問題点はありますが…)


第7回(1987年)原子力開発利用長期計画で、「高レベル放射性廃棄物については、安定な形態に固化し、30年間から50年間程度冷却のため貯蔵を行った後、深地層中に処分することを基本的な方針とする」とし、これに沿って2000年「特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律」が制定されました。

最終処分は「ガラス固化体約4万本を地下300メートル以深に埋設する」というもので、「地層処分」の2033年から2037年頃の開始に向けて、原子力発電環境整備機構は動き出しているということです。

★「ガラス固化体約4万本を地下300メートル以深に埋設する」という地層処分を、地球が承諾すると思いますか? 
地球は核が大嫌いなのです。
地球の体内に数多の「放射性廃棄物」を埋め込まれるなど、たまったものではありません。


放射性物質の中には、半減期が極めて長いものも存在し、安定元素になかなか到達しない放射性元素の場合、崩壊が終わって安定するまでには、「人類の時間の感覚からすると永遠に等しい時間がかかる」という人もいます。

現時点では、これを無害化することは不可能だということ。
長期間にわたって厳重な管理下に置く必要があるということ。

しかし、実際には放射性廃棄物のいい加減な管理や不法投棄などによって、土壌汚染や人畜への被害などの事故が報告されているようです。


★原子力発電を実施する限り、「高レベル放射性廃棄物を作り出すことが避けられない」ということや、これを「安全に処分するのは現段階の日本の技術では困難を極める」ということを十分に承知していながら、政府は原子力発電を支援しつづけているわけです。


★今回、福島第一原発4号機のプールに保管してある使用済み核燃料から水素が発生し爆発したことは、ニュースなどで知っておられるかと思いますが、なぜ爆発したのか、その本当の理由について、北海道岩内原発研究会代表の斉藤武一氏がつぎのような記事を載せておられたので、参考のため一部載せさせていただきます。

★ 使用済み核燃料が爆発した ★

福島第一原発4号機のプールに保管してある使用済み核燃料から水素が発生し爆発した。
なぜ爆発したのか、これも本当のことが隠されている。
にほんでは、原発が出るゴミである使用済み核燃料が大量に出てきて、その保管に困り果てている。
そのため、プールには、昔に比べてぎっしりと原発のゴミが詰め込まれていた。
つまり、使用済み燃料全体から出る崩壊熱は、以前に比べて多くなる。
電源喪失により、プールの水を循環できなくなり、冷却できなくなり、プールの水がすこしずつ蒸発し、使用済み核燃料が水面から露出し、崩壊熱により水素が発生し爆発した。
つまり、原発のゴミの処理に困り果て、プールに異常に詰め込んだことが被害を大きくしたことになる。このことも何も知らされていない。


(日本の悲劇 -東北巨大地震と福島原発~本当のことを何も知らされない日本人~ より一部抜粋)



★ 地球に寄生する人類のあり方 ★



★パラサイト(parasite)ということばがあります。
寄生生物、寄生虫、寄生植物、居候(いそうろう)、厄介者」という意味です。

地球人類は地球という母体に寄生した生物であり、まさにやっかいな居候です。

パラサイトには大きく分けて2種類あると思います。
ひとつは地球に一方的に依存しながら、地球の母体をどんどんむしばんでいく悪性ガン同様の「悪性パラサイト」です。
もうひとつは地球に依存しながら、母体に進んで貢献する「良性パラサイト」です。
しかし、こういう「良性パラサイト」はごくわずかです。

パラサイトである限り、自立というものはありえません。
人類は地球が提供してくれている空気や水や食べ物がなければ生きていけないからです。
自立ができない以上、人類に自由などは存在しないのです。

また、パラサイトには地球をわがもののように所有したり、汚したりする権利はありません。
ところが、人類は「母なる大地」に養われていることをすっかり忘れ、母体が養っている森林の木を勝手に伐採し、山や森林を破壊し、工場用水や排気ガスなどで、空気や海を汚染しつづけてきました。
これは、母親に安全に守られ、養ってもらっている子どもが、その母親の身体をあらゆる方法で痛めつけ、攻撃している状態と同じなのです。

人類というのは、まさしく「依存している母親にまったく感謝の気持ちを持たない子どもたち」なのです。




★ 地球の決断 ★



★お人よしの地球は、最初の頃は遠くの星からやってきたクリアリング専門の女性エネルギーに浄化をしてもらっていました。
その女性エネルギーはとても気が強くて、容赦なく地上に大雨や嵐や竜巻や洪水や地震や津波を起こしました。
心やさしい地球が「そこまでするの!」と驚くほど強烈でした。

★昨年までは、地球にはふたつの選択肢があったと次女は言います。

ひとつは、「光輝く地球」となることです。
それは、多くの天使や宇宙人たちが協力し、人類の心に光を灯し、どんどん伝染させていくことで、地球を光で包み、意識が上昇した人類とともにアセンションするという方法でした。

もうひとつは天使や宇宙人が一切関わらず、目覚めない人類を置き去りにして、地球がアセンションする方法です。
天変地変が起こり、危機が訪れても、宇宙人は人類を救援しません。
人類にとっては最悪のシナリオです。

そのふたつの選択肢のどちらを選ぶのか、それは「目覚めた人類の光の数」によって、決断されようとしていました。
そして、2011年に入って、地球は決断しました。 


地球がどちらを選んだのか、賢明なあなたならわかりますね。
ほんとうに残念ですが、後者のほうを選ばざるを得なくなった地球は、今浄化作業に突進しています。
女性エネルギーには頼らず、地球は自分自身で浄化作業を始めたのです。

原子力発電所の事故の恐ろしさを知った海外の政府は、自分たちの生命の危険性を感じ、自国の原子力を止めようとするかもしれません。
それは、まちがいなく自分たちのためにです。
いつだって、人類は自分たちのことしか考えていないのです。
地球の体内に放射線を有した大量の廃棄物を埋めこむことなど、全然気にしない連中ですから。
地球がどんなに嫌がり、苦しんでいるかなど、気づきもしないのです。

日本はどうでしょうか?
この場に及んでも、原子力発電を止めようとはしていません。
やめるどころか、復帰させようと必死です。
放射線物質が飲料水や野菜だけでなく、広範囲にわたる海を汚染し始めているにもかかわらずです。
海にはどれだけ多くの生物が存在しているでしょうか。
膨大な生命が損なわれていくことは、火を見るよりも明らかです。
便利さばかりを優先する愚かな行為です。


★以前にご紹介したトム・ブラウン・ジュニア著の「ヴィジョン」のなかで、「母なる大地の声」は、トムにつぎのように言っています。

人間は創造の法則を理解することができないのね。
そして、自分たちはその法則の上に立っていると信じこんでいる。

現代社会は、近代化していない社会は苦しんでいると、勝手に勘違いしている。
現代人は、人々が幸せで満足な人生を送っているかどうかなんて考慮に入れません。
もし、人々が原始的な生活を送っていたら、それは未開で苦しい生活だと決めつけるの。
そして、原始的な生活をしている人たちを変えようとして、近代的な農業や産業や新しい価値観を導入しようとする。
もちろん、それが原始的な生活をしている人々が守っている自然の法則と相反するものだということなど、気にかけることはありません。

そうしてできた新しい社会は、いつか、飢餓や疫病や旱魃(かんばつ)に襲われるでしょう。
自然の理法はバランスを取り戻そうとするので、多くの人々が死んでいくでしょうね。

でも、人間はその原因を自然界のせいにするわ。
問題の本当の原因が自分たち自身にあることなど見つめようとしない。
人間が間違えるはずがなく、バランスの法則をコントロールしているのは人間なのだと思い込んでいるのです。

だから、手遅れになる前に、自分が引き起こした汚染や災害から何も学ぶことがない。
いま、大衆を啓発し、正しい方向を示す預言者や先生が必要なのです。

(トム・ブラウン・ジュニア著『ヴィジョン』より抜粋)



★人類はひとり残らず地球のパラサイトであることに目覚めなければいけません。

一方的に母体に依存してきた子どもが突然目覚めたとき、その子はどうするでしょうか?
無償の愛をもって育んでくれた母体に対して、何ができるでしょうか?

それは、わざわざここで言わなくても、あなたにはよくおわかりのことでしょう。
あなたが思ったことを実行してください。
ひとりひとりが思い起こしたことを実行すればよいのです。
今から、たった今から、わたしたちから始めましょう。

アセンションした樹木たち&取り残される人間たち

2011年04月01日 10:45


★ アセンションのしるし ★



今年に入って「わたしたちから始めよう! ―しるしに気づき、自らのおこないを顧みよう―」で、鳥取県の日本海沿岸につづく松林の松が6千本折れてしまった記事を書きました。
あまりにも痛々しい光景でした。
そのときは、「雪の重みで支えられなくなり、幹が折れてしまった」と書いたのですが、「真相はちがうのではないか?」とずっと考えてきました。
もちろん、きっかけは雪だったかもしれませんが、どう考えてもふり積もった雪のせいではないと感じていたのです。

何度も繰り返しその無残な光景を見て、心が痛んでいたのですが、ハイアーセルフに尋ねて確信ができたので、皆さんにもお伝えしておきたいと思います。


松の木2
               弓ヶ浜の松


中央から折れていた木ですが、その状態をつくったのは、じつは彼ら自身だったのです。
つまり、自らのパワーを最大に使って、自らを破壊したのです。
なぜそんなことをしたのかと言うと、アセンションするためです。
彼らはアセンションして、別の領域へと、多次元へと移行したのです。

その後、松の木になった夢を見た次女から話を聞いて、「やっぱりね」と思いました。

「自分もアセンションしたいのに、なぜできないの?」とか、「なんで行けないんだよ!」と歯がゆがっていた松たちもいたそうです。
彼らも別の領域に行きたくてしょうがなかったけれども、結局行けなかったというのです。

それは、「勇気がなく、意識がまだアセンションするまでに到達していなかったから」と次女は言います。
アセンションには勇気が必要だったということですね。
また、アセンションしたいとは思っていない木々も、たくさんあったようです。
そういう木々というのは、やはり折れていないのです。まだ若い松の木が多かったようですが。

雪は浄化に役立っていましたが、木の幹をへし折るようなことはしていませんでした。
全国各地でそういう現象は起こっていたと思いますが、真中から折れて完全に死んでしまった樹木の場合は、すべてアセンションしているといえるでしょう。

ですから、わたしの思いも、悲しみではなく、喜びへと変容しました。
下記は携帯で撮った写真ですが、光に包まれた木々のようすを調べると、大変ポジティブな波動が感じられます。


松の木1    松の木3  


それに比べて、人間は格段遅れをとっています。
わたしの調べでは、今回災害で亡くなった人たちでアセンションできた人はいません。
「ひとりもですか?」と何回も尋ねましたが、「ひとり残らずできていない」という答えでした。
まだ、自分が死んだことさえわかっていない人たちもいるのです。
意識して死ぬ」ということの大切さをひしひしと感じます。



★ 原子力の意義揺らがず ★



先日(31日)たまたまつけたテレビを見て、溜息と同時に怒りさえこみあげてくるのを感じました。
六ヶ所村で使用済み核燃料の再処理など核燃料サイクル事業を展開する日本原燃の川井吉彦社長が、定例の記者会見で、「福島第一原子力発電所の事故を受けても、原子力政策を推進すべきだ」と言っていたからです。
そのニュースの一部を記しておきます。

青森市で開かれた定例の記者会見で、日本原燃の川井社長は、福島県の東京電力福島第一原発の事故について、「国内のみならず世界中に大きな不安与え、原子力の信頼回復は大変厳しい状態になった」と述べました。
しかし一方で、「資源の乏しい我が国にとってエネルギーの安定確保は今後とも変わることのない大きな課題であり、原子力の必要性や核燃料サイクルの意義は決して揺らぐものではない」と述べ、現在の原子力政策は推進すべきだとする考えを改めて強調しました。
その上で、福島第一原発の事故を踏まえて、再処理工場などで設備の緊急点検を行うとともに、非常用電源が使えなくなった事態を想定した訓練を、来月(4月)中に行うことを明らかにし、安全対策を強化していく方針を示しました。
(3月31日 NHK青森放送局 より)



原子力をこれからも推進しようとしている人間たち、
あなたがたは、いったい何をしているんですか?
今になってもまだ気づかないのですか?
あなたがたがしていることは、人類の自殺行為です。
自分だけが死ぬのならまだしも、膨大な人間を巻き添えにしようとしているその恐ろしさを知ってください。

代替エネルギーはいくらでもあります。
太陽光、風力、水力、波力発電…。
なぜ、原子力でなければいけないのでしょうか?

人類は、自称「地球のリーダー」として、誤った方向へと突き進んできました。
地球で誕生した生物の中でもっとも若い種である人類が、
まだ幼児にしかすぎない人類が、
なまじっか知性があるばかりに、
機関銃を持った幼児さながらに、やりたい放題やってきて
地球の生態系を破壊してきたのです。
地球の生命維持が困難になるほどに。

今重大な危機を迎えていることは、繰り返し伝えてきました。
自然を破壊してきた人類は、もうすぐ破壊されます。
もう避けられません。

それに気づいている人たちも世界中には存在します。
今回の原発事故でそれを思い知った人もいるでしょう。
しかし、当の日本人の気づきは、この場に及んでも少なすぎます。

原子爆弾を落とされた国は唯一日本だけです。
ばらまかれた放射線物質の恐ろしさを体験したのは日本だけなのに、いつ爆発するかわからない原子力発電所を、平気で日本の至る所に設置しているのです。
毎日放射線の心配を抱えながら生きている人たちがいるというのに、
まだ止めようとはしていません。


★ 未来を守ることが真に自分を守ること ★


今存在する災害難民の支援をしている政府は、これから増え続ける難民のことまでは考えてはいません。

ピースメーカーは言います。
人々の幸福のために何かを決定するときは、自分や家族や同世代の利益を考えてはいけない。7代先の世代が、おまえたちと同じものを享受できるように考えなさい」と。

彼が言っているのは、「未来を守ることが真に自分を守る」ということなのです。
人類は今「自分たちがしていることの責任」というものを知らなければいけません。


自らの手で自然を破壊してきた人間たちよ、
早く気づきなさい。
今わたしたちは自分たちの環境を、
地球の環境を保護するべきなのです。

災害難民の支援はしても、
傷ついた地球の支援をしようとはしない人間たちよ、
環境はいつか浄化されて生き残るでしょう。
滅ぶのは人間たちです。

人間は「地球の王者」なんかではない。
「地球のリーダー」なんかではない。
「地球の管理者」なんかではない。

思い上がるんじゃない。
いくら頑丈に装備しても、一回の津波がすべてを洗い流す。
人間とは、いかに弱い存在か…。

気づきなさい。
人間も自然界の一部なのだということを。



「代償の法則」から見えてくること 

2011年04月20日 20:20


★ 地球は本気で怒っている ★



地球意識が「核」をひどく嫌っていることは、過去記事でしっかりとお伝えしておりますが、地球は依然として福島県をはじめ、東北や関東での地震活動を続けていて、福島第1原発での種々な問題も未だに治まることはありません。

なぜ治まらないのか?
賢明なあなたなら、わかりますよね。
原子力によってもたらされる放射性物質は、地球にとっても、人類にとっても、あらゆる生物にとっても、もっとも危険なものであるということを、日本人をはじめ、世界中の人たちに嫌というほど解らせるためです。

★地球が本気で怒っていることにまだ気づかない人、未だに地球が人類を愛してくれているといった甘い幻想、勝手な思い込みに酔っている人が多すぎます。

今回の福島原発による事故で、「原発の安全神話」を信じ込まされていた人たちも、少しは目が覚めたでしょう。しかし、ここに至っても、まだ推進しようとしている人たちが存在していることに変わりはありません。

皆さんだって、「原発を止めるのが一番だ」と思ってはいても、「電気が足りなくなって、停電ばかりしていたら嫌だなぁ」と思ったりしているのではないでしょうか?
わたし自身も常に反省しているのですが、省エネの必要性をわかっていながらも、つい電気をつけっぱなしにしたりして、電力のムダづかいをしてしまっていることもあるのではないでしょうか?

最近わたしの住まいの近くにある大手のスーパーマーケットなどは、しっかりと節電されるようになりました。
照明を半減した暗い店内に設置された野菜や食品は、強烈な電磁波からようやく救われ、いい傾向だなと思っています。


★ チェルノブイリの原発事故を思い出そう ★



さて、皆さんは1986年4月26日に起こったチェルノブイリの原発事故を覚えておられるでしょうか? 
若い人はご存じないかもしれませんが、一時は日本でも牛乳が飲めないときがありました。
汚染は今なお続いていて、25年経った今、また「新たな問題」が浮上していますね。
事故直後、大量の作業員によって、石棺と呼ばれるコンクリートの建造物で覆いましたが、石棺の耐用年数は30年とされており、すでに老朽化し、放射線が漏れ出しているため、緊急対策が必要とされていることです。

チェルノブイリ事故による放射能汚染のすごさについて、再確認していただきたいので、簡単に書かれた記事を参考のため、載せておきます。


この事故による放射能汚染被害は、広島原爆の約600倍ともいわれています。
放射能は北半球全体にばらまかれ、ベラルーシ、ウクライナ、ロシアの三国だけでも900万人以上が被災し、40万人が移住させられました。
短期間に大量被ばくした、80万人にも上る若い事故処理作業従業者の多くは放射線障害のために苦しんでおり、この人たちの中からいずれは何万人という死者が出ると予想されています。
被災三国では、日本の面積の4割に相当する14万5000平方メートルが、セシウム137で1平方キロメートル当たり1キューリー以上汚染されました。
そこに住む人口は約590万人とわれており、これから恐らく10万人にのぼる癌が出ると考えられます。
もし、東海原発でこの規模の事故がおきたら、東京は全滅ゾーンに入ってしまうのです。 

(原子力教育を考える会 「チェルノブイリ事故による放射能汚染」 より)



★では、原発事故の恐さを承知しながらも、日本はなぜ今でもやめようとはしないのでしょうか?
 
原発がやめられないのは、つぎに記すような理由があると考えられています。
(「原子力教育を考える会」の記事から抜粋)


★原子力産業や建設会社などが原子力で儲け続けるために不公正な圧力を加えているから
★費用をすべて電気料金に上乗せできるから
★原発推進のためにたくさんのお金をかけてPRしているから
★原子力技術を持っていれば、いつでも核兵器を作ることができるから
★政策決定に市民が参加できないから
★政策決定に市民が参加しようとしないから
★過疎で悩む地元に莫大なお金を落とすから


「CO2を出さず、クリーンだから」というのは書かれていませんでしたが、まだまだわたしたちが知らない理由はあるかと思います。


★ 原発がやめられない身近な理由 ★



★もしあなたが地方、あるいは海に近い地域に住んでいて、その近くに原子力発電所が建設される予定だと知らされたら、どうしますか?

今回の東北地方で起きた地震や津波の結果、どういうことが起こったかを知っているあなたは、原発の危険性や放射能汚染の恐ろしさが頭をよぎり、「絶対にいやだ」と思い、断固として反対することでしょう。

原子力発電所が建つのは地方であり、たいてい海の近くです。
電気を大量に使うのは大都市なので、ほんとうは大都市に建てるべきなのですが、広い土地が確保できる田舎のような地方が選ばれます。(島根原発は唯一県庁所在地にあります)
というよりも、都会に発電所を作って、万が一事故が起きたら大変なことになり、損害賠償が膨大になるから避けているというのが大きな理由でしょう。

地方にとっては何のメリットもありません。
ただ、原子力発電所という働く場所はできるかもしれませんが。
では、原子力発電所がつくられた地域の人たちは、なぜ原発を受け入れたのでしょうか?

それは、さきほど挙げた最後の項目「過疎で悩む地元に莫大な金銭をもたらすから」というのが、理由のひとつに挙げられるのではないかと思います。

政府は1974年に「発電所を受け入れた自治体には莫大な交付金を出します」という「電源三法」という法律を作っています。
発電所を建設される地域にとってはデメリットのみが存在するわけですから、当然反対運動が起こってきます。
その反対運動をさせないように莫大なお金を払い、デメリットとのバランスをとろうというのがこの電源三法に基づく交付金、「電源三法交付金」なのです。
交付金の財源は電気料金にかかる電源開発促進税です。
つまり、その交付金はわたしたちが支払っているのです。

地元に発電所ができれば、莫大な固定資産税が自治体に入るようになります。
電力会社は地元の漁業協同組合にも大きなお金を出しています。
「漁業補償金」や、漁業協同組合や自治会などに出す「協力金」 などです。
どうして、こんな補償金を出しているのでしょうか?

★わたしたちは、原発が事故を起こさなくても、「海は常に放射性物質で汚染されている」という事実を知らなければなりません。
20年間、原子力発電所の現場で働いていた(故)平井憲夫さんは「放射能垂れ流しの海」と題して、つぎのように書いておられます。


冬に定検工事をすることが多いのですが、定検が終わると、海に放射能を含んだ水が何十トンも流れてしまうのです。
はっきり言って、今、日本列島で取れる魚で、安心して食べられる魚はほとんどありません。
日本の海が放射能で汚染されてしまっているのです。
海に放射能で汚れた水をたれ流すのは、定検の時だけではありません。
原発はすごい熱を出すので、日本では海水で冷やして、その水を海に捨てていますが、これが放射能を含んだ温排水で、一分間に何十トンにもなります。
原発の事故があっても、県などがあわてて安全宣言を出しますし、電力会社はそれ以上に隠そうとします。
それに、国民もほとんど無関心ですから、日本の海は汚れっぱなしです。


平井憲夫 「原発がどんなものか知ってほしい」より)
 http://www.iam-t.jp/HIRAI/index.html#about


★ 原発を受け入れた地元住民が払った代償 ★



電源交付金は、自治体にとっては喉から手が出るほど欲しいお金のようです。
この交付金によって、役所の建て替えや、大規模なホール、スポーツ施設、福祉施設などを建設している自治体が多数あるようです。
ただし、交付金や固定資産税は何年か経つと入ってこなくなったり、金額が極端に減ったりします。そうすると、建設した施設の維持費が大きな負担になってくるわけです。
それで、またお金がほしくなってきます。
つまり、一度原発を受け入れた地域は2号機、3号機がほしくなる、という仕組みになっているというわけですね。
莫大な札束を目前にちらつかせて承諾させているのが、この交付金制度なのです。(福島には原子炉が6基もあります)

地方自治体も地元住民も、結局のところはお金に目がくらんで「うん」と言ったために取引きが成立したのですから、あとで何が起こっても文句は言えない立場にあるはずです。
農家の人や漁業関係者たちが抗議のデモ行進をしないのは、そういう理由があるからでしょう。

福島原発の地元では、住民の3~4人にひとりが原発関連の職種についているといいます。
ある人は原発で働き、ある人は原発で働く職員や外部労働者を相手に商売をしてきて、原子力とともに共栄共存してきたと語る人もいます。
だから、彼らの中には、わたしたちほどの「怒り」がないのです。

福島の人たちは、自分たちの生命のみならず、海に住む数多の魚介類の生命をも、莫大なお金と引き換えたのだといっても過言ではないでしょう。

★福島県東部の太平洋に面した浜通り地方。
今まだ頻繁に地震が起こっているところですが…。

この地方のほぼ中央に双葉郡楢葉町という町があって、そこに町役場に隣接して三階建ての「町コミュニティセンター」(収容人員800人の大ホール)が建っていたようです。
今はどうなったか、定かではありませんが。
そこは双葉郡内最大の文化施設で、国の電源三法交付金を使って建設し,1985年にオープンしたそうです。
コンサートやミュージカル公演などが年間を通じて行われ、町民の文化活動の中心となっていたようですが、維持管理には年間7000万円ほどもかかり、催し物の主催者が支払う使用料だけではとてもまかない切れない現実があったといいます。
(参考資料 原子力教育を考える会 「地域の豪華施設」参照) 

そして、このたびの大震災と原発事故です。
「何のこっちゃ!」と言いたい現実ですね。
彼らは、お金と引き換えに大きな代償を払ったのです。




★ 私たちの意識を変えない限り原発はなくならない ★



結局のところ、電力を湯水のように使うのが当たり前の文明を作ってしまった人間たちにもっとも責任があるということです。
電気が来なければ、水道も使えない。
灯油で沸かすお風呂でさえ、電気が止まれば、沸かせない。
別々に機能ができないようなシステムを作ってしまったのです。

原発がさらに必要になったのは、わたしたちの家庭での電気消費量が多くなったからでもあるのです。
政府や東電は、「国民が夏にクーラーを多く使うために電力不足になる」と、よく言いますね。
それならみんなが省エネに徹すればよいのです。
省エネのエアコンに買いかえれば、随分電力の使用量はちがってくるし、電気料金も安くなります。
(買えない人は、扇風機で我慢するしかないでしょう。笑)

政府はエコ製品への補助金を打ち切らずに、省エネ率の優れた電化製品にはどんどん補助金を出しつづければよいのです。
そうすれば、企業もさらに優れた省エネ製品を開発しようと互いに競争するはずです。

★日本の発電方法は、おおよそ原子力 30%、石炭火力 25%、LNG火力 25%、石油火力 10%、水力 10%となっていますが、原子力30%の分を何で穴埋めするかということばかりを考えるのではなく、その分がなくても大丈夫であるような生活に変えていくことが重要なのです。

電力を極力消費しない暮らしを考えること、自然に沿った生き方を見直してみること。
太陽の光と熱を貴重なエネルギーとして、その恩恵に感謝を捧げていた太古の生活を思い出すこと。
地球が人類に望んでいることは、その辺りにあるのではないでしょうか?

電力会社は、電力が余れば捨てなければなりません。
それなら、十分余らせてやりましょう。
わたしたちが高い電気代を払わなくなれば、彼らも考え直すでしょう。

個々に節電する気もないくせに、原発だけをやめさせようとするのは、本末転倒ですよ。



★ 代償の法則 ★



宇宙には、作用と反作用、前進と後退、浮き沈みがあります。
世界の創造と破壊。勃興と衰退。誕生と死滅。
振り子が左右に揺れるように、潮の満ち干があるように、太陽や地球、あらゆる生物、エネルギー、物質、精神、霊…。
森羅万象に至るまで、この「リズムの原理」を表現しています。
これは、普遍的法則です。

振り子は、右に揺れたら、その揺れた分だけ左に揺れますね。
大きな揺れなら大きく戻ってきて、小さな揺れなら小さく戻ってきます。
一方の揺れが、他方の揺れを決める」のです。
この「一方に揺れることで、他方への揺れに釣り合いを取る」というのが、「代償の法則」です。

代償の法則」は人生にとても重要な役割を果たしています。
人は何かを得たときには、何かを失うという「代償」を常に払っているのです。
気づいているいないにかかわらず、釣り合いをとらされているということです。

★悲喜交々(ひきこもごも)のめまぐるしい気持ちの変化に対しても、同様の原理で説明することができます。
「自分自身」を無意識よりも上に引き上げることで、ネガティブな揺れが起きるのを阻止し、その影響をかわすことができるのです。
ヘルメス学者はこれを「精神の中和法則」と呼んでいます。
振り子の揺れに翻弄(ほんろう)されない方法ですね。

お金を出さなければ、おいしいごちそうは食べられません。
そして、おいしいごちそうは、食べればなくなるのです。
得るものは失うものによって償われる」という法則を知っておくことも
人類には必要かもしれません。






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